11/1「北斎展」と「古典の日」に参加

昨日、「北斎展」と「古典の日」に参加しました。「北斎展」は上野の森美術館で開催、混むのを読んで10時開館のところを9時40分に着くようにしたら、其の儘入れました。ボストン美術館所蔵のものです。モースやフェノロッサがボストン美術館を造ったとのこと。フェノロッサの通訳として岡倉天心が起用されることにより、天心がフェノロッサの影響を受けて日本美術に造詣が深くなります。しかし、天心は浮世絵には重きを置かず、俵屋、本阿弥、尾形、狩野派を重視していました。武士の子の制約でしょうか?「侘び」「寂び」を重視しました。禅や能の影響でしょう。「侘び」「寂び」を外国人に説明するのには鈴木大拙の『禅と日本文化』の説明より、文化勲章受章者の中西進の『情に生きる日本人』の方がfitすると感じます。Wabi means the aesthetics to perish, commit suicide by disembowelment. Sabi means cut off the extra,elimination of unnecessariness.天心は伝統を重視しながらも、西洋画風の大気描写ができるように菱田春草や横山大観に命じて朦朧体を編み出させました。「北斎展」で良かったのは勿論『神奈川沖浪裏』、他に『穏田の水車』『芙蓉と雀』『下野黒髪山きりふりの滝』『滝と鯉』『百物語 さらやしき』『百人一首 参議篁』でした。それと富嶽36景は後に10枚追加されたのも初めて知りました。

「古典の日」はイイノホールで開催されました。小川剛生氏による「兼好とは誰か-徒然草の新解釈」で実証的に兼好を特定しようとする野心的な試みの話でした。「詠み人知らず」と言うのは「六位」以下はそう言われるとのこと。林望氏の「紫上をめぐって」の話も面白かったです。以前聞いた長谷川三千子氏の「日本の文化は弱いものに寄り添う」と言うのが納得させられました。禍福は糾える縄の如しと言うか、他に女を作られ一見不幸に見えるが、別の視点で見ると紫上は如何に光源氏に愛されていたか分かって亡くなっていく幸せがあるということが分かりました。

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黄文雄著『悲韓論』を読んで

黄文雄は「日本」と「中華」・「小中華」を分けるのは「誠」と「詐」であるという。小生がいつも言ってます中国人の普遍的価値観は「騙す方が賢く、騙される方は馬鹿」と言うのと同じです。「小中華」の韓国はそれに「事大」が加わるのでもっとひどくなります。かの中国人ですらあきれ返るくらいですから。何でも「ウリジナル」で孔子も朝鮮人と言うのですから。ファンタジーというかデリュージョンというか脳内お花畑です。アメリカではDon’t Korea”で「不正をするな」という意味になるらしいです。先般のアジア大会で不公平な審判、バドミントンの試合で風を操作したりと何でもありです。日本にエボラ菌を運んで来たと疑われたカナダ人ジャーナリストと言うのはかの有名な「大西哲光(ノリミツ)」です。在日と噂され、子供時代にカナダに家族と移住、ニューヨークタイムズ勤務で田淵広子といっしょに反日記事を書きまくっている輩です。どうしてマスコミは名前を報道しないのでしょうか?一緒の飛行機には日本の高校生の修学旅行団が乗っていたとのことです。バイオテロの可能性があります。ニューヨークタイムズも日本のマスコミも腐っていますね。

P.52~56

植物依存文明の限界

東亜大陸における万里の長城は、これを境に地政学的だけでなく、生態学的・植生学的 な分界線にもなっている。長城南方の農耕民は数千年来、農耕帝国をつくってきたものの、 「易姓革命」(王朝交替)を繰り返してきた。そこには、克服できない植物依存文明の限界がある。それは地力に対する飽くなき搾取、ことに灌漑農業が地下からの毛細管現象で塩分を吸い上げつづけ、土地がアルカリ化し、砂漠化が広がる。古代文明はたいていこの農法によって砂漠化し、遺跡のみを残して消えていった。農業の収穫量は、いわゆる収穫逓減の法則があり、だんだん減っていくという自然の法則に抵抗することはできない。しかも人口と食糧のバランス調整は、ほとんど自然の法則頼みでしかない。人口が増えすぎると、自然環境が悪化•劣化し、山林の濫伐によって山河が崩壊していく。このような社会環境と自然環境の劣化•悪化が連鎖的に起こると、水害と旱魃、そして疫病の大流行で人口が激減する。こうした人ロの.激増と激減が繰り返され、「易姓革命」が起こるようになる。中華社会では、すでに中華帝国成立後の秦漢帝国の畤代から繰り返し見られる現象である。もちろん、大陸だけではなく、半島でも見られる植物依存文明の限界ともいえるだろう。日本が中国大陸や朝鮮半島のような山河崩壊が起こらなかったのは、縄文時代からすでに自然との共生思想が生まれており、水稻の農法や水の循環体系の確立、治山治水などが 古代から行われ、現在まで水と緑の豊かな国が保たれてきたからだ。ユーラシア大陸の東側に共通して見られる、最も原初的な精神文化はシャーマニズムだろう。それを長江文明で理論化したのが老荘思想であり、黄河文明では儒教思想と考えられる。ところが朝鮮半島だけは、原始的なシャーマニズムがもっとも色濃く残った。

それは巫俗宗教とも民風ともいわれる。中華世界は漢の武帝の時代から儒家独尊になり、朝鮮では李朝時代に入ってから新儒教である朱子学を独尊した。老荘思想は、「自然回帰」がその思想の核となっている。一方、儒教思想の根幹は、「反自然」としての人為である。中華世界も朝鮮半島も、山河が崩壊して自然回帰の大地がなくなると、儒教を国教にしたのである。この点は日本と比較するとよりわかりやすい。日本では豊かな自然があり、この自然を収奪するのではなく、共生する思想が根付いていった。そして北方仏教が母なる大地に根を下ろすと、鎌倉仏教が生まれた。自然と共生する民に仏の慈悲や輪廻転生を説く仏教が根付いた一方で、自然を収奪する民には礼や徳を重んじる人為的な儒教が根付いたというのは、極めて示唆的である。李朝時代の農民については、とても今のハングル世代が信じている「世界一豊かな国になった」云々という空想妄想の世界どころではなかった。山野の火田民や都市の土幕民(スラム住民)だけではなく、両班(李氏朝鮮における貴族階級)に収奪され尽くした小作人に至るまで、じつに阿鼻叫喚の生き地獄であった。その惨状は、丁若鏞(1762〜1836年)の『牧民心書』や、シャルル・ダレ-神父の『朝鮮事情』、F ・ A •マッケンジーの『朝鮮の悲劇』にくわしい。また、『仁祖実録』によれば、「飢餓に疫病、人民はほとんど死に絶えた」という。「死に絶えた」という記述は若干オーバーにしても、宋時代に編纂された『資治通鑑』にも「死に絶えた」という修飾語がよく出ている。実際、農民は、「切骨の病」「骨髄を剥ぐ」とまでいわれる惨状で、「娘を支那人の密貿易商に1人当たり米1升で売る」という有り様だった。にもかかわらず国王は「国民の半数が死んでいくのを枚置しておく」という記録が李朝末期に多く見られた。

李氏朝鮮では、いわゆる「三政紊乱」によって国が大きく乱れた。これは田政(田地への課税)、軍政(農民の軍役)、還政(貧しい農民への貸付制度)の乱れであり、多くの農民を苦しめた。客観的に言えば、それが植物依存文明の限界であり、結果でもある。そもそも朝鮮半島における「三南地方(慶尚道、全羅道、忠清道)」この南と「三北地方(北朝鮮)」の北とは、有史前から2つの別世界だった。しかし、日本との合邦後、南を「農」、北を「工」に半島を経済社会改造したのは現代日本人の賢明なる選択である。李朝朝鮮が、人間としての朝鮮民衆を救う手立てはすでに絶望的だった。仮に清の「朝鮮省」やロシアの沿海州の一部になったとしても民衆にとって絶望に変わりはない。そんな時代の大勢から、列強をはじめとする万国が日韓併合を期待したのである。日韓合邦史から決して目を逸らしてはならない。合邦後の朝鮮半島はどうなったのか。結果的には食糧生産も人口も倍増しているのだ。日韓合邦についてフランスの人文地理学者ジャーク・プズー=マサービュオーは、その著書『新朝鮮事情』(菊地一雅・北川光兒共訳、白水社)のなかで「千年以上の間、農民の宿命であった不安定な環境を改善することができた」「自然の脅威にさらされ大きな工業設備を持たず、貧しかったこの農業国家を科学的な農業と様々な工業そして調和のとれた国へと変身させた」と、極めて客観的にして冷静な眼で語っている。このように、長城外の地を植物依存文明からその運命を変えただけでも、日本は朝鮮半島の新生に大きな歴史貴献を果たしていた。

