黒鉄 ヒロシ著『韓中衰栄と武士道』について

黒鉄ヒロシは小生が大学時代から漫画を描いていました。風刺の効いたギャグ漫画です。黒鉄氏が認めているように日本は左ブレし過ぎています。GHQの狙い通りと言うか、国民が豊かになる事だけに思いをはせるようになり、心の豊かさを置き去りにしてきたツケが回っていると思います。愛国心なんて誰でも自然に持つものなのに、それを言うと「右翼」と言うのでは、座標軸が左にずれ過ぎだと思います。国歌・国旗に反対する人は、そんなに日本が嫌いなのであれば外国国籍を取ってそちらで暮らせば良いのでは。中国とか朝鮮半島では言論の自由がありませんから、そちらに移って反国歌・反国旗を唱えたらいいと思います。自分の身を安全地帯に置いて、我儘を言うのは成熟した大人の態度とは言えません。

白人優位思想は今でも残っています。表立って人種差別は非難されますが、白人の心の中に人種差別が残っています。白人の驕りでしょう。黒鉄氏の言うように第二次大戦は結果として植民地解放に繋がりました。世界史的な偉業です。白人支配の世界を打破するキッカケになりました。英国のトインビー博士も「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、 むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。 その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。 日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、 過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)」と述べています。別に誇る事でもなく歴史を淡々と眺めれば良いと思います。今の日本は他国の介在により自虐史観が蔓延しています。もっと冷静に事実を解釈しないと。

「無謊無効」は発音は「wu2huang3wu2xiao4」、意味は「嘘でなければ効き目がない」です。如何に中国人と言うのは「騙す人が賢く、騙される人が馬鹿」という社会かと言うのが分かろうもの。「没有共産党就没有新中国」(=共産党がなければ新中国はなかった、中共を讃える革命歌)と言うのをギャグって「没有共産党就有新中国」(共産党がなければ、新中国ができる)と言った人がいましたが、世界の癌の共産党は滅びた方が良い。

韓国とは古田博司氏の言う「非韓三原則」(=『助けない、教えない、関わらない』)で行けばよいでしょう。

指導者の育成は難しい。確かに昔の日本人の凛とした姿を見せる人は絶滅に近いです。黒鉄氏の言う「武士道」こそがその教材かも。新渡戸の「武士道」を英文で読ませるような教育をしたらどうか。岡倉天心と比べそれ程難しくはありません。ローマ時代にも「執政官」制度があり、緊急事態になれば「執政官」が「独裁官」を選んで全権委任し、平時になればまた共和政に戻るという事を塩野七生が書いていました。今の憲法では非常事態に対応できないのは明らかです。

内容

【歴史を、歴死とする策謀】

自国の歴史をなぞると、ナショナリズムだという。

母国語を持ち、その言語に従って構築された民族固有の文化、更に申せば歴史的領土、共通の神話や記憶に対する愛着の同朋意識がナショナリズムである。 定義に従えば、全ての国家はナショナリズムの上に立たざるを得ないではないか。 正確を期そうと点検に励むと、今度は右傾化じゃと騒ぎ出す。 右とか左とか、その方向ではなく、過剰な傾きの角度こそが問題である。 傾き過ぎた理由は何か。

先の戦争に敗れた時、先人達が懺悔したことは可としても、その反応は今にしてみれば過剰に過ぎて異常であったと云う他はない。

日本民族の特性か或いは特異な文化の影響によるものか、その先天、後天の何れの因であるかはさて措き、一旦、部分に問題有りと認めると、比率も度外視して、全体をも否定してしまう癖は大いに問題である。

