『「金正恩勝利」で終わった米朝首脳会談、元駐韓大使が徹底解説』(6/14ダイヤモンドオンライン 武藤正敏)、『米朝首脳会談の「落としどころ」は日本にとって最悪だった』(6/14ダイヤモンドオンライン 上久保誠人)、『北朝鮮、経済変革の「指南役」は米国より中国か』(6/13ダイヤモンドオンラインロイター)、『トランプでも金正恩でもなく「北朝鮮問題」の本質は「中国問題」』(6/15Yahooニュース The PAGE)について

本日も紹介記事が多いのでコメントは短くします。武藤氏は外務省出身ですから昨日の本ブログの宮家氏と同じ見方をしています。トランプは外交のプロシージャーを踏んでいないと言うものです。でも踏んでやっていればいつまで経っても首脳会談は開かれなかったのでは。突破力が必要なときもありますし、下がある程度詰めて来たから会談ができたと思っています。上久保氏は、今回の合意は日本にとって厳しいものと見ているようですが、米国と日本の制裁は続きますし、問題は中国、韓国が制裁を緩めることです。国連の場を利用して緩和を許さないようにしませんと。勿論、CVIDにかかる経費や拉致被害者解放ができれば日本が経費負担せざるを得ません。トランプが北との戦争は金がかかるので避けるというのであれば、戦争以外で締め上げるしかありません。米中で貿易戦争の口火が切って落とされました。お互いに関税の掛け合いです。中国が米国との貿易量が減れば、朝鮮を援助する余裕ができるかどうかです。まあ、北を緩衝国家のままで置いておきたいとは思うでしょうから支援はするのかもしれませんが。でも裏で米朝が握っていたとすれば、中国の支援も必要はなくなります。以前本ブログで中国語の記事を紹介しましたが、中国は米朝がくっつくのを懸念しているというものでした。ロイターの記事のように行くかどうかは今後の展開を見てみないと分かりません。渡辺氏の記事は、昔から小生が言ってきた所ですので、目新しさは感じませんでした。

武藤記事

米朝首脳会談で、会場のホテル内を散策さるトランプ大統領と金正恩委員長 Photo:Reuters/Aflo

6月12日、シンガポールにおいて歴史上初めてとなる「米朝首脳会談」が行われた。だが、その結果は、トランプ米大統領ではなく、金正恩朝鮮労働党委員長にとって満足のいくものであったと言えるだろう。

それを端的に表していたのが、会談前と後の金委員長の表情だ。会談場所のカペラホテルに降り立った時の金委員長の表情は硬く、こわばっていた。しかし、会談を終えてトランプ大統領と連れ立って歩いたときの表情は、満面の笑みを浮かべて勝ち誇っているかのように見えた。

表情が、これだけ明らかに変化したのはなぜなのか。会談の中身について、詳細に見ていくことにしよう。

合意文書に盛り込まれず 非核化の実現は疑わしい

会談における主要な課題は、「北朝鮮の非核化」と「北朝鮮に対する体制の保証」だった。

しかし、会談後に発表された共同声明を見ると、「非核化」については、「金委員長は、朝鮮半島の完全な非核化を強く断固として取り組むと再確認した」「2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮が朝鮮半島の完全なる非核化に向けて取り組む」とするのみであり、具体的な道筋などについては触れられていない。

会談前、具体的な内容までは合意できないだろうとの観測が広がり、大きな枠組みの原則合意にとどまるのではないかと言われていた。それでも、日米が主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(以下CVID)に関しては合意するのではと期待されていたのだが、それも合意できなかった。

トランプ大統領は記者会見で、CVIDについて「話をしたが書いていないだけ。これは完全な非核化ということであり、検証されることになる」と述べたが、これまで北朝鮮が何度となく約束を反故にしてきたことを考えれば、少なくとも合意内容を文書化すべきであった。

実よりも名を取ったトランプ大統領

トランプ大統領は会談前、「完全な非核化の意思が確認できなければ、会談を中座する」とまで言っていたのだが、なぜ、このような曖昧な内容の文書に合意したのか。それは、トランプ大統領にとって、今回の米朝首脳会談は、「自身の成果」とすることが重要であり、そのため「実よりも名を取った」からである。

両国は、会談を有利に進めようと、会談前から猛烈な駆け引きを行った。その結果、トランプ大統領は、「北朝鮮は怒りとあからさまな敵意を表明しており、現時点で会談するのは不適切」だとして、突如、米朝会談の中止を発表した。

