『「右翼台頭」「対中傾斜」の4選メルケルは何処へいく』(10/5JBプレス 新潮社フォーサイト)について

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Kazuo Ishiguro(石黒一雄)氏がノーベル文学賞を受賞しました。読んだことがないので論評できませんが、10/6朝のNHKニュースで「私はイギリスで育ったが、私の両親は日本人であり、世界を見る、私の芸術的なアプローチの大部分は、日本的なものだ」、「自分をイギリスの作家や日本の作家と意識したことはありません。作家は一人孤独に作品に向き合うものだからです。もちろん私は日本からもイギリスからも影響を受けてきましたから、自分自身を国際的な作家と考えたいです」、「日本の読者の皆さん、とりわけ日本の社会にはありがとうと伝えたいです。私がどのように書いて世界をどう見るかは、日本の文化の影響を受けていると思うからです。日本と日本人に非常に感謝しています」、「川端康成さんや大江健三郎さんに続く作家になれることを喜ばしく思います。ノーベル賞といえば村上春樹さんの名前が浮かび、申し訳ない気持ちになります」と話していました。村上春樹は、ノーベル賞は取れないと思います。彼はパレスチナを攻撃するイスラエルを公然と非難していました。政治的に偏る人間の作品は、選考委員は嫌うのでは。三島もそれが為にとれなかったのではと小生は考えています。ドナルド・キーンは「日本には年功序列があるので、三島を先に受賞させると文壇が揉める」との思いもあったようです。村上は『騎士団長殺し』でありもしなかった南京虐殺で40万人も殺したと書いたとのこと。中国のプロパガンダ以上の数字を挙げて中国に擦り寄り、読者数でノーベル賞獲得を狙ったとしか思えません。GHQの洗脳を受けた敗戦後利得者の一人です。

http://www.asahi.com/special/09001/TKY200902160022.html

10/6日経朝刊ドイツ議会選後のEU(上) 板橋拓己 成蹊大学教授 政権弱体化、独仏連携に影

ポイント ○AfDの躍進は既存政党への不満を映す ○ドイツの「自覚なき覇権国」改善は期待薄 ○首相は受け身の姿勢を改め大胆さ発揮を

「退屈」と形容された選挙戦だった。無理もない。自国ドイツの経済は好調で、メルケル首相の4選も確実。直近の米仏の大統領選と比べれば「退屈」だっただろう。

だが蓋を開けてみれば、結果は深刻だった。今回の選挙はドイツ政治史上のひとつの「区切り」となった。そしてそれが今後のドイツ政治、ならびに欧州連合(EU)の将来に与える影響は大きい。

結果の確認から始めよう。まず大連立政権の与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)とドイツ社会民主党(SPD)の二大政党が支持を落とした。とりわけ中道左派のSPDは戦後最低の得票率(20.5%)を記録した。またメルケル首相率いる中道右派のCDU・CSUも投票日直前で失速し、32.9%の得票にとどまった。

年頭にシュルツ党首がSPDの首相候補に決定した際の同党支持率の急浮上とその後の急降下を考えると、中道二大政党の支持基盤の「あてにならなさ」があらわになった。

一方で、右翼ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が12.6%を得票し第3党に躍り出た。前回選挙で5%阻止条項により議席を失った自由民主党(FDP)も、リントナー党首の指導のもと復活を果たした(10.7%)。極左の左翼党(9.2%)、環境重視の緑の党(8.9%)を含め、ドイツ政治は「6党体制」の時代に本格的に突入した(図参照)。

◇   ◇

AfDの躍進は重要だ。もともとAfDは新自由主義的な経済学者を中心に、ユーロ危機のさなかに脱ユーロを掲げて結成された政党だった。しかし内部闘争を経て右翼グループが権力を握ると、反ユーロ政党の色は薄れ、右翼政党に転じた。さらに2015年の難民危機を背景に反移民・難民、反イスラム、治安重視といったテーマに傾斜し、より排斥的かつポピュリスト的性格を帯びて現在に至る。

ただしAfDの躍進をもってドイツ社会の「右傾化」あるいは「ナチの復活」と断じるのは早計だ。確かに党エリートの中に極右的な人物は多い。けれどもAfDに票を投じた有権者の中で同党の主張に「納得」している者は31%にすぎず、実に60%の人が「他党への失望」から票を投じている。さらに55%が、同党が「極右から十分に距離をとれていない」と考えている(いずれも世論調査機関インフラテスト・ディマップによる)。

