『プーチン逮捕状には大喝采、ネタニヤフなら沈黙…トランプの「ICC制裁」で露呈した「日本の二重基準」  メディア批評(第210回)国際司法と国家をめぐる未完の宿題①』、『赤根智子氏より100年前「世界の良心」と呼ばれた日本人がいた…日本はまた国際司法に背を向けるのか メディア批評(第210回)国際司法と国家をめぐる未完の宿題②』(11/2神保太郎)について

11/2The Gateway Pundit<Trump Vows to Protect Elon Musk From Political Persecution If Democrats Take Congress — Will Consider Pre-Emptive Pardons (VIDEO)=トランプ氏、民主党が下院を掌握した場合、イーロン・マスク氏を政治的迫害から守ると誓う ― 事前恩赦も検討へ(動画)>

事前恩赦は、事後(未来)の犯罪は当然免責されない。ただ、事前恩赦と言うのはまだ起訴もされていないのに、その件を前もって免責するのは違和感がある。まあ、ファウチの例を思い浮かべるからでしょう。マスクは大量殺人を犯したファウチと違い、米国に多大な貢献(DOGEも含む)をしたが、民主党は彼を冤罪で罰する可能性がある。況してや彼の事業を接収するなんて、共産主義者のやること。事前恩赦は止む無し。

ドナルド・トランプ大統領は、民主党が議会の支配権を取り戻した場合、イーロン・マスク氏とその企業に対する調査を公然と計画している中で、マスク氏を守ると誓った。

トランプ氏はニューヨーク・ポスト紙のミランダ・デバイン記者に対し、民主党によるマスク氏への脅迫は政治的な虚勢だと一蹴したが、事態がエスカレートすれば介入すると明言した。

「そんなことは起こらない。ただの噂話だ」とトランプ氏は述べた。「しかし、噂話だとしても、我々は彼らを守らなければならないだろう。」

トランプ氏はまた、自身が退任した後、民主党が政権幹部や側近を訴追しようとした場合、彼らに対する先制的な恩赦を検討すると述べた。

https://x.com/cb_doge/status/2117230230964474165/video/1

今回の発言は、テスラ、スペースX、スターリンク、そして人工知能大手xAIなどを傘下に持つマスク氏に対する脅迫が数週間にわたってエスカレートしてきたことを受けてのものだ。

民主党は、火曜日の中間選挙で議会の主導権を握った場合に備え、マスク氏とその事業に対する大規模な調査を既に準備している。

経済学者のポール・クルーグマン氏や元労働長官のロバート・ライシュ氏など、左派の著名人たちは、民主党政権がマスク氏の会社を接収すべきだと提言している。

マスク氏は、トランプ氏が政府効率化省(DOGE)の設立を支援したこと、そして共和党で最も裕福で寛大な献金者であったことから、左派の主要な標的となった。

トランプ氏は以前、マスク氏に対する捜査の脅威から彼を擁護していた。

「イーロンは素晴らしい人物だ」とトランプ氏は先月述べた。「優秀な人材はそう多くはいないのだから、我々はそうした人材を守らなければならない。」

トランプ氏はさらに、マスク氏をアメリカでも稀有な「天才」の一人だと称賛し、革新者を保護することはアメリカの技術的優位性を維持するために重要だと主張した。

マスク氏自身も、黙って引き下がるつもりはないと明言している。

「剣に生きる者は剣に死ぬ」と、民主党がマスク氏を捜査する計画があるとの報道を受けて、マスク氏は警告した。

「私に喧嘩を売る者は、私が誰が本当に糸を引いているのかを突き止め、操り人形だけでなく、その黒幕をも標的にすることを理解すべきだ。」

https://www.thegatewaypundit.com/2026/11/trump-vows-protect-elon-musk-political-persecution-if/

https://x.com/FoxNews/status/2116920830542176612/video/1

11/2The Gateway Pundit<“I Have Returned to Finish the Job”: María Corina Machado’s Return and Trump’s Strategy for Venezuela=「仕事をやり遂げるために戻ってきた」:マリア・コリーナ・マチャドの復帰とトランプのベネズエラ戦略>

https://gatewayhispanic.com/2026/11/i-have-returned-finish-job-maria-corina-machados/

