1/12産経ニュース【阿比留瑠比の視線】 「米国の傲慢な歴史修正 戦勝国は全てを正当化、敗戦国は我慢…もつわけがない」記事について

日本人が戦後アメリカから刷り込まれた侵略主義について、如何にいい加減だか分かる記事です。文芸春秋の堤堯だったと思いますが、「アメリカの3大原罪としてインデイアンの虐殺、黒人奴隷、原爆投下(1/12にローマ法王は「1945年8月6日、われわれは人類史上、最も恐ろしい惨事の一つを目撃した」と言っております)」と言っていた気がします。スペインとポルトガルによる世界2分割を目指した「トルデシャリス条約」、イギリス等による重商主義、ヨーロッパ諸国による殖民地争奪となった帝国主義等、日本を侵略者として非難するのであればまず「自らを顧みよ」と言いたい。サキ報道官が「河野談話や村山談話を引き継ぐように」なんて話すのは内政干渉も甚だしい。後で訂正しても遅すぎです。結局アメリカは過去自分たちがやってきたことを事実に基づき冷静に見られないということでしょう。歴史の見直しをしようとするとすぐ「歴史修正主義者」の烙印を押し、言論を封殺しようとします。国益が絡むからと思っているのかも知れませんが、アメリカの弁護士と同じく「勝てば官軍、正義の実現よりはどんな手段を使ってでも」という発想に近い。野心に忠実なのがアメリカ人なので。岡倉天心の『日本の覚醒』の中の『白禍』を取り上げていますのは、彼らの欺瞞を暴こうと思っているからです。しかし、日本はルメイに航空自衛隊創設のお礼として勲章まで与えるのですから何をか況やですが。戦後日本人が如何に誇りを失ったかの典型です。

記事

戦後70周年を迎える平成27年は、歴史認識をめぐる「歴史戦」の年になる。米紙ニューヨーク・タイムズなどは早速、日本の保守勢力に「歴史修正主義」のレッテルを貼ってきたが、戦勝国の立場にあぐらをかき、歴史を修正してきたのはどちらか-。

 そんなことをぼんやり思いながら昨年末の休暇中、高校書道部を舞台にした漫画「とめはねっ!」(河合克敏著)を読んでいて、思わず息をのんだ。

 作中、見開きで大きく紹介されていた昭和20年3月10日の東京大空襲を題材にした元教師の書家、井上有一氏の書「噫(ああ)横川国民学校」(群馬県立近代美術館所蔵)があまりに衝撃的だったからだ。

 「アメリカB29夜間東京空襲 闇黒東都忽化火海 江東一帯焦熱地獄」「親は愛児を庇(かば)い子は親に縋(すが)る」「全員一千折り重なり 教室校庭に焼き殺さる」「噫呼何の故あってか無辜(むこ)を殺戮(さつりく)するのか」「倉庫内にて聞きし親子断末魔の声 終生忘るなし」

 書幅いっぱいに埋め尽くすように書かれた文字は、積み重なり、苦しみながら焼き殺された人々に見える。自身は一命を取り留めたものの教え子を失った井上氏が、血涙で書いたかのような印象を受けた。

約10万人が死亡した東京大空襲は、非戦闘員の殺傷を目的としており、もとより国際法違反である。米田建三・元内閣府副大臣の調査によると、東京大空襲の「作戦任務」(同年3月9日付)の目標は、軍事施設ではなく「東京市街地」と明記されている。最初から一般住民を標的にしていたことは明らかなのだ。

 また、東京大空襲・戦災資料センターが東京都から寄贈された被害者の名簿3万人分のうち、年齢が分かる人について調べた結果がこの空襲の性質を表している。

 それによると、被害者の年齢層で最も多いのは0~9歳の20%で、次いで10~19歳の18%だった。実に4割近くが未成年だったのである。これは通常の戦争遂行行為ではなく、米軍による子供の大量虐殺(ジェノサイド)にほかならない。

 しかも米国は戦後、こうした自らの罪を日本人の目から隠そうとした。明星大戦後教育史研究センターの勝岡寛次氏の著書「抹殺された大東亜戦争 米軍占領下の検閲が歪(ゆが)めたもの」(明成社)によると、連合国軍総司令部(GHQ)は検閲で、例えば米軍の東京大空襲での国際法違反行為を指摘したこんな文章を削除した。

 「無辜の一般市民に対して行へる無差別的爆撃、都市村邑(そんゆう)の病院、学校、その他文化的保護建物の無斟酌(しんしゃく)の破壊、病院船に対する砲爆撃等、計(かぞ)へ来らば例を挙ぐるの煩に堪へぬほど多々あつた」(信夫淳平氏「我国に於(お)ける国際法の前途」)

「米国は原子爆弾と中小都市焼爆で日本全土を荒廃し数百万人の非戦闘員を殺傷せしめた」(石原莞爾氏・宋徳和氏対談「満州事変の真相」)

 米国は、自分に都合の悪い歴史は堂々と修正し、歴史から抹殺しようとしてきたのである。当時、日本に対する空襲について「史上最も冷酷、野蛮な非戦闘員殺戮の一つ」(ボナー・フェラーズ准将)と自覚していたのは間違いない。

 焼夷(しょうい)弾を使用した夜間無差別爆撃に踏み切ったカーチス・ルメイ少将の下で、作戦計画作成に当たったロバート・マクナマラ元国防長官は記録映画「フォッグ・オブ・ウォー」(2003年公開)の中でこう赤裸々に証言している。

 「ルメイも私も戦争犯罪を行ったのだ。もし、負けていればだ」

 だが、戦勝国は全部を正当化し、敗戦国はすべてを我慢するなどという状態が70年以上ももつわけがない。米国は傲慢になりすぎない方がいい。(政治部編集委員・あびる るい)

 

1/13奥山真司氏メルマガ【アメリカ通信】「私はシャルリー・エブドではない」より

地政学者で国際政治をリアリズムに基づいて見る奥山氏のメルマガが送られて来ましたので紹介したいと思います。今回のフランスで起きたテロ事件の論評ですが、小生が言ってきたことと同様、「表現の自由」にも節度があるということです。NYタイムズは大西哲光、田淵広子(在日と噂されていますが)両記者のようにリベラルを装って日本のデイスカウントをやる偏った記事をレポートするのが多いですが、ディヴィッド・ブルックスは違うようです。

テロを賞賛する人はいないと思います。ボコハラムのように少女を拉致誘拐し自爆テロさせる、またはレイプして性奴隷とすることは神も許さないと思います。イスラム教をわざと曲解した単なるテロリストでしょう。一般の敬虔なイスラム教徒とは区別して考えるべきです。他者の信仰する神や預言者を冒涜するのは許されません。フランスで300万人のデモがあったと言いますが本記事のようにテロのことだけでなく他者の痛みにも斟酌する人が現れてほしかったと思います。この件ではアメリカの方がバランスが取れています。小生の言ったように「ヘイトスピーチ」扱いにしますので。

記事

おくやまです。

NYタイムズ紙の保守派、ディヴィッド・ブルックスが、今回の一連のフランスのテロ事件についてかなりまともなことを書いておりましたので、その記事の要約を。

この記事は、今夜の生放送でもとりあげます。(http://live.nicovideo.jp/gate/lv205842882)

一般的な日本人の感覚として、「他の宗教の開祖を馬鹿にするのはやっぱまずいようねぇ」という感覚があるわけですから、どうも300万人以上でデモする感覚というのは理解しがたいのかと。ただし「発言の自由」というのも彼らが長年血を流して獲得してきた、ある一面では自分たちの宗教よりも大切な「世俗的な宗教」の原則(クリード)ですから、見方によれば両方とも思想・イデオロギーの対立という意味では一緒かと。

向こうの知識人は一様に否定してますが、ここではやはり「文明の衝突」という要因が大きいですね。

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「私はシャルリー・エブドではない」   by ディヴィッド・ブルックス

  • シャルリー・エブド誌のジャーナリストたちは言論の自由の「殉教者」として祝福されるべき存在であることは間違いない。だが、この事実だけは言っておくべきだ。
  • もし彼らが過去20年間においてあのような風刺的な新聞をアメリカの大学のキャンパスで出版しようとしたら、即刻出版禁止であろう。学生や教官たちも、彼らをヘイトスピーチだとして非難するはずだ。大学は彼らの予算をカットして閉鎖に追い込むことになる。
  • パリでの事件にたいする大衆の反応を見てみると、多くの人々がフランスのイスラム系テロリストたちの考えを攻撃した人々のことを不相応に特別扱いして賞賛しているが、その彼らも自分たちの考えに攻撃してくるような発言をする人々にたいしては非寛容だといえる。
  • その一例が、ごく小さな規模で行われている大学のキャンパスでの攻撃にたいする反応だ。
  • たとえばイリノイ大学はローマ・カソリックのホモセクシャルについての見解を教えた教授を解雇している。カンザス大学は全米ライフル協会にたいしてツイッターに厳しい意見を書いた教授を停職にしている。ヴァンダービルト大学は「キリスト教徒がリーダーになるべきだ」と主張したキリスト教団体を不認可にしている。
  • アメリカは預言者モハンマドを馬鹿にした漫画を掲載したシャリル・エブド誌を勇気があるとして賞賛するかもしれないが、元イスラム教徒で無神論者のアヤーン・ヒルシ・アリのスピーチを拒否することが多い。
  • よって、今回の一件は教訓を得るチャンスかもしれない。パリで殺害された漫画家や編集者たちによってわれわれはショックを受けたが、同時にわれわれは、アメリカ国内の議論を呼ぶ人物や扇動家、そして風刺家たちへの対処の仕方について、もっと非偽善的なアプローチを考えるべきであろう。
  • まず最初に言うべきことは、われわれのほとんどが「私はシャルリー・エブドだ」と主張するのは誤りであるということだ。そもそもわれわれのほとんどは、あの雑誌が得意としていたような意図的に不快感を生むような類のユーモアを楽しむような人間ではない。
  • もちろんわれわれが13歳であったら、「ブルジョアを倒せ」といいながら権威に立ち向かって、他人の宗教的信条を馬鹿にすることは「大胆不敵だ」として賞賛されるかもしれない。
  • ところが年をとると、それは幼稚なことに思えてくる。われわれのほとんどは、現実がより複雑なものであるという見方をするようになるし、他者を許せるようになってくるものだ(とくに自分自身の馬鹿さ加減に気づくようになると、人を馬鹿にすることはそれほど楽しいものではなくなる)。
  • われわれは他者が信じている信仰や考えにはささやかな尊敬をしようと努力するようになるものであるし、それを侮辱するよりも相手の言うことを聞いてみようとするものだ。
  • ところが同時にわれわれのほとんどは、扇動者や目立った風変わりな人物が、実に有益な公的な役割を果たすことも知っている。
  • 風刺家や嘲笑家たちはわれわれが誇りを感じているときにもわれわれの弱さやうぬぼれを暴き出すものだ。彼らは成功者の慢心に釘を刺すのである。彼らは最底辺を持ち込むことによって、社会の不平等の凸凹をならしてくれるのだ。
  • うまく効果を発揮すれば、笑いはわれわれの共同体的な短所の問題を解決してくれることになる。笑いというのはわれわれが連帯感を感じることができる究極の経験だからだ。
  • さらにいえば、扇動家や嘲笑家たちは、原理主義者たちのバカらしさを暴くものだ。原理主義者というのはすべてを文字通りに受け取る人々のことであるが、多面的なものごとの見方をできない。彼らは自分たちの宗教が最も崇高だと考えつつも、ほとんどの宗教が一種奇妙なものであるということを理解できないのだ。
  • 嘲笑家たちは、自分たちのことを笑えないような人々の存在を暴き、その周囲のわれわれにたいしてそれを笑うべきものであると教えるのだ。
  • 端的にいって、扇動家や嘲笑家たちのことを念頭に考えると、われわれは最低限の礼節やリスペクトというものを維持したい。ところが、同時に良いマナーや嗜好というものに左右されない、クリエイティブで挑発的な人間たちが活動する場というものものつくっておきたい。
  • このような微妙なバランスを法律や放送コード、それに出演禁止などで崩そうとすると、それは結局あからさまな検閲や、何も言えないような空気を生むことになるだけだ。スピーチを規制したり、演説の内容を規定したり、演者を拒否したりするのは、常に誤りである。
  • 幸運なことに、社会マナーというのは法律や規定などよりははるかに柔軟なものであり、ほとんどの国は礼節や尊敬についての基準をうまく維持しつつ、面白くて下品で挑発的な人間が発言できる場を与えているものだ。
  • ほとんどの国の社会では、大人のテーブルと子供のテーブルがわけられている。ル・モンドのようなエスタブリッシュメントの新聞などを読む人は大人のテーブル、道化師や芸人、それにアン・クールターやビル・マーのような人々は子供のテーブルだ。
  • 彼らは完全な尊敬を勝ち得るわけではないが、それでも彼らの無鉄砲な姿勢からその発言を聞いてもらえるのだ。彼らは時として、誰も言わないが言う必要があることを言うのだ。
  • いいかえれば、健全な社会というのは、発言を抑制せずに、様々な人に様々なことを言わせることができる社会のことだ。
  • 懸命で思いやりのある学者は高い尊敬と共にその発言を聞き入れられる。嘲笑家たちは困惑したような半分の尊敬によってその発言を聞かれる。そしてレイシストや反ユダヤ主義の人間たちは、非難や憎悪というフィルターを通して聞かれることになる。
  • このようなフィルターがいやな人間は、彼ら自身の行為をあらためる必要があるのだ。
  • シャルリー・エブド社での虐殺事件は、スピーチの規制を終わらせるチャンスとしなければならない。そしてこの事件は、われわれに法律的には攻撃的な声には寛容ながら、社会的にはそれを許さないような姿勢が大切であることを思い起こさせるべきなのだ。