AfD投票者の多くは必ずしも同党の過激主義に共鳴したわけではない。むしろ既成政党への不満、そして「自らの生活が変わってしまうことへの不安」から票を投じた。

いうなればAfDは、長期にわたるメルケル政治が生んだ「鬼子」である。その原因として3点を指摘したい。

第1にメルケル首相は、自らが保守でありながら、12年にわたりリベラルな政策を推進してきた。メルケル首相のもとでCDUはいわば「社会民主主義化」し、ドイツ政治全体の「中道化」が進んだ。そこで右側にできた隙間にAfDが滑り込んだのである。

第2に右記とも関連するがメルケル首相の政治スタイルに関わる問題だ。メルケル首相は、決して自ら主義主張を唱えたり立場を固定したりすることはせず、世論の動向を注視しながら、可能なら他党の政策も取り込むことをいとわない。脱原発への決断や最低賃金制度の導入が好例だ。

こうしたメルケル首相の政治スタイルは、既成政党間の対立軸を著しく曖昧なものにした。これが冒頭の「退屈」の一因でもある。そうした中でAfDが良くも悪くも明確な対立軸を打ち出し、有権者に刺激を与えた面がある。

第3にメルケル首相の寛容な難民政策だ。15年夏以来、ドイツは100万人超の難民を受け入れた。そうした大きな変化への不安がAfD票となった。実のところAfDは移民・難民の少ない旧東独地域で大きな支持を集めた。これは欧州各国に共通した傾向だが、移民の少ない地域でこそ、自らのコミュニティーが脅かされることへの不安がかき立てられるからだ。

ともあれナチの歴史を抱えたドイツでAfDが議席を得た意味は大きい。ワイマール共和国およびナチ政権の反省から、連邦共和国(冷戦期は西ドイツ)には、5%阻止条項の導入や憲法敵対的政党の禁止など、安定した政党政治を志向する制度が備えられている。しかしこうしたハードルを越える「洗練された極右」政党がドイツに登場した。

◇   ◇

ではAfDは今後ドイツ政治に根づくのだろうか。まだ確定的なことは言えない。ただドイツの従来の極右政党は一定の成果を上げても、党内対立から自滅するのが常だった。AfDも他党との連立といった「現実路線」を掲げた指導者ペトリ氏が選挙戦直前に党内闘争に敗れ、選挙後に党からの離脱を表明した。つまり連邦議会進出により、様々な特権を手にするものの、AfDは常に分裂含みだ。

いたばし・たくみ 78年生まれ。北海道大法卒、同大博士(法学)。専門は国際政治史、欧州政治史

いずれにせよAfDは、目下の焦点である連立政権の構成に直接的な影響を及ぼさない。SPDが下野を決意したため、現在のところ連立の有力な選択肢は、CDU・CSUとFDPと緑の党から成る「ジャマイカ連立(3党のシンボル色と同国国旗の連想)」だ。ただしこの連立は、企業重視・市場重視のFDPと環境政策重視の緑の党を抱え、一体性に欠ける。EUの将来も極めて厳しいものとなる。

そもそも今回の選挙戦で国際的に注目されたのは、ドイツのEU政策の行方だった。最大の論点は、マクロン仏大統領が提示したユーロ圏改革構想(ユーロ圏の共通予算や財務相の創設)にどう応じるかだ。しかし欧州議会議長を務めてきたシュルツ氏率いるSPDが敗北し、反ユーロのAfDを議会に抱え、自国の資金を他国のために用いることを嫌うFDPを連立相手に選ぶとなると、新政権が大胆なEU政策に踏み出す可能性は一段と低くなった。

このことは「親EU」を正面から打ち出し、極右の国民戦線(FN)のルペン党首に勝利したマクロン大統領の挑戦を挫折させることになりかねない。そしてそれは、次期仏大統領に極右を召喚することにつながる恐れすらある。

しかしこの点は選挙戦で論じられなかった。ドイツは今やEU諸国の内政も左右する存在となったが、自らはその権力性に無自覚だ。パワーの大きさに比して、それに応分の働きをしない「自覚なき覇権国」といえる。そしてメルケル政権の基盤が弱体化した現在、こうした面が改善される可能性は低い。当面注目すべきは、財政規律の権化であり、他国に構造改革を迫ってきたショイブレ氏が退任した後の財務相ポストの行方だ。

