2/17facebook 中国観察より
「大衆を馬鹿にするのが益々ひどくなっている
高級な動物は毎日研究している:「米国は中国の体制を変えようとしている。社会主義国家を囲い込むつもりである。日本はアジアでトップになろうと思っている。インドは中国の進歩には服さない。西側の敵対勢力は中国に好意は抱いていない」と。ならば自分達官員は何故腐敗するのかを研究しないのか?何故富裕層は皆移民するの?大衆の福利は何故こんなに少ないの?何故農民工は給料を貰えないの?また、留守児童、医療・年金、強制収用の問題がある。ネット投書」
<国新办:美国是个独裁国家。=国務院新聞弁公室:米国は独裁国家である 外交部:中国是法治国家。=外務省:中国は法治国家である 中纪委:官员腐败不到万分之一,几乎等于零。=中央規律委員会:官員の腐敗は万分の一にも行かず、殆どゼロである 卫生部:我国医疗保障全世界最好。=衛生省:国の医療は世界でNo1 CCTV:幸福指数中国全球第一。=CCTV(中央電視台):幸福指数は中国が世界NO1 环球时报:中国政府满意率全世界第一。=環球時報:中国政府への満足度は世界No1 北京日报:合理虚构,让真实历史更动人。=北京日報:合理的な嘘は真実・歴史により一層感動を与える>
如何に中国が嘘と虚飾に塗れているか分かろうと言うものです。上記の逆をやっているのが中共政府です。「南京」やら「慰安婦」の嘘をあなたは信じますか?朝日新聞を筆頭とした左翼メデイア、立憲民主党を筆頭とした左翼野党はモリカケにも見られるように嘘つきです。もっと中国大衆の訴えを見ないと。彼らはこれらをフェイクニュース扱いにして封殺しようとします。彼らがフェイクを垂れ流ししているのが分からないようでは情弱と言われても仕方がありません。
2/17facebook 中国観察<朱雪琴:中國人不吃劣質轉基因食品,抗議引進垃圾轉基因產物禍害中國人,產除漢奸賣國賊,中國人不做小白鼠。劣質轉基因讓很多中國人基因突變,面對各種莫名奇妙的怪病,甚至斷子絕孫的後果。=朱雪琴:中国人は劣化した遺伝子組換食品は食べない。ゴミ遺伝子組換食品被害者を出したことに抗議する。売国奴はこうはならない。中国人はモルモットではない。劣化した遺伝子組換食品は中国人のDNAに突然変異を引き起こし、いろんな訳の分からない怪病に悩まされ、子孫の断絶を齎す結果にさえなる>
https://www.facebook.com/100017127274847/videos/202197787027796/
中国人の発想はまず「金」です。人の命より金を儲けることを優先します。ですから倫理的命題についても関心が薄く、クローン猿を作って自慢したりしています。バチカンも、無神論者で拝金教の中共の司教の任命権を認めるとは、頭がおかしくなったとしか思えません。宗教も理想より金で左右される時代に突入したのでしょう。
山田氏の記事では、中国の格差が如何に酷いのかを表しています。何度も書いていますが中国のジニ係数は北京大学調べで0.73、西南財経大学で0.618、中共の昨年の発表は0.465です。まあ、中共の発表する数字は本当であった試しがありませんから。ジニ係数が0.4以上なら社会的不安が起き、0.5以上なら、暴動などの極端な社会的対立も招きかねないとされているのに0.73というのは想像を絶します。結果の平等を目指す共産主義が単なる独裁、人権弾圧機関となっていることがこれで分かります。日本の左翼は「格差」「格差」と騒ぎますが、日本のジニ係数は昨年再分配後で「0.3759」とのこと。全然問題になりません。日共と左翼メデイア合作の印象操作です。
小生も学生時代、バイト代稼ぎで大学病院に売血したことはあります。あくまで小遣い銭稼ぎでした。記事に出て来る農民工の場合はモロ生活の為です。世界第二位の経済を誇る中国が国民の福利に無関心、軍拡と賄賂で世界を征服する野望だけを持っているのでは、中国人のみならず世界の人々の不幸です。農民工よ、中共打倒の為立上れと言いたい。でも、抗議行動は上述のfacebook記事にあるように全国規模で起きていますが、軍を味方につけない限り革命成就は難しいでしょう。