11/3看中国<美军本周或大举空袭伊朗 海湾盟友紧急戒备(图)=米軍、今週にもイランへ大規模空爆か 湾岸同盟国は厳戒態勢(写真)>

米国は中間選挙後、イランに対して新たな大規模軍事攻撃に踏み切る可能性がある。米紙WSJは2日(月)、米国の湾岸同盟国が、早ければ今週中にも起こり得る軍事行動に備えていると報じた。同盟国側は、イランが報復として現地の経済施設や民間インフラを攻撃する事態を懸念している。一方、バンス副大統領は、米イラン間の交渉に進展が見られるものの、トランプ大統領は依然として軍事攻撃の選択肢を排除していないと述べた。

WSJの報道によると、トランプは現在、中間選挙終了後にイランへの大規模攻撃を行うことに傾いており、攻撃対象にはイランのインフラや核施設が含まれる可能性があるという。ただし、最終決定には至っていない。

事情通によると、トランプは土曜日、イスラエルのネタニヤフ首相との電話会談で、まずは外交交渉にチャンスを与えたい意向を示した。しかし、ネタニヤフ首相は米国に対し、中間選挙終了後直ちに軍事行動を起こすよう強く求めた。イスラエル軍はすでに攻撃計画を策定し、厳戒態勢に入っている。

ニュースサイト「アクシオス(Axios)」が、この両首脳の電話会談の詳細をいち早く報じた。米政府当局者はこの内容を否定せず、トランプがイランに対するあらゆる行動の選択肢を依然として保持していることを強調した。

攻撃するとすれば、MOABを使うかどうか?

https://www.secretchina.com/news/gb/2026/11/03/1106912.html

11/3阿波羅新聞網<中国海归迈进受难时代=中国の「海帰(海外留学帰国者)」、受難の時代へ>

最近、英米圏の大学で修士号を取得して帰国した中国人女性Aさんは、留学を決断したことを深く後悔している。彼女が3年前に渡航した当時、海外の名門大学の学位は、中国のエリート公務員の世界に入るための「入場券」のようなものだった。ところが帰国してみると、その留学経験が、かえって足かせとなってしまっていた。 10/31付の香港『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』(SCMP)によると、北京や上海など10以上の省級行政区で、2027年「選調生」(党や政府の中核幹部を育成するための優先採用制度)の募集が開始されたが、いずれの地域も海外の大学の卒業生には応募資格を認めていない。

習が下りれば方針は変わるかもしれない。

https://www.aboluowang.com/2026/1103/2452768.html

方飛は方菲の誤り。

神保氏の記事で、小生の考えは①ICC非加盟国にICCは罰を加えることは出来ない②ナビ・ピレイはウイグル人への人権侵害を取り上げず、ICCとしては選択的介入をしていると見る③執行力もないのに大国に挑戦すれば報復されるのは仕方がない。結局日米離間の策として使われた(赤根氏はトランプがどう出て来るかを考えて、ネタニヤフ逮捕状を発したのか?考えてしたとしたら、日本の国益と衝突すると考えなかったのか?とても国際センスがあるとは思えない。日本の裁判の延長で判断したのでは)

神保氏は8人のジャーナリストによる共同筆名とのこと。だから、憲法擁護論や日共支持、世界市民の匂いがプンプンして、とても現実世界を生き抜くことは出来ない議論の進め方に感じた。日本人は理想論に一気に飛ぶのでなく、現実論で一歩一歩着実に前進していくことを心掛けた方が良い。

A記事

ノーベル平和賞受賞にトランプ政権が激高

今年夏から秋、ICC(国際刑事裁判所)へのアメリカの制裁をめぐる激震が続いている。

8月18日、トランプ政権は、ガザ攻撃におけるイスラエル高官への逮捕状請求を牽引したカリム・カーン主任検察官に加え、赤根智子所長とパレスチナ捜査を主導するアブドゥライ・セイ上級法廷弁護士の2名を制裁対象に指定。アメリカ国内の資産凍結や入国禁止、金融システムから遮断する措置をとった。

