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『低迷に喘ぐ中国経済は「10月信用危機」を切り抜けられるか』(5/21Money Voice 斎藤満)について

5/22ZAKZAKで大前研一氏は「安倍首相はオバマの広島訪問の代わりに真珠湾訪問をしたらとライス補佐官が言ったらしいが、行ってはいけない。行って謝罪しなければ米人の大部分は怒る」とのこと。大前氏はグローバリストで小生の考えと合わないときが多いですが、この件については賛成します。ヘタをすると日米同盟を危殆に瀕するような状態を作り出しかねません。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160522/dms1605220830003-n1.htm

スーザン・ライス補佐官は2013年に中国とのG2を認めた発言をしたことで有名です。オバマの立場を反映しただけか、金に転んだのかは分かりませんが。こういう利敵行為をする人物の甘言に乗せられて、道を誤ってはならないと思います。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2100S_R21C13A1EB1000/

中国の数字は何時も言っていますように、デタラメで信用できません。都合の良い話は大きく、都合の悪い話は小さく数字を発表します。企業の財務諸表も少なくとも3種類あるようにいい加減です。こんなものを信用して投資すれば痛い目に遭います。そろそろ日本企業も覚悟しなければ。暴発の備えをキチンとしておかないと。

中国の債務の問題は中国政府のプロパガンダを真に受けない人達の間では共有されています。

http://blogos.com/article/155459/

http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20151211/ecn1512111550002-n1.htm

http://melma.com/backnumber_45206_6345224/

ただ、オバマが中国の困窮に手を差し伸べるのではという気がします。軍事力を行使せず、敵を叩き潰す良いチャンスなのに。レーガンはSDIで経済的にソ連を追い込み、崩壊させました。偉大な大統領と優柔不断な大統領の差では。AIIBにADBが協調融資するなんて腑抜けのやる事。いくら米国債の多くを中国に握られているにしても。

記事

中国政府は自ら経済のL字型回復、長期低迷を予想していますが、裏を返せばいよいよ手詰まり感が強まったようです。先週末に発表された銀行関連の二つの数字がこれを示唆しています。商業銀行の不良債権の増加と、新規貸し出しの大幅減の二つです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる) 1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2016年5月16日号を抜粋・再構成したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に無料のお試し購読をどうぞ。

総債務はGDPの300%、国際機関も中国の信用急拡大を警戒

国内商業銀行の不良債権が急増

中国銀行監督管理委員会は、今年3月末における国内商業銀行の不良債権が1兆4000億元と、11年ぶりの高水準になったと発表しました。貸出残高全体に占める不良債権比率は1.75%になり、昨年末の1.67%からさらに上昇しました。

さらに、これとは別に不良債権になるリスクのある融資が3兆2000億元と、融資全体の4%を超え、すでに不良債権とされる1兆4000億元と合わせると「問題債権」は4兆6000億元に上ります。これは昨年末と比べて4280億元の増加となります。

【関連】チャイナ・リスクに備えよ~中国不動産バブル崩壊で世界はどうなる?=栫井駿介

しかも、多くのアナリストは、現実の不良債権は、公表データよりもはるかに大きいと言います。一部の銀行ではそもそも不良債権の状況を全く掌握していないと言い、また多くの銀行で、不良債権を隠すために簿外融資を行っている、と言います。

一方で新規融資は急減

もう一つの数字は、4月になって新規の人民元建て融資が5556億元と、前月の1兆3700億元から急減したことです。市場は9000億元を予想していたので、これも大きく下回りました。3月は景気対策の一環で地方政府の資金調達による投資が増えたのですが、これが一巡して反落した形になっています。

この結果、貸出残高の伸びも14.4%増と、市場が予想した14.8%増を下回りました。そしてマネーサプライM2の伸びも、市場の予想13.5%増を下回る12.8%増となりました。

中国では財政政策と金融政策の区別がありません。景気対策など経済対策で資金が必要な時には、通常国有銀行からの借り入れで賄われます。地方政府には従来地方債の発行が認められなかったため、融資平台などからの「裏借入」が増え、問題になったためこれを規制し、地方債発行での肩代わりを認めましたが、最近はまた融資平台からの調達が増えています。

官民合わせた総債務が、米国機関の試算ではGDPの300%にも及ぶとされ、国際機関も中国の信用の急拡大に警告を発しています。

「ゾンビ企業」淘汰で起こる大量失業

そして中国は今回、構造改革の一環として、存続の見込みがない「ゾンビ企業」の整理淘汰を進める方針を打ち出しました。その過程で、石炭、鉄鋼でのゾンビ企業整理だけで180万人もの失業者が出ると言われます。

このゾンビ企業の整理淘汰によって、そこに貸し付けていた資金の回収ができなくなるうえに、大量の失業者対策に資金が必要になり、これがまた生産性の低い融資に頼らざるを得なくなります。

このため、構造改革がなかなか進まず何年もかかる間に中国経済の非効率化、弱体化が進むリスクがあり、それがまた不良債権を高める悪循環となります。

銀行融資に頼る中国の経済対策ではどうしても銀行への負担が大きくなります。市場原理が働かず、政府の裁量で融資が拡大してきただけに、これが行き詰まっても「膿」が出ないまま、矛盾を抱え込む形になっています。

そこへ政府が人民元の国際化を急いだために、IMFから規制緩和、西側の規制、ルール適用を求められるようになりました。

この秋が危ない中国経済

今年の10月以降、人民元がSDR(IMFの通貨引き出し権)の構成通貨に組み入れられますが、これに伴って中国は資本や為替の自由化を進めることになります。これは中国の金融制度に対しても、西側のルール、規制が適用される方向となります。

つまり、不良債権の定義から、銀行の自己資本規制に至るまで、BIS(国際決済銀行)の規制に縛られるようになります。

このルールをいきなり適用すれば、中国の銀行は資本不足で行き詰まるところが多いはずで、その前に融資の抑制、不良債権処理を進めるにしても銀行への負担が大きくなります。

この秋に向けて、中国が西側ルールに適用しようとすれば、それが結果的に銀行の不安定化、信用不安につながるリスクがあります。

中進国の段階ですでに過大な債務問題を抱え込み、経済が行き詰まる時期に、中国は人民元の国際化を急いでしまい、背伸びしたツケが銀行圧迫という形で現れることになります。

この秋には、これが信用不安を引き起こして中国経済を危機に陥れるリスクが高まる可能性があります。IMF、米国が目をつぶってルール適用の先送りを認めてくれるかどうか。

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『若き研究者は偽りの買春逮捕の末に殺されたのか “冤罪”と戦う遺族に中国公安警察の厚い壁』(5/20日経ビジネスオンライン 北村豊)について

5/20藤岡信勝氏のFacebookには熊本地震で一旦消えかかった衆参同日選の話が永田町を駆け巡っているとのこと。6/1解散、7/10投票とのことです。衆院の数は自民党も民進党も世論調査を実施して、両結果とも自民党は290(現290)を越え、民進党は100~110(現72)の数字になるとのこと(意味するところは、維新の21議席が吸収されるから(反日)民進党はそんなに増えるという事ではないです)。ですが、5/22日経によると参院選で「野党、全一人区で(候補者)統一へ」とあり、これを分断するためには同日選の方が小生は良いと考えています。衆院選にもプラスになるのでは。消費税増税凍結は衆院解散して民意を問うのが王道です。ついでに都知事選になるかもしれません。公明党は舛添のようなのを都知事にしてしまったのだから、製造物責任で早く辞任するようにしないと。候補は自民党or「こころ」から出すのが良いでしょう。

本記事は如何に中国社会が腐っているかという事です。共産党が支配する国では何でもありです。勿論他の独裁国家でもですが。日本の左翼は日本を中国のような社会にしたいと思っているのでしょうか?違うというのであれば今度の参院選で共産党と手を握るのをどう説明するのでしょう。左翼・反日政党に投票すると後々痛い目に遭います。

雷洋は無実の罪で警察に殺されたとしか思えません。筆者の見立てでは、買春の客が少なかったため、デッチアゲで彼を客に仕立てようとしたが、反抗したので殺したとのこと。中国の役人は警察以外でも傍若無人です。権限外でも好き勝手なことをします。中国人自身が自浄能力を発揮しなければと思いますが、「百年河清を俟つ」ことになるかも。賄賂が当たり前の何千年という腐敗社会の歴史ですので。

記事

“雷洋”は29歳、1987年に湖南省北部の“常徳市”に属する“澧(れい)県”で生まれた。生まれ故郷の澧県は常住人口78万人(2015年末)だが、生活保護者が6万人以上もいる辺鄙で貧困な地域である。その澧県出身の雷洋は2005年に優秀な成績で“全国高等院校招生統一考試(略称:“高考”:全国統一大学入試)”を突破して北京市にある“中国人民大学”へ入学した。大学で環境学を専攻した雷洋は、2009年に大学院へ進学し、2012年に“碩士(修士)”課程を抜群の成績で修了して修士号を得た。

 修士となった雷洋は大学院を去り、“中国循環経済協会”に就職した。彼は中国環境経済と循環経済領域の専門家として、多数の工業団地計画、生態文明計画、汚染物処理計画、循環経済計画の立案作業に参加すると同時に、中国で最も著名な環境保護関連の三大期刊誌、『環境保護』、『環境科学』、『環境工程』に論文を発表し、中国の環境保護事業にとって得難き俊才として将来を嘱望されるようになった。

 一方、私生活では、2013年5月7日に雷洋は“呉文萃”と結婚した。2人は故郷、澧県の高校“澧県第一中学”でクラスは違ったが同学年であり、呉文萃も2005年の“高考”を突破して北京市の大学へ入学していた。今年(2016年)は彼ら2人が知り合ってから14年目であり、4月24日には待望の女の子が誕生し、雷洋は父親となった。正に雷洋の人生は公私にわたり全てが順風満帆と思われた。しかし、「人生、一寸先は闇」の言葉通り、雷洋と呉文萃の夫婦にとって3回目の結婚記念日当日の5月7日に、予期せぬ不幸が雷洋を襲ったのだった。メディアが報じた事件の経緯を取りまとめると以下の通り。

