『「トランプ大統領」が誇張できないほど危険な理由 恐るべき候補を生み出した責任はエリートにある』(5/24JBプレス「5/18FT」より)

何かこの題の付け方から言って論点がずれているというか、民主主義という事を理解していないのではという感じを持ちました。共和党主流派がトランプを抑えられなかったのは、主流派のエリートが悪いからだと読めます。しかし、大衆の心を掴み切れなかったエリートこそ問題があるのではないかと小生は感じますが。

フィリピンのドゥテルテだって大統領になってから態度を変え、米日に協力と軌道修正してきました。彼は暗殺団を自前で持つほどの男です。それを活用して、治安対策で名を上げました。ペルーのフジモリ元大統領と同じです。センドロ・ルミノソ(毛沢東主義武装組織)を鎮圧しましたが、逮捕され、今は収監中です。この逮捕にはいろんな見方があるようです。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1134830811

5/22日経電子版には<比ドゥテルテ氏、日米重視 南シナ海問題で 

フォームの終わり

 【マニラ=佐竹実】フィリピンの次期大統領に決まったミンダナオ島ダバオ市長のロドリゴ・ドゥテルテ氏は22日、同市内で記者会見し、中国との南シナ海の領有権問題に関して「我々は西側諸国の同盟だ」と述べた。米国や日本との関係を重視するアキノ現政権の外交方針を引き継ぐ考えを示した形だ。過激な言動で注目され中国寄りとの評価もあったが、大統領選挙後は就任後を見据えた手堅い発言が目立つ。

 南シナ海を巡っては、ドゥテルテ氏は米国との同盟を重視するだけでなく、同海域で「中国の占領に影響されているベトナムやインドネシア、マレーシアとともに歩む」とも述べた。

 「今後数年で現状に変化がなければ中国との2国間協議もする」とも言明。だがその際には「中国が実効支配する場所は我々の排他的経済水域(EEZ)の中にある。もしそこに何かを建設するのであれば経済的利益を阻害するし、国際法違反だ」と主張するという。

 大統領選期間中、ドゥテルテ氏は中国との対話の重要性や南シナ海での共同資源探査の可能性に言及したため、中国寄りの政権運営をするのではないかとの見方もあった。だが16日に「日本との関係を重視している」という理由で各国大使の中で日本大使に最初に会い、18日にはオバマ米大統領と電話会談した。こうした中で態度を現実路線にシフトしているようだ。

 南シナ海では、米国が艦艇や航空機を派遣する「航行の自由作戦」を実行して中国の動きをけん制している。アキノ政権は、米軍の実質的な駐留を認める「拡大防衛協力協定」を結んだ。近くフィリピン国内の基地に米軍が展開することになり、地政学的な重要性が増す。

 ドゥテルテ氏は22日の記者会見で「経済の専門家ではない」として経済政策については言及しなかった。ただ同氏の陣営は、アキノ政権のマクロ経済政策を引き継ぐと表明している。外資の進出を促すため、出資制限を緩和する考えも示している。>(以上)

学歴で言えばドゥテルテ氏はリセウム・オブ・ザ・フィリッピンズ大学を出て、父は知事、母は教師というエリートの家庭に育ちました。トランプ氏はペンシルベニア大学ウォートン・スクール卒業でこちらはハーバードと並ぶMBAとのことです。両者ともエリートであることを隠し、乱暴な発言で有権者の心を捉えて来ました。演技と言えば演技です。トランプが大統領になり、堅実路線に戻った時に有権者は裏切られたと感じるでしょうか?そうはならないと思います。一時的でも自分たちの気持ち、怒りを理解してくれたと納得するのでは。サンダースが特別代議員を除けば奮闘しているのもその影響があるのでは。勿論ヒラリーのメール問題の影響もあるでしょうけど。それを衆愚と見るかですが。エリートが下々の心を掴めないのでは、選挙で反乱を起こされるという事です。共産国の茶番の選挙以外では。日本も「こころ」と「大阪維新」以外はダメな野党です。二大政党制とか言っても、政権を担えるだけのリアリズムに徹した政党がありません。憲法9条を擁護する脳内お花畑の連中では安心して国政を任せられません。対抗勢力がなければ自民党も増長します。リベラル過多や利権に突っ走るのではと心配になります。反日民進党の保守派は姿が見えません。