この癖の角度から立ち上がり、奇妙な踊りとなったのが、村山談話であり河野談話でもある。

また、この癖は、戦後日本を過剰に過ぎる左傾化へと導いた。

この傾き過ぎた角度を、バランスの取れた正常な位置に戻す努力のどこが右傾であるか。 他国と比べても、古来より日本人は歴史に正直過ぎる民族である。

自らが「誠」を重んじるが為に、他国にも、即ち外交上でも、それが通用するものだと信じ、思い込んできた。

外交下手と云われる因は、つい、この誠を信じてしまう純情さに有る。 正直な歴史を採用してしまう動機も同様である。

凡そ他国は歴史を嘘で紡いで平気である。

特に、近隣の二国は、その代表と云える。

自国に対する嘘なら、悲劇となろうが喜劇となろうが内政の領域であるから知ったことではないが、他国に向かうとなれば外政だから、自衛の対象となる。

如何に噓をつこうが、今のところ、真実を知る世界の多くの国は動揺はしていないようだが、先のことは判らない。

歴史で嘘をつく国の狙いは、十年後、いや百年後には、本当になると嗤っている。 ヒトには寿命があることは、嘘つきのニ国も流石に判っているようであるが、記憶も消せるとの考えは始末に負えない。 百歩譲って、先の戦争での結果を功罪相なかば——とする。 無論、罪の部分を正常化するなどの企みは日本人にはない。

功の部分も誇りはしない。

ただ事実があるだけであるが、それすらも、下品なニ国の策謀によって、未来は判らない。

大東亜戦争の結果、地球上にあった植民地が一九五〇年代初頭までにほぼ消滅したという事実。

過度の左傾化と、戦後教育の異様が功を奏したか、日本人の記憶からも消えかけている今、同朋意識と、バトンタッチの義務感から、具体例を記そう。

【竹の中の二つの栄螺】

歴史を一本の竹と考えると、節目のそれぞれは時代の転換ポイントとなり、縦の流れは前段を踏襲し、関係性は過去から未来へと継承されることが判る害だが、ともすれば分断して見てしまうケースが多い。

世界史的にも〈奇跡〉としか思えない我国の明治維新も、前段の節を省いて関連資料ばかりに虫メガネをあてても全貌は見えてはこない。 維新の芽は、竹の節を大航海時代の辺りにまで遡る必要がある。

専らは、スペインとポルトガルの船が運んだ西洋文明が地球全域を蹂躪し、前時代の文明は悉くその阻止に失敗した。

勇猛で鳴らした西アジアを代表するオスマン•トルコとぺルシヤも、この災厄からは逃れられなかった。

南アジアの大国インドは植民地に転落し、東南アジアも隸属を強いられた。

西洋文明が伸ばす爪はアジアの領域に留まらず、アメリカ新大陸も飲み込んで、大量の移民の流入によって植民地となった。

特に悲惨を極めたのはアフリカ旧大陸で、勝手に分割された上に奴隸として各地に売り飛ばされた。

およそ善悪の基準が未だ曖昧、というよりも疑問の余地なく白人至上主義以外は頭になく略奪し、犯し、殺し、押し進む力こそが神も笑覧する当時の西洋の正義であった。

現在に於いても、この思想(?)は完全に払拭された訳ではなく、至る処で首もたげるというに、能天気というか、お人好しというか、歴史知らずというか、もはや過去形と思い込んで世界の各地で事故となって報道される。

さて、当時に於ける我国だが、〈当時〉といっても伊達政宗の時代から江戸末期にかけての節の間隔は広く、長きに亘って日本は鎖国にあった為に外圧による被害の猶予は伸びた・

東アジアでは、十九世紀中頃まで、清国も朝鮮も鎖国下にあった。

蓋を強く締めた大中小のサザエの外側から西洋が激しく叩いて応答を迫る。

西洋のノックにとうとう蓋を開いた清国はアへン戦争に見舞われる。

その後もアロー戦争、清仏戦争と負け続け、国情は乱れるにまかせて、西洋文明に踏み躙られた。

蓋を開けるに際しての清の傲慢な対応など、全体の結果に対してのジャッジには何の影響もない。

非は断じて西洋の側にある。

当初から抵抗なく素直に通商に応じていたとしても、結果は同じところに着地した筈である。

自と他とを、差別で分かたず、区別に留めたとしても、白人優位を信じ込んできた西洋が、有色種に対して成熟した思考に達するには多くの歳月が必要で、当時に於いては夢のまた夢というものであった。

その上の、圧倒的な文明、特に軍事面の差は、相手を圧して何の痛痒も感じなかった。 蓋を締めた大中小のサザエに対するノックの順番は、単についていたという他はない。大のサザエのアヘン戦争の悲惨を、ちょいと蓋の隙間から覗いた日本サザエは飛び上がった。

