『「偽証書」蔓延止まらぬ中国、違法広告も野放し 免許、ビザ、資格証明、軍官証…偽物がネットで手軽に』(8/26日経ビジネスオンライン 北村豊)について

中国社会は狂っています。背徳・頽廃・強欲・賄賂文化です。こういう国が世界制覇したらどうなるのでしょう。人類の眼前には弱肉強食、力を信奉、不正が当たり前の世界が出現します。真面な人間でしたら誰も望まないでしょう。未開の蛮族です。

小生が中国駐在時代(98~05年)偽物は何でもありでした。卒業証明書を筆頭に、偽札、偽酒(メチル入り)、偽煙草、偽バイアグラ、偽ブランド(正規品の横流しもあった)、海賊版DVD(ポルノも多かった) と多種多様。電気製品は必ず動くのを確認してから、金を払いました。日本企業が納品する場合、キャッシュオンデリバリーが当たり前でした。先に製品を送荷してしまうと取りっぱぐれが生じるためです。これが孔子を生んだ国の実態です。不道徳の極みです。

中国は憲法を手始めに立派な法律が揃っています。でもその通り運用された試しがありません。本記事にありますように罰金が軽いというのもあります。況してや賄賂を贈ればどうにでもなる国です。ネット社会になって益々便利になり、不正が安く簡単にできるようになりました。それを受け入れる社会が前提としてある訳です。中国人の割り込みが当たり前のように、不正も当たり前です。中国人ほぼ全員が賄賂を取るのと同じで社会的に許容されている訳です。「武士道」(新渡戸稲造著)の“rectitude”とは程遠い世界です。「騙す方が賢く、騙される方が馬鹿」という国柄です。油断すると足元を掬われます。

日本はこういう悪徳が栄える国を近隣国として対峙せざるを得ません。8/27産経ニュースでは「中国最高人民法院が尖閣での法執行規定、刑事罰明文化、日本船「摘発」根拠に」とありました。日本も負けずに中国船を拿捕しないと実効支配を崩されます。周辺海域で中国漁船が漁をし、日本漁船ができないでいるのは本末転倒です。公務員の常駐、海保・自衛隊員の常駐をすぐにして、米国と不測の事態に対する対応を良く打ち合わせておき、中国が動いたら機敏に対応できるようにしないと。左翼リベラルは戦争反対と寝言を言っていますが、侵略してきているのはどちらかと聞きたい。憲法9条があっても自衛権の発動は認められていますので、整斉とそれをすれば良い。

http://www.sankei.com/affairs/news/160827/afr1608270003-n1.html

中国の「南京虐殺」の世界記憶遺産登録申請に日本のNPO法人「女たちの戦争と平和人権基金 WAM(Women’s Active Museum on war and peace)」が中心になっているという杉田水脈氏の記事が8/27産経ニュースに載りました。この団体にも中共は金を出しているのでは。中国を豊かにすればどんな汚い手を使うか知れません。中国に進出している日本企業、技術支援している日本人は愚かとしか言いようがありません。このNPO法人は「外患誘致罪」で逮捕できないのですかね?東宝の南京を扱った映画を紹介します。「戦線後方記録映画「南京」 1938年東宝文化映画部作品」です。左翼マスコミを信じる日本人は、責任を持って歴史の真実に向き合わないと。

http://www.sankei.com/premium/news/160827/prm1608270016-n1.html

https://www.youtube.com/watch?v=nos2prviBq8

吉田康一郎氏のFacebookより転載します。中国人は自分がやってきたことを他人に追いかぶせようとする習癖があるのが良く分かります。

「鳴霞氏が告発する「中国共産党慰安婦」は、日本の慰安婦が商行為であったのに対し、「性奴隷」に近かったようです。《【重要証言】中国がゼッタイに隠したい「80万人の中国共産党慰安婦」》  2014.10.27 守ろうTV 鳴霞「月刊中国」主幹

