8/17 日経ビジネスオンライン 高濱賛『戦後70年談話を米国はどう受け止めているか 米政府は歓迎、米メディアはネガティブ』について

大局的に見て中国はアメリカの敵というのがやっとアメリカでも気づいてきたという所でしょう。ハドソン研究所中国戦略センターのピルズベリー所長が書いた『百年マラソン』“The Hundred-Year Marathon – China’s Secret Strategy to Replace America as the Global Superpower”にありますようにやっと騙されていたのに気付くという愚かしさです。FDR、ニクソン、キッシンジャー共に中国に騙されたアメリカ人ということで歴史に名を残すことになります。

アメリカは日本が勝手に中国と戦争されては困るので、自国のメデイアを使って、ブレーキをかけているのでしょう。でも日本人で戦争したいと思っている人はいませんよ。そこが米中とは違います。日清・日露、大東亜戦争だって見方によっては止むにやまれずという構図です。NYTやWPのアメリカメデイアは経営難で中国から金を貰っている可能性もあります。政府要人に金を渡したのがバレると長い間関係がおかしくなるし、警戒感はハンパでなくなりますので、民間で世論形成に役立つメデイアを自分の思うように扱おうと思っても不思議ではありません。何せ中国共産党宣伝部は「党の喉と舌」と言われていますので。

アメリカ政府は日本を「世界中あらゆる国にとってのモデルである」と最大限の賛辞を送りました。中韓にいい加減歴史問題で日本を叩くのは止めろという事です。韓国は桂・タフト協定、アチソン声明に続いて第三のアメリカからの切り捨てを受けるかもしれません。THHADを受けず、9/3抗日70周年記念に参加したら、戦時作戦統帥権はすぐにでも韓国に返すことになるかもしれません。これは期限がついてませんので。見方によっては解約自由という事です。

アメリカ国務省OBも見方が甘い。日本がいくら謝罪したとしても中韓が許す訳がない。大切な金づるですから。また中国の世界制覇の野望のためには日本の存在は地政学上も、文化面、経済面においても邪魔になるので、事実を改竄してでも、日本を道徳的に劣った民族としておきたいのです。それに気付かないというのは国務省も日本の外務省と同じくらいリアリズムが欠けているという事でしょう。

記事

安倍晋三首相が8月14日、「戦後70年談話」を発表した。これに対して米国の政府とメディアは異なった反応を見せている。

 談話が発表されてから数時間後、米国家安全保障会議(NSC)のネッド・プライス報道官は次の声明を発表した。最大限の「歓迎」を表わした声明だ。

 「我々は、安倍首相が次の2つを表明したことを歓迎する。1つは、歴代首相が出した歴史認識に関する談話を継承するとのコミットメント。もう1つは、第二次大戦中に日本が(近隣諸国に)与えた苦しみに対する痛切な反省だ。また我々は、国際社会の平和と繁栄に対する貢献を日本が今後いっそう拡大していく意志を確認したことを評価する。戦後70年間、日本は平和、民主主義,法の秩序への変わらぬコミットメントを具現化させてきた。これは世界中あらゆる国とってのモデルである」

(”Statement by NSC Spokesperson Ned Price on Japanese Prime Minister Abe’s Statement on the 70th Anniversary of the End of World War II,” Office of Press Secretary, The White House, 8/14/2015)

 一方、米メディアはまずAP通信の東京特派員が「Stop short of WWII apology 」(謝罪は思いとどまる)と速報。これを追ってニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど主要紙は「歴代首相の謝罪に共鳴したが、新たな、自らのパーソナルな謝罪(a new, personal apology of his own)はせず」など異口同音のネガティブな報道に終始した。

(”Shinzo Abe Echoes Japan’s Past WWII Apologies but Adds None of His Own,” Jonathan Soble, New York Times, 8/15/2015)

 米メディアは、安倍談話に対する米政府や議会の反応についてはいっさい触れていない。その一方で、中国と韓国の政府がどう出るか、「安倍談話の内容を両政府ともに慎重に精査するだろう」と予測している。

米政府と米メディアの間にある落差

 米政府と米メディアの「落差」はなぜ生じたのか。その理由は3つある。

 その一つは、一般論だが、米政府はよほどのことがない限り、同盟国の言動について公の場では批判はしないことだ。批判したり、異議を申し立てたりしたい時には「ノーコメント」としてコメントを避ける。

 2つ目は、安倍首相の歴史認識についての米政府の立場がはっきりしていることだ。日米政府間において歴史認識については、今年4月29日に安倍首相が米議会で行った演説で決着済みとの認識だ。

 首相が明言した「痛烈な反省」と「戦没米兵への鎮魂」は米議会だけでなく、一般米市民の琴線にも触れた(「安倍首相の議会演説で米国の『歴史認識問題』は決着」参照)。このため米政府は、戦後70年談話が「この米議会演説のトーンをそのまま反映するのであれば、歓迎する基本姿勢を固めていた」――米主要シンクタンクの上級研究員の一人はこう見ている。

直前の安倍・ケネディ会談の中身

 米政府関係者によると、バラク・オバマ米大統領は安倍談話発表前、キャサリン・ケネディ駐日米大使に安倍首相に会うよう訓令を出した。同大使は8月10日午後5時59分から約30分間、首相官邸で安倍首相と会っている。

 話し合われた議題は2つ。1つは8月15日に首相が靖国参拝をするかどうか、いま1つは14日に発表される予定の「戦後70年談話」だったと言われる。安倍首相は前者については「ノー」、後者については談話の内容を示したという。

 安倍首相は靖国参拝には苦い経験がある。第二次政権発足直後の2013年12月、ジョー・バイデン米副大統領らの説得を振り切って靖国神社に参拝した。米政府は まず駐日米大使館名で「失望」を表明。その後、これを国務省声明に格上げした。米政府が「失望感」を表明したのは、A級戦犯を祀る靖国神社に対する中韓の反発が米国の極東戦略を混乱させる要因を孕んでいるからだ。さらに、安倍首相やその周辺にある「極東裁判史観」に対する反発があった。米国にとってこれは譲歩できない一線だった。

 米政府は、今年の終戦記念日に安倍首相が靖国参拝しないことがはっきりすれば、安倍談話については出来うる限りのポジティブな反応を示す――安倍首相の議会演説を受けて米政府の腹は決まっていた。村山談話や小泉談話を継承する姿勢を示せば、「謝罪」とか「植民地主義」とか「侵略」といった個々のキーワードについてとやかく言う必要もない。

 「村山富市首相、河野洋平官房長官が(談話で)示した謝罪は、日本が近隣諸国との関係を改善しようと努力する中で重要な第一章を刻んだというのが我々の見解だ」(2015年1月5日、サキ米国務省報道官)

 「我々は、日本が戦後、平和のために行ってきた貢献とともに、安倍首相が過去1年間に行なった、歴史認識に関するポジティブなコメントを歓迎している。我々は、『過去に関して歴代首相が表明した見解を堅持する』とした安倍首相のワシントンでの発言に留意している。また、我々は、東アジア地域の諸国間の強固で建設的な関係は同地域の平和と安定を促進すると信じている。このことは米国の国益のみならず諸国間の利益に資するものと考えている」(2015年8月6日、トーナー米国務省副報道官)

安保法制、普天間問題で汗を流す安倍首相へのエール

 米政府が安倍談話について最大限の「歓迎」を表明した3つ目の背景は、オバマ政権が直面する対日外交上の懸案がある。

 安倍首相は、野党や一部世論の反対を押し切って安保法案の成立を目指している。同法案は日米新ガイドラインに直結する法案だ。普天間飛行場の移設問題をめぐって、日本政府と沖縄県の確執が続いている。米国は安倍首相に恩義を感じている。

 まだある。ウイキリークスが暴露した、米政府による安倍政権への盗聴問題だ。沖縄県で起きた米軍ヘリコプターの墜落事故もある。オバマ政権にとっては安倍首相に負い目を感じる話ばかりだ。安倍談話について重箱の隅をつつくような反応は示せない。「歓迎」にはこうした直近の政治問題も絡んでいる。

米メディア報道に投影する「米国のホンネ」

 中国、韓国は案の定、安倍談話に物言いをつけている。米政府は「想定内の展開」と見ている。

 ある米国務省OBの一人が筆者にこう指摘した。「中国も韓国も、自分たちが望む文言や表現を安倍首相がしないことぐらい最初から分かっていたはずだ。何をどう言おうとも反発するだろう。だから安倍談話を受けて直ちに日中首脳会談や日韓首脳会が行われるような状況ではない」。

 「正直言って、米政府は安倍談話によって日本と中国・韓国との間にある歴史認識問題をすべて決着し、前に進むことを願っている。歴史認識をめぐる日中、日韓の確執は、東アジアにおける米国の国益に少なからず悪影響を与える。また日米同盟にとっても好ましくない。なによりも、東アジア太平洋地域でより大きな政治的軍事的役割を演じようとしている日本にとっては喉に刺さった骨だ」

 米メディアが、ネガティブな報道している背景には、前出の国務省OBのホンネ――今回の安倍談話で、中韓を満足させるストレートで踏み込んだ謝罪をすることで歴史認識を一気に決着させてほしかった――が投影されていると見るべきか。

 安倍談話を受けて、日韓、日中関係は今後どうなるのか。米国の東アジア研究者による突っ込んだディスカッションが18日、米シンクタンク「ヘリテージ財団」で行われる。マイケル・グリーン米戦略国際問題研究所(CSIS)副理事長、シーラ・スミス外交問題評議会級研究員、ブルース・クリンガー ヘリテージ財団上級研究員らが出席する

8/14ZAKZAK 田村秀男『人民元の勢力拡大は日本にとって軍事的脅威そのもの』について

ラガルドやキャメロンは中国人の本質を分かっていません。AIIBに英仏とも参加するのは、世界に中国の軍事拡張を認めることになります。米国が世界の警察官を止めようとしている時に、こんなことをすれば軍事バランスが崩れ戦争になる可能性もあります。他国から集めた金で軍拡、人民解放軍が潤うことは間違いありません。英仏とも遠い世界のように思っていると痛い目に遭います。アメリカの覇権が良いとは思いませんが、少なくとも中国やロシアが世界を牛耳ることになるより良いでしょう。もし中露の世界になれば我々の生活は人権の保障されない専制時代になってしまいます。今は良きにつけ悪しきにつけアメリカが世界を牛耳っているので平和で暮らしやすい生活が送れています。それを変える必要性は全くありません。「戦争法案反対」を唱えている左翼に中国の脅威についてどう考えているのか聞いてみたいです。「徴兵制になる」とか言っていますが、世界最強の軍隊と言われるアメリカ軍であっても志願制です。その方が強い軍隊ができるという事です。

汪兆銘は孫文の秘書をしていたので軍事力を持っていませんでした。孫文が辛亥革命で中華民国の臨時大統領になりましたが、軍事力を持たなかったためすぐに袁世凱に譲位せざるをえませんでした。日本軍も汪兆銘の力量を見極められなかったという事です。傀儡にしようと思ったのかも知れませんがそんな下心ではうまく行くはずもありません。

8/13で北戴河会議は終わったとのこと。最終日の前日夜遅くに天津で大爆発があったのは習に対する他派の嫌がらせかもしれません。日本のように人命第一の国ではありませんから。被支配階級は虫けら同様の扱いです。習は団派の李源潮の右腕の元江蘇省党常任委員会秘書長だった越少麟を除名しました。令計画に次いで2人目です。団派とも事を構えるようです。江と胡がやられ放しにするかどうか。

朴槿恵が70年談話を評価したとの記事を見ました。何かがおかしい。普通であれば口汚く罵るのが常なのに。裏で日本政府と「慰安婦」で取引してないか心配です。アメリカの圧力で変わったのでしたら良いのですが。

記事

戦後70年。戦争とは何か、何も兵器を使うばかりが戦争ではない。相手国に自国通貨を浸透させると、軍事面で優位に立つ。

huang tu highland

 写真は中国内陸部、標高1200メートル、山西省の黄土高原の一コマである。何万年もの間、風雨は黄土の大峡谷を溶かし、崩し、高原の大半を平野と崖の混在した複雑な地形にしてしまう。そんな山あいの村々には今でも「窰洞(ヤオトン)」と呼ばれる横穴式洞窟の住居が点在する。

 1942年5月6日、この黄土高原の一角の窰洞で日中戦争の帰趨(きすう)を左右しかけた会談が開かれた。

 特命を帯びて対中和平工作に奔走した陸軍中野学校出身の井崎喜代太氏の回顧録によると、日本軍の第一軍司令官、若松義雄中将と、中国山西軍の閻錫山(えん・しゃくざん)将軍が会談。若松中将は山西軍にラッパで迎えられ、閻将軍とにこやかに握手、和平協定が成立寸前だった。

 当時、閻将軍は重慶の蒋介石国民党政府に協力していたが、旧知の若松中将の誘いに乗って、日本軍の影響下にあった南京の汪兆銘政府と合作し、反蒋介石で連合することを約束していた。歴史に「もしも」はないが、実現すれば日本軍・汪兆銘政権連合は中国の黄河以北(華北)を取り込んで、戦況を一挙に有利に導き、蒋介石との和睦交渉の道を開いたかもしれない。対米戦争の局面も大きく変わっただろう。

 山西軍との和平条件は、資金援助である。村の入り口では、国民党政府の通貨「法幣」4000万元の札束を積んだ駄馬隊が待機。「会談成功」という合図を確認した駄馬隊の隊長が「ホウヘイ前へ」と大きな声で号令。駄馬隊が一斉に動き出し、洞窟めざして前進する。

これをみて、閻将軍は血相を変えて裏口から逃げ出した。閻錫山の通訳が「法幣(中国語の発音ではファピー)」を「砲兵(同パオピン)」と取り違え、「砲兵(パオピン)がくるぞ」と大声で叫んだからだ。日本軍がだまし討ちしてきたと、誤解したのだ。

 「ホウヘイ前へ」事件で閻錫山取り込み工作は失敗し、日本軍は中国大陸でいよいよ泥沼にはまった。

 抱き込み工作失敗の遠因は、日本軍の軍票の信用がないために使えず、敵の法幣に頼らざるをえなかった点にある。法幣こそは英国が蒋介石政権に全面協力して発行させ、米国が印刷面で協調した。

 今、英国は中国主導で年内設立へ準備が進んでいるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に率先して参加し、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)構成通貨への人民元の組み込みに賛同している。

