1/22日経ビジネスオンライン 高濱賛 『オバマ大統領がパリ行進に参加しなかった理由 「表現の自由」に制限はないのか?』記事について

フランスでのテロに続いてイスラム国による日本人人質の問題が発生し、日本におけるイスラム教のイメージが悪くなっているのではないかと思われます。彼らは宗教に名を借りた無法者です。どんな宗教であれ、悪い人間は出てきます。程度の問題と量の問題です。「シャルリエブド」については以前に数回コメントしました。本記事と小生の考えは殆ど一致しております。

イスラム国の人質で湯川さんは前に殺害されていて、今になってその映像を流したのではないかと考えています。後藤さんは母親のインタビューをTVで聞いていて「おかしい人」という印象を受けました。「嫁さんと今回初めて電話した」とか「子供が2週間前に生まれたばかりというのも初めて知った」とか普通の親子関係ではありえません。嫁さんがシリア人か何かであっても(日本人かも知れませんが)連絡は取り合うでしょう。また、TVではカットされたようですが「反原発」の話をしたようです。後藤さん自身も西早稲田の曰くつきの韓国系キリスト教団体「日本基督教団」(西早稲田2-3-18)の信者だったようです。(http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n188388)を参照ください。

湯川さん、後藤さん二人とも覚悟の上で行かれたのでしょうから、何があっても仕方がないのではと思っています。身代金を払うのはテロに加担することになるので反対です。

記事

イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載した仏週刊紙『シャルリエブド』の本社を襲撃するテロ事件から2週間が経った。欧州は「表現の自由」を錦の御旗に団結する。中東やアフリカのイスラム教国家は「預言者への侮辱は許せない」と反発する。

 そうした中で米国内では、事件直後に行なわれた反テロ行進にオバマ米大統領が参加しなかったことを巡って論議が続いている。この行進には、英仏独の首脳はもちろん、パレスチナ自治政府のアッバス議長まで参加した。

 興味深いのは保守派とリベラル派のそれぞれにオバマ支持派と不支持派がおり、議論が交差している点だ。オバマ批判の口火を切ったのは、保守系の米ウォールストリート・ジャーナル。それにリベラル派の米ワシントン・ポストが追い討ちをかけた。

 ウォールストリート・ジャーナルは1月13日付の社説で、「イスラム教徒たち(Islamists)は西洋の自由、西洋文明を脅かすという政治的イデオロギーを誇示したのだ。罪のない人たち、同盟国フランスが攻撃された。(オバマ大統領が行進に参加しなかったことは)イスラム教過激派が持つ脅威と性格およびその規模を(オバマ大統領が)評価できないことを示す新たなシグナルだ」と指摘した。

 見出しは「French Disconnection」。ロビン・ムーアによるノンフィクション小説、「フレンチ・コネクション」をもじったものだった。この小説は、ニューヨーク市警がフランスから密輸されてきた麻薬を押収、フランス人の黒幕を追及する筋書き。1971年には同名で映画化され、アカデミー賞5部門を受賞した。

(”French Disconnection,” Wall Street Journal, 1/12/2015)

 一方のワシントン・ポストは1月15日付の社説で、オバマ大統領が参加しなかったことについてこう指摘した。「オバマ大統領がパリ行進に参加しなかったことは、オバマ政権がイスラム教聖戦主義(Islamic Jehadism)と闘うモメンタムを広い意味で失いかけていることの表れだ。この攻撃はオバマ政権がイスラム教過激派武装勢力アルカイダとの戦争への意欲を改めて活性化させる動機とするべきものだった」

(”The U.S. fight against Jihadism has lost its momentum,” Editorial Board, Washington Post, 1/15/2015)

 さらに保守派ジャーナリストの重鎮、チャールズ・クラウトハマー氏は、ワシントン・ポストのコラム(1月15日付け)で、オバマ大統領が行進に参加しなかったことと反テロ戦争に対する姿勢を直結させて、厳しく批判した。「大統領はこれまで『Je Suis Charlie』(私はシャルリ)だったことは一度もない*。この48時間の間ですら『シャルリ』だったことはない。…テロと闘う戦争についての大統領の相反する感情がこれほど反映したことはない。オバマ大統領は就任以来、戦争という語彙をワシントンの公式辞書からパージしてきた。これまで同大統領は『戦争は終わらせねばならない』という概念と、『戦争は既に終結している』という概念の間を行ったりきたりしているだけだった」