実は中国共産党と人民解放軍の慰安婦は80何万人もいます。

今から十数年前に、フランスの専門化が80年代の中国の慰安婦について調査しました。

人民解放軍の兵士たちは独身ばかりで結婚相手がほしかった。

(地方の共産党員や人民解放軍に嫁ぐと)僻地で農作業をしたりすることになるので女性は誰も嫁に行きたがらない。

当時、15歳から20歳くらいの都会の若い女性は農村に下放(一定期間の労働)されていた。

これらの若い女性のうち、無理やり強姦されたり慰安婦にさせられた女性が80数万人もいます。

強姦未遂の女性は800万人くらいいます。

中国共産党は自分たちのやってきた慰安婦のことを隠すために最近になって「何十万もの中国人女性が日本軍に慰安婦にされた」と言ってきたのです。

(ユネスコの世界記憶遺産)に申し込みをすると言う。恥ずかしくないのか。

自分の国民を強姦したり、無理やりにどれぐらいの若い中国人女性をあの時、人工流産させたのか。 どれくらいいるのか。

今まで中国政府は一切報道しません。

慰安婦として、世界中で一番の被害者は中国人女性です。

このことを、今日ははじめて私が日本で言いました。

下放されたこれらの女性たちに対し中国政府からは今まで何の謝罪もないし賠償もないので、病気がちで何の支援もありません。」

https://www.youtube.com/watch?v=Q6Ye2xO9gRw&feature=youtu.be

渡辺惣樹氏の『アメリカの対日政策を読み解く』の中に、「南京虐殺」・「従軍慰安婦」問題で米国が日本を助けず、見直しをしようとすると「歴史修正主義者」のレッテルを貼って非難するのは、FDRの容共政策の失敗を覆い隠すためとありました。アメリカも敵国・中国を利するより、同盟国・日本の名誉を守った方が良いのでは。

P122~130

「フェイは、歴史を修正することに善悪の価値基準を介入させていない。間違った歴史解釈は正さ れる必要があるという、歴史家の素直な考えを述べているに過ぎない。フェイの解釈は歴史専門家だけでなく、一般国民にも次第に浸透した。ドイツだけの責任ではなかった戦争にアメリカは英仏の側に立って参戦し、十一万以上の若者を死なせてしまった。その結果が不安定なベルサイユ体制である。建国の父たちが残した「ヨーロッパ問題に干渉するな」という戒めは正しかった。アメリカ国民の大半がそう考えるようになったのである。

ベルサイユ体制の不正義にドイツ国民は憤っていた。その憤懣がヒトラーの率いるナチス政権の成立につながった。ドイツが、ドイツ系人口が九〇パーセントを超える自由都市ダンツイヒの併合を求めてポーランドに宣戦布告したのは、一九三九年九月のことであった。フランクリン・ルーズベルト大統領は、ヨ— ロッパの戦いに参戦したかった。ウインストン・チヤ—チル首相も繰り返し懇請した。しかし、ルーズベルトは八〇パ—セントを超える国内世論の反対で身動きがとれなくなっていた。アメリカ国民の大多数が、フェイやそれに続く歴史家の訴えた歴史修正を受入れていたからである。誤った歴史解釈は、たとえそれが政府の公式説明だとしても、修正されることは当たり前の時代だった。

ところが、建国の父たちの戒めを再び破ってヨ— ロッバの紛争に介入した第二次世界大戦後の歴史解釈になると、歴史学会の様相が一変した。民主主義国家(連合国)対全体主義国家(枢軸国 )の戦いである、というルーズベルト大統領の公式説明に疑いを持つことが、まるで犯罪であるかのような空気が出来あがったのである。フエイがウイルソン大統領の外交を自由に批判できたことが嘘のようだった。

もちろん第二次大戦後も、フェイと同じようにルーズべルト外交を批判する歴史家はすぐに現れた。その筆頭がジョン・フリンである。彼はその著書『ルーズぺルト神話』 (1948年)の中で、ルーズベルトの実施したニユーデイール政策の失敗を詳述し、その政策実行にあたっていた社会主義思想を持つ官僚群を批判した。

彼らが生み出した巨額な財政赤字。大統領府に権限を集中させ議会を軽視する全体主義的政治姿勢。政敵を葬り、その一方で自身を支える政治家や官僚を手なずける手口。親族のビジネスが有利になるよう大統領権限を行使したネポテイズム。スターリンに手玉に取られた密約(ヤル夕会談) で、東ヨーロッパをソビエトに「差し上げてしまった」取り返しのつかない外交的敗北。これは、 ソビエトを民主主義国家陣営と勘違いしたことによる明らかな失敗だった。フリンはルーズベルトの愚かさを余すところなく暴いた。

フリンの主張が正しいらしいことは、現実の世界情勢を見れば誰にでもわかった。東ヨーロッパはたちまち共産化し、フリンの書の出た翌年には中国も共産化し、さらにその翌年、朝鮮半島では 共産軍との戦いを実質アメリカ1国で戦わざるを得なくなった。建国の父たちの戒めは正しかった。そのようにアメリカの知識人も国民も再び反省して当然だったのである。ところがそうはならなかった。

