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1/11日経『欧州に反移民の火種 反イスラム感情、極右が利用』『EU、域外から年100万人超 貴重な労働力に』記事について

1/11TV「報道2001」でフランスのテロ事件で、フランス人が解説し、週刊紙シャルリエブドの編集長兼風刺漫画家ステファン・シャルボニエのことを「日本で言えば宮崎駿のようなもの」と言っていましたが、違うと思います。宮崎駿は人の感情を害するようなアニメは作っていません。風刺漫画と言えども節度はあるべきで、彼は超えてはならない一線を越えていると思います。だからと言って殺戮されることはありませんし、犯人及びテロは許されません。本来風刺とは他人を傷つけるのではなく、見た人が「クス」と笑えるものであったはずです。江戸時代の判じ絵のようなものです。機智に富んだものこそが歓迎されるべきです。言論の暴力は許されません。人間の欲情に訴えれば猥褻物・売春と同じく需要があるので売れるでしょう。キリスト教もイスラム教も一神教で「絶対者への帰依」では同じであって、預言者が違うだけではないかと一神教でない人間は思うのですが。キリスト教のネストリウス派は「キリストは神性と人性において2つの位格を持つ」と言って異端扱いになりましから、キリストは預言者ではなく神と思って信仰している人が多いのかもしれませんが。

移民には反対です。日本を愛せない反日を刷り込まれた人たちがたくさん入ってくれば、日本が日本でなくなってしまうからです。記事中に「移民は人口減を解決し、税や社会保障の担い手となる。移民の受け入れの是非を問う時代はとっくの昔に終わり、欧州は移民とともに生きる選択を下したはずだ。」とあるのは典型的な左翼リベラルの発想です。グローバリズムが正しいと思っているようですが、それは経済的観点からのみ見ているのであって安全保障について考えていません。ドイツはトルコ人を労働力として受け入れ、アメリカのリンカーンの黒人奴隷解放も北部の工業化で南部黒人の労働力が必要だったからという面もありました。単純に人が足りない、人口こそ経済力という発想では国を危うくします。現実に日本では「税や社会保障の担い手」になるのでなく、「生活保護」を受ける目的で入ってくる人もおります。法の不整備と運用のまずさが原因ですが。その国の文化・伝統・習俗(=生活様式)を尊重=「入郷随俗」できないのであれば、帰国して貰うべきです。マスメデイアは「人類愛」を常に謳い上げますが、自分で体を動かす、自分で金を出すようなことをしません。常に「他人の褌」を利用しようとします。極右という表現は彼らが極左だからそう見えるだけで、フランスの「国民戦線」は「移民反対」を主張しているだけです。勿論、金美齢女史や石平氏のように日本人以上に日本を愛してくれる人であれば帰化は大歓迎です。反日に徹する共産党、社民党、民主党に投票する日本人も多様な価値観の尊重と言う面では「仕方がない」と思いますが、良く彼らの言動を調べてからにしてほしい。中国共産党、北朝鮮(朝鮮総連)、韓国から支援を受けていますから。

フランスの国民戦線はEU議会選でフランス国内の25%の支持を集めました。フランス人の25%は極右と言うのでしょうか?メデイアの都合が悪いことは報道しないだけです。良く斟酌しませんと。小生宛送られて来ました阪急交通社の「トラピクス新春号」には中韓観光は入っていませんでした。国民が受け入れなくなってきていることを会社も実利で判断し出したということでしょう。

『欧州に反移民の火種 反イスラム感情、極右が利用』

【ベルリン=赤川省吾、パリ=竹内康雄】パリの連続テロは9日、発生から50時間あまりで実行犯3人が当局に射殺される形で幕を閉じた。だが、移民出身のイスラム過激派が多くの死傷者を出す事件を引き起こしたことで、欧州社会には深い爪痕が残った。急増する移民は経済成長をもたらす半面、文化摩擦の火ダネとなりかねないもろ刃の剣。事件の再発防止のためにも社会との融合をどう探るかが改めて課題となる。

 週刊紙シャルリエブドの銃撃事件が起きると、仏野党で極右・国民戦線のルペン党首は水を得た魚のように動き始めた。

 「イスラム過激派との戦争に入る」。8日、仏テレビの取材に「戦争」という言葉を使ってまで過激派を徹底的に取り締まるべきだと主張。翌9日にはオランド大統領と面談し、「こうした議論を取り上げるのが我が党だけなのは嘆かわしい」と毒づいた。