(”Charles Krauthammer: Obama: Charlie who?” Washington Post, 1/15/2015)

*「私はシャルリ」はフランス人の合言葉になっている。「私は殺されたシャルリエブドの風刺漫画記者の考え方に同意するわよ」といった意味合い。つまりオバマ大統領は一度たりとも風刺漫画記者の考えには同意はしていない、無制限な「表現の自由」の信望者ではない、ということをクラウトハマー氏は言っている。

「シャルリエブドの風刺画は米大学新聞なら発刊停止」

 ウォールストリート・ジャーナルもワシントン・ポストも、そしてクラウトハマー氏も、シャルリエブドが預言者ムハンマドを愚弄する風刺絵を繰り返し掲載してきたことについては触れていない。

 この点を明確に捉えて、「表現の自由」のあり方について鋭く指摘したのは米ニューヨーク・タイムズの保守派コラム二スト、ディビッド・ブルックス氏だった。同紙自体はリベラル派だが、6人いるコラムニストの中には保守派(現在は2人)を入れるのが同紙の伝統になっている。

 同氏は、今回の襲撃事件が起こった原因に言及して、「私はシャルリエブドではない」、すなわち「表現の自由にはある種の自己規制が必要だ」と主張している。

 「もし、アメリカの大学新聞が同じような風刺画を載せたら発行してから30秒も立たないうちに発刊停止になるだろう。学生や教授はこれをヘイトスピーチとみなし、法的手段をとるに違いない。大学当局は大学新聞への予算を止め、この新聞を発刊停止にするに違いない。風刺や批判をする場合には、そうした表現によって感情を害するかもしれない人たちのことを察して寛容さをもって表現をすべきなのだ」

(”I Am Not Charle Hebdo,” David Brooks, New York Times, 1/8/2015)

「絶対的な表現の自由などあり得ない」

 「むろん、風刺画は『表現の自由』として認められるべきだ。しかし『絶対的な表現の自由』というものはないはずだ」と主張するのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のサリー・マクディシ教授だ。同氏は米国で生まれたパレスチナ系の米国人で、英米文学・比較文学の博士号を取得している。同教授は、「『表現の自由』が西洋文化の根幹であることは確かだ。しかし、シャルリエブドが掲載した風刺画がそのシンボルだと性急に決めつけるのはいかがなものか」と指摘して、こう続ける。

 「『絶対的な表現の自由』などというものは存在しない。表現する内容に関してなんらの制約もない、というわけではない。フランスにも『表現の自由』には法的制約がある。ヘイトクライムや政治的な暴力行為を支持する表現を禁じた法律がある。反ユダヤ的な風刺を繰り返していたカメルーン系フランス人のコメディアンはヘイトスピーチ罪で起訴されている。…偉大な風刺作家だったスウィフト、バイロンらは社会の弱者に対し、このような直接的な屈辱を与えることはしなかった。弱いマイノリティ(少数派)に対しこのように直接的に、人種的に愚弄するようなことはしなかった」

(”How ‘Je suis Charlie’ makes matters worse,” Saree Makdisi, Los Angeles Times, 1/16/2015)

ホワイトハウスはシャルリエブドに不快感を示していた

 「パリ行進不参加」に対する批判を憂慮したのだろう。ホワイトハウスのアーネスト報道官は1月12日の定例記者会見で、「大統領も参加するべきだったかもしれない」と述べ、こうした批判を受け入れる姿勢を示した。

 行かなかった理由について同報道官は、「あれだけ多くの一般市民が参加した。しかも事件終結から35時間しか経っていない時に行進は行われた。そこにオバマ大統領が参加することには警備上の問題があった」と弁明した。

 だが、以下のように食い下がる記者団に同報道官はたじたじだった。「英独、イスラエルやパレスチナの首脳はなぜ警備体制を問題にしなかったのか」「13年12月15日に南アフリカのネルソン・マンデラ前大統領の葬儀が行なわれた際の行進にはなぜ参加したのか」「オバマ大統領自身が行かなくとも、代理としてバイデン副大統領、ケリー国務長官、あるいはヘーゲル国防長官が参列すべきだったのではないのか」。