続く10月9日、ICC裁判官や国連高等弁務官を歴任したナビ・ピレイ氏のノーベル平和賞受賞が報じられると、トランプ政権は激高し、わずか数時間後に、ICCに対する全面制裁を発表する。

本格的な制裁発動まで180日間の猶予期間を設けるとしながらも、赤根所長ら個人にとどまっていた対象を組織全体に広げ、ICCの資金繰りや実務運営を困難にさせることで、「レンガをひとつずつ崩すように、ICCの能力を麻痺させ解体」(ルビオ国務長官)させようというのである。

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欧米メディアは一斉に反応した。まず、10月9日付のアメリカ『The Wall Street Journal Opinion』は、アメリカがICCの設立根拠となる「ローマ規定」の批准国でないにもかかわらず、「アフガニスタンでの米軍の活動を不当に捜査対象とし、さらには独自の民主的な司法制度を持つ同盟国イスラエルの指導者に対しても、手続きを歪めて逮捕状を請求した。これは、政治的偏見を帯びた法的権限の逸脱である」とし、「我が国と国民、さらには、同盟国の主権をこの暴走機関から守るため、制裁措置の執行は早ければ早いほど良い」と断じた。

これに対し、EU諸国のメディアが反発。10月10日、フランス『Le Monde』は、「国際法秩序への最大級の冒涜」だとし、「ガザやアフガニスタンでの戦争犯罪を直視せず、身内を守るために司法を金融システムから遮断するという手法は、独裁国家と変わらない」「この脅迫に屈することは欧州共通の価値観の自殺を意味する。言葉だけの遺憾は無意味であり、実効性のある法的盾を即座に構築すべき」と主張した。

このように、アメリカのクオリティ・ペーパーが、トランプ政権の主張に沿った方向を示したのに対し、ヨーロッパのメディアは、一貫して国際司法に対する重大な挑戦と受け止め、EUという国家連合の価値観そのものを踏みにじる暴走だとして厳しく非難した上で、米ドルに支配されないユーロ建て決済への移行や、アメリカが課した経済制裁に企業や個人が従うことを禁止する「ブロッキング規則」によって制裁を無効化するなど、経済的法的防衛の方策に踏み込んでいる。

赤根智子氏のICC所長就任を称賛していた産経新聞

これに対し、日本のメディアの論調は、ICCをめぐる事態の変化にともなって揺れ動いた。

2024年、ICCの所長に赤根智子氏が就任すると、日本の主要メディアは一斉に「国際司法の舞台でリーダーシップを発揮する日本の誇り」として、「ロシアによるウクライナ侵略開始から2年余が経過した。ロシアの非道な戦争犯罪を追及するICCにかつてない注目が集まる中、赤根氏には「法の支配」に基づく正義実現の先頭に立ってほしい」(2024年3月25日付『産経新聞』)などと称賛した。

この記事の背景には、2023年、赤根氏らが予審裁判官として決定したプーチン大統領に対する逮捕状がある。ウクライナ占領地域からの子供の連れ去りを戦争犯罪と認め、最高責任者としての刑事責任を問うこの逮捕状に対して、ロシア政府は即座に対抗し赤根氏を国際指名手配したが、ICCは揺るがなかった。

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前掲記事は、その「ひるまない姿勢を高く評価」し、ロシアを対象とするICCの姿勢については、「国際社会の“法の支配”を担う決意の表れ」と論じ、法の絶対性を説いていたのである。

しかし、アメリカがICCに対する敵意を剝き出しにすると、その論調は日米同盟に配慮した地政学的現実論に一気に傾斜してゆく。

アメリカでは、以前から、過去の米軍によるアフガニスタンでの拘束者への拷問容疑を捜査するICC検察局に反発があった。さらに、2024年、ICCがガザにおける「飢餓を戦争手段として悪用した戦争犯罪」や殺人・迫害などの「人道に対する罪」の容疑で、同盟国イスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出すと、アメリカは報復として赤根所長らへの制裁を開始。