記事
北京朝陽区の農民工居住地域にあった売血の張り紙。400mlで700〜1000元(1元=約17円)
儲け損なった話をたくさん持っている中国大連出身の老人がいた。
1990年代には香港の老人福祉施設に住むようになっていた彼の収入の大半は香港政府からの雀の涙程度の生活保護。週に1、2回は太極拳の個人レッスンをしていたようだが、これも小遣い程度にしかならない。だから彼はいつも素寒貧で、冷凍餃子とバナナばかり食べるような生活を送っていたのだが、10年に一度ぐらいの割合で日本円で数百万から1000万円単位のカネが転がり込んでくるというような運を持っていた。
ただ、例えば借金をしても、小金が貯まると全額返済するにはまだ足らないからと、現金を握りしめてホバークラフトで海を渡ってマカオに行き、帰りの船代だけを残して全額賭け、当然のように一文無しになって香港に戻ってくるというような人だった。仕事もその調子だったようで、金が入ると儲け話に全額張り込み、やはりこれも当然のように失敗する。
ところが、それを特に悔やむでもなく飄々とまたバナナと水餃子の生活に戻る彼の執着のなさから来るある種の清潔さに惹かれ、そして何より、波乱に満ちた人生を生き抜いてきた老人の人生に敬意を抱き、儲け損なった話を肴に飲もうと彼を食事や酒に誘う友人が大勢いて、私もその1人だった。
追われた「ネズミ」と「農民工」の行く先
さて、儲け損なった話の中で彼のお気に入りは、日本のある新興宗教の教祖から事業資金としてもらった1000万円で、ネズミ退治機の日本を除く全世界における独占販売権を買い、それを香港植民地支配の象徴である英国系の財閥ジャーディン・マセソンに売りに行ったという話だった。何でもそれは画期的な発明で、ネズミの嫌がる超音波を発し、建物に住み着くネズミを根こそぎ追い出し、しかも外のネズミも寄りつかないのだという。
不動産開発と物流業を営み、香港中に管理すべき住宅、店舗、倉庫を抱えていたジャーディンは、自分たち自身がネズミに悩まされることもなくなるし、香港中の建物に仕掛ければ大儲けできると、一時は彼から販売代理権を買い取ってもいいという話になった。
ただ、最終的にこの商談は破談になる。
「追い出すってことは、ネズミは死なないわけですよね? 最終的にネズミの大群はどこに行くんですか?」
相手にこう尋ねられ、ネズミを追い払いさえすればそれでおしまいとしか考えていなかった彼は、とっさに香港島の地図を思い浮かべた上で、
「海ですね」
と答えた。
「そこで話は終わりよ。1000万円がパーね」と老人は話した。「だって、ジャーディンのせいで香港の海岸線がネズミだらけになったら、大変なことになるじゃない。追い出すだけではダメなんだ。行き先まで考えてやらないと」
今まで誰も描くことのなかった中国版ヒルビリー・エレジー 『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』
この連載「中国生活「モノ」がたり~速写中国制造」が『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』として単行本になりました。各界の著名人からレビューをいただきました。
- 私はこの例外的に「間合いの近い」取材方法を成り立たせるために著者が費やした時間と労力を多とする。長い時間をかけて、息づかいが感じられるほど取材対象の間近に迫るというスタイルは現代ジャーナリズムが失いかけているものである。 (哲学者内田樹氏によるレビュー「感情の出費を節約する中国貧困層のリアリズム」より)
- 「ブルース」という単語に何とも(やや古びた)哀愁があり、そしてカバーの写真の農民工の写真には、記念写真では決して撮れない、私自身が感情移入して泣いてしまいそうなリアリティがある。 (中国問題の研究家遠藤誉氏によるレビュー「執念の定点観測で切り取った、中国農民工の心?」より)