 SDR通貨への認定は元をドル、ユーロ、円、ポンドと同列の国際通貨の座に押し上げる。すると、AIIB融資に元を使える。ロシアなどからの兵器購入も元で済む。

 元の勢力拡大は日本にとっての軍事的脅威そのものだ。日中は戦後70年を経て第2次「通貨戦争」の局面にあるだろう。歴史は繰り返すのだろうか。

8/15日経『4つのキーワード、英語版でも「踏襲」 70年談話』、『「おわび当然」中国が声明 70年談話の論評避ける』、『毒ガス被害者支援へ基金設立 旧日本軍、中国で遺棄 』について

英語版で8/14総理の戦後70年談話を検証してみます。外務省は信じられませんので。一読して非常によくできています。事実に裏打ちされていますので、欧米、中韓とも文句のつけようがないはずです。でも中韓にとって日本は金づるなので何かは言ってくるでしょうけど。これで村山、小泉の為した談話は意味をなさなくなりました。騙し討ちでなされた出自がいかがわしい村山談話の中味を相当変えて上書きしたものです。4つのキーワードの「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」は引用と言う形で紹介されました。首相は「両談話を全体として引き継ぐ」と言ってきたこともあり、歴史の事実としての両談話を否定はできない(中韓だったら簡単に否定できるでしょうけど)ので盛り込みましたが、そこにウエイトがある訳でないのは明瞭です。

西洋のアジアの植民地化、アジア初の立憲政治、日露戦の勝利でアジア、アフリカの人々を勇気づけた事が正しく盛り込まれています。また、原爆投下・東京大空襲・沖縄戦を情け容赦なく・無慈悲にもと言うニュアンスに英語ではなっています。大東亜戦争は大恐慌後の経済ブロック化が原因と言うのも触れられています。憲法9条を逆手にとって「我々は国際紛争の解決手段として力の行使を決してしない」とか植民地統治は放棄するとかの主語の「我々」と言うのは世界の人々を指し、中国を牽制したと読めなくもありません。迷惑をかけたアジアの近隣諸国民としてインドネシア~中国まで(順序効果あり)の中に台湾が明記されています。国として扱ったわけです。中華民国と言う表記でもありません。

人口の8割を戦後世代が占め、彼らに戦争の責任を負わせることはできないと明言、また和解に努力してくれた国々に感謝して中韓を牽制したのも良くできた内容です。

日経の記事にあるように毒ガスの医療支援について、また左翼弁護士が利権を求めて中国人に焚き付けたのではと思われます。そもそも戦後すぐ武装解除されたので日本に毒ガスの管理責任はありません。親中派の代議士や商社がキックバックを狙って始めたことです。今度は医療問題という事で、関係ない中国人が偽の証明書を持って雲霞の如く現れるでしょう。弁護士を儲けさすだけです。日本の税金が詐取されるという事です。日本国民はもっと怒って良い。

『4つのキーワード、英語版でも「踏襲」 70年談話』記事

 政府が公表した戦後70年談話の英語版は、歴史認識に関わる4つのキーワードで過去の村山談話、小泉談話と同じ表現を使った。英語版でも歴史認識について歴代内閣の立場を踏襲する姿勢を鮮明にし、国際社会に訴えた形だ。

 キーワードの「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」は英語版で、それぞれ「colonial rule」「aggression」「deep remorse」「heartfelt apology」と表現された。いずれも村山談話、小泉談話での英語訳と同じだ。

 今回の談話では新たに先の大戦への「深い悔悟」を盛り込んだ。これは英語訳で「deep repentance」と訳した。立命館大の東照二教授(政治言語学)によると、「repentance」は宗教的な意味合いが強く、ざんげで悔い改めるといった場面などで使われる。

 首相が掲げる「積極的平和主義」は「”Proactive Contribution to Peace”」と英訳した。引用符を用い、構成する3つの主要な単語を大文字から書き始めることで、安倍政権がスローガンとして掲げる言葉だとの位置づけを明確にした形だ。

『「おわび当然」中国が声明 70年談話の論評避ける』記事

【北京=永井央紀、ソウル=峯岸博】中国外務省の華春瑩副報道局長は14日、安倍晋三首相の戦後70年談話に関して「日本は侵略戦争の性質と戦争責任について明確に説明し、被害国人民に真摯におわびし、軍国主義の歴史と決別すべきだ。重要な問題をごまかすべきでない」との声明を発表した。談話の具体的な表現への論評は避けた。張業遂外務次官は同日、木寺昌人駐中国大使を呼んで同じ趣旨を伝えた。

 韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相は同日夜の岸田文雄外相との電話で「日本の誠意ある行動が何よりも重要だ」と強調した。談話内容を綿密に検討し、韓国政府の立場を近く明らかにすることも伝えた。

『毒ガス被害者支援へ基金設立 旧日本軍、中国で遺棄 』記事

旧日本軍が中国に遺棄した毒ガス兵器による被害者らの医療支援などを継続的に行う初の民間基金が14日設立され、日本での損害賠償訴訟に取り組んできた弁護士グループ「遺棄毒ガス被害事件弁護団連絡会議」と中国の民間団体「中国人権発展基金会」の代表が東京都内で合意文書に調印した。

 調印した人権発展基金会の慈愛民秘書長は「戦後70年を経ても被害は終わらない。若い人たちに新たな被害者も出ている」と現状を訴え、基金設立の意義を強調した。

 新基金は「化学兵器および細菌兵器被害者支援 日中未来平和基金」。日本側を代表して調印した弁護士連絡会議の南典男弁護士は「日中共同で被害者検診を支援する活動をしてきたが、治療支援を進めるため基金設立となった」と語った。〔共同〕

(朝日新聞デジタルより英語版)

On the 70th anniversary of the end of the war, we must calmly reflect upon the road to war, the path we have taken since it ended, and the era of the 20th century. We must learn from the lessons of history the wisdom for our future.

 More than one hundred years ago, vast colonies possessed mainly by the Western powers stretched out across the world. With their overwhelming supremacy in technology, waves of colonial rule surged toward Asia in the 19th century. There is no doubt that the resultant sense of crisis drove Japan forward to achieve modernization. Japan built a constitutional government earlier than any other nation in Asia. The country preserved its independence throughout. The Japan-Russia War gave encouragement to many people under colonial rule from Asia to Africa.

 After World War I, which embroiled the world, the movement for self-determination gained momentum and put brakes on colonization that had been underway. It was a horrible war that claimed as many as ten million lives. With a strong desire for peace stirred in them, people founded the League of Nations and brought forth the General Treaty for Renunciation of War. There emerged in the international community a new tide of outlawing war itself.

 At the beginning, Japan, too, kept steps with other nations. However, with the Great Depression setting in and the Western countries launching economic blocs by involving colonial economies, Japan’s economy suffered a major blow. In such circumstances, Japan’s sense of isolation deepened and it attempted to overcome its diplomatic and economic deadlock through the use of force. Its domestic political system could not serve as a brake to stop such attempts. In this way, Japan lost sight of the overall trends in the world.

 With the Manchurian Incident, followed by the withdrawal from the League of Nations, Japan gradually transformed itself into a challenger to the new international order that the international community sought to establish after tremendous sacrifices. Japan took the wrong course and advanced along the road to war.

 And, seventy years ago, Japan was defeated.

 On the 70th anniversary of the end of the war, I bow my head deeply before the souls of all those who perished both at home and abroad. I express my feelings of profound grief and my eternal, sincere condolences.

 More than three million of our compatriots lost their lives during the war: on the battlefields worrying about the future of their homeland and wishing for the happiness of their families; in remote foreign countries after the war, in extreme cold or heat, suffering from starvation and disease. The atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki, the air raids on Tokyo and other cities, and the ground battles in Okinawa, among others, took a heavy toll among ordinary citizens without mercy.

 Also in countries that fought against Japan, countless lives were lost among young people with promising futures. In China, Southeast Asia, the Pacific islands and elsewhere that became the battlefields, numerous innocent citizens suffered and fell victim to battles as well as hardships such as severe deprivation of food. We must never forget that there were women behind the battlefields whose honour and dignity were severely injured.

 Upon the innocent people did our country inflict immeasurable damage and suffering. History is harsh. What is done cannot be undone. Each and every one of them had his or her life, dream, and beloved family. When I squarely contemplate this obvious fact, even now, I find myself speechless and my heart is rent with the utmost grief.

 The peace we enjoy today exists only upon such precious sacrifices. And therein lies the origin of postwar Japan.

 We must never again repeat the devastation of war.

 Incident, aggression, war — we shall never again resort to any form of the threat or use of force as a means of settling international disputes. We shall abandon colonial rule forever and respect the right of self-determination of all peoples throughout the world.

 With deep repentance for the war, Japan made that pledge. Upon it, we have created a free and democratic country, abided by the rule of law, and consistently upheld that pledge never to wage a war again. While taking silent pride in the path we have walked as a peace-loving nation for as long as seventy years, we remain determined never to deviate from this steadfast course.

 Japan has repeatedly expressed the feelings of deep remorse and heartfelt apology for its actions during the war. In order to manifest such feelings through concrete actions, we have engraved in our hearts the histories of suffering of the people in Asia as our neighbours: those in Southeast Asian countries such as Indonesia and the Philippines, and Taiwan, the Republic of Korea and China, among others; and we have consistently devoted ourselves to the peace and prosperity of the region since the end of the war.

 Such position articulated by the previous cabinets will remain unshakable into the future.

 However, no matter what kind of efforts we may make, the sorrows of those who lost their family members and the painful memories of those who underwent immense sufferings by the destruction of war will never be healed.

 Thus, we must take to heart the following.

 The fact that more than six million Japanese repatriates managed to come home safely after the war from various parts of the Asia-Pacific and became the driving force behind Japan’s postwar reconstruction; the fact that nearly three thousand Japanese children left behind in China were able to grow up there and set foot on the soil of their homeland again; and the fact that former POWs of the United States, the United Kingdom, the Netherlands, Australia and other nations have visited Japan for many years to continue praying for the souls of the war dead on both sides.

 How much emotional struggle must have existed and what great efforts must have been necessary for the Chinese people who underwent all the sufferings of the war and for the former POWs who experienced unbearable sufferings caused by the Japanese military in order for them to be so tolerant nevertheless?

 That is what we must turn our thoughts to reflect upon.

 Thanks to such manifestation of tolerance, Japan was able to return to the international community in the postwar era. Taking this opportunity of the 70th anniversary of the end of the war, Japan would like to express its heartfelt gratitude to all the nations and all the people who made every effort for reconciliation.

 In Japan, the postwar generations now exceed eighty per cent of its population. We must not let our children, grandchildren, and even further generations to come, who have nothing to do with that war, be predestined to apologize. Still, even so, we Japanese, across generations, must squarely face the history of the past. We have the responsibility to inherit the past, in all humbleness, and pass it on to the future.

 Our parents’ and grandparents’ generations were able to survive in a devastated land in sheer poverty after the war. The future they brought about is the one our current generation inherited and the one we will hand down to the next generation. Together with the tireless efforts of our predecessors, this has only been possible through the goodwill and assistance extended to us that transcended hatred by a truly large number of countries, such as the United States, Australia, and European nations, which Japan had fiercely fought against as enemies.

 We must pass this down from generation to generation into the future. We have the great responsibility to take the lessons of history deeply into our hearts, to carve out a better future, and to make all possible efforts for the peace and prosperity of Asia and the world.

 We will engrave in our hearts the past, when Japan attempted to break its deadlock with force. Upon this reflection, Japan will continue to firmly uphold the principle that any disputes must be settled peacefully and diplomatically based on the respect for the rule of law and not through the use of force, and to reach out to other countries in the world to do the same.

 As the only country to have ever suffered the devastation of atomic bombings during war, Japan will fulfil its responsibility in the international community, aiming at the non-proliferation and ultimate abolition of nuclear weapons.

 We will engrave in our hearts the past, when the dignity and honour of many women were severely injured during wars in the 20th century. Upon this reflection, Japan wishes to be a country always at the side of such women’s injured hearts. Japan will lead the world in making the 21st century an era in which women’s human rights are not infringed upon.

 We will engrave in our hearts the past, when forming economic blocs made the seeds of conflict thrive. Upon this reflection, Japan will continue to develop a free, fair and open international economic system that will not be influenced by the arbitrary intentions of any nation. We will strengthen assistance for developing countries, and lead the world toward further prosperity. Prosperity is the very foundation for peace. Japan will make even greater efforts to fight against poverty, which also serves as a hotbed of violence, and to provide opportunities for medical services, education, and self-reliance to all the people in the world.

 We will engrave in our hearts the past, when Japan ended up becoming a challenger to the international order. Upon this reflection, Japan will firmly uphold basic values such as freedom, democracy, and human rights as unyielding values and, by working hand in hand with countries that share such values, hoist the flag of “Proactive Contribution to Peace,” and contribute to the peace and prosperity of the world more than ever before.

 Heading toward the 80th, the 90th and the centennial anniversary of the end of the war, we are determined to create such a Japan together with the Japanese people.

