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7/19現代ビジネス 長谷川幸洋『プラカードを掲げるぐらいなら、議員辞職せよ 国民を裏切ったのは 政府ではなくお粗末な野党だ』について

本記事を書いたら左翼と思しき人から脅迫が来たとのこと。さすが暴力を肯定する連中のことだけあります。長谷川氏は左で有名な東京・中日新聞に属していますが、正論だから載せないわけにはいかないでしょう。最終的には数で決着するのが民主主義の基本。採決拒否したら議員報酬をカットせよ。民間企業だったら一種の職場放棄で懲戒処分対象になるのでは。我々国民が選んだ選良という事になっていますが、レベルが低すぎます。こういった政党に属する議員を選んだ国民に猛省を促したい。またいつも言ってますように、議会は通年開催すべきです。選挙期間だけ外すようにして議員の仕事である討論をして法案成立をスピードアップした方が良いと思います。

本人のtwitterを紹介します。『「採決を拒否した野党議員は辞職せよ」というコラムを書いたら、左巻きの人たちはネットで「長谷川を東京新聞から追放しろ」とか合唱してます。「意見が違う人間は問答無用で抹殺すべし」というのが、まさに左翼のDNA。ロジックで反論してくる人は皆無。実に興味深い。またネタができた(笑)』

またfacebookから5月ですが、今度の集団的自衛権に対する賛成・反対率を比較したものがあります。各社でこれだけバラツキが出るという事は、反対が多い新聞は反対の論調を展開し、刷り込みを図ったと考えられます。長谷川氏の言うように論理でなく、センセーショナルな決め付ではなかったかと推測します。朝日・毎日が反対が多いのは頷けますね。

the rights of collective defense

 

 

 

 

 

 

 

記事

「採決拒否」に国会議員の資格なし

安全保障関連法案の採決で議会制民主主義を踏みにじったのは、だれなのか。左派系マスコミは政府与党であるかのように報じているが、そうではない。採決を欠席した野党である。お粗末な野党のおかげで、政局の潮目はまた変わった。

7月15日の衆院特別委員会室は、まるで街頭デモのようだった。民主党議員はプラカードを掲げて委員長席を取り囲み「反対、反対」と大声を張り上げた。維新の党の議員は自分たちが提出した対案を否決されると、さっさと退席した。

翌16日の本会議では民主、維新、共産、生活、社民の野党5党がそろって採決を欠席した。ここに野党の未熟さが如実に表れている。彼らは「採決を拒否する」という行為が、いったい何を意味しているか、分かっているのだろうか。

議会制民主主義の下で、国民が国会議員を選ぶのは自分たちに代わって国会で法案を審議し、最終的に採決してもらうためだ。なかでも採決はもっとも重要な国会議員の仕事である。それをサボタージュするのは、自分を選んでくれた「国民に対する裏切り」にほかならない。

野党議員たちは「自分が議員でいられるのは、国民が自分に1票を投じてくれたからだ」という議会制民主主義の根本原理を無視している。自分の選挙では国民に投票を呼びかけながら、いざ国会で国民に代わって投票しなければならないときに、投票するのを拒否したのである。

国民はそんな議員に仕事を続けてもらいたいと思うだろうか。私はまったく思わない。ずばり言えば、採決を拒否した野党議員は国会議員である資格がない。採決に応じないなら、辞職すべきである。もっとも肝心なときに、国民の代理人たる役割を果たしていないからだ。

なぜ「議員辞職」をしなかったのか

野党議員は採決拒否戦術ではなく、潔くそろって全員が「国会議員を辞職する」という戦術を考えなかったのか。野党がそこまで腹をくくって抵抗したなら、もしかすると局面は変わったかもしれない。採決に応じない代わりに、国会議員を辞職する。それは議会制民主主義の原理に沿った最大限の抵抗である。

だが、野党は腹を決めるどころか、そんな抵抗戦術などチラとも頭をかすめなかったに違いない。彼らは自分たちの議員バッジと既得権益は絶対に守ろうとする。それでいながら、仕事は放棄したのだ。所詮は事前に決められた役割分担に応じて、国会で安っぽい三文芝居を演じただけだ。

ある女性の野党議員は「私の祖父は戦争で死んだ」と涙混じりにカメラの前で訴えてみせた。テレビドラマさながらのお涙ちょうだい芝居を見せられた国民はシラケかえったに違いない。

今回の出来事は民主主義原理の根本を問うている。そんな本質を見極めないで「強行採決の暴挙」などと報じている左派系マスコミも、まったくトンチンカンとしか言いようがない。記者や論説委員は、採決欠席こそが民主主義に対する最大の暴挙だったと思わないのか。

採決欠席を批判しないのは、国民が選挙で棄権するのを容認するのと同じである。選挙で国民に投票を呼びかけておきながら、国会採決で議員が投票を拒否しても批判しないマスコミは、二重基準どころか完全に思考が停止している。

そういえば、同じ左派系マスコミは昨年の解散総選挙でも「解散に大義はない」と批判していた。国民に選択権が委ねられた選挙こそが民主主義の根幹と理解していなかった。今回も頭の中身、発想はまったく同じである。

彼らも野党と同じく先に反対ありきで「どうせ負けるなら選挙や採決などどうでもいい」と本心で思っているのだ。左派系マスコミとは、その程度なのである。

維新の党にもがっかり

民主党や共産党には最初から期待していないが、がっかりさせられたのは維新の党だ。彼らは自分たちの対案が否決されると、そそくさと委員会室から出て行ってしまった。いったい何なのか、その態度は。

まるで自分の言い分が通らなくて、床にひっくり返っている子供である。維新の党には多少、期待もしていたが、今回の対応は情けないというほかない。

民主党は「次は徴兵制だ」と煽った。集団的自衛権を容認した日米安保条約の下、有事で米軍の支援をあてにできるからこそ、日本は軽武装の自衛隊で済んでいる。もしも個別的自衛権だけで国を守ろうとすれば、米軍は頼りにできないのだから、はるかに重武装の軍事国家にならざるをえない。その先にあるのが、徴兵制である。

スイスはどの国とも同盟を結ばず、自前の軍事力に頼っているからこそ徴兵制なのだ。自分たちのロジックこそが徴兵制につながるのに、ねじ曲げた空想論を展開するだけの民主党に明日はない。

まともな政策論を展開できずに「徴兵制の復活」とか「戦争法案」とレッテルを貼る民主、共産、生活、社民の議論と行動は、いまや国民感覚から離れて完全に上滑り状態に陥ってしまった。この調子だと、参院審議も衆院以上に空虚なカブキ化が進むだろう。

本当の政策論議がなく、同じ三文芝居のやりとりが繰り返されるだけだから、やがてテレビも視聴率がとれずに注目しなくなる。加えて、本会議採決と同じ日に新国立競技場の計画見直しが明らかになった。遅きに失したとはいえ、これも政権にはプラス材料である。

あえて政府与党に注文をつけるなら、年金情報漏洩問題のケリをさっさとつけてもらいたい。日本年金機構と厚生労働省担当者に対する厳重処分を急ぐべきだ。真相解明はそれからである。

私はつい2週間前のコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44000)で「安倍政権の危機」を指摘したばかりだ。ところが、民主主義の原理原則を踏まえない野党戦術の誤りと、新国立競技場問題をめぐる政府与党の方針転換をきっかけに、また流れは変わってしまった。

目先の内閣支持率が多少、下がることはあっても、たいしたことはない。こんな野党に支持が集まるはずはないからだ国民は賢明である。

 

7/17日経ビジネスオンライン 北村豊『12年連続「離婚」増、急増要因は所得税逃れ 酷暑の喧嘩、番号制限…中国的離婚最新事情』について

「上に政策あれば下に対策あり(上有政策、下有対策)」だと思います。証明書だって偽造が当たり前の国ですから。いつも言ってますように、騙されるのが悪いというお国柄です。でもこれは合法的なやり方でましなやり方です。

