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2/2日経ビジネスオンライン 菅原出『「日本にとっての悪夢が始まる」の意味 イスラム国は外交のプロではない。単なる恐喝屋』記事について
ネットで知ったのですが、2月1日放映の「サンデースクランブル」(テレビ朝日系)の中で黒鉄ヒロシ氏が「悪い予測ではあるかなと思っていたんですけれど、ここまできてもね、まだ『イスラム国』という名前を使うのが勘違いのもとで…」と発言。 そして、黒鉄氏は、呼び替えの案として「アラブの山賊たち」と続いて発言。
ところが、その瞬間、突然画面と音声が切り替わり、報道フロアからのニュースになり、そこから約10分間、ISIL関連の臨時ニュースが続き、一瞬スタジオに戻るも、すぐにきょう1日の動きを振り返るVTRに切り替わったとのこと。
中国共産党を笑えません。中国でもNHK ワールド放送は見れますが、天安門事件等共産党にとって不都合な報道が始まると画面がまっ黒になって見れないようにします。そうするために電波をキャッチしてから2秒後に放映しているのだそうで。姑息ですね。それとTV朝日は同じことをしています。内部は共産党シンパが多いので発想が似るのかも。
これもネットの記事。1/31読売新聞によれば「イスラム過激派組織「イスラム国」とみられるグループによる日本人人質事件で、外務省が退避するよう求めているシリア国内に、朝日新聞の複数の記者が入っていたことが31日分かった」とのこと。共産党シンパの高遠達がイラクに入って捕まり、「自衛隊撤退」を叫んだようなことを考えているのでしょう。でも政府は身代金はビタ一文も出しません。捕まったら自力救済してください。彼らが嫌う自衛隊や日本政府のお世話にはなりたくないでしょうから。
また本日(2/3)の時事通信によれば「政府が過激組織「イスラム国」によって殺害されたとみられる後藤健二さんに対し、昨年9~10月に3回にわたってシリアへの渡航を見合わせるよう直接要請していたことが2日分かった。関係者によると、外務省職員が昨年9月下旬と同10月上旬に電話で、同月中旬には面会して渡航中止を求めたが、翻意させるには至らなかったという。」とのこと。これは「外務省に罪はありません」というアリバイ作りかも。朝日新聞と同じで戦後日本を悪くした張本人ですから。まあ、友人を助けるためとはいえ、危険地帯に行くのですから、ガイドが信用できるかどうかは良くよく調べた方が良かったでしょう。
本記事で菅原氏は「2つの目的を達するため、カサスベ中尉はまだ生きている」と読んでいるようですが、生きていれば時間をかけずに人質交換すると思います。他にも要求があれば別ですが。でも少なくとも生きている証拠を見せると思います。小生は亡くなっているので出せないと思っています。
記事
2月1日、過激派「イスラム国(以下IS)」が後藤健二さんを殺害したとする動画をインターネットに投稿した。後藤さんの救出のために尽力していた日本政府や、一刻も早い解放を願っていた日本国民にとって最悪の事態となった。
なぜこのタイミングでISが後藤さんを殺害したのか?ISは何をしたかったのか?
日本人は今回の事件をどのように捉えなければならないのか?一連の事件を振り返り、これらの疑問に対する私なりの分析をお伝えしたい。
ビデオ映像から見えるISの狙い
1月20日にイスラム国による日本人の人質2人の殺害を予告する映像が配信されて以来、日本政府はISに翻弄され続けた。2億ドルの身代金要求の期限にあたる72時間を過ぎてから1日以上が経過した25日に、インターネット上で湯川遥菜さんを殺害したとする写真を持つ後藤健二さんの音声付画像が流れ、続く26日には、ISが運営するラジオ局が湯川さんの殺害を認める内容を放送した。
25日に公開された画像では、当初の2億ドルの身代金要求は取り下げられ、新たに後藤さんの解放条件として、ヨルダンで死刑判決を受けて収監中のサジダ・リシャウィ容疑者の釈放が挙げられた。当初身代金を要求し、次にリシャウィ容疑者の釈放を要求してきたISの狙いは何だったのだろうか?
日本に対する初めての声明が発表されたのは1月20日であり、この時は過去に米国や英国人の人質を殺害する時にもたびたび登場したイギリスなまりの英語を話す「ジハーディ・ジョン」らしき男が、安倍首相と日本国民に対し、以下のように述べた。
「女性や子どもを殺し、イスラム教徒の家を破壊するために1億ドルを供出したので、この日本人の命は1億ドル」「イスラム国の拡大をとめるために新たに1億ドルを拠出したので、この日本人の命は1億ドル」と述べて、ISに対して2億ドル(約236億円)の身代金を72時間以内に支払うよう要求した。
すでに各種報道で伝えられているように、これは中東歴訪中だった安倍総理が1月17日に、日エジプト経済合同委員会でのスピーチで、「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISIL(編集部注:IS、イスラム国の別称)がもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」と述べていたことに反応したものであろう。
ビデオには、ジハーディ・ジョンが登場し、これまでに米英人を公開処刑してきたのと同じスタイルをとっており、ビデオにはISの公式プロダクトであることを示すロゴマークが付いていた。つまりISの公式声明であることが明白であった。
不自然だった「2番目のビデオ」
ISはこれまでも公式声明で発表した内容は全て実行してきており、公式声明で発表した以上は「言ったことはやる」原則を貫いてきた。それゆえ、72時間以内に身代金の支払いがない場合、もしくは支払うというメッセージが届かない場合、何らかの行動がとられる可能性があった。
多くのマスコミは72時間が経過したらすぐに何かが起こると考えたようだが、実際にはタイムリミットが過ぎた後に人質を処刑し、その模様を映した動画などを編集し、メッセージを練り、その後ISに都合の良いタイミングで公開するので、72時間が経過してから1日とちょっとのタイミングで次の画像が公開されたのであろう。2つ目の画像が出されたタイミングに特に不自然さはなかった。
しかしこの2番目のビデオは、これまでISが制作、発表してきたものとは、スタイルもデザインも異なる、はっきり言ってクオリティの低いものだった。
これは本物?いたずら?
それゆえこのビデオを初めて観た時の筆者の印象は「本物ではない、いたずらだ」というものだった。すでに多くの識者がコメントしているように、このビデオにはISの広報部が制作したことを示すロゴが付いていなかった。世界中の誰もが認知しているマークが付いていないということは、通常、ISが制作した正式なビデオではないことを意味する。そうでなければわざわざロゴマークなど付ける必要はない。素人でも簡単に高度なビデオが制作できる現代において、当然ISを装った画像や映像をその気になれば誰でもつくることができるからである。
それに静止画であるというのも極めて不自然だった。人質をとっている犯行グループが脅迫をする際には、自分たちが確かに人質をとっている正真正銘の犯行グループであることを示さなければそもそも脅しにならない。「今ここで生きている人質を押さえている」証拠を示す必要があるのだ。
ISは2番目のビデオでは静止画と共に後藤さん本人のものと思われる音声メッセージを付けてきた。またこのメッセージの中で、後藤さん本人に聞かなければ分からない奥さんの名前などの個人情報を含めることで、「生きている人質を押さえている」ということを示したのであろう。
これまでとビデオのスタイルが違うことやオフィシャルなロゴが付いていなかった理由は、おそらく「これはIS広報部の公式発表ではないので、そこで発表された内容をそのまま実行するとは限らない」、つまり「多少条件を変更したり、実施を遅らせる可能性がある」ということである。
言い換えれば、公式声明より一段階重みの低いメッセージという位置づけで発表したのではないか、と筆者は見ている。ISは相手の出方を見ながら新たな揺さぶりを考えようとしていたため、自分たちが自身の「公式声明」に縛られずに柔軟性を維持するためロゴを付けたり、付けないで発表するなどの使い分けをしたのではないかと思われる。
ただ、2番目のビデオ・メッセージが本当にISからの要求なのかどうか、信憑性に疑問が付けられたため、ISは25日に自分たちが運営するアルバヤンというラジオ局を通じて正式に湯川さんを殺害したことを認め、後藤さんの釈放と引き換えにヨルダンで拘束されているリシャウィ死刑囚を釈放することを要求し、日本政府に対してヨルダン政府に圧力をかけることを求めるメッセージを発信したのであろう。
なぜ要求内容が変わったのか?
