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1/6日経『台湾の最大野党、初の過半数視野 立法院選が告示』について
1/16台湾総統選の記事です。国民党の立法委員の議席目標が113議席中の50議席とのこと、民進党+無所属で過半数は取れると思います。蔡英文は陳水扁時代と違い、台湾国民のための政治ができると思います。馬英九国民党政権は外省人(蒋介石が大陸から連れて来た中国人)で反日ばかりでなく、中国に擦り寄り過ぎたため、一昨年の太陽花学運と「九合一」統一地方選挙での惨敗を喫しました。国民党の終わりの始まりです。そもそも蒋介石が台湾統治の正統性を持っていたかも疑わしい。サンフランシスコ講和条約で日本は台湾の領有権は放棄しましたが、中華民国が統治するとは書いていません。台湾の法的地位は未確定です。ましてや、中共が台湾は中国の一部というのは中共得意の歴史の改竄でしょう。
外省人といえども3世以降になれば「自由のない」中共と一緒になりたいと思う人は少なくなっていくと思います。それでも中国とくっついていたいと思うのは、裏で金で結びついているからだと思います。それも中国経済が崩壊すると言われていますので、どこまで続くのか。金の切れ目が縁の切れ目になるのでは。香港の銅鑼湾書店の5人が失踪した事件は、蒋介石の白色テロを台湾国民に思い起こさせるのに充分です。蒋経国が戒厳令を解除して、李登輝総統が民主主義、自由を回復した台湾国民にとって後戻りする選択をするとは到底思えません。
安倍首相は蔡英文総統候補の望むように「産業同盟」を結び、TPPに加盟できるようにしていってほしい。また、南シナ海のように既成事実が出来上がらないように、尖閣を含めて中国の手出しができないような安全保障上の結びつきを深めていくようにしてほしい。米中密約も中国は米国の覇権に挑戦しているので反故にすれば良い。米国は台湾関係法、日米同盟を誠実に履行すべき。日本も当然膨張主義の中国を抑えるように法整備、運用していかないと。
昨日麗澤大学に行き、12/22「中国時報」を見ました。やはり自由時報以外は国民党を応援しているような印象の記事でしたが。「桃(桃園?)竹(新竹?)苗(ミヤオ族?)の客家人の住む地域で国民党の朱候補は7割の支持を固めた」と言うのと「蔡英文候補はその地域で4議席中2議席は有望」という内容です。台湾事情が分からないので正確かどうか分からないのが難点ですが。それでも日経記事を補強するものと考えます。
小生のこのHP(ホームページ)の「トップページ」に1/30 午後6時10分より澁谷司拓大教授による講演会の案内、テーマは「台湾総統選挙と台中関係」、場所は「港勤労福祉会館1階 第一洋室」が掲載されています。小生が属しています「士気の集い」主催です。総統選後の台湾の見通しに関心のある方は、「トップページ」をご覧になり申込ください。
記事
【台北=山下和成】16日の台湾総統選挙と同時に実施する立法院(国会、定数113)選が5日、告示された。総統選で独走する蔡英文主席(59)が率いる台湾独立志向の最大野党・民進党が、初の過半数獲得を視野に入れている。2000~08年の民進党政権は少数与党だったが、今回は議会でも多数派を握る「強い政権」になる見通しが強まっている。
「立法院で過半数を取らなければ蔡氏は実力を発揮できない」。昨年12月30日の夕暮れ時、台湾中部、台中市の沙鹿区。民進党の立法委員(国会議員)候補、陳世凱氏(38)は、蔡氏と2人で撮影した写真を貼った選挙カーの前で約100人の支持者に訴えた。
陳氏は14年末の台中市議選でトップ当選した若手の有望株。立法院選は2度目の挑戦だ。蔡氏をはじめ党内の大物も続々と応援に入っており、「有権者の関心が高まっている」と手応えを語る。
迎え撃つ与党・国民党の現職、顔寛恒氏(38)は父親の地盤を譲り受けて13年1月の補選で初当選した。総統候補の朱立倫主席(54)が劣勢で逆風が吹くなか「個人の実力で勝つしかない」と覚悟する。「台中港に続く幹線道路を整備してきた」などと実績を訴え、地域をくまなく回る。
台湾は地域で政党支持が分かれる傾向があり、外省人(中国大陸出身者とその子孫)が多い台北を中心とした北部では国民党が強い支持基盤を持つ。これに対し民進党は本省人(戦前からの台湾住民とその子孫)が多い南部で強い。中間に位置する中部の行方が、全体の選挙戦を占う重要なカギになるとされてきた。
台中はここ十数年は国民党が優勢だったが、総統選の前哨戦とされた14年末の統一地方選で民進党の林佳龍市長(51)が誕生した。今回の立法院選でも、民進党は「中部の勝利は台湾全土の勝利だ」(台中市党部の劉文欽・主任委員)として最重点区と位置付ける。
台中は8選挙区のうち現在は国民党が5議席、民進党が3議席だが、民進党が過半数を制する可能性が高まる。ある国民党候補の選対本部幹部は「総統選は民進党に投票しても、立法院は国民党候補を選んでもらう『分裂投票』に期待するしかない」と弱気だ。
民進党は00~08年の陳水扁政権時代は少数与党にとどまり政治の停滞を招いた。過半数を取れば苦い過去を繰り返さずに済む。中国は独立志向の民進党へのけん制を繰り返しているが、議会で多数派を握れば「中国も蔡氏を揺さぶるのが難しくなる」との見方がある。
国民党は昨年10月中旬に総統候補を、支持率が低迷する洪秀柱・立法院副院長(国会副議長、67)からエース格の朱氏に急きょ差し替えた。朱氏の出馬で「せめて立法院は過半数を確保したい」との狙いがあったが、台中では「混乱に失望した支持者が離反した」(顔・立法委員)との声も上がる。
朱氏が市長を務める北部の新北市でも民進党の議席増が確実視される。国民党幹部も「現時点では50議席が目標」としており、過半数割れを覚悟しているのが実態だ。
近藤大介著『中国経済「1100兆円破綻」の衝撃』について
この本の中で14年末の「3経済主体」の債務合計は3000兆円とありました。12月の米国の利上げで人民元下落=債務増は確定的です。中国発のリーマンショック以上の激震が走りそうです。いつデフォルトするかでしょう。軍事的野心を隠さない中国ですから、経済崩壊させて野望を潰えさせることが重要かと。幸い習近平は経済音痴とのことでこのまま突き進んでほしいです。日本の政界・経済界共に助けることはしないように。
中国の賄賂は上だけ取るのでありません。下も賄賂を普通に取ります。そういう社会です。具体的な例は以前のブログで書きましたので割愛させて戴きます(小生の中国駐在時代の経験を踏まえたものです)。賄賂額が57兆円と言うのですからスケールの大きな悪です。中国が世界の中心になれば「悪徳」が栄えることは間違いないでしょう。
内容
P.3~7
まえがき
中国政府が自ら予測する「最悪の近未来」
「中国経済は、いったいどうなってしまうのか?」 「中国経済は、内部でいま何が起きているのか?」
最近、こんな質問をよく寄せられる。
実はこうした質問に対する「回答」を、2015年の「国慶節」(10月1日の建国記念日)の直前に、中国政府自身が作っている。中国国務院(中央官庁)で財政分野と投資分野をそれぞれ統括する、財政部と国家発展改革委員会の官僚たちが、共同でまとめたとされる、<中国経済の近未来予測>なるものの内容が漏れ伝わってきている。 それは一言で言えば、悲観的な未来予測だった。まず短期的には、生産過剰、(不動産や株式などの)資産価格バブルの崩壊、地方政府債務の増大という「三大要因」によって、中国経済がかなり深刻な状態に陥るだろうと予測している。
この危機的状況から脱却する最も望ましい方策は、中国経済を牽引する「三頭馬車」と言われる輪出、投資、消費のうち、消費を伸ばすことである。実際、2014年のGDPにおける消費が占める割合は、51.9%と過半数を超えた。だが経済の悪化に伴い、国民の消費は、今後頭打ちになると見込まれる。また輸出も、世界同時不況の様相を呈してきているため、急回復は望めない。そうなると中国経済は結局、政府主導の投資に頼らざるを得ない。
しかしながら、経済は下降傾向にあり、資産価格バブルは崩壊し、利率は高く、政府が全国に下達する各種通達は矛盾に満ちている。これらがすべて、投資を抑制する要素として働くため、投資を増大させることもまた、困難だとし ている。実際、2015年上半期の固定資産投資は、前年同期比で11• 4%増加しているものの、その前年の15.7%増に比べて増加の幅は後退している。
つまり、これまで中国経済を牽引してきた馬車は、いまや三頭とも息切れ状態なのである。その結果、中国経済はこの先、かなりのレベルまで下降していくだろうというのが、中国政府の見立てなのだ。
そうなってくると、銀行は自己防衛本能を働かせ、貸し渋りに走る。そして銀行の貸し渋りによって、さらに景気は悪化する。だがもしも中国政府が、強制的に銀行の貸し渋りを方向転換させるならば、今度は銀行が大量の不良債権を抱え、破綻リスクが高まっていく。
さらに、経済の悪化が雇用の悪化を招く。2015年7月には、中国全土で 749万人もの大学生が卒業したため、いまでさえ雇用は大変厳しい状況だ。
そのため、2016年—2020年の「国民経済と社会発展の第13次5ヵ年 計画」では、GDPの目標については言及しないだろうとする見方が、中国政府内部で広がっている。高い目標を掲げても、単なる絵に描いた餅になる可能性が高いからだ。換言すれば、中国のGDPはこの先、大幅に下降していくと いうことに他ならない。
そのような状況下で、2017年秋の第19回中国共産党大会を迎える。「習近平政権10年の折り返し地点」にあたる第19回共産党大会に向けて、激しい権力闘争が予想される。
本来なら経済分野は、国務院総理であるナンバー2の李克強首相の責任だ。だが、習近平国家主席は李克強首相の権限を事実上、剝奪しているに等 しいので、習近平主席の経済運営責任が問われることになる。そしてそうした党大会へ向けた仁義なき権力闘争が、さらに経済停滞を加速させることになる—-。