P.92~94

朝鮮半島での階級差別は永久不滅

山本七平によれば人類史上、奴隸制度がないのは、日本人とユダヤ人だけだという。朝鮮人社会は、アジア史上だけではなく、人類史上でも非常に牢固な階級制度を持っていた。それを牢固なものにしたのは、李朝時代からと考えられる。極めてめずらしいのは朝鮮人社会はここ600余年来、上部構造は儒教的で、下部構造はインド的なカースト制であることだ。そもそも儒教思想は、階級的な性格が強い。孔子は、人間を「君子」と「小人」に、近代用語でいえば、ホワイトカラーの知識人とブルーカラーの労働者に、つまり頭を使う人間と体を使う人間とに2分したのである。ところで、「女子と小人とは養い難し」という。女子は儒教社会のなかで、姓はせいぜい夫の姓に「氏」をつけ加えるだけで、名はなかった。近代になっても、なおも奴隷から脱していなかった。インドのカースト制度は、身分を階級として色分けた共生の考えである。その点モンゴル人の階級観に近いが、朝鮮の階級制度は完全な奴隸制度といってもよいだろう。 ちなみに、「婢」は性奴隷でもある。モンゴル人はモンゴル至上主義で、征服した民族全体を4つの階級に分けた。もち論、モンゴル人が一番上である。その下が、中央アジア系の色目人だ。3番目の階級は女真人、北方漢人(金統治下の漢人)、そして高麗人である。最下層の階級が、大多数を占める南人だ。南人とは南宋の人で、「蛮子(南蛮)」と呼ばれる。日本では一括して「漢人」と称される。しかし前述したように中国史上では、南人と北人は古代から20世紀にいたるまで対立しつづけており、言語も風習もまったく異なる。北方漢人は黄河中下流域の中原を中心に、夏人、殷人、周人の流れを汲む複合文化集団で、南人は蜀人、巴人、楚人、呉人、越人など長江文明の流れを汲む人間集団だった。モンゴル人が、高麗人を第三番目の階級にしたのは、南人よりも早く帰順したからである。金・宋の間で右顧左眄しながら事大に悩みつづけていた高麗は、無理やりに宋の属国となることを熱望した。宋はずっと金に朝貢して国家の安全を買ったものの、その後にモンゴルが夏も金も宋も飲み込んで中華世界に君臨したので、高麗にとっては思ってもみない中世国際力学の激変だった。

だが、高麗にとっては、蒙帝統治下の「よき時代」も100年で終わりを告げられた。 モンゴル人が明に追われると同時に高麗も明に事大する李朝に奪われ、滅族の悲運を避けられなかった。李朝の時代とともに半島の自然が劣化し、そして階級支配は牢固なものになった。

大明の時代は、中国史上もっとも暗黒な時代といわれ、李朝時代の500余年も、その黒い影で半島史上もっとも暗黒な時代が続いていた。朝鮮は、国王を権力の頂点にして、王族、両班、中人(中下級官吏)、常民(一般人民)、賤民(下層民)のヒエラルキーが 成り立っていた。賤民はさらに奴婢、俳優、医者、巫女、白丁など多くの階級によって構成されていた。医者と皮工以外に役所所属の官妓、軍所属の辺妓などの売春婦、牛馬を引く牽令、猟師の矻争、漁民の揚水尺、駅の駅卒、僧侶に分けられる。そして最下層が白丁だった。イジメは、たいてい上から下へ行われるのが法則である。解放など絶対に許されなかった。白丁の解放をめぐる衡平社運動(1923年結.成)の例を見ると、白丁の集落が同じ賤民とされていた農民と妓生らに襲撃され、 放火されている。農民や妓生からすれば、白丁という身分は殺しても罪に問われない、差別すべき存在だった。このときの白丁のスローガンは、「白丁だって人間だ」であった。そもそも朝鮮では、白丁は人間として認められてはいなかったのである。もちろ.ん、朝鮮人の差別は、下の階級だけではない。小中華の中華思想として、北の女真人を「オランカイ」と呼び、差別していた。西夷も東夷も人間として認めずに、「夷奴」 「倭奴」と呼んだ。地方差別もある。ことに三北地方の出身者は、完全に官界から排除された。朝鮮の『経国大典』(李朝時代の政治の基準になった法典)には、「官憲への登用はもちろん、鷹師への起用さえ禁止する」という条例まであったほどだ。京城の人間は、三北地方の人間とは死んでも婚姻関係は結ばない。かつての北部朝鮮(今の北朝鮮)は、朝鮮内部の「被差別民」であった。第2次大戦後に建国された大韓民国では南北分断を「1000万人の離散家族」云々といっているが、これはあくまでも建前として政治的に利用しているだけだ。今でも韓国社会の深層には、地方差別から職業差別まで、ありとあらゆる差別が根を張っている。ほとんど李朝時代の延長としか思えない。階級意識や差別は半島における永遠の課題である。