では、なぜ当初2億ドルの身代金を要求しておきながら、リシャウィ死刑囚との交換に要求を変えてきたのだろうか? そもそも2億ドルという法外な金額は身代金の額としては尋常ではなく、非現実的な要求であったことは間違いない。ISはすでに後藤さんの家族にeメールで20億円の身代金要求を送っていたと伝えられている。その身代金要求が満たされずにいる中で、安倍総理が中東訪問で2億ドル支援を表明したので、「我々の敵に2億ドルも支払う用意があるのなら、連中ではなく俺たちに払え」という恫喝として身代金要求の最初のビデオを公開したのではないか。
ISはとてつもない外交戦略のプロだと勘違いしている人がいるようだが、彼らの本質は恐喝屋に過ぎない。相手が嫌がること、相手が困ることをとことん突き詰めて相手から搾りとれるものなら何でもとろうとする恐喝である。いかに相手を脅し、そこからとれるものをとるか、その点においては他に類をみない非道さと狡猾さを備えた残忍な集団である。
彼らが、手中に収めていた2人の日本人を使ってどう利益を得るかと考えていた矢先に、日本政府が自分たちの敵対勢力に2億ドルを支払うことが分かったので、「だったらその2億ドルを戴こう」と考えた。単なる盗人の発想である。もちろん2億ドルは法外な金額だが、その10分の1 だとしても、もともと後藤さんの家族に要求していた金額に相当するのだ。日本を揺さぶってみてとれるものならとってしまおう、そう考えたのではないか。
しかし、当然日本政府として身代金要求には応じられず、何らかの条件を提示することもできない。「後藤さんのご家族の下に送られたeメールを通じた直接のコミュニケーション・ラインがあるではないか」と思われる方もいるかもしれないが、これは水面下であくまで後藤さんのご家族が使う分にはいい。だが、日本政府が「○○の条件なら応じます」などと政府としての条件や要求に応じるかどうかのメッセージを、記録の残るメールなどで発信できるはずがない。ISがそうしたメッセージをインターネットで公開してしまう可能性だってあるからだ。
そこで政府としてはヨルダン、トルコやイラク政府やそれぞれの国々の部族や宗教関係者を通じてISとの交渉チャンネルを開こう、もしくはそうした間接的なチャンネルを通じてメッセージを伝えようとしたのだと思われる。
「カネはいい」「仲間は見捨てない」のメッセージ
ISの恫喝を受けた日本政府は、対策本部をヨルダンのアンマンに置き、現地での情報収集や交渉チャンネルの開拓に努めた。この動きをみたISは「ヨルダンと日本を絡めることで、両国を揺さぶりより多くの利益を得ることができる」と計算したのであろう。もともと第2段階ではヨルダンを絡めようと計画していた可能性もある。安倍総理は中東を歴訪した際、エジプトのカイロで例の「2億ドル支援」のスピーチをした後、ヨルダンを訪れ、そこでも同じような声明を発表し、ヨルダンには1億ドルの円借款供与も発表している。
恐喝屋ISの目には「日本からヨルダンに1億ドルが支払われる」という点だけが焼きついたのではないだろうか。調べてみると日本はヨルダンへの最大支援国の一つである。
当然日本はヨルダンに対して多大な影響力を持つ国だとISが単純に考えたとしても不思議ではない。そこで、日本にヨルダンに圧力をかけさせ、ヨルダンからとれる限りのものをとろうとしたのではないか。そもそも日本は交渉のチャンネルもなくコミュニケーションをとるのが難しいので、ヨルダンに窓口を一本化した方が物事を進めやすいと考えたのかもしれない。
それともう一つ、ISが最初のビデオで公然と身代金を要求したことにより、欧米メディアで「やはりISは劣勢に立たされて資金難に陥っているのではないか」との観測が広がった。ISはこうした見方を打ち消したいと考えたのではないだろうか。そこで「もう金は欲しくない」と後藤さんに言わせ、リシャウィ死刑囚の釈放を要求した。仲間の釈放を実現できれば、「仲間を見捨てない」というメッセージを与えることで、ISメンバーの士気は高まるし、イスラム過激派コミュニティ全体としての評価も上がるはずである。
なぜ、リシャウィ死刑囚と後藤さんの交換を要求したのか?
ではなぜISに拘束されているヨルダン人パイロットとリシャウィ死刑囚ではなく、後藤さんとリシャウィ死刑囚の交換をISは要求したのだろうか?
リシャウィ死刑囚は、ヨルダン政府にとってISに拘束されているパイロット、モアズ・カサスベ中尉を解放させるための切り札であり、ヨルダン政府が後藤さんの解放のためにリシャウィ死刑囚を釈放させるというのは極めて困難なことである。ISは非常に厳しい条件をヨルダン政府に突きつけたわけだが、彼らは後藤さんとカサスベ中尉という2つの「カード」を使って最大限とれるものをとるという発想で動いていたものと思われる。
日本はヨルダンに影響力があるのだから、その影響力を行使して圧力を加えれば、ヨルダン政府はリシャウィ死刑囚を釈放せざるを得ない。だからまずは後藤さんとの引き換えにリシャウィ死刑囚を取り戻す。残ったカサスベ中尉という「カード」を使ってヨルダン政府からさらに何かをとることができる。そうISは考えたのではないか。
もともと日本はヨルダンに支援を表明していたのだし、日本人解放のために貴重なリシャウィ死刑囚の釈放に応じたヨルダン政府に対し恩義に感じるはずだから、日本がさらなる支援をヨルダンに供与することも当然見込んでいただろう。そうなれば、ISはカサスベ中尉という「カード」の値段をさらに釣り上げ、さらなる仲間の釈放や日本からヨルダンに供与される援助金の一部を巻き上げることができるはずだと計算した可能性もある。またヨルダン政府に対し、米国への支援の停止も要求する、などということを考えていたのかもしれない。
しかし、当然ヨルダン政府はリシャウィ死刑囚という切り札を後藤さんの解放のためには使いたくない。ヨルダン国内でも、「リシャウィ死刑囚の釈放はカサスベ中尉の解放のために使うべきだ」という世論が一気に盛り上がり、ヨルダン政府に大きな行動の制約を与えることになった。
こうした動きをみたISは27日、再度、後藤さんと思われる男性の音声付画像声明を発表。24時間という制限時間を設定し、しかも後藤さん解放の障害になっているのは、ヨルダン政府がリシャウィ死刑囚の釈放を遅らせていることだとして、あくまで後藤さんとリシャウィ死刑囚の交換がISの条件なのだという点を強調した。
同時に日本政府にヨルダン政府に対して「あらゆる政治的圧力」をかけるよう命じ、これ以上リシャウィ死刑囚の釈放が遅れれば、まずカサスベ中尉を殺害し、続けて後藤さんも殺害するというメッセージを加えたのである。
ヨルダン政府にとってみれば、リシャウィ死刑囚を釈放しなければカサスベ中尉は殺害されるが、釈放してもカサスベ中尉が解放される保証はないという、到底受け入れ難い条件を突きつけられたのである。
ヨルダン政府側もリシャウィ死刑囚を移動させたり、釈放に応じる様なそぶりを見せながらも、カサスベ中尉の解放を優先させる方針を明確にして、ISと水面下で交渉を続けていた。ヨルダン政府はリシャウィ死刑囚とカサスベ中尉の交換のための条件についてしきりにIS側に働きかけをしたはずだが、ISとしては後藤さんとカサスベ中尉という2つの「カード」を順番に使って最大限の利益を得ようという作戦を立てていたので、「後藤さんとリシャウィ死刑囚の交換なのだ」という彼らの条件を重ねて強調する必要に迫られたのだろう。
28日の時点でISが設定した「24時間」の期限は過ぎたが、29日に後藤さんを名乗る男性による新たな声明が出され、「現地時間の29日日没までにトルコ国境で後藤さんとリシャウィ死刑囚の交換に応じる準備ができないのであればカサスベ中尉を殺害する」というメッセージが発信された。しかもイラク北部モスル時間の日没であるという点まで明確に示された。さらに駄目押しのように後藤さんの妻にロイター通信を通じて、「後藤さん解放に残された時間は少なく」「ヨルダン政府と日本政府に命運が委ねられている」ことを伝えさせたのであろう。
3回も繰り返した意味