このような現在の中国経済が抱える諸問題を、できるだけ分かりやすく述べたのが本書である。
第1章では、2015年夏に起こった中国株の大暴落によって、国民の家計があっという間に消失していく様を詳述した。中国メディアは、わずか3週間で7000万人の「股民」(個人投資家)が、平均40万元(約800万円)= 560兆円も損失したと報じている。第2章では、中国経済を巡る社会主義と市場経済の摩擦について論じた。その摩擦の中心は、中国の富の6割を握る国有企業で、民営化どころか、市場の寡占化と共産党の指導強化が進んでいる。
第3章は、8月11日から3日連続で人民元の対ドルレートを計4 .5%も切り下げた問題を取り上げ、人民元国際化に向けた習近平政権の野望と苦悩について述べた。最後の第4章は、同年8月12日夜に天津で起こった大爆発事故と、習近平主席が仕掛ける権力闘争がもたらす経済損失について論じている。
総じて言えば、公になった数値だけを見ても、地方政府の債務は邦貨で480兆円以上に上り、銀行の不良債権も発表されただけで36兆円に達する。そして2015年夏の株価暴落による560兆円の消失—この3つを足し合わせると、実に1100兆円近い。ところがこの「1100兆円の損失」も序章に過ぎず、中国経済のさらなる悪化が待ち受けているのである。
私は、1989年の天安門事件以降、中国報道に関わり始めて、すでに25年余りになる。これまで100回以上訪中し、現在でも2カ月に一度は中国取材を行っている。本書の内容も基本的にはすべて、最新の中国取材に基づいたものだ。拙著『「中国模式」の衝撃』(2012年)、『対中戦略』(2013年)、 『日中「再」逆転』(2014年)に続く習近平時代の中国分析第4弾となる。
本書が、広範な読者の「中国への疑問」の解決に、少しでも寄与できれば幸基である。
P.34~38
一昔前までは、株で儲けてマンションと車を買うというのが、一般的な中国人の人生設計だった。ところが、2014年秋から2015年夏にかけての第 3次株ブームでは、すでに持っているマンションと車を売って株に投資するという人が続出していた。なぜなら不動産バブルがすでに崩壊していたため、株ほど高配当の投資は、他に存在しなかったからだ。それだけに、被害は甚大なものとなった。
悲劇は、大学のキャンパスにも及んだ。国営新華社通信の調査によれば、6 月15日の大暴落の時点まで、中国の大学生の実に31% (約790万人)が、 日々株の売買に興じており、そのうち26%は5万元(約100万円)以上もつぎこんでいたという。そのため大学生の破産者が、にわかに社会問題化した。 それどころか、中国全土で高校生、中学生、果ては小学生まで、株に夢中になっていた事実が明らかになった。中国は2013年まで約35年間にわたって一人っ子政策を貫いてきたが、親が築いた財産を、一人っ子が成人する前に食い漬してしまった構図だ。
2015年7月、私が北京首都国際空港に降り立つと、3カ月前のように 空港で誰もがスマホをいじって株取引をやっているような光景は、もはや見られなかった。その代わり、私がスマホの電源を入れると、大学生の株破産と無関係とは思えない怪しいメッセージが、いくつも飛び込んできた。 〈本物の北京の女子大生を斡旋します。彼女たちはいま夏休みで、心と身体を持て余しています。電話をもらってから1時間以内に、ご指定の場所にとびきりの美女を派遣しますのでいますぐお電話を……>
株価暴落の翌日に「旅行」に出かけた習近平
それでは、これほどの株価暴落を受けて、習近平政権は、一体どんな対抗策を講じたのか。結論を先に言えば、この時も習近平主席は、経済オンチぶりを見せつける行動に出たのである。
株価暴落が始まった翌日の6月16日、習主席は自らの「誕生プレゼント」と して、2泊3日の旅行に出かけた。目的地は、貴州省の遵義である。習主席が誰よりも尊敬する故•毛沢東主席が1935年、「遵義会議」を開いて中国共産党の権力を掌握した「聖地」を訪れたのだ。
中国中央テレビのニユースは、習主席が、「聖地」を一歩一歩踏みしめる様子と、いかに毛沢東主席を髣髴させる偉大な指導者かということを、繰り返し報じた。その一方で、株価暴落や、それに警鐘を鳴らすような報道は、党中央宣伝部によって封じ込められてしまった。
思えば「初代皇帝」の毛沢東主席もまた、極度の経済オンチとして知られた。1958年に大躍進と称して「15年でイギリス経済を追い越す」と意気込み国中の鍬・鍬から鍋まで鉄鋼に変えようとした結果、約3500万人の国民を餓死させている。晚年の1966年には紅衛兵を動員して文化大革命を起こし、丸10年にわたって国の経済を麻痺させた。 歴史に「もし」はないが、1949年の建国当初から「2代皇帝」鄧小平が指導していれば、中国は20世紀のうちに、アメリカを凌ぐ世界最大の経済大国に変貌を遂げていたに違いない。
ところがいまの「5代皇帝」習近平主席も、毛沢東主席以来の経済オンチなのである。早期に北京で対応にあたっていれば「致命傷」は防げたかもしれないのに、3日間も西部の山奥にある「毛沢東の聖地」に籠ってしまったのだ。
中国株の底が抜け、目を覆うばかりになっていた7月7日。この日は8年間にわたる抗日戦争のきっかけとなった盧溝橋事件が1937年に勃発して 78周年の記念日だった。そこで習近平主席は、株価暴落で自殺者が相次いでいるにもかかわらず、中国共産党の「トップ7」を全員引き連れて、北京郊外の盧溝橋にある中国人民抗日戦争記念館を訪問したのだった。
これにはさすがに中國人たちも呆れたようで、私の「微信」には、普段は見られない習近平批判がいくつも入って:きた。
〈いまは「抗日戦争勝利」より「金融戦争勝利」を優先すべき時だろうがー〉 〈「中国の夢」を唱える暇があれば、一刻も早く「股災」の火を消してくれ〉
ちなみに、「股災」(株の災い)と並ぶもう一つの流行語も、瞬く間に中国当局によって、イン夕―ネットやSNSから消されてしまった。 また、ある中国共産党関係者は、私に次のような見立てを開陳した。 「習近平主席は、今回の株暴落に乗じて、欧米のへッジファンドとつるんでいる江錦恒を捕えようとしている。経済よりも、最大の政敵である江沢民元主席との権力闘争の方が大事なのだ」
たしかに江沢民元主席の長男である江錦恒は、10年間にわたって中国科学院上海分院長として、上海の通信利権を一手に握ってきたが、2015年1月に事実上、解任された。そして同年8月下旬には、中国のイン夕―ネット上で 「当局に拘束された」とのニセ情報が飛び交ったのだった。
P.56~57
最大の問題は「地方政府の莫大な借金」480兆円
『上海証券報』(2015年8月21日付)の報道によれば、2014年末時点での中国の各種債務の合計は、150兆300億元(約3000兆円)に上り、これは中国の同年のGDPの235%に上っている。2008年の時点で は170%だったため、債務は着実に増えていることになる。中でも最も深刻な問題は、そのうち24兆元(約480兆円)を占める地方政府の債務だろう。
2015 年8月27日、楼継偉財政部長(財務相)が、国会にあたる全国人民代表大会の常務委員会で鉦言した。楼部長は、「返済が迫っている高金利の地方債の返還のため、これまでの2兆元(約40兆円)の融資に加え、新たに1兆 2000億元(約24兆円)を追加し、計3兆2000億元を地方債の形で融資する」と宣言した。
この発言を受けて、全人代常務委員会は8月29日、地方政府が返済責任を負う債務を、16兆元(約320兆円)に抑える特別措置を決めたのだった。
だが、こうした措置は債務の引き延ばし策に過ぎず、利子がかさんで、さらに多くの債務を背負っていくことになった。「国家が漬れることはない」とは言うものの、社会主義の中国の場合、資本主義国と較べて、はるかに「巨大な政府」なので、習近平政権は急速に身動きが取れなくなってきているのである。
P.74~76
中国の「ワイ□収入」は総額57兆円
第三の反論は、習近平政権の厳しい「贅沢禁止令」によって、中国特有の 「ワイロ経済」が激減した。その結果、消費が落ちたかに見えるだけであって、実際には、中国人はしっかり貯蓄したり、他の方法で消費している— というものだ。
この反論について考察するには、中国の「ワイロ経済」なるものが、胡錦濤政権時代まで、一体どのくらいの規模で蔓延していたのかを見る必要がある。 これは非常に見極めが難しいが、一つだけヒントとなる統計が存在する。
私が北京に住んでいた2010年8月、中国初の民間経済シンクタンクである中国経済改革研究基金会国民経済研究所が、「灰色収入調査結果」なるものを発表した。「灰色収入」とは、「ワイロ収入」のことだ。
これは2008年を基準に大規模な調査を行ったものだが、何とG D Pの3割に当たる4兆元(当時のレートで約5兆元)もの「灰色収入」が、中国社会に存在していたという。しかも個人の収入全体に占める「灰色収入」の割合は、高所得者層が62%、中所得者層が5%、低所得者層はゼロだったという。この意味するところは、高所得者層は正当な収入よりも賄賂収入の方が多 く、それ以外の人々は、賄賂社会とは無縁だということだ。
この衝撃的な発表に中国人は騒然となった。当時の温家宝首相も「わが国は全国民が腐敗にまみれている」と嘆いたことから、「全民腐敗」という言葉が流行語になったほどだ。だが、その温家宝首相も「一族で27億ドルも不正蓄財している」と2012年10月に『ニユーョーク・タイムズ』にスッパ抜かれて大恥をかいた。
ともあれ、現実がこの調査の通りだとしても、やはり3割程度なのである。 習近平時代になってワイロが激減したことで、むしろ高止まっていた高級品がリーズナブルな価格に戻ったという事実もあるわけで、やはり無理がある。
結論として、中国経済は、かなり沈滞していると見るべきなのである。停滞どころか、俗な言い方をすれば「ヤバい状態」だ。中国当局が厳しい報道規制を敷いているため表には出ないが、将来を悲観した市民による無差別殺人や自殺の類いも後を絶たない。
