大浜海浜公園
マテリアの滝
奄美フォレストポリス
千葉県柏市在住
日米豪印で中国の軍事膨張を封じ込めなければなりません。中国は西沙諸島に地対空ミサイルを配備しました。米軍の南沙・西沙諸島での「航行の自由」作戦は、国際法上の「無害通航」に当たり、領海12海里内でも軍事や経済活動などをしない場合には通航が認められる権利を行使したものです。腰が引けている話です。公海であれば軍事演習も可能でしょうに、それをせず、領海とかの説明では恰も人工島が中国の領土と認めているようなもの。オバマの宥和政策が中国を増長させ、好き勝手にさせています。来年1月20日の新大統領就任までに、中国は取れるものは取って置こうと思っています。豪印には「そうりゅう」型潜水艦をブラックボックス化して、供与して中国潜水艦に対抗できるようにした方が良いです。また台・比・越にも軍事協力していくべきです。
中国は直接武力に訴えるのではなく、三戦(心理戦・世論戦・法律戦)で勝利することを考えています。敵国の国民に中国の武力の凄さをアピール(空母遼寧を見ればどの程度かは想像できますが、一般国民は朝日新聞に代表されるアカ新聞のプロパガンダに騙されます)したり、国際的に日本の非道徳性(慰安婦・南京虐殺・今「正定事件」をバチカンに訴えている、総て捏造したもの)を訴えたり、中国の国内法で勝手に領土・領海にしたり、国家安全法や反スパイ法を制定して、外国人・外国企業にも適用したりしています。日本もやられ放しでなく、国際司法裁判所に提訴するようなことも考えて対抗していかないと。
記事
インドが2月4~8日、インド海軍だけでなく50カ国の艦艇や代表が参加する国際観艦式を実施した。2隻の空母を含む約100隻の艦艇と45機の航空機が参加する大パレードだ(公式サイトには写真やビデオがある)。もちろん、日本も招待され、海上幕僚長と護衛艦の両方が参加した。
インドが15年ぶりに国際観艦式を主催した(写真:AP/アフロ)
100隻を集める国際観艦式の挙行は多額の予算と労力を要する。世界最大の海軍である米海軍でも、約300隻の艦艇しか保有していない。比較的大きい海上自衛隊やインド海軍でも約140隻程度だ。そこから100隻を集める。このため、インドが国際観艦式を行うのは2001年以来15年ぶりのことである。
なぜ今年、再び行ったのか。それは日本の安全保障にどのような影響を与えるのか、本稿で分析する。
海軍の活動を活発化
昨今、インドは海洋を目指している。それは海軍に対する予算配分の変化を見れば明らかだ。インドの国防費における海軍予算のシェアは、1990年の12%から2015年の16%へと増加している。それも、インドの国防費全体を増やしている上でのことだから、大きな変化だ(図1)。
図1:インドの国防費推移 出所:Ministry of Defence, Government of India, Annual Reportより作成
海洋に対するインドの考え方の変化は、ナレンドラ・モディ政権下でさらに加速している。モディ首相の下で、インド海軍は世界の40カ国以上を訪問しているのだ(注1)。以前にはない活発な動きだ。訪問先は西から順に欧州、アフリカ、中東、インド洋の島嶼諸国、東南アジア、オーストラリア、日本そして米国と、インドから遠く離れた地域にまで及ぶ(図2)。
図2:モディ政権になってからインド海軍艦艇が訪問した国々(橙色)
さらに、2016年に入ってから、インドは空母を外国に派遣するようになった。インドの新しい空母ヴィクラマディティアは、1月にスリランカを、2月にはモルディブを訪問している(関連記事:インドの新しい空母が持つ戦略的意味)。
インド洋沿岸各国に対して、哨戒艦艇、航空機、レーダーを供与するとともに、要員の訓練も行っている。
そして、昨年12月にインドの国防相が訪米した際には、中国が飛行場建設を進める南シナ海において、米印両海軍が共同パトロールを行うことについて話し合ったようだ(注2)。実施される可能性は現時点では低い。だが、検討している以上、選択肢の一つになっている。
インドの国際観艦式は、このような情勢の中で開かれた。海洋の大国であることを世界に示そうという、インドの強い意志が込められているとみてよい。
(注1)長尾賢「活動範囲を拡大するインド海軍:日本にとっての意味」『勃興するインド-日印協力のアジェンダ-』(東京財団)2015年10月7日
(注2)Sanjeev Miglani , “Exclusive: U.S. and India consider joint patrols in South China Sea – U.S. official” (Reutor, 10 Feb 2016)
中国の影に危機感を募らせるインド
インドがこうした動きを進める背景には何があるのか。やはり中国のインド洋進出が関係しているとみられる。インド海軍の艦艇が訪問した40カ国以上の国々を詳細に見てみると、日本、米国、オーストラリア、東南アジア諸国の大半を訪問しているにもかかわらず、中国を訪問していない。
実は、モディ政権より前の政権は、インド海軍の艦艇に日本を訪問させる時には中国も訪問させていた。しかし、昨年10月に訪日したインド海軍の艦艇は日本、韓国、フィリピン、ベトナムは訪問したが、それだけでインドに帰ってしまった。
今回の国際観艦式には中国も招待しているから、ある程度の配慮はしている。だが、前の政権に比べれば、モディ政権は明らかに中国を警戒しており、それがインド海軍の動きに反映されているとみられる。
中国がインド洋で進める3つの展開策
実際、中国海軍によるインド洋進出は非常に活発化している。中国の活動は大きく3つに分けられる。第1は、インド周辺の国々で進める港湾建設だ。これらの港湾を地図上に描いて結ぶと、インド亜大陸に真珠の首飾りをかけているように見えることから「真珠の首飾り戦略」と呼ばれる。インドは、これらの民生用の港が中国海軍の拠点として使用されることを懸念している。
2つ目は中国海軍そのもののインド洋展開だ。中国はインドが懸念している通り、インドの周辺国に艦艇を寄港させ始めている。2014年にはスリランカに2度、中国の潜水艦が寄港。2015年にはパキスタンにも中国の潜水艦が寄港した。今年1月末には中国の3隻の軍艦がスリランカを訪問し、そのままバングラデシュも訪問した。中国艦隊がバングラデシュを訪問するのは初めてのことだ。
こうした動きは、インドの周辺だけでなく、インド洋全域でみられるようになっている。特にソマリア沖の海賊対策に派遣された中国艦隊には、海賊対策のほかに別の目的があるようだ。2014年、中国は海賊対策のために潜水艦を派遣した。潜水艦は海賊対策には不向きだ。海賊対策を口実にして、インド洋に海軍力を展開し、情報収集や訓練にあたっているものとみられる。
海賊対策に従事する中国の艦隊は当初、補給のためにセイシェルに寄港していた。それが今度は、ジブチに基地を設置する。中国にとって、インド洋沿岸で初めての海軍拠点になりそうだ。
中国がバングラデシュやスリランカにも武器を輸出
3つ目は武器輸出である。中国はインド周辺国に向けた武器輸出を熱心に進めている。パキスタンに4隻のフリゲート艦を輸出し、さらに8隻の潜水艦を輸出することを決めた。バングラデシュにも、2隻のフリゲート艦を輸出済み。さらに2隻の潜水艦を輸出しようと積極的に動いている。中国とパキスタンが共同開発した戦闘機をスリランカに売却することも決めた。
インドは、バングラデシュとスリランカに圧力をかけ、これらの計画を撤回させようと試みている。実際スリランカは、中パが共同開発した戦闘機の購入計画を撤回し、代わりに、インドの国産戦闘機の購入を検討中だ(図3)。
図3:インド洋における中国の海洋関連活動
このようにインド洋における中国の海洋進出は、かなり活発になっている。インドが何もしなければ、その存在感は弱まっていくだろう。インドは、海洋においても大国であるとの強い意志を示し、中国の影響力を抑えたい。そのために国際観艦式を行い、空母を派遣して力を示すと同時に、武器や訓練を供与し、寛容なリーダーとして認められるよう努力している。そして、特に南シナ海における活動は、中国のインド洋進出に対するインド式の「返礼」、駆け引きのための重要なカードとなっているのだ。
インドは海洋国家になれるか
だが、問題はインドの実力だ。インドは本当に強力な海洋国家になることができるだろうか。この疑問を解くカギは、シーパワーの研究者であるアルフレッド・テイアー・マハンの研究の中にあるかもしれない。マハンは、シーパワーに影響を与える要素として、地政学的位置、海岸線の長さと港湾、それを守る海軍力、海で働く人の人口、国民性、政府の政策などを挙げている(注3)。これらの要素をみると、インドにはシーパワーとしての高い潜在性が認められる。
(注3)アルフレッド・T・マハン著、北村謙一訳『マハン 海上権力史』(原書房、2008年)47~126ページ。
まず地政学的位置だ。インドはそもそも大陸国家なのかというと、若干の違和感を覚える。高い山脈によってユーラシア大陸から切り離された地域だからだ。それを示すのは、かつてインドを治めた王朝の影響圏の範囲である。
現在のインドとその周辺を統一した王朝はマウリヤ朝、ムガル帝国、英領インドの3つだけだ。この3つが影響を及ぼした範囲は似通っていて、南アジアからほとんど出ていない。
原因の一つは地理である。インドは、ヒマラヤ山脈をはじめとする高い山脈に周囲を囲まれている。標高の低い地域から高い地域へと攻め上がっていくのは、戦闘面でも補給面でも難しいため、南アジアを超えた遠方に領土を広げることは困難だった。つまり、インドはユーラシア大陸とほぼ切り離された「島国」なのである(図4)。
図4:インドの王朝の影響範囲 出所:長尾賢「インドは脅威か?」『政治学論集』第25号、2012年(学習院大学大学院政治学研究科)1~15ページ
ただし、インドには別の歴史がある。チョーラ朝だ。欧州諸国が十字軍を派遣していた中世のころ、インド南部のチョーラ朝は強力な海軍力を保有し、インド洋沿岸から東南アジアまでを影響下に収めていた。チョーラ朝の歴史は、インドに海洋国家としての素地があることを示している。インド洋を通じて、東南アジア、中東、アフリカへと遠征することが可能だ。
海岸線は7500km、船員は5万5000人
ほかの要素も、インドが海洋国家となる素地があることを裏付けている。その海岸線は7500kmに及び、多くの港湾を有している。インド洋の沿岸国の中で圧倒的に巨大な海軍も保有している。
船員の数も多い。世界に散らばって働いているインド人船員を集めれば5万5000人規模となり、これは世界6位の人数である。しかも、インドでは、エネルギー需要が増大するのに伴って、海洋の重要性について理解を深めつつある。インド政府が海軍重視に政策の舵を切っているのは、前述の通りだ。つまり、インドは、マハンの言うシーパワーとしての潜在性があり、その能力を徐々に開花させ始めているのだ。
公文書『インド海洋軍事戦略』には次のような文言がある。「インドは発展を続けている国だ。つまり『明日』は『今日』よりも良いだろう」(注4)。インドの海洋国家としての潜在性を見る限り、大きく外れた言葉ではない。
(注4)この翻訳は、長尾賢『検証インドの軍事戦略-緊張する周辺国とのパワーバランス―』(ミネルヴァ書房、2015年)312ページによる。
日米印連携は日本の国益になる
インドが海軍力を強化すべく積極的に動いている現状は、日本にとってどのような意味を持つのだろうか。中国が海洋進出を進めるインド洋には、日本のシーレーンが通っている。中東から日本へ石油を運び、また、貿易するルートだ。中国との安全保障上の懸念を抱える日本にとって、インド洋におけるシーレーン防衛は気になるところだ。だから、2001年以来14年以上、海上自衛隊の艦艇や航空機を派遣し続けてきたのである。
しかし、日本がインド洋でできることには限界がある。米海軍に期待するところもあるが、この25年の間に艦艇数を半減させており、あまり余裕がない。
だから、毎年海軍予算を増やし続けているインド海軍との協力に期待が集まる。インド洋で日米が果たすべき役割を、少しでも多くインドが肩代わりしてくれれば、日米はそれだけ東シナ海、南シナ海に戦力を集中できるからだ。
このような事情を背景に、米国はインドに最新型の対潜水艦用哨戒機を輸出。さらに、インドが進める原子力空母ヴィシャルの建造も支援し始めた。米国は、インドが進める原子力潜水艦の建造計画に対する支援も検討し始めている。日本もUS-2救難飛行艇の輸出交渉を進めるとともに、インドが求めているそうりゅう型潜水艦などの輸出についても真剣に検討するべき時期が近付いているといえよう。
「举报有奖」と写真にありますが、これは密告の勧めです。違反者を当局に通知すれば、報奨金を出すとの意味です。ネットの「五毛党」以外の世界にも、共産党は監視強化の政策を採り入れたのでしょう。文革の時にも密告を奨励し、林彪の亡命用の飛行機が落ちたのは(撃墜されたのでは?)、自分の娘の林立衡から密告され、亡命が発覚したからだという話もあります。中国は監視社会です。日本の人権派弁護士は中国や朝鮮半島が好きなようですが、日本をこんな社会にしたいと思っているのでしょうか?何が人権派かと言いたい。
春節の爆竹・花火の禁止は習がクーデターの勃発を恐れたからでしょう。音が凄いので、銃や爆発物の音と紛らわしくなるからです。習はそれだけ、軍を押えきれていないという事です。
農民工の出稼ぎが無いなんてことは過去の8年間の駐在時代(1997~2005)には聞いたことがなかったです。中産階級が増えて、保姆(=家政婦)を頼む人が増え、中国の不景気がトリクルダウンの逆バージョンで農民工にも来ている構図では。中国経済の崩壊はこれからが本番と言う予兆のようなものでしょう。中国の発表する数字は信用できません。都合の悪いときには10倍~100倍くらいに数字を水増ししますので。
中国に投資している人は回収すべきです。
記事
爆竹・花火禁止を呼びかける横断幕やポスターが年の瀬の町の至る所に掲げられた(上海市内)
「爆買いはもう終了」、との声もありつつ、この春節(旧正月)も大勢の観光客が日本各地を訪れ旺盛な消費力を見せつけた。一方、中国国内、それも私の生活する上海市内に目を転じてみると、今年の春節は気になる2つの変化が見られた。1つは春節の風物詩とも言える花火と爆竹の禁止。もう1つは春節にも帰省せず上海にとどまる家政婦など出稼ぎ労働者が増えたことである。中でも帰省しない家政婦の一件は、中国経済の変調をうかがわせる、気になる現象である。
中国に来たことのない人でもニュース映像などで一度は見たことがあるのではないかと思うが、中国の春節を象徴するものの一つに、人々が爆竹を鳴らし花火を打ち上げることがある。春節の休暇期間を通じて、昼夜問わずに町のそこかしこから爆竹や花火の音が聞こえるのだが、ピークは3回ある。除夕(大晦日)から初一(春節初日)に日付が切り替わる前後の1時間、お金の神様である財神が天から地上に降臨するのをお迎えする日とされる初五(春節5日目)の未明、そして春節休暇が終わりを告げる春節15日目の元宵の夜がそれで、上海中の市民が同時多発的に一斉に鳴らすため、家の中で目の前にいる相手の声が聞き取りにくいほどの爆音と、朦々たる煙に町が包まれる。
ところが今年は、大気汚染のこれ以上の悪化を食い止めることを目的に、大都市を中心にこれを禁止する土地が続出した。上海でも中心部を取り巻く環状線の内側での打ち上げが禁止された。
日本人の想像を絶する中国人の爆竹好き
中国人は、春節に帰省すること、そして家族で爆竹を鳴らすことを人生の楽しみに、そして励みにして暮らしているようなところがある。
私はこれまで、何度も中国で春節を過ごしたが、帰省はともかく、大人になってまで爆竹を鳴らすことの何がそんなに楽しいのか、残念ながら今に至るまで、実感としては皆目分からないでいる。ただ、私が初めて中国に暮らし始めた1988年、新卒で大学の教師になった人の初任給が70元(現在のレートで約1260円)だった時代に、春節の花火と爆竹に費やす金額が1家族あたり200元(3600円)にもなるという話を聞いて、驚き呆れると同時に、爆竹を鳴らすのは中国人にとって、よく分からないけれども、とにかく特別なことなのだなということは感じた。現在でも、500~1000元(9000~1万8000円)程度は使うようである。
私は昨年、河南省の辺境にある農村地帯から上海に出てきて廃品回収をしている友人が帰省するのに合わせて彼の自宅にお邪魔し春節を過ごしたのだが、やはり大量に買い込んだ爆竹と花火を納屋にしまい込んでいた。そこで、何がそんなに楽しいのかと単刀直入に聞いてみると、40代の友人はきょとんとした顔で、「因為、開心嘛」(だって、楽しいじゃん)と答えた。理屈抜きで楽しい、という意味である。中国人にとって、爆竹や花火は体の深いところに訴えかける何かがあって、ストレスも何もかもを吹き飛ばす効果があるのだろう。
「自首」「通報」町に溢れる寒々しい言葉
その爆竹が大都市の多くで禁止された。上海では年の瀬から至る所に禁止を告げるポスターや横断幕が掲げられ、「違反を通報すれば報償」「違法行為を発見したらすぐ119番に通報せよ」「隠している者は自首を奨励する」といった寒々しい言葉が師走の町に溢れかえった。爆竹・花火打ち上げの3つのピークの中でも特に激しい年越しの夜に上海当局は、監視のために警察やボランティアを動員したのだが、その数なんと30万人と言うから驚く。私の住むアパートの入り口にも、年越しの夜は数人の警官が張り付いていた。その甲斐あってか見事に爆竹や花火の音は聞こえなかった。