これに驚いた北朝鮮は、金桂官第一外務次官の談話で、「いつでもどのような方式でも向かい合って問題解決の用意がある」と前言を翻して、金英哲統一戦線部長が米国を訪問、トランプ大統領やポンペオ国務長官と面談して会談の再設定を試みた。

これだけ慌てたのは、北朝鮮が切実に米朝首脳会談を求めていたからだ。この時点では米国が圧倒的に優位に立っており、北朝鮮に対して譲歩を迫れる立場にあった。そのままの姿勢で会談に臨めば、北朝鮮に対しCVIDへの歩み寄りを不可避なものにできたと思う。

しかし、トランプ大統領はそうしなかった。「北朝鮮の核問題で成果を上げたい」と焦るあまり、安易に会談の再設定に応じてしまったのだ。これが原因で、米朝の立場が逆転してしまったと言える。

トランプ大統領がこうした行動に出てしまったのは、歴史的な米朝首脳会談を実現して自らの「政治的成果」とすることで、今年11月の中間選挙や、2年後の大統領選挙に向けて体制の立て直しを図りたいと考えていたからだ。彼にとって重要なのは、「会談が成功した」と主張できるようにすることだったのだ。

他方、金委員長は、生きるか死ぬかの覚悟で会談に臨んでいた。国の安全保障のために、核ミサイルはどうしても手放せない。だからといって、このまま開発を続ければ、制裁を強化されてますます経済的に追い込まれ、生存自体が危うくなりかねない。そのため、粘り腰で非核化を遅らせ、その間にできるだけ多くの経済支援を勝ち取ろうとしたのだ。

このように見ていくと、会談準備過程の膠着状態は北朝鮮の“遅延戦術”によるもので、時間切れとなった米国が譲歩を迫られた形だったといえる。そもそも、首脳会談の再設定から準備期間は2週間ほどしかなく、北朝鮮の譲歩を引き出す時間的な余裕はほとんどなかった。そういう意味で、米国は首脳会談の日程を設定せず、北朝鮮をじらしながら、非核化に向けて歩み寄りを見せたところで日時を決めるのが得策だったのだ。

CVIDで合意できなかったことが今後の禍根になる可能性

今回の会談が出発点となり、来週以降、ポンぺオ国務長官やボルトン大統領補佐官が、北朝鮮側のカウンターパートとなって具体策を詰めていくという道筋をつけたことは一つの成果といえる。しかし、北朝鮮からCVIDの約束をきちんと取りつけることができなかったことは、今後に禍根を残しかねない。

というのも第一に、閣僚レベルで具体策を詰めていくにしても、合意した以上の譲歩を北朝鮮側から引き出すことは容易でないからだ。また、トランプ政権としても、北朝鮮が完全な非核化の意思を示さないからといって、自ら今回の会談が「失敗だった」と言うことはできない。要するに、トランプ政権は北朝鮮との交渉の余地を自ら狭めてしまったのである。

第二に、段階的非核化によって北朝鮮が時間稼ぎをし、その間に体制を立て直して核ミサイルを開発する機会を与えかねないからだ。そもそも、北朝鮮が非核化の道筋をつけることを頑なに拒否しているのは、その意思がないからであり、北朝鮮がこれまで再三にわたって約束を反故してきたことの再現になりかねない。

そして第三に、今回の米朝合意をテコに中国やロシア、そして韓国が制裁の手を緩めてしまう可能性がある。既に、中朝国境沿いの貿易は、以前より活発になっている模様だ。韓国も開城に連絡事務所を設け、開城工業団地の再開準備ともとれる動きを示し始めている。制裁が緩和されれば、北朝鮮が非核化を進めなければならない動機はなくなってしまう。

非核化に関する言及が不十分で盛り込まれなかった終戦宣言

今回の会談では、朝鮮戦争の「終戦宣言」についても合意するのではないかと言われていた。北朝鮮にとって、非核化する上での最大の懸念材料は「体制の保証」であり、終戦宣言はその第一歩となる。

合意文書の中で、「トランプ大統領は、北朝鮮の安全保障の提供に取り組むとした」とし、「米国と北朝鮮は平和と繁栄のため、両国民の望みに従い、新たな米朝関係構築に取り組む」「米国と北朝鮮は恒久的で安定した平和的な体制を朝鮮半島に築く努力を共に続ける」と記されてる。

朝鮮半島に恒久的な平和をもたらすことは重要であり、そのため北朝鮮に安全保障を提供することは肯定的な動きだ。トランプ大統領は記者会見で、在韓米軍に関連し、「米韓合同演習はとても挑発的であり、費用も莫大だとしてこれを減らしていく」と言及した。

