「特攻」について

昨日夜から今朝の12時半までまたホームページが壊れ、管理画面が立ち上がらなくなり、URLを入れてもエラーの表示が出ました。ネットで対処法を探し、一度は直ったのですが、画像が1枚出ないのでまたいろいろやっていると今度もまた壊れました。エラーの中身を見ているとどうもウイルス対策ソフトのせいでないかと気がつき、(原稿送信時、ソフトを終了させていたと思ったのですが終了していなかった模様)、ホームページビルダーを立上げ、「ツール」→「ファイル転送ツールの起動」をし、サーバーにPCのデータを送信し直したら、うまくURLで見れるようになりました。少しはトラブルに対応できるようになりました。

さて、「特攻」ですが、百田尚樹の『永遠のゼロ』を映画で見ました。ちょっと今風にアレンジされていて、原作もそうなのかなあという印象でした。まあ歴史に忠実に描くと観客が引くため、大量動員は見込めなくなるので止むを得ないですね。岡潔博士と小林秀雄との対談集 『人間の建設』に、岡博士は「死を視ること帰するが如し。それができたのは日本民族だけ」とありました。三島由紀夫が言う様に「命より大事なもの」があるという考えでしょう。一方、「非人道的」という考えもあります。人間の命を粗末に扱いすぎるのではと。(そのせいで戦後良い人材が払底して、GHQに容易く騙され、卑しい奴隷根性の人間しか残らなかったのかも知れません)。確かにあの時代の日本人の命は軍艦や軍機と比べると安かったと思います。(今の中国人民と同じです)。海軍がそのような政策を取ったことより、戦術的に勝てるチャンスは戦闘場面ではあったと言われこちらのほうが問題かと思います。淵田美津雄の『真珠湾攻撃総隊長の回想』によればパールハーバーでセカンドアタックを認めれば、燃料タンクにもっと損害を与えられて、アメリカ海軍が南洋諸島に出てくるのを遅らせられたと言います。『米内光政と山本五十六は愚将だった』によれば連合艦隊司令長官なんだから山本は旗艦を後ろに下げているのでなく、東郷平八郎のように前に出て戦うべきだとありました。淵田も同じことを言っていたと思います。また『失敗の本質』によれば、戦闘に限れば日本は勝てるチャンスが一杯あったとのこと。年功序列による組織の硬直性、ハンモックナンバーに拘る人事、いかなる犠牲を払おうと目的を達成するための執念(レイテ沖海戦での反転)、意思疎通の悪さ(任せるというのは聞こえは良いが無責任、戦略目標の擦り合せは必要)とかが書かれていたと思います。自分は「特攻」について良いことだったのか悪かったことだったのは分かりません。ただ、明治の軍人と比べ、昭和の軍人について機略に富んだ人材は少なかったとは感じます。平成の今の世は軍人は社会的に余り評価されていません。残念なことです。アメリカでは軍人が一番尊敬されているとアメリカに長く住むアメリカ通の人から聞きました。

1年のうち「死」について考え、どういうふうに生きれば良いか考えて見るのは価値があるのではと思います。

本日午後から、姉の墓参、靖国参拝、義父母の墓参、家族での飲み会があり、明日はその報告をするつもりです。