3/5ウエッジ石平『習近平、反対派と手打ち』記事について

1/28AFPの「人民日報(People’s Daily)はインスタントメッセージアプリ「微信(ウェイシン、英語名WeChat)」のアカウントで、終戦70周年を記念する軍事パレードが今年行われると報じた香港紙を引用した。記事によると、パレード開催の理由の一つは「日本を震え上がらせ、戦後の世界秩序を維持する中国の断固とした決意を世界に向けて宣言すること」だという。」という記事や、3/8王毅は「「70年前、日本は戦争に負けた。70年後、今度は良識に負けてはならない」と述べた。」という全人代での記者会見とか、いよいよ中国は日本に対し牙を向けてきました。以前から準備してきて今だったら(日本国民がボーッとしている間かつアメリカがオバマ大統領のときに)チャンスと思いだしているのかも知れません。内部の権力争いで最後は外敵に目を向けるのは常套手段。中韓ともです。王毅は宮崎正弘氏によれば部下が取り調べを受けて我が身が危なくなってきたので、習にゴマスリのため反日の強硬意見を言ったとのこと。汚い連中です。日本を巻き込むなと言いたい。南シナ海にはベトナム、フィリピンとの係争地に軍事基地を着々と整備しています。尖閣は外務省が中国の1969年の地図に日本領と明記してあるものをHPに掲載するようです。こういうのをドンドン外国語でアピールすることが大切です。また中国に言いがかりをつけられないようにしないと。ヤクザそのものですから。日本のマスメデイアはヤクザを支援しているようなものです。

記事

2015年2月17日、中国共産党中央委員会の機関紙である人民日報が注目すべき記事を1面トップで掲載した。「中央指導者が老同志を訪ねる」と題するこの記事は、19日から始まる中国の旧正月を目前に、習近平主席など現役の「中央指導者」らが、既に引退した江沢民や胡錦濤などの元指導者(老同志)を訪ねて新年のご挨拶を行ったという内容である。

注目すべきなのは、訪ねられた「老同志」全員の名簿を、人民日報記事が丁寧に掲載して公表した点である。

それは、たとえば2014年の旧正月の対応とは全然違う。2014年1月29日に同じタイトルと内容の記事が人民日報に掲載されたが、その時、記事が名前を挙げた「老同志」は江沢民と胡錦濤の2名だけで、全員の名簿の発表はなかった。

それでは一体どうして、今年は「老同志」全員の名簿を発表するに至ったのか。その背後にあるのは、習近平指導部が進めている「腐敗撲滅運動」の変調ではなかろうか。

人民日報記事が彼ら「老同志」全員の名簿を公表したのは今後、曽慶紅・郭伯雄両氏を含めた彼ら「老同志」全員に「腐敗摘発」の手が及ばないことを暗示しているのではないかと理解できよう。

腐敗摘発運動は、少なくとも党の上層部の範囲内ではすでに収束を迎えており、今後は「大物トラ」の摘発はもはやないと見ることもできるのではないかと思う。

*腐敗摘発運動に対する「三つの“誤った議論”」

習近平国家主席に腐敗摘発運動の無制限な推進を思い止まらせたもう一つの要因は、やはり中国共産党党内で腐敗摘発運動の展開に対する反対機運が派閥を超えて高まっていることにあろう。

つまり今の共産党政権内では、指導部の進める腐敗撲滅運動に対し、「もううんざりだ」という気分が一般的に広がっているのだ、ということである。

実はそれは、同じ人民日報が今年1月13日に掲載した1本のコラムを読めばすぐに分かる。

「反腐敗運動推進のために打ち破るべき3つの“誤った議論”」と題するこのコラムは、習近平指導部の推進する腐敗運動に対して3つの「誤った議論」が出回っていることを取り上げたものであるが、この文面からは逆に、今の中国国内(とくに共産党政権内)で習近平指導部の腐敗撲滅運に対する批判の声がかなり広がっている現状が窺えるのである。