ところで、過去数年にわたり反腐敗による幹部の摘発が相次ぐ中、春節の爆竹に対する厳しい締め付けが行われたことで、「まるで文化大革命の時代が戻ってきたようだ」、といった批評を、日本のネットや報道で見かけることがある。「通報」「自主」などという言葉の羅列を町中で目の当たりにすると、確かにいい気持ちはしない。ただ、文革のまっただ中に生きた中国人に話を聞くと、「文革時代に似てるというのはさすがに大げさ」という反応があることを伝えておきたいと思う。
北京で新聞記者の家庭に生まれたという60代のある女性は、文革のさなか両親の勤めていた新聞社の社宅のアパートに住んでいたが、「『今日は何号棟から同僚が飛び降りた』『昨日は何号棟から飛び降りた』というような話が毎日のようにあった。地獄だった」と当時を振り返る。
農村に溢れる習近平夫妻のポスターの意味
やはり文革当時、天津で幼少年時代を過ごした50代のある男性は、遊び場にしていた近所の雑木林で時々、死んだ人間が転がっていたのを鮮明に覚えているという。「子供のころ、死体を見るのは特別なことでもなかった」。この男性が生まれたのは日本で東京オリンピックが開かれた1964年。私は彼の1つ年下だが、これまで目にした死体は、亡くなった自分の祖父だけである。
中国の国や人の行動や言動を見て「どうして中国はこうなのかな」と理解に苦しむことも少なくない。ただ、同時代に生まれながら、幼少期に見たもの聞いたもの触れたものがまるで違うということを知ると、思考や価値観が違うこと自体は当然だということには得心がいく。
この春節、私が訪れた安徽省の農村部にある石畳が美しいある古村落では、自宅の目立つところに習近平国家主席のポスターを貼っている家が目立った。どこで買うのと尋ねると、村の書店で売っているとのこと。この様子を見て私も、「農村では習近平に対する個人崇拝が進んでいるのかな」ということがチラリと頭をかすめた。ただ、その村に住む20代の友人は、「お正月に指導者のポスターを買って飾るのは特に珍しいことではない」と言う。そうなのか、でも、日本に安倍晋三と夫人のポスターなんて、書店はおろかどこにも売ってないよと話したら、彼女は「へえ、そうなの」と、とても意外だという顔をしていた。
春節の農村部で多数見かけた習近平夫妻のポスター
中国人の自宅に国家主席とファーストレディーのポスターなどがペタペタと貼ってあるのを見ると思わずギョッとしてしまうが、話を聞いて実態を知ると、特に意味があることではなかったりもする。何をもって中国を理解するかというのは、なかなかに難しい話である。
去年の11月から急減した仕事
さて、春節を目前に控えた1月末のある日。「明日帰省しちゃうからその前にウチにゴハンを食べに来て」と同世代の友人夫婦が誘ってくれた。安徽省の農村から上海に出稼ぎに来ているハンさん夫妻である。夫は再開発に伴う建物の取り壊しの現場で肉体労働、妻は富裕層から上位中間層の家で家政婦をしている。
彼らに会うのは3カ月ぶり。昨年10月に結婚した次男夫妻に子供ができたと嬉しいニュースを聞かせてくれたのだが、どことなく浮かない顔をしている。次男の嫁を「ちょっとかんしゃく持ちね」と評していたので、嫁姑問題でも勃発しているのかと尋ねると、「そんなことじゃないよ!」と笑いながら手を振り、しかしすぐに笑顔を引っ込めて、「仕事が減っているのよ」と言う。
ハンさんは、息子が結婚するのでその準備に1カ月ほど仕事を休んで帰省した。働きぶりが真面目で料理も上手なハンさんは売れっ子で、多いときには固定客だけで8軒を掛け持ちし、1カ月に過去最高で1万元(約18万円)、平均でも8000元(15万円)と、大卒サラリーマン顔負けの月収を稼ぎ出している。
「だから、1カ月ぐらい休んでも、お客さんはすぐに取り戻せると高をくくっていたの。ところが11月に上海に戻ってみると、完全に状況が変わっていた。家事を頼むお金持ちが、減っていたのよ」と言うのだ。
仕事が減っているのはやはり景気が悪くなっているから? と尋ねると、「家政婦仲間ではそういう認識。掃除だけ頼まれていた家から仕事を打ち切られたとか、掃除と食事の準備を頼まれていた家から『食事だけでいいわ』と言われたとか。そんな話がこの2カ月で急に増えた」。ハンさん自身も、最高で8軒あった固定客は2軒に減った。「いくら1カ月休んでいたからといって、2軒から増やせないとは思いもしなかった。次男が結婚して初めての春節だから、両親として帰省してくるお嫁さんを実家で迎えないわけにはいかない。でも、上海に残って少しでも稼ぎたいというのが本音よ」。
ハンさんの夫も、上海の都心部に取り壊すべき物件がほとんど無くなり仕事が減ったため、この数カ月はつてを頼って、富裕層を中心に広がり始めた床暖房の敷設工事をやり始めた。だが、解体の仕事が毎日あったころの月収には届かない状況が続いているという。
「仕事奪われるの怖い」 帰省できない出稼ぎ層
仕事が減っていると証言する家政婦はハンさんだけではない。やはり安徽省の農村出身で、シングルマザーとして4歳の一人娘を育てているチョウさんもその1人だ。チョウさんは、過去2年、スマートフォンやパソコンが日本でも人気の台湾メーカーの上海工場で夜勤の仕事をしていたが、夜中に12時間働いても月収が4000元(7万2000円)に満たないため、週末に家政婦をして家計の足しにしていた。ところが、過去2年は2軒あった得意先が、昨年の11月から1軒に減ったのだという。「切る理由は言われなかったけど、景気が悪くなったことが関係しているのは間違いないと思う」。危機感を覚えたチョウさんは、今年の春節は子供だけを帰省させ、自分は上海に残って家政婦の口を探すことにした。ただ、結果は、「1軒も見つからなかった」とチョウさんは不安そうな顔で唇をかんだ。
上海のメディア『東方網』は2月4日付で、今年の春節は家政婦の時給が50元(900円)と通常の25元(450円)の倍になったと報じている。これだけを見ると家政婦は売り手市場のように思えるが、チョウさんは、「ひとくちに家政婦といっても、料理、洗濯、掃除など家事の需要と、老人や身障者の介護、乳児や子供の世話の需要に分かれる。今年、春節の相場が倍になったのは、家政婦がいなければ家族が本当に困ってしまう介護の家政婦の方。家事だけなら同じ25元のままでしたよ」と実情を語る。
先に紹介した習近平夫妻のポスターを自宅に貼る家々がある安徽省の古村落から上海に出稼ぎに来て家政婦をして10年目になるというオウさんも、「春節は、去年までなら上海に戻るのは、早くても法定休日最終日の初六(春節6日目)。長いときには元宵節(春節15日目)まで田舎の自宅にいた。でも今年は初四(春節4日目)には上海に戻る」と言う。例年より前倒しで仕事を再開する訳を尋ねると、「景気が悪くなって仕事が減り始めていることを心配して、今年は春節に帰省しない家政婦が多いと聞いたから。他人に仕事を取られると困る。私は今のお得意さんとは長い付き合いだが、安心はできない。仕事が減れば、音楽大学に通う子供に仕送りをするのも苦しくなる」。
田舎の自宅に残って米を作り、農閑期には荷役をして現金を稼いでいるワンさんの夫が、妻や子供と顔を合わすのはこの10年間、春節に家族が帰省した時だけ。ワンさん夫妻にとって今年は、たった4日間の夫婦水入らずの時間となった。
さらに身近なところでは、上海にある私の団地のご近所さんも、今年の春節は外地に出稼ぎに行っているご主人が帰省してこなかった。隣人夫婦は江蘇省の出身だが、既に身寄りがいないため故郷には帰省せず、夫婦の自宅があり妻が働く上海で春節を過ごすのを常としていた。ところが今年はご主人が戻らない。今年はご主人が帰ってこないんですね? とも聞けずにいたが、「わが団地の情報通」と自他共に認める16号棟のオバハンが私を目ざとく見つけてすり寄ってきて、「ご近所さんと麻雀して聞いたんだけどね、アンタのお隣さんのダンナ、稼ぎが悪くて今年は春節に戻ってこられないらしいよ」と耳打ちした。私は陰でなんと言われているのだろう。ヤレヤレ、である。
強引な政策は危機感の表れ
ともあれ、不景気の影響で、出稼ぎの人々の仕事が減り始めているのは間違いないことのようである。これが春節前後だけのことであれば、日本をはじめとする海外に爆買いツアーに出かけるからその間、家政婦は不要、ということも考えられるし、実際、そういう理由も一部にはあるのだろう。ただ、家政婦たちは「11月ごろから仕事が減り始めた」と口を揃える。日本での買いっぷりを見ていると気付き難いが、景気の悪化は爆買い客の主体である富裕層、上位中間層よりも、彼らにサービスを提供する出稼ぎ層に一足先に忍び寄り始めたようだ。
さらなる景気悪化の懸念が叫ばれる中、気になる現象ではある。ただ救いは、春節の爆竹禁止が都市部だけにとどまり、出稼ぎ層の帰省先である地方の小都市や村落には適用されなかったことだろうか。私が訪れた安徽省の農村でも、早朝5時ごろから深夜2時ごろまで、村人たちが連日、盛大に花火や爆竹を鳴らしていた。それでも、現地の夜空は、星に手が届きそうなほど澄み渡っていた。
高度成長を享受するという点において、出稼ぎ層は、都市出身者に比べ確実に見劣りする。家政婦をしている人で日本に爆買いツアーに出かけたことがあるという人に、少なくとも私はまだ、お目にかかったことはない。その彼らが、何よりも楽しみにしている帰省先での春節の爆竹と花火を禁止されとしたなら、鬱憤は確実にたまることだろう。
いや、今年は上海に居残りせざるを得ず、爆竹もできずに鬱憤をためた出稼ぎの人々が、昨年よりも確実に増えたはずだ。爆竹・花火の禁止を聞いたときには、大気汚染解消にはそれよりも先にやることがいくらでもあるだろうと突っ込みを入れたくなったものだ。ただ、市民の鬱憤が確実にたまるだろうことを承知で禁止に踏み切ったのは、景気と汚染の状態が、それだけ抜き差しならないところに来ていることを認識した当局の危機感の表れなのだろう。
北のテロの噂で韓国も慌てふためいています。開城(ケソン)からの撤退もそのためのようです。まあ、火病持ちの同じ民族同士で勝手にやってほしい。日本に向くことのないように。韓国もあれだけ日本を貶め続けてきて、困ったときだけ日本に擦り寄らないように。儒教国家とか言われますが、信義に悖る行為しかしてこなかったでしょう。
国連人権理事会で外務省高官が、慰安婦の説明をした道筋をつけたのは杉田水脈女史(次世代の党・前衆院議員)です。メデイアでは報道されませんが。杉田氏も国連人権理事会に行っていました。状況を2/17杉田水脈女史のFacebookより紹介します。左翼が組織の金を使ってわざわざ日本を貶めるための工作をしに行くのですから。共産党から金が出ているのでは。中国共産党からかもしれません。世界に訴えるのに日本人が言った方が信用が得やすいと考えているかも。
「【日本国の恥晒し】 委員会から一夜明け、これから帰国します。いつも仕事は自分との戦いだと思ってやってきましたが、今回は違いました。目の前に敵がいる!大量の左翼軍団です。 大型連休でもない、また観光シーズンでもないこの時期にスイス・ジュネーブに100人を超す日本人が訪れるのはやはり異様です。彼らは街でも、レストランでも、ホテルでも、国連の中でも一目でわかります。
ハッキリ言って“小汚い” なんでこんなにきたない人ばっかりで集団を作れるのか不思議です。 曲がりなりにも国際会議です。近所のスーパーに買い物に行くのとはわけが違います。(私は近所のスーパーに行く時でもあんな格好はしませんが)「場をわきまえる」という日本人なら誰でもできることができていないのです。 我々はみんな各自でフライトやホテルを予約して、現地集合です。(あっちはツアーで来ているのか、胸にバッチを付けています。そういうツアーを専門的に請け合うところがあると優美子さんに聞きました。そこからして規模が違う。)今回も一人でお気に入りのホテルに泊まっていたのですが、朝食のレストランに行くと、それらしい集団が居て、ジロッと一斉に睨まれる。私は左翼活動家の名前も顔も一切知りませんが、向こうは知っているかもしれません。さすがにゾッとしました。 レストランでも我々が食事をしていると近くのテーブルにそれらしい団体が座ります。その途端、話を中断しなければいけません。 国連の会議室では小汚い格好に加え、チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場。完全に品格に問題があります。そんな中、唯一見たことがある方を発見しました。糸数慶子参議院議員です。確か今は国会会期中のはず。不思議に思って名刺交換をして少しお話しを伺いました。そのことは今度詳しく書くとして、国会議員が在特会なんかと写真に写ると大問題になるのに(在特会のことは全く支持しませんが)、左翼活動家と写真に写っても何の問題にもならないなんて、おかしな世の中です。左翼活動家の方が暴力的で危険ですし、共産党員は公安の監視対象です。 委員会終了後、彼らが記者会見をするというので聞きに行こうとしました。日本政府の発言を受け、どんな反応かを知りたかったのです。 でも、近寄ろうとすると大勢の人間に囲まれました。辺野古の時と同じです。 「あなた、杉田さんですよね。(やっぱり知っている!)こっちに来ないでください。」 「どうしてですか?皆さん、多くの人に知って欲しくて記者会見するんですよね?私は一般市民です。聞かせてください。広く広報したいのに一般市民に聞かせないなんて矛盾していませんか?」とお願いしてみました。 「駄目です!あなた、杉田水脈でしょ!来ないでください。」と、人間の壁を作られてしまいました。 とにかく、同じ空気を吸っているだけでも気分が悪くなるくらい気持ち悪く、国連を出る頃には身体に変調をきたすほどでした。 とにかく、左翼の気持ち悪さ、恐ろしさを再確認した今回のジュネーブでした。 ハッキリ言います。彼らは、存在だけで日本国の恥晒しです。」
次は外務省の杉山審議官の国連人権理事会でのスピーチです。2/18藤岡信勝氏のFacebookから。国連は英文の質疑を公表しないと言っているとのこと。これを英訳して送ることも考えれば良いと思います。流石鼠男潘基文が事務局トップの組織だけあります。日本も分担金削減、通貨スワップはしないことも明言して脅さないと。いい子でいたら舐められるだけ。
「【国連女子差別撤廃委員会 2016年2月16日午前】 アイテム9 慰安婦関連質疑応答 マイスター委員(Australia) 次に慰安婦問題です。私の専門家としての立場を言う時間はありませんけども、人権の違反であります。これは被害者が納得のいく結果にならなければなりません。 1993年から人権、これは人権の会、国連の会議がウィーンで開催されました1990年以来、常にこれは国際的政治的議題になっていました。オーストリア政府、北京の代表として1995年にまいりました。2014年に日本のオーストリアの大使館からブリーフィングを頂きました。 そこで質問です。法的なステータス、2国間の合意が日本と韓国の間でみられました。それに関してどうやって実施されていくのか、コメントをお願い致します。 日本の義務は国際人権法の中でどうなっているのでしょうか。他の国の被害者、例えば中国の被害者等に関して、フィリピンの被害者等に関して如何なのでしょうか。また、どうやって勧告、いくつか最終形態の本委員会のものをどうやって行っていかれるのでしょうか。 その他の国連の勧告に致してもそうです。特に本委員会が2009年に行った勧告ですけれども、そこでは補償、それから加害者の警察の訴追、それから日本の軍当局などに関してこれらが必要だと申しました。 また、歴史の教科書の改訂も含めてどうなっているのか。あと、被害者中心のアプローチ、それから完全な形で賠償も行って、そしてお詫びも行う、完全なリハビリテーションを行うということ、どうなっているのか、これをお聞かせ頂きたいと思います。 杉山晋輔外務審議官(日本政府団・団長) 有り難う御座います。マイスター委員、慰安婦問題に関して言及いただきまして有り難う御座います。 まず、私としましては、冒頭ステートメントに加えまして、書面での回答を頂いたLOI(List of Issues) に対して行っております。そこに添付致しましたのが、先ほどゾウ主査から言及がありました日韓合意に対しての文章です。 これは昨年の12月の文章となります。回答に先立ちまして、重要な点について、私のほうから説明をさせて頂きたいと思います。日本語で申し上げます。 えー、これまで、えー、申し上げたことに加えて、次の通り、主要な点、重要ですので、えー、口頭で申し上げます。 まず、書面でも回答した通り、日本政府は、日韓間で慰安婦問題が政治外交問題化した1990年代初頭以降、えー、慰安婦問題に関する本格的な事実調査を行いました。しかしながら、日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲による、いわゆる強制連行と言うものを確認するものは、確認は、出来るものはありませんでした。 慰安婦が強制連行されたという見方が広く流布された原因は、1983年、故人になりました吉田清治氏が、『私の戦争犯罪』という本、刊行物の中で吉田清治氏自らが日本軍の命令で韓国の済州島において大勢の女性狩りをしたという虚偽の事実を捏造して発表したためであります。 この書物の内容は、当時大手の新聞社の一つである朝日新聞社により事実であるかのように大きく報道され、日本、韓国の世論のみならず、国際社会にも大きな影響を与えました。 しかしながら、この書物の内容は後に複数の研究者により、完全に想像の産物であったことが既に証明されています。それが証拠にこの朝日新聞自身も、2014年8月5日及び6日を含め、そのあと9月にも、えー、累次にわたり記事を掲載し、事実関係の誤りを認め、正式にこの点につき読者に謝罪をしています。 また、20万人という数字も具体的な裏付けがない数字であります。 