P.114~117

なぜ強盗とバクリが正当化されるのか

日本人は幼い頃から「嘘つきは泥棒の始まり」とよく父母にいわれるため、日本では「嘘つきは悪いこと」として忌み嫌われている。ではなぜ「嘘つき」が「泥棒」になるのか。それは、日本は神代から、「赤き清き心」が大切にされ、誠があっての世間であり、共生社会の不可欠な条件になったからだろう。江戸時代の国学者はいち早く国学と儒学、つまりこっちの島とあっちの陸の人間や世間の違いを知っていた。それは漢意、漢心と和魂、和心との違いである。たいていの国学者は、日本は中国と違って「勧善懲悪」を説く必要がないことを知っていた。なぜなら「赤き清き心」さえあれば勧善懲悪などの道徳教育の必要がないからだ。仏教もそういう考えで、イスラム文明圏もキリスト文明圏も、儒教国家のように道徳、道徳とロうるさくしない。それは、 道徳は宗教に含まれているものだと考えているからだろう。たとえばベルギーの法学者ド・ラヴレ—が新渡戸稲造に、「日本には宗教教育がなかった。それなのに、なぜ道徳教育が可能なのか」と質問した。十数年後新渡戸は『武士道』(1900年)を書いた。「武士道があったからだ」と、ド•ラヴレーの疑問に答えたかったからだろう。その話は『武士道』の序文にも書いている。私は万世一系と易姓革命の社会は、「誠」と「詐」という一字たけでその違いを表せられると、かなり前から述べてきた。それは、まったく異なる社会の仕組みから生まれた人間行動の社会原理であり、メンタリティでもあるからだ。 「誠」が原理とされる社会、「詐」を原理とする社会はきわめて対照的だ。では、なぜ、そこまで異なる社会の仕組みやエトス、国風が生まれたのかについて私が よく指摘するのは、大陸、半島、列島との地政学的な相違と生態学と植生学の違いからくる.もので、そこには、自然に制約される風土、そして自然の摂理というものがある。 なぜ、朝鮮半島は李朝時代にあれほど激しく「崇儒斥仏(儒教を崇拝し仏教を排斥すること)」「破仏」の運動を行う必要があったのか。単に宗主国の明に対する「事大一心」の祖訓を死守したという説明だけではなかなか解釈はできない。李朝は新儒教である朱子学を国教にした。国教になった以上排他的な性格が強くなるのは理解できる。朱子学は、べつに独自の新説があるわけではない。ただ、仏教哲学の用語を盗んで、儒教の教典を再注釈したにすぎない。盗人猛々しいという言葉があるが、仏教嫌いの朱熹も仏教の理論を盗んだからよけい猛々しくなったのだろうか。李朝が過激な崇儒斥仏に走った理由は、前述したように朝鮮半島の自然崩填が深刻化したことが最大の理由だった。私がそう指摘するのは、儒教と老莊についての性格の理解から来るものである。儒教の思想の根幹は尚古主義だが、李朝時代からの自然環境の劣化によって、徐々に原始集落社会への回帰と先祖返りが進んだため、儒教思想がぴったりあったものだろう。老荘思想は自然への回帰を唱え、儒数は自然よりも人間主義、つまり「人為」を思想の根幹にしているので、再生できる豊かな自然がすでになくなっていた半島では「人為」の儒教を国教にせざるをえなかったのだろう。儒教思想の徳は人治を理想とする思想で、儒教思想 の有徳者が天子になる理論は易姓革命を正当化する「強盗の論理」でもある。 『荘子』の「盗跖篇」に、悪人の盗跖が仁義道徳を強盗の仁義と官憲の仁義とにニ分し、孔子を説教する場面があるがこれはまさしく老荘思想の真骨頂である。ニーチエが、道徳を君主(強者)の道德と奴隸(弱者)の道徳に二分したことを連想させる。東アジア世界は、日本を除いて、ほとんどが匪賊(集団で略奪・.暴行を行った盗賊)社会だった。たとえば台湾は村から一歩出れば、そこは匪賊が支配していた。匪乱や匪襲が頻繁で、村人は役人と土匪 (土着の匪賊)により二重に税金を取られていた。満洲は馬賊、朝鮮は草賊(おいはぎ)と火賊(秘密結社をつくって強盗をはたらく集団)が有名で、当時世界一不潔だった京城は土幕民であふれ、夜に入ると城内外は匪賊が跳梁していた。中国大陸では19 54年に人民解放軍が河南の匪賊を完全に消減させるまで、中国社会は「賊のいない山はなく、匪のいない湖はない」といわれるほどだった。中国の匪賊は約2000万人と 推定され、中央政府の正規軍の10倍以上にものぼる巨大勢カを誇り、中華民国時代には「中禍匪国」や「匪賊共和国」と称されるほどだった。戦後のあまり歴史を知らない進歩的文化人は、「軍」や「警」の話にふれると、すぐに 帝国主義やら植民地主義の先兵だとしてこき下ろすが、これは左翼学者のバカの1つ覚えだ。

20世紀の初頭にいたるまで、「夜警国家」は人類の夢だった。近代警察が匪賊の武装勢力に代わって社会の安定勢力になってから、近代経済社会や産業社会がやっと生まれたのである。台湾で最初につくられた造幣局は、完成直前に匪襲を受け、完全に占領された。 匪賊が跋扈する社会では、近代経済ができるはずがない。日本がなぜ非西洋文明圏のなかで、唯一近代化が可能になったのか。それは、当時、日本だけが唯一匪賊が践扈する社会ではなかったという要因が大きい。昔の話のみならず、現在の日本も世界ではめずらしいほど安全、安定、安心できる社会である。日本人は安全、安心は空気のようなもので、あまり気にしない。よく外国旅行に行く人なら知っているが、日本のような国はあくまでも例外であり、欧米に比べてもそう言える。

P.143~147

世界最大の性奴隷輸出国家としての歴史

仏教国家もイスラム国家もキリスト教国家も、とくにカソリック系では、修道士や修道女、あるいは仏教の修行僧は、たいてい禁欲主義的な色彩が強い。儒教国家もそうであるように見えるが、しかし、どこも建前と本音は別である。あるいは、それをうまく使い分けている。同じ仏教国家でも、大乗仏教圏と小乗仏教圏との別はない。実際、比較的禁欲的な小乗仏教圏でも、公娼を持っている。タイのバンコクやチェンマイは世界的に有名である。韓国は有史以来、数千年にもわたって、売春宿と性奴隸を文化的伝統として守りつづけた稀有な国家である。西洋の売春史や中国妓娼史などを比較して考察すると、人類最古の職業といわれる売春も、時代の変化、風俗文化の変化とともに、その形態が変わる。シャーマニズムから生まれた巫娼が人類の歴史から消えたのは、国家の成立からというよりも、宮廷の権力が拡大し、制度化されたからである。王室、貴族文化の発展とともに、宮妓、官妓、軍妓( =いわゆる従軍慰安婦)、私妓が隆盛となり、やがて世俗化、大衆化、市場化によって、市妓、私妓文化が花開いていく。では、韓国だけ、なぜ、三韓時代や三国時代以来の売春婚と性奴隸の制度を守りつづけていたのだろうか。それは、半島が近代になっても、貨幣経済や商品経済などの市場経済が未発達で、集落国家のままだったからだ。また、ことに李朝時代に入ってから 原始社会へ先祖返りする一方、貴族である両班を中心とする階級 社会が時代とともに強化され、大衆社会どころか中人や常民を主体とする社会も未成立で、両班がそのまま時代の主役となっていたからである。朝鮮半島が、大陸の天朝朝貢冊封秩序に組み込まれたのは、唐の高宗以後の統一新羅からである。それ以来、千数百年にもわたって、ずっとこの秩序のもとで、属国として貢納が義務づけられてきた。しかし、資源から見れば、特産としての金、銀、牛馬などはそれほど豊かではない。野生の朝鮮人参以外には性奴諫だけである。勿論、貢女や宦官の献上は、中華歴代王朝の好みと必要によって異なる。たとえば、モンゴル人の元や漢人の明代と比べて、唐の時代には献女の数はそれほど多くはなかった。貴族文化の隆盛期に、東夷の賤種とされていた半島の献女は、宮妓としてはそれほど好まれなかったのだ。高麗以前のユーラシア大陸では、中央アジアから南アジア、東南アジア、北アジア、東アジア大陸、そして日本までも、約1000年近く大仏教文明圏の時代が続いていた。李朝以前の朝鮮半島の文化にもっとも影響が強かったのは、儒教よりも、より普遍性を持つ仏教、そしてモンゴル文化であった。ことに高麗時代の約100年にもわたる衣食面のモンゴル化は、日帝36年の近代化にも匹敵する。モンゴル風が国風にもなっていた。「モンゴル流グローバリズム」の時代だったからである。小中華となったのは、李朝時代からの 500余年であった。半島の統一国家としての国家原理は、事大が必要不可欠の原則であると、すでに述べた だから、羊島の風俗も大陸諸王朝に連動する。たとえば、中華王朝への貢女や宦官という朝貢品は、元、明が多く、清の時代以後、その数が減少したのは、中華王朝の政策の変化にもよる。たとえば、清の宮廷では宮女は満洲人のみ、宦官は満洲人以外という政策をとったので、朝鮮の貢女も宮妓よりも官妓のように変わった。もちろん、中華帝国の歴代諸王朝の宮妓としての献女や貢女が、朝鮮歴代王国からばかりとはかぎらない。たとえば、唐軍やモンゴル軍、満蒙八旗軍によるおびただしい数の敗戦諸民族、ことに女性の強制連行があった。あるいは高麗海賊や半島特有の人さらいに加え、粛清される権力闘争の敗者、異民族の残留組が売られていった。たとえば大元のモンゴル人が漢人に長城以北までに追われたのち、その残留組は多くが売られ、軍妓、市妓、 私妓の供給源となった。政争や戦争の敗者にかぎらず、周期的に噴出する数万人単位や数十万、数百万人単位の流民も市妓の供給源となる。朝鮮半島の歴代王朝による宗主国への献女は、ただ宮女だけにとどまらず、軍妓(営妓、 従軍慰安婦)への売却も見られる。高麗の元宗の代に、元が南宋の軍人のために高麗の妓女140名を要求してきている。高麗政府は「結婚都監」を設け、1人の化粧代を絹12匹 でモンゴル政府に売った。その翌年、元は蛮子軍(南宋の漢人部隊)1400名を高麗駐劄に送ってきたので、高麗政府は「寡婦処女推考別監」を設け、役人を諸道に出して婦女を選考•選別したこともあった。フピライ・ハーン以来、約100年間にわたった大元皇帝だけでなく、権門貴族や高官もしきりに高麗政府に貢女を要求した。「処女」を原則にしたのは、ごまかしが多いからだ。たとえば、『多爾袞徴女朝鮮史事』(李光濤著、台湾・中央研究院歴史言語研究所)によると、ドルゴンの要望は美女と処女を原則として、朝鮮国王の妹や王女あるいは王室、大臣の娘を要求した。勅使も2品以上の高官の娘が求められ侍女も原則として両班の娘が求められ勅使があの女が欲しいと要求し、女が嫌だと拒否したら、首をはねられた。もちろん不正が発覚すると、座首(責任者)、色吏(女色統轄官。妓生などの関係者) によってチェックされ、不正役人は厳罰に処される。たとえば日淸戦争前、朝鮮政治を指導していた朝鮮駐劄司令官、袁世凱は、官妓を設け、推別都監から13〜16歳までの処女を選んで官妓や軍妓にしていた。そして、最高実力者となる王妃閔妃の妹を妾にした。 また、朝鮮政府の不正を防ぐために、明の永楽帝は勅使として内使の黄儼を朝鮮に送り、直接貢女を選んでいる。あわておののいた朝鮮朝廷は、全国に婚嫁を禁止し、各道から13〜25歳の処女200〜300人を集め、数回にわたって景福宮で選んでいる。このとき、 政府高官の娘が選ばれたのは5名だけだった。