3回目の結婚記念日が暗転

【1】5月7日は土曜日の休日で、雷洋は昼間ずっと家にいた。この日は夫婦にとって3回目の結婚記念日であったが、雷洋は23時30分に北京首都国際空港へ到着する飛行機で故郷の澧県から生後2週間の娘を見るためにやってくる雷洋の祖母、義妹、兄嫁の3人を出迎える予定だった。20時30分頃、一緒に住んでいる義父(呉文萃の父親)がいつまでもスマホ(iPhone)で遊んでいる雷洋を見かねて、空港へ出発しなくて良いのかと促したが、雷洋は「急がなくても、21時出発で十分間に合います」と答え、依然としてスマホに興じていた。それからしばらくして、雷洋は義父に「これから地下鉄で首都空港へ向かいます。空港で3人を出迎えたら、3人と一緒にタクシーで家へ戻ります」と告げて、21時前に北京市“昌平区霍営”にある“天鑫家園”団地の自宅を出発した。

【2】予定通り23時30分着の飛行機で北京首都国際空港へ到着した3人は、出迎えに来ているはずの雷洋を探したが見当たらなかった。遅れているのかもしれないとしばらく待ったが、雷洋は現れなかったので、呉文萃に電話を掛けて雷洋がいないことを伝えた3人はタクシーで雷洋の家へ向かった。3人が雷洋の家に到着しても、雷洋からの電話はなく、彼らは何度も雷洋のスマホに電話を入れたが全く応答はなかった。日付が変わった8日の午前1時頃、ようやく雷洋のスマホに応答があり、“東小口派出所”の警官と名乗る人物が電話口に出た。警官は雷洋に事故が起こったので、急いで東小口派出所へ来るよう要求したのだった。

【3】雷洋の身に何があったのか、心配した家族が慌てて派出所へ駆けつけると、そこで告げられたのは雷洋が死亡したという衝撃的な事実だった。警官は家族を警察車両で自宅まで送ってくれたが、その道すがら、雷洋が付近の“足療店(足裏マッサージ店)”で買春した容疑で逮捕され、激しく抵抗した上に、連行途中で車から飛び降り、再度捕捉された後に体の変調を来して心臓病で死亡したと経緯を語ったのだった。早朝4時30分、家族は警官に付き添われて“昌平区中西医結合医院”へ出向き、雷洋の遺体と対面した。遺体の頭部と腕には明らかなうっ血が見られたが、警察側は激しい抵抗と車から飛び降りたことによるものと説明した。

買春逮捕に疑問、冤罪・暴行を疑う声

【4】中国人民大学の修士であり、中国の環境保護分野で将来を嘱望されていた若手のホープが、自宅近くの足裏マッサージ店で買春した容疑で逮捕され、激しく抵抗した末に体の不調により死亡した。この「若きエリート研究者が買春した末に死亡」というニュースは世間を驚かせたが、家族や友人を含む雷洋の人となりを知る人々からは疑問が提起された。事件当日は3回目の結婚記念日であり、しかも23時30分には北京首都国際空港で祖母を含む3人の親類を出迎えなければならない人が、自宅に近い足療店で買春をするなどということが考えられようかというのである。雷洋の誠実な人間性から考えて、2週間前に一児の父となったばかりで、買春をすることなど絶対に考えられない。これは何かの間違いであり、雷洋は警察に因縁を付けられて抵抗したために暴行を受けて殺されたのではないのか。ネット上には警察側の暴力行為を疑う旨の書き込みが殺到した。

【5】こうした疑問に答えるかのように、5月9日夜、“北京市公安局昌平分局”は同分局の公式ブログに雷洋事件の経緯説明を発表したが、その内容は以下の通り。

 5月7日20時頃、昌平警察は昌平区霍営の某住宅団地内にある“足療店(足裏マッサージ店)”で売春が行われていると通報があった。これを受けて、警察側は法に基づく捜査活動を展開した。当日夜、当該足療店で売春・買春の容疑で6人を逮捕した。このうち“雷某”(男、29歳、北京市在住)は買春の容疑で逮捕されたが、連行して取り調べようとしたところ頑強に抵抗し逃亡を図ったので、警官は法に基づく強制拘束措置を採った。しかし、取調べのために公安機関へ連行する途中で、当人が突然体の不調を示したため、速やかに医院へ搬送して応急手当を行ったが効果なく死亡した。昌平公安分局はこの状況をすでに検察機関へ通報済みである。“昌平区人民検察院”はすでに本件に介入し、調査・監督業務を展開している。目下、今回組織売春に関与した容疑で逮捕した他の5人は昌平警察により法に基づく刑事強制措置を採られており、警察側は依然として取調べを続行している。

【6】5月9日の発表では市民の疑念を払拭(ふっしょく)できないと考えた北京市公安局昌平分局は5月11日午前1時44分に事件に関する続報を発表した。その内容は以下のとおり。

疑念払拭に警察が「続報」

<買春を行った男性が取調べ中に突然死亡した件に関する続報>

 5月7日20時頃、昌平警察は霍営にある某団地内の足療店で売春・買春が行われているという手がかりに基づき、私服の警官を配備して捜査を展開した。21時14分、警官が当該足療店から出て来た雷某(男、29歳、近所の住人)を発見し、即座に職務尋問を行い、身分証明書の提示を求めた。雷某は逃亡を図り、激しく反抗する間に警官を噛んで負傷させ、警官が所持していたビデオカメラを叩き落として破損させたが、取り押さえられて車に乗せられた。

 車の走行中に、警官の隙を突いた雷某は後部座席から前列の助手席へ移動し、運転手を脅して停車させ、車のドアを開けて逃亡したが捕捉された。雷某は激しく抵抗したため、逃亡を防ぐため、警官は法に基づき雷某に手錠を掛け、21時45分に車に乗せた。取り調べのために連行する途中で、雷某の体が不調を示し、その状況が異常であったことから、警官が雷某を直ちに付近の“昌平区中西医結合医院”へ搬送し、22時5分に到着して緊急の応急手当を行った。雷某は応急手当の甲斐もなく、22時55分に死亡した。

 当夜、警官は足療店で、“朱某”(男、33歳、黒竜江省籍)、“兪某”(女、38歳、安徽省籍)、“才某”(女、26歳、青海省籍)、“劉某”(女、36歳、四川省籍)、“張某”(女、25歳、雲南省籍)の5人を違法犯罪の容疑で逮捕した。取調べと法に基づく現場検証により、雷某が同足療店内で買春を行って200元(約3400円)を支払ったことを実証した。現在、上記の5人は昌平警察によって法に基づく強制措置を採られている。雷某の死因を究明するため、家族の同意を得た後、第三者に委託し、検察機関の監督の下で検死を行う予定である。

【7】この発表を受けて、メディアは一斉に動き始め、事件当日に自宅を出た後の雷洋の足取りを検証した結果、足療店付近の目撃者から以下の証言が確認された:

 5月7日21時頃、昌平区霍営の某住宅団地内にある“足療店”は2台の警察車両と十数人の警官によって包囲されていた。そのうちに、手入れが始まったらしく、“足療店”内から大きな物音が聞こえ、その後で“足療店”から少し離れた場所からも叫び声が聞こえて来た。それは身長170cm位の若い男が3人の男たちと言い争っている声だった。若い男は周囲の人々に向かって「助けてくれ」と叫んでいたが、最後には3人に押さえ込まれ、黒色の車両に乗せられようとした。これを見て、ある者は110番へ通報したし、またある者は3人に何者かと尋ねたが、彼らは「自分たちは“便衣(私服警官)”だ」と答えた。通報を受けて付近の派出所から急行した警官が3人の身分証を確認したところ、彼らは確かに私服警官であった。

【8】一方、メディアは家族から聴取した事を根拠に次のような疑問を提起した。

遺族から4つの疑問

(1)雷洋は毎週のようにサッカーをしており、健康そのものだった。それがなぜ突然体の変調を来して死亡したのか。彼には心臓病の病歴もなかった。

(2)家族が雷洋の遺体と対面を許された時間は5~6分に過ぎず、遺体には白布が掛けられていた。このため、遺体の一部分しか見れなかったが、頭部と腕に明らかなうっ血があったほかは、さほどの外傷は認められなかった。逮捕しようとする警官と激しく揉み合ったり、車から飛び降りたのであれば、多数の外傷があってしかるべきだが、それはなぜか。

(3)雷洋は搬送されて22時5分に医院へ到着し、22時55分に死亡が確認された。いずれの時点でも速やかに家族へ連絡を入れるべきである。にもかかわらず、家族が8日1時頃に東小口派出所の警官が雷洋のスマホで応答するまで、警察側が雷洋の死を連絡しなかったのはなぜか。家族が雷洋の死亡を知るまでには2時間以上が経過していた。

(4)雷洋の遺品となったスマホには通信記録は残っていたが、なぜか位置情報の記録だけが削除されていた。位置情報記録の削除は故意に行われたものと思われるが、一体誰が何の目的で行ったのか。

【7】警察側は、雷洋が足療店で200元を支払って買春した証拠として押収した使用済みコンドームから雷洋のDNAを検出したと述べている。しかし、雷洋が自宅を出たのが20時45分から21時の間として、警察側が発表したように雷洋が足療院を出たのが21時14分なら、買春するには時間が短すぎることになる。現場付近の監視カメラの映像によれば、雷洋が自宅のある天鑫家園を出たのが21時きっかり、問題の足療店付近に到達したのが21時4分過ぎで、雷洋が3人の私服警官と揉み合いになったのが21時17分であった。ということは、雷洋は21時5分頃に足療店へ入り、いわゆる「本番」をして21時14分に足療店を出たことになり、所要時間はわずか9分しかない。誰が考えても雷洋が買春を行ったとは思えない。