こうした「ヤバい状態」は、首都•北京だけに限ったことではなかった。私は2015年7月に、新疆ウィグル自治区を4日間訪れたが、自治区の中心都市ウルムチもまた、空前の不景気に苦しんでいた。
町の中心部には巨大スーパーのカルフールがあったが、夕刻の書き入れ時というのに、客は私を入れて一ケタだった。夏のピーク時というのに観光客は激減し、地場産業も育っていなかった。
習近平政権は、中国とヨーロッバを結ぶユーラシア大陸の総合的なインフラ 開発計画「シルクロード経済べルト」をプチ上げており、ウルムチをその拠点にしようとしている。だが習近平主席が抱く「中国の夢」と、厳しい「現実の悪夢」との差は、いかんともしがたいものがある。
P.129~131
国民に夢を見せながら、再び管理を強めていく政府
それにしても、この時の中国人民銀行幹部と記者との侃々誇々の質疑は、中国が抱える様々な問題を露呈させた。
第一に、中国の自己評価と、他国が中国を見る評価との大幅な乖離である。 国際社会が啞然としてしまうような措置も、中国国内ではベストを尽くした適切な措置だったとみなされてしまうのだ。これは何も為替レートの問題に限ったことではなくて、中国共産党政権が推進する諸政策についても言える。それ どころか、個々の中国人についても当てはまるような気がしてならない。
第二に、社会主義市場経済の限界だ。これについては前章で詳述したが、改めて池と魚の比喩を使って説明したい。
池の中に魚がたくさん泳いでいる。魚は池の中を自由に泳いで構わないが、 池の管理人が厳重に包囲し、管理している。池は秩序だっていたが、魚が成長 していくにつれ、魚は池を跳び越えて、大海に出たがるようになった。だが池の管理はますます厳重になって、魚は苦しがっている 。
池が中国で、管理人が共産党政権。そして魚が中国人だ。いまの中国は、ちょうどそのような状態だといえる。さらに言えば、池から大海へ渡る「抜け道」を築いた者がいて、コネやカネがある魚は大海へ渡れる。もっともニセの 「抜け道」に引っかかる魚も後を絶たないが。
そのようなわけで、いまや中国という池はすっかり混乱し、かつ沈滞してしまっている。この根本的な解決方法は、二通りしかない。第一の解決策は、池を大海と繫いで魚を解放し、管理をやめることだ。魚にとってはありがたいが、池の管理人の権威は失墜する。 第二の解決策は、池を昔の「旧き良き姿」に戻すことだ。池の管理人にとっては安心して管理できるが、すでに丸々太った魚は、昔のように再び痩せ細るしかない。
いまの習近平体制が行おうとしているのは、まさに「第二の選択」なのである。より正確に言えば、魚たちに「第一の選択」を取るかのような「夢」を抱かせながら、実際には「第二の選択」に邁進している。だから1• 7億人の「股民」(個人投資家)が大損こいて愚民と化しても平然としているし、為替レートを強引に変えても、開き直っているのである。
1/3日経 『国際通貨と資本主義の未来 国際基督教大学客員教授 岩井克人氏 中国・人民元に野望と誤解』について
基軸通貨について中国は勘違いしているのではと言う記事です。小生は基軸通貨国になるには「たとえ経済が大きくなったとしても、長い時間と戦争での勝利が必要」と考えます。ブレトンウッズで基軸通貨が£から$に移ったのは、英国が二回の世界大戦で経済的に疲弊し、米国からの借金返済も迫られていた事情があります(レンドリース法)し、当時金の70%以上は米国に集中していたこともあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E6%B3%95
米国が軍事的に世界制覇出来たのも英国が7つの海を制した遺産を其の儘引き継いだためです。また基軸通貨国には外国の銀行の支店があり、決済情報が筒抜けになるというメリットもあります。米国が座して中国に移るのを待つことはないでしょう。
でも、中国は戦争を起こして米国から覇権を奪還する気があるのかもしれません。この度の軍制改革(7軍区→5大戦区に変更は見送り、陸軍、サイバー、ロケットの三つの部隊を新設。新空母建造を公表。)で仮想敵国は米国でしょう。今すぐではなく米国の力が落ちるのを見てとの思いでしょうが、多分その前に中国経済が崩壊します。
本文中の「農村の過剰労働力の枯渇」はチョット違う気がします。大卒新卒での失業者は多く、また農民では建設現場くらいでしか働けないミスマッチが起きているという事ではないかという気がします。或は農民が不動産開発で土地を強制収用されなくなったのか?温家宝が人気取りのため最低賃金を上げたりしたので労働費用が上がり、国際競争力を低下させたのでは。
記事
米ドルを基軸通貨としてきた資本主義の体制は盤石なのだろうか。中国をはじめとする新興国の台頭は世界経済の勢力図を塗り替え、欧州で広がった債務危機や有力企業で頻発した不祥事は市場の基礎である信用に暗い影を落とす。国際通貨と資本主義の未来について、理論研究の第一人者である岩井克人・国際基督教大学客員教授に聞いた。
――中国の人民元が10月、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の構成通貨に加わります。米ドルが中心の国際通貨制度は変わりますか。
「国際通貨の議論が混乱しているのは、基軸通貨と強い通貨とが混同されてきたからだ。円も人民元もユーロも強い通貨である。強い通貨とは、一国の経済力を背景として、その国との貿易や資本取引で使われる通貨のことだ」
「全くカテゴリーが異なるのが基軸通貨だ。ドルが基軸通貨であるとは、韓国がチリと貿易するときにドルを使い、チリがインドと資本取引をするときにドルを使うように、米国以外の国同士の決済にドルが使われるということだ」
「一国内で商品と商品との交換の媒介となるのが貨幣だが、世界経済で国と国との交換の媒介になるのが基軸通貨である。私の『貨幣論』が示したのは、貨幣とは自己循環論法の産物でしかないことだ。それ自体は何の使い道がなくても、多くの人が貨幣として使うと多くの人が予想するから多くの人が貨幣として使う。基軸通貨もそれと同じ自己循環論法の産物だ」
「2008年のリーマン・ショックの時、中国はドルの覇権に異議を唱え、人民元の基軸通貨化を目指してきた。だが、強い通貨と基軸通貨とを混同している。いくら一国の経済規模が大きくなっても、その通貨がそのまま基軸通貨になるわけではない」
――米ドルが基軸通貨になったのはなぜですか。
「基軸通貨は何らかのビッグバンがなければ生まれない。米経済は19世紀後半から最強だったが、基軸通貨国は長らく英国だった。第2次大戦という大きなショックが、ようやくドルを基軸通貨に押し上げたのだ。その後、米経済のシェアは落ち、ベトナム戦争のとき、米政府は基軸通貨の座から降りようとしたこともある。ところが貨幣の自己循環論法が働き、米以外の国はドルを基軸通貨として使い続けた。ドル危機が繰り返し叫ばれても、いまだに基軸通貨のままだ」
――ドルが基軸通貨の地位を維持できなくなる可能性はありますか。
「基軸通貨国には大きな利益がある。発行したドルの6割が米国に戻らない。その分だけ外国製品がタダで手に入る。しかも国際問題が発生したとき、米国は主導権を取れる。基軸通貨国の権益をやすやすとは手放さないはずだ」
「半面、責任も発生する。米連邦準備理事会(FRB)は自らの政策が与える影響によって、世界中央銀行的な役割を果たさざるを得なくなっている。米国が内向きになって対外的な責任を放棄したときが、基軸通貨の危機の始まりだ」
――南欧など政府の債務危機が表面化したユーロの先行きをどうみますか。
「欧州連合(EU)は米国の覇権に対抗するという政治的な狙いから生まれた。だが、落とし子のユーロは経済的な矛盾を抱え込んでいる。共通通貨とは労働の移動を前提としているからだ。ギリシャが不景気になった時、ユーロ以前ならドラクマの切り下げによって国内雇用を維持できた。共通通貨の下では、失業した労働者が労働不足のドイツなどに移住しないと不均衡は調整できない」
「文化の多様性を誇る欧州では、EUを推進した知識人以外は、出身地から動こうとしない。ギリシャ政府は国内の雇用のために財政を大盤振る舞いし、危機を招いた。ユーロの矛盾の解消には時間がかかる」
――日本のアベノミクスをどう評価しますか。
「アイデアはあるがお金のない人と、お金はあるがアイデアがない人を結びつけるのが金融だ。だがデフレは負債の実質額を膨らます。それはアイデアのある若者を苦しめ、イノベーションの活力を損なう。戦後、デフレがこれだけ長く続いた国はなく、失われた20年はその結果でもある」
「2%のインフレ目標は今実行可能な唯一の短期的マクロ政策だ。名目金利がゼロのとき、財政政策は有効だが現在の財政では制約がある。予想インフレ率を上げて実質金利をマイナスにすれば、資産効果と金利効果で消費と投資が刺激される。教科書通りのケインズ政策である」
「アベノミクスは本来ならリベラルの政策だ。それを日本では保守政党が採用したという政経のねじれがあって非難も多い。当初の期待より遅いが、インフレ率の上昇でも失業率の下落でも効果は出てきている」
――日銀の異次元緩和は円安をもたらしました。円の将来をどうみますか。
「85年のプラザ合意以来、人為的な円高の下での資源配分のゆがみが累積してきた。長期的には円高に向かうはずだが、近年の円安はゆがみの調整局面とみなすべきだ」
――中国では管理統制色が濃い経済運営が定着してきたように見えます。
「中国は私の『資本主義論』の中で『産業資本主義』に位置づけられる。農村に人口があふれ、仕事を求めて都会に流れてくる。機械制工場の高い生産性と、労働者の安い賃金とのギャップが利潤を生み出すという仕組みである。それは高度成長期までの日本でも、自由主義的な英米の資本主義でも、中国型の国家資本主義でも変わりはない」