朝日新聞は2014年8月5日付けの記事で、女子挺身隊とは戦時下の日本内地や旧植民地の朝鮮、台湾で女性を労働力として動員するために組織された『女子勤労挺身隊』を指す。目的は、労働力の利用であり、将兵の性の相手をさせられた慰安婦とは別だ。としたうえで、「20万人との数字の基になったのは、通常の戦時労働に動員された女子挺身隊と、ここで言う慰安婦を誤って混同したことにある」と自ら認めているのであります。 尚、性奴隷といった表現は、事実に反します。日韓両政府間では、慰安婦問題の早期妥結に向けて真剣に協議を行っていたところでえ~、ありますが、先ほど申し上げたように昨年12月28日にソウルにて日韓外相会談が開催され、日韓外相間で本件につき妥結に至り、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることが確認をされました。 同日午後、日韓首脳電話会談が行われ、両首脳はこの合意に至ったことを確認し、評価をした次第であります。冒頭申し上げましたように、この時の日韓合意を表す資料は、書面の回答に添付されておりますので、ここでその内容の詳細を繰り返してご説明する事はしません。 日本政府はこれまでも、アジア女性基金などを通じて、本問題に真剣に取り組んでまいりました。今後、したがって韓国政府が、えー、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算、えー、10億円程度でありますが、資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒しのための事業を行う事となっております。 現在、日韓両国政府は、それぞれ合意内容を誠実に実行に移すべく取り組んでいるところであり、この点は現時点でも全く変わりはありません。このような日韓両国政府の努力につき、国際社会のご理解を頂けると大変有り難く思います。ちなみに潘基文国連事務総長を含め国際社会は、日韓両国が合意に達したことに歓迎の意を表明していると承知をしています。 もう一点だけ、最後に付け加えます。 えー、今、ご質問を頂いた、えー、ホフ・マイスター判事は、他の国の例もお上げになりました。先の大戦にかかる賠償並び財産及び請求権の問題について、ご指摘になられた点も含め、日本政府は、米英仏等45カ国との間で締結したサンフランシスコ平和条約、それだけではなくて、その他の2国間の条約など、えー、これは、えー、日韓請求権経済協力協定も含みますし、日中の処理の仕方も含みます。 えー、こういった、あー、あー、あー、ものによって、ここでこれらをいちいち説明することはしませんが、誠実に対応してきており、これらの条約等の当事者との間では、個人の請求権の問題を含めて、法的に解決済みだというのが日本政府の一貫した立場であります。 最後に一言。えー、にも拘わらず日本政府は、えー、アジア女性基金をえ~、構築し、えー、我が国の予算からの拠出と一般からの募金によって、一定の活動をしたという事も、えー、説明すると、きちんと説明をすると長くなりますので、ここでアジア女性基金の詳細については説明しませんが、おそらく、ここにおられる各委員の皆様はその内容をよくご存じだと思いますので、その点だけ付言をして、私の答えにさせて頂きたいと思います。どうも有り難う御座います。 フォローアップ質問 ゾウ委員(主査) (※実際には、この様な口調では無くかなり無礼なしゃべり方でした。) 私は、日本の団長の発言に対して非常に不満を覚えます。一切許容出来ない発言でございました。歴史は歴史です。誰も歴史を変えることはできません。歴史的な事実については、70年前であってもそれを変更することはできません。 いただいた発言の中では、日本政府の立場として、矛盾をしているということが分かりました。慰安婦の問題を否定なさいました。一方で、日韓の合意が成立したことに関しては、これを歓迎していると仰っていました。もし、慰安婦の問題が無いのであれば、なぜ韓国との間に合意を形成する必要があったのでしょうか。 そして、93年の河野証言に於いて、93年に於いて、官憲そして軍が何万人という韓国の慰安婦の採用に携わったと、動員に携わったという事が、なぜ表現されたのでしょうか。 もし、日本政府が慰安婦問題に関しては、既に完全に解決されているとお考えなのであれば、そして安倍首相がまた、謝罪の意を表されたということであれば、時の政府が誠実な対応をとるのであれば、全ての慰安婦の女性に対して日本が首相の書面での手紙を送付するべきではありませんでしょうか。 70年間にわたって苦しまれた女性に対しての謝罪の手紙を、全て、生存されている慰安婦の女性に対して送付すると共に、加害者の訴追が必要となるのではないでしょうか。これは人権規約そして国際社会に於いて求められているものです。 もし、こういった事を否定されるのであれば、なぜそのUPIの勧告に基づいて教科書に慰安婦の問題を含めるということに関しても、対応されないのでしょうか。ぜひ日本政府の立場を伺いたいと思います。 <杉山晋輔外務審議官(日本政府団・団長) 明確にお話しするために日本語でお話しさせて頂きます。ゾウ委員からご指摘いただいた点についていくつかお答えをします。 えー、まず第一に、先ほど内容については、あのー、既にお配りしてあるので、えー、詳しくは説明しませんと申し上げましたが、12月、昨年の12月28日に岸田大臣と尹長官の間で、最終的かつ不可逆的に解決されている事は、えー、文書の回答の添付の文書を見て頂ければ、明確だと思います。 従って日本政府が、あー、あー、この問題について、えー、えー、例えば歴史の否定をしているとか、この問題について、えー、えー、何の措置も執っていないというご批判は事実に反すると言わざるを得ません。 ちなみに、えー、先程、えー、いわゆる、うー、強制、えー、えー、ということは、あー、我々が調査した中では、あー、えー、裏付けられなかったと申し上げましたが、この岸田大臣の合意の中には、えー、「慰安婦問題は当時の軍の関与の基に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、日本政府は責任を痛感して」えー、ちょっと飛ばしますが、えー、「これらすべての方々に心からお詫びと反省の気持ちを表明する。」そして、まっ、額は、10億円程度ということですが、日本の予算の措置により財団を設立すると、えー、まー、あのー、それから更に色んな説明をしなければいけないのですが、えー、中味について時間がないのでそれ以上は言いません。 で、ここで言う当時の軍の関与というのは、えー、慰安所が、あー、軍当局の要請により設立されたものであるとか、慰安所の設置・管理および慰安婦の移送について、えー、日本軍の関与があったとか、あるいは慰安婦の募集について軍の要請を受けた業者が主にこれに当たったとかいうことであるとかは、従来から認めていることであって、私がさっき申し上げた事は、そのことと共に、えー、例えば20万人という数字は、完全に間違いだと、本人、ていうか、出した新聞社が認めているとか、そういうことを明確にするために申し上げた訳だし、それから「性奴隷」という表現も事実に反するということを、もう一度ここで繰り返しておきたい。 えー、ちなみに、えー、書面で、えー、回答に添付した、えー、両外相の共同発表の文章の中にも、「性奴隷」という言葉は1カ所も、おーおー、見つからないのも事実であります。 従って、今、おー、ゾウ委員から、あーあー、ご指摘を、おー、受けましたが、えー、非常に残念なことにゾウ委員のご指摘は、いずれに点においても、えー、日本政府として受け入れられるものではないだけではなくて、事実に反する事を、おー、発言されたという風に、申し上げざるを、残念ながら申し上げざるを得ないということを明確に発言しておきたいと思います。 ほんの数十秒、先程一つ大事なことを言うのを忘れたので、言います。 あのー、えー、既に先程申し上げたように、えー、委員のお手元に届けてある日韓の合意、えー、これは、日韓間の合意であって、えー、これを現在、日韓両国政府は、えー、それぞれ、誠実に実行に移すべく取り組んでいるところであり、この点は、全く変わっていません。 えー、この様な日韓間の合意について、是非、理解をしていただきたい。こう言う重要な事を言い忘れたので、もう一回繰り返します。」
遅きに失した感はありますが、better late than never です。反撃の第一歩としたい。
本記事を読みますと、如何に反日教育が罪深いかという事です。朴正煕大統領が16年間、反日教育を徹底したと呉善花教授は言っております。民族的特質と相俟って日本に対するコンプレックスからジャパンデスカウントを世界的に、金とハニーでやって来ました。台湾は外省人は中国人ですから、馬英九も台湾に慰安婦記念館を作り、中共と一緒になって日本への貶め工作と金を強請る積りです。日本にとって最大の敵は中国、北や南、民主党・社民党・共産党、朝日新聞等左翼メデイアは中国の手先です。日本国民も良く見て、彼らの発言に惑わされないようにしないと。
記事
呉善花(評論家・拓殖大学教授)
反日への入り口
私の幼い頃、母は戦前に父と共に日本で働いた時分の思い出をなつかしみながら、日本人への親しみを込めてしばしば語ってくれた。1960年前後のことである。私が育ったのは済州島の海村だったが、村の人で日本をことさらに悪くいう人はいなかった。村の祭りになると、私はしばしば、ムーダン(巫女)のおばさんの勧めで、母に教わったいくつかの日本語の単語を大人の前で披露してみせた。いつも拍手喝采で、ムーダンのおばさんからきまって、「よく知っているね、偉い子だね」と頭を撫でられたものである。
それが小学校に入り、学年を重ねていくにつれて、「日本人はいかに韓国人にひどいことをしたか」と教えられていくことになる。教室の黒板の上には、真ん中に大統領の写真が掲げられ、その両脇に「反共」「反日」と大きく書かれたポスターが貼ってある。反共の「共」はそのまま北朝鮮を指し、いかに北朝鮮が邪悪で恐ろしい国なのかを教わり、その一方で日本人がいかに韓国人に対して悪いことをしたかを教わる。
ずっと後、日本に来て知り合いになった台湾人留学生に、「こんな教育を受ければ、どんな人でも必ず反日感情をもつ」というと、「そんなことはないでしょう」という。「なぜか」と聞くと、「学校ではすさまじい反日教育を受けた一方、家庭や地域で聞くのは大部分がその反対のことばかりだったからだ」という。 私の場合はそうではなかった。家へ帰って学校で教わったそのままに「日本人てひどい人たちなのだ」といったことを語ると、父も母も無言で応じたり、適当にあいづちを打つばかりだった。村の大人たちにしても、大方はそんなふうであった。私はそれが不満で、「お父さん、お母さんや村の大人たちは、学歴の低い田舎者だから、何もわかっていないんだ」と思うようになっていった。
日本統治下で行われた「敬老会」。朝鮮の子供が遊戯を披露し、日本女性が朝鮮の老人たち(写っているのは男性ばかり)に給仕している(朝鮮総督府『朝鮮事情』昭和15)
田舎のおばさん、おじさんたちほど、反日意識が弱いのは、彼らには学がなく無知であるからだ、といういい方は一般的にもよくされていた。高い教育を受けた者ほど反日意識が高いというのが常識だった。私も、勉強をすればするほど次第に反日意識を強くもたねば、という気持ちにもなっていく。
私は、小学校高学年あたりから、そのことで大きく迷った。
日本について事実と異なる記述が羅列された韓国の中学国史の国定教科書
母から聞いた日本は、叔父さんたちが住んでいて、ミカンがたわわに実り、泥棒する人もいない、しかもお風呂が普段に入れて、人は親切だという日本だった。その国の言葉をいってみせると、大人たちは「いい子だ」と拍手さえしてくれた。なぜそうなのか。「大人たちはみんな無学な田舎者なんだ。ほんとうの日本がどういう国かということを教わってこなかったんだ。だから、何もわかっていないんだ」と、きっばり意識チェンジをしていった。
私は学校教育を通して、それまで知らなかった新しい世界の見方を知ったと思った。旧世代の韓国人、旧時代の韓国との別れだった。私たち立派な知識を身に付けた新世代韓国人が、これからの新しい韓国を建設するんだ。しだいにそういう意識が芽生え、私のなかから急速に日本への親しい感情が消え去っていった。
情緒教育としての反日教育
授業を通して、父母たちの世代は土地を収奪された、日本語教育を強制された、独立を主張して殺害された、拷問を受けた、強制徴用されたと知らされていく毎に心にやってくるのは、自分自身の身を汚されたかのような、いいようのない屈辱感であり、そこから湧き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りであった。
当時の教科書の内容は詳しく覚えていないが、基本は現在のものと大差はない。現在の国定教科書では、「[侵略戦争を遂行するために]日帝はわれわれの物的・人的資源を略奪する一方、わが民族と民族文化を抹殺する政策を実施した」として、それを「日帝の民族抹殺計画」と名付けている(「中学校国史教科書」1997年初版)。「民族抹殺」という言葉が情緒を強く刺激する。
日本が開設した普通学校(小学校)の朝鮮語、授業で使われた『朝鮮語読本』
「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは、内鮮一体・皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした、韓国語を禁じ日本語の使用を強要した、韓国の歴史の教育を禁じた、日本式の姓と名の使用を強要した、各地に神社を建てさせ参拝させた、子供にまで「皇国臣民の誓詞」を覚えさせた、というものだ。しかし、そう列挙されているだけで具体的な内容は一切書かれていない。「高等学校国史教科書」も同じことである。そのため、強く刺激された情緒が知識の媒介をほとんど受けることなく、身体にストレートに浸透するのである。 小学校でも同様に、日本によって民族が蹂躙された、奴隷のように扱われた、人間の尊厳に大きな傷を受けたといった形で反日教育が教室のなかで行なわれている。幼い時期はより多感なものだから、「ひどすぎる」「絶対に許せない」という思いで心がいっぱいになる。
もちろんそれは人ごとではないからだ。同じ血を分けた韓国人であり、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さんたちのことだから、自分がやられたのと同じ気持ちになってくる。我が身を切り裂かれるような辛く苦しい気持ちになり、激しい怒りがこみあげてくる。そうか、日本人はそんなに「侵略的で野蛮な民族的資質」をもつ者たちかと、心から軽蔑していくことになる。
これは歴史教育ではなく明らかな情緒教育である。歴史認識以前に、反日情緒・反日心情をしっかり持つことが目指されているのである。
侮日教育としての反日教育
一九六〇年代のことだが、小学校では「反共ボスター」をよく描かされた。私たちが描く「反共ボスター」の絵柄の多くは、「鬼のような形相をした金日成が韓国を蹂躙する姿」だった。いかに北朝鮮が怖い国かを描くことに力を入れたと思う。
仁川の地下鉄駅に貼り出された竹島をめぐる日本非難ポスター。子供が描いたとは思えないほどむごく、汚れた絵柄だ
私は全斗煥政権時代の1983年に来日するまで、金日成の写真も映像も見たことがなかった。客観的な情報もいっさい知らされていなかった。自分が受けた教育からイメージした北朝鮮は、「悪の権化の金日成を頂点に諸悪を凝り固めてつくった国家」であり、人間らしい気持ちをもって生きる者が一人として存在しない世界であった。金日成の姿は絵でしか知らされることがなく、その絵たるやいかにも凶暴な悪魔のように描かれていた。私が日本で金日成の写真を初めて見て、「なんてハンサムで穏和な顔をしているのだろうか」と思ったものである。
「反日ポスター」も描かされたが、そのモチーフは北朝鮮のように「恐怖」ではなく、いかに日本は侮蔑すべき国かという「侮日」にあったと思う。日本はどれほど卑しく野蛮な国か、韓国はどれほど尊く文化的な国かといったところに力を入れていたように思う。それでも、当時の私たちが描いた「反日ポスター」は、現在のものほど下劣ではなかった。子供もなりに「愛国者」として持つべき品位が心されていたと思う。
2005年6月、仁川市の地下鉄キュルヒョン駅構内で、地元の小中学生による「獨島(竹島)問題」をテーマにしたポスター展があった。子供たちのポスターは百枚以上貼られていたと思うが、それらを見て私は心から驚いた。獨島問題がテーマなのに、大部分がテーマを大きくはみだしている。悲しくなるほどの下品な絵や言葉で日本を貶め、日本人を侮蔑するものばかりだった。
たとえば、ウサギが日本に糞をしている絵柄があった。韓国は国土の形からウサギになぞらえられているのだが、そのポスターでは中国・韓国・日本をカバーする地図が描いてあって、韓国の上に立ったウサギが中国の方に顔を向け、お尻を日本に向け、お尻から日本列島の形をした糞を出している。
そのほか、子供たちが日の丸を取り囲んで踏みにじっている絵、日の丸が描かれたトイレットペーパーを燃やしている絵、日本列島を火あぶりの刑に処している絵、「嘘つき民族日本人」を犬小屋で飼っている絵、核ミサイルを韓国から日本へ撃ち込んでいる絵など、まるで日本は交戦国であるかのようだ。絵に付された言葉も、「日本の奴らは皆殺す」「日本列島を火の海にしたいのか」「日本というゴミ、捨てられる日はいつなのか」など、「なんでもあり」なのだ。
これら「反日ポスター」からわかることは、昔も今も韓国の小中学校では反日というより侮日教育をしているまぎれもない事実である。