◇   ◇

一方でドイツ経済は依然好調を保っている。世界最大の経常黒字国となり、失業率も低く、国家財政は健全だ。しかしその陰で実は国内問題も山積している。財政均衡に固執するあまり公共インフラ投資は不足している。社会の高齢化・人口減少は深刻だ。また低賃金労働が所得格差を広げている。そして難民・移民をいかにして社会に統合していくのか。これらはいずれも放置すれば不満が爆発しかねないが、これまでのメルケル政権のような受け身の姿勢では抜本的改善は見込めない。

後世から「メルケル時代」はどう評価されるか。それはこの4期目にどれだけメルケル首相が、EU政策にせよ国内政策にせよ、大胆さを発揮できるかにかかっている。>(以上)

メデイアは「難民」や「移民」の受入に反対する人や政党を極右呼ばわりして貶めようとしますが、それは国民の自然な感情では。異質なものが入ってくれば免疫反応を超すのは当然です。閾値を超えてしまえば国民の拒否反応は当然です。キリスト教徒とイスラム教徒の両一神教では猶更です。世俗国家と言っても、相手のイスラム教徒は原理主義者かも知れませんし。

「移民」の受入と言う意味ではイスラエルの入植はどうなのでしょう?形を変えた「移民」にも見えますが。勿論相手国への侵略の一方法でしょう。中国のブータンへの入植はどうなのでしょうか?イスラエルは非難され、中国は黙認されています。二重基準と思うのですが。

「移民」拡大を許せば、中国の人口侵略は止められません。共産国は国民に自由を与えない代わりに、自由主義諸国の自由を逆手に取って、自国有利の政策を享受します。日本は「移民」の受入を今以上に制限し、帰化条件を厳しくすべきです。反日国家の中国と韓国のビザ免除も止めるべきです。

EUの今後ですが、グローバリズムはナショナリズムの力によって勢いが削がれるのでは。今度のAfDの議席獲得がそれを表しています。トランプ大統領の誕生もそうでした。ポピュリズムと言ってメデイアは非難しますが、国民の選択を上から目線で非難することはできません。それこそ「ドイツ国民の選択肢」でもありましたので。

9/26宮崎正弘氏メルマガ<ドイツ常識派「ドイツのための選択肢」、いきなり第三党に躍進 ゼロから94議席、メルケル与党は65席も激減の敗北>

http://melma.com/backnumber_45206_6588070/#calendar

10/2宮崎正弘氏メルマガ<どこまで間抜けで、莫迦なドイツなのか 腐敗する中国からの投資を歓迎し、人権批判は口だけという醜態>

http://melma.com/backnumber_45206_6590550/

今度のAfDの議席獲得は、反移民だけでなく反EUの動きに繋がる一歩かも知れません。

記事

ドイツのウォルフガング・ショイブレ財務相の75歳の誕生会に出席したアンゲラ・メルケル首相(2017年9月18日撮影)。(c)AFP/THOMAS KIENZLE〔AFPBB News

(文:中村登志哉)

【ベルリン発】 9月24日投開票のドイツ連邦議会選挙(法定定数598)は、与党第1党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が第1党の座を維持し、アンゲラ・メルケル首相の4選が事実上確定した。ドイツ戦後史上、最長のヘルムート・コール首相の在任16年と並ぶ長期政権を視野に入れる。

衝撃的だったのは、社会民主党(SPD)との大連立与党は、得票率が前回比13.8ポイントの大幅減(選挙管理委員会暫定最終結果)となったため、メルケル首相にとっては、手放しで喜ぶことのできない「ほろ苦い勝利」だったことである。

次期政権の枠組みは今後の協議次第だが、第2党のSPDが早速、大連立の継続を拒否する姿勢を見せたため、当面はリベラル派の自由民主党(FDP)と、環境保護政党「90年連合・緑の党」との3党連立を軸に進むとみられる。だが、政策調整は容易ではなく、連立協議は難航する可能性がある。

特筆すべきは、結党からわずか4年の右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が初めて国政進出を果たし、いきなり第3党に躍り出たことである。今回の選挙結果がドイツ、あるいは国際社会、欧州にとって意味するものとは何だろうか。AfDを中心に、現時点の材料を基に考えてみたい。