August 14, 2015

Shinzo Abe

Prime Minister of Japan

注・英訳は日本政府の発表による

8/14日経 『戦後70年総理談話全文』について

何となく違和感を覚えますのは、日本は主導的に「力の行使」をしようとしたのかどうかです。そんなに当時の日本人が決断力があったかどうかです。今の日本人を見ていれば分かるでしょう。大事な場面で決断できる日本人は少ないと思います。東京裁判で共同謀議を立証しようとしても、何も考えてない日本人が訴えられるはずがありません。ただ、知恵が足りなかっただけです。

原爆投下について記述したのも良かったです。投下したアメリカが悪いに決まっています。でも名前を出さない所がミソでしょう。全般に言えることですが、名前を出さず、前向きな話に繋げていますので、中韓は文句が言いにくいでしょう。まあ、彼らは自分を棚に上げて何でも言ってくる輩ですから何を言ってくるのか期待していますが。

まあ、保守派としては合格点を与えられるのではと思います。米国の圧力、敵国の中韓の圧力をこれで躱せたとしたら立派なものです。他国・国内左派が何を言おうとブレずに日本を守るために努力して行きましょう。

記事

終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

そして七十年前。日本は、敗戦しました。

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります

8/10JBプレス 井本省吾『安倍首相は戦後70年談話で謝罪してはならない 古田博司氏に聞く「続・東アジア3カ国との付き合い方」』について

古田氏はネットの力を信じているようですが、TVの力と比べますとまだまだです。日本人は東大、朝日新聞を筆頭とする権威に弱すぎです。自分の頭で考える訓練ができていません。自分で考えるためには膨大な資料を読みこなす必要があります。でも今はネットでググれば探している資料がすぐに出て来る時代です。これを活かさない手はありません。デジタルの時代に遅れないようにしないと。それと大切なのは自分の直観です。何を読み何を捨象するかは自分の体験、人の話、本で蓄積されたものです。左翼なんて平気で嘘をつく輩ですから読むだけ時間の無駄。中国共産党のやり方、それを批判しない日本のメデイアなんて何の存在価値もありません。

小生も何を隠そう中国へ行くまではノンポリでした。大学時代、民青から「やがて共産主義の時代が来る。その時には閣僚にするから赤旗を取ってくれ」と言われて、こいつらは本物ではないと感じていました。母親からも学生運動はするなと言われていました。それで飲んで酔って寮に帰るときに、大学内にある左翼の立看板に蹴りを入れて壊したりしてました。それでも中国へ行くまでは普通のサラリーマンでしたが、中国内での凄まじき人権抑圧、日本と比べ正義がなされないことに腹を立ていろいろ勉強しましたし、裁判等も日本人の名誉を守るために受けて立ちました。日本人はもっと左翼の実態を知り、中国・韓国産のものを買わないようにしないと。また、古田氏も言っていますように日本がスマホ部品を輸出しなければいいのです。戦争が嫌なら経済で締め付けるしかありません。日本の朝日・毎日・東京新聞も買わない、ロッテも買わないようにすることです。これが一番効きます。

明日には総理の戦後70年談話が出されますが、「お詫び」はなく、「反省」だけ(これも正しい歴史解釈で見れば違うと思いますが)でしょう。問題は「侵略」を入れるかどうか。入れるのだったら欧米の侵略も入れてほしい。本当は日本が台湾・南洋諸島・朝鮮にしたことは“colonization”ではなく”annexation”と思うのですが。勿論発展段階がありますので最初から全く日本と同じとは行きませんでしたが。

記事

朝鮮半島の歴史や政治に詳しい筑波大学大学院教授の古田博司氏は4月のJBpressのインタビューで「韓国に対しては助けない、教えない、関わらない」という「非韓三原則」を唱えて話題になった。東洋型専制国家である中国、北朝鮮ともほぼ同様の態度で接することが肝要と説く。

 では、14日に発表を予定している安倍晋三首相の戦後70年談話についてはどう考えるか。

 

 1995年の村山富市首相談話にある「アジア諸国へのお詫び」を盛り込むか否かが焦点になっている。

 だが、古田氏は「絶対に謝罪してはならない。お詫びすると東アジア3カ国の反日姿勢を強めてしまう危険性が大きい。欧米にも日本の悪いイメージを拡散してしまう」と強調する。

 世界文化遺産登録問題で示した日本の外務省の問題点、今後の韓国の行方、対する日本のあり方など、古田氏に「東アジア3カ国との付き合い方」の続編を聞いた。

李明博政権時代から膨らんだ対日「過信」

古田 人口減少、少子高齢化で長期低成長になっていることから日本の存在感が弱まる一方、韓国は先進国入りして世界での地位が高まっているという自信が基本にある。

 韓国の反日意識は戦後ずっとありましたが、李明博(イ・ミョンバク)政権時代から「日本の国力は落ちている」という思い込みが強まり、「日本など目じゃない」という過信さえ見られます。

 北朝鮮の韓国への思想工作が浸透し、政府内や裁判所、メディア、さらに軍部にまで朝鮮シンパ、従北勢力が広がっていることも見逃せない。それらがあいまって「日本の不法」を糾弾しようという意識が高まったのです。

 韓国は米軍進駐によって棚ボタ式に独立を手に入れたのだが、「日韓併合は不法であり、韓国は併合時代に独立を目指して日本の不法と戦い続けてきた」と思い込もうとしている。「韓国は日本に抑圧され、強制された」という物語を作りたいという願望があり、そこから歴史の捏造がどんどん膨らんでいます。

徴用工の説明は外務省のミス

井本 明治日本における産業革命遺産の世界文化遺産登録問題で、「遺産となった施設で韓国の徴用工が強制労働をさせられた」と韓国が執拗に主張したのも、そこに根があるわけですね。

古田 徴用工も「強制性」がなければ、ただの同化日本人にすぎません。事実は、当時の日本の国内法により朝鮮系の日本人は他の日本人と同様に徴用されただけのことで、条件は日本人と同じです。給料もちゃんと支払われていた。

 しかし、韓国政府は「徴用工は厳しい強制労働を受けていた」という物語を作成して、世界に喧伝し、日本にそれを認めることを要求した。

 その結果、世界遺産の登録を実現したい外務省は「forced to work」という言葉を使い「多くの朝鮮半島の人々が意に反して連れて来られ、厳しい環境下で労働を強いられた」と言って、韓国に譲歩してしまった。

井本 外務省は「forced to work」は「forced labor(強制労働)」とは意味が違うと言い訳しています。でも、一般にはその違いはほとんど意味がなく、海外のメディアは一斉に「日本が強制労働を認めた」と書いた。これは外務省の致命的なミスだという批判が高まっています。

証拠を掘り出し、世間に広めるネットの威力

古田 韓国は今後、明治世界遺産の標示や情報センター表示の文言に、必ず「強制性」を盛り込むよう、国内外の様々な団体を使ってゴネとイチャモンを繰り返すでしょうね。

 でも、それほど心配していません。ネットに期待しているから。私は以前、「李氏朝鮮はインカ帝国と同じで、土地の所有権がなく、商業も発達していない古代だった」と雑誌に書いたことがある。韓国側の反発は大きく、かなり批判されました。その際、私を救ってくれたのがネットなんです。

ブログやツイッターなどの形で多くのネッターが李朝末期の写真をウェブにアップしてくれた。それらの写真は、商店がなく行商人しかいない町で暮らす、質素な身なりの朝鮮人たちの貧寒とした「古代」の光景を映し出していた。百聞は一見にしかずで、以後、批判は下火になりました。

 今回も、日本で元気に稼いでいた朝鮮系日本人の徴用工たちの写真や、その事実を記した当時の新聞記事がネットにたくさん出てくることを期待しています。

 すでに一部がネットで紹介されています。たくさん証拠が出てくれば、強制労働でひどい目にあったという話は自然に崩れます。

井本 日本政府は「徴用工」の歴史を世界遺産の場に表示することを約束してしまいましたが。

古田 朝鮮人徴用工がいたと書いて、横に当時の新聞記事を写真版にして貼り付ければいい。事実が表示されれば韓国は文句が言えないし、国際的にも納得が得られます。

井本 摩擦を嫌う日本の外務官僚は、そういう作業を嫌いませんか。

古田 世界遺産を管轄している自治体が実施すればいい。施設を管理しているのは自治体ですから。地元の世界遺産に誇りを持つ職員なら正確な事実を表示するのを厭わないでしょう。

井本 日本では韓国や中国との友好第一で、冷却化した関係を続けるのは望ましくないという意見が大手メディアや学者、さらに経済人にも多い。

リベラルなインテリが固執する「均衡中立性」の虚構

古田 東大(卒)を中心としたインテリの世界はリベラルが主流ですから。「一方に偏してはいけない」と「均衡中立性」を保つことが正しいと思っている。非武装中立という非現実的な思想につながっており、サンフランシスコ講和条約の時も「米国を中心とした西側陣営との単独講和はいけない、すべての国と講和を結ぶ全面講和でなければ」と主張した。

 一見正しいようですが、結果としてソ連や共産中国寄りの役割を果たした。リベラルは均衡中立性を保っているつもりで、現実には日本の反対側に転がり落ちてしまう。

それでも冷戦時代は米ソ体制の安定があったから、その狭間で安定した地位を保っていられた。日米同盟で自分たちの平和が守られていることも気付かずに。しかし、今はG7(先進国7カ国)時代ですが、むしろリーダー不在のGゼロ時代と言っていい。均衡中立を保つことなどできません。Gゼロ時代には日本の独自性を保った上で軍事同盟によりアメリカなどとつながるしかしかない。

 それなのに、いまだに中立的立場をとろうとする。集団的自衛権の行使容認に反対するのも古い発想にとらわれているからです。

 安保法制に反対した瞬間、(中国など)向こう側に落ち込んで均衡が保てず、日本の国益を損なっているのがわからない。「韓国に譲歩せよ、友好関係を保て」という議論も同じ土壌にあります。

井本 経済力や軍事力が高まった韓国と冷たい関係でいるのは経済的にも安全保障の面でも得策ではない、という意見についてはどうですか。彼らは「日韓経済は日本が部品や素材を提供する垂直的な関係の時代が終わり、お互いに商品や部品、装置を供給し合う水平関係になっている」と主張しています。

古田 それは正確ではないでしょう。韓国の電子産業や自動車産業は日本の精密部品や高付加価値の製造装置がないと製品が作れない。

 これに対して、日本は韓国製の部品や機械を買わなくても、自分で生産できるし、生産できない場合も韓国以外から入手できるはずです。質的な差は歴然としています。

韓国撤退の先を考えている米国

井本 軍事的にはどうですか。韓国が日米との安全保障体制を離脱し、中国との結びつきを強めれば、日本にとって脅威になりませんか?

古田 全く大丈夫。米国はすでに韓国から撤退した後のことを考えている。この4月に18年ぶりに日米ガイドライン(自衛隊と米軍の役割分担を定めた防衛協力の指針)を改定したのはそのためです。安倍内閣による安保法制整備の狙いも同じです。

 その一環としてすでに横田基地に新型輸送機オスプレイを配備した。東京のど真ん中に。今後、他地域の米軍基地も強化するはずです。そうしたら韓国の基地なんていらない。軍事技術の向上で、今や朝鮮半島に軍事拠点を設けなくても日本の基地が整備されていれば問題ないのです。

 むしろ軍事予算がかかるうえ、頼るばかりで信頼感の薄い韓国からは撤退したいというのが米国のホンネではないですか。今は韓国の要望に沿って撤退を遅らせていますが、在韓米軍の規模は徐々に縮小しています。

井本 米国は韓国が中国に取り込まれないよう、高高度防衛ミサイル(THAAD)設置を韓国に求めていますが。

古田 あれは一種の踏み絵でしょうね。THAADの整備は中国にとって脅威で、中国は韓国に設置しないように圧力をかけている。米国は設置すれば、韓国を同盟国として認めるが、設置しなければ、韓国から本格的に撤退しようと決めるでしょう。

 今、韓国は米国につくか、中国につくか迷いつつ、全体的には専制国家だった李朝の昔に戻りつつある。歴史の改ざん、捏造で近代化に背を向けており、セウォル号沈没やMERS(マーズ、中東呼吸器症候群)感染拡大に見られるように人権の尊重も後退している。

 産経新聞ソウル支局長の在宅起訴など法治主義、民主主義も危なくなっている。北朝鮮勢力の韓国内への浸透も合わせて考えると、どんどん古代専制国家に先祖返りしていると言わざるをえない。

韓国が切望する「自律性」

井本 戦後の韓国は軍事的には米国の支援、経済的には1965年の日韓基本条約締結以降、日本の支援のもとで発展してきました。日米と連携していた方が韓国にとって幸いだと思うのに、反対の道を行こうとしているのは理解しがたいですね。

古田 自律性がほしいんですよ。朝鮮半島は地政学的な宿命で自律的になるには李朝や北朝鮮のように国境を閉ざすしかない。それで安定はするものの国内は貧窮化する。

 他方、国を開けば経済的に成長するが、中国など大国に飲み込まれて他律的にならざるをえない。日米に国を開いてもサムスン電子などのように外資の出資比率が高まり、やはり他律的になる。

 それでも、民主体制や生活水準の向上が担保されればいいはずです。ところが、北朝鮮の思想工作もあって、北の独立した姿に憧れと劣等感を抱く韓国人が増えてしまった。民主主義、法治主義の劣化にそれが表れています。

 北朝鮮主導で朝鮮半島が統一されたり、中国の支配下に置かれたりすることになった時、初めて多くの韓国人は目がさめて、日米陣営にとどまっていれば良かったなあと反省するのではないでしょうか。今はそれがわからず、日本とアメリカの従属から離れたいという欲求が強い。韓国のメディアが北朝鮮や中国の悪い情報をあまり伝えないことも原因ですね。

 もっとも、統一されても、すぐに内紛が起こってバラバラになる可能性も高い。中国は朝鮮半島のそうした民族性を知っているので、領土まで支配しようとはせず、経済的な支配にとどめる公算が大きいですね。

井本 観光旅行やビジネスで海外に赴く韓国人も多く、彼らは海外の実態をかなりわかっているはずですが。

古田 だから、韓国を脱出する韓国人も多い。移民は今に始まったことではなく、いつの時代も国民の1割は海外に出て行っている。今も米国に300万人、満州(中国東北部)に120万人、日本に70万~80万人いますね。「日本にもっと大量にやって来る恐れはないか」と不安がる日本人も少なくありません。

 でも、大丈夫だと思います。日本人の「嫌韓」感情の高まりと韓国側の「反日」意識の強さが壁となって日本への流入を抑えています。

井本 嫌韓は最近の現象でしょう。

古田 李明博・前大統領の竹島上陸と天皇への侮辱的発言。これで日本人の嫌韓が決定的になりましたね。

井本 韓国を民主主義陣営にとどめるには、安倍首相の70年談話で「反省」のみならず「謝罪」を表明した方がいい、という声も強いですが。

絶対に謝罪してはいけない

古田 謝罪は絶対にしてはなりません。歴史を捏造し、韓国の古代専制国家への回帰を強めるだけです。中国や北朝鮮もここを先途と日本への批判を強め、3カ国の連携を強めるでしょう。欧米の対日イメージも悪化こそすれ、良くなることはありません。それに中韓は謝罪がなければないで「日本は反省していない」と批判する。謝罪しないに越したことはありません。

 第2次大戦を日本と戦った米国は「正義は米国にある」と思いたいので、日本の謝罪を期待するでしょう。ドイツも過去のナチス批判をそらすため、日本を悪者にしたいでしょうね。

 しかし、「反省」を表明するだけで十分。日米同盟の強化を考えている米国は、それ以上は望まないし、ドイツも強く言える立場ではない。安倍首相は先見性があるから、その辺をにらんで、お詫びはしないと思います。

井本 「仲良く、仲良く」というマスコミや野党、リベラル派の「お詫び」攻勢にはどうしたら、いいのでしょう。

古田 ネッターたちにガンバってもらいたい。彼らがネットに情報をアップする力はすごい。私が徴用工問題で楽観的なのはネットの力に期待しているから。慰安婦問題の時も戦前の慰安婦の募集ビラなどがネットに掲載され、高給で雇われた実態が知れ渡った。

 均衡中立主義でカッコばかりつける偽善的なインテリよりも、彼らの方が情報を正確につかんでいるし、庶民の常識で判断している。

 江戸の昔から日本にはインテリをからかい、茶化す庶民文化の伝統があった。ネッターはその伝統に則っている。リベラルの似非インテリは彼らを「反知性主義だ」と慨嘆したり、批判したりします。しかし、茶化すには相当の知性と教養が必要で、僕は「反知性主義、大いに結構だ」と思っています。