【9】官製メディアの人民日報は、5月11日付で北京市公安局昌平分局の関係責任者3人に取材して、この事件の疑問点を質した記事を掲載したが、その答は以下の通りだった。

(1)雷洋がビデオカメラを破壊したために、現場状況の記録はない。 (2)雷洋は車から飛び降りたのではなく、停車させた車から正常に降りたので外傷はない。

(3)手錠を掛けた後の雷洋は反抗もせず、話もしなかった。しかし、様子がおかしいと気づいて医院へ搬送したもので、雷洋に暴行を行った可能性はない。

(4)家族への連絡が遅れたのは、雷洋が抵抗した際に所持品が四散し、スマホを見つけるのに手間取ったことによる。iPhoneはパスワードを入力しないと使えないので、位置情報記録を削除したことはない。

(5)雷洋が買春したことは現場で押収したコンドームのDNA鑑定から明白である。なおかつ、雷洋は逮捕された際の尋問に、“大保健(本番)”を行い、200元を支払ったと供述している。

人民日報の報道は、正に「死人に口なし」という言葉がぴったりの内容で、警察側の言い分に正当性を与えたものだった。雷洋の家族が委託し、検察院が承認した第三者による雷洋の検死は、5月13日に北京市公安局の法医検査鑑定センターで北京市検察院と法医学専門家の立ち会いの下に始まり、遺体解剖に続いて病理検査などが行われ、翌14日の早朝に完了した。この検死結果は20日後に公表されることになっている。20日後は6月3日になるとはずだが、どのような結果が公表されるのか。中国政府“公安部”や北京市公安局の影響を受けない正当な検死結果が発表されることを期待したいが、果たしてどうなるのか。

疑念晴れず、事件続々

 検死結果に私服警官による暴行の痕跡が認められれば、雷洋の「買春した末に死亡した」という汚名が晴れる可能性はあるが、言われなき汚名を着せられたままでは雷洋は浮かばれまい。筆者が見る限りでは、足療店を張り込んではみたものの、客が入らないために空振りになると考えた私服警官が、たまたま通りかかった雷洋を買春容疑者に仕立てようとしたものと思われる。ところが、雷洋が思いの外激しく抵抗したため、外傷ができないように暴力を加えて逮捕したが、暴行の度合が激しすぎたために雷洋の体調が急変して死に至ったのだろう。

 なお、5月16日、雷洋の妻の呉文萃は“北京市人民検察院”に対して北京市公安局昌平分局の雷洋買春事件に関与した警官を故意による傷害致死罪、職権濫用罪および証拠ねつ造幇助罪で告発した。

 北京市では5月9日に世論を沸騰させた“魏則西事件”<注>の調査結果が発表されたことで、市民生活はようやく落ち着きを取り戻すかと思えたが、続いて発生したのは雷洋事件だった。これらのゆゆしき事件が続発するのは、中国社会に矛盾が蔓延しているからであり、中国社会が変調を来していることの証と言えるのではないだろうか。

<注>魏則西事件については、2016年5月13日付の本リポート「21歳の辞世ブログが暴いた中国医療の暗部」参照。

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5/19日経ビジネスオンライン 水野忠彦『習近平の指導力低下は、日本にとってマイナス 東京大学教授 高原明生氏に聞く』、中島恵『新文化の担い手になりつつある「80后」 「反日的」とも言われたが…』について

習近平=独裁者と思っている人間にとって、「彼の指導力低下は、日本にとってマイナス」という表題は刺激的過ぎます。プーチンにも同じことを言えるのかなあ?東大教授と言うのはアカが多いので、共産党支配を崇め奉り、人権抑圧の部分が見えなくなっていると思います。こういう先生に教わり、真面目に勉強すれば片端な人間ができあがるのではと心配になります。

長い間の反日教育(袁世凱時代から)と指桑馬槐のお蔭で誰が主席になっても反日は止められません。米国と戦争をして中国が勝てば、凱旋将軍として反日を止めさすことはできるでしょうけど、その場合、反日ではなく日本を属国にするでしょうから、関係なくなります。毛沢東は日本軍との戦争を避け、逃げ回ったことを「長征」と言い換え、朝鮮戦争では国民党の残党を「屍を乗り越え」させ、その戦争に功のあった彭徳懐を廬山会議での上申を逆恨みし文化大革命で拷問死も同然の扱いをさせました。毛が中華人民共和国の建国の父として天安門に大きな額が掲げられているのですから、中国人のレベルが知れるでしょう。鄧小平も中越戦争に敗れたにも拘わらず、国内向けには勝ったことにしていました。強い独裁者の存在が日本にとってプラスになるという論理が理解できません。毛にしても鄧にしても権力闘争で対立相手を粛清してきました。反日と言う蜜の味を覚えた中国人がそれを手放すはずがありません。

独裁者の定義の問題ですが、高原氏は「地方が言うことを聞かないから習は独裁者でない」と言いますが、中国人は「上に政策あれば下に対策あり」で下の人間は自分の不利益を知恵で回避してきた歴史があります。中国の歴代政権は独裁でないのかと言いたい。中央集権や群雄割拠の時代もありましたが、民主主義とは縁遠い歴史しか持ち得ていません。共産党一党独裁と言うではないですか。戦前の日本を軍部独裁と言うのであれば、それ以上に国民に自由を認めない政治体制を、「習は独裁者でない」という事で共産党のイメージを和らげる効果を与えるのはどうかと思います。勿論、東条英機は独裁者ではありませんし、戦前日本が独裁国家であったわけではありません。

中島氏の記事では、「80后」は愛国教育のお蔭で反日が刷り込まれていると思ったが、そうでなかったとのこと。毛沢東の閉鎖社会の時代から鄧小平の改革開放の時代で、いまや海外に旅行や留学に行く時代になっていますから、見分を広め、共産党が正しいことを言っている訳ではないというのを肌で感じ取れるようになってきているのかも。でもこれも今まで経済がうまく行っていた余裕があったからでしょう。借金をすることで短期間に経済成長してきましたが、それだけでは必ず行き詰まります。借金は必ず返さなければなりません。どこから返すかというと売り上げを上げて、利益の中から返すことになります。政府であれば税金を上げてとなります。中国は借金して、不動産投資でGDPを上げてきましたが、実需がなく鬼城になっている所も多いです。資本主義国ではハゲタカが安く買って、再生して売却するという手もありますが、中国はそんなノウハウはありません。米国のハゲタカの手には渡さないでしょう。結局、札を増刷する(=インフレ)ことしか手はありません。国民生活が苦しくなり、それが革命を齎すかもしれません。共産党は内部矛盾を反日で乗り切ろうとするのでは。大陸にいる日本人は早めの帰国を勧めます。

水野忠彦記事

尖閣諸島の問題から、最近の中国による南シナ海での人工島造成まで日中間の関係改善を阻む壁は多い。日本から見ると中国の最高権力者、習近平は中国をどんな国にしたいのかも疑問だ。習近平は何を考えているのか。今後の日中関係はどうあるべきか。中国政治研究の第一人者である東京大学の高原明生教授に話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス、水野孝彦)

2014年から日中関係は改善を始めた

—現在の日中関係は日中国交正常化以後の歴史の中で見ると、最悪期にあたるのでしょうか?

Akio Takahara

高原 明生(たかはら・あきお)氏 東京大学法学部教授 1981年東京大学法学部卒業、1983年サセックス大学開発問題研究所修士課程修了、1988年サセックス大学開発問題研究所博士課程修了などを経て、2000年立教大学法学部教授。2005年東京大学法学部教授。専門分野は現代中国の政治、東アジアの国際関係

高原:日中国交正常化以後の日中関係は70年代、80年代は良好でしたが、90年代から下り坂となり、2010年以降からガラガラッと関係が悪化しました。ただ、2014年から関係改善の兆しが見えてきました。理由としては4つあります。

 まず、安全保障の面です。2014年5月、6月と続けざまに日中の軍用機のニアミス事件が起きました。本当に衝突していれば、対立はエスカレートせざるを得ませんから、危機管理のメカニズムを実用化する必要があると中国も理解しました。

 次に中国経済の減速が明らかになる中で、日本との経済的なつながりの大切さを中国の指導層も再認識したということが挙げられます。

 そして3つ目は、国際関係という面では南シナ海での米中の対立などで、米との新型大国関係が滞っています。対米関係悪化の局面で欧州やアジア諸国との関係改善を図るというのが、中国の歴史的なパターンです。いま進めているのは「一帯一路」(「シルクロード経済ベルト」を意味する「一帯」、「21世紀海上シルクロード」を意味する「一路」)という経済圏構想ですね。そうした外交路線の転換の一環として日本との関係改善を図っていると考えられます。

 最後に中国国内政治です。中国にとって対日関係の改善は強いリーダーしか取り組むことができない課題です。反日宣伝キャンペーンのおかげで、日本に理解を示すことは政治的に正しくない行為となっており、容易に政敵の批判を受けるからです。その意味では習近平総書記の力が強まったことで関係改善が進んだと言えます。

 ただし、今後も楽観はできません。経済の減速が進めば、ナショナリズムで中国共産党や国民をまとめようとする可能性があり、東シナ海の尖閣諸島近海に送り込んでくる船を増やすなどの形で、日中の対立をあおる可能性も否定できません。社会が動揺している時期は、どこの国の世論も揮発性が高く、中国もそれにあたります。不必要な摩擦が生じることを避けるよう、日中両国の要人は言動に注意すべきでしょう。

 日本と中国のお互いに対する認識ギャップは大きく、日本人は最近の日中の緊張関係を全部、中国が悪いと考えていますが、中国人はみんな日本が悪いと思っています。こうしたギャップを縮める努力が必要です。

—中国の世論は、中国共産党や官製メディアにコントロールされているのではないのですか。

高原:中国共産党が国を導くという基本原則があり、官製メディアの世論へのリーダーシップも強いです。ただ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも世論を動かす力はあり、だからこそ、共産党はインターネットの管理に力を入れているのです。お互いの相互作用で中国全体の世論と言いますか、「社会の雰囲気」が形成されています。

 実際のところ、中国の政治家はSNS上の世論をかなり気にしています。地方の幹部がニュースに出ていたときに高級時計をしていたといった書き込みで、本当に失脚することもあるほどです。もちろん、中央のトップについての批判やパナマ文書関連は厳しく検閲されているので、その限りではありません。

Tian an men

習近平にとって大切なのは中国共産党の支配が続くこと

習近平は独裁者ではない

—そもそも最高権力者である中国共産党の習近平総書記は、中国をどうしたいのでしょうか?

