8/5日経ビジネスオンライン 福島香織『王岐山イチオシの日本人歴史学者 「世界史の始まりはモンゴル帝国」の真意』について

小生もだいぶ前に岡田英弘の本を読みました。極論すれば、世界の歴史は「白人が作った」のではなく「モンゴル人が作った」という結論だったような気がします。チンギス・ハンの末裔が東は日本、西はポーランド・ハンガリー侵攻、南はインド(ムガール帝国=モンゴル帝国)、北はロシア(タタールの頸城)と世界の版図を塗り替えました。多くの日本人の頭には西洋の歴史と中国の歴史(と言っても漢民族が中国大陸を支配できた時代は漢・後漢・宋・明・中華民国・中華人民共和国しかありません。万里の長城以北は漢族の土地ではありませんでした。70年談話の有識懇の侵略明記は歴史を知らないものの戯言です。でも白人、中韓全部を敵に回せないので漸進的に進むしかありません。今回は「お詫び」をカットするところまででしょう)しかないでしょうが、岡田史学はモンゴル人を中心とした世界史でした。勿論ルネッサンス、産業革命を経て白人の火力の前に世界は植民地化されていくわけですが。

王歧(正しくは岐ではありません)山は公の場にずっと姿を見せていないとのことです。①JPモルガンに知人の子弟の就職斡旋の問題の発覚により左遷されたか②江派(特に曽慶紅辺り)の重点調査をしているかです。王にしろ習にしろ暗殺の噂がかなり流れていますので、身辺に注意しているのかもしれませんが。今北戴河会議が行われています。そこに出ているかどうかですが、動静が掴めません。

人民銀行総裁経験者の戴相竜、周小川も拘束されているようです。経済官僚は賄賂の額も半端ではないのでしょう。睨まれるとテクノクラートであることが仇になります。中国ではやはり理科系の方が無難です。江、胡、習とも軍未経験者は皆理科系です。まあ、戴、周も江派だからかもしれませんが(事実関係は不明です)。

中国は易姓革命の国、また専制国家の歴史しかありません。「歴史」は「history」を訳した日本から輸入された言葉です。中国人の考える歴史とは政治の一部ですので、日本人のような実証史学とは趣を異にします。多様な歴史研究等はあり得ないと思います。日本に捏造した歴史を押し付けるくらいですから。

記事

先週の日曜、東洋史学の大家の岡田英弘・宮脇淳子夫妻のお宅でランチをごちそうになった。そこで話題に上ったのが「王岐山氏が岡田英弘先生の本を中国で絶賛したのはどういう意図だろうか」ということだった。王岐山はいわずと知れた中国共産党中央政法委書記で反腐敗闘争の陣頭指揮をとっている習近平の右腕。4月に中南海で米政治経済学者のフランシス・フクヤマ、在米の比較経済学者の青木昌彦、中信証券国際董事長の徳地立人の三氏との座談会で、王岐山は岡田英弘をいきなり絶賛しはじめた。王岐山は中国社会科学院近代史研究所に在籍経験もある歴史好きの本好きであることは有名で、気に入った本をやたら人に勧める性格である。が、中国の一流の政治家が公式の場で何の(政治的)意味もなく日本の史学家の名をあげて推奨するだろうか。

 この催しは外国専家局が主催する改革建言座談会と題され、2015年4月23日に政治の中枢である中南海で行われた。こうした催しにはいくつかランクがあるが、人民大会堂ではなく釣魚台迎賓館でもなく、中南海に招待されるのは国賓待遇といっていい。この会談の内容は「共識網」という中国の思想サイトと中国系香港紙「大公報」に発表され、まもなく削除されたので、発言のどこの部分がまずかったのか、習近平政権として否定している普遍的価値観を認めているととれる発言箇所があったからではないか、といろいろと憶測を呼んだ。

日本の伝統史学に懐疑を示す“蔑視派”

 座談会が始まってすぐに王岐山はこう語りはじめた。

 「…去年、岡田英弘の歴史書を読みました。そのあとで、私はこの人物の傾向と立ち位置を理解しました。彼は日本の伝統的な史学に対し懐疑を示し、日本史学界から“蔑視派”と呼ばれています。彼は第三世代(白鳥庫吉、和田清につぐ?)の“掌門人(学派のトップ)”です。モンゴル史、ヨーロッパと中国の間の地域に対するミクロ的な調査が素晴らしく、民族言語学に対しても非常に深い技術と知識をもっており、とくに語根学に長けています。彼は1931年生まれで、91年に発表した本で、史学界で名を成しました。これは彼が初めてマクロな視点で書いた本で、それまではミクロ視点の研究をやっていたのです。私はまずミクロ視点で研究してこそ、ミクロからマクロ視点に昇華できるのだと思います。大量のミクロ研究が基礎にあってまさにマクロ的にできるのです」…

 岡田は1957年26歳のとき、「満老文檔」(清朝初期の満州語記録)共同研究で史上最年少で日本学士院賞を受賞するも、既存の中国正史に追従する中国史学に異を唱えたことで、日本の史学界では異端児扱いされ続けた。それを今、中国一の歴史通の政治家が高い関心を持っているのは面白い。

 原稿の中では、書名は出ていないが、岡田の著書の中で華字翻訳されているのは今のところ台湾で出版されている『世界史の誕生』(ちくま文庫)だけであり、また実際、この対談のあとに十数社の中国の出版社から同書の中国出版オファーが殺到したらしいので、王岐山が読んだのが同書であることは間違いない。“蔑視派”というのは王岐山の造語だろう。日本でそんな呼ばれ方はされていない。意味は推測するしかないのだが、この座談会後にネットに書き込まれた解説では、おそらくは、日本の伝統的史観、神話色彩の強い古代史を実証主義的な手法で批判した研究をさすようだ。日本では使われることのない言葉をわざわざ使って、岡田を論評しているのも不思議だ。

「優秀なDNAが中国文化の中にある」

 さらに王岐山は、フランシス・フクヤマに対してはこんな発言をしている。

 「あなたの言う、国家、法治、政府の説明責任、全部の中国の歴史の中にそのDNAがあります。中国文化の中にそのDNAがあるのです」

「政治は西側ではどのような解釈ですか? 中国では“大衆を管理する”ことが政治です」

 「米国の友人は、米国はたかだか200年の歴史しかない、と言っていますが、私は違うと思いますね。米国は欧州地中海文化を伝承しているのです。岡田英弘は言ってますよ。文明があるということは必ずしも歴史があると言うことではない。歴史と文明がともにあるのは世界上、地中海のギリシャとローマ、そして中国だけだと。彼はこうも言っています。中国の歴史は一般に司馬遷から語られているが、孔子から語られるべきだ。史記にも孔子は記載されている、と。中国の現代化のプロセスはまだまだ長い道のりがあります。我々がまずはっきりさせておかなければならないのは自己の歴史と文明、優秀なDNAが現代化の実践の中で発揮されなければならない、ということです。優秀なDNAは中国文化の中にあるのです。中国は多民族の遺伝の中で変異しているのです。中華民族はさらに西側文化のよいものを吸収し、世界上各民族の優秀なものを吸収しなければなりません」

 「(中国の憲法は法治を実現できますか、というフクヤマの質問に対して)不可能です。司法は必ず党の指導のもとに進行されねばなりません。これは中国の特色です」

これは、習近平政権の従来の立ち位置を踏襲している。欧米の民主主義や法治を中国は受け入れられない、政治も法も共産党が大衆を管理するためにある。中国には中華文明にはぐくまれた秩序、手法がある、外国に手伝ってもらわなくて結構、と米国学者に主張するために、岡田著作中の都合のいい文言を捻じ曲げて引用している、と読めなくもない。

 だが、王岐山も岡田の「傾向と立ち位置」を理解しているとわざわざ言及している。

本来の岡田史観は「中華復興」と対立

 岡田中国史観は習近平政権の「中華民族の偉大なる復興」路線と、むしろまっこうから対立する考え方である。その特徴は漢字で書かれた中国正史資料だけではなく中央ユーラシアの遊牧民族史料からのアプローチで、漢字の中国正史が描く「正統な皇帝を中心とする中国世界」」という中国4000年の歴史観の実態とかけ離れていて、その主役というのは常に入れ替わり激しく変化し、いわゆる「中国人」はむしろ被支配層であった時間の方が長かったという見方だ。

 『世界史の誕生』は歴史の新しいとらえ方を考察、提示することがテーマだが、元も清も中国を支配した王朝であって、中国の王朝ではないと書いているし、支配階層で文化も高い「夷狄」を野蛮人とさげすむ中華思想は、被支配層の中国人の病的劣等意識の産物ともいう。また「共産党中国のチベット統治の正統性を元清朝時代の関係を引き合いに出すならば、現在のモンゴル国こそ中国領有の権利を主張できる立場にある」などとも言っている。中華民族の優秀なDNA論を補強するためならば、もっと引用しやすい中国史家が日本にも海外にも山ほどいるはずだ。

 ではなぜ岡田英弘を持ち上げたのだろうか。背景には、この2年ほど盛り上がっている「新清史」論争があるかもしれない。「新清史」とは1990年代の米国で台頭した清朝研究の一学派で、「満州、モンゴルなど少数民族史料を重視した反“漢族中心論”清朝史学」(百度百科)という。岡田史学にアイデンティティ研究を足したもの、という表現もある。新清史の中心研究者の一人、マーク・エリオットは岡田の弟子である。

聞くところによると、中国では江沢民政権時代、現代中国の領土と民族的基礎となる清朝の歴史を国家の正史と位置付けるため、大予算を投じた「大清史」編纂プロジェクトが立ち上がった。この頃、北米で台頭した新清史学派が話題となり、英語のできる院生たちが夢中になり、新清史の成果を参照して論文を書くこともかなり多かったという。

 一方、これを敵視する教授たちも多く、論争になった。こうした論争は今にいたるまで史学界で続いており、特に去年の秋ぐらいから、「清朝は中国王朝ではないのか」「清朝の雍正帝は華夷一家と言っており、このころは民族と言う言葉はまだなかったのではないか」「新清史は満州族の漢化の事実を否定しているのではないか」といった論争や反論が登場している。最近も7月7日の中国社会科学報では「“新清史”背後の学風問題」と題した徹底反論が掲載されている。

研究業績と研究スタイルに感銘か

 岡田に師事した清朝史研究者・楠木賢道が現在、吉林師範大学に招聘されているのも、こうした新清史論争をめぐる研究者たちの関心の高まりがあるかもしれない。楠木は同学で「江戸時代の清朝研究」という講義を受け持っているが、「江戸時代の知識人は国民国家史観と無縁であり、清朝の持つ権力分散的で多元的、多文化的、多民族的な体制がうまく機能していたことを理解していた、この理解は岡田先生やその影響を受けたマーク・エリオットの“新清史”に近い」という。院生向けだが修士から副教授までが集まる人気講義だという。

 楠木に王岐山発言をどう理解するかと尋ねるとこう答えた。

 「『大清史』編纂がそろそろ最終局面にきています。ですが中国の史学界は一次史料読解の訓練、史料に基づく微視的研究が充実しているとはいえず、微視的な研究に基づく着実な巨視的構想も少なく成果も玉石混淆。(近代史研究所にいた)王岐山は歴史研究とは何かを理解している人でしょう。また、それらの報告書に目を通す立場にあり、感じるところがあったのではないでしょうか。そして最近華字翻訳が出た『世界史の誕生』を読んで、説得力のある壮大な構想に驚愕した。さらに岡田先生について調査し、長い時間をかけた地道な史料研究と、結構現代中国に対して批判的な発言をしてきたことを知った。中国について批判的な態度はとっているけど、研究業績と研究スタイルに感銘を受け、中国の研究者も見習ってほしいと、思わず話題に出してしまったのでは? 王岐山がチベット問題、ウイグル問題について、現状とは違う解決方法を模索していて、岡田先生の名前を出したと考えるのはうがちすぎでしょう」

私も自分なりに憶測をめぐらしてみよう。王岐山は『世界史の誕生』については、本の副題でもある「世界史はモンゴル帝国から始まった」というフレーズに惹かれたのではないだろうか。現在の世界の大部分が西洋の秩序に支配されているなかで、世界史の起源は西洋ではなくてモンゴルであり、元の文明は清へと受け継がれて現代中国に至るという風に考えれば、中華秩序が世界の半分ぐらいを占めてもいい、と言う根拠になると考えたとか。問題は清朝の国家アイデンティティだが、その部分は「新清史」を論破して、間もなく完成する「大清史」で、現代中国が大清国の正統な継承者と結論づければいい。中国で出版される歴史本は厳しいセンサーシップがあるので、岡田著作を翻訳出版することになっても、都合の悪い部分は削り、むしろ中国の公式の歴史観を補強することに使えるかもしれない。

「歴史を持つ強さ」その本気度は?

