9/26日経ビジネスオンライン 高濱賛『米大統領選、トランプに迫るカーソンって何者? サンダースって誰?』について

9/21には共和党の大統領候補だったスコット・ウォーカーが撤退を表明しました。一時は支持率でトップを取ったもののトランプ旋風で失速しました。また9/25にはベイナー共和党下院議長も「オバマ寄り」を批判され、更迭を避けるため議長と議員職の辞任を表明しました。このところ共和党の動きが慌ただしいです。9/25はオバマVS習会談がありましたが、9/24ローマ法王の議会演説、9/25ベイナー辞任で習の米国内での報道は霞んだものになりました。

まだ大統領選まで1年2カ月近くあるので長丁場の戦いです。資金力がなければ続きません。トランプは金持ちですから心配ないでしょうけど。後はスポンサーが付くかどうかでしょう。

無能なオバマの8年間に米国民はウンザリしていて、政治家離れが起きているのでしょう。ブッシュもヒラリーも人気が伸びません。ただ、政治に素人で三軍の長が務まるかどうか、議会を動かす術を知っているかとなると素人は選ばれないのではと思います。まだ、時間がタップリあるので、米国民は選挙戦を楽しんでいるのでしょう。

記事

—共和党候補による2回目のテレビ討論会が終わりました。

高濱:支持率で首位を走る不動産王ドナルド・トランプを抑えようと、他の候補は集中砲火を浴びせました。

 共和党体制派が推すフロリダ州元知事のジェブ・ブッシュはじめ、フロリダ州選出上院議員のマルコ・ルビオ、テキサス州選出上院議員のテッド・クルーズ、ニュージャージー州前知事のクリス・クリスティら「政治経験」組はトランプに政治経験がないことや、大統領としての素質を欠くことを異口同音に攻撃しました。が、大きな効果は得られずに終わりました。

 一方、「政治未経験」組である黒人の元精神外科医、ベン・カーソンと、これまでは泡沫候補と見なされていた米ヒューレット・パッカード(HP)の元最高経営責任者(CEO)のカーリー・フィオリーナ(女性)は、トランプの金満ぶりなどを批判しました。

 特にフィオリーナは、トランプが自身の経営業績を過大評価していることや、フィオリーナの容姿やメキシコ系移民に対する暴言をとらえて、こう言って切り捨てました。「あなたの(私の容姿に対する)発言を全米の女性がはっきりと聞き取りましたよ。私の経営実績についていろいろ言っているが、経営者にとって根本的な問題はいかにしたら会社を安定させるかです。大法螺を吹くのは大概にして、現状をどう打破するのか、諸問題をどう解決するのか、そして、どう結果を出すのかを論じようではありませんか」

—米世論や識者は討論会での各候補をどう採点していますか。

高濱:直後に出た世論調査ですと、「ウィナー(勝者)」はフィオリーナ(29%)。これにトランプ(24%)、カーソン(7%)、ブッシュ(6%)、ルビオ(6%)と続きました。

「どの候補も現実離れしていて危険だ」

—誰が一番大統領としての適格な政策を述べていましたか。

高濱:リベラル派の論客、ポール・クルーグマン・ハーバード大教授などは、総論としてこう指摘しています。「討論会における共和党候補たちの発言は現実離れしていて非常に危険。指名されたいがために嘘を言い合っている。これは民主党にとってだけではなく、共和党穏健派にとってもおっかないことだ」。

 また、こうも言っています。「経済に関して幻想を滔々と語らなかったのはトランプ一人。外交でわずかながら分別があったのはランド・ポール上院議員(ケンタッキー)だけだった。もっとも二人とも他の要因から指名されることはないだろうが…」

(”Paul Krugman: GOP debate proves candidates are liars living in ‘world of fantasy and fiction,” www.salon.com., 9/19/2015)

—討論会の後、支持率や人気度に変化は出ていますか。

高濱:討論会前の各種世論調査では支持率1位はトランプ、2位はカーソンでした。討論会後、最初に発表された世論調査でも1位はトランプ(36%)、2位カーソン(12%)と変っていません。ただ討論会で注目されたフィオリーナ(10%)が急伸して3位につけています。

 しばらくはトランプ、カーソン、フィオリーナの「政治経験ゼロ」組がレースを引っ張っていくと思います。米国民は手垢に汚れた政治家たちに辟易しているんでしょうね。もうタテマエはごめんだ、ということだと思います。

(”Poll: Fiorina Wins Debate, Trump Still Leads,” Morning Consult, 9/18/2015)

カーソン人気の秘密はなにか

—ちょっとよくわからないのですけど。カーソンはどうしてそんなに人気があるんですか。

高濱:今回の討論会をご覧になれば分かるとおり、そのしゃべり口は穏やかで知的です。他人を誹謗中傷することは一切ありません。しかも端正な顔立ち。なによりも1987年、「米国で最も尊敬される医師」に選ばれた有名人だからです。頭部が癒着したシャム双生児を分離する手術を成功させました。

 2008年には「大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)」を受賞しています。同勲章は「アメリカ合衆国の国益、安全や世界平和推進などに貢献した文民」に送られる最高位勲章です。これまで経済学者のジョン・ケネス・ガルブレイスやヘンリー・キッシンジャーらが受章している。

 カーソンはデトロイト生まれ。父親は牧師。両親はカーソンが8歳の時に離婚しており、カーソンと兄は母親に育てられました。米陸軍準予備役将校訓練プログラムを経て陸軍士官学校への入学を許可されましたが、高校卒業後は名門イエール大学に進学。卒業後、ミシガン大学医学部で医学博士号を取得しています。その後、ジョンズホプキンス大学病院に勤務。33歳で小児神経外科部長に任命されたことから、いかに優秀な医者であるかがわかります。