高原:はっきりしませんね。経済的、政治的な改革をする「右」方向に行きたいのか、毛沢東時代をほうふつとさせる「左」方向に進みたいのか、もちろん中国にとって望ましいのは、国有企業の寡占体制を打破し、富の分配制度を改革することです。その2つを実現するための政治改革も必要です。これは前首相の温家宝時代から言われていたことで、現在の財政部長(日本の財務大臣に相当)も所得税の累進税率の強化や不動産税の徴収強化を主張していますが、既得権益を奪うようなことは政治的に難しいです。

 ちなみに、遺産税(日本の相続税に相当)は税目としては存在するのですが、実際には徴収されていません。さらに、大金持ちだけが相続税の徴収に反対するかと言えば、そうでもないのです。家やクルマをやっと手に入れたのに手放すのは嫌だという市民も多いというのが現実です。

 習近平自身については二つの見方があります。一つは政治改革を本当はしたいが、その前に抵抗勢力を打ち払って二期目で政治改革に取り組むという説です。もう一つは政治改革に興味はないというもので、私は現時点では後者だと思っています。

 彼にとって大切なのは中国共産党の支配が続くことです。政治改革に興味はないと感じます。海外の第三者から見ると、中国共産党が絶対的な権力を手放す方が、長い目で見て国家や社会が安定すると思うのですが、当事者はそう考えられない。中国のことわざには「虎にまたがったら降りられない(騎虎の勢)」という言葉があります。背に乗り続けていないと食われてしまうという意味ですが、権力を手に入れた以上、それを維持するしかないということです。

 反腐敗の取り締まりが続くことで、地方の幹部が萎縮してやる気を失い、経済への悪影響が懸念されていることは、習近平も認めるところです。習近平は幹部たちの不作為を批判しているのですが、彼は独裁者ではない。地方の幹部たちは面従腹背で言うことを聞きません。

 自分で何でもコントロールしようとし過ぎたことで習近平への反発は強まっています。2月19日に新華社や人民日報といった三大メディアを回って、「メディアの姓は党」であり、「党の喉と舌」として党中央の意向をきちんと伝えることを要求しました。

 それに対しては、強い反発を世論の側から受けました。特に反腐敗の取り締まりを進める王岐山の友人で経営者の任志強氏が痛烈に批判し注目を集めました。官製メディアからはその任志強氏への批判が始まりましたが、騒動の最中、中央規律検査委員会は「千人の諾諾は一士の諤諤に如かず」(千人の服従は、一人の直言に及ばない)と題した記事をホームページに掲げました。そして任志強氏への批判がやんだことで、習近平が妥協を強いられたと格好の話題になりました。

 また、「習近平同志を中核(中国語で核心)とする党中央」というフレーズを使うことがいくつかの地方指導者から始まり、誰がその表現を使うか多くの人々が固唾をのんで見守っていたのですが、中央政界の人のほとんどは呼応せず、キャンペーンは頓挫してしまいました。これは習近平の威信に打撃を与え、潮目が変わってきたと感じます。

 3月4日には官製メディアの1つに習近平同志への公開書状が公開され、数時間後には取り下げられたのですが、不景気や外交上の孤立化、メディア統制や権力の独占など諸方面の習近平の失政を並べ立て、その辞職を勧告する内容で、政治的に高いレベルでの抗争があることを示唆するものでした。

 少なくとも2015年までの様に政敵を次々に倒していた頃と、習近平を取り巻く環境は違います。来年開催される5年に1度の中国共産党の党大会に向けて、いよいよ熾烈な戦いが始まったということです。党大会では7人の政治局常務委員のうち、5人が交代する可能性があり、そこに誰が入るのか。構図としては、「習近平の支持者たち」と、反発する元総書記の江沢民や前総書記の胡錦濤につらなる人々を含めた「その他の勢力」との対決です。

中国の政治が今後も安定していると思う人は少数派

—習近平総書記の力が落ちることは日本にとってプラスですか、マイナスですか?

高原:習近平の力が落ちるのは現時点では日本にとってマイナスだと考えます。習近平は対日関係改善に踏み切り、2014年、2015年にそれぞれ1回ずつ日中首脳会談を実施しています。そのほかにも複数回、日中関係の改善を訴える良い演説をしてきました。

 例えば、2015年5月23日、自民党の二階俊博総務会長が3000人以上の旅行業関係者を連れて中国を訪問した際に演説し、「みなさんを通じて多くの日本の方々に心からのご挨拶と祝福の意を申し上げます」「歴史のわい曲は中国人も日本人も許しません。日本国民も戦争の被害者であり一緒に平和を築いていかなければなりません」といった趣旨の演説をして、人民日報の1面に大きく掲載されました。ただ、日本のあるテレビ局はそのニュースのキャプションで「歴史のわい曲許さず」とだけ強調していて残念でしたが…。

—これからの日本と中国はどうなると思いますか?

高原:2014年に中国を訪問し、様々な人の話を聞いたのですが、中国の政治や経済がこれから先も安定していると思っている人は少数派です。何がどうなるかは分からないが、大きな変動がこれからあると多くの人は思っています。

 中国では党が認めた宗教については信教の自由が認められていますが、非公認のものも含め、キリスト教や仏教の信者が増えています。これも将来への不安の表れではないでしょうか。ちなみに布教の自由はありません。

 たとえ経済成長率が3~4%に落ちたとしても、相当大きなマーケットが毎年、新たに生まれると考えられますが、経済成長率が4%にまで落ち込んだ時に中国が政治的、社会的に安定を維持できるのかは、注意深く観察していく必要があると思います。北京や上海を見ているだけでは、中国の実態は分かりません。もっとお互いをよく知る努力が必要で、中国からたくさんの観光客が訪れていることはその意味で、素晴らしいことです。

 できれば、さらに影響力のあるブロガーを含めた両国の知識人がお互いの国を訪ねて交流したり、多くの青少年がお互いの国でホームステイをしたりすることも大事です。特にお互いの国の政治家の家にホームステイできれば、より良いでしょう。そして、自衛隊と人民解放軍の交流も大事です。認識ギャップが危険なまでに拡大している現在、相手の部隊を訪問したり、艦艇交流をしたりすることで、相互理解を深めることが非常に重要です。

中島恵記事

中国の変化は日本の何倍のスピードだろうかと思うほど速い。1年前に見かけた自動販売機は日本のような最新式のものに取って変わり、ショッピングセンターも行くたびに変わる。風景や建物だけでなく、人々やソフトの内容まで変化している。環境の変化に対応するだけでフラフラになるほどだ。

 だが、従来の変化はほとんどが経済的なものが中心だった。これまで中国は経済の発達スピードに比べて、文化の発達スピードは遅いと言われてきた。経済最優先で、文化の充実は後回しにしてきたからだ。マナーや道徳などの面も同様で、それが各国から中国が揶揄されるひとつの材料になってきたが、ここへきて、文化レベルの向上が見られるようになってきた。先日、中国各地を自分の足で歩いてみた実感だ。

 新文化の担い手となっているのは、かつて80后(バーリンホー、1980年代生まれ)と呼ばれ、メディアを賑わせた世代の人々だ。日本でいう「新人類」のように注目された世代だけに、記憶に残っている人は多いだろう。一人っ子でわがまま、権利意識が強く、愛国主義の影響で一部では反日的だとも評された世代(現在27~36歳)である。

 そんな「貧しさを知らない中国のボリューム世代」である80后(バーリンホー)が、いよいよ中国文化をけん引していく時代に入ってきているのではないか、と感じたのだ。

まずくて薄くて高いコーヒーが…

 たとえば、カフェ文化の担い手だ。中国のコーヒーといえば「まずい、薄い」、そして最近では「日本より高い」が当たり前だった。中国料理にコーヒーはマッチしないからなのか、東アジアの中で、コーヒー文化のレベルは日本だけが突出して高く、比較的早く経済発展し始めた香港や台湾などでさえ、コーヒーの味はイマイチだと感じることが多かった。だが、最近は事情が変わってきた。香港や台湾にもないような、日本のカフェを模した洗練度の高いカフェが、次々と中国に出現しているのだ。それらを経営しているのはいずれも80后の若手中国人たちだ。