しかし、米韓側が一方的にこうした措置をとるのはいかがなものか。確かに朝鮮半島の緊張が緩和されるなら、それはいいことだ。しかし、朝鮮半島の緊張を高めているのは、38度線沿いに配備された北朝鮮の膨大な長距離砲である。米韓側が緊張緩和を図るなら、北朝鮮にも対等に緊張緩和の措置を取るよう求めるべきではないか。北朝鮮の要求を一方的に聞くだけでは、交渉にはならない。

今回、終戦宣言が盛り込まれなかったのは、非核化に関する言及が不十分だからだろうが、近々、終戦宣言から平和協定の締結に向けて動き出す可能性は高い。だが、護衛艦の天安艦砲撃やプエブロ号事件、延坪島砲撃など、数々の衝突事件を起こしているのは北朝鮮側であることに鑑みると、平和への取り組みを強く促してほしい。

トランプ大統領は記者会見で、「人権問題については細かいところまで議論した」と述べた。しかし、そこで強調したのは米国の戦争捕虜・行方不明兵士の遺体回収、帰還問題だった。しかし、記者の質問の趣旨は、北朝鮮住民の人権問題だったはずで、金正恩体制の圧政下で政治犯収容所に送られ、惨殺されている人々のことを指していたのだ。

北朝鮮は米朝関係を改善し、国際社会に復帰することで経済発展を進めることを目指している。しかし、北朝鮮の人権状況が現状のままであれば、北朝鮮を支援しようとする国際機関や、投資をしようという企業が現れるわけもなく、人権問題の解決は避けて通れない。

北朝鮮は、長年、国民を締めつけてきた。これを一気に開放すれば反政府活動が広がり金正恩体制は持たないかもしれない。そのためにも、まず住民の生活改善は不可欠であろう。こうした問題に北朝鮮がどう取り組むのか、米国をはじめとする国際社会がいかに取り組んでいくべきか、議論を始めるべきであろう。

拉致問題に言及されたものの解決は容易ではない

トランプ大統領は会談前、安倍晋三首相に対し、「拉致問題について取り上げる」と述べた。会談でいかなる議論がなされたかについては、既に安倍首相に伝えられたであろう。拉致被害者家族も、「今回が最後の機会だ」として希望を持っている。最終的に解決しなければないのは日本政府であり、安倍首相も真剣に取り組んでいる。

北朝鮮にとっても、日朝首脳会談を開きたいはずだ。米朝関係が進んでも、米国は金は出さないと言っており、日本、韓国、中国に丸投げしている。日本としても戦後処理の問題は片付いていないので、拉致や核ミサイルの問題を包括的に解決し、国交正常化の過程で経済協力を提供することになるだろう。

しかし、北朝鮮は相変わらず拉致問題は解決済みだとしている模様で、スウェーデン合意に基づく調査も途中で打ち切っている。北朝鮮のような統制国家では調査の必要はなく、拉致被害者の現状はすでに把握済みだと思われるにもかかわらずである。となれば、日本政府が拉致被害者の現状をできるだけ詳細に把握し、追及することで、金委員長が拉致被害者を返さざるを得なくなるようもっていく必要があるだろう。

今回の米朝首脳会談をきっかけとして、米国の北朝鮮との交渉は今後も続いていく。その過程で、非核化について進展があることを期待する。ただ、日本も傍観者ではいられない。日本は、米国に対して要請して推移を見守るのではなく、当事者としての意識を持って北朝鮮との交渉に臨む必要があると言える。

(元在韓国特命全権大使 武藤正敏)

上久保記事

Photo:AFP/AFLO

「大山鳴動して鼠一匹」とは、まさにこれだ。米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の米朝首脳会談が行われた。両首脳は、(1)「米国と北朝鮮の新たな関係の樹立を約束」(2)「朝鮮半島の持続的かつ安定的な平和構築に共に努力」「北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けた作業を行うと約束」「戦争捕虜、戦争行方不明者たちの遺骨収集を約束」の4項目で合意し、文書に署名した。しかし、「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」(CVID)という表現は明記されず、全ての項目において、「いつまでに、どのように実現するか」の具体策は示されなかった。

本連載が主張してきた「米国には決して届かない短距離・中距離の核ミサイルが日本に向けてズラリと並んだ状態でとりあえずの問題解決とする」(本連載第166回)という状況が出現する。「史上最大の政治ショー」が起こるかのように大騒ぎした割には、何一つ決まらなかった。「落としどころ」は至って平凡で、日本にとっては最悪なものとなった。

トランプ大統領は「拉致問題提起」を日本からカネを引き出すために利用した?

