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菅沼光弘著『ヤクザと妓生が作った大韓民国』について

戦後の在日の中には日本人以上に日本人らしかった朝鮮人がいたというのをこの本で知りました。

中村日出夫氏(平壌出身)です。朝連(後の朝鮮総連)の「影の部隊」に空手を教えていました。京都の大日本武徳会の武道専門学校に留学、卒業後、陸軍中野学校の二俣分校で空手の教官をしていたとのこと。小野田寛郎さんが二俣出身なので中村氏の指導を受けた可能性もあるかもとか。中村氏が児玉誉士夫に軍の繋がりで一声かければ丸く収まったこともあったと。大山倍達(建青側)とは戦ってないようです。東声会のヤクザを叩きのめした後、仲間の沢山いる病院に見舞いに行き、金を置いてきたのを見込み、トップの町井が東声会の顧問にと言っても「ヤクザの顧問などやってられるか」と断ったとのこと。陸軍中野学校は「誠」を大事にしたと言われていますから、その教育の賜物だったのでは。翻って今の日本人は怯懦、今の韓国人は反日妄想病です。環境・教育と時間によって民族も変わるという事です。

アメリカの狡知こそが災いの種でしょう。Divide & ruleという英国譲り(インド、ミャンマー)の政策が民族間で憎しみを齎し、白人の統治に目を向けないようにするという事でしょう。 日本に在日をわざわざ置き、民族間で憎むようにしました。まあ、朝鮮人の民度は低いのでそうなることは明らかでした。それを少しでも朝鮮人有利になるようにしたのは日教組とマスメデイアです。GHQが去っても日本人に自虐史観を刷り込み続けました。台湾に蒋介石を置き、本省人と外省人とで争う種を残しました。

大平もハニーに引っかかっていました。クリスチャンで品行方正のイメージが強い人ですが、クリスチャン程、世界史の中で悪いことをやった連中はいません。トルデシャリス条約、インデイアン虐殺、黒人奴隷、原爆投下等皆クリスチャンです。谷内正太郎もセガサミーの金だけでなく妓生の虜になっていて脅されたのかも。写真を撮られていた可能性もあります。それが中国の手にも渡っているかも知れません。河野、古賀、加藤、野中、額賀辺りも怪しいのでは。谷内のNSCトップは更迭すべきでしょう。日本の国益は守れません。防衛省制服組から選ぶべき。

妓生は準公務員です。朴正煕が外貨稼ぎと弱みを握るために選んでやらせたのでしょう。これも同じく女性の人権侵害です。韓国はいつも自分の不都合な真実には目を瞑ります。日本も反撃しろと言いたい。

在日でも帰化して弁護士になった権逸氏のような人もいました。司法試験受験に国籍条項を緩めなくても良かったのではと思います。帰化してから試験を受ければ良いのに。米国は移民の国で日本と国の成り立ちが違います。左翼とリベラルのせいで日本がおかしくなってきたことは間違いないでしょう。

強制徴用や未払金も自民族のしたことを日本人に擦り付ける卑劣な民族というのもこの本で分かりました。事実に基づき、キチンと反論した方が良い。政治家のハニーは自業自得なので舞台から退いて貰った方が良いでしょう。

下関を地盤とする安倍晋三も田中龍夫のことを知って、韓国と縁があるのは分かりました。しかし、今度の慰安婦合意は安倍の甘さがモロに出た気がします。韓国の民族的特質、特に反日教育で刷り込まれた妄想を持った民族というのを理解しないと。「韓国の女性が日本人(夷狄)に売春なんてするはずがないと、こうなる。にもかかわらず慰安婦にされたのは強制されたからに違いない、いや、強制されたに決まっているんだ」という妄想で生きている民族です。

下の写真はこの本に載っていた写真です。汚物をかけられる丁一権です。昨年暮れに横浜韓国総領事館に汚物を投げ込んだのも彼らの自作自演でしょう。日本にはそのような文化慣習はありませんから。去年のブログで中国の趙薇が舞台で汚物をかけられたことを紹介しましたが、中国大陸と朝鮮半島特有の文化です。

Tei Yiken

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内容

P.28~31

民団中央本部団長及び顧問を務めた弁護士の権逸氏は『回顧録」(権逸回顧録刊行委員会、一九八七年) の中で、敗戦後の混乱期の在日の生々しい姿を以下のように活写している。

《法はあって無きに等しく、警察は文字通り無力であった。したがって、非人道的で破廉恥な行為が平然と行われ、理性が喪失した社会のようであった。このような社会状態が醸しだしたものであるかも知れないが、左翼朝鮮人だけでなく、一般の在日同胞のなかにも、故なく威張り散らして、法を無視することが少なくなかったことは、良識ある同胞の憂慮するところであったし、私たちは見るに忍びなかった。当然のように無賃乗車する者もいたり、中には白墨で車内に『朝鮮人専用』と書いて他人が入るのを拒むことすらあった。傍若無人というほかなかった。》

左翼朝鮮人とあるのは、いうまでもなく、朝連および民戦の構成員たちのことである。権逸氏は権藤嘉郎という日本名をもち、朝連からは親日派と名指しされた人物で、金天海支配下の朝連でリンチによる追放を経験している。また、本書にもたびたび名前の登場する町井久之(鄭建永.)とも縁が深く、弁護士として、彼の合法、非合法の活動をフォローした。朴正煕軍事政権で韓国の国会議員を務めているという経歴の持ち主で、いわば、民団系在日の大物中の大物である。その彼をして、 GHQ占領期の一時期、在日同胞のふるまいは「非人道的で破廉恥な行為」と映ったようである。

しかし、これら在日朝鮮•韓国人の横暴をむしろGHQはある程度許容していた。その証拠に、日本 人は立ち入ることが禁じられていたPX (進駐軍用売店)に、自称「戦勝国民」の彼ら朝鮮人は比較的自由に出人りし、ここで仕入れたウィスキーや洋モクなどを法外な値段で闇市でさばき、莫大な利ザヤを得ていたのである。これは彼ら第三国人(=third nationals。戦勝国民でも敗戦国民でもない、という意味で、当時、朝鮮人、台湾人に対し便宜上用いられた呼称)の特権のごく一部である。日本人の多くが着たきり雀の竹の子生活を送っている、その一方で、上質のスーツを着こみ、肩をいからせて闇市をわが物顔で闊歩する朝鮮人も珍しくなかったのだ。

権氏は続ける。

《顧みると、当時のこのような行動は、長い間抑圧されてきた者の自然発生的な反発感から出たものであり、またそれらの者たちにとって感情的には痛快感が得られたかもしれないが、このような行為は敗戦で萎縮した日本人の胸に、朝鮮人に対する憎悪感を植えつける要因になったのではないだろうか。加えて、朝連と建青の絶え間ない抗争は、この憎悪感を増幅させた上、新たな軽蔑感を生じさせたのではなかろうか。》

おそらく、いまもある日本人と在日韓国・朝鮮人との間にある心情的な“しこり”はこの畤代に作ら れたものであり、その責任の一端はアメリカにもあったのである。解放後の台湾に:、蒋介石を投げ込み間接支配させたのもまさにこのやり方で、台湾では、現在も本省人(台湾人)と外省人(中国人)の対立は根深い。

金天海一派に牛耳られ日本共産党の別働隊の色合いの強かった朝連だが、両者を結びつけたのは純枠なイデオロギーばかりではなかった。実質、当時、合法政党として再スタートしたばかりの日本共産党を経済的に支えていたのは朝連だったのだ。では、その朝連の資金源はどこにあったのか。金賛汀著『朝鮮総連j (新潮新書、ニ○○四年)に興味深い記述がある。