- だが、最近の日本のソーシャルメディアでは、「親の時代はラッキーだった」、「親の世代より、子の世代のほうが悪くなる」といった悲観的な意見が目立つ。中国においても、農民工の楽観性や忍耐がそろそろ尽きようとしているようだ。 (米国在住のエッセイスト渡辺由佳里氏によるレビュー「繁栄に取り残される中国の『ヒルビリー』とは?」より)
- 同書で描かれるのは、時代と国家に翻弄される個人たちだ。歴史的背景や、共産党政権の独自性うんぬんといった衒学的な解説はさておき、目の前で苦悶している、もっと距離の近い苦痛の言葉だ。 (調達・購買コンサルタント/講演家坂口孝則氏によるレビュー「年収3万の農民に未婚の母、中国貧民の向かう先」より)
eコマースの配送員で吸収しきれずあぶれる貧困層
最近、私はしきりにこの話を思い出す。上海、北京など中国の大都市で働く農村からの出稼ぎ労働者「農民工」のここ2、3年の境遇と重なる部分があるからだ。人間をネズミの話に例えるのは申し訳ないが、経済成長の鈍化、インフラ整備の一服、製造業の中国離れが並行して進む中国では、これまで低賃金で農民工に任せてきた単純労働の数が減ったことで、農民工を抱えておくだけの余裕がなくなった都市から彼らを追い出す動きが目立ち始めているのだが、ネズミ退治機で海辺に追い込まれたネズミ同様、都会を追われ行き場をなくした農民工たちが立ちすくむ姿を見る機会が確実に増えている。
この話をすると、「eコマースの爆発的な成長で宅配便やケータリングの配送員の需要が増えていると聞くよ? それで建築現場の肉体労働が減っている分は吸収できるんじゃないのか」とよく尋ねられる。
確かにそうなのだが、配送員にはまずスマートフォン(スマホ)が必須。伝票、決済、配送先までのルートを示す地図、不在の客との電話と、スマホがなければ配送員はできない。いまどきの中国では、どんなに貧乏でもスマホはほぼ持っているが、「持っている」のと「使いこなせる」のとでは話が別。早ければ40台前半で老眼が入り始めるから、画面も見づらくなる。画面をいちいち遠目に見ていてはノルマがこなせないし、歩合を稼げなければ基本給で生活はできない。
文字通り体一つあれば何かしらの作業ができる肉体労働なら、健康であればがれきや砂を運んだりと何かしらの作業はできるので50代まで働くことができる。しかし電動バイクを乗りこなしスマホを駆使して時間にも追われる配送員は、建築作業員ほど間口が広くない。上海や北京などの大都市で当局による農民工を主体とする貧困層の追い出しが進んでいるのは、配送員の増加が土方作業の減少を相殺し切れていないことの証明だと見なして間違いない。
非情な言い方をすれば、高度成長時代が過ぎ、そこまで大量の人手が必要なくなった現在、さしたる税金も払わない低所得の農民工を大勢住まわせておくより、不動産開発をした方が、利権を持つ権力者やその周辺にいる人びと、さらに再開発で立ち退き料が入る都会生まれの住民たちにとってはずっといい。
しがみつく手を引き剥がす
だから昨年11月、北京郊外の大興区にある農民工が主体の低所得者層の住む新建村という地区で、違法建築の簡易宿泊施設で子供8人を含む19人が死亡する火災が起き、これをきっかけに北京市当局が、違法建築の摘発と一掃を名目に、住民に短期間での立ち退きを突きつけ、まだ人が住んでいるのに強制的にガスや水道を止め炙り出すかのように町ごと住民たちを退去させたという報道を見たときにも、北京で特別なことが起きているという印象を持たなかった。
北京の農民工追い出しに注目が集まったのは、19人という大勢の犠牲者を出した大きな火災があったことと、北京当局が立ち退かせる農民工たちを「低端人口」、すなわち「下層の人間」呼ばわりしている文書が明るみに出たことで、海外メディアがこぞってこれを大きく取り上げたからだ。「大火」「死者」「下層の人間」という関心を刺激するキャッチーなキーワードが揃ったためである。
しかし、大きな流れで言えば今回の北京と同じようなことが上海でも既に3年ほど前から始まり、知人の農民工たちが右往左往しているのを目の当たりにしていた私には、何をいまさら、という感が否めなかった。