日本周辺は準戦時下にある

井本 集団的自衛権の世論調査で安倍政権の支持率は下がっています。

古田 マスコミがこぞって集団的自衛権は危ないと書くものだから。劣化した均衡中立主義の弊害は大きい。

 僕は今、日本周辺は準戦時下にあると思っています。中国は「漢代には南シナ海も東シナ海も中国のものだった」と本当に思い込んで南シナ海の岩礁に人工島や軍事拠点を築き、尖閣諸島の領海侵犯を繰り返している。

 アジアのみならず、ウクライナ、中東など世界的にも熱戦にはならない「黙戦」が始まっている。同盟を結んでは他国や他の同盟と摩擦や小競り合いを起こし、少しずつ自分に有利な方向へと動かしていく。

 情報戦もその1つで、日本は中国、韓国、北朝鮮の東洋的専制国家群から70年談話で謝罪する方向に圧力をかけられているのです。

 お詫びすれば、彼らの結束力を強め、日本は不利な戦いを強いられる。そのことに気付かず、相変わらず均衡中立性を保とうとするのは愚かです。

 重ねて言います。安倍首相は70年談話で絶対にお詫びしてはなりません。

8/11日経ビジネスオンライン 上野泰也『中国株「官製バブル」崩壊、売りが売りを呼ぶスパイラル』、8/12日経 大越匡洋『中国、成長維持へ決断 人民元2%切り下げ 景気減速に危機感』について

中国の異質さが経済の面でも世界に認識され出したという事でしょう。ラガルドIMF専務理事が中国を世界のルールに従わせようと思っているとしたら中国のことがさっぱり分かってないと思います。金でも貰っているのではと疑いたくなります。中国の得意とするところですから。そもそも中国の発表する数字は当てになりません。GDPも粉飾、株価もPKO、企業の財務諸表も3通りといい加減です。中国経済セクター全体の借金が21兆$もあり、完全に花見酒経済です。上野氏は日銀も株価維持のためETFの買い入れをしていると言いますが、GPIFが株を買う方が影響は大きいです。http://www.morningstar.co.jp/event/1412/ms3/id009/

人民元が安くなっても、中国の競争力が戻るかどうかです。中国経済は不動産投資と純輸出で持ってきました。元が安くなれば、当然輸入品は値上がりします。石油価格が上がります。副作用としてインフレになり賃金も上げざるを得ないでしょうから、競争力が回復するとは思えません。中国の強みは安い労働力とパクリにあったわけで、経済大国と言われる今、その2つは難しくなってきています。もう一つの副作用であるキャピタルフライトが起き、一層の元安を招くことになりかねません。外資と言っても香港経由で共産党幹部の蓄財したものをマネロンして中国に還流させたものと言われています。でも元が先行きもっと安くなる見通しであれば、愛国心のない共産党幹部は我先に元を売って$に替えるでしょう。輸入品の値上がりは中国経済の首を絞めるはずです。アメリカが切り下げに文句を付けていますのは、SDRバスケットに人民元を入れさせないためでしょう。国際通貨として信認されれば人民元取引が増え、(中国は一応GDP2位です)$のシエアを侵食するでしょう。アメリカが反対するのは当然で基軸通貨としての旨味が減る(米銀経由での情報入手、為替手数料)ので。AIIBも干されるでしょう。

中国経済を支えるためには輪転機を回し、通貨供給量を増やすしか手はない所まで来ています。当然インフレ加速です。上野氏は日本のバブル対策を基準に考えているようですが、中国は異質です。デイ゙スクロージャーなんて夢のまた夢。日本にAIIBに加入させ、経済を救ってほしい所でしょうが今の内閣は何を為すべきかチャンと分かっていますから。

上野泰也記事

中国の政策当局は4月下旬から6月中旬にかけて、「ITバブル」崩壊の穴埋めを住宅バブルという別のバブルの助けを借りながら行ったアラン・グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長(当時)の戦略や、住宅バブル崩壊の後始末を3度にわたる量的緩和(QE)で株価上昇を促しながら行ったベン・バーナンキFRB議長(当時)の戦略を参考にして動いたように見える。すなわち、住宅など不動産のバブルが崩壊して信用不安が広がりつつあることへの対応策の一環としての、株価上昇促進策である。

 だが、実体経済・企業業績の改善という裏付けを伴わないまま、上海総合指数の4000という水準は「ブル(強気)相場の入り口」として株式購入を国民に事実上促した4月21日の人民日報掲載の論説を最大の原動力にして形成された中国株の「官製バブル」は、意外に早いタイミングで一気に崩壊した。

 上記の論説が掲載された後、株価上昇は当局のお墨付きだと判断した人々が預金を引き出したり借金をしたりして株を買う中で、上海総合指数は急騰し、6月12日に終値で5166.350になった<図>。

shanghai stock exchange

 

 

 

 

 

 

 

しかしここから、中国の株式市場は急速に不安定化。膨張した信用取引残高への恐怖感、ギリシャ情勢など海外発の不安材料、市場が期待したタイミングでは人民銀行が追加利下げに動かなかったことなどから、売りが売りを呼ぶスパイラルに陥った。

 政策当局が矢継ぎ早に打ち出した株価てこ入れ策にもかかわらず、7月8日には終値が3507.192になってしまった。上記の直近ピークから▲32%程度の暴落である。パニック的なバブル崩壊のさなかでは、当局主導のPKO(プライスキーピングオペレーション;株価買い支え策)、株式の新規公開(IPO)停止、信用取引規制の緩和、大口株主による株式売却の制限、違法売買の摘発強化といった一連の強引な株式需給対策は、効果が出にくかった。利下げも行われたが、株価浮揚の切り札にはならなかった。

市場関係者に広まる「中国異質論」

 その後、中国株の売買で7~8割を占める個人投資家の損失確定売りが進んでポジションが整理される中で、中国株は徐々に安定しつつあるように見える。だが、売買停止となっている銘柄がまだ多い上に、節目である4000を安定的に上回る状況にはなっていない。

 また、「官」の過剰な介入によって中国の株式市場が健全な価格形成メカニズムの機能しにくい状態になってしまったことは、大きな問題である。クリスティーヌ・ラガルドIMF(国際通貨基金)専務理事は上記のような中国当局の対応を擁護する発言をしていたが、日米欧の市場関係者の間で「中国異質論」が改めて強まったことは間違いない。

 さらに、当局による異様なまでの株価てこ入れ策の連発は途中から、政治的に極めて重要な政策という色彩を帯びた。というのも、今回の株価急落を受けて中国人の間では共産党指導部への不信感めいたものが広がったとみられるからである。

 筆者の同僚の中国人社員は「政府が言うことを信じて裏切られたのは初めてで、ショックは大きいです」と、真剣なまなざしで語っていた。共同通信によると、共産党中央宣伝部は「株式市場の問題が政治化するのを回避し、(批判の)矛先が共産党や政府に向かうのを防げ」という緊急通達を出したという。社会不安の広がりは、この国では政権の存続可能性の問題に直結しかねないのである。

そうした中、中国の強引な株価てこ入れ策について7月15日の記者会見でたずねられた日銀の黒田東彦総裁が、「中国だけが特に異質なことを行っているとまでみるのはいかがかと思います」と述べていたのが、筆者には印象的だった。

 日経平均株価が2万円の大台を突破してもなお、日銀はETF(株価指数連動型上場投資信託)の市場からの買い入れを続けており、欧米などと比べて東京株式市場では下値不安が乏しいという「官製相場」を作り出すのに大いに貢献している。日銀は、中国の株価てこ入れ策を批判できる立場にはないわけである。しかも、こうした買い入れを含む「量的・質的金融緩和」が終了する時期は、全く見えてきていない。

 話を戻すと、中国の国務院は7月8日、支援が必要な分野への2500億元の財政支出と、道路建設など大規模な公共事業の執行前倒し方針をアナウンスした。たとえ株価が急落して逆資産効果から個人消費などに悪影響が出ても、2015年の経済成長目標である「7%前後」は何としても達成するという、強い政治的意志の表明とみられる。

 だが、中国の経済は不動産バブルの崩壊をきっかけとする信用不安(不良債権問題)によって、下振れリスクが深刻になっている(当コラム3月17日配信「中国経済は『日本と同じトラップ』にはまるのか?」ご参照)。

公共事業では解決にならない

 例えば1990年代の日本のように公共事業の積み増しなどによって当面の経済成長率を下支えすることができるとしても、それは一種の時間稼ぎにすぎず、問題の抜本的な解決にはつながらない。日本の場合、生産性の向上に資することが少ない非効率な公共事業が多数行われたことや、国債増発で財政事情が悪化したことが、後日になってから大きな問題になった。

 その上、米国の事例を「学習」して中国が発動した株価浮揚作戦は大失敗してしまった。信用不安を抜本的に解消するためには、「公的資金の積極活用」と「徹底したディスクロージャー」の2つが必要不可欠だというのが、日本の不良債権問題から導き出された教訓である。中国の政策当局が今後、これらの点でどこまで踏み込むことができるのかを、しっかり見極めていく必要がある。

大越匡洋記事

中国の政策当局が矢継ぎ早に景気対策を打ち出している。中国人民銀行(中央銀行)は11日、輸出のてこ入れを狙い、人民元の切り下げに踏み切った。2%近い大幅な切り下げで、景気失速への当局の強い危機感が映る。

 「貿易黒字を確保し続けるため」。人民銀は11日の声明で、中国の通貨制度で人民元相場の起点となる対ドルの基準値を前日に比べ約2%切り下げた狙いの一つをこう説明した。中国の7月の輸出は前年同月比8%減った。卸売物価指数は7月まで41カ月連続で下落し、中国の製造業はデフレ圧力にさらされる。

 中国当局は毎月のように金融緩和に踏み切り、景気の下支えを強めている。7月末の通貨供給量は前年同月末より13.3%増えた。しかし、金融緩和の効果が行き渡るには時間がかかるため、今年の政府目標の「7%成長」の達成を危ぶむ声はなお多い。景気への厳しい認識が中国当局を元安誘導による輸出支援へと走らせた格好だ。

rate og renminbi

リスク覚悟の決断には輸出支援のほかにも狙いがある。人民銀はこれまで銀行が毎朝提示するレートをもとに基準値を設定していたが、11日から前日の市場の終値を重視するとして、基準値を切り下げた。中国の金融関係者の間には「今後は基準値自体を市場実勢に合わせ、人民元相場の決定をできるだけ市場に委ねるのではないか」と、為替の自由化に向けた一歩と見る向きもある。

supporting economy policy in china

 元安で輸出が増え、中国経済が安定すれば、世界経済にとってもプラスだ。しかし、元安誘導が行き過ぎれば、低価格製品の大量輸出で世界にデフレを輸出する形になる。中国と競合関係にある東南アジア諸国などとの通貨安競争を誘発し、批判を浴びる恐れもある。

 習指導部は人民元の国際化を国家目標に掲げ、今年、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)への人民元の採用をめざしている。11日の上海外国為替市場で、人民元は対ドルで前日比1.8%安の1ドル=6.3231元で取引を終えた。一日の下落率として過去最大だ。「強い通貨」として世界のマネーをひき付ける魅力が薄まれば、人民元の国際化への道も遠のきかねない。

 ▼中国の通貨制度 人民元の変動を一定の範囲に制限する管理通貨制度。人民元の急激な変動により輸出入など経済に悪影響が及ぶことを避ける狙いだ。中央銀行である中国人民銀行が毎日午前9時15分ごろに人民元取引の基準となる為替レート「基準値」を発表する。銀行はこの基準値の上下2%以内の水準でしか人民元を売買できない。

 基準値はこれまで銀行が報告する為替レートをもとに人民銀が算出していたが、算出方法について詳細は公表されていない。今回、人民銀は「前日終値を参考にする」と表明した。今後は基準値と実勢レートが近づき、結果的に人民元の変動が大きくなることが予想されている。

 

 

 

 

 

8/11日経ビジネスオンライン 鈴置高史『コリア・アズ・No.1 「従中」するにも「卑日」が要る』について

蝙蝠外交、二股外交の危険性について韓国は考えたことがあるのでしょうか?民族の宿啊なのか、歴史的に見ても事大主義で生きてきた民族ですから気が付かないのかも。日清・日露戦争に日本が勝って日本に近づいてきたわけです。それで1910年の日韓併合となります。それまでは大院君や閔妃のように裏切りは常態でした。世界は韓国を日本が統治することで評価した訳です。それを慰安婦や強制徴用等ありもしない話で日本を貶めようとする。韓国は日本をダシにして米国と中国の間をうまく泳ぎ渡ろうとしているとのこと。両国ともそんなに馬鹿でないから内心韓国人を侮蔑しているでしょう。利用するだけ利用しようと。日本もこんな国にまともに付き合う必要はありません。

日本人は友好が目的のように思っている人が多いですが、友好はあくまでも手段です。守るべき国益・名誉が汚されたなら友好的な付き合いは出来ないでしょう。個人に置き換えればすぐに分かります。所詮、他人事で考えているから名誉を汚されても怒らないのです。今やネットであらゆる情報(玉石混交ですが)が入手できる時代です。その努力を怠ると敵にいいようにやられます。

前にも書きましたが、「慰安婦」や「強制徴用」は歴史情報戦という形での戦争です。今や実際に武力を使うよりこちらが相手国を痛めるのに遙かに低コストで効果が大です。ですので、日本も武力でない戦争で有利な点を活かすことです。経済が日本の得意技です。素材部品の輸出額を他国より上げるとか法律的にクリアすることを考えて実行することです。敵は汚い手を使ってきていますので、一番やられたら困ることをしてやれば良い。人が良いのは国際的に見れば愚かと言うことです。

記事

(前回から読む)

 「卑日」は止まらない。韓国が中国に従う以上は。

「日本に勝った」と言い合っても……

—前回は「韓国人はなぜ世界で日本を貶めようとするのか」という話で終わりました。

鈴置:答えは「韓国人にはまだ、本当の自信がないから」です。韓国人同士で「日本を超えた」と言い合っても、確信が持てない。

 そこで世界の人に「韓国が日本よりも上だ」と言ってもらうべく、国を挙げて世界中で日本の悪口を言って歩くわけです。

 韓国の国際政治学者、李春根(イ・チュングン)博士の著書『米国に堂々と対した大韓民国の大統領たち』(日本語版)は、その意味で冒頭から興味深いのです。

 原著の韓国語版は2012年に出版されました。韓国人に対し米韓同盟の重要性を説きつつ、自分の国に誇りを持つように訴えた本です。書き出しは以下です(2ページ)。

  • 大韓民国は誇らしい国である。北韓を除けば面積はわずか10万平方キロメートルで、世界108位にすぎない小国だが、人口は世界25位、経済力は2011年基準で世界14位、輸出額は世界9位、国民の大学進学率、教育熱、インターネットの普及率と速度は世界1位、そして伝統的な国力の基準である軍事力は世界6位と、決して弱い国ではない(中略)。
  • 国際政治学者である筆者は、大韓民国の現在の総合的国力を世界200カ国中、12位と評価する。韓国の過去の歴史と比べれば12位でも大したものだが、われわれは間もなく統一を成し遂げ、世界5位レベルの国力が望める国際的な環境に生きている。

