『毛澤東〝雷人〞語錄』(5/27 新唐人電視台)について

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5/27“看中国”の記事<美菲總統通話内容曝光 談中國談習近平=米比大統領の電話対談の内容、中国と習近平について論ず>によればトランプはドウテルテに「我倒挺希望中國來解決這個問題,他們真的有法子,因為朝鮮很多東西都來自中國。中國正在做一些事情。但是如果中國不解決這個問題,我們會解決。・・・・我們不能讓手握核武的金正恩為所欲為。我們有很多火力,比他的20倍還多,只不過我們還不想用。你不會有事的。=本件については中国が問題解決することを強く望んでいる。彼らはやり方を知っている。朝鮮への物品は中国から来ている。中国は今いろいろ手を打っている。但し、中国が本件につき処理できなければ我々が解決する。・・・我々は、金正恩が欲しがっている核兵器を手に入れさせることはしない。米国の軍事力は北朝鮮と比較して20倍以上だ。しかし、やはりそれを使いたいとは思っていない。あなたは心配しなくて良い」と言った。>(以上)

http://chinaexaminer.bayvoice.net/b5/focus/2017/05/27/352090.htm%E7%BE%8E%E8%8F%B2%E7%B8%BD%E7%B5%B1%E9%80%9A%E8%A9%B1%E5%85%A7%E5%AE%B9%E6%9B%9D%E5%85%89-%E8%AB%87%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E8%AB%87%E7%BF%92%E8%BF%91%E5%B9%B3%E5%9C%96.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=facebook

トランプ大統領が11月に訪日、安倍首相と会談、同じく11月にドウテルテ大統領と会談を予定しているという事は、(トランプ大統領の弾劾もないと思います)11月までは北朝鮮への攻撃はない?でも、軍を朝鮮に貼り付けて置けばコストがかかるのでは(出動時には手当は払うのかどうかですが?)。

5/26レコードチャイナの記事<「第2次朝鮮戦争」のシナリオを米軍事紙が提示、死者10万人にも?>。北朝鮮、韓国、米国、日本の犠牲者の内訳がありませんが。韓国人の下種な所は、「日本人が戦争で儲ける」とか言う発想です。日本が米軍に補給しない限り、韓国が北の攻撃に晒され、痛手を蒙るというのが分からない。哀れな民族です。日本としては韓国に手を貸すことはしたくありません。支援は米軍のみです。同じ民族同士で遣り合えば良いでしょう。

http://sp.recordchina.co.jp/newsinfo.php?id=179242&ph=0

本記事を読みますと、毛沢東の戦略眼の正しさが見えてきます。日本と国民党を戦わせ、中国人の犠牲を厭わずというのはある種の凄さを感じさせます。ですから大躍進、文革も出来たのでしょう。国民にとってはたまったものではありませんが。ただ、目的意識をはっきり持ち、その実現のためには妥協せず邁進したわけです。日本の政治家はそんなことはできないでしょう。国民あっての国ですから。本文中で毛沢東が言っていますように、「心の祖国はソ連=共産党の総本山」ですから、中国人を何千万人殺そうと関係ないと思ったのでしょうけど。でも、蒋介石と戦っていた時に、毛の考えを日本陸軍は把握できなかったのでしょうか?遠藤誉に依れば毛沢東は「日本軍と共謀した男」です。日本も謝るだけでなく、こういう情報を中国語のまま発信して毛沢東が考えていたことを伝えるべきです。ご都合主義の中国人ですから「今毛沢東が生きていれば、反日に転じているさ」とも言われそうですが。

記事

中共官方記載毛澤東至少六次感謝日本侵華。(大紀元)

一,感謝日本侵華——沒有皇軍入侵,中共不可能上台

我曾經跟日本朋友談過。他們說,很對不起,日本皇軍侵略了中國。我說:不!沒有你們皇軍侵略大半個中國,……,中國共產黨就奪取不了政權!【接見日本社會黨人士佐佐木更三、黑田壽男、細迫兼光等的談話1964.7.10】