高度成長が終わり、単純労働をする農民工の賃金が頭打ちになる中、上海では2015年ごろ、不動産の高騰で郊外であっても農民工が家賃を払えるような物件がなくなった。そしてこの年、上海での生活に窮して、故郷に帰ったり他の大都市に向かったりする農民工が続出した。しかし1年もすると、農民工たちの多くは上海に戻ってきた。農村地帯にある彼らの故郷に相変わらず現金を稼げるような仕事がないためにほかならない。
ただ上海に戻ってきても、離れる前と状況はいささかも変わっていない。相変わらず賃金は頭打ちで、家賃はさらに上がった。農民工たちは、生活の困窮の度合いがさらに増したが、しかしほかに行くところなどないことは、過去1年故郷に帰ってみて骨身に染みた。苦しかろうが、彼らは上海にしがみつくしかないのである。
そして2017年。春節(旧正月)が明けると同時に、上海市内の広い範囲で同時多発的に違法建築の取り壊しが猛烈な勢いで始まった。取り壊された住宅や店舗の多くは違法で建てられた分、家賃が割安だったので、農民工たちが借りて小さな店を開き寝泊まりしているというケースがほとんどだった。構図は今回、北京で起きたことと同じ。違法建築の一掃に名を借りて、上海は一足先に、貧困層の主体を成す農民工の追い出しにかかったのである。
ただ上海の動きは、国内的にも海外でもほとんど注目されていない。上海当局が細心の注意を払ったからなのかどうかは知る由もないが、取り壊しにあたって「下層の人間」というような差別的で好奇心をあおる言葉が漏れ出さなかったため、表向きの「違法取り締まり」に目を奪われ、その裏に潜む、中国の都会人と農村出身者との間に横たわる「格差」「差別」「分断」の問題が浮き彫りにならなかったからだろう。
ともあれ、これまで書いてきたような理由で、私は北京の問題に関心を持ちはしたものの、上海で起きている以上のことがあるとも思えないでいた。
ただ、冒頭で書いた、香港のネズミ退治機の老人の言葉は再び思い出した。「追い出すだけではダメなんだ。行き先まで考えてやらないと」。いったん故郷に戻ったものの再び舞い戻ってきた上海の農民工たち同様、北京を追い出された農民工たちも行き場に窮するのは目に見えている。中国当局は、追い出した農民工たちがいったい、どこへ行くと想定しているのだろうか。それとも、とにもかくにも追い出さねばならぬほど、北京や上海といった中国の大都市は、余裕がなくなってきているということなのだろうか。
再び漂い始めた上海の農民工
そんなことを考えていた昨年末のこと。
私は上海の自宅で猫を飼っていて、留守をするときには、何人かの農民工の友人にバイト代を払って世話を頼んでいる。例年、春節(旧正月)休暇にはほとんどが帰省するが、それでも休日に働けば平日の3倍の時給を得られるという規定があるため、帰省せず上海に残って頑張って働くという人もいる。私の友人たちも同じで、これまでは友人の農民工ネットワークの中で必ず春節中に面倒を見てくれる人を見つけることができた。
ところがである。そろそろ春節の猫の世話の手配をしなければと友人の農民工たちに、次の春節もあなたの知人にまたお願いしたいと連絡すると、「今年は帰省して、春節明けに上海に戻るかどうかも分からないんだって」という答えが相次いだのだ。そして、それは彼らの知人にとどまらず、友人の農民工たち自身も同じで、「先のことは帰省してみないと分からない」という人が、1人や2人ではなかったのである。2015年あたりにいったん故郷に帰り、その後上海に舞い戻ってきた農民工たちが、上海の生活が二進も三進もいかなくなった上に、当局の追い出し圧力も相まって、再びさまよい始めようとしていた。
そして私は、北京の農民工追い出しのことに思いを巡らせた。賃金や家賃の水準、働き口等、農民工の置かれている環境は、北京と上海でそう大きな差はない。農民工を取り巻く状況がここに来てさらに一段、厳しくなってきているのは間違いないのに、強引に物事を進めようとすれば、社会の不安定要素を増やすだけではないのか。実際、大火が起きた新建村とは別の北京のいくつかの地区で昨年12月、やはり追い出されそうになったことに抗議する農民工と警官の衝突が起きたという報道もあった。