さらにその制裁対象を組織全体にエスカレートさせると、日本のメディアにおいては、国際司法と日米同盟のはざまに立たされる日本政府の立場を代弁し、歩調を合わせるかのような論調が目立ち始める。

史上初「個人」を裁く国際刑事裁判所

この段階では、さきにICCのロシアへの姿勢を評価していた『産経新聞』の社説「主張」は8月21日付で、「米国は自国で整った軍法と軍法会議を有する民主主義国だ。当該国が放置する場合にICCが“補完性の原則”で対応するのが基本で、今回の米兵のケースが適切かは議論が分かれるところかもしれない」とし、赤根氏への制裁を批判するよりも、むしろアメリカの強硬姿勢の背景にある国家的事情に理解を示した。

さらに、日本国内有数のニュースウェブメディアである『PRESIDENT Online』10月15日付の論説に至っては、「日本政府に求められているのは、感情的な連帯表明でもなければ、リベラルな国際秩序への盲従ではない。唯一の同盟国である米国との関係を重視することだ。ICCのために米国と対立するなどバカげている。ICCは都合がよく使える時に使うだけで良い」とまで言い切っている。

また、個人制裁の段階で「大変残念」とコメントした高市首相の姿勢を批判的に報じていた『朝日新聞』『日本経済新聞』なども、国際司法の重要性を強調する視点は保ちつつ、「米国との関係から“ハンドリング”が難しい」と語る日本外務省や官邸の声を引用するスタイルの記事で、客観報道を装いながら日米同盟を基軸とする政府の苦境に寄り添うような論調となった。

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これらメディア記事の変遷は、国家の利害に左右される国際司法の問題を浮かび上がらせる。そのためには、ICCという組織が掲げる理想と制度上の限界を歴史的に見ておく必要がある。メディアには、こうした背景を詳細に論じることなく、「国際司法vs国家」的な二項対立の図式に矮小化する傾向があるからだ。

2002年発効の「ローマ規程」に基づいて設置されたICCは、史上初の常設型の「個人」を裁く国際刑事裁判所である。それまで、第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判や東京裁判、1990年代に国連安保理によって設置された旧ユーゴスラビアやルワンダの臨時法廷は、いずれも「勝者の裁き」あるいは「政治権力の事後的介入」という問題があると指摘されていた。

これに対しICCは、特定の事案が起きてから設置されるのではなく、あらかじめ合意された法秩序に基づき、いかなる国家権力からも独立し、個人の戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイド、侵略犯罪を裁く普遍的司法の理想を掲げて生まれた。

しかし、その理念は、誕生の瞬間から「国家主権」という冷酷な現実の壁に突き当たった。

日本人がトップを務める2つの国際的な裁判所

ICCの宿痾とも言うべき構造的限界は、大きく以下、三つの要素に集約できる。

第一に、「執行力の脆弱性」。ICCは国連の機関ではなく、「ローマ規程」の締約国によって構成される組織で、独自の警察組織や軍隊、身柄拘束のための執行部隊を持たない。そのため、容疑者の逮捕、証拠物件の押収、証人の保護などは、全面的に、加盟した「主権国家の協力」に依存している。

第二に、「大国の非加盟」。ICCの普遍性を脅かしているのは、アメリカ、ロシア、中国、中東の火種であるイスラエルやインド、北朝鮮などが「ローマ規程」を批准していないという問題である。

さらに、第三の問題は、「補完性の原則」。ICCは、原則として当事国が「自国で捜査・訴追を行う意思や能力がない」と判断された場合にのみ、補完的に管轄権を行使する。この「国家に捜査の意思があるか否か」の判断基準そのものが、極めて政治的な摩擦を引き起こしてきた。アメリカやイスラエルなど、民主主義国家を自認する国は、「自国には精緻な司法制度が存在するので、ICCの介入は主権侵害」と反発する。

こうした問題は、国連の司法機関として1945年に設立された「国家」を裁くICJ(国際司法裁判所)にも表れる。ICJはICCと違い、アメリカ、ロシア、中国、イスラエルなど国連憲章を批准した193ヵ国すべてが加盟国だが、敗訴の判決に加盟国が従わない場合は、最終的な執行が安保理に委ねられるため、常任理事国が拒否権を発動すると機能しないのである。