首脳会談終了後の記者会見で、トランプ大統領は「完全な非核化」実現のために「圧力は継続する」と述べた。また、首脳会談で「日本人拉致問題」を提起したという。安倍晋三首相はこれを高く評価し、感謝の意を表した。後は、首相自らが動いて「日朝首脳会談」を開催し、拉致被害者を取り返すだけとなった。

だが、トランプ大統領は記者会見で「非核化のための費用は、日本と韓国が出す」とも述べた。「圧力を継続」と言いながら、非核化のためという名目で日本に「カネを出せ」とクギを刺したということだ。これで安倍首相は日朝首脳会談に「手ぶら」では行けなくなった。

安倍首相は、日朝首脳会談の開催前から、拉致問題を首脳会談で提起するように、トランプ大統領に積極的に働きかけてきた。そして、そのことを日本国民に対してアピールし続けてきた。トランプ大統領も安倍首相に会うたびに「シンゾー、任せろ。必ず金正恩に話す」と応え、実際に会談で提起したという。拉致被害者の会の皆様は「これが最後のチャンス」と切なる思いで見守っている。いまさら安倍首相が平壌には行かないと言い出せない状況になっている。

この連載は、「北朝鮮との融和」は拉致問題を動かす好機と指摘してきた(前連載第1回)。そして、今回はこれまでとは違い、本当に拉致被害者を少なくとも数名取り戻せるかもしれないと考えている(第181回)。実際に、そういう状況が出現したといえるかもしれない。だが、それは日本が「非核化のためという名目でいくらカネを出すのか」を提案することと、バーターとなっているのではないだろうか。

日朝首脳会談で、北朝鮮に非核化のためのカネを出すことを決めれば、その見返りに拉致被害者が2~3人帰国するかもしれない。もしそうなったら、日本の世論は歓喜するだろう。だが、北朝鮮に渡すカネが、本当に非核化のために使われるかどうか、わかりはしない。逆に、日本が渡すカネが「最大限の圧力」が形骸化するきっかけとなる懸念もある。しかし、その時、拉致被害者を返してもらった日本政府と国民は、北朝鮮に面と向かって厳しく批判できるだろうか。

今の北朝鮮にとって、拉致被害者を2~3人返すことなど、たやすいことだ。金委員長は米朝首脳会談の実現によって、長年の「国家的悲願」であった「米国による体制保証」をトランプ大統領から引き出したのだ。それに比べたら、拉致問題など、言葉は悪いが実に小さなことだ。

「拉致問題は解決済み」という立場の北朝鮮にとって、さらなる拉致の事実を認め、日本に謝罪することは「国家的な恥」ではある。だが、米国による体制保証という「国家的悲願」の実現と比べれば、実に小さな「恥」である。

金委員長が安倍首相に対して「祖父・父の時代に、恥ずかしい振る舞いがあった。だが、私はそれを解決する」と言えば、朝鮮中央放送が「金委員長が寛大な心で偉大な決断をされた」と大絶賛するだろう。それで安倍首相からカネを引き出せるならば、簡単なことだ。

トランプ大統領が米朝首脳会談で拉致問題を提起した。それは「圧力一辺倒」で「完全なる非核化」を求め続ける安倍首相にカネを出させるために、周到に仕組んだ罠だったように思われてならない。

米国、中国、韓国、ロシアの「完全な非核化」に対する本音

日本を除く、「北朝鮮核ミサイル開発問題」の関係国である、米国、中国、韓国、ロシアは、口を開けば「完全な非核化」と言うが、実際は非核化に強い関心はない。米国は「アメリカファースト」であり、既に米国に届くICBMの開発を北朝鮮に断念させて、核実験場を爆破させた。それで目的達成なのである(第184回)。その意味で、トランプ大統領は米朝首脳会談に、「うまくいけば、ノーベル平和賞が取れるかな」という程度の、軽いノリで臨んでいた。

しかも、ノーベル賞を取るのに、北朝鮮の完全な非核化までは実は必要なく、「朝鮮戦争の終結」とそれに続く「在韓米軍の撤退」で十分だと考えている。在韓米軍の撤退は、時期はともかくとして、既に米国では決定事項である(第180回・P.5)。しかも、トランプ大統領は「経費節減にいいことだ」と言い切っているのだ。その上、米朝首脳会談では「米韓軍事演習」の中止にまで言及した。