《最初に朝連の活動を支えた資金は親日団体「一心会」が集めた資金である。一心会は、太平洋戦争の末期、米軍の空襲が激しくなってきた時期、日本の戦争勝利のため日本軍航空隊の地下飛行場を埼玉高麗神社近くに建設しようと結成された在日朝鮮人の対日戦争協力団体である。》

金氏によれば、戦中、一心会が在日同胞から集めた募金の総額は約六百万円で、そのうち建設会社に支払われた費用を除いても戦後百五十万円は残ったはずで、それをそっくり朝連が没収し活動資金にしていたという。大学卒の初任給は三千円の時代である。

さらに、朝連結成時、資産のある会員に親日派、対日協力者のレツテルを貼り、粛清をちらつけて恫喝まがいに募った多額の寄付金が、昭和二十年から二十一年の間にニ千五百万円に及んだという。戦後間もない時期の在日朝鮮人といえば、貧しい集落に身を寄せ、鉄くず拾いと廃品回収、あるいは炭坑労働でその日の糧を得ていた、というイメージがあるが、実をいえば、闇市成金も含め、彼らの中にも富める者もたくさんいたのである。もっといえば、在日朝鮮人も勝ち組と負け組に分かれていたのだ。 朝連の資金源はそれだけではなかった。

《最大の財源になったのは帰還していく強制労働者の未払い賃金等であった。一九四六年末までに朝連中央労働部長名で強制連行者を雇用していた日本の各企業に未払い賃金の請求が出された。その請求額が四三六六万円に達し、朝連はかなりの金額を企業から徴収し、それらのほとんどは強制連行者の手には渡らず朝連の活動資金に迴された。》(前出『朝鮮総連』)

現在でも韓国側はことあるごとに、当時日本人であった韓国人の戦時徴用者の未払い賃金を問題視し、日本政府や企業に支払いを求めてくるが、これに対し日本側は日韓基本条約ですベて 解決済みであると いう態度を崩していない。これはこれで正しいのであるが、金氏の記述を信じるのなら、一九六五年(昭和四十年)の日韓基本条約を待つまでもなく、在日本朝鮮人連盟がそのほとんどを回収し(ここでも企業に対し恫喝的な請求があったものと推測される)自分たちの金庫に納めていたことになる。そして、 それら朝連の潤沢な活動資金の恩恵を受けていたのが、日本共産党なのだ。当然ながら、韓国側が徴用者の未払い賃金を問題にするならば、請求先は日本政府や企業ではなく、朝連の後継団体である朝鮮総連及び日本共産党にしてもらいたいものである。

P.46~47

しかし、武道を禁じられたのはあくまで日本人であって、自称•戦勝国人である第三国人にこれは適応されなかった。敗戦の年である一九四五年(昭和二十年)の十月、東京九段に韓国人・尹曦炳を館長とする韓武館なる空手道場がオープンしている。韓武館には大山倍達や曺寧柱ら多くの在日空手家がつどう一方、廃業した剣道場から払い下げた胴、小手などの防具を着用しての防具付組手の研究も幀極的に行われていた。現在の空手の発展に在日空手家の果たした役割も確かに大きいのである。

「ヤクザか総連かヘップ屋か」というフレーズはかなり辛辣で自虐的な響きがあるようで、戦後在日の置かれた状況を上手く表現している。ヘップとは一説によると、ヘップバーン・サンダルのことで、映画『ロ—マの休日』でオードリー・へップバ—ンが履いていたから、そう呼ばれるのだという。ここでは手工業など個人商店主の総称と思っていただきたい。いわゆる「差別と貧困と戦う建気な在日」のイメージはこのヘップ屋に集約されることだろう。繰り返しになるが、彼らが「健気な在日」を生きるその裏舞台では、同胞たちの血しぶきを上げた抗争が続いていたのである。

むろんヘップ屋(家内産業)から立身出世を遂げた在日も存在する。最近何かとお騒がせのロッテ. グループの総帥•重光武雄(辛格浩)はその代表格だろう。一介のガム売りから身を起こし、一代で同 グループを韓国五大財閥のひとつにまで育て上げている。新しい例でいうなら、ソフトバンクの創業者・孫正義もこれに入る。ともに本業以外にプロ野球チームのオーナーというところも共通している。球団オーナーという肩書きは、日本人の想像以上にアメリカの経済界ではモノをいう。まさに彼らは在日を代表するセレブなのである。

重光も孫も正業で成功した在日であり、あくまで堅気ではあるが、しかし、彼らが在日のアウトロー

社会や本国の情報機関とは無縁だったか、と問われれば、これもノーだろう。事実、重光は、町井久之やこれものちほど登場する李厚洛KCIA部長とも懇意な関係にあった。むろん、本書はそういった関係を非難するものではない。また、そういう関係性を全否定してしまうことは、在日という存在を見えにくくしてしまうと主張するものである。在日ヤクザやアウトローと「差別や貧困と戦いながら健気に生きるアポジ、オモニ」は、決して遠心分離機にかけたようにきれいに分かれるものでもないのである。 在日とは何か。それは特定の個人やグループを指す言葉ではない。在日とは、エスニックという名のコネクションをいうのだ。

P.52~55

北朝鮮の新義州は三井金属が作った

— 一九五一年(昭和二十六年)九月のサンフランシスコ講和条約調印の翌月にはシーボルド連合軍外交局長が仲介人となって日韓の予備交渉が行われていますね。当時、朝鮮戦争はまだ継続中でした。アメリカとしては、日本と韓国の手を結ばせて反共の砦を築くことが急務だったのでしょうか。

菅沼 それからね、アメリカからすれば、なぜいつまでも俺たちの税金で韓国を助けなくてはいけないんだということです。朝鮮特需で少しずつ経済を回復しつつある日本に肩代わりさせようという、彼らなりの腹があった。

というのも、終戟直後は、韓国よりも北朝鮮の方が経済的にはずっと有利だったのです。 もともと重工業という基盤がありましたから。その基盤はなにかというと、併合時代、日本が作った巨大ダムであり水力発電所でした。鴨緑江のダムは当時、世界最大規模の水力発電所ですよ。アルミニュゥムのための。アルミの精錬工場というのは、膨大な電力を必要とする。そこのアルミニュゥム工場でジュラルミンを作った。ジュラルミンといえば、何だかわかる?

——飛行機ですか。

菅沼 そう。戦闘機まで製造していたんだ、北朝鮮の新義州で。この新義州という街は三井金属が作ったといっても過言ではない。三井金属など三井系の企業が朝鮮総連とコネがあるのはそうした理由もあるんです。彼らにしてみれば、一日でも早く日朝国交正常化を進めて欲しくて仕方がない。

反日に狂う李承晩が山口県に亡命政府を作りたいと要請

菅沼 一方、南朝鮮(韓国)は農業地帯です。工業力でいえば北と南では十数倍以上の開きがあった。早く韓国にも工業化してもらい経済的に自立してもらわないと(共産勢力に)飲み込まれてしまうという危機感をつのらせていたのはアメリカも日本も同じでしょう。

そういう状況のもと、岸さんの個人特使として矢次一夫が訪韓した。彼は日本国のパスポートで大韓民国に入国した最初の日本人になる。ところがね、李承晩大統領という人は、 とにかく (反日)感情が先に立ってしまって、交渉にならんということなんだ。併合時代はさっさと亡命してしまって、日本の統治というもの—例えば、インフラを整備したとか、教育を施したというのを肌身で知らない。彼自身、李王家の血筋だとかなんだとか言っているらしいけどね。要は元兩班で、日本に対する侮蔑感もあった。観念的な反日論者です。反共だけれど、その前にまず反日。アメリ力はそう いう男を連れてきて韓国の大統領に据えた。

戦前、総理大臣を務めた田中義一の息子で田中龍夫という、のちに通産大臣、文部大臣も務めた議員がいて、彼も岸さんとのつながりで韓国へ行くことになるのです。李承晩の夫人はオーストリア人でフランチェスカといった。田中は彼女へのお土産に御木本のパール(真珠)をもって。フランチェスカは大喜びだったそうだけどね。それでも、 それでも、李承晩の胸襟を開くことはできなかった。