 こうした記者団との質疑応答の中でおぼろげながら露呈したのは、オバマ大統領の「表現の自由」に対する基本的な考え方だった。

 米大手紙のホワイトハウス詰めのベテラン記者が、筆者にこう助言してくれた。「オバマ大統領はこの風刺新聞(シャルリエブド)に対して以前から不快の念を抱いていた。2年前のホワイトハウス報道官の発言を検索してごらん」。当時のホワイトハウス報道官はカーニー氏。米タイムのワシントン支局長などを歴任、バイデン副大統領のコミュニケーション担当補佐官を経て、オバマ大統領の報道官を14年6月まで務めていた。

 シャルリエブドは06年以降、預言者ムハンマドを茶化すイラストを掲載し続けており、フランスのシラク元大統領も「行き過ぎた挑発だ」と批判していた。2011年11月2日にはフランス当局から警告を受けていたにもかかわらず、ムハンマドのヌード姿のイラストを複数掲載した。この点について同年9月19日、ホワイトハウスの定例記者会見でカーニー報道官に記者団が質したことがある。

 同報道官は「はっきり言って、(こうした風刺画を)掲載した判断について疑問を抱いている。言い換えると、掲載に踏み切った背後にある判断に(「表現の自由」に関わる)権利があるかないかについて疑いを持っているということだ」

(”Press Briefing by Press Secretary Jay Carney, ” The White House, 9/19/2012)

 当然のことながら報道官の発言は100%大統領の考え方を反映している。「つまり2年前、カーニー報道官が明らかにした見解は、当時のオバマ大統領の基本認識(ムハンマドを侮辱するようなイラストを『表現の自由』と考えてよいかは疑わしい)だったわけだ。大統領の深層心理は今も変っていないはずだ」(前出のホワイトハウス詰め記者)。

「イスラム教を侮辱する風刺画は白人キリスト教徒の傲岸」

 「オバマ大統領がパリ行進に参加しなかったのは賢明だった」と言い切るのは、著名な日系人神学者のディクソン・ヤギ博士(西南学院大学名誉教授)だ。自らを仏教徒的クリスチャンと自負している。東西の宗教に精通している同博士はこう見ている。

 「『表現の自由』の名の下にこの風刺新聞が侮辱したのはイスラム教過激派テロリストではなく、15億人のイスラム教徒だ。この下品な風刺新聞は『表現の自由』を振りかざしてありとあらゆるタブーに挑戦してきたというが、唯一の例外はユダヤ民族だ。08年にはユダヤ人を侮辱したマリス・シネという記者を問答無用で解雇している。フランスの歴代大統領はこの新聞に何度なく警告を発してきたが、オランド大統領は一切行動を起さなかった。フランス人は元より欧米人が『シャルリエブド』の下劣な風刺画の存在には目をつむり、『表現の自由』にすり替えて声高に叫んでいるのは、まさに『Judeo-Christian-Caucasian Arrogance 』(白人のユダヤ教・キリスト教的傲慢さ)以外のなにものでもない。養父の国、インドネシアでイスラム教を学んだオバマ大統領にはそのからくりが見えているのだろう」

 ブッシュ政権は、一握りのユダヤ系米国人を中心とした「ネオコン」(新保守主義者)にそそのかされてイラク戦争に突入した。当時、欧州諸国にはそのからくりが見えていた。だから米軍においそれとは追随しなかった。今度はその逆だったのか。

 欧州のメディア・宗教事情に詳しい米主要シンクタンクの英国人客員研究員は筆者にこう語った。「一部ユダヤ系フランス人の無責任なイスラム挑発行為がイスラム世界全体を敵に回してしまった。それを事前に止めようとしなかった今のオランド政権にも問題はある。今回、テロの前提となったのは、イスラム教徒に対する卑劣な人種的宗教的侮蔑だった。彼らは『表現の自由』を弄んだ。『表現の自由』と『イスラム過激派によるテロ』を二項対立化させて論じている限り、今回の事件に潜むブラックホールは見えてこない。オバマ大統領はそのことを知っているのだろう」

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