「ヨーロッバ方面では、ヒトラーは外交交渉でその要求の多くが達成できたにもかかわらず、彼は気が触れたように戦争を始め、太平洋方面では、日本がアメリカを突然に攻撃した。我々は戦うざるを得なかったのだ」とする政府説明は、「完全に正しく、論争の余地なし」とさて、議論すら許 されない空気ができてしまったのである。

政府解釈に疑義を呈する歴史家には、「歴史修正主義者」のレッテルが貼られた。政府が決めた歴史解釈以外認めないという態度は、それまでのアメリカには馴染みのないものであった。一九四五年以降、アメリカに異変が起こった。ル—ズベルト外交を少しでも批判的に語れば、その研究は妨害された。政府資料の閲覧不許可、出版社への圧力、著者への誹謗中傷、出版された書は無視。学問の自由とは程遠い、独裁国家と見紛う状況が生まれたのだった。

アメリカらしからぬ空気の醸成には、主流に属する組織も一役買っている。ロックフエラー財団もスローン財団も「歴史修正主義者」の研究にはけっして資金を出そうとしなかったし、アメリカ外交に現在でも強い影響力を持つ外交問題評議会(CFR)も、ルーズベルト外交を批判的に解釈する「歴史修正」を拒否した。クリントン元大統領、コンドリーザ・ライス元国家安全保障問題担当補佐官、スーザン・ライス国連大使らは、みなCFRの会員である。政治家だけでなく、リチャード・ブッシュ三世のような東アジア外交立案に関与する立場にいる研究者もメンべーである。CFRがいかに大きな影響力を持っている組織かよくわかる。

「ロックフエラー財団もCF Rも、政府のプロパガンダを含む歴史解釈が変更されることを望まなかった。歴史家の自由な意見の発表を嫌った。(中略)その結果、フランクリン・ルーズベルト大統領(FDR)のとった外交方針や政策は批判的分析やネガティブな評価から免れることができた」のである。

アメリカの言論空間はなぜこうした状況に陥ってしまったのか。これを理解しておくことは重要である。アメリカの現代政治を動かす立場にある者の心理をわかっておかなくては、彼らとの対話は難しいからである。私は、そうなってしまったのはFDRの外交政策が余りに愚かだったからである、と考えている。ヨーロッバの戦いへの不介入を公約としたFDRは、「大統領任期は最長二期八年」の不文律を破って史上初の三選を果たした(一九四〇年)。彼はソビエトを友国として扱い、スターリンを徹底的に援助した。共産主義の世界拡散の防波堤となっていた二つの強力な国家ドイツと日本を破壊した。彼の外交は見事なほどに間違っていたのである。

FDRの外交政策の狙いは「世界の警察官」になることであった。米英中ソの四カ国で分割統治すれば世界に平和が訪れる。その途方もなくナイーブな外交政策の結果が「孤独な世界の警察官」という惨めな現実であった。ドイツと日本の降伏は世界平和の実現に何の役にも立たなかった。アメリ力は、共産主義勢カと対峙するために再び若者を戟場に送らなければならなくなった。そんな中で「FDRは愚かだった。ヨーロツバ大陸の載いも、太平洋方面の戦いもアメリカが参戦さえしなければ局地戦で終わった戦いだった。三十万の戦死者と七十万の戦傷者を出したあの戦いは 不要だった」と歴史家に批判されたら国が持たない。戦後アメリカは、そういう厳しい現実に晒されたのである。

次々と共産化する国々を見て、アメリ力は怯えた。その怯えゆえに、FDR外交を疑わせる学問 の自由を認めるわけにはいかなくなった。第二次世界大戦の起源を批判的に語る研究には「歴史修正主義」、その研究者には「歴史修正主義者」のレッテルを貼ることに決めた。歴史解釈に善悪の価値判断を導人し、FDR外交を批判することは悪と決めた。レッテルを貼ることで歷史解釈を極 端に単純化させ、冷静な学問的批判までも封じ込めた。余裕を失ったアメリカの窮余の策が「歴史 修正主義(者)」は悪と決めるレッテル貼りだったのである。このレッテル貼りを指導した者がいるとは思えない。おそらく時代の空気がそのような動きを後押ししたのだろう。