——田中龍夫さんは山口県知事時代、「戦前は朝鮮人より朝鮮語の上手い山口県人がいっぱいいた」という発言をしています。というのも併合時代朝鮮の警察の幹部は長州閥だった。警察官は地域の人とコミユニケーションを取らなければならないから、必然的に 朝鮮語を覚えなければいけなかったそうです。

田中さんは一九四八年(昭和二十三年)ごろ、朝鮮半島の緊張を察知して、それら朝鮮語に長ける者たちを集め「朝鮮情報室」というのを作ったといいます。中波、短波をラジ才で傍受して全部翻訳して常時、報告書を上げさせていた。朝鮮有事になれば、まっさきに難民が押し寄せてくるのが、半島とは目と鼻の先にある下関ですから、リアルな危機感がある。事実、朝鮮戦争が勃発し、韓国軍が釜山まで追いやられると李承晩は六万人を連れて山口県に亡命政府を作りたいと打診してきた。それを突っぱねたのが田中さんでした。 それにしても、あれだけ反日を旗印にしていた男が、いざ、わが身が危なくなったら日本に泣きついてくる。・・・厚顔としか言えませんよね。

菅沼 そんなものですよ。大に事くのが彼らなんだから。

P.104~113

菅沼 まあ、それくらいの神経でないと政治家なんて務まらないよ。

—色を好むというのは、まあ、伊藤博文の時代から。

菅沼 政治家が骨抜きになるのもわからんでもない。容姿はむろんのこと、相手の趣味趣向に合わせて話ができる、日本語もペラペラで、それなりの知的水準の女性が送り込まれてくるわけだから。大平(正芳)さんなんて金鍾泌とー緒にいてやられちゃったわけだ。

—大平•金密談、ありましたね。「無償供与三億ドル、政府借款ニ億ドル、商業借款ニ億ドル」という具体的な金額までメモに残されている。・・・そういうことだったんですか。あの朴訥でお堅いイメージの大平さんまで。

菅沼 太平さんは金鍾泌といるときは、たいがい女の子も一緒だった。椎名悦三郎さんも妓生好きだったしね。

日韓条約で竹島の問題もそうですが、全部やられているんだから。アメリカがラスク書簡で「竹島は韓国領土になったことはない」と韓国に回答を出しているのにもかかわらず、日韓基本条約では「解決しないことをもって解決とす」などという、実に曖昧な着地の仕方をした。これはひとえに(韓国の立場からすれば)妓生のお陰ということになる。金鍾泌や李厚洛の対日工作の勝利だね。

じつは日韓併合を英断と分かっていた韓国政府

—当時の国会資料を見ますと、日韓基本条約に最後まで猛反対していたのが日本社会党です。竹島問題が解決していないのに、国交など結べるかという、もっともな理由ですが、ならば、いまの社民党が竹島問題に熱心かといえば、そうではない。福島瑞穂さんなんか「教科書に竹島問題を記載する是非については慎重であるべきだ」なんてことをしかも当の韓国で言っている。もっとも、自民党にしてもいま言ったような密約をしてしまったのだから大きなことは言えませんけれど。そもそも韓国が密約を守るわけがない。こういう玉虫色の解釈というのは、将来に禍根を残しますね。

菅沼 最後の段階で佐藤栄作首相が、締結にもっていったんです。実は佐藤内閣も盤石ではなかった。まだ河野一郎や岸さんもいた。彼らを反対に回すとまた話が進まない。ある部分では慎重に、ある部分は周到に。韓国側もそれは見透かしていただろうし。それで、結局領土問題は置いておいて、請求権とかおカネの問題だけになっちゃった。

—当時まだ、漁師さんは抑留されたままでしたね。釜山の外国人収容所というところに入れられて、劣悪な環境や看守の横暴で、本当に苦労されたといいます。実際に抑留された漁師さんの手記を読みました。

菅沼 そうです。韓国側は漁民を少しずつ返したり返さなかったり。日韓交渉がこじれると(帰国を)留め置きされたり、また新たに船が拿捕されたりね。

——要するに、交渉の道具にされていたわけですね。あと、北朝鮮への帰還事業(一九五九年〜)が始まると、嫌がらせのように拘留が伸びたと、これも手記に書かれていました。

菅沼 結局、日韓基本条約と同時に日韓漁業協定が何となく結ばれただけ。排他的経済水域(EEZ)なんて守られたためしはありませんよ。未だに海では韓国漁船に好きにやられている。

日韓基本条約は最終的に椎名外務大臣の男気で決まったと言われているが、確かにああいうタィプの政治家でないと動かなかったのも事実です。細かいこととよりも度胸と気風の良さで切り抜けるタイプと いえます。

——大野伴睦の急逝で韓国側との交渉がなくなり、 さて、というところで外務大臣に抜擢されたのが椎名さんでした。(一九六四年七月)。彼の気質を見込んでの人事だったと言われています。ときを同じくして韓国では大統領秘書室長出身の李東元が外相就任。ここで一気に仕切り直しという感じですね。

李氏は外相就任を打診された際、朴大統領に「私に第二の李完用になれというわけですね。わかりました。お国のためです」と言ったという話が残っています。李完用はいうまでもなく日韓併合に調印した大韓帝国の首相で、現在の韓国では国賊と教科書に記されている人物です。つまり、自分は後世、売国奴と呼ばれるかも知れないけれど、国を救う道はこれしかない、と。朴大統領と李東元外相の心意気が伝わってくるエピソードだと思います。

菅沼 そこは認めてあげるべきですね。とにかく、韓国側も必死だった。

——逆に言えば、朴正熙も李東元も、李完用の英断(日韓併合)こそが、当時の朝鮮を救ったという事実をわかっていたということです。李完用は終生、日本語を話さず、日本人の役人と会話するときは英語で通した、それほど民族意識の強い人でした。彼が売国奴であるはずがない。現在、李完用の墓はもちろん、彼の息子の墓も暴かれて残っていないそうです。墓を暴くというのは、儒教社会において最高の辱めですが、李東元は自分の死後 同じ仕打ちを受けることを覚悟でこの大任を引き受けたということです。

菅沼 韓国でも、そういった、私欲を捨てた政治家がいるということです。それこそ李完用のようにね。

事実ではなく「そうであるべきだ」が韓国の歴史認識

—さて、六四年といいますと、日本はちょうど東京オリンピック(十月開催)を控えてお祭りムード、その直後に佐藤内閣が発足(十一月)で、同年暮に、第七次交渉が再開し、 翌年(六五年)二月、椎名さんがソウルに飛んで仮調印と。とんとん拍子に運んでいますね。

菅沼 その席で椎名さん、あなたが先言ったように「(併合を)申し訳なく思い深く反省する」なんて言ってしまったんだから。上手く言わされたのだろうけど。

—村山談話、河野談話は一日にしてならず、ですね。結局、こういうことの積み重ねが 土下座外交につながっている。戦後七十年の安倍談話にしても、それらを全否定することはできなかったわけです。日本人は、一度謝れば終わりだと考えるけど、韓国人は相手が謝ってから始まるんですね。どんどんと付け入ってくる。

菅沼 それとね、もうひとつ付け加えるなら、韓国では「そうあるべきだ」が歴史なんですよ。たとえば韓国の女性が日本の男に体を許すなんてことはあるべきではない、したがって、韓国の女性が日本人に売春なんてするはずがないと、こうなる。にもかかわらず慰安婦にされたのは強制されたからに違いない、いや、強制されたに決まっているんだと。 韓国から見れば日本のような蛮族、夷狄に誇り高いわが民族の女性が肌を許すはずはないということです。