韓国の教育界は、小学生のときからこうした教育を受けさせることで、伝統的な侮日観をしっかり身につけさせていこうとしている。これによって、相手が日本人であれば、その言動は「倫理・道徳にもとろうとも構わない」という意識が植え付けられていく。
韓国の著名な小説家・翻訳家の李(イ)潤(ユン)基(ギ)氏も新聞コラムで、韓国では「相手が日本人ならば、ちょっとやそっとは無礼であっても構わない」が通念になっていると書いている(「日本人に対する礼儀」東亜日報2006年1月4日付)。いや、「ちょっとやそっと」どころではない。実際には「どんなに」無礼であっても構わないのである。
唯一の観点からの歴史教育
歴史にはさまざまな観点があり得る―ことは、長い間私の意識のなかにはなかった。歴史には一つの見方しかないと思っていた。こういうと、お前はいったい何を勉強してきたのかといわれそうだが、日本に来るまでは正直にいってそうだった。
土地調査事業で詳細に作成された新土地台帳と旧来のおおざっぱな台帳(朝鮮総督府臨時土地調査局編『朝鮮土地調査事業報告書追録』大正8)
そういう私は、韓国人のなかで例外的な存在だったのではない。一般の韓国人ならばほとんどがそう思っているのと同じように、私もまた歴史には一つの見方しかないと思っていたのである。なぜかと思い返してみるほどに、韓国の学校歴史教育を受けてきたから、というほかにどんな理由もないと思える。
韓国の歴史教科書は、日本の歴史教科書とはその記述方法がまったく異なっている。反日教育といっても多様な面があるのだが、日本統治下での土地問題がどんなふうに教えられているかを例に挙げてみたい。 韓国の生徒たちが学んでいくのは、朝鮮総督府が統治にあたって行なった土地制度の近代化を目的とする、土地の面積、所有関係、使用状況などに関する土地調査事業についての史実なのではない。
公有地管理がずさんで農民などが長年無断占拠した「駅屯土」も土地調査で所有権が明確化し、改めて小作申請を求めた。手続きが理解できず小作できない農民が続出した(同)
私が学んだ教科書でもそうだったが、最近の教科書でも「日帝は土地を奪うために…」という文言から書き始められている。日本統治下での土地問題を学ぶにあたって、生徒たちが最初に頭に入れなくてはいけないのは、「土地調査事業は日帝が土地を奪うために行なったものである」と意味づけられた一つの観点である。その上で、次から「現実の諸関係はどうだったか」を見ていく、という流れになる。
生徒たちが学ぶのは何よりもそうした一つの観点なのである。つまり、歴史についての「唯一の正しい観点」を学ぶことが、韓国では歴史を学ぶことである。そして、その観点から歴史的なさまざまな物事を理解していこうということになる。ようするに、生徒たちはその唯一の観点に立って、そこから足を踏み外すことなく、歴史的な物事のあり方、性格、推移などを位置づけていく力を養いなさい,ということになる。
そういうわけだから、その唯一の観点とは別の観点で歴史を見ていくことは、歴史に対する見方の踏み外しだということになる。個々の歴史事象については、その学び取った観点から光を当てることによってだけ意味をもつものとなる。したがって、「土地所有を近代的に整理する」という朝鮮総督府の政策は、「土地を奪うための口実」として意味づけられることになる。
「日帝は土地を奪うため」が土地調査事業の真意なら、その「収奪」はとてつもなく過酷なものでなくては意味をなさなくなってくる。そうであれば、朝鮮総督府の資料に基づいて知られる「朝鮮総督府が接収した農地は全耕作地の3%」という数字は余りにも少なすぎるため、とうてい採用することはできない。採用すれば観点そのものが崩れてしまう。
そこで教科書では「40%の土地を奪った」とするのである。この数字の根拠は不明で,「日帝は土地を奪うため」という観点との整合性をもたせるための数字だというしかない。数字の出所や計算方法は、教科書ではまったく示されていない。
民族主義教育としての反日教育
反日教育は反日民族主義教育として本格化される。その第一の前提におかれるのが、「生来の野蛮で侵略的な資質をもった日本民族」である。この日本民族の性格は、日韓関係の歴史を次のようにとらえる歴史観から導き出されるものだ。
韓国は文化も何もなかった時代の日本に、儒教・仏教・技術をはじめとする高度な文化を伝えてあげた。にもかかわらず日本はその恩を忘れ、古代には「神功皇后による三韓征伐」や「任那日本府(日本による朝鮮の植民地)」があったなどの捏造記事を国史に記載し、中世には豊臣秀吉による朝鮮侵略が行なわれ、近世末には国学者らにより韓国征伐論が唱導され、明治初期には政府内に征韓論が火を噴き、韓国の江華島に砲撃を加えて戦争を仕かけ、明治末に韓国を併合して36年にわたる暴力的な支配を行なった―。
このように歴史を連続させ、この流れを一連のものとみなして、その根本的な原因を「日本民族の野蛮で侵略的な資質」に求めるのが、韓国の反日民族主義史観である。これが反日教育の柱となる。
日本民族というのは、そもそもからして野蛮な侵略者だったという考えが、なぜ出てくるかというと、古くからの朝鮮半島諸国には、日本を蔑視していた歴史があるからである。なぜ日本を軽蔑したかというと、朝鮮半島諸国が奉じた中華世界では、華夷秩序(かいちつじょ)が正しく善なる世界システムだからにほかならない。
世界の秩序は「文明の中心=中華」と「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」で構成される、というのが華夷秩序の基本的な世界観である。中華世界の中心にあった中国とその忠実な臣下だった歴史的な朝鮮半島諸国は、日本という国を千数百年にわたって、「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」とみなし続けてきた。韓国の日本観の根本にあるのは、こうした歴史的・伝統的な意識体験に由来する侮日観なのである。
シナ皇帝の使者を属国朝鮮として迎えた「迎恩門」。日清戦争後の日本が清から独立させると取り壊され、代わって「独立門」が建立された
道徳的に優れた上の者が、道徳的に劣った下の者を、常に訓育・感化していかなくてはならないという儒教の考えが侮日観を形づくっていて、これが韓国の対日民族優越意識の根本にある。さらに韓国には、自らこそ中華の正統なる継承者であるという小中華主義の誇りから、潜在的なエスノセントリズム(自民族優越主義)がある。
そのため、対日民族優越意識がいっそう強固になっているといってよい。竹島問題にしても、靖國神社をめぐる問題にしても、慰安婦問題にしても、我々が文化を与えてきた、本来は我々の下に立つべき日本人が、我々を下に見て、我々をばかにしていると、そういう感覚からの反発が第一となっている。
そもそも民族主義とは、戦後に独立したアジアやアフリカ諸国の民族主義をみても、まずはエスノセントリズムから出発したといえるかと思う。かつての西洋にも、これを拡大した白人優越主義があった。我が民族は他民族に優越する優秀な民族だというエスノセントリズムは、民族国家の出発に際しては多かれ少なかれどこにもあったものだ。それを秘かに思っていようと、常に公言していようと、初期の民族主義成立にはそういう自民族優越主義の要素が不可欠だったと思う。
しかし韓国の民族主義はそこから一歩も進まない。なぜかというと、民族主義の内容が反日と結びついた反日民族主義だからである。反日なくしては韓国の民族主義が成り立たない。反日の理念を核に国民国家の意識を形成してしまったのが韓国である。こんな国は他に例がない。
結局のところ、韓国の反日民族主義の根は日本を蔑視してきた歴史にある。日本統治時代への恨みが反日の根拠となっているのではない。日本が韓国を統治したというのは、そういう蔑視すべき民族がもたらした結果であって、日本統治を原因として日本蔑視の反日民族主義が興ったのではないのである。
来日2、3年目にぶつかる壁
学校教育で身に付いた、反日感情に裏打ちされた反日意識は、成長するに従い、社会的・国民的なコンセンサスとしてあること、韓国人ならば誰もがもつ常識であることを自覚する。異議・異論と一切出会うことがない社会環境で、疑問の余地なく韓国人としての自分のアイデンティティとなっていく。こうして私は、「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体を強固に抱えもつ、「新世代の韓国人」へと成長していった。
私は小さい頃から、島から半島へ、半島から世界(欧米)へという志向が人一倍強かった。男尊女卑の強い韓国社会を脱して世界に羽ばたきたかった。そこでアメリカへ留学したいと思ったが、当時の韓国ではアメリカのビザ取得はきわめて困難だった。そのため、まず何人かの親戚も生活する日本へ留学し、日本を足場にアメリカへ渡ろうと思った。三十数年ほど前のことである。
日本へ留学する数カ月前、たまたま機会があって、韓国のキリスト教教会の関係で、日本の老人ホーム慰問団の一員として初来日を果たした。1982年12月から翌年の1月にかけての短い期間だったが、そのときに私が体験した日本は、韓国にいるときにイメージしていた日本とはまるで違っていた。
日帝時代を頑迷に反省しない日本人―決して許してはならないと強く思っていた私は、どこへ行っても優しく親切な日本人に触れて、大きく肩透かしをくった感じがした。わずかに触れた日本の生活風習も、私にはとても好感のもてるものだった。
駆け足での体験とはいえ、滞在した一カ月の間、悪い印象はまったくなかったことは大きなショックだった。きわめて驚くべきことであった。
イスラム過激派に拉致・殺害された邦人男性の父親は取材を受け「皆さまにご迷惑をおかけしました」とまず詫びた。この冷静な態度を称賛したり、理解しがたいとしたりする声が韓国で上がった
私がはじめて知った日本は、そのようにとても印象のよいものだった。反日意識に変わりはないが、「これなら、それほど緊張することなくやっていけそうだ」という感じをもてた。いや、表面だけではわからないぞ、とも思うのだが、帰国した私は気を昂らせながら日本へ渡る留学手続きに奔走した。留学生ビザを手に日本にやって来たのは1983年7月のことだった。
留学生として、また仕事関係で日本に長期滞在する場合、ほとんどの外国人、とくに韓国人や中国人は、来日1年目はとてもよい印象をもつものである。韓国人には多かれ少なかれ、日本人=未開人、野蛮な人たちというイメージがある。しかし、実際に日本人と付き合ってみると、誰もが親切で、優しくて、思いやりがあって、未開人的な、野蛮人的な日本人はどこにもいないではないか、日本はなんて素晴らしいのか、ということを誰もが感じる。なんといっても、日本は自然が美しい。そして、空気がきれい。しかも、治安がすこぶるよい。
とくに反日意識が刺激されることもなく、こうした日本の良さを感じながら、最初の一年は楽しく過ごすことができるのが普通だ。
しかし1年が過ぎて、もう一歩踏み込んだ付き合いをすることになる2年目、3年目になると、多くの韓国人は日本人がさっぱりわからなくなる。価値観が違うし、善悪の考え方も違う、日本人の精神性、メンタリティーがどうにも理解できないことになってしまう。人によって、程度の差はあるけれども、だいたい2年目、3年目で落ち込んでしまう。
もはや日本人は人間ではないとまで思う人たちもいる。私もそう感じて深刻に落ち込んでしまった。同じ人間なのに、日本人はなぜこうなのか、日本は人間が住む社会ではないとまで私は落ち込んでしまった。日本人は我が国を貶めてきただけに、やはりおかしな人たちだったのだと思うようになっていく。
実際には、本格的な異文化体験がはじまったということなのだが、異文化ゆえの異質性が、根にある反日意識と結びつき「人間としておかしい」といった感覚的な判断を生じさせてしまうのである。
その典型を、日本に2年半滞在して韓国に戻った韓国人の女性ジャーナリストに見ることができる。彼女は、帰国して書いた本で「日本に学ぼうという声が高いけれども、日本のような国には絶対学んではいけない」、なぜかといえば、日本人は異常な人たちだからだ、というように書いている(田麗玉「日本はない」、日本語版「悲しい日本人」)。
どんなことから、彼女は日本人は異常だというのか。たとえば彼女は、「日本人の割り勘は、その場限りで人間関係を清算しようとする冷たい心の現れだ」と書いている。
ことごとくが、2年目、3年目でぶつかった、異文化ゆえの習慣の違いや価値観の違いに関わることなのである。それが反日意識と結びつくため、すべて日本人の「悪意の現れ」としてしまうのだ。私も2、3年で韓国へ戻っていたら、彼女と同じ考えのままだったと思う。
そこには、自民族の文化を価値規準にして、他民族の文化、生活習慣、思考様式、行動形態などを、みっともない、不合理だ、間違っている、劣っているなどと否定する傲慢な態度がある。自文化の価値体系こそがどこよりも正当なものであり立派ものだと頭から信じられている。
その弊害は、自分に都合のよい空想をもって現実を見ようとはしないさまざまな面に現れてくる。
「反日」という「バカの壁」
韓国の「反日」は「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体である。そのように完成された一つの固定した考え、揺るぎのない考えである。
一つの固定した考え、完成された考えにはその先がない、未来がない、そこが終局の地点となっている。だから相手の考えを耳に入れる余地がない。多角的な視点から物事を見て判断することができない。自分のいやな事、知りたくない事、興味のない事を無視しようとする。そういう相手には、いくら誠意をつくして話しても、わかってもらえることがない。なんとしても「話せばわかる」ことにはならないのである。
ようするに「反日」は一つの硬直した固定観念であり、それが養老孟司氏がいうところの、自分の思考を限界づける「バカの壁」となっているのだ。そのため話が通じないのである。来日2年目、3年目にぶつかる壁が「バカの壁」だとは、誰も容易に気づくことができない。そこで私のように落ち込んだり、「日本人は人間ではない」とまで思うことになってしまうのだ。
大邱地下鉄放火事件で政府高官に食って掛かろうとして取り押さえられる遺族。韓国では事故や事件などで激しく取り乱す遺族が少なくない
「反日」を脱するとは、この「バカの壁」を超えることにほかならない。簡単にいえば、柔軟に、多角的に、相対的に物事を見て判断する、といったことになるだろうが、これが韓国人には実に苦手なのである。
たとえば、人は現実社会のなかで、家族関係、友人関係、先輩・後輩関係、集団関係など、さまざまの実際的な人間関係の体験を通して、自分なりの物事への対処の仕方を身につけていく、という考えがある。
それに対して、人には本来的な人間のあるべき姿があって、これを目標に社会のなかでさまざまな物事を体験することによって、正しい物事への対処の仕方が自分のものになっていく、という考えがある。
日本人の多くは前者のように考え、韓国人の多くは後者のように考えている。仮に前者を実際主義、後者を理念主義と呼べば、実際主義では「現実的な人間関係」が先にあり、理念主義では「理想的な人間像」が先にある。この「理想的な人間像」が「バカの壁」となっているのが韓国人である。
また、多くの日本人は、善悪・正邪は相対的なものだという。しかし多くの韓国人にはどんな場合も変わることのない絶対的なものである。だから、善悪・正邪は時々で異なるものだといった日本人は「人間ではない」とまで思えてしまうのだ。
倫理・道徳も韓国人にとっては相対的なものではない。人間ならば絶対に守らなくてはならない真理である。しかし多くの日本人は、倫理・道徳は大切ではあるけれど、それは「時・場所・場合」によるもので、普遍的にあてはめて説くべきものではない、倫理・道徳を説く理念は立派なものだが、それは第一に優先されるべきものではない、と考えている。韓国人の場合は、「倫理・道徳」は完璧で揺るぎのない「バカの壁」となり、自分自身の心を縛ってしまうのである。
多数の韓国人が、来日2、3年でぶつかる壁を越えられない。だが、そこをなんとか乗り越えて、5年ぐらい居座っていると、異文化としての日本が見えてくる。だいたいは日本のよさが理解でき、日本が好きになっていく。私もそうだが、そういう韓国人が多いのは確かである。
それでも「反日」だけは抱え続ける人もいる。そこでは反日意識と親日感が同居する。「公的(理念的・外面的)には反日、私的(実際的・内面的)には親日」というようになっていく。現在のように情報が自由に飛び交い、日韓交流が盛んな時代では、韓国に居ながらにして「公的には反日、私的には親日」という人が大部分といってよい。
「反日」をひとたび棚上げにしさえすれば、韓国人の誰でも日本人と親密に付き合える。国交という面でいっても、かつての日韓関係でも日中関係でも、できる限りそう処して付き合おうとしていた時代があった。しかし、そのままではやがては限界がくる。現在の最悪ともいえる日韓関係が如実に物語っている。
物事への相対的な視線の大切さ
知識人であればあるほど、「反日」から抜け出ることが難しいようだが、人それぞれの脱し方があると思う。私の場合を振り返ると、そこには大きく三つの契機があった。
一つには、来日3年目で最も落ち込んでいた頃、「郷に入れば郷に従え」を徹底的に実践してみようと思い立ったことである。たとえば、日本人好みの渋みある茶碗。「あんなもののどこがそんなにいいのか」と蔑む気持ちがあった。そこで「韓国人好み」をひとまずカッコに入れて、そうした茶碗を次々に買い求めていくことにした。