「中国では4、5年前から農村の過剰労働力が枯渇し始めた。労働費用が上がり、先進国入りする前に産業資本主義の仕組みが働かなくなり始めたことに(政府は)困惑している」
「日本では、バブル崩壊の苦しみを経て、やっと『ポスト産業資本主義』の段階に入った。企業は新技術や新製品など、他との『差異』によって利潤を得るようになったのだ。中国の資本主義がポスト産業資本主義に移行するには、まさに一党独裁が障害となる。法の支配が不確定であると、自らイノベーションをするより政治と結託したほうが利益となるからだ」
――企業や金融機関の行動に目を転じると、欧米を中心に金融規制を強化する動きが加速しています。
「危機状態におけるマクロ政策の中に倫理観を直接持ち込むのは賢明ではない。90年代、日本の住宅金融専門会社への公的資金の導入を巡って、バブルを引き起こした張本人を救済するとは何事だという議論が横行し、処理が遅れ、失われた20年を招いた」
「米国でもリーマン・ブラザーズの救済が論じられた時、経営者の高額報酬に批判が広がり、リーマン・ショックを起こしてしまった。金融資本の暴利に対する怒りは当然だが、ポピュリズムに走ると元も子もなくなる。その後の規制の強化も、規制下の金融機関の安定性は確保したが、規制の枠外でシャドーバンキング(影の銀行)を肥大化させ、次のバブルの準備をしているかのようだ。必要なのは、社会全体のコストとベネフィット(便益)との冷静な比較なのだ」
「それは経済から倫理を追い出すべきだというのではない。80年代から米国では不平等化が進み、今では上位1%の高額所得層が全体の20%もの所得を得ている。高額所得を得ているのは、戦前のように資本家ではなく、株主主権の名の下にストックオプションを手にした経営者だ。それは、英米において、経営者が果たすべき忠実義務という倫理義務を、経済インセンティブで置き換えてしまったことの必然的な結果だ」
――内外で企業の不祥事が目立ちます。
「株主主権が強い英米に対し日本とドイツは組織を重視する資本主義である。東芝が会計不正、フォルクスワーゲン(VW)が排ガス不正を起こし、組織資本主義の欠陥といわれる」
「その解決は社外取締役を入れ英米的なガバナンスを強化することではない。東芝は英米的な委員会設置会社にいち早く移行した会社である。しかも米国では社外取締役の導入が、業績の向上にも経営者の高額報酬の歯止めにもならないという研究結果も多い」
「経営者が内面化すべき忠実義務を社外取締役の監視に置き換えることで、一方では経営者の自己利益の追求を促し、他方では内部統制の存在を盾に忠実義務違反に対する裁判所の介入を防ぐ二重の役割を果たしているという」
「社外取締役の義務化といった外形的な統制制度を整備しても限界がある。会社のガバナンスは究極的に、経営者、さらには従業員の倫理性によって支えられているからである」
■主流派批判し理論構築 いわい・かつひと 1947年東京生まれ。69年東京大学経済学部卒、72年マサチューセッツ工科大学(MIT)Ph.D.73年米エール大学助教授、81年東京大学助教授、89年東大教授、2010年退職。現在、国際基督教大学客員教授、東京財団名誉研究員、東大名誉教授。 市場の働きを万能視する「新古典派経済学」と呼ばれる主流派経済学を批判し独自の理論を構築してきた。思想家・言論人としても影響力を持つ。『不均衡動学』で82年に日経・経済図書文化賞特賞、93年に『貨幣論』でサントリー学芸賞、『会社はこれからどうなるのか』で03年に小林秀雄賞を受賞。07年に紫綬褒章、15年12月、日本学士院会員に選出された。68歳。
12/29日経ビジネスオンライン 重村智計『慰安婦妥結・冷戦時代から続く日韓関係の終わり』について
一読して甘い見方と思いました。朝鮮半島の専門家と言いながら、朝鮮民族の特質を理解していません。米国が保証しようとも彼らは約束を反故にするでしょう。政府の口約束なぞ条約ですら破って慰安婦・強制徴用等請求してきたのに、やめるはずがないでしょう。大統領が変わればまた新たな問題を提起するでしょう。そのようにして日米中を外交上翻弄すると思います。結局、日本が「軍の関与」を認めた事だけが、世界の歴史に残ります。米国のインデイアン虐殺、黒人奴隷、原爆投下、ドイツのユダヤ人虐殺、中国の大躍進時の餓死、文革の粛清、ソ連のスターリン大粛清は歴史的事実です。慰安婦・強制徴用・南京虐殺は事実でないことを改竄・捏造されたものです。彼らは歴史的事実でなくとも、他民族も同じようなヒドイ歴史を持つことを望むでしょうから。中国の「日本悪魔化計画」に則って、世界(国連や中国公館を利用して)に日本は道徳的に劣った民族と印象付け、日本を貶めようとしています。慰安婦もその一つです。中国の掌の上で踊っている気がします。米国は韓国を自陣営に引き留めようとしていますが、韓国は裏切ると思います。日本は打つ手なしのように見えます。外務省、日教組、朝日新聞、媚中・韓政治家等日本のエリート層+左翼が腐っています。国民一人ひとりが不買、良い政治家に投票に行く、一人でもまともな判断ができる国民を増やしていくことくらいしか方法はありません。
本記事では、韓国の地域主義について触れられていません。政権を取った地域が慶尚南道・北道、全羅南道・北道、忠清南道・北道、京畿道、江原道といった地域対立を表面化しないように、日本を悪者にして自分達の政治の悪さから国民の目をそらすものです。
早速、韓国内ではいろんな動きがでてきました。韓国政府はどう収拾するつもりでしょう。
12/31連合ニュース「最大野党「共に民主党」のムン・ジェイン代表は31日、韓日間で妥結した慰安婦交渉と関連して「政府が10億円で私たちの魂を売り払ったのだ。屈辱的交渉結果で得る10億円を拒否する」として慰安婦おばあさんのための財団設立金100億ウォン国民募金運動を提案した。」
1/1イラン日本語ラヂオ「韓国の元慰安婦の女性らが、日本と韓国が先ごろ慰安婦問題で合意したにもかかわらず、日本政府を相手取り訴訟を起こしました。以前、韓国の裁判所で日本政府を相手取り、損害賠償を求めて民事調停を申し立てていた元従軍慰安婦の女性12名が、正式な訴訟を起こします。韓国の裁判所も、先の日韓の合意にもかかわらず、この問題を審理することを受け入れました。」
12/31連合ニュース「朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長が少女像の席は「不可逆」であり本来の席になければならないと明らかにした。彼は前日にも自身のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)アカウントで「少女像はもう忘れることができない歴史を記憶する象徴です。少女像の席が『不可逆』です」と明らかにした。」
1/1朝鮮日報日本語版「韓国広報の専門家・誠心女子大学の徐ギョン徳(ソ・ギョンドク)教授は31日「日本軍慰安婦少女像を世界的な観光名所にする」と宣言した。徐教授は米国のニューヨーク・タイムズ紙やウォールストリート・ジャーナル紙など主要紙に、日本軍慰安婦の真実を知らせる広告キャンペーンを展開してきたことで知られている。 徐教授は「現在、読売新聞や産経新聞など日本の主要紙は連日のように慰安婦少女像の撤去を求める記事を掲載し、韓国政府に圧力を加えようとしている。しかし日本側のこのような動きに当惑することなく、むしろこの機会に慰安婦少女像を世界的な観光名所にしなければならない」と力強く語った。 そのための取り組みとして徐教授はまず「ロンリープラネット」など世界の主要観光ガイドの韓国に関する説明の中に、駐韓日本大使館前の慰安婦少女像の紹介を掲載し、それによって韓国に観光にやって来る外国人なら必ず訪問するよう誘導するというアイディアを紹介した。 徐教授は「韓国には年間1500万人の観光客が海外からやって来るが、彼らに慰安婦少女像を紹介して日本軍慰安婦の真実を幅広く伝えなければならない。それによってユダヤ人大虐殺のシンボルであるホロコースト記念館と同じく、日本軍慰安婦を世界的かつ象徴的なブランドにすることが重要だ」とも強調した。
2番目の取り組みとして徐教授は、世界の有名アーティストらと協力し、各国の主要都市で「慰安婦少女像」をテーマとするパフォーマンスを行う計画を進めたいとしている。
徐教授は「今回、韓国と日本の両政府による慰安婦交渉の結果、世界の主要都市に慰安婦少女像を設置するのは簡単ではなくなったかも知れない。しかし一つのアート作品として世界のアーティストらと協力し、展示会を開催すれば、メッセージを効果的に伝えることができるはずだ」とも述べた。
徐教授は「今回の慰安婦交渉の結果に韓国の国民は大きく失望した。民間の次元で力を結集して慰安婦少女像を必ず守り、日本の歴史わい曲を全世界に広く知らせていかねばならない」と力強く語った。」
内容
日韓両国の政府は国交正常化50周年の年の最後に、慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的な解決」を見たと発表した。米国は、この合意を高く評価し歓迎した。欧米のメディアも、歴史的な合意として報じている。
この合意は、歴史的に見ると、冷戦時代から続く「日韓関係の終わり」を意味する。両国首脳が政治家として格段に成熟したことを物語る一方で、慰安婦問題が再び蒸し返される火種も残している。安倍晋三首相が表明したのは「おわび」であって「謝罪」ではない。韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が使った表現は「立場の表明」であって「約束」や「合意」ではないからだ。
米国の働きかけと韓国総選挙
日韓両国が合意した背景には、米国の働きかけがあった。これを受けて、日韓両首脳は2国間問題を解決する指導力をようやく発揮した。オバマ大統領の仲介と強い意向なしには実現しなかった。