「おいしいコーヒーを淹れるだけでなく、植物をたくさん置くことで、お客様にリラックスしていただける空間を目指しています」

 はにかみながらこう笑顔で語るのは、杭州でカフェを経営する80代前半の女性経営者2人。そのうち一人は以前テレビ局でアナウンサーとして働いていたが「自分でお店をやってみたくて」独学でカフェ経営を学び、昨年この店をオープンさせたという。広々とした店内には、たくさんの観葉植物や、京都までわざわざ行って仕入れてきたという雑貨や本などが飾ってあり、まるでどこかのドラマのセットかモデルルームかと錯覚するほど。植物には値段がついており、50元(900円)、100元(1800円)と安くはないが、インテリアになりそうなおしゃれな植木鉢に植えられており、思わず、ここが日本国内だったら買って帰りたいと思ってしまった。

cafe in Hangzhou

杭州にあるカフェ

 「杭州にはカフェやレストラン、手作りの雑貨や家具などを扱う専門店が集積する一角がある」と中国人の友人に連れられて出かけたのだが、まさに、ここがそのカフェだった。ほかにも数軒のカフェを訪れたが、経営者はすべて30代、店員は20代だった。

 友人によると、彼らはわざわざ“コーヒー先進国”日本まで出かけ、カフェをはしごして店の内装などを研究。新鮮な豆の仕入れ方や豆のひき方、ドリップの仕方など、カフェに必要な要素を学んでいるという。道理で、日本のカフェにいるのと遜色ない。

select shop in Hangzhou

杭州にあるセレクトショップ

「本土ブランド」も人気

 専門的な店といえば、上海の旧フランス租界、富民路という雰囲気のいい通りには中国ブランドを集めたセレクトショップがいくつも出現している。衣服、アクセサリー、小物などファッションに関するブランドは、2~3年前から地元のファッション誌などで「本土品牌」(ベントゥーピンパイ)と呼ばれるようになった。中国人(地元)のデザイナーによるオリジナルのブランド(品牌)だ。セレクトショップには20前後のブランドが置いてあり、有名になりつつある新進のデザイナーの作品も含まれているが、彼らもほとんどが80后だった。

今回の取材旅行中、私はセレクトショップを訪れることができなかったのだが、偶然、飛行機の機内誌を読んでいたとき、行ってみたいと思っていたショップの特集が目に留まった。

 それによると、ファッションデザイナーのひとりは1983年生まれの33歳。ファッションを学ぶためにニューヨークのファッション工科大学に留学。イタリアでも修業を積んだあと、地元上海に戻り、2013年に自らのブランドを立ち上げたという。インタビューには「留学中はニューヨークが世界の中心だと思っていたが、上海に戻ってみると、それぞれの場所に、それぞれの面白さがあることを知った」と書いてあり、気負ったところはない。とくに中国色を打ち出した中国的なデザインというわけではなく、どこかコスモポリタン的なデザインだ。

 この記事を読んでいて、私ははたと気がついた。今回の中国取材中、アトランダムに30人ほどの中国人にインタビューしたのだが、考えてみれば、カフェやホテルの経営者、デザイナー、大学教師など、取材相手の多くが30代の80后だったのだ。中国の平均年齢は日本より10歳ほど若く約30歳。だから、30代の中国人に出会う機会が多いのは、考えてみれば当たり前で、不思議なことではないのかもしれない。中国のボリューム世代であり、日本でいえば「団塊ジュニア」前後の働き盛りに当たるからだ。

中国には珍しい体験型の宿泊施設

 だが、とくに感じたのは、デザイン性が高く、創造性に優れ、従来中国になかった新文化などをリードしているのが80后という特徴があるのではないか、と思ったのだ。

 杭州で出会ったホテル経営者も、前述のデザイナーと同じく33歳だった。彼も以前はデザインの仕事をしていたが、農村にある古い民家を活用できないかと考え、それまで中国にあまりなかった民家を改装したプチホテルの経営に乗り出した。1泊1000元(約1万8000円)ほどだが、都会で疲れた同世代(30代)以上の夫婦や家族連れがSNS(交流サイト)で情報を拡散し、密かな人気となっている。都会の人にとっては珍しい野菜の収穫体験や魚釣りなどが目玉で、従来中国にはなかったタイプの宿泊施設だ。彼は「自分と同世代の中国人は仕事のプレッシャーに追われている。リラックスできる場を提供したいと思った」と、ホテルをオープンする経緯について話してくれた。

 このホテル経営者の事務所を訪ねたとき、仲間のひとりだというグラフィック・デザイナーにも出会った。彼は1982年生まれの34歳。江西省の田舎の出身だ。幼い頃から絵を描いたり粘土をこねたりするのが好きで、早くから美術の道を志した。一人っ子だが、両親は「何でもやりたいことをやらせてくれた」(同デザイナー)という。

 上海の大学で専門的に美術を学び、デザイン会社を経て、現在は独立してデザイナーとして活躍している。いくつかのオブジェや革小物、文房具のようなものを見せてもらったが、センスがよく、素材にこだわった手触りのよい作品が多かった。そのデザイナーは「日本のグラフィック・デザイナーの大治将典さんの作品が好きなんです」と語っていた。デザインに優雅さがあり、東洋的な雰囲気を感じるからだそうだ。どうしても見たい美術展や個展がある場合は、わざわざ飛行機に飛び乗って、日本に出かけるとも話していた。

 私が出会った80后に共通しているのは、自由な発想と創造力、そして柔軟性を持っているという点だ。さらにいうならば、自然な形で隣国・日本の文化を受け入れ、真似ごとではなく、自分たち流にアレンジできているという点だろう。どちらも、それまでの中国人にはなかった特徴と傾向だ。

 中国の教育は、よく知られている通り「詰め込み式」のスパルタ教育である。中国の中学・高校には、日本と同じようなクラブ活動はほとんど存在しない上に、中国では勉強でいちばんになることが最善とされてきた。むろん、受験競争も厳しく、ボリューム世代である彼らは勉強漬けの毎日を送らざるを得なかった。だから、彼らの中で優秀な人は、勉強はできるかもしれないが、独自性とか発想力はあまりないのではないか、と私は思ってきた。

 ところが、じっくり話を聞いてみると、必ずしもそうではないようだ。もちろん、大多数の中国人の価値観は今も勉強一辺倒だが、それ以外の価値観も徐々に許されるようになってきている。最近の10代の若者にはとくにそれが顕著だが、その先駆けとなっている第一世代が、1980年以降に生まれた彼らなのではないかと思うのだ。

前述のグラフィック・デザイナーは「両親の時代は貧しく、勉強したくてもできない世代だった。学校の勉強も大事だが、私の両親の場合は私の意志や希望を尊重してくれた。美術をやりたいなら、とことんやってみなさい、と背中を押してくれた」と話していた。

 ホテル経営者も、ホテルの開業資金の一部を父親が捻出してくれたといい、文化大革命時代に青春を送った両親が「自分たちにはできないことだからこそ、息子や娘にさせてあげたい……」という。中国の親が子供に欧米への留学を薦めるのも、かつての中国ではどんなに優秀でも出国することは困難だったからだろう。つい十数年前までは、中国人に生まれたがゆえにできないという、日本人には想像できないほど不自由なことが多かったのだ。

 彼らが生まれたのは中国の改革・解放(1979年)の翌年以降だ。中国がようやく世界に向けて足並みを揃えようと第一歩を踏み出した頃だ。彼らが小学校に入るくらいの頃からは生活も豊かになり始め、習い事などもかなり自由にさせてもらえるようになった。

 34歳のグラフィック・デザイナーはいう。

 「中国はこの100年間、世界に相当な遅れを取ってきたけれど、この20年ほどは猛スピードで追い上げてきた。そこで歪みも生まれたかもしれないが、いいこともあった。私たちの世代が幸福なのは、インターネットの発達によって、昔の作品や外国の情報など、中国にいながらにして、かなりのものを見たり読んだりできることです。ネット上には何でもありますから。そこには時差もなければ国籍もない。私たちは自分たちが生まれる以前の中国のことも、世界のことも、日本人が想像している以上によく知っているんですよ」

80后に与えた日本の影響

 私が中国の微信(中国版line)でよく見ているものに、「一条」というサイトがある。上海画報という雑誌が作ったウェブメディアで、国内外のライフスタイルやトレンドを紹介しており、中国では約5000万人がフォロ―しているのだが、そこにも最先端と思われるファッションや、外国人が撮影した昔の中国の貴重な映像などが紹介されていて勉強になることが多い。微信から流れてくる情報を見ているだけで、膨大な知識を得ることができる。

 「それに、中国人にとって、日本の影響は非常に大きいです。すぐそばにある世界の最強国であり、同じ東洋の文化を共有しているのですから。幼い頃から見てきた日本のアニメや、小説、ドラマが私たち80后の生き方や創造性に強い影響を与えていることは間違いないと思いますね」

 これまでの取材でもずっと感じてきたことだが、80后世代は、その前の70后(70年代生まれ)、60后(60年代生まれ)と大きく異なり、日本に対するアレルギーや固定概念がほとんどない。以前は愛国教育の強い影響を受けていると思われてきたが、彼らと話していると、それを感じることはほとんどない。また、すぐそばにある“できすぎた国”、日本の影響を受けることによって、一時期は中国にパクリ文化がまん延したが、それを80后たちは「恥ずかしい。やめてほしい」と感じるようになり、最近では、日本のものをそのまま受け入れたり、自分たち流にアレンジしたり、再創造できるまでになってきた。一定の時間を経て、独自の想像力を持てるようになったり、視野を広げる余裕ができたのだ。

 2012年、私は『中国人エリートは日本人をこう見る』という新書の中で、80后の女性作家であり女優の田原さん(芸名)を紹介したことがある。2011年に北京で彼女に会ったとき、有名な商業施設である三里屯(サンリートン)の建築は日本人の隈研吾氏であると指摘し、「彼らは、とくに日本風のデザインを用いているわけではないのに、日本的なカラーやスタンスをちゃんと持っている」と話していた。同時に「中国では1966年から約10年間続いた文革によって、文化に大きな断層がある。北京の街を見渡してみても、高層ビルが立ち並ぶだけで、中国的な伝統文化が感じられない」と嘆いていたが、あれからわずか数年で、彼女たちの世代は大きく変わってきたのではないかと思う。