中国は男女平等で働くのが当たり前、転勤も当たり前、働く場所も中国全土ですから、小生が中国で勤務していた時に不倫はごく自然と言う感じでした。そういう意味ではアメリカ人に近いのかも。彼らが孔孟の末裔とは思えません。

日本の離婚率は1.77%とのこと。日本でも以前より離婚に対して社会の許容度は上がっていると思います。

http://woman.mynavi.jp/article/150202-160/

中国は男女とも主張する民族で、わざと女性は大声を挙げて男性を詰ります。一人っ子政策で女性が少ないという影響もあると思います。中国では宗族を継げる(お墓を守れるのは)のは男となっていますので男を生みたがります。ですから男女比が極端にアンバランスになります。女性が強くなり、共産党の政策を変えることができれば良いのでしょうけど、共産党は人民は収奪対象と思っていますので期待するだけ無駄でしょう。

記事

2015年6月10日、中国政府“民政部”は『“2014年社会服務発展統計公報(2014年社会サービス発展統計官報)”』を発表した。同統計によれば、2014年に法的手続きを経た離婚件数は363.7万組で、前年比3.9%増、その“粗離婚率”<注1>は2.71%で、前年比0.1%増であった。離婚件数の内訳は、民政部門に届けを出した離婚件数が295.7万組、“法院(裁判所)”が離婚処理を行った件数が67.9万組であった。

<注1>粗離婚率(crude divorce rate)は国連のデータに使用される指標で、人口1000人につき離婚が成立した合計数を使って算出される。

 中国では2003年以来、離婚率が12年連続で年々上昇している。この軌跡を過去8年間の数字で見てみると下表の通りである。

中国の離婚件数と粗離婚率(2007~2014年)

離婚件数 (万組) 届け出による 離婚件数 (万組) 裁判所の処理による離婚件数 (万組) 粗離婚率 (‰)
2007 209.8 145.7 64.1 1.59
2008 226.9 160.9 65.9 1.71
2009 246.8 180.2 66.6 1.85
2010 267.8 201.0 66.8 2.00
2011 287.4 220.7 66.7 2.13
2012 310.4 242.3 68.1 2.29
2013 350.0 281.5 68.5 2.58
2014 363.7 295.7 67.9 2.67

(出所)中国・民政部統計データにより筆者作成

2013年、離婚急増の要因は?

 表を見れば分かるように、離婚件数は2007年から2014年までの8年間に73%も増大している。届け出による離婚件数は何と103%の増大で倍増している。一方の裁判所の処理による離婚件数は、最大68.5万組、最低64.1万組と60万組台で推移しているが、これは裁判所の処理能力によるもので、大きく変動することはないのだろう。ちなみに、2013年における日本の離婚件数は23万1383組で、粗離婚率は1.80%であった。

 離婚件数が前年比で最も増大したのは2013年であった。2012年に310.4万組であった離婚件数は、2013年には350.0万組となり、約40万件増えて12.8%も増大した。これを北京市の数字で見てみると、北京市の離婚件数は、2010年:3万2595組、2011年:3万2999組、2012年:3万8243組と推移したが、2013年には5万4536組と前年比42.6%も増大したのだった。なお、2014年は5万5944組で、前年比2.5%の微増にとどまった。それでは、2013年に離婚件数が急増した理由は何だったのか。

2013年2月20日、中国政府“国務院”の“常務会議”は暴騰する不動産市場の抑制強化を目的とした5カ条からなる政策を決定し、全国の大中都市に対して不動産価格の安定を図るよう指示を出した。この5カ条の政策を「新国五条」と呼ぶが、その細則の中に「個人が住宅を転売して得た所得については、転売収入から住宅原価と合理的な費用を差し引いた金額に対して20%の税率で個人所得税を徴収する」という規定があった。

「住宅転売に所得税20%」に偽装で対抗

 これに驚いたのが投資目的で2軒目の住宅を所有する夫婦であった。投資目的の住宅を転売すれば利益に対して20%の個人所得税を徴収される。新国五条だかなんだか知らないが、勝手に決めた政策で税金を徴収されるのは面白くない。何か良い方策はないものか。そこで考えたのが、夫婦が形式的に離婚するという方策だった。

 2011年8月13日から施行された法規定の『最高人民法院による「中華人民共和国婚姻法」適用に関する若干問題の解釈(三)』は、従来は非常に面倒だった離婚の際の財産分与を容易にしていた。また、これに加えて、2003年10月1日から施行された「婚姻登記条例」によって離婚手続が大幅に簡素化された。当該条例によって、“単位(勤務先)”や“居民委員会(住民委員会=町内会)の“介紹信(紹介状)”なしで、必要書類さえそろっていれば、従来必要だった1カ月の審査期間なしで、離婚できるようになった。

 この規定と条例を利用して偽装離婚すれば、個人所得税を逃れることが可能となる。すなわち、夫婦は地元の“民政局”の「婚姻登記所」に離婚届を提出し、正式に離婚する。その際、協議により夫婦の財産である2軒の住宅を分配して、それぞれ1軒の住宅を所有することにする。そうすれば、所有する住宅は元の夫が1軒、元の妻が1軒となり、たとえどちらか1軒を売ったとしても転売益にかかる20%の所得税は徴収されないことになる。こうした前提の下で、夫婦が共謀して偽装離婚するのだから、2013年当時は、離婚する夫婦が両親や子供を連れて楽しげに婚姻登記所を訪れ、満面の笑みをたたえて離婚届を提出するという奇妙な現象が多発したという。

ところで、この2013年の現象について、米国の大学で教鞭を取る中国人の某客員教授は興味深い見解を述べているので、参考まで紹介すると以下の通り。

翌年に復縁、上海で17.4%増

  • 【1】伝統的な中国文化では、婚姻は天が定めたもので、“美満婚姻(めでたい婚姻)”を「“天作之合(天意による結合)”」と形容したし、俗語では「“五百年前結成姻縁(500年前に結ばれた縁組)”」とも言った。暗闇の中で“月下老人(縁結びの神)”が縁のある男女の足首を赤い紐で縛るのが夫婦の縁である。結婚後は、妻が夫に従い、夫は妻をいたわる。妻が親不幸や淫乱、盗み、嫉妬などの大罪を犯した時だけ、夫は妻を離縁することができるというものだった。
  • 【2】しかし、現在の中国人はその大多数が物質的利益を重視しており、結婚をある意味で再分配の機会だと考えている節すらある。結婚式では若い新婚夫婦がひたすら“紅包(祝儀)”のカネを数えているし、20%の所得税の徴収を逃れるという物質的利益のためなら、偽装とはいえ離婚することもいとわない。これは無神論に起因するもので、物質が意識を決定する。このため、人は物質的利益をますます重視するようになる一方で、中国には宗教や信仰がないことも加わって、人には結婚も含めて神聖な物が何も存在しないことになる。

 閑話休題、2015年3月に上海市の民政局が発表した「2014年上海市婚姻登記報告」によれば、上海市では2014年に復縁した夫婦が1万7286組あり、前年比17.4%増大したという。上海市当局は、これらの復縁した夫婦の大部分は3年前の2012年2月に発動された新国五条の細則規定に基づく所得税の納入を嫌って偽装離婚した夫婦で、投資目的の住宅を転売した後に再び婚姻届を提出したものと思われると分析した。我々日本人の感覚から言えば、「住宅の転売収入から住宅原価と合理的な費用を差し引いた金額に対する20%の所得税」を免れるためにわざわざ偽装離婚をするかと思うが、たとえ小額であろうとも意に沿わない税金を納めるくらいなら、偽装離婚してでも逃れた方がよいと考えるのが中国人の真骨頂なのだ。