オバマ大統領は、2015年6月に訪米した朴槿恵(パク・クネ)大統領に、米韓同盟の強化と日韓関係改善を求めた。韓国が米韓同盟を弱体化させ、中国に傾斜するのではないかと憂慮していることをあからさまに伝えた。オバマ大統領は民主主義や人権、自由という「共通の価値観」を強調し、韓国の中国傾斜にクギを刺し、日韓関係の改善を促したのだった。
オバマ大統領は、安倍首相にも日韓の歴史問題解決を求めていた。安倍首相は、米連邦議会での演説で「悔い改め(repentance)」という言葉を使い、米国の指導層と国民を感動させた。ワシントンの「安倍不信」感情は一変した。
韓国は米国の要請に加え、2015年中に解決しなければならない国内事情があった。2016年春には総選挙が行われる。慰安婦問題の解決が年を越すと、選挙の争点になってしまう危険があった。
合意文書は作成せず
岸田文雄外相は2015年12月28日、ソウルで韓国の尹炳世外相と会談後に記者会見し「日本政府は責任を痛感している」と述べた。また、慰安婦を支援する財団を韓国が設立し、日本がおよそ10億円を拠出することで合意した、と発表した。韓国は、今後は一切、慰安婦問題を提起しないことになる。韓国は、ソウルの日本大使館前に置かれた少女像の解決に努力する約束をした。
両外相は、口頭での「声明」に留め、合意文書は作成しなかった。韓国内の反発や世論に配慮したためだが、文書にしない合意は危険だ。
安倍晋三首相は同日、朴槿恵大統領と電話会談しこの合意を確認した。安倍首相は「日韓が力を合わせて新しい時代を切り開きたい」と述べた。両首脳は、来年春に米国ワシントンでの国際会議に出席する予定で、その際にオバマ大統領と3カ国首脳会談を行い、慰安婦問題を含む3カ国共同声明を発表する予定という。
韓国の市民は合意に納得
韓国の報道機関は「安倍首相が初めて自らの言葉で、謝罪と反省を表明した意味は大きい」と評価し、「日本政府としての責任」との表現を前向きに受け止めている。一般の国民は、安倍首相の「謝罪表明」に納得しているようだ。
韓国民の多くは、今回の解決に至る前から「日本の首相が謝罪を口にし、補償すれば簡単に解決する問題」と語っていた。一般の韓国民は、問題を早く終わりにしてほしいと願っていた。だが、慰安婦運動を続ける団体は、簡単に終わらせるわけにはいかない。運動組織の背後には、北朝鮮と北朝鮮を支持する勢力からの工作があると言われる。日韓関係が悪化することが、北朝鮮の利益になるからだ。北朝鮮や運動組織にとって、「日本の歴史責任」と「正しい歴史認識」は汲めども尽きない、日韓離間策の源泉なのだ。
こうした運動組織は、合意に対してなお「不満」を主張するだろう。だが韓国政府は、この運動が韓国世論の同情を失って弱体化していくと期待しているようだ。
合意が「最終的」かどうかは不確定
今回の日韓合意には、なお落とし穴があることを忘れてはならない。韓国はかつてほど日本との協力関係を必要としなくなっている。加えて、現在は対立している反北朝鮮派と親北派が「反日」においては共闘できる環境にある。
日韓関係は1965年の国交正常化以来、政治経済面では“同盟”関係を続けてきた。軍事面は、米国を介在させた“間接的同盟”関係にあった。日韓両国は、米国と共に「共通の敵」と「共通の価値観」を共有している。この二つの「共通要素」は、国際政治学では同盟構成の重要条件とされる。韓国は冷戦崩壊まで、中国とソ連が掲げる共産主義イデオロギーの浸透と、北朝鮮の軍事攻撃という2つの脅威に直面していた。
このため、日本と政治、経済面で強い協力関係を維持する必要があった。軍事的には、北朝鮮が韓国に侵攻した際に日本は、後方支援基地の役割を果たすと考えられた。
ところが、旧ソ連が崩壊する一方で、中国の経済力が日本を凌駕したため、多くの韓国民が日本との同盟関係を軽視するようになった。日韓の経済力の差も縮まる方向にある。韓国の2015年の1人当たりGDP(国内総生産)は約2万7000ドルで、3万2000ドルの日本に迫る勢いだ。韓国の経済人の間には「日本に学ぶものはない」との意識が広がっている。
韓国では1945年に独立して以来、北朝鮮からの軍事的脅威が「韓国人」としての連帯意識を高めてきた。ところが、北朝鮮を軍事的脅威とする意識が韓国社会から消え、韓国人としての連帯意識を弱体化させている。
こうした政治経済と軍事面の環境変化の中で、韓国人はナショナル・アイデンティティー(連帯意識)を見失った。現在の韓国民を団結させるアイデンティティーは「反日意識」と「中国期待」しかない。だが、中国幻想は弱まりつつある。
北朝鮮を支持する韓国の革新勢力は、統一を実現する民族のアイデンティティーとして、「反日」を使おうとしている。その「反日」意識を高揚させる手段の一つが、慰安婦問題であった。だから、北朝鮮も自国に慰安婦が存在すると主張し始めた。
北朝鮮に対する「反共」スローガンが機能しなくなった韓国では、反北と親北を巡り、激しい対立を続けている。その余波が、日本批判に向かう可能性は常にある。二つの勢力は、「反日」では共闘するからだ。
安倍晋三と朴槿恵の「責任倫理」
今回の合意は、両国首脳のこれまでの主張を振り返ると、おかしなものだ。朴槿恵大統領は日本に対して「正しい歴史認識」を繰り返し求めてきた。今回の問題解決は「正しい歴史認識」に言及していない。一方、安倍首相は「政府が慰安婦を強制連行したことを示す資料はない」と述べてきた。「河野洋平官房長官談話」や「村山富市首相談話」に批判的であった。安倍首相の過去の言動から考えると、「おわびと反省」をすることは説明がつかない。
安倍首相と朴大統領は、その立場と政治姿勢を変えたのか。両首脳は、ドイツの政治学者マックス・ウェーバーが説く、政治家の役割と果たすべき使命を、十分に理解したと見るべきだろう。
マックス・ウェーバーは、著書の「職業としての政治」の中で、理想の政治家について「心情倫理」と「責任倫理」の両方を融合できる人物と述べた。心情倫理とは朴大統領が「正しい歴史認識」を求めることや、安倍首相が「靖国神社参拝」を重視することなど、個人が抱く信念である。一方の責任倫理は、結果責任を指す。政治家は、結果責任がすべてであり責任倫理で判断される。例えば、安倍首相が心情倫理を優先し、靖国神社に再び参拝して中韓両国との関係を悪化させれば、一国の指導者としては失格だ。
日韓の両首脳は、日韓関係を改善させるという「責任倫理」を優先し慰安婦問題を解決しながらも、なおお互いの心情倫理に配慮し、慰安婦問題以外のデリケートな問題には触れない絶妙の解決を導き出した。両首脳は指導者として成熟し、信頼を生みだしたと言えるだろう。これが、安倍首相が言う「日韓新時代」が意味することなのだろうか。
菅沼光弘著『ヤクザと妓生が作った大韓民国』について
戦後の在日の中には日本人以上に日本人らしかった朝鮮人がいたというのをこの本で知りました。
中村日出夫氏(平壌出身)です。朝連(後の朝鮮総連)の「影の部隊」に空手を教えていました。京都の大日本武徳会の武道専門学校に留学、卒業後、陸軍中野学校の二俣分校で空手の教官をしていたとのこと。小野田寛郎さんが二俣出身なので中村氏の指導を受けた可能性もあるかもとか。中村氏が児玉誉士夫に軍の繋がりで一声かければ丸く収まったこともあったと。大山倍達(建青側)とは戦ってないようです。東声会のヤクザを叩きのめした後、仲間の沢山いる病院に見舞いに行き、金を置いてきたのを見込み、トップの町井が東声会の顧問にと言っても「ヤクザの顧問などやってられるか」と断ったとのこと。陸軍中野学校は「誠」を大事にしたと言われていますから、その教育の賜物だったのでは。翻って今の日本人は怯懦、今の韓国人は反日妄想病です。環境・教育と時間によって民族も変わるという事です。
アメリカの狡知こそが災いの種でしょう。Divide & ruleという英国譲り(インド、ミャンマー)の政策が民族間で憎しみを齎し、白人の統治に目を向けないようにするという事でしょう。 日本に在日をわざわざ置き、民族間で憎むようにしました。まあ、朝鮮人の民度は低いのでそうなることは明らかでした。それを少しでも朝鮮人有利になるようにしたのは日教組とマスメデイアです。GHQが去っても日本人に自虐史観を刷り込み続けました。台湾に蒋介石を置き、本省人と外省人とで争う種を残しました。
大平もハニーに引っかかっていました。クリスチャンで品行方正のイメージが強い人ですが、クリスチャン程、世界史の中で悪いことをやった連中はいません。トルデシャリス条約、インデイアン虐殺、黒人奴隷、原爆投下等皆クリスチャンです。谷内正太郎もセガサミーの金だけでなく妓生の虜になっていて脅されたのかも。写真を撮られていた可能性もあります。それが中国の手にも渡っているかも知れません。河野、古賀、加藤、野中、額賀辺りも怪しいのでは。谷内のNSCトップは更迭すべきでしょう。日本の国益は守れません。防衛省制服組から選ぶべき。
妓生は準公務員です。朴正煕が外貨稼ぎと弱みを握るために選んでやらせたのでしょう。これも同じく女性の人権侵害です。韓国はいつも自分の不都合な真実には目を瞑ります。日本も反撃しろと言いたい。
在日でも帰化して弁護士になった権逸氏のような人もいました。司法試験受験に国籍条項を緩めなくても良かったのではと思います。帰化してから試験を受ければ良いのに。米国は移民の国で日本と国の成り立ちが違います。左翼とリベラルのせいで日本がおかしくなってきたことは間違いないでしょう。
強制徴用や未払金も自民族のしたことを日本人に擦り付ける卑劣な民族というのもこの本で分かりました。事実に基づき、キチンと反論した方が良い。政治家のハニーは自業自得なので舞台から退いて貰った方が良いでしょう。
下関を地盤とする安倍晋三も田中龍夫のことを知って、韓国と縁があるのは分かりました。しかし、今度の慰安婦合意は安倍の甘さがモロに出た気がします。韓国の民族的特質、特に反日教育で刷り込まれた妄想を持った民族というのを理解しないと。「韓国の女性が日本人(夷狄)に売春なんてするはずがないと、こうなる。にもかかわらず慰安婦にされたのは強制されたからに違いない、いや、強制されたに決まっているんだ」という妄想で生きている民族です。