李氏朝鮮が最初に台湾に輪出したのは、北部炭鉱妓楼の娼妓であった。そのため、戦後、台湾の町々に朝鮮人娼妓があふれた。台湾では、売春婦という言葉から連想するのは「チョウセンピア」と呼ばれる朝鮮人売春婦である。

P.157

韓国の文教部長官、閔寛植は1973年4月、柬京の韓国学園で、韓国女性が国家の経済的建設に欠くべからざる外貨獲得への献身的努力をしていることに最大級の賛辞を呈したと伝えられている。同書(1980年出版『腐蝕する社会』)によれば、当時の韓国内では、妓生は約20万人にものぼるという。要するに、当時の朴政権は、売春を国策として奨劻し、美德として外貨稼ぎをしていたのだ。さらに、彼女たちを特訓して、芸術使節団や芸能人として証明書を発行し、日本まで遠征させたこともある。KCIA (韓国中央情報部。現在は国家情報院)の対日政財界工作に使われる妓生は、外交官の旅券まで持ち、日本の政財界の大物相手の女性専門家として活躍していたのだ。さらに、対米議会工作にも使われているという。もちろん、韓国の売春婦の海外遠征は、朴正熙政権時代の日米への遠征や、同時に行われたベトナム遠征だけとはかぎらない。朴が凶弾に倒れた後も、今にいたるまで続いている。現在は、日米で合わせて10万人の韓国人売春婦がいると推定されている。彼女たちによる対日工作は、野党と反日諸団体向けが中心だったが、日本の嫌韓感情の昂進から成果があがらなかった。一方、アメリカのほうでは、ロビー活動に多くの議員がカモとなり、 韓国の反日活動である従軍慰安婦聖女像の設置にも、その議員らが大きな役割を果たしたと伝えられている。

 

柏市立病院の建て替え問題について

現在の市立病院は「柏市布施1−3」にありますが、秋山市長は「柏の葉キャンパス」駅近くに移転させたいようです。「柏の葉キャンパス」駅の近くには既に「辻仲病院柏の葉」があり、集約するメリットはなく、却って今まで「布施」まで通っていた人(特に布施の近隣にお住いの方)に不便を強いることになります。柏市民の力で移転を食い止め、現在の地に建て替えできるようにしたいです。方法は住民投票です。上橋柏市会議員はこの運動に賛成しております。下のチラシを参照ください。

上橋議員のチラシ

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10/28大礒正美氏ブログ記事「自覚があるか安倍首相の三大矛盾」について

下記記事についてすべての面で同意します。前にも話しましたが、青山繁晴氏が評したように総理は「油断であり、傲慢であり、驕り」が出てきたのではと感じます。本来安倍内閣は憲法改正を使命として誕生したはず。それを忘れアベノミクスの経済政策だけで終わってしまう可能性もあります。このところ、新任大臣のマスコミバッシングが続いてるのもマスコミに戦う姿勢を見せないから、甘く見られているせいだと思います。ネットでは反安倍を閣僚に取り立て、潰しにかかったという声もありますが穿った見方です。以前議員会館の安倍事務所を訪ねたときに、吉田松陰の像が置いてありましたが、松陰先生のように生きてほしいと願っています。中国が良く言う三戦(法律戦、世論戦、心理戦)すべての面で日本は中韓に負けています。現在は武力行使型の戦争よりは、情報戦で戦争が行われる方が多い。日本は民主主義、法治国家なので中韓のような国より法案施行・国民喚起・安保整備に時間がかかるのは分かりますが、もっと相手に言葉で厳しく迫った方が良い。足を引っ張る議員と反日マスコミを恐れていては何も達成できず、中途半端で終わってしまいます。まあ外交は内政の延長ですから、簡単にマスコミの言うことに騙される国民が多いようではなかなかやりにくいのは分かりますが。オバマは11/4中間選挙後、弾劾されるかも知れないので、彼がどう感じようと関係ないと思っていますが、他の欧米人から見て「論理的でない」「言っていることと行動が一致しない」と思われるのでは、仲間とは思って貰えません。それでは抑止力になりません。現実を考えると、プーチン、金正恩に近づくにはアメリカとよく連絡を取り合ってやらないとダメですが、岡崎久彦が亡くなったのは対米追随ベッタリ路線ではやりきれない(米の国防予算削減もあって)象徴かも知れません。

 

国際政策コラム<よむ地球きる世界>No.187       by 大礒正美(国際政治学者、シンクタンク大礒事務所代表)