 フランスでは2017年に大統領選が控える。増える移民に不安を持つ保守層や、現状への不満を外国人にぶつける低所得者の票が目当てなのは明らかだ。

 社会にくすぶる反イスラム感情をあおる動きは欧州各地に広がる。

 ドイツで外国人の排斥を訴える組織「ペギーダ」は12日に大規模デモを計画。2月には運動をウィーンに広げるという。

 メディアがテロの標的となり、欧州の基本的な価値観である「報道・表現の自由」が危機にさらされたと欧州社会は受け止める。イスラム系住民は欧州の価値観を尊重していないのではないか――。そんな不安の高まりに乗じて極右が支持を広げようとしている。

 だが反移民の動きが燎原(りょうげん)の火のごとく燃え広がり、「欧州社会と移民の対立」に発展するのを止めようとする動きもある。

 独紙フランクフルター・アルゲマイネは10日、1面でイスラム教自体を敵視するのはやめるべきだと主張。独ハンブルクのイスラム教の宗教指導者は地元テレビにテロを非難する声明を出した。

 一部のイスラム系の若者が過激派に走るのは、経済格差とともに、欧州社会から疎外されているとの受け止めが底流にある。反移民感情の火ダネを完全に消すためには、移民が職を得るチャンスを高めること。幼年期からの教育を充実させ、採用段階での差別をなくし、相互理解を促すことも必要だ。

 黄禍論や反ユダヤ主義、あるいはロマへの差別など欧州には「文化への脅威」あるいは「異分子」という口実で少数派を排斥した苦い経験がある。第2次大戦前、ポルトガルからフランスに渡った移民は差別に苦しみ、ドイツでは戦後、イタリアの労働者が色眼鏡で見られた時期もあった。文化の違いが大きい域外からの移民の融合には時間がかかる。

 移民は人口減を解決し、税や社会保障の担い手となる。移民の受け入れの是非を問う時代はとっくの昔に終わり、欧州は移民とともに生きる選択を下したはずだ。

 オランド仏大統領は「(今回の犯行は)イスラム教とは無関係」と語った。メルケル独首相も反イスラム運動を批判する。移民を取り込んだ新しい社会を作れるかどうかに欧州の未来がかかる。

『EU、域外から年100万人超 貴重な労働力に』記事

【パリ=御調昌邦】欧州連合(EU)は近年、域外から年間110万~140万人台の移民を受け入れている。EUは移民が無ければ人口が減少し始める見通しとなっており、長期的には貴重な労働力としても期待される。

 EUの執行機関である欧州委員会が昨春にまとめた資料によると、EUから出て行った人を差し引いた移民の純増数は年間50万~70万人台。EU内に居住する域外の国籍を持つ人は2千万人強で、人口の約4%を占める。

 出身国別ではトルコが最も多く、2位はモロッコ。10位以内にはパキスタンも入っている。仏紙襲撃事件が起こったフランスでは、旧植民地であったアルジェリアやモロッコなどからの移民が多数を占める。

 近隣国に比べて裕福なEUへの移住希望は強く、2012年には約70万人がEUの市民権を得たほか、移民や難民の2世なども増えている。

 EUでは将来、高齢化に伴ってサービス業や運輸などを中心に労働力不足が深刻になるとみられ、労働力を確保するために移民を受け入れてきた。EUの共通移民政策の下で、合法的な移民に対しては社会に適応できるような政策を進める一方、違法移民については取り締まりを強化している。

process of imigrant in eu imigrant in europe

 

1/10日経『中国消費者物価5年ぶり低水準 緩和期待で株価急騰 実体経済に資金回らず』記事等について

下記の2つの記事から、中国の金利引き下げは実体経済にプラスにはなっておらず、お金が不動産でなく株に向かっているというもの。でもグラフを見ると卸売物価が下がっているので、消費者物価もいずれ下がるとなると、インフレを起こして、債務を軽減する政策とは合わなくなります。経済主体合計で21兆も債務があるのでインフレ策しか打てません。