FDRはアメリカの非干渉主義の勢力を根こそぎといってよいほど破壊した。ジョージ•ワシントンらの建国の父が理想とした国家とは似ても似つかない国にアメリカは変貌した。いつ果てるともない東西冷戦の中で「歴史修正主義を許さない」ことがアメリカの「国是」になった。「極悪非道の」日独両国とはアメリカは戦う宿命にあったのだと信じなくてはならなくなった。歴史捏造が明らかな「南京大虐殺」も「性奴隸としての慰安婦」もその「国是」を補強する。冒頭に掲げたワシントン•ポスト紙の記事は、言ってみれば「国策」に沿っている主張なのである。したがって、 「南京虐殺」や「慰安婦性奴隸」説への日本の反論はアメリカの「国是」への挑戦となる。だからこそアメリカは激しく反発するのである。

しかし誤った歴史をそのまま受け入れることはできない。そしてまた、アメリカがその「誤った国是」に固執することはアメリカ自身のためにもならない。東西冷戦は遠い過去のものになった。 アメリカはこの「国是」にもはや固執する必要はない。日本はアメリカの自縄自縛からの解放を助ける重要な殳割を担っている。そのようにポジティブに考えるべきなのだ。こうした歴史的背景を踏まえた上で、日本がいかなる主張を展開すべきかについて、次に私の考えを述べたい。

ソビエトへの無警戒がもたらした惨禍

ルーズベルト外交のあまりの愚かさで、「歴史修正」を許さない空気が生成された過程を詳述し た。ルーズベルト外交を批判的に語らせないという「国是」がどれほど強力なプレッシャーとなっ たかを示すエピソードには事欠かない。

私は、ルーズベルトを激しく非難した彼の同時代の政敝ハミルトン•フィッシユ元上院議員の書 『ルーズべルトの開戦責任』を昨年(二〇一四年)翻訳上梓したが原書の出版は一九七六年であった。ルーズベルトの死(一九四五年)から三十年が経っていた。ハーバート・フーバー元大統領もルーズベルト外交を厳しく批判していたが、その考えを公にせず世を去った。彼のルーズペルト批判の草稿をまとめた『裏切られた自由(Freedom Betrayed) 』が出版されたのは2011年である。

二人の元有力政治家がなぜこれほどルーズべルト批判をためらったのか。それはわずか一国で共産主義の披散に立ち向かわなければならなくなったからだった。先に書いたように、アメリカは再び若者を戦場に送らなければならなくなったのだ。

ルーズベルト外交はあまりにも共産主義に無知で、スターリンに手玉に取られてしまった。体力 も精神力も極端に萎えたルーズベルトはス夕―リンと密約を結んでいた(ヤルタ会談)。東ヨーロ ッパでも極東でもソビエト勢力の拡張を容認していた。

大戦終了からわずか四年後には中国に共産党政権が生まれ、その翌年(一九五〇年)には朝鮮戦争が勃発した。アメリカの危接感がどれほどのものであったかは、この年に作成された国家安全保障会議(NSC National Security Council)の機密文書NSC68号を見れば明らかである。

「このままクレムリンの支配下に入る地域が増え続ければ、彼らとの戦いにおいて同盟を組む相手さえいなくなるだろう。この危機の時期にあって、我が国と我が国民は優勢にあるうちに立ち上がらなけれぱならない。我が国が直面している危機は、我が国の存亡にかかわるだけではない。文明そのものの将来が危うくなっている。我々はいま、あれこれ考えている余裕はない。アメリカ政府と国民はいまこそ断乎とした態度で、運命的な、未曾有の決断を下さねばならない」

これがルーズベルト外交がもたらした厳しい現実であった。アメリカは朝鮮に再び若者を送らざるを得なくなった。いかなる国にあっても戦場に兵士を送り出すには大義が必要だ。共産主義の恐怖を国民に語ることは、それほど難しい作業ではない。しかし問題は、その中心勢力であるソビエトを大戦時には連合国の一員として迎え、徹底的に支援したのはアメリカ自身であったという厳然然たる事実だった。ソビエトを育て、共産主義拡散の防波堤になっていたドイツと日本を破壊したのが自国の大統領だった。日独両国よりもソビエトが危険だと主張する政治家はアメリカ国内に も少なくなかった。しかしルーズベルトはそうした声を圧殺し、スターリンを友人だと考えた。一九四八年八月にはルーズベルト大統領の側近アルジャー・ヒスに対する聴聞会(下院非米活動委員会)の模様がテレビ中継された。聴聞会の中継は史上初めてのことだった。ルーズベルト政権はソ ビエトのスパイに蚕食された見識なき政権だったのである。