岡倉天心『日本の覚醒』を読む-1

本日から3回に亘り岡倉天心の『日本の覚醒』の中の『白禍』をお届けします。これがアメリカで出版されたのが1904年ですので日露戦争が勃発した年です。脱稿した時点ではまだ戦争の決着はついていませんでした。大国ロシアを相手に優勢に戦う日本への警戒、黄禍論が出てきた時代背景がありました。それに対し日本の立場と文化を西洋に理解してもらおうと流暢な英語で書かれた本です。天心の3部作は全部英語で書かれ、『日本の覚醒』の他に『東洋の理想』『茶の本』とありますが、どれも難解です。鈴木大拙や新渡戸稲造の英語の方がはるかに分かり易いです。文章が長いうえに難しい単語が使われているためです。福井藩が横浜に生糸を扱う貿易商店「石川屋」を作り、父覚右衛門を赴任させました。7歳の時から英語塾に入ったため英語はペラペラでしたが、漢籍の修養も積みました。東大卒業後、文部省の役人となり、フェノロサの通訳兼日本美術の調査をし、東京美術学校(現芸大)を設立、後に校長となるも内紛で追い出され、日本美術院を谷中に作って、大観、春草、観山達と行動を共にしました。その後、茨城県北茨城市に六角堂を建て、門下生の育成に励みました。朦朧体も天心の命を受け、大観、春草らが開発したものです。大観は天心を評して「あんな大きい人はいなかった。もうああいう人は生まれてこないだろう」とまで言っているのをTVで見ました。昔のエリートと今のエリートの違いです。

英語と日本語とを載せていますので、英語の苦手な方は英語は飛ばして日本語だけ読んでください。でも英語を訳し訳し読むと天心が何を考えていたか頭に残ります。今回はその一回目。西洋の宣教師が軍事侵攻の先兵として来、西洋は東洋を餌食と考えていたことを見抜いていました。「西洋の言う進歩とは何ぞや。私利私欲のためであるなら進歩を自慢することはできない。大きいだけでは真の偉大さとは言えない。」と。

THE WHITE DISASTER

To most Eastern nations the advent of the West has been by no means an unmixed blessing. Thinking to welcome the benefits of increased commerce, they have become the victims of foreign imperialism; believing in the philanthropic aims of Christian missionaries, they have bowed before the messengers of military aggression. For them the earth is no longer filled with that peace which pillowed their contentment. If the guilty conscience of some European nations has conjured up the specter of a Yellow Peril, may not the suffering soul of Asia wail over the realities of the White Disaster.

To the mind of the average Westerner it may seem but natural to regard with feelings of unmingled triumph that world of to-day in which organization has made of society a huge machine ministering to its own necessities. It is the rapid development of mechanical invention which has created the present era of locomotion and speculation,a development which is working itself out into various expressions, as commercialism and industrialism, accompanied by a tendency toward the universal occidentalization of etiquette and language. This movement, resulting in a rapid expansion of wealth and prestige, originated in a profound realization of the glory of manhood, of comradeship, and of mutual trust. The restlessness that constantly moves its home from the steamer to the hotel, from the railway station to the bathing resort, has brought about the possibility of a cosmopolitan culture. The nineteenth century has witnessed a wonderful spread in the blessings of scientific sanitation and surgery. Knowledge as well as finance has become organized, and large communities are made capable of collective action and the development of a single personal consciousness.

To the inhabitant of the West all this may well be food for satisfaction; to him it may seem inconceivable that others should think differently. Yet to the bland irony of China the machine appears as a toy, not an ideal. The venerable East still distinguishes between means and ends. The West is for progress, but progress toward what? When material efficiency is complete, what end, asks Asia, will have been accomplished? When the passion of fraternity has culminated in universal co-operation, what purpose is it to serve? If mere self-interest, where do we find the boasted advance?

The picture of Western glory unfortunately has a reverse. Size alone does not constitute true greatness, and the enjoyment of luxury does not always result in refinement. The individuals who go to the making up of the great machine of so-called modern civilization become the slaves of mechanical habit and are ruthlessly dominated by the monster they have created. In spite of the vaunted freedom of the West, true individuality is destroyed in the competition for wealth, and happiness and contentment are sacrificed to an incessant craving for more. The West takes pride in its emancipation from medieval superstition, but what of that idolatrous worship of wealth that has taken its place? What sufferings and discontent lie hidden behind the gorgeous mask of the present? The voice of socialism is a wail over the agonies of Western economics,—the tragedy of Capital and Labor.

But with a hunger unsatisfied by its myriad victims in its own broad lands, the West also seeks to prey upon the East. The advance of Europe in Asia means not merely the imposition of social ideals which the East holds to be crude if not barbarous, but also the subversion of all existing law and authority. The Western ships which brought their civilization also brought conquests, protectorates, ex-territorial jurisdiction, spheres of influence, and what not of debasement, till the name of the Oriental has become a synonym for the degenerate, and the word “native” an epithet for slaves.

白禍

多くの東洋民族にとって、西洋の到来は、まったくの幸福とはけっしていえなかった。彼らは、通商の増大を歓迎する気でいるうちに、異国の帝国主義の餌食になってしまった。彼らは、キリスト教宣教師の博愛的な目的を信じて、この軍事侵略の先ぶれに頭を垂れてしまった。彼らにとって、この地球はもはや、枕を高くして眠っておれる平和な場所ではない。 ヨーロッパ諸国民の罪悪感が黄禍の幻影をよびおこしたとするならば、アジアの苦悩する魂が白禍の現実に泣き叫ぶのは、当然ではなかろうか。

一般の西洋人にしてみれば、社会を組織化し、みずからの必要に奉仕する巨大な機械にかえてしまった今日の世界を、勝利感をもって眺めるのは、まったく当然のことかもしれない。機械的発明の急速な発展は、現在のような交通と投機の時代をつくりだし、この発展は.風俗や言語の西洋化傾向をともないながら、商業主義、工業主義など、さまざまの表現と なってあらわれている。国富と国威の急速な伸張をもたらしたこの動きは、もとはといえば 、人間性、友愛、相互信頼の栄光の自覚に由来するものであった。汽船からホテルへ、停車場へとたえずわが家を移す落着きのない生活は、世界主義文化の可能性をもたらした。十九世紀に、科学的公衆衛生と外科医術のめざましく普及した。経済とともに知識も組織化され、国家社会が集団的行動をとり、単一の意識を発展させることを可能にした。

西洋の住民にとって、これらすベては満足の種であろう。彼らには、それとちがった考え方をするものがいようなどとは、想像もできないことかもしれない。だが、中国のおだやかな逆説ヒよれば、機械は玩具であって、理想ではない。古き東洋は、今なお手段と目的とを区別する。西洋は進歩を信じているが、いったい、何にむかっての進歩であろうか?アジ アは尋ねる——完全な物質的能率がえられたとして、そのとき、いかなる目的がはたされたというのであろうか?友愛の熱情がたかまり、世界の協力が実現されたとして、そのときそれは何を目的とするのであろうか?もしそれが、たんなる私利私欲であるならば、 西洋の誇る進歩は、はたしてどこにあるのか?

西洋の栄光には、不幸にしてこの裏面がある。大きいだけでは、真の偉大ではない。贅をつくした生活が、すなわち文化であるとはいえない。いわゆる近代文明を構成する個人は、機械的慣習の奴隸となり、みずからがつくりだした怪物に容赦なく追いつかわれている。西洋は自由を誇っているが、しかし、富をえようと競って、真の個性はそこなわれ、幸福と満 足はたえずつのってゆく渴望の犠牲にされている。西洋はまた、中世の迷信から解放されたことを誇っているが、富の偶像崇拝にかわっただけのことではないのか?現代のきらびやかな装いのかげにかくされている、苦悩と不満はどうなのか?社会主義の声は、西洋経済の苦悶—資本と労働の悲劇——の声にほかならない。

ところが、その広大な地域で無数の犠牲者を出してもなお満足せず、西洋は、東洋までも餌食にしようとしている。ヨー ロッバのアジア進出は、東洋にとって、野蛮でないにしても粗雑としか思えない社会思想のおしつけであるばかりか、現存のあらゆる法と秩序の破壊を意味する。西洋文明をもたらした彼らの船は、それとともに、征服、保護領、治外法権、勢力圏、その他さまざまの悪しきものをはこんできた。そしてついには、東洋といえば退化の同義語になり、土着民といえば奴隸を意味するにいたった。

1/11日経『欧州に反移民の火種 反イスラム感情、極右が利用』『EU、域外から年100万人超 貴重な労働力に』記事について

1/11TV「報道2001」でフランスのテロ事件で、フランス人が解説し、週刊紙シャルリエブドの編集長兼風刺漫画家ステファン・シャルボニエのことを「日本で言えば宮崎駿のようなもの」と言っていましたが、違うと思います。宮崎駿は人の感情を害するようなアニメは作っていません。風刺漫画と言えども節度はあるべきで、彼は超えてはならない一線を越えていると思います。だからと言って殺戮されることはありませんし、犯人及びテロは許されません。本来風刺とは他人を傷つけるのではなく、見た人が「クス」と笑えるものであったはずです。江戸時代の判じ絵のようなものです。機智に富んだものこそが歓迎されるべきです。言論の暴力は許されません。人間の欲情に訴えれば猥褻物・売春と同じく需要があるので売れるでしょう。キリスト教もイスラム教も一神教で「絶対者への帰依」では同じであって、預言者が違うだけではないかと一神教でない人間は思うのですが。キリスト教のネストリウス派は「キリストは神性と人性において2つの位格を持つ」と言って異端扱いになりましから、キリストは預言者ではなく神と思って信仰している人が多いのかもしれませんが。

移民には反対です。日本を愛せない反日を刷り込まれた人たちがたくさん入ってくれば、日本が日本でなくなってしまうからです。記事中に「移民は人口減を解決し、税や社会保障の担い手となる。移民の受け入れの是非を問う時代はとっくの昔に終わり、欧州は移民とともに生きる選択を下したはずだ。」とあるのは典型的な左翼リベラルの発想です。グローバリズムが正しいと思っているようですが、それは経済的観点からのみ見ているのであって安全保障について考えていません。ドイツはトルコ人を労働力として受け入れ、アメリカのリンカーンの黒人奴隷解放も北部の工業化で南部黒人の労働力が必要だったからという面もありました。単純に人が足りない、人口こそ経済力という発想では国を危うくします。現実に日本では「税や社会保障の担い手」になるのでなく、「生活保護」を受ける目的で入ってくる人もおります。法の不整備と運用のまずさが原因ですが。その国の文化・伝統・習俗(=生活様式)を尊重=「入郷随俗」できないのであれば、帰国して貰うべきです。マスメデイアは「人類愛」を常に謳い上げますが、自分で体を動かす、自分で金を出すようなことをしません。常に「他人の褌」を利用しようとします。極右という表現は彼らが極左だからそう見えるだけで、フランスの「国民戦線」は「移民反対」を主張しているだけです。勿論、金美齢女史や石平氏のように日本人以上に日本を愛してくれる人であれば帰化は大歓迎です。反日に徹する共産党、社民党、民主党に投票する日本人も多様な価値観の尊重と言う面では「仕方がない」と思いますが、良く彼らの言動を調べてからにしてほしい。中国共産党、北朝鮮(朝鮮総連)、韓国から支援を受けていますから。

フランスの国民戦線はEU議会選でフランス国内の25%の支持を集めました。フランス人の25%は極右と言うのでしょうか?メデイアの都合が悪いことは報道しないだけです。良く斟酌しませんと。小生宛送られて来ました阪急交通社の「トラピクス新春号」には中韓観光は入っていませんでした。国民が受け入れなくなってきていることを会社も実利で判断し出したということでしょう。