大サザエと同じ轍は踏まない。

ならば、どうするか、どうすれば良いか。

ここが明治維新の始まりである。

【さても南京騙す誰】

「南京」を辞書で引くと三つ後に「難癖」が出てくる。

中国が南京大虐殺の記録と従軍慰安婦に関する資料をユネスコに「世界記憶遺産」として登録申請したという。

中国の報道局長の説明が振るっている。

「歴史をしっかりと心に刻み、平和を大切にし、人類の尊厳を守る為で、類似の非人道的行為を防ぐ為——」だと言う。

では、中国に問う。

「一口に南京事件といっても、いくつもあるが、何れのことか」 「歴史をしっかりと心に刻」んでいるのなら答えられる筈である。一つは大正ニ(一九一三)年の南京事件。

かつての貴国の袁世凱軍の張勲率いる軍隊が南京の日本人居留民三人を殺害した事件だ。

ああ、コレじゃないのか。では、昭和ニ年の、これまたかつての貴国の蔣介石の北伐軍が南京に入城した際の事件であるか。 日、米、英、三力国の領事館を襲撃して、略奪、強姦の上、多数を殺害した事件か。 え?これでもないのか。なに?もっとスケールの大きいヤツ?犯罪でも嘘でも貴国は何んでもデ力けりや良いようであるな。そうか白髪三千丈の国か。昭和十二年の? そんなことがあったのか?大虐殺?三十万人?へエ、貴国が殺したのか?え? 日本が?しかし、そりゃ可笑しいだろう。終戦直後に、米国のマーシャル元帥が書いた 『戰闘報告書』ぐらい「歴史をしっかりと心に刻む」ことに熱心なら読んでるだろう。肝腎なところだけを抜き出すと「日本は奉天、上海、真珠湾、バ夕―ンに於ける悪逆に対し充分なる償ひをさせられてゐるのであった-」

これはね、自分が負けちまったもので「バターン・死の行進」なんちゃってデッチ上げて責任を回避しようとしたマッカーサーの意を汲んで過大に書かれているにも拘わらず、「南京」の「な」の字もないではないか。何んだ、その本は?同じ本ではないか。ああ、これは三ケ月遅れで別の訳者によって出版されたもので、大急ぎで「南京」を付け加えた改定版だね。

それでも「ナンキン」があるじゃないかって?この子供騙しみたいなカラクリに気付かぬかね。初版は丁寧にも地名を時系列に従って並べているのに、三力月遅れの方は奉天を押し退けて、いきなりに「南京」をトップに据えるミスを犯してしもうた。雑といおうか大慌てといおうか、入れるなら、上海の次が正しい位置じゃないのかね。この事が逆にデタラメさを証明している。

ナニ?細かいことや正しいことより、有りさえすれば良いって?では、三十万を虐殺したと叫ぶ前に当時の南京の人口はどのくらいかね?もし事件があったとしても、その後、日本軍が南京在住の中国人を組織して南京自治委員会を作っておるんだがね。三 十万人も死んで、よく残っていたもんだねえ。

そのすぐ後には、日本軍は大量の米と小麦を有償無償で南京住民に配給しとるんだよ。 このことは、かつての貴国の公文書にもあるから、今更「嘘だ」とは言えないからね。 え?何んだって?「ウーホワンウーシャオ」って何よ。「無謊無効」と書くの?どういう意味かね。「デタラメを言わないと効果がない」?、コリャ、駄目だ、この国は。

【日本が悪い】

韓国の旅客船「セゥォル号」の沈没事件は悲惨の極みであった。

身分を偽ってまで、まっ先に逃げた船長といい、他の乗組員といい、まさか冗談か、でなければ悪意でも無い限り、とても理解できない報告の連続である。 冗談でもなく、悪意でもなく、特性というものを忘れていた。

あの船長、かつての海難事故で日本の自衛艦に救けられたという過去があった。救けさえしなければ、船長として今回の船に乗ることはなかった。 救けた日本が悪かった。船にしても、日本が造った。