共産主義について、とりわけルーズベルトはナイープだった。共産主義思想の悪影響を懸念した 前述のハミルトン•フィッシュ下院議員を議長とする共産主義者の工作活動調査委員会(フィッシュ委員会)は早くも一九三〇年に設立され、翌年には報告書を発表している。しかし、一九三三年 にルーズべルトが大統領に就任すると、それまでの共和党政権が拒否していたソビエトを承認し、 国交を樹立した。これ以後、警成感は薄まってしまった。アメリカには共産主義の本質を真剣に学ぼうとする政治家や実業家は少なかった。戦後アイゼンハワー政権の国務長官となったジョン・フォスター・ダレスは日本でもよく知られている人物だが、彼が共産主義についてまともに学んだのは戦後(一九四八年頃)のことである。

「ジョンはス夕―リンの書いたエッセイや演説内容をまとめた『レーニン主義の問題』 (Problems of Lenisim)を読み込む作業に没頭した。ジョンはこの書を少なくとも六冊は所持していたらしい。職場のどこででも読めるようにするためである。そのすべてに鉛筆で書き込みがなされていた。その結果、初めて共産主義思想がいかに危険であるかを悟ったのである」(『ダレス兄弟』)

荒れ狂う共産主義への危機感は、ルーズべルト外交を批判する研究までをも否定させる強いべクトルとして働いた。CFRに代表される体制主流の組織が研究の封じ込めに加担し、歴史修正を許さない「国是」が形成された。戦後CFR議長職にあったのはジョン・フォスター・ダレス国務長官の弟アレンであり、彼はその後CIA長官となって兄とともにアメリカ外交を牛耳った人物だった

現在、中韓両国が仕掛ける「南京虐殺」事件と「慰安婦(売春婦)」問題は、アメリカの「国是」を利用した外交戦争なのであり、中韓両国の主張とアメリカの主流派に属する政治家や外交専門家 の信条に、完全にシンクロナイズしているのだ。

遠回りになってしまったが、日本はこの歴史戦争をどのように戦うべきなのか。長々とアメリカの歴史解釈の流れを語ったのは、そのことを考えずに、右のニつの歴史問題の虚構性を真正面に訴 えても、アメリカの「国是」の前に簡単に撥ねつけられてしまうからである。ワシントン.ポスト紙の記事を見れば、そのことは言わずもがなである。

この問題を考える場合、重要となるのは、アメリカ自身にこの「国是」を変える意志があるのか否かを見極める視点である。そういう空気がアメリカ国内に醸成されていれば、日本の主張を聞く 層も増えるだろう。まず聞く耳を持つ層への訴えから始めるという戦術もあり得る。

アメリカにとっても、このまま「国是」に拘泥すれば再び敵と味方を誤認するミスを起こしかねない。必要であれば歴史修正も厭わないという、第二次大戦前の良きアメリカに戻ることは、アメリカにとっても必要なことなのだ。その意味で日本の政治家も歴史家も「アメリカを変えてみせる」というくらいの覚悟が求められる。私はアメリカにはそのような新しい空気は生まれているし、「国是」の変更もあり得ると考えている。」

記事

2013年11月3日の午後2時30分頃、浙江省“杭州市”の中心部を走る“体育場路”でナンバープレート「浙A333WF」の高級車ポルシェ・カイエン(Cayenne)が公共バスに追突された。追突したのは公共バスで、責任の所在が公共バスにあることは明らかだったが、“交通警察”による事故処理の過程で、ポルシェを運転していた人物が無免許であることが判明した。その人物とは2013年7~8月にスペインのバルセロナで開催された第15回世界水泳選手権で400m自由形、800m自由形、1500m自由形でそれぞれ金メダルを獲得し、同大会の最優秀選手に選出された“孫楊”だった。

金メダリストが偽造免許

11月5日付の南京紙「現代快報」は、杭州市交通警察部門が無免許運転を行った孫楊に対して罰金2000元(約3万円)および拘留7日間の処罰を下したと報じた。ところが、別のメディア記者が匿名の交通警察官から聴取したところでは、孫楊は事故処理に当たった警官から免許証の提示を求められた際に、偽造免許証を提示して見破られて、警察署へ連行されたという。また、その後の調査で、この偽造免許証は孫楊の友人が彼に代わって2万5000元(約37万5000円)で購入したものであることが判明したとも報じた。恐らく孫楊が偽造免許証を提示したのは事実であろう。そうであれば、孫楊にはもっと重い処罰が下されるはずだが、中国水泳界のホープである孫楊を守るために偽造免許証の所持には目をつぶり、罪状を無免許運転だけに限定して処罰を下したものと思われる。