世界の中心にある韓国

—意気軒昂ですね。

鈴置:ええ。未来の歴史家は「2010年代初めの韓国は異様に高揚した気分に包まれていた」と書くと思います。この頃には「統一後は1人当たりGDPが主要国中2位になる」という主張も韓国紙上に踊るようになりました。

 韓国は2010年に20カ国・地域(G20)首脳会合の、2012年に核安全保障サミットのホスト国となりました。いずれも日本より先の主催でした。李明博(イ・ミョンバク)政権もメディアも「世界の中心となった韓国」を祝いました。

 この本も、そんな気分の中で書かれたのです。もっとも李春根博士も「世界に冠たる韓国」を韓国人がうたい上げているだけでは読者に信用されないと考えたのでしょう。62、63ページには以下のくだりが続きます。要約して載せます。

世界を指導する韓国、衰退する日本

  • 2012年、米国の著名な国際政治雑誌「フォーリン・ポリシー」(Foreign Policy)には、韓国が世界で一番うまくやっている国であるという論文が2編も掲載された。
  • 5月17日付にブルース・ジョーンズ(Bruce Jones)とトーマス・ライト(Thomas Right)が書いた「Meet the GUTS」という論文は、世界で今一番うまくやっている国、未来の世界を主導する新興西側強大国の4カ国をドイツ、米国、トルコ、大韓民国とした。一方、没落しつつある西側強大国は英国、フランス、イタリア、日本である。
  • 6月7日には、クライド・プレストウィッツ(Clyde Prestowitz)が書いた「韓国は一番だ」(Korea as Number One)という論文が掲載された。ハーバード大学教授のエズラ・ヴォーゲル(Ezra F. Vogel)が1979年『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(Japan as Number One)という本を執筆したことがあるが、プレストウィッツは、今ヴォーゲルに「韓国が一番だ」という本の執筆をお願いしたいと述べている。

日韓は双子?

—なるほど「韓国が優れた国である」ことを確信するには外国の「認証」がいるのですね。

鈴置:あまり勉強のできなかった子が、初めて模擬試験でいい点をとったのと似ています。うれしくてしょうがない。でもこれはまぐれかもしれない、との不安も残る。

 そこで「秀才と言われた日本より韓国の方が賢い」と言ってくれる大人を必死で探す。それでも足りなくて「あの子は昔悪いことをした。だのにまだ、謝っていない」と町内を叫んで歩く、という構図です。韓国人の行動は、彼らの自信のなさを知らずには理解できません。

—「日韓は似ている。双子国家だ」という専門家もいます。

鈴置:ひと昔前、自信のない韓国人をおだてるためにそんなことを言う日本人もいました。そうした言説が韓国への誤解を生みました。日本と同じような国が隣にもう1つあるわけではないのです。

 日本は太平洋戦争で大負けし、しょげかえりました。1964年、東京五輪を開いた頃にようやく自信を取り戻しました。

 でも韓国人が今、感じる不安混じりの不確かな自信とは大きく異なります。戦前、「5大国」の一角を占めていた日本人にとって、それは「昔に戻った」という安堵に裏打ちされていたのです。

「戻るべき時代」がある日中

 戦争のため中止にはなりましたが、1940年に東京五輪を開くことになっていました。もちろん、アジアで初めての五輪となるはずでした。

 「もはや戦後ではない」と書いた経済白書(1956年版)があります。「戦前の水準に戻った」という感慨を吐露したもので、これも「けっこう豊かな戦前」があったがゆえの表現です。

 中国人も韓国人とは異なります。「失われた20年」を嘆く日本人に対し「こちらは失われた200年だ」などと言ってみせる中国人がいます。清朝末期に西欧や日本に領土を食いとられ、戦後も社会主義の採用で低迷した自分の国を自嘲してのことです。

 でも「失われた200年」の前の中国は、世界最大のGDPを誇る超大国でした。だから今の中国人に「栄光の昔に戻りつつある」という安堵はあっても「この栄光は本物だろうか」との迷いは薄いのです。

米国から自立した台湾

—同じ元植民地でも、台湾人は「落ちぶれた日本」に対し、威張り散らしたりしませんね。

鈴置:台湾人の民族的なベースは中国人ですから、自信を持っています。だから「崇日」にもならなければ、その反動としての「反日」や、まして「卑日」には陥らないのでしょう。

 韓国と同様に、日本統治時代に近代化しましたから、台湾には「日本好き」の人は残っていますけれど。

 もう1つの差は戦後、台湾は韓国ほどには日本に「世話にならなかった」からと思います。台湾政府も日本の産業政策を研究しましたが、韓国のように全面的にまねしたわけではありません。

 企業経営もそうでした。台湾には華僑の伝統があるわけで別段、日本人から「商売」というものを学ぶ必要はありませんでした。品質管理などの“手口”を日本から導入しましたが。

 一番大きな差は外交、軍事面で、韓国ほどには米国と日本に「世話にならなかった」ことでしょう。1970年代、日本と米国は中国を承認しました。

 台湾は米国からの全面的な軍事支援を期待しにくくなりました。中国の顔色を見る一部の日本企業も台湾と距離を置くようになりました。台湾は自分の足で立つことによって生き残ったのです。

 韓国でも1970年代、ニクソン(Richard Nixon)、カーター(Jimmy Carter)政権時代に米軍撤収が検討されましたが、朴正熙(パク・チョンヒ)政権は日本の協力もあって引き留めに成功しました。韓国は台湾とは異なり、ずうっと米国と日本に依存してきたのです。

ルトワックの深い省察

—外交はともかく、軍事面でも韓国が日本に依存してきたということですか。

鈴置:「日韓同盟」なるものは存在しませんから、表面的にはそうは見えません。しかし北朝鮮が韓国に侵攻した際、米軍は日本を兵たん基地として戦います。日本との良好な関係があってこそ、韓国は北朝鮮に対抗できるのです。朝鮮戦争を見れば明らかです。

—要は、韓国は米国や日本に依存してきたから嫌う、ということですか?

鈴置:人間は他者に絶対的に依存すると、憎しみがわいてくるものです。仮に好意ではあっても、生殺与奪の権を握られるというのは気持ちのいいものではありません。

 「相手が嫌いだから憎む」だけではないのです。世話になり過ぎても憎らしくなるものです。米国の戦略家、ルトワック(Edward N. Luttwak)が韓国の反米感情に関し、面白い観察をしています。

 『自滅する中国』の224―225ページから要約して引用します。原著『The Rise of China vs. the Logic of Strategy』では170ページの第3パラグラフです。

  • 教育を受けた韓国人は単なる事故でも容易に(米国に対する)怒りを爆発させてしまう。それは人間の感情として、最も根本的なものに根差しているからだ。見返りを求めない施しは、受け取る側の屈辱感へと容易に変化するのだ。

韓国のパンとサーカス

 「受け取る側の屈辱感」に関するこの分析は反米感情について語っていますが、もちろん「反日」にも適用できます。私がルトワック氏の論文を読むのは、人々の心情にまで踏み込んで国際情勢を分析するからです。

 「情緒」というものが「外交」を動かすようになっています。ことに韓国という国を分析する時には、彼らの心の底をのぞき込む必要があると思うのです。

—韓国政府は国民の情緒に乗って外交をする、ということですね。

鈴置:どの国にもそういう傾向はありますが、韓国の場合は極端なのです。

—例によって、韓国メディアも「情緒」をあおり続けているのでしょうか。

鈴置:その通りです。ただ最近になって「反日は人気取りだ」と政府を批判するコラムが、たった1本ですが朝鮮日報に載りました。

 書いたのは朴正薫(パク・ジョンフン)デジタルニュース本部長。東京特派員経験者です。「パンとサーカスの自殺コース」(5月8日、韓国語版)は渾身の力を込めて書いた感じです。長くなりますが、なるべくはしょらずに引用します。

反日ポピュリズムで没落

  • 今、我々は外交的な孤立のジレンマに直面している。主犯はもちろん安倍の右傾化暴走だが、それに翼を与えているのが我々だ。政治圏と外交マフィアらが「外交」の代わりに、反日ポピュリズムの「国内政治」をした結果が自縄自縛になって戻って来たのだ。
  • その端緒が2012年の李明博(イ・ミョンバク)大統領の突然の対日強硬策だったことに異見を挟む専門家はさほど多くない。日本に融和的だった李大統領は、執権の最後の年になって突如「静かな外交」を放棄し、独島(竹島)訪問を強行した。「日本の国力は昔ほどではない」との非外交的な発言まで吐いた。
  • 「日本に対する訓戒」パフォーマンスで支持率が上がると李大統領は期待した。しかし、これは日本の嫌韓心理を爆発させる起爆剤になった。
  • 1975年に日本の『文芸春秋』が「日本の自殺」という論文を載せた。知識人が共同で執筆したもので、古今東西の文明を分析した結果、すべての国家が外敵ではなく、内部要因により自ら分解したとの結論を出した。
  • 「国家の自殺」に共通する要因は利己主義とポピュリズムだ。ローマ帝国の没落もそうだった。市民は責任と義務を忘れ遊民と化し、大地主と政治家に「パン」を要求した。支配階級は彼らの歓心を買おうとそれを与えた。すると市民は「サーカス」まで要求した。
  • 「パン」は無償福祉を、「サーカス」はポピュリズムを象徴する。自分が40年前の論文を再び精読したのは、大韓民国の状況がまさにそうだからだ。「パンとサーカス」による国家の自殺の兆候は様々の分野で目撃されている。
  • 今、我々が本当に心配すべきは日本の右傾化でも中国の膨張主義でもない。病理を知りながらも治癒する力を失うという、自己解決能力の喪失がより問題なのだ。滅びる兆しの浮かんだ国は、他者に殺される前に自ら衰退する。

卑日をやめればアベへの敗北

—「反日はポピュリズムだ」とはっきり書いてしまっていますね。“愛国者”から怒られないのでしょうか。

鈴置:自分の国の外交への深い危機感からでしょう。朴槿恵(パク・クンヘ)政権は「卑日」をやり過ぎて米国との関係まで怪しくしてしまった。かといって中国から期待したほどの外交的な支持を得られていない。

 大声では言わないけれど、韓国の指導層の一部は「ここらで『卑日』に歯止めをかけるべきだ」と考えているようです。外交常識から考えてもそれは異常な様相を呈していますしね(「韓国の主な『卑日』」参照)。

韓国の主な「卑日」

「従軍慰安婦」像設置
2011年12月14日、韓国挺身隊問題対策協議会がソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」像を設置。日本政府が抗議したが、ソウル市と韓国政府は無視。その後、韓国と米国の各地に相次ぎ設置された。「像」以外に「碑」も世界中で立てられている。2014年1月には仏アングレームの国際漫画祭で、韓国政府主導の慰安婦をテーマにした企画展が開催。
大統領の竹島上陸
2012年8月10日、李明博大統領が竹島に上陸。日本政府は抗議し駐韓日本大使を一時帰国させた。同月13日これに関連、李大統領は「日本の影響力も昔ほどではない」と発言。同月17日、野田佳彦首相がこの問題に関し親書を李大統領に送るが、同月23日に韓国政府は郵便で送り返した。
天皇謝罪要求
2012年8月14日、李大統領が天皇訪韓について「独立運動をした人に心から謝罪をするのならともかく(昭和天皇が使った)『痛惜の念』だとか、こんな言葉1つなら、来る必要はない」と発言。
対馬の仏像窃盗
2012年10月8日、韓国人が対馬の仏像と教典を盗んだ。2013年1月に韓国の警察が犯人の一部を逮捕、仏像2体を回収。しかし韓国・大田地裁は「韓国から盗まれた可能性がある」と日本に返さず。2015年7月18日に1体だけ日本に返還。
中国人放火犯の本国送還
2013年1月3日、ソウル高裁が靖国神社放火犯の中国人を政治犯と認定、日本に引き渡さない決定を下した。日本政府は日韓犯罪人引渡条約をたてに抗議。犯人は2011年12月26日の靖国放火の後、2012年1月8日にソウルの日本大使館に火炎瓶4本を投げ、逮捕されていた。
朴大統領の「告げ口外交」
2013年2月の就任似来、朴槿恵大統領は世界の首脳やメディアに会うたびに、安倍晋三首相の「歴史認識」など日本を批判。
産経元支局長起訴
2014年10月8日、ソウル中央地検が産経新聞の加藤達也元ソウル支局長を在宅起訴。容疑は「大統領に関し虚偽の事実を報じ、名誉を棄損した」。報道の元となった朝鮮日報の記事に関してはおとがめなし。同年8月7日からの加藤元支局長への出国禁止措置は2015年4月14日に解除。

—では、朴槿恵政権は「反日」――鈴置さん風に言えば「卑日」をやめるのでしょうか。

鈴置:やめないと思います。理由は2つです。まず、朴槿恵政権にとって損だからです。ここで「卑日」をやめれば、国民から“サーカス”を取り上げるだけでなく「安倍に負けた」と思われてしまいます。政権にとって「自殺」です。韓国という国家の自殺を避ける道かもしれませんが

従中に必須の卑日

 もう1つは「卑日」が韓国の国益にかなっている可能性が大だからです。「卑日」を続ければ、日本人は嫌韓感情を高めますから、当然、日韓関係は悪化する。

 一方、台頭する中国と、それを警戒する周辺国とが引き起こす対立に韓国は絶対に巻き込まれたくない。例えば米国が主導する「日―米―韓」の中国包囲網には何があっても参加したくない。

 そのためには「卑日」で日本を怒らせ、日韓関係を悪化させるのが一番てっとり早いのです。米国には「参加したいが、日本との関係が悪く国民が納得しない」と言い張れます。

 また、実際そうしてきました。このへ理屈は米国からすっかり見抜かれていますが、いい訳がまったくないよりはいい。

 「卑日」を続けるうちに日本が「韓国との軍事協力は嫌だ」などと言い出せば、しめたものです。日本のせいで中国包囲網ができなかったことにできるからです。

中国につき従う韓国

—「他国との関係を悪化させる」という、乱暴な外交手法があるのでしょうか。

鈴置:あります。米国にミアシャイマー(John J. Mearsheimer)という国際政治学者がいます。実現困難な理想を追い求めるのではなく、現実を直視して世界を分析するリアリストです。