『欧州に反移民の火種 反イスラム感情、極右が利用』

【ベルリン=赤川省吾、パリ=竹内康雄】パリの連続テロは9日、発生から50時間あまりで実行犯3人が当局に射殺される形で幕を閉じた。だが、移民出身のイスラム過激派が多くの死傷者を出す事件を引き起こしたことで、欧州社会には深い爪痕が残った。急増する移民は経済成長をもたらす半面、文化摩擦の火ダネとなりかねないもろ刃の剣。事件の再発防止のためにも社会との融合をどう探るかが改めて課題となる。

 週刊紙シャルリエブドの銃撃事件が起きると、仏野党で極右・国民戦線のルペン党首は水を得た魚のように動き始めた。

 「イスラム過激派との戦争に入る」。8日、仏テレビの取材に「戦争」という言葉を使ってまで過激派を徹底的に取り締まるべきだと主張。翌9日にはオランド大統領と面談し、「こうした議論を取り上げるのが我が党だけなのは嘆かわしい」と毒づいた。

 フランスでは2017年に大統領選が控える。増える移民に不安を持つ保守層や、現状への不満を外国人にぶつける低所得者の票が目当てなのは明らかだ。

 社会にくすぶる反イスラム感情をあおる動きは欧州各地に広がる。

 ドイツで外国人の排斥を訴える組織「ペギーダ」は12日に大規模デモを計画。2月には運動をウィーンに広げるという。

 メディアがテロの標的となり、欧州の基本的な価値観である「報道・表現の自由」が危機にさらされたと欧州社会は受け止める。イスラム系住民は欧州の価値観を尊重していないのではないか――。そんな不安の高まりに乗じて極右が支持を広げようとしている。

 だが反移民の動きが燎原(りょうげん)の火のごとく燃え広がり、「欧州社会と移民の対立」に発展するのを止めようとする動きもある。

 独紙フランクフルター・アルゲマイネは10日、1面でイスラム教自体を敵視するのはやめるべきだと主張。独ハンブルクのイスラム教の宗教指導者は地元テレビにテロを非難する声明を出した。

 一部のイスラム系の若者が過激派に走るのは、経済格差とともに、欧州社会から疎外されているとの受け止めが底流にある。反移民感情の火ダネを完全に消すためには、移民が職を得るチャンスを高めること。幼年期からの教育を充実させ、採用段階での差別をなくし、相互理解を促すことも必要だ。

 黄禍論や反ユダヤ主義、あるいはロマへの差別など欧州には「文化への脅威」あるいは「異分子」という口実で少数派を排斥した苦い経験がある。第2次大戦前、ポルトガルからフランスに渡った移民は差別に苦しみ、ドイツでは戦後、イタリアの労働者が色眼鏡で見られた時期もあった。文化の違いが大きい域外からの移民の融合には時間がかかる。

 移民は人口減を解決し、税や社会保障の担い手となる。移民の受け入れの是非を問う時代はとっくの昔に終わり、欧州は移民とともに生きる選択を下したはずだ。

 オランド仏大統領は「(今回の犯行は)イスラム教とは無関係」と語った。メルケル独首相も反イスラム運動を批判する。移民を取り込んだ新しい社会を作れるかどうかに欧州の未来がかかる。

『EU、域外から年100万人超 貴重な労働力に』記事

【パリ=御調昌邦】欧州連合(EU)は近年、域外から年間110万~140万人台の移民を受け入れている。EUは移民が無ければ人口が減少し始める見通しとなっており、長期的には貴重な労働力としても期待される。

 EUの執行機関である欧州委員会が昨春にまとめた資料によると、EUから出て行った人を差し引いた移民の純増数は年間50万~70万人台。EU内に居住する域外の国籍を持つ人は2千万人強で、人口の約4%を占める。

 出身国別ではトルコが最も多く、2位はモロッコ。10位以内にはパキスタンも入っている。仏紙襲撃事件が起こったフランスでは、旧植民地であったアルジェリアやモロッコなどからの移民が多数を占める。

 近隣国に比べて裕福なEUへの移住希望は強く、2012年には約70万人がEUの市民権を得たほか、移民や難民の2世なども増えている。

 EUでは将来、高齢化に伴ってサービス業や運輸などを中心に労働力不足が深刻になるとみられ、労働力を確保するために移民を受け入れてきた。EUの共通移民政策の下で、合法的な移民に対しては社会に適応できるような政策を進める一方、違法移民については取り締まりを強化している。

process of imigrant in eu imigrant in europe

 

1/10日経『中国消費者物価5年ぶり低水準 緩和期待で株価急騰 実体経済に資金回らず』記事等について

下記の2つの記事から、中国の金利引き下げは実体経済にプラスにはなっておらず、お金が不動産でなく株に向かっているというもの。でもグラフを見ると卸売物価が下がっているので、消費者物価もいずれ下がるとなると、インフレを起こして、債務を軽減する政策とは合わなくなります。経済主体合計で21兆も債務があるのでインフレ策しか打てません。

しかし、中国国内、海外の競争が激しいので企業は価格を下げてライバル潰しを図ります。これが卸売物価下落の要因です。今に始まったわけではありませんが。売れないと苦しいし、技術に差がないために価格に頼ります。不動産も企業間で転売し、価格を吊り上げようとしても理財商品のデフォルトを考えると購入できません。それで株式に回っているとしても海外からの資金が入ってきて市場を攪乱しているのかどうか。上海市場が小さいため、少し資金を入れると敏感に反応するのかは門外漢で分かりませんが。どちらにしろ、中国への投資は避けた方が良いし、既に投資した分は早く回収するようにした方が良いと思います。

記事

【北京=大越匡洋】中国の2014年通年の消費者物価指数(CPI)の上昇率は2.0%で、5年ぶりの低水準になった。景気の減速を映し、経済の「体温」である物価の伸びは鈍い。金融緩和で景気を下支えする余地は広がったが、追加緩和への期待から株価が急上昇する投機的な動きは根強い。実体経済に資金がなかなか行き渡らないひずみも目立つ。

住宅市況の冷え込みが景気減速の起点に(北京の開発現場)=ロイター

中国国家統計局によると、CPIは14年9月以降、4カ月連続で1%台半ばの低空飛行が続いた。14年通年ではリーマン・ショック直後の09年(0.7%下落)以来の低い伸びとなり、13年と比べても上昇率は0.6ポイント鈍った。中国政府が14年の抑制目標として想定していた「3.5%」を大きく下回っている。

デフレ状態ともいえるのが企業間の取引だ。卸売物価指数は14年12月に前年同月比3.3%下落し、前年比マイナスが3年近く続く。14年の深刻さは、前月比でみるとさらにはっきりする。13年までは前月より卸売物価が上昇する月もあったが、14年は一貫して前月の水準を下回り続けた。

深圳が地盤の不動産開発会社、佳兆業集団は14年12月末が期限だった銀行融資を返済できなかった。ほかの借入金や債券についても債務不履行(デフォルト)の可能性がある。住宅市況の冷え込みをきっかけに景気の減速感が強まり、企業の資金繰りに波及した格好だ。

経営状態の悪い企業の淘汰は、中国がより効率的な産業構造をめざすうえで必要な痛みだ。だが、連鎖倒産を招けば、景気全体が腰折れしかねない。中国人民銀行(中央銀行)は14年11月、ほぼ2年4カ月ぶりに利下げし、同年末には銀行の預金と融資の比率に関する規制も緩和した。中小企業や民営企業の資金調達難を和らげる狙いだ。

ところが、人民銀の思惑通りの効果が出ているとは言いがたい。企業業績が低迷しているにもかかわらず、上海株式市場の上海総合指数は人民銀の利下げ後に上昇ペースを急激に速め、最終的に14年の通年の上昇幅は50%を超えた。年明け以降も3300前後と約5年ぶりの高値圏を維持している。

長引く住宅価格の下落で行き場を失った投機資金が、追加の金融緩和など政策への期待から株価を押し上げた形だ。一方で、重慶市の中小企業経営者は「銀行融資の金利はなかなか下がらない。逆に理財商品の運用利回りが低下し、手元資金は苦しくなった」と話す。

市場では「3月までに預金準備率の引き下げがある」(ANZ銀行)と追加の金融緩和を予想する声は多い。増えたマネーが実体経済にうまく回るかどうかが中国景気の安定を左右しそうだ。

china wholesale price

1/8産経ニュース 石平氏『不動産バブル、破裂するかも』記事

国家直属シンクタンクが公言 中国実体 経済は確実に、大幅に沈没する

2015年、中国という国は一体どうなるのか。本欄はこれから2回連続で、経済と政治における「中国の2015年」を概観的に予測していくこととする。

今回はまず経済の予測に当ててみよう。

年明けの1日、重要な意味をもつ数字が手に入った。中国指数研究院は、またもや「昨年12月の全国100都市の不動産平均価格が前月より下がった」と発表したのである。これで昨年5月から連続8カ月の下落であり、本欄が数年前から予測している「不動産バブルの崩壊」は確実に進んでいるように見える。

実は昨夏あたりから、中央政府と地方政府は「救市(不動産市場を救うこと)」と称して、久しぶりの利下げを断行したり、不動産購買への規制をことごとく撤廃したりして必死の努力をしていたのだが、不動産市場の低迷と価格下落を食い止めることはできなかった。

「政府はいつでも不動産価格をコントロールできるからバブルの崩壊はない」という中国式の神話は今や破れつつある。

問題は、今年はどうなるのかである。昨年末に発表された中国社会科学院の「住宅白書」は、14年の住宅市場に関して「投資ブームの退潮、市場の萎縮、在庫の増加」などの問題点を指摘した上で、「15年の住宅市場は全体的に衰退するだろう」との予測を行った。

そして昨年12月29日、国務院発展研究センターの李偉主任は人民日報に寄稿し、15年の経済情勢について「長年蓄積してきた不動産バブルが 需要の萎縮によって破裂するかもしれない」と語った。

国家直属のシンクタンクの責任者が「不動産バブル破裂」の可能性を公然と認めたのは初めてのことだ。前述の社会科学院白書と照らし合わせてみると、どうやら中国最高の頭脳たちの間では、不動産バブルがそろそろ崩壊してしまう、と いう共通認識が既に定着しているようである。

今の趨勢(すうせい)から見ると、本格的なバブル崩壊がまさにこの15年に起きる可能性が大である。それが現実に起きれば、中国経済全体は一体どうなるのか。

これまで不動産業は中国経済の支柱産業だと呼ばれていた。09年1年間、土地譲渡や住宅販売などによって生み出された不動産関連の経済価値総額が7・6兆元(約150兆円)に上ったという試算がある。それは同年の中国GDP(33・5兆元)の実に2割以上を占めている。

09年以降もずっと不動産投資の伸び率は経済全体の伸び率の「倍以上」を維持しているから、GDPに占める不動産業の比率は今もそう変わっていない。

しかし今後、バブルの崩壊に伴って不動産業が「全体的に衰退する」となれば、中国経済の受ける打撃は「成長率の1、2%低減」という程度のものでは収まらない。

さらに問題は、中国政府が表した昨年の「7%台の経済成長率」が実に疑わしい、という点である。

一国の生産活動の盛衰を見る重要指標の一つが電力の消費量であることはよく知られる。13年、政府公表の成長率は7・8%であったのに対し、この年の国内の電力消費量の伸び率も同じ7%台の7・5%であった。

しかし、14年、国内の電力消費量の伸び率は急速に落ち、13年の半分程度の4%程度となっているから、昨年の成長率が依然7%台であるはずはない。既に数%台に落ちていた可能性が十分にある。

だとすれば、支柱産業の不動産業が「全面的衰退」を迎えるこの15年、中国経済の高度成長は完全に止まってしまい、場合によっては「マイナス成長」の悪夢が襲ってくることもありうる。

結論からいえば、15年の中国の実体経済は確実に沈没してゆくこととなるのである

1/9日経ビジネスオンライン 北村豊氏『大みそかの惨事より指導者の祝辞を優先 報道規制撤廃のカウントダウン、はるか遠く』の記事について

昨年末に起きた上海市の事故を挙げて、中国には報道の自由=言論の自由(政府を批判する自由)がないことを憂えている記事です。何清漣の言う党の喉と舌の役割を担う宣伝部がある限り言論の自由は望むべくもありません。事故は金券を撒いたことが原因と言う報道もありますが真偽のほどは分かりません。嘘で塗り固められた国ですので。今世紀に入って、政府批判でなければ報道を許されるようにはなってきている(=一部の表現の自由)ので少しは進歩しているとは思います。

話は変わりまして、フランスでイスラム過激派が左翼リベラル新聞社を襲いました件につき、欧米は表現の自由の侵害として非難しております。テロを容認・称賛するつもりは全くありませんが、表現の自由に値するかどうかはもっと議論があって然るべきかと。他者の信仰する宗教の預言者を風刺の対象とするのは如何なものでしょう。裏に人種差別とキリスト教優位の臭いがあるようで不快な気になります。世の中を導いてやるといった傲慢・横柄な白人の像です。日本のリベラルの好きな多文化共生から逸脱するのでは。他者を尊重しない風刺はヘイトスピーチ以外の何物でもありません。日本の左翼リベラルは何故声を上げて止めさせないのか不思議です。まあ、彼らは人権を手段にして、日本を貶め、日本の弱体化を図ろうとしているだけですから。