 筆が立つこともあって本を著しています。「Gifted Hands : The Ben Carson Story」(1964年)、「One Nation: What we can all do to save America’s future 」(2014年)はベストセラーになりました。

カーソンはなぜオバマを批判するのか

—黒人であるカーソンはどうして史上初の黒人大統領オバマを批判しているのですか。黒人は普通リベラル派ではないのですか。

高濱:カーソンは元々共和党員です。オバマ批判を強めたのは2年前から。ホワイトハウスで開かれた「全米祈祷朝食会」の席上、オバマが推進する医療保険改革(オバマ・ケア)を「米国で奴隷制度が導入されて以来起きた最悪の出来事はオバマ・ケアだ」と言い放ちました。なんとオバマ大統領の面前で言ったんですよ。

 オバマ・ケアが目指す国民皆保険そのものはよしとしながらもカーソンはその手法を厳しく批判しています。彼の言うとおり、オバマ・ケアは施行されてから1年経ちますが、混乱状態です。カーソンは、米国民全員に出生時点で出生証明書、電子医療記録、保健料振り込み用銀行口座を発行し、国民が死ぬまで国が医療面の面倒をみるシステムを作ることを提唱しています。

その後もカーソンのオバマ批判は続いています。「オバマが大統領になってから米国の人種対立はより激しくなった。なぜか、それはオバマが『人種カード』を弄んでいるからだ。黒人が警官と衝突するとつねに黒人の味方をする。だから黒人はますます被害者意識を強めるのだ」と。

 カーソンに共鳴する白人は極めて多いのです。無論、黒人からはブーイングです。ほとんどの黒人はカーソンを支持していません。

—カーソンが共和党大統領候補に指名されるチャンスはあるんですか。

高濱:元連邦政府高官だったリベラル派の知人などはこう言っています。「脳の手術を受けるならカーソン博士にお願いしたいところだが、公職経験ゼロの博士に大統領職を任せるわけにはいかないね。今、彼の人気が高いのは、共和党支持層の正直な心情を表しているのだと思う。お行儀の悪いトランプに対するアンチテーゼとしての『ジェントルマン・カーソン』支持だ。裏を返せば、政治経験のある候補者たちには魅力がないということだろう」。

民主党で起こっている「バーニー現象」とは

ところで民主党の候補者争いでは、これまで独走していた前国務長官ヒラリー・クリントンに陰りが出てきたようですね。長官時代の電子メール使用問題が最大の要因のようです。

高濱:その通りです。そうした中で注目を浴びているのがバーモント州選出の上院議員バーニー・サンダースです。世論調査で、じわりじわりとクリントンとの差を縮めています。

 とくに来年2月に始まる予備選の火蓋が切って落とされるアイオワ州(党員集会)やニューハンプシャー州ではクリントンを抜いて1位に躍り出ています。米メディアはバーニー・サンダースの行く先々に大勢の市民が詰め掛けている現象を「Berniemania」(バーニー現象)と命名しています。遊説の先々でサンダースを一目見ようと大勢の人が詰め掛けています。

—なぜサンダースはそんなに人気があるんですか。

高濱:清廉潔白な人柄が評価されています。それと主義主張が終始一貫していることです。

 サンダースは議会では他の民主党議員と行動を共にしていますが、正確に言うと「バーモント・プログレッシブ・デモクラット」(バーモント州進歩派民主党)の党員です。

 バーリントン市長を経て、連邦下院議員を16年務めました。その後、2013~15年まで上院議員。

 サンダースは欧州の民主社会主義に共鳴しており、自らを「民主社会主義者」だと言っています。徹底したリベラル主義者で、富裕層への徹底課税、最低賃金引き上げ、大学の授業料無料化をこれまで訴え続けてきました。今回の大統領選キャンペーンでもこの点は終始一貫しています。イラク戦争にも、米国愛国法の制定にも反対しました。同法の採決の時にはフィリバスター(議事妨害)をした唯一の上院議員でした。

 民主党リベラル派はオバマ政治を継承するのに、クリントンでは物足りないと思っています。クリントンがウォール街(金融界)と深い関係を持っていることはすでにメディアで報道されています。民主党リベラル派の人たちは、クリントンは果たして真のリベラル派なのかと疑っています。とくに理想主義をつねとする若者たちはクリントンに批判的。ヒット作品「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」などに出演したマーク・ラファロなどハリウッドのリベラル派俳優たちもサンダースを応援しています。

 サンダースは大企業や労組から選挙資金を一切受け取っていません。すべて小口の個人献金で賄っています。この点をとらえて、サンダースはこう述べています。「クリントンは民主党エスタブリッシュメント(体制派)の候補だ。議会のほとんどの民主党議員たちはクリントンを支持している。だが、私はそうしたエスタブリッシュメントとは一線を画す一般の民主党員の候補だ」。

—サンダースはバイデンの露払い?最終的にサンダースに勝ち目はあるんですか。

高濱:電子メール問題でクリントンがにっちもさっちも行かなくなり、予備選段階で撤退した場合、第2位につけているサンダースが最有力候補になります。ただこの場合、今、立候補のタイミングを計っているとされる副大統領ジョー・バイデンが出馬する可能性があります。

 ある民主党中枢の選挙参謀はサンダースをこう評しています。「サンダースはクリントンに代わる大統領候補ではない。反クリントン票をまとめているにすぎない。クリントンに万一のことがあれば、サンダースが固めている票はバイデンが引き継ぐ。サンダースはそれまでのつなぎと見たほうが分かりやすい」。

 つまりサンダースは反クリントン票の受け皿、露払いのような存在のような気がします。ただバイデンは72歳。67歳のクリントンより年上ですから年齢の問題が出てきますね。民主党候補の選出もまだまだ山あり谷ありです。