そのうち収集が趣味ともなって、大きな楽しみになっていった。習慣・価値観・美意識などを含めて、そうしたことをやっていった。直接「反日」とは関係ないが、先に述べた「日本人は人間としておかしい」という感じ方が崩れていく大きなきっかけとなった。
二つには、日本人ビジネスマンに韓国語を教え、韓国人ホステスやビジネスマンに日本語を教える語学教師を数年間やったことである。そこでは、否(いや)が応でも日本人からは韓国人との行き違いの悩み、韓国人からは日本人との行き違いの悩みを、さんざんに聞かされるのである。
韓国人ホステスたちの悩みは、日本人の彼氏との悩みが多く、また結婚している人もいて、彼女たちは日本人家庭での嫁姑の問題で悩んでいる。日本人ビジネスマンの悩みは、会社を背負って韓国に仕事に行ったが、どうにも勝手が違うので交渉事がはかどらない、仕事の手順が合わない、といったものが中心だった。
聞けば聞くほど、私が悩んでいたことそのままである。嫁姑の問題やビジネスの問題を超えて、そこには共通の日韓の「行き違い問題」が伏在していることを知った。
韓国人は、自分の行動や思考をよしとする一方で、日本人をおかしな人たちと見ている。それにまったく匹敵する程度で、日本人も同じように韓国人をおかしな人たちと見ている。日本人と韓国人は、実に合わせ鏡のような相互関係にある。いや、あるというよりは、そこへと無意識のうちに落ち込むのである。
私が美しいと思えないものを、なぜ日本人は美しいと思うのか―。それは私のテーマであり、また私の語学教室の韓国人生徒たちの切実なテーマでもあった。
韓国人ホステスたちと日本人ビジネスマンたちの時間の都合から、私は主に、昼は韓国人に日本語を、夕方からは日本人に韓国語を教えた。この行ったり来たりが、おそらくは日韓をめぐる物事への相対的な視線を養わせたのではないかと思う。
「反日」からの脱出
三つには、日韓ビジネスコンサルタント会社でアルバイトをしていた関係で、仕事で韓国とつながりをもつ人たちが行なっていた勉強会に参加したことだった。メンバーは、大企業の幹部社員、弁護士、弁理士など、そうそうたる第一線のビジネスマンたちだった。
勉強会では、まずはみなでそれぞれ自分の韓国での体験を話す。最初は一様に韓国のよさをほめている。しばらくすると、しだいに韓国の悪口が出はじめ、会のなかごろからはいっせいに韓国と韓国人への猛烈な批判が展開されるようになる。彼らの舌鋒は私の存在にまったく頓着することのない、実に厳しいものだった。もちろん歴史認識の問題についても、領土問題についても、靖國問題についてもである。
私はしだいに腹が立ってくる。しかし「感情むき出し」といわれる韓国人の弱点はみせまいと、必死にがまんをして、できるだけ冷静に反論するようにしていた。それでも時折、大声を張り上げて反撃することは少なくなかったと思う。
現在からすればとても信じられないかも知れないが、私が日本にやって来た1980年代当時は、韓国に厳しいことをいう日本人はきわめて少なく、総督府の朝鮮統治についても、韓国の主張と真っ向からぶつかるような議論はそうそう見られなかった。日本の有力紙が、北朝鮮へのシンパシーを記事の中で示すのも珍しいことではなかった。朝鮮半島をめぐる言論環境は、当時と今とでは大きく違っていたのである。
そうした状況で、知韓派日本人から遠慮会釈もない徹底的な「韓国批判」を突きつけられることなど、あり得ない希有な体験だったと思う。よくあるように、彼らが「日本人は韓国人にひどいことをしたね」とばかりいう人たちだったなら、間違いなく今の私はなかったと思う。
勉強会を通して、韓国では日本の朝鮮統治を、自民族に固有にふりかかった災難という観点だけでとらえ、人類史的なテーマとして植民地化の問題を追究する姿勢がまったく欠落していることを思い知らされた。欧米の研究者でも、日本の統治をおおむね「善政」とみなしている論者が大部分であることを知った。
マレー作戦成功でシンガポールの英軍に降伏を促す山下奉文中将(左から3人目)ら。大東亜戦争で多くのアジア諸国が欧米の植民地支配を脱した
欧米人のなかにすら、日本の戦争を、アジア諸国の植民地からの解放と独立に一定の役割を果たしたと評価する考えがあることを知った。韓国にいた時分の私は、世界にこれほど多様な観点があることなど、思っても見なかったのである。
この勉強会で私は、「これは真剣勝負なんだ」と自分自身にいい聞かせ、彼らと正面から向き合っていったと思う。その体験を通して、それまでの自分の歴史認識を見直していく方向への道が、しだいに開かれていったのは確かなことだった。
私の体験はかなり特異かもしれない。しかも三十年を遡る時代のなかでの体験である。それでも「来日2、3年でぶつかる壁」は現在のものでもあり、この壁との激突の内に、反日からの脱出可能性が秘められていることは、示すことができたのではないかと思う。現在の日韓関係がぶつかっているのも、まさしくこれと同じ性質の壁なのである。 お・そんふぁ 1956年韓国済州島生れ。志願して4年間の軍隊生活を送る。昭和58年大東文化大学に留学。平成6年東京外国語大学大学院で修士課程修了。同年から執筆活動を始め、日本で働く韓国人ホステスを取材した『スカートの風』がベストセラーに。新潟産業大学非常勤講師、拓殖大学客員教授を経て同大国際学部教授。『攘夷の韓国 開国の日本』で8年に第5回山本七平賞。日韓関係や韓国の民族性などについて客観的な論評を続ける。現在は日本国籍。客観的な論評が「反韓的だ」と19年以降、韓国から度々入国を拒否されている。『韓国併合への道 完全版』『「見かけ」がすべての韓流』『日本浪漫紀行 風景、歴史、人情に魅せられて』『漢字廃止で韓国に何が起きたか』など著書多数。近著に『「反日韓国」の自壊が始まった』(悟空出版)。 ※別冊正論23号「総復習『日韓併合』」 (日工ムック) より転載
2/16国連欧州本部(ジュネーブ)で杉山外務審議官が慰安婦問題を説明したことに対し、火病持ちの韓国の反応としては、おとなしかったです。朝日新聞と吉田清治だけを責めたというのがあったのかもしれませんが(米国の圧力があるのかも)。彼らだって馬鹿でないから、事実は何かというのはとっくに知っているはずです。でなければ、韓国の男性は皆、臆病者の烙印を押されます。目の前で家族が銃で脅され拉致されたなら、黙って見ているだけのことはありません。奪回するため抵抗するでしょう。こんな見え透いた嘘を信じるのは阿呆だけです。中韓が事実と違っても、声高に主張するのは日本が簡単に謝り、簡単に金を払うからです。日本人の名誉を置き去りにした戦後の日本人とはいかなる存在か。日教組、左翼メデイアがやってきたことは悪すぎますが、もういくら何でも気が付かないと。
本記事にある「日本の経済の衰退のツケを我が国(中国)の庶民に支払わせる」と言うのは、余りに経済を知らない言葉です。日本がマイナス金利にしたのは、銀行に国債を買わせず融資を促す(投資・消費増)日本国内のインフレ助長策の意味だけです。中国とは関係ありません。また実体経済は良いので、安全資産として円が買われています。中国としては日本へキャピタルフライトされては困るとの思いでしょうが、何でもすぐ人のせいにしたがる民族です。もし、日本のマイナス金利が困ると言うなら、中国もすれば良い。通貨安戦争に入れば良いでしょう。元が暴落し、25兆$もある国全体の債務が益々重くなるだけです。逆に今中国は元の暴落前に、海外企業の買収を進めています。ただ、デフォルトを起こせばその資産もハゲタカに買い叩かれるのでは。
本記事を読みますと、中国は岩井克人教授の話(1/3日経)にあったように、基軸通貨(key currency)と強い通貨(hard currency)の違いが分かっていないようです。岩井教授は「国際通貨の議論が混乱しているのは、基軸通貨と強い通貨とが混同されてきたからだ。円も人民元もユーロも強い通貨である。強い通貨とは、一国の経済力を背景として、その国との貿易や資本取引で使われる通貨のことだ」 「全くカテゴリーが異なるのが基軸通貨だ。ドルが基軸通貨であるとは、韓国がチリと貿易するときにドルを使い、チリがインドと資本取引をするときにドルを使うように、米国以外の国同士の決済にドルが使われるということだ」「2008年のリーマン・ショックの時、中国はドルの覇権に異議を唱え、人民元の基軸通貨化を目指してきた。だが、強い通貨と基軸通貨とを混同している。いくら一国の経済規模が大きくなっても、その通貨がそのまま基軸通貨になるわけではない」「基軸通貨は何らかのビッグバンがなければ生まれない。米経済は19世紀後半から最強だったが、基軸通貨国は長らく英国だった。第2次大戦という大きなショックが、ようやくドルを基軸通貨に押し上げたのだ。その後、米経済のシェアは落ち、ベトナム戦争のとき、米政府は基軸通貨の座から降りようとしたこともある。ところが貨幣の自己循環論法が働き、米以外の国はドルを基軸通貨として使い続けた。ドル危機が繰り返し叫ばれても、いまだに基軸通貨のままだ」と言っています。
中国人は「白髪三千丈」の世界に住み、大言壮語、スローガンを打ち立てるのは得意ですが、儒教の影響かどうか、実務には疎いです。人民元による「一帯一路」政策が世界を救うことはなく、中国の過剰在庫、過剰労働力解消のためだけでしょう。よくもまあ、恥を知らずこんなことが言えるものだと。面の皮が厚すぎます。そうでなければ中国社会では殺されかねないのでしょうが。
米国の利上げも人民元の暴落の誘因になるため嫌がっているのが見え見えです。オバマが軍事力行使忌避の姿勢であるのなら、経済で中国を崩壊させるようイエレンは整斉と利上げをすべきです。
記事
中国で最近の経済系ホットワードは「貨幣戦争」ではないだろうか。中国人民銀行総裁の周小川が外貨準備高を“弾薬”にして、人民元の空売り攻勢を仕掛けようとする外国投機筋を迎え撃つ姿勢を示したため、2月15日には人民元はここ10年余りで最大の上昇幅を記録したとか。2月以降の中国メディアの記事も「貨幣戦争」というワードが散見され、金融政策の“軍事化”というか、妙に勇ましい論調が多い。確かに軍事と金融こそが、国家の具体的“力”であり、その力を外国と争うという意味で、これは戦いだ。では、中国の敵は誰なのか、勝者は誰になるのだろうか。
欧米主要金融勢力集団の陰謀?
中国で「貨幣戦争」と言えば、2006年からベストセラーになった宋鴻浜の著書シリーズを思い出す。日本でも翻訳されているので、ご存知の方も多いだろう。彼は、米国のリーマンショックなどの予想を的中させ、米ビジネスウィーク誌が選ぶ中国で最も影響力のある40人(2009年)の一人にも選ばれた。
彼の描く「貨幣戦争」とは、有り体に言ってしまえば、欧米国際金融陰謀論だ。中国にとっての敵は欧米主要金融勢力集団となる。彼の著書『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』(武田ランダムハウスジャパン)では、彼らが将来的に中国に攻撃を仕掛ける手法についても予測していた。
国家の辺境は陸の境、海の境、空(宇宙)の境のほかに金融の境があり、いずれの境の防衛も大事だが、中でも金融の境を攻撃され崩されれば、政権は必ず倒れる。清の滅亡は、英国金融資本の攻撃によって、中国の銀本位制が崩されたからだ、という。領土領空を守るように、金融の国境を守れなければ、いかに富国強兵をやろうとも工業が盛んになろうとも、国家は亡びるのだ。
そして、宋鴻浜の予言通り、いよいよ今年、通貨戦争の狼煙が上がった、ということになる。
中国メディアの報道ぶりをみれば、その先陣を切ったのが、安倍政権による「マイナス金利」ということになる。財経誌は「日本のマイナス金利ブラックスワンが中国を狙い撃ち 北京はきらめく剣でもって貨幣戦を迎え撃つ」という見出しの記事で、次のように報じている。
日銀「マイナス金利」政策が先陣?
「日銀のマイナス金利政策はFBRの利上げを受けた国内経済刺激策である。…欧州中央銀行もおそらく、刺激策を強化してくるだろう。米国の金利政策と日本、欧州の本道に外れた行動は、報酬率が比較的高い米国資産に投資家を殺到させ、ドルのさらなる利上げ圧となっている。
このため、米国のインフレを抑えようとする圧力がさらに進み2012年以来、米インフレ率はFRBの目標の2%に到達していない。
我が国は実業資本の豊富な国家である。世紀の金融大決戦はすでに幕が切って落とされた。金融投機資金はすでに飢餓に耐えがたく、必ずや最後の賭けに出て、我が国に対して最大の努力をもって攻撃を発動するだろう。そして我が国を貨幣投機の天国、実業資本の地獄にするつもりなのだ」
「(マイナス金利によって)日本経済が良くなれば、グローバル経済にとっても、中国経済にとっても当然、促進作用がある。しかし、中国商品が日本商品と競争するとき、その競争力は下降する。円のマイナス金利は短期的には我が国の株式市場を刺激するかもしれないが、長期的には我が国の経済にとって不利な一面があり、日本の経済の衰退のツケを我が国の庶民に支払わせることと同じである。
我が国としては、日本の貨幣政策の過剰な緩和がもたらす影響を無視できない。これは“近隣窮乏化政策”であり、日銀のこの“大放水”政策の最大の影響を受けるのは隣国である。…
華林証券策略アナリストの胡宇は、円のマイナス金利時代は、貨幣戦争の開始を意味する、という。…グローバル経済とっては、通貨切り下げ競争という負のスパイラルが激化し、株式市場にとって表面上よいニュースであっても、実際上の意味は経済の展望に対する不安を一層深めるものであり、短期的に反発があっても今後さらに下がっていくだろう、と分析する。
我が国はどうすればよいのか。もし金融緩和政策と人民元切り下げによって、グローバル実業資本争奪戦に参戦していけば、米国資本の乗っ取り計画は無に帰し、金融投機資本は十分な栄養を見いだせず、再度金融危機が起きるだろう。現在のグローバル金融の反応はこのような心配を反映している。
我が国はあえて“きらめく剣”をもって、“手段を選ばずに潰しにくる攻撃者”を迎え打つと同時に、伝統産業の併合を加速して生産過剰が金融リスクをもたらす原因を解消せねばならないのである。将来、我が国の為替政策は国内経済の需要に応じてスタートするべきで、人民元が順調にSDR貨幣バスケットに加入することはもとより重要だが、もし、本当に最後の手段が必要になれば、放棄すべきは放棄し、先延ばしすべきことは先延ばしすべきだろう」。
日本のマイナス金利の中国経済に対する影響はそんなに大きくない、という見立てもあるのだが、最近の中国はどうも安倍政権のやることなすこと中国に敵意があるとみなしがちである。だが、中国としては、外国投機筋から人民元を守るべく為替介入していくつもりであり、そのために、SDR加入の延期も辞さない覚悟も見せている。
ソロスの空売り攻勢か?
チャイナデイリー(2月1日付)の「貨幣戦争?人民元が勝つ!」というタイトルの商務部国際貿易経済合作研究院研究員・梅新育の論文も話題を呼んだ。
「2016年、ソロスは“貨幣戦争”発動を宣言し、人民元を含むアジア貨幣に空売りを仕掛けた。…ソロスの人民元に対する挑戦は成功不可能だ。2015年から人民元は対米ドル貨幣価値が下落し、中国経済の成長率は減速、株式市場は不安定だ。だが、グローバル経済総体があまりよくない状況で、中国は依然良好なファンダメンタルズを維持している。…確かに2015年中から、人民元の小幅な下落は続いているが、20年来、米ドル為替率は安定を維持し、むしろ上昇の趨勢にあった。
大幅な人民元上昇の後、(現状のように)適度に切り下がるのは自然なことだ。中国は世界第二の経済体であり、人民元は永遠にドルにペッグされることは不可能でもある。
国際社会での資本の流動性は非常に高く、この状況下で、中国が貨幣政策の独立性を維持したいと考えれば、人民元は正常な変動が望まれる。投資家たちは早晩、状況の趨勢が分かるようになり、この数か月前からの人民元の不安定さを再演することはないだろう。これは投資家たちの過剰な反応なのだ。…
長期的に見れば、ドルは新興国通貨に対する強硬姿勢を維持していくだろうが、人民元は別である。目下、中国の貿易黒字は続いており、これからも継続していく。米国経済はすでに深みにはまっている。経済成長と異なる産業の盛衰には因果関係があり、同時に実体経済の基礎計画の一部である再工業化戦略を地固めするのは、かなり難しい。
米国経済が回復したとしても、その貨物貿易状況は悪化しているだろう。…60年代以来、何度かドル危機は起きたが、悪化し続ける貿易状況と経常収支状況と財政赤字がドルの自信を打ち砕いてきた。最近のドルの人民元に対する強気の姿勢は、最終的には“トリフィンのジレンマ”に陥るだろう。
ソロスのアジア貨幣戦争勃発を別の角度から見れば、中国にとっては一つのチャンスだ。つまり、中国とその他アジア各国の金融・財政領域および、中国が発起した“一帯一路”戦略の協力を進化させる契機となる。…中国とその他アジア新興経済体との金融領域の協力、協調はさらに強化されることだろう」
「トリフィンのジレンマ」とはエール大学のロバート・トリフィン教授が1961年に唱えた説で、「米ドルが国際的な準備通貨であるためには、諸外国がドルの外貨準備を保有できるよう、米国は余剰流動性を供給しなければならない。このため、米国は経常赤字を容認しなければならないが、これは米ドルの信認を揺らがせかねない。だが、米国が米ドルの信認を保つために経常収支を均衡させてしまうと、国際市場へのドルの流動性供給が滞り、結果的に米ドルが準備通貨の役割を果たせなくなってしまう」というブレトンウッズ体制の抱える矛盾を指摘している。
梅新育の論はドルの国際通貨時代の終焉に代わり、人民元が「一帯一路」戦略を通じて国際通貨にのし上がるという、中国の野望を表現したものだといえる。
最後に新浪財経の「人民元が最後に世界を救う責任を担う!」という記事。
人民元には「世界を救う重責」?