毛:〝沒有什麼抱歉。日本軍國主義給中國帶來了很大的利益,使中國人民奪取了政權。沒有你們的皇軍,我們不可能奪取政權。這一點,我和你們有不同的意見,我們兩個人有矛盾。〞(眾笑,會場活躍)。毛:〝不要講過去那一套了。日本的侵略也可以說是好事,幫了我們的大忙。請看,中國人民奪取了政權,同時,你們的壟斷資本、軍國主義也幫了我們的忙。日本人民成百萬、成千萬地醒覺起來。包括在中國打仗的一部份將軍,他們現在變成我們的朋友了。〞【摘自《毛澤東思想萬歲》,第533至534頁。】

二,向日本索賠沒有道理

毛:〝第二次世界大戰以後,把我們的關係改變了,剛才已經講到,你們是處於很好的地位,處於理直氣壯的地位。過去你們欠過人家的帳,現在你們不再欠帳了,而是有人欠你們的帳。你們現在很有政治資本,我們也有政治資本,向美國討帳。它欠了我們的帳,這一點,我想我是根本沒有講錯的。你們現在是輕鬆愉快了,與第二次世界大戰時不同了,理由抓在你們手裡,是不是?對不對?對你們過去欠的帳再要來討帳,這是沒有道理的。你們已經賠過不是了。不能天天賠不是,是不是?一個民族成天嘔氣是不好的,這一點,我們很可以諒解。我們是你們的朋友,你們對中國人民看得清楚,不是把你們當作敵人看待,而是當作朋友看待的。【同日本國會議員訪問中國大陸團談話1955年10月15日】

三,日本人民侵略他國是被迫、是受害者(潛台詞:中國人民被皇軍屠殺無所謂)

毛:〝美國在日本的廣島和長崎投了兩個原子彈,損害了日本人民。因此使美國在世界大部分人民中間的名聲不好。……第二次世界大戰中,日本政府是強迫日本人民進行侵略戰爭的,但後來起了變化,遭到了美國的原子彈之害,所以日本人民,包括某些政府人士也反對戰爭。〞【同參加在日本召開的第十一屆禁止原子彈氫彈世界大會後訪問中國大陸的外賓談話1964年8月22日】

四,日本投降早了一年(否則篡奪江山更易)

〝(抗戰勝利後國共和談期間提出)‘和平民主新階段’是為了爭取時間,準備奪取政權。日本投降早了一點,再有一年我們就會準備得更好一些。〞——1959.8.17毛澤東的一次講話,《學習資料(1957~1961)》(清華大學,1967)第260頁。

五,日本佔地越多越好

〝要冷靜,不要到前線去充當抗日英雄,要避開與日本的正面衝突,繞到日軍後方去打游擊,要想辦法擴充八路軍、建立抗日游擊根據地,要千方百計地積蓄和壯大我黨的武裝力量。對政府方面催促的開赴前線的命令,要以各種借口予以推拖,只有在日軍大大殺傷國軍之後,我們才能坐收抗日成果,去奪取國民黨的政權。我們中國共產黨人一定要趁着國民黨與日本人拚命廝殺的天賜良機,一定要趁着日本佔領中國的大好時機全力壯大,發展自己,一定要抗日勝利後,打敗精疲力盡的國民黨,拿下整個中國。〞

【毛澤東在一九三七年八月在陝北洛川會議上的講話摘要】

〝有的人認為我們應該多抗日,才愛國,但那愛的是蔣介石的國,我們中國共產黨人的祖國是全世界共產黨人共同的祖國即蘇維埃(蘇聯)。我們共產黨人的方針是,要讓日本軍隊多佔地,形成蔣、日、我,三國志,這樣的形勢對我們才有利,最糟糕的情況不過是日本人佔領了全中國,到時候我也還可以藉助蘇聯的力量打回來嘛!〞

【毛澤東在一九三七年八月在陝北洛川會議上的講話摘要】

〝為了發展壯大我黨的武裝力量,在戰後奪取全國政權。我們黨必須嚴格遵循的方針是〞一分抗日,二分敷衍,七分發展,十分宣傳〞。任何人,任何組織都不得違背這個總體方針。〞