平成26年10月28日 【自覚があるか安倍首相の三大矛盾】 「鉄の女」サッチャー英首相が初めてゴルバチョフ・ソ連大統領と会談したあと、「We can do business with him.」と評したことはよく知られている。「話が通じる」という好意的な表現だ。残念ながら安倍晋三首相は、オバマ米大統領からそう言われるまでに至っていない。外交に熱心で約50ヵ国を歴訪したが、米欧の首脳たちの対応はかなり儀礼的であり、米英独などのメディアに至っては理不尽なほど辛口と言える。これは、東南アジアやインド、トルコなどでの歓迎ぶりと対照的である。サッチャーの好意的なゴルバチョフ評が世界を動かし、冷戦終結(ソ連の完敗)、ソ連崩壊へと歴史の雪崩が起きた。それほどのパワーでなくても、米大統領が「アベとは話が通じる」と一言言えば、日本を巡る国際環境はガラリと変わることが期待できよう。なぜそうならないのか、ひとつの理由は、安倍首相が矛盾したことを平気で言い続けているからである。それを3つの事例に分けて説明してみよう。 第1の矛盾は、「法の支配」を前面に出して外交の基本に据えているが、具体的行動が全く逆であることだ。たとえば、島根県の竹島に2年前、李明博・韓国大統領が初めて上陸して見せたとき、日本政府はとうとう、国際司法裁判所に提訴する準備を始めると表明した。過去2回、同じような意思表示をしたが、いつの間にか消えている。3度目にようやく提訴が実現するかと思われたが、安倍政権になって全く動きがない。フィリピンでさえ(?)中国相手に昨年、国連国際海洋法に基づく仲裁手続きに訴えたのに、日本は総理が止めているとしか思えない。また昨年初めに、日本が引き渡しを求めた中国人犯罪容疑者を、韓国は中国に送り返してしまった。日韓二国間の「犯罪人引渡し条約」違反であることを、どうして放置しているのか。 同じように、韓国は対馬の寺から韓国人が盗み出した仏像を、事件と関係なく、なぜ日本に渡ったのかを解明しないうちは返還しないと決定した。これは盗難美術品の返還義務を定めたユネスコの「文化財不法輸出入等禁止条約」違反であるが、日本政府は抗議を拒否されるとあとは何もしていない。もっと重要なのは、ソウルの日本大使館前に据えられた「慰安婦少女」の像と、日頃繰り返される抗議集会に関してである。これらの嫌がらせ行為を放置することは、「外交関係に関するウィーン条約」の違反になる。韓国政府は「公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止」する「特別の責務」を負っているのである(22条2項)。安倍首相は「前提条件なしに首脳会談を」と呼びかけているが、こうした幾つもの「法の支配」違反に目をつぶっているのはどういうわけか。 オバマ大統領以下の米首脳陣は法律家ばかりだから、とても理解できないと感じているだろう。つまり、日本側に弱みがあるから前提条件をつけないのだろう、と思われても仕方がない。 それどころか日本も、朝鮮総連本部ビルの強制売却手続きを、執行寸前に最高裁判所が差し止めた。これは時期的に拉致問題再調査合意と一致しているため、国内でも安倍政権の意向ではないかとささやかれている。 まさか三権分立の日本で、最高裁が行政の道具に使われるはずはないと信じたいが、実際、中国漁船の領海侵犯、巡視船体当たり事件のとき、菅直人政権が検察をウラ指揮して船長を釈放させた実例がある。これでは、「人治」の中国、「情治」の韓国に対して、「法治」の日本だと胸を張っても説得力はない。韓国人の国連事務総長が、韓国で、韓国語で、日本批判を行った際も、日本政府は決して「国連憲章違反」と言わず、「遺憾」で収めた。どこに「法の支配」の実態があるのか、国内外への広報の努力がどこにも見えない。 次に第2の矛盾だが、「積極的平和主義」を看板に掲げ、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更を閣議決定したが、同時に靖国神社参拝などの際、「不戦の誓いを堅持」と世論に訴えている。「積極的」を英語の「アクティブ」と解釈すると、そういう平和主義は、実は宗教的・政治的な暴力否定・兵役拒否などの思想行動を意味する。米国のクエーカー教徒とか原始的生活をするアーミッシュなどのイメージが強く出てくる。そこに「不戦の誓い」を重ねると、「自衛隊は戦わないので、同盟諸国の皆さん、日本の防衛のために戦って下さい」という意味になってしまう。安倍総理の本意は、「平和は天から降ってくるものではなく、戦い取ることも必要な場合がある」ということだろうが、国民向けにはそう言わないので、米国においては特に矛盾がひどいと受け取られる恐れがある。 第3の矛盾は、いわゆる慰安婦問題の処理を間違ったことである。朝日新聞の誤報訂正によって、慰安婦の「強制連行」が事実無根だったことが、国内的には急速に認知が進んでいる。しかし、安倍政権が河野談話を継承すると言う限り、海外とくに米国においては何の是正も進まない。日本国内と国外の認識がどんどん乖離していくことになる。それどころか「談話は見直さないが、検証はする」「談話(文章)はいいが、あとの口頭発言が大きな問題だ」という具合に、外国からすれば何を言っているのか分からない対応が続く。日本に対する不信感が増すだけだ。つまり、よく言うところの「戦力の逐次投入(小出し)」という愚策をそのままやっているわけである。「ナニナニは元から絶たなきゃダメ」という格言が、ここでもそっくり当てはまる。河野官房長官談話(宮沢政権、93年)だけでなく、村山首相談話(95年)をセットで否定するところから、第2次安倍内閣はスタートするべきだった。村山談話は、米国であれば存在すら許されないような社会主義政党の、それも最左派という人物が思いがけず暫定的な首相になり、自分の自虐思想を置き土産にしただけのシロモノである(在任13ヵ月、河野は副総理・外相)。オバマはそんな日本政治の特殊事情を全く知らないだろう。この2人の談話が中韓両国の日本叩きに根拠を与え、日本を貶める国家的な運動を生み出したという認識も希薄だろう。しかし、すでに中韓の反日同盟が、米韓・米日の安全保障トライアングルを形骸化させ、米国の国益を大きく損ねていることは分かっているはずだ。オバマ政権に「積極的」に、その因果関係を分からせ、原因である2つの談話の破壊力を理解させることこそ、復活した安倍総理の歴史的責任というものではないだろうか。

10/27「三島由紀夫と神格天皇について」講演について

三島由紀夫研究会主催の標記講演会に出席しました。講師は藤野博氏でした。内容の一部を下記に紹介します。講演でも触れられましたが、今の日本は似非平和主義、経済至上主義、利己主義に固まっていると思います。先人たちが目指した「高邁な理想」「潔さ」「自己犠牲の精神」が、戦後置き去りにされてきたと感じます。アメリカ、中国、韓国の汚い部分をマネて、損得勘定を先に立てるようにしてきたからだと考えています。三島の自決の数か月前に残した言葉、「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このままいったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、ある経済大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人達と、わたしは口をきく気にもなれなくなっているのである(産経新聞、昭和45年7月7日付け)」というのは今の日本をうまく言い当てていると感じます。それだけではなく、差し迫った危機にも動こうとしない駝鳥の平和を求めている人が多いと感じます。覚醒せねば。

『はじめに

1.三島由紀夫と向き合う際の私の心構え

(1)正確に読み解く

(2)厳密に解釈する

(3)自分の問題として受けとめる

2.論考の出発点を、自決当日の主張の核心を成す檄文とする

◊檄文のポイント

(1)国の大本を忘れ、国民精神を失った、戦後の日本の精神状況を告発

(2)自衛隊の違憲を喝破し、道義の退廃の根本原因とみなす

(3)建軍の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史•文化•伝統を守る」ことである

(4)[生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか」——生命至上主義を指弾

生命以上の価値とは、「われわれの愛する歴史と伝統の国、日本」である——戦後 の日本人に蔓延している個人至上主義(個人本位主義)を批判

檄文の訴えの根柢には〈日本国家〉とその中心にいる〈天皇〉がある。したがって、 テ一マを〈天皇〉に絞って考察し、その上で「切腹」の動機とその意味を探る。

<割愛>

Ⅱ.三島由紀夫の天皇観の特質

(6)三島由紀夫の天皇観の特質を総合的に捉える

三島の天皇思想は二重構造を成している。すなわち、明治以降の近代的天皇に潜む 問題、昭和天皇批判、憲法改正の主張などは、歴史上の、現実の天皇を論じている。 ところが、歴史的•現実的天皇に対する心情や理論構築の根底には、理想とする天 皇、すなわち「神としての天皇」「超歴史的天皇」、「超現実的天皇」が厳然として存 在している。この理想の天皇を基軸として現実の天皇を裁断している。この「神」と しての「超歴史的•超現実的天皇」が、みずからの命を賭けるほどの絶対的な究極の 価値であり、「三島由紀夫の天皇」と言える。

一人の人間としての三島由紀夫はニ面性を所有している、稀代の傑出した文学者が 「仮面•衣裳」であり、〈天皇〉と、国家、歴史、文化、宗教、戦争、倫理などとの 関わりを深く思索し格闘した行動者が「素顔•裸体」である。

三島の精神構造の特徴は二元論的思考にある。ニーチェの、アポロン(知性)とデ イオニュソス(激情)という対極的思考に強く影響された。理性と感情、認識と行為、 精神と肉体、絶対と相対、神と人問、歴史と超歴史、近代と反近代、個人と国家、世界性と民族性、西洋と日本、伝統と革新、政治と精神、文と武など、あらゆる二元論 の宝庫である。これらの二元的要素を共存させ拮抗させながら、極限まで思考を深め、 自己超克の果てに自刃を敢行した。

天皇は、三島由紀夫という存在そのものを支えていた根幹。

天皇は、三島由紀夫にとって「血肉化した存在」。

○結びの言葉

(1)三島由紀夫の訴えをどう受けとめるか

•人間を超越した存在としての「神」を認めるか——天皇(人間神)と超越的絶対神との関係。神道的な多神教と、キリスト教な一神教という、宗教の根本問題を内包

・「生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか」——生命至上主義と対極にある「永遠の生命」の希求