コラムは「3つの誤った議論」をそれぞれ、「腐敗摘発やり過ぎ論」、「腐敗摘発泥塗り論」、「腐敗摘発無意味論」と名付けている。

「腐敗摘発やり過ぎ論」とはその名称通り、「今の腐敗摘発は厳しすぎる。摘発された幹部が多すぎる。いい加減手を緩めるべきだ」との意見である。

「腐敗摘発泥塗り論」とは要するに、共産党の大幹部たちの驚くべき腐敗の実態を暴露した腐敗摘発運動は、逆に共産党の顔に泥を塗ることとなって党のイメージタウンに繋がるのではないかとの論である。

「腐敗摘発無意味論」とは、「政権内で腐敗は既に徹底的に浸透しているから、いくら摘発してもただの氷山の一角にすぎないので腐敗を根絶することは到底出来ない、だからやっても無意味だ」という論である。

習近平指導部が進めている現在の腐敗摘発運動は党内からの反発に遭遇して民間の一部からも冷ややかな目で見られていることが前述の人民日報コラムから窺える。さらにこういった批判的な声が無視できるほどの少数派意見でないことも、人民日報がわざわざそれを取り上げて批判していることからも分かる。

*「一過性のキャンペーン」と思っていたが……

習近平指導部が腐敗摘発運動を開始した当初、共産党幹部の大半はそれが「一過性のキャンペーン」だと割り切って、身を構えて過ぎ去るのをじっと待っていれば良いと考えていたに違いない。

しかしこの一過性のはずの「嵐」がいっこうに去らず、習近平指導部がどこまでも執拗に腐敗摘発を進めていくのであれば、話が違ってくるのだろう。

腐敗撲滅運動が継続していけば、幹部たちは命同然の「腐敗利権」を失うだけでなく、今までこの腐敗利権を貪った分、今後は誰でも摘発される危険にさらされることになるのである。

もし習近平氏の政治に不満をもつ江沢民派や胡錦濤派の大物幹部たちが先頭に立ち、幹部集団の「反腐敗摘発運動」の声を吸収してそれを組織的な反対運動へと拡大させていけば、習近平政権の土台を根底から揺るがすような大政変が起きてくる可能性もある。

いや、むしろ党内の幹部たちの大半は心の中ではその日の到来を待ち望んでいるのではないだろうか。

*残されたカードは「反日」か

こうして見ると、今年の旧正月に習近平指導部の面々が「老同志」たちを訪ねた後にその全員の名簿を丁寧に発表したことの真意がよく分かってくる。要するに、ある程度の政治的影響力を持つ彼ら「老同志」たちを慰撫することよって彼らを安心させ、彼らを基軸にして党内の反対運動が広がることを未然に防ぎたかったわけである。

そしてそのために、彼ら「老同志」たちの今までの腐敗問題を今後一切追及しないとの暗黙の約束を交わしたのかもしれない。

今後、国民に対して自らの「反腐敗」の決意を示し続けていくためには、習近平指導部は当然、下っ端や中間の共産党幹部たちを断続的に摘発していくこととなろうが、「大物トラ」をやっつけるような腐敗摘発はおそらくもうこれ以上やらないであろう。

そして共産党幹部集団全体に対して、習近平指導部は今後ある程度の妥協も強いられるのであろう。

いずれにしても、過去2年間、習近平指導部の進めてきた鳴り物入りの「腐敗摘発運動」は、その転換点を迎えようとしていることは確実である。そして「腐敗摘発」という最大の政治看板を半ば降ろしていくこととなると、習近平政権が今後一体どう動くのかが次の問題である。

場合によっては、経済の衰退が続く中で腐敗摘発運動もうまくいかなくなると、習近平政権に残された最後の1枚の政治カードは、すなわち「反日」を唱えて国民の視線を外に向かわせることであるが、日本にとってそれは、まったく不本意な大問題である。