 「歴史と文明をともにもつのは地中海国家と中国だけ」「世界史の始まりはモンゴル帝国」と言いたくて、岡田英弘の名前を「民主主義と自由主義経済の最終的勝利で歴史終焉」と書いたフクヤマにぶつけてみたのだが、そのあとネットで「王岐山が言った岡田英弘って誰?」という反応が広がって、実はかなり中国にとって都合の悪いことも言っていると知られてしまい、そういう人物を持ち上げてしまった王岐山が、後になってバツが悪くなって、座談会原稿を削除した?とか。

 あるいは、王岐山は本気で清朝末期と様相が似てきたという指摘を内外で受ける現代中国の直面する問題の打開策のヒントとするために、あらゆるタブーを破ってでも清朝研究を発展させたいと思って、こんな発言をしたと考えるのはどうだろうか。そうだとすると、王岐山は、根は習近平と考え方を異にする「改革派」ということになるが。

 岡田著作でもたびたび言及されているが、歴史を持つ国は歴史を持たない国よりも強いのだ。中国が本気で強くなるために、いままで史料や情報や思想上制限してきた箍(たが)をはずし、本気で岡田史学・新清史学を含めた多様な歴史研究の方向性を模索しているとしたら、これはこれで侮れない

8/3ZAKZAK 矢板明夫『中国共産党にカモならぬ“北京ダック”にされた日本 「100年で3度も美味しく味わった…」そのココロは?』について

いつも言ってますように中国では「騙す人が賢く、騙される方が馬鹿」と言うのが基本的価値観です。8年の中国駐在を終えて2005年に帰国し、会社の中でこの話をしたら、「国粋主義者」「人種差別主義者」と言われました。10年後の今でしたら、「そのとおりだ」と頷かれる方が多いのではと思います。人間はやはり自分で体験しないと分からないのでしょう。日本人の持つ善良さが世界の悪を視る眼を曇らせている部分があります。敵はそれを利用してくるという事です。

小生が良く言っていますのは「日本人同士で話したり、アクションするときには謙譲の美徳を発揮し、日本人と外国人の場合には主張すべきは主張する。主張するスイッチをオンにしたりオフにするようにする」。そうしないと世界に食い物にされてしまうという事です。「南京事件」「従軍慰安婦」について外務省の無能と売国政治家or利権政治家(選んだのは国民です)、売国メデイアにより、「なかった」ことを「あった」ことにされてしまいました。キチンと反撃してこなかったからです。グローバルな人材と言うのは語学ができることではなく、キチンと主張すべきことを主張できる人材を言います。相手に阿たり、媚びたりすることではありません。

朝日新聞の富永格特別編集委員のようにでっち上げするのは左翼の十八番です。「不注意」とか言っているようですが、「慰安婦」と同じく言ったもの勝ちです。ジャーナリストとは記事捏造者の訳かと富永氏に聞いてみたい。語学ができると言っても所詮こんなレベルの人間がジャーナリストを気取っているのでは朝日のレベルが知れようというもの。白人か会社の経営者に阿る愚かな日本人の典型です。

tominaga asahi

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名物料理、北京ダックにはいろいろな楽しみ方がある。専門店に行けば、「アヒルの三つの食べ方」という意味の「鴨三吃」というコース料理を注文できる。一匹のアヒルを分解して、その皮、肉、骨をそれぞれ三つの調理法で料理にしてくれる。

 第一の食べ方は北京ダックの定番、焼き上がった皮を削ぎ切りにし、小麦粉を焼いてつくった「薄餅」(バオビン)で包んで食べる。第二の食べ方は肉の部分をモヤシなどと炒めて肉料理にする。第3の食べ方は、骨のガラを使って白濁したスープをつくる。アヒルのすべての部位を無駄なく使い、同じアヒルから三つの違う味わいを引出すのがこのコース料理の売りだ。

 先日、数人の中国の改革派知識人と北京市内のレストランで「鴨三吃」を注文した。杯を重ねているうちに、日中関係の話となった。執拗に日本批判を繰り返す習近平政権の本音はどこにあるかについて、いろいろな意見が出たが、「権力基盤が弱く、国内をまとめられないから、日本を叩くことに通じて政権の求心力を高めようとしている」という結論で一致した。

 ある知識人は「最近百年、日本は実に中国共産党に都合よく利用されてきた。まるでこのテーブルにあるアヒルのように、“鴨三吃”にされている」と指摘した。アルコール度数の強い白酒一杯を飲み干してからこの知識人は、共産党がいかに日本を「三吃」してきたのかを説明しはじめた。

まず、日中戦争を利用して共産党軍の勢力を拡大させ、中華人民共和国の建国につながったことだ。1930年代までの共産党軍は弱く、国民党軍との内戦で圧倒的不利な立場にあった。しかし、日中戦争が勃発すると、共産党軍は口で「抗日」といいながらも、ほとんど戦争に参加せず、後方の延安にこもって英気を養い、軍勢を拡大させた。最後に、日本軍との戦いで困窮した国民党軍の背中を刺すようにして、中国全土を占領した。このことを中国建国の父、毛沢東本人も認めている。1964年に訪中した当時の日本社会党の佐々木更三委員長が毛沢東に対し戦争の謝罪をしたが、毛は「何も申し訳なく思うことはないよ、日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらした。中国国民に権利を奪取させてくれたではないか、皆さん、皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったろう」と話した。毛沢東のこの発言は中国側の資料にも残っている。

 そして、日本を二度目に利用したのは、鄧小平だった。1970年末に最高実力者となった鄧小平は、自らが推進した改革開放路線を支えるための資金と技術を手に入れるために日本を訪問した。松下電器の創業者、松下幸之助を訪ねたときは実に低姿勢だった。鄧小平は「これから私たちは近代化しなければならない。外国の技術や資金を導入することにしている。電子工業がなければ、近代化は実現できないので、あなた方の電子工業を私たちの方に持っていきたいと思っている。協力していただけないか」と頭をさげた。

その率直さに感動した松下幸之助は即座に「何であれ、全力で支援するつもりです」と答えた。鄧小平は満面笑みを浮かべ、松下電器の記念冊子に「中日友好前程似錦(中日友好の前途は洋々たり)」と揮毫した。

 その後、松下電器は中国進出の先兵となり、中国各地で工場を次々とつくった。松下幸之助は自身の財界への影響力を行使し、ほかの企業に対しも中国進出を積極的に勧めた。1980から90年代までの約20年、日本から投資と技術協力が中国の高度経済成長に大きく貢献をしたことは言うまでもない。

 しかし、中国が世界貿易機構WTOに加盟した 2001年ごろ、経済面で日本を必要とする部分が減少した。中国共産党は歴史問題で日本を執拗に批判するようになり、政権固めのため道具として、日本を三度目に利用した。その傾向は2012年秋に発足した習近平政権以降、さらに顕著となった。各国の指導者を招いて9月に北京に行われる“抗日戦争勝利70周年を祝う軍事パレードは、その典型の一例といえる。

 因みに、中国当局が黙認された各地の反日デモなどで、日本企業が狙われ、山東省と江蘇省のパナソニックの工場も襲撃対象となり、焼き討ちされた。北京ダックを口にしながら、「日本が中国共産党に“鴨”になっていることを、どれだけの日本人は知っているのか」と考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8/2伊勢雅臣メルマガ『「持てど使えぬ」集団的自衛権の怪 「集団的自衛権違憲」論の裏に潜む中国の影。』について

物事は単純に考えれば分かり易い。集団的自衛権の行使に反対しているのは中国・韓国(左翼と左翼くずれ)、日本の民主党・社民党・共産党(左翼)と朝日・毎日・東京・共同(左翼メデイア)です。左翼は平気で嘘をつくことが出来、人権弾圧もします。朴槿恵の加藤前産経ソウル局長の軟禁など人権無視も甚だしい。中国も人権派弁護士を249人も平気で拘束します。左翼メデイアは抗議の声を一切上げません。日弁連(左翼の巣窟)こそ同業者が人権侵害されているのだから抗議のアピールをすべきなのに一切しません。海外だから力の及ぶ範囲でないというのであれば、海渡(福島みずほの夫)や戸塚等の人権派弁護士が国連人権理事会に行って「従軍慰安婦」をアピールするのはおかしい。二重基準です。まあ、恥を知らない連中ですから。左翼メデイアを定期購読している=日本の名誉を傷つけることに加担していることになりますので、一人でも多くの人が不買してほしいと願っています。

集団的自衛権は日本を守るもの。それ以上でも以下でもありません。日本一国で中国の侵略行為に対抗できますか?大東亜戦争のように日本1か国で戦うのですか?中国が攻めて来ても戦わないのですか?チベット、ウイグル、内蒙古と同じ運命になるのが分かっているのに。逆に中国の野望が明らかになってきているのだから多国間で中国を包囲した方が抑止になるし、戦っても勝つことができます。どうしてこんな簡単なことが分からないのでしょう。多分分かっていて、左翼・中国共産党のために動いているのでしょう。金も動いていると思われます。

日本が戦後70年、他国の侵略を受けなかったのは憲法9条のお蔭であるはずがありません。勿論日米安保条約のお蔭ですが、その他に「特攻」までして国を守ろうとした民族は世界にありませので、その精神を持った民族を怒らすと怖いという刷り込みがあったためと見る人もいます。勿論玉砕は戦史上いくらでも見ることができるでしょうけど。

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■1.「これは武士道ではない。日本は臆病ものだ」

 2004(平成16)年4月、ペルシャ湾で日本のタンカー「高鈴(たかすず)が武装勢力に襲われたが、アメリカの海軍と沿岸警備隊が護ってくれた。「高鈴」の乗組員は全員無事だったが、米海軍2名、沿岸警備隊1名の合計3名の若者が命を落とした。

 しかし、アメリカ側は「同じ活動をやっている仲間を助けるのは当たり前だ」と語った。当時、陸上自衛隊がイラクで人道支援活動で展開[a]、航空自衛隊はクウェートからイラクに支援物資などを空輸し、海上自衛隊がインド洋で同盟国の艦隊に給油活動をしていたからだ。