しかし、中国国内、海外の競争が激しいので企業は価格を下げてライバル潰しを図ります。これが卸売物価下落の要因です。今に始まったわけではありませんが。売れないと苦しいし、技術に差がないために価格に頼ります。不動産も企業間で転売し、価格を吊り上げようとしても理財商品のデフォルトを考えると購入できません。それで株式に回っているとしても海外からの資金が入ってきて市場を攪乱しているのかどうか。上海市場が小さいため、少し資金を入れると敏感に反応するのかは門外漢で分かりませんが。どちらにしろ、中国への投資は避けた方が良いし、既に投資した分は早く回収するようにした方が良いと思います。

記事

【北京=大越匡洋】中国の2014年通年の消費者物価指数(CPI)の上昇率は2.0%で、5年ぶりの低水準になった。景気の減速を映し、経済の「体温」である物価の伸びは鈍い。金融緩和で景気を下支えする余地は広がったが、追加緩和への期待から株価が急上昇する投機的な動きは根強い。実体経済に資金がなかなか行き渡らないひずみも目立つ。

住宅市況の冷え込みが景気減速の起点に(北京の開発現場)=ロイター

中国国家統計局によると、CPIは14年9月以降、4カ月連続で1%台半ばの低空飛行が続いた。14年通年ではリーマン・ショック直後の09年(0.7%下落)以来の低い伸びとなり、13年と比べても上昇率は0.6ポイント鈍った。中国政府が14年の抑制目標として想定していた「3.5%」を大きく下回っている。

デフレ状態ともいえるのが企業間の取引だ。卸売物価指数は14年12月に前年同月比3.3%下落し、前年比マイナスが3年近く続く。14年の深刻さは、前月比でみるとさらにはっきりする。13年までは前月より卸売物価が上昇する月もあったが、14年は一貫して前月の水準を下回り続けた。

深圳が地盤の不動産開発会社、佳兆業集団は14年12月末が期限だった銀行融資を返済できなかった。ほかの借入金や債券についても債務不履行(デフォルト)の可能性がある。住宅市況の冷え込みをきっかけに景気の減速感が強まり、企業の資金繰りに波及した格好だ。

経営状態の悪い企業の淘汰は、中国がより効率的な産業構造をめざすうえで必要な痛みだ。だが、連鎖倒産を招けば、景気全体が腰折れしかねない。中国人民銀行(中央銀行)は14年11月、ほぼ2年4カ月ぶりに利下げし、同年末には銀行の預金と融資の比率に関する規制も緩和した。中小企業や民営企業の資金調達難を和らげる狙いだ。

ところが、人民銀の思惑通りの効果が出ているとは言いがたい。企業業績が低迷しているにもかかわらず、上海株式市場の上海総合指数は人民銀の利下げ後に上昇ペースを急激に速め、最終的に14年の通年の上昇幅は50%を超えた。年明け以降も3300前後と約5年ぶりの高値圏を維持している。

長引く住宅価格の下落で行き場を失った投機資金が、追加の金融緩和など政策への期待から株価を押し上げた形だ。一方で、重慶市の中小企業経営者は「銀行融資の金利はなかなか下がらない。逆に理財商品の運用利回りが低下し、手元資金は苦しくなった」と話す。

市場では「3月までに預金準備率の引き下げがある」(ANZ銀行)と追加の金融緩和を予想する声は多い。増えたマネーが実体経済にうまく回るかどうかが中国景気の安定を左右しそうだ。

china wholesale price

1/8産経ニュース 石平氏『不動産バブル、破裂するかも』記事

国家直属シンクタンクが公言 中国実体 経済は確実に、大幅に沈没する

2015年、中国という国は一体どうなるのか。本欄はこれから2回連続で、経済と政治における「中国の2015年」を概観的に予測していくこととする。

今回はまず経済の予測に当ててみよう。

年明けの1日、重要な意味をもつ数字が手に入った。中国指数研究院は、またもや「昨年12月の全国100都市の不動産平均価格が前月より下がった」と発表したのである。これで昨年5月から連続8カ月の下落であり、本欄が数年前から予測している「不動産バブルの崩壊」は確実に進んでいるように見える。

実は昨夏あたりから、中央政府と地方政府は「救市(不動産市場を救うこと)」と称して、久しぶりの利下げを断行したり、不動産購買への規制をことごとく撤廃したりして必死の努力をしていたのだが、不動産市場の低迷と価格下落を食い止めることはできなかった。

