10/22日経<習氏悩ますトランプ流(ニュース解剖) 「一つの中国」も取引材料に
米次期大統領、トランプと中国国家主席、習近平が激しい神経戦を演じている。トランプは台湾総統、蔡英文との歴史的な電話会談に踏み切り、「一つの中国」さえも経済問題などの取引材料だとした。助走段階から不協和音が聞こえるトランプ時代の米中関係。その実相を追った。=文中敬称略
「南シナ海で米中が戦争か」――。アジアの一部メディアが派手に伝えた事件は20日、中国軍が奪い取った米国の無人潜水機を返還し、決着した。海中で情報を集める米軍と、それを実力で阻止した中国軍。一連の動きは、原子力潜水艦がせめぎ合う米中軍事対峙の危うさを浮き彫りにした。
■政権移行期狙い挑発
中国は、トランプの「無人機が盗まれた」とのツイッターでの言及に対し、「路上で物を拾ったら(所有者などを)調べなければならない」と主張した。だが450メートルという近さにいた米無人機の母船は無線で返還を求めていた。所有者を知りながら持ち去れば窃盗である。中国軍の明らかな挑発だった。
しかも、場所はフィリピン・スービック港の北西90キロの公海上で、中国が一方的に管轄権を主張する「九段線」の外だ。中国が埋め立てを狙うスカボロー礁にも近い。中国側の意図は何か。その背景には、米国と軍事協定を結ぶフィリピンの大統領、ドゥテルテが突然、中国に急接近したことがある。
「中国軍は今ならフィリピン近海で米軍に手を出しても安全だと踏んだ。米政府とドゥテルテの反応を試したのだ」「米軍が動きにくい政権移行期を利用し、中国軍がスカボロー礁周辺を仕切る既成事実をつくりたい」。南シナ海問題の専門家らは中国の狙いをこう指摘する。
17日、ドゥテルテは7月の仲裁裁判所判決に絡み「中国にいかなる要求もしない」と述べ、米国との共同歩調を否定した。スカボロー礁の埋め立てをあきらめていない中国にとっては、狙い通りの展開だ。米側の反応が限定的なうちに無人機を早期に返還しても目的は達成したことになる。
中国軍は東でも駒を進めていた。10日、中国空軍の編隊は沖縄本島・宮古島間の「第一列島線」を突破。台湾・フィリピン間のバシー海峡を抜けて、台湾を取り巻くように飛んだ。
航空自衛隊のF15が緊急出動。米軍は無人偵察機グローバルホークで高空から中国軍を監視した。台湾紙、聯合報の報道だ。中国軍は日台に圧力をかけ、背後の米軍の動きを探った。
中国には別の政治目的もあった。接近する日本の首相、安倍晋三とロシア大統領、プーチンへのけん制球だ。2人が日本で会談した前後、中国軍のリークとされる奇妙な軍事映像がインターネット上に出回った。
「我が軍のスホーイ30戦闘機が(日本の)F15を狙う」。中国機の脇を飛ぶF15の映像説明は刺激的だ。しかもスホーイ30がF15を「ロック・オン(照準の固定)」との表現まである。
映像リークの思惑を中国の安保関係者が解説する。「注目点は、映像で中国がロシアから導入したスホーイ30を確認できること」。スホーイ30は中ロ「準軍事同盟」の証しだ。日ロ会談中にプーチンは中国陣営にいるとアピールしたのだ。
習近平は唯一の盟友、プーチンの動向が気になる。トランプもエクソンモービル出身でプーチンと親しいティラーソンを次期国務長官に指名した。
「トランプはプーチンを利用して中国に圧力をかけかねない」。中国のシンクタンク内では警戒の声も上がる。
■中国不動産王の脅し
中国が当初、トランプ当選を歓迎したのは、利で動く「商人」と見たからだ。中国に厳しいヒラリーとは違う。ニンジンをぶら下げて陰に陽に圧力をかけ、取引に誘い込めば中国有利に動かせる。そんな読みがあった。中国は資金力なら絶対の自信がある。
中国の戦術の一端が垣間見える動きがあった。主役はトランプの向こうを張る中国一の不動産王、王健林だ。「我々は米国に100億ドルを投じ、2万人超を雇っている。うまくいかないなら2万人が食いぶちを失う」。商業用不動産で中国トップの大連万達集団(ワンダ・グループ)を率いる王健林は10日、北京で言い放った。