言行不一致のなぜ
町角にあった「ここにゴミを捨てるヤツは一家皆殺し」の警告(北京朝陽区)
習近平国家主席は2017年12月31日、毎年恒例となっている新年を迎える挨拶で、18年も引き続き貧困対策を強化するとした上で、2020年には「小康社会」(ゆとりのある社会)を実現し、中国数千年の歴史上初めて極度の貧困のない社会を打ち立てると国民に語りかけている。
私はこれを、美辞麗句を並べただけだとは思わない。中華人民共和国自体、農民を味方に付けて成立した農民革命の国。農民を敵に回したりないがしろにし過ぎたときの恐ろしさは、私ごときに言われるまでもなく分かっている。
では、習主席の言っていることと、北京や上海で起きていることが違うのはなぜなのか。なぜ正反対のことをするのか。単純に、その点が不思議でならない。北京を歩けばその疑問を解く糸口がいささかなりとも見つかるだろうか。
そこで私は1月末、北京を歩いてみることにした。ただこれまで、上海で強引な取り壊しを散々見てきた経験から、大火のあった新建村は騒動から2カ月後のいまのこのこ訪れたところで、既に取り壊され見渡す限りのがれきの山だろうことが容易に想像がつく。そこでまずは、やはり農民工の立ち退きを巡り騒動があったという北京北部の朝陽区のある町を訪ねた。
バスを降り、人通りの少ない村の目抜き通りを歩き始めてすぐに目に入った張り紙を見て、この村の住人たちの置かれている環境がたちどころに想像できた。それには「有償献血」「互助献血」と書かれていた。売血である。そして、その張り紙のあった建物には、細いガラス窓がはまるドアの向こうに女性が1人で座っているオランダの飾り窓に似た家が3軒ほど並んでいた。男も女も売るものがもはやなく、肉体を切り刻むしか術がない人びとが暮らす町であるのは間違いがないようだった。(明日公開予定の次回に続く)
記事
かつて2005年に訪れた深センのスラム街の様子。「捐腎」(腎臓寄付します)と書かれている
前回の記事「売血・売春…行き場なくす中国の『下層の人間』」から読む
私が中国で売血の張り紙を見るのは、前回紹介した北京朝陽区にある農民工たちが暮らす低所得者向け住宅が密集する地域、費家村が初めてではない。高層ビルが林立するいかにもインスタ映えしそうな近未来的な風景が広がることから昨今「深センすごい、日本負けた」とネットの世界を賑わせている香港に隣接する経済特区の深センを、2005年あたりに訪れたときは、深セン駅前にある5つ星ホテル、シャングリ・ラからほど近いスラム街の町角で、「捐腎」、直訳すれば「腎臓寄付します」、正しくは「腎臓買います」とゴミ収集場所の壁にペンキで殴り書きしてあるのを見つけ、思わず凍り付いたこともあった。
ただ、この15年あまり生活の拠点を置く上海で、私は農民工の住むスラム街をいくつも見てきたが、売血の張り紙は見たことがない。売血をしているのは相当程度、困窮している土地ばかりだったという印象がある。
血液製剤からC型肝炎ウイルス
中でも一番印象に残っているのは、広東省の坪石という山間の農村へ、湖南省との省境に架かる橋を見に行った時のことである。山間部を通る日本風に言えば県道のような道の途中で小間物屋をしている李さんという当時45歳の男性に橋までのガイドを頼んだ。農家に生まれた彼は小学校を卒業してすぐ広東省の鉄道局に就職、22年務めた後、35歳の時にリストラに遭い、祖父の代から受け継いでる6ムー(約4000平米)の田畑に米と自分たちが食べる分だけの野菜を作り、数羽の鶏を飼っていた。
ただ、それだけでは現金収入がまったくないに等しいので、日用品を売る小間物屋をやっていたが、利益でなく売上が月に350元(1元=約17円)しかないと話していた。つまり、現金はほとんど入ってこないというわけだった。北京五輪の2年前、2006年の話である。「まあ、この辺の農家ってこんなもんだよ」と李さんは言っていた。農家だから食べるものは最低限あるとはいえ、かなりの程度の貧困地域である。