「中国人民銀行金融研究所長の姚余棟は、米ドル利上げ後、グローバル経済の流動性が緊縮し人民元が世界を救う重責を担う情勢となった、と指摘する。…
歴史上、我が国の北宋時代は経済が繁栄していた。それは白銀と銅の交換率が上昇するとの予測があったからだ。このため多くの白銀を備蓄したが、結果、流動性が不足し、デフレとなった。同じことが、白銀が米ドルとなって現在起こっている。姚余棟はこの例をひいて、ドルの利上げはドル不足をもたらし、グローバル経済の流動性不足を激化させる、と警告。
ドル利上げによる資本流出は中国において非常に巨大で、12月の外貨準備は3.33兆ドル、前月比1079億ドルも減少する。これは史上最大の単月下げ幅を記録。2015年通年で、中国は累計5126.6億ドルも外貨準備を減らした。さらに3000億ドルの貿易黒字を考慮すると、2015年の中国の資本流出は8000億ドルを超える。これは全体的に言って憂慮すべき数字だ。
マクロ的データの表層での情緒はすでに一般の個人投資家に伝播し、上海、深圳の銀行では大勢の人が群がり、かつての中国版ミセスワタナベたちはドルへの兌換に詰めかける新勢力となって、人民元為替レートの将来を不安がる人心は、すでに一種のパニック的ムードを形成している。…
姚余棟によれば、中国が単なる製造業国家であり、貨幣が国際通貨でなければ、人民元は長期的に下げ圧力にさらされる。しかし、去年、人民元はすでにSDR入りを認められ、局面はすでに変化している。もはや中国は単なる製造業国家ではない。グローバル経済の流動性を強化するため、人民元は世界を救う重責を担わねばならないのだ。人民元が流動性を補えば、来るべき冬はさほど寒くはないだろう。…
人民元が世界を救うには二つの前提がある。一つは、実際に人民元が国際化すること。二つに、人民元が兌換できる通貨バスケット通貨の相対的な安定だ。中央銀行はすでに同様の思考を明らかにしている。中央銀行研究局首席エコノミストの家馬駿は、『人民元レートの形成メカニズムはすでにドルにペッグされていない。完全な自由変動制ではないが、バスケット通貨の影響力は増しており、バスケットレートの安定を保持するようになっている。これが、将来的な人民元レート形成メカニズムの基調となる。この種のメカニズムを実施すれば、人民元のバスケット通貨レートに対する安定性が増し、人民元の米ドルに対する双方向の変動は一層大きくなるだろう』。…
李稲葵(清華大学世界経済研究センター主任)によれば、ドルが回流し、人民元が国際通貨となれば、長期的にはむしろ人民元価値は上昇するという。いわく、人民元の下落は長期的には続かない。国外のマーケットは中国への空売りを唱え、また中国政府が通貨切り下げの方法で経済を救済しようとしているとも言うが、これはマーケットが煽る人民元下落予測に過ぎない。国内マーケットの場合、これは大衆のパニックが元の下落を引き起こしているのであって、目下の経済調整に非常に有害である。
だが、フリーのエコノミスト、呉裕彬は李稲葵らに反対の観点から次のように語る。『目下の外貨準備資産の流出は5500億ドル。おそらく今年の8月ごろ、外貨準備資産は底をつく。この時、為替市場の伏兵が四方から立ち上がり、中央銀行は“兵”を調達することができず、人民元レートはただ自由落下運動の状態になるだろう』。…」
このほか、論評はいろいろあるのだが、総体的にまとめれば、中国政府の目下の貨幣戦争における戦術は、とりあえず3.3兆もの“弾薬”を使って、宋鴻浜の言うところの欧米国際金融勢力を撃退することから始まるようだ。然る後に中国経済の都合に合わせて事実上の対ドルペッグから変動為替制に移行していく。中国の国際収支状況は良好で、国際競争力も依然強いのだから、長期的に見ればむしろ上昇するはず、そうしたらドルに代わって世界金融の救世主になるのは人民元だ、という極めて希望的シナリオを描いている。
改革を断行する勇気は?
しかしながら呉裕彬の予測のように“弾薬”が8月に尽きるという予測もある。そもそも、外貨準備を使っての人民元防衛は戦術的に誤りだという指摘もある、と仄聞している。人民元が国際通貨入りを目指すならば、早々に変動為替制に移行すべきで、それによって習近平政権が強引に2割も上げた人民元が2、3割下がるのは必要な洗礼だろう。それよりも遅々として進まぬ国有企業改革や生産調整の大ナタを振るう方が先ではないか、と。どうも、戦術的に戦略的にも、中国内部で方針が絞り切れていないような話もある。
「通貨戦争」の狼煙は確かに上がっているようだが、中国の真の敵は、外国投機筋でも、日本のマイナス金利でもなく、痛みに耐え抜いて改革を断行する自らの勇気のなさの中にあるのかもしれない。
中国は伝統的に腐敗社会です。上から下に至るまで賄賂を取るのが当たり前の国です。それが、「反腐敗運動」ですって。片腹痛いとしか言えません。このような運動は一に政敵打倒のためだけです。或は下っ端が賄賂の分配を誤った場合に逮捕されるくらいのものです。
習は毛沢東の恐怖政治を真似ているのかも知れませんが、流石に文革のような紅衛兵を扇動して政敵を打倒するようなことはしません。陰険さは変わらないでしょうけど。習や王歧山だって取っているのは間違いありません。温家宝の家族の蓄財もニューヨークタイムズにスッパ抜かれました。
中国経済が二進にも三進にも行かなくなっているので、不平や異論を許すと反逆が起こると習は思っているのでしょう。だから反対派予備軍を弾圧するのです。経済的に力のあるもの、知識人等発言力のある人間を封じ込めておかないと安心できないのでしょう。しかし毛流に言えば「農村が都市を包囲する」です。膨大な数の農民工、盲流、流氓が中国には、います。いくら上の方を押えても数で優る下層階級は抑えられません。解放軍による虐殺が起きるかも知れませんが。経済崩壊後の分配について考えて見ますに、貧しきは益々貧しく、富める者は夜逃げでしょう。早く崩壊させた方が世界平和のために良い。
ZAKZAK記事は中国記事とは違いますが、早くお知らせした方が良いと思い掲載します。(既に御存知かもしれませんが)。小生詳しくはFacebookで知った次第。2/17日経朝刊にベタ記事で載っただけ。マスメデイアはグルとしか思えない。外務省にしては上出来。やればできるのでは。藤岡氏の仰るように米軍調査やマイケル・ヨン氏の論文も提出すれば(北野幸伯氏の提案でしたが)もっと良かったでしょう。嘘をずっと言ってきた中韓はどう反撃するか。朝日はいつも通り卑怯の極みです。日本政府の反撃が始まりましたのでこの事実をもっとアピールして朝日を廃刊に追い込みましょう。
記事
(クレアモントより)中国は毛沢東の時代以来再び、恐怖に支配される時代に入った。共産党の聖域から、大学の講堂、会社の重役室に至るまで、厳しい告発とさらにいっそう厳しい懲罰が、亡霊のように中国の政治界・インテリ界・ビジネス界のエリートたちを追い詰めている。
恐怖は蔓延し、その跡は各所に見える。2012年12月に習近平による冷酷な反汚職の動きが始まってからというもの、同僚たちの背筋をぞっとさせるような官僚の逮捕は日常儀式になった。
高官であっても守られることはほとんどない。腐敗した146人の「タイガー」たち(省大臣や地方長官のランクを持つ官僚)が告発されているように、高官たちもまた、しばしば警告なしに逮捕されていく。中国語の辞書には、彼らの突然の失脚を表現して、「秒杀」つまり「秒殺」という言葉が追加されたくらいだ。
下級役人はさらにひどい打撃を食らっている。自殺報告が増加しているのはその現れだ。メディアは去年だけで28件の報告があると認めているが、実際の件数が28件よりも大幅に上回っていることは確実だろう。この動向を憂慮した共産党の指導者たちは、党支部に対して、反汚職運動が始まってからの役人の自殺データを集めよという任務を課した。
今や、絶え間ない恐怖の中で生きているのは犯罪者たちだけではないのだ。普段どおりの計画や依頼を習慣的に承認することですら、潜在的な疑惑を生むかもしれないとして、中国の官僚組織全体が恐怖に身をすくめている。
恐怖のうちにあるのは官僚組織だけではない。学者、人権派弁護士、ブロガー、財界のリーダーたちもまた恐怖を経験している。
まず大学では、政府がリベラル派の教授たちを告発する通報屋を雇ったおかげで、声高にリベラル派と主張していた学者たちが次々に職を失った。次に弁護士業界では、何百もの人権派弁護士が脅迫を受けたり逮捕されたりした。
財界のリーダーの中にも一時的に姿を消す者がいた。おそらく反汚職調査官の指図で拘留されていたのだろう。中でも、郭广昌の件は注目を浴びた。郭广昌は70億ドルの純資産を持つ中国で17番目の金持ちで財界の重鎮だ。彼は「司法調査を手伝った」として昨年12月に拘留された。そして数日後に、何の説明もなく、会社の年次会議に現れた。
* * * *
しかしおそらく、恐怖政治の復活の最も気がかりな衝撃は、外国人に対する影響だろう。恐怖の内にあるのは、西洋のジャーナリストやNGOの代表、外国人会社役員だけではない。一国二制度によって中国の司法管轄外にあるはずの香港の会社役員、出版・編集者たちもそうだ。
2013年に、巨大製薬会社(SGK=GSKの誤り?)のイギリス人会社員が、彼の調査会社(ChinaWhys)に関する曖昧な容疑で、2年半の服役を宣告された。翌年には、彼の妻とビジネスパートナーであるアメリカ人(出生は中国)が、同じ容疑で2年の服役を宣告された。2015年の12月には、フランス人のジャーナリストが、ウイグルの少数民族に対する中国当局の扱いに関する記事を書いたかどで、国外退去処分を受けた。翌月には、NGOで働くスウェーデン人に国外退去処分が下った。今回は国家の安全保障を脅かした容疑で拘留された後のことだった。
西洋の巨大企業は、かつては熱心に中国政府に求められていたものだが、今や警察の手入れと反汚職調査におびえている。GSKは2014円(年?)に汚職の責めで5億ドルの罰金を命じられた。これは企業に対する罰金額では最大級の額だ。アメリカの半導体メーカー、クアルコム(Qualcomm)は去年「寡占的ビジネス」だと責められ、10億ドルに近い罰金額を中国に対して支払わなければならなかった。
もっと不穏な話は、中国の指導者たちのゴシップ記事を書く香港の出版社「巨流(Mighty Current)」で働く出版・編集者が、ここ数カ月で5人も失踪したという話だ。2人に関してはどうも、意思に反して中国へ拉致されたようである。1人はスウェーデン国籍なのだが、中国のテレビ局に出るように強制された。そして、到底真実とは思えないが「自分の意思でタイから中国へ戻ってきた」と主張し、「誰も助けてくれるな」と頼んだ。
* * * *
恐怖政治が1976年の文化大革命の終焉によって終わったわけではないということは明らかだ。そう思っている人は多いし、驚くことではない。中国経済が急成長し近代化したとしても、政治制度は全体主義的特徴を保ち続けている。
(中国)は法の支配を適用せず、保安機構の諜報員たちは実質上どこにでもいる。検閲が蔓延し、人権の保護は薄い。毛沢東思想の組織的名残はいたるところにあり、今までも決して否定されたことはないし、最高指導者が適切だと思ったときにはいつでも使われるのだ。こんにち、中国で使われているように。
この事態に西洋は警鐘を鳴らすべきだ。西洋の指導者は、中国の恐怖政治の復活を「中国との国交を構想するための要素である」などと単に分析するだけでなく、中国にこういったやり方を考え直させるための戦略を立てなければならない。
日ごとに高まる中国の国際的影響力を鑑みても、中国における全体主義的な恐怖政治の復活は、アジアのみならず世界に対して、広範な(かつ、ひどく不穏な)意味合いを持つことになるからである。
ZAKZAK記事
日本政府が国連で、慰安婦の強制連行を完全否定した。「政府発見の資料には軍や官憲による強制連行を確認するものはなかった」「性奴隷は事実に反する」などと説明し、国際社会に誤解が広がった背景として、吉田清治氏と朝日新聞を名指しした。事実上の“断罪”といえそうだ。 これは、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で16日午後(日本時間同日夜)に開かれた、女子差別撤廃委員会の対日審査会合で披露された。 政府代表である、外務省の杉山晋輔外務審議官はまず、昨年末の日韓外相会談で、慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決」することで合意したことを説明した。 そのうえで、強制連行説は「韓国・済州(チェジュ)島で女性狩りをした」とする吉田氏による「捏造」で、朝日が吉田氏の本を大きく報じたことが「国際社会にも大きな影響を与えた」と指摘した。内容は「複数の研究者により『完全に想像の産物』であったことがすでに証明されている」とも明言した。 また、「慰安婦20万人」についても、朝日が(戦時中の勤労奉仕団体の1つである)女子挺身隊を「混同した」と説明した。「慰安婦=性奴隷」との表現についても「事実に反する」と強調した。 日本政府が国連の場でこうした事実関係を説明するのは初めて。遅きに失した感もあるが、中韓主導で日本を貶める“歴史戦”で反転攻勢に出たといえそうだ。
朝日(東京本社版)は17日朝刊4面で、今回の対日審査について「慰安婦問題 国連委で日本強調」「不可逆的に解決」の見出しを付けて45行報じたが、自社の大誤報が国連で名指しされたことには一切触れていない。 慰安婦問題に精通する拓殖大の藤岡信勝客員教授は「杉山審議官の説明は及第点だ。慰安婦が性奴隷ではないことを記した米軍の客観的な資料も示して説明すれば、もっと良かった。朝日は肝心なポイントを無視して、自社の責任をほおかむりしている。世界のメディアで、日本に対する誹謗中傷が行われている責任を重く受け止めるべきだ。今回の記事は朝日の体質が表れている。まったく反省していない。報道機関として失格だ」と語っている。
中国経済の不振はチャイル・ショックとも表現され、世界的に認知されて来ました。ゴールドマン・サックスがBRICSと持て囃し、投資を煽りましたが、中国の米国覇権(国際金融資本かもしれませんが)に挑戦する姿勢を見て宗旨替えしたのかも知れません。戦争するよりは経済で相手を痛めつける方が高等戦術です。でも以前のブログで書いた通り、ランド研究所の尖閣の論文を見るとチャイナマネーが跋扈しています。経済を崩壊させれば賄賂もどきの金も使えなくなります。同時に韓国経済も崩壊して、ハニーしか使えなくなります。
宮崎正弘・石平著(二人とも中国経済の崩壊を早くから予見)『私たちの予測した通り、いよいよ自壊する中国!』(P105~106)の中で石平氏は「胡錦濤が共青団を使って人の恨みを買う事を全部習近平にやらせてそれで党を掃除して、次の党大会で自分達が実質的に政権を取ると言う策略です」と述べています。それに対し、宮崎氏は「習は毛を見習うと言ってもそれだと胡がやっていることになる。国共内戦から共産党勝利の道と同じ(漁夫の利を得る)」と応じています。共産党の奥の院の権力闘争は何が真実か分かりません。団派が勝っても、習派が勝っても、共産党の統治システムが残る限り、中国人民にとっては不幸であることは間違いないです。
下は大学にも共産党の魔の手が伸びるという記事です。北京大学も査察と言うのは、日本でも東大に政府が介入するようなものです。ただ、大学の教職員は左翼が圧倒的に多い。これを見て彼らは何も感じないのかと言いたい。
2/16日経には「中国と世界 「反腐敗」で頭脳流出
「末端の腐敗を厳しく処分し、成果を民衆に実感させないといけない」。中国の習近平国家主席は1月、共産党内の会議でこう強調し、汚職摘発をすみずみまで広めるよう指示した。新たに矛先が向かう一つが、大学などの教育機関だ。
最高学府・北京大学にも春から査察が入る
■研究許可厳しく
共産党中央規律検査委員会の「巡視組」と呼ばれる査察チームは今春から、最高学府・北京大を調査する。規律委の幹部は1月、大学で教師が不適切な言論を広めていないか監督を強化する方針も打ち出した。
大学関係者によると、摘発を恐れるあまり研究プロジェクトの許可が各大学でおりにくくなっている。研究ができず余った予算を政府に返納する動きもあるという。ある大学教授は「自由な研究や授業をやりにくい雰囲気がある」と困惑する。
「自由がほしかった。大学生になっても管理されるのは御免だ」
広東省出身の周朝陽さん(21)は北京大など国内トップクラスの大学を選べる成績だったが、香港大学を選んだ。「学生補導員」と呼ばれるチューターが学業から日常生活まで管理して党に報告するシステムに耐えられなかった。卒業後も香港で働きたいという。
■150万人の差
2000~14年に中国から海外に向かった留学生数と帰国者数を比べると約150万人が戻らずに海外にとどまっている。帰国者への優遇制度を始めた2008年以降は帰国する割合が以前よりも改善していたが、14年は出国者が前年比11%増と高い伸びを記録したのに対し、帰国者数は同3%増にとどまった。14年は習指導部が反腐敗運動を強めた時期だ。
香港大のアナトリー・オレシエンコ准教授は「頭脳流出が起きるかどうかは中国政府が内外の人材を引きつけるために国内の自由度や開放性を高めるか、それともシステムをより厳しくするかで決まる」と指摘する。
教育機関への統制強化は、不満が民主化などに誘導されないように抑え込もうとする習指導部の意思の表れだ。ただ、自由な研究なしにイノベーションは起きにくい。人材流出が続けば将来の成長基盤も損なわれる。北京のある知識人は「習指導部は成長よりも統制を優先している」と批判する。
(1面参照)
新居耕治、山田周平、粟井康夫、大越匡洋、小高航、中村裕、阿部哲也、土居倫之、永井央紀、原島大介、森下寛繁が担当しました。」とありました。優秀になればなるほど、自由のない世界に帰ろうとは思いません。況してや、逮捕状もなく拘引される可能性のある国においては。
石平氏は暴動の中には就職できなかった大卒も入るのではと書いていますが、海亀族までは無理のようです。また本当に解放軍が大衆に発砲しないかどうか分かりません。どうなるにせよ、中国は軍事的にも経済的にも追い込まれています。暴動→難民(飛行機での避難民も出て来るかも。金を持っている悪い奴かもしれません)の発生に政府は対策をキチンと考えていてほしい。
内容
P.32~34
不動産バブルの崩壊は、別の側面においても中国の消費拡大に大きな打撃を与えることになるだろう。不動産価格が大幅に落ちていくなかで、不動産を主な財産として持っている富裕層や中産階級が、その財産の多くを失うことになると予想されるからだ。財産が失われた後には、多額のローンだけが残る。
中国政府が内需拡大の主力として期待している人々が、苦境に立たされることになるのだ。結果、中国の内需拡大はますます絶望的なものとなってしまう。 中国では、経済成長の失速はすでに鮮明になっている。それに加えて、不動産バブルの崩壊と、それにともなう一連のマイナス効果……中国経済の先行きは、さらに深刻な状況 とならざるをえない。
財政事情が悪化し続ける理由
不動産バブルの崩壊は、深刻な問題をも引き起こすことになる。二〇一五年三月一七日、中国財政部がこの年一月〜二月の全国財政収入の伸び率が前年同期比で三.ニ%増であったと発表した。
日本の感覚からすれば、財政収入三.ニ %増は悪くない数字だ。しかし、中国の場合は事情がまったく違う。
たとえば、ニ〇〇六年からニ〇一〇年までの五年間、中国の財政収入は毎年平均してニ一.三%の伸び率を記録してきた。とりわけ、ニ〇一一年のそれはニ四.•八%増という驚異的な数字であった。
しかし、その三年後のニ〇一四年、全国財政収入の伸び率は八.六%に……ピーク時の約三分の一に急激に落ちたことになる。そして先述の通り、二〇一五年一月〜二月の伸び率はさらに落ちて三.ニ%増にまで落ち込んでしまった。中国政府にとっては、衝撃的な数字であったに違いない。