記事

Trump-11米ウエストバージニア州チャールストンで行われた選挙集会で演説するドナルド・トランプ氏(2016年5月5日撮影、資料写真)。(c)AFP/Brendan Smialowski〔AFPBB News

 ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補になる。ひょっとしたら米国の大統領になるかもしれない。この展開の重大さと危険性を誇張するのは困難だ。20世紀の米国は自由と民主主義の砦だった。その米国が、人々と権力にファシストのような態度を取る人物を大統領に選ぶことになったら、世界は一変してしまうだろう。

 トランプ氏は女性を嫌い、外国人を嫌う。人種差別もする。自分の無知と無定見を得意がり、自分にとって都合の良いことが真実だと思っている。政策についての考え方は、空恐ろしいか笑止千万かのどちらかだ。

 しかし、そうした態度や考え方よりも厄介なのは、彼の性格だ。トランプ氏はナルシストであり、弱者をいじめるゴロツキであり、陰謀論を広める人物だ。大統領が自由に使える権限をこんな人物が行使するなど、考えただけで空恐ろしい。

 保守派の評論家アンドリュー・サリバン氏は先日、「我々の自由民主主義と立憲秩序にとって、トランプは絶滅レベルの出来事だ」と書いていた。まさにその通りだ。

 人々が横暴な命令に従ったり、従わない人にそれを強制したりする――そういう状況を作ることは、トランプ氏にとって驚くほど簡単なことかもしれない。独裁者になりたがる人物は、危機を誇張したり自ら作り出したりすることで司法や政治の制度を誤った方向に導くことができる。ロシアやトルコの大統領はその優れた見本だ。

 米国には立憲秩序が確立しているが、それさえも揺るがしかねない。大統領が議会で弾劾を免れるのに十分な支持を得ているときは、特にそうだ。

 サリバン氏は、反民主主義の思想家の中で最も偉大なプラトンの考え方を援用している。それによればプラトンは、社会というものは平等になればなるほど権威を受け入れなくなっていくと考えていた。するとそのすき間に、複雑な問題に単純な解決策を提示するデマゴーグ(扇動政治家)が入り込むという。

 トランプ氏は、腹を立てた人を数多く引き連れた笛吹き男だ。サリバン氏によれば、トランプ氏は「ますます嫌われているエリートと互角に張り合ってくれそうな」人物として成り上がった。メディア革命も、「我々の民主的な議論をエリートが穏健なものにしたり支配したりすることをほぼ完全に」取り除いてしまうことにより、トランプ氏の台頭の追い風になった。

 扇動は民主主義のアキレス腱だ。しかし、プラトンが生きていた時代のアテネの民主主義は内部の専制君主に屈服したのではなく、専制君主の支配から生まれた。この民主主義を紀元前338年に終わらせたのは、当時のマケドニアの王だった。

 サリバン氏は、エリートが果たす役割については控えめにしか述べていない。米国の場合、大統領のイスをカネ買うことはできないからで、オバマ氏がロムニー氏を破ったのはその好例だという。だが、もっと低いレベルの政治では、影響力をカネで買うことができる。そしてそれ以上に重要なのは、経済や社会の方向性を決めているのがエリートたちであることだ。国民の多くが腹を立てているのであれば、その責任はエリートにある。

 民主党がその正義感から女性の権利重視に、そしてそれ以上に人種、性的指向、そして性同一性の3点におけるマイノリティー(少数派)の福祉向上に傾倒したことで、中間層の白人男性――特に南北戦争以前の南部に住む白人男性――の忠誠心は共和党に向かうことになった。「オバマ錯乱症候群」に人種的な要素がからんでいることは明らかだ。