 しかし、その後、小沢民主党が「インド洋での給油は憲法違反」としてテロ対策特措法の延長に賛成しなかったため、給油活動を行っていた海自は帰国を余儀なくされた。

 その途端、日本に対する評価はガタ落ちとなった。「日本の油を守るためにアメリカの若者が死んでいるのに、日本人は国内の事情で帰るのか」とアメリカは反発した。イギリスのファイナンシャルタイムスは一面で「これは武士道ではない。日本は臆病ものだ」とまで書いた。

「高鈴」の逆のケースを考えてみよう。日本近海で米海軍の艦船が中国の軍艦に襲われた、とする。救援依頼の電波を受信して、海上自衛隊の護衛艦が駆けつけたが、国内法の事情から、海自は米国艦船を守るために中国の軍艦と戦うことができない。

 米海軍の艦船は日米同盟によって、日本近海で日本を守るために活動をしていた。それを日本が助けないとは何事か、と米国民は激高するだろう。その瞬間に、日米同盟は深刻な危機に陥る。いくら条約があっても、米国民は身勝手な日本を守るために、米青年の血を流すことに猛反対するだろう。

 日本を含む太平洋の西半分を自らの覇権下におこうとする中国にとって、唯一の障碍は日米同盟だが、その同盟にクサビを打ち込む最も簡単な方法がこれである。

■2.「集団的自衛権は保有しているが行使できない」という詭弁

 上述のケースで、海自護衛艦が米艦船を守るために戦えないのは、我が国が「集団的自衛権」を行使できないという憲法解釈を政府がとってきたからである。

 集団的自衛権とは「ある国家が武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う国際法上の権利」と定義されている。

 これに関して、昭和47(1972)年9月14日、社会党(当時)の質問主意書に対する答弁書(以下、「47年答弁」と呼ぶ)として、「国際法上は集団的自衛権を保有」としながらも、「その行使は違憲」とする次のような見解が出された。

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 ・・・わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 現在、国会で議論されている平和安全法制は、限定的な集団的自衛権行使を含んでおり、これを多くの憲法学者が違憲と指摘する根拠の一つが、この47年答弁である。

 しかし、たとえば「あなたは投票権を持っているが、行使はできない」などと言われたら、一般国民の常識では理解できない。「持てど使えぬ」権利が世の中にあるだろうか? こんな詭弁が、どうして出てきたのか?

■3.平和条約と国際連合憲章で保証された集団的自衛権

 この詭弁的答弁が表明された昭和47(1972)年以前には、我が国が集団的自衛権を持っていることは、自明の理だった。我が国の戦後の独立は、昭和26(1951)年に締結されたサンフランシスコ平和条約によるが、その第5条(C)では次のように謳われている。

__________

 連合国としては日本国が主権国として国際連合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること・・・を承認する。[2,p145]

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 その国際連合憲章51条は、こう定めている。

__________

第51条 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。

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 主権国ならば当然、自分の国を守る権利を持っており、それは個別的、集団的の区別を問わない、というのが国際常識である。大国に対して、小国が単独で自らを守れない場合は、他国との同盟関係を構築して相互に防衛する権利を有するという集団的自衛権は、国家の固有の権利である、と考えられていた。

 我が国の「国際法上は集団的自衛権を保有」とは、このサンフランシスコ条約、および、日本が昭和31(1956)年に加盟した国連憲章によって保証されているのである。

■4.実は行使されていた集団的自衛権

 47年答弁は「憲法上、行使不可」というが、現実には、集団的自衛権の行使を前提とした条約が結ばれてきた。サンフランシスコ平和条約と同時に、昭和26(1951)年にアメリカとの間で結ばれた安全保障条約(旧安保条約)では、前文に次のような一節がある。

__________

 平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。

 これらの権利の行使として、日本国は、その防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。

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「これらの権利の行使として」とは、その前節の「個別的及び集団的自衛の固有の権利」を指す。すなわち、旧安保条約を結ぶこと自体が集団的自衛権の「行使」だったのである。

 なお、その10年後の昭和35(1960)年に改訂され、現在も有効な安保条約でも、「行使」の文字こそないものの、「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認」した上で、第5条で以下のように謳う。

__________

各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

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 これは、集団的自衛権を行使するという宣言に他ならない。もし、集団的自衛権の行使が違憲であるならば、現在の日米安保条約そのものが違憲であると主張しなければ、筋が通らない。

■5.政府も最高裁も「集団的自衛権は合憲」

 47年答弁の以前は、政府見解は「憲法上も保有、行使も合憲」をきわめて明確に打ち出していた。昭和29(1954)年に鳩山一郎内閣のもとで出された政府見解は次のようなものであった。

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 戦争と武力の威嚇、武力の行使が放棄されるのは、「国際紛争を解決する手段としては」ということである。

 他国から武力攻撃があった場合に、武力攻撃そのものを阻止することは、自己防衛そのものであって、国際紛争を解決することとは本質が違う。従って、自国に対して武力攻撃が加えられた場合に国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない。

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 ここでは自衛権を「個別的」か「集団的」かの区別をしておらず、両方とも自己防衛である限り、憲法は武力の行使を認めている、としている。国連憲章にも、サンフランシスコ条約にも、日米安保条約にも整合する単純明快な見解である。

 最高裁判所も同様の判断を下している。自衛権について、最高裁判所が下した唯一の砂川判決(昭和34(1959)年)では、国際連合憲章に基づいて「すべての国が個別的および集団的自衛権の固有の権利を有することを承認している」事を確認した上で、補足意見ではこう述べる。

__________

 今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従って一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。

・・・換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従って自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。

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「自衛はすなわち『他衛』、他衛はすなわち自衛」とは、集団的自衛権そのものである。憲法解釈の最終の権威は最高裁にあり、その最高裁が、自衛権について下した唯一の判決がこう述べているのである。すなわち、政府も最高裁も「集団的自衛権を国際法上も憲法上も保有しており、当然、行使も合憲」という判断であった。

■6.自衛権行使違憲論に中国の陰

 この常識的判断が、47年答弁によって突然、「国際法上保有、憲法上行使不可」と変更されたのだ。「解釈改憲」というべきは、こちらの方だろう。どうしてこんな解釈が突然出てきたのか。

 この答弁の出された昭和47(1972)10月の前月、田中角栄首相が訪中して、毛沢東や周恩来と会談している。この時、田中首相が何を話し合ったのかは、いまだ正式な外交文書が公開されていないので不明である。

 しかし、その前年の1971年7月と10月に訪中したアメリカのキッシンジャー大統領補佐官と周恩来首相との会議録は公開されている。そこでは周恩来が「台湾と朝鮮半島に対する(日本の)野望を放棄すること」を日本に望むと述べている。対するキッシンジャーは「我々は日本の軍備を日本の主要4島防衛の範囲に押しとどめることに最善を尽くすつもりです」と応えた。

 ここから中西輝政・京都大学名誉教授は次のように断言する。

__________

 この二人の会談の翌年10月—-しかもそれは田中訪中の翌月でもある—-に出されたのが、前述の集団的自衛権に関する政府・内閣法制局の新解釈なのである。その背景要因として、朝鮮半島、台湾有事に自衛隊を関わらせたくないという米中両国、特に中国側の意向が強く影響していたことは間違いない。[4]

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■7.「社会党が言うから」

 47年答弁は、社会党の参院議員・水口宏之の要求に応じる形で、政府が参議院決算委員会に提出したものだった。当時、官房長官であった宮澤喜一氏は、後に「集団的自衛権は違憲だという答弁は、社会党が言うから防衛線を固く敷いてきた」と述べている。

 社会党の要求通りの「集団的自衛権行使不可」の政府答弁は、いたく社会党が気に入ったので、珍しいことにこれに反対を唱えたことはついぞなかった。

 社会党は、かつてはソ連から資金援助を受けていたことが、ソ連崩壊後に公開された秘密文書により公開されたが、47年答弁の時期に同様に中国の代弁者として活動していたと推定しても不思議ではない。中国側の指示を受けて社会党が参院で質問し、自民党はキッシンジャーの意向を受けて新解釈を打ち出した、というのが真相のようだ。

■8.「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しよう」

 日本の集団的自衛権行使を一番恐れているのが中国、という構図は今も変わらない。

 中国は集団的自衛権行使に反対しており、社民党や朝日新聞なども、中国の意向を受けてであろう、「戦争への道」などとヒステリックに非難している。しかし、南シナ海で軍事基地を作り、わが国の領海領空に侵犯を繰り返す中国の脅威には言及しない。

 他方、アメリカを始め、中国の脅威を受けているフィリピン、ベトナムなどの東南アジア諸国、オーストラリア、インドは、集団的自衛権を含む安全平和法制を両手を挙げて歓迎している。

 集団的自衛権の議論は、わが国とこれらの国々が中国の覇権に下り、ウイグルやチベットのような隷従の道を歩むのか、それとも共産中国を封じ込めて、自由と独立を守るかの分かれ道なのである。

 日米欧はかつての冷戦において結束してソ連を打倒し、欧州側の多くの国家、民族を解放した。しかし、アジアにおいては共産中国との冷戦はまだ続いている。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という日本国憲法に従うならば、我々は米国・アジア・太平洋諸国と連帯して、共産中国の「専制と隷従、圧迫と偏狭」から人類を救わねばならない。

8/1産経ニュース ヘンリー・S・ストークス『反日プロパガンダに惑わされず、誇りある国になってほしい』について

歴史の真実を直視すれば、植民地主義を打倒した日本が悪いはずはありません。韓国は日本と一緒に欧米と戦ったのに「戦勝国」とお得意の捏造をしています。歴史を知らない人間は簡単に騙されます。中国は重慶政府と南京政府と分かれ、欧米VS日本の戦いにそれぞれがついただけ。日本も満州国を作ったと言われますが、愛新覚羅溥儀の家庭教師だったジョンストンの『紫禁城の黄昏』には日本が傀儡政権を樹立するため溥儀に近づいたのではなく、紫禁城を追い出された溥儀が困って日本に助けを求め、日本が匿ったのが真相です。

ストークス氏は三島と交流があり、いろいろ話し合う中で歴史の真実が見えてきたのだと思います。ただ三島が死んで45年経ってからでないと本当の話ができないほど日本社会が左翼に蝕まれて来たという事でしょう。中国を見れば左翼の理想とする国が如何に人権抑圧しているか分かるはずです。中国を支援する朝日、毎日、東京等のメデイアは日本を中共のようにしたいのでしょうか?少し考えれば分かるはずです。日本国民もそろそろ騙されることから卒業しないと。

真実はそれほど複雑ではありません。世界二分割、重商主義、帝国主義の基になったキリスト教文化が日本の台頭に倫理的に負けたのです。でも彼らは戦争で勝ったため、歴史を改竄・捏造して日本に押し付けたのです。中国・韓国はそのお先棒を担いで日本を道徳的に劣った民族にしようと目論んでいます。でも中国の台頭が米国を脅かすことになり米国は臍を噛んでいるでしょう。最初から日本と手を組んでおけば良かったのに。

歴史も戦争の重要な手段となりうるというのを中韓は教えてくれました。事実に基づいて日本はキチンと反論していくべきです。外務省はもっと仕事をしろと言いたい。藤岡信勝氏の8/3Facebookによれば「自由社の教科書から南京事件を削除したので記者から取材を受けたが、「あった派」の学者は取材を誰も受けてくれない」とのこと。学者と言うのは如何に知的誠実さが足りないかという事。

yukio mishima

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島由紀夫とH・S・ストークスの自衛隊訓練

記事

日本は白人支配からアジアを解放した

〈半世紀にわたり日本に滞在、日本外国特派員協会で最古参だ。著書「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」(祥伝社)は、「在日外国人記者がはじめて書いた正しい近・現代日本史」(評論家の宮崎正弘さん)などと話題を集め、出版依頼が相次いでいる〉