その数年前までは、毎年の財政収入が急速に伸びていたから、中国政府は二桁の国防費増加を図り、思う存分、軍備の拡大ができた。また、国防費以上の「治安維持費」を捻出することによって国内の反乱を抑え付け、なんとか政権を死守してきたという面もある。そして、潤沢な財政収入があるからこそ、中国政府はいつも莫大な財政出動を行うことで景気にテコ入れし、経済成長を維持できたのである。
いってみれば、共産党政権の安泰と中国政府の政治•外交および経済の各面における統治能力の増強を根底から支えてきたのは、高度成長に伴う急速な財政拡大だったのでる。しかし現在の中国では、これまでのような「お金はいくらでもある」というハッピーな時代は終わろうとしている。
もちろん、財政収入が伸び悩みの状況になっていても、習近平政権は軍備拡大のテンポを緩めるようなことは絶対しないだろう。政権を死守するためには「国防費」や「治安維持費」を増やすことはあっても、削ることはまずない。ということは、中国政府の財政事情はますます悪化していくこととなるはずだ——。
P.156~157
世界史上最大の金融バブルの規模
中国国内では一時、M2 (中央銀行から発行され、国内で流通している通貨の総量)が一〇三兆元にものぼった。ドルに換算すれば、アメリカ国内で流通している貨幣総量の一•五倍である。中国の経済規模はアメリカの半分程度だから、その過剰流動性は深刻な事態といわざるを得なかった。
まさに「札の氾濫」である。
ニ〇〇ニ年初頭には、中国国内で流通する人民元の量は一六兆元程度だった。それがニ〇一三年には一○三兆元にまで膨らんだのである。十一年間で増えた流動性は、実に六• 四倍……これは世界経済史上最大の金融バブルだ。
すると中国は、二〇〇九年末から深刻なインフレに襲われることになった。これまでにも説明してきたように、食品などの物価の高騰は、貧困層をさらなる生活苦に追いやることになり、それは社会不安の拡大、さらには共産党政権の屋台骨を揺るがす事態にもつながりかねない。そのため、中国政府は「札の氾濫」で生まれたバブルから一転金融引き締めに走ることになった。
こうした流れのなか、不動産市場の生死を決める重大な措置が採られた——。
ニ〇一三年九月のことだ。北京、上海、広州などにおいて、複数の商業銀行が住宅ローン業務の停止を一斉に発表したのである。この動きは、その後も成都、重慶、南京といった地方都市の銀行でも、住宅ローン業務の停止、あるいは貸し出し制限という形で続いた。
金融不安が拡人しているなか、リスクの高い不動産関係の融資から手を引こうということだ。それは銀行の保身のためだったのだが、そのことが何をもたらしたかを説明していこう。
不動産の売れ残りが六〇〇〇万件
銀行で住宅購入のローンが組めなくなったわけだから、中国の人々は家を買うことができなくなる。大半の人は、銀行のローンで家を買うからだ。結果、全国で不動産が売れなくなり、在庫が大幅に増える。
P.214~216
中国における流動人口とは、安定した生活基盤を持たず、職場と住居を転々としている人々を指している。そんな人たちが、日本の総人口より一億人も多く存在しているのが中国という国の実情なのだ。
不安定な生活を強いられている流動人口、その大半が農村部から流れてきた農民工である。先述したデー夕の「八割が農村戸籍」とは、そういう意味だ。
ということは、現在の中国には、いつでも何かのきっかけで暴動を起こすかもしれない人々が、ニ億人以上も存在するわけである。
ニ億人以上の「暴動者予備群」—-そう考えると驚くべき数字だし、政府にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。
それだけの数がいる以上、彼ら全体がまとまって集団的に爆発すれば、共産党政権は跡形もなく吹き飛ばされてしまうかもしれない。
ニ億人を超える現代流民、すなわち暴動者予備群に対して、中国軍は数百万人程度でしかない。本格的な暴動が、地方ではなく中央で、もしくは中国全土で一斉に起きてしまったら、それを鎮圧することは軍隊をもってしても不可能だろう。 現代流民たちが持つ潜在的な力は制御できないほどのものにまで、強まっているのだ。
高度成長に必要だった二億六〇〇〇万人
ではなぜ、これほどまでに多くの農民エたちが生まれることになってしまったのか„ 彼らはなぜ、生活基盤のあった故郷の農村から離れて、都会で不安定な「流動生活」を送らなければならなくなったのか。
実は、そこには中国の経済成長が大きく関係している。中国の経済成長とは、彼らの犠牲の上に成り立つものだったのだ。
これまで何度も書いてきたように、ここまで中国経済を引っ張ってきたのは対外輸出の継続的拡大だ。二〇一〇年までの二○年間には、中国経済全体の成長率が一〇%ほどだったのに対し、対外輪出の伸び率は毎年ニ五%以上。世界中で中国製の「安物」がシエアを拡大し続け、外貨を稼いできた。
なぜ安く商品を作ることができたのかといえば、人件費が安いからだ。そして、安い賃金で働いてきたのは誰かといえば、結局は農村部出身の労働者なのである。
若き出稼ぎ労働者たちは、内陸部の農村から沿岸地域に流れ、そこで働くことになった。働く場所はといえば、主に輸出向けの加工産業といった、低質金のエ場である。
彼らが安い賃金で働くことで、中国の対外輸出の継続的拡大、つまり安い商品を大量に売ることが可能になった。そしてそれが、中国の経済成長を支えてきた。
逆にいえば、中国が高度成長を果たすためには、ニ億六〇〇〇万人もの流動人口を必要としたということでもある。
P.254~263
流民ネットワークの誕生
農民工、すなわち現代流民たちの苦しい生活がこのまま続けば、彼らの怒りや不満は溜まる一方だ。
これまでは職場ごと、地域ごとにグループを作ったり、連帯したりしてきたが、これからはインターネットを使った連携も盛んになってくるのではないか。 「こんな生活にはもう耐えられない」「今日は仲間がこんな酷い目にあった」そんなことを報告し合う。つまり全国単位で、不当な差別や社会への絶望といった思いを共有するのである。
こうした「流民ネットワーク」を禁止しようとしても、おそらく無理だろう。「流民サイト」を一つ潰したところで、新しいサイトが出てくるだけ。その一切を漬すには、中国全体でインターネットを使えなくするしかない。
しかし、そんなことをしたら、一般市民が黙ってはいないはずだ。政府への怒りを、別の形で高めてしまうことになる。
流民たちが不満をいい合っているだけなら良いのだが、彼らは何かのきっかけで暴走する。警官の暴力などから、デモや車を燃やすといった事態に発展してきた例は、本書で見てきた通りだ。
流民たちがネットワーク化すれば、その規模はいままでよりも大きなものになるだろう。一つの街のなかだけの話ではなく、ネットで状況を知った近隣の街からも「応援」が来る可能性が高い。
ただそれでも、警察、あるいは軍の出動によって、街単位の騒乱は鎮圧されてしまうはずだ。といって、それで終わりというわけではない。
鎮圧された者たちは国への、そして社会への怒りをさらに強めて、地下に潜ることになる。そうしてでき上がるのが、より過激な反体制グループだ。
暴動、鎮圧、流民グループの先鋭化—そうした流れを繰り返していくうちに、反体制グループはどんどん巨大化していくことになる。「筋金入り」の、いい換えるなら「プロ」として反政府活動に生きる人問たちが大量に存在するようになるのだ。
新種の流民とは誰か
そうしたなかで、知識人たちもこの動きに加わることになるだろう。 経済の崩壊は誰にとっても深刻な問題だし、知識人たちは頭脳明晰だからこそ、流民たちの苦境を放っておくことができない。これまで見てきたように、そのことは「歴史の必然」だといえる。
知識人たちが反体制側に加わることで、グループはより組織化され、効率的に活動するようになるだろう。また知識人たちは流民たちのリーダー、そして代弁者となり、アピールカも強めていく。
そうなれば、彼らに共鳴する人間はさらに増える。このことは、先述の通り、中国の歴史が証明している。
そこに新たに加わることが考えられるのが、新種の「流民」だ。それは、大学を卒業しても就職できなかった若者たちである。
中国では大卒者が年々増えているが、全員が一流企業に就職したり、官僚になったりするわけではない。経済が落ち込むなかで、約ニ〇%が就職できないといわれている。その数は、二〇一五年でおよそ一五〇万人だ。
二○一四年までに、大卒の若者ニ○○万人が失業した。これに二○一五年の一五〇万人を合わせれば、大卒の求職者は三五〇万人に達することになる。彼らもまた、行き先も未来への希望も失い、現代流民になる可能性が高い。
彼らがデモや暴動を起こすことは充分にありうるし、特に農村部にある大学は就職できない卒業生が多いから、農民エたちと心情を同じくする者も多いだろう。彼らがデモや暴動を起こせば、中国にとっては新たな火種、さらに農民エから流民、そして反体制派になった組織と合体すれば、その火種はさらに大きなものとなる。 ここで重要なのは、知識人や大卒者と貧しい農民エたちが合体することだ。かつて、中国では天安門事件が起きた。このとき、天安門広場に集まった学生は一〇万人といわれている。
しかし、これから作られるであろう反政府組織は、知識人と元大学生だけで数百万という潜在的な数がいる。農民エにいたっては約ニ億人である。
まして、天安門事件には、一般市民の多くは関心を持たなかった。額に汗して働く人々にとって、あれは学生たちの「遊び」にしか見えなかったのだ。いわば「金持ちの子どもたちの革命ごっこ」だったのである。日本における学生運動も、似たようなところがあったのではないだろうか。
しかし、これから起きるであろう反体制運動は違う。知識人や元学生、労働者が一体となった運動だ。一部の富裕層を除けば、誰もが関心を持つだろうし、その勢力は凄まじいものになる。
共産党vs.農民党
仮に、この反政府組織を「農民党」としよう。
知識人、元学生、そして農民エたちの半分が参加したとして、その数たるや一億人。しかも各地でバラバラに動くのではなく、インターネットを通じてつながり、知識人のリーダーによって強固に組織化されている。
こうなれば、もう反体制勢力というより、巨大な政治組織といっていい。共産党もその存在を無視できなくなるし、弾圧や鎮圧をするのも不可能になってくるはずだ。
たとえば、である。リーダーの呼びかけによって、農民党のメンバーとその賛同者五〇〇万人が、一斉に大都会、北京に集結したとしよう。
東京ドームなどのスタジアムを想像してほしい。そこでコンサートが行われると約五万人の観客が集まる。その客たちが一斉に会場を出ると、最寄りの駅までの道は大混雑。まともに歩けないような伏態になる。
もし、その一〇〇倍もの人々が北京の主要な道路を埋め尽くし、座り込みを始めたらどうなるか。北京の都市機能は、確実に麻痺してしまう。
もちろん、いかに大量の「軍勢」がいても、現代において武力で革命を起こすことは不可能だ。しかし軍隊のほうも、彼らを排除するために大量の死傷者を出すようなことはできない。
農民党全体を逮捕することも不可能だ。警察と軍隊にはそれだけの人員がいないし中国全土の刑務所を使ったとしても、一億人を収容できるわけがない。
結局、共産党は農民党と向き合い、交渉するしかなくなるだろう。その結果はどうなるか。農民党を一方的に押さえつけることはできないから、ある程度以上、彼らの要求を認めていかざるを得ない。その形が固まるとしたら・・・・。
つまり、中国で二大政党制が実現することになる。いずれ普通選挙も実現することになるはずだ。ということは、共産党一党独裁体制が崩壊するということである。
共産党内部からの離反者たちの名前
ことは「共産党VS農民党」だけではなくなるかもしれない。
共産党のなかにいる反主流派の人間たちが、反体制勢力を利用して政治闘争を展開していく可能性もある。出世しそこなったり、抑圧されてきたりした人間たちが主流派の突き崩しを狙うのだ。
習近平指導部は、その発足以来、「トラもハエも叩く」というスローガンを掲げて党内の腐敗摘発に手を尽くしてきた。そのことで民衆の支持を得て、政府への信頼を高める効果もあった。
習近平体制にとっては、腐敗を摘発することが、権力基盤を固める有力な武器となってきたのである。
共産党の幹部たちにとって、腐敗は何かしら身に覚えがあるもの。習近平の姿勢には、 誰も逆らうことができない状態だった。しかし、腐敗の摘発は、習近平体制にとって諸刃の剣でもある。
これまで、周永康や徐才厚といった大物幹部が次々と「血祭り」に上げられてきたが、そのことは民衆の期待をますます煽ることになった。
そうなると指導部としては、腐敗の摘発の手を緩めるどころか、ますますヒートアップさせていく必要がある。それが民衆の期待に応え、習近平体制を維持することにつながるからだ。
しかし、摘発が進めば、党幹部の大半が身の危険を感じることになる。反発を招くのは自然な流れだ。ニ〇一五年七月の上海株暴落も、弾圧を受けた江沢民グループが画策したものとする報道もある。
『人民日報』の習近平への「警告」
そんななか、ニ〇一五年一月一三日付の『人民日報』が興味深いコラムを掲載している。習近平指導部による腐敗摘発に対して「三つの誤った議論」が広がっていると指摘したのだ。
その一つが「やり過ぎ論」である。これは文字通り「いまの腐敗摘発はやり過ぎである」というもの。
もう一つの「泥塗り論」は、摘発運動によって共産党の大幹部たちの腐敗の実態を暴露したことが、逆に政権の顔に泥を塗ることになるのではないかという議論だ。
三つ目は「無意味論」。政権内では腐敗が広く浸透しているのだから、どれだけ摘発しても撲滅するのは不可能。「やっても無意味」というわけだ。
「やり過ぎ論」と「泥塗り論」は、政権を守るという立場からの内部批判だろう。一方、 「無意味論」は、共産党の腐敗摘発を外部、すなわち民間の立場から冷ややかに見ているもの。いずれにしても、共産党中央委員会の機関紙である『人民日報』が、腐敗摘発運動に対する枇判の声があることを公に認めたのである。
特に党内から反発や批判の声が出ていることは、習近平体制にとって由々しき事態というほかない。
同じ一月一三日には、新華社通信も「腐敗摘発はいいところで収束すべきだ」という党内の意見を紹介した。それだけ、反発が強まっているということだ ——そこで、習近平主席はどのような手を打つか。
一つは、新華社通信が紹介した意見のように、「いいところ」で腐敗摘発の手を緩めること。そうすれば、党内の融和と安定を図ることができる。ただ、それをやることで、民衆が「裏切られた」と感じ、政権への信頼が失墜してしまう危険性がある。
もう一つの手は、民衆の期待が高まるままに、それに応えて腐敗摘発を続けること。し かしそれでは、党内からの反発がさらに強まり、やがては権力基盤を揺るがしかねない。
党内の別の派閥が反•習近平の権力闘争を引き起こす可能性もある。もし農民党が力をつけ、共産党と張り合うようになれば、そちらに味方する共産党幹部も現れるだろう つまり、現在の習近平体制は「進むも地獄、退くも地獄」という状態にあるといっていい。
そうしたなか、習近平は中央規律検査委員会の全体会議で、「反腐敗闘争は持久戦だ」と演説している。反腐敗運動を継続させていく方針を明確に打ち出したのだ。共産党内部からの離反を招く可能性があるにもかかわらず、である。
蝙蝠外交、二股外交をすればこういう展開になることが想像できない哀れな事大主義の民族です。かつ告げ口外交までしましたから日本人の自虐史観を薄める役目も果たしました。朝日新聞を始めとした偏向左翼メデイアのおかしさに国民も遅まきながら気づき始めました。通貨スワップについても反対する国民が多いと思います。困ったからと言って今更擦り寄って来られたって相手できません。「裏切り者は地獄だぜ」という片岡千恵蔵の映画がありましたが(大分古い話です)、地獄まで飛んでいけという気持ちです。
韓国が嘘を言って米中に取り繕っているのは、米中とも分かっているはずです。信用はしないが、利用価値があるうちは利用すると言うのが大国というのが韓国は分かっていない。だから小沢一郎のような米中二等辺三角形のような話をするのです。自分にそんな力もないのに。思い上がるのも程があります。
中韓とも民族的に平気で嘘が付けます。騙す方が賢いと言う民族ですから、黒を白と言いくるめることができる人間が評価されます。慰安婦問題も事実が何であれ、このまま日本に悪を認めさせることが彼らの社会では評価されるという事です。誠実、謙虚を旨とする日本人とは民族が違います。だからと言って事実と違う事を黙って見ているだけでは臆病者の謗りを免れません。外国相手の理不尽さには徹底的に戦うべきです。
Xバンドレーダーは青森・車力と京都・経が岬に、既に配備されているようです。沖縄には残念乍ら未だのようです。翁長県知事のように北のミサイルについて他人事しか言えない人を選んだ責任は沖縄県民にあります。県民の生命の安全を願うなら、基地問題は別にして直ぐに配備すべきです。
(安保廃棄実行委員会HPより:http://homepage3.nifty.com/anpohaiki/beigun_kichi.html )
車載移動式Xバンドレーダー「AN/TPY-2」を3基セットすれば全域カバーできます。
(大日本赤誠会愛知県本部HPより抜粋)
http://blog.goo.ne.jp/sekiseikai_2007/e/97c1322e3124974f4ec787ec9ef2b642
記事
地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD) 写真=U.S. Department of Defense, Missile Defense Agency/ロイター/アフロ
(前回から読む)
韓国が地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備受け入れに動く。「中国の言いなりになるな」と米国に怒られたからだ。だが今度は、面子を失った中国から苛められることになる。
習近平が直接に命令
—韓国が米軍のTHAAD配備を認めるようですが。
鈴置:韓国国防部は2月7日、在韓米軍基地へのTHAAD配備に関し「米国との公式協議に入る」と発表しました。
今後、北朝鮮の核問題で解決に向けてよほどの進展がない限り、配備を容認すると思われます。中国から極度の脅迫を受けたら、韓国は受け入れを中止するでしょうけれど。
北朝鮮の核・ミサイル開発が進むに連れ、米国はグアムなどにTHAADを置いて迎撃体制を整えてきました。当然、有事となれば真っ先に攻撃を受ける在韓米軍基地にも配備する方針を打ち出しました。
すると中国は韓国に対し「配備を絶対に認めるな」と圧力をかけました。2014年7月の中韓首脳会談では、習近平主席が「主権国家なら反対すべきだ」と朴槿恵(パク・クンヘ)大統領に直接、要求したようです。
中央日報が「習近平『大韓民国は主権国家……朴槿恵大統領にTHAAD拒否要請』」(2015年2月6日、日本語版)で、韓国国防関係者の話として報じています。
板挟みで「おとぼけ作戦」
—米中間で板挟みになったわけですね。
鈴置:韓国は「THAAD配備について米国から打診は一切ない」と言い張って、誤魔化そうとしました。
2015年3月には青瓦台(大統領府)が「3NO」という言葉まで作りました。「米国から配備の要請もなく、従って協議したこともなく、だから何も決めていない」――と言うのです。しかし、ついに「3NO」という、苦肉のおとぼけ作戦も持たなくなったのです。
—突然の配備容認は、北朝鮮が核と長距離弾道ミサイルの実験をたて続けに実施したからですか?