 中国を代表するような建築物やファッションなどはまだ中国人の間から生まれていないが、もし生まれるとしたら、きっとこの80后世代からではないかと思う。

 5年前の取材のとき、田さんに「10年後、あなたたちの世代が中国の中心になったとき、中国はどうあるべきだと思いますか?」という漠然とした問いかけをしてみたことがある。そのとき彼女は「自分たちの文化を持つこと。いや、取り戻すこと、というべきなのかな」と答えてくれたが、あと5年で、その時期を迎える。中国に新文化が花開く日は近い、と私は思っている。

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5/18日経ビジネスオンライン 福島香織『中国は「亜文革」時代に突入した 50年前の「文革」と違うこと、変わらぬこと』について

「五十六朶花」をネットで調べると下記の写真が出てきました。全然垢抜けしていません。北朝鮮と何ら変わりません。所詮自由のない国のイベントです。プロレタリア芸術(芸術ではなくプロパガンダと呼んだ方が正確でしょうけど)とは底が浅いものです。

56 flowers in China

本記事の下の写真は50年前の文革の様子でしょう。今時「毛沢東語録」を翳す人はいないでしょうから。ただあの当時中国にカラーフィルムがあったのかと吃驚しましたが。

文革時代は親子であっても毛沢東思想を優先し、親が外れた行動をした場合、党に密告することを奨励していました。林彪事件もそうでした。人倫に悖る行為です。独裁国家だからできるのであって、こういう国を理想と思っている左翼の脳の中を見て見たいものです。座標軸が大きく狂っているとしか言いようがありません。

中国は歴史上いつでも権力闘争をしてきました。習と王岐山、習と李克強と敵は沢山います。また、軍の中にも利権にあずかれない不満分子は沢山います。習の暗殺orクーデターもあるかもしれません。日本は米豪印台+ASEANで中国共産党の崩壊に備えなければ。

記事

cultural revolution in Chna

50年前の「文化大革命」と何が違い、何が変わらないのか(写真:Paolo KOCH/RAPHO/アフロ)

 先日の5月16日は文化大革命が開始された、俗に言う5・16通知が政治局会議で可決した日である。この日をもって文化革命小組が改めて組織され、文化大革命という名の大衆を巻き込んだ権力闘争が開始された。ちょうど50年前のことである。

 ところで、この50年前の出来事が、過ぎた歴史事件として笑い飛ばせない状況である。2014年10月に文芸工作座談会が行われて以来、習近平夫人の元軍属歌姫・彭麗媛が芸能界を牛耳るようになると、文化・芸能を通じた政治宣伝が活発化した。

 とくに習近平の個人崇拝的なものが目立ちはじめ、たとえば今年の春節(旧正月)の大晦日に行われた中国版紅白歌合戦と称される「春節聯歓晩会」などは、もとは庶民の年末の娯楽番組に過ぎなかったのに、あからさまな習近平礼賛色番組になってしまった。

 また有名な革命劇「白毛女」が彼女の演出で2015年、3D歌劇として復活上映されると、「紅頭文件(党内部通知文書)」で党幹部たち全員が見るように通達されたりもした。中国の一部知識層の間では2014年秋以降を、プチ文革(亜文革)、彭麗媛の江青(毛沢東夫人、文革を主導した一人)化などとささやかれている。

 なので、5月2日に人民大会堂で行われた「五十六朶花」(56フラワーズ)という純国産少女アイドルグループによる“文革コンサート”も、習近平と彭麗媛の仕掛けるプチ文革現象の一端かと思った。だが、どうやら、もう少し複雑な背景がありそうである。

元軍属歌姫と、56フラワーズと

 このコンサートの演出、選曲はすべて、文革時代を彷彿とさせるようなものだった。紅衛兵が毛沢東を礼賛するように少女たちが右手を掲げて、「社会主義好!」や「共産党が無ければ新中国はない」といった革命楽曲、「大海航行は舵手に任せよ」といった文革楽曲、果てには習近平総書記に捧げる「肉まん屋」「あなたを何とお呼びすればよいのか」といった楽曲を毛沢東のイラストや習近平の映るニュース映像などをバックに映し出した舞台でオーケストラに合わせて合唱し、踊ったのだから。

 このグループ自体は、日本発のAKB48や、AKBをプロデュースした秋元康が手掛けた中国人少女アイドルグループSHN48などに対抗して、文化部傘下の東方文化芸術院宣伝部に属する民間芸能グループとして発足。解放軍芸術学院や中央民族大学付属高校などから16歳~23歳、身長175センチの少女50人以上を集めた世界最大の少女アイドルユニットという。お披露目記者会見のニュースでその姿を初めてみたとき、私もラジオ番組などで話題に取り上げたが、なんともあか抜けず、もっさりした印象を持っている。ちなみにプロデューサーも、入団には顔やスタイル、セクシーさは必要ない、と語っている。

ただ、彼女たちが歌う曲は、デビュー当初から普通のアイドル楽曲ではない。日本の少女アイドルグループと共通するのはミニスカの制服に似た舞台衣装と恋愛禁止、無断外泊禁止のルールぐらいで、歌うのは五星紅旗やオリンピックスタジアムや空母遼寧の映像をバッグにした舞台での革命歌、毛沢東礼賛歌や、彭麗媛の往年のヒット曲「希望の田野の上で」などの、いわゆる共産党礼賛歌ばかりだ。新譜も恋愛やいまどきの少女の気持ちを歌ったものではなく、「習大大(習おじさん)がもし私の家に来たのなら」など習近平や党への賛歌や中国の国威発揚がテーマだ。

 一応、民間のグループ、ということになっているが、党の後ろ盾によって、党と国家の宣伝目的に生まれたグループなので、純粋な商業アイドルとは違う。

「文革再現」に非難殺到、主催団体は…

 発足当初から、そういう存在であることは周知のはずだったが今年5月2日の人民大会堂コンサートは非難が殺到した。たぶん、「大海航海は舵手に任せよ」といった紅衛兵たちの愛唱歌を紅衛兵そっくりな彼女たちが歌ったことが、文革時代の迫害の凄まじさを覚えている人たちの神経を逆なでたのだろう。

 この“文革コンサート”に対し声をあげて糾弾したのは、建国初期の労働相で元全国政治協商委員会・馬文瑞の娘、馬暁力だ。彼女は激怒して「この文革コンサートを誰がやらせたのか徹底調査すべきだ」と中央弁公庁主任の栗戦書に直接手紙を書いた。馬文瑞は習近平の父親の習仲勲と青年時代からの付き合いで陝甘寧辺区および中共中央西北区でともに戦った戦友。文革時期には二人とも厳しい迫害を受けた。

 とにかく、紅二代と呼ばれる革命家の娘自身が批判の声をあげたものだから、誰がこんな演出や選曲を考えたのか、と慌ててその責任のなすり合いが起きた。

 このコンサートは、中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室(社宣弁)、中国国際文化交流センター、中国共産主義青年団中央中華未来の星全国組織委員会、中国歌劇舞劇院が共催となっている。

 だが、中央宣伝部側は6日までに香港紙星島日報の取材に対し、社宣弁なんて組織は存在しない、そのようなコンサートに関知していない、と否定。中国歌劇舞劇院は6日、「“中央宣伝部社会主義核心価値宣伝教育弁公室”なるものは虚構で、ウソの情報を提供されてわが院の信用をだまし取られた」と声明を出した。同日、コンサート開催を批准した北京市西城区文化委員会は「コンサート開催を申請した時に決められていたのとは違う、虚構組織の社宣弁が主催団体に付け加えられていた」と発言。一方、56フラワーズ文工団の団長は、メディアに対して、社宣弁についての発言を拒否しつつ「演出に文革宣伝の意図はない」と訴えた。

本当に社宣弁という組織はないのか、というと存在の形跡はある。2015年12月29日に行われた「2016年名人名家迎新年聯歓会」を主催しており、中央政府機関や党委員会の幹部、書画家や著名な毛沢東役者、周恩来役者らが出席している、と中国の「捜狐」サイトにある。また2016年1月24日、「責任天下公益春晩」活動を主催し、新華社や光明ネットなどの公式メディアも宣伝に参加している。ただ、ネットに出回っている社宣弁の名前が付いた「紅頭文件」(党の通知文書)を見ると、社宣弁の所在地は、長安街のホテルになっており、そのホテルの従業員はその弁公室の存在を知らないという。

 そうした話を総合すると、いかにも中央宣伝部傘下の機関風の名前を騙った組織が何者かによって作られ、こうした文革式習近平個人崇拝宣伝を狙ったイベントを仕掛けている、という見方もできる。香港明報によれば中央宣伝部下の常設機関ではないが、確かに中央宣伝部管轄下にあるという証言もある。チケット代が最高2000元以上と高額なので、何者かがコネを利用した営利目的組織というセンもある。

「ほめ殺し」で逆襲

 だが、普通に考えれば、これは権力闘争の文脈で考える方が腑に落ちる。というのも、今年に入ってから中央宣伝部がらみの奇妙な事件が相次いでいるからだ。

 まず、2月19日に始まった習近平の「メディアの姓は党」キャンペーン、それを批判する王岐山の親友の不動産王、任志強に対するバッシング、王岐山の中央宣伝部に対するがさ入れとそれに伴う任志強バッシングの停止、俗にいう“十日文革”事件があった。

 これに関してはこのコラム「習近平は『十日文革』で“友達”を失った」で書いたとおり、習近平、王岐山、中央宣伝部の間の複雑な権力闘争が起きていると見られる。任志強は結局、一年の観察処分を受けて現在、その発言は封印されている。