•〈生命以上の価値〉とは(歴史と伝統の国、日本〉——天皇を中心とする日本国家と日本文化の価値の再生

三島の、死を賭した訴えによって、自国の歴史と文化に対する認識の欠落を痛感 し、天皇と日本文化の特質に対する眼を開かされた。

(2)三島由紀夫の鎮魂を祈願する

《科学技術や産業•経済は、時代とともに変わる「流行」であるが、歴史・文化・伝統を重んじる精神、倫理、神、生命、魂という精神的なものは、時代が変わっても 変化しない「不易」である。三島の精神に秘められているのは、「不易」すなわち精神の「普遍性]と「永遠性jである》

《文学者.三島由紀夫は「言霊」の発信者である。行動者・三島由紀夫は「言葉」の 奧底に潜む「精神」「魂」の発現者である》 《私が最も心をゆさぶられるのは、三島由紀夫というひとりの「裸の人間」の最奥で 響いている「魂」である》』

下は三島由紀夫20歳時の遺言状

三島由紀夫20歳時遺言状

 

 

 

 

直近の安倍内閣の支持率について

下記の通り、2閣僚辞任後でも50%前後をキープしているのは素晴らしいことと思います。日経の調査は前回調査より5%低下とのこと、やはり新聞報道やTV報道の影響を受けるようです。青山繁晴氏のTV「アンカー」で2閣僚辞任は安倍総理の責任が重大、内閣改造する必要はなかったのに敢えてそれをした総理自身の油断であり、傲慢であり、驕りであったということです。自民党議員の大臣病も困ったものですが、マスコミは旧田中派が押えているから大丈夫と思っていたとしたら油断であることは間違いないでしょう。第一次安倍内閣は古い自民党、マスコミ、官僚(特に官公労)にやられたことを思い出さないといけません。北朝鮮へ外務省等派遣も焦りの表れかもしれませんが。しかし、これで消費税増税が遠のいたということになれば良かったのかもしれません。望月、有村大臣は逃げ切れるレベルでは。ただ、宮沢大臣のパチンコ業界からの献金というのは法的に言っても、道義的に言ってもマズイです。朝鮮総連や韓国に金を流している業界ですから。自民党、警察も彼らに汚染されているということで、これを機会に他の政治家も全員調べた方が良い。日韓議員連盟の政治家は危ういのでは。

安倍内閣支持率

 

10/26ZAKZAKの韓国と移民の記事について

日韓議員連盟の会長は額賀福志郎、副会長が高村、志位(共産党)なのでおかしくなるのは当り前。会長が旧田中派なので韓国に利権を持っているのでは。日本の名誉を個人の利益のために犠牲にするとは腐っています。産経の加藤支局長の件もアリバイ作りのために言っただけ。言いっぱなしで終わっている。交渉なのだから日本だけが譲歩する必要はない。日本が譲歩すれば外国は「日本はやはり韓国に悪いことをしているから譲歩している」と思われます。こういうことをする議員は次の選挙で落とすべきです。在日の問題で特別永住権を付与することも間違いです。他の外国人と同じ扱いにしないと不公平です。その上で日本国を貶める輩は帰国させるべきです。言って見れば身中の虫になる可能性の人間を野放図に日本に置いておくことは安全面で問題です。人種問題でなく国家・国民の名誉と安全の問題です。彼らは論理のすり替えが得意ですから。

議連が合同総会 日本、関係悪化を懸念 韓国「国会で議論」 共同声明には盛り込まれず

【ソウル=名村隆寛】日韓議員連盟と韓国側の韓日議員連盟による合同総会が25日、ソウルで開かれた。

総会の分科会である法的地位委員会では日本側から、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が朴槿恵(パク・クネ)大統領への名誉毀損(きそん)で起訴された問題について、「日韓関係の悪化につながらないか」との懸念が示された。韓国側は「韓国の国会でも議論されている」と述べるにとどまったという。総会では、日韓が民主主義などの価値を共有してきたことを評価し、首脳会談の実現に努める、などとした共同声明を採択したが、加藤前支局長に関し、声明での言及は見送られた。共同声明は、来年の日韓国交正常化50年に向け、両国関係を早急に修復することで合意したことを明記したほか、日本側が過去の歴史認識をめぐる河野談話や村山談話、菅直人談話を継承することを確認した。元慰安婦の名誉回復に努める、との文言も韓国側の要請で盛り込まれた。また、互いの国の歴史教科書を翻訳し、参考書として活用することを検討するとした。日本での「ヘイトスピーチ」の問題についても、防止策を探っていくことで一致したとしている。

「日本は移民に占拠される」20年前に仏政治家が警告していた

8月にイタリア、フランス、オーストリアに滞在した作家の落合信彦氏は、ヨーロッパの「劣化」を実感したという。治安の悪化、勤労意欲の低下、そして移民受け入れによる文化の衰退。稼ぐ国が稼がない国を養っている状態で、稼ぐ国の国民に蔓延する不満--落合氏は、EUが確実に崩壊に向かっていると指摘する。そして、「移民」に関し、移民先進国の政治家が日本に警告していた内容を明かす。ヨーロッパがこうした状況に陥ることを早くから予見していた男がいる。フランスの国民戦線党首だったジャン=マリー・ル・ペンである。彼はいまから20年以上も前から、ヨーロッパ統合や移民受け入れの危険性を提唱していた。本誌1992年5月28日号のインタビューで、彼はこう語っていた。「私の言っていることは人種差別ではありません。それぞれの国民が生まれた土地のアイデンティティを大事にし、美しさを守るのは他者への尊重と言うべきでしょう? 私が移民に反対するのはそういうことからなのです。ところが我がフランスでは、社会主義的な考え方から、たとえ不法労働者でも同じように扱うという思想がある。(中略)それどころか失業保険をつけ、教育も医療も補助を受けられる。そうなると自分の国なんか放り出して、何もしなくても100倍のカネが入るフランスに来るわけですから」。私が「日本でも外国人労働者にどう対応していくかということが問題になっている」と持ちかけると、彼は大きく頷きながらこう答えた。「気を付けなくてはいけない。日本が少しでも気を緩めると移民に占拠されますよ。私は5年前にイタリアの人々に言ったんだ。今のうちに移民対策をプログラムに入れておかなければ駄目だと。いやウチは移民を出すほうだと本気にしなかった。ご覧なさい。150万人の移民が入ってきている。ヨーロッパの一番貧しい国でも第3世界の一番金持ちのところにくらべたら、ずっと上なんです。日本もここからが正念場ですよ」当時、危険な極右とみられていたル・ペンだが、その後移民の拡大と比例するように支持率を伸ばし、後を継いだ娘のマリーヌ・ル・ペンは、次期フランス大統領の有力候補にまで上り詰めた。

※SAPIO2014年11月号

10/24日経「ビール系、酒税差圧縮」の記事について

2013年のビール類の出荷量・酒税を新聞、国税庁のHPで調べると、ビール 2,743,169KL(酒税6,035億円) 発泡酒742,889KL(酒税997億円) 第三 2,002,685KL(酒税1,602億円)、合計5,488,743KL(酒税8,634億円)でした。ビール350ml缶で酒税が77円も取られているのは法外です。本来、第三のビールの税率の28円にすればよいのですが、税収が減るので1000兆円を超える国の借金を考えると財務省はやり切れません。結局ビールの酒税を下げて、発泡酒はそのまま、第三のビールを発泡酒に合わせるのではと思います。本来のビールの風味を損ねないためには、酒税を安くする目的でのリキュール等を入れるのはどうかと思います。そういう意味では2段階で税率を合わせるだけでなく、将来は一本化した方が良いと思います。でも小生糖尿病なので一本化しても家で飲むのはカロリーの少ないアサヒオフですが。

beer

【ビール系、酒税差圧縮 政府・与党「第三」など上げ】

政府・与党はビール系飲料にかかる酒税について、酒類間の税額格差を段階的に縮小する方向で検討に入った。ビールにかかる税額を引き下げ、ビールよりも税額の少ない発泡酒や第三のビールを引き上げる。増減税同額の税収中立とする方針だ。酒税が商品価格に大きく影響し、市場の競争環境を過度にゆがめていると判断した。ビール業界の商品開発や経営戦略にも影響を与えそうだ。