中国の利益を侵せば投資を引き揚げる。それは単なる脅しではない。大連万達は既に米大手映画館チェーンAMCエンターテインメント、映画バットマンで知られる米映画製作会社、レジェンダリー・エンターテインメントを買収した。
関係者は、裏に控える共産党の意向を指摘する。大連万達は民間企業だが、中国の高級幹部の子弟を指す「太子党」と関わりが深い。王健林は習近平の姉の夫の会社が以前、同社株を持っていた事実も明かした。
トランプは旧来の枠組みを軽々と超え、「一つの中国」まで取引材料だとする。巨額の対中貿易赤字、関税、為替操作……。これらも皆、取引の対象になり得る。「利にさといビジネスマン」。そう甘く見ていたトランプが本領を発揮し、習近平が手を焼く構図だ。
来年後半、中国は最高指導部人事を控える。権力闘争が山場を迎える頃、習近平が海洋で強硬策に出る可能性は残る。2012年の最高指導部人事の直前、中国は尖閣諸島問題で突然、強硬姿勢に転じた。反日デモで日本企業に多大な被害が出たのは記憶に新しい。
トランプは次期国防長官に「狂犬」の異名を持つ元中央軍司令官、マティスを指名した。アフガニスタン、イラクで戦った経験豊富な元軍人を相手にする「火遊び」は危険だ。トランプの大統領就任後、南シナ海に変化があるのか、目が離せない。
米中ロ「三角関係」の先行きは読みにくい。日本もどんな展開にも対応できる入念な準備が要る。旧来の発想にとらわれない柔軟な外交戦略が求められる。(編集委員 中沢克二)>(以上)
12/23日経<米マクドナルド、中国事業2300億円で売却 CITICなどに
米マクドナルドは中国事業を中国の国有複合企業、中国中信集団(CITIC)と米投資ファンドのカーライル・グループの連合に売却する方針を固めた。対象は中国と香港に保有する店舗で売却額は20億ドル(約2300億円)を超えるとみられる。マクドナルドは業績が頭打ちとなっており世界でリストラを進めている。競争が激化している中国事業の売却で収益基盤を立て直す。
年明けにも発表する見通しだ。複数の投資ファンドが中国企業と組んで名乗りを上げていたが、金額などの条件面から最終的にCITIC連合が独占交渉権を獲得した。
マクドナルドは1990年に中国に進出した。現在は約2200店を展開し約10万人の従業員を抱えている。だが、2014年夏に取引先が賞味期限切れの鶏肉を使っていた問題が発覚し、売り上げが大きく減少した。中国の消費者の所得水準が向上し、最近は地元資本の外食チェーンや外資のカフェチェーンなどに顧客を奪われている。
米マクドナルドは成長鈍化に直面する。16年7~9月期決算は純利益が前年同期比3%減になるなど利益減少が続き、コストのかかる直営店から外部に運営を任せるフランチャイズ店への切り替えを進めている。
18年末までに世界の店舗の1割弱をフランチャイズ店に移行する計画を掲げ、シンガポールとマレーシアでも店舗の経営権を売却した。中国事業もCITIC連合に売却したうえで、マクドナルドの店舗として営業を続ける公算が大きい。
米マクドナルドは保有する日本マクドナルドホールディングス株の一部売却も検討している。日本でも賞味期限切れ鶏肉問題などで客離れが進んだが、11月まで既存店売上高が12カ月連続で増加するなど業績が回復している。株価も大きく上昇しており、株の売却計画が進むかは不透明だ。>(以上)
マックの中国事業の株式売却は経済的理由だけでなく、今後の米中(トランプVS習)の覇権争いで、関税問題や経済制裁等の報復合戦、場合によっては南シナ海or東シナ海での小競り合いが起きるかもしれないと考えた上での決断では。賢明と思われます。日本企業の撤退は時間がかかり過ぎて間に合わないでしょう。ソニーは株式売却を従業員に手切れ金を払う形で解決しました。平時であれば非難の対象とすべきですが、准戦時と考えれば見事な決断と言えます。ただ中国事業は「まだまだ、かなりの投資機会があると見てよい」というのは中国へのリップサービスでしょう。本当にそう思っているなら売却しないと思います。因縁つけられるのを避けるためです。中国は暴力団が国を運営しているという事の証拠です。従業員を裏で煽動しているのは共産党でしょう。撤退させないように。