記事

上海市は2015年の幕開けを悲しみの中で迎えることとなった。あと25分で新年を迎える12月31日の11時35分にカウントダウンを楽しもうと集まった群衆による雑踏事故が発生し、死者36人、重軽傷者47人を出す悲惨な事件が発生したのだった。

光の祭典が一転、死者36人

2014年12月31日の夜、上海市民は4年前に始まって毎年の恒例行事となったカウントダウンの光の祭典を見ようと、“黄浦江”に面した“外灘(がいたん、バンド)”へ続々と押し寄せた。カウンダウンの光の祭典は、昨年まで外灘で開催されていたが、今年は会場を外灘の上流にある“外灘源”の“文化広場”に移して、5D(5次元)イルミネーションによる光の祭典が開催されることになっていた。ところが、この案内は12月30日に上海市政府「新聞弁公室」の“微博(マイクロブログ)”「“上海発布(上海公表)”」で通知されただけで、大多数の人々は会場が変更されたことを知らず、昨年同様に外灘で開催されるものと考えて、全長1.5kmの外灘の中心に位置し、一番見晴らしの良い陳毅広場横の堤防へ続々と押し寄せた。堤防の対岸は“浦東新区”であり、真正面には浦東のランドマークの一つである高さ468mのテレビ塔、“東方明珠広播電視塔”がそびえ立っている。

陳毅広場は上海のメイン通りである“南京東路”が外灘に沿って走る“中山東一路”にぶつかるT字路の外灘側にあり、中山東一路から石段を10段上ったところにある。陳毅広場とは、初代上海市長の陳毅(1901~1972年)の銅像が建てられたことから命名されたもので、広場から黄浦江の堤防に上るには、石段を3段上ったところに広いテラスがあり、そのテラスから幅5mの石段を8段上って1.5m幅の踊り場に到り、さらに幅5mの石段を9段登ることが必要である。なお、外灘の陳毅広場と外灘源の文化広場は約600m離れている。

この夜にカウントダウンの光の祭典を見ようと外灘へ詰めかけた群衆は約30万人。どこもかしこも、見渡す限り人、人、人の波で立錐の余地もない有様で、11時を過ぎると群衆の数はさらに増えていった。11時30分に文化広場で光の祭典が始まると、人々は我先にと堤防に上る石段に殺到し身動きとれない状態になった。ところが、すでに堤防の上にいた人々は光の祭典が外灘ではなく、外灘源で行われていることを知り、文化広場の祭典を見ることができる場所へ移動しようと石段を下ろうとした。

巻き添え避ける人が殺到、2度目の将棋倒しに

石段を下ろうとする人々と上ろうとする人々が横幅5mの石段に殺到した。下ろうとする人々の押し下げ圧力と上ろうとする人々の押し上げ圧力が衝突した結果、前者が後者を上回り、上ろうとした人々が将棋倒しとなり、石段に人々が積み重なる事態になった。この時、時間は11時35分。この突然の事態の発生に驚いた人々は巻き添えになるのを避けようと逃げ惑い、陳毅広場を横切って中山東一路へ出る石段へ殺到した。ここでも下ろうとする人々と上ろうとする人々が正面から激突し、上ろうとする人々が将棋倒しとなった。何と人々の将棋倒しは1度ならず2度も発生したのだった。両地点は阿鼻叫喚の巷と化し、人々の悲鳴と連れの家族や友人を探し求める悲痛な叫び声が辺り一面に響き渡った。

 この時、堤防の上から数人の若者が、逸早く堤防へ上ろうと石段へ殺到する群衆に対して“向后退(後退しろ)”と大声で叫び続けていた。これが事故の拡大を防いだことは、事故現場のビデオ映像から判明している。彼らの懸命な叫び声が無かったら、前へ前へと押し出す人々の圧力でさらに多くの人々が将棋倒しとなり、死者数は倍増していたことは想像に難くない。

 人々からの通報を受けた“公安局”の警官ならびに“消防局”の救急車は直ちに現場へ急行し、事故現場を封鎖すると同時に死傷者の搬出を行い、負傷者は“上海市第一人民医院”、“瑞金医院”、“長征医院”、“黄浦区中心医院”の4カ所に分散収容された。各医院は医師や看護師を総動員して不眠不休の態勢で懸命の救護活動を行った。中でも長征医院の青年医師“施曉雷”は12月31日の夜、退勤後に同僚と一緒に光の祭典を見ようと外灘へ出かけたところで偶然にも雑踏事故に遭遇し、率先して救護活動に参加し、負傷者の長征医院への救急搬送に付き添い、救急車の中で心肺蘇生を行うなどして活躍し、白衣の天使として賞賛された。

2015年1月1日午前11時に「“上海発布”」は「2014年12月31日外灘の陳毅広場における群衆による雑踏事件」による被害者数を死者36人、負傷者47人と発表したが、翌2日午前11時の発表では負傷者数が2人増えて49人に訂正された。1月3日午後1時には、「“上海発布”」で36人の死者の名簿が公表された。死者の名簿は1月2日までに2回に分けて公表されていたが、1月3日の午前中に死者36人中の最後の1人が“劉亜傑(女)18歳”であることが確認されたのだった。

最年少は12歳、多くの若い命が失われた

死者36人の名簿を見ると、最年少は“毛勇捷 (男)12歳”であり、最年長は“都双華 (男)37歳”であった。死者の年令別では10代7人、20代27人、30代2人であり、男女別では、男11人、女25人であった。死者36人の中には、台湾から短期出張で上海に滞在していた会計事務所職員の“周怡安(女)23歳”並びにマレーシア国籍の華人留学生“Tan Wei<中国名:陳蔚>(女)21歳”が含まれていた。10代の7人の構成は、12歳の男の子1人を除くと17歳1人、18歳1人、19歳4人であり、20代の27人を加えれば33人が最も楽しい青春時代に尊い命を事故によって失ったことになる。負傷者47人の中の7人は傷が軽微で応急処置後に医院を離れたが、残る40人の内訳は重傷13人、軽傷27人であった。なお、負傷者には死亡した周怡安の同僚の台湾人2人とマレーシア人1人が含まれていた。

 さて、事件発生後、目撃者の証言により、事故現場から約60m離れた外灘18号番地にある“麦加利銀行大楼(チャータード銀行ビル)”3階の窓から米ドル紙幣に類似した“代金券(クーポン券)”がまかれ、群衆がそれを拾おうとして将棋倒しが発生したとの疑惑が浮上し、大きな反響を呼んだ。しかし、上海市公安局が調査を行った結果、クーポン券がまかれたのは11時47分頃で、雑踏事故の発生後であることが判明した。公安局は1月1日夜8時過ぎに、クーポン券のばらまきは将棋倒しとは無関係であったと正式に発表した。

ところで、年を越した翌1月1日の上海紙は前日の雑踏事故をどう報じたのか。1月1日付の“解放日報”は1面トップの見出しに「“習近平新年賀詞為偉大人民点賛(習近平が偉大な人民をたたえなければならないと新年の祝辞を述べた)”」を掲げ、雑踏事故については1面の最下段に“小小豆腐塊(小さな豆腐)”サイズで次のように報じただけだった。

“外灘陳毅広場昨夜発生群衆擁擠跴踏事故(外灘の陳毅広場で昨夜群衆の押し合いによる雑踏事故発生)”

本紙総合報道2014年12月31日夜23時35分頃、上海市黄浦区外灘の陳毅広場で群衆の押し合いによる雑踏事故が発生し、35人が死亡し、42人が負傷した。関係方面は迅速に救援活動を展開し、負傷者は上海市第一人民医院へ送られて応急措置された。

事故発生後、上海市はその夜のうちに作業チームを組織した。“韓正(上海市党委員会書記)”、“楊雄(上海市長)”は全力で負傷者の応急手当てと善後処置などの任務を果たすよう要求した。事故原因は現在調査中である。

元旦1面は習近平賀詞、事故は最下段に小さく

上海の3大紙は、解放日報、“文滙報”、“新民晩報”であるが、文滙報の元旦1面の構成は解放日報と全く同じで、雑踏事件に関しては1面最下段に「豆腐サイズ」で報じただけだった。一方、夕刊紙である新民晩報はさすがに1面トップが習近平の新年祝辞ではまずいと判断したのか、習近平の新年祝辞は2面に掲載し、1面トップには習近平が雑踏事件に関して「全力で負傷者を治療して救い、善後措置をちゃんとし、急いで原因を究明し、深刻に教訓を汲み取れ」という重要指示を行ったという記事を掲載した。また、2面の下半分および3~5面は全て雑踏事件関連の記事で埋まっていた。なお、1月2日付けの解放日報と文滙報の1面トップは上述した習近平の重要指示を掲載した。

中国、台湾、香港といった中華圏の国や地域にとって、西暦の1月1日は単に年が改まる「新年」であって、本来彼らが正月として新年を祝う“春節(旧正月)”とは異なる。従い、雑踏事件のような35人もの死者を出した大惨事が発生したのであれば、地元の上海紙は習近平の新年祝辞をさて置いても、雑踏事件を1面トップで報じるのがメディアとしての務めだと思うのだが、メディアを管轄する“上海市党委員会宣伝部”(以下「市宣伝部」)からの許可が無い限りそうできないのが中国メディアの悲しいところである。恐らく、1月1日早朝の新聞印刷を開始するまでには市宣伝部からの許可が間に合わなかったのだろう。現に台湾の“中国時報”、“聯合報”、“自由新報”は雑踏事件の発生を台湾人の死者1人、負傷者2人が出たことを含めて1月1日の1面トップで報じたし、香港の“蘋果日報(Apple Daily)”も1面トップで報じた。

一方、雑踏事件発生の翌日、2015年1月1日に市宣伝部は雑踏事件に関し、次のような厳しい報道規制の実施を上海市内の各メディアに対して通達した。

空前の報道規制、すり抜けるSNS

【1】ネット上ではニュースの出所を厳格にし、中央および上海市の主要ニュース機関の権威あるニュース原稿だけを採用すること。商業ウェブサイトの自主的な取材行為を厳禁し、“微博(マイクロブログ)”や“微信(中国版LINE)”などのソーシャルネットの情報、個人的な情報および海外メディアの情報を採用することを厳禁する。また、ネットユーザーが現場で発表した不完全、不正確な情報を採用することを厳禁し、現場の過激に凄惨で血なまぐさい写真を掲載することを厳禁する。

【2】各ウェブサイトは一律に雑踏事件をトップニュースとしてはならない。

【3】この事件を“反腐敗(腐敗撲滅)”に関連付けることを厳禁し、地域を蔑視したり、悪意の攻撃を目的とした情報を断固削除し、この事件に乗じて共産党や政府を攻撃したり、我が国の社会制度を攻撃する情報を断固削除する。

1月2日付けの香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」は、市宣伝部の雑踏事件に対する報道規制に関して、上海市の消息筋の言葉を引用して、「市宣伝部による厳格な報道規制は史上空前のものであり、上海市の役人は誰もが緊迫した局面にあると感じている」と述べたと報じると同時に、警察関係者の話として、黄浦区の役人や警察官の多くは今回の事件の責任を負わされて誰かがスケープゴートになる可能性があるとびくびくしているとも報じた。

市宣伝部が厳しい報道規制を敷いた背景には、雑踏事件が韓正や楊雄などの上海市指導部の政治生命に傷が付くのを避けようとする意図が明白であるが、今やインターネットの掲示板のみならず、“微博”、“微信”といったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて、ありとあらゆる情報が社会に流布する時代で、情報の隠ぺいは極めて困難である。それでも報道規制を敷くのは旧態依然として変わらぬ共産党の伝統と言える。

それでは雑踏事件の原因は一体何だったのか。上述したように、2014年大みそかのカウントダウンは、従来の外灘から場所を変えて外灘源の文化広場で開催された。このため、上海市公安局は警備の重点を外灘源に置いて多数の警官を配備したが、従来の会場であった外灘の警備は形式的なものに留めた。ところが、市民に対する外灘源への会場変更が周知徹底していなかったために、10~15万人もの人々が陳毅広場に集中し、混乱の中で将棋倒しが発生したものと考えられる。これは明らかに会場変更を広く市民に知らせることを徹底していなかった上海市政府の怠慢によるものと言えるが、これを認めれば上海市指導部の責任が問われることになりかねない。それを防止するには雑踏事件を報じるメディアを規制して、上海市指導部の責任が追及されないように市民を誘導するほかないのである。