右派ポピュリスト政党の議会初進出

メルケル首相の続投は、ユーロ危機や難民問題などはあったものの、財政黒字やほぼ完全雇用に近い失業率3.7%(今年7月)に象徴される、好調なドイツ経済、第2党のSPDとの安定した政権運営が一定評価されたとは言える。しかし、CDU・CSUの得票率33%は、前回比で大幅減というのはもちろん、1949年(31%)以来の低い水準の得票率で、勝者というよりは敗者の位置づけだ。

メルケル首相は9月25日の記者会見で、国内外のメディアを前に「(第1党に選ばれたことは)有権者からの負託を受けたということであり、その責任を果たしていく」と語ったが、勝利とは程遠い、硬い表情が目立ったのは無理からぬことだった。

この敗因の1つは、間違いなくメルケル首相の難民政策だ。中東から大量の難民が押し寄せ、その数はピークの2015年に約100万人に達した。これほど多数の難民受け入れに対し、財政負担や治安への不安から、与党内からも難民受け入れの規制を求める声が上がったが、メルケル首相は基本法(憲法に相当)が規定する難民に対する庇護権を理由に、難民を歓迎する姿勢を変えなかった。その結果、昨年8月下旬に実施された世論調査機関「エムニド(Emnid)」による調査では、メルケル首相を首相候補とすることに50%が反対するほど人気は一時低迷した。

ところが、欧州連合(EU)とトルコとの協定により難民流入が落ち着くと、メルケル首相の人気は徐々に回復したのである。

メルケル首相の難民政策に対する批判を追い風に受け皿として急伸したのが、今回の選挙で連邦議会への初進出を果たしたAfDである。連立与党が失った分にほぼ匹敵する12.6%の得票率を記録した。

一枚岩ではない「AfD」の内情

2013年に結党されたばかりの同党は当初、経済学者のベルント・ルッケらが反ユーロを旗印に設立したが、難民問題を背景に、フラウケ・ペトリら党内右派が次第に実権を握り、反難民、反イスラムの主張を掲げるようになった。結党からわずか4年の間に、全16州のうち既に13州の州議会にも進出を果たし、着実に政界に足場を築いて、ついには国政における発言権を確保した。

結党以来、担当記者として同党を観察してきた時事週刊誌『シュピーゲル』のメラニー・アマン氏は、今年刊行した著書『ドイツにとっての不安』で、共和党やドイツ国家民主党(NPD)などの極右政党が浮かんでは消え、結局、連邦議会進出までには至らなかったことと対比し、AfDがなぜ州議会に根を張り、連邦議会進出を窺うまでになったかを論じている。

すなわち、創設者の1人であるルッケは、ハンブルク大学教授で経済学者という社会的地位の高い人物で、これまでの極右政党とは一線を画し、十分なカリスマがあったと評価する。しかしそれだけではAfDの躍進を説明することは困難で、同党を大きく飛躍させたのは難民の大量流入だった、とも指摘する。

ユーロ危機以来、経済不振に苦しむ南欧諸国の肩代わりをさせられるのではないかというドイツ市民の懸念に加え、大量流入する難民、特にドイツに同化する姿勢がみられないイスラム諸国からの難民に対する潜在的な不安感は既に広がっており、それが今般の難民問題で一気に噴出したというのである。

ドイツにおいては、ナチスへの反省から、排外主義的言論が許容されてこなかったが、いまやそれを受け入れる土壌が整えられていたというのが同氏の見方だ。『Angst für Deutschland』という同書の原題の頭文字をとるとAfDであり、右派ポピュリスト政党AfDがドイツにとっての不安になっている、ということを示唆している。

事実、投票日当日の9月24日夜には、AfDの選挙パーティーが開かれていた旧東ベルリンのアレクサンダー広場に数百人から1000人の若者らが集まって抗議デモを展開。「ナチスは出ていけ」「人種差別主義は選択肢にならない」などとシュプレヒコールを上げ、排外主義を掲げるAfDが連邦議会に初めて進出することへの強い反発や不安を裏付けた。抗議デモはハンブルクやフランクフルトなどドイツ各地で行われた。

ただし、急速に膨張した同党も一枚岩とは言い難い。同党幹部らとともに選挙結果に関する25日の記者会見に臨んだペトリ党首は冒頭、多数の記者団を前に、「私はAfDの院内会派に所属するつもりはない」と言い放って途中退席し、その後、離党の意向を表明、同党が分裂含みであることを強く印象付けた。