 彼の大著『大国政治の悲劇』の中に、参考になるくだりがあります。211ページの「バック・パッシング」の項です。原著の「The Tragedy of Great Power Politics」だと157ページの「Buck-Passing」です。

 ここでは「覇権を求める危険な国家が登場した時、周辺国家がどう対応するか」が検討され、対応別に2つの国に分類されます。私の言葉で言えば「立ち向かう国」と「つき従うことで危険な国の台頭に便乗する国」です。

—『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』という本の題名そのままですね。

鈴置:ミアシャイマーは前者をバック・キャッチャー(buck-catcher)――侵略性国家の台頭阻止に責任を負おうとする国、後者をバック・パッサー(buck-passer )――その責任を回避する国と呼んでいます。そして後者のバック・パッサーは、以下のように行動する、と書いています。要約します。

仏ソはお互いを誹謗

  • 侵略主義的な国と良い外交関係を結ぶ。もしくは最低でも刺激するようなことはしない。侵略主義的な国の関心が常にバック・キャッチャーに向けられるようにするためだ。1930年代後半にフランスとソ連はともに、ヒトラーとよい関係を保とうとしていた。
  • もう1つは、普段からバック・キャッチャーとの関係を親密にしない方法だ。バック・キャッチャーとの外交関係が疎遠になればなるほど、同じ側に立って侵略主義的な国と戦うという危険な状況に巻き込まれないからだ。第2次大戦前、ヒトラーを恐れる仏ソ両国がお互いを誹謗したのもそのためだ。

—なるほど、韓国そのものですね。中国という侵略的な国とは良い関係を結ぶ。一方、中国に対抗する日本との関係は悪化させる。

鈴置:「すべての国と言い関係を結ぶのが外交だ」と信じるのは、能天気な日本人ぐらいです。韓国は今、アジアで中国が覇権国家になるか見極めようとしています。

 そうなると判明したら直ちに中国の勢力圏に入る。一方、米国が依然、影響力を維持するのならその傘下に居続けるつもりです。

 二股外交の結果、韓国は米国に守ってもらいながらも、中国の顔色を見て動く国になりました。「米中星取表」を見れば、米中が対立する案件で、ほぼ中国の指示に従っていることがよく分かります。

米中星取表~「米中対立案件」で韓国はどちらの要求をのんだか

(○は要求をのませた国、―はまだ勝負がつかない案件、△は現時点での優勢を示す。2015年8月10日現在)

案件 米国 中国 状況
日本の集団的自衛権 の行使容認 2014年7月の会談で朴大統領は習近平主席と「各国が憂慮」で意見が一致
米国主導の MDへの参加 中国の威嚇に屈し参加せず。代わりに「韓国型MD」を採用へ
在韓米軍への THAAD配備 青瓦台は2015年3月11日「要請もなく協議もしておらず、決定もしていない(3NO)」と事実上、米国との対話を拒否
日韓軍事情報保護協定 中国の圧力で署名直前に拒否。米も入り「北朝鮮の核・ミサイル」に限定したうえ覚書に格下げ
米韓合同軍事演習 の中断 中国が公式の場で中断を要求したが、予定通り実施
CICAへの 正式参加(注1) 正式会員として上海会議に参加。朴大統領は習主席に「成功をお祝い」
CICAでの 反米宣言支持 2014年の上海会議では賛同せず。米国の圧力の結果か
AIIBへの 加盟 (注2) 米国の反対で2014年7月の中韓首脳会談では表明を見送ったものの、英国などの参加を見て2015年3月に正式に参加表明
FTAAP (注3) 2014年のAPECで朴大統領「積極的に支持」
中国の 南シナ海埋め立て 米国の対中批判要請を韓国は無視

(注1)中国はCICA(アジア信頼醸成措置会議)を、米国をアジアから締め出す組織として活用。 (注2)中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立をテコに、米国主導の戦後の国際金融体制に揺さぶりをかける。 (注3)米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)を牽制するため、中国が掲げる

もちろん米国は韓国に怒り出しました。韓国は米中の間で危険な綱渡りをしているのです。そんな外交的な大勝負に出た韓国にとって、日本との関係悪化などは大した問題ではないのです。

泥沼化するしかない日韓関係

—朴槿恵政権は、そこまで考えて「卑日」をやってきたのでしょうか。

鈴置:どこまで意図したかは分かりません。しかし、今や「卑日」を手放せなくなったのは確かです。

 前回の「韓国人の『自嘲』が生んだ『卑日』」で説明したように「卑日」は「崇日」の反動でした。メディアがあおり、政権が利用した。初めは単なる人気取りの手段だったかもしれません。

 しかし、侵略主義的な国と戦わない「バック・パッサー」へとこの政権がかじを切った以上、「バック・キャッチャー」との関係を悪化させる「卑日」をやめるわけにはいかなくなったのです。

—「卑日」による日韓関係の悪化。その根には日韓を越えた国際情勢の変化があるのですね。

鈴置:そこがポイントです。日韓関係は米中関係の1局面に過ぎません。日本が中国に立ち向かうことを決め、韓国が中国につき従うことを決めた時から、日韓関係の泥沼化は約束されていたのです。

8/6NewSphere『「原爆が戦争を終わらせた…わけではない」米国の通説に米英豪メディアが異論』について

8/5朝日新聞デジタルには『ロシアのナルイシキン下院議長は5日、広島、長崎への原爆投下は国際法廷で裁かれるべきだという考えを明らかにした。ロシアでは70年を迎える原爆投下について、高官の発言や催しが続いている。米国の残虐行為を批判すると同時に、日本を降伏させたのは原爆ではなく旧ソ連の対日参戦だったという歴史認識を強調する狙いも込められている。

 プーチン大統領の側近でもあるナルイシキン氏は5日、自身が主催した原爆問題についての専門家らによる会議で「広島、長崎への原爆投下はまだ国際法廷で裁かれていない。しかし、人道に対する罪に時効はない」と指摘した。

 ナルイシキン氏は昨年来、今からでも米国の原爆投下についての責任を問うべきだという発言を繰り返している。昨年12月には「来年は(ドイツによる第2次大戦の戦争犯罪を裁いた)ニュルンベルク裁判と広島・長崎への原爆投下が70年を迎える」と、原爆投下とナチスの戦争犯罪を並べて言及。「軍国主義日本に対する勝利は、ソ連軍が(中国東北部で)関東軍を粉砕したことによってもたらされた」と指摘。原爆が日本を降伏させたという見方を否定していた。』とあります。凄まじき歴史情報戦です。中韓だけでなくロシアも参戦してきました。ついでにアメリカがシベリア抑留も「人道に対する罪。時効はない」とか言ってやり合えば良いのに。ついでに、植民地政策の是非も。中国がチベット、ウイグル、内蒙古に対する侵略も俎上に載せて。歴史を振り返れば汚点だらけの国が多いのでは。アメリカも慰安婦問題で韓国に肩を持ち、やがてブーメランになることに気付かなかったのは愚か。その内、ロシアは黒人奴隷とインデイアン虐殺を言いだすでしょう。やり合ってほしい。アメリカは日本が近現代史の見直しを進めようとすると『歴史修正主義』の烙印を押し、封殺してきたのですから。

アメリカも真実の歴史(FDRが日本を嵌めて戦争に誘った、人種差別、日本へ憲法の押付け、瓶の蓋論等)について活発に議論できる国になってほしい。

記事

6日、原爆投下から70年となる「原爆の日」を迎えた。終戦直後からアメリカ国民の間では「原爆のおかげで第二次大戦が終結した」という意識が大きく広まっていた。しかし、近年の研究では、その主張が覆されてきているようだ。8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日を迎えるにあたり、英米のメディアがそれぞれの論を伝えている。

◆「原爆が戦争を終わらせたわけではない」  ワシントン・ポスト紙は、毎週「5つの俗説」として、世間に流布されている通説に対する反論を行っている。先週の回では、アメリカによる広島・長崎への原爆投下が70年を迎えるにあたり、カリフォルニア大学名誉教授であるグレッグ・ハーケン氏による原爆投下に関する通説への異議を掲載している。

「原爆に関する5つの俗説」として以下のものが挙げられている。 1.原爆が戦争を終わらせた 2.原爆が50万人のアメリカ人の命を救った 3.原爆のほかは日本侵攻しかなかった 4.原爆投下前に日本に警告があった 5.原爆でロシアに対する外交的有利さを得るようタイミングが図られたし、実際に初期の冷戦時には切り札となった

 これらに対し、ハーケン教授は以下のように反論する。 1.最新の研究では、日本政府が終戦への仲介者として期待していたソ連が8月9日に予想外の対日参戦を開始したことのほうが、日本政府には大きな衝撃であったと結論づけられている。 2.トルーマン米大統領の回顧録では、軍幹部が日本侵攻により50万人のアメリカ人の命が失われたであろうと述べた、と書かれているが、実際の数はもっと少なかった。スタンフォード大学のバートン・バーンスタイン教授は、アメリカ統合戦争計画委員会(US Joint War Plans Committee)は日本侵攻による負傷者は19万3000人、死者は4万人と予測していたと述べている。 3.原爆投下以外にも、通常の爆撃と海上封鎖のほかに2つの選択肢が当時においても考えられていた。1つは、日本などから政府要人を招き、無人地帯か富士山で爆発させ、威力を見せつける。これは、その当時に原爆が2つしかなく、デモンストレーションが不発に終わる可能性があるため却下された。2つ目は、条件付き降伏を受け入れること。日本政府は「天皇を戦争犯罪者としない」という条件を求めていたが、アメリカ側は無条件降伏を主張したため実現しなかった。 4.7月26日にポツダム宣言が発された後、受諾しなければ「即刻の徹底した破壊」を警告するチラシが投下されたり、トルーマン大統領がラジオ演説で述べた、今までにないような空からの破壊、といったような警告はあった。しかし、広島や長崎への具体的な警告はなされていない。原爆を載せた爆撃機の撃墜を恐れたため。 5.実際には、原爆は準備ができ次第すぐに投下されたし、原爆がソ連との外交で切り札になることを望んだトルーマン大統領時の国務長官ジェームズ・バーンズ氏は戦後、「彼らは脅かされたりしない」と失望した。

◆ソ連、天皇への配慮、東京大空襲  オーストリアの公共放送局であるABCのサイトでも同じ論調の記事が掲載された。その記事によると、多くの歴史家が日本を降伏に導いたのは原爆ではなく、8月9日のソ連の参戦がより大きな衝撃を与えたと述べている。日本に好意的な交渉役というソ連に対する望みが絶たれた上に、ソ連を迎え撃つ余力は日本には残っていなかったからだ。さらに、歴史学者である田中利幸氏の「ソ連は天皇制を瓦解させただろうし、天皇や皇族を処刑しただろう」という言葉を伝え、日本政府の天皇への配慮が降伏の理由であることを示した。

 また同記事は、テンプル大学ジャパンキャンパスのジェフリー・キングストン教授の、新しい爆弾はアメリカ人が望むようなインパクトを日本人に与えていない、という論も紹介。当時すでに66の都市が破壊されていたし、東京大空襲では10万人が亡くなっていた。同氏は「日本軍の視点からすれば、焼夷弾で人が亡くなろうが、爆弾で亡くなろうが、大きな違いはない」と述べている。

◆原爆の負の側面を強調  イギリスのBBCは、1945年3月に行われた東京大空襲が契機になったとしている。また続く4月から7月の間に、日本の各地で絶え間ない爆撃が行われたことも指摘している。

 さらに同記事は、原爆の被害者の声を多く取り上げ、原爆による人的被害の大きさがあまり示されていないと主張する。原爆の爆発直後の悲惨な状況や、放射能による後々まで続く後遺症やいわれのない差別などを、被爆者の言葉を通して描き出し、原爆の負の側面を強調している。

 また、原爆が軍事拠点の破壊でなく、最初から街の破壊を目的にしていたこと、そしてアメリカ政府が都合の良いバージョンの話を国民に伝え、被爆者がスミソニアン博物館でのエノラ・ゲイの展示に招かれた際に、「おめでとう、原爆のおかげで来られたのですよ。原爆がなければ、ハラキリをしなければならなかったかもしれませんからね」と、多数のアメリカ人に言われる状況になったことを伝えている。

 そして最後に、日本の指導者らが日本軍が大戦中にアジアで行った犯罪行為を取り繕おうとしていること、そしてドイツや日本、イギリスも大規模な空襲で数々の都市を破壊したことを述べつつ、アメリカの1945年の日本への攻撃ほど市民の命を奪ったものはないとしている。

(阿津坂光子)

『「原爆投下正しかった」米国人46% 若年層は「間違い」が多数 70年経て変化する意識』

 この8月、日本は太平洋戦争終結70年を迎えるとともに、広島、長崎に原爆が投下されてから70年ともなる。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、広島への原爆投下を報じた70年前の自紙の報道をブログで紹介し、英デイリー・メール紙(電子版)は、広島で原爆の災禍に見舞われた人たちの証言を伝えるなど、海外メディアで取り扱われる機会が増えている。そんな中、英調査会社ユーガブは7月、アメリカで原爆の発明の是非と、広島、長崎への原爆投下の是非についての世論調査を行った。原爆投下の是非をめぐっては、世代間で認識の開きが大きいようだ。

◆若年層では原爆投下は間違いだったとする意見が優勢  ユーガブは7月18~20日、アメリカ人1000人を対象に面接調査を行い、22日に調査結果を公開した。同社ウェブサイトのリリース記事が注目したのは、回答したアメリカ人の62%が、核兵器の発明は良くないことだったとしている点だ。良いことだったとしたのはわずか20%だった。

 日本への2回の原爆投下は、正しい決定だったとした回答者は46%に上り、間違った決定だったとした回答者の29%を上回った。アメリカは、広島と長崎に原爆を投下することによって、日本に侵攻する必要を回避したが、この原爆投下によって13万人から25万人が死亡した、と記事は語る。原爆の使用は、戦争終結を早めたと広く信じられている、としている。

 けれども、若い世代ではこの見方は大きく変わってくるようだ。18~29歳では、回答者の45%が、原爆投下の決定は間違いだったとした。正しい決定だったと答えたのは31%だった。ユーガブの調査結果を報じた米外交専門誌ナショナル・インタレストは、年齢層による見解の差に注目している。30~44歳では、これよりもう少し意見が割れており、36%が間違いだったとし、33%が正しかったとした、と伝えた。