報道規制がなくなるのはいつの日か

2012年6月30日の午後4時頃、天津市の管轄下にある“薊県”の繁華街にある5階建てのデパート“莱徳商厦”で空調の室外機から火が出たことによる火災が発生し、ビル1棟(焼損面積:約5000平方メートル)が全焼する大火となった。火災発生を知った同店の総経理(社長)は愚かにも、支払いを済ませていない客を逃すまいと、警備員にビル1階の出入り口のシャッターを下ろすよう命じた。このため、ビル内にいた多数の客と従業員は命からがら1階の出入り口までたどり着いたが、閉鎖されたシャッターに阻まれて脱出できず、相当数の人々が焼死した。これは火災の鎮火後にビル内から多数の焼死体が秘密裡に運び出されたことが確認されている。

しかしながら、7月6日に天津市政府が発表した同火災による死者数は10人に過ぎず、その内訳は従業員9人、客1人というものだった。これに異を唱えた民間の調査結果では死者は少なくとも378人で、公式発表の数字とは大きく食い違っていた。天津市政府の数字は、当時天津市党委員会書記であった“張高麗”が自己の政治生命に傷が付くのを恐れ、実際の焼死者数を隠ぺいすることを画策した結果であった。当然ながら、当時の天津市のメディアに対しては厳しい報道規制が敷かれたことは言うまでもない。この隠ぺい工作の結果、張高麗は2012年11月に中国共産党中央政治局常務委員に昇進し、2013年3月に序列第1位の国務院副総理に就任することができたのだった。

中国から報道規制がなくなるのはいつの日か。中国で大惨事が国家指導者の年頭祝辞より優先されて報道される日は果たして来るのか。大多数の庶民はそうした日がいつか来ることを望んでいる。ネット上に設けられた12月31日の雑踏事件の死者を悼む祭壇には1月1日から2日までの48時間に累計200万人が祈りを捧げたという。36人の死者の冥福を祈ります。

(下の写真は北村氏の記事ではなく、別のネットから探し出したものです)

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スマホに挑戦

本日頼んでいましたスマホが来ました。格安スマホでニフテイを使います。データと音声で月1600円です。

先ず本体を開けてSIMカードを入れるところから難渋。PCで調べてやっとセッテイング。

グーグルの設定はPCでやっていたので簡単。ところが、ガラケーの電話帳を移すのが大変。

半日以上かけてもうまくいかず、諦めました。昔の分は130件程度ですが、多分頻繁に使用しています

のは20件程度なので手入力するか、1/17(土)東大柏の葉キャンパスでのセカンドライフファクトリーのスマホサークルに

今度入会しましたので、そちらで聞いてやってみたいと考えております。

狙いは旅行中(特に海外)でもブログを掲載したいと思っているためです。

下はASUS(台湾)のZENFONE5です。

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中国共産党内の派閥争いについて

習近平の焦りが目に見えます。中国経済が崩壊しそうなので、その前に自分の派閥を作ってソフトランデイングを図ろうとの思いではないかと思われます。しかし、「党内で徒党を組み、派閥をなすことは断固容認しない」と言っておきながら、自派を形成しようとするのは「騙す方が賢く、騙される人は馬鹿」という中国人の面目躍如たるものがあります。中国の庶民は、政治家の発言は政敵を倒すだけの綺麗事というのは良く理解しています。平気で嘘がつける人たちなのだから、歴史についてでも改竄・捏造するだろうということくらい庶民は気がつけば良いのですが。究極のネポテイズムで、習派が勝利を収められるかどうかは分かりません。「団派+上海派」が巻き返すかも知れません。毛沢東の恐怖政治は情報がすぐ流れるネット時代にはできません。周恩来は「偉大なNo.2」と日本では評価されていますが、インテリにありがちな、豪胆さを持たない単なる臆病者です。朝鮮戦争の英雄、彭徳懐は廬山会議で大躍進政策が間違っていることを伝え、毛を一時的に権力の座から下ろさせました。それがため毛の恨みを買い、後に失脚しました。周恩来がそのときに毛に反対していればNo.2の地位は保てなかったはずです。毛は「政権は銃口から生まれる」と常々言っていましたが、習に軍の経験はないし、毛や鄧小平のカリスマ性もありません。あるのは主席と言う地位だけ。華国鋒は党主席でしたが鄧小平らによって打倒されました。同じことが起きるかもしれません。根拠はありませんが、可能性が高いのは暗殺、病死発表の流れと思っています。

1/5産経新聞 矢板明夫氏『“習近平親衛隊”形成の動き 元部下らを重要ポストに次々登用 党内勢力図に変化』記事     

中国の習近平国家主席は、汚職や横領などの名目で政敵になり得る有力者を次々と失脚させる一方、自身が地方指導者として勤務した時代の元部下らを重要ポストに登用、共産党内で新しい派閥を形成しつつある。上海閥、共産主義青年団(共青団)派と太子党という三大派閥の拮抗(きっこう)といわれてきた党内の勢力地図が、様変わりしようとしている。

習主席は30代から50代まで福建省と浙江省で計22年間勤務した。その際、両省を統括する南京軍区の幹部たちと頻繁に交流した。新しい「習派」は、最近中央入りした福建、浙江両省と南京軍区の幹部たちを中心に構成する。

習主席は浙江省で党委書記をしていた際、地元紙に「之江新語」と題するコラムを週一回掲載。いまは本にまとめられ、習主席の重要思想として全国の党幹部が学習している。このため一部の香港紙はコラム名から新しい派閥を、「之江派」と名付けている。

汚職官僚の失脚後に発表された後任人事などで習主席の元部下たちは昨年、次々と重要ポストにあてられた。強引な面は否定できず波紋を広げることも多かった。エネルギー政策を担当する国務院発展改革委員会副主任の劉鉄男氏が失脚すると、習主席の福建省時代の側近で、天津市政治協商会議主席という閑職にいた、何立峰氏が抜擢(ばってき)された。「何氏を処遇するために劉氏を失脚させたのでは」といった噂がながれた。

また、海軍政治委員に、海軍の経験が全くない陸軍出身の苗華氏を持ってきたことも、海軍内から大きな反発があったという。

習主席が昨年末、共青団派の令計画氏を失脚させた際、令氏が党内で勉強会を頻繁に開くなど積極的人脈づくりを行ったことを念頭に、「党内で徒党を組み、派閥をなすことは断固容認しない」との談話を発表した。にもかかわらず、自身は露骨な側近政治を展開していることに対し、党内で「言行不一致」といった不満の声が上がっている。

これまでの党内の三大派閥のうち上海閥は江沢民元国家主席が中心、共青団派は胡錦濤前国家主席の側近たちで固めていた。しかし元高級幹部子弟で構成する太子党は、習主席を中心とするグループではない。習主席より先輩格の政治家も多く、考え方も保守派から改革派まで幅広い。一連の人事による“習近平親衛隊“の形成は、今後の権力闘争に影響を与えそうだ。

1/6宮崎正弘氏メルマガ『中国権力闘争、団派は窮地に陥没したのか、捲土重来の最中なのか    江蘇幇(浙江省、江蘇省)雪崩。あらたに登場は「習近平」ボディガード派』記事

在米華字紙の『多維新聞網』は「江蘇幇」が「雪崩」に遭遇したと報じた。これから江蘇閥の落馬雪崩が開始されるだろう、という。

1月4日に江蘇省常任委委員兼任南京市当委員会書記の楊衛澤が拘束され、汚職の取り調べを受けていることが判明した。楊は「江蘇幇」のライジングスターとされた。

「四川省派」「石油派」「法政王国」「西山会」と次々に党内に形成されてきた派閥の幹部が失脚してきたが、この結果、新しくポストに就いているのが習近平派である。

太子党は団結しない横の連絡網のような存在だが、習近平は太子党出身者に拘らず、福建省時代の17年間、浙江省時代5年間で培った部下をつぎつぎと、失脚させた幹部の後釜に据えだした。

えこひいき人事の典型が南京軍区31軍司令官だった王寧がいきなり武装警察司令官にジャンプ。同軍区副司令官だった宋普選が、北京軍区司令官に大抜擢された。

つまり信頼できる部下で、習近平防衛の周辺を固めるという、いってみれば習近平の紅衛兵、あるいはボディガード部隊だ。

江沢民が牛耳ったのは『上海派』と呼ばれる利権集団だが、メガロポリス上海は北が江蘇省、南は浙江省。その南が福建省である。福建省の人々は江蘇人脈が大嫌いである。

すでに明らかなように「四川省閥」と「石油派」は人脈が折り重なり、薄煕来(重慶書記)と周永康は何人かの情婦を共有したほど仲のよい利益共同体だった。

ふたりの失脚によって数百の幹部が連座失脚し、それらの重要ポストを福建省時代の習近平の部下たちが多数埋めたとされる。だから「江蘇幇が雪崩」という比喩になる。

「西山会」というのは山西省を逆さまにもじった利益共同体で、さきごろ失脚した、胡錦涛の右腕でもあった令計画らの山西省閥を意味し、これらのポストもいずれ習近平の息のかかった者たちが就任するだろうと予測される。

したがって従来いわれた「太子党 + 団派」という習の連立政権に亀裂が生じ、これから団派が巻き返すか、どうかが権力党争の今後の焦点となる。

 ▼団派の領袖に奇妙な動きが始まった

動きが出た。団派のライジングスターで次期政治局常務委員入りは間違いないと言われる汪洋(副首相)は12月27日に奇妙な発言をしている。

「米国は世界のガイドであり、中国は喜んで米国のつくりあげたシステムに参加する」と言ったのである。

汪洋は米中戦略対話で、中国を代表し、G2などとおだてられてきた米中蜜月時代とはうってかわり、オバマ大統領は北京APECでも、中国の言う「新しい大国関係」に何ほどの興味も示さなかった。米中関係は突如、氷雨が降る極寒の関係となり、さらに中国がロシアと異常接近をはじめた動きに米国は不快感を示してきた。

その米国批判の前面にあった汪洋が転向ともいえる奇妙な発言をした背景には、米国の景気回復と対比的な中国経済の落ち込みを客観視して、時間を稼ごうとしている戦術なのか、或いは国内的には団派vs太子党という権力闘争の対決図を回避するために、団派が習近平に送ったシグナルなのか?

そして12月29日に習近平は演説し、「党内の団結が重要、派閥形成はしてはならない」と繰り返し、強調したのだった。

1/5産経新聞 河崎真澄氏『江沢民氏が海南省の「東山」で健在誇示 党内権力闘争で習指導部に反旗? 中国当局は情報をシャットアウト』記事 

中国の江沢民元国家主席(88)が海南省南東部の東山(海抜184メートル)を今月3日に訪れたとする地元民らの投稿や関連する報道が、中国本土のネット上から相次ぎ削除されていたことが5日、分かった。健在を誇示する狙いがあったとみられる江氏の動静を、中国当局がシャットアウトした格好だ。

4日付の香港紙、明報などによると、江氏は家族のほか、同省共産党委員会の羅保銘書記らとともに姿をみせた。江氏の健在ぶりが明らかになったのは昨年10月、北京の中国国家博物館を訪れて以来。江氏は「海南の名山に人々が来ないのは遺憾だ」などと話したという。中国語には勢力を巻き返すとの意味で「東山再起」という表現がある。

昨年12月、江氏の元側近で最高指導部のメンバーだった周永康前党中央政法委員会書記(72)の党籍剥奪と逮捕が決まった。習近平指導部が反腐敗闘争を進める中で、江氏の家族らにも調査の手を伸ばし始めたとの香港報道がある。

「東山」への訪問は習指導部に反旗を翻したメッセージとも取れ、当局の敏感な対応とともに注目されている。

12/26日経ビジネスオンライン『日本の無力化狙う韓国の「衛星外交」 「分水嶺の韓国」を木村幹教授と読む(4)』について

昨年12/28に掲載しようとして忘れました。古くなりましたが、シリーズ記事なのでご容赦を。本号が最終です。さて、コメントです。THHAD配備で米国に嘘を言い、中国に擦り寄る韓国の姿を米国がどう見るか全然分かっていません。少なくとも国防総省は「裏切り行為」と見ているでしょう。朴槿惠の後の大統領が潘基文と言われています。無能でネポテイズムで有名な人物です。まあ、韓国のレベルを象徴していると思いますが。朴槿惠は後3年任期がありますが、誰が大統領になろうとも反日の基軸は変わりません。日本人は敵国に囲まれている自覚を持ち、覚悟を持って戦っていく必要があります。日本へのデイスカウントは日本のメデイアとグルになって攻撃してくるでしょう。来年は戦後70年の記念の年になりますので、中華・小中華ともここぞとばかり騒ぎ立てることでしょう。負けないことです。安易に謝罪すれば慰安婦みたいになります。中華は暴力団国家、小中華は非法治国家です。言って見ればヤクザが国家を運営していると考えた方が良い。嘘をでっち上げて日本のマスコミと手を組んで日本からゆすろうとしている訳です。日本の政治家・関係者にはハニートラップ、賄賂づけで自国に有利にするようにしています。東南アジアの国々の人は強い日本を望んでいます。もどかしいのは、アメリカの中国の扱いと対抗すべき日本を見る目が定まらないのが原因です。アメリカの肩代わりを日本にさせるのであれば日本に核武装させるべきです。