下の写真はこの本に載っていた写真です。汚物をかけられる丁一権です。昨年暮れに横浜韓国総領事館に汚物を投げ込んだのも彼らの自作自演でしょう。日本にはそのような文化慣習はありませんから。去年のブログで中国の趙薇が舞台で汚物をかけられたことを紹介しましたが、中国大陸と朝鮮半島特有の文化です。
内容
P.28~31
民団中央本部団長及び顧問を務めた弁護士の権逸氏は『回顧録」(権逸回顧録刊行委員会、一九八七年) の中で、敗戦後の混乱期の在日の生々しい姿を以下のように活写している。
《法はあって無きに等しく、警察は文字通り無力であった。したがって、非人道的で破廉恥な行為が平然と行われ、理性が喪失した社会のようであった。このような社会状態が醸しだしたものであるかも知れないが、左翼朝鮮人だけでなく、一般の在日同胞のなかにも、故なく威張り散らして、法を無視することが少なくなかったことは、良識ある同胞の憂慮するところであったし、私たちは見るに忍びなかった。当然のように無賃乗車する者もいたり、中には白墨で車内に『朝鮮人専用』と書いて他人が入るのを拒むことすらあった。傍若無人というほかなかった。》
左翼朝鮮人とあるのは、いうまでもなく、朝連および民戦の構成員たちのことである。権逸氏は権藤嘉郎という日本名をもち、朝連からは親日派と名指しされた人物で、金天海支配下の朝連でリンチによる追放を経験している。また、本書にもたびたび名前の登場する町井久之(鄭建永.)とも縁が深く、弁護士として、彼の合法、非合法の活動をフォローした。朴正煕軍事政権で韓国の国会議員を務めているという経歴の持ち主で、いわば、民団系在日の大物中の大物である。その彼をして、 GHQ占領期の一時期、在日同胞のふるまいは「非人道的で破廉恥な行為」と映ったようである。
しかし、これら在日朝鮮•韓国人の横暴をむしろGHQはある程度許容していた。その証拠に、日本 人は立ち入ることが禁じられていたPX (進駐軍用売店)に、自称「戦勝国民」の彼ら朝鮮人は比較的自由に出人りし、ここで仕入れたウィスキーや洋モクなどを法外な値段で闇市でさばき、莫大な利ザヤを得ていたのである。これは彼ら第三国人(=third nationals。戦勝国民でも敗戦国民でもない、という意味で、当時、朝鮮人、台湾人に対し便宜上用いられた呼称)の特権のごく一部である。日本人の多くが着たきり雀の竹の子生活を送っている、その一方で、上質のスーツを着こみ、肩をいからせて闇市をわが物顔で闊歩する朝鮮人も珍しくなかったのだ。
権氏は続ける。
《顧みると、当時のこのような行動は、長い間抑圧されてきた者の自然発生的な反発感から出たものであり、またそれらの者たちにとって感情的には痛快感が得られたかもしれないが、このような行為は敗戦で萎縮した日本人の胸に、朝鮮人に対する憎悪感を植えつける要因になったのではないだろうか。加えて、朝連と建青の絶え間ない抗争は、この憎悪感を増幅させた上、新たな軽蔑感を生じさせたのではなかろうか。》
おそらく、いまもある日本人と在日韓国・朝鮮人との間にある心情的な“しこり”はこの畤代に作ら れたものであり、その責任の一端はアメリカにもあったのである。解放後の台湾に:、蒋介石を投げ込み間接支配させたのもまさにこのやり方で、台湾では、現在も本省人(台湾人)と外省人(中国人)の対立は根深い。
金天海一派に牛耳られ日本共産党の別働隊の色合いの強かった朝連だが、両者を結びつけたのは純枠なイデオロギーばかりではなかった。実質、当時、合法政党として再スタートしたばかりの日本共産党を経済的に支えていたのは朝連だったのだ。では、その朝連の資金源はどこにあったのか。金賛汀著『朝鮮総連j (新潮新書、ニ○○四年)に興味深い記述がある。
《最初に朝連の活動を支えた資金は親日団体「一心会」が集めた資金である。一心会は、太平洋戦争の末期、米軍の空襲が激しくなってきた時期、日本の戦争勝利のため日本軍航空隊の地下飛行場を埼玉高麗神社近くに建設しようと結成された在日朝鮮人の対日戦争協力団体である。》
金氏によれば、戦中、一心会が在日同胞から集めた募金の総額は約六百万円で、そのうち建設会社に支払われた費用を除いても戦後百五十万円は残ったはずで、それをそっくり朝連が没収し活動資金にしていたという。大学卒の初任給は三千円の時代である。
さらに、朝連結成時、資産のある会員に親日派、対日協力者のレツテルを貼り、粛清をちらつけて恫喝まがいに募った多額の寄付金が、昭和二十年から二十一年の間にニ千五百万円に及んだという。戦後間もない時期の在日朝鮮人といえば、貧しい集落に身を寄せ、鉄くず拾いと廃品回収、あるいは炭坑労働でその日の糧を得ていた、というイメージがあるが、実をいえば、闇市成金も含め、彼らの中にも富める者もたくさんいたのである。もっといえば、在日朝鮮人も勝ち組と負け組に分かれていたのだ。 朝連の資金源はそれだけではなかった。
《最大の財源になったのは帰還していく強制労働者の未払い賃金等であった。一九四六年末までに朝連中央労働部長名で強制連行者を雇用していた日本の各企業に未払い賃金の請求が出された。その請求額が四三六六万円に達し、朝連はかなりの金額を企業から徴収し、それらのほとんどは強制連行者の手には渡らず朝連の活動資金に迴された。》(前出『朝鮮総連』)
現在でも韓国側はことあるごとに、当時日本人であった韓国人の戦時徴用者の未払い賃金を問題視し、日本政府や企業に支払いを求めてくるが、これに対し日本側は日韓基本条約ですベて 解決済みであると いう態度を崩していない。これはこれで正しいのであるが、金氏の記述を信じるのなら、一九六五年(昭和四十年)の日韓基本条約を待つまでもなく、在日本朝鮮人連盟がそのほとんどを回収し(ここでも企業に対し恫喝的な請求があったものと推測される)自分たちの金庫に納めていたことになる。そして、 それら朝連の潤沢な活動資金の恩恵を受けていたのが、日本共産党なのだ。当然ながら、韓国側が徴用者の未払い賃金を問題にするならば、請求先は日本政府や企業ではなく、朝連の後継団体である朝鮮総連及び日本共産党にしてもらいたいものである。
P.46~47
しかし、武道を禁じられたのはあくまで日本人であって、自称•戦勝国人である第三国人にこれは適応されなかった。敗戦の年である一九四五年(昭和二十年)の十月、東京九段に韓国人・尹曦炳を館長とする韓武館なる空手道場がオープンしている。韓武館には大山倍達や曺寧柱ら多くの在日空手家がつどう一方、廃業した剣道場から払い下げた胴、小手などの防具を着用しての防具付組手の研究も幀極的に行われていた。現在の空手の発展に在日空手家の果たした役割も確かに大きいのである。
「ヤクザか総連かヘップ屋か」というフレーズはかなり辛辣で自虐的な響きがあるようで、戦後在日の置かれた状況を上手く表現している。ヘップとは一説によると、ヘップバーン・サンダルのことで、映画『ロ—マの休日』でオードリー・へップバ—ンが履いていたから、そう呼ばれるのだという。ここでは手工業など個人商店主の総称と思っていただきたい。いわゆる「差別と貧困と戦う建気な在日」のイメージはこのヘップ屋に集約されることだろう。繰り返しになるが、彼らが「健気な在日」を生きるその裏舞台では、同胞たちの血しぶきを上げた抗争が続いていたのである。
むろんヘップ屋(家内産業)から立身出世を遂げた在日も存在する。最近何かとお騒がせのロッテ. グループの総帥•重光武雄(辛格浩)はその代表格だろう。一介のガム売りから身を起こし、一代で同 グループを韓国五大財閥のひとつにまで育て上げている。新しい例でいうなら、ソフトバンクの創業者・孫正義もこれに入る。ともに本業以外にプロ野球チームのオーナーというところも共通している。球団オーナーという肩書きは、日本人の想像以上にアメリカの経済界ではモノをいう。まさに彼らは在日を代表するセレブなのである。
重光も孫も正業で成功した在日であり、あくまで堅気ではあるが、しかし、彼らが在日のアウトロー
社会や本国の情報機関とは無縁だったか、と問われれば、これもノーだろう。事実、重光は、町井久之やこれものちほど登場する李厚洛KCIA部長とも懇意な関係にあった。むろん、本書はそういった関係を非難するものではない。また、そういう関係性を全否定してしまうことは、在日という存在を見えにくくしてしまうと主張するものである。在日ヤクザやアウトローと「差別や貧困と戦いながら健気に生きるアポジ、オモニ」は、決して遠心分離機にかけたようにきれいに分かれるものでもないのである。 在日とは何か。それは特定の個人やグループを指す言葉ではない。在日とは、エスニックという名のコネクションをいうのだ。
P.52~55
北朝鮮の新義州は三井金属が作った
— 一九五一年(昭和二十六年)九月のサンフランシスコ講和条約調印の翌月にはシーボルド連合軍外交局長が仲介人となって日韓の予備交渉が行われていますね。当時、朝鮮戦争はまだ継続中でした。アメリカとしては、日本と韓国の手を結ばせて反共の砦を築くことが急務だったのでしょうか。
菅沼 それからね、アメリカからすれば、なぜいつまでも俺たちの税金で韓国を助けなくてはいけないんだということです。朝鮮特需で少しずつ経済を回復しつつある日本に肩代わりさせようという、彼らなりの腹があった。
というのも、終戟直後は、韓国よりも北朝鮮の方が経済的にはずっと有利だったのです。 もともと重工業という基盤がありましたから。その基盤はなにかというと、併合時代、日本が作った巨大ダムであり水力発電所でした。鴨緑江のダムは当時、世界最大規模の水力発電所ですよ。アルミニュゥムのための。アルミの精錬工場というのは、膨大な電力を必要とする。そこのアルミニュゥム工場でジュラルミンを作った。ジュラルミンといえば、何だかわかる?