安全などお構いなしに、利益優先に改造しまくるお国の性癖を無視してお譲りしたことは思慮を欠いた。

一九七○年の、三百二十六人の死亡者を出した南営号沈没事件でも、定員を三十六人もオーバーした上に百トンの過積載をしていた。

お国は、せっかくの船の空きスペースを「モッタイナイ」と考えるのであろう。 げに倹約のお国柄というか、命よりも金が大事の潔さ。

九三年の二百九十二人が命を落とした西海ペリー号沈没事件もしかり、もはや習慣とも云える定員百四十一人オーバーの上に、安全無視の金優先の命知らずの運航であった。短絡、いや、他国を圧するシンプルな思考法はお国の独擅場といえる。 かくなるお国に、船を譲った日本が悪い。

船長以下、乗組員がまっ先に逃げ出したとお怒りのようだが、そも、お国のトップ達は 歴代に亘って逃げてきたではないか。

清国建国前の満州軍による朝鮮侵攻の際も、報が入るや否や、李朝の仁祖は江華島へと逃げた。第二次日韓協約の際の高宗も逃げた。韓国初代大統領の李承晩も逃げた。遡って、秀吉の文禄、慶長の役に於いても、トップ達は逃げまくった。

お国は、ことあらばトップが逃げ出すという、雅といおうか、奥ゆかしいというか、何んというか、“逃げの美学”のようなものが育まれてきた。如何なるものであれ、他国の文化は尊重されなければならぬ。

逃げと同じく、お国は近代的な「機械」というものを理解したくないという美徳のようなものも守っておられるようだ。

ニ〇〇三年二月の大邱市の地下鉄放火事件。この一件でも「席を離れるな」と指示したあと、運転士はまっ先に逃げて、百九十二人の死者を出した。

思えば、この地下鉄も日本の援助によって出来ている。力量と性癖というものを考えず、 お国にこんな危険なモノを造って差し上げた日本が悪い。 今回の乗客には修学旅行中の学生が多かった。

これも、日本が悪い。

かつて、お国には全土で小学校が四十ほどしかなかったが、これでは中国からの独立は難しいと伊藤博文が、一気に四千校以上に増やした。

お国が英雄とする安重根が、この伊藤を殺した。学校など創って学問を奨励した伊藤を安重根は許せなかったのであろうか。安重根の決断は正しかったのかもしれぬ。

あの時代のまま、全土で小学校の数を四十校ほどに留めておけば、今日のような修学旅行など出現しなかった害だ。

嗚呼、安重根は正しく、伊藤は間違いでありしかや。

いや、お国の独立の為に西郷さんは城山で死に、続く日清、日露の両戦を戦った日本は、 ほんに余計なお世話を焼いたものであった。

日本が悪い。

【日韓、異観、遺憾、イカン】

近年の、異常とも言える中国と韓国の反日を煎じ詰めれば、相互無理解に辿り着く。

近代化の過程の差から価値観を一にしないのだから摩擦が生じて当然ともいえる。

加えてのエネルギーとして「侵略への怨み」と「文化的優越」の二つの思い込みが更に背中を押している。これとて思考のレベルを上げてみると、前者など侵略戦争〈アグレッシブ•ウオー〉の定義すら未だ曖昧だし、後者に至ると根拠すらおぼつかない。

地政学的な近さと、動物的外観の似通いから、日本人は大いなる錯覚に陥っていた。

日本からすれば中国、韓国が、両国からすれば日本が、今や異なる文化圏の住人の如くにみえる。

中国や韓国の考え方の腑分けなど、もう良い。結論はとっくに出てしまっている。 彼等を理解する努力など無駄である。

日本人がこれから先をどうするかに絞った、覚悟の問題について考えた方が良い。

すると孤立するという。

元より、個人レベルはともかく、水と油の関係の国柄で、対立と離反の歴史こそあれ、実は親しく交わった試し無し。

日本人は圧倒的に西欧寄りの考え方を採用してきた。なにやら、明治維新以降に獲得した特徴のように捉える向きもあるが、なに、とっくの昔からアンコの部分は西欧的であったが、包む皮の部分にアジア的な性質があったから、日本人が自らを騙してきたと考えた方が良い。