併合前のことです。開国したばかりの朝鮮に釜山に日本の事務所ができたときに、大飢饉で日本人に女性が身を売って三日ほど生きながらえたということがあった。そしてそのときに日本人に身を売った女はすべて死刑になっているんです。要するに朝鮮の婦人がケダモノのごとき倭奴に身をゆだねることはあってはならないと。実際日本人の男と交わったら死刑という法律があったんです。しかしそのとき死刑にされた女性がなんと言ったかというと「三日間でも生き延びられて幸せだった」。これがなければ三日前に餓死していたと。こういう話があるんです。

—その話は何かで読んだことがあります。日本人蔑視、これこそが民族差別ですよね。

菅沼 日本人と寝ることは罪とされた。強制されたということで初めて罪が許されるのです。むしろ(強制されたと証言した)慰安婦は受難者で聖女なんですよ。

—興味深いデータがあります。一方、日韓併合時代、朝鮮総督府は内鮮一体のスローガンのもと、内地人と半島人の結婚を推進しましたが、内地人男性と半島人女性のカップルよりも半島人男性と内地人女性のカップルのほうが圧倒的で、一対二の割合だったそうです。

菅沼 だからわれわれは、証拠をつきつけて真実の歴史をきちんと見せなくてはならない。ところが日本人は特質としてあまりおこがましく自己主張をすることをよしとしない。遠慮するとか思いやるとかが日本の美徳、ところがそれを韓国は付け込んでくるんです。

「秘苑」—民団の迎賓館と呼ばれた妓生八ウス

—ところで、日本にも高級妓生ハウスがありましたよね。韓国の要人やCIAの幹部と日本の政治家が密談する場所であることは公然の秘密とされ、駐日韓国大使館の「迎賓館」などと呼ばれていたようです。

有名なところでは、町井久之(鄭建永)の銀座「秘苑」、湯島「秘苑」(旧「城園」)があります。先ほどから名前が出てくる金鍾泌や李厚洛といった人も日本に来るたびにここに寄っていたようです。

菅沼 他にもいろいろありましたよ。新宿(「錦龍閣」)とか芝高輪(「梨光苑」)、六本木とかにもね。大阪には「徳寿宮」、「万寿台」という大きな料亭があった。

—「秘苑」がオープンした当時(一九六六年)、国会(二月の衆議院予算委員会)で社会党の戸叶里子議員が「韓国政府発行の外交官のパスポートで妓生が入国しているとスッパ抜いて大騒ぎになりました。また、自民党の議員、特に青嵐会の連中が「秘苑」で怪しげな接待を受けているとも追及されています。

菅沼 別に間違っていないんじゃない。外交官のようなものでしょ、国の命令で来ているんだから(笑)。当時はいまと違って、そんなに簡単に日本に来れなかった。妓生を管轄していたのはどこか? KCIAです。いうならば、妓生はKCIAのエージエントだ。在日ヤクザも民団もすベてKCIAにつながっているのです。当然、自民党の議員ともつながっている。いや、つながっていた、というほうが正しい。

—ああ、自民党も当然、黙認と。当時は日本の球団に所属していた韓国人選手(白仁天) も軍人の待遇で人国していたそうですからね。なぜかというと、向うには兵役がある。兵役を免除するために、駐日大使館付きの軍人が余暇を利用して野球をしているという建前らしいのです。お膳立てを整えていたのはKCIAでしょうね。そのような内容の報告も 読んだことがある。この選手、帰国後、なんと姦通罪で逮捕されるというおまけがついた。 韓国では姦通罪がなくなったのはつい最近(二○一五年二月)のことだというのも驚きでした。

P.120~121

店の名前こそ明らかにしていないが、梧珍庵であろうことは推測できる。KCIAが営業証を発行し、女性たちに観光客向けの売春業をさせ、その上がりの一部を巻き上げているというのである。彼女たちはいわば準公務員の売春婦となる。この国家売春の総元締めが朴槿恵の父上、朴正熙大韓民国大統領だったのだ。

《KCIAは、こうして半ば公然と売春を営業しているのだが これは一方では、李厚洛の組織された情報収集の手段としても利用された。KCIAは女性たちを外貨獲得の愛国行為と励ましながら、日本観光客や訪韓した日本の有カ者の動きをつかむ手段としていたのである。》(文明子)

閨のできごとはすべて李厚洛に筒抜けということか。こうして弱みを握られた日本の政治家や財界人はどれほどの数に及ぶだろう。評論家の中保与作氏はある週刊誌のコメントで、ソウルの清雲閣という 有名な妓生ハウスで、大野伴睦や伊藤忠の重役たちが金鍾泌と遊んでいるのを目撃したと語っている。

しかし、妓生がらみのスキャンダルでなんといっても衝撃的だったのは、一九七〇年(昭和四十五年)三月に起こった鄭仁淑殺害事件であることに異論はあるまい。事件というのは、妓生ハウス仙雲閣の売れっ子妓生・鄭仁淑(本名•鄭金枝)が実兄の運転する車で漢江沿いの麻浦区付近を高速道路を移動中、 物陰から出てきた“何者か”に狙撃され死亡するという(実兄の証言)ショッキングなものだった。

鄭は女優上がりの美貌で政財界にも広く知られた存在だったという。もっとも妓生といいながらも、 舞踊や楽器の素養に関しては怪しい限りで、いわゆる枕営業専門だったらしい。とはいえ、彼女のお相手は政府高官や財閥の子弟といったVIPクラスばかりであり、さらには日本やアメリカの政治家も彼女の密戯の虜になったともっぱらの噂だったという。いうならば、韓国のデュ•バリー夫人である。

実は彼女、独身でありながら、事件の三年前に父親不明の男児を出産していた。その子の父親を巡っては、彼女自身が朴正熙大統領であることをほのめかしていたともいわれ、また、丁一権首相から養育費とも思われる手当が毎月払われており、彼が父親でないかという説も濃厚だった。さらには李厚洛や朴鐘圭とも関係があったことも明らかになっている。そもそも、朴大統領に彼女をあてがったのは朴鐘圭だったという。

どちらにしろ、事件時、彼女が乗っていたコロナのナンバーが、政府高官用のものナンバーだったことからも、単なる高級コールガール以上の地位にあったのは確かだった。同時に彼女と長男の存在は常に朴政権中枢の頭痛の種だったのは理解できよう。「私が一言いえば大使のクビくらいすぐにすげ替え ることができる」と豪語していたという証言もある。

そのためか、一時期、朴鐘圭によって母子が東京に処払いされていたこともあった。東京での彼女の生活の面倒を見たのが朴鐘圭のヒョンニム、町井久之だったという。

P.142~143

—佐野さんの紹介で柳川さんと会われたのですか?