香港のゴシップ誌『内幕』などは、中央宣伝部内部から得た情報をもとに、習近平の中央宣伝部支配に、劉雲山(政治局常務委員、思想宣伝担当)や中央宣伝部長の劉奇葆は抵抗しており、この二人を排除するために中央宣伝部の全面整理を行うつもりでいる、という。これに対し劉雲山、劉奇葆は習近平の個人崇拝キャンペーンに乗ると見せかけて、過剰に習近平を礼賛することで、習近平のブラックな独裁イメージを文革の記憶生々しい国民に印象づける「ほめ殺し」作戦に出ている、と分析している。

 こういう中央宣伝部の“陰謀”に気づいたので、もともと習近平が自分で気に入って流行らせた「習大大」(習ダディ)という愛称も急に使用禁止にしたのだという。4月に安徽省合肥市の視察先での知識人・労働模範・青年座談会、続く北京市でのネット安全と情報化工作座談会で、「知識人の意見に偏見があり正確でなくとも、言葉尻をとらえてプラカードを首から下げさせてはいけない」「国家政策に対する善意の批判は受け入れる」といった発言を繰り返したのも、中央宣伝部によるイメージダウンを回復するための発言とも考えられる。

独裁、個人崇拝に大衆踊らず

 だが、一部で流れているように習近平は、本当は「個人崇拝」など望んでいないのであり、あたかも江沢民派や劉雲山による高度な情報戦にはまって、独裁者のように仕立てられている、というのもにわかに信じがたい話だ。むしろ、そういう陰謀論があるようにふるまうことで、習近平のやり方に批判的な体制内知識人を煙にまこうとしている可能性もあるだろうし、政敵の劉雲山や劉奇葆を罠にはめて失脚させようという魂胆があるかもしれない。とにかく、中国人は日本人にはついていけないような複雑で高度な情報戦によって自分に有利な世論形成を行うことに慣れている。

 私の見立てでは、習近平はやはり独裁志向の強い人間で、自分の意志で、個人崇拝キャンペーンを進めていたのであろう、と考えている。当初は、メディアと記者コントロールを強化し、そのキャンペーンに動員し、大衆を巻き込んで支持を得て権力闘争を勝ち抜くつもりであった。最終的には香港・亜州週刊など一部で報じられているように、政治局常務委員会制度と定年制を廃止し、集団指導体制(寡頭独裁)から習近平独裁体制を打ち立てるつもりではないか。

だがある時点を境に、その個人崇拝キャンペーンに巻き込まれるはずの大衆がついてこなくなった。一つは経済の悪化により労働争議が頻発し、動労者といった基層民の習近平に対する支持がむしろ不満に変わってきた。習近平に漠然と「隠れ改革派」であることを期待していた知識人が、個人崇拝キャンペーンを見てついにその期待が叶わないことを悟りはじめた。習近平の盟友であったはずの王岐山も、さすがにうんざりしてきたので、「千人諾諾 不如一士諤諤」(千人がグダグダいうより直言の士の方がよい)と、習近平に批判を受け入れるよう諭す社説を中央規律検察委の機関紙に掲載したのではないだろうか。

 そこを、中央宣伝部に狙われて、任志強バッシングや習近平の引退勧告文「倒習文」がオフィシャルニュースサイトに掲載される、といった事件が続いたのではないか。

50年後の大衆動員式権力闘争の行方

 党中央は今年、いかなる文革に関するイベントも禁止することを通達しているので、この56フラワーズコンサートは、確かに規律違反と判断される可能性がある。すでに習近平の大番頭たる栗戦書が、中央宣伝部と文化部に真相の徹底調査を命じているという。だが、その調査結果によって、権力闘争の結果を知ることはできるが、真相は知ることができまい。

 50年前に発動された文革のように、若者の武闘、批闘も、リンチ、虐殺も起きていないが、文芸やメディアを使い、キャンペーンによるイメージ操作で、世論を味方につけたり敵に回したりして政敵を失脚させていく大衆動員式権力闘争が展開されている、という意味で、やはり今の中国は「亜文革」と呼ぶべき時代に来ているのではないかと思う。

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5/18日経『アジア安保 台湾が変数に』、日経電子版 中沢克二『習主席悩ます台湾「天然独」』について

5/20本日は蔡英文台湾民進党党首の総統就任の日です。Facebookの記事からApple Dailyの記事がありましたので紹介します。蔡総統は元総統の陳水扁氏を国主催の宴(パーテイ)に招待しましたが、陳氏は妻の収賄で服役、自宅療養をしていて、結論は医療団の判断によるというもの。

逮捕・収監は中国人の中国国民党の嫌がらせですが(中国人は収賄は当り前)、陳氏は中国人と同じレベルまで下げる必要はありませんでした。

Shuipian Chen

?‪#‎一個不要錢的擁抱阿扁勝過台灣魂千言萬語?保外就醫中的前總統陳水扁接獲蔡英文總統520國宴邀請函,昨引起能否參加爭議,不過今天陳致中又在臉書貼文,除感謝高雄市長陳菊受訪表示「邀請卸任總統出席國宴是很自然的事情」,也貼出今年6月4日凱達格蘭基金會將舉辦11周年阿扁總統感恩餐會,要寄送給陳菊的邀請函,邀請函上有大張陳水扁黑白照,顯示這場活動對陳水扁的重要性。事實上,昨陳水扁總統的醫療團隊就指出,與520國宴是蔡英文總統的主場,扁參加可能會有無法預期的壓力,下個月他一手創辦的凱達格蘭基金會,可説是阿扁總統的「主場」活動,若能親自出席面對眾多擁戴他的支持者,會對釋放他現有的創傷後壓力症候群更有幫助。

對是否參加凱達格蘭基金會周年感恩餐會,陳致中今受訪時説,「有關行程部分,作法上會由醫療團隊視醫療計劃來整體安排。」並強調醫療團隊都認為,「只要該活動的情境上有利於總統創傷壓力症候群等病情的恢復與治療,他們都贊成去參與。因為治療是全方位,不只是藥物,物理,復健,也包括社區互動,人際關係,情境治療等。」對台中監獄屢表反對意見,陳致中認為,「考量這件事情的點應該不是保外醫治的本身,因為醫療如何進行本來就應該尊重專業意見。」事實上現有法令也未規定保外就醫期間參加餐會等活動,會被取消保外資格。至於是否參加520國宴,陳致中説,今天稍晚與醫療團隊討論後才能決定。

Source ‪#‎蘋果日報

次はレコードチャイナの記事。

http://www.recordchina.co.jp/a138939.html 

中国の軍事膨張を許してきたのは間違いなくアメリカです。ソ連を敵と見て、敵の敵は味方とばかりに支援して「怪物」を作りました。経済を支援してきた日本も同罪です。中国は賄賂の配り方がスマートで、日米の政治家にはいろんな人に多額の金がばら撒かれていると思います。最たるものはキッシンジャーでしょう。ピルズベリーにも行っていたかも知れません。英国のオズボーンはハニーにかかったと小生は見ています。証拠はありませんが。証拠が残るようでは一流の工作とは言えません。橋龍やマードックの相手は二流なのでしょう。

蔡英文総統は「92共識(コンセンサス)」も「一中原則」も就任演説で認めることはないでしょう。「92共識(コンセンサス)」は国民党と中国共産党のでっち上げですし、「一中原則」は「一つの中国=中華人民共和国で台湾とは関係ない」というのであれば当然と言えば当然ですが、中国共産党と国民党の解釈は「中国は一つであることを認め、解釈は大陸、台湾それぞれがする」という、台湾は中国の一部という前提の代物。ルーツを辿れば、中国大陸から来た人は沢山いるでしょう。日本だって徐福伝説があるくらいですから。シンガポールの人口の8割は華僑です。彼らも中国の一部ですかと言いたい。フィリピンのドウテルテ新大統領も華僑の末裔です。何故中国と一緒にならないといけないのか理由が分かりません。それなら、チベットやウイグル、朝鮮族は違う民族なので領土は返すべきです。清国の版図は漢民族の版図と言うのも分かりにくい話です。当時「清国奴」(=清国の奴隷=漢人)で「チャンコロ」と言われていたくらいですから。

map of qin dynasty

これを見ますと、モンゴルもシベリアの一部も入っていますから、奪いに行く可能性もあります。まず人民を入植することから始めるでしょう。日本も外国人(特に中華・小中華)の安易な入国や民泊を許してはなりません。日本の官僚は危機意識が低すぎます。

「天然独」=台湾就是台湾、台湾不是中国と言うのが当たり前という意味です。228事件を引き起こした国民党(外省人=中国人)が台湾の政治の土着化を嫌うのであれば、大陸に帰れば良いでしょう。日本の在日も朝鮮半島に帰れば良い。住んでいる土地を愛することができない外国人は祖国に帰って貰った方が良い。

蔡総統は就任演説で「米日との連携」、経済だけでなく安全保障面でもと考えています。

日経記事

military force of China VS Taiwan

アジアの地政学地図にとって、台湾が新たな「変数」になりそうだ。8年間にわたり中国に融和的な路線をとってきたが、今月20日、独立を志向する民進党政権に代わるからだ。安全保障におよぼす影響を、日米がじっと注視している。

 米国防総省が毎年、発表している中国の軍事力に関する報告書。今月13日に公表した2016年版で、台湾の防衛力をめぐる記述が変わった。

 「中国軍の侵攻を抑えるため、台湾がこれまで確保してきた多くの優位性が揺らぎ、崩れようとしている」

 冒頭でまずこう警告し、中国軍の水陸両用作戦力がどれほど強まっているか、特集面を設けて解説した。

 この報告書はホワイトハウスも草案を精査し、承認したという。中台の軍事バランスが中国側に傾いていることを、米政権全体が危惧していることの表れだ。

 台湾は08年に発足した馬英九政権の下、対中融和を進めてきた。米国防総省によると、台湾の軍事予算はこの間、国内総生産(GDP)の約2%に下がり、中国との差は約14倍に広がった。