12/23日経<ソニー、中国工員スト金銭解決「供給守る現実策」 現地法人トップに聞く
ソニーの中国南部にある広東省の工場で11月、従業員約4千人による大規模なストライキが起きた。工場を中国企業に売却することに不満を示し、補償金を求めるストが約2週間続いた。同時期に米コカ・コーラの中国工場でも同様の理由でストが起き、中国ビジネスの難しさが改めて浮き彫りになった。ソニーの中国の現地トップ、高橋洋董事長(55)に金銭解決に至った判断や中国事業への見方を聞いた。
約2週間にわたってストが続いたソニーの広州工場で掲示板を見る従業員ら(11月)
――今回、カメラ部品を生産する広東省の広州工場で、なぜ大規模なストが起きたのですか。
「11月に中国企業への工場売却が決まった。従業員も労働条件など、そのまま中国企業に引き継ぐことも決まり、我々は粛々と業務移管を進めればよかった。ただ、従業員はソニーと全く関係のない企業に移ることが不安で、不満を持った」
――ソニー側に何か、落ち度はありましたか。
「正直ない。今振り返っても、こうすればよかったと思うこともない。我々は全力を尽くした」
――ただ、従業員はソニー側から工場売却に関し、事前の説明不足を指摘していました。
「私には2つの原則がある。1つは、不安になっている従業員に誠心誠意寄り添い、包み隠さず、会社の決定を丁寧に説明すること。2つ目は法に従い、現地政府の指導も受け行動を進めること。この2つの原則を絶対に曲げずに貫くことが中国ビジネスでは大事で、今回もそれを貫いた」
――ただ今回、従業員は職場を放棄したうえ、支払う義務のない経済補償も求めました。
「非合法な要求だが、会社が替わることに不安を持つ気持ちも分かる。だが、我々には顧客への供給責任がある。だから、生産ラインに戻って仕事を再開してくれる従業員には(最大約1万6千円の)『功労金』を支払うことにした」
――従業員のごね得にも映りますが、やはり金銭解決は必要ですか。
「顧客への供給責任がある以上、(2週間も続いたストに)どこかで落とし所をみつけるしかない。我々も、最後は現実的な解決をしたわけだ」
インタビューに応じた高橋洋ソニー(中国)董事長兼総裁(上海市)
――高い経済成長を遂げた中国ですが、この10年間で従業員の質にどんな変化がありましたか。
「ホワイトカラーの質が格段に上がった。非常に能力が高い。一方、工場の従業員の方々は正直、本質的には、まだあまり変わってはいない」
――中国で労働争議は今後も続きますか。
「中国は国全体が今、構造改革の途上にある。改革にはリストラなど大変な痛みが伴う。労働争議は不可避で今後も増えるだろう。だが、だからといって中国が駄目だというのは少し短絡的だ」
「労働争議は改革に必要なプロセス。それを通して色々な経験を今、企業も政府も労働者も蓄積している段階だ。政府もそれをよく理解していて今回起きたストへの対処にも協力的だった」
――ソニーは中国で7工場を持ち、数万人を雇用しています。今後のビジネスをどう見ますか。
「(政府に対しては)外資企業の参入や撤退の手続きを、もう少し容易にしていただきたい。だが、中国のビジネス環境自体は間違いなく良い。日本企業の場合、自社が強い分野に特化して参入したとしても、まだ巨大な市場が広がっている。こういう国は他にない。当社も確実に利益を出している。日本企業にはまだまだ、かなりの投資機会があると見てよい」>(以上)。
呉士存の言う「米国が(中国が領海と主張する)九段線の中に入ってきたのは・・・」と言うのは、事実誤認であります(九段線の外)が、わざとそう言ったと思われます。そもそも、九段線を世界で認めている国は中国以外であるのか、国際仲裁裁判所の判決が出ているのに、です。本当に中国と言うのは自己中心で平気で嘘がつける民族と感心します。