それにしても、天下の孫楊までが偽造免許証を所持するくらいだから、中国では“假証(偽造証明書)”が容易に入手可能だし、社会に偽造証明書が氾濫しているのが実情である。ネット上で“假証”と検索すると、堂々と偽造証明書の発行を業務とする企業が広告を出している。“北京凱迅辦証公司”という企業が運営する“北京辦証諮詢網(ネット)”という広告には次のような記載がある。

【会社紹介】  北京凱迅辦証公司は中国の政治、経済、文化の都市である北京に位置する。我々の業界は性質を異にすることから、顧客が直接来社して業務手続を行うことを謝絶しているので、証明書を必要とする人は我々のQQ(インスタントメッセンジャー)を通じてあるいは我が社の担当者に電話をかけて連絡を取り、双方で要件を打ち合わせる必要があります。皆さまのご協力に感謝申し上げます。我々の偽卒業証書は、経験豊富な証書作成会社が長年にわたる証明書・刻印作成の経験、一流の設備、ずば抜けた技術と高い信頼に基づいて作成しており、我が社は証明書作成業界、サービスコンサルタント業界では高い知名度を有しています。証明書が有ればどこにでも行けるが、証明書が無ければ一歩行くのも難しい。北京凱迅辦証公司は貴方に成功の鍵を提供し、貴方に成功の門を開いてほしい。万事が思い通り行くことをお祈りします。

【業務範囲】 1. ビザ類:各国の合法的なビザ(主として米国、日本、オーストラリア) 2. 各種証書類:各種学校の卒業証書および学歴証明書、大学卒業資格認定試験証明書、英語・コンピューターなどの等級証明書 3. 各種資格証明書類:物流技術管理士、通関士などの証明書、技術等級証(初級、中級、高級)、会計士、技術士、教員、医師などの資格証など 4. 戸籍類:身分証明書、戸籍簿、香港身分証、未婚・結婚・離婚証明、出産許可書など 5. 自動車書類:免許証、通行証、輸送営業証など 6. 不動者証類:家屋所有権利証、国有土地使用権利証、営業許可証など 7. 印章類:政府機関公印、企業公印、財務公印、個人印章など

違法行為を堂々広告

上記の内容から分かるように、証明書の類ならなんでも偽造すると業務範囲にうたっているのである。これが違法であることは明白だが、それを承知で堂々と広告を出しているのだから開いた口が塞がらない。この種の偽造証明書類の作成業者は全国各地に無数に存在しており、どう見ても野放し状態にある。いくら取り締まっても雨後の筍の様に次から次へと新たな業者が出現するということなのかも知れないが、それは即ち中国社会にそれだけ偽造証明書の需要が存在するということを意味する。

中国共産党中央委員会の機関紙「人民日報」は、8月17日付で「“假証売買調査(偽証書売買調査)”」と題する記事を掲載した。その概要は以下の通り。

偽の「実習証明」は本物の業者の副業

【1】インターネット時代になり、情報は快速になり、買い物や取引が簡便になった。それは実際の貨物だけでなく、各種証明書がネット上で取引される商品となり、その至れり尽くせりの一貫サービスが人気を集めている。

【2】夏休みが終わりに近付き、雲南省の某大学生である王君は「実習証明」のことを心配し始めた。2か月間を楽しく過ごしたが、大学の課題である休暇中の実習を何もしていなかった。しかし、王君は全く慌てず、「ネット上で実習証明を買うことができる。実習した機関の公印から実習評価まで、あらゆるサービスが全てそろっている」と述べた。記者が知ったところによれば、実習証明のみならず、医院の病欠証明の代理発行、公文書の報告書の代筆、各種証明書の代理修正などまで、ネット上で至れり尽くせりの一貫サービスが提供可能となっている。従い、顧客はネット取引を通じてあらゆる悩みを即座に解決する方法を探し出すことができ、困難に直面しても悩んだり、人に頼んだりする必要はない。但し、この至れり尽くせりの一貫サービスは本当に頼りにしてよいものなのか。