菅沼いや違う。朴正熙の死後、KCIAが力を失って、代わりに駐日韓国大使館の武官室に保安司令部からから要員が派遣されてきた。その武官室のあまり偉くない武官補佐官が着任のあいさつにきて、その後何度か酒を飲んでいるうちに柳川さんに会わないかということで、赤坂の韓国クラブで紹介されたんです。柳川さんとはその場ですっかり打ち解けてね、いましたような話をいろいろしてくれました。

その後、柳川次郎が和歌山の病院で亡くなったとき(一九九一年十ニ月)には、焼香に行きたかったんたけどね、立場上まずいだろうということで行けなかった。そのころです。 武官室の補佐官から、「菅沼さん、本部からNo.2と3がアメリカ経出で日本に来ることに なっているので会ってくれませんか」と言われて、熱海の伊豆山の有名な旅館に出かけた。 そこで会津小鉄の高山さんと初めて会った。柳川さんの跡継ぎとして宜しくお願いしますと。日本にいる韓国系のヤクザというのは韓国政府というよりも情報機関と関係している人が多いんですよ。

—ヤクザを通して日本の情報も向こうへ行っているということですか。

菅沼 そうです。北朝鮮(総連)と闘うばかりではなくて、政界のスキャンダルとかなんとかいろいろあるでしょう、そういうことを彼らはよく知っていた。だって自分たちが情報を提供したりしているんだから。それは全部韓国の情報機関がつかんでいる。だからこそ日本の政界に影響力も行使できる。場合によっては情報機関を通じてカネもくる。

12/25童倩 BBC中文网驻东京特约记者『日本学者:中共与日军共谋对抗国军』について(BBC東京特派員 『日本の学者:「中共と日本軍が共謀して国民党軍に対抗』について」)

中国語で書かれた記事ですので、日本語に訳してみました。正確性については保証の限りにあらずですが。でも久しぶりに訳しましたので面白かったです。日本も日本語だけでなく、英語・中国語で発信していく必要があると思います。日本語は外国からの進出のバリアになりますが、出ていくときも同じようにバリアになります。グローバル時代には、日本の伝統文化を大切にしながら、他の言語で日本の立場を主張することが大事と思います。その国の人達に媚びずに淡々と事実に基づき論理的に説明するのが良いと思います。

この本は読んでいませんが、いろいろ気づかせられることがありました。日本は中国に工作資金をたくさん出したにも拘わらず、実を結ぶことはなかったという事。戦後も中国に支援しても反日を強化させ、一番の敵国になったことを考えますと、日本人と言うのは本当に歴史から学んでいないという事。

この本を、中文だけでなく英文で出版すれば良いのでは。日本は共産党に利用されていたのが分かるでしょう。天安門の「毛」の肖像画を崇拝する中国人はこれを読んでなんと感じるか?国民党と日本軍を騙して最終勝利を得た「毛」はやはり最高の将軍と思うのかも知れませんが。しかし、「南京虐殺」のようにありもしないことを中国が世界遺産に載せるのであれば、世界の法輪功信者を動かし、江沢民のやってきた信者の臓器移植を世界遺産に載せるように動けばよい。昔の日本人だったらやれたでしょうけど。今の日本人はエリートが金に転ぶだけ。寂しい限りです。

記事

Homare Endo

今年抗日战争结束七十周年之际,中台双方围绕国共两党当时谁才真正抗日发生争论。

虽然在中国9月3日“纪念抗战胜利七十周年”大阅兵时,日本各大传媒均指出,在抗战胜利时,中华人民共和国还没诞生,当时中国的中央政府是国民党领导的中华民国政府,抗战的主流不是中共,但日媒也没有提出证据来说明共军在抗战中的表现。

今年11月,日本筑波大学名誉教授远藤誉撰写的《毛泽东 与日军共谋的男人》一书在日本出版。作者远藤根据她收集的中国、台湾、日本三方面资料,来论证中国国民党军队抗日时,前中共领导人毛泽东率领的中共与日本驻上海的特务机关-岩井公馆合作打击国民党的史实。

远藤的这本书在出版后立即引起不少日本国民的关注,一个月内增印了5次。

日本《每日新闻》、《富士晚报》等媒体也就此书发表了书评,富士电视台、朝日电视台等更邀请远藤介绍其这本历史书。

「今年は抗日戦後70年、中台双方が国民党、共産党いずれが日本軍と正当に戦ったのかを巡り論争した。

9/3中国で抗日戦勝利70周年記念の閲兵式があったにも拘わらず、日本のメデイアは「戦争に勝利した時には中華人民共和国はなかった。当時の中国の中央政府は国民党に指揮された中華民国で抗日の主流は中共ではない」と大々的に宣伝した。しかし、抗戦中に共産軍の存在を説明する証拠も出さなかった。今年の11月、筑波大学の遠藤誉名誉教授の書いた「毛沢東 日本軍と共謀した男」が日本で出版された。遠藤は中国、台湾、日本で資料を集め、国民党が抗日していた時に、毛に率いられた共産党と日本の上海特務機関の岩井公館が協力して国民党を打倒しようとした史実を論証した。この本は出版後、多くの日本人の注目を浴びる所となり、一ケ月で5回増刷した。毎日新聞、夕刊フジは書評を発表し、フジテレビやTV朝日は本の紹介のため、本人を番組に呼んだりした。」

Endo's book

Image copyrightBBC ChineseImage caption远藤誉的书《毛泽东 与日军共谋的男人》正以一个月增印5次的速度在日本畅销。

BBC中文网则成为了专访远藤誉的全球首家中文媒体。

远藤对BBC中文网记者说,她是读了《潘汉年传》等中国书籍后,开始怀疑中共的解释,然后着手准备写书的。她希望通过日本方面的资料来解开有关疑问,而结果则令她自己也震惊了。

中共特务与日本特务

《毛泽东 与日军共谋的男人》叙述说,“1937年日中全面战争开始后不久,毛泽东就向上海和香港派遣中共特务,与日本外务省旗下的特务机构‘岩井公馆’的岩井英一、设置日本陆军参谋部特务机构‘梅机关’的影佐祯昭等接触”。

远藤收集的中方资料对此解释说,这一切的目的都是为了取得抗战胜利,收集日本秘密情报,为八路军和新四军勇敢地与日军作战发挥了作用。

但远藤收集的岩井回忆录《回想的上海》中则明确说,“事实完全相反,是中共特务把通过国共合作得到的蒋介石为首的国民党军队的情报提供给日方,目的存在弱化国民党的意图”。

远藤的书详细记述了1932年作为日本驻上海领事馆情报部副领事的岩井赴任后,因汉语流畅,负责接待记者中日双方20多名记者,包括后来被称作“五重间谍”的新声通讯社中国记者袁殊(袁学易)。当时中共报章上不时有岩井和影佐的名字,在延安的毛泽东也获悉。岩井还建议在上海加强收集情报工作、并获准设置了“公使馆情报部”。

1935年6月岩井解救了被国民党逮捕的袁殊,更增添了两人交情。岩井虽知袁殊多重间谍身份,但不介意并援助袁殊再次留学日本,直至西安事变后才回到中国。岩井本人也在1937年回国,1938年2月重返上海,目的是“早期结束军方挑起的战争”。

「著作権:BBC中文のキャプション 遠藤誉の「毛沢東 日本軍と共謀した男」は一ケ月で5回増刷したくらい良く売れている。

BBC中文ネットは遠藤の最初の世界向けインタビューの中文メデイアとなった。彼女が記者に言ったのは「中国の『藩漢年伝』等中国の書籍を読んでから、写本の準備をした。日本の資料を通して疑問を解明しようとしたところ、自分をも驚かせる結果となった。

中共特務と日本特務

「毛沢東 日本軍と共謀した男」の中で「1937年日中全面開戦後、間を置かず、毛は上海と香港に特務を派遣、日本外務省傘下の特務機関である「岩井公館」の岩井英一と陸軍参謀本部の「梅機関」の影佐偵昭と接触させたとあった。遠藤が集めた中方の資料では戦争勝利のため日本の秘密情報を収集し、八路軍や新四軍に日本軍との作戦で勇敢に戦えるようにしたと説明があった。しかし、遠藤が集めた岩井の回想録「追憶上海」の中では「事実は逆である。中共は国共合作を通じ、国民党の情報を日本軍に流して国民党の弱体化を図ろうとした」と明らかにした。更に「1932年岩井が上海の情報部副領事として赴任してから、中国語が流暢のため、20名強の日中記者の相手をした。中には後に5重スパイと言われた新声通信社の袁殊(袁学易)記者も含んでいた。当時の中共の新聞には度々岩井と影佐の名があり、延安にいた毛も知るところとなった。岩井は情報収集の強化のため、上海の公館内に情報部設置の意見を提案した。35年6月に袁殊が国民党に捕まったのを岩井が救い、両人の付き合いは深まった。岩井は袁殊がダブル・トリプルエージェントであるのを知っていても意に介さず再度日本に留学させた。彼は西安事変後に中国に帰って来た。岩井は37年に日本に帰国、38年2月に軍が起こした戦争を早期に終わらせる目的で上海に戻った。」