【毛澤東在一九三七年八月在陝北洛川會議上的講話摘要】

〝(抗戰時)一些同志認為日本佔地越少越好。後來才統一認識:讓日本多佔地,才愛國。否則變成愛蔣介石的國了。〞《廬山會議實錄》(河南人民出版社,1996)第182頁。

六,武鬥好

武鬥有兩個好處,第一是打了仗有作戰經驗,第二個好處是暴露了壞人。……再斗十年,地球照樣轉動,天也不會掉下來。【召見首都紅代會負責人的談話(1968年7月28日)】

七,打起來我就高興

我才不怕打,一聽打仗我就高興,北京算什麼打?無非冷兵器,開了幾槍。四川才算打,雙方都有幾萬人,有槍有炮,聽說還有無線電。【召見首都紅代會負責人的談話(1968年7月28日)】

八,打仗靠流氓

勇敢分子也要利用一下嘛!我們開始打仗,靠那些流氓分子,他們不怕死。有一個時期軍隊要清洗流氓分子,我就不贊成。【中央工作座談會紀要(1964年12月2日)】

──轉自《看中國》

(責任編輯:李明心)

中共の公式記録として、毛沢東は日本の中国大陸の侵略を少なくとも6回は感謝した。(大紀元)

一、日本の中国大陸の侵略を感謝する。—-もし皇軍が侵攻しなければ、中共は舞台上に立つことはできなかった。

私がかつて日本人の友人と話した時に、彼らは「皇軍が大陸を侵略して大変申し訳ない」と言うので、「否、貴殿の皇軍が中国の大半を侵略はしなかったなら、・・・中国共産党は政権を奪うことはできなかった」と言ってやった。【日本社会党の佐々木更三、黒田壽男、細迫兼光等と接見した時の談話 1964.7.10】

毛:「謝ることなどない。日本の軍国主義は中国に大きな利益を齎し、中国人民に政権を奪取させた。皇軍がいなければ、我々は政権奪取できなかった。この点につき、私と貴殿たちとは意見が合わないし、不一致がある」。多くの笑いで会場は熱気に包まれた。毛:「過去を話す勿れ。日本の侵略は良いこととも言えるし、我々を大いに手助けしてくれた。見て下さい。中国人民が政権を取ると同時に、貴殿達の独占資本と、軍国主義も我々を助けてくれた。日本人民は百万や千万も目覚め始めている。中国で戦った一部の将軍も含め、彼らは我々の良き友人である。」【《毛沢東思想万歲》より, 533から534頁】

二、日本に対し賠償を求めるのは道理が無い

毛:「第二次大戦後、我々の関係は変わった。先程既に話したことだが、貴殿達は良い立場にあり、自信を持って良いのでは。過去に貴殿達は他人から借り過ぎたが、今や借りはないし、ある人は貴殿達から借りがある。貴殿達に政治資本があるように我々にもある。米国に対しては借りを返してもらおう。彼らは我々に借りがある。この点につき、私は基本的に間違ったことは言っていないと思う。貴殿達は、第二次大戦時とは違い、今は緊張なく楽しんでいる。理由は貴殿達の手にしっかりと握っているからである。そうでしょう?貴殿達に過去の借りを返せと要求するのは道理が無い。貴殿達は既に払ったでしょう。毎日払うことはできない、違いますか?一つの民族が天から嘔吐されるようになるのは良くないことである。この点につき私は良く理解している。我々は貴殿達の友人であり、貴殿達は中国人民をはっきりと見て、敵として扱うのではなく、友人として扱うべき。【同日本国会議員訪問団談話1955年10月15日】

三、日本人民が他国を侵略したのは圧迫を受けたからで被害者である。(ひっそりと:中国人民が皇軍に殺されたのはどうでも良い)