要するに、トランプ大統領は「アメリカファースト」と「ノーベル平和賞」しか関心がなく、「完全な非核化」は、「金委員長と話はつけた。後は、やりたければシンゾーがカネを出してやれ」と言って、無関心なのである。

一方、ロシア・中国は、本音の部分では、北朝鮮が核兵器を持つことは悪いことではないとさえ考えている。東西冷戦期から、中国・ロシアは「敵国」である米国・日本と直接対峙するリスクを避ける「緩衝国家」として北朝鮮を使ってきた。米朝首脳会談でトランプ大統領が北朝鮮の体制を保証したことで、「緩衝国家」は今後も存続するのだ。

その上で「緩衝国家」が核兵器を保有し、それを日本に向けることは、北東アジアの外交・安全保障における中国・ロシアの立場を圧倒的に強化することにつながる。換言すれば、緩衝国家・北朝鮮の体制維持と核武装は、中国・ロシアにとって「国益」だと言っても過言ではない(第166回)。

韓国は、同じ民族であり、統一すれば領土となる土地に、北朝鮮が核を撃つわけがないと思っている。核はあくまで日本に向けられるものであり、それは悪いことではないと考えるだろう。

トランプ大統領が言及したように、「在韓米軍」の撤退が、韓国が中国の影響下に入ることを意味し、北朝鮮主導の南北統一の始まりになるのかもしれない。北朝鮮よりも圧倒的に優位な経済力を持ち、自由民主主義が確立した先進国である韓国が、最貧国で独裁国家の北朝鮮の支配下に入ることはありえないと人は言うかもしれない。しかし、明らかに「左翼」で「北朝鮮寄り」の文大統領にとっては、それは何の抵抗もないどころか、むしろ、歓迎かもしれないのだ(第180回・P.6)。

日朝首脳会談をきっかけになし崩し的な経済協力が始まる

少なくとも、文在寅大統領は、南北首脳会談で金委員長が求めてきた経済協力を進めるだろう。一応、韓国も「完全な非核化」まで圧力を継続するという立場だが、日朝首脳会談で安倍首相が非核化のためのカネを出すことになれば、後はなし崩しとなる。

北朝鮮の後見役を自認する中国が、米朝首脳会談での融和の進展を受けて、非核化のための圧力の有名無実化に動くことは自然である。そして、日本とともに「蚊帳の外」とされてきたロシアにとっては、北朝鮮への経済協力こそ蚊帳の外から脱する唯一の方法だ。

米朝首脳会談前にウラジーミル・プーチン大統領と安倍首相の日露首脳会談が行われた。日ロ経済協力は着々と進んでいる(第147回)。プーチン大統領から、「日ロ経済協力を発展させて、ロシア、日本、北朝鮮の『環日本海経済圏』をつくろう」とぶち上げられたらどうだろう。北方領土問題を抱える日本は、それを断れるのだろうか。

拉致問題の進展は完全な非核化を遠のかせるかもしれない

本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されます。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

「日本人拉致問題」の解決は、拉致被害者とその家族の皆様にとっては、まさに「最後のチャンス」である。できることならば、横田めぐみさんをはじめ、全員が帰国できることを願ってやまない。

安倍首相は、拉致問題についての日本国民の期待を高めてしまった。いまさら「平壌に行かない」とは言えない。しかし、平壌に行ったら、日本は北朝鮮の非核化という名目で、カネを出さなければならないことになる。「拉致問題」は完全にトランプ大統領と金委員長に、いいように利用されたのではないだろうか。

拉致問題の進展は、北朝鮮の完全な非核化の実現を遠のかせてしまうという、相反する結果をもたらしてしまうのかもしれない。

(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

ロイター記事

6月11日、トランプ大統領は、北朝鮮が核放棄すれば、米国からの投資に支えられて「非常に豊かに」なるだろうと約束したかもしれない。だが、同国における変革の原動力となるのは米国ではなく、中国だろう。5月、平壌で撮影。KCNA提供(2018年 ロイター)

[ソウル/北京 11日 ロイター] – トランプ大統領は、北朝鮮が核放棄すれば、米国からの投資に支えられて「非常に豊かに」なるだろうと約束したかもしれない。だが、同国における変革の原動力となるのは米国ではなく、中国だろうと、北朝鮮に詳しいエコノミストや研究者は予想する。

北朝鮮にとって最も身近な手本となるのは、米国式の資本主義ではなく、1978年に中国指導者となった鄧小平氏が最初に推進した、国家統制下の中国式の市場経済だと指摘する。

当時の中国は、27年間に及ぶ故毛沢東国家主席による統治がもたらした混乱、つまり資本主義が禁止され、私有のビジネスや財産が国家に接収され集団所有の下に置かれた時期から、抜け出そうとしていたのである。