共产党人与岩井公馆

Xia's book

Image copyrightBBC ChineseImage caption2002年旅美中国学者谢幼田的《中共壮大之谜》也根据中文资料叙述中共向岩井出卖国民党情报得以壮大的史实。

岩井在上海领事馆设置了特别调查班,搜集蒋介石政府内部情报,寻求“讲和”的机会。岩井全权委托袁殊组织新党,并说:“为了达成全面和平的共存共荣日中新关系理念,不光是党名,还要以真正理解这一理念的民众、知识分子为对象,前身是蓝衣社、中统团、以及其它党派相关者,共产党员都不要紧”。

结果袁殊招募了大批中共地下党员,而所有经费由岩井取得公使馆情报部长河相达夫同意,由日方支付。不过最终新党运动演变成“兴亚建国运动”,并在袁殊建议下,兴亚建国运动总部起名“岩井公馆”。

这个时期,袁殊还把匿名为胡越明,直接在毛泽东指挥下从事特务活动的前中共特工头子潘汉年介绍给岩井,袁殊形容潘汉年地位相当于周恩来(中国前总理)。

岩井在《回想的上海》中描写首次见潘汉年的印象是“非常稳重的知识人,却又是潇洒的都市人而令人好感”。并回忆说,此后每次都是潘汉年求见、提供国民党政府和国军情报,且以岩井公馆作据点,扩大中共在香港的间谍活动。

「共産党人と岩井公館

著作権:BBC中文のキャプション 米国駐在の中国人学者謝幼田の『中共の強くなった謎』にも中共は岩井に国民党の情報を売った壮大な史実があるとの叙述がある。

岩井は上海領事館に特別捜査班を置き、蒋介石政府内部の情報を集め、講和の機会を窺った。岩井は袁殊に全面的に新党を作るのを任せ、全面的な平和かつ共存共栄のための日中新関係の理念に達するために、党名だけでなく、この理念を正しく、民衆や知識階級にも理解させる。前に、藍衣社や中統団、その他の党の関係者、共産党であっても関係なし。結果、袁殊は地下共産党員を大量に入れ、経費は情報部長の河合達夫の同意の下、岩井が払った。しかし、新党は結局「興亜建国運動」に変わり、袁殊の意見で「興亜建国運動本部」を「岩井公館」と呼ぶようにした。この時期、袁殊は胡越明と言う名で毛の指揮の下、前中共の特務のボスの潘漢年を岩井に紹介した。袁殊は潘漢年の地位は周恩来に相当すると。岩井は「追憶上海」の中で潘漢年の第一印象を「非常に穏やかな知識人かつ、洗練された都会人でもあり、好感が持てる」と。その後潘漢年は岩井公館を拠点として、香港でのスパイ活動を拡大し、国民党と国民軍の情報を提供した。また、岩井公館を拠点とし、中共の香港でのスパイ活動を拡大させた。」

日本情报费资助中共

岩井委托日本驻香港领事馆的小泉清一每月向潘汉年支付2000港元作为收购情报费,加上由潘汉年筹办多种定期出版的刊物费等,每次另支付潘汉年1万港元。

当时,2000港元相当于一名香港华人警员5年的薪水,而日本每年向潘汉年支付的费用相当于一名香港华人警员60年薪水,而且尚不包括刊物费,最终这笔可观的收入落入中共手中。

远藤在书中指出“这就是谢幼田(美国斯坦福大学胡佛研究中心前客座研究员)著书《中共壮大之谜》的中共壮大理由”,而日本支付的费用大部分源自外务省机密费,岩井回忆说,支付的总额达30多亿日元(超过2500万美元)。

1937年,面对入侵的日军,中共八路军和新四军希望抗战,但毛泽东则坚持只拿出10%兵力用于抗战。岩井《回想的上海》还披露,潘汉年通过袁殊向岩井提议,商谈共军与日军在华北战场上“停战”的事宜,岩井因不懂军事,把该建议转手影佐,潘汉年从此开始直接与日军接触。

「日本の情報費が中共を助ける

岩井は香港領事館の小泉清一に毎月2000香港$を情報収集費として潘漢年に払うのを任せた。更に、多くの定期出版物刊行代として年10000香港$を払った。当時の2000香港$は警備員の5年の年収であり、日本が毎年潘漢年に払う分は警備員の60年の年収である。その中には刊行物は含まず、結局この収入は全部中共の手に落ちた。遠藤が本の中で「これこそ謝幼田(スタンフォード大学フーバー研究所、前客員研究員)の「中共の強くなった謎」で書いた中共が強くなった理由である。日本の払った費用の大部分は外務省の機密費で、岩井の記憶では総額は30億円(米2500万$)強である。37年日本軍の侵入に対し八路軍と新四軍は戦いたかったが毛は10%の戦力しか出さなかった。岩井の「追憶上海」の中で、潘漢年は袁殊を通して岩井に提案した「共産軍と日本軍との華北の戦場で停戦」について、岩井は軍事について分からず、影佐に意見を伝えたことにより、潘漢年と日本軍がこのときから直接接触するようになった。

曾著书谈在华经历

远藤1941年出生在中国长春,父亲在长春经营自己研制的戒毒药品“吉福德禄”的制药厂,父母都是日本人,本来还有哥哥和弟弟。但在1948年八路军围困长春之战中,远藤的哥哥和弟弟都饿死,而她也几近饿死并遭遇流弹受伤,导致两臂残疾。

1953年,12岁的远藤回到日本,又受到日本本地人的欺凌。她取得物理学博士以后,从1983年起从事指导中国留学生的工作至今,并从那时起还兼任中国社科院社会研究所客座研究员、教授,上海交大客座教授。

1983年远藤在日本出版《不合理的彼方》,自述其当年在长春的生活经历,获得《读卖新闻》女性人类记录优秀奖。

后来,远藤应《读卖新闻》邀请,在1984年再著书《卡子-没有出口的大地》,描述她在中国12年的苦难经历。90年代,她希望此书译成中文版,可是中国出版社一直以“过于敏感”的理由拒绝和拖延此事,去年她觉得年事已高,不能再等下去,于是选择在台湾出版中译本。

「著作と中国での経歴

遠藤は1941年長春の生まれ。父親は長春で、自分で開発した麻薬を止める薬「ジフドル」を工場で作って経営した。両親とも日本人で、兄と弟がいたが、48年の八路軍の長春包囲戦で、兄弟は餓死、彼女も流れ弾に当たり、ほぼ餓死寸前だった。今でも両腕に弾の跡がある。53年、遠藤が12歳の時に日本に戻ったが、日本人からイジメを受けた。物理学博士を取ってから、1983年より今まで中国からの留学生の受け入れの仕事に従事し、その間中国社会科学院社会研究所の客員研究員、教授、上海交通大学の客員教授を歴任。83年に「不合理な彼方」と言う本を日本で出版し、自身の長春での生活体験を描いて読売新聞の女性人類記録優秀賞を受けた。後に遠藤は読売新聞の勧めにより、「卡子 出口のない大地」を著し、12年の苦労を描いた。彼女はこれを中国語にする希望があったが、中国の出版社は「微妙な問題がある」ということで断るか、引き延ばしした。去年、彼女の年もあり、待てないので、台湾で、中国語版で出版した」

“只想追求历史真相”

远藤对BBC中文网记者说,“我对中国爱恨交集,但到了这个年龄,我只想追求历史真相”。

远藤说,《毛泽东 与日军共谋的男人》“最大的难题是找日本有关岩井的记载,我去了外务省和防卫省研究所都找不到,后来在网络上偶然看到岩井出版过回忆录《回想的上海》,于是开始找,并终于在网络上买到,我如获至宝!现在觉得我小时候没饿死、活到现在,就是为了找到这本书”。