——飛行機ですか。
菅沼 そう。戦闘機まで製造していたんだ、北朝鮮の新義州で。この新義州という街は三井金属が作ったといっても過言ではない。三井金属など三井系の企業が朝鮮総連とコネがあるのはそうした理由もあるんです。彼らにしてみれば、一日でも早く日朝国交正常化を進めて欲しくて仕方がない。
反日に狂う李承晩が山口県に亡命政府を作りたいと要請
菅沼 一方、南朝鮮(韓国)は農業地帯です。工業力でいえば北と南では十数倍以上の開きがあった。早く韓国にも工業化してもらい経済的に自立してもらわないと(共産勢力に)飲み込まれてしまうという危機感をつのらせていたのはアメリカも日本も同じでしょう。
そういう状況のもと、岸さんの個人特使として矢次一夫が訪韓した。彼は日本国のパスポートで大韓民国に入国した最初の日本人になる。ところがね、李承晩大統領という人は、 とにかく (反日)感情が先に立ってしまって、交渉にならんということなんだ。併合時代はさっさと亡命してしまって、日本の統治というもの—例えば、インフラを整備したとか、教育を施したというのを肌身で知らない。彼自身、李王家の血筋だとかなんだとか言っているらしいけどね。要は元兩班で、日本に対する侮蔑感もあった。観念的な反日論者です。反共だけれど、その前にまず反日。アメリ力はそう いう男を連れてきて韓国の大統領に据えた。
戦前、総理大臣を務めた田中義一の息子で田中龍夫という、のちに通産大臣、文部大臣も務めた議員がいて、彼も岸さんとのつながりで韓国へ行くことになるのです。李承晩の夫人はオーストリア人でフランチェスカといった。田中は彼女へのお土産に御木本のパール(真珠)をもって。フランチェスカは大喜びだったそうだけどね。それでも、 それでも、李承晩の胸襟を開くことはできなかった。
——田中龍夫さんは山口県知事時代、「戦前は朝鮮人より朝鮮語の上手い山口県人がいっぱいいた」という発言をしています。というのも併合時代朝鮮の警察の幹部は長州閥だった。警察官は地域の人とコミユニケーションを取らなければならないから、必然的に 朝鮮語を覚えなければいけなかったそうです。
田中さんは一九四八年(昭和二十三年)ごろ、朝鮮半島の緊張を察知して、それら朝鮮語に長ける者たちを集め「朝鮮情報室」というのを作ったといいます。中波、短波をラジ才で傍受して全部翻訳して常時、報告書を上げさせていた。朝鮮有事になれば、まっさきに難民が押し寄せてくるのが、半島とは目と鼻の先にある下関ですから、リアルな危機感がある。事実、朝鮮戦争が勃発し、韓国軍が釜山まで追いやられると李承晩は六万人を連れて山口県に亡命政府を作りたいと打診してきた。それを突っぱねたのが田中さんでした。 それにしても、あれだけ反日を旗印にしていた男が、いざ、わが身が危なくなったら日本に泣きついてくる。・・・厚顔としか言えませんよね。
菅沼 そんなものですよ。大に事くのが彼らなんだから。
P.104~113
菅沼 まあ、それくらいの神経でないと政治家なんて務まらないよ。
—色を好むというのは、まあ、伊藤博文の時代から。
菅沼 政治家が骨抜きになるのもわからんでもない。容姿はむろんのこと、相手の趣味趣向に合わせて話ができる、日本語もペラペラで、それなりの知的水準の女性が送り込まれてくるわけだから。大平(正芳)さんなんて金鍾泌とー緒にいてやられちゃったわけだ。
—大平•金密談、ありましたね。「無償供与三億ドル、政府借款ニ億ドル、商業借款ニ億ドル」という具体的な金額までメモに残されている。・・・そういうことだったんですか。あの朴訥でお堅いイメージの大平さんまで。
菅沼 太平さんは金鍾泌といるときは、たいがい女の子も一緒だった。椎名悦三郎さんも妓生好きだったしね。
日韓条約で竹島の問題もそうですが、全部やられているんだから。アメリカがラスク書簡で「竹島は韓国領土になったことはない」と韓国に回答を出しているのにもかかわらず、日韓基本条約では「解決しないことをもって解決とす」などという、実に曖昧な着地の仕方をした。これはひとえに(韓国の立場からすれば)妓生のお陰ということになる。金鍾泌や李厚洛の対日工作の勝利だね。
じつは日韓併合を英断と分かっていた韓国政府
—当時の国会資料を見ますと、日韓基本条約に最後まで猛反対していたのが日本社会党です。竹島問題が解決していないのに、国交など結べるかという、もっともな理由ですが、ならば、いまの社民党が竹島問題に熱心かといえば、そうではない。福島瑞穂さんなんか「教科書に竹島問題を記載する是非については慎重であるべきだ」なんてことをしかも当の韓国で言っている。もっとも、自民党にしてもいま言ったような密約をしてしまったのだから大きなことは言えませんけれど。そもそも韓国が密約を守るわけがない。こういう玉虫色の解釈というのは、将来に禍根を残しますね。
菅沼 最後の段階で佐藤栄作首相が、締結にもっていったんです。実は佐藤内閣も盤石ではなかった。まだ河野一郎や岸さんもいた。彼らを反対に回すとまた話が進まない。ある部分では慎重に、ある部分は周到に。韓国側もそれは見透かしていただろうし。それで、結局領土問題は置いておいて、請求権とかおカネの問題だけになっちゃった。
—当時まだ、漁師さんは抑留されたままでしたね。釜山の外国人収容所というところに入れられて、劣悪な環境や看守の横暴で、本当に苦労されたといいます。実際に抑留された漁師さんの手記を読みました。
菅沼 そうです。韓国側は漁民を少しずつ返したり返さなかったり。日韓交渉がこじれると(帰国を)留め置きされたり、また新たに船が拿捕されたりね。
——要するに、交渉の道具にされていたわけですね。あと、北朝鮮への帰還事業(一九五九年〜)が始まると、嫌がらせのように拘留が伸びたと、これも手記に書かれていました。
菅沼 結局、日韓基本条約と同時に日韓漁業協定が何となく結ばれただけ。排他的経済水域(EEZ)なんて守られたためしはありませんよ。未だに海では韓国漁船に好きにやられている。
日韓基本条約は最終的に椎名外務大臣の男気で決まったと言われているが、確かにああいうタィプの政治家でないと動かなかったのも事実です。細かいこととよりも度胸と気風の良さで切り抜けるタイプと いえます。
——大野伴睦の急逝で韓国側との交渉がなくなり、 さて、というところで外務大臣に抜擢されたのが椎名さんでした。(一九六四年七月)。彼の気質を見込んでの人事だったと言われています。ときを同じくして韓国では大統領秘書室長出身の李東元が外相就任。ここで一気に仕切り直しという感じですね。
李氏は外相就任を打診された際、朴大統領に「私に第二の李完用になれというわけですね。わかりました。お国のためです」と言ったという話が残っています。李完用はいうまでもなく日韓併合に調印した大韓帝国の首相で、現在の韓国では国賊と教科書に記されている人物です。つまり、自分は後世、売国奴と呼ばれるかも知れないけれど、国を救う道はこれしかない、と。朴大統領と李東元外相の心意気が伝わってくるエピソードだと思います。
菅沼 そこは認めてあげるべきですね。とにかく、韓国側も必死だった。
——逆に言えば、朴正熙も李東元も、李完用の英断(日韓併合)こそが、当時の朝鮮を救ったという事実をわかっていたということです。李完用は終生、日本語を話さず、日本人の役人と会話するときは英語で通した、それほど民族意識の強い人でした。彼が売国奴であるはずがない。現在、李完用の墓はもちろん、彼の息子の墓も暴かれて残っていないそうです。墓を暴くというのは、儒教社会において最高の辱めですが、李東元は自分の死後 同じ仕打ちを受けることを覚悟でこの大任を引き受けたということです。
菅沼 韓国でも、そういった、私欲を捨てた政治家がいるということです。それこそ李完用のようにね。
事実ではなく「そうであるべきだ」が韓国の歴史認識
—さて、六四年といいますと、日本はちょうど東京オリンピック(十月開催)を控えてお祭りムード、その直後に佐藤内閣が発足(十一月)で、同年暮に、第七次交渉が再開し、 翌年(六五年)二月、椎名さんがソウルに飛んで仮調印と。とんとん拍子に運んでいますね。
菅沼 その席で椎名さん、あなたが先言ったように「(併合を)申し訳なく思い深く反省する」なんて言ってしまったんだから。上手く言わされたのだろうけど。
—村山談話、河野談話は一日にしてならず、ですね。結局、こういうことの積み重ねが 土下座外交につながっている。戦後七十年の安倍談話にしても、それらを全否定することはできなかったわけです。日本人は、一度謝れば終わりだと考えるけど、韓国人は相手が謝ってから始まるんですね。どんどんと付け入ってくる。