鄧小平氏は痛みを伴う改革を導入し、現在では、過去40年にわたる中国経済の奇跡の基礎を築いたという評価が広がっている。その変化は巨大であり、成長は驚異的だった。しかし何よりも重要なのは、中国共産党が、権力をただ維持するだけにとどまらず、国内統制をさらに強めつつ、こうした成果を達成したことである。

シンガポールで12日、トランプ大統領と北朝鮮の指導者である金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長による史上初の首脳会談が行われる中で、北朝鮮政府の関心は、ますます中国に傾斜しつつある。

正恩氏は3月以来、中国を2度訪問し、習近平国家主席と会談している。一方で、北朝鮮を支配する朝鮮労働党の高官級代表団は5月、11日間にわたる中国訪問のなかで、中国のハイテク都市交通や最新の科学的成果などを中心に、いくつかの産業拠点を視察した。

この代表団が中国を訪問したのは、正恩氏が核実験・ミサイル実験の中止を宣言し、「社会主義経済建設」に専心すると誓ったほんの数週間後である。中国メディアは正恩氏の声明を、鄧小平氏の政策を簡潔に表現した「改革開放」の北朝鮮版だと位置付け、中朝国境の丹東市では住宅建設投資が急増した。

「金正恩氏がトランプ大統領と会談するのは、米国に制裁を解除してもらう必要があるからだ。その後の見出しはすべて、金正恩氏と習氏の名で埋め尽くされるだろう」と語るのは北朝鮮関係に詳しい韓国のエコノミスト、Jeon Kyongman氏だ。

中国は、北朝鮮にとって最も重要な同盟国であり、最大の貿易相手国である。2011年に金正恩氏が権力を継承して以来、中国との貿易関係はますます重要となっている。現在、中国は北朝鮮の貿易全体の90%以上を占め、北朝鮮経済にとって唯一の生命線となっている。

北朝鮮の「開放」に狙いを定める中国

2017年4月、平壌で撮影(2018年 ロイター/Damir Sagolj)

英リーズ大学で中国・北朝鮮関係を専門とするアダム・キャスカート氏によれば、中国北東部の「ラストベルト」地域で経済成長が停滞していることも、北朝鮮との経済関係強化に関心が高まる追い風となっているという。

北京の東興証券でチーフエコノミストを務めるZhangAnyuan氏によれば、計画経済から市場経済への移行という中国のモデルは、それが政治や経済、社会の安定を損なわずに実現されただけに、北朝鮮政府にとって魅力的である。

「地理的な位置や経済システム、市場規模、そして経済の開発段階を考慮すれば、中国と北朝鮮のあいだの経済協力は他に代えがたい、模倣しようのない優位を得ている」とZhang氏は言う。

だがキャスカート氏は、経済自由化の進展はゆっくりしたものになる可能性が高いという。というのも、北朝鮮は、通貨や移民を巡る規制緩和による政治リスク増大については慎重になることが見込まれるからだ。

北朝鮮は中国だけでなく、上からの厳しい統制が維持されている他の国の経済システムも参考にするかもしれない、とキャスカート氏は述べ、ベトナムや、あるいは韓国の「財閥」型ビジネス構造を例に挙げた。それにより「資本独裁制」に近いものが可能になるからだという。

習主席は、トランプ大統領からの強いプレッシャーを受けて、2017年後半には北朝鮮に対する制裁を厳格に実施し始めた。中国は今年3月までの6ヵ月連続で、国連安保理の制裁決議に従って、北朝鮮からの鉄鉱石や石炭、鉛鉱石の輸入を完全に停止している。

この制裁は石炭依存度の高い北朝鮮の重工業や製造業に打撃を与えた。だが、より重要なのは、中国政府との貿易が急減することによって「経済の最も繁栄する部分がやられてしまった」ことだという。

つまり、個人や卸売業者が中国製の消費財や農産物を売買する非公式の闇市場だ、とJeon氏は語る。「北朝鮮経済を締め上げた最大の要因は、制裁実施に向けた中国の決断であり、この制裁の解除が金正恩氏にとっての急務だ」

「蚊帳スタイル」

ソウル国立大学のKim Byungyeon教授(経済学)は、制裁解除後も、北朝鮮は国家管理の下での経済成長を追求する可能性が高いという。統制を失うことは現体制を不安定化する可能性があるからだ。「そうなれば、正恩氏は現在手中にある権力を半分以上失うだろう」