 それ以上の年齢層では、正しかったとする割合が優勢になる。ナショナル・インタレストはこのことを「驚くまでもない」とする。アメリカではこれが伝統的な見方だったからだろう。45~64歳では、55%が正しかったとし、間違いとしたのはわずか21%だった。65歳以上では、この傾向がさらに進み、65%が正しかったとし、間違いとしたのはわずか15%だった。同誌は「圧倒的」支持だとしている。

◆時代が下るにつれて、原爆投下への支持は低下している  ナショナル・インタレストは、時代による見解の変遷にも注目している。上述の通り、回答者全体では、「正しかった」が46%、「間違いだった」が29%だった。アメリカ人の間では、原爆投下の決定への支持が長年にわたって減少しており、今回の調査結果も、この傾向を引き継ぐものだとナショナル・インタレストは語っている。

 終戦直後の1945年8月に世論調査機関ギャラップが行った調査では、原爆投下の決定を支持する意見が圧倒的だった、と同誌は語る。支持が85%に及び、不支持はわずかに10%だったという。その後、支持は急激に減少してきたが、今なお、概して半数以上が支持している、としている。原爆投下から50年を迎えた時期にギャラップが行った世論調査では、アメリカ人の59%が支持しており、その10年後のギャラップの調査では、57%が支持していたという。

◆存在自体が望ましくない原爆の使用というジレンマ  またナショナル・インタレストは、アメリカ人の相対的多数が、日本に対する原爆使用をいまだに支持しているにもかかわらず、圧倒的に多くのアメリカ人は、核兵器の発明は良くないことだったと答えた、と報じ、相反する見方が存在することを示唆した。

 このような相反する見方は、米地方紙デトロイト・ニュースに掲載されたとあるオピニオン記事にも見られる。筆者は、原爆を投下しなくても、アメリカが戦争に勝利していたことは疑いがない、と語る。兵士の犠牲が抑えられた、という説についても検討した上で、事実をすべて考慮すると、原爆の使用はおそらく不必要だった、と筆者は結論付けている。マッカーサー元帥自らが、原爆投下は誤りだったと考えていた、と語る。

 けれども、アメリカは原爆投下という過ちを犯したが、その責任はやはり大日本帝国(の指導部)にある、と筆者は語る。恐らく新型兵器の脅威が国民に迫っていることを察しつつ、ポツダム宣言を「黙殺」(記事中では「意図的に無視」)したからである。アメリカはしばしば、核兵器を使用した唯一の国だと批判されるが、罪は国民をそのような惨事にさらした大日本帝国にある、と結論付けている。

◆原爆投下、敗戦を経てきた日本が今後進むべき道とは  カナダの有力全国紙グローブ・アンド・メールは、原爆投下、敗戦という歴史を経てきた日本が、今後取るべき道について提言するオピニオン記事を掲載している。筆者は米デューク大学アジア太平洋研究所のサイモン・パートナー所長。19・20世紀の日本史を専門とする歴史学教授である。

 同氏は、日本の国会で安保法制が進められていることに触れ、また憲法改正によって、日本を本格的な軍事国にする案もあるとする。しかし同氏は、日本が目指すべきは再軍備ではなく、世界の調停者になることだと主張する。日本にはそのための資格が立派に備わっているとしている。

「平和憲法」のもと戦後の日本国民は、平和を希求してきた。憲法はアメリカ人の手に成るもので、意に反して日本政府に押しつけられたものであることはよく知られているけれども、憲法、特に9条は、日本国民の間で、驚くほど長く人気を享受している、と氏は語る。また、原爆によって日本国民は、核戦争の惨事をこうむる国が二度と出ないよう、世界的な平和運動をリードするのに自分たち以外に適任者はいないという意識を持つようになった、としている。

 にもかかわらず、日米同盟のために、日本は侵略的な戦争への支援も含め、アメリカの外交政策に歩調を合わせねばならなかった。しかし今や、日本は、より自主的で積極的な役割を果たすべき時が来た、と氏は語る。衝突が衝突を生み、世界的に一触即発の状況で超大国が不安定な現代では、力強く、信頼できる調停国が主導する多国間交渉からのみ永続的な解決は生まれうる。日本はその役を果たすのに最も適任だと氏は断言する。

 私たちは、この乱れた世界で、強力で影響力の大きな調停者を、どうしようもなく必要としている。まさに日本は、世界がより平和でより繁栄する未来のために最良の希望かもしれない、と氏は結んでいる。

(田所秀徳)

『「原爆は必要なかった」 アメリカの“原爆神話”に異を唱える米識者の主張とは』

8月6日広島、9日長崎の原爆の日を迎えるにあたり、米メディアで論客がそれぞれの主張を繰り広げている。

【正しい判断だったとする意見】  フォーブス誌は、原爆の日を「何が起きたかと同時に、それによって何が防げたかを考える意味で重要な日だ」と語るスタンフォード大学フーヴァー研究所研究員で医者でもあるヘンリー・I・ミラー氏の主張を伝えている。

 同氏は、「ダウンフォール作戦(主にアメリカで構成される同盟国連合による日本本土上陸)」が行われずに済んだのは、原爆の結果だと言う。また歴史家のビクター・デイビス・ハンソン氏は、ふたつの要因を原爆投下の正当性として挙げている。ひとつは、大勢のアジア人が日本の占領下で毎日死んでいたこと。もうひとつは、マリアナ諸島から沖縄へB29が移動してくる計画があり、そこで攻撃が実施されていたら、先のふたつの原爆よりもっと多くの被害が出たであろうことだという。

 第一次大戦下で、ヨーロッパが非常に多くの若い男性を失ったその記憶は30年後も鮮明だった、とミラー氏は言う。1945年、軍司令部と政府は、その歴史を繰り返したくないという点において戦略的にも倫理的にも正しく、もしその英断がなかったら、アメリカの戦後ベビーブーマーはもっと少なかったことだろう、と述べている。

【真実の隠蔽による正義神話】  一方、『Scoop』は、「アメリカでは、広島と長崎の原爆について、真実が検閲により削除された誤った歴史教育が行われている」と主張するゲイリー・G・コールズ氏の意見を伝えている。コールズ氏は元医者で、現役時代は、退役後重度の精神疾患やトラウマに苦しんだ軍人および民間人の診療を行い、今は非暴力による平和を訴え執筆を続けている人物であるという。

 マッカーサーの最初の仕事はまず「広島、長崎の原爆の恐ろしさを証拠づけるすべての写真、書類を没収もしくは処分すること」だったとコールズ氏は言う。米英が戦争で行った行為はすべて「誇りある自己犠牲に基づく誉れ高い行為」であり、その他はすべて「蛮行」であるという洗脳が、政府・軍・および戦争から莫大な利益を得る企業などにより行われ続けているのだ、と同氏は訴えている。

 ここにその一例がある。1995年、スミソニアン学術協会は、原爆の動機が「真珠湾の復讐」であったことの言及を含む「被害国としての日本」を強調する展示を企画した。しかし不都合な真実の開示は、右翼退役軍人および他の軍関係からすぐに妨害が入り、結局その案はキャンセルとなった。これはそうした動きのほんの一角に過ぎないという。

【原爆は必要なかった】  ルーズベルトおよびトルーマン政権の上層部は、原爆の数ヶ月間から既に日本が戦争を終わらせる道を必至に模索していたことをよくわかっていた。日本の降伏は、1945年の春にはもう目処がついており、つまり原爆の必要はなかった、とコールズ氏は主張する。

 そうであるならば、なぜ原爆は投下されたのか。同氏はその要因について、1)巨額の投資、2)真珠湾の復讐、3)科学的好奇心、4)司令が既に8月以前に決定していた、5)対日開戦を表明したソ連への対抗、などであったと分析する。事実ならば、いずれもやるせない理由である。

 原爆は大勢の市民を犠牲にした。それは国際法における戦争犯罪および人権侵害の定義に抵触する行為である。アメリカは戦後、日本やドイツの戦犯を処刑したが、広島長崎の大虐殺を指示した人物は一切お咎めなしのままだ、と同氏は指摘する。

【事実に目を向けよ】  今でも多くのアメリカ人は「我々の行いは世界の平和のため」という神話を信じたがっている 今更それを変えるのはもう遅いのかもしれない。コールズ氏が呼ぶところの「フレンドリー・アメリカン・ファシズム」は、既にその目的を達成しているのかもしれない、と同氏は嘆く。

 それでもまだ、望みはある、と同氏は言う。戦争の歴史に口をつぐむのではなく、真実に目を向け、事実を学ぶのだ。アメリカ人にとってそれは心理的負担の大きい現実と直面することになるが、アメリカが本当の戦犯になってしまう前に、そして膨大に積み上がった諸外国からの恨みを一気に向けられる前に、アメリカの軍事主義、核兵器について学び、よく考える時間を持ってほしい。そしてぜひ、広島、長崎の祈念行事に目を向けてほしい、と同氏は強く主張している。

8/6日経ビジネスオンライン 鈴置高史『「卑日」で日本から“独立”目指す韓国 四半世紀前には「崇日」国家だった』について

小生が後援会長を務めています「上橋泉」柏市会議員が当選しました。この1週間朝早くから夜までずっと選挙にかかりきりでした。ある人からは「今までこんなに汗をかいた後援会長はいなかった」と言われました。暑い中での選挙戦ですので、実際汗だくでした。でも努力が報われました。チームワークの勝利です。朝の駅立ちでは議員候補一人だけの候補もいましたが、当方は議員候補も入れて5、6人いましたし、裏方の女性陣は朝早くから夜遅くまで働きづくめでした。

今後は大学空手部の仕事、「防人と歩む会」の仕事、英語(三島「暁の寺」英訳)、中国語会話に重点を移します。

さて、本記事ですが、朝鮮半島の人間は下種過ぎます。甘やかしてきた日本が悪すぎです。所詮は力もないのに自分を大きく見せようという輩で、妬み・嫉みの感情しか持てない平気で嘘をつく民族です。哀れと言えば哀れですが放って置くと世界に嘘がばらまかれ、嘘が定着してしまうことになります。国家としてキチンと反論していかなければなりません。

朝鮮半島人はしつこさが売り物です。暴力団の手口そのものです。日本人は淡泊だからすぐ諦めますが、彼らのDNAは違います。国そのものが中国と同じく暴力団と同じと思って戦っていかないと。先ずは経済でダメにするしかありません。日本からの部品・材料の輸出も止め、金融支援は勿論しないことです。中国の属国になるなら先祖返りでそれはそれで良いのでは。アメリカが嫌がるというのならアメリカが自分で面倒見ることです。慰安婦像まで建てさせて。日本も原爆碑でも建てますか?

記事

韓国人は日本からの独立戦争を闘う。「卑日」はその武器だ。

東京五輪をヘイトに絡める

—韓国の「卑日」攻勢。やはり、でした。前回の「これが『卑日』だったのか――」で鈴置さんが指摘した通り、東京五輪も標的ですね。朝鮮日報の社説で読みました。

鈴置: 7月23日の日本語版に「嫌韓高まる日本、五輪ホスト国にふさわしいのか」という見出しで載った社説のことですね。

 同じ日に韓国語版に載った元記事の「日本右翼の在日韓国人への人種攻撃、五輪開催国にふさわしいのか」からポイントを訳します。

  • 7月8日、日本の入国管理局に「違法滞在中の在日韓国人を国外追放してほしい」との虚偽申告が殺到し、そのホームページが一時、マヒした。数年前から韓国人と在日韓国人への憎悪を煽る日本の嫌韓情緒が急速に表面化し、攻撃的な様相に変わっている。
  • 反韓団体によるヘイトスピーチは人種差別にあたると大阪高裁と最高裁が判決を下したのに、日本で攻撃的言動が減る兆候は一切ない。
  • ヘイトスピーチに関しては自民党が昨年、特別チームを立ち上げて実態調査に乗り出した。菅官房長官も今月初めの国会答弁で調査に乗り出すことを約束した。
  • 来年はG7(主要7カ国)首脳会談のホスト国となり、2020年には東京五輪の開催を控え、日本政府は国の威信が傷つくことを懸念しているようだ。
  • 重要なことは、果たして日本が一部過激勢力の人種差別的言動を根絶できるかということだ。これを黙認する社会は内側から病んでいるのであり、世界から孤立するだけなのだ。

東京都知事から言質

—韓国はヘイトスピーチを東京五輪に絡める作戦ですね。

鈴置:今のところは新聞が書いているだけです。が、状況に応じ韓国政府が「日本がヘイトスピーチを規制しないなら、五輪を開く資格はないと世界に訴えるぞ」と言い出す可能性がかなりあります。

 韓国政府はちゃんと伏線を敷いています。ソウル市が2014年7月に東京都の舛添要一知事を招いた際、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領も青瓦台(大統領官邸)に知事を呼び、ヘイトスピーチを非難しました。

 すると、舛添知事は以下のように約束したと聯合ニュースの「舛添知事が朴大統領と会談 安倍首相のメッセージを伝達」(2014年7月25日、日本語版)が報じています。

  • ヘイトスピーチが続けば2020年の東京五輪・パラリンピックは開催できないという覚悟で、東京に居住する韓国人など外国人の安全を守って行く。

 韓国は五輪開催都市である東京都知事から「ヘイトスピーチが根絶できない限り、五輪は開かない」との言質をとったつもりでしょう。

“慰安婦大使”任命

 これに限らず、韓国の「卑日」は“地道な努力”によって支えられています。安倍晋三首相の米議会演説に対してもそうでした。

 大統領以下、政府も議会もメディアも、そして在米韓国人も力を合わせ「日本は悪い国だ。米議会での演説を許してはならない」と叫び続けました(「『安倍演説阻止』に向けた韓国の動き」参照)。