この町の中心部にあるバスターミナルから15分も歩かないようなところに売血する人たちの集まるところがあった。人の背丈より少しだけ高いぐらいのコンクリートの壁で囲まれた、二階建てのやはりコンクリートの建物の前に、人だかりがしているのでなんだろうと覗いてみると、中庭に、中年から初老に差し掛かった年恰好の男たち女たちがいた。その数ざっと50人ほど。何人かで連れ立ってきた人たちが多いようで、こちらに2人、あちらに5人というように、いくつかのグループができている。しかし不思議なことに、彼ら彼女らは押し黙って所在なげに突っ立っているだけで、仲間内で互いに言葉を交わすことをしていなかった。
いったい、何の集まりなのだろう、この人たちは何を目的にここに集っているのだろうと疑問に思い、声をかけやすそうな人はいないものかと目を移動させると、入り口にかかる看板に、
「採血」
の文字が見えた。改めてそこに集っている人たちに目をやった。ボランティアで献血をしようと集った人たちのようにはとても見えなかった。
それからしばらく坪石の売血のことは忘れていたのだが、ある時ふと思い立って調べてみると、驚いたことに、広東省の製薬会社が坪石と広西チワン族自治区茘浦という土地で違法に採取した血液から製造した血液製剤にC型肝炎ウイルスが含まれていることが2007年1月メディアの調査報道で発覚、これを受け坪石と茘浦の売血も2007年早々に摘発されたというのだ。私が訪れ「採血」場に集まる人たちを見たのは2006年9月のことだったから、発覚する4カ月前だったということになる。
これを伝えた中国紙『新京報』(2007年2月5日付)によると、当時、需要の増加から血液の買い取り価格は2003年のトン当たり45万元から、2005年に62万元と高騰。血液の提供者には栄養費の名目で600mlあたり90元が支払われていたという。坪石では小間物屋をして月の売上が350元だったというのだから、1回の売血で90元は、この町に住む人たちにとっては大きな金額だ。
売血1回すればベッドで眠れる
人通りもまばらな費家村の商店街
時は下って2018年1月、北京の貧困地域の一つ、費家村で見つけた売血の張り紙では、400mlで700元というのが相場のようだった。一方で、求人の相場は、皿洗いが月額2500元、電子機器工場のライン工3500元、清掃員2800元等々。いま流行りの配送員は、マクドナルドのデリバリーが1軒あたり7.2元とあり、「月5000~1万元可能」とあった。1万元、すなわち日本円で17万円稼ぐには、月1388軒、土日もなく働いて1日当たり46軒に配達という計算だ。これに対して皿洗い、清掃員、ライン工という、農民工の就く職業として代表的な職種は、2014年あたりから完全に頭打ちか、むしろ下がっている。
一方で、この地域の一般的な住居というと、やはり町を歩いて見つけたビラの相場から、シングルベッドを置くだけのスペースしかないワンルームで家賃は700元といったところのようだ。つまり売血1回の値段とベッド1カ月分の値段が同じということになる。
毎月血液を1回売って、とにもかくにもひと月、体を横たえて休める場所を確保する。この地域の住民たちが送る生活が垣間見えた気がした。
路上か故郷か
『東網』等、香港や台湾の複数のメディアが2017年12月11日付で伝えたところによると、この費家村で同10日、違法建築を名目に立ち退きを求める当局と、これに抗議する住民数百人が対峙するという騒動が起きた。
この約1カ月前の11月8日、北京南部の新建村で、違法建築の簡易宿泊施設で子供8人を含む19人が死亡する火災が起き、これをきっかけに北京当局が、火事のあった新建村はもとより、農民工が住民の大半を占める北京に点在する貧困地域を対象に、違法建築の簡易宿泊所や集合住宅、店舗の摘発と一掃を一斉に始めた。東網の報道によると、新建村の火災以後、費家村でも2、3日おきに当局の人間がやって来て、先に書いたベッド一つ700元の住居に暮らす人たちに、違法建築だとして立ち退きを迫った。