当记者问到,日本是否也刻意抹去当年岩井与中共合作的记录,远藤则说“不是,岩井对中国来说重要,但日本当时对他重视不够”。

对于台海两岸官方有关谁是真正抗日力量的争论,远藤表示“日本不知道也不关心,我在防卫研究所里看战史资料,厚厚的一本防卫研究所编写的战史资料,居然是引用中共党史来编写,简直令人大失所望,所以我才要挖掘真相,来填补真实的历史空白”。

(责编:李文)

「ただ歴史の真相を追い求めたいだけ

遠藤がBBCの記者に言ったのは、「中国には愛憎入り混じっているが、この年になれば、歴史の真実を知りたいだけ。」「毛沢東 日本軍と共謀した男」を書くときに一番問題だったのは、日本の記録に岩井の件がないこと。外務省や防衛研究所にも見当たらなかった。後にたまたまネットで岩井の書いた回想録「追憶上海」が出版されたという記事を見つけ、探して求め得た。私の宝です。私が小さいときに餓死せず、今に至るのはこの本と出合うためでした。記者が問いて、「日本は当時の岩井と共産党の協力を無かったものとしようとしたのか」と。遠藤は「違う。岩井は中国にとって重要人物であったが、日本は岩井を重視しなかった」。中台の抗日の正統性の争いは、遠藤が言うに「日本は知らないし、関心もない。防衛研究所の厚い戦史資料を見れば、意外にも中国共産党史から写したものがあり、ずっとガッカリしてきた。それで私は真相を深掘りしようと思った。真の歴史の空白を埋めようと。」

初詣について

本日朝、柏市内の神社に初詣に行ってきました。

香取神社、柏神社、諏訪神社の順です。

日本と家族のことをお願いしてきました。

写真を撮る習慣がないため、諏訪神社で写真を撮っている人を見て、小生もスマホで撮りました。

Suwa Shrine

 

12/25日経ビジネスオンライン 高濱賛『躍り出たキューバ系候補! トランプを超えるか』について

慰安婦合意も米国の圧力からだったと思われます。でも、韓国政府が挺対協(親北団体、左翼)と前面に向かう責任を負いました。うまく行かなければ韓国政府の責任ですし、「日本が慰安婦問題解決に向き合わないから」とアメリカに言い逃れができなくなりました。韓国が約束を果たさないときに、はっきり「強制連行はなかった」ことを世界に向けて発信すべき。

来年の米大統領選で民主党のヒラリーが候補として選ばれるのは間違いないでしょう。こんな、嘘つき(ベンガジ事件)・強欲(ビルとのホワイトウオーター事件)・腐敗(中国人よりの違法献金事件)した人間が「世界の警察官」のトップになるのは見たくありません。民主党はどの国でもダメな政党です。

共和党はGOP”Grand Old Party”と呼ばれる偉大な政党ですが、ブッシュの中東介入以降パッとしません。白人の構成比率が下がっていることもあると思います。ヒスパニック人口が増えていますので、こちらを取り込んでいかないと今後ますますGOPから大統領を出すのは難しくなっていくでしょう。それと、中国系米国人の動向にも注意していかないと。中国は戦争するより、こちらの方が簡単に世界を征服できると思っていますので。

トランプの支持が下がっていかないのは、オバマの無能が米国人の心にイライラを生じさせているためです。フランスでは国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペンが次の大統領選の足がかりを先般の地方選で掴みましたし(オランドとサルコジがFNの大統領を阻止するでしょうけど)、ドイツでも難民を無条件に受け入れることはなくなりました(ガウク大統領)。リベラルなメデイアの言うことを聞いていたら、国民の安全が守れないという事に国民が気付き始めました。トランプもそういった米国民の気持ちをうまく捉えているのでしょう。でも人種差別主義者です。行きつくところはムスリムの強制収容所送りです。移民の国・アメリカの理念が揺らぎます。テッド・クルーズは茶会の支持を受けていて、これも極端主義者のように思われます。やはり、高濱氏の言うマルコ・ルビオが一番良いかと。対中強硬派ですし。ただ、トランプがペローのように独自で出馬すれば民主党を利することになります。でもトランプは金持ちなので共和党候補にならなければ、単独で出馬するでしょう。自由の国・アメリカですので仕方がないですが。

記事

—注目を集める米共和党の次期大統領候補選び。11月末から12月中旬までの各種世論調査を見ると、全米レベルでは依然として、不動産王のドナルド・トランプ氏が支持率で独走していますね。2位の候補に5~27%の差をつけています。トランプ旋風はまだまだ続きますか。

Trump & Cruz

共和党の討論会で並ぶドナルド・トランプ氏(左)とテッド・クルーズ氏(写真:ロイター/アフロ)

高濱:トランプの支持率は、物議をかもしている「イスラム教徒入国禁止」発言をして以降も下がっていません。カリフォルニア州サンバナデーノで起こったイスラム教徒による殺戮に対する米国民の怒りがまだ冷めないためです。

 ただ来年2月に全米で最初に党員集会が行われるアイオワ州の世論調査では、7つのうち4つで1位の座から滑り落ちています。黄色信号です。専門家の中には「トランプ・バブルが弾けるのは時間の問題」と分析する人もいます。 (”Iowa Republican Presidential Caucus,” Real Clear Politics)

息子ブッシュの子飼いのクルーズ

—アイオワ州でトランプ氏を抜いたのは上院議員のテッド・クルーズ氏ですね。この人はどんな人ですか。かなりタカ派のようですが…。

高濱:そうです。テキサス州選出の当選1回の上院議員です。44歳。キューバ移民の父とデラウエア出身の母との間にカナダで生まれました。元大統領、息子ブッシュ子飼いのタカ派です。

 プリンストン大学を卒業した後、ハーバード大法科大学院に進学。卒業後は連邦控訴裁判所や最高裁判所長官付の調査官、政治家の顧問やアドバイザーをしていました。2000年の大統領選では息子ブッシュの国内政策担当アドバイザーを務めています。2001年には息子ブッシュの任命によって司法省の副次官に就任。2013年の上院議員選では「ティーパーティ」(茶会)の公認候補として出馬して、当選しました。

 2016年の大統領選に向けて真っ先に出馬表明しました。3月23日のことです。立候補声明は宗教保守、いわゆるエバンジェリカルズ(キリスト教原理主義)系の本山、リバティ大学で行いました。

21時間のフィリバスターで一躍有名に

 全米に名を馳せたのは、2013年9月の予算審議でオバマケア(医療保険制度改革)に反対するために行ったフィリバスター(議事妨害)です。本会議場でなんと21時間以上にわたって演説し、連邦政府機関を閉鎖させる立役者になりました。

 共和党は中間選挙で上下両院の過半数を握り、政権担当能力のある野党であることを国民に示したい時でした。予算成立を阻止しようとするクルーズの単独行動に共和党幹部たちは苦虫を噛みつぶしたようでした。

 とくに共和党エスタブリッシュメント(保守本流)からは嫌われています。しかしそのことが逆にエバンジェリカルズや茶会の人たちから喝さいを浴びることにつながりました。 (”Ted Cruz,” Right Web, 9/14/2015)

トランプらに流れていた宗教保守の票を奪取

—クルーズ氏はなぜここにきて、支持率を急伸させているのですか。

高濱:宗教保守への働きかけが功を奏し出したのでしょう。

 エバンジェリカルズとは、「Born Again Christian」(ボーン・アゲイン・クリスチャン=神と出会って生まれ変わったとするキリスト教徒)ともいわれている人たちで、聖書に書かれていることを一字一句、忠実に信じるキリスト教徒です。とくに南部、中西部に多く住んでいます。この票田は、茶会とも重なり合っています。