さて、中国で離婚件数および離婚率が増大しているのは、社会のテンポが速まっているのに加えて、社会観念の変化、“婚外情(不倫)”の増大などに起因していると考えられる。さらに、夫婦関係に亀裂が生じた時、“微信(WeChat)”や“陌陌(momo)”などのSNS(Social Networking Service)が不倫を誘発させる道具となり、婚姻関係の新たな破壊者として機能する可能性が高い。

夏に急増、番号制限も

 7月10日付の中国メディアは、夏季になって全国各地で離婚が急増していると一斉に報じた。当該報道によれば、離婚急増の理由は以下の通り。

  • (1)夏季の酷暑に人々はいら立ち、土・日曜日に家でけんかをしたら、月曜日の朝一番で民生局へ離婚手続きにやって来る。
  • (2)高校や大学の入学試験の合格者名が発表された後、子供の学習意欲を妨げないように我慢していた親たちはほっと一息つき、密かに離婚する。
  • (3)希望校の通学区内に住宅を購入するため、一部の親は9月の新学期前に離婚する。

 上記(3)は、上述した新国五条に基づき各地方政府によって発令された“限購令”の規制を免れるためという意味だろう。すなわち、“限購令”とは、1つの家庭が購入可能な住宅を1軒に制限することを骨子とした法令だが、最近は徐々に解除される方向にある。“限購令”が依然として解除されていない地域であれば、子供を希望校へ入学させようと、親が離婚して当該校の通学区内に住宅を購入するのは有り得ないことではない。

 何はともあれ、夏季になって各地の民政局には離婚届を提出しようとする夫婦が殺到するようになった。しかし、だからと言って、提出された離婚届を受け付ける民政局婚姻登記所の窓口が増える訳ではない。必然的に窓口には離婚届を提出しようとする夫婦の列が出来るが、1日に処理可能な件数には限りが有る。江蘇省“南京市”や広東省“広州市”などの大都市では、離婚届を提出しようとする夫婦には1日に処理可能な分だけ整理番号が配られるようになった。早朝に婚姻登記所へ出向けば整理番号はもらえるが、少しでも遅くなれば整理番号はもらえない。メディアはこうした整理番号方式を“限号(番号制限)”と呼び、「遂に離婚も番号制限」という見出しで夏季の離婚増大を報じた。

一方、7月10日付の北京市の朝刊紙「北京晨報」は、毎年“高考(大学入試)”<注2>が終わった6月から9月の間に離婚する夫婦が増大し、ちょっとした離婚のピークを形成していると報じた。これは上述した離婚急増理由のうちの(2)に該当するものだが、北京晨報は他紙の報道を引用して、“高考”終了後に急増する離婚の実態を次のように示した。

<注2>“高考”は“全国統一高等院校招生統一考試”の略。“高等院校”は高等教育機関の総称。

  1. 湖北省武漢市の朝刊紙「武漢晨報」  統計数字を見て記者は、2009年以来、遼寧省、湖南省、青海省、天津市、重慶市、山東省、浙江省、河南省などの地域では、毎年“高考”終了後の20日間は、その前の20日間に比べて、“法院(裁判所)”が受理する離婚の案件数は比較的増大する趨勢にある。
  2. 湖南省の夕刊紙「三湘都市報」  “長沙市”の“五城区”では、“高考”が行われていた1週間に247組の夫婦が離婚したが、“高考”が終了後の1週間は493組の夫婦が離婚し、離婚件数は倍増した。離婚原因の大部分は「感情の不調和であり、もう子供のために我慢する必要がなくなった」というものだった。
  3. 黒龍江省の夕刊紙「生活報」  若い夫婦の離婚が衝動的なのと比べて、これら子供に対する責任感から結婚生活を継続して来た中年夫婦の離婚はその大多数が非常に冷静で、決意が固いものである。

中国の離婚率、上昇は止まらず

 昨今の日本では夫の定年退職後に妻から要求して離婚する夫婦が増えていると言われている。これは年代的に夫の収入に依存して生活してきた家庭婦人が多いことに起因している。彼女たちは子供の成人で親としての責任を果たし、夫の定年退職で妻としての責任を果たしたことを契機に、自立した自由な生活を求めて離婚を選択しているものと思われる。一方、中国では基本的に夫婦は共働きで、各々収入を得ている上に、夫婦別姓であるから、離婚しても社会生活に支障を来たすことはほとんどない。

 従い、主として若い夫婦の衝動的な離婚は別として、子供が大学に合格したことを確認し、親としての責任を果たした時点で、離婚する夫婦が多いことは納得できる。これに対して、所得税の徴収を逃れるために偽装離婚する夫婦が多いことは、“向銭看(拝金主義)”<注3>の中国人を象徴している。もっとも、日本にも生活保護を受けるために偽装離婚して、夫婦がそれぞれ生活保護費を受けている不埒な輩も多数いるようだから、中国人だけの特性とは言い難い。

<注3>“向銭看”は“向前看(前を見る)”と同じ発音で、拝金主義を揶揄した造語。

 筆者の友人の中国人にも離婚経験者が多数いるが、総じて言えることは、彼らが離婚をそれほど重いものと感じておらず、気持ちが合わないパートナーとはさっさと分かれた方が精神的負担に悩まなくて済むと気楽に考えていることである。社会がますます複雑化する中で、ただでさえも自己主張の強い中国人が夫婦間で軋轢を感じる度合は今以上に増大し、中国の離婚件数と粗離婚率は今後も引き続き上昇してゆくものと思われる。

7/16北野幸伯メルマガ『世界を変えるイラン核交渉最終合意ー日本にとっては?』について

直感でイランと合意して制裁解除に行くのは日本にとって良いことだろうと思っていました。アメリカのリバランス政策が現実のものになる可能性があるからです。口先男のオバマがやった数少ない外交得点です。キューバとの国交回復と言っても相手が小さすぎて世界史的な影響はありません。これで、オバマが本格的に中国と対峙すれば良いのですが。中国の横暴を許せば、ナチスの台頭を許すのと同じになります。宥和政策は平和をもたらさないというのは歴史の教える所です。

日本も集団的自衛権の行使が9月にはできるようになります。中国の南シナ海の内海化を防ぐことを日米、ベトナム、フィリピン、できれば印豪とも手を組んでやっていくようにしないと。中国の戦略は同盟・準同盟の分断化です。多国間で協調して中国の覇権への野望を挫かねばなりません。東シナ海も軍事基地転用できる石油掘削リグを造っているとのこと。中国の野望は留まるところを知りません。

日本は巡視船や艦船・潜水艦の供与、操舵、戦術の教育とかベトナム、フィリピンにできるはずです。国際秩序を乱し、人権を抑圧する暴虐国家の膨張を許してはなりません。安保法案に反対した民主党の議員に聞きたいです。「あなたたちは中国の拡張主義をどう見ているのですか?日本はどうやって中国の侵略を防いだら良いのですか?」と。日本のメデイアも民主党と同じく、批判するだけで現状分析から解を得ることはいつも通りありません。無責任です。でも新聞・TVの報道を鵜呑みにして信じてしまうのは危険と言うのを日本人自身が気づかないと。

記事

「歴史的」といえるできごとがありました。

<イラン核交渉>最終合意 ウラン濃縮制限、経済制裁を解除

毎日新聞 7月14日(火)22時1分配信

<【ウィーン和田浩明、田中龍士、坂口裕彦】イラン核問題の包括的解決を目指し、ウィーンで交渉を続けてきた6カ国(米英仏露中独)とイランは14日、「包括的共同行動計画」で最終合意した。

イランのウラン濃縮能力を大幅に制限し、厳しい監視下に置くことで核武装への道を閉ざす一方、対イラン制裁を解除する。2002年にイランの秘密核開発計画が発覚してから13年。粘り強い国際的な外交努力によって、核拡散の可能性を減じる歴史的な合意となった。>

・イランの核開発を厳しい監視下に置く

・核兵器開発の道を閉ざす

・見返りに制裁を解除する

だそうです。

なぜこれが「歴史的事件」なのでしょうか?