「政府はいつでも不動産価格をコントロールできるからバブルの崩壊はない」という中国式の神話は今や破れつつある。

問題は、今年はどうなるのかである。昨年末に発表された中国社会科学院の「住宅白書」は、14年の住宅市場に関して「投資ブームの退潮、市場の萎縮、在庫の増加」などの問題点を指摘した上で、「15年の住宅市場は全体的に衰退するだろう」との予測を行った。

そして昨年12月29日、国務院発展研究センターの李偉主任は人民日報に寄稿し、15年の経済情勢について「長年蓄積してきた不動産バブルが 需要の萎縮によって破裂するかもしれない」と語った。

国家直属のシンクタンクの責任者が「不動産バブル破裂」の可能性を公然と認めたのは初めてのことだ。前述の社会科学院白書と照らし合わせてみると、どうやら中国最高の頭脳たちの間では、不動産バブルがそろそろ崩壊してしまう、と いう共通認識が既に定着しているようである。

今の趨勢(すうせい)から見ると、本格的なバブル崩壊がまさにこの15年に起きる可能性が大である。それが現実に起きれば、中国経済全体は一体どうなるのか。

これまで不動産業は中国経済の支柱産業だと呼ばれていた。09年1年間、土地譲渡や住宅販売などによって生み出された不動産関連の経済価値総額が7・6兆元(約150兆円)に上ったという試算がある。それは同年の中国GDP(33・5兆元)の実に2割以上を占めている。

09年以降もずっと不動産投資の伸び率は経済全体の伸び率の「倍以上」を維持しているから、GDPに占める不動産業の比率は今もそう変わっていない。

しかし今後、バブルの崩壊に伴って不動産業が「全体的に衰退する」となれば、中国経済の受ける打撃は「成長率の1、2%低減」という程度のものでは収まらない。

さらに問題は、中国政府が表した昨年の「7%台の経済成長率」が実に疑わしい、という点である。

一国の生産活動の盛衰を見る重要指標の一つが電力の消費量であることはよく知られる。13年、政府公表の成長率は7・8%であったのに対し、この年の国内の電力消費量の伸び率も同じ7%台の7・5%であった。

しかし、14年、国内の電力消費量の伸び率は急速に落ち、13年の半分程度の4%程度となっているから、昨年の成長率が依然7%台であるはずはない。既に数%台に落ちていた可能性が十分にある。

だとすれば、支柱産業の不動産業が「全面的衰退」を迎えるこの15年、中国経済の高度成長は完全に止まってしまい、場合によっては「マイナス成長」の悪夢が襲ってくることもありうる。

結論からいえば、15年の中国の実体経済は確実に沈没してゆくこととなるのである

1/9日経ビジネスオンライン 北村豊氏『大みそかの惨事より指導者の祝辞を優先 報道規制撤廃のカウントダウン、はるか遠く』の記事について

昨年末に起きた上海市の事故を挙げて、中国には報道の自由=言論の自由(政府を批判する自由)がないことを憂えている記事です。何清漣の言う党の喉と舌の役割を担う宣伝部がある限り言論の自由は望むべくもありません。事故は金券を撒いたことが原因と言う報道もありますが真偽のほどは分かりません。嘘で塗り固められた国ですので。今世紀に入って、政府批判でなければ報道を許されるようにはなってきている(=一部の表現の自由)ので少しは進歩しているとは思います。

話は変わりまして、フランスでイスラム過激派が左翼リベラル新聞社を襲いました件につき、欧米は表現の自由の侵害として非難しております。テロを容認・称賛するつもりは全くありませんが、表現の自由に値するかどうかはもっと議論があって然るべきかと。他者の信仰する宗教の預言者を風刺の対象とするのは如何なものでしょう。裏に人種差別とキリスト教優位の臭いがあるようで不快な気になります。世の中を導いてやるといった傲慢・横柄な白人の像です。日本のリベラルの好きな多文化共生から逸脱するのでは。他者を尊重しない風刺はヘイトスピーチ以外の何物でもありません。日本の左翼リベラルは何故声を上げて止めさせないのか不思議です。まあ、彼らは人権を手段にして、日本を貶め、日本の弱体化を図ろうとしているだけですから。

記事

上海市は2015年の幕開けを悲しみの中で迎えることとなった。あと25分で新年を迎える12月31日の11時35分にカウントダウンを楽しもうと集まった群衆による雑踏事故が発生し、死者36人、重軽傷者47人を出す悲惨な事件が発生したのだった。