 台湾を自国の一部とみなす中国は、台湾海峡を「内海」にするねらいだ。それを許せば、東シナ海や南シナ海にも影響がおよぶ。中国の反発を浴びながら、台湾の防衛力をテコ入れしてきた米国は、いら立ちを深める。

 米国防総省の元高官は、米政府内の空気をこう明かす。「中国が軍拡しているのに、台湾は自助努力をしない。これでは助けようがない」

 3月下旬、日米台、東南アジアの識者らが集まった非公開のシンポジウムでも、台湾の安保に悲観的な分析が相次いだ。特に、衝撃的だったのが、中国のサイバー戦に関する報告だった。

 「中国は台湾専門の8つのサイバー部隊を設け、攻勢を強めている。台湾中枢部の情報もかなり、中国側に抜き取られている」

 こうしたなか、民進党の蔡英文・次期政権が20日に発足する。蔡氏は中台の安定した共存をめざしているが、馬政権とは異なり、中国と距離を置くとみられる。

 中国にのみ込まれないよう、軍事力の立て直しも急ぐ構えだ。蔡氏のブレーンは語る。「防衛予算をGDPの3%に増やす。国防産業の育成にも力を入れ、国産の潜水艦建造もめざす」

 台湾が本気でこれを実行すれば、アジアの地政学地図も変わる。複数の日本の安保担当者は、こんな分析を示す。

 台湾が対中融和の路線をとっていたため、中国軍は台湾海峡をまったく心配せず、東シナ海や南シナ海への進出に力を注げた。だが、台湾が防衛強化に動けば、こうした負の構図が改まる、という読みだ。

 「蔡政権」になれば、ぎくしゃくしてきた日台の雪解けも進みそうだ。対中融和の馬政権は従軍慰安婦など歴史問題で、日本に厳しかった。台湾も領有権を主張する尖閣諸島問題では、中国と共闘するのでは、という観測すら流れた。

 政権交代を控え、すでに民進党が多数派をしめる台湾の立法院(国会に相当)は今月6日、日本との交流を進める超党派議連を旗揚げした。蔡氏側近からは尖閣問題で、中国とは共闘しないとの声も聞かれる。

 もっとも、台湾が独立路線に傾けば、中国が猛反発し、アジアの緊張は一気に高まる。日本は台湾に対中けん制の役目は期待しても、紛争の種をまいてほしくはない。そこは米国も同じだ。

 米政府ブレーンによると、米国は蔡氏側近に対し、独立論をあおらず、「現状維持」に努めるよう、非公式なルートで働きかけている。

 蔡氏もこの点は分かっており、過激な独立路線には走らない意向という。ただ「民進党支持者の独立論をどこまで抑えられるかはわからない」(民進党幹部)。

 日本と目と鼻の先にある台湾の政権交代。これがアジアの安定につながるか、新たな「地雷」になるかは、蔡氏のかじ取りで変わる。

(編集委員 秋田浩之)

電子版記事

「習近平(中国国家)主席には、台湾問題は自分の得意分野だという自信があったのだろう。だからこそ油断が生まれ、うまくいかなかったのかもしれない」。中国共産党内から聞こえる声なき声である。

 習近平は、30代前半から40代後半にかけて16年以上も台湾の対岸にある福建省で政治家としての経験を積んだ。いわば第2の故郷である。最後は省のナンバー2である省長として台湾資本を福建省に引き入れる仕事を担った。

■習と台湾企業の深い関係

 その目標は遠大だ。中台統一への第一歩として、資金力とともに政治上の影響力を持つ「台商」(台湾の有力企業家ら)を福建省に招き入れる「統一戦線工作」である。その経験から、習は台湾問題には誰よりも詳しいと自負しているはずだ。

 証拠が手元に残っている。1999年、代理省長に就いたばかりの習は、福建省で日本経済新聞などのインタビューに応じた。まだ46歳の若さだった。当時は、台湾総統だった李登輝が中国と台湾に関して「特殊な国と国の関係」とする「二国論」を提起した直後。中台関係は大揺れだった。

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1999年、福建省で日本経済新聞などのインタビューに応じた当時の福建省長代理、習近平氏

 習はまず、李登輝について「でたらめばかり」と激しく非難した。一方で「台湾からの投資者は既に福建省に相当な基礎を作った。彼らは統一を信じており、逆流させることなどできない」と言い切った。

 今や、台湾経済は、世界第2位の経済大国になった中国にかなり依存している。中台融和へ道筋を付けるのに貢献したという自信があったからこそ、習は昨年11月、シンガポールで国民党の馬英九との歴史的な中台首脳会談にも踏み切った。

 周囲がお膳立てしたのではない。一部にあった慎重論を抑えて、習が自ら主導したトップ会談である。その効果は中国の期待を大きく裏切るものだった。上手の手から水が漏る――。これが習の心境だろう。

 「中国にすり寄り過ぎ」。台湾の人々が抱いた不安は、国民党離れを加速する。さらに、「天然独」と呼ばれる勢力を勢いづかせ、1月の総統選で中国と距離を置く民進党の蔡英文大勝をアシストする思わぬ結果になった。

 当然、中国共産党の内部でも批判が出た。通常、中国共産党は対外政策、台湾政策などでは「一枚岩」という姿勢をとる。万が一にも敵を利することのないように、である。しかし、それは当然、表向きの話だ。今回の場合、内部での声なき批判が、思わぬところで表に出てしまった。

それが、先にこのコラムで紹介した中国のインターネット新聞「無界新聞」を巡る事件だ。習に党と国家の職務から辞任するよう要求する檄文(げきぶん)が、ネット上に掲載されてしまったという前代未聞の大事件である。そこでは習の“罪状”として台湾政策の失敗まで挙げられている。

 「香港、マカオ、台湾問題の処理では、鄧小平同志の英明な『一国二制度』構想を尊重しなかったため、民進党が台湾の政権を得るのを許し、香港で独立勢力の台頭を招いた」

 痛いところを突いている。まさに党内の「開放派」「開明派」が抱いている不満である。かくも中国の権力闘争は激しい。集権に成功した習だったが、台湾問題でこんなに悩むことになるとは思いも寄らなかっただろう。

■威圧効かない「天然独」

 台湾政局のキーワードとなっている「天然独」とはなにか。生まれながらの独立派。台湾は自然に独立しており、改めて言う必要さえない、と考える若い世代を指す。年齢層としては、30歳未満が主流だ。2014年、経済面での中国への過度の依存に反対して、立法院(国会に相当)を占拠した「ひまわり学生運動」の主役らである。

 彼らは中国の武力行使を招きかねない「独立」を声高に叫ぶのではなく、台湾の現状を追認する。新思考の“穏健派”でもある。とはいえ生まれ育った台湾への愛着は強く、信念は固い。中国共産党は、はるかに遠い存在だ。

Cai yingwen

2015年10月の訪日時には蔡英文氏と安倍晋三首相の「密会」が取り沙汰された(自民党本部で)

 だからこそ、旧来型の発想しかない中国は対処に困っている。結局、「一つの中国」という共通認識を得たと中国が主張する「92年コンセンサス」を認めるよう新総統、蔡英文に迫るぐらいしか手がない。

 「認めないのなら、両岸(中台)関係は基礎が崩れ、地が動き、山が揺れる」

 習もかつてこう述べたことがある。台湾への武力行使まで臭わせる脅しだ。トップ自ら威圧の言葉を吐いたにもかかわらず、「天然独」への圧力にはならず、かえって逆効果だった。

 台湾政界では、既に「天然独」を直接のバックとする新政党「時代力量」が台頭している。先の立法委員(国会議員に相当)選挙では5議席を獲て、民進党、国民党に続く勢力に躍り出た。

 「今後の台湾政局のカギを握るのは、ひまわり学生運動を担った『天然独』世代の動きであり、その勢いを吸収し重要な存在になっているのは、黄國昌氏が率いる新政党『時代力量』だろう」

 台湾政治、中台関係に詳しい中央研究院(台湾総統府傘下の有力シンクタンク)の林泉忠は分析する。「天然独」は5月20日の蔡英文・新総統就任式の隠れた主役である。

今回の総統選で民進党躍進の原動力にもなった「天然独」が、今後の選挙でどんな行動をするのかは読めない。蔡英文も対中関係を考える際、「天然独」の動向を常に気にすることになる。

■「雨傘」と「ひまわり」の落差

 ここで問題となるのが香港の現状である。2014年、香港のトップを選ぶ直接選挙の手法を巡って盛り上がった学生中心の「雨傘運動」。それは中国によって事実上、潰された。台湾の「ひまわり学生運動」が既に政治的な力を得たのとは対照的だ。

Sunflower movement

中国との過度な接近を警戒する学生たちが立法院(国会に相当)を占拠した「ひまわり学生運動」(2014年4月6日、台北市)=AP

 その経緯をつぶさに見てきた台湾の「天然独」は、中国が台湾統一に向けて口にする「一国二制度」を信じるはずがない。中国の強権的なイメージが「天然独」の広がりを後押しするという皮肉な結果を生んでいる。これは今後の中台関係、そしてそれが跳ね返る形で米台関係にも影響する。

 「天然独」の存在は、日台関係にも無関係ではない。蔡英文は昨秋の訪日の際、あえて首相の安倍晋三との密会が流布されるような行動を取り、その故郷、山口県まで訪れた。安倍政権、日本との近さを演出する戦略は、先の台湾総統選でも一定の効果があった。

 現状を分析するなら「天然独」は、日本に比較的、よいイメージを抱いている。しかし、これから先もそうなのかは不明だ。

 台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープを買収するなど日台の経済関係は強まりつつある。経済を軸に日台関係を一段と進化させるには、日本も「天然独」の動向を注視する必要がある。(敬称略)

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