▼「イラン問題」は「核兵器開発問題」にあらず

これ、新しい読者さんにとっては仰天情報ですね。

「トンデモ!」「陰謀論!」という声が聞こえてきそう。

しかし、これ本当です。

証拠をお見せしましょう。

<〈イラン核〉米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正

[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の 機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの

分析結果を明らかにした。>(毎日新聞2007年12月4日 )

どうですか、これ?

最初に引用した記事によると、イランの核兵器開発計画が発覚したのは「02年」。

ところが、翌03年には、「核兵器開発計画を停止した」と、アメリカ自体が認めているのです。

そもそも、イランの「核兵器開発計画があったのか」も怪しいですね。

IAEAの天野事務局長さんだって、こんなことをいっていました。

<イランが核開発目指している証拠ない=IAEA次期事務局長

[ウィーン 3日 ロイター] 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥次期事務局長は3日、イランが核兵器開発能力の取得を目指していることを示す確固たる証拠はみられないとの見解を示した。

ロイターに対して述べた。

天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかとの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えた。>(ロイター2009年7月4日 )

どうですか、これ?

「イランが核兵器開発能力を持とうとしている」「いかなる証拠もみられない」これが6年前のこと。

私が「イラン問題 = 核兵器開発問題にあらず」と書いたことが、「トンデモ」「陰謀論」でないこと、ご理解いただけたことでしょう。

▼「イラン問題」と「石油ガス利権」

イラン問題ではなく、「イラク戦争」の真因について、超重要人物の「衝撃告白」をとりあげます。

<「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露

[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、二〇〇三年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。>(2007年9月17日時事通信)

グリーンスパンさんが、「イラク戦争の動機は石油だった」と暴露した。

ちなみに、彼はこの件について、「誰もが知っている事実だ」と語っています。

「イラン核開発問題」がはじまったのは02年のこと。

このとき、ブッシュは、中東の資源大国イラクとイランを、同時にバッシングしていた。

それは、グリーンスパンさんにいわせると、「資源がらみ」なのです。

実際、ブッシュは03年、ロシアの石油利権にも手を出し、プーチンを激怒させています。(=ユコス事件)

ブッシュ(子)政権時代、アメリカは積極的に世界の資源利権確保に動いていた。

これが、「イラン問題」の真因1です。

▼「イラン問題」と「ドル基軸通貨体制」

イラク戦争については、「フセインが原油の決済通貨をドルからユーロにし、ドル体制に挑戦したからだ」という説があります。

これも「トンデモ話」ではなく、新聞にも載っている事実。

例えば06年4月17日付の毎日新聞。

<イラクの旧フセイン政権は〇〇年一一月に石油取引をドルからユーロに転換した。 国連の人道支援「石油と食料の交換」計画もユーロで実施された。 米国は〇三年のイラク戦争後、石油取引をドルに戻した経過がある>

では、イランはどうか?

この国も、フセインと同じ道を進んでいました。イランは07年、原油のドル決済を中止した。

<イラン、原油のドル建て決済を中止[テヘラン 8日]

 イラン学生通信(ISNA)は8日、ノザリ石油相の話として、同国が原油のドル建て決済を完全に中止した、と伝えた。 ISNAはノザリ石油相からの直接の引用を掲載していない。 ある石油関連の当局者は先月、イランの原油の代金決済の「ほぼすべて」はドル以外の通貨で行われていると語っていた。>

(2007年12月10日ロイター)

「石油ガス利権」 と 「ドル基軸通貨体制防衛」おそらくこの二つが、「イラン問題」の本質なのです。しかし、「イランには石油・ガスがたっぷりあるんだよね。それを確保するためにイランをいじめてる」とか、「ドル体制を守るためにイランをバッシングしてる」とはいえない。だから、ありもしない「核兵器開発問題」をでっちあげたのでしょう。実際、NIEが「イランは核兵器開発を03年に停止したよ」と報告してから、実に8年の月日が流れています。

<〈イラン核〉米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正

[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の 機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの

分析結果を明らかにした。〉(毎日新聞2007年12月4日 )

▼なぜアメリカは変わった

「イラン核兵器開発問題」は、アメリカの「いいがかり」だった。では、なぜアメリカは、「いいがかり」をやめたのでしょうか?その理由が、こちら。

<米国が最大の産油国に。世界はどうなる?

THE PAGE 6月18日(木)9時0分配信

 米国がサウジアラビアを抜いて、とうとう世界最大の産油国に躍り出ました。これにはどのような意味があるのでしょうか。 英国の石油大手BPが発表した2014年のエネルギー統計によると、

米国はサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になりました。>

<米国はサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になりました。>

シェール革命で、アメリカは世界一の「産油国」になった。ちなみに、アメリカは09年、ロシアを抜いて世界一の「産ガス国」になっている。つまり、いまやアメリカは、「世界一の産油、産ガス国」「世界一の資源超大国」なのです。要するに「石油・ガス利権」をゲットするためにイランをバッシ

ングする必要がなくなった。それで、もともとなかった「核兵器開発問題」もなくなったのです。

(「ドル体制問題」について。「ドル体制崩壊運動」の中心国は、いまや中国とロシア。この件でイランをバッシングしても問題は解決しないのです。)

アメリカとイランが和解する。

このことは、世界にどんな影響を与えるのでしょうか?

▼捨てられるイスラエル

アメリカは、「資源利権を確保するため」に中東を重視してきました。ところが、自国に石油ガスがたっぷりあるので、「もう中東のことはどうでもいいや」となった。そうなると困るのが、イスラエルです。まわりをイスラム国家群に囲まれた「ユダヤ教国家」イスラエル。アメリカに捨てられる可能性が強まっています。というか既に、アメリカとイスラエル関係は、悪化しつづけている。

たとえばこちら。

<イスラエル首相、米議会で外交政策を批判 確執深まる

朝日新聞デジタル 3月4日(水)10時53分配信

 訪米中のイスラエルのネタニヤフ首相は3日、米上下両院合同会議で演説し、イランの核開発をめぐって米国など主要6カ国が合意を目指していることについて「非常に悪い取引だ」と批判した。外国首脳が米議会で米国の外交政策にノーを突きつけるのは異例で、米イスラエル間の確執が深まっている。>

安倍総理の「希望の同盟演説」とはえらい違いですね。

もう一国、アメリカと仲が悪くなっているのがサウジアラビア。

「資源確保のために大事な中東」という前提が崩れた。それで、アメリカにとってサウジの重要性は、下がっているのです。

アメリカに見捨てられるイスラエルやサウジは、ロシアや中国に接近することで、危機を乗り切ろうとすることでしょう。

▼アメリカ、強まる「アジアシフト」

オバマが「アジアシフト宣言」をしたのは2011年11月でした。そしてアメリカは今、「中東最大の敵」イランと和解した。これを戦略的に見ると、「中東戦線から離脱する」ということでしょう。アメリカは今まで、大きく三つの地域で戦っていました。(もちろん、米軍が直接戦っているという意味ではありません。)

一つは、もちろん中東です。アフガン、イラクとは実際に戦争した。「イスラム国」を空爆した。シリア、イランとは、「戦争一歩手前」までいった。

二つ目は、「ウクライナ」です。

傀儡ウクライナ政府を使って、ロシアと戦っている。

三つ目は、アジアです。

たとえば、「南シナ海埋め立て問題」。ここでは、中国と戦っている。しかし、シェール革命で中東の重要度が下がった。

残りは、ロシアと中国。

2014年3月のクリミア併合後、アメリカ最大の敵は、もちろんロシアでした。

ところが、2015年3月の「AIIB事件」で流れが変わった。イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア、イスラエル、韓国などが、アメリカを裏切って中国主導の「AIIB」に参加した。これで中国の影響力の大きさを自覚したアメリカは、中国を「最大の敵」と定めたのです。

アメリカは今後、中東戦線、ウクライナ戦線で力を抜き、中国との戦いに集中していくものと思われます。

▼米ーイ和解は、なぜ日本にとって「吉報」なのか?