ICC(赤根智子所長)もICJ(岩沢雄司所長)も日本人が率いており、日本政府や多くのメディアは、ある意味でナショナリスティックにこれら国際司法の場を持ち上げて讃える一方、憲法第9条を掲げ平和国家を国是とする日本が国際社会に対してどのような回路を開くべきかという本質論は避けてきた。

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そのため、ICCが大国の地政学的利益や同盟関係の力学と正面衝突すれば、一気に瓦解の危機を迎えるという懸念に対し、事前に警鐘を鳴らし、その検証や対策を模索する視点に欠けていたと言わざるをえない。

また、ブラジル、南アフリカ、インドネシアなどグローバル・サウスのメディアや知識人が、「ウクライナの子供の連れ去りは告発されるのに、なぜ、ガザの何万人もの子供の爆殺や餓死はイスラエルの自衛権の範囲内として免罪されるのか」というダブルスタンダードを糾弾しているにもかかわらず、欧米の報道に追随しがちな日本のメディアは、その声を意図的に周縁化し、自らの問いとして内面化することがほとんどなかったのではないか。

トランプ政権のICC制裁に萎縮する日本政府とメディア。しかし、およそ100年前にも、日本は国際司法の場で、より破滅的な国家の暴走とジャーナリズムの敗北を経験していた。後編記事『赤根智子氏より100年前「世界の良心」と呼ばれた日本人がいた…日本はまた国際司法に背を向けるのか』へつづく。

B記事

ICC裁判官や国連高等弁務官を歴任したナビ・ピレイ氏のノーベル平和賞受賞が10月9日に報じられると、トランプ政権は激高し、ICCに対する全面制裁を発表する。これにより、日本のマスコミ報道は国際司法と日米同盟のはざまに立たされる日本政府と歩調を合わせるかのような論調が目立ち始める。しかし、この姿勢は突発的なものではない。およそ100年前にも、日本は国際司法を見放していたからだ。

前編記事『プーチン逮捕状には大喝采、ネタニヤフなら沈黙…トランプの「ICC制裁」で露呈した「日本の二重基準」』より続く。

「世界の良心」と称えられた日本人所長の存在

アメリカによるICCへの制裁問題において、現代の日本メディアが陥っている日米同盟の堅持という名の超大国への萎縮と、国際司法の瑕疵の指摘という姿勢は、歴史的に見れば決して突発的なものではない。およそ100年前にも、日本は国際司法の場で、より破滅的な国家の暴走とジャーナリズムの敗北を経験しているからだ。

この問題をメディアがとりあげた例としては、『NHKスペシャル』が、シリーズ「JAPANプロジェクト」のプロローグとして放送した『戦争と平和の150年——法による支配をめざして』(2009年)がある。

この番組は、ICJの前身にあたるPCIJ(常設国際司法裁判所)の所長を務め「世界の良心」と称えられた安達峰一郎(1869〜1934年)を軸に、彼が直面した国際司法と国家の関係の葛藤を描いている。この番組で紹介された歴史的事実を参照することで、現在のICC問題につながる未解決の国際司法問題の輪郭が浮かび上がってくるように思われる。

PCIJは、第一次世界大戦の惨禍を経て発足した国際連盟が、「力による支配」から「法による支配」への転換を目指し、1921年、オランダ・ハーグの平和宮に設立した世界初の常設法廷である。安達峰一郎は、PCIJの骨格を決める規程の起草を担う法律家諮問委員会の委員として、新たな国際司法の枠組み作りに奔走している。

安達は19歳の頃、「我が国(当時の明治日本)は小国である。西洋列強に囲まれて国の尊厳を守るためには、深く国際法理に通じなければならない」という志を持ち、国際法の道へ進んだ。

安達氏(山辺市HPより)