なるほど大政党は同党を連立協議の対象とはしていないので、同党の政策が政府の政策に直ちに影響を与えることはない。しかし、第3党となった同党からの批判圧力にさらされ続けることにはなる。副党首のアレクサンダー・ガウランドのように、過去にCDUに在籍していた者もおり、同党やその分派がいずれCDUなどと連立を組む可能性はあり得ると、アマン氏は指摘する。

いずれにしても、同党の国政進出はドイツの政党地図を大きく塗り替えた。

「対中傾斜」の可能性

大量の難民受け入れがピークに達した2015年、メルケル首相は米誌『タイム』で「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、自由世界のリーダーに擬せられたことがある。西側世界の重要なリーダーの1人であることは疑う余地がなく、今後も国際舞台で欧州のリーダーとして君臨するだろう。

しかし、メルケル首相を取り巻く国際環境は変化した。今年5月26、27両日にイタリア南部シチリア島タオルミーナで開催された主要国首脳会議(G7)から帰国したばかりのメルケル首相は、ミュンヘンでの選挙集会で、「われわれ欧州人の運命を他国に委ねる時代はある程度終わった」と述べ、その真意を巡って国際的波紋を広げた。「他国」に、トランプ大統領率いる米国が念頭にあることは明らかだった。

北大西洋条約機構(NATO)加盟国に国内総生産(GDP)2%相当の防衛支出を求める米国に対し、ドイツは1.2%と大きな溝がある。加えて、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱を表明した米国には批判的だ。さらには、シリアなどからの難民受け入れを拒否し、ドイツに対して対米貿易黒字の改善を求めるなど保護主義的立場のトランプ大統領に対し、大量の難民を受け入れ、自由貿易体制の重要性を訴えるメルケル首相の立場は対照的だ。

他方で、ドイツはシュレーダー政権以降、中国との関係を深め、特に経済関係の深化は目を見張るものがある。連邦統計庁が発表した2016年の貿易統計では、中国は輸出国として第5位、輸入国としては第1位で、ドイツの最大の貿易相手国はいまや、前年首位だった米国を抜いて中国である。

メルケル首相は毎年のように、企業経営者らを引き連れ、訪中を繰り返してきた。ドイツ企業による対中投資や輸出がドイツの現在の好調な経済に大きく貢献していることは疑いの余地がない。

中国側も、ドイツ企業の買収やドイツ進出を積極的に進め、経済の相互依存は大きく進んだ。一方的に貿易収支の改善を求める米国との間でますます溝が広がるようであれば、ドイツが経済的にも一層の対中傾斜に動く可能性が懸念される。

中国への警戒感

しかしながら、ここへきて、ドイツやEU側は中国に対して警戒感を強めている。中国側が、とりわけ安全保障上必要な技術を持つ企業を狙って買収を進めている可能性が疑われるからである。欧州委員会は9月14日、中国など域外企業による欧州企業買収に対する審査強化案を発表した。情報技術、軍事、宇宙分野など戦略的に重要な企業やその技術が外国、特に政府系企業の手に渡ることを防ぐことを目的としている。

背景には、中国企業が昨年、ドイツの産業用ロボット大手メーカーの買収を発表するなど、安全保障に影響を与える企業買収に対する懸念の声がドイツ国内に出てきたことがある。ドイツはこうした事実を踏まえ、EUに対して買収規制の強化を求めていた。

また、ガブリエル外相は8月30日、訪問先のパリでの講演で、「もし私たちが、たとえば統一された対中戦略の構築に成功しなければ、中国は欧州の分断に成功するだろう」と述べ、中国に対する警戒感を示した。

近年では中国の欧州における主要な投資先になっているギリシャが、中国の人権状況を批判する国連人権理事会におけるEUの声明発表を阻止したほか、南シナ海における領土紛争に関する常設仲裁裁判所の判決を拒否した中国に対し、一部のEU加盟国が厳しい姿勢を取ることに反対したことを挙げ、中国側が経済力を利用する形で欧州の分断を試みることへの警戒感を示したのである。

中国への行き過ぎた傾斜は、南シナ海や東シナ海における中国の帝国主義的行動への批判を控え、黙認する姿勢に陥りかねない可能性がある。事実、メルケル首相は2005年の就任当初は、シュレーダー前首相とは違って、中国における人権の尊重や言論の自由について言及していた。にもかかわらず、近年は発言を控えるようになり、ドイツ国内からも批判が出ている。