ISは3回も彼らの要求する条件、すなわち「後藤さんとリシャウィ死刑囚の交換」という条件を繰り返し伝えた。これまでISが発表した映像は、20日の1回目のもの以外はすべてオフィシャル・ロゴのついていないメッセージだったから、一定の柔軟性を持たせた要求だったのだが、自分たちの要求の柱であるこの条件だけは「間違えるなよ」という意味で、3回もの機会を使って繰り返したのではないだろうか。
また、ここまで期限を延ばしたのは、リシャウィ死刑囚を解放させ、さらにカサスベ中尉を使って新たな利益を獲得するという最大限の利益をとることに、ISはギリギリまで拘ったのではないか。ISとしては2 つの「カード」を使ってとりたいものがとれなければ、最終的には人質を殺害して世界に恐怖を与え、「自分たちの要求を飲まなければこのような結末になるのだ」ということを示すことで宣伝として使うという方法をこれまでもとってきた。
今回も、ヨルダン政府がISの提示した条件を飲まなかったことで、最終的な手段、すなわち恐怖の宣伝に出たのだと考えられる。
恐喝屋「イスラム国」の交渉術
ISは、このように人の命を「カード」として何のためらいもなく使う極悪非道な集団である。彼らは米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏を拘束していた時も、まずは身代金を要求し、米国が身代金要求に一切応じないことが分かると、ビデオで空爆作戦を中止するという政治的な要求を掲げ、その裏では米国政府が拘束しているISの仲間の釈放という「捕虜交換」を要求し、最後にそれも叶わないと判断した時点でフォーリー氏を殺害し、さらに同氏の遺体を家族に売ろうとまでした。利用できるものは徹底的にすべて利用し、金や彼らの要求する何かと交換して利益を得ることを貪欲に求めてくる連中である。
彼らは相手を脅し、恐怖心を与えることで、自分たちの交渉力を強めている。今回万が一ヨルダンが提示した条件にISが応じてカサスベ中尉とリシャウィ死刑囚の交換に応じたとすれば、将来同様な人質交渉においてISの交渉力は決定的に弱まるであろう。
そもそも交渉とは、双方が相手から欲しいものを持っている、すなわち双方が相手に弱みを握られている場合に、双方が歩み寄って妥協点を探ろうという行為である。通常の身代金誘拐の場合には、誘拐犯は人質と交換に身代金を得たいと思っている。それが唯一の目的である。人質を解放させたい側は、誘拐犯が身代金目当てであることが分かっているので、「身代金が欲しければこうしろ」という条件を付けることができ、「人質には絶対に危害を加えるな」とか、「もう少し身代金額を減らせ」という点まで含めて一定の交渉が可能となる。誘拐犯にとっても、人質を殺してしまえば一銭にもならず、目的を達成できないことになるからだ。
しかしISの場合には、最終的には人質を殺害して世界に恐怖を与える宣伝に使えばいいため、圧倒的に交渉における立場が強い。人質をとられている側がISの弱みを握っているわけではないので、ISに対して条件を提示することが事実上できなくなるからである。
今回のケースで言えば、ヨルダン政府はカサスベ中尉をどうしても取り戻したいが、ISにとってのリシャウィ死刑囚は、もちろん釈放を実現できれば望ましいがヨルダン側が同中尉を取り戻したいと思うほど、是が非でも取り戻したい対象というわけではなかったのだろう。
そうであれば、ヨルダン政府が「リシャウィ死刑囚の釈放」の条件としてカサスベ中尉の解放という彼らの条件を提示しても、ISとしてはその条件を飲んで妥協する必要はなかったはずである。逆に相手の条件を飲むという弱さを見せてしまえば、ISは将来の交渉力も落とすことになり大きなマイナスである。
とは言え、ISはそれでも当初の期限を2回も引き延ばしたことから、リシャウィ死刑囚の釈放も実現させたいと思っていたのであろう。しかしこれ以上言ったことをやらずに期限をさらに伸ばしたり、また新たな条件を提示するならば、今後ISが発信する脅しのメッセージの効果は低くなる。「やると公言したけれどやらないではないか」と思われれば、恐喝屋としてはおしまいであり、次の恐喝ができなくなるのだ。
「弱体化」「内部分裂」説を一掃
実際、筆者も「もしISがここでさらに条件を変えたり期限を延長してきたら、ISは組織として相当弱体化しており、内部分裂が進行していることの証左である」と分析したであろう。筆者でなく、世界中のISをウォッチしている分析家が、そのような判断をしたと思われる。そのような点からすれば、ISは「公言したことを実行した」ことで、弱体化や内部分裂が噂される中で、自分たちの組織がいまだに健在で強いものであることを、世界に示したと言えるであろう。
それでも疑問が残る。ヨルダン人パイロット、カサスベ中尉はどうなったのかという点である。ISは声明の中で、リシャウィ死刑囚が釈放されなければ、後藤さんの前にカサスベ中尉を殺害すると予告していた。もしこの言葉通りならば、公開していないだけで、すでにカサスベ中尉も殺害されているということになる。時間をおいて新たなビデオが公開される可能性は否定できない。
しかし、これまでもみてきた通り、ISは後藤さん、カサスベ中尉という2つの「カード」を使い、リシャウィ死刑囚と何か別のものという最低2つの「もの」を獲得することを狙っていた。リシャウィ死刑囚の釈放を実現したいとISが考えていたであろうことは、彼らが期限を2回引き延ばしたことからも推測できる。
もし後藤さんの前にカサスベ中尉も殺害していたとするならば、ISは、人質を使って得たいと狙っていたものは得られず、最終手段としての「宣伝効果」しか得られないことになる。もし宣伝効果以外にも何か実のある収穫物を得たいとIS側が考えており、やはりリシャウィ死刑囚を取り戻したいと考えているのだとすれば、すでに後藤さん殺害で「宣伝効果」という目的を達成したと見なして、カサスベ中尉とリシャウィ死刑囚の交換を進めるかもしれない。そもそもこれまでの要求はあくまでオフィシャル・ロゴの付いていない非公式の声明であり、条件を変える柔軟性を持たせてあるのだから。
1/29日経ビジネスオンライン 加藤嘉一『中国が認識する“米日印三国同盟” オバマ大統領の訪印を見る中国の目』について
加藤嘉一の論評だから気を付けて読んだ方が良いでしょう。心は日本でなく中国ですから。中国人から情報を取るため知らずしらず発想が中国寄りになり、その情報をアメリカ国務省辺りに話して情報を取っているのでしょう。まあ、アメリカとしては日本を抑えつけておきたい、弱い日本であってほしいと思っている人がいるのも事実。リベラルが多いと言われる国務省はその最たるもの。日本の外務省は事なかれ主義で両方とも碌でもない連中です。1/31日経夕刊に「南シナ海巡り米報道官 自衛隊の哨戒「歓迎」 中国の反発必至」という記事が載っていました。アメリカは共和党でも軍事予算削減に同意しています。ペンタゴンは日本がアメリカの肩代わりをすることに賛成なので、この報道となったのでしょう。ルトワックの言うように中国を東南アジアやインド、中央アジア、ロシアで封じ込め軍事膨張を防がないといけません。ニュージーランドは愚かにも中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に参加を表明しました。上辺ばかり見て判断すると臍をかむことになります。中国経済は「飛ばし」の連続でガタガタという面もありますが、もっと怖いのが中国人の移民です。人口440万人しかいないニュージーで中国人が100万人(日本には実質100万人います)入ったら、国が乗っ取られるでしょう。金の力で移民政策を有利に要求していくことは目に見えています。日本への移民、外国人参政権には反対です。
記事
昨年は日本の安倍晋三首相。今年は米国のバラク・オバマ大統領。
1月26日、インドは共和国記念日を祝うべく、首都・ニューデリーで軍事パレードを開催した。ゲストに招かれたのは、2年続けて“同盟国”であった。インド外務省は「軍事パレードにお招きするのは、我が国と親しく、かつ重要なパートナーである」と説明している。
専用機でニューデリーの空港に到着したオバマ大統領を、ナレンドラ・モディ首相が滑走路で出迎え、2人は抱擁した。間柄が良好であることを何者かに見せびらかしているように筆者には見えた。両首脳は共同会見後にも温かい抱擁を交わした。米CNNによれば、「ミッシェル夫人が嫉妬するのでは」というツイートまで流れたという。