アメリカとイランの和解は、日本とってとてもめでたいできごとです。

今、日本最大の話題は、「安保関連法案」でしょう。反対派の主張は主に、「アメリカの戦争に巻き込まれる!」です。で、「アメリカの戦争に巻き込まれる」とは、具体的「中東戦争」を想定しているのでしょう?

なぜかというと、「北朝鮮」「中国」などとの戦争は、「巻き込まれる」のではなく、「日本自身の戦争」だからです。「集団的自衛権行使容認」「安保関連法案支持」の私自身、「中東に自衛隊が派遣させられる危険性」については、「そのとおりだ」と思っています。

そして、アメリカがはじめそうな「中東戦争」、ナンバー1は、「イランとの戦争」だったのです。日本とイランの関係はこれまでとても良好で、これをぶち壊すことは、日本の国益を大いに損ねるものでした。

ところが、今回の和解で、「アメリカーイラン戦争の可能性」がほとんどなくなった。これは、「安保関連法案反対派」の主張を弱める結果になります。

7/15日経ビジネスオンライン 奥山真司『日本が関わる戦争は将来100%起こる 日本の外交政策:地政学が示す3つの選択肢』について

何ともショッキングな題でしょう。日本が望まなくとも戦争が起きるということです。勿論、第2のオプションである中国の属国になれば別と思うかも知れませんが、米国は裏切ったと感じ、米国が攻めてこないとも限りません。昨日のブログのテーマで明らかなように中国は世界で最大の人権抑圧国家です。というか人権何ていう概念はハナから持ち合わせていない国です。米国を取るか中国を取るか究極の選択を迫られれば、どちらを取るか言わずもがなでしょう。

理想は第3のオプションですが、言うは易く行うは難しです。というか、米国一国ですら安全保障について防備できない(中国潜水艦が米国西岸に潜む可能性もある)時代に来ています。多国間で防衛する時代です。国益の合う国同士が手を結んで戦争を防ぐという事です。国益の判断の要素として「自由、民主主義、基本的人権、法治」といった価値観を共有できる国々と手を結ぶという事です。中国はこの4つ全部ありませんし、韓国も法治国家でないので手を結ぶのは難しいです。

集団的自衛権の話は、お互いに防衛できるところは協力しようというものです。自分だけは守ってもらいたいけど、相手を守るのは嫌というのは臆病者のやることです。集団的自衛権は国連憲章で定められている権利でそもそも「保持しているが行使できない」という論理がおかしいです。

そもそも憲法九条二項は米国が日本無力化を狙って強制的に(これこそforcedではないですか)入れたもので、憲法を議論するのであればその出自も議論しないと。「戦争ができる国」にするというのはおかしな議論で、世界で戦争をしないと明言している国はありません。正当防衛の一種でしょう。戦わねば隷従しか方法がなくなります。それこそ日本を形造ってきました先祖に申し訳ないと思わないのですかね。歴史を鑑にしたら良く分かると思うのですが。

記事

いよいよ本連載も今回で最後になる。日本を取り巻く安全保障環境を地理的な面から地政学的に考えてみたい。

 日本は地政学的に見てどのような位置づけにあるのか――いま一つ分かりづらいと感じている方がいるかもしれない。

 その理由は大きくわけて2つある。一つは地政学、とりわけ古典地政学で使われる「シーパワー」や「ランドパワー」の概念が、現代のわれわれにとって縁遠いものになってしまっているからだ。戦後の特殊な安全保障環境の中で、日本のメディアや教育界が軍事や戦略に関する議論そのものを忌避してきたことが背景にある。

 もう一つは、地政学的なものの見方に、われわれ日本人がいまひとつ慣れていない点にある。地政学的なものの見方は極めて特殊なものだ。とりわけ、帝国主義を源流とする「上から目線」の、スケールの大きいとらえ方に違和感を覚える方がいるだろう。

 ところが、現代のようにグローバル化が進むと、日本は以前よりも大きな視点から対外政策を決定する必要に迫られる。この際の一つのツールになるのが、本連載で紹介してきた地政学なのだ。

 では地政学的な見方をした場合、日本はどのような状況に置かれており、今後どのような対外政策をとっていくべきなのだろうか?

日本は「シーパワー国家」か?

 日本について書かれている地政学本を読むと、「日本はシーパワーを基礎とした海洋国家であり…」という決まり文句で紹介されている。たいていの場合、全く疑いのない前提としてこう書かれる。

 ところが、シーパワー論の聖書である『海上権力史論』の序章でマハンは、ある国が海洋国家・シーパワー国家であるかどうかを判断する基準として、(1)地理的位置、(2)海岸線の形態、(3)領土範囲、(4)人口、(5)国民性、(6)政府の性格という6つの要素を挙げている。

 実際にこの基準を日本に当てはめると、(1)から(4)までの純粋に地理的な部分は確かに「シーパワー」として該当する。しかし、(5)国民性と(6)政府の性格については、日本が「海洋国家」に当てはまるか、疑問符がつく。

 日本のシーパワーの伝統を研究した代表的な論文に、「日本のシーパワー:海洋国家のアイデンティティの悩み」がある。立川京一氏と佐島直子氏が書いたもので、オーストラリア海軍のウェブサイトに掲載されている。ここでは、日本のシーパワーの伝統が、歴史上何度か断絶したことが正確に指摘されている。これを読むと日本が「伝統的な海洋・シーパワー国家」とは言い切れないことが分かる。

 日本の歴史を振り返ると、「シーパワー的な勢力」が確かに存在していた。倭寇や村上水軍はその代表だ。明治から昭和にかけての帝国海軍は、世界トップクラスの海軍力を誇っていた。

 けれどもマハンが示した基準の(5)国民性と(6)政府の性格を考える時、「国家・国民が海軍力を積極的に活用してきた」とは言い切れないのではないか。

 これは戦後になってからも同様だ。確かに戦艦大和の伝統を生かして巨大なタンカーをつくった造船業の強さは「シーパワー神話」になっている。だが、たとえばシーパワー国家の代表格である英国のように、海軍力と海運を「積極的かつ主体的に活用してきた」かと言うと、やはり怪しい。

「シーパワーシステムの一員としての国家」

 ここで重要なことが一つある。それは、現在の国際貿易の世界が、シーパワーをベースとした「システム」から出来上がっている事実だ。

 その分かりやすい例が「グローバル海洋パートナーシップ」というコンセプトだ。米軍の制服トップのマイケル・マレン元統合参謀本部議長が2006年頃から提唱し始めたものだ。簡単に言えば、「世界の海洋システムは、それを使う国々によって維持・管理されるべきだ」ということになる。その究極の前提としてあるのは「そのシステムの土台を支えているのは米海軍だ」という考え方だ。

 実はこれと同じことをマハンも言っていた。もちろん当時の(そして今でも)シーパワーというコンセプトは純粋な「海軍力」を示す。だが、マハンは他の場所で、シーパワーを「一国の海軍力をベースにした、貿易・商業活動を含めた海洋国家としてのグローバルなシステムである」とほのめかしている。

 要するに「シーパワー」は単なる「海軍力」だけでなく、それを積極的に活用したり、さらには巨大な貿易体制を構築したりする「海洋国家」としての性格を指すと言える。この意味で考えると、日本は伝統的な「シーパワー国家」ではないかもしれない。

 ただし(特に戦後の)日本は、米国が敷いた「システム」にうまく乗ることによって発展してきた「シーパワーシステムを構成する一つの国家である」とは言えるだろう。米国のシーパワーのシステムに乗っている」という留保付きではあるが、やはり日本は「シーパワー」国家なのだ。

日本の地理から考える地政学

 ではその日本の「シーパワー」の「シー」の部分はどのような状況になっているのだろうか?