【3】「病欠証明センターは休みを取りたい貴方に唯一の選択」 これは偽造病欠証明書の専門業者がネット上に掲げた広告のキャッチフレーズである。そこには、「病気休暇証明、病欠証明、“三甲医院(一流医院)”診断証明、病歴簿、化学検査証明、費用明細書など、全てそろっているので、“微信(WeChat)”や“QQ”で連絡ください」とあった。そこで記者がQQで連絡を入れて、「休みたいので病欠証明を依頼したい」と伝えると、間もなく「1通で100元(約1500円)、全国どこでも発行可能」と回答が来た。記者が居る場所を伝えると、最寄りの医院3軒の名前を連絡して来て1軒を選べと言う。

【4】調べたところによれば、ネット上の病欠証明は個人の詳細な情報が必要で、販売価格は100~200元(約1500~3000円)であった。記者が購入した病欠証明には、もっともらしくタイトルに「病状証明書」とあり、病人の氏名、診察カード番号、診察日、病状診断、科名、医師名などの記載があり、偽造防止番号まで打ってあった。業者は希望の病名があれば、その通りに記載した病欠証明を発行すると述べ、「病欠証明は医院が発行したものだから、全く問題ない」とその有効性を保証した。各種の病欠証明を調べたところでは、一般的に盲腸炎、椎間板ヘルニアといった病名が多いようだった。但し、彼らが入手した個人情報は保護されるのか。他の業者に売られて別の用途に使われる心配はないのか。

【5】上述した王君によれば、実習証明はもっと簡単で、50元(約750円)を支払えばその当日に受け取ることができるとのことだった。調査したところでは、実習証明の売り手は実際の企業であった。実習証明の販売は彼らの副業で、買い手の需要があれば、即座に自社の社印を押した実習証明を発行して料金を受け取るのである。買い手が必要とする実習証明の業種が自社と異なる場合は、売り手の所在地にある希望業種の企業と協力体制を取り、その企業を協力企業と位置付けて、実習証明を発行するのである。

【6】記者は病欠証明を発行すると連絡を受けた3軒の医院のうちの1軒に連絡を入れて病欠証明について質問してみた。先方によれば、病欠証明には「診察病欠証明」と「入院病欠証明」の2種類があり、前者なら10日前後の休暇証明、後者ならそれ以上の休暇証明になるとのことだった。但し、医院が病欠証明を発行するには厳格な規定があり、正規の病欠証明には担当医師の署名・捺印、さらに担当科名と印章、さらにはその控えの保存が必要となるので、医院内の誰か1人で病欠証明を発行することはできないという。また、たまに個人的関係で頼まれた病欠証明を1~2通を発行することはあっても、ネット上で販売するほどの規模で病欠証明を発行することは不可能である由。先方によれば、ネット上で販売されている病欠証明の大半は偽造であり、たとえ書式が正規のものと同じでも印章は全て偽物なのだとのことだった。

【7】ネット上における病欠証明や実習証明などの販売行為は取引そのものが道徳に反するのみならず、違法である。『治安管理処罰法』の第52条には、「偽造、変造の国家機関、民間の団体、企業、事業組織およびその他組織の公文書、証明および証明書類を売買あるいは使用した者は、10日以上15日以下の拘留に処し、併せて1000元(約1万5000円)以下の罰金に処すことができる。情状が軽い場合には、5日以上10日以下の拘留に処し、併せて500元(約7500円)の罰金に処すことができる」とある。買い手は偽造と承知で偽造証明書を購入しており、一方の売り手は公印を偽造している訳で、取引全体が違法である。弁護士によれば、売り方が医院や企業の公印を偽造していれば、『刑法』第280条規定の「企業、事業組織、民間団体の印章を偽造した罪」により、3年以下の懲役、“拘役(拘禁して15~60日間労役に服せしめる刑)”、“管制(保護観察)”あるいは政治権利のはく奪に処し、併せて罰金に処すことになるという。

【8】“假証(偽造証明書)”が違法な存在であろうとも、ネット上の取引を通じて、50元で実習証明書、100元で病欠証明書が購入できるのであれば、時間と労力の節約になるばかりか、人の助けを求める必要もない。その簡便さが多数の顧客に需要を喚起させ、“假証”業界をはびこらせているのである。簡便さはネット上で“假証”を購入する理由にはならないし、一時の便利さの故に違法な行為を働くことは許されることではない。また、インターネットの検索エンジン業界は審査業務を厳格にし“假証”販売を目的とする宣伝広告や情報を排除しなければならない。