多くの読者の皆さまに感謝します。「東京裁判は勝者の復讐(ふくしゅう)劇にすぎない」「いわゆる『南京大虐殺』はなかった」と世界の既成概念に欧米人で初めて挑戦したことに興味を持っていただいた。ただ私は歴史に対して公平でありたかったのです。

〈初めて日本に来たときは、戦勝国史観に立ち、「日本は悪かった」「東京裁判は正しく、南京大虐殺はあった」と信じていた〉

滞日が長くなるにつれて、霧が晴れるように米国が押しつけた歴史観が誤りであることを悟り、歴史的真実がどこにあるか認識できるようになりました。皆さんも反日国家のプロパガンダに惑わされず、歴史の真実を知って、日本が誇りある国になってほしい。

〈東京発の欧米特派員の報道には偏向した内容が少なくない。彼らの一部は日本を「肯定」する最長老に「修正主義者」のレッテルを貼った〉

滞日経験が浅い彼らのほとんどが勉強不足です。昨年5月に私の本について「南京虐殺否定 無断加筆 ベストセラー翻訳者」との捏造(ねつぞう)記事を書いた共同通信の若い米国人記者も、創作小説にすぎないアイリス・チャンの「ザ・レイプ・オブ・南京」を史実のごとくに信じていました。米東部の名門大学を卒業したエリートですらこのレベルです。

私こそ「リベラル」。人種的偏見や差別に反対で、草の根の声を大切にしています。真実を壊す嘘を受け入れられません。しかし、日本でリベラルといえば、中国や旧ソ連を支持する左翼です。これはおかしい。

〈「日本は侵略した」と欧米や中国、韓国、日本の学者まで主張する〉

それは「連合国側の史観」。敵側の戦時プロパガンダです。確かに日本が欧米諸国のアジア植民地に軍事進攻したことは事実です。しかし、それ以前に侵略して植民地にしたのは欧米諸国です。日本は欧米の植民地を占領し、日本の将兵が宣教師のような使命感に駆られて、アジア諸民族を独立へ導いた。アジア諸国は日本によって白人支配から独立した。西洋人は世界史を見直すべきです。日本はアジアを独立に導いた「希望の光」。「侵略」したのではなく「解放」し、独立に導いたのです。

アジア、アフリカ、北米、南米、豪州を侵略した西洋は謝罪していません。なぜ日本だけが謝罪しなければいけないのか。白人が有色人種を侵略するのは「文明化」で、有色人種が白人を侵略するのが「犯罪」とはナンセンスです。

〈欧米人にも同じ主張をする同志が出てきた〉

米国人ジャーナリストのマイケル・ヨン氏は私の著書を読んで確信を持ったようです。弁護士のケント・ギルバート氏も賛同してくれました。特派員の後輩たちも続いてくれることを期待します。

ジャパニーズ・カルチャー・アズ・ナンバーワン

〈フィナンシャル・タイムズ初代東京支局長として来日したのが東京五輪が開催された昭和39(1964)年だった〉

オックスフォード大学在学中に米国やソ連など世界を訪ねました。どの国も半日あれば把握できましたが、日本だけは例外でした。1940年代後半から60年代前半に急速に発展した日本人の行動の源がどこにあるのか。それを知りたくて日本に来ました。

高度成長の入り口にあった日本に暮らすうちに日本が好きになりました。巨大なロケットが発射されたように急速に動き出す。そんなミステリアスな魅力がありました。半世紀で10回ほど離れる機会がありましたが、その度日本のすばらしさに触れてとどまりました。

文化が素晴らしい。エズラ・ボーゲルは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と著しましたが、「ジャパニーズ・カルチャー・アズ・ナンバーワン」と思います。

黒澤明の「七人の侍」などの映画を見て新鮮な衝撃を受けました。19世紀以来、浮世絵に始まり日本建築までジャポニズムは世界文化に大きな影響を与えています。

東日本大震災で被災者が救援物資の配給を受ける際、他人を思いやる人徳の高さがありました。暴動も略奪もない。奇跡のような光景に世界の人が感動しました。「思いやり」を大切にする日本の文化でしょう。

地下鉄に乗ると、私が体調が優れないと見て取ると、誰彼となく席を譲ってくれます。それも相手を慮(おもんばか)って。日本には洗練された文化の高みがあるのです。

〈日本と英国は同じ島国として共通点がある。それゆえ日本の風土に順応できた〉

シャイで注意深く節度があってあまり直接的に発言しない点など英国人は

大陸の欧州人より日本人と共通しています。共に恥の文化です。素材の味を大切にする料理も同じ。私は畳で横になり、綿の浴衣を着ることが心地よいです。

〈日本人女性、あき子さんとの間に生まれた一人息子のハリー杉山さんは、テレビやラジオでタレントとして活躍中だ〉

22歳の独身英国人男性が来日して仕事をして日本を好きになれば、100人中99人が日本女性と結婚します。日本女性が素晴らしいからです。日本女性と結婚して正解だった、賢明な選択をしたとみな思います。私も、あき子と結婚して40年、素晴らしい人生です。

クエーカー教徒で平和主義者ですが、国を護(まも)るために軍隊を持つこと、国を護るために命をささげた方々を顕彰することは当然です。それでハリーが生まれたとき(昭和60年)、靖国神社に家族でお参りしました。ハリーは私以上に文才があります。将来、活字メディアでも力を発揮してほしいと願っています。

三島が訴えた米呪縛からの脱却

〈日本にとどまった理由の一つが作家、三島由紀夫との出会いだった。今年は生誕90年、自決して45年を迎える〉

三島は当時、昭和天皇を除くと、世界で最も話題性のある日本人でした。「日本の魂」に触れようとインタビューしました。彼の率直さが好きでした。

〈1969(昭和44)年3月、三島の富士山麓雪中演習に外国人として初めて同行した〉

「日本はどう生きるべきか」。三島は苦悩の中にいました。彼の指摘は本質を突いていました。彼を通して日本が抱える問題と進むべき方向性が見えました。三島は、米国によって日本が「属国化」されたことを嘆いていました。

〈1970(昭和45)年11月25日、三島が自決した日、マニラに向かうはずだった。台風で飛行機が欠航となり、自決を知った〉

茫然(ぼうぜん)となりました。中途半端な行動をしない男で、死ぬといえば、どんなことがあっても死ぬと思っていたからです。1カ月前に「この世の終わり」と書かれた手紙が送られました。何度もサインを出していたのに見落とした。「友達を見捨てた罪は許すべからざるものだ」といまだに自己批判しています。

三島が檄文(げきぶん)で訴えたことは大筋で正しい。しかし西洋では理解されていない。事件後、英語で三島由紀夫伝を書きました。邦訳され、ギリシャ語にも翻訳されました。

〈昨年11月、三島ゆかりの熊本・桜山神社を訪ねた。ラストサムライ、「神風連」の志士がご祭神として祀(まつ)られている〉

訪問してわかりました。神風連、特攻隊に連なる精神、自らの命を賭して日本を護(まも)る魂の在り方に三島が衝撃を受けたのです。

西洋を知れば知るほど、日本人としてのアイデンティティーに目覚めたのです。日本の文化、伝統が世界で稀有(けう)な遺産であることを。

三島が命を懸けて訴えたかったことはマッカーサーが作った憲法の呪縛や自衛隊など米国の「属国」のようになった戦後日本の在り方でした。ただ反米ではありません。連合国戦勝史観からの脱却でしょうか。三島が人々に理解されるには、200~300年かかるかもしれません。

〈多くの日本の実業家の知遇も得た〉

最も親しかったのは第3代諏訪精工舎社長だった服部一郎さんです。電子情報機器のセイコーエプソンを立ち上げ、嘱望されながら川奈ホテルゴルフ場でプレー中に急死しました。今でも思い出すと悲しい。一緒にビジネスをやる計画を立てていたので残念です。

〈来日直後、白洲次郎とも面識があった〉

黒塗りのダイムラーで、よく高級料亭に連れていかれました。妻のあき子とごちそうになったこともあります。英国企業の日本進出で稼いでは、豪奢(ごうしゃ)な生活をしていました。流暢(りゅうちょう)な英語で、人を見下して話すところは、好きになれませんでした。

NYタイムズも欺かれた「偽物」

〈韓国で1980年、全斗煥が軍の実権を掌握すると、北朝鮮は「休戦協定を白紙化する」と宣言、半島は一触即発の危機に陥った。同年6月、米国が北朝鮮に特使を派遣すると、ニューヨーク・タイムズ(NYT)記者として同行した〉

金日成主席に会い、平壌郊外の宮殿で5日間過ごしました。握手した金日成は息切れする病人のようでした。特使ソラーズ議員との会談に立ち会えませんでしたが、目付け役として米中央情報局(CIA)職員が同行していました。

〈韓国の金大中元大統領には、30回以上も単独インタビューした〉

金大中は常に「民主化運動の闘士」というイメージを演出していました。米国の民間組織と言論が後押ししたのです。ニューヨーク・タイムズは、その先頭に立っていました。

初めて会ったのは、69年春。日本と米国に滞在して、民主化を推進する人権活動家と注目されていました。

〈73年8月、東京・九段のホテルから、韓国中央情報部(KCIA)に拉致され、船上で殺害されかかるが、軍用機が旋回し、一命をとりとめる。その後、ソウルの自宅で軟禁され、80年5月、再逮捕され、光州事件が起きる〉

80年春、民主化運動の中心人物として取り上げ、社説でも「金大中は処刑されるべきではない」と論陣を張ったのです。

〈「偽物(フェイク)」であることは、妻のあき子さんが最初に見抜いた〉

女性のカンは素晴らしい(笑)。必要以上に自分を繕い、私に接近する不自然さにあき子が気付きました。よく観察すると、いつも駆け引きをしている演技者でした。詐欺師で、人々の気持ちを巧みに操る。私もニューヨーク・タイムズも騙(だま)されたのです。金大中の最大の犯罪は民主主義を欺いたこと。その最たる例が光州事件でした。

〈事件から20年後の2000年、編者として「光州暴動」を米国の出版社から刊行した〉

事件は金大中が起こした自作自演の「暴動」で、大統領になることを狙って暴動を仕掛けたのです。周辺者は、金大中が世俗的な地位や金銭に重きを置き、不正蓄財をしていたことを知り尽くしていました。さらに問題は、北朝鮮と関わることでした。国家反逆罪に値する売国行為でした。民主化のホープを気取り、ノーベル平和賞を手に入れる名誉欲に駆られた私欲の権化でした。

〈金大中を救ったのは、米大統領となるロナルド・レーガン関係者だった〉

80年秋、全斗煥大統領と密約を結んだのです。レーガン新大統領を訪問する初の外国の元首として全大統領を招く代わりに金大中を処刑しないことを約束した。レーガン大統領が金大中の処刑を回避したのは、民主化の旗手というイメージが浸透していたため。米国全体が彼の演技に欺かれていたわけです。