 日本は太平洋の西端、そしてユーラシア大陸の東端(極東)の海に浮かぶ島国だ。人口は減少傾向ではあるが、現在1億2000万人で世界第10位。国土は38万平方キロ。世界で第61位と比較的小さいが、排他的経済水域(EEZ)を含めると447万平方キロとなる。南北は沖ノ鳥島から稚内まで、東西は南鳥島から与那国島まで、なんと世界で第6位の広さを誇る。

 この日本を含むアジアに、世界経済の中心が移りつつある。欧州から米国、そして米国からアジアへと西進してきている。

 この動きについては、マハンがすでに1900年頃から説いていた。興味深いのは、このことが経済データによって本格的に裏付けされたのが、ここ最近であることだ。米国は「政治的なアジアシフト」を長年標榜しながらも、欧州諸国との貿易額の方がアジア諸国との貿易額よりも20世紀を通じて高かった。ところが2003年を境にそれが逆転し、対アジアが対欧州を上回った。それ以降もこの傾向はまったく変わっておらず、現在はその差がますます広がっている。

アジアの端でランドパワーの脅威を阻止

 このアジアにおいて日本は少なくとも戦後70年の間、世界のシーパワーシステムに脅威を及ぼしそうなランドパワー国家の海洋進出を阻止できる位置にあった。

 冷戦時にはソ連と対峙した。ソ連は世界最大の国土面積を誇っていたにもかかわらず、年間を通じて使用できる不凍港は日本海に面したウラジオストック港のみだった。ソ連がここに配備していた太平洋艦隊は、日本の周辺にある「チョークポイント」、つまり宗谷、対馬、津軽の「3海峡」のいずれかを通過しないと外洋に出ることができない。つまり、日本がこれらの海峡を監視していれば、彼らの動きを把握できたのだ。

 冷戦後も、「シーパワーシステムの維持に貢献できる」という日本の地理的状況は変わらない。中国の人民解放軍がここ数十年、驚異的なスピードで軍拡を続けている。この海軍が外洋に出るためには、中国の海岸線の3分の2にわたって覆いかぶさっている日本の周辺のチョークポイント(たとえば宮古海峡)や、その近く(フィリピンと台湾の間のバシー海峡など)を通過せざるを得ない。

つまり日本の地理そのものは変わらないのだが、その意味合いは変わってきている。とくに冷戦中から冷戦後にかけて、その重点が北海道周辺の海から沖縄周辺の南西諸島近海にシフトしている。

 もちろん「北極海航路の開拓が起こす、世界規模の地殻変動」の回で書いたように、北極海ルートが本格的に始動すれば、その重点はまた変わるかもしれない。しかしシーパワーシステムの維持に貢献できる日本の地理的な位置は、今のところそのまま変わらずに残っている。

日本の外交政策:地政学が示す3つの選択肢

 これらの地政学的状況から考えられる、日本の対外政策の選択肢はどのようなものになるだろうか? 筆者は日本には以下の3つの選択肢しかないと確信している。

 第1の選択肢は、米国が主導するシーパワーシステムを支える「シーパワー国家」であり続けることだ。これまで70年間、日本が歩んできた道である。これは現在の日本にとって非常に楽な選択肢だと言える。戦後の日本の民主制や資本主義体制は、基本的に米国のリーダーシップに追従する形でできている。

 民主党政権時代に、一時的に中国側にすりよった時期があった。しかし、筆者は野田政権が環太平洋経済連携協定(TPP)の協議への参加を公式に表明したことで、日本はシーパワー体制の下で生きていく選択を再確認したとのだと評価している。

 現在の安倍政権はこの傾向をますます強めている。たとえば安倍首相が政権に就く直前に発表した英語の論文、「安全保障ダイアモンド」構想は、日米豪印で中国の海洋進出を牽制する考えを述べている。日本の新たなシーパワー宣言であると言える。

中国の“冊封体制”に入る

 第2の選択肢は、日本がランドパワーとなる道を選択し、米国を日本から追い出し、中国の冊封体制に入るというものだ。キツい言い方をすれば、中国の属国になる選択と言っていい。

 これは、日本にとっては選びづらい選択肢だ。日本は民主主義体制をまがりなりにも成功させている。感情的にも壁があるだろう。ただし、米国の力が相対的に落ちることで世界が多極化した。この中で中国の国力が増大すると、日本は経済的にも安全保障的にも中国との関係をさらに強化しなければならないかもしれない。

 韓国の学者や日本の実務家の一部には、次の見方をする人がいる――「中国が東アジアで覇権を確立すれば、冊封体制が復活する。それに組み込まれてもそれほど恐れることはない」。非現実的かもしれないが、こうした選択肢が存在する事実を我々は念頭におくべきであろう。

独立独歩の道

 第3の選択肢は、日本が「大国」の地位を復活させて、どこにも属さずに非同盟の状態を目指すものだ。

 これを実行するためには核武装を視野に入れる必要がある。ただし、これは現在の日本にとって現実的な選択肢とはなりえない。まず、戦前の「大東亜共栄圏」で失敗したトラウマがある。NPT(核不拡散条約)体制から脱退し、日本から米軍を撤退させる必要も出てくる。このため、一時的にせよ日本を巡って国際関係が大混乱に陥る可能性が大きい。

 この3番目の選択肢が究極的な理想かもしれない。ただし、シーパワーシステムによってここまで世界経済がグローバル化した現状において、この選択肢を選ぶ合理性が果たしてあるのかを問う必要がある。

 日本が第3の選択肢を選んだ結果として、たとえば北朝鮮のように「核武装をしたが餓死者が大量に出るような状態」になってしまえば、合理的な理由は存在しない。

日本の将来

 さて、最後のまとめとして、日本が将来直面する可能性のある地政学的な状況を考えてみたい。これには悲観的な見通しと楽観的な見通しがある。

 まずは悲観的な見通し。本稿をお読みの方々にぜひ覚えておいていただきたいことは、日本が関与する戦争が将来100%の確率で起こるということだ。

 戦後70年の微妙な今の時期に、このようなことを明言するのは実に心苦しい。だが、それでも現在までの人類の歴史を見てみると、日本が将来どこかの時点で戦争に巻き込まれるのは明らかだ。我々は戦争を防ぐ術をまだ確立していないからである。

 国際政治学(正式には国際関係論)が学問として始まったそもそものきっかけは、第一次世界大戦後に起こった「そもそも戦争の原因は何なのか」「悲惨な戦争をどう防ぐべきか」という問いかけにあったことは、この分野を知る人々の間では常識である。ところが現在に至っても満足のいく学問的な答えは出ていない。

 私見であるが、この分野で最も深い考察をしたのは、おそらくヒデミ・スガナミという日本出身の英国の学者であろう。スガナミは1996年に書いた『戦争原因論』(On the Causes of War)の中で、「科学的に見て、戦争の原因に関する統一見解は存在しない」と結論づけている。戦争の専門家にもその原因は不明なのだ。つまり「人類は戦争の勃発を防ぐ方法をまだ発明していない」のである。