鈴置:ええ、1月6日の4回目の核実験と、2月7日の長距離弾道ミサイル実験が引き金です。厳密に言うと「ここに至っても拒否するのか」と怒る米国に対し、抵抗できなくなったのです。
在韓米軍が韓国を守っているのです。韓国の国民に加え、その基地を防御するためのTHAADを、守られている韓国政府が拒否する――。同盟国とは思えないやり口です。
これ以上拒むのなら、米韓同盟には取り返しのつかない亀裂が入るところでした。米国の安全保障関係者からは「韓国との同盟はいつまで持つか分からない」との声さえ上がっていたのです。
オバマから叱られた
—日韓の「慰安婦合意」といい、米国がこのところ対韓圧力を強めていますね。
鈴置:韓国の裏切りが目に余るようになったからです。「米中星取表」で明らかなように、米中対立案件で韓国はほぼ、中国の言うことを聞くようになりました。そして2015年9月、中国が開いた抗日戦勝70周年記念式典に朴槿恵大統領が参加したのが画期となりました。
| 米中星取表~「米中対立案件」で韓国はどちらの要求をのんだか (○は要求をのませた国、―はまだ勝負がつかない案件、△は現時点での優勢を示す。2016年2月11日現在) | |||
| 案件 | 米国 | 中国 | 状況 |
| 日本の集団的自衛権の行使容認 | ● | ○ | 2014年7月の会談で朴大統領は習近平主席と「各国が憂慮」で意見が一致 |
| 米国主導のMDへの参加 | ● | ○ | 中国の威嚇に屈し参加せず。代わりに「韓国型MD」を採用へ |
| 在韓米軍へのTHAAD配備 | △ | ▼ | 韓国は米国からの要請を拒否していたが、2016年2月7日に「協議を開始」と受け入れた |
| 日韓軍事情報保護協定 | ▼ | △ | 中国の圧力で署名直前に拒否。米も入り「北朝鮮の核・ミサイル」に限定したうえ覚書に格下げ |
| 米韓合同軍事演習の中断 | ○ | ● | 中国が公式の場で中断を要求したが、予定通り実施 |
| CICAへの正式参加(注1) | ● | ○ | 正式会員として上海会議に参加。朴大統領は習主席に「成功をお祝い」 |
| CICAでの反米宣言支持 | ○ | ● | 2014年の上海会議では賛同せず。米国の圧力の結果か |
| AIIBへの加盟 (注2) | ● | ○ | 米国の反対で2014年7月の中韓首脳会談では表明を見送ったものの、英国などの参加を見て2015年3月に正式に参加表明 |
| FTAAP (注3) | ● | ○ | 2014年のAPECで朴大統領「積極的に支持」 |
| 中国の南シナ海埋め立て | ● | ○ | 米国の対中批判要請を韓国は無視 |
| 抗日戦勝70周年記念式典 | ● | ○ | 米国の反対にも関わらず韓国は参加 |
(注1)中国はCICA(アジア信頼醸成措置会議)を、米国をアジアから締め出す組織として活用。 (注2)中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立をテコに、米国主導の戦後の国際金融体制に揺さぶりをかける。 (注3)米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)を牽制するため、中国が掲げる。
この式典は中国の軍事力を見せつけるのが狙いでした。メーンイベントである軍事パレードでは、米国を射程に収めるミサイルも行進しました。
参観した首脳は権威主義的国家のトップが多く、米国の同盟国からは朴槿恵大統領ぐらいだったのです(「韓国は『帰らざる橋』を渡る」参照)。
天安門の壇上で習近平主席、プーチン大統領らに囲まれた朴槿恵大統領の写真は世界に配信されました。この実に分かりやすいメッセージにより、韓国の「離米従中」は米国の外交関係者の共通認識となりました(「ルビコン河で溺れ、中国側に流れ着いた韓国」参照)。
10月に訪米した朴槿恵大統領は記者団の前でオバマ大統領から、中国の言いなりになるな、と叱られました(「蟻地獄の中でもがく韓国」参照)。
朴槿恵の世界観が崩壊
12月末の「慰安婦合意」でも、朴槿恵大統領は妥協の絶対条件に掲げていた「国民が納得する日本の謝罪」を勝ち取れませんでした。
「慰安婦を言い訳にして米日韓の3国軍事協力から逃げるな」との米国の圧力に屈したのです(「掌返しで『朴槿恵の親中』を批判する韓国紙」参照)。
「合意」には「問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認」との文言が盛り込まれました。韓国は「慰安婦カード」を捨てさせられたのです。これも米国の差し金だったと言われています。
米軍関係者の最近の言説から判断して、THAADの問題でも米政府高官は韓国高官に「中国の言うことばかり聞くのなら、在韓米軍を撤収する」くらいは言ったと思います。
そんな米国の「最後通牒」に直面した朴槿恵政権は、折れざるをえなかったと思われます。米中を競わせて操ろうとした韓国ですが、米韓同盟廃棄につながる在韓米軍撤収に踏み切る覚悟はありません。
韓国が頼りにしていた「中国の台頭」にも疑問が付くようになりました。中国発の世界恐慌が懸念されるほどになったのです。「米国は沈む太陽、中国は昇る太陽」との、朴槿恵外交の前提となった世界観が崩壊してしまったのです。
丸腰だった韓国
—THAADは効果があるのですか?
鈴置:専門家によると、常に100%の敵のミサイルを撃ち落とせるとは限らないそうです。しかし韓国はこれまでミサイルに対する防衛能力をほとんど持っていませんでした。それから考えると大きな前進でしょう。
韓国軍が保有する唯一のミサイルを迎撃するミサイルは旧式のPAC2。射程が短いので対応可能な時間が少なく、北朝鮮から発射されたミサイルを撃ち落とすのは難しいとされています。
韓国は米国や日本が装備する海上発射型のSM3のような、大気圏外で迎撃するミサイルも持っていません。はっきり言えば、丸腰だったのです。
THAADはSM3ほどではありませんが、PAC2やその発展形のPAC3よりも高空で敵のミサイルを落とせます。配備すれば丸腰状態から脱することができます。
—在韓米軍基地へのTHAAD配備は、軍事的にかなり大きな意味があるのですね。
鈴置:政治的にも極めて大きな意味があります。韓国は米国の核の傘に不信感を持ち始めました。
仮に北朝鮮が米国に対し「南北の軍事衝突に介入したら、ロサンゼルスを核攻撃する」と宣言した時に、米国が韓国を助けてくれるのか、との疑問です。この疑いは、北が核ミサイルを持つ可能性が高まるほどに――時間とともに、深まります。
米国の傘の綻び
—だから韓国で核武装論が叫ばれているのですね。
鈴置:その通りです。米国の核の傘が信じられない以上、自分で核を持つしかない――との発想です(「やはり、韓国は『核武装』を言い出した」参照)。
韓国にとってもう1つの解決法は、米国の核ではなく中国の核の傘の下に入る手です。北は中国に経済的に完全に依存しています。中韓同盟により、中国が韓国を助けようとした際「それなら瀋陽を核攻撃する」と北は言えないのです。
—つまり、在韓米軍に配備されるTHAADとは……。
鈴置:米国の核の傘を補強するという、心理的、政治的な意味も持つのです。米国は北朝鮮に対し核兵器で報復してくれないかもしれない。でも、北の核や通常弾頭のミサイルをそれなりに撃墜できることになれば、北の核の脅しの威力も半減するのです。
この安心感により、米韓同盟の信頼性がかなり増す計算になるのです。そもそも、米国がTHAADを開発したのは、核を持たない同盟国を安心させるのが目的だったとの解説もあります。
逆から言えば、中国が韓国に「THAADを配備させるな」と命じたのも、韓国人に米国の核の傘の綻びに目を向けさせ、米韓同盟を消滅に追い込むのも目的だったのです。
日本にすでにXバンドレーダー
—中国はTHAAD反対の理由に「自国の脅威になる」ことを掲げていましたが。
鈴置:THAADの一部である高性能のXバンドレーダーが中国の上空を奥地まで見通してしまうから、との理屈です。確かに中国は海岸から遠く離れた山奥に、ICBM(大陸間弾道弾)の発射基地を構えています。
しかし日本の専門家によると、中国の主張はへ理屈だそうです。なぜなら米軍は日本の2カ所にXバンドレーダーを配備済み。新たに韓国に配備しても、さほど偵察能力は増さないからです。
要は、中国は色々と理屈を挙げて韓国を脅し、韓国を米国から引きはがそうとしてきたのです。
—THAAD配備には自分たちの命がかかっています。それを中国の圧力くらいで拒否してきたとは……。ここが分からないのです。
鈴置:THAADが必須の武器とは思っていないからです。北朝鮮は同族である自分たちに核は使わないだろう、と韓国人は心のどこかで思っています。
中国のイジメに戦々恐々
—平和ボケは日本人だけではないのですね。
鈴置:もちろん、そんな「平和ボケ」を批判する識者もいるのですが、左傾化した韓国社会で彼らは「戦争好き」などと見なされがちです。
それに「中国の命令には逆らえない」のが韓国の空気です。千年以上も中華帝国の一部だった後遺症です。ここが日本人には分かりづらい。米国人も「なぜ韓国人はこれほどに中国の言いなりになるのか」と首を傾げます。
—結局、THAAD配備の容認を期に、韓国は米国側に戻るのですか?
鈴置:それはまだ、判断できません。「米中星取表」の「在韓米軍へのTHAAD配備」の項目は、正式な協議が始まったことを考え、米国の「▼」を「△」と変えました。
ただ「○」にはしませんでした。中国の横やりにより、韓国が配備に「NO」と言い出す可能性が若干ですが残っているからです。
「THAAD」以外の対立案件は、いまだ中国優勢です。朴槿恵政権が「離米従中」外交をやめると結論を下すのは早計だと思います。
「私は悪くないからね」
韓国は今、中国からどんなイジメに遭うか、戦々恐々としています。象徴的だったのが「THAAD配備を公式に協議する」と発表した2月7日の国防部の会見です。
聯合ニュースの「韓米、在韓米軍THAAD配備を公式協議……北の核・ミサイルに対応」(2月7日、韓国語版)の記事に添付された動画によると、柳済昇(リュ・ジェスン)国防部政策室長の発言には以下のくだりがあります。
中国への言い訳です。「配備は米国から言われてやったこと。韓国から言い出したのではないからね」「中国向けには運用しないよう、米国には私から念を押しましたからね」と、韓国は叫んだのです。
—北朝鮮にだけ向けて運用するなんてことができるのでしょうか。
鈴置:韓国国防部は「Xバンドレーダーの探知距離を短くして運用する」とレクチャーしています。ただ、ある日本の専門家は「米軍が兵器の性能をわざわざ落として使うことは考えられない」と語っています。
北より南の大使に厳しい中国
—配備容認に中国はどう出ましたか?
鈴置:激怒しました。公式には7日、外交部が駐中韓国大使を呼び「THAAD配備のための公式の議論を始めたことに抗議し、中国の厳正な立場を表明」しました。
なお、中国外交部は同じ2月7日に北朝鮮の駐中大使も呼んでミサイル実験に対し抗議したのですが「厳正な立場」ではなく「原則的な立場」の表明に留めました。
中央日報は「中国、南北大使それぞれ呼んで抗議…南には『厳正な立場』、北には『原則』表明」(2月8日、韓国語版)で、国連安全保障理事会の決議に違反した北朝鮮よりも、自衛の武器導入を図る韓国に対し、中国がより厳しい姿勢をとったと指摘しました。
THAADを信じるのか
—韓国も舐められたものですね。
鈴置:中国共産党の本音を報じる環球時報の英文版、Global Timesの社説はもっと露骨でした。「Discussion of THAAD deployment is shortsighted move of Seoul and Washington」(2月7日)は威嚇そのものです。要点は以下です。
「戦略的な軍事目標に選ぶ」とは核攻撃の対象にする、との意味です。中国は核で脅し始めたのです。続いてGlobal TimesはTHAADの弱点も突きました。
THAADは敵のミサイルをすべて撃ち落とせるとは限りません。敵が一度に大量のミサイルで攻撃してくれば、防ぎきれなくなるからです。
Global Timesは韓国に対し「そんなあやふやなものを信じ、米国にすがりつくのか」と嘲笑ったのです。そして最後に、韓国を脅し「二股外交はもう、無理だぞ」「米国にいい顔をするということは、中国の顔に泥を塗ることだ」と諭したのです。
スワップを打ち切るぞ
—韓国はどうするのでしょう?
鈴置:展開が読めません。もう、自分の意思では動けなくなっているのです。今の時点は米国に従っています。でも、中国に本格的に凄まれたら、後戻りするかもしれません。
—中国が軍事的な脅しをかける、ということですか。
鈴置:それもあります。もっと手っ取り早い手もあるのです。経済面で脅せばいいのです。今、人民元安と原油安の2つから世界は前例のない不況に直面する、との懸念が高まっています。一部の国では金融危機が起きるかもしれません。
中国からの資本逃避が起きて人民元が暴落すれば、真っ先に韓国が連座すると韓国紙は警戒しています。貿易でも金融でも、韓国は中国にオールインしているからです。
というのに通貨の同盟は中国と結んだまま。米国側に戻ってはいないのです。資本逃避に見舞われた際、命綱となるのが通貨スワップです。でも韓国は日本や欧米とは結ばず、何と70%が中国頼りです(「韓国の通貨スワップ」参照)。
韓国の通貨スワップ(2016年2月11日現在)
| 相手国 | 規模 | 締結・延長日 | 満期日 |
| 中国 | 3600億元/64兆ウォン(約560億ドル) | 2014年 10月11日 | 2017年 10月10日 |
| UAE | 200億ディルハム/5.8兆ウォン(約54億ドル) | 2013年 10月13日 | 2016年 10月12日 |
| マレーシア | 150億リンギット/5兆ウォン(約47億ドル) | 2013年 10月20日 | 2016年 10月19日 |
| 豪州 | 50億豪ドル/5兆ウォン(約45億ドル) | 2014年 2月23日 | 2017年 2月22日 |
| インドネシア | 115兆ルピア/10.7兆ウォン(約100億ドル) | 2014年 3月6日 | 2017年 3月5日 |
| CMI<注> | 384億ドル | 2014年 7月17日 | |
<注>CMI(チェンマイ・イニシアティブ)はIMF融資とリンクしない場合は30%まで。
資料:ソウル新聞「韓国の経済体力は十分」(2015年2月17日)
もし中国が「THAAD配備を認めれば、通貨スワップを破棄するぞ」と言い出したら、韓国は手も足も出ないのです。
旧正月の連休明けの2月11日、KOSPI(韓国総合株価指数)は前営業日比2.93%安い1861.54で引けました。この日もそうでしたが、2015年12月初め以降ほぼ連日、外国人が売って機関投資家が買い支えるという展開が続いています。
(次回に続く)