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『若き研究者は偽りの買春逮捕の末に殺されたのか “冤罪”と戦う遺族に中国公安警察の厚い壁』(5/20日経ビジネスオンライン 北村豊)について
5/20藤岡信勝氏のFacebookには熊本地震で一旦消えかかった衆参同日選の話が永田町を駆け巡っているとのこと。6/1解散、7/10投票とのことです。衆院の数は自民党も民進党も世論調査を実施して、両結果とも自民党は290(現290)を越え、民進党は100~110(現72)の数字になるとのこと(意味するところは、維新の21議席が吸収されるから(反日)民進党はそんなに増えるという事ではないです)。ですが、5/22日経によると参院選で「野党、全一人区で(候補者)統一へ」とあり、これを分断するためには同日選の方が小生は良いと考えています。衆院選にもプラスになるのでは。消費税増税凍結は衆院解散して民意を問うのが王道です。ついでに都知事選になるかもしれません。公明党は舛添のようなのを都知事にしてしまったのだから、製造物責任で早く辞任するようにしないと。候補は自民党or「こころ」から出すのが良いでしょう。
本記事は如何に中国社会が腐っているかという事です。共産党が支配する国では何でもありです。勿論他の独裁国家でもですが。日本の左翼は日本を中国のような社会にしたいと思っているのでしょうか?違うというのであれば今度の参院選で共産党と手を握るのをどう説明するのでしょう。左翼・反日政党に投票すると後々痛い目に遭います。
雷洋は無実の罪で警察に殺されたとしか思えません。筆者の見立てでは、買春の客が少なかったため、デッチアゲで彼を客に仕立てようとしたが、反抗したので殺したとのこと。中国の役人は警察以外でも傍若無人です。権限外でも好き勝手なことをします。中国人自身が自浄能力を発揮しなければと思いますが、「百年河清を俟つ」ことになるかも。賄賂が当たり前の何千年という腐敗社会の歴史ですので。
記事
“雷洋”は29歳、1987年に湖南省北部の“常徳市”に属する“澧(れい)県”で生まれた。生まれ故郷の澧県は常住人口78万人(2015年末)だが、生活保護者が6万人以上もいる辺鄙で貧困な地域である。その澧県出身の雷洋は2005年に優秀な成績で“全国高等院校招生統一考試(略称:“高考”:全国統一大学入試)”を突破して北京市にある“中国人民大学”へ入学した。大学で環境学を専攻した雷洋は、2009年に大学院へ進学し、2012年に“碩士(修士)”課程を抜群の成績で修了して修士号を得た。
修士となった雷洋は大学院を去り、“中国循環経済協会”に就職した。彼は中国環境経済と循環経済領域の専門家として、多数の工業団地計画、生態文明計画、汚染物処理計画、循環経済計画の立案作業に参加すると同時に、中国で最も著名な環境保護関連の三大期刊誌、『環境保護』、『環境科学』、『環境工程』に論文を発表し、中国の環境保護事業にとって得難き俊才として将来を嘱望されるようになった。
一方、私生活では、2013年5月7日に雷洋は“呉文萃”と結婚した。2人は故郷、澧県の高校“澧県第一中学”でクラスは違ったが同学年であり、呉文萃も2005年の“高考”を突破して北京市の大学へ入学していた。今年(2016年)は彼ら2人が知り合ってから14年目であり、4月24日には待望の女の子が誕生し、雷洋は父親となった。正に雷洋の人生は公私にわたり全てが順風満帆と思われた。しかし、「人生、一寸先は闇」の言葉通り、雷洋と呉文萃の夫婦にとって3回目の結婚記念日当日の5月7日に、予期せぬ不幸が雷洋を襲ったのだった。メディアが報じた事件の経緯を取りまとめると以下の通り。
3回目の結婚記念日が暗転
【1】5月7日は土曜日の休日で、雷洋は昼間ずっと家にいた。この日は夫婦にとって3回目の結婚記念日であったが、雷洋は23時30分に北京首都国際空港へ到着する飛行機で故郷の澧県から生後2週間の娘を見るためにやってくる雷洋の祖母、義妹、兄嫁の3人を出迎える予定だった。20時30分頃、一緒に住んでいる義父(呉文萃の父親)がいつまでもスマホ(iPhone)で遊んでいる雷洋を見かねて、空港へ出発しなくて良いのかと促したが、雷洋は「急がなくても、21時出発で十分間に合います」と答え、依然としてスマホに興じていた。それからしばらくして、雷洋は義父に「これから地下鉄で首都空港へ向かいます。空港で3人を出迎えたら、3人と一緒にタクシーで家へ戻ります」と告げて、21時前に北京市“昌平区霍営”にある“天鑫家園”団地の自宅を出発した。
【2】予定通り23時30分着の飛行機で北京首都国際空港へ到着した3人は、出迎えに来ているはずの雷洋を探したが見当たらなかった。遅れているのかもしれないとしばらく待ったが、雷洋は現れなかったので、呉文萃に電話を掛けて雷洋がいないことを伝えた3人はタクシーで雷洋の家へ向かった。3人が雷洋の家に到着しても、雷洋からの電話はなく、彼らは何度も雷洋のスマホに電話を入れたが全く応答はなかった。日付が変わった8日の午前1時頃、ようやく雷洋のスマホに応答があり、“東小口派出所”の警官と名乗る人物が電話口に出た。警官は雷洋に事故が起こったので、急いで東小口派出所へ来るよう要求したのだった。
【3】雷洋の身に何があったのか、心配した家族が慌てて派出所へ駆けつけると、そこで告げられたのは雷洋が死亡したという衝撃的な事実だった。警官は家族を警察車両で自宅まで送ってくれたが、その道すがら、雷洋が付近の“足療店(足裏マッサージ店)”で買春した容疑で逮捕され、激しく抵抗した上に、連行途中で車から飛び降り、再度捕捉された後に体の変調を来して心臓病で死亡したと経緯を語ったのだった。早朝4時30分、家族は警官に付き添われて“昌平区中西医結合医院”へ出向き、雷洋の遺体と対面した。遺体の頭部と腕には明らかなうっ血が見られたが、警察側は激しい抵抗と車から飛び降りたことによるものと説明した。
買春逮捕に疑問、冤罪・暴行を疑う声
【4】中国人民大学の修士であり、中国の環境保護分野で将来を嘱望されていた若手のホープが、自宅近くの足裏マッサージ店で買春した容疑で逮捕され、激しく抵抗した末に体の不調により死亡した。この「若きエリート研究者が買春した末に死亡」というニュースは世間を驚かせたが、家族や友人を含む雷洋の人となりを知る人々からは疑問が提起された。事件当日は3回目の結婚記念日であり、しかも23時30分には北京首都国際空港で祖母を含む3人の親類を出迎えなければならない人が、自宅に近い足療店で買春をするなどということが考えられようかというのである。雷洋の誠実な人間性から考えて、2週間前に一児の父となったばかりで、買春をすることなど絶対に考えられない。これは何かの間違いであり、雷洋は警察に因縁を付けられて抵抗したために暴行を受けて殺されたのではないのか。ネット上には警察側の暴力行為を疑う旨の書き込みが殺到した。
【5】こうした疑問に答えるかのように、5月9日夜、“北京市公安局昌平分局”は同分局の公式ブログに雷洋事件の経緯説明を発表したが、その内容は以下の通り。
5月7日20時頃、昌平警察は昌平区霍営の某住宅団地内にある“足療店(足裏マッサージ店)”で売春が行われていると通報があった。これを受けて、警察側は法に基づく捜査活動を展開した。当日夜、当該足療店で売春・買春の容疑で6人を逮捕した。このうち“雷某”(男、29歳、北京市在住)は買春の容疑で逮捕されたが、連行して取り調べようとしたところ頑強に抵抗し逃亡を図ったので、警官は法に基づく強制拘束措置を採った。しかし、取調べのために公安機関へ連行する途中で、当人が突然体の不調を示したため、速やかに医院へ搬送して応急手当を行ったが効果なく死亡した。昌平公安分局はこの状況をすでに検察機関へ通報済みである。“昌平区人民検察院”はすでに本件に介入し、調査・監督業務を展開している。目下、今回組織売春に関与した容疑で逮捕した他の5人は昌平警察により法に基づく刑事強制措置を採られており、警察側は依然として取調べを続行している。
【6】5月9日の発表では市民の疑念を払拭(ふっしょく)できないと考えた北京市公安局昌平分局は5月11日午前1時44分に事件に関する続報を発表した。その内容は以下のとおり。
疑念払拭に警察が「続報」
<買春を行った男性が取調べ中に突然死亡した件に関する続報>
5月7日20時頃、昌平警察は霍営にある某団地内の足療店で売春・買春が行われているという手がかりに基づき、私服の警官を配備して捜査を展開した。21時14分、警官が当該足療店から出て来た雷某(男、29歳、近所の住人)を発見し、即座に職務尋問を行い、身分証明書の提示を求めた。雷某は逃亡を図り、激しく反抗する間に警官を噛んで負傷させ、警官が所持していたビデオカメラを叩き落として破損させたが、取り押さえられて車に乗せられた。
車の走行中に、警官の隙を突いた雷某は後部座席から前列の助手席へ移動し、運転手を脅して停車させ、車のドアを開けて逃亡したが捕捉された。雷某は激しく抵抗したため、逃亡を防ぐため、警官は法に基づき雷某に手錠を掛け、21時45分に車に乗せた。取り調べのために連行する途中で、雷某の体が不調を示し、その状況が異常であったことから、警官が雷某を直ちに付近の“昌平区中西医結合医院”へ搬送し、22時5分に到着して緊急の応急手当を行った。雷某は応急手当の甲斐もなく、22時55分に死亡した。
当夜、警官は足療店で、“朱某”(男、33歳、黒竜江省籍)、“兪某”(女、38歳、安徽省籍)、“才某”(女、26歳、青海省籍)、“劉某”(女、36歳、四川省籍)、“張某”(女、25歳、雲南省籍)の5人を違法犯罪の容疑で逮捕した。取調べと法に基づく現場検証により、雷某が同足療店内で買春を行って200元(約3400円)を支払ったことを実証した。現在、上記の5人は昌平警察によって法に基づく強制措置を採られている。雷某の死因を究明するため、家族の同意を得た後、第三者に委託し、検察機関の監督の下で検死を行う予定である。
【7】この発表を受けて、メディアは一斉に動き始め、事件当日に自宅を出た後の雷洋の足取りを検証した結果、足療店付近の目撃者から以下の証言が確認された:
5月7日21時頃、昌平区霍営の某住宅団地内にある“足療店”は2台の警察車両と十数人の警官によって包囲されていた。そのうちに、手入れが始まったらしく、“足療店”内から大きな物音が聞こえ、その後で“足療店”から少し離れた場所からも叫び声が聞こえて来た。それは身長170cm位の若い男が3人の男たちと言い争っている声だった。若い男は周囲の人々に向かって「助けてくれ」と叫んでいたが、最後には3人に押さえ込まれ、黒色の車両に乗せられようとした。これを見て、ある者は110番へ通報したし、またある者は3人に何者かと尋ねたが、彼らは「自分たちは“便衣(私服警官)”だ」と答えた。通報を受けて付近の派出所から急行した警官が3人の身分証を確認したところ、彼らは確かに私服警官であった。
【8】一方、メディアは家族から聴取した事を根拠に次のような疑問を提起した。
遺族から4つの疑問
(1)雷洋は毎週のようにサッカーをしており、健康そのものだった。それがなぜ突然体の変調を来して死亡したのか。彼には心臓病の病歴もなかった。
(2)家族が雷洋の遺体と対面を許された時間は5~6分に過ぎず、遺体には白布が掛けられていた。このため、遺体の一部分しか見れなかったが、頭部と腕に明らかなうっ血があったほかは、さほどの外傷は認められなかった。逮捕しようとする警官と激しく揉み合ったり、車から飛び降りたのであれば、多数の外傷があってしかるべきだが、それはなぜか。
(3)雷洋は搬送されて22時5分に医院へ到着し、22時55分に死亡が確認された。いずれの時点でも速やかに家族へ連絡を入れるべきである。にもかかわらず、家族が8日1時頃に東小口派出所の警官が雷洋のスマホで応答するまで、警察側が雷洋の死を連絡しなかったのはなぜか。家族が雷洋の死亡を知るまでには2時間以上が経過していた。
(4)雷洋の遺品となったスマホには通信記録は残っていたが、なぜか位置情報の記録だけが削除されていた。位置情報記録の削除は故意に行われたものと思われるが、一体誰が何の目的で行ったのか。
【7】警察側は、雷洋が足療店で200元を支払って買春した証拠として押収した使用済みコンドームから雷洋のDNAを検出したと述べている。しかし、雷洋が自宅を出たのが20時45分から21時の間として、警察側が発表したように雷洋が足療院を出たのが21時14分なら、買春するには時間が短すぎることになる。現場付近の監視カメラの映像によれば、雷洋が自宅のある天鑫家園を出たのが21時きっかり、問題の足療店付近に到達したのが21時4分過ぎで、雷洋が3人の私服警官と揉み合いになったのが21時17分であった。ということは、雷洋は21時5分頃に足療店へ入り、いわゆる「本番」をして21時14分に足療店を出たことになり、所要時間はわずか9分しかない。誰が考えても雷洋が買春を行ったとは思えない。
【9】官製メディアの人民日報は、5月11日付で北京市公安局昌平分局の関係責任者3人に取材して、この事件の疑問点を質した記事を掲載したが、その答は以下の通りだった。
(1)雷洋がビデオカメラを破壊したために、現場状況の記録はない。 (2)雷洋は車から飛び降りたのではなく、停車させた車から正常に降りたので外傷はない。
(3)手錠を掛けた後の雷洋は反抗もせず、話もしなかった。しかし、様子がおかしいと気づいて医院へ搬送したもので、雷洋に暴行を行った可能性はない。
(4)家族への連絡が遅れたのは、雷洋が抵抗した際に所持品が四散し、スマホを見つけるのに手間取ったことによる。iPhoneはパスワードを入力しないと使えないので、位置情報記録を削除したことはない。
(5)雷洋が買春したことは現場で押収したコンドームのDNA鑑定から明白である。なおかつ、雷洋は逮捕された際の尋問に、“大保健(本番)”を行い、200元を支払ったと供述している。