ベルギー駐在大使としてヨーロッパが灰燼に帰した第一次世界大戦を体験した彼は、大国間の国益という名のエゴイズムの衝突が何をもたらすかを目の当たりにし、自身が小国出身の法曹であるという認識、戦争抑止反対の信念のもと、世界を恣意のまま動かそうとする大国に歯止めをかけ、国際社会で小国が対等な立場を持てる法制度の構築を目指した。小国が国際社会において、法のもと、平等な立場を確保するため、安達が考えた制度設計は大きくふたつある。

第一に、「裁判官二重選挙制度」。PCIJ裁判官を、国際連盟の大国中心の「理事会」だけではなく、全加盟国が参加し小国が多数派を占める「総会」でも、それぞれ独立して選挙を行い、双方で過半数を得た者を裁判官にするという制度である。大国は意のままになる自国出身の裁判官を置きたがるが、この制度により、大国が司法を牛耳ることは不可能となり、小国の意向が反映される国際法廷の基礎が築かれた。

第二に、「応訴義務(強制管轄権)」。安達は、争いが生じた国がPCIJに提訴した場合、告訴された国もこれに応じて出廷しなければならないという義務を課そうとした。しかし、大国は、応訴義務は主権侵害だとし、紛争当事国双方合意の時のみ裁判を行うことを主張し紛糾した。

最終的に、この問題は、国家の意志としてPCIJの規程を選択的に批准すれば、事前の合意がなくても自動的に裁判が始まり提訴に応じる義務が生じるという「強制管轄権」制度として決着した。これにより、PCIJ規定を批准した国家間では、大国であれ小国であれ、平等に応訴義務を伴う国際法廷が機能し始めたのである。

安達峰一郎を裏切ったのは日本国家とマスコミだった

安達は、これらの法制度構築の尽力により、52ヵ国中49ヵ国という圧倒的な票を得てPCIJ裁判官に選ばれ、アジア人初の所長にもなった。しかし、国際社会の安達の奮闘を足蹴にしたのは、他ならぬ日本だった。

安達の所長就任から9ヵ月後、満州事変が勃発。国際連盟が調査団を派遣し、日本の主張を認めない報告書が採択されると、日本は国際連盟を脱退する。安達は、軍部拡大路線に批判的だった斉藤實首相に対し、「日中の問題は当法廷に来るべきです。国際連盟もハーグも、人々はそう信じています」との私信を送っている。

国際連盟脱退の翌年、安達は失意のままハーグで急逝し、オランダは国葬をもってその死を悼んだ。その2年後、斉藤實も二・二六事件によって暗殺され、日本は歯止めを失ったまま破滅の道を突き進んでゆく。ここには、自らを「大国」と考えた日本国家と、「小国」としての意識を失わなかった安達の認識の決定的な相違がある。

さらに深刻な問題は、当時の『大阪朝日新聞』『東京日日新聞』など日本国内の主要メディアだ。事変勃発当初、一部の新聞は関東軍の暴走に対して慎重な姿勢を見せていたが、軍部が満洲占領を既成事実化し、国内世論が「我が国の権益を守れ」というナショナリズムに沸き立つや否や、新聞各社は部数拡大と軍部の弾圧逃れの自己検閲から変質してゆく。

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国際連盟やPCIJを「白人国家が日本を不当に圧迫するための不公正な機関」「現実を知らない法匪の集まり」などと論じ、大衆の敵意を国際社会に向けさせた。現在のアメリカによるICC制裁措置を受け、日米同盟の名の下に、国際協調のための普遍的原則の検証を怠るメディアの姿勢は、過去のメディアの国家への追従や、国益を隠れ蓑にした論調路線と底流でつながっている。

安達が格闘した応訴義務(強制管轄権)は、現在のICJにも受け継がれる遺産となった。しかし、それも、大国の思惑によって切り崩されてきた。

1973年、フランスは、太平洋ムルロア環礁での大気圏内核実験をニュージーランドなどから提訴されると、翌年、撤回。アメリカも、1984年、ニカラグアの共産政権勢力打倒のため軍事行動を起こしたことを同国政府から提訴されると、翌年、撤回を宣言している。共通しているのは、自国の核開発や軍事行動が国際裁判によって制限されることを嫌い、小国の訴えを無視して応訴義務を離脱するという姿勢である。