 また、ここで強調しておきたいのは、「平和が戦争の原因になる」ことだ。なんとも矛盾した考えに聞こえるかもしれないが、平和な状態は経済発展を促すため、それが国力のバランスを崩し、戦争につながると見ることができる。

 たとえばロバート・カプランという米国の世界的なジャーナリストが「資本主義による経済発展は軍備増強につながる…厳しい話だが、これは現実だ」と書いていることは特筆に値する。現在の中国の軍備増強を考えても、平和な国際環境が軍備増強を促しているように見える。なんとも皮肉な話だ。

 さらに言えば、戦争は平和を実現するために行われる。戦略的な観点から考えれば、国家が戦争をするのは、相手の国家を打倒し、その後にやってくる(自分に都合のよい条件の)平和を実現するためである。

 古典地政学を理解する際、戦争と平和の間にあるこのような相互作用を知見としてもっておくことが極めて重要になる。平和は、戦争を想定しなければ守れないからだ。

制海・制空権さえ維持すれば日本の安全は続く

 次に、楽観的な見通しを述べる。

 日本は海に囲まれている。このことは世界的にみて国土を安全に保ちやすい状態にあることを意味する。日本のような島国にとって最大の脅威は、もちろん他国から上陸侵攻されることだ。だが、歴史的に見て上陸作戦は成功させるのが非常に難しい。

 近代に入ってからのいくつかの例を見ると、成功したのは上陸する側が空を自由に使える状態、つまり「制空権」を圧倒的に確保していた場合のみである。制空権を日本が手放さない限り、上陸による侵攻は比較的防ぎやすいと言える。

 結果として、海(と空)の安全、そしてそれを活用したシーパワーシステムによる海上貿易体制が日本に不利にならない限り、一時的な問題は出るにせよ、日本の将来は基本的に明るいと言えるだろう。

 そういう意味で、やはり日本は「シーパワー国家」なのだ。

7/15日経ビジネスオンライン 福島香織『暗黒の金曜日は赤いファシズムの始まりか 「弁護士狩り」の絶望を民主化への胎動に変えよ』について

人権抑圧国家・中国の面目躍如たるものがあります。こういう国が言うことを信じる人は、どういう精神構造をしているのでしょう。「慰安婦」「南京虐殺」を今でも信じられますか。共産党・政府の都合の良いように法律を変え、正義を実現しようとする人を弾圧します。日本でも左翼政党に政権を渡せばそうなります。民主党政権で学習はしたでしょうけど。

南シナ海、東シナ海で彼らの取っている行動も、法律を勝手に作ったり、解釈したりして自己中な行動を取ります。また内蒙古、チベット、ウイグル(タイに圧力をかけてウイグル族100人を強制送還させました。新国家安全法違反で死刑になるかも知れません。国際社会はもっと中国を糾弾すべき)の弾圧も半端ではありません。

習近平のやり方は金正恩に似てきました。金は自分に逆らった玄永哲前人民武力相を銃殺したとのこと。政敵を倒すのに腐敗を理由に逮捕・拘留するのと直接死刑にするのとの違いですが、両方のトップとも腐敗しているのは間違いありません。中華と小中華というのは「賄賂社会」です。「清官三代」と言われるくらいですから。

香港に新国家安全法を適用させるのも時間の問題でしょう。香港の後背地の深圳が充分香港の代わりをしますので。香港経由で外国からの投資を呼びかけるより大陸に直接投資させるようにしてきましたので。李嘉誠も英国に逃げるかも知れません。

記事

「きょうは暗黒の金曜日です」。7月10日、中国内外のネット上に、こんなフレーズが駆け抜けた。中国株の大暴落のことではない。この日、中国で改革開放後、最大級の「弁護士狩り」が始まったからだ。中国は7月1日に新国家安全法案を可決し即日施行しているが、国家の安全を「国内外の脅威」から守るためなら、どんな無茶ぶりも容認するといわんばかりのこの法律は、これまでの法治の概念を覆すものとして、中国の心ある法律家や弁護士は懸念を示していた。今回の「弁護士狩り」は、こうした懸念が具体化したものと言える。新国家安全法、株式市場の仮死状態、法曹界に広がる粛正と続いている暗黒の7月。それは赤いファシズムの幕開けなのか。それとも。

人権擁護活動の拠点をターゲットに

 香港のラジオ局、ラジオフリーアジア(RFA)の報道などによると、10日の金曜日、多くの弁護士、人権活動家の家が家宅捜査され、また多くが行動の自由を制限され、そして多くが外界との連絡を断ち切られた。11日までに連絡が取れなくなったのは17人、うち10人が弁護士だ。5月末に政権扇動転覆容疑で逮捕された福建省の人権活動家・呉淦(ハンドルネーム「屠夫」として、ネット上で人権問題を発信していたとされる)の弁護にあたっていた弁護士や、香港の雨傘運動(革命)を支持していた弁護士らが含まれていた。

 香港愛国民主運動連合会によると12日夕までに警察当局に87人が連行され、うち7人が逮捕あるいは在宅監視、26人が連行されたまま消息不明、そのほかの54人が釈放されたという。

 一番のターゲットになったのは北京鋒鋭弁護士事務所。中国の有名な人権弁護士が所属する事務所で、中国の人権擁護活動の拠点の一つとも言われている。

 この事務所に所属する女性弁護士で、人権活動家・呉淦の弁護を担当していた王宇は木曜から夫と息子らともども連絡が取れなくなった。また同事務所の主任弁護士・周世鋒も金曜早朝、ホテルにいたところを連行されたという。周世鋒は去年、香港雨傘運動を支援して拘束されていた中国人記者助手の張淼の弁護を担当していた。張淼は木曜に釈放されたが、その後に連行されたという。鋒鋭事務所に所属する弁護士たちも一様に電話で連絡がとれなくなっていた。その後、周世鋒が連行されたと最初に情報発信した人権弁護士、劉暁原も携帯電話に出なくなった。

鋒鋭事務所は警察のガサ入れにあった。この時、事務所を訪れていた人権弁護士、張維玉も約4時間拘束された。張維玉は「午後1時頃、突然警察がやって来て、私の携帯電話などを調べた。5時半まで取り調べが続いた。鋭鋒の弁護士たちの何人かは釈放されて、この場所を離れている」とRFAに語っていた。

 また李金星、李和平、江天勇といった著名人権弁護士が連絡の取れない状況という。このほか、法律相談NGOのボランティアや、民間の人権活動家も行方が分からなくなっている。

 これを受けて、7月12日、新華社、人民日報、CCTVなど中国中央メディアは「”維権(人権擁護)”事件の黒幕、鋒鋭事務所を摘発」と一斉に報道。ほとんどの中国メディアがこれに準じた報道を展開した。

 その内容は、実に恐ろしいものである。

「社会秩序擾乱を推進した大犯罪集団を壊滅」

 「目下、中国公安部の指揮により、北京はじめ各地公安機関は集中摘発行動を展開し、北京鋒鋭弁護士事務所を拠点に、2012年7月以降、中国社会で起きた40以上の(政治的)敏感事件、社会秩序を深刻に擾乱する重大犯罪を組織、画策、扇動した大犯罪集団を壊滅させた。”人権擁護”弁護士の立場でもって、”陳情者”が相互に連携して組織化するのを推進し、人数を集めて、細かい役割を振り分けてきた犯罪集団の全容がこれにより浮かび上がってきた。

 例えば今年5月の黒竜江省で発生した”慶安事件”。警察は合法的に発砲したのだが、これがなぜ”陳情者殺害事件”と扇情的に伝えられてしまったのか?(この事件がらみで社会秩序擾乱容疑で逮捕された)翟岩民、呉淦、劉星ら、”人権活動家”の仕業である」