与党は2015年10月に消費税を増税した場合の影響やビール業界の動向を見極めながら、12月にまとめる15年度税制改正大綱に実施時期や縮小幅を盛り込む方向。政府内に消費増税の時期を避け、実施は16~17年度にすべきだとの声がある。

自民党税制調査会などはビールの減税で消費者の理解を得られるとみているが、第三のビールと発泡酒の価格が上がれば低価格志向の消費者が反発を強めかねず、見直し作業が難航する可能性もある。

ビール系飲料にかかる酒税は、麦芽の比率など使われている原料に応じて税額に差がある。350ミリリットル缶でビールの税額は77円だが、発泡酒が47円、第三のビールは28円にとどめている。平均小売価格はビールが223円、第三のビールが144円で、この価格差79円のうち、税額による差が約6割を占めている。

党税調は「税負担が軽い商品の開発を誘導するのは好ましくない」(幹部)と見直し論を強めている。政府・与党は税額差を段階的に縮小し中長期的に統一する構えだ。ビール系飲料各種の消費量が変わらなければ、税収中立で税額を同じにするには350ミリリットルあたりの税額は約55円になる。

ビール各社は消費者の低価格志向をにらみ、麦芽以外の原料を使いながらビールに近い味の第三のビールを相次ぎ開発してきた。ビールの13年度の年間出荷量が284万キロリットルと10年で約3割減少し、一方で03年に登場した第三のビールは227万キロリットルと迫っている。

【ビール、戦略見直しへ 酒税差圧縮を政府・与党検討】

政府・与党がビール系飲料の税率格差を縮小する検討に入ったことで、ビール大手は商品戦略の見直しを迫られそうだ。消費者の価格志向に対応し、各社は割安な第三のビールの販売を強化してきた。店頭の価格差が縮まり「ビール回帰」の流れが起きれば、製法や原料で制約の多い第三のビールは商品の絞り込みなどが進む可能性もある。

第三のビールは2003年の登場以来、値ごろ感から需要を伸ばし、ビール系飲料の3分の1を占めるまでになった。ただ、使用できる穀物や原料となる発泡酒の製法などが細かく規定され、商品開発の自由度が低いことから近年は目立ったヒット商品がなかった。1~9月の出荷量は夏場の天候不順などで前年同期比3.5%減った。

ビール系飲料の半分を占めるビールは景気回復や本格志向の高まりで復調の兆しがあり、各社は広告宣伝や販促活動を強化している。依然市場規模が大きいことから、ビールの税率が下がること自体は業界では前向きに捉えられている。

3カテゴリーの構成比が各社で異なるため、その影響度合いは違ってくる。アサヒビールはビールの比率が約76%と最も高く、サントリービールは約51%、キリンビールは45%にとどまる。税率見直しはアサヒには追い風となる半面、サントリーなどには不利に働く可能性がある。

 

 

川田 稔著『昭和陸軍全史-1 満州事変』を読んで

表題著作を読んで、その他関連する部分も含め、不断考えている問題について挙げて行ってみます。時間をかけて答えを見つけていければと思っています。

  1. 大正4年(1915)に大隈内閣は対華21ケ条の要求を袁世凱に出したが、これが侵略の嚆矢と考える人もいるがそうかどうか?
  2. 昭和3年(1928)、張作霖爆殺事件を何故起こしたのか。(一説にはロシアの諜報機関が起こしたものとの説もあるが)。息子の張学良が反旗を翻すのは目に見えていたのに。実の父を殺されて日本の言うことを聞くわけがなかったと思います。
  3. 歴史的に見て、中国大陸は漢民族で異民族支配が長かった。清国は満州族で、旧満州と言われる東北3省には漢民族を入れないようにしていたのにどうして張作霖が力を持てたのか。
  4. 陸軍の派閥争いで長州閥(山縣→田中義一→宇垣(岡山)、上原(薩摩))と一夕会(長州以外)で、結局下剋上となって一夕会に乗っ取られた。派閥抗争では強い日本はできないのに、長州に対する恨みが先に来てしまった?
  5. 下剋上に対して厳しい処分ができないため軍規が緩んでいった。昭和6年(1931)の満州事変は政府の不拡大方針に関東軍が従わずズルズルと戦線拡大していった。何故厳罰で臨めなかったか?内乱になる可能性もあったとしても。それが石原は中国との戦争(長城以北は漢民族の土地ではないから)に反対していたにも拘わらず、武藤章が盧溝橋事件を起こし(とはいっても中国共産党が国民党と日本軍を戦わせるため発砲したと劉少奇が言っていますが)てしまう遠因にもなります。
  6. 軍事大臣現役制(倒閣に利用)、統帥権干犯は明治憲法の穴であった。これを防ぐ手立てを考えるべきだったのでは。
  7. 資源確保のために、中国大陸に出ていくのが当然視されていたが(永田鉄山、石原莞爾)、中国は歴史的に異民族支配だから日本が支配して良い、清国は満州族なので日本に民族的に近いという論理(石原)で被支配民族が納得するかどうか?一方、エリザベス・シュンペーターやヘレン・ミアーズは日本の満州進出を欧米列強が採用している植民地政策と同じことをしているだけと見ていました。
  8. 英米と戦争するときに、世界に天皇の詔勅に人種差別撤廃、植民地解放を何故アピールしなかったのか。それを世界にアピールすべきであった。そうすれば戦いに敗れても道徳的優位は保てたと思います。大正8年(1919)パリ講和会議では人種差別撤廃を、昭和18年(1943)の大東亜会議では自主独立を訴えたのに。

ノーベル物理学賞受賞者・中村修二氏についてのコメント

10/22渡部亮次郎氏のメルマガ「頂門の一針」に表題の記事が掲載されていましたので紹介したいと思います。アメリカ人が受賞の様子をTVで見ていて、「最低の受賞者だ」と言われたとのこと。日本人の悪口ばかりだったとのこと。記事の他の部分は事実かどうか確認できませんが、この部分は事実と思います。日本でのTV報道ではその部分をカットしていたので悪い印象は持ちませんでしたが。韓国に技術を高く売りつけたのが真実なら、強欲、売国奴に違いありません。素直に受賞が喜べなくなりました。どうせなら、彼でなく日亜化学工業こそが受賞に値するのでは。