人民日報の報道は、正に「死人に口なし」という言葉がぴったりの内容で、警察側の言い分に正当性を与えたものだった。雷洋の家族が委託し、検察院が承認した第三者による雷洋の検死は、5月13日に北京市公安局の法医検査鑑定センターで北京市検察院と法医学専門家の立ち会いの下に始まり、遺体解剖に続いて病理検査などが行われ、翌14日の早朝に完了した。この検死結果は20日後に公表されることになっている。20日後は6月3日になるとはずだが、どのような結果が公表されるのか。中国政府“公安部”や北京市公安局の影響を受けない正当な検死結果が発表されることを期待したいが、果たしてどうなるのか。
疑念晴れず、事件続々
検死結果に私服警官による暴行の痕跡が認められれば、雷洋の「買春した末に死亡した」という汚名が晴れる可能性はあるが、言われなき汚名を着せられたままでは雷洋は浮かばれまい。筆者が見る限りでは、足療店を張り込んではみたものの、客が入らないために空振りになると考えた私服警官が、たまたま通りかかった雷洋を買春容疑者に仕立てようとしたものと思われる。ところが、雷洋が思いの外激しく抵抗したため、外傷ができないように暴力を加えて逮捕したが、暴行の度合が激しすぎたために雷洋の体調が急変して死に至ったのだろう。
なお、5月16日、雷洋の妻の呉文萃は“北京市人民検察院”に対して北京市公安局昌平分局の雷洋買春事件に関与した警官を故意による傷害致死罪、職権濫用罪および証拠ねつ造幇助罪で告発した。
北京市では5月9日に世論を沸騰させた“魏則西事件”<注>の調査結果が発表されたことで、市民生活はようやく落ち着きを取り戻すかと思えたが、続いて発生したのは雷洋事件だった。これらのゆゆしき事件が続発するのは、中国社会に矛盾が蔓延しているからであり、中国社会が変調を来していることの証と言えるのではないだろうか。
<注>魏則西事件については、2016年5月13日付の本リポート「21歳の辞世ブログが暴いた中国医療の暗部」参照。
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5/19日経ビジネスオンライン 水野忠彦『習近平の指導力低下は、日本にとってマイナス 東京大学教授 高原明生氏に聞く』、中島恵『新文化の担い手になりつつある「80后」 「反日的」とも言われたが…』について
習近平=独裁者と思っている人間にとって、「彼の指導力低下は、日本にとってマイナス」という表題は刺激的過ぎます。プーチンにも同じことを言えるのかなあ?東大教授と言うのはアカが多いので、共産党支配を崇め奉り、人権抑圧の部分が見えなくなっていると思います。こういう先生に教わり、真面目に勉強すれば片端な人間ができあがるのではと心配になります。
長い間の反日教育(袁世凱時代から)と指桑馬槐のお蔭で誰が主席になっても反日は止められません。米国と戦争をして中国が勝てば、凱旋将軍として反日を止めさすことはできるでしょうけど、その場合、反日ではなく日本を属国にするでしょうから、関係なくなります。毛沢東は日本軍との戦争を避け、逃げ回ったことを「長征」と言い換え、朝鮮戦争では国民党の残党を「屍を乗り越え」させ、その戦争に功のあった彭徳懐を廬山会議での上申を逆恨みし文化大革命で拷問死も同然の扱いをさせました。毛が中華人民共和国の建国の父として天安門に大きな額が掲げられているのですから、中国人のレベルが知れるでしょう。鄧小平も中越戦争に敗れたにも拘わらず、国内向けには勝ったことにしていました。強い独裁者の存在が日本にとってプラスになるという論理が理解できません。毛にしても鄧にしても権力闘争で対立相手を粛清してきました。反日と言う蜜の味を覚えた中国人がそれを手放すはずがありません。
独裁者の定義の問題ですが、高原氏は「地方が言うことを聞かないから習は独裁者でない」と言いますが、中国人は「上に政策あれば下に対策あり」で下の人間は自分の不利益を知恵で回避してきた歴史があります。中国の歴代政権は独裁でないのかと言いたい。中央集権や群雄割拠の時代もありましたが、民主主義とは縁遠い歴史しか持ち得ていません。共産党一党独裁と言うではないですか。戦前の日本を軍部独裁と言うのであれば、それ以上に国民に自由を認めない政治体制を、「習は独裁者でない」という事で共産党のイメージを和らげる効果を与えるのはどうかと思います。勿論、東条英機は独裁者ではありませんし、戦前日本が独裁国家であったわけではありません。
中島氏の記事では、「80后」は愛国教育のお蔭で反日が刷り込まれていると思ったが、そうでなかったとのこと。毛沢東の閉鎖社会の時代から鄧小平の改革開放の時代で、いまや海外に旅行や留学に行く時代になっていますから、見分を広め、共産党が正しいことを言っている訳ではないというのを肌で感じ取れるようになってきているのかも。でもこれも今まで経済がうまく行っていた余裕があったからでしょう。借金をすることで短期間に経済成長してきましたが、それだけでは必ず行き詰まります。借金は必ず返さなければなりません。どこから返すかというと売り上げを上げて、利益の中から返すことになります。政府であれば税金を上げてとなります。中国は借金して、不動産投資でGDPを上げてきましたが、実需がなく鬼城になっている所も多いです。資本主義国ではハゲタカが安く買って、再生して売却するという手もありますが、中国はそんなノウハウはありません。米国のハゲタカの手には渡さないでしょう。結局、札を増刷する(=インフレ)ことしか手はありません。国民生活が苦しくなり、それが革命を齎すかもしれません。共産党は内部矛盾を反日で乗り切ろうとするのでは。大陸にいる日本人は早めの帰国を勧めます。
水野忠彦記事
尖閣諸島の問題から、最近の中国による南シナ海での人工島造成まで日中間の関係改善を阻む壁は多い。日本から見ると中国の最高権力者、習近平は中国をどんな国にしたいのかも疑問だ。習近平は何を考えているのか。今後の日中関係はどうあるべきか。中国政治研究の第一人者である東京大学の高原明生教授に話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス、水野孝彦)
2014年から日中関係は改善を始めた
—現在の日中関係は日中国交正常化以後の歴史の中で見ると、最悪期にあたるのでしょうか?

高原 明生(たかはら・あきお)氏 東京大学法学部教授 1981年東京大学法学部卒業、1983年サセックス大学開発問題研究所修士課程修了、1988年サセックス大学開発問題研究所博士課程修了などを経て、2000年立教大学法学部教授。2005年東京大学法学部教授。専門分野は現代中国の政治、東アジアの国際関係
高原:日中国交正常化以後の日中関係は70年代、80年代は良好でしたが、90年代から下り坂となり、2010年以降からガラガラッと関係が悪化しました。ただ、2014年から関係改善の兆しが見えてきました。理由としては4つあります。
まず、安全保障の面です。2014年5月、6月と続けざまに日中の軍用機のニアミス事件が起きました。本当に衝突していれば、対立はエスカレートせざるを得ませんから、危機管理のメカニズムを実用化する必要があると中国も理解しました。
次に中国経済の減速が明らかになる中で、日本との経済的なつながりの大切さを中国の指導層も再認識したということが挙げられます。
そして3つ目は、国際関係という面では南シナ海での米中の対立などで、米との新型大国関係が滞っています。対米関係悪化の局面で欧州やアジア諸国との関係改善を図るというのが、中国の歴史的なパターンです。いま進めているのは「一帯一路」(「シルクロード経済ベルト」を意味する「一帯」、「21世紀海上シルクロード」を意味する「一路」)という経済圏構想ですね。そうした外交路線の転換の一環として日本との関係改善を図っていると考えられます。
最後に中国国内政治です。中国にとって対日関係の改善は強いリーダーしか取り組むことができない課題です。反日宣伝キャンペーンのおかげで、日本に理解を示すことは政治的に正しくない行為となっており、容易に政敵の批判を受けるからです。その意味では習近平総書記の力が強まったことで関係改善が進んだと言えます。
ただし、今後も楽観はできません。経済の減速が進めば、ナショナリズムで中国共産党や国民をまとめようとする可能性があり、東シナ海の尖閣諸島近海に送り込んでくる船を増やすなどの形で、日中の対立をあおる可能性も否定できません。社会が動揺している時期は、どこの国の世論も揮発性が高く、中国もそれにあたります。不必要な摩擦が生じることを避けるよう、日中両国の要人は言動に注意すべきでしょう。
日本と中国のお互いに対する認識ギャップは大きく、日本人は最近の日中の緊張関係を全部、中国が悪いと考えていますが、中国人はみんな日本が悪いと思っています。こうしたギャップを縮める努力が必要です。
—中国の世論は、中国共産党や官製メディアにコントロールされているのではないのですか。
高原:中国共産党が国を導くという基本原則があり、官製メディアの世論へのリーダーシップも強いです。ただ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも世論を動かす力はあり、だからこそ、共産党はインターネットの管理に力を入れているのです。お互いの相互作用で中国全体の世論と言いますか、「社会の雰囲気」が形成されています。
実際のところ、中国の政治家はSNS上の世論をかなり気にしています。地方の幹部がニュースに出ていたときに高級時計をしていたといった書き込みで、本当に失脚することもあるほどです。もちろん、中央のトップについての批判やパナマ文書関連は厳しく検閲されているので、その限りではありません。

習近平にとって大切なのは中国共産党の支配が続くこと
習近平は独裁者ではない
—そもそも最高権力者である中国共産党の習近平総書記は、中国をどうしたいのでしょうか?
高原:はっきりしませんね。経済的、政治的な改革をする「右」方向に行きたいのか、毛沢東時代をほうふつとさせる「左」方向に進みたいのか、もちろん中国にとって望ましいのは、国有企業の寡占体制を打破し、富の分配制度を改革することです。その2つを実現するための政治改革も必要です。これは前首相の温家宝時代から言われていたことで、現在の財政部長(日本の財務大臣に相当)も所得税の累進税率の強化や不動産税の徴収強化を主張していますが、既得権益を奪うようなことは政治的に難しいです。
ちなみに、遺産税(日本の相続税に相当)は税目としては存在するのですが、実際には徴収されていません。さらに、大金持ちだけが相続税の徴収に反対するかと言えば、そうでもないのです。家やクルマをやっと手に入れたのに手放すのは嫌だという市民も多いというのが現実です。
習近平自身については二つの見方があります。一つは政治改革を本当はしたいが、その前に抵抗勢力を打ち払って二期目で政治改革に取り組むという説です。もう一つは政治改革に興味はないというもので、私は現時点では後者だと思っています。
彼にとって大切なのは中国共産党の支配が続くことです。政治改革に興味はないと感じます。海外の第三者から見ると、中国共産党が絶対的な権力を手放す方が、長い目で見て国家や社会が安定すると思うのですが、当事者はそう考えられない。中国のことわざには「虎にまたがったら降りられない(騎虎の勢)」という言葉があります。背に乗り続けていないと食われてしまうという意味ですが、権力を手に入れた以上、それを維持するしかないということです。
反腐敗の取り締まりが続くことで、地方の幹部が萎縮してやる気を失い、経済への悪影響が懸念されていることは、習近平も認めるところです。習近平は幹部たちの不作為を批判しているのですが、彼は独裁者ではない。地方の幹部たちは面従腹背で言うことを聞きません。
自分で何でもコントロールしようとし過ぎたことで習近平への反発は強まっています。2月19日に新華社や人民日報といった三大メディアを回って、「メディアの姓は党」であり、「党の喉と舌」として党中央の意向をきちんと伝えることを要求しました。
それに対しては、強い反発を世論の側から受けました。特に反腐敗の取り締まりを進める王岐山の友人で経営者の任志強氏が痛烈に批判し注目を集めました。官製メディアからはその任志強氏への批判が始まりましたが、騒動の最中、中央規律検査委員会は「千人の諾諾は一士の諤諤に如かず」(千人の服従は、一人の直言に及ばない)と題した記事をホームページに掲げました。そして任志強氏への批判がやんだことで、習近平が妥協を強いられたと格好の話題になりました。
また、「習近平同志を中核(中国語で核心)とする党中央」というフレーズを使うことがいくつかの地方指導者から始まり、誰がその表現を使うか多くの人々が固唾をのんで見守っていたのですが、中央政界の人のほとんどは呼応せず、キャンペーンは頓挫してしまいました。これは習近平の威信に打撃を与え、潮目が変わってきたと感じます。
3月4日には官製メディアの1つに習近平同志への公開書状が公開され、数時間後には取り下げられたのですが、不景気や外交上の孤立化、メディア統制や権力の独占など諸方面の習近平の失政を並べ立て、その辞職を勧告する内容で、政治的に高いレベルでの抗争があることを示唆するものでした。
少なくとも2015年までの様に政敵を次々に倒していた頃と、習近平を取り巻く環境は違います。来年開催される5年に1度の中国共産党の党大会に向けて、いよいよ熾烈な戦いが始まったということです。党大会では7人の政治局常務委員のうち、5人が交代する可能性があり、そこに誰が入るのか。構図としては、「習近平の支持者たち」と、反発する元総書記の江沢民や前総書記の胡錦濤につらなる人々を含めた「その他の勢力」との対決です。
中国の政治が今後も安定していると思う人は少数派
—習近平総書記の力が落ちることは日本にとってプラスですか、マイナスですか?