日本人は、米中で局地戦がおきる可能性を考えておかないと。それが尖閣になるのか南シナ海になるのかに拘わらず。尖閣は警察・海保・自衛隊が米軍より先んじて出動しなければなりません。米軍が先に血を流すことはありません。そうしなければ日米同盟は危殆に瀕します。その時に、左翼にかぶれている日本人がどういう行動を取るかです。すぐマスコミは「戦争反対」の大合唱が始まるでしょう。その声は中国に投げかけるべきなのに。洗脳された軽薄な人々もマスメデイアの言いなりになるに違いありません。そうなれば、日本の終わりです。如何に国民全体で国家権力の行使を支えられるかが勝負と思います。そのときにしか国民は憲法改正の意義が分からないと思います。
記事
「暴君トランプ」と「狂犬マティス」は中国の挑発をいなせるのか(写真:AP/アフロ)
中国の人民解放軍海軍が南シナ海で米軍の無人潜水探査機(ドローン)を「違法に奪取」した。12月15日のことである。米国側はすぐさま返還を要求、18日には中国側も返還に応じることを決定したが、いったい中国側は何を考えて、このような大胆な真似をしたのだろうか。今後の米中関係の行方を占ううえでも、気になるところだ。
フィリピンと中国の係争水域で
米国防総省の発表では、15日、アメリカ海軍の海洋調査船「バウディッチ」が南シナ海のフィリピン・ルソン島沖、スービック湾から北西93キロの地点で、無人潜水探査機(ドローン)2機による海洋調査を実施、探査機を回収しようとしたところ、中国海軍の潜水艦救難艦がボートを出して1機を奪ったという。バウディッチは無線で返還を要請したが、救難艦は応答せずに探査機を持ち去った。
米国側によればドローンは海水の塩分濃度や透明度などを調査するものだが、これは潜水艦航行時のソナーデータに役立つ情報でもある。潜水艦の航行、作戦に必要とされる情報といえば、軍事情報になるが、機密というほどのものはない。国防総省の発表でも、今回の調査は、民間用のドローンを使って非機密情報を収集していたという。
無断でこのドローンを拿捕した中国国防部は「中国海軍は15日午後、南シナ海海域で正体不明の装置を発見し、船舶の航行の安全と人員の安全を守るために、救難艦の責務としてこの装置の識別検査をしたのだ」と主張した。
だが、目の前に米海軍の調査船があり、無線で返還を呼び掛けているのに持ち去ったとなれば、この主張も口実にすぎないとわかる。中国国防部側は識別検査の結果、無人潜水探査機であると判明したので米国に返還すると決定した、と説明。「中国側は米国側とずっと連絡を保っているのに、米国側が一方的に問題を公開し、騒ぎ出したのは不適当であり、問題をスムーズに解決するのに不利となった。我々はこのことに遺憾を表明する」と開き直った。
さらに中国国防部は「強調すべきことは、長年、米軍は頻繁に中国当面海域で偵察や軍事測量を行ってきているが、中国はこのことには断固反対しており、この種の活動を停止することを米国側に要求する。中国側は引き続き米国側のこうした活動に対し警戒を維持し、必要な措置をもって対応する」とけん制した。
米海軍海洋調査船が寄港していたスービック湾沖という現場は、本来フィリピンの排他的経済水域内だが、スービック湾西200キロの地点にあるスカボロー礁はフィリピン、中国が領有権を争う係争地である。米国側はこの周辺海域を国際水域、つまり公海や自由海に準ずるものとして認識しているが、中国側にすれば現場は中国の排他的経済水域ということになる。排他的経済水域内の科学目的調査は沿海国への「妥当な考慮」が必要となっている。
この海域の認識はともかく、軍の船が領海領空のボーダーに近いところで調査を行えば、沿海国にとっては苛立つものだし、情報収集艦が接続水域や領海に入ってこないように、追尾し、監視して追い払おうともするだろう。中国の情報収集艦もしばしば尖閣諸島などの接続水域に入り、ときに領海を横切ることもあったので、日本もきりきりしている。ただ、日本は抗議するが、実力行使を行ったことはない。
中国側がいきなりドローンを無断で拿捕するということは、これは実力行使、戦闘行為に発展してもおかしくないぐらいの挑発といえる。