ここで云う〈西欧〉とは、科学的、合理的な思考のことである。

彼等は当然に自らの考えを正しいと信じ込んでおり、日本人からすれば、まさかと思うようなことも本気である。疑うこともなく、正義だと思い込んだ場合、フォームは固陋する。

ピッチャーに譬えれば、同じフォームから球種の違うボールを投げる進化した夕イプと、あ、コレはストレート、と判ってしまう差。つまり、 フォームから未来の予測がついてしまう。信じられん!悪い冗談であろう、話せば判るのではないか、等と散々学習してきた結果、日本人は彼等の次に打つ手が判るようになった。

ひとつ予測してみる。

ヒントの助走は、韓国での戦時中の徴用工賠償訴訟にある。

日韓請求権協定で「完全かつ最終的」に解決済みであるのに個人請求権は消滅していないのだと、凡そ文明国では有り得ない発想をする。

次に、何をしてくるか。

日韓基本条約が来年で締結五十年を迎える節目を記念して、これを破棄しようとするであろう。これさえ無ければ、もっとふんだくれるとのこれまた短絡的な発想である。つまり〈条約〉とは何かという基本的なところが判っていないのだ。

次に、どうなるか。

ああ、それなら—と日本が主張する。

条約締結時に、日本が置いてきた韓国内の日本の総資産の返還を求め、その後に続く地下鉄の敷設等を含む経済援助も無効になるから、これも請求する。

すると、どうなるか。

彼等は大慌てで条約破棄を引っ込めるであろう。

一事が万事、かくなる次第であるから、小生は一抜けて、お付き合いをご免蒙る。

【武士道に見るリーダー】

意識するしないに拘わらず、ヒトの目的はおしなべて全てのジャンルに於いてオーソリテイとなることだが、よほどの誇大妄想家でもなければすぐ様に無理であることを悟る。一芸でも奇蹟に近いのに、全てのジャンルに於いてなど、元より神か悪魔の領分の発想である。

歴史に名を残すヒトとは、結果的にはなにかしらのオーソリテイであったわけで、なかには二つも三つも兼ねるタイプもいるが、それでも全ジャンルに比較すれば、ごくごく部分にすぎない。このトップグル—プから時代を、延いては一国を率いるリ—ダーが出現するのであろうか。

<リーダーシップ〉なる言葉が軍事用語であることを識れば、その人材を見つける角度は自ずから見えてくる。<権力>、<経済>、<理論>、<社会>、<芸術>、<宗教>の六つがヒトが求める価値観だが、軍人が属する<権力>の部から〈リーダー〉なる言葉が飛び出した理由。

他の部の代表では資質に弱点有りと気付いていたからである。 関東大震災に於ける後藤新平と、東日本大震災での菅直人の対応の差。 ヒトとしての能力と熟度はさておいてその差は、時代による強権の許され方にある。 その、後藤新平にしても、死者十万人を数えた明暦の大火での保科正之の水際立った処理能力には遠く及ばない。

後藤と保科の能力と熟度が同等だと仮定すると答えはどうであろう。

未曾有の天災、 或いは戦争のような人災的異状事態こそ、リーダーの出番であるが、もはやキャラクターはニの次で、制度の問題であることが判る。 世界史に名を残す多くのリーダー達が封建制度の元に出現している不思議。

封建制度のアナクロな部分も学習した後世の我々は、平時では民主主義を採用し、非常時には特例として特権を許されたリーダーをと、選択できるシステムに切り換えるのがヒトの“知”と思うのだが、前段としてまずもって支える民衆の成熟した理解カが肝要となる。

リーダ—の出現する構図は入れ子、もしくはピラミッド型となっており、その才能の期待は、理解力を高める民衆教育によってかなえられる。

江戸時代に於ける我国の教育システムは、ヒトが採用できる理想と云える程の高みにあった。トップダウンの強権を持つ封建制度の構図にしか許されない景色であろうか。 先述の如く、民衆が成熟し理解しさえすれば今日にも可能なのだが、その為の教育がと、堂々巡りした揚句、振り出しへと戻される。

残る手は、日本中で息も絶え絶えに散らばる武士道の残滓を掻き集めること、すなわち本の中に探す他ない。