ただ、不動産が高騰している北京のこと。まともに住居を借りれば皿洗いや清掃員のひと月の給料のほとんどが家賃で消えてしまう。血を売ってようやくねぐらを確保していた人たちは、ここを追い出されたらあとは、路上に出るしかない。そして12月10日、当局のやり方が強引で人権侵害だと抵抗する住民らと当局が町中の商店街で対峙し小競り合いに発展したのだという。
このタイプのアパートにはまだ人が住んでいる(費家村)
私が費家村を訪れたのは、この騒動から1カ月半後の1月下旬のことだった。商店街に建ち並ぶ店の多くは営業しているのに、通りも住居も妙にひっそりとしていて人気がない。700元クラスの住居に住む人たちの多くが既に退去させられ人口が激減したからだろう。また、山西省と甘粛省の郷土料理を出す店に限って軒並み閉店していたのは、1980年代から貧しい内陸の省の代表として挙げられてきた両省からの農民工にとりわけ700元クラスの住居に住んでいた人が多かったことを示すものだと思う。
この日、北京の気温は最低がマイナス11℃、日中でもマイナス5℃までしか上がらなかった。この寒空の下、血を売るだけでは屋根のついたねぐらを確保できなくなった彼らは、いったいどこへ行ったのだろう。路上に出たのか、あるいは故郷に帰ったのだろうか。
がれきとゴーストタウン
昨年11月に農民工の強制立ち退きがあった新建村。ゴーストタウンと化している(2018年1月)
そして、この翌日に訪れた大火のあった町、新建村は、想像通り、町の半分ががれきの山、残りの半分は、シャッターを閉ざした商店と門を固く閉ざした集合住宅がひっそりと佇むゴーストタウンと化していた。
強制立ち退きから2カ月半、住人らしき人影はまったくない。いるのは、取り壊しにかり出された建築作業員と、廃材を拾いに来たリヤカーの廃品回収業者、住民らが捨てていき既に野良の風情を漂わせている犬と猫。そして、ほぼすべての路地の角に、黒い制服に身を包んだ警備員が配されていた。住民を強権的に立ち退かせたことが内外で大きく報道されたこともあるし、元住民らの抗議を当局が警戒してのことだろう。
住民は全員消えた(新建村)
警備員の数に内心ひるみながら終始うつむき加減で歩いている私は、相当に場違いな存在だったはずだ。だが、呼び止められることが一度もなかったのは、北京市内からタクシーを走らせて一気に来ることをせず、北京中心部から公共交通を乗り継ぎ2時間かけてここまで来たことがよかったのかもしれない。
新建村は北京の最南部、大興区にあり、最南端は河北省に接している。北京の中心部からなら、地下鉄を2本乗り継ぎ1時間半。さらに路線バスに乗り換え、「劉村」(劉家の村)「孫村」(孫家の村)「桂村」(桂家の村)と「誰それの村」という名前の停留所が続く道路を30分走り、案内標識に「廊坊」という河北省の地名が出始めるころにようやく到着するという距離にある。
私は農民工の取材をするときには、可能であれば意識してタクシーを使わないようにする。恐らく、新建村に住んでいた農民工たちも、故郷から出稼ぎできて北京駅に降り立ち、地下鉄とバスを乗り継いでこの町に着き生活をスタートさせたはずだからだ。この日の私も、彼らと同じ時間をかけこの町にたどり着くことで、体にまとわりつく疲労感や空気感が、この町の風景の一部として私を溶け込ませてくれたのかもしれないと思う。これがタクシーで時間と距離をショートカットすると、違う土地の空気を持ち込んでしまうような気がする。
エアコン設置・修理のチラシだらけの壁(新建村)
ちなにみに廊坊は、シャープを傘下に収めた台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の子会社が、「中国のアップル」や「中国の無印良品」と呼ばれる小米(シャオミ)のスマートフォンを製造する工場を置く工場の町。これら工場でライン工として働くのは、ほぼ全員が農民工である。
新建村で伏し目がちに歩いた私の目に入ってきたのは、ここでも売血の張り紙だった。そしてもうひとつ特徴的だったのは、「空調維修」(エアコン修理)、「専業空調」(エアコンの専門業者)とエアコン関係のチラシの異様な多さだ。