和製ジェームズ・ボンド養成を

〈安倍晋三首相の父親の安倍晋太郎元外相、祖父の岸信介元首相を取材した唯一の外国人記者だ〉

岸信介氏に日本に来たばかりの頃インタビューしました。満洲を開発した手腕はナチス・ドイツの首都を改造する「ゲルマニア計画」を進めたアルベルト・シュペーアに匹敵して日本の政治史に名を残しています。2度目の総理を務める安倍首相は運を持っていて国際社会で存在感が増しています。アベノミクスを主導する発信力は日本の指導者として久しぶりです。

米上下両院合同会議で行った安倍首相の未来志向の演説は、米側から高い評価を受けました。問題は中国を訪問する際、どう発言するか。対中外交で真価が問われます。

〈「慰安婦」「南京事件」で中韓の反日プロパガンダが続いている〉

ようやく日本も反論を始めましたが、まだまだです。いまなお中国が情報戦で圧倒しています。世界中の人々が南京で30万人が虐殺され、慰安婦が強制連行されたと信じて国際世論が変わる兆しは見えません。

〈日本が最も遅れているのがインテリジェンス(諜報)だ。7つの海を支配した英国は情報によって植民地統治を練り上げたことはよく知られている〉

私は属したことはありませんが、多くの諜報に携わる人物を知っています。英国の諜報力が世界で最も優れているのは、島国であることと関係しています。周辺諸国が侵略を試みた歴史から祖国防衛には他国が侵略の意図を持っているか事前に把握する必要があり、情報収集が最優先になったのです。日本も同じ島国なので、英国をモデルに諜報の強化を図ってほしい。

〈愛国精神を求めることにおいて、英国情報機関は先達だ。危険な任務に就くのは女王への忠誠と国家への奉仕を尽くすことで、臣下の名誉とする考えが行き渡っている〉

英国人は情報機関のみならず、一般の市民も愛国心のために諜報で個人の自由が制約されても当然と考えます。そこが個人のプライバシーの保護が優先される米国と異なります。個人の生活を守ることは、周辺国が侵略してくるかどうかと密接に関連します。約800年の歴史的体験から英国人には身を守るための諜報が民族意識に根付いているのです。

〈英情報局秘密情報部(MI6)などの伝統的な資格は、忠誠心のほかにオックスフォード、ケンブリッジなどの名門学歴、サーの称号以上の貴族の子弟だ〉

階層社会で最も優遇された彼らは決して王や女王を裏切らない素性の明らかな存在です。最高の情報が得られるように、最高レベルの教育と社交界の品格と儀礼をわきまえた英国でもっとも知性的な紳士(ジェントルマン)たちです。日本の007=ジェームズ・ボンドを早く養成してほしい。

(聞き手 岡部伸)

             ◇

1938年、英国サマセット、グラストンベリー生まれ。61年、オックスフォード大学修士課程修了後、62年にフィナンシャル・タイムズ入社、64年、初代東京支局長。67年、タイムズ東京支局長、78年、ニューヨーク・タイムズ東京支局長を歴任。三島由紀夫と最も親しかった外国人記者として知られる。著書に「三島由紀夫 死と真実」「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」、編著「光州暴動」、共著「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」「目覚めよ!日本」「連合国戦勝史観の徹底批判!」など。=6月掲載記事を再掲載【話の肖像画プレミアム】

 

8/2渡部亮次郎メルマガ Andy Chang『ヒラリーを起訴しないオバマ司法部』について

民主党と言うのは日米とも碌でもない政党です。違法行為をしても恬として恥じないのですから。日本の場合、外国人からの献金を受けている議員が多いし、左翼思想に固まった議員も多く、売国政党です。米国ではインデイアンの虐殺をした第7代大統領のアンドリュー・ジャクソンや原爆投下を命じたトルーマン大統領は民主党です。

ヒラリーは大統領になる資格があるのかどうか。ニクソン(共和党)が盗聴で弾劾寸前まで行ったのだから、ヒラリーは国家の安全を危殆に瀕させたことにより、辞退するのが筋だと思います。ヒラリーもオバマも弁護士出身で、何とでも言い逃れられると考えているのかも知れませんが。オバマもグルでしょう。都合の悪い話だから、ヒラリーは自宅のサーバー、自分のスマホを使って証拠が残らないようにしたのでしょう。ベンガジの大使は彼らの犠牲になったとしか思えません。パールハーバーで犠牲になった乗組員のように、為政者は戦略目標を達成するためには、身内が犠牲になることも厭いません。

来年の大統領選では共和党に勝ってほしいと願っています。ブッシュでもマルコ・ルビオでも良いです。勝てる大統領候補・副大統領候補で臨んでほしいと思っています。

記事

7月22日、New York Times(NYT)は国務省と情報部の検察長官が司法部に照会状を送り、前国務長官ヒラリー・クリントンが3月に公開したE-mailの一部に国家機密情報が含まれていたので犯罪調査照会(Criminal referral)を要求したと報道した。クリントン選挙事務所は慌ててもみ消しに入った。

24日、司法部某高官は機密漏洩は憲法違反に当たると発表したが、25日になるとNYTは22日の記事にメールに「機密情報」があったと書いた部分を「機密漏洩の可能性」と訂正した。

続いて26日、NYTは「犯罪調査照会(Criminal referral)」と書いた部分を機密違反照会(Security referral)と訂正した。憲法第3条第2項の罪は10年以上の有期徒刑である。だが司法部はヒラリーを起訴するかどうかはまだ決めていないと発表した。オバマの圧力があったらしい。

ヒラリーが国務長官時代に個人のスマホで通信したこと自体が違法行為だが、更にヒラリーは政府の機密保持サーバーでなくクリントンの家の普通のサーバーを使っていた違法行為もある。

オバマ政権はヒラリーを断罪したくないから国務省も司法部もヒラリーの起訴を避けたがっている。一部の人は今の司法部(Justice Department)を違法部(Department of Injustice)と皮肉っている。

  • ヒラリーのEmailgate

クリントン夫妻にはいつも犯罪疑惑が付きまとう。ヒラリーはこれまで幾多の違法行為を糾弾されてきたがいずれも起訴されていない。それほどクリントン夫妻の勢力が強いのである。夫のビルクリントンはルーインスキーとの浮気でテレビで二度も嘘をついて危うく弾劾罷免にされるところをうまく免れた。

今回のEmailgateと呼ばれるヒラリーの違法行為はいくつもの違法を含んでいるのでうまく説明できないが、要点は以下の通り。

(1)米国政府の公務員は公務のEmail通信に公用スマホの使用を義務付けられている。ヒラリー国務長官は公用スマホを使用せず個人のスマホを使っていた。これは違法である。アフリカに駐在していた某大使が個人スマホを使っていた廉で彼女が大使を免職にした過去がある。ヒラリーは違法と知りながら法を犯したのである。

(2)公務員は退任すると在任中のEmail資料をすべて提出する義務がある。ヒラリーは12年に退任したが資料を提出しなかった。2015年に追及されてから15年3月に資料を提出し、その際に初めて個人スマホを使っていたと発表した。しかも個人スマホの使用は違法でないと強調した。ヒラリーは個人スマホの使っての通信に国家機密は入っていないと何度も弁解している。今回はNYTがヒラリーの通信に機密資料があったと発表したのである。呆れたことにヒラリーは「私が通信した時点では違法でなかった」と述べたが、長官ともあろう者がこんな言い訳が通ると思っているのは笑止である。

(3)資料を提出した時に初めて彼女は政府の公用サーバーでなくクリントンの家庭サーバーを使っていたと白状した。これも違法である。しかもヒラリーは在任中の通信資料55000通を「紙にプリントして」提出した。プリントした資料は改竄した可能性があるから違法である。更にヒラリーは提出したメール以外に32000通を個人メールと称して政府の承認もなく消去し、電子資料の提出を拒んだ。

(4)国務院はヒラリーの在任中に使ったサーバーは国家の資料であり政府の所有だとして提出を要求したが、ヒラリーはサーバーの全資料は既に消去した(これも違法)と強弁して提出を拒んだ。

  • 国務院も非協力

3月にヒラリーが提出した55000通のEmailのプリントは国会やその他のオフイスが公開を要求したが、国務院は3月から6月まで公開を遅らせ、6月30日にようやく3000通を公開した。

問題が起きたのはこの公開された3000通について国家情報局のCharles McCulloughと、国務院のSteve Linickの二人の検察長官が別々に調べた結果400通のうち4通に機密情報が含まれていたので司法省に犯罪調査を照会したのである。

400通のうち4通に問題があったなら3000通の残りにどれだけ機密漏洩があったのか、提出した3000通だけでなくヒラリーの55000通にどれだけの機密漏洩があったのか。司法部だけでなくFBIも調査すると発表した。

ヒラリーの個人スマホ使用とクリントン家の家庭サーバーは既に中国やロシア、アルカイーダなどからのハッキングされているという。

違法と知りながら公用スマホ、私用サーバーを使ったヒラリー長官の罪は重い。

  • オバマも共犯である

ベンガジ事件ではアメリカのリビア大使ほか3人がテロ攻撃で死亡した。テロ攻撃の開始から大使が死亡するまで半日以上かかった。ホワイトハウスで刻々と救援通信を受けていたオバマとヒラリーは援軍を派遣しなかった。

ベンガジ事件でオバマは共犯だからヒラリーのEmailが調査されるのを怖れ、国会のベンガジ事件調査委員会の資料要求を2年近く放置してきた。国務院のサボタージュで資料不足のため調査委員会はヒラリーの喚問を延期してきたのである。

ヒラリーのEmailgateの問題は、ヒラリー個人の違法だけでなく、国務長官の責任を追及されるからである。大統領選挙に出馬できないどころか有罪判決を受けたらヒラリーはホワイトハウスでなく監獄入りかもしれない。

今朝(7月31日)のFoxnews発表によると、国務院はヒラリーの提出したEmailの一部を新しく公開した。この新資料には少なくとも25通のEmailに国家情報局、国務院情報部、CIAなどの国の情報機関のメールアドレスや人員の情報など、重大な国家機密資料が含まれていたので公開前に抹消したと発表した。

ヒラリーは幾度も個人スマホの通信に機密資料は入っていないと強調してきたが、嘘がどんどん明らかになると国務省も司法部も公開調査を拒む理由がなくなる。

7/30週刊新潮 櫻井よしこ『「最善策は騙し」中国外交の本質を見よ』について

「騙す人が賢く、騙される方が馬鹿」と言うのが中国人の基本的価値観です。アメリカが一番「馬鹿」で次は日本でしょう。アメリカはF・D・ローズベルトがアジアで日本ではなく中国の味方をして、日本と戦争までしたのに、中国大陸を共産主義者に乗っ取られてしまいました。その後もアメリカはニクソン・キッシンジャーが中国に援助をして、経済大国・軍事大国にしました。天安門事件後自由主義諸国の中で一番早く支援の手を指し伸べたのは日本です。異形の大国なのに、敵に塩を送ることが如何に愚かか戦後の日本人は気が付いていません。「平和教」が脳内お花畑となって蔓延し、「軍事」について考慮し無くなっているからです。

8/2TV「報道2001」で萩生田光一がピルズベリーの著書『百年マラソン』について触れていました。東シナ海の中間線について、中国の石油・ガスのリグはそんなにガスが取れないと明言しましたし、富坂聰も「そのとおり」と言っていました。意味するところは軍事転用しかないでしょう。中国は「そんなことはない」と騙すでしょうが、普通の頭を持っていれば嘘とすぐ分かります。