フィッチグループ傘下のBMIリサーチは、統制維持に向けた努力の一環として、市場開放が行われるとしても当初は「経済特区」に限定されると予想。こうした特区において、北朝鮮政府は自国の低コスト労働力と中国の資金力や技術的ノウハウを結合することを目指してきた。

5月、韓国ソウルでTVニュースを眺める人々(2018年 ロイター/Kwak Sung-Kyung)

東岸の元山(ウォンサン)観光特区や、韓国との境界線にある開城工業地区などの例に見られるように、正恩氏は経済における国家統制を維持しようとするだろう、と専門家は言う。

正恩氏はすでに元山にスキーリゾートや新たな空港を開設し、人口36万人の同市を多額の外貨を稼ぐ観光名所に変貌させている。

「制裁が緩和されれば、まずこの種のプロジェクトが進められる可能性が最も高い」とBMIリサーチは言う。

Jeon氏は、これは鄧小平氏のモデルに似た「蚊帳スタイル」の改革だという。国家統制の厳しい枠組みのなかで限定的に外資導入と市場自由化を進めるやり方だ。

鄧小平氏は中国東部沿岸に一連の経済特区を設け、固有の地方特例法によって輸出市場向けの合弁製造事業に対する外国からの投資を奨励する一方で、多国籍企業との直接の競争から国内産業を保護した。

「鄧小平氏は深センを経済特区に指定し、かつての静かな漁村を、世界の製造業の一大拠点に変貌させた」とJeon氏は語る。「正恩氏は、特に経済の他の部分においては最小限の変化しか望まないだろうから、こうした経済特区に熱心になるだろう」

(Cynthia Kim and Christian Shepherd/翻訳:エァクレーレン)

ヤフー記事

アメリカのトランプ大統領と北朝鮮に金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が初めての対面を果たし、華々しく世界の注目を集めた「米朝首脳会談」。その影で忘れてはならない「主役」がいます。アメリカ研究が専門の慶應義塾大学SFC教授、渡辺靖氏は、今回の首脳会談の結果は、まさに中国が望んだ流れになっていると指摘します。朝鮮半島情勢を考えるとき、アメリカにとっても、北朝鮮にとっても、そして日本にとっても、つきまとう中国の影。渡辺氏に寄稿してもらいました。
【写真】共産党大会に首脳会談 北京で思う米中関係、民主主義、そして日本

朝鮮半島めぐり中国が望む流れに

米朝首脳会談の結果を「信頼醸成の第一歩」と見るか「ただの政治ショー」と捉えるか。会談を実現したトランプ大統領の手腕を評価するか、北朝鮮に押し切られたと批判するか。米国民の評価はおよそ二分されており、外交・安保専門家の間ではより辛口の意見が目立つ。引き続き、米朝交渉の行方から目が離せないが、中長期的な、地政学的な観点からすると、「北朝鮮問題」の本質は「中国問題」であると考える。

[写真]シンガポールまで向かう専用機まで用意した中国。事態は習近平主席の望む流れへと動いている(代表撮影/ロイター/アフロ)

当然ながら、中国は対岸における有事を望まない。核武装した隣国の存在も然り。米韓同盟の存在も目障りだ。中国にとっては、米朝の緊張緩和、北朝鮮の非核化、朝鮮半島からの米国の影響力後退が最も望ましい。
その意味で、今回の米朝首脳会談の実現、そして共同声明の内容は中国にとって歓迎すべきものであったろう。米国による北朝鮮攻撃のオプションは事実上消え、北朝鮮も核・ミサイルを開発しにくくなり、さらにはトランプ大統領から米韓軍事演習中止や在韓米軍撤退を示唆する発言があったからだ。
今回の共同声明は「段階的非核化」を事実上容認する内容になっているが、それはまさに中国が望んでいたものだ。とりわけ、北朝鮮が核・ミサイル開発を凍結する見返りに、米韓が軍事演習を凍結するという「二重凍結」を中国は重視していた。記者会見の席上、トランプ大統領は同軍事演習を「戦争ゲーム」と(北朝鮮の認識に沿った名称で)呼び、その中止を示唆した。在韓米軍と米韓同盟の運用に関わる核心部分が、事前に韓国側と――そればかりか一部報道によると米国防総省のマティス国防長官とも――すり合わせがないまま、北朝鮮との会談後に発表された格好だ。
今後「段階的非核化」の見返りとして、北朝鮮は「在韓米軍の撤退」や「THAAD(終末高高度防衛ミサイル)の撤去」なども求めてくるかもしれない。それは中国にとっても理想的な話であり、その実現のためにも、中国には北朝鮮を支援する価値がある。中国・大連での2回目の中朝首脳会談の際に「米国が望む(核の一括放棄後に制裁解除する)リビア方式に従わなくとも中国は北朝鮮を支援する」といった確約を金正恩委員長は習近平国家主席から受け取っていたのだろう。中国は金委員長がシンガポールへ向かう専用機(中国国際航空)を提供するなど緊密ぶりを印象づけた。