米国側が抗議と返還要求という抑制の効いた対応になったのは、前代未聞の中国海軍の行為にあっけにとられたのか、ひょっとするとこれは中国政府の意思に反した現場の暴走ではないかと考えたのか、奪われたドローン自体が民間の商用品で収集していた情報も非機密情報であったので、さして慌てる必要もなかったのか。トランプはこの件について、そんなドローンなど中国にやってしまえ、とツイッターで発言したのは、そこに軍事機密として保護を優先させるものはなく、中国の挑発に乗らないことを優先させた、ということかもしれない。
しかし、いったい、中国側は何を考えて、こうした前代未聞の、米国に対して真っ向から喧嘩を売るような行動に出たのだろう。
中国側の主張は、南京大学中国南海研究院院長の呉士存が環球時報のインタビューに対して語ったことにまとめられている。
「米軍の腹はわかっている」
「外国メディアが言っている国際水域、これは米国サイドの言い分であって、海洋法公約上にはこういう言い方はない。海洋には領海、領海の外側の接続水域、排他的経済水域、その外に公海がある。公海は公海としての管理規則がある。国際水域という明確な法律上の定義はない。
したがって、米国が中国に無人潜水探査機を拿捕されたのは国際水域ではない。黄岩島(スカボロー礁)の近海、つまり中国の排他的経済水域内かどうかを判断しなければならない区域である。ならば中国はこの種の科学的研究目的の潜水機に対し管轄権を有することになる。拿捕後、中国は米国と話し合い、最終的な交渉結果を出したわけだ」
「米国はどうして軍事測量船を用いたのか。なぜなら海洋法公約にはアナがあるからだ。沿岸国家が排他的経済水域における排他的主権・管轄権を有しており、海洋科学研究や海底ケーブル敷設や、人工施設建設・管理などについては沿岸国の同意が必要だ。だが、軍事測量については沿岸国の同意が必要、とは書いていない。米国はこの法的アナをついてきたのだ」
「米国が(中国が領海と主張する)九段線の中に入ってきたのは、米国の言うような海水濃度のデータ収集といったものではなく、実際のところは、中国の南沙諸島における施設建設状況にかかわる情報偵察が目的であろう。あるいは、中国の南シナ海の潜水艦航路の探索が目的であろう」
「この意味から言えば、米国の無人潜水探査機は中国の安全に対して脅威をなすものである。これは新たな接近偵察である」
「米国よ、お前は何をしに来たのか? 米軍の腹はわかっている」
習近平政権における「南シナ海政策ブレーン」の筆頭、呉士存がここまではっきりと中国の立場を主張するからには、おそらく今回の事件は現場の暴走というようなものではないと考えられる。一部で習近平自身も知らされなかった「現場の暴走」説が出たのは、そうしないことには、米国側も収まりがつかないからではないか。
ちなみに、2013年1月に東シナ海尖閣諸島付近で起きた「ロックオン事件」も、日本側は「現場の暴走」説をとることによって早期に収束させたが、後々に漏れ伝えられる情報を突き合わせると、習近平政権は2013年当初は、東シナ海で日本を挑発し軍事行動をとらせることで、日本の軍国主義台頭脅威の国際世論をあおり、日米離反を画策する目論見があったようである。日本は挑発に乗らず、この目論見は崩れた。
軍の末端が、政権の意向を無視して、勝手に対象国の軍艦に火器照準を合わせたり、探査機を拿捕したりしたら、それはそれで政権が軍を制御できないということであり、恐ろしい状態である。習近平の軍制改革があまりうまくいっていないという話もあるので、その可能性は捨てきれないのだが、拿捕後の中国の対応、落ち着きぶりを見れば、今回の件に関しては計算づくで来たような印象を受ける。
「やられたら、やり返す」
呉士存の意見をさらに見てみると、こう続く。
「いわゆる南シナ海の国際法廷による仲裁が出たあと、南シナ海問題は中国、フィリピンの当事国同士で解決するという形で下火になったのに、米国はそれに甘んじることができなかった。つまり、それは米国利益に合致しておらず、米国は南シナ海をかき回して中国の平和的発展をけん制しようとしている」
「中米の南シナ海における“地縁的政治競争”、海洋覇権ゲームに決着がついていない以上、米国はまたやってくる」