 中国の野望は世界を牛耳る事でしょう。手始めに第一列島線、次が第二、太平洋の西半分、それと鄭和が航海した地域、中国人が行った所は皆中国の領土と考えているのでしょう。観光客が増えたと思って喜んでばかりいられません。中国に経済を依存すると、中国の政策に反対しにくくなります。世界最大の人権抑圧国家の為すがままになるのは恐ろしいことです。

馬立誠も共産党の指令を受けて日本に対し柔軟な面を見せているだけでしょう。警官の取り調べでやさしい役をするのと同じです。騙されてはいけません。

記事

『中央公論』8月号に中国『人民日報』元論説委員の馬立誠氏が「中日の和解なくして東アジアの安寧はない」を寄稿した。同論文で氏は日中間に、①平和、②反省、③寛容を求めている。

 ①で氏は、「ある国は口では平和を唱えて、実際には武力発動を準備する」「こうしたやり方は、平和を謀略とするものであり尊ぶに値しない」と中国批判ととれる主張を展開する。

 ②では一転して「日本は加害国」「深く反省」すべきだ。『朝日』の世論調査では「日本人の74%が『村山談話』を妥当とみなし」ているとして、村上春樹氏の「日本は繰り返し謝罪すべき」とのコメントも引用し、戦後70年のいま、村山談話と謝罪が重要だと強調する。

 ③の、寛容が和解の母だという指摘は中国向けであろう。

 日中双方に厳しい要求を突きつけながらも、氏は論文を通じて両国関係の善き面のみの紹介に努めている。日本政府は戦争について25回謝罪し(実は日本側は60回以上も謝っている)、2007年の温家宝首相のように中国政府は日本政府の謝罪を評価しているとして、毛沢東、周恩来、鄧小平の日本賛辞の言葉も紹介する。「日本は軍国主義ではない」と、反日で凝り固まった中国では仲々言えないことも述べている。

 氏の論文は、日本人の対中警戒心を解き、日本が謝罪し許しを乞えば中国は応じ、和解をもたらすという希望的観測へと読者をいざなう。

 はたして、そうなるだろうか。13年前、氏は「対日関係の新思考」を『中央公論』『文藝春秋』両誌に寄稿し、「事実に即して言えば、(日本は)アジアの誇りである」と、驚くべき見解を披露した。

反日の嵐の中での勇気ある主張に私は感動し、氏を取材した。そのときすでに氏は批判をうけて『人民日報』論説委員の職から外されていたのだが、私は「新思考」が江沢民主席の事実上の了承の下で書かれたことを確信した。

中華大帝国を築く陰謀

 政権トップが対日友好の論文発表を認めたにも拘らず、日中関係は悪化し続け、現在、対日歴史捏造は広く国際社会に定着しかかっている。一体この間、日中関係はどう動いたのか。

中国共産党は反日路線を走りながら、親日路線という異なる球を日本に投げ、日本がそこに希望を見出し譲歩すると、日本の譲歩を足がかりにして、さらに日本を追い込んだのではないか。

その積み重ねの中で、歴史の捏造が進み、日本が認めようが認めまいが、捏造した歴史の大記念館を中国にも米国にも建て、「侵略国日本」の悪評を国際社会に広げたのではないか。

 戦後70年の首相談話の直前というタイミングで、馬論文が発表された。論文は日本に深い理解を示し、日本人の共感を得つつ、それでも国際社会及び日本国内の世論の力を借りて安倍晋三首相の謝罪を求めている。このことを、どう考えるべきか。

 馬氏が公正な言論人であると認めるにしても、中国共産党政権は馬氏を使える駒のひとつと見ているのではないか。米国随一の中国通で親中派でもあったマイケル・ピルズベリー氏の著書『百年マラソン』を読むと、尚その思いは強まる。

 ハドソン研究所中国戦略センター長を務める氏は40年以上、毎年中国を訪れてきた。中国人民解放軍をはじめ権力中枢に人脈を有し、中国政府の内部資料も余人の追随を許さない程に入手し、精読したという。氏はそのために対中宥和政策を推進するパンダハガーという蔑称にも甘んじてきた。

 その氏が、自分は40年間騙されていたと激白したのが先の書である。「百年マラソン」とは、共産党政権樹立から100年後の2049(平成61)年までに米国を排除し、中華大帝国を築くという陰謀を指す。

 右の書の冒頭に米国が抱いた5大幻想が書かれている。第1の幻想は、中国を敵視せず交流を増やす関与政策によって、中国が西側諸国と協調する国になるというものだ。彼は「我々のバラ色の期待はほぼ全て裏切られた」と語っている。

 第2の幻想は中国は民主主義国になるというものだが、実際は中国共産党の支配はこれからも続き、独裁的資本主義国になると氏は見る。

 第3の幻想は氏の苦い告白と共に綴られている。1996(平成8)年に訪中したとき、中国側が驚く程率直な意見を吐露した。中国は深刻な政治的、経済的危機の只中にあり、国家崩壊の危険性が増大しているという内容だった。

「中国政治局の秘密主義からして、これらの専門家の誠実さと予測に心底、驚いた。そして私はこの脆弱な中国を米国が支援すべきだと強く主張した」と、氏は振り返る。

米国に対する復讐

 実は、同じような「率直」な説明が米国各界の要人に行われ、その結果、国防総省のシンクタンク、ランド研究所さえも中国を支援すべしと主張した。米国が中国に自由選挙の実施を強く求めすぎたり、反政府活動家の釈放、法の支配、少数民族の公正な取り扱いなどを要求しすぎると、中国は内部から崩壊し、アジア全体を揺るがし兼ねないと米国人は恐れたというのだ。

 だが、「米国が中国の悲哀を心配し、あらん限りの援助を与えている間に、中国は経済規模を2倍以上に拡大した」と氏は苦々しく述懐する。

 中国人は米国人のようになりたいと思っていると、米国人が考えたのももうひとつの幻想であり、中国の野望に全く気づかなかったことも米国の誤算だと、氏は悔やむ。クリントン政権下、氏は国防総省で中国に関する特別検証を担当した。

このとき初めて、中国政府が米国を欺いて情報、軍事、経済のあらゆる面で米国の支援を受けつつ力をつけ、2049年の中国共産党100周年までに米国に取って代わるという目標を掲げていたことを理解した。

目標達成の最も効果的な方法は、中国の意図を悟られないよう米国を騙し、中国の必要とするあらゆるものを手に入れることだと氏は納得した。

報告書をまとめたとき、氏の分析を信じたのはCIA長官のテネット氏だけだったという。

 中国の覇権確立が意味するものは、米国に対する復讐とでも言うべき国際社会のあらゆる体制の転換と価値の変質だと、氏は強調する。希望的観測に満ちた馬論文と、極めて詳細な資料に裏づけされたピルズベリー氏の主張を併せ読み、習近平政権が国際社会で対日攻勢を強めている現実を見れば、馬論文は霞んでしまう。

 安倍外交はこの中国の正体を見て行わなければならない。にも拘らず、外務省は東シナ海ガス田での中国による侵略的開発も伏せたまま、ひたすら日中関係の改善をはかろうとしている。外務省主導の外交に強い懸念を抱くのだ。

7/30産経ニュース『「捏造された資料」 ユネスコに反論書簡 日本の民間団体「南京」「慰安婦」中国の記憶遺産申請に異議』について

記事は藤岡信勝氏のFacebookから知りました。産経以外で報道しているかどうかですが、少なくとも日経は報道していません。日本人の名誉に関する記事なのに。国民に知らせずに中国の思いのままに登録させようとしていると思います。アウシュビッツや原爆ドームが記憶遺産です。歴史的に事実と認められているのは負の遺産であっても残す価値があり、人類にとっての戒めとなりますが、事実について争いがあるというか、殆ど捏造と言ってよいケースを取り上げ、日本を貶めようとしています。中国は「南京虐殺」、韓国は「慰安婦、強制労働」を負の遺産にしようとしているという事です。そもそも何故外務省が何もしないのか、マスコミとグルになって日本民族の弱体化に手を貸しているとしか思えません。国民もいろんなところから情報を取って政治家を動かしていかないと。小生はChange.org mail@change.orgの「“Vote “No” on establishing the Comfort Women statue in San Francisco”Julia Suzuki アメリカ合衆国」に署名しました。是非ご協力願います。

杉田水脈元衆議院議員(次世代の党)や「なでしこアクション」の山本優美子代表が、7/27ジュネーブでの国連女子差別撤廃委員会の第63回準備会合で「慰安婦は性奴隷でない」ことをフランス語や英語で語ってくれたのも産経以外では「報道しない自由」を行使しているようです。国民の無関心が敵を増長させ、好き勝手やらせるのです。敵は「賄賂」を贈るのが得意ですですから、金に弱い人間は簡単に靡くでしょう。我々日本人の子々孫々の名誉がかかっています。自分が良ければいいとは思わないでください。

次の写真もFacebookから取ったもの。ユネスコ本部には兵馬俑が置かれていたとのこと。藩基文の好みでしょう。中韓でグルになって日本を「不道徳な民族」と決めつけるように動いています。日本は国連分担金を減らすべきです。藩が事務総長になるとき愚かにも日本は支援しました。如何にアメリカの圧力があったにしろ、韓国人を支援するのは国益を損ねるという事を親韓派の代議士は知らないと。金を受け取っていると疑われます。次の選挙では落とすべきです。

head quarter of UNESCO

 

 

 

 

 

 

 

 

記事

【パリ=内藤泰朗】中国政府が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に南京事件と慰安婦の歴史資料の登録を申請したことを受け、日本の複数の民間団体が30日、パリのユネスコ本部を訪れ、中国側の申請は「捏造(ねつぞう)された資料」に基づくものだとする反論書簡をユネスコ側に提出し、登録しないよう申し入れた。

 10月初めに開かれるユネスコの国際諮問委員会で、登録の可否をめぐる勧告が出るのをふまえた動きで、ユネスコの担当者は諮問委員会の委員長に書簡を手渡す意向を示したという。

 昨年6月の申請時の文書によると、中国政府は旧日本軍が多くの中国人を殺害したとして、「南京虐殺」と、慰安婦に関する歴史資料を世界記憶遺産に登録申請した。登録されると「歴史的に貴重な資料」と公式に認められ、デジタルデータで保存され、広く一般に公開されることになる。

 反論書簡は拓殖大学の藤岡信勝客員教授と明星大学の高橋史朗教授の2人が監修。ユネスコと、勧告を出す予定の国際諮問委員会の各国の専門家14人に宛てて作成された。

書簡は、南京事件は「日中戦争当時、日本軍と戦う中国国民党が日本軍の残虐性と非道さを描くためのプロパガンダ(政治宣伝)として捏造した事実で創作したものだ」と断じている。

 また、慰安婦の問題については近年、日米両国の学会で活発に議論が行われている事実を紹介。だまされたり、親に売られたりする犯罪はあったものの、多くの米国の学者らが「戦時下における売春婦だった」との結論に達していることを明らかにしている。

 さらに、苦しんだ女性たちには同情を示しつつ、「中国と韓国の民族主義によって事実がゆがめられ、政治的に利用されていることに強く反対する」と表明している。

 書簡とともに、主張の根拠となる参考文献や反対署名の名簿も提出された。ユネスコ日本代表部は、「中国側が日中両国の過去に起きた負の遺産をあおり立てていることは遺憾だ、という日本側の立場をユネスコ側に伝えた」としている。