先の費家村同様、新建村の住宅もベッドを置くだけの物件が多かったそうだが、加えて窓のない部屋が大半だったのだそうだ。酷暑の夏、窓がなく風が通らない狭い部屋は蒸し風呂のようになったことだろう。エアコンのチラシの多さは、働いて少し余裕ができると、部屋にエアコンを付けるのが、この町に住む農民工たちのささやかな贅沢だったことを意味しているのだろう。
新建村の様子。半分以上が既にがれきと化していた(上2枚とも)
春節直前の凶行
北京から戻って間もない2月11日、北京の繁華街・西単で、無差別殺傷事件が起きた。
春節(旧正月)前の最後の日曜日となったこの日。正月を迎えるための買い物や、「年夜飯」と呼ばれる年末の食事を楽しむ人らでごった返すショッピングモールで、刃物を持った男が次々と客らに斬りかかり、1人が死亡、12人が重軽傷を負った。
現場で犯人を逮捕した北京市公安当局の発表によると、男は河南省西華県出身の35歳で、周囲に社会に対する不満を漏らし、報復したいと話していたという。また、事件を伝えた中国メディアによると、男は中学校を中退して実家を出、河南省、河北省、江蘇省と移り住みながら主に工場を渡りあるいていたのだが、仕事も生活もうまくいかず、実家にも寄りつかず、人と交流もせず、ネットカフェを転々とする生活を送っていて、世の中を悲観していたのだという。
この犯人については現状、ここに書いた以上の情報が出ていないので、この人物について語るには慎重になる必要がある。ただ私は、犯人の実家があるという西華県と同じ周口市に属し、西華県にほど近い土地を訪れたことがあるので、彼を取り巻く環境についてはおおよその想像がつく。
このあたりを訪れたのは3年前の2月、やはり春節のことだった。1990年代から上海に出稼ぎに来てリヤカーを引き廃品回収をしている農民工の友人、ゼンカイさんが帰省するのに合わせて彼の自宅におじゃましたのだ。見渡す限りの田園地帯で、自宅を離れて都会や工場に出稼ぎに行かなければ子供を進学させるだけの収入を得られる仕事が地元に無いような土地だ。
40代半ばになるゼンカイさんも中学を卒業して都会に出稼ぎに行き、長男を大学に進ませるために頑張って働いていたのだが、近年、収入が月5万円程度で頭打ちになってしまった上に、中国の進学制度のために実家の祖父母に預けて育てざるを得なかったため、長男の教育にも当然のことながら目が行き届かない。結局、経済的にも学力的にも進学をあきらめざるを得ず、長男も中学卒業と同時に父母が働く上海に出てきて、やはり月5万円程度でレストランでウエーターとして働いている。
ゼンカイさんの人生は、この地域の人たち、すなわち農村出身の貧困層の典型だといえる。北京で無差別殺傷事件を起こした35歳の男が農民工だと断定はできないが、この地域の出身で、中学中退、仕事は主に工場勤務だったと聞けば、この地域の農民工の代表的な人生を送ってきたと言えるのである。
近づきつつある限界
どのような理由があるにせよ、暴力に訴えるのが許されないのは言うまでもないこと。ただ、都会に生まれるか、地方の農村に生まれるかといういわば偶然の要素で、人生のスタートラインから圧倒的な格差がつき、進学や職業選択の機会も公平でなく、都会生まれが農村生まれよりも圧倒的に有利だという側面がいまの中国にあるのは事実だ。
この男は昨年12月、勤めていた工場を辞め、それを最後に無職だったのだという。そして、最後に勤務していたのは、大火が起き農民工が強制立ち退きにあった北京の新建村に隣接する、河北省廊坊の工場だった。
ほぼ同時期に、ほぼ同じ地域に住んでいた農民工が、かたや追い出しにあい、かたや社会に憤慨して凶行に及んだ。反発する農民工と当局との間で騒動が起こるなど、格差の問題が軋轢を生み事件化するケースも明らかに目立ち始めている。格差問題の解決は待ったなしの状況になりつつある。
確実に言えるのは、農民工は追い詰められているということ。そして今回の無差別殺傷事件が、農民工の我慢が限界に来つつあることの象徴でないとは、だれにも言えないのである。
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