高原:習近平の力が落ちるのは現時点では日本にとってマイナスだと考えます。習近平は対日関係改善に踏み切り、2014年、2015年にそれぞれ1回ずつ日中首脳会談を実施しています。そのほかにも複数回、日中関係の改善を訴える良い演説をしてきました。
例えば、2015年5月23日、自民党の二階俊博総務会長が3000人以上の旅行業関係者を連れて中国を訪問した際に演説し、「みなさんを通じて多くの日本の方々に心からのご挨拶と祝福の意を申し上げます」「歴史のわい曲は中国人も日本人も許しません。日本国民も戦争の被害者であり一緒に平和を築いていかなければなりません」といった趣旨の演説をして、人民日報の1面に大きく掲載されました。ただ、日本のあるテレビ局はそのニュースのキャプションで「歴史のわい曲許さず」とだけ強調していて残念でしたが…。
—これからの日本と中国はどうなると思いますか?
高原:2014年に中国を訪問し、様々な人の話を聞いたのですが、中国の政治や経済がこれから先も安定していると思っている人は少数派です。何がどうなるかは分からないが、大きな変動がこれからあると多くの人は思っています。
中国では党が認めた宗教については信教の自由が認められていますが、非公認のものも含め、キリスト教や仏教の信者が増えています。これも将来への不安の表れではないでしょうか。ちなみに布教の自由はありません。
たとえ経済成長率が3~4%に落ちたとしても、相当大きなマーケットが毎年、新たに生まれると考えられますが、経済成長率が4%にまで落ち込んだ時に中国が政治的、社会的に安定を維持できるのかは、注意深く観察していく必要があると思います。北京や上海を見ているだけでは、中国の実態は分かりません。もっとお互いをよく知る努力が必要で、中国からたくさんの観光客が訪れていることはその意味で、素晴らしいことです。
できれば、さらに影響力のあるブロガーを含めた両国の知識人がお互いの国を訪ねて交流したり、多くの青少年がお互いの国でホームステイをしたりすることも大事です。特にお互いの国の政治家の家にホームステイできれば、より良いでしょう。そして、自衛隊と人民解放軍の交流も大事です。認識ギャップが危険なまでに拡大している現在、相手の部隊を訪問したり、艦艇交流をしたりすることで、相互理解を深めることが非常に重要です。
中島恵記事
中国の変化は日本の何倍のスピードだろうかと思うほど速い。1年前に見かけた自動販売機は日本のような最新式のものに取って変わり、ショッピングセンターも行くたびに変わる。風景や建物だけでなく、人々やソフトの内容まで変化している。環境の変化に対応するだけでフラフラになるほどだ。
だが、従来の変化はほとんどが経済的なものが中心だった。これまで中国は経済の発達スピードに比べて、文化の発達スピードは遅いと言われてきた。経済最優先で、文化の充実は後回しにしてきたからだ。マナーや道徳などの面も同様で、それが各国から中国が揶揄されるひとつの材料になってきたが、ここへきて、文化レベルの向上が見られるようになってきた。先日、中国各地を自分の足で歩いてみた実感だ。
新文化の担い手となっているのは、かつて80后(バーリンホー、1980年代生まれ)と呼ばれ、メディアを賑わせた世代の人々だ。日本でいう「新人類」のように注目された世代だけに、記憶に残っている人は多いだろう。一人っ子でわがまま、権利意識が強く、愛国主義の影響で一部では反日的だとも評された世代(現在27~36歳)である。
そんな「貧しさを知らない中国のボリューム世代」である80后(バーリンホー)が、いよいよ中国文化をけん引していく時代に入ってきているのではないか、と感じたのだ。
まずくて薄くて高いコーヒーが…
たとえば、カフェ文化の担い手だ。中国のコーヒーといえば「まずい、薄い」、そして最近では「日本より高い」が当たり前だった。中国料理にコーヒーはマッチしないからなのか、東アジアの中で、コーヒー文化のレベルは日本だけが突出して高く、比較的早く経済発展し始めた香港や台湾などでさえ、コーヒーの味はイマイチだと感じることが多かった。だが、最近は事情が変わってきた。香港や台湾にもないような、日本のカフェを模した洗練度の高いカフェが、次々と中国に出現しているのだ。それらを経営しているのはいずれも80后の若手中国人たちだ。
「おいしいコーヒーを淹れるだけでなく、植物をたくさん置くことで、お客様にリラックスしていただける空間を目指しています」
はにかみながらこう笑顔で語るのは、杭州でカフェを経営する80代前半の女性経営者2人。そのうち一人は以前テレビ局でアナウンサーとして働いていたが「自分でお店をやってみたくて」独学でカフェ経営を学び、昨年この店をオープンさせたという。広々とした店内には、たくさんの観葉植物や、京都までわざわざ行って仕入れてきたという雑貨や本などが飾ってあり、まるでどこかのドラマのセットかモデルルームかと錯覚するほど。植物には値段がついており、50元(900円)、100元(1800円)と安くはないが、インテリアになりそうなおしゃれな植木鉢に植えられており、思わず、ここが日本国内だったら買って帰りたいと思ってしまった。

杭州にあるカフェ
「杭州にはカフェやレストラン、手作りの雑貨や家具などを扱う専門店が集積する一角がある」と中国人の友人に連れられて出かけたのだが、まさに、ここがそのカフェだった。ほかにも数軒のカフェを訪れたが、経営者はすべて30代、店員は20代だった。
友人によると、彼らはわざわざ“コーヒー先進国”日本まで出かけ、カフェをはしごして店の内装などを研究。新鮮な豆の仕入れ方や豆のひき方、ドリップの仕方など、カフェに必要な要素を学んでいるという。道理で、日本のカフェにいるのと遜色ない。

杭州にあるセレクトショップ
「本土ブランド」も人気
専門的な店といえば、上海の旧フランス租界、富民路という雰囲気のいい通りには中国ブランドを集めたセレクトショップがいくつも出現している。衣服、アクセサリー、小物などファッションに関するブランドは、2~3年前から地元のファッション誌などで「本土品牌」(ベントゥーピンパイ)と呼ばれるようになった。中国人(地元)のデザイナーによるオリジナルのブランド(品牌)だ。セレクトショップには20前後のブランドが置いてあり、有名になりつつある新進のデザイナーの作品も含まれているが、彼らもほとんどが80后だった。
今回の取材旅行中、私はセレクトショップを訪れることができなかったのだが、偶然、飛行機の機内誌を読んでいたとき、行ってみたいと思っていたショップの特集が目に留まった。
それによると、ファッションデザイナーのひとりは1983年生まれの33歳。ファッションを学ぶためにニューヨークのファッション工科大学に留学。イタリアでも修業を積んだあと、地元上海に戻り、2013年に自らのブランドを立ち上げたという。インタビューには「留学中はニューヨークが世界の中心だと思っていたが、上海に戻ってみると、それぞれの場所に、それぞれの面白さがあることを知った」と書いてあり、気負ったところはない。とくに中国色を打ち出した中国的なデザインというわけではなく、どこかコスモポリタン的なデザインだ。
この記事を読んでいて、私ははたと気がついた。今回の中国取材中、アトランダムに30人ほどの中国人にインタビューしたのだが、考えてみれば、カフェやホテルの経営者、デザイナー、大学教師など、取材相手の多くが30代の80后だったのだ。中国の平均年齢は日本より10歳ほど若く約30歳。だから、30代の中国人に出会う機会が多いのは、考えてみれば当たり前で、不思議なことではないのかもしれない。中国のボリューム世代であり、日本でいえば「団塊ジュニア」前後の働き盛りに当たるからだ。
中国には珍しい体験型の宿泊施設
だが、とくに感じたのは、デザイン性が高く、創造性に優れ、従来中国になかった新文化などをリードしているのが80后という特徴があるのではないか、と思ったのだ。
杭州で出会ったホテル経営者も、前述のデザイナーと同じく33歳だった。彼も以前はデザインの仕事をしていたが、農村にある古い民家を活用できないかと考え、それまで中国にあまりなかった民家を改装したプチホテルの経営に乗り出した。1泊1000元(約1万8000円)ほどだが、都会で疲れた同世代(30代)以上の夫婦や家族連れがSNS(交流サイト)で情報を拡散し、密かな人気となっている。都会の人にとっては珍しい野菜の収穫体験や魚釣りなどが目玉で、従来中国にはなかったタイプの宿泊施設だ。彼は「自分と同世代の中国人は仕事のプレッシャーに追われている。リラックスできる場を提供したいと思った」と、ホテルをオープンする経緯について話してくれた。
このホテル経営者の事務所を訪ねたとき、仲間のひとりだというグラフィック・デザイナーにも出会った。彼は1982年生まれの34歳。江西省の田舎の出身だ。幼い頃から絵を描いたり粘土をこねたりするのが好きで、早くから美術の道を志した。一人っ子だが、両親は「何でもやりたいことをやらせてくれた」(同デザイナー)という。
上海の大学で専門的に美術を学び、デザイン会社を経て、現在は独立してデザイナーとして活躍している。いくつかのオブジェや革小物、文房具のようなものを見せてもらったが、センスがよく、素材にこだわった手触りのよい作品が多かった。そのデザイナーは「日本のグラフィック・デザイナーの大治将典さんの作品が好きなんです」と語っていた。デザインに優雅さがあり、東洋的な雰囲気を感じるからだそうだ。どうしても見たい美術展や個展がある場合は、わざわざ飛行機に飛び乗って、日本に出かけるとも話していた。
私が出会った80后に共通しているのは、自由な発想と創造力、そして柔軟性を持っているという点だ。さらにいうならば、自然な形で隣国・日本の文化を受け入れ、真似ごとではなく、自分たち流にアレンジできているという点だろう。どちらも、それまでの中国人にはなかった特徴と傾向だ。
中国の教育は、よく知られている通り「詰め込み式」のスパルタ教育である。中国の中学・高校には、日本と同じようなクラブ活動はほとんど存在しない上に、中国では勉強でいちばんになることが最善とされてきた。むろん、受験競争も厳しく、ボリューム世代である彼らは勉強漬けの毎日を送らざるを得なかった。だから、彼らの中で優秀な人は、勉強はできるかもしれないが、独自性とか発想力はあまりないのではないか、と私は思ってきた。
ところが、じっくり話を聞いてみると、必ずしもそうではないようだ。もちろん、大多数の中国人の価値観は今も勉強一辺倒だが、それ以外の価値観も徐々に許されるようになってきている。最近の10代の若者にはとくにそれが顕著だが、その先駆けとなっている第一世代が、1980年以降に生まれた彼らなのではないかと思うのだ。
前述のグラフィック・デザイナーは「両親の時代は貧しく、勉強したくてもできない世代だった。学校の勉強も大事だが、私の両親の場合は私の意志や希望を尊重してくれた。美術をやりたいなら、とことんやってみなさい、と背中を押してくれた」と話していた。
ホテル経営者も、ホテルの開業資金の一部を父親が捻出してくれたといい、文化大革命時代に青春を送った両親が「自分たちにはできないことだからこそ、息子や娘にさせてあげたい……」という。中国の親が子供に欧米への留学を薦めるのも、かつての中国ではどんなに優秀でも出国することは困難だったからだろう。つい十数年前までは、中国人に生まれたがゆえにできないという、日本人には想像できないほど不自由なことが多かったのだ。
彼らが生まれたのは中国の改革・解放(1979年)の翌年以降だ。中国がようやく世界に向けて足並みを揃えようと第一歩を踏み出した頃だ。彼らが小学校に入るくらいの頃からは生活も豊かになり始め、習い事などもかなり自由にさせてもらえるようになった。
34歳のグラフィック・デザイナーはいう。
「中国はこの100年間、世界に相当な遅れを取ってきたけれど、この20年ほどは猛スピードで追い上げてきた。そこで歪みも生まれたかもしれないが、いいこともあった。私たちの世代が幸福なのは、インターネットの発達によって、昔の作品や外国の情報など、中国にいながらにして、かなりのものを見たり読んだりできることです。ネット上には何でもありますから。そこには時差もなければ国籍もない。私たちは自分たちが生まれる以前の中国のことも、世界のことも、日本人が想像している以上によく知っているんですよ」
80后に与えた日本の影響
私が中国の微信(中国版line)でよく見ているものに、「一条」というサイトがある。上海画報という雑誌が作ったウェブメディアで、国内外のライフスタイルやトレンドを紹介しており、中国では約5000万人がフォロ―しているのだが、そこにも最先端と思われるファッションや、外国人が撮影した昔の中国の貴重な映像などが紹介されていて勉強になることが多い。微信から流れてくる情報を見ているだけで、膨大な知識を得ることができる。
「それに、中国人にとって、日本の影響は非常に大きいです。すぐそばにある世界の最強国であり、同じ東洋の文化を共有しているのですから。幼い頃から見てきた日本のアニメや、小説、ドラマが私たち80后の生き方や創造性に強い影響を与えていることは間違いないと思いますね」