「中国が南シナ海問題のコントロールを強くできるか否か、それが米国に欲しいままにさせないためのカギだ」
「中国軍はこの点に関しては自信がある。南シナ海情勢は中国の南沙における関係施設の配置にともない徐々に変化してきている。米軍は焦っているのだ」
そのうえで、中国側がドローンを米国におとなしく返還したのは、「我々には米国の接近偵察が国家安全を脅かすことに対し、反撃の用意がある。…中国はただ黙っているだけの忍耐はない。今の時代、やられたらやり返す、ということだ」ということを伝える意味があったという。
トランプは国防長官に中国に強い警戒感を持つ元海兵大将・ジェームズ・マティスを指名しており、軍事的には対中強硬姿勢を強めてくるとの観測が中国側にも出てきている。トランプ政権が登場した当初は、トランプはオバマのアジアリバランス政策を後退させるのではないか、という期待が中国側にもあったが、政権チームの概要が見え始めてくるにつれ、南シナ海、台湾問題など、アジア太平洋における米中軍事対立の先鋭化は避けられないという見方に修正してきた。
もっとも、それでも習近平政権にとっては、トランプ政権はヒラリー政権よりも歓迎すべきだという考えが政権内部には強い。国外に巨大な敵の存在があれば、不安定な内政問題から国民の関心は逸れ、国内はまとまりやすく、共産党政権の求心力は高まる。軍、特に海軍空軍の士気は上がり、習近平の考える軍制改革、つまり陸軍中心から海空軍中心の覇権拡大に向けた軍制への改革が進めやすくなるし、それに伴う軍の掌握によって習近平が目指す独裁体制への道も近くなる、という期待があろう。
しかも米中二大大国冷戦構造というのは、中国が大国として米国に認識されたということでもあるので、そこはかとなく自尊心もくすぐられる。かつての冷戦構造は米ソ対立であり、その米ソ対立ゆえに、米国は中国を経済的軍事的に支援して自分たちの仲間に引き入れようとしてきたのだ。それが今やロシア(旧ソ連)と中国への米国の対応は入れ替わっている。
呉士存が指摘するように、南シナ海は米中の地縁政治競争、海洋覇権ゲームの最重要対局盤である。特に中国は、フィリピンのドゥテルテ政権が心底嫌米であることを布石として、今のタイミングをもってこの対局を制したいところではないか。それが成功するかしないかはともかく。
日本は「偶発的有事」を覚悟せよ
とすると、米中の間に、そう遠くない時点で、なにがしかの軍事的衝突があってもおかしくはない。
誰もが思い出すのは2001年の海南島付近上空での米中軍用機衝突事件(海南島事件)である。無線傍受偵察をしていた米海軍電子偵察機に対して、中国海軍戦闘機が挑発行為をした結果、接触し海に落ちた中国人パイロットは行方不明、米軍電子偵察機は中国側に回収され、機体の返還をめぐって緊張感の続く長い交渉があった。
この事件は中国を「戦略的競争相手」と認識したブッシュ共和党政権下で起きたこともあって、一つ間違えば紛争に発展しかねないものだったが、時の江沢民政権が外資導入による中国経済高度成長政策にプライオリティを置いていたこともあり、双方が忍耐をもって事件を決着させた。
これに続く米中危機は2009年のインペッカブル事件だ。米軍海洋調査船「インペッカブル」が海南島沖南120キロの地点で調査を行っていたところ、中国艦船5隻が取り囲み、立ち退きを要求。中国艦船はインペッカブルに25メートルまで近づき、あわやアレイ・ソナーを奪われそうになった。このときも、ひょっとすると軍事紛争に発展しかねないという危機感があったが、当時のオバマ政権、胡錦濤政権とも基本は協調外交路線にあり、双方が忍耐をもって危機を回避した。
今後、南シナ海で同様の軍事的偶発事件が起きる可能性は十分に予想されることだ。だが過去二度の米中軍事危機と明らかに違うのは、米国・トランプ政権にしても中国・習近平政権にしても、忍耐力が過去の政権と比して明らかに低そうなことだ。政治的にも経済的にも地政学的にも両国の動きに翻弄されやすい立ち位置の日本は、十分にアンテナを張って覚悟を決めておく必要があるだろう。
良ければ下にあります
を応援クリックよろしくお願いします。