オバマ大統領は、インドとの関係において、2つの“米国史上初”を演出した。
1つは、米国の大統領として初めて、インド共和国記念日に開催される軍事パレードに招かれ、出席したこと。もう1つは、米国の大統領として初めて、任期内に2回インドを訪問したことだ(過去における米大統領の訪印は、アイゼンハワー大統領・1959年、ニクソン大統領・1969年、カーター大統領・1978年、クリントン大統領・2000年、ブッシュ大統領・2006年、そしてオバマ大統領・2010年)
軍事パレードに先立って行われた米印首脳会談において、両首脳は、原子力エネルギー、再生可能エネルギー、テロリズム、防衛、気候変動といった分野で協力を強化していくことで合意した。また、オバマ大統領は約40億ドルに及ぶ対インド貿易・投資につながる一連の措置を実施する旨をモディ首相に伝えた。
モディ首相とオバマ大統領は、首脳会談や軍事パレードで時間を共にするだけでなく、紅茶を口にしながら雑談をするなど、相互理解と信頼関係の一層の構築に余念がないように見えた。
両首脳が随所で抱擁し合うほど仲が良いように見える理由として、以下の3つが挙げられる。(1)英語で直接コミュニケーションが取れること(実際、2人がお茶を飲みながら雑談をしていた時に通訳は同席していなかった)、(3)そもそも米印が民主主義という価値観を共有していること、(3)両首脳とも、自国経済の再建を目標に掲げており、かつ、それを推進する姿勢がビジネスライク(実利的)であること。
今回のオバマ大統領訪印、そして軍事パレード出席に際して、最も注目されたのは、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のゴードン・フェアクロー記者が“中国に対するメッセージだ”と題する記事で「ますます強硬になる中国がアジアのパワーバランスを変えつつある情勢下において、世界の2大民主主義国家である米国とインドがその関係を強化する」と表現した戦略的、かつ地政学的な側面であった。
不透明かつ膨張的に台頭する中国とのパワーバランスを保つ意味でも、米国はインド経済が発展し、地域における影響力や発言権を向上させることを望んでいる。2013年3月11日、トム・ドニロン国家安全保障問題担当大統領補佐官(当時)は“2013年の米国とアジア・太平洋”と題した講演の中で、「大統領は世界最大の民主主義国家であるインドとの関係を“21世紀を定義づけるパートナーシップになる”と認識している。2009年のシン首相の訪米から2010年のオバマ大統領の訪印を通じて、我々はインドの台頭を受け入れるだけでなく、それをしっかりとサポートしなければならないという明確な認識を持つに至っている」と述べている。
香港フェニックステレビは「軍事パレードに招かれる主賓はインドの外交関係および戦略上の重要パートナーだ。昨年は日本の安倍晋三首相、今年は米国のバラク・オバマ大統領が招かれた。インドの学者によれば、経済政策や地域戦略を含め、“米日印三国同盟”という性格がますますクリアーになってきている」と報じた。
同テレビは番組の中で、ジャワハルラール・ネルー大学東アジア研究所のSrikanth Kondapalli教授のコメントを紹介した。「今回のオバマ大統領の訪印は米日印3カ国が、ルールに基づいて地域の安定を守るという共通の行動規範を再確認する意味でも重要だ」。この番組は、1月16日にインドを訪問した岸田文雄外相の「地域における平和、あるいは開かれた海を守る。そして経済的な潜在性を開花させる。こういった点において、日米印の関係は重要であると認識している」というコメントも、映像を交えて紹介した。最後は、ニューデリーに駐在する同テレビ記者の「Kondapalli教授は、インドは現在、日米と民主連盟を構築しつつあり、そこに中国は含まれていないという見解を示している」とのコメントで結んでいる。
米日印の3カ国は同盟関係にあるのか?
ここであるクエスチョンが生じる。日本、米国、インドの3カ国は同盟関係にあるのか?
答えは明白にNoである。日本と米国は同盟関係にあるが、日本とインド、米国とインドは同盟関係にはない。よって、“日米印三国同盟”は存在しない。
たとえば、昨年9月、インドのモディ首相が近隣国を除く最初の国として日本を訪問した際、日印両首脳は《日インド特別戦略的グローバル・パートナーシップのための東京宣言》 に署名した。この共同声明では、“同盟”という文言はどこにも出てこない。米印首脳が出したコミュニケや声明のなかでも“同盟”という文言は使われていない。フェニックステレビの映像を見る限り、前出のKondapalli教授も米日印3カ国の関係を修飾する際に、同盟を表わすallianceはなく、関係を表わすrelationshipという言葉を使用していた。
にもかかわらず、中国の報道や世論にはしばしば“米日印三国同盟”という文言が出現する。中国の政府関係者が公言することはないが、多くの有識者が、私的な場で「あなた方の“三国同盟関係は”…」という表現をしばしば用いる。
この表現を口にする人にかぎって、「インドは『自らは世界最大の民主主義国家だ』と強調するけれども、経済は中国に比べてはるかに遅れているではないか? あの脆弱なインフラを見てみるがいい…」といった類の発言をする。
“米日印三国同盟”という認識の背景にある屈辱感とナショナリズム
筆者は、ここにも陰謀説――日米印が民主主義国家であることを口実に手を組み、中国の台頭を封じ込めようとしている――が深く影響していると見ている。中国は過去に侵略・半植民地化され、“世紀の屈辱”(The Century of Humiliation)を経験した。この経験と、ナショナリズムに源を持つ、“民主主義連盟”に対するライバル心が、中国人に陰謀説を信じ込ませている。
相手がインドであれば、そのナショナリズムになおさら火がつくのであろう。中国はインドと1960年代に戦争をし、現在に至っても領土問題を抱えている。加えてインドは人口規模、潜在的な経済力、発展モデルの点で、中国にとってアジアで最大のライバルとなりうる。
筆者は2003年以来、中国で9年半、米国で2年半暮らしてきたが、この間、中国人とインド人が心から互いを信頼し、尊重し合い、仲良くしている場面を見たことがない。
オバマ大統領とモディ首相が、南シナ海問題に対する重大な関心を示し、かつ、この地域において航行の自由を保障することの重要性を呼びかけたことに対して、中国外交部の華春瑩報道官は以下の見解を示した。
「中国は地域の平和と安定を固く保護し、促進し、建設する立場にある。我々は、南シナ海に存在する争議は当事国同士の直接の対話と協商によって平和的に解決されるべきであると一貫して主張してきた。現在、南シナ海情勢は概ね安定しており、航行の自由に関しても問題は一切存在しない。これからも問題が生じないと信ずる」
“日米印三国同盟”を切り崩したい
興味深かったのは、オバマ大統領が、前回訪印した時に続いて、インドが国連安全保障理事会の常任理事国になることに支持を表明したことである。この問題に関して、筆者が複数の中国政府関係者および中国の国際関係専門家と議論したところ、「米国は国連安保理の中で“仲間”を増やす取り組みの中で、インドを支持し、日本を捨てるだろう。もちろん、同盟国という立場上、日本の参加に明確な反対をするはずはないが」(外交関係者)という見解が多かった。ここにも、“日米印三国同盟”を引き裂きたい、切り崩したいという中国有識者の希望的観測が見え隠れする。
この話を、米国のホワイトハウス関係者にぶつけると、以下の答えが返ってきた。「日本は重要な同盟国だ。ただ、中国を戦略的・地政学的に牽制しようとする場合、インドとのパートナーシップが重要になる」。
筆者は続けて尋ねた。「台頭する中国とのパワーバランスをアメリカが維持しようとする場合、戦略レベル・地政学レベルではインドのほうが日本よりも重要であるということですか?」
同関係者は答えた。「日本は近年、中国との関係を不安定にしている。この状況は問題だと認識している」。
中国共産党指導部は、オバマ大統領の訪印、軍事パレード出席、およびモディ首相との首脳会談といった一連の米印国家行事に対して戦略的に沈黙を保っていた。「気にする必要は全くない。すべては想定の範囲内だ」(中国政府関係者)。