毛:「米国は広島、長崎に原爆を落とし、日本人民に損害を与えた。此の為米国は世界の大部分の人民の間で評判を落とした。・・・第二次大戦中に日本政府は人民に侵略戦争を進めるように強制したが、その後米国の原爆の害を受け、変化が起きた。それで日本人民、政府の官員も含め、戦争に反対している。」【同じく日本で開催した第十一回原爆禁止世界大會に参加した後、中國を訪問した外国の賓客との談話1964年8月22日】

四.日本の投降は1年早かった。(そうでなければ国の統治を奪うことはより簡単だった)

“(日本との抗戦勝利後、国民党と共産党の和平交渉には時間がかかる)‘平和的民主化の新しい段階’には時間がかかるため政権を取る準備が要る。日本は投降するのが早かった。もう1年あれば、我々はもっと良く準備できた。”—1958.8.17毛沢東の講話《学習資料(1957~1961)》(清華大學,1967)第260頁。

五.日本の占領地は多ければ多いほど良い

“冷静になる必要がある。前線で抗日英雄になるな。日本との正面衝突は避けるように。迂回して日本軍の後ろに回りゲリラ戦をせよ。八路軍を拡充する方法を考えよ。抗日ゲリラ戦の基地を作り、手段を尽くして我が党の軍事力を強大にするよう力を蓄えねば。政府に対し前線に行く命令が督促されても、いろんな理由を付けて引き延ばし、日本軍が国民党軍を大々的に殺傷してから、我々はやっと抗日の成果が上げられる。国民党政権を倒すことができる。我々中国共産党人は、国民党と日本人が一所懸命殺し合うのは天の配剤で、これを利用しない手はない。日本が中国を占領した大チャンスをものにすべく全力で強大になり、己を発展させ、抗日戦勝利後、疲労困憊した国民党を打ち負かして、中国全体を手に入れる”

【毛沢東が一九三七年八月に陝北洛川で會議をしたときの講話のまとめ】

“ある人は、我々はもっと抗日をして初めて愛国になると考える。しかし、それは蒋介石の国を愛することであり、我々中国共産党人の祖国は全世界の共産党員の祖国であるソ連である。我々共産党員の方針は日本軍に多く占領して貰い、蒋介石、日本軍、我々と3国志の形を作り、このような形になってやっと我々が有利になる。最もダメなのは単に日本に全中国を占領されるだけ、時が至れば我々がソ連の力を借りて元に戻すことである”

【毛沢東が一九三七年八月に陝北洛川で會議をしたときの講話のまとめ】

“党の軍事力強化と発展の為、戦争後に全国で政権を取る。我が党の守らなければならない方針は一割が抗日、二割が拡大、七割が発展、十割が宣伝である。いずれの人や組織もこの全体方針に背くことはできない”

【毛沢東が一九三七年八月に陝北洛川で會議をしたときの講話のまとめ】

“(抗戦時)同士の内、日本の占領地が少ない方が良いと思っている人がいた。後になって認識を統一した。:日本に多く占領させれば愛国となる。でなければ蒋介石の国を愛することに変わってしまう。” 《廬山会議実録》(河南人民出版社,1996)第182頁。

六.武門の良さ

武門は二つの長所がある。一つは戦うことで作戦を立てる経験ができること。二つ目は悪い奴を炙りだせること。後10年戦っても、地球はいつも通りに回転し、天も落ちてくることはない。【首都紅代会責任者を引見した時の談話(1968年7月28日)】

七.ケンカが始まれば嬉しい

私はケンカを恐れない、戦うことを聞くと嬉しくなる。北京はどう戦うつもりか?冷兵器(火器の反対、刀剣・槍の類)は言うまでもなく、銃も撃つことだ。四川はそれでやっと戦える。両方で数万人となり、銃や大砲があり、また無線もあると聞く。【首都紅代会責任者を引見した時の談話(1968年7月28日)】

八.戦いはゴロツキに頼る

勇敢な人間は彼らを利用した方が良い。戦いが始まれば、ゴロツキを頼るべき。あの連中は死を恐れない。ある時期軍隊はゴロツキを粛清しようとしたが、私は反対だ。【中央工作座談会紀要(1964年12月2日)】

──《看中國》より転載

(責任編集:李明心)

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