記事

「激動の引き金は南の通貨危機か、北の核実験」――。木村幹・神戸大学大学院教授と展開を読む(司会は坂巻正伸・日経ビジネス副編集長)。

「ルビコン河を泳ぐ」自覚

鈴置:韓国の「離米従中」は、もう韓国人も否定しなくなりました。韓国の日常生活やネット空間では、それを前提に会話が交わされています。政府はまだ「韓米離間を図るため、日本がそんなウソを言って回っているだけだ」と、言い張っていますが。

木村:韓国が明らかに外交姿勢を変えたのは、2014年7月のソウルでの中韓首脳会談でした。この時点から、韓国における米韓同盟に対する理解は一気に変容しました。この時、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領は訪韓した習近平主席と一緒になって、日本の集団的自衛権の行使容認を批判しました。中国も念頭に日米共同作戦の強化を図る米国としては、最も言ってほしくないことの1つでした。

公然の秘密から常識へ

鈴置:在韓米軍基地へのTHAAD配備計画の存在は、5月28日にWSJが書き、6月3日に在韓米軍司令官も追認しました。しかし韓国政府は「米国からは一切聞かされていない」ととぼけ続けました。

木村:7月3日の「中韓」で、習近平主席が朴槿恵大統領に配備への反対を表明しました。しかし韓国政府はそれも明らかにしなかった。中国から圧力がかかっていると認めれば、韓国がTHAAD配備に応じないのも、そのためだと告白せざるを得なくなります。ところが8月26日に聯合ニュースが北京発で、習主席の訪韓時の「配備反対表明」を報じました。韓国外交部のチャイナスクールのリークだったとも言われます。この記事が分岐点になった感があります。韓国政府はこれを否定せず、内容を事実上、追認しました。それを受け、中国はさらに状況を進めます。11月26日、韓国国会に招待された邱国洪・駐韓中国大使自身が「配備は中韓関係に悪影響がある」と公式に反対しました。かくして中国はTHAAD配備、さらには米韓同盟に堂々と口出しできるという既成事実を作り上げてしまいました。そして気がつくと、韓国の世論では「公然の秘密」だったTHAAD配備に関する対中配慮も、いつの間にか「常識」へと変容してしまったのです。

「マフラー」を見落とした日本人

–11月の中韓首脳会談で「離米従中」の度を韓国が強めた、という印象は持ちませんでしたが……。

鈴置:日本人には誤解があります。まず「日中首脳会談の決定で韓国が焦った」第1幕の部分を重く見てしまっている。 半面、第2幕の“マフラーのプレゼント”――中韓FTAが持つ政治的な意味合いには、さほど注目しなかった(「中国の掌の上で踊り出した韓国」参照)。それに加え、11月13日にミャンマーで朴槿恵大統領が日中韓の首脳会談を呼びかけたものですから「韓国は孤立を恐れ、苦し紛れの作戦に出てきたぞ」と見なしてしまったのです。11月14日の夕刊フジの1面トップの見出し「朴大統領 会談したい 安倍に無条件降伏」が、その見方の象徴です。

木村:日中韓首脳会談の呼び掛けは、韓国が白旗を掲げたことを意味しません。3カ国首脳会談の形であれば、朴槿恵大統領は習近平主席と共同戦線を組んで、安倍首相を包囲できるのです。もちろんオバマ大統領とは異なって、習近平主席は「日本と仲良くしろ」などと言うはずがない。だからこそ朴槿恵大統領にとっては、習近平主席は一番頼りがいのある存在なのです。

【APEC前後の日中韓の動き】

11月7日 日中、「関係改善に関する合意書」を発表、APECでの首脳会談に道拓く

11月10日 APECで訪中した朴大統領、習近平主席と会談し中韓FTA交渉を妥結

11月10日 安倍首相、習主席と会談。2年5カ月ぶりの日中首脳会談。朴大統領とは“遭遇”に留まる

11月11日 APEC首脳会談で朴大統領、対米牽制用に中国が唱えるFTAAPを「積極的に支持」

11月13日 ミャンマーで開かれたASEAN+3で朴大統領「韓中日首脳会談の開催を希望」

11月16日 豪州で開かれたG20で朴大統領「先進国の経済政策が新興国に否定的効果を与える」と円安批判

11月26日 邱国洪・駐韓中国大使、韓国国会で「THAAD配備は中韓関係に大きく悪影響」

中国の許可なしで安倍と会えない

–ではなぜ、朴槿恵大統領は「日中」が開かれた直後に「日中韓」と言い出したのでしょう。

鈴置:「日中韓」は「日中」よりも先に開けなかったということでしょう。韓国は中国の顔色を見て動きます。韓国が日中韓3カ国首脳会談の幹事国ですが、習近平主席が安倍首相と会う前に「日中韓」を開こうとは言い出せなかったのです。そんな提案をすれば中国から「我が国は日本を苛めている最中だ。それなのに『安倍と会え』とは、お前は日本の回し者か」と怒られるのは目に見えていました。「日韓」も同じことです。「日中」が開かれることが判明する前のことです。韓国人に以下のように聞いてみました。「仮に安倍首相が慰安婦問題で韓国の要求をすべて受け入れたとして、日韓首脳会談に応じることができますか。習近平主席よりも先に、朴槿恵大統領が安倍首相に会っていいのですか」。するとほとんどの韓国の識者が「確かに今の段階で『日韓』は難しいでしょうね。中国から許しは出ないでしょうから」と答えたのです。

中国が世界の中心だ

–なるほど、中国の顔色を見ていたということですか。でも韓国は「日中韓」を言い出す必要もなかったのではないですか。黙っている手もありました。

鈴置:そこは米国を意識したのだと思います。米国は「朴槿恵大統領は日本に対しあまりにかたくなだ」と怒り、歴史問題でも韓国が期待するほどには味方してくれなくなってしまっていた。ここで韓国が、日中韓の3カ国首脳会談を提唱することで日本への融和姿勢を演出すれば、見返りとして米国に慰安婦など歴史問題で、対日圧力を強めてもらえると計算したのでしょう。その「歴史認識」圧力だって韓国だけではなく、結局は中国の得点になるのですけれど。日米離間を煽れますからね。 要はもう、韓国は中国を基軸に外交を組み立てているのです。それをきちんと認識しない限り、情勢を読み誤まります。日本人は自分がそうだものですから「韓国も米国を軸に……」と誤解し続けているのです。2014年夏以降、しばしば政府関係者から「もし、日中首脳会談を開いたら韓国はどう出るか」と聞かれました。「日中」の準備が始まっていたのでしょう。「韓国はますます中国に寄るだろう」と答えると、日本の当局者は一様に驚きました。彼らは「韓国は焦って日本に寄ってくるはずだ」と信じていたのです。そこで私は「韓国は中国が世界の中心と考えている。だから中国との距離で自分の国の位階を測る。日中が接近したら、中国により近づくことで国際的な地位を高めようとするだろう」と説明したのですが、なかなか分かってもらえませんでした。

影響力ある「衛星」に

木村:もう1つ、日本で見落とされていることがあります。少なくとも主観的には、韓国政府は「中国を動かそうとしている」ことです。韓国は「中国が右を向くから自分も右を向く」――つまり、中国から操られるだけの存在に留まるつもりはないのです。韓国人の考える世界モデルを宇宙に例えると、以下のようになります。中国という巨大惑星の周りを日本と韓国という2つの衛星が回っている。質量が大きい日本の方が、惑星の軌道に与える影響力は大きい。でも、自分が日本よりも巨大惑星に近い軌道を回れば、影響力は日本を上回れる……。実際、韓国は中国との距離を縮めることで、韓国が期待する方向へと中国の軌道を変えていこうとしています。典型例が歴史認識問題です。中国を引き留めるために「中韓の立場の近さ」を必死で強調します。

鈴置:実に面白い。自分は惑星にはなれない。どう頑張っても小さな衛星だけど、惑星の軌道を変える力のある衛星になってみせる――ということですね。

木村:ええ。韓国の「衛星」戦術は一貫しています。中国と南北の三角関係においても、北朝鮮以上に中国に接近することで対北強硬路線に転じさせようとしています。日米韓の三国間の関係でも同様です。米国に影響を及ぼすために、できるだけ米国という巨大惑星に近づく。同時に、ライバルの衛星軌道を少しでも外に押し出そうと腐心します。言うまでもなく、慰安婦を中心とする歴史問題がその手段です。

謝罪すれば……悪くなる

–ボーイフレンドにもっと寄りそうだけではなくて、カレとライバルの女の子を引き離そうとするのですね。

鈴置:日本は自分がそこまでしないから、韓国の行動が理解できない。「韓国の言う通りに謝罪すれば、慰安婦問題は解決する」と信じている人がいまだに多いのもそのためです。謝罪をするほどに、韓国とその背後の中国は外交的武器を強化できたと自信を深め、ますます国際社会で卑日を実行する。その結果、日韓、日中関係はさらに悪化することになるのですが……。

木村:歴史的に韓国はずうっと「衛星外交」で生き残りを図ってきたのです。1960年代、ベトナムに率先して軍隊を送ったのは、自らを切って捨てるかもしれない米国に恩を売って――衛星軌道の高度を下げて――支持を取り付けるためでした。日本と早く国交を正常化せよと迫る米国に対し「日本には植民地支配への反省が足りない」とアピール、米国を自らの側に引きつけようとしたのは李承晩(イ・スンマン)政権でした。日本という衛星を、自分よりも遠くの軌道に追いやろうとしたのです。今の朴槿恵政権のやり方は、歴代政権の外交戦略を忠実に踏襲していると言えます。

鈴置:新羅は「倭よりも唐に近い存在になること」に全力を挙げました。日本を辺境に追い払う「衛星外交」は韓国のベーシックな手法なのでしょう。それがいつも成功するかは別として。木星のような巨大惑星に近づき過ぎて、のみ込まれなければ幸いですけれど。問題が深刻化しますからね。

彗星の速度で中国に接近

–木村先生と鈴置さんは、この「日経ビジネスオンライン」の対談で繰り返し「韓国の世界観が急速に変わっている」と強調してこられました。

鈴置:先生の近著『日韓歴史認識問題とは何か』の通奏低音も、まさにそれです。「韓国の意識変化と、その背後にある国際政治の構造変化を見落とすから、日本は日韓関係を見誤ってきた」と喝破しておられます。

木村:今の状況の読み違いには、もう一つ理由があります。それは構造変化が本来、韓国に求める以上のスピードで、朴槿恵政権が外交的ポジションを変えていることです。衛星というより彗星に例えた方がいいような勢いで中国に急接近している。歴代政権が世界の構造変化に伴うトレンドを追っていたとするなら、朴槿恵政権はトレンドの先を行こうとしています(「韓国は『米中対立の隙間をうまく泳ぎ切れる』と考えている」参照)。例えば11月16日、豪州で開いた20カ国・地域(G20)首脳会議で、朴槿恵大統領は「円安に動く日本」を世界秩序の破壊者であるがごとく批判しました。

鈴置:先生のご指摘通り、最近の韓国は国際社会で「トレンドを作ろう」とします。歴史認識だけではありません。円安も「悪い日本」イメージを拡散する手段の1つです。大統領は内政も意識して語ったのでしょうけど。

空気を読まない円安攻撃

木村:内政を意識――G20で存在感を示せば人気が上がるとの計算もあったかもしれません。ただ私は、心情的に「言わざるを得なかった」という部分が大きかったと思います。実際、大統領は帰路の飛行機の中でも、その趣旨の発言をしています。「円安誘導という悪い行いをする日本という国がある。我が国に害をなしている。悪は正さねばならない」――との思いです。

鈴置:朱子学の「衛正斥邪」ですね。国力が付いたのだから、韓国の世界観や価値観を、地球上に広めなければならない、との発想が普通の人にも色濃くなっています。ただ「円安批判」は韓国のエコノミストの間でも評判がよろしくなかった。被害者になりすまし同情を買うつもりだったのでしょうが、同調してくれる国はありませんでした。米国の金融緩和が終了することが判明した直後に、お札をさらに刷ると宣言した日本は世界にとってありがたい存在です。ことに資本逃避が起きそうな途上国にとっては。それもあって市場は「韓国こそが異様なウォン安誘導策を実施してきたのに、よく言うよ」と朴槿恵発言を冷ややかに見ました。さらに「ああそうか。これ以上ウォン安に持っていけば資本逃避が起きると韓国は恐れているのだな。だから大統領が空気を読まずに、筋悪の円安批判に乗り出したのに違いない」と疑いました。自ら墓穴を掘る発言でした。