中国の習近平国家主席にすれば、米印首脳が同じ民主主義国家として仲良しを演出することも、南シナ海問題に重大な関心を示すことも、想定の範囲内だったのだろうと筆者も考える。習国家主席の関心は、米国の大統領が出席するインドの軍事パレードよりも、“抗日戦争勝利70周年”に際して開催する自国の軍事パレードにどの国の首脳を招待し、そこでどのような外交関係を築き、国家利益を実現するか、に向かっているに違いない。
1月26日、習国家主席はインドのプラナーブ・ムカジー大統領宛に、66回目の共和国記念日に際した祝電を送り、このように呼びかけた。
「中印は共に悠久の文明を持つ国であり、民族復興という偉大なる夢を追求しています。中国はインドが達成した発展と成果をうれしく思っています。今年は中国とインドの国交正常化65周年でもあります。中国としては、インドと共に努力をし、平和と繁栄に基づいた戦略的パートナーシップをより一層発展させたいと願っています。」
“共に民主主義国家である”と価値観を枕詞にインドとの関係強化を試みる米国のオバマ大統領に対して、習国家主席は“共に悠久の文明を持つ国である”と歴史を枕詞にインドに接近を図る。祝電を受け取ったムカジー大統領が、モディ首相に対して「アメリカとの関係はもちろん重要だが、中国との関係がますます重要になってきている。それに、中国とインドは共に古い歴史を持つ偉大なる文明国だ。大切にしていかなければならない」と釘を刺す場面を想像したのかもしれない。
1/28日経ビジネスオンライン 福島香織『中国の若者に広がる『知日』ブーム 反日でも親日でもなく村上春樹や奈良美智』について
中国人の対日観が少しずつ変わりつつあるという記事です。中国は広く、人口が多いので全国的な潮流となるのかは不明です。まあ、教育程度が上がってくれば物事の是非の判断もできるようになるでしょう。嘘ばかりつく共産党政権について批判的に見る目を持つようにもなるでしょう。それを表現する自由はありませんが。歴史で共産党の正統性を共産党は主張しますが、戦前戦中は欧米の支援を受けた蒋介石の重慶政府と日本の支援を受けた汪兆銘の南京政府と二つありました。共産党は戦争もせず逃げ回っていただけです。漁夫の利を得た訳ですから、孫子の言う「戦わずして勝つ」のですから一番賢かったのかも。
昔の日本人は嘘を嫌いました。経済が発展するにつれアメリカ流の「何をしても勝てば良い」という考えが入ってきて、日本人の精神がスポイルされました。今の日本のリーダーたるものの顔は薄汚れて見えます。政治家然り、官僚然り、財界人然りです。確固たる国家観を持たず、座標軸が私益にずれているためです。世界は私益を増大させるために国益を追求しています。日本のリーダーにはそれが見えません。
中国人が本当の日本を知り、中国向けに発信して貰うことはいいことです。ドンドンやってほしいですが、「スパイ」として捕まる可能性もあります。朱建栄東洋学園大学教授が上海に戻って捕まったケースもあります。どこまでやり切れるかですが、日本人としてプロパガンダでなく「正しい日本の姿」(=いいところも悪い所も)を知ってもらうことはいいことなので応援しましょう。
記事
気分が滅入る事件の最中なので、すこし軽い話題でいきたい。
先日、中国で刊行されている『知日』という雑誌の日本語デモ版が日本の潮出版から刊行されることになり、記者会見が開かれた。主筆は在日中国人紀行作家で神戸国際大学教授の毛丹青さんである。毛さんは、私が北京駐在時代から何度も取材した旧知の仲。4年前から、日本を中国に紹介する雑誌を手掛けていたとは聞いていたが、ついにそれが逆輸入されるまで中国でヒットしているとは知らなかった。久しぶりにお会いした毛さんは、「僕は商売人やから、売れるもんしか作らんよ」と独特の関西弁で誇らしそうに話していた。
この『知日』は、2011年1月に北京で創刊された。「奈良美智」だとか「推理小説」だとか「明治維新」だとか、日本に関するテーマを一つ取り上げ、オタク的に徹底紹介、徹底分析するちょっと贅沢なムック本である。創刊号では1万部売れたらもとがとれる、と計算していたら初版3万5000部を2カ月で完売したとか。今は月刊誌として毎月実売5~10万部も売れている。人口13億人の国で10万部? 大したことないじゃないか、と言ってはいけない。人口は多いが書籍・雑誌流通などが成熟していない中国出版界では、中国で人気の経済時事隔週刊誌『財経』ですら公称40万部。日本のことだけに特化した月刊誌が創刊4年目で毎月実売10万部も売れるというのはかなりすごいことなのだ。
反日デモ8万人、『知日』読者10万人
「2012年秋の反日デモは50都市で8万人が参加したというけどね、その反日デモの最中に、それ以上の数の中国の若者が『知日』を買ってたわけですよ~」と毛さん。「日本の人たちは、中国にこんなに日本に関心を寄せている人が多いって知らんかったでしょ?」
私は、中国に何度も通っているので、あの激烈な反日デモが日本憎しで起きているものではないと知っていたし、ある一定の生活水準にいる人たちが猛烈に日本親派であることも知っており、日本のオピニオン誌にも何度か書いている。ただ、最近はあまりオピニオン誌も読まれないので、確かに多くの日本人は中国人がこんなに日本が好きだとは知らないかもしれない。では、中国人はなぜ日本が好きなのか。記者会見では蘇静編集長と日本語版装丁も担当したアートディレクターの馬仕睿さんが、その理由について熱く語っていたので、紹介したい。
蘇静さんは1981年生まれのいわゆる「80后」。湖南省の故郷を出て北京の中央民族大学に進学、在学中は映画クラブに所属し、一時は自主制作映画に没頭していた。2007年に北京の大手出版社に就職。2年後にはミリオンセラーを続々と世に出す凄腕編集者と評判になった。学生時代に大好きだった小説は村上春樹作品。「村上作品を読んでいると、主人公としゃべっているみたいにリラックスできる。田舎から北京に上京して孤独だった自分と主人公の孤独が似ていて慰められた」というハルキストだ。
世の動きと逆に、日本への知的好奇心を満たす
2008年、北京で開かれた毛丹青講演会に行き、そこで毛さんと出会う。意気投合して若き駆け出し編集者だった蘇さんは、「日本の小説やアニメやファッションは個別にいろいろ入ってきているが、総合的に日本を紹介する雑誌を創りたい」という夢を語っていた。
その情熱にほだされて、毛さんが仕掛け人と主筆を引き受け準備に入った。2010年は尖閣諸島漁船衝突事件が発生、社会の表舞台では反日感情が盛り上がり、国営書店では、日本関係の本までが棚から引き揚げられていた。だが、その前後は山岡壮八の『徳川家康』がミリオンセラー、どの書店でも東野圭吾が平積みで、日本モノが売れていたことを知っていて、「いける」と思ったという。しかもその頃は、蘇さんもミリオンセラーを出していて編集者としての自信もあった。毛さんも、反日機運が盛り上がっているときこそ、世の空気と逆の方向に動く人が出てくるもの、と判断。読みは見事あたったのだった。
ちなみに創刊号のテーマは「奈良美智」。「禅」とか「武士」じゃなくて「奈良美智」にしたのは、蘇さんが画家・奈良美智さんの作品が大好きで、ちょうど「高い版権料を払って、とびきり高額の定価の奈良美智画集を自分の企画として出版する時期と重なっていたから、その相乗効果を狙ってのテーマ選択」という、マーケティング的理由だった。
そう、この雑誌自体は、可能な限り、「日中友好」という古臭い政治用語から距離を置こうとしている。なので、雑誌名も『親日』ではなく、『知日』。あくまで日本に対する知的好奇心を満たそう、というコンセプトなのだ。
ところで、中国の若者はなぜ、日本にここまで興味を持つのか。日本のどこに惹かれるのか。80年代も中国では日本ブームが起きていたが、80后の親世代にあたるその時代の中国人と、今の若い中国人と、心ひかれる日本的なるものは違うのだろうか。私は会見で、蘇さんに、そんな質問をしていた。たとえば蘇さんが奈良美智になぜ惹かれるのか。奈良美智のどこが日本的なのだろうか、と。
彼はこう答えた。