これまでの取材でもずっと感じてきたことだが、80后世代は、その前の70后(70年代生まれ)、60后(60年代生まれ)と大きく異なり、日本に対するアレルギーや固定概念がほとんどない。以前は愛国教育の強い影響を受けていると思われてきたが、彼らと話していると、それを感じることはほとんどない。また、すぐそばにある“できすぎた国”、日本の影響を受けることによって、一時期は中国にパクリ文化がまん延したが、それを80后たちは「恥ずかしい。やめてほしい」と感じるようになり、最近では、日本のものをそのまま受け入れたり、自分たち流にアレンジしたり、再創造できるまでになってきた。一定の時間を経て、独自の想像力を持てるようになったり、視野を広げる余裕ができたのだ。
2012年、私は『中国人エリートは日本人をこう見る』という新書の中で、80后の女性作家であり女優の田原さん(芸名)を紹介したことがある。2011年に北京で彼女に会ったとき、有名な商業施設である三里屯(サンリートン)の建築は日本人の隈研吾氏であると指摘し、「彼らは、とくに日本風のデザインを用いているわけではないのに、日本的なカラーやスタンスをちゃんと持っている」と話していた。同時に「中国では1966年から約10年間続いた文革によって、文化に大きな断層がある。北京の街を見渡してみても、高層ビルが立ち並ぶだけで、中国的な伝統文化が感じられない」と嘆いていたが、あれからわずか数年で、彼女たちの世代は大きく変わってきたのではないかと思う。
中国を代表するような建築物やファッションなどはまだ中国人の間から生まれていないが、もし生まれるとしたら、きっとこの80后世代からではないかと思う。
5年前の取材のとき、田さんに「10年後、あなたたちの世代が中国の中心になったとき、中国はどうあるべきだと思いますか?」という漠然とした問いかけをしてみたことがある。そのとき彼女は「自分たちの文化を持つこと。いや、取り戻すこと、というべきなのかな」と答えてくれたが、あと5年で、その時期を迎える。中国に新文化が花開く日は近い、と私は思っている。
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5/18日経ビジネスオンライン 福島香織『中国は「亜文革」時代に突入した 50年前の「文革」と違うこと、変わらぬこと』について
「五十六朶花」をネットで調べると下記の写真が出てきました。全然垢抜けしていません。北朝鮮と何ら変わりません。所詮自由のない国のイベントです。プロレタリア芸術(芸術ではなくプロパガンダと呼んだ方が正確でしょうけど)とは底が浅いものです。

本記事の下の写真は50年前の文革の様子でしょう。今時「毛沢東語録」を翳す人はいないでしょうから。ただあの当時中国にカラーフィルムがあったのかと吃驚しましたが。
文革時代は親子であっても毛沢東思想を優先し、親が外れた行動をした場合、党に密告することを奨励していました。林彪事件もそうでした。人倫に悖る行為です。独裁国家だからできるのであって、こういう国を理想と思っている左翼の脳の中を見て見たいものです。座標軸が大きく狂っているとしか言いようがありません。
中国は歴史上いつでも権力闘争をしてきました。習と王岐山、習と李克強と敵は沢山います。また、軍の中にも利権にあずかれない不満分子は沢山います。習の暗殺orクーデターもあるかもしれません。日本は米豪印台+ASEANで中国共産党の崩壊に備えなければ。
記事

50年前の「文化大革命」と何が違い、何が変わらないのか(写真:Paolo KOCH/RAPHO/アフロ)
先日の5月16日は文化大革命が開始された、俗に言う5・16通知が政治局会議で可決した日である。この日をもって文化革命小組が改めて組織され、文化大革命という名の大衆を巻き込んだ権力闘争が開始された。ちょうど50年前のことである。
ところで、この50年前の出来事が、過ぎた歴史事件として笑い飛ばせない状況である。2014年10月に文芸工作座談会が行われて以来、習近平夫人の元軍属歌姫・彭麗媛が芸能界を牛耳るようになると、文化・芸能を通じた政治宣伝が活発化した。
とくに習近平の個人崇拝的なものが目立ちはじめ、たとえば今年の春節(旧正月)の大晦日に行われた中国版紅白歌合戦と称される「春節聯歓晩会」などは、もとは庶民の年末の娯楽番組に過ぎなかったのに、あからさまな習近平礼賛色番組になってしまった。
また有名な革命劇「白毛女」が彼女の演出で2015年、3D歌劇として復活上映されると、「紅頭文件(党内部通知文書)」で党幹部たち全員が見るように通達されたりもした。中国の一部知識層の間では2014年秋以降を、プチ文革(亜文革)、彭麗媛の江青(毛沢東夫人、文革を主導した一人)化などとささやかれている。
なので、5月2日に人民大会堂で行われた「五十六朶花」(56フラワーズ)という純国産少女アイドルグループによる“文革コンサート”も、習近平と彭麗媛の仕掛けるプチ文革現象の一端かと思った。だが、どうやら、もう少し複雑な背景がありそうである。
元軍属歌姫と、56フラワーズと
このコンサートの演出、選曲はすべて、文革時代を彷彿とさせるようなものだった。紅衛兵が毛沢東を礼賛するように少女たちが右手を掲げて、「社会主義好!」や「共産党が無ければ新中国はない」といった革命楽曲、「大海航行は舵手に任せよ」といった文革楽曲、果てには習近平総書記に捧げる「肉まん屋」「あなたを何とお呼びすればよいのか」といった楽曲を毛沢東のイラストや習近平の映るニュース映像などをバックに映し出した舞台でオーケストラに合わせて合唱し、踊ったのだから。
このグループ自体は、日本発のAKB48や、AKBをプロデュースした秋元康が手掛けた中国人少女アイドルグループSHN48などに対抗して、文化部傘下の東方文化芸術院宣伝部に属する民間芸能グループとして発足。解放軍芸術学院や中央民族大学付属高校などから16歳~23歳、身長175センチの少女50人以上を集めた世界最大の少女アイドルユニットという。お披露目記者会見のニュースでその姿を初めてみたとき、私もラジオ番組などで話題に取り上げたが、なんともあか抜けず、もっさりした印象を持っている。ちなみにプロデューサーも、入団には顔やスタイル、セクシーさは必要ない、と語っている。
ただ、彼女たちが歌う曲は、デビュー当初から普通のアイドル楽曲ではない。日本の少女アイドルグループと共通するのはミニスカの制服に似た舞台衣装と恋愛禁止、無断外泊禁止のルールぐらいで、歌うのは五星紅旗やオリンピックスタジアムや空母遼寧の映像をバッグにした舞台での革命歌、毛沢東礼賛歌や、彭麗媛の往年のヒット曲「希望の田野の上で」などの、いわゆる共産党礼賛歌ばかりだ。新譜も恋愛やいまどきの少女の気持ちを歌ったものではなく、「習大大(習おじさん)がもし私の家に来たのなら」など習近平や党への賛歌や中国の国威発揚がテーマだ。
一応、民間のグループ、ということになっているが、党の後ろ盾によって、党と国家の宣伝目的に生まれたグループなので、純粋な商業アイドルとは違う。
「文革再現」に非難殺到、主催団体は…
発足当初から、そういう存在であることは周知のはずだったが今年5月2日の人民大会堂コンサートは非難が殺到した。たぶん、「大海航海は舵手に任せよ」といった紅衛兵たちの愛唱歌を紅衛兵そっくりな彼女たちが歌ったことが、文革時代の迫害の凄まじさを覚えている人たちの神経を逆なでたのだろう。
この“文革コンサート”に対し声をあげて糾弾したのは、建国初期の労働相で元全国政治協商委員会・馬文瑞の娘、馬暁力だ。彼女は激怒して「この文革コンサートを誰がやらせたのか徹底調査すべきだ」と中央弁公庁主任の栗戦書に直接手紙を書いた。馬文瑞は習近平の父親の習仲勲と青年時代からの付き合いで陝甘寧辺区および中共中央西北区でともに戦った戦友。文革時期には二人とも厳しい迫害を受けた。
とにかく、紅二代と呼ばれる革命家の娘自身が批判の声をあげたものだから、誰がこんな演出や選曲を考えたのか、と慌ててその責任のなすり合いが起きた。
このコンサートは、中央宣伝部社会主義核心価値観宣伝教育弁公室(社宣弁)、中国国際文化交流センター、中国共産主義青年団中央中華未来の星全国組織委員会、中国歌劇舞劇院が共催となっている。
だが、中央宣伝部側は6日までに香港紙星島日報の取材に対し、社宣弁なんて組織は存在しない、そのようなコンサートに関知していない、と否定。中国歌劇舞劇院は6日、「“中央宣伝部社会主義核心価値宣伝教育弁公室”なるものは虚構で、ウソの情報を提供されてわが院の信用をだまし取られた」と声明を出した。同日、コンサート開催を批准した北京市西城区文化委員会は「コンサート開催を申請した時に決められていたのとは違う、虚構組織の社宣弁が主催団体に付け加えられていた」と発言。一方、56フラワーズ文工団の団長は、メディアに対して、社宣弁についての発言を拒否しつつ「演出に文革宣伝の意図はない」と訴えた。
本当に社宣弁という組織はないのか、というと存在の形跡はある。2015年12月29日に行われた「2016年名人名家迎新年聯歓会」を主催しており、中央政府機関や党委員会の幹部、書画家や著名な毛沢東役者、周恩来役者らが出席している、と中国の「捜狐」サイトにある。また2016年1月24日、「責任天下公益春晩」活動を主催し、新華社や光明ネットなどの公式メディアも宣伝に参加している。ただ、ネットに出回っている社宣弁の名前が付いた「紅頭文件」(党の通知文書)を見ると、社宣弁の所在地は、長安街のホテルになっており、そのホテルの従業員はその弁公室の存在を知らないという。
そうした話を総合すると、いかにも中央宣伝部傘下の機関風の名前を騙った組織が何者かによって作られ、こうした文革式習近平個人崇拝宣伝を狙ったイベントを仕掛けている、という見方もできる。香港明報によれば中央宣伝部下の常設機関ではないが、確かに中央宣伝部管轄下にあるという証言もある。チケット代が最高2000元以上と高額なので、何者かがコネを利用した営利目的組織というセンもある。
「ほめ殺し」で逆襲
だが、普通に考えれば、これは権力闘争の文脈で考える方が腑に落ちる。というのも、今年に入ってから中央宣伝部がらみの奇妙な事件が相次いでいるからだ。
まず、2月19日に始まった習近平の「メディアの姓は党」キャンペーン、それを批判する王岐山の親友の不動産王、任志強に対するバッシング、王岐山の中央宣伝部に対するがさ入れとそれに伴う任志強バッシングの停止、俗にいう“十日文革”事件があった。
これに関してはこのコラム「習近平は『十日文革』で“友達”を失った」で書いたとおり、習近平、王岐山、中央宣伝部の間の複雑な権力闘争が起きていると見られる。任志強は結局、一年の観察処分を受けて現在、その発言は封印されている。
香港のゴシップ誌『内幕』などは、中央宣伝部内部から得た情報をもとに、習近平の中央宣伝部支配に、劉雲山(政治局常務委員、思想宣伝担当)や中央宣伝部長の劉奇葆は抵抗しており、この二人を排除するために中央宣伝部の全面整理を行うつもりでいる、という。これに対し劉雲山、劉奇葆は習近平の個人崇拝キャンペーンに乗ると見せかけて、過剰に習近平を礼賛することで、習近平のブラックな独裁イメージを文革の記憶生々しい国民に印象づける「ほめ殺し」作戦に出ている、と分析している。
こういう中央宣伝部の“陰謀”に気づいたので、もともと習近平が自分で気に入って流行らせた「習大大」(習ダディ)という愛称も急に使用禁止にしたのだという。4月に安徽省合肥市の視察先での知識人・労働模範・青年座談会、続く北京市でのネット安全と情報化工作座談会で、「知識人の意見に偏見があり正確でなくとも、言葉尻をとらえてプラカードを首から下げさせてはいけない」「国家政策に対する善意の批判は受け入れる」といった発言を繰り返したのも、中央宣伝部によるイメージダウンを回復するための発言とも考えられる。
独裁、個人崇拝に大衆踊らず
だが、一部で流れているように習近平は、本当は「個人崇拝」など望んでいないのであり、あたかも江沢民派や劉雲山による高度な情報戦にはまって、独裁者のように仕立てられている、というのもにわかに信じがたい話だ。むしろ、そういう陰謀論があるようにふるまうことで、習近平のやり方に批判的な体制内知識人を煙にまこうとしている可能性もあるだろうし、政敵の劉雲山や劉奇葆を罠にはめて失脚させようという魂胆があるかもしれない。とにかく、中国人は日本人にはついていけないような複雑で高度な情報戦によって自分に有利な世論形成を行うことに慣れている。
私の見立てでは、習近平はやはり独裁志向の強い人間で、自分の意志で、個人崇拝キャンペーンを進めていたのであろう、と考えている。当初は、メディアと記者コントロールを強化し、そのキャンペーンに動員し、大衆を巻き込んで支持を得て権力闘争を勝ち抜くつもりであった。最終的には香港・亜州週刊など一部で報じられているように、政治局常務委員会制度と定年制を廃止し、集団指導体制(寡頭独裁)から習近平独裁体制を打ち立てるつもりではないか。
だがある時点を境に、その個人崇拝キャンペーンに巻き込まれるはずの大衆がついてこなくなった。一つは経済の悪化により労働争議が頻発し、動労者といった基層民の習近平に対する支持がむしろ不満に変わってきた。習近平に漠然と「隠れ改革派」であることを期待していた知識人が、個人崇拝キャンペーンを見てついにその期待が叶わないことを悟りはじめた。習近平の盟友であったはずの王岐山も、さすがにうんざりしてきたので、「千人諾諾 不如一士諤諤」(千人がグダグダいうより直言の士の方がよい)と、習近平に批判を受け入れるよう諭す社説を中央規律検察委の機関紙に掲載したのではないだろうか。
そこを、中央宣伝部に狙われて、任志強バッシングや習近平の引退勧告文「倒習文」がオフィシャルニュースサイトに掲載される、といった事件が続いたのではないか。