そして現在、米国防総省公式報告書を基にしたアメリカン大学のデヴィッド・バイン教授らの調査によれば、アメリカは、沖縄をはじめ約80ヵ国に750から800の軍事基地や施設を展開している。それらの軍事行動に対して、当該国や人権団体から、国際法違反や人権侵害だとして、いつどこで国際司法の場に申し立てが行われるかわからない。その可能性に対する不安や恐れを隠さず、国際司法に圧力をかけたのがトランプ政権だとも言えるだろう。

大国に立ち向かった国際司法の成果

しかし一方、国際司法は大国の思いのままに屈服していたばかりではない。1996年、ICJは「核兵器の威嚇または使用の合法性」に関する勧告的意見(判決)を下した。それは、過去にアメリカの広島・長崎への原爆投下も裁けなかった「人道に対する罪」に向き合い、その違法性について正面から法的判断を示した史上初めての判例となった。

判決では、国家の存亡がかかるような極端な自衛の状況においては、合法か違法か最終的な結論は出せないという留保がついたものの、国際司法が一般的不法性を明言した影響は大きく、2021年の「核兵器禁止条約」発効への道筋も築かれた。2024年の日本被団協のノーベル平和賞受賞もその延長線上にあると言ってよい。

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このような国際司法の重要性を、国際人権法を専門とする阿部浩己氏(明治学院大学副学長)へのインタビューから示した9月13日付『しんぶん赤旗日曜版』は注目に値する。

阿部氏は、90年代、人権やジェンダーの主流化が広がり、国際法が国ではなく人間を守るための法になってゆくべきだという流れがICCを誕生させたとし、ICC成立の「ローマ規定」採択までの歴史を繙きながら、「当時、ドイツは加盟・非加盟に関係なく、世界中どこでも重大な犯罪を行った個人を裁くのは当然との考えでした。それに対して米国は、非加盟であれば自国の国民は裁かれないと反論。激しい対立ののち、妥協してできたのが現行ルールです。今の米国の態度は、当時の議論がなかったかのようなふるまいです」と述べている。

欧州議会の動きも活発で、10月22日、人権や思想の自由を守るための最高賞である「サハロフ賞」をICCとその職員に授与すると発表した。また、それに先立つ10月10日には、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、カナダ、デンマークの外相が、トランプ政権によるICCへの制裁措置を「遺憾であり、強く反対する」と発表。その共同声明に日本も名を連ねた。

ICC支援の動きは欧州主導で、日本もその一隅に加わっているという印象だが、阿部氏は前掲記事において、このような日本政府の姿勢についても批判を展開。日本が、ロシアや中国には「法の支配」を主張する一方、アメリカやイスラエルにそれを求めないのは「典型的な二重基準」だとした上で、「欧米主導の懸念からアジアはICCへの非加盟国が多い」ため、「日本が見るべきはアジアの国々」であり「真に公正な“法の支配”をアジアの中で実現してゆく外交に、日本は転換すべき」と主張している。

「小国」の拠り所としての国際司法の役割

また、日本の進むべき道については、9月2日付の『産経新聞』<正論>欄に掲載された前駐豪大使・山上信吾氏の論説も興味深い。

山上氏は「国際機関はピンキリで使いようだ。日本の国益に沿って動かせるかどうかは日本の働きかけ次第でもある。特に今、ICCも国際司法裁判所(ICJ)もトップは日本人だ。生き馬の目を抜く国際機関で粉骨砕身している同胞がいるのだ」と述べた上で、赤根氏については「気の毒なことにSNSでは左翼だとか日本共産党だとか、人格攻撃が絶えない」「日本の代表として風圧にめげることなく、背筋を伸ばし身を粉にして貢献している。そんな同胞を、米国の制裁にかこつけてけなすとは、何とさもしく血の通わない所作か」と記し、日本政府は「今こそ“法の支配”が空念仏でないことを示し、日本人の生命、身体、財産、名誉を守る先頭に立ってほしい。世界が日本の国柄を見ている」と締めくくっている。