<掲載記事>

【日本人3人のノーベル物理学賞、シカゴじゃシラけているぜ! 】

米国企業の研究開発の末端の末端で働いている私は「日本人がまたやったなぁ!」とノーベル賞受賞者が発表された翌日に出勤すると言われるのが同じ日本人として嬉しい。IPS細胞の山中教授の時は「人間の細胞をリセットするなんて、どこまで日本人は優秀なんだ?」と同僚達から言われた。「日本人のIPS細胞の発見でうちの会社のバイオ部門も儲かるぞ!」と同僚達は喜び、うちのグループ企業の中のバイオ関係の会社や関連する検査装置を開発している会社の株価も実際に上がった。しかし今回の青色発光ダイオードの発明での日本人の受賞に私は非常に迷惑している。言っておくが、ノーベル賞受賞の会見なんて、世界中のテレビで放映されるものであり、勿論うちの会社の研究開発のメンバーは全員観ているし、シカゴのテレビでも繰り返し放映される。私の同僚達がN氏のノーベル賞受賞の会見を観て驚いてしまった。今までのノーベル賞受賞者の中であの日本人は最低の研究者だと口々に言うのである。同時受賞した赤崎勇氏と天野浩氏は日本が誇る優秀な研究者であるが、カリフォルニア在住のN氏はもはや日本の国籍ではなく、アメリカ国籍なので、アメリカ人のノーベル賞受賞者としてアメリカのテレビは取り上げるので、アメリカではN氏中心に報道されてしまうのは仕方ないのだ。赤崎勇氏と天野浩氏は日本が誇る優秀な研究者なのに、それを台無しにしてしまっている。非常に勿体無いのだ!先ず最初に私が感じたのは彼の英語が私と同じぐらいに滅茶苦茶下手であるということだが、それは置いといて、彼が会見で話したのはほとんど日本の悪口ばかりである。彼は日本企業での研究発環境は奴隷並みであり、会社を退社した後も企業秘密漏えいの疑いで訴えられたりして、日本では研究者達がどれだけ虐げられているかを世界中の人達が観ているテレビカメラの前で力説しているのである。彼が下手な英語で勤めていた会社が発明特許を独占したことや、莫大な利益を会社にもたらした自分の発明に対して数万円の報奨金だけしか貰っていない不公平さを興奮しなから話していた。それに彼が渡米後にその会社から企業秘密漏えいの疑いで提訴されたこともAnger(怒り)という言葉を使って日本企業の酷さを身振り手振りで力説していた。カリフォルニアでのN氏の会見は日本のテレビでも流れているのだろうか。私の同僚達は1000歩譲って、彼の話しが本当だとしても、ノーベル賞受賞のキッカケになる研究の機会を与えてくれた日本企業に対するAnger(怒り/恨み)が研究のエネルギーになっているなどというふざけた内容を世界中の人々が観ているノーベル賞の受賞会見で発言するのはノーベル賞受賞者を汚すような品格のない行為であると皆は口を揃えて言う。ノーベル賞を受賞するような科学者は人種を問わず、世界中の子供達が憧れるものであり、ああいう日本人を自分達の子供が真似したら将来にとんでもない世の中になってしまうと言うのだ。あんな恨みを人前で言うノーベル賞受賞者を今まで観たことがないと同僚達は言う。申し訳ない! 同じ日本人として恥ずかしい!そして同僚達から「ほそみち、お前が日本企業を辞めてアメリカに来た理由が判ったよ。」と言われるのが滅茶苦茶腹が立つのだ。

私は同僚達に実は彼は科学者ではなく、詐欺師であることを説明した。私から言わせれば彼は国賊である。どうしても日本を貶めたい朝日新聞の慰安婦捏造事件よりももっと直接的に世界に発している。彼が間違ってノーベル賞を受賞することになったのには色々な理由があることを同僚達に説明した。私は随分前から日本の技術が海外、特に韓国企業に流失することに懸念していたが、その代表的な人が彼である。先ずはっきり説明しておくが、青色発光ダイオード自体を開発した天野氏はN氏が開発したとされているツーフロー装置は特許として全く価値がないものだということを裁判ではっきり示している。だからそもそもN氏と天野浩氏が青色発光ダイオードの発明で同じノーベル賞を貰うには相当な無理がある。だから今回のノーベル賞は別の意味で面白いかもしれない。彼がノーベル賞を受賞する理由になったのは青色発光ダイオードの原料である窒化ガリウムを量産化できる製造方法を開発したことである。「アニール」という製造方法はそれまで世の中に存在しなかった画期的なものであり、初期段階の青色発光ダイオード製造工場においてそのアニール製造方法を採用していない工場は世界のどこにもなかった。それはN氏ではなく、彼の部下が発見・開発したものである。それに対して、N氏が唯一開発に関わったとされる「ツーフロー」という装置は公知の技術で製作されたものであり、一番に貢献したのは工場にいたガラス職人の職人技だったとも言われている簡単な仕掛けを既存のMOCVDという装置に追加しただけのものであった。実際にもツーフロー装置では製品のLEDを製造されたことは一度もない。N氏が彼の部下が発見・開発した画期的な数々の手柄を全て自分のものに出来たカラクリは単純なものだった。彼は1994年以降は研究に従事していないことは明らかであるが、発表した論文にはファーストオーサー(筆頭者)になっていたのだ。実は当時彼の部下達は論文の書き方を知らず、そういう論文書きは全てN氏に任せていたのであるが、論文のファーストオーサーが彼の名前になっていても「自分の名前が出ているからいいか」という程度で片付けていたことが幾つもの業界雑誌で記事になっている。論文に自分の名前を載せただけで笹井氏のように自殺に追い込まれることもあるが、間違った人をノーベル賞受賞者にする力があるのも論文である。そして河野談話と同じで、一度世の中に出てしまったものはそう簡単には取り消しできないのだ。こういう恥ずかしい事をやる人が次にすることは決まっている。自分がその企業で知り得た技術を海外の企業に売ってお金に変えるのだ。彼はその企業が持っている特許には穴があるとライバル会社のCree社に売り込んだのである。彼がCree社に行かずにカリフォルニア大学のサンタバーバラ校という州立大学の教授に就任したのはその大学のスティーブン・デンバース教授がそのままライバル会社であるCree社に行ってしまえば訴えられると説得されたからであるが、後に彼はデンバース教授とその日本企業の特許技術を食い物にし、彼らはまんまと大金を手にするのである。N氏は後にCree社の子会社のストックオプションで10億円ほど儲けたことも暴露されている。

またN氏は韓国のライバル企業の技術顧問にもなっており、現在日本の社会問題にもなっている日本の技術流出の典型的な人なのである。彼は日本企業から訴えられて当然であり、日本人が汗水流して開発した技術を法律の網の目を掻い潜って、海外の企業に売り渡す奴を国賊と呼んで何か問題があるだろうか?彼はあの会見で日本企業では奴隷並みの研究者だったと言うが、それも嘘である。言葉は悪いが、あんな地方の中堅企業において、40歳過ぎの研究員が20年以上も前に年収2000万円もの給料を貰っていたのは決して奴隷の身分ではないことを証明するものである。しかも彼はその企業で働いていた11年間で報奨金として同世代の一般社員よりも6195万円も上乗せして貰っていたことが公表されている。どうして彼はあんな会見で平然と嘘を話して日本を貶めるのだろうか?Angerは彼ではなく、我々日本人の方である!日本企業から企業秘密漏えいで訴えられた彼はCree社を守る為に逆に日本企業を訴えるのであるが、勝ったのは彼とCree社であると言えるだろう。武田信玄の「攻撃は最大の防御」であることをカリフォルニアの優秀な弁護士が実践した見事な勝利であった。徳島という地方の中小企業がアメリカ企業を訴えるのにはかなり無理があったかもしれない。発明の特許の権利は会社にあるのか、研究者にあるのかという問題はあるものの、「日本の司法は腐っている」と会見したN氏はその裁判で最終的には8億4000万円を手にしている。日本企業との裁判費用の全てをCree社が負担したことや、その日本企業を訴えてくれればストックオプションを貰えることを約束していたことが暴露されており、彼はそれで約10億円を手にしている。徳島という地方の中小企業が一人の元不良社員によって米国企業に滅茶苦茶にされた悲惨な話しであるが、これが世界の現状である。その中小企業にとっては悲惨な事件であったが、そのお陰で日本はこの面に関して対策を講じられるようになったのは有益だった。IPS細胞にしても先ずこの問題を解決している。

色々と話してきたが、所詮私は新聞やテレビで読んだり聞いたりした内容の域を超えないものである。だから私の話しの内容に細かな誤解や間違いが無いとは言えないことを言っておく。私は評論家でも何者でもなく、単なる何処にでもいる50過ぎの疲れたサラリーマンのオッサンである。そんなオッサンのちょっと長い”つぶやき”を発言に責任あるTVのコメンテーターと同等に扱うのは意味がない。しかしN氏のノーベル賞受賞の会見での彼の振る舞いを観たら、ノーベル賞を受賞できる資格が無い者であることを読者もはっきり感じたと思う。島津の田中さんや山中教授を見れば判るように、ノーベル賞を受賞する者は自分自身で実際に研究してきただけの品格があるのだ。田中さんや山中教授などのノーベル賞を受賞するような科学者は研究に忙しくて、何億もの大金を研究以外で儲けるような時間も興味もないのだと考えるのは私だけだろうか。