50年後の大衆動員式権力闘争の行方
党中央は今年、いかなる文革に関するイベントも禁止することを通達しているので、この56フラワーズコンサートは、確かに規律違反と判断される可能性がある。すでに習近平の大番頭たる栗戦書が、中央宣伝部と文化部に真相の徹底調査を命じているという。だが、その調査結果によって、権力闘争の結果を知ることはできるが、真相は知ることができまい。
50年前に発動された文革のように、若者の武闘、批闘も、リンチ、虐殺も起きていないが、文芸やメディアを使い、キャンペーンによるイメージ操作で、世論を味方につけたり敵に回したりして政敵を失脚させていく大衆動員式権力闘争が展開されている、という意味で、やはり今の中国は「亜文革」と呼ぶべき時代に来ているのではないかと思う。
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5/18日経『アジア安保 台湾が変数に』、日経電子版 中沢克二『習主席悩ます台湾「天然独」』について
5/20本日は蔡英文台湾民進党党首の総統就任の日です。Facebookの記事からApple Dailyの記事がありましたので紹介します。蔡総統は元総統の陳水扁氏を国主催の宴(パーテイ)に招待しましたが、陳氏は妻の収賄で服役、自宅療養をしていて、結論は医療団の判断によるというもの。
逮捕・収監は中国人の中国国民党の嫌がらせですが(中国人は収賄は当り前)、陳氏は中国人と同じレベルまで下げる必要はありませんでした。

?#一個不要錢的擁抱阿扁勝過台灣魂千言萬語?保外就醫中的前總統陳水扁接獲蔡英文總統520國宴邀請函,昨引起能否參加爭議,不過今天陳致中又在臉書貼文,除感謝高雄市長陳菊受訪表示「邀請卸任總統出席國宴是很自然的事情」,也貼出今年6月4日凱達格蘭基金會將舉辦11周年阿扁總統感恩餐會,要寄送給陳菊的邀請函,邀請函上有大張陳水扁黑白照,顯示這場活動對陳水扁的重要性。事實上,昨陳水扁總統的醫療團隊就指出,與520國宴是蔡英文總統的主場,扁參加可能會有無法預期的壓力,下個月他一手創辦的凱達格蘭基金會,可説是阿扁總統的「主場」活動,若能親自出席面對眾多擁戴他的支持者,會對釋放他現有的創傷後壓力症候群更有幫助。
對是否參加凱達格蘭基金會周年感恩餐會,陳致中今受訪時説,「有關行程部分,作法上會由醫療團隊視醫療計劃來整體安排。」並強調醫療團隊都認為,「只要該活動的情境上有利於總統創傷壓力症候群等病情的恢復與治療,他們都贊成去參與。因為治療是全方位,不只是藥物,物理,復健,也包括社區互動,人際關係,情境治療等。」對台中監獄屢表反對意見,陳致中認為,「考量這件事情的點應該不是保外醫治的本身,因為醫療如何進行本來就應該尊重專業意見。」事實上現有法令也未規定保外就醫期間參加餐會等活動,會被取消保外資格。至於是否參加520國宴,陳致中説,今天稍晚與醫療團隊討論後才能決定。
Source #蘋果日報
次はレコードチャイナの記事。
http://www.recordchina.co.jp/a138939.html
中国の軍事膨張を許してきたのは間違いなくアメリカです。ソ連を敵と見て、敵の敵は味方とばかりに支援して「怪物」を作りました。経済を支援してきた日本も同罪です。中国は賄賂の配り方がスマートで、日米の政治家にはいろんな人に多額の金がばら撒かれていると思います。最たるものはキッシンジャーでしょう。ピルズベリーにも行っていたかも知れません。英国のオズボーンはハニーにかかったと小生は見ています。証拠はありませんが。証拠が残るようでは一流の工作とは言えません。橋龍やマードックの相手は二流なのでしょう。
蔡英文総統は「92共識(コンセンサス)」も「一中原則」も就任演説で認めることはないでしょう。「92共識(コンセンサス)」は国民党と中国共産党のでっち上げですし、「一中原則」は「一つの中国=中華人民共和国で台湾とは関係ない」というのであれば当然と言えば当然ですが、中国共産党と国民党の解釈は「中国は一つであることを認め、解釈は大陸、台湾それぞれがする」という、台湾は中国の一部という前提の代物。ルーツを辿れば、中国大陸から来た人は沢山いるでしょう。日本だって徐福伝説があるくらいですから。シンガポールの人口の8割は華僑です。彼らも中国の一部ですかと言いたい。フィリピンのドウテルテ新大統領も華僑の末裔です。何故中国と一緒にならないといけないのか理由が分かりません。それなら、チベットやウイグル、朝鮮族は違う民族なので領土は返すべきです。清国の版図は漢民族の版図と言うのも分かりにくい話です。当時「清国奴」(=清国の奴隷=漢人)で「チャンコロ」と言われていたくらいですから。

これを見ますと、モンゴルもシベリアの一部も入っていますから、奪いに行く可能性もあります。まず人民を入植することから始めるでしょう。日本も外国人(特に中華・小中華)の安易な入国や民泊を許してはなりません。日本の官僚は危機意識が低すぎます。
「天然独」=台湾就是台湾、台湾不是中国と言うのが当たり前という意味です。228事件を引き起こした国民党(外省人=中国人)が台湾の政治の土着化を嫌うのであれば、大陸に帰れば良いでしょう。日本の在日も朝鮮半島に帰れば良い。住んでいる土地を愛することができない外国人は祖国に帰って貰った方が良い。
蔡総統は就任演説で「米日との連携」、経済だけでなく安全保障面でもと考えています。
日経記事

アジアの地政学地図にとって、台湾が新たな「変数」になりそうだ。8年間にわたり中国に融和的な路線をとってきたが、今月20日、独立を志向する民進党政権に代わるからだ。安全保障におよぼす影響を、日米がじっと注視している。
米国防総省が毎年、発表している中国の軍事力に関する報告書。今月13日に公表した2016年版で、台湾の防衛力をめぐる記述が変わった。
「中国軍の侵攻を抑えるため、台湾がこれまで確保してきた多くの優位性が揺らぎ、崩れようとしている」
冒頭でまずこう警告し、中国軍の水陸両用作戦力がどれほど強まっているか、特集面を設けて解説した。
この報告書はホワイトハウスも草案を精査し、承認したという。中台の軍事バランスが中国側に傾いていることを、米政権全体が危惧していることの表れだ。
台湾は08年に発足した馬英九政権の下、対中融和を進めてきた。米国防総省によると、台湾の軍事予算はこの間、国内総生産(GDP)の約2%に下がり、中国との差は約14倍に広がった。
台湾を自国の一部とみなす中国は、台湾海峡を「内海」にするねらいだ。それを許せば、東シナ海や南シナ海にも影響がおよぶ。中国の反発を浴びながら、台湾の防衛力をテコ入れしてきた米国は、いら立ちを深める。
米国防総省の元高官は、米政府内の空気をこう明かす。「中国が軍拡しているのに、台湾は自助努力をしない。これでは助けようがない」
3月下旬、日米台、東南アジアの識者らが集まった非公開のシンポジウムでも、台湾の安保に悲観的な分析が相次いだ。特に、衝撃的だったのが、中国のサイバー戦に関する報告だった。
「中国は台湾専門の8つのサイバー部隊を設け、攻勢を強めている。台湾中枢部の情報もかなり、中国側に抜き取られている」
こうしたなか、民進党の蔡英文・次期政権が20日に発足する。蔡氏は中台の安定した共存をめざしているが、馬政権とは異なり、中国と距離を置くとみられる。
中国にのみ込まれないよう、軍事力の立て直しも急ぐ構えだ。蔡氏のブレーンは語る。「防衛予算をGDPの3%に増やす。国防産業の育成にも力を入れ、国産の潜水艦建造もめざす」
台湾が本気でこれを実行すれば、アジアの地政学地図も変わる。複数の日本の安保担当者は、こんな分析を示す。
台湾が対中融和の路線をとっていたため、中国軍は台湾海峡をまったく心配せず、東シナ海や南シナ海への進出に力を注げた。だが、台湾が防衛強化に動けば、こうした負の構図が改まる、という読みだ。
「蔡政権」になれば、ぎくしゃくしてきた日台の雪解けも進みそうだ。対中融和の馬政権は従軍慰安婦など歴史問題で、日本に厳しかった。台湾も領有権を主張する尖閣諸島問題では、中国と共闘するのでは、という観測すら流れた。
政権交代を控え、すでに民進党が多数派をしめる台湾の立法院(国会に相当)は今月6日、日本との交流を進める超党派議連を旗揚げした。蔡氏側近からは尖閣問題で、中国とは共闘しないとの声も聞かれる。
もっとも、台湾が独立路線に傾けば、中国が猛反発し、アジアの緊張は一気に高まる。日本は台湾に対中けん制の役目は期待しても、紛争の種をまいてほしくはない。そこは米国も同じだ。
米政府ブレーンによると、米国は蔡氏側近に対し、独立論をあおらず、「現状維持」に努めるよう、非公式なルートで働きかけている。
蔡氏もこの点は分かっており、過激な独立路線には走らない意向という。ただ「民進党支持者の独立論をどこまで抑えられるかはわからない」(民進党幹部)。
日本と目と鼻の先にある台湾の政権交代。これがアジアの安定につながるか、新たな「地雷」になるかは、蔡氏のかじ取りで変わる。
(編集委員 秋田浩之)
電子版記事
「習近平(中国国家)主席には、台湾問題は自分の得意分野だという自信があったのだろう。だからこそ油断が生まれ、うまくいかなかったのかもしれない」。中国共産党内から聞こえる声なき声である。
習近平は、30代前半から40代後半にかけて16年以上も台湾の対岸にある福建省で政治家としての経験を積んだ。いわば第2の故郷である。最後は省のナンバー2である省長として台湾資本を福建省に引き入れる仕事を担った。
■習と台湾企業の深い関係
その目標は遠大だ。中台統一への第一歩として、資金力とともに政治上の影響力を持つ「台商」(台湾の有力企業家ら)を福建省に招き入れる「統一戦線工作」である。その経験から、習は台湾問題には誰よりも詳しいと自負しているはずだ。
証拠が手元に残っている。1999年、代理省長に就いたばかりの習は、福建省で日本経済新聞などのインタビューに応じた。まだ46歳の若さだった。当時は、台湾総統だった李登輝が中国と台湾に関して「特殊な国と国の関係」とする「二国論」を提起した直後。中台関係は大揺れだった。

1999年、福建省で日本経済新聞などのインタビューに応じた当時の福建省長代理、習近平氏
習はまず、李登輝について「でたらめばかり」と激しく非難した。一方で「台湾からの投資者は既に福建省に相当な基礎を作った。彼らは統一を信じており、逆流させることなどできない」と言い切った。
今や、台湾経済は、世界第2位の経済大国になった中国にかなり依存している。中台融和へ道筋を付けるのに貢献したという自信があったからこそ、習は昨年11月、シンガポールで国民党の馬英九との歴史的な中台首脳会談にも踏み切った。
周囲がお膳立てしたのではない。一部にあった慎重論を抑えて、習が自ら主導したトップ会談である。その効果は中国の期待を大きく裏切るものだった。上手の手から水が漏る――。これが習の心境だろう。
「中国にすり寄り過ぎ」。台湾の人々が抱いた不安は、国民党離れを加速する。さらに、「天然独」と呼ばれる勢力を勢いづかせ、1月の総統選で中国と距離を置く民進党の蔡英文大勝をアシストする思わぬ結果になった。
当然、中国共産党の内部でも批判が出た。通常、中国共産党は対外政策、台湾政策などでは「一枚岩」という姿勢をとる。万が一にも敵を利することのないように、である。しかし、それは当然、表向きの話だ。今回の場合、内部での声なき批判が、思わぬところで表に出てしまった。
それが、先にこのコラムで紹介した中国のインターネット新聞「無界新聞」を巡る事件だ。習に党と国家の職務から辞任するよう要求する檄文(げきぶん)が、ネット上に掲載されてしまったという前代未聞の大事件である。そこでは習の“罪状”として台湾政策の失敗まで挙げられている。
「香港、マカオ、台湾問題の処理では、鄧小平同志の英明な『一国二制度』構想を尊重しなかったため、民進党が台湾の政権を得るのを許し、香港で独立勢力の台頭を招いた」
痛いところを突いている。まさに党内の「開放派」「開明派」が抱いている不満である。かくも中国の権力闘争は激しい。集権に成功した習だったが、台湾問題でこんなに悩むことになるとは思いも寄らなかっただろう。
■威圧効かない「天然独」
台湾政局のキーワードとなっている「天然独」とはなにか。生まれながらの独立派。台湾は自然に独立しており、改めて言う必要さえない、と考える若い世代を指す。年齢層としては、30歳未満が主流だ。2014年、経済面での中国への過度の依存に反対して、立法院(国会に相当)を占拠した「ひまわり学生運動」の主役らである。
彼らは中国の武力行使を招きかねない「独立」を声高に叫ぶのではなく、台湾の現状を追認する。新思考の“穏健派”でもある。とはいえ生まれ育った台湾への愛着は強く、信念は固い。中国共産党は、はるかに遠い存在だ。

2015年10月の訪日時には蔡英文氏と安倍晋三首相の「密会」が取り沙汰された(自民党本部で)
だからこそ、旧来型の発想しかない中国は対処に困っている。結局、「一つの中国」という共通認識を得たと中国が主張する「92年コンセンサス」を認めるよう新総統、蔡英文に迫るぐらいしか手がない。
「認めないのなら、両岸(中台)関係は基礎が崩れ、地が動き、山が揺れる」
習もかつてこう述べたことがある。台湾への武力行使まで臭わせる脅しだ。トップ自ら威圧の言葉を吐いたにもかかわらず、「天然独」への圧力にはならず、かえって逆効果だった。