7/30ZAKZAK 『中国・王岐山氏 米国から通信記録狙われ習体制揺らぐ事態も』について

核保有国同士の直接対決は今までありませんでした。代理戦争だけです。しかも、核不使用の通常兵器による戦争です。中国はオバマの米国の足元を見て、「有所作為」に転じましたが、虎の尾を踏んだようです。まず、軍事力の元となる経済を締め上げるのが一番です。日本もABCD包囲網で根負けして戦争を選び、敗戦を迎えました。直接に経済を締め上げると米国にも影響が及ぶので、先ず情報の所から手を付けようという発想です。

中国のハッカー部隊にしてやられている米国なので、情報でやられたら情報でやり返すといったところでしょうか。習の右腕で暗殺未遂も10回以上と言われています王を晒し者にし、習の9月訪米をなくす可能性もあります。「南シナ海で人工島と言うか軍事基地を撤去しなければ、次の情報の暴露もあるぞ」(薄熙来の部下の王立軍や賈慶林と深い関係にあった頼昌星や米国に亡命した人間から情報を取っていると思われます。特に乱れきってる映像等)と脅すかも。

中国はそうなるとどう出るか。軍部の面子は潰されるので(日本の満州撤退みたいなもの)、クーデターが起きるか、習が軍部を宥めるか。国民にも九段線は中国のものとずっと言ってきた手前、共産党は持たなくなります。米国はこれを狙っているのかも。そうなると日本にもミサイルが飛んでくるかも知れません。早く集団安保法案を通すことです。

記事

5月1日付の英紙フィナンシャル・タイムズは「米中の行く手に待ち受ける『冷たい平和』台頭する中国」の見出しで、中国が南シナ海の岩礁を埋め立てて、軍事基地を建設しようとしていることに米国が強く反発し、米中が「冷たい平和」の関係に突入していると説く。

 ジャーナリストの相馬勝氏が、米中間の相互不信関係についてレポートする。

 * * *

 米中軍事対立の可能性も現実化するなかで、米側は意表を突く手段に打って出た。

 米司法省と米証券取引委員会(SEC)は4月下旬、米金融大手ゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースなど6社に対し、いまや腐敗摘発で習近平指導部の実質的ナンバー2にまでのし上がった感がある王岐山をはじめ党・政府高官35人との通信記録を提出するよう命じたのだ。

 米国の海外腐敗行為防止法に基づくもので、王らがこれら6社に対して、政府高官の子女を雇用するよう働きかけたとの疑惑が浮上しているためだ。

 特に、王は中国建設銀行総裁や中央銀行の人民銀行副総裁を歴任するなど金融界出身で、副首相時代には当時のティモシー・ガイトナー財務長官らと親密な関係を築いたことで知られる。また、王は2008年9月のリーマン・ショック時に、当時のヘンリー・ポールソン米財務長官と密に連絡を取り合い、金融政策についてアドバイスを受けたとされる。

ポールソンは近著「DEALING WITH CHINA」で王との親密な関係に言及。王が1996年夏、ポールソンが社長兼最高執行責任者(COO)を務めていた米ゴールドマン・サックスのニューヨーク本社を訪れ、両者は初めて面識を得たという。

 王は当時、建設銀行総裁を務めていた。彼は中国電信集団の株式上場という中国政府にとっても極めて重要なビッグプロジェクトを手がけており、ポールソンに同社が株式上場の主幹事を引き受けてくれるよう要請。

 翌1997年2月、ポールソンら同社最高幹部を北京に招待し、中南海・紫光閣で当時の朱鎔基首相との会見をセッティングし、同集団のニューヨーク株式市場への上場などの問題について話し合っている。

 このプロジェクトは結果的に、同集団から分かれた中国電信(香港)が同年10月、ニューヨーク市場に上場を果たしたことで成功。ポールソンは1998年、ゴールドマン・サックスの会長兼最高経営責任者(CEO)に昇進し、その後も中国電信集団の傘下企業の上場に尽力。

 ポールソンが2006年7月、米財務長官として米ブッシュ政権入りすると、当時副首相だった王のカウンターパートとして、両国の金融・経済政策を協議し、双方がウィンウィンの関係であるように調整し息のあったところをみせた。

 また、王はポールソンを習近平に紹介した。その甲斐もあってか、ポールソンはいまでも訪中すれば、習近平ら最高指導部と会見しているほどだ。

彼は同書で、王はポールソンばかりでなく、「米政府や金融界の要人との親密な関係を築いている」と指摘し、王が米政府中枢に食い込んでいたことを明らかにしている。王が米金融機関に知人の子弟の就職を頼んだとしたら、米側は断り切れなかっただろう。

 かりに、王らとの通信記録が明らかになれば、王の疑惑が白日の下にさらされることになりかねない。そうなれば、腐敗摘発の陣頭指揮をとっている王の権威は地に落ち、これをきっかけに、習近平の権力基盤が大きく揺らぐ事態も考えられる。

 ※SAPIO2015年8月号

井上和彦著『パラオはなぜ「世界一の親日国」なのか』について

パラオは4年前の年末年始に家族と行きました。当時小生のパスポートは上海領事館発行だったため機械で読み取れず、グアム経由では入れず、パラオ直行便に替えて1日遅れで入りました。余分に18万くらいかかりました。

国旗は月章旗(青字に黄色い月、日の丸に似せて作った)、人口は2万人、在パ邦人は368名、日本人観光客は38,000人、でもこのところ中国人観光客が増えて環境汚染で困っているとのこと。台湾を国家承認している国でもあります。小生が行ったときには、台湾人が多かったです。農業指導に来ているとのことでした。

残念ながら激戦地ペリリューもアンガウルも家族と一緒でしたので行っていません。ダイビングのメッカですが、資格もないのでシュノーケルと海底が見える小型船で大きなシャコ貝を見たことを覚えています。シャコ貝の刺身も食べました。綺麗な緑色の部分もあったのが却って不気味に映り小生一人で食べましたが。

本については概略を紹介し、詳しくはお買い求めて読んで戴ければと思います。如何に日本が欧米式の植民地とは違う統治をし、人種差別しなかったかという事を言いたいです。1919年 パリ講和会議で日本の全権代表団の一員だった牧野伸顕は人種差別撤廃条項を入れようとしましたが、アメリカのウイルソン大統領と英国自治領・白豪主義のオーストラリアに拒否されました。中韓にもこういう歴史を教えたいものです。

写真は2014915日にペリリュー小学校で開かれたペリリュー戦70周年日米合同記念式典の様子。土田喜代一(本年4月の天皇、皇后両陛下のパラオ訪問時、両陛下からお言葉をかけられた元海軍上等水兵)氏とウイリアム・ダーリング元海兵隊員の面会場面です。恩讐を超えてお互いの敢闘精神を讃えあったのでしょう。マックス・フォン・シュラーは米軍の中で海兵隊が一番団結力があり、厳しい訓練に耐え、他の軍隊と違い逃げることをせず、日本軍と同じなので、軍の中でも恐れられているとのこと。中国軍・韓国軍とは違います。

Tourists from every country who visit this isand should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.(「諸国から訪れる旅人たちよ。この島を守る為に日本軍人がいかに勇敢な愛国心を持って戦い玉砕したかをつたえられよ。」)とペリリュー神社の石碑に敵将ニミッツ提督の賛辞が彫られています。真の軍人は強敵を讃えるものです。日本人で反軍思想を持つ人間は他国の手先で動いているとしか思えません。

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次は「土人発言」で有名な日本軍の守備隊長中川州男(なかがわくにお)陸軍大佐です。現地パラオの人達が「日本軍とともに戦う」と決めて、代表数人で彼と面会したところ、しばらく沈黙した後、彼は大声で次のように叫んだと言います。「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるかっ!」。パラオの人達はショックを受けましたが、仕方なく数日後日本軍が用意した船でペリリューからパラオ本島に移ることになりました。最初は誰も見送りに出ませんでしたが、汽笛がなると同時に日本兵が大挙して手を振り見送りました。そこでパラオの人達は気づく訳です。「自分たちを助けるためにわざとああいうことを言ったのだ」と。

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最後は日本、パラオ、アメリカの国旗を振りながら式典で行進するパラオの学生です。

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是非一度訪れて見て下さい。

 

 

 

 

7/29日経ビジネスオンライン 福島香織『次のターゲットは江沢民ファミリーか 牙城の「電信」にメス、狙うは完全失脚』について

島女史の『本当は日本が大好きな中国人』を読みました。8/1には「士気の集い」で出版記念講演をする予定です。読後感は「日本人の嫌中が進みすぎたので、軌道修正しようと思ったのかなあと」。確かに日本への旅行も転売が多いのでしょうけど、爆買いしてくれています。これは日本のメーカーが中国で作ったものであっても信用できない=自国民が作った物を信用できないという事です。それは中国人が管理する工程(日本人は少ないので)だからです。日本が嫌いであっても、日本文化(ソフトパワー)が好きな人は結構いるとのこと。ノーベル賞作家の莫言(意味は言う莫れ。文革時代、子供が無邪気にうっかり話したことで、親が反革命的とのレッテルを貼られ、批判や暴力にさらされる悲劇がしばしばあり、それを心配)はペンネームですが、子供時代おしゃべりだったので、母親が口うるさく言った戒めの言葉とのこと。彼は「川端、夏目、三島、谷崎、井上靖、水上勉」の影響を受けたとのこと。閻連科(2014年フランツ・カフカ賞受賞、次に中国がネーベル文学賞を受けるとしたら彼との下馬評あり)についての記述あり。『その後、閻連科とは何度も会い雑談も含めて、いろいろな話を聞いているのだが、好きな作家、影響力を受けた作家という話に及んだときに、やはり川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、遠藤周作といった名前が出て来た。この時代の中国人作家はやはり日本近代文学に相当傾倒していたのだなと思う。今、文壇の主流にいる作家の少なからずの人たちが、 「宣伝工作」としての「政治小説」「革命小説」を書くことを目的に解放軍文学部や国家機関の所属作家からスタートしている。そういう彼らが、いわば軍属や国家機関所属の特権で、初めて情緒や耽美や性愛や宗教の表現が満載の日本文学に触れて、驚き心を揺さぶられた記憶は相当深いのだと思う。閻連科も、三島の『潮騒.』について「文学とは女の肌のことをこんな風に描写していいんだ、と衝撃だった」と話していた。 川端康成や三島由紀夫というのは、今の文学系の大学生なども好きな作家の上位に挙げる日本人作家である。川端康成はノーベル賞作家であり中国人受けするのはまだ分かるのだが、三島由紀夫は中国人が嫌いそうな右翼、「軍国主義者」である。だが、私の狭い交友関係の中ではあるが、文学に関わる中国人、あるいは読書家を自任する中国人で、相当若い人も含めて三島由紀夫を読んでいないという人は知らないし、嫌いという人も知らない。フォークナーやガルシア・マルケスを読んでいない人も、三島の『金閣寺』は読んでいる。大江健三郎よりも面白い、という人も多い。莫言、余華、梁文道といった中国の大物作家がみな三島由紀夫に関するエッセイを書いている。莫言は「三島は徹頭徹尾、文人であり、文学のために生き、文学のために死んだ。彼の政治活動の骨子も文学であり文学のためである。非文学的な方法で彼を曲解しては、いけない。傑出した作家というのはたくさんいるが、自らの腹に刃をたて死んだ作家は彼だけだ」と論評。余華は「三島は美と醜、善と悪、生と死を混淆し、ついには著作と生活の境界線まで混淆してしまった」と、梁文道は「三島は非常に典型的なリアリズム小説家」と、 それぞれ三島考を披露している。』。やはり、いいものはいいと言ったところでしょうか。大江が評価されず三島が評価されているのは分かる人が読めば分かるという所でしょう。