 慶安事件について少し説明しておこう。2015年5月2日に、黒竜江省の慶安鉄道駅待合室で、陳情(地元政府の横暴を改善してもらうために上級政府に訴えること)のために列車に乗ろうとした男性(45)が、警官に乗車を妨害されたため、その警官の銃を奪ったので、警官に射殺された事件である。男性が、単なる「狼藉者」として、警官の発砲を正当化されそうになったところ、人権活動家の呉淦らが人権問題として再調査を訴え、人権弁護士らも調査に乗り出し、陳情者の人権問題としての関心を集めて世論も喚起された。だが公安警察は翟岩民らを「各地の陳情者に報酬を出して抗議活動を組織した」として社会秩序擾乱(じょうらん)罪で逮捕していた。

 公安サイドに言わせれば、こうした人権活動の名の下に行われる社会秩序の擾乱が、全国で急速に増えており、その黒幕の一つが鋒鋭事務所だというのだ。

報道ではこう主張している。「普通の事件を政治的敏感事件に扇動し、真相を知らない群衆やネットユーザーの政府への不満を焚き付けるのが鋒鋭の一貫したやり口だ。鋒鋭に所属する弁護士・黄力群はこう供述している。『(事務所主任弁護士の)周世鋒は自分のことを法曹界の宋江(北宋末の農民蜂起の指導者、水滸伝の主人公モデル)だと言っている。…違法な手段で事件を大きくする、法律を守らない食い詰めた弁護士を集めて、担当事件を大きく扇動していた』…目下、周世鋒、劉四新、黄力軍、王宇、王全璋、包龍軍など多くの容疑者が法に従って刑事拘留されている。彼らは他の重大違法犯罪に関わっている可能性もあり、さらに捜査を進めている」

習近平政権は人権擁護を重大犯罪と位置づけた

 これがどういうことか。習近平政権は、人権擁護活動を公式に違法だと、政権に刃向かう重大犯罪だと位置づけたのである。

 中国の人権問題は今なお深刻である。2011年の段階で年間23万件あった群集性事件、つまり暴動やデモ・抗議活動はその後も増えており、その多くが、自分たちの権利を不条理に踏みにじられたと感じる人々の不満の発露としての行動である。不完全な法治の下で、不条理な暴力に抵抗する最後の手法はやはり、暴力になってしまうのだ。

 中国では、あまり機能しない司法のかわりに、中国共産党の上層部門に直接問題を訴える陳情という独特の問題解決手段が残されている。だが、慶安事件のように、その陳情の権利すら、踏みにじられることが多い。人権活動家や人権弁護士たちの役目は、その庶民が受ける不条理な暴力や踏みにじられた権利を、ネットや国内外メディアを通じて広く社会に知らしめることで世論を喚起し、事実を党中央、中央政府の耳に届け、善処してもらおうということである。

 暴力に暴力で刃向かうしかなかった人々に、世論に訴える方法で、自分たちの窮状を中央政府に認識してもらい、中央政府に助けを求める手法を教える人権弁護士たちが、どうして政権転覆扇動や秩序擾乱に問われるのか。むしろ、社会を不安定化させる暴力的な群衆性事件や、不条理な社会への報復を目的とした他人巻き込み型自殺を防ぐ効果があるとは言えまいか。だが、習近平政権は、そういう人権活動家、人権弁護士たちを、社会の不満分子を焚き付けて社会を不安定化させるものと決めつけたのだった。

これまでの政権は、建前だけでも「国は人権を尊重し保障する」という中国憲法の条文を真っ向から否定するようなことはなかった。だから地方政府がいかにあくどく庶民の人権を蹂躙しても、党中央に声が届けば助けてもらえる、という一縷の望みを人々は持っていた。だが、この「弁護士狩り」によって、それは幻想であることを突きつけられた。「大衆路線」を掲げ、社会の末端の基層民(農民・労働者)の絶大な支持を得ているとされる習近平が一番恐れ、敵とみなしているのは実は、末端の虐げられた人民なのだ。

 実は、習近平政権のこうした性格は7月1日に施行された新国家安全法にも垣間見えていた。この法律は、「国家の安全を守る」ための総合的な法律と位置づけられ、その適用範囲が非常に広い。政治の安全、国土の安全、軍事の安全、経済の安全、文化の安全、社会の安全、科学技術の安全、情報の安全、生態の安全、資源の安全、核の安全などが、すべて国家の安全であり、これら国家安全を国内外の脅威から守ることが中国公民と組織の義務であるとしている。

 条文の中では、「いかなる国への謀反、国家分裂、反乱の扇動、人民民主専制政権を転覆あるいは転覆扇動する行為を防止する」とあり、この法律を理由に、人権擁護活動や言論の自由が大きく制限されるのではないか、と懸念されていた。従来も、政府に批判的な言論や活動は、挑発罪や政権転覆扇動罪などに問われる可能性は大きかったが、この立法によって、適用範囲はインターネット上や文化活動、経済活動などにも広がることになり、たとえば株価暴落を引き起こした企業の持ち株大量売りなども、政権転覆、あるいは国家安全を損なった容疑に問われるかもしれない。

 ちなみに、この法律は、反テロ法、国外非政府組織管理法と並んで習近平政権の高圧政治を実現するための三大立法とかねてから警戒されていた。また、ある種の非常事態、内乱や紛争状態までを仮定した立法ではないかという意見もある。

個人独裁、それは絶望への道

 こうした今の中国の現状を見て、思い浮かぶ言葉は、ただ一言、絶望である。習近平政権が望むのは、赤い帝国主義、赤いファシズムである。従来の共産党政治も独裁であったが、それは集団指導体制という寡頭独裁であり、改革開放を推し進めるにしたがって、それは党内民主に拡大していくかも、という期待を持つ余地があった。

 だが習近平政権が今向かっているのは、習近平を頂点とした個人独裁であり、政治も経済も人民の思想も心も、周辺国家の価値観ですら党の完全なコントロールを受ける世界である。このままでは、国際社会にとっても非常に危険なきな臭い国になっていくのではないだろうか。

だがここで、少しだけ気休めかもしれない言葉を贈ろう。台湾の民主化プロセスを積極的に取材している在米亡命中国人作家の余傑が、この事件について書いたコラム「中国は美麗島時代に突入」の引用である。「美麗島」とは、国民党独裁時代の台湾で、党外各派の活動家が集結して創刊された雑誌の名だ。1979年12月10日、「美麗島」誌が主催した高雄市のデモが警官隊と衝突し、同誌関係者が投獄された弾圧事件を美麗島事件と呼ぶ。この事件によって、台湾の民主化への希求は勢いを増し、後に逮捕されたメンバーや弁護団が民進党幹部となり、台湾民主化の大きな推進力となった。余傑はこう書いている。

新たな「美麗島時代」の始まりとせよ

 「私は明確に思ったことがある。この”暗黒の金曜日”は、中国が正式に『美麗島時代』に突入したという証しではないだろうか。中国の民主化の進み具合は台湾よりまるまる36年遅れている。しかし、ついにその時は来た。

 1979年の台湾は、今日の中国と同じく、もっとも恐ろしく、純心な時代であった。政治評論家の陳芳明の言葉を用いれば、美麗島事件は一つの歴史の終結のシグナルであり、一つの歴史の始まりであった。『美麗島事件は革命とは言えず、もちろん政変でもなく、政府がいうところの暴動でもない。だからこそ、新しい世代にとって、魂における一つの革命的風景となったのだ。…我々(中国人)は美麗島事件がどのように歴史の流れを改変したか遡って見る必要がある』…」

 余傑はあまりに夢見がちだろうか。

 いや、台湾の民主化の背景に、国際社会のサポートもあったことを思えば、そういう可能性もまだあるのだと思いながら、中国と向き合っていくことは必要かもしれない。