台湾政界では、既に「天然独」を直接のバックとする新政党「時代力量」が台頭している。先の立法委員(国会議員に相当)選挙では5議席を獲て、民進党、国民党に続く勢力に躍り出た。
「今後の台湾政局のカギを握るのは、ひまわり学生運動を担った『天然独』世代の動きであり、その勢いを吸収し重要な存在になっているのは、黄國昌氏が率いる新政党『時代力量』だろう」
台湾政治、中台関係に詳しい中央研究院(台湾総統府傘下の有力シンクタンク)の林泉忠は分析する。「天然独」は5月20日の蔡英文・新総統就任式の隠れた主役である。
今回の総統選で民進党躍進の原動力にもなった「天然独」が、今後の選挙でどんな行動をするのかは読めない。蔡英文も対中関係を考える際、「天然独」の動向を常に気にすることになる。
■「雨傘」と「ひまわり」の落差
ここで問題となるのが香港の現状である。2014年、香港のトップを選ぶ直接選挙の手法を巡って盛り上がった学生中心の「雨傘運動」。それは中国によって事実上、潰された。台湾の「ひまわり学生運動」が既に政治的な力を得たのとは対照的だ。

中国との過度な接近を警戒する学生たちが立法院(国会に相当)を占拠した「ひまわり学生運動」(2014年4月6日、台北市)=AP
その経緯をつぶさに見てきた台湾の「天然独」は、中国が台湾統一に向けて口にする「一国二制度」を信じるはずがない。中国の強権的なイメージが「天然独」の広がりを後押しするという皮肉な結果を生んでいる。これは今後の中台関係、そしてそれが跳ね返る形で米台関係にも影響する。
「天然独」の存在は、日台関係にも無関係ではない。蔡英文は昨秋の訪日の際、あえて首相の安倍晋三との密会が流布されるような行動を取り、その故郷、山口県まで訪れた。安倍政権、日本との近さを演出する戦略は、先の台湾総統選でも一定の効果があった。
現状を分析するなら「天然独」は、日本に比較的、よいイメージを抱いている。しかし、これから先もそうなのかは不明だ。
台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープを買収するなど日台の経済関係は強まりつつある。経済を軸に日台関係を一段と進化させるには、日本も「天然独」の動向を注視する必要がある。(敬称略)
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小原 凡司著『世界を威嚇する軍事大国・中国の正体』、5/16日経電子版 高坂哲郎『戦時にはひとたまりもない南シナ海の中国「人工島」』について
5/16産経ニュースは<日米印が6月に沖縄周辺で共同訓練し中国を牽制へ 米国は原子力空母も投入>
http://www.sankei.com/politics/news/160516/plt1605160004-n1.html
同じく5/16産経ニュース<オバマ大統領の広島訪問を喜んでばかりもいられない…中国は「核兵器の先行使用」を密かに決めていた!>
http://www.sankei.com/premium/news/160516/prm1605160004-n1.html
中国はオバマ米国の優柔不断に付け込み、好き勝手やってきました。トランプも愚かなことに中国の驕りを助長するような発言(在日米軍撤退、在韓米軍撤退、中国の行動をきっかけに米国が第3次大戦を始める考えはない等)をしています。コンドリーザ・ライスが副大統領になり、レクチャーを受ければ変わるかもしれませんが。上記産経の野口記者の書いている通り、中国の最大の敵国は米国で、その覇権をもぎ取ろうとしているということを理解しなければ。
野口氏の書いた「その南シナ海は、海上軍事基地で海上・航空優勢を押えれば、東部海域にSSBNを潜ませる「中国の聖海域」と成る危険を伴う。米本土を完全に射程内に収める将来の改良型潜水艦発射核ミサイルの最大の標的が、米国である危機をご存じないようだ。」というのは小原氏の言う「南シナ海を太平洋の出口とするために是非ともそこを軍事基地化しておきたい。東シナ海は日本と米軍の潜水艦に簡単に捕捉されるので。太平洋に出れれば今でも米大陸を射程8000kmのミサイル搭載の潜水艦から核攻撃できるようになる」ということです。米ロの潜水艦はお互いの海を自由に行き来しているのかもしれませんが、MAD(相互確証破壊)の論理が働いているのかもしれません。同じキリスト教でもあるし。毛沢東はポンピドーとの遣り取りで、『ポンピドー「ソ連からICBMを大量に輸入しているようだがアメリカと戦争する気ですか?」、毛沢東「戦争になったら私たちは水爆の使用も辞さない」、ポンピドー「そんなことしたら中国人もたくさん死にますよ」、毛沢東「人口が多いので二~三千万人ぐらい死んでも構わない」』と言った前科があるし、台湾有事にも米国に核を先制使用すると脅迫する有様ですから。殆どキチガイのレベルですが。やはり米国はどこかの段階で鉄槌を下す必要があるのでは。チエンバレンの宥和政策は不幸な結末を迎えました。大戦になる前に手を打たないと。先ず経済制裁、次には海上封鎖でしょう。
本の内容中、「「中国の夢」の本当の意味は、中国が世界のGDPの4分の1を占めることだという。これは、過去の中国の王朝が達成したものだともいう。彼は明示しなかったが、過去の王朝とは明朝のことだ。」とありますが、明朝でなく清朝ではないかと思われます。中国人は満州族の清朝より漢民族の明朝を誇りたいのでしょうけど、中国大陸で最大の版図を誇ったのは清朝ですから。(大元時代を除く)。人口と土地面積でGDPは決まるでしょうから。
http://matome.naver.jp/odai/2135484685815433301
http://shahr.exblog.jp/5258673
人民解放軍の歌舞団(北朝鮮の喜び組みたいなもの)は高級幹部の愛人を出しているというくだりがありますが、軍の研修施設の中には慰安婦が居て兵士の相手、或は一般人も相手することができるようになっています。改革開放で、軍が自由に商売に手を出せるようになり、腐敗も進みました。兵器の横流しもそうですし、職位と金の交換である権銭交易も盛んになりました。「張り子の虎」と言われる所以です。が、「悲観的に準備し、楽観的に対処」が危機管理の要諦です。防備はおさおさ怠りなく。
本の内容
P.37~45
- 習近平は人民解放軍の土着化を恐れている
中国人民解放軍が、2014年7月から行った演習では、8月15日までの間、上海や浙江省杭州など沿岸部を中心とする12ヵ所の空港で発着フライト数を25%削減するよう要求したことから、演習の規模が大きく、高度な内容を伴うものであったのではないかという分析もあった。 しかし、実際のところ、人民解放軍各部隊が行ったのは、地元を離れて別の訓練場に行って射撃等の訓練を行うというものであった。
射撃訓練自体は、基礎的な訓練である。決して難しい応用訓練を行ったわけではない。では何が重要だったのかというと、地元を離れるということだったのだ。それほど、人民解放軍の各部隊は土着化していたということである。各部隊が土着化してしまったのでは、各地域においてゲリラ戦を展開することはできるかもしれないが、他国から攻撃があった際に、中国本土防衛のために陸軍全体として対応することはできない。
さらに、土着化するということは、地方の有力者と癒着しやすくなるということでもある。 実際、習近平が潰した薄熙来は、2個集団軍を掌中に収めていると豪語していた。成都軍区には第13集団軍と第14集団軍の2個集団軍があるが、薄熙来は、成都軍区を掌握していると言っていたのである。薄熙来は、当時、重慶市党委員会書記、すなわち重慶市のトップであった。
また、中央が地方のトップを拘束する際、まずその地方の軍隊、武装警察等の指揮官や政治委員の首をすげ替えるが、これも地方の軍の部隊や警察が、その地方のボスに掌握されていることを示すものだ。中国中央の権威とはその程度のものなのだとも言える。
- 人民解放軍30万人削減のほとんどが文職
現在の中同人民解放軍陸軍全体は170万人、その内、戦闘部隊は155万人を擁し、85万人の機動部隊と70万人の地方守備部隊から構成される。中国陸軍は、仝体で18個の集団軍を有しており、これが、7大軍区にそれぞれ配置されているのである。集団軍は、歩兵、機甲、砲兵、高射、工兵、電子戦それぞれの部隊を有しており、第13集団軍の人員は4万5000人、 第14集団軍の人員は4万人とされる。
ちなみに、習近平は、軍事パレードにおけるスピーチの中で「人民解放軍の人員の30万人削減」を明らかにしたが、このほとんどが文職であると言われる。文職とは、戦闘には参加しない軍人で、歌や踊り、あるいは映画といった、主として文化や芸能活動に携わる軍人も含まれている。
中国には、各軍区にも、賓各をもてなすための「歌舞団」があり、歌手やダンサー、さらには雑技を行う人員を擁している。この中には、大童の美女も含まれていて、過去には、軍の高級幹部の愛人も多く輩出している。こう した文職について、習近平は、いち早く縮小するよう命じている。自身の夫人である彭麗媛.少将が、人民解放軍総政治部歌舞団団長であり、文職軍人の大ボスであるにもかかわらず、である。
習近平が、陸軍の土着化に危機感を抱いているのは、2015午の『国防白書』にも見て取れる。「陸軍は、小型化•機動化を進める」としているのだ。一般に、中国陸軍は精鋭化を進めると言われるが、それは、これからスリム化して、中国陸軍として中国全土で戦闘できる状態にする、という意味である。
- 7大軍区の統廃合と合同作戦司令部の設立
中国人民解放軍には、具体的な計画もある。軍区の改編と合同作戦司令部の設立だ。これらの計画を最初に報じたのは日本のメディアである。2014年1月1日付の読売新聞は中国軍の制度改革案を報じている。現在の7大軍区を5大戦区に改変。さらに陸軍、海軍、空軍、第二砲兵部隊(戦略ミサイル部隊)の4軍種を統合する合同作戦司令部が設立されるとの内容だった。合同作戦司令部とは、統合作戦を指揮する司令部である。
中国国防部は中国英字紙『チヤイナデイリー』の取材に答え、合同作戦司令部設立を大筋で認めた。合同作戦司令部は情報時代に対応したもので、すでに試行業務に着手しているという。ただし正式な改組がいつになるかは未定だという。軍区から戦区への改変案についてはコメ トしていない。
しかし、この後、中国では、合同作戦司令部の設立計画を否定する報道も見られた。これらの記事によれば、2013年11月に北京で開催された中国共産党18期三中全会において、「軍隊の体制編制の調整改革を進化させなければならない」と公言されたことが、合同作戦司令部設立計画が取り沙汰される原因になったとされるが、実際に、統合作戦が重要であることは人民解放軍自身も認めている。
合同作戦司令部の設立や、7大軍区から4〜5戦区への改編については、土着化した人民解放軍各指揮官や各部隊から不満の声も上がるだろう。不満の声を表面上は抑え込んでも、不満は陸軍の中にたまり続ける。不満の圧力が高くなることは危険なのだ。習近平指導部は、部隊の不満を軽減しながら、陸軍の改編を進めなければならないのである。
中国はもちろん、米国の中国本土攻撃を想定して、装備品を調達し作戦計画を立てていると言うだろう。しかし、実際のところ、これまでの中国人民解放軍は、本気で戦争する気はなかったように見受けられる。各部隊は、自らの懐を肥やすことに邁進し、自らの権益を守るために、地方の権力者とそれぞれに結びついていたのだ。
中国人民解放軍という統一された名酋がありながら、各軍区や各部隊は、地方の権力者が向く方向に、同様に向いていたのだ。たとえ、党中央からの命令があったとしても、地方の権力者の意向に従ったのである。2006年に失脚した上海党委書記(上海のトップ)陳良宇や、 薄熙来の事案を見ても、中国共産党中央が、地元の軍や武装警察、警察等が、地方の権力者の意のままに動くことを警戒していたことがわかる。
そして、中国人民解放軍の改編がいよいよ実施される。習近平が、北京で2015年11月26日に閉幕した中央軍事委員会改革工作会議において、1949年の新中国成立以来初めてとなる軍の大規模改革に着手すると表明したのだ。米軍をモデルに、縦割りの弊害が指摘されていた命令系統を集約する「統合作戦指揮体制」を本格導入するという。
国営新華社通信は、習近平が24日から開かれた同会議において、「軍の最高指揮権は共産党 中央、軍事委員会に集中させる」と強調するとともに、「統合作戦指揮体制の構築を進め、戦闘力を高めるため部隊の規模.編成を見直し、量から質の重視へ転換する」と述べたと報じた。また、習主席が、これを「革命的な改革だ」とし、「2020年までに改革を反映した体制も 確立させる方針を示した」とも報じている。
地方の指導者との癒着の原因ともなっていた、軍区の再編にも取り組む。中国では、2015年に入ってから、人民解放軍の改革に関わる噂が多く聞かれた。先述の中央軍事委員会改革工作会議における「重要講話」において習近平は、「(軍区に替えて)新たに戦区を設定し、戦区統合作戦指揮機構を構築する」と述べたのである。
作戦指揮系統は大きく変わる。「中央軍事委員会—戦区-部隊の作戦指揮体系と政治委員—軍種(陸・海・空・ロケット軍)-部隊の指導管理体系」という指揮系統だ。中央軍事委員会は、総参謀部を通さず、戦区を直接指揮する。また、戦区の作戦は統合作戦になる。戦区統合作戦指揮機構は、いわゆる、統合作戦司令部であろう。人民解放軍全体に対する統合作戦司令部ではなく、戦区ごとに統合作戦が行われ、それぞれの戦区は、中央軍事委員会が直接指揮するのだ。その中央軍事委員会の主席が習近平である。