これは、現在のメディアが日米同盟という現実論をかざして、「国益のためには仕方がない」という諦念やシニシズムに陥っていることに対する批判にもなっているが、しかしながら、ICCや赤根氏を守るのは、「同胞」だからという論理ではないだろう。

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アメリカはもとより、欧州の「大国」を前に、国際機関の場で「小さな声」として軽んじられることを警戒する世界の「小国」の立場を、アジアの一員として自覚的に支え、協働することが重要ではないか。

明治国家の黎明期、欧米列強「大国」による治外法権や関税自主権欠如の差別に苦しんだ日本は「小国」としての歴史も持つ。その日本が、安達峰一郎の目指す「法による支配」による正義ではなく、「力による支配」の道を選んだことが破滅につながった。このことを日本のメディアは銘肝してきたはずである。

自らの国家をどう認識するかという問題に加えて、現在のメディアが踏みとどまって再考すべきは、この「国家」という軛をどのようにして乗り越えるかという課題である。そのためには、国際司法の場におけるICCとICJの現在における接近が、ひとつの道筋を照らしているだろう。

ICCとICJは、それぞれ「個人」の刑事責任と「国家」の法的紛争を裁く機関として役割を分担してきた。しかし近年、人道に対する罪やジェノサイドといった重大な国際犯罪の頻発を背景に、両者は従来の境界を越えて急速に接近しつつある。

「国家」の軛を乗り越えるために

ICJは国家による国際法違反を国家全体の責任として追及してきたが、ウクライナ侵攻やガザにおける民間人虐殺など大規模な人道危機では、国家という抽象的な主体だけでなく、それを指揮した個人の責任も問われる。

そのため、ロシアやイスラエルなど国家の違法行為をICJで問う動きは、ICCがプーチン大統領やネタニヤフ首相ら個人を刑事訴追する動きと密接に連動しており、国家責任の追及が個人の刑事責任の追及と不可分のものとなっている。

一方、ICCは個人を対象とするが、人道に対する罪やジェノサイド犯罪は、組織的な攻撃を行う国家システムや国策の検証も必要となる。

例えば、ガザでの組織的な飢餓戦略や、ウクライナからの子供の強制移送をICCが個人に問う場合、その前提として国家の政策や軍事システムの違法性に踏み込まざるを得ない。結果として、個人を裁くICCの法廷が、事実上、国家の振る舞いを裁く場にもなるのである。

昨今の紛争では、この接近を裏付けるように、南アフリカによるイスラエルのジェノサイド条約違反をめぐるICJへの提訴と、ICCによる逮捕状の請求が並行して行われ、ウクライナをめぐってもICJでの国家間裁判とICCの個人訴追が同時に進んでいる。

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「個人」の犯罪性と「国家」の政策性が表裏一体となった現代の国際紛争において、両組織は対象の壁を越え、法の支配の下、重大な国際法違反を抑止するという共通の目的に向け、車の両輪として機能しているのだ。

国際連合においても、国家代表のみならず、国家の枠組みを超えたNGOなどの民間組織の参加が急速に増加し、その数は国連登録されているものだけで24000団体に上る。

彼らは、現地の声を届ける変革主体として重視され、地雷禁止条約やSDGsの策定など重要なルール作りの原動力となり、また、国家代表だけでは隠蔽されがちな自国内の人権侵害を、現地の証言や証拠を国連に持ち込んで告発し、国際社会の注目を集める役割を担っている。

こうした世界の動きを、いまだ「国家」の枠で物事を論じがちなメディアは教訓とし、覚醒すべきだ。

国際司法の報道においても、今こそ、国益的地政学的な損得勘定や安易な国民的情緒論に逃げ込むのではなく、いかなる国家の暴力をも国際法という同じ秤で測り続けることの歴史的意味を検証し、伝えることが重要だ。

それこそが、「国家」の軛を超え普遍的な国際司法の場に身を投じて格闘した安達峰一郎が、1世紀前、私たちに遺した未完の宿題を現代のジャーナリズムが引き継ぎ、暴力と分断の連鎖を食い止める道につながるのではないだろうか。

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