悪いのは韓国以外の国

木村:確かにG20の場で対日批判は、ほぼ完全に無視されました。でも、この政権にとって、結果は関係ないのかもしれません。 対日批判は「正しい主張」なのだから、悪いのはこれを受け入れなかった韓国以外の19カ国だ――と考えるのがこの大統領ですし、今の政権です。韓国の政治分析者は「朴槿恵大統領はポピュリストであり、原理原則主義者である」とよく言います。でも私は、前者はあくまで結果論で、本質は原理原則主義にあると思います。例えば外交においても、原理原則にこだわるこの政権は「悪い日本」は絶対に許すことができない。米国よりも中国の方が協力的であり力を持っているのなら、悪を正すために中国に頼むのは当たり前――だと考えます。朴槿恵政権の信じる「正義」を支持する国家こそが「正しい国家」だからです。韓国像を描くにしろ、その行動を予測するにしろ、こういった文化的な要素や、政治的指導者のイデオロギー的な志向を読み取らないと、間違ってしまうのです。

–最後の質問です。「朴槿恵の韓国」がますます中国傾斜を強めていることはよく分かりました。では、ノーリターンポイントを越える――米国側に戻ってこられなくなるとしたら、どんな出来事が引き金になるのでしょうか。

引き金は通貨危機と核実験

鈴置:通貨危機と思います。米国の金融緩和中止によって韓国から大量の資本が一気に引きあげられたら、1997年や2008年のような危機に見舞われる可能性があります。 日本との通貨スワップは2015年2月に終了する見込みで、残るは中国とのスワップだけです。外貨繰りがおかしくなった時、まず韓国は中国に助けを求めることになりますが、さて、中国が素直に応じるか――。 アジア各国を囲い込むために中国が計画中のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を、スワップ発動の条件にするのではないかと見る人が多いのです。

木村:当然、中国はAIIBを交換条件にすると思います。

鈴置:韓国は米国からの圧力でAIIBへの参加を見合わせてきました。しかし、デフォルト(債務不履行)を起こすよりは米国から怒られる方がまだましです。ただ、米国の怒りは韓国の予想より大きいかもしれません。AIIBは決済通貨を中国元にするとも見られています。そうなったらAIIBは、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)のライバルになるだけに留まりません。韓国は、ドル追い落としを狙う「中国の陰謀」に全面的に加わることになります。

木村:私は、北朝鮮の核実験が「引き金」となる可能性があると見ています。この地域の軍事バランスが大きく崩れ、韓国の立ち位置を揺らすからです。 次の実験により、北朝鮮は核兵器の小型化――実用化を一歩進めると思われます。なお多くの人は、実験は数年内に実施されると予想しています。

核を持てば「惑星」に昇格

–韓国はその脅威に対抗するため中国にもっと接近する、ということですか。

木村:シナリオの1つがそれです。ただし、北の核に備えるには最終的には「核の傘」を持つか、それに代わる対策が要ります。例えば、中国が何らかの手段で北朝鮮に核を放棄させる、といった解決策です。中国がその期待に応えられなければ韓国は、再びルビコン河を逆に泳ぎ米国側に戻ろうとするかもしれません。北朝鮮の無害化のために中国にぎりぎりまで近寄って、うまくいかなければ「惑星」を代えるわけです。新たな惑星にロシアを選ぶ可能性もないとはいえません。現在、北朝鮮とロシアは急速に接近しています。ロシアが北朝鮮に影響力を持つようになれば、韓国は今度はロシアに近づき、北朝鮮という衛星を自分よりも外の軌道に追い出そうとすると思います。それでも北朝鮮の核問題が解決できなければ、韓国では核武装論が高まるでしょう。

鈴置:惑星への昇格を狙うわけですね。

木村:韓国が中国に接近していると聞いただけで驚く人が多い。でも、これは「変化の始まり」に過ぎないのではないでしょうか。

 

青木直人著『日朝正常化の密約』について

昨日に続き本の紹介ですが、長いのでコメントは省きます。

P42~45

まだある。日本の円借款の特徴は、世界でも例のないほど異例な方式を採用している。それが「アンタイドローン」という援助スタイルなのである。

「アンタイド」とは「ヒモが付いていない」という意味である。普通援助は、援助する国がそれと引き換えに被援助国のプロジエクトに自国の企業を参入させる。これが「ヒモ付き援助」と言われているもので、「タイドローン」ともいう。世界を見渡せばこれが通常の援助方式なのだが、日本の場合はそうではなく、日本からの措款だろうが、どの国の業者に仕事を割り振るのかは、相手国が決めることができるのである。

北朝鮮でいえば、日本からの経済支援について、金正恩が事業の決定権を握る。そうなれば仕亊欲しさに内外の企業が賄賂攻勢をかけるのは、目に見えている。なぜ日本だけがこうなのか。

その一因は、諸外国からの圧力である。中国向ODAを始めるにあたって、円借款を 「タイドローン」ではなく、「アンタイドローン」にしろと強要してきたのは米国である。

大平正芳総理が日本から中国に円借款を供与することを明らかにしたのが一九七九(昭和五十四)年十二月だが、そのニ力月前、ワシントンで「日米事務レベル経済協力担当者会議」が開かれている。日本側出席者は外務省、通産省の関係者、米国側は国務省、財務省、商務省、それにエネルギー庁のトップが顔をそろえた。

この場で米国側が日本に突き付けてきたのが、日本からの中国向け借款はすべて「アンタイドロ―ン」にすること、しかもそれを中国との取り決め文書に明記せよという強硬な内容だったのだ。米国は、中国への援助を利用して日本企業が中国市場を独占化するのではないかと懸念した。最後にエネルギー庁の担当者はこう警告したという。 「日本政府がそうしない場合、米国内の不満は高まり、日米間で新たな経済問題の火種に なりかねない」

日本と米国の間では、当時、日米繊維交渉が長い交渉の末に妥結したばかりで、大平政権としてもこれ以上米国とトラブルを起こしたくはなかった。そうした政治的妥協の産物として、中国向け円借款が、日本からのヒモ付きでない形になってしまったのである。

第一次大戦前、中国市場の参入に乗り遅れた米国は、門戸開放宣言で欧米各国や日本に対して、中国における一方的な優位を認めないとした。一九七九年にスタートした日本の中国向け援助もまた、新「門戸開放宣言」を誘発したのだった。 米国政府が期待したように、アンタイドロ―ンという日本のOD Aは米国ピッグピジネスの対中投資の呼び水に活用された。一九九〇年の対中ODAで日本から中国政府に貸し付けられた海南島開発資金のうち、通信近代化プロジエクトを日本のNTTからもぎ取ったのは、当時世界最大の米国通信会社、AT&Tだったのである。諸外国の例にならった通常の援助なら、無条件にNTTが受注できた案件だった。

このアンタイドロ―ンンが、北朝鮮向け援助にも適用されるのである。仮に日本と北朝鮮が国交を樹立した際も、関係国はさまざまな形で日本に圧力をかけてくるはずだ。米国も、ロシアも、韓国も中国も、返済確実な日本のODAにたかろうとしているからだ。

なかでも中国は東北地方から北朝鮮をつなぐ高速鉄道を建設するために、この事業を自国の会社に受注させようと虎視眈々と狙っている。

日本のODAは、日本国民が汗水たらして納めた税金であっても、日本だけのものではない。それは一種の国際共有財とされてしまった。外務省もそれを受け入れ、国際協力機構(JICA)など援助機関もこれに異を唱えない。

円借款の供与方式が変わらないかぎり、日本人は同胞を拉致した北朝鮮という国に、ジヤパンマネーを自由に使えるキヤッシユ力―ドを渡すことになるのである。

P.49~50

具体的には北朝鮮が商品、工業資本財、原材料、肥料、農機具などを日本から輪入する際のリスクを軽減させるものだ。過去北朝鮮は、日本や欧州から輪入したプラントの支払ができなかった。これでは怖くて海外の企業はやってこない。だからそんなことがないように、北朝鮮が資金ショートに直面した場合は、一九七〇年代のようにならないよう、日本が代金を貸しましょうというのが「商品借款」なのである。

北朝鮮が前回のように返済が困難になり、海外の企業に対する支払いができなくなった場合は、この「商品借款」を提供する用意があるというのが「宣言」の趣旨なのだ。 日本政府は、この商品借款を中国に提供した過去がある。一九七六(昭和五十一)年毛沢東が死去し、文革四人組が逮捕された直後、誕生したばかりの華国鋒政権は、経済の実績を上げようとして日本に大量のプラントを発注したものの、ただちに資金ショートに直面、事態は外交問題に発展するに至った。プラント発注企業である日本の新日鐵、神戸製鋼、三菱重工業などトップ企業は、当時の大平正芳総理に泣きつき、その結果、中国に日本の公的資金を貸し付け、その金で日本側に代金を払うという形で事態を処理したのである。

その貨付金が、中国向けODAのうち、一九七九年から八四年まで継続された「商品借款」なのである。これは八ニ、八三、八四年の三年にわたって供与され、総額で一三〇〇億円、この時期は第一次のODA供与の期間(五力年)だったが、そのうち円借款の総額は三〇五五億円。実に商品借款が全体の42%と、半分近くを占める。日本企業は中国からではなく、日本国民の税金で救済されたのだった。関心のある方は、外務省のHPの「ODA」を見れば、よくわかるはずだ。

その中国はいまや世界第二位の経済大国に成長した。外貨準備高も四兆ドルと世界一。だがその中国にして、三〇年前はこうだったのだ。

日朝平壌宣言に書かれている「信用供与|には、中国向けODAという先例があった。この項目が加えられているということは、返済が中断したままふくれ上がった対日未払いのプラント代金を、この商品借款で一括返済するという密約があると思われる。

P.56~61

日本が朝鮮半島に遺した資産の総額とは

日本の北朝鮮経済支援の総額について、外務省は一切あきらかにはしていない。日朝平壌宣言の中にも、金額は明記されていない。もちろん、これは外務省同士の間で今後詰める話であり、最終的に国交樹立の段階である程度の輪郭がわかってくるはずだ。

ただし、ここには日本が北朝鮮に残してきた資産は含まれていない。日本が朝鮮半島に残してきた資産について、産経新聞に掲載された「財産請求権行使なら北の支払い超過『経済協力』転換の要因か」(二〇〇二〔平成十四〕年九月十三日付)という記事がある。この記事の要点をまとめてみると、次のようになる。

一九四五年八月十五日時点で、日本が朝鮮半島に残した総資産額は、連合国総司令部(GHQ)の試算では、八九一億ニ〇〇〇万円に上る。この数字を総合卸売物価指数 (一九〇)をもとに、現在の価格に換算すると一六兆九三〇〇億円に相当する。ただしこの数字は、南北朝鮮を合計したもので、北朝鮮に残した資産に限ると、次のようになる。

水豊ダムなどのインフラが当時の価格で四四五億七〇〇〇万円、軍関連資産が一六億二〇〇〇万円。この非軍事分野と軍事分野の両方で四六ニ億ニ〇〇〇万円。総合卸売物価指数の一九〇を掛けると、現在の金額で八兆七八〇〇億円となる。

ちなみに参考資料として挙げると、韓国政府が一九四九年、米圃国務省に「対日賠償要求調書」を提出しているが、このときの要求総額は三一四億円(一ドル15円)で、現在の価格に換算すると、五兆九六〇〇億円(これは北朝鮮も一部含めた数字)であった。

とすると、日本が半島に残した資産の方が圧倒的に多いということになる

ここに挙げた数字は、日本ではなく米国政府の試算なのである。

サンフランシスコ 講和条約に基づく北朝鮮の国際法上の請求額はこれをさらに下回り、「日本との差額は五兆から六兆円になると推定される」(政府関係者)

さて、話を戻すと日本政府の姿勢はあくまで南北等距離が基本であり、北朝鮮との間でも、一九六五年の日韓基本条約の際の経済支援金額がべースになる。そこで同程度の経済支援をするとすれば、経済協力費は三〇〇億円程度ということになる

ただ、日韓基本条約から五〇年の歳月が経過しているということ、さらに 一九九〇年の金丸訪朝の際、「日本の植民地支配への反省」が三党合意文書に盛られていること(これは日韓基本条約には書かれていない)などから、または北朝鮮に拉致された日本人を取り返すという目的などを勘案すると、ほぼ三倍の一兆円前後という数字が噂されているのである。

人口一四億の中国に対する日本のODAが三兆五〇〇〇億円であったことを考えれば、人口が中国の五十分の一か六十分の一の二四〇〇万人に過ぎない北朝鮮への一兆円という数字は、相当な額といえよう。

一兆円説には、いくつかの根拠がある。まず繰り返し述べているように、韓国に与えた経済支援の額からの類推が第一である。

北朝鮮政権内部のインサイダーの証言もある。張真晟という人物がいる。ニ〇〇四年に脱北した労働党統一戦線部の工作員で、詩人として金正日委員長に接見が許された人物である。彼の著書『金王朝「御用詩人」の告白』(邦訳.文芸春秋)に、小泉訪朝前後 労働党内の動向が紹介されている。それによれば、賠償金として四〇〇億ドル(四兆円: 要求してきた北朝鮮に対し、日本側は戦後から現在まで日本が北朝鮮に残してきた発電所、製鉄所、鉄道などを無断使用してきた費用の支払いを要求して応酬したという。現金支払いについても、核開発に利用される恐れがあり、米国の介入を招くとして、日本側が拒否したとも伝え、「最終的に両国は一一四億ドル規模の物的支援で暫定的な合意に至った」と結論づけられている。