「一帯一路」が朝鮮南端まで繋がる

北朝鮮が今年に入って対話路線に転じた一因は、最大の貿易相手国である中国による経済制裁が一定程度効いたからだとされる。しかし、すでに中朝国境の経済活動(石炭や石油精製品の船舶同士の取引、ブラックマーケット、出稼ぎ労働者の往来など)は元に戻りつつある。
中国は北朝鮮が核実験場などを爆破したことを「非核化に取り組んでいる証し」として、国連加盟各国が北朝鮮に科している経済制裁を緩和する決議案を提出する可能性もある。その際、トランプ政権が拒否権を発動すれば、せっかくの対話ムードが壊れかねない(北朝鮮は「米国が敵視政策を再開した」と反発するかもしれない)。北朝鮮の東西両岸と38度線(南北分断線)を結ぶ「H」型の経済回廊が完成すれば、韓国の経済界にとっても大きなビジネスチャンスが開ける。そして、中国からすれば「一帯一路」が朝鮮半島の南端まで直に繋がることになる。
北朝鮮との交流が進み、中国との経済的結びつきがさらに深まり、米軍のプレゼンスが低下する韓国の状況は、「米韓切り離し(デカップリング)」を狙う中国の地政学的目標と合致する。
もちろん、韓国内では保守派を中心に、そうした展開を危惧する声が強い。また、北朝鮮も、中国の衛星国になることを回避すべく、実は一定程度の在韓米軍のプレゼンスを望んでいるという見方もある。北朝鮮が米国との関係改善を望む理由は、短期的には米国、長期的には北朝鮮を完全に影響力下に置こうとする 中国から身を守るためという見方もあながち的外れではないだろう。

[写真]トランプ大統領は史上初の米朝首脳会談の成果を強調した(ロイター/アフロ)

中国の「シャープパワー」警戒する米国

米国がこうした中国の勢力拡張を警戒しているのは明らかだ。今年1月に公表されたトランプ政権下初の「国家防衛戦略(NDS-2018)」において、米国は中国を(ロシアとともに)既存の国際秩序への脅威となる「修正主義勢力」と位置付けている。海洋(尖閣諸島、台湾、南シナ海)、サイバー、関税、知的財産権など争点は山ほどある。
加えて、最近では、中国やロシアなどの権威主義国家による世論形成プロジェクトを「ソフトパワー」ならぬ「シャープパワー」として警戒する雰囲気が米国内でとみに強まっている。シャープパワーは昨年末に全米民主主義基金(NED)の研究員によって提唱され始めた概念で、相手国を情報操作などによって世論誘導する能力を指す。 中国政府が世界各地で展開している言語文化教育機関「孔子学院」についても、米国内では「プロパガンダ機関」として問題視されており、有力大学を中心に距離を置き始めている。
米国では少し前まで「中国がグローバルな市場経済のなかで発展すれば、次第に民主化が進むだろう」との楽観論があったが、「現実はむしろ民主化に逆行するかのような強権国家化が進んでいる」との失望感や反発が急速に広がっている。私は今年1~3月までワシントンに滞在していたが、米国における対中強硬論や中国警戒論の台頭ぶりは日本で想像していた以上であった。
その一方、TPP(環太平洋経済連携協定)、パリ協定(地球温暖化対策の国際枠組み)、イラン核合意など、多国間枠組みから次々と離脱するトランプ政権は、自らの影響力拡大を狙う中国にとってあながち悪い存在ではない。

中国が日米切り離しを仕掛ける可能性

韓国における米軍のプレゼンスが低下すれば、日本はその中国と対峙する「最前線国家」となり、今まで以上に安全保障上の負担が必要になる可能性がある。そして、中国は「米韓」の次に「日米」の切り離しに照準を合わせてくるかもしれない。
今は北朝鮮について議論しているが、中長期的に見れば、日本にとっても問題の核心は中国なのだと思う。 今は日米同盟を基軸に対応しているが、「米国第一主義」の行方次第では、数年後には、米中の狭間でバランスを取らざるを得ない状況まで押し込まれている可能性もある。

■渡辺靖(わたなべ・やすし) 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など

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