軽い罰則では抑止効かず

中国は“山寨商品(有名ブランドに極めて似せて作られた模造品)”で名高いが、そうした山寨商品の製造企業や製造者はいくら取り締まられても、新たな名義で不死鳥の如く再生する。これは罰則が極めて軽いためで、山寨商品を販売して稼ぐ金額に比べれば、刑罰は屁のようなものと考えられるからである。上述した“假証”商売にもそれと同じことが言える。拘留期間は長くて10~15日、罰金は1000元以下というのであれば、たとえ拘留されたとしても、すぐに釈放となるから、今まで通り“假証”商売を続ければ良いのである。今の中国で1000元は「はした金」に過ぎない。“假証”業界を委縮させるには、刑罰を重く厳しいものとして、長期の懲役刑と高額な罰金を科すことが不可欠と思われる。

2016年8月13日付の江蘇省紙「揚子晩報」は、「“女軍官(女士官)”の演技手順」と題する記事を報じた。その概要は以下の通り。

(1)農村の貧しい家庭に生まれた“熊小妹”(仮名)は、戸籍を持たない“黒戸口”で“居民身分証(住民身分証)”(以下「身分証」)を持っていなかった。彼女は物乞いして得た食べ物で育ち、小学校2年の時に中退して出稼ぎに出た。中国では汽車や飛行機の切符を買うのにも身分証がいる。身分証を持って汽車や飛行機に乗ることが彼女の夢だった。2009年のある日、熊小妹はインターネットで“軍官証(士官証明書)”があれば汽車にも飛行機にも乗れることを知った。そこで、ネット上で“李恵”名義の“軍官証”を購入し、軍官証を入手したその日から“李恵”と名乗ることにした。

(2)後に押収された“軍官証”には、李恵の写真が張られた下に、番号:北No.768216、発行機関:“中国人民解放軍総政治部”、発行日:2013年10月8日、有効期限:2014年10月8日とあり、次のページに、氏名:李恵、生年月日:1981年12月、性別:女、民族:漢族、所属:総政治部兵舎管理局、職務:副参謀長、階級:“上校(上佐)”<注>と記載されていた。恐らく、李恵は“軍官証”を2009年から毎年更新していたものと思われる。

<注>中国の佐官は、大校、上校、中校、少校の4階級に分かれる。佐官は将官に次ぐ高官。

(3)李恵こと熊小妹は、士官の軍服を着た写真を多数撮り、その写真をSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて社会に広めることで、多数の友人の獲得に成功した。彼女は分不相応な住宅を借りると室内を豪華な調度品で満たし、壁には軍装写真を飾った。その上で、彼女はSNSで知り合った友人たちを自宅に招待したから、誰もが彼女を本物の士官だと信じた。また、李恵は“国防科技大学”計算機学部の博士号を持っていると自称したが、これも疑う者はいなかった。

(4)2013年3月に、こうした交際を通じて知り合った中央政府機関の“副処長”と結婚した李恵は、毎朝6時に起床して職場へ出勤する振りをしたが、行く場所がないのでレストランでアルバイトをして時間をつぶす日々を過ごした。そうこうする内に、李恵は家族が病気だとか、母親の葬儀だとか種々の理由をつけて友人たちから借金をするようになり、その総額は70万元(約1000万円)に膨れ上がった。2015年8月、李恵は父親が事故にあったという理由で友人から5万元(約75万円)を借りたが、不安を覚えた友人が李恵の所属する政治部総参謀部へ問い合わせたことから、李恵の士官詐称が発覚し、熊小妹は逮捕された。2016年8月12日、雲南省“昆明市”の“盤龍区法院(裁判所)”で熊小妹の士官詐称に関する一審裁判が開廷された。

技術向上で国際的危惧も

この事件もネット上で簡単に偽造の“軍官証”が購入できたことが、熊小妹の人生を狂わせ、犯罪者への道を歩ませたと言える。“假証”が実習証明や病欠証明であるうちはささいな違法行為で済ませられるが、それが運転免許証や卒業証書、さらには士官証となると、交通事故や犯罪を引き起こす可能性が高まることは否めない。偽造技術の向上は偽物と鑑別できないビザの発行を可能とするかもしれず、それは日本を含む諸外国にとっても脅威となりかねない。人民日報が「偽証書売買調査」を報じた背景には、中国が“假証”の蔓延を問題視していることの現れと考えられるが、次の一手はどうなるのだろうか。

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