「私たちの親世代と私たちの日本への関心は大きく違うと思います。私たちの日本への関心は主にネットで個々人がアクセスしている。ですから、非常に多様です。
たとえば、日本の「枯山水」。これは、最初は米国のIT長者たちの間で非常に流行している、というところから中国の若者に知られました。それが、実は日本の伝統文化であるということは、あとで知ったのです。あと、中国の若者に人気のある小魅族というスマートフォンブランドのイメージは侘寂という概念で売り出しています。そこの経営者から、侘寂で宣伝してくれ、とも頼まれました。これはスティーブ・ジョブズらが侘寂に傾倒したからなんだと思います。
この日本のものが米国から入ってきたり、それで興味をもったりと、今の中国人の日本に対する間口は広いのです。よく『知日』のテーマのネタがいつまでもつかと、周囲の人から心配されるのですが、私はあと五年十年、ネタが尽きる気がしません」。
中国を逆さまに映した鏡を見るように
「私も最初から日本的なものが好きだったわけではありません。でもある小説を読むと、この小説が好きだな、と思う。ある映画を観て、この映画が好きだなと思う。このデザイン好きだな、この絵好きだなと思う。そうやって、ある時突然気づきました。私の好きなものはみんな日本のものじゃないか、と。
今の中国人の日本への理解、イメージというものは、かけらを集めたようなもので、特にまとまったものではありません。
たとえば禅。中国の禅の心は宋の時代でもう絶えてしまっています。ですから、日本で禅がまだ生きているときいて、非常に驚きました。日本を紹介するということは、まるで中国を逆さまに映した鏡を見ているような気がするのです。
今の若者はそれほど政治意識というものがありません。ですから、みんなもっと日本のことを学びたいと思っています。たぶん、親世代の方がもっと政治的に敏感だったと思います。ですから、私の父は、私の仕事について、あまり賛成していません。私が政治的に安全かどうかが心配なようです。こういう父親世代の考えを変えることは非常に難しい。でも、今の若者たちはそんなことで悩みません。みんなもっと日本のことが知りたいと思っているんです」
80年代の日本ブームは、映画やテレビが中国国内で解禁され、それと連動して政治的にも日中友好ムードが盛り上げられた。日本を好きになることは、政治的に正しかったから、安心して日本を好きになれた。もし、政治的に関係が悪化していたら、日本好きを公言することはできなかっただろう。だが、今の若者はインターネットを通して、世界中から自分の好みのものをかき集める。そうやって自分の興味の赴くままに、好きなものを集めてみたら、全部日本のものだった、というわけだ。若者世代の親日は同じ親日でも、父親世代のように政治の色もついておらず、単一でもないのだ。だからこそ、日本はこういう国だ、という固定のイメージもあまりない。だからこそ、もっと知りたい、日本の新しい面を知りたいと好奇心がわく、ということなのだ。
馬さんも興味深いことを言っていた。
「私は横尾忠則がすごく好きなんですが、彼のデザインは、西側の完璧な手法と日本の和の概念を融合させているんです。これは日本の街並みとよく似ています。標識、看板などでカタカナとアルファベットが並んでいても、違和感をぜんぜん感じません。日本って、そういうところがすごいなと思います」
日本の受容性が中国の若者を驚かす
これは日本の文化が、外国の文化をうまく取り込み、融合する術にたけている、という評価だととらえていいと思う。私もかねがね日本文化の特徴は「受容」だと思っている。日本は排他的だという人は多い。確かに島国らしい排他的なことはあるが、それは日本の受容をかたくなに拒否する人に対して、「区別」「すみわけ」という形で共存しようというだけで、それは古い日本人にとっては争いを避けるための知恵だと思われていた。異文化の個性のとげをとって日本化してしまうという「日本の受容」のやり方に対する是非の論はさておき。
日本の精神文化の支柱が神道ならば、はっきりいって神道ほど、寛容な教義らしい教義もない宗教は珍しいだろう。寺の中に神社があるのも普通。長崎などは鳥居と十字架が共存する神社もある。日本人は大晦日に仏教寺院で煩悩を払い、新年に神社で神頼み、クリスマスにはミサに行く人も。そのうちラマダンも、日本人の祝祭行事に加わるのではないか。そういう日本の受容性が、中国の若者の目からみると、驚きなのだろう。
日本文化は外国のものを受容し、あらたな日本文化を生み出す。その一方で日本の伝統文化はたとえ米国に渡り、アメリカナイズされても、その本質は失わず、たとえ米国経由で中国に渡ったとしても、中国人はそれが日本の伝統文化であると認識するのだ。他者とまざっても日本らしさを失わない。日本人が、色に染まりやすく主体性がないようで、どこに行っても日本人なのと少し似ている。
このグローバル化された世の中で、中国が影響を受ける文化は日本以外にもたくさんある。だが、アメリカンカルチャーにやたら詳しい知米派青年の存在や、ドイツ文化ファンに向けた「知徳」といった雑誌が売れているという話は寡聞にして知らない。清華大学には日本のアニメ研究会はあるが、アメコミ愛好会はない。おそらくアメリカンカルチャーはグローバル化され過ぎて識別しにくくなっているのだろう。ディズニーといえばアメリカ文化だが、中国人にとってはディズニーランドとは、東京ディズニーランドであるように。
知の落差を懸念、『知中』を準備
『知日』を読み、蘇さんや馬さんの話を聞くと、あー、日本ってそういう国だったか、といろいろ気づかされて、本当に面白い。
ただ、こういう中国の若者の知日ブームを聞いて、日本人が好い気分になっているだけではだめなのだ、と毛さんはちくりと苦言を呈していた。
「中国の若者は日本に好奇心いっぱいなのに、日本の若者は今の中国のことを知ろうとしない。今の中国と日本は、60年代の日本とアメリカみたいな関係だ。知の落差が生まれることが心配だ」
つまり、60年代、日本人はアメリカ文化に憧れ崇拝して懸命に吸収しようとしていたが、アメリカ人は日本をバカにしていたので、興味を持たず、フジヤマゲイシャぐらいの理解しかなかった。だから80年代、米国は日本に追い越された。だが、日本がジャパンアズナンバーワンと慢心している間に、米国のスティーブ・ジョブズら若いアメリカ人が日本文化に傾倒し、日本を学び、彼らが再びアメリカナンバーワンの座を取り戻した。
ある国の若者が相手国文化に対する知的好奇心で負けてしまったら、その国はやがて相手国に負ける。知の落差は国家のパワーの関係にも影響する、ということは歴史が証明している、というのだ。
四半世紀も日本にいて日本も深く愛する毛さんは、だから、教え子の日本人の若者たちに雑誌『知中』を発行させるための仕掛けをすでに進めているようである。
1/22・29号週刊新潮 櫻井よし子【日本ルネッサンス】記事について
世界は悪に満ちているという記事です。アメリカは狡猾にも日本を大戦に引き込み、戦後占領期に検閲・焚書して日本人の洗脳をしました。ユダヤ人虐殺に手を貸したユダヤ人、内モンゴル人虐殺に手を貸した内モンゴル人同様、日本の精神的解体に手を貸した日本人が沢山います。その戦後利得者が既得権者となって日本精神の復活を妨げようとします。朝日新聞がそのトップに挙げられるでしょう。政治家・官僚にもその手合いがゴロゴロいます。権威を信じるのではなく、事実をもっと良く見るようにしないと騙されます。
情報戦に日本は戦争前から負けています。正義が勝つとは限りません。中華、小中華はスマートに賄賂を贈りますし、ハニートラップは当り前です。彼らを豊かにすることはそのための軍資金を与えているようなものです。米議会の調査局も鼻薬かハニトラにかかっているのでしょう。歴史問題について言えば、アメリカに正義があるとは言えません。東京大空襲や原爆投下、憲法の押付け等国際法違反です。挙句は茶番の東京裁判ですから。日本国民は勇気をもって歴史を振り返りませんと。「長いものに巻かれろ」式ではいつまで経っても不名誉は雪ぐことはできません。時間をかけても正々堂々米中韓相手に主張をしていかないと。それには強い国民の支持が必要になります。敵の謀略に引っかからないようにしませんといけないと思います。日本のメデイアは敵の手先と思った方が分かり易いです。