中央軍事委員会が、2016年1月1日に公表した、「国防と軍隊改革の深化に関する意見」 によれば、人民解放軍改革の原則は、「中央軍事委員会がすべてを管理し、戦区は戦闘し、軍種は建設する」であるという。自衛隊でも採用されている、フォース・ユーザーとフォース・プロバイダの明確化である。フォース・ユーザーとは、部隊(力)を使用する、すなわち作戦指揮の系統であり、戦闘の指揮系統でもある。フォース•プロバイダとは、戦闘能力を有した部隊(力)を建設(人員、武器装備)して、フォース・ユーザーに提供するものだ。陸、海、空、 ロケット軍(新設)の4軍種は、主として部隊建設を担い、原則として作戦指揮の系統には入らないということである。
一方で、7大軍区をいくつの戦区に改編するのかは、2016年1月10日現在、まだ明確に示されていない。2015年に飛び交った情報では「4戦区になる」と言われていたが、同年 12月には、「4戦区の予定であったが、国防の観点から5戦区の区分が最良とされた」という報道等も出始めた。国防の観点もさることながら、戦区の区分が、これまでの既得権益と衝突するために、難航しているのかもしれない。
さらに、総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部の4総部の統廃合も行われる。人民解放軍の中でも、腐敗の温床となっていたのが、装備部と後勤部、特に、不動産を扱う後勤部である。4総部の権限を制限し、党中央および中央軍事委員会の管理を強化して、人民解放軍の腐敗を根絶しようというのだ。人民解放軍の改革により、4総部は廃止され、中国中央軍事委員会の言う「実行多部門制」に移行する。4総部が持っていたそれぞれの機能は、いくつもの部門に細分化され、純粋に参謀組織として中央軍事委員会を補佐することになる。4総部が持っていた権限は、すべて中央軍事委員会に吸い上げられるのだ。
こうした改編が実施されれば、中国人民解放軍の運用が効率化され作戦能力が向上する可能 性がある。また、これまで、不満や反発を恐れて実施されてこなかった改編が行われるということ自体、習近平の軍の掌握が進んでいることを示すものでもある。

P.49~52
- 中国海軍はどのような戦略的目標で動いているのか
海軍は、「『近海防御』から『近海防御と遠海保護の結合型』への転換」が求められている。近海防御は、1980年代から、中国海軍の父とも呼ばれる劉華清が指示してきたものだ。中国海軍の定義によれば、近海とは、第1列島線内外までの海域を指している。この海域には、西太平洋の一部も含まれる。中国の本土防衛に直接関わる部分だ。
一方の遠海保護は、中国の経済活動の拡大に伴って、社会経済の発展を保障するために、世 界規模で戦略的任務を遂行するものである。こちらは主として軍事プレゼンスによるものだ。すでに、中国海軍は、ソマリア沖アデン湾において、海賊対処活動に参加し、これを足掛かりに、ヨーロッバ諸国に親善訪問を実施し、地中海において中ロ海軍共同演習も実施している。
海軍運用の二分化が、国防白書にも明記された形である。中国の本土防衛とともに世界各地に空母戦闘群を展開するために、引き続き、多くの予算が配分されることになる。ちなみに、米海軍では空母戦闘群と呼ぶのを止め、空母打撃群と呼んでいるが、中国では未だ空母戦闘群という呼称が用いられることもある。
この海軍運用の二分化は、中国の海洋に対する認識に、矛盾を引き起こしているように見受けられる。中国は、本土防衛のために、南シナ海で見られるような海域の囲い込みを行い、「海洋領土」という表現さえ用いる。開かれた海洋の利用こそ国益である海洋国家なら用いない表現である。しかし、一方で、中国は経済活動を世界に広げ、これを保護するために海軍の活動も拡大している。中国は、「航行の自由」の重要性を理解しつつあるのだ。
こうした認識の矛盾は、中国の経済活動等がさらに国際化するにつれて解消していく可能性もある。中国が米海軍に対抗できる十分な海軍力を持ったとき、中国は、米国同様、「航行の自由」を声高に主張するようになるかもしれない。
P.174~176
- 中国軍は才フエンシブ・リアリズムの信奉者
中国の、米国および周辺諸国に対する態度を見ると、中国はオフエンシブ•リアリズム(攻撃的現実主義)の信奉者なのではないかと思われる。中国は、真剣に、米国が中国に対して武カ行使するのではないかと恐れているからだ。オフエンシブ・リアリズムの視点に立てば、急速な経済発展を続ける潜在覇権国たる中国に対して、既存の覇権国たる米国は、中国がアジア地域における覇権国となるのを阻止しようとしていると見える。だから中国は自らの安全を保障するために軍事力を増強して地域覇権国を目指す。自らの生存確率を最大にする手段が、自ら覇権国になることだからだ。
台頭する大国は、その政治指導者の意図に関わらず、自然に覇権を目指すことになる。中国が急速に国防費を増加し、人民解放軍装備品の近代化を進める状況は、この論理を裏付けるものである。そして、中国は、米国を唯一のラィバルと見做し、米国に対して「新型大国関係」の構築を働きかけている。簡単に言えば、米中間に権益の対立があっても軍事衝突しない関係、それが「新型大国関係」である。国際社会のシステムが大国同士の衝突を促すように大国を動かすとしても、米中両国は、少なくとも現段階で軍事衝突することが国益にかなわないと認識している。特に、中国は、米国と戦争しても勝てないのであるから、何が何でも米国との軍事衝突は避けなければならない。
中国の関心は国内にあるのだ。中国指導部の最大の関心は、共産党による長期の安定した統治であり、経済発展によって社会を安定させなければならない。中国の経済活動拡大は、主として西を向いている。習近平指導部が進める「一帯一路」イニシアティブがそれである。「一帯一路」とは、陸上のシルクロード経済べルト(帯)および21世紀海上シルクロード(路) という二つのシルクロードを建設し、その周辺地域に巨大な経済圏を創出しようとするものだ。 「帯」と「路」と述べているところに意味がある。陸上に建設しようとしているのは、単なる路ではない。陸上の経済ベルトの範囲は、ロシアまで含め、極めて広い。中国が創造したいのは、物理的な路ではなく、お金の流れなのである。
- 「一帯一路」構想と密接に関係する中国の海軍戦略
「一帯一路」の基は、2012年に北京大学の王緝思教授が提唱した「西進」戦略にある。この「西進」戟略の発想は、中国国内の経済発展、特に内陸部の経済発展に大きく関係しており、中国の西側の国々が有する豊富なエネルギー資源等を中国国内に導くための輪送路として新たなシルクロードの建設が必要であるとするものである。この「西進」戦略の実践が、習近平指導部による「一帯一路」イニシアティブの提唱と展開なのである。
中国の対外活動拡大の目的は、経済発展にある。中国の研究者によれば、「中国の夢」の本当の意味は、中国が世界のGDPの4分の1を占めることだという。これは、過去の中国の王朝が達成したものだともいう。彼は明示しなかったが、過去の王朝とは明朝のことだ。数字もさることながら、中国では、異民族に支配された時代より、漢族の王朝が支配した時代を正統な王朝として懐かしむ傾向があるからだ。しかし、世界経済が中国の経済発展と同様の速度で発展しない限り、中国の経済発展は他同の経済権益を損ねることになる。
中国は、欧米先進国の経済権益が既存のルールで保護されていると認識している。だから中国がより多くの経済権益を獲得するためには、既存のものとは異なる枠組みやルールが必要とされるのだ。
台頭する国家は、国内で消費しきれなくなった余剰の資源(資金や産品などを含む)を海外に移転し、さらに新たなビジネスを展開しなければならない。過去には、これが植民地獲得という手段によって実現されてきた。現在では、植民地獲得ではなく、経済協力や直接投資といった形で展開されている。
P.181~187
- 参対米核抑止の観点からも中国は南シナ海の領有を譲らない
中国海軍の作戦海域の拡大は、中国の経済発展を保障するものだけではない。中国は、自国 に対する最大の脅威は、米国の中国本土に対する攻撃であると認識している。すべての国家に とって、最大の脅威は、他国による自国領土への侵攻である。
米中間には太平洋があり、双方にとって、相手の陸上兵力が国境を越えて侵攻してくるという圧力は低いものの、中国は、米軍は空母や強襲揚陸艦を以て、中国本土に攻撃することができると考える。さらに中国は、米国が、3つのC字型の島の鎖(アラスカ、アリユーシャン列島、朝鮮半島から日本〈南西諸島を含む〉を経てフィリピンなどの東南アジアに伸びる第1列島線。日本の小笠原諸島からマリアナ群島を経てオーストラリアに伸びる第2列島線。ハワイ、 ミッドウエー島、ウエーク島を結ぶ第3列島線)に米国および同盟国の基地を展開し、中国を軍事的に封じ込めていると認識している。
中国海軍は、2010年前後から「遠洋航海訓練の常態化」を目指し、さらに、列島線の突破を明言するようになった。中国は、できるだけ本土から離れた太平洋上で、米軍の中国侵攻を阻止したいと考えている。中国海軍は、列島線を越えて、台湾以東の西太平洋が米軍との戦場になると考えて、演習を重ねているのだ。中国は、能力を付けたから太平洋に出たいと考えるようになった訳ではない。反対に、中国は、常に太平洋で米国に対抗できる力を持ちたいと考えてきた。艦隊による海戦では、米海軍に勝ち目がないと考える中国は、対艦弾道ミサイルや巡航ミサイルの開発に力を注いできたのである。
しかし、中国の領土防衛に必要なのは、太平洋での米海軍との直接戦闘だけではない。中国は、核兵器による抑止カが、米国の中国に対する軍事行動を思いとどまらせる最後の保障になると考えている。南シナ海問題は、中国にとっては対米核抑止にも関係しているのだ。
中国にとって、南シナ海のコントロールは死活的に重要である。2014年8月のAPEC外相会議において、王毅中国外交部長が提唱した「双軌」思考は、「領土紛争等の問題」と「平和と協力の問題」を分離して、それぞれ二国間および多国間(中国とASEAN)で対話するというものである。この「双軌」思考は、同年11月のAPEC首脳会議において、李克強首相によっても提唱され、中国メディアによって「双軌」モデルとも呼ばれるようになった。この報道では、「平和と協力の問題」とは、東南アジアの経済の一体化の問題であるとしている。 「双軌」思考の提唱は、「一帯一路」イニシアティブを展開する上で、外交上の方針としている周辺諸国との良好な関係構築の努力と軌を一にするものだ。しかし、一方で、領土紛争において、中国が譲歩する意図がないことを示すものでもある。
中国にとって南シナ海が:重要な理由は、大きく三つある。第一は、海底資源である。第二は海上輸送路の安全の確保である。中国は、マラッカ海峡のチヨーク•ポイントで米国が中国の海上輪送を妨害する可能性を恐れ、複数の代替ルートを建設しつつも、国境を跨がずに大量の物資を輸送できる海上輪送をあきらめることはない。
そして、第三が戦略的軍事的な理由なのである。中国は、米国が中国の経済発展を妨害することを恐れている。米国が採る手段の中には、軍事力が含まれている。中国は、米国が中国本土に対して軍事攻撃をしかける可能性も検討している。その中には、核攻撃も含まれる。
中国は、現状では米国との戦争に勝利することは難しいと考え、軍事衝突を回避することが重要であると認識している。そのために核抑止は不可欠である。核抑止を確実にするためには米国の核先制攻撃を生き残る核兵器が必要である。最終的な核報復攻撃の保障たり得るのが、核弾頭搭載弾道ミサイルを発射可能な原子カ潜水艦、戦略原潜である。中国の戦略原潜が搭載する弾道ミサイルJL-2の射程は8000キロメートル前後であるとされるが、この射程では、 戦略原潜は太平洋に展開しなければ、アラスカなどの一部を除く米国全土を攻撃することはできない。
そのため、中国海軍は太平洋において戦略原潜の戦略パトロールを実施しなければならない。
中国海軍は、以前は、戦略原潜を北海艦隊に配備し、東シナ海から太平洋に入り、戦略パトロールを実施しようと考えていたが、海上自衛隊および米海軍に探知されるため、隠密裏に東シナ海から太平洋に入ることは難しい。いったん探知されてしまえば、核報復攻撃の保障にはならない。米海軍の攻撃型原潜に追尾されてしまうからである。
2000年代半ば、中国海軍は、南海艦隊に属する海南島の海軍基地を拡大し、094型「晋」 級戦略原潜および093型「商」級攻撃型原潜を配備している。東シナ海に比べて南シナ海は水深が深く、潜航深度を変更できるという潜水艦の利点を活かすことができる。
潜水艦は、航空機と同様、三次元の運動をするのだ。水中の音波伝搬は、水温の分布等の影響で複雑に変化し、水深によって潜水艦を探知できる距離に差が生じる。潜航深度を変えられるということは、水上艦艇や航空機による探知を避けたい潜水艦にとって、非常に重要なことなのだ。
さらに南シナ海を取り巻く各国の海軍力、特に対潜能力は、日本に比してはるかに低い。中国の戦略原潜が、探知されずに太平洋に出られる可能性が高いのである。米海軍といえども、 いったん太平洋に出てしまった潜水艦を探知するのは不可能に近い。それゆえ中国が、南シナ海のコントロールをあきらめることはないのだ。
- 南シナ海の人工島は不沈空母になる?