中国は共産党の専制にあり、下手すると命まで奪われかねない社会です。人権派弁護士が249人も拘束される社会です。作家と言えど、風向きが変われば拘禁される可能性があります。記事は習VS江となっていますが、江を潰しても次に胡がいます。確かに北戴河会議が7月末から8月初にかけて行われますが、この結果が漏れ伝わってくるでしょうからそれを待ちたいと思います。江沢民は迂闊に出席すると拘束される可能性もあり、危険ですが、ここで習に反撃しないと江派は壊滅の恐れがあり、難しい所です。

「日本が好きな中国人」はいるでしょうが、共産党の持つ野心を軽視してはならないと思います。そこは区別して考えないと。①中国の経済崩壊②中国への軍事的封じ込め③日本の集団的安全保障(日米豪印、台湾、ASEAN、南洋諸島)が必要と思います。

記事

中国共産党中央幹部たちにとって命運を左右する夏の北戴河会議(非公式会議)を前に、前国家主席・胡錦濤の側近、令計画の党籍剥奪が決まり、逮捕、起訴されることになった。容疑に「国家の大量の核心的機密を違法に取得した」とあるので、やはり周永康と同じく裁判は非公開となることだろう。薄熙来、周永康らの”政変計画”に関与していたとの噂はあるものの、公式報道では”政変”のセの字も出ていないので、このあたりの疑惑が明らかにされることも当分なさそうだ。これで”新四人組”と呼ばれた習近平の権力の座を脅かす獅子身中の虫はすべて完全排除されたことになるのだが、では習近平の反腐敗キャンペーンという名の権力闘争は終わるのか、というとそうではなく、早くも次の「大虎」が浮上している。いよいよ江沢民ファミリーに着手されるのではないか、というもっぱらの”噂”である。

なぜ「遠方より花輪」なのか

 7月15日、鄧小平の片腕であった中国共産党元老の万里(元全人代常務委員長)が死去したが、その時、江沢民は欠席して花輪だけ送った。6月19日にやはり中共元老の喬石の葬儀が行われたが、この時も江沢民は欠席して花輪だけを送った。公式メディアは「江沢民は遠方より花輪を送った」とわざわざ報じた。喬石も万里も、ことあるごとに江沢民と対立しており、仲が悪かったから葬儀を欠席するという非礼を犯した、ともいえるが、長老の葬儀に、職務の都合で現役・引退指導者が欠席することはままあることなので、「遠方より花輪を送った」と報道されることに、なにやら意味を感じる向きがある。

 つまり江沢民はなにやら事情があって、北京に来られない、あるいは北京にいられないのではないか。だが、花輪を送って健全ぶりをアピール必要があるのではないか、と。

 つまり、江沢民の立場はいろいろと政治的に危うくなっているという推測が前提にあるのだ。

習近平の次なる「大虎狩り」の獲物が江沢民ファミリーであるという観測は昨年11月あたりから急速に濃くなっていた。まず、中国電信大手の中国聯通を含む13中央企業・機関に中央規律検査委員会の別働部隊・中央巡視組の立ち入り捜査が入った。

 その結果、不正があった企業として詳細が報じられたのはやはり中国聯通を含む6企業だった。中国聯通の名に国内外のチャイナ・ウォッチャー、読者たちが反応したのは、それが江沢民の長男、江綿恒の利権の温床となっている電信産業の中心企業であるからだ。

江沢民の長男「電信王子」にメス

 聯通は江沢民が1994年に、中国電信一社が独占していた電信業界に「健全な市場競争を起こす」ために設立した国有企業。江沢民は権力掌握期の93年から2004年にかけて電信情報産業界の大再編成を実行するが、そのキーマンに、米国留学後に米ヒューレットパッカードに勤めていた江綿恒を呼び戻した。

 江綿恒は中国科学院に所属し冶金研究所所長の肩書きが与えられるが、99年に、やはり江沢民が94年に創業させた国有独資の投資会社・上海聯和投資公司のトップに就く。この上海聯和が次々と国家の基幹産業に投資してゆく。主な投資先企業としては、中国網通、上海汽車、上海空港集団、宏力半導体、上海マイクロソフト、香港フェニックステレビなど、有名どころが挙げられ、江綿恒はそれら大企業の取締役に名を連ねると同時に、中国株式市場の戦略投資家の地位を得て、上海市場を左右する力も持つようになった。この資金の由来が国庫であったと言う説もある。総書記にして国家主席、中央軍事主席をバックにしているので、外国企業もこぞって中国進出のパートナーに上海聯和を選んだ。

 上海聯和の投資分野は電信情報産業、生物医薬、新エネルギー、環境、金融サービスと幅広いが、中でも電信情報産業界への投資は、江沢民の電信情報産業再編計画と連動して大規模なものだった。例えば、旧中国電信は2000年に中国電信と中国移動に固定通信と移動通信分野に二分割され、さらに2002年には中国電信が南北に分割され、北部の市場はそのまま網通に吸収される。さらに中国網通は08年に中国聯通に吸収され、三つの通信メガグループ、中国電信、中国聯通、中国移動に集約されていく。この再々編成は江沢民の庇護を受けた江綿恒をキーマンにして進められ、江綿恒は「電信王子」のあだ名が付けられた。

江沢民としては最も信頼する長男に、サイバー攻撃など国防・防諜諜報の要でもあり、言論報道統制およびネット世論コントロールのキモでもある電信産業を把握させることが、業界再編成の動機であったともとられている。

 だが、習近平政権はこの江沢民ファミリー利権の牙城ともいえる電信情報産業界に反腐敗のメスを入れたわけだ。

 昨年12月、聯通の張智江(聯通聯絡分公司副総経理)と宗新華(聯通情報化電子ビジネス事業部総経理)が相次いで取り調べを受けた。二人とも江綿恒の腹心だということは周知の事実。さらにいえば、2009年から聯通の会長を務める陸益民は、江沢民の腹心で国家副主席を務めたこともある曾慶紅の元秘書である。

中央メディアを通じた宣戦布告

 ここで興味深いのは、新華社はじめ中央メディアの報道ぶりだ。

「中国聯通には、軽視できない問題がいくつか存在する。ある指導者とキーパーソンが、職権を利用し、請負企業やサプライヤーと結託して、権力と金、権力と性の取り引きをしていたのだ」(2月6日 新華社)。

「中央巡視組が指摘するところによれば、中国聯通には職権を利用し、請負会社やサプライヤーと結託して権力と金、権力と色の取引を行うトップやキーパーソンがいた」(2月6日、人民網)

「聯通の余震は止まらない。泥の中のダイコンを引き出せば、捜査はより深く発展していき、ますます問題が水面に浮上してくるだろう」(IT時代週刊)

 聯通汚職問題の背後には、ある指導者とキーパーソンがいた、という言い方が誰をさしているのかは、少なくとも中国の政治経済事情に通じている人なら分かる。こういう、報道の仕方は、習近平の江沢民ファミリーに対する宣戦布告だと受け取られている。

さらに今年の旧正月明けには、中国移動、中国電信にも中央巡視組の進駐がはじまったので、やはりターゲットは江綿恒ではないかという観測が強まった。

 中国「財経」誌が7月23日に報じたところによると、4月23日に中国移動集団の湖南有限公司の元書記・王建根ほか局長級9人以上の取り調べが始まった。

駆け引きの猶予与えず、完全失脚狙う

 また中国移動北京公司の副総経理・李大川も規律検査当局に連行された。彼が湖南移動時代に関わった汚職が関係あるらしい。中国移動広東公司の副総経理・温乃粘、福建公司の副総経理・林柏江も、重大な規律違反で取り調べ中。山西公司の董事長兼総経理の苗倹中も取り調べを受けている。中国移動全体で23件が汚職で立件され、司法機関に移送されたのは8人、処分を受けたのは40人、うち5件は重大案件として中央規律検査委が直接捜査にあたっているとか。この中国移動大規模汚職事件も、江沢民ファミリーをターゲットにした権力闘争であると言う見方が主流だ。

 今年1月、江綿恒が中国科学院上海分院の院長職を1年4か月の任期を残して、突如「年齢」を理由に辞任したのも、習近平の「巻狩り」がいよいよ江綿恒を追い詰めているのだ、という憶測を呼んだ。

 中国移動の汚職事件については、2009年に江綿恒の腹心で元書記の張春江が失脚している。当時、これは胡錦濤ら共青団派と江沢民派上海閥の権力闘争の文脈で語られていた。胡錦濤は、江綿恒が上海富豪の汚職事件・周正毅事件(2003年)に関与していることをカードに江沢民派と激しい権力闘争を展開してきたが、結局のところは、江綿恒汚職カードで江沢民を脅して、ある程度の妥協を引き出す駆け引きに使ったにすぎない。だが、習近平政権の「虎狩り」は、そうした駆け引きの猶予も与えずに、完全失脚をめざしているような勢いでもある。

そういう憶測が出てくるのは7月の習近平政権の上海に対する攻め方のものすごさである。

 7月22日、上海最大の乳業企業・光明乳業の元総裁・郭本恒が重大な規律違反で拘束されたことが明らかになった。光明乳業は6月に郭本恒の辞任を発表していた。光明乳業はかつて江沢民が副工場長を務めていた益民食品工場が前身の、江沢民利権企業という。また7月に習近平政権は公安副部長の孟慶豊を上海に派遣して、いくつかの貿易会社が株価・先物市場操作にかかわったとの疑いで捜査を始めているという。具体的な企業名は発表されていないが、株価操作ができるほどの資金力がある貿易会社ならば、極めて強い政治的背景があることは間違いないだろう。証券監督管理委員会はEコマースの雄、アリババの会長・馬雲(ジャック・マー)が大株主でもある恒生電子の調査を開始しているという報道もあった。馬雲が江綿恒の息子・江志成や劉雲山の息子の劉楽飛と懇意にしていることは、かなり知られた話である。

焦点は北戴河会議、江沢民は出席するか

 江志成は米ゴールドマンサックスで経験を積んだ後、2010年、香港でプライベートエクイティファンド・博裕投資顧問を立ち上げた。2012年、馬雲がアリペイをアリババ集団の連結子会社から外して、ヤフーやソフトバンクから非難を受けた件は、江志成らの介入があったと言われている。この時、馬雲がヤフーの保有するアリババ株を買い戻さねばならなかったが、江志成の博裕投資顧問が5000万ドルをアリババに導入し、何%かのアリババ株を譲渡されたともわれている。ちなみに、紀律検査委当局と公安当局は、インサイダー情報漏えいの疑いで方正証券の取り調べも開始しているが、こちらは令計画事件に連座しかかった北京大学出身の実業家・李友をCEOとする方正集団の子会社だ。

 また復旦大学の副校長3人が一気に更迭されたのも、中国科学院上海分院のトップであった江綿恒の関係が取りざたされている。

 中国の電信、金融業界にメスを入れれば、必ず江沢民ファミリーにぶち当たるという意味では、それだけ江沢民ファミリーの利権構造が圧倒的に広く深いからである。しかも、上海という国際都市が中心舞台であったその利権構造には少なからぬ外資系企業も関わっている。果たして、この広く深く絡み合う利権を解体すれば、公平でフェアな市場に生まれ変わるのか、というのはまた別の問題である。

 これは、やはり純然たる権力闘争とみるべきだろう。そして本当に江沢民を完全失脚させることができるのかどうかは、ひとまず北戴河会議に、江沢民が出席するのかどうかを見てから考えていきたい。