1/22『外交も戦争も全て情報戦が決める 』 記事
お正月休みを利用して、以前からじっくり読みたいと思っていた本を読んだ。米国政治学会会長や米国歴史学会会長を歴任し、1948年に74歳で亡くなったチャールズ・A・ビーアドの・President Roosevelt and the Coming of the War, 1941・(邦訳『ルーズベルトの責任 日米戦争はなぜ始まったか』開米潤監訳、藤原書店)である。
ビーアド博士は614頁に上るその大部の書の中で、あくまでも冷静に正確に、ルーズベルト大統領が如何にしてアメリカを第2次世界大戦に参戦させたかを書いている。
ルーズベルトは1939年の独ソ不可侵条約締結以降、ナチスドイツとの戦争は避け難い、日本との戦争も回避し難いと覚悟していた。しかし、米国民と議会には根強い反戦・厭戦論が存在した。1940年の大統領選挙においても、攻撃を受けない限りアメリカは絶対に参戦しないと、自ら幾十回も繰り返した。公約違反はできない。結果として、彼は本音を隠し続けた。
ルーズベルトとハル国務長官は、国民と議会に対し、アメリカが戦争に向けて準備をしていること、1941年8月のルーズベルトとチャーチルによる大西洋会談ですでに参戦を決めていたことなど、おくびにも出さず、メディアを巧みに操った。
こうした事実を公文書、議会の議事録、報道記事など広範な資料に基づき証明したのがビーアドであり、アメリカが戦争に至った原因は、日独といった枢軸国の行動だけではなく、アメリカにもあるという事実の集大成としての本書である。
本書は、1948年4月に上梓されたが、彼の主張は反愛国主義であると非難され、不買運動まで起きた。アメリカの歴史学会会長としてのビーアドの名声も地に落ち、彼は友を失い、孤立した。
それでも本書はアメリカで版を重ねて読みつがれてきた。本書を貫く冷静さ、事実に沿ってアメリカ外交の実態を描き出したビーアドの知的誠実さゆえであろう。
事実の捏造まで
ビーアドの書は第2次世界大戦に関して私たちが日中戦争もしくは日米戦争に焦点を当てすぎる余り、ともすれば注視しないで終わりがちなヨーロッパ戦争の重要性に目を向けさせてくれる。
チャーチルをヒトラーに勝たせること、イギリスの勝利がアメリカの国益であると確信したルーズベルトが、チャーチルとの意思の疎通を重ねて参戦に傾いていく様が、ビーアドによって明らかにされていく。
ビーアドは取り立てて親日であるわけではないが、歴史を見詰める彼の目の公正さは、枢軸国の一員として絶対悪の存在とされてきた日本の評価を多少なりとも変える力を持つものであり、私たち日本人こそ、この書を読むべきなのだ。
参戦すべきだと確信していながら、前述のように参戦できない要素に縛られていたルーズベルトは、アメリカが攻撃を受けてやむなく参戦に踏み切ったという形を作るために、情報隠しを超えて、事実の捏造まで試みた。たとえば大西洋でのアメリカ駆逐艦「グリアー号事件」である。
事件は1941年9月4日、国籍不明の潜水艦が、アイスランドに向かうグリアー号を攻撃したというものだ。ルーズベルトは9月11日、ラジオ放送で「ドイツの潜水艦が先にアメリカの駆逐艦に発砲した」、「警告もなしに」「計画的にアメリカ艦を沈没させようとした」と、公式に発表した。
ドイツ側はルーズベルトの発表を全否定し、アメリカ上院海軍委員会が詳細な調査に乗り出して、以下のことを明らかにした。
グリアー号はイギリス機から、約10マイル先の海中を潜水艦が航行中と教えられ、その追跡を始めた。追尾は3時間以上続き、イギリス機が爆雷4発を投下、対して潜水艦は魚雷を1発発射し、グリアー号が爆雷8発で応戦した。潜水艦はもう1発魚雷を発射、2時間後、グリアー号は再び潜水艦を見つけ爆雷攻撃をかけたという。海軍委員会のこうした詳しい調査結果は、ルーズベルトの説明が不正確かつ不適切であることを証明してしまった。
このあとも、米海軍艦「カーニー号事件」(41年10月17日)をはじめ幾つかの「事件」が起きた。ルーズベルトは、対ドイツ宣戦布告の正当な根拠を創作しようと試み続けたわけだ。しかし、海軍委員会やメディアの調査によって彼の企みはいずれも自壊し、このとき、ルーズベルトとハルは日本に特別の注意を向け始めたと、ビーアドは書いている。
ビーアドは、大多数のアメリカ人にとって最大の敵はドイツのヒトラーであって日本ではなく、むしろ対日戦を避けることでドイツ戦に軍事力を集中できると考えていたと説く。
絶対にのめない条件だが、ルーズベルトはそうではない。彼は41年7月には在米日本資産を凍結し、通商を停止し、日本を追い込みつつ、先述の大西洋会談をチャーチルと行ってその後、連邦議会指導者に、「武力戦争」になる最大の危険は極東にあり、「日本が新たな武力侵略を始める可能性は五分五分」と示唆している。
日本に事実上の最後通牒であるハルノートを突きつけたのは41年11月26日だが、そのときも、ハルもルーズベルトも、アメリカが日本を追い込んだことは語っていない。
ハルノートの内容が、それ以前の7か月にわたる日米交渉の内容をはるかに超える厳しいものであり、日本政府は絶対にこの条件をのめないと彼らが確信していたことも隠し通された。
ビーアドは記述している。ハルノート手交の翌日の11月27日、米陸軍省がアメリカ前戦基地司令部あてに極秘の警告を発したのだが、ルーズベルトの指示で「戦争が回避出来ないのであれば、合衆国は日本に最初の明白な行動に出ることを望む」という一項が加えられた。
このことに関して、春日井邦夫氏の大部の書『情報と謀略』(国書刊行会)には、ハルノート手交当日、ルーズベルトはチャーチルがアメリカに派遣した情報マン、W・スチーブンスン(暗号名イントレピッド)に、日本との交渉は失敗に終わると伝え、イントレピッドは翌27日にその情報をチャーチルに伝え、軍は2週間以内に行動を開始すると打電したと指摘している。
ビーアドの表の情報と、春日井氏のいわば裏の情報がピタリと重なるのである。ルーズベルトは真珠湾攻撃を言葉を尽くして非難したが、それが結局彼の待ち望んでいたアメリカ参戦への「口実」となったことは、ビーアドの書からも明らかだ。
情報戦の凄まじさ、恐ろしさを実感する。いま、日本は中国の情報戦略で深傷を負わされつつある。国の命運をかけて情報戦を戦わなければならないと思うゆえんだ。
1/29『誤解に満ちた「米議会調査局」報告』記事
日本の情報発信力が問われている中、1月13日に米議会調査局が日米関係に関する報告書を発表した。日米関係の重要性を強調してはいるが、驚くべきは、慰安婦問題、靖国参拝問題をはじめとするいわゆる歴史問題に関して、全面的に中韓両国の側に立った主張が書き込まれており、日本の情報発信戦略が如何に機能していないかが見てとれる。
報告書はA4で33頁、冒頭の総論はまず、アメリカにとっての日本の重要性が安全保障及び環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の両面で強調されている。政権を奪還し、安定した基盤に立って経済再生を進め日米同盟強化に貢献する安倍政権を、オバマ政権が積極的に支持、と明記された。安倍政権が進めてきた政策と実績への前向きの評価である。
しかし、続く段落で、「安倍は強い国粋主義思想で知られる」との批判に転じ、次のように書いている。
「第2次世界大戦時に売春を強制されたいわゆる『慰安婦』問題、A級戦犯を含む日本の戦死者を祀る靖国神社への参拝、日本海及び東シナ海の領土争いに関する声明など、安倍の取り組みすべてが同地域で進行する緊張につながっている」
「多くの米識者の見るところでは、安倍は同盟関係に肯定的、否定的双方の要素をもたらす。時には同盟関係を強化し、時には地域の安全保障環境を乱しかねない歴史に関する敵意を再生している」
議会調査局の報告書をまとめた5人の専門家は、安倍政権の実績としての政策を分析し、評価する理性を持ちながら、他方で安倍首相の心の内に何かしらおどろおどろしい思考があるとでもいうような、偏見や非理性的な感情に引き摺られているのである。
結果として、安倍首相の実績を賞賛し、そのすぐ後で首相の心を忖度してはけなすということを繰り返す。その繰り返しは「日本の外交政策と日米関係」の項でも顕著である。
国粋主義者の閣僚?