こうした外交姿勢は、米国や日本、豪州やインド、東南アジア諸国などからも疑念を招く可能性がある。メルケル首相が経済一辺倒ではなく、国際秩序安定の観点から、よりバランスの取れた対中関係が求められていることを認識するかがカギと思われる。

ちなみに、中国における経済進出という面では、日本はドイツと競合関係にあるが、G7などの場を通して、北朝鮮の核・ミサイル問題で緊張が高まるアジアの秩序安定の意味からも、日本はドイツ側との意思疎通を深め、相互理解を図ることが今ほど重要なことはない。

ユーロ改革「独仏協議」難航か

欧州レベルでは、フランスのマクロン大統領との独仏協調を軸に、欧州統合の進展を目指すことになる。最大の課題は、ユーロ危機の再来を防ぐべく、ユーロ改革にどう取り組むかである。しかしながら、今般の選挙戦を通して、EUあるいはユーロなどの欧州レベルの課題が議論されたとは言い難く、関心も高いとは言えなかった。

ユーロ改革に関しては、マクロン大統領が経済相在任中の2015年、ドイツのガブリエル副首相(当時)と独仏共同案として、ユーロ圏予算の立ち上げとユーロ圏財務相の新設を提案したことがあり、財政移転を含むユーロ圏の統合深化の方向を初めて示した。

しかしながら、ドイツはギリシャ危機の際にそうであったように、ギリシャに対し厳しい財政緊縮を求め、財政移転には極めて慎重な姿勢を取ったことで知られる。ドイツは好調な経済もあって財政黒字だが、それでもドイツの血税を経済不振の南欧諸国に振り向ける財政移転には抵抗が極めて強い。メルケル首相もこれまでは財政移転に否定的なため、マクロン大統領との調整には曲折が予想される。

さらに今回の選挙結果を受け、ショイブレ財務相が留任するのか交代するのか、あるいは連立パートナーから後任を出すのかなどによっても変わる可能性がある。特にFDPのリントナー党首は、経済的に厳しい加盟国にはユーロ圏からの退出をしやすくすべきだという、ユーロ圏の財政統合深化とは逆の方向性を打ち出しており、もしFDPを含む連立政権になった場合には、独仏両国の政策調整はより難航する可能性がある。

英国離脱後のEUでの役割

トランプ大統領が「EUはドイツの乗り物」と発言したように、欧州における1人勝ちといわれる経済と、メルケル首相に象徴される政治力とにより、欧州におけるドイツの覇権論が議論されるようになった。

長らくフランスの政治力、ドイツの経済力が両輪となって欧州を率いてきたが、英国の歴史家ティモシー・ガートンアッシュによれば、かつてフランスのミッテラン大統領は、東西ドイツ統一を支持する見返りに、ドイツの強さの象徴だったドイツ・マルクを捨てさせ、ユーロの導入を求めた。ところが、ユーロ導入によって利益を得たのは図らずもドイツであり、ヨーロッパの運転席に座ったため、フランスは最前席から放り出された、という見立てである。

ナチスの過去を持つドイツは、これまで前面に出る形で、EUにおいて政治的なリーダーシップをとることに慎重だった。だが、英国もEUを離脱し、EU内のパワーバランスが変わっていく中で、果たして英国離脱後のEUでどんな役割を果たしていくことになるのか、世界が注視している。

中村登志哉 名古屋大学大学院情報学研究科教授、附属グローバルメディア研究センター長。1960年生まれ。メルボルン大学(豪州)政治学研究科博士課程修了、Ph.D.(政治学)。共同通信社外信部記者・ウィーン支局長、長崎県立大学教授、名古屋大学大学院国際言語文化研究科教授を経て、2017年4月より現職。著書に『ドイツの安全保障政策―平和主義と武力行使』(一藝社)、編著に『戦後70年を越えて―ドイツの選択・日本の関与』(一藝社)、共著に『Power Transition an International Order in Asia: Issues and Challenges』(Routledge, 2013)、『Strukturen globaler Akteure: Eine Analyse ausgewählter Staaten, Regionen und der EU』(Nomos Verlag, 2010)、訳書に『ドイツ統一過程の研究』(ゲルトヨアヒム・グレースナー著、青木書店)などがある。

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