 共和党はその後、ここで得た支持者たちに「エサとムチ」を与えた。献金してくれる支持者らが強く求めていたもの、すなわち低い税率、緩やかな規制、自由貿易、リベラルな移民政策などを実現するには、新しい支持者の票が必要だったのだ。

 そしてこれらの主張を共和党の目標にするために、エリートは政府を敵に回さざるを得なかった。また、決して実現できそうにない改革を約束し、文化の面で保守的な支持者を引き込まなければならなかった。

 さらに、民主・共和両党のエリートたちが促進した経済の変革は、政治家の能力の高さと高潔さに対する信頼を損なうことになった。これについては、金融危機とその後の救済劇が決定的な役目を果たした。

 しかし、中間層はすでにそのころ、何十年にもわたる実質所得の伸び悩みと相対所得の減少に苦しみ続けていた。グローバル化は世界の多くの貧しい人々に多大な利益をもたらしてきたが、米国内には大変な数の敗者がいた。そうした敗者たちは今日、経済と国家を運営する連中が自分たちを疲弊させ、搾取し、見下しているのだと考えている。

 共和党のエリートでさえそうした敗者たちの敵になり、トランプ氏は敗者たちの救済者になっている。同氏が億万長者であることは驚くに当たらない。トランプ氏が望んでいるシーザリズム、すなわちひとりのカリスマ的な強者による支配というものを説いたシーザー(カエサル)は、平民派を率いた貴族だった。

 平等は、健全な共和国の必須条件ではない。しかし、互いを思いやる気持ちはある程度必要だ。新しい活動――古代ローマであればほかの土地の征服、中世のフィレンツェであれば銀行業――によって富が突然手に入ると、社会の絆が損なわれることがある。市民から徳が失われてしまったら、その共和国は瓦解する時期を迎えることになる。

 経済、社会、政治の変化により、米国は人口のかなりの部分が強権的な指導者を渇望する状況になっている。共和党のエリートたちは、自分たちの支持基盤がほかの誰でもなくテッド・クルーズ氏を、そしてクルーズ氏と比較したうえでトランプ氏を選んだ光景に目が覚める思いでいるに違いない。同党のエリートは、ポピュリストのゲームに興じた。特に、大統領への協力を断固拒否する姿勢を貫いた。その結果、この種のゲームを得意とするグループがエリートを打ち負かしたのだ。

 トランプ氏は、機能の制限された国家という保守派のお気に入りに、自分の支持者が全く関心を示さないことを承知している。支持者の望みは、経済、人種、性について失われたかつての地位を取り戻すことだ。トランプ氏はこれに対し、大型減税と歳出の維持、「そして」債務の削減を公約している。おかしな話だが、同氏には論理的一貫性など必要ない。一貫性などというものは、トランプ氏が馬鹿にしている「古くさくてかつがれやすい従来型のメディア」のためにあるからだ。

 ヒラリー・クリントン氏は弱い候補だ。夫の失敗、エスタブリッシュメントと言われる階層に属していること、そして政治の才能の不足という悪材料を抱えている。今度の選挙はクリントン氏が勝つべきだが、そうはいかないかもしれない。しかし、仮に勝つとしても、それでこの話が終わるわけではない。

 トランプ氏は政治に新しい可能性を生み出した。しかし、米国をこの困った状況に至らしめた主因は、民主主義が過剰だったからではない。近視眼的なエリートたちの過ちによる部分の方がはるかに大きい。

 これまでに起こったことのすべてが悪いわけではない。中には正しいものもあるし、それらは避けるべきではなかった。しかし、起こったことの大部分は避けることができた。エリート、特に共和党のエリートたちがそこに火をつけてしまった。この炎を消すのは、難しいだろう。

By Martin Wolf

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