日米同盟を強化し、米軍再編の行き詰りを打破し、東アジアにおける日本の外交、安全保障上のプレゼンスを高め、TPP交渉にも参加した安倍政権への賞賛のすぐ後に「日本と周辺諸国、とりわけ中国と韓国に対して歴史問題で反日を激化させる行動をとったことで、安倍とその政権は米国の国益を危険に晒した可能性がある」という具合だ。
中国との問題とは、尖閣諸島への中国船の度重なる侵入であり、ハルビン駅に安重根の記念館を建てたことであり、「40万人説」にまで発展した「南京大虐殺」の捏造であり、米国を舞台にした反日歴史戦争であろう。
ちなみに、アメリカ国務省は首相の靖国参拝に「失望」したが、中国がハルビンに安重根記念館を建てたことには無反応だった。安はわが国首相を暗殺したテロリストだ。朝鮮出身のテロリストを中国政府が記念館を建てて顕彰すること自体がおかしい。なぜ、アメリカはここでこそ、失望したの一言を言えないのかと、私は疑問に思う。
一方、韓国との問題といえば慰安婦問題であり、竹島問題であろう。
これらの問題は、安倍政権が「反日を激化させる行動をとった」結果ではなく、むしろ中国や韓国が仕掛けたと、日本側は感じている。
日本と両国の関係が良好でないのも、安倍首相の発言や行動が直接の理由というより、両国は安倍政権誕生のときから、首脳会談にも応じなかった。それでも報告書は、これらすべてが安倍首相と日本の責任であるかのように分析している。
「安倍と歴史問題」の項目には、公正さを欠く批判の言葉が連ねられている。日中、日韓関係には歴史問題がつきものだとして、「20世紀初頭の日本による占領、戦争行為に対する十分な償いも満足な賠償も行われていないという議論がある」というのだ。
日本は韓国との13年にわたる長い交渉を経て、1965年6月に日韓基本条約を締結した。60年代でまだ貧しかった日本は、18億ドルの外貨準備高から、5億ドルを韓国に渡した。中国には日中国交回復後の70年代以降今日まで、3.6兆円を超えるODAを提供してきた。そうした日本の努力に言及はなく、報告書は次のように続いている。
「安倍が閣僚に選んだ人物にはナショナリストを標榜する人物、ウルトラナショナリスト(国粋主義者)、大日本帝国の栄光を讃えるような意見を標榜する人物がいる」
安倍政権の国粋主義者の閣僚とは一体誰のことか。大日本帝国時代の栄光を讃える閣僚とは誰か。私の脳裏にはそんな人物は浮かんでこないが、自信をもってこのように議会に報告した米国の専門家に教えてほしいものだ。
「ウィークジャパン派」
アメリカが日本を理解しないのはなぜか。日本側がきちんと情報発信を行ってこなかったからだ。たとえば報告書には、「在米韓国人活動家勢力のおかげで慰安婦問題がアメリカ人の意識に上った(gained visibility)」というくだりがある。
慰安婦問題など全く知らなかったアメリカ人に、「強制連行」「性奴隷」「10代の少女たち」「20万人」「大半の女性を殺害」などの捏造情報を織り込んで慰安婦問題を知らせたのが在米韓国人活動家であり、それを応援する中国人勢力だった。
私たちにとっては心外なこうした情報が、米国議会への報告書をまとめる専門家たちに聞き入れられたということは、皮肉な言い方だが、アメリカ人は聞く耳を持つということではないか。
慰安婦、靖国参拝、さらに南京事件についても情報を整理し論理だててきちんと説明すれば、彼らが聞く耳を持たないということはないのである。
日本側の情報発信が如何に重要かということだ。
それでも、日本の前に立ち塞がる壁もある。それは、安倍首相と安倍政権を「国粋主義」や「歴史修正主義」という言葉で非難するアメリカ人の心の中に、日本を弱い国にしておきたいとの心理が働いているのではないかという点だ。
日本占領時に、「日本に武力を持たせず未来永劫弱小国にしておきたい」と考えたのが、民政局を中心にした「ウィークジャパン派」である。対して、一定期間後に、日本は独立国として応分の力を回復すべきだと考えた「ストロングジャパン派」も存在した。首相の憲法改正に関する発言や靖国神社参拝への激しい反発は、ウィークジャパン派の思想と相通ずるものだ。
日本を真の意味での自主独立の国にすることを是としない考え方がアメリカに今も根強く存在することを承知して、私たちは自主独立の気概を持つ日本こそが、よりよい形でアメリカの戦略的パートナーたり得ること、自由、民主主義、法治という人類普遍の価値観にもよりよく貢献できることを、伝えていくべきだ。
映画「KANO」を見て
昨日は映画「KANO」を見ました。今は失われつつある昭和の諦めない「ガンバリズム」と団結する力を描いたものです。昭和6年に決勝戦で敗れた嘉義農林(旧制中学)の活躍ぶりが描かれていてさわやかでした。「日本人、漢人、蛮人(高砂族の意)」が力を合わせてライバルにぶつかっていきます。記者の中には蛮人を侮蔑する発言をする人もいましたが、決勝戦を見て嘉義農林のファンになります。嘉義農林は決勝で中京商に敗れます。投手の呉明捷は早稲田に進み、大学野球で7本のホームランを打ち、この記録は長嶋茂雄が出てくるまで破られなかったと言います。嘉義農林は通算で4度甲子園に出たそうです。八田與一も登場し、嘉南大圳もこの年できたのが分かります。映画は朝日新聞も後援しています。戦前・戦中の朝日はまともだった、というよりは戦争を煽った新聞ですが。今は慰安婦問題で1万人訴訟を受ける身です。台湾の魏徳聖監督は日本を公平に見てくれています。「セデック・パレ(霧社事件」」という映画では日本の台湾統治の初めの頃、原住民(=先住民族のことを原住民と台湾では言います)を日本軍が鎮圧した事件を扱っています。中韓と違い、日本のいいところも悪い所も客観的に見てくれています。「海角7号」も彼の手によるものです。「KANO」では大連商業も甲子園に出ていました。大東亜の五族協和、王道楽土が実現されていたものです。昭和6年(1931年)は満州事変が起きた年です。中国は満州国を偽満州、日本の傀儡と言いますが、「紫禁城の黄昏」(レジナルド・ジョンストン著、彼は清朝のラストエンペラー愛新覚羅溥儀の家庭教師をしていた)では違って書かれています。英国人が公平に見て書いてあるので詐術の得意な中国人の書いたものよりよほど信用できます。その本の中には、岩波版では削除されている「当時の中国人が共和制を望んでおらず清朝を認めていたこと、満州が清朝の故郷であること、帝位を追われた皇帝(溥儀)が日本を頼り日本が助けたこと、皇帝が満州国皇帝になるのは自然なこと」が盛り込まれています。左翼は自分の都合の悪い部分は知らせないよう良く改竄します。平気で嘘がつける不誠実な人の集まりです。マスメデイアもその傾向があります。注意しましょう。