当時の為替レートは一ドル= 一一〇円から一三〇円。これを当てはめると、一兆ニ〇〇〇億円から一兆五〇〇〇億円となり、前述の一兆円をすらオーバーすることになる。

北朝鮮は日本からの金を何に使うのか

北朝鮮は、このジャパンマネーを何に使おうと考えているのだろうか。 金正日委員長が日本からのマネーでまず行ないたかったのは「国内鉄道の複線化」であったと、先の張真晟氏は証言している。

北朝鮮の鉄道は二十一世紀の現在でも、日本との併合時代のものをそのまま使っている。そのため、いまでも単線であり、複線にはなっていない。その結果、対向列車と交換するのに頻繁に駅に停車することにもなる。たとえば中朝国境の新義州から首都平壌までの三〇〇キロ程度が、国際列車でも七時間かかる。また鉄道関連施設も、老朽化したまま手がつけられていない。

このことは、中国との関係においても、微妙に影響を与えている。鉄道は民生にとって不可欠なものだが、同時に軍が最優先に利用する交通インフラでもあるからだ。

中国政府は、中国遼寧省の省都である瀋陽から中国国境の延辺朝鮮族自治州を経由し、豆満江を越えて北朝鮮国内に入り、三八度線を通過して韓国の釜山に至る半島横断鉄道の構想を持っている。そのためには、鉄道の軌道が同.であることが前提となる。

だがそれは同時に、いったん有車となれば中国の解放軍がこの鉄道を使って大量の軍を送りこむことを可能にもする。北朝鮮が恐れるのはここである。

事実、こうした国境鉄道の持つ危険性から、中国と高速鉄道の一本化に反対している国がある。それがベトナムだ。かつては社会主義国として同志であった中国とベトナムは、一九七九(昭和五十四)年、ベトナムの国内華僑追放とカンボジア侵攻を契機に、戦争状態に突入した。その後、数十年の冷却期間をおいて、今では経済をベースに表面的には良 好な関係に戻っているが、今また、南シナ海のスプラトリー諸島の領有をめぐって両国の関係がきな臭い状態に入りつつあるのは、ご存じのとおりである。

そうした歴史的経緯もあるベトナムは、いくら経済的相互依存関係があろうとも、国家の主権と安全保障という観点から、中国との鉄道協力に慎重な姿勢をくずさない。 「鉄道のレールの幅が同じになってしまえば、中国軍がそれに乗ってホーチミンまでやってくる」と。

P.72~74

その代表的な人物がアジア開発銀行の元研究所所長の河合正弘氏(東大名誉教授)である。彼は雑誌などのインタビューでも、援助は、北朝鮮の経済政策の転換が目的であると繰り返している。河合氏は二〇〇二年の日朝平壌宣言の直後、北朝鮮を訪問し、北側の担当者と経済支援の中身について意見を交換した人物である。

こうした開発哲学は、あまりにも単純な経済決定論である。中国や北朝鮮が、経済よりも国家の安全保障に重点を置く非民主主義国家であるという本質的な理解がないのだ。

そして最後に、最大のリスクが、実はあの国の体制のありようである。膨大な軍事費、インフラの老朽化、農業の崩壊、不要な非生産設備への投資、国民のやる気のなさ。そればかりか、日本や西側に対する支払い中断中という事実。これらは皆、現実のこととして、あの国の中に存在する。

この点で頭に入れておきたいのは、建国の父•金日成主席の対外借款についての認識である。彼はすでに自国が海外から輪人したプラントなどの未払い問題が外交問題になっていることを踏まえて、こう居直っている。

「発展途上国の債務は全額棚上げすべきである」

借金を返す必要はない。このように言い切っているのである。その言葉どおり、金日成はソ連、中国など社会主義大国からの借款の多くを踏み倒してきた。日本企業からの返済にもシカトしたままである。いずれ正常化後の日本からの援助についても同じことが起こりうる。日朝平壌宣言には、日本の植民地支配への謝罪が経済支援の根拠であると書か れている。ならば、金日成も金正日も、三代目の金正恩も同じように「債務は全額棚上げにすべき」と居直りかねないのだ。それは日本のODAが、誰がなんと言っても彼らにとっては「賠償金」だからである。北朝鮮も中国と同じように、もらって当然と考えている。

だが、それは北朝鮮だけに限ることではない。朴槿恵の韓国も、習近平の中国も、同根だ。韓国や中国は、日韓基本条約や日中共同声明で賠償問題にはピリオドが打たれたと合意しているにもかかわらず、いまでも延々とカネを出せと言い続けているのである。韓国は従軍慰安婦への補償を、中国は遺棄化学兵器処理のための補償を求めている。日本は 「アジア女性基金」で慰安婦への「おわび」を繰り返し、中国の化学兵器の処理に、ODAとは別枠で予算をあてている。 北朝祥も間違いなくそうなるであろう。「謝罪」と「償.い」は、まだまだ終わることはないのである。

P.77~78

私はかねてより自分の発行するニユーズレター紙で、次のように主張してきた。

第一に、北朝鮮と中国共席党の間には深刻な路線対立があり、「自主経済」の破綻に瀕している北朗鮮は、中国からの経済支援と引き換えに、金日成主席以来の極左的な政策の修正を求められていること。

第二に、労働党内部において近年、中国との援助や貿易分野に関与する政府高官の中に、急速に富裕化する階層が出現し、彼らは中国と利害を共にする政治集団となりつつあること、そのため、先軍政治路線を掲げる金正恩第一書記は、こうした勢力と対決せざるを得なくなるだろう。

というものであった。張成沢の粛清劇は、こうした予想がついに現実化したものといえる。

外部社会からは見えにくいものの、現在では朝鮮労働党の「敵」は中国共産党となっている。労働党政権を脅かすのは、北朝鮮に対して宥和政策を続ける韓国でも、朝鮮半島に戦略的利益を持たない米国でも、拉致以外に格別の関心を持たない日本でもない。日米韓の三力国は、北朝鮮に対してそれほどの関与を行なっていないため、彼らの生殺与奪の 権利を握ってはいないのだ。

経済破綻の危機にあえぐ北朝鮮に対する最大の援助国は中国であり、彼らが北朝鮮国内に流通する商品の70~80%を握っている。北朝鮮の命運は中国の手の中にある。その中国が近年、これまでの気前のいい支援の姿勢を変化させた。タダでカネは貸さないと言い始めたのである。

P.92~94

チヤイナマネーは、張の代わりに、これから金フアミリーと人民軍が独占することで一件落着させようというのである。

だが中国はクールである。金正恩を信頼していない。次は金第一書記体制の中枢、チャイナマネーの恩恵に浴する党と人民軍の中から「第二の張成沢」が出現する可能性がある。政権基盤の、不安要因は払拭できていない。

北朝鮮の未来に残された二つの道

張成沢の粛清劇で、中国の民間企業はすでに及び腰である。経済特区や茂山開発、さらに羅津港拡大計画などが批判の俎上にあげられたからだ。張系列の政府関係者の粛清、 党員の忠誠心と思想点検も続いている。これでは、事業が順調に進むわけがない。

こうした北朝鮮国内の緊張は慢性的に高まり、経済は停滞する。そこでまた指導部内でサバイバルをかけた「政闘」が繰り返されるという悪循環。 労働党の直面している難題。それは中国に経済的に従属しつつ、政治的には自主独立を保つことがはたして可能なのかという問いなのである。

こうした二律背反を、金日成主席なら何とかできた。金正日総書記もかろうじて乗り切ってきた。彼らにはそれだけのカリスマ性と、軍•情報機関から全面的なバックアップがあったからだ。

だが、政治的キャリアもない三十一歳の青年である金正恩が、この二律背反を解決でき得るとは到底思えない。この政権が長続きする可能性は低い。

一九六〇(昭和三十五)年、朝鮮戦争の後、韓国は政情不安と経済困窮のさなかにあった。このとき、韓国軍の一将校だった朴正熙は軍事クーデターに立ち上がり、政治は独裁、経済は開放という国家戦略で、祖国を先進国入りさせた。

北朝鮮の「朴正熙」には、軍を徹底して抑え込み、これまでの鎖国政策を大胆に転換し得る政治力が求められる。そういう人物が登場しない限り、拉致問題の全面解決はむつかしい。

中国が求めるのは、北朝鮮の安定だけである”

仮に北朝鮮で政変が勃発した場合、それが安定を期待しうるとみれば、中国は真っ先に外交的な承認に踏み切るはずだ。そうした中国の選択を米国も最後は追認する。金正恩ファミリーの亡命を中国は受け入れて、政変は終わる。

張の粛清。事件は一枚岩に見える労働党内部において、ついに公然たる反対勢力が登場したことを意味している。彼らの背後には中国がいた。

P.148~150

中国企業は、なぜ北朝鮮から撤退したか

次は中国企業のケースである。

北朝鮮の最大の鉱山である茂山は、金日成が「我が国の宝」と胸を張った場所である。

このことは、繰り返し述べてきた。その茂山鉱山の開発権をニ〇〇五年、中国の天池工業貿易が手に入れる。期限は五〇年。鉄鉱石の推定埋蔵量は三〇億トン。北朝鮮どころか、アジア有数の鉱山である。

経済成長に伴って中国は世界最大の資源輪入国となり、石油天然ガスや鉄鋼の需要も急増した。そこで中国が目を付けたのが、隣国北朝鮮に眠る鉱山だった。なかでも茂山は中朝国境にも近く、採掘した鉄を中国に運び込むのにも好都合な立地条件にある。それでいて北朝鮮には、自力でこれを開発するだけの資金も技術もなかったのである。

だが鳴り物入りで進出したものの、二〇一四年秋の時点で、開発事業は中断したままだ。原因は北朝鮮側がいきなり当初の合意に反して、20%もの採掘料の引き上げや、労働者の賃金や輪送費用の増額を、一方的に通告してきたのである。これを拒否すれば電力供給の停止、労働者のサボタージユという事態が予想された。交渉の余地はない。いやでも受け入れるしかないが、ここで承諾してしまえば、北朝鮮はさらに無理難題を突き付けてくる。これでは事業の継続は無理。こう判断して首脳陣は中断を決断したのである。このままでは、掘れば掘るほど赤字になるからだ。被害に遭ったのは天池工業だけではない。

瀋陽の西洋集団も、ニ〇〇七年から北朝鮮の資源開発ビジネスに二億四千万元(約三〇億円)の投資を行なった。だが事業が軌道に乗り始めると、ここでも北側は取り決めを一方的に破棄、労働者の賃金、借地料、電気・水道代など一六項目の見直しを要求してきたのである。

一年後、西洋集団も事業撤退を決めた。度重なる賄賂要求も、彼らを辟易させた。こうした例を見れば北朝鮮のやり口は一目瞭然である。事業が軌道に乗り、利益が出始めるとそれまでの合意を一方的に破棄、一斉に値上げを要求するというパターンなのである。それは労働党の意向として現場に反映されたものなのだ。彼らは外国企業をタカリの対象としか見てはいないのだ”

P.174~175

ドルに姿を変える中国の富

現在世界一の外貨を保有する中国。その額四兆ドルである。繰り返すが、この膨大な富70%が対米投資などを通じて、ドル資産に化けている。そのうち、40%が先に紹介した 米国国債に充てられている。中国が日本を抜いて外貨準備高で世界.に登場したのはニ〇〇六年だが、それに合わせるように、中国政府のドル投資は加速している。現在でも外貨準備高は第二位の日本の三倍もあり、中国のそうした金融パワーは、米国経済にとっても必要にして不可欠なものとなっている。だが、中国にとっても、ここまで経済金融関係が深くなると、ドル暴落は他人事ではなく、中国経済の崩壊にもつながりかねない。

中国の巨大な外貨は貿易によって獲得されたものだが、その貿易高はニ〇〇一年にWTOに加盟した後、この一〇年で六倍に膨れ上がっている。いまではGDPのうち、実に50 %を貿易が稼ぎだしている。

さてその虎の子の貿易も、米国と依存関係にある。相手国のトップ5はEC、米国、韓国、日本、ASEANとなるが、EUとASEANは地域連合であり、国家単位でいう と、最大の輪出国は米国である。中国にとっても「敵国」米国がいちばんのお得意様、稼ぎ頭なのだ。

米国市場なくして、中国経済の成長も拡大もなかった。それは基本的に今後も変わるまい。対米輸出で稼いだ世界一豊富なマネーは再び米国に還流してドル体制を支える。この 構図が米中経済「同盟」関係なのだ。ここが米中両国の墓軸である。