 アイオワ州の有権者の25%はエバンジェリカルズです。アイオワ州共和党員の57%がエバンジェリカルズだとするデータもあります。 (”Evangelicals again poised to play key role in Iowa GOP Caucus,” Michael Patrick Leahy, Breitbart, 8/21/2015)

—宗教保守の票田を狙っているのは、クルーズ氏だけではありせんね。

高濱:その通りです。快進撃のトランプ、黒人の元神経外科医ベン・カーソン、元宣教師のマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事が狙っています。カーソンは11月頃から自らの経歴に関する疑惑や安全保障に関する知識不足などが露呈して宗教保守層における支持率が激減、その票がクルーズに流れ込んだと言えそうです。ハッカビーの支持率は2%前後で低迷しています。

 それとクルーズの若さと雄弁さは、12月15日に行われた共和党候補者によるテレビ公開討論でも遺憾なく発揮されました。同じタカ派でもトランプにはどこか危うさが付きまといます。暴言も多いし、具体的なことには言及していません。イスラム教徒入国拒否にしても本当に実現すると思っている人は少ないでしょう。

共和党の「草の根」の根底に「ポピュリズム」

 それともう一つ、「トランプ旋風」の本質は、いわゆる「ポピュリズム」(大衆迎合主義)です。アメリカの衰退に対する米国民の苛立ちをストレートに吐き出している。トランプの言っていることに共鳴している人たちは、総じて教育レベルの低い、しかも落ち目の産業で働くブルーカラーや零細農民が多いという分析結果が出ています。 (”Here’s The Lowdown On Who Supports Donald Trump,” Emily Ekins, The Federalist, 8/5/2015)

 そしてもう一つは東部、西部のエスタブリッシュメントを形成するウォール・ストリートやリベラル派メディア、学者たちに対する反発です。にじみ出ているのは東部エリートや名門校出身者への反発です。そこには学歴に対する劣等感を痛いほど感じます。

 名門ペンシルバニア大学を出たトランプやプリンストン、ハーバードを出たクルーズがエバンジェリカルズや茶会の側に立っているのは、一見矛盾するようですが、実はそこがトランプやクルーズの強みです。知性でも学歴でも東部エリートに立ち向かうことができるポピュリストというわけです。

もう1人のキューバ系候補者も反共のタカ派

—もう1人、キューバ系のマルコ・ルビオ上院議員も「第一走者グループ」につかず離れず、走っていますね。この人はどんな人ですか。

Marco Rubio

マルコ・ルビオ氏(写真:AP/アフロ)

高濱:ルビオはキューバ系移民2世です。カストロ政権の抑圧政策から米国に逃げた両親の長男としてフロリダ州マイアミで生まれました。フロリダ大学、マイアミ大学法科大学院を卒業して、弁護士を開業。2000~2009年までフロリダ州下院議員を務め、一時は下院議長になっています。2010年に上院議員選挙に出馬して見事当選しました。

 2012年の大統領選挙の際にはミット・ロムニー共和党大統領候補の副大統領候補の一人に名が挙がりました。上院では商業委員会と外交委員会に属し、後者では東アジア太平洋小委員会の筆頭理事として日本にも訪問しています。安倍首相とも会っています。

—ルビオ氏の政治スタンスや政策はどんなものものですか。

高濱:キューバ系保守派という点ではクルーズと同じですが、ルビオのほうは「自制心のある、思慮深いタカ派」といったイメージがあるようです。

 キューバ系移民の大半は反カストロ、つまり反共産主義者です。その2世ということでカストロ政権には厳しい対応をとっており、オバマ政権によるキューバとの国交樹立には激しく反発しています。

 ルビオに政治資金を提供する人の中にはフロリダ州に住むユダヤ系億万長者もいるため、中東政策は親イスラエル。イランとの核合意にはむろん猛反対しています。

 政策面はビル・クリストル(「ウィークリー・スタンダード」編集主幹)やロバート・ケーガンらが支えているようです。クリストルは、息子ブッシュ政権を陰で操ったとされるネオコンの大御所です。特に、個々の具体的な政策では、息子ブッシュ政権で国家安全保障会議(NSC)核拡散防止担当部長をしていたジェイミー・フライが国家安全政策顧問としてアドバイスしています。

 今回の大統領選挙で面白いのは息子ブッシュが3人の候補者それぞれに、その陰を落としていることです。まず弟のジェブ・ブッシュ。この兄弟は性格も違い、そりが合わないのですが、やはり「ブッシュ」という同姓。イラク戦争という兄の「負の遺産」を背負ってジェブは苦戦しています。

 次に子飼いのクルーズ。息子ブッシュの時に内政外交で政策を立案していたネオコンの一部が選挙対策チームに入り込んでいます。別のネオコンの一部はルビオ陣営に参画しています。 (”Marco Rubio,” Right Web, 12/10/2015)

ルビオは中国の海洋権益拡大に猛反発

 ルビオ氏の話に戻りましょう。外交委東アジア太平洋小委員会の筆頭理事ということもあって、候補者の中では誰よりも対中政策に言及しています。

 8月に「ウォール・ストリート・ジャーナル」に寄稿した論文でこう指摘しています。「自分が大統領になったら中国に対して優柔不断で軟弱な宥和政策ではなく、力を基盤にした政策を推進していく。中国が南シナ海やその他の地域で軍事力を行使して不法に領海領土を主張するならば、これに対抗する行動をとることも躊躇しない。ただ米国は中国のパワーに対抗するすべての責任を一人で背負うことは無理だし、その必要もない。私は我々の同盟国との協力を推進していく」。

 こうした見解の下敷きを書いたのは、ランヒー・チェンという中国系の政治学者だと言われています。現在スタンフォード大学フーバー研究所の上級研究員で、ルビオ陣営における政策立案の中心人物とされています。 (”How My Presidency Would Deal With China,” Marco Rubio, The Wall Street Journal, 8/27/2015)

ヒスパニック系の大半はキューバ系候補に投票せず?

—クルーズ氏、ルビオ氏ともにキューバ系、すなわちヒスパニック系ということになりますね。2人のどちらかが共和党大統領候補になると、本選挙でヒスパニック系の票はキューバ系候補に流れるのでしょうか。

高濱:ヒスパニック系の人口は5400万人(2014年)。全米人口の約17%です。内訳はメキシコ系が64%と断トツです。次いでプエルトリコ系が9.4%、キューバ系は3.7%です。 (”Hispanic or Latino Population,” Minority Health, Centers for Disease Control and Prevention[CDC])

 ヒスパニック系といっても政治スタンスはみな異なり、十羽一絡げというわけにはいきません。メキシコ系はどちらかというとリベラルです。一方キューバ系は保守的で徹底した反共です。プエルトリコ系など中南米系は概してメキシコ系に賛同する傾向があります。従って本選挙の際にはメキシコ系などヒスパニック系の多数はキューバ系候補には投票しないでしょう。

クルーズが突出すれば共和党本流はルビオに肩入れ?

—予備選が進む中でクルーズ氏とルビオ氏との一騎打ちになったらどちらが勝つでしょう。

高濱:「ブルムバーグ・ビュー」のジョナソン・バーンスタインというベテラン・ジャーナリストは、「ルビオは予備選のどの段階からスパートをかけるだろうか」と自問自答しています。つまりどのような展開になろうとも、最終的にはルビオが共和党大統領候補に指名されるだろうと大胆な予想しているのです。

 バーンスタインは「ルビオがアイオワ州で10%以上の票をとれれば、他の40州はとれる」とまで言っています。万一、超保守のクルーズが独走しそうになった場合は、共和党エスタブリッシュメントが必ず妨害して、流れをルビオのほうに引き寄せてしまうというのが、その理由のようです。 (”How Rubio Wins Anyway,” Jonathan Bernstein, Bloomberg View, 12/3/2015)