菅沼 それとね、もうひとつ付け加えるなら、韓国では「そうあるべきだ」が歴史なんですよ。たとえば韓国の女性が日本の男に体を許すなんてことはあるべきではない、したがって、韓国の女性が日本人に売春なんてするはずがないと、こうなる。にもかかわらず慰安婦にされたのは強制されたからに違いない、いや、強制されたに決まっているんだと。 韓国から見れば日本のような蛮族、夷狄に誇り高いわが民族の女性が肌を許すはずはないということです。
併合前のことです。開国したばかりの朝鮮に釜山に日本の事務所ができたときに、大飢饉で日本人に女性が身を売って三日ほど生きながらえたということがあった。そしてそのときに日本人に身を売った女はすべて死刑になっているんです。要するに朝鮮の婦人がケダモノのごとき倭奴に身をゆだねることはあってはならないと。実際日本人の男と交わったら死刑という法律があったんです。しかしそのとき死刑にされた女性がなんと言ったかというと「三日間でも生き延びられて幸せだった」。これがなければ三日前に餓死していたと。こういう話があるんです。
—その話は何かで読んだことがあります。日本人蔑視、これこそが民族差別ですよね。
菅沼 日本人と寝ることは罪とされた。強制されたということで初めて罪が許されるのです。むしろ(強制されたと証言した)慰安婦は受難者で聖女なんですよ。
—興味深いデータがあります。一方、日韓併合時代、朝鮮総督府は内鮮一体のスローガンのもと、内地人と半島人の結婚を推進しましたが、内地人男性と半島人女性のカップルよりも半島人男性と内地人女性のカップルのほうが圧倒的で、一対二の割合だったそうです。
菅沼 だからわれわれは、証拠をつきつけて真実の歴史をきちんと見せなくてはならない。ところが日本人は特質としてあまりおこがましく自己主張をすることをよしとしない。遠慮するとか思いやるとかが日本の美徳、ところがそれを韓国は付け込んでくるんです。
「秘苑」—民団の迎賓館と呼ばれた妓生八ウス
—ところで、日本にも高級妓生ハウスがありましたよね。韓国の要人やCIAの幹部と日本の政治家が密談する場所であることは公然の秘密とされ、駐日韓国大使館の「迎賓館」などと呼ばれていたようです。
有名なところでは、町井久之(鄭建永)の銀座「秘苑」、湯島「秘苑」(旧「城園」)があります。先ほどから名前が出てくる金鍾泌や李厚洛といった人も日本に来るたびにここに寄っていたようです。
菅沼 他にもいろいろありましたよ。新宿(「錦龍閣」)とか芝高輪(「梨光苑」)、六本木とかにもね。大阪には「徳寿宮」、「万寿台」という大きな料亭があった。
—「秘苑」がオープンした当時(一九六六年)、国会(二月の衆議院予算委員会)で社会党の戸叶里子議員が「韓国政府発行の外交官のパスポートで妓生が入国しているとスッパ抜いて大騒ぎになりました。また、自民党の議員、特に青嵐会の連中が「秘苑」で怪しげな接待を受けているとも追及されています。
菅沼 別に間違っていないんじゃない。外交官のようなものでしょ、国の命令で来ているんだから(笑)。当時はいまと違って、そんなに簡単に日本に来れなかった。妓生を管轄していたのはどこか? KCIAです。いうならば、妓生はKCIAのエージエントだ。在日ヤクザも民団もすベてKCIAにつながっているのです。当然、自民党の議員ともつながっている。いや、つながっていた、というほうが正しい。
—ああ、自民党も当然、黙認と。当時は日本の球団に所属していた韓国人選手(白仁天) も軍人の待遇で人国していたそうですからね。なぜかというと、向うには兵役がある。兵役を免除するために、駐日大使館付きの軍人が余暇を利用して野球をしているという建前らしいのです。お膳立てを整えていたのはKCIAでしょうね。そのような内容の報告も 読んだことがある。この選手、帰国後、なんと姦通罪で逮捕されるというおまけがついた。 韓国では姦通罪がなくなったのはつい最近(二○一五年二月)のことだというのも驚きでした。
P.120~121
店の名前こそ明らかにしていないが、梧珍庵であろうことは推測できる。KCIAが営業証を発行し、女性たちに観光客向けの売春業をさせ、その上がりの一部を巻き上げているというのである。彼女たちはいわば準公務員の売春婦となる。この国家売春の総元締めが朴槿恵の父上、朴正熙大韓民国大統領だったのだ。
《KCIAは、こうして半ば公然と売春を営業しているのだが これは一方では、李厚洛の組織された情報収集の手段としても利用された。KCIAは女性たちを外貨獲得の愛国行為と励ましながら、日本観光客や訪韓した日本の有カ者の動きをつかむ手段としていたのである。》(文明子)
閨のできごとはすべて李厚洛に筒抜けということか。こうして弱みを握られた日本の政治家や財界人はどれほどの数に及ぶだろう。評論家の中保与作氏はある週刊誌のコメントで、ソウルの清雲閣という 有名な妓生ハウスで、大野伴睦や伊藤忠の重役たちが金鍾泌と遊んでいるのを目撃したと語っている。
しかし、妓生がらみのスキャンダルでなんといっても衝撃的だったのは、一九七〇年(昭和四十五年)三月に起こった鄭仁淑殺害事件であることに異論はあるまい。事件というのは、妓生ハウス仙雲閣の売れっ子妓生・鄭仁淑(本名•鄭金枝)が実兄の運転する車で漢江沿いの麻浦区付近を高速道路を移動中、 物陰から出てきた“何者か”に狙撃され死亡するという(実兄の証言)ショッキングなものだった。
鄭は女優上がりの美貌で政財界にも広く知られた存在だったという。もっとも妓生といいながらも、 舞踊や楽器の素養に関しては怪しい限りで、いわゆる枕営業専門だったらしい。とはいえ、彼女のお相手は政府高官や財閥の子弟といったVIPクラスばかりであり、さらには日本やアメリカの政治家も彼女の密戯の虜になったともっぱらの噂だったという。いうならば、韓国のデュ•バリー夫人である。
実は彼女、独身でありながら、事件の三年前に父親不明の男児を出産していた。その子の父親を巡っては、彼女自身が朴正熙大統領であることをほのめかしていたともいわれ、また、丁一権首相から養育費とも思われる手当が毎月払われており、彼が父親でないかという説も濃厚だった。さらには李厚洛や朴鐘圭とも関係があったことも明らかになっている。そもそも、朴大統領に彼女をあてがったのは朴鐘圭だったという。
どちらにしろ、事件時、彼女が乗っていたコロナのナンバーが、政府高官用のものナンバーだったことからも、単なる高級コールガール以上の地位にあったのは確かだった。同時に彼女と長男の存在は常に朴政権中枢の頭痛の種だったのは理解できよう。「私が一言いえば大使のクビくらいすぐにすげ替え ることができる」と豪語していたという証言もある。
そのためか、一時期、朴鐘圭によって母子が東京に処払いされていたこともあった。東京での彼女の生活の面倒を見たのが朴鐘圭のヒョンニム、町井久之だったという。
P.142~143
—佐野さんの紹介で柳川さんと会われたのですか?
菅沼いや違う。朴正熙の死後、KCIAが力を失って、代わりに駐日韓国大使館の武官室に保安司令部からから要員が派遣されてきた。その武官室のあまり偉くない武官補佐官が着任のあいさつにきて、その後何度か酒を飲んでいるうちに柳川さんに会わないかということで、赤坂の韓国クラブで紹介されたんです。柳川さんとはその場ですっかり打ち解けてね、いましたような話をいろいろしてくれました。
その後、柳川次郎が和歌山の病院で亡くなったとき(一九九一年十ニ月)には、焼香に行きたかったんたけどね、立場上まずいだろうということで行けなかった。そのころです。 武官室の補佐官から、「菅沼さん、本部からNo.2と3がアメリカ経出で日本に来ることに なっているので会ってくれませんか」と言われて、熱海の伊豆山の有名な旅館に出かけた。 そこで会津小鉄の高山さんと初めて会った。柳川さんの跡継ぎとして宜しくお願いしますと。日本にいる韓国系のヤクザというのは韓国政府というよりも情報機関と関係している人が多いんですよ。
—ヤクザを通して日本の情報も向こうへ行っているということですか。
菅沼 そうです。北朝鮮(総連)と闘うばかりではなくて、政界のスキャンダルとかなんとかいろいろあるでしょう、そういうことを彼らはよく知っていた。だって自分たちが情報を提供したりしているんだから。それは全部韓国の情報機関がつかんでいる。だからこそ日本の政界に影響力も行使できる。場合によっては情報機関を通じてカネもくる。