中国が建設している南シナ海の人工島は不沈空母だとよく言われる。しかし、この問いに対する答えは「YES」でもあるし、「No」でもある。中国が埋め立てている人工島には、本土から土砂を運んで地盤の強化を図っているとする分析もあるが、人工島建設の様子から、少なくともそのほとんどは、海底のサンゴを浚渫して積み上げている。それをコンクリートで固めているのだ。
中国が南シナ海に建設している人工島の滑走路については、地盤の弱さから、その強度を問題視することが多い。重量の大きい航空機が離発着する滑走路にかかる応力は非常に大きい。十分に地盤を固めていないと、滑走路は変形してしまう。また、人工島には水がないため、搭乗員や整備員を常駐させるとすると、これら人員のための真水を蓄えておく必要もある。こうした設備を建設できるかどうかは疑問だ。他国が何も手を出さなくとも、人工島の滑走路は近い将来、使いものにならなくなる可能性もあるということだ。 人工島は「不沈」なのかというと、そうではない。万が一、巨大な燃料タンクや弾薬車の建設を含め、中国がこれら人工島の軍事施設化に成功したとしても、これらのような小さな島を防御することはほぼ不可能である。本物の空母のように、自らの位置を変えることはできず また、自然の島のように、地下に要塞を掘ることもできない。人工島の上の防御部隊は、それを防護するものも、掩蔽するものもない。
むき出しの火薬庫が、いくつも海の上に並ぶのと同じ状況である。たとえ中国が各人工島に戦闘機部隊を配備して、本土も含めて相互支援ができる状態にしたとしても、米海軍が攻撃すれば、これを食い止めることはできない。対等であっても航空攻撃を完全に排除することはできないのに、米海軍空母艦載機部隊と中国空軍力の間には、戦闘能力に圧倒的な差がある。米海軍が本気で攻撃すれば、中国の人工島は簡単に破壊されてしまうだろう。
人工島は、「不沈空母」には成り得ないのである。にもかかわらず、中国が人工島建設に血道をあげるのはなぜか?その目的は、少なくとも米国との軍事衝突ではない。しかし、単に南シナ海における海底資源や漁業資源の囲い込みでもない。
中国は、米国との軍事衝突は避けつつ、同時に、米海軍の行動を制限しようとしているのである。中国が人工島を自らの領土とし、そこから艦船や航空機を運用できるようになれば、南シナ海における平時の勢力は、中国の方が圧倒的に強くなる。戦闘しない限り数に勝る中国が、米国の活動を妨害しやすいからだ。米国に対する「コスト強要」であるとも言える。 軍事衝突すれば、米海軍に簡単に破壊されてしまう人工島であっても、米国に軍事力行使理由を与えない限り、中国は南シナ海における優勢を保てるということでもある。逆説的であるが、平時であれば、中国は人工島を「不沈空母」として利用できるということだ。
中国が、南シナ海のほぼ全域に主権を主張し、中国の領海法に従って、他国海軍が中国の領海(中国は公式に「領海」とは言わないが)である南シナ海を航行する際に中国の許可を求めるようになれば、米海軍の行動にも支障を生じかねない。米国はもちろん、中国の要求に応じることはないが、それでも日本を出港した米海軍の第7艦隊が中東に展開する場合などに、南シナ海において、中国海軍あるいは海警局に対応する可能性を考慮しなければならなくなる。
本来、何の問題もなく、自由に航行して、航行の目的である中東での活動に集中できるはずが、途上の南シナ海で、余分なコストを強いられることになるのだ。しかし、中国が実際に軍事的手段に訴えない限り、米国としても軍事力を行使するのは難しい。中国の人工島は、そこに存在するだけで、米海軍の活動に圧迫感を与えるものになる可能性があるのだ。
P.198~199
中国が思い描く国際社会は、戦後、米国が主導して構築してきた国際社会とは異なるものだということだ。中国は本来、戦勝国であって、戦後の国際秩序形成に影響を及ぼすべきであったという権利意識が非常に強い。経済発展し、能力をつけつつある現在、中国は自らの経済発展のために、国際秩序を変更することを公言し始めた。
中国は、国際社会に対して、軍事力をもって新しい国際秩序を押し付けようとしている訳ではない。基本的には、各国への投資や中国の巨大な市場といった経済的影響力によって、各国の支持を得ようとしている。しかし、この新しい秩序自体が、これまで米国が主導してきた国際社会の価値観と相容れない部分があるのだ。
だからこそ、中国も、米国が中国の国際規範変更の試みを妨害すると認識するのである。日本は、これまで米国が主導してきた、「自由、民主主義、市場経済」といった価値観を共有する国際社会の中で恩恵を得てきた。一方で、すべての国家が、同様の価値観を共有していないことも事実である。
中国は、まず、こうした国を取り込んで、中国が考える国際規範を広めていこうと考えている。しかし、米国が主導してきた国際社会の価値観を否定し、これに挑戦することはしない。中国は、各国がそれぞれの利益に応じて、それぞれの規範に従えば良いと考えている。
しかし、それでも米国と利害が衝突すれば、双方ともに、各国の支持を得るために各国を囲い込む行動に出やすい。現に、東南アジア地域では、日本•米国と中国の間で、支援合戦が展開され、支持の獲得競争が行われている。
米中が、それぞれに勢力圏を作ろうとするのは、良い傾向ではない。現状では考えにくいが、 異なる規範で行動する複数の勢力が国際社会の中に存在することは、国際社会の協力態勢を弱 体化させることになり、国際社会の内外からやってくる種々の脅威に対して、有効に対処できなくなる可能性もあるからである。
P.209~213
- アメリカによる南シナ海の「航行の自由」作戦
米国は、これまで中国の「力による現状変更」に強く対応しなかったことが誤りであると認識している。その間に、中国は南シナ海の7力所の岩礁などにおいて、8平方キロメ ―トルにも及ぶ埋め立てを行い、軍事利用可能な施設を建設してしまった。
米国は、実力を行使しなければ、中国の意図を挫くことはできないと理解した。ここで言う実力行使は、フィリピンやベトナムと一緒に、中国に占領されたサンゴ礁を奪還することではない。中国の「南シナ海全域に主権が及ぶ」という主張を否定するための行動を採ることである。
米海軍艦艇および航空機の南シナ海におけるパトロールは、「南シナ海はグローバル・コモンズ(公海)である。したがって、米軍は自由に活動を行う」という米国の主張を、行動を以て示すものだ。
現在、米中両国を含め、誰も米軍の活動を南シナ海から排除することも、中国の人工島建設を止めることもできない。こうなると、一種のチキン・レースである。米国は、万が一、中国が軍事的な対抗手段をとってもかまわないのだ。
そして米国が、中国との軍事衝突も辞さないという姿勢を示した。2015年10月27日、 海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」が、中国が建設した人エ島から12カイリ以内の海域を航行したのだ。このオペレーションは、「航行の自由」作戦と名付けられ、中国の南シナ海に対する権利の主張を根本から否定するものである。また、米国との軍事衝突を避けたい中国を追いつめる、軍事衝突も辞さない米国の決意を示すものでもある。
米海軍艦艇が進入したのは、南シナ海に存在する南沙諸島(スプラトリー諸島)のスビ礁だ。スピ礁は、かつてベトナムが実効支配していた暗礁であるが、1988年に生起した海戦の末、現在に至るまで中国が実効支配している。1980年代末の、東南アジア地域に発生した「力の真空」を利用したのだ。
中国はこの暗礁を埋め立て、人工島を建設している。国連海洋法の規定によれば、高潮時にその一部が海面上に出ていなければ、島または岩として認められず、領土とはならない。暗礁に領海は存在しない、ということである。ちなみに、島と岩の区別は曖昧である。人が住めるのが島、住めないのが岩、といった程度の区別しかない。しかし、それぞれに発生する権利 は大きな違いがある。島にはEEZ (排他的経済水域)が認められ、岩には認められないのである。まして暗礁は、岩でさえない。
実は、南シナ海について、中国は「領海」という言葉を使わない。中国外交部は、「南沙諸島および付近の海域に議論の余地のない主権を有する」と言う。主権が及ぶ海域は領海であるはずなのだが、中国は「付近の海域」とあいまいにする。それは、中国が、「九段線」で囲まれる南シナ海のほとんどの海域を自分のものにしたいからなのだ。中国外交部の主張は、中国の南シナ海に対する権利の根拠が、南沙諸島の領有にあることを示している。 しかし、海上に建設された人工建造物には、領海は存在しない。この、国連海洋法条約の規定に基づいて、米国は、中国が埋め立てた人工島は、暗礁の上に建設された人工建造物であるから領海は存在しない、と主張するのだ。人工島から12カイリ以内であっても、公海であるという意味だ。さらに、公海であるのだから、米海軍の艦艇や航空機は、自由に活動できるということでもある。
中国が「島」だと主張する人エ島から12カイリ以内の海域に、そこが公海であること^示すために、海軍の艦艇を送り込んだのだ。中国が主張するように、もし、人工島が領土であれば領海に当たる海域である。中国は、自国の「領海法」で、中国領海における他国の軍艦の無害通航権を認めていないのだから、米海軍艦艇の領海内航行には、何らかの対処をせざるを得ない。領海から米国の活動を排除しようと強気に出たのが、ひとたび米国が「やってみろ」という態度に出れば、困るのは中国の方だ。中国は、「領海法」という自ら作った法律で自分自身が追い込まれているのだ。
米国が送り込んだのは、イージス駆逐艦1隻である。米国が示したいのは、米海軍が南シナ海において自由に活動できる、ということだ。1隻でも十分に目的を達成できる。さらに、艦隊を送り込めば、米国が中国に対して攻撃の意図があるという誤ったシグナルを送る可能性もある。また、空母は艦艇としての戦闘力が高い訳ではなく、目標に近づけて使う艦ではない。 米海軍の空母は、もちろん南シナ海を自由に航行しているが、わざわざ危険に晒す必要はなく、目標が搭載している航空機の作戦半径に入りさえすれば良いのだ。
一方で、イージス駆逐艦は、対空戦、対水上戦、対潜戦すべてに高いレベルで対応できる。 米国は、中国が軍事的対抗措置をとっても、単艦で対応できる艦艇を送り込んだのだ。米国が、中国が軍事的対抗措置を採ることも想定して艦艇を送ったのは、中国との軍事衝突も辞さない、 という米国の決意の表れである。
日経記事
南シナ海を舞台に、「中国包囲網」の構築が進んでいる。同海域内で人工島を次々に造成して軍事拠点化する中国に対し、米国は日本やオーストラリア、フィリピンなどと共同で南シナ海でのパトロール活動を開始する構えだ。中国への対抗を意識した安全保障面での二国間の協力関係の網の目も密になりつつある。
■中国の人工島、米の軍事介入躊躇させる狙い

ベトナムのカムラン湾に初めて入港した海上自衛隊の護衛艦「ありあけ」(左)と「せとぎり」(4月12日)
「この海域に米空母が展開するのは新しい話ではない。新しいのは、この海域に緊張が存在し、我々がそれを減らそうとしようとしていることだ」。AP通信によると、カーター米国防長官は4月15日、南シナ海に展開中の空母ステニスに降り立ち、こう語った。
米比両国はこのほど、今後は共同で南シナ海をパトロール活動することで合意した。さらに2014年に締結した協定に基づいて、米軍が南シナ海沿岸を含むフィリピン各地の同国軍基地を使う形で約20年ぶりに再駐留を開始する。
日本の動きも活発だ。日本は16年2月、米英豪仏印に続いてフィリピンとも「防衛装備品・技術移転協定」を締結し、将来のフィリピンに向けた武器輸出の足場を整えた。
海上自衛隊の護衛艦「ありあけ」「せとぎり」の2隻は、4月3日にフィリピンのスービック港に寄港した後、同12日には南シナ海を横断してベトナム南部のカムラン軍港に海上自衛隊の艦艇として初めて寄港した。
3日後の15日には、海自の潜水艦「はくりゅう」が共同訓練に参加するため、豪州のシドニー港に自衛隊の潜水艦として初めて寄港。日本は豪州に同じタイプの潜水艦を売り込んだ。受注競争では仏政府系造船会社に敗れたものの、中国をにらんだ日米豪3か国の防衛協力強化は引き続き強化したい考えだ。
こうした動きに中国も対抗の動きを隠さない。カーター長官の空母ステニス訪問と同じ4月15日、中国国防省は范長龍・中央軍事委員会副主席(軍制服組トップ)がこのほど南シナ海中部のスプラトリー(南沙)諸島内の人工島を視察したと発表。人工島造成の動きをやめる意思がないことを強調した。
中国は、人工島造成などを通じて南シナ海を米軍の立ち入れない「聖域」にしたうえで、最終的に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を配備し、米国に東アジアへの軍事介入を躊躇(ちゅうちょ)させることを意図している。冷戦時代のソ連が、日本の北に位置するオホーツク海を聖域化し、そこにSLBMを配備して米国をけん制したことを南シナ海で再現しようというわけだ。
ただ、中国にとって情勢は厳しい。冷戦時代のオホーツク海は、南西部(日本の北海道)を除くすべての方面をソ連が占有する「ソ連の湖」だった。南シナ海の場合、中国領は北部の中国本土と海南島のみ。それ以外は台湾、フィリピン、マレーシア、ベトナムなど外国に囲まれる。
■当面は軍事衝突避けながら存在感強める戦略か
しばしば、中国にとっての南シナ海は、国益上の重要さなどから「米国にとってのカリブ海」にたとえられる。だが、実態は「ロシアにとってのバルト海」、つまりドイツやデンマークなど北大西洋条約機構(NATO)6か国と、NATO入りの機会をうかがうスウェーデン、フィンランドに囲まれている状況に近い。
人工島は「島」である以上、空母のように動かすことができない。仮に米中間の軍事衝突が起きた場合、人工島は真っ先に米軍の攻撃型原子力潜水艦の発射する巡航ミサイルなどの標的となって使用不能になり、中国が人工島造成に費やした巨額の投資も無駄になる。
潜水艦の最大の敵は潜水艦だ。中国軍が人工島を守り抜くには、米軍に対抗しうる優れた潜水艦部隊を持つことが欠かせない。しかし、当面はこの分野で米日豪の「潜水連合艦隊」が中国を抑え込む展開が続きそうだ。
このため、中国としては、米軍などとの直接的な軍事衝突を慎重に避けながら「平時」のうちにじわじわと南シナ海の軍事的プレゼンスを強めるという現在のアプローチを続けるのが上策となる。
先々は、戦闘に持ち込まない範囲で、人工島から発進した中国軍戦闘機が他国の航空機に過剰接近したり、人工島を拠点とする海軍艦艇が他国の艦船にミサイル攻撃の前段階であるレーダー照射をしたりして威圧する事件も起きそうだ。こうした事態が起きて沿岸国が萎縮し、南シナ海の航行を自粛するようになれば、中国の思惑通りになる。米日豪やフィリピン、ベトナムなどは、連携を強めて中国包囲網を構築し、有事の際だけでなく「平時の優勢」も確保しようと努める展開が続きそうだ。
→Nikkei Asian Reviewに掲載の英文はこちら
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