「安倍演説阻止」に向けた韓国の動き(2015年)
2月14日 聯合ニュース「在米韓国人、安倍首相の議会演説阻止に動く」と報道
3月4日 訪米した韓国国会の鄭義和議長、安倍首相の米議会演説に関し米下院議長に「日本の真の謝罪と行動が必要」
3月19日 聯合ニュース「米議会、安倍総理の上下院合同演説を許可する方向」と報道
3月20日 韓国外務省「安倍首相は米議会演説で歴史への省察を示すべきだ」
3月29日 韓国の尹炳世外相「安倍首相の米議会演説と70年談話が日本の歴史認識の試金石になる」
4月2日 鄭議長、訪韓した民主党のナンシー・ペロシ下院院内総務に「日本の首相は米議会演説で過去を認め謝罪すべきだ」
4月2日 尹外相、ペロシ総務に「安倍演説は侵略、植民地支配、慰安婦に関しすでに認めた立場を具体的な表現で触れねばならない」
4月2日 朴槿恵大統領、ペロシ総務に「慰安婦問題の解決は急務」
4月16日 日米韓外務次官協議で韓国の趙太庸第1次官「安倍演説は正しい歴史認識を基に」と注文
4月21日 韓国国会の羅卿瑗・外交統一委員長、リッパート駐韓米大使に安倍首相の歴史認識について懸念表明
4月21日 WSJ「韓国政府が安倍首相の米議会演説に韓国の主張を反映させるべく米広報会社と契約」
4月22日 韓国の柳興洙駐日大使、戦後70年談話で「(侵略、植民地支配、反省の)3つの言葉を使うよう期待」
4月22日 韓国外務省、バンドン会議での安倍演説に関し「植民地支配と侵略への謝罪と反省がなかったことが遺憾」
4月23日 米下院議員25人「安倍首相が訪米中に歴史問題に言及し、村山・河野両談話を再確認する」ことを促す書簡送る
4月23日 韓国系と中国系の団体、元慰安婦とともに米議会内で会見し「安倍首相は演説で謝罪を」と要求
4月24日 韓国外交部「尹外相とケリー米国務長官が電話、歴史対立を癒す努力で一致」と発表
4月24日 ブラジル訪問中の朴大統領「日本に、正しい歴史認識を基にした誠意ある行動を期待」
4月24日 ローズ米大統領副補佐官「安倍首相に対し、過去の談話と合致し、地域の緊張を和らげるよう働きかけている」
4月24日 メディロス米NSCアジア部長「歴史問題は最終解決に達するよう取り組むことが重要」
4月28日 安倍首相、ワシントンでオバマ首相と会談
4月29日 安倍首相、米上下両院で議会演説。日米同盟の強化を訴え万雷の拍手受ける

—まさに国を挙げての運動でした。

鈴置:安倍演説阻止には失敗しましたが、韓国人はめげません。「卑日」を目指す官民一体の協力体制をさらに強化しています。聯合ニュースの「日本軍慰安婦問題を広める『女性人権大使』が誕生」(7月21日、韓国語版)は以下のように報じています。

  • 日本軍慰安婦問題を全世界の国際機関、政府、教育機関、外国人に対し思う存分に知らしめる「グローバル女性人権大使」が間もなく誕生する。
  • サイバー外交使節団のVANKと女性家族部は独立70周年、国連創設70年を迎え、慰安婦問題を広報する青少年と大学生200人を選抜した。

 なお、VANKは韓国で「外交使節団」と呼ばれますが、民間団体です。「慰安婦」以外にも「竹島」など各方面に渡り、世界で「卑日」を展開しています。

「天皇もひざまずけ」

—元慰安婦は米国で、天皇まで訴えましたが。

鈴置:天皇や安倍首相を訴えた、この裁判を企画した弁護士のインタビューが中央日報に載りました。「米国内の慰安婦訴訟を主導するキム・ヒョンジン弁護士」(7月22日、日本語版)です。同弁護士は以下のように語っています。

  • (「なぜ、韓国や日本で訴えなかったのか」)との記者の問いに)日本で訴えても100%勝てない。韓国で勝っても日本側が応じなければ意味がない。
  • (「米国で勝てるのか」との問いに)18歳以下の未成年者との性関係は米国の方では強姦だ。(ボクシング)ヘビー級チャンピオンだったマイク・タイソンもそのケースで負けている。
  • (「米国に裁判管轄権はない、と日本は主張するはずだ」との質問に対し)人道主義に反する反倫理犯罪は時効も管轄権も関係ない。
  • (「訴訟で重要なことは何か」との問いに)ポーランドを訪れた西独のブラント首相は戦争犠牲者の碑の前でひざまずいて祈った。なぜ天皇はそうできないのか。そうなるまで戦わなくてはならない。

 相当に無理筋の訴訟です。でも、どんなことをしてでも「世界の人々の前で天皇をひざまずかせよう」との韓国人の強い意志が伝わってきます。

残った植民地意識

—韓国人の日本相手の「外交戦」。彼らが総力で取り組んでいることがようやく分かりました。

鈴置:総力戦かつ、全面戦争です。ありとあらゆる機会をとらえ日本を貶めようとしています(「韓国の主な『卑日』」参照)。

韓国の主な「卑日」
「従軍慰安婦」像設置
2011年12月14日、韓国挺身隊問題対策協議会がソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」像を設置。日本政府が抗議したが、ソウル市と韓国政府は無視。その後、韓国と米国の各地に相次ぎ設置された。「像」以外に「碑」も世界中で立てられている。2014年1月には仏アングレームの国際漫画祭で、韓国政府主導の慰安婦をテーマにした企画展が開催。
大統領の竹島上陸
2012年8月10日、李明博大統領が竹島に上陸。日本政府は抗議し駐韓日本大使を一時帰国させた。同月13日これに関連、李大統領は「日本の影響力も昔ほどではない」と発言。同月17日、野田佳彦首相がこの問題に関し親書を李大統領に送るが、同月23日に韓国政府は郵便で送り返した。
天皇謝罪要求
2012年8月14日、李大統領が天皇訪韓について「独立運動をした人に心から謝罪をするのならともかく(昭和天皇が使った)『痛惜の念』だとか、こんな言葉1つなら、来る必要はない」と発言。
対馬の仏像窃盗
2012年10月8日、韓国人が対馬の仏像と教典を盗んだ。2013年1月に韓国の警察が犯人の一部を逮捕、仏像2体を回収。しかし韓国・大田地裁は「韓国から盗まれた可能性がある」と日本に返さず。2015年7月18日に1体だけ日本に返還。
中国人放火犯の本国送還
2013年1月3日、ソウル高裁が靖国神社放火犯の中国人を政治犯と認定、日本に引き渡さない決定を下した。日本政府は日韓犯罪人引渡条約をたてに抗議。犯人は2011年12月26日の靖国放火の後、2012年1月8日にソウルの日本大使館に火炎瓶4本を投げ、逮捕されていた。
朴大統領の「告げ口外交」
2013年2月の就任似来、朴槿恵大統領は世界の首脳やメディアに会うたびに、安倍晋三首相の「歴史認識」など日本を批判。
産経元支局長起訴
2014年10月8日、ソウル中央地検が産経新聞の加藤達也元ソウル支局長を在宅起訴。容疑は「大統領に関し虚偽の事実を報じ、名誉を棄損した」。報道の元となった朝鮮日報の記事に関してはおとがめなし。同年8月7日からの加藤元支局長への出国禁止措置は2015年4月14日に解除。

—でもなぜ、そこまでやるのか、いま一つピンと来ないのです。

鈴置:韓国の外交戦は日本からの「独立戦争」なのだ、と考えると納得できるかもしれません。韓国は1945年に日本から独立した――と日本人は思っている。でも韓国人の心情には長い間、植民地意識が残ったままでした。

 今から四半世紀も前のことですが、1987年から1992年までの5年間、私は特派員としてソウルに住みました。

 韓国が「反日」国家であることは有名でしたから気を引き締めて赴任したのですが、日本や日本人への接し方が想像とは180度異なったので、大いに面食らったものです。

 私が驚いたのは、日本が異様に尊敬されていたことです。政府も企業もすべて「日本がお手本」なのです。

 役所は日本政府の政策を実によく研究していて、いいと思ったら可能な限り取り入れます。韓国で私が記事にした産業政策の多くは、日本が実施済みのものでした。

 企業経営者も日本の同業者のやることを忠実に真似ました。「日本企業のやったことをそのままやれば間違いない」と公言する経営者もいました――というか、それが常識でした。

 真似する対象は、事業分野の選定から新製品のラインアップ、果ては終身雇用、年功序列といった人事管理までに及びました。

韓国にもあった「日経」

 韓国のある経済新聞の題字は日経とそっくり。紙面構成も同じで前から「総合」「政治」「経済」「国際」「産業」……と続き、最終面は文化面。

 もちろん経済教室面もありましたし、文化面には「私の経歴書」という連載コラムもありました。外部の識者が書く「今日の話題」という欄もありました。日経夕刊の「あすへの話題」をヒントにしたものと思われます。レイアウトがそっくりでしたから。

 1987年に韓国は民主化し、労働組合が一斉に結成されました。あちこちの会社で激しい労使紛争が起きました。

 そんな中「日本経済新聞社の労使関係は健全だ」という噂が立ったためでしょう、韓国の新聞社の幹部から「正しい労使関係を学びたいので、日経の労務担当役員と労組幹部を紹介してくれ」と頼まれました。

 政治体制もそうです。1987年の民主化当時、アジアの国で民主国家と呼べるものはほとんどありませんでした。

 その中で韓国人の多くが「民主化するのは当然」と考えたのも、お手本の国の人々が自由と人権を保障され、民主主義を謳歌していたことが大きかったのです。

 しばしば韓国人から、こう言われたものです。「米国が民主主義かどうかは関係ない。彼らは社会構造も歴史も韓国とは異なるから模範にはならない。でも、似たような国である日本が民主主義を実現している以上、我々もそれを目指さねばならない」。

 民主化後には「国会議員は中選挙区制で選ぼう」「議院内閣制の導入を検討しよう」との声も起きました。もちろん日本がモデルでした。

強い国作るお手本

—現在の「卑日」の韓国からは想像もつきませんね。

鈴置:全くです。当時の話に戻りますと、私は次第に「大丈夫かなあ」と思い始めました。「お手本」とされれば悪い気はしないのですが、こちらは日本人ですから日本の弱点もよく分かっている。「そのまま真似」したら、まずいことも多いのです。

 でも、そう言っても聞いてもらえませんでした。それどころか逆に韓国人から「自分の国に問題が多いと言うなんて、やはり日本人は謙虚だ。これだから日本は発展したのだ」と褒められたりしました。

 「反日」どころか「崇日」です。「崇日」という言葉は今、私が作ったのですが。

—なぜ、そんなに日本が「崇拝」されていたのですか?

鈴置:1980年代の日本は日の出の勢いだったからです。米国人でさえ追い越されるかもしれない、と不安な眼差しで日本を見ていました。強い国を作るのが国家目標であった韓国人にとって、格好の「お手本」に見えたのです。

 その頃は「ルックイースト政策」を掲げたマレーシアのように、日本をお手本とする途上国がけっこうありました。ただ、韓国の「崇日」ぶりは度を超していました。

「反日」を抑えた「崇日」

—なぜでしょうか。

鈴置:日本の植民地だった経験を持つからでしょう。韓国の近代化は植民地の時代に始まりました。近代化とはすなわち、西洋の文明を導入することでしたが、それはほぼ日本経由でした。

 韓国にとって日本が「先生」だったのは、日本が明治維新を成功して以来のことで、100年もの年季が入っていたのです。そこで日本人が気味悪くなるほど「模範」として崇められたのです。

 見落としてはならないのは、この「崇日」が「反日」の爆発を抑えていたことです。

(次回に続く)

 

8/4産経ニュース 『「落城」1年 最後の抵抗試みる 拓殖大学客員教授・藤岡信勝氏』について

小生がブログを書き始めましたのは昨年の8/4からです。書いて1年が過ぎました。日本の山に行ったとき以外は毎日ブログを書き込んでいます。台湾に行ったときもwifiを利用して送信できました。少しずつ読者の数も増えてきております。誠に有難く、書く励みとなっております。この場を借りてお礼申し上げます。

http://dwellerinkashiwa.net/?m=20140804

昨年5月に東大柏の葉キャンパス・高齢社会総合研究機構傘下のわいわいサロン(HP=ホームページサークル)に参加してHP作成のノウハウを取得、今年1月から同じくわいわいサロン(スマホサークル)に参加してガラケーからスマホに切り替え、コンピューターの便利さを実感しております。

さて本記事ですが、昨年8/4の記事で朝日新聞と東大を批判したところ、8/5朝日新聞で「慰安婦記事の取り消し」の報道があり、余りにもタイミングが合っていたという記憶があります。今、柏市では市会議員の選挙があり、小生は後援会長をしています関係上、今週は朝早くから駅頭での挨拶、昼は住宅街での歩きながらの訴え、夜は演説立会等忙しいです。8/7は海上自衛隊上総基地正面での演説立会をしました。本日が投票日です。結果は明日掲載します。共産党候補は政党のチラシを配っていました。(個人のチラシは告示期間は違反)。学生運動華やかなりし時代のご老人が殆ど。学生と思しき人が一人。民青と思われます。彼らは中国の脅威をどう思っているのでしょうか?聞いてみたいと思いましたが、選挙期間中に喧嘩してはマズイと思い止めました。チラシには「戦争法案反対」と朝日新聞と同じというか朝日新聞が共産党のマネをしているのでしょうけど。国民も共産党やメデイアの欺瞞性に早く気付かないと。戦争を避けるには抑止力が一番大切です。一国だけでは平和は守れません。欧米や中韓が日本の名誉を貶めますが、総てを敵に回すことはできませんので、ここは我慢のしどころです。70年談話では「侵略」や「お詫び」は必要がないと思います。確かに迷惑をかけた部分はあるので「反省」だけで充分と思います。

記事

朝日新聞は昨年8月、吉田清治の虚言に始まる昭和57年以来の慰安婦報道のうち多数の記事を取り消した。この「朝日落城」から5日で一周年。その後の朝日はどうなったか。

 8月以降、当然ながらマスコミでは激しい朝日批判が起こり、さすがの朝日も低姿勢を取った。社長が交代し、12月には第三者委員会の報告書が出て、社内改革が提言された。

 これを「反省期」と呼んでおこう。この時期には、報道面では若干の路線修正の痕跡が見られた。系統的ではないが、時折自衛隊についての肯定的な報道が現れた。キャンペーン報道は姿を消した。

 ところが一方、朝日は慰安婦問題に系統的に取り組むチームをつくった。しかも、朝日の援軍が外からやってきた。アメリカの学者187人が、5月5日、慰安婦問題をテーマにして(戦後70年の)安倍談話に圧力をかける声明を発表したのだ。

 アメリカの学者たちは本当は、ある全国紙に独占的に掲載させようとしたのだが断られたといわれている。朝日はこの声明に飛びつき、数度にわたって特集でとりあげた。この時期を「自信回復期」と呼んでおこう。

その次に来るのが「全面復活期」である。これは安保法制の国会審議が本格化するころから始まった。与党の不手際につけ込み、居丈高に政権をこき下ろし、やりたい放題のキャンペーン報道を展開している。いつの間にか、落城前の朝日が全面復活していたのである。

 だが、大局を見誤ってはならない。これだけの偏向報道の嵐の中でも内閣支持率が約40%もある。自民党支持率も高い。朝日新聞は最後の抵抗を試みて、なりふり構わない醜態をさらしていると見るべきだ。いずれにせよ、朝日が特権的な権威を誇った時代は永久に去ったことだけは間違いない。