光の祭典が一転、死者36人

2014年12月31日の夜、上海市民は4年前に始まって毎年の恒例行事となったカウントダウンの光の祭典を見ようと、“黄浦江”に面した“外灘(がいたん、バンド)”へ続々と押し寄せた。カウンダウンの光の祭典は、昨年まで外灘で開催されていたが、今年は会場を外灘の上流にある“外灘源”の“文化広場”に移して、5D(5次元)イルミネーションによる光の祭典が開催されることになっていた。ところが、この案内は12月30日に上海市政府「新聞弁公室」の“微博(マイクロブログ)”「“上海発布(上海公表)”」で通知されただけで、大多数の人々は会場が変更されたことを知らず、昨年同様に外灘で開催されるものと考えて、全長1.5kmの外灘の中心に位置し、一番見晴らしの良い陳毅広場横の堤防へ続々と押し寄せた。堤防の対岸は“浦東新区”であり、真正面には浦東のランドマークの一つである高さ468mのテレビ塔、“東方明珠広播電視塔”がそびえ立っている。

陳毅広場は上海のメイン通りである“南京東路”が外灘に沿って走る“中山東一路”にぶつかるT字路の外灘側にあり、中山東一路から石段を10段上ったところにある。陳毅広場とは、初代上海市長の陳毅(1901~1972年)の銅像が建てられたことから命名されたもので、広場から黄浦江の堤防に上るには、石段を3段上ったところに広いテラスがあり、そのテラスから幅5mの石段を8段上って1.5m幅の踊り場に到り、さらに幅5mの石段を9段登ることが必要である。なお、外灘の陳毅広場と外灘源の文化広場は約600m離れている。

この夜にカウントダウンの光の祭典を見ようと外灘へ詰めかけた群衆は約30万人。どこもかしこも、見渡す限り人、人、人の波で立錐の余地もない有様で、11時を過ぎると群衆の数はさらに増えていった。11時30分に文化広場で光の祭典が始まると、人々は我先にと堤防に上る石段に殺到し身動きとれない状態になった。ところが、すでに堤防の上にいた人々は光の祭典が外灘ではなく、外灘源で行われていることを知り、文化広場の祭典を見ることができる場所へ移動しようと石段を下ろうとした。

巻き添え避ける人が殺到、2度目の将棋倒しに

石段を下ろうとする人々と上ろうとする人々が横幅5mの石段に殺到した。下ろうとする人々の押し下げ圧力と上ろうとする人々の押し上げ圧力が衝突した結果、前者が後者を上回り、上ろうとした人々が将棋倒しとなり、石段に人々が積み重なる事態になった。この時、時間は11時35分。この突然の事態の発生に驚いた人々は巻き添えになるのを避けようと逃げ惑い、陳毅広場を横切って中山東一路へ出る石段へ殺到した。ここでも下ろうとする人々と上ろうとする人々が正面から激突し、上ろうとする人々が将棋倒しとなった。何と人々の将棋倒しは1度ならず2度も発生したのだった。両地点は阿鼻叫喚の巷と化し、人々の悲鳴と連れの家族や友人を探し求める悲痛な叫び声が辺り一面に響き渡った。

 この時、堤防の上から数人の若者が、逸早く堤防へ上ろうと石段へ殺到する群衆に対して“向后退(後退しろ)”と大声で叫び続けていた。これが事故の拡大を防いだことは、事故現場のビデオ映像から判明している。彼らの懸命な叫び声が無かったら、前へ前へと押し出す人々の圧力でさらに多くの人々が将棋倒しとなり、死者数は倍増していたことは想像に難くない。

 人々からの通報を受けた“公安局”の警官ならびに“消防局”の救急車は直ちに現場へ急行し、事故現場を封鎖すると同時に死傷者の搬出を行い、負傷者は“上海市第一人民医院”、“瑞金医院”、“長征医院”、“黄浦区中心医院”の4カ所に分散収容された。各医院は医師や看護師を総動員して不眠不休の態勢で懸命の救護活動を行った。中でも長征医院の青年医師“施曉雷”は12月31日の夜、退勤後に同僚と一緒に光の祭典を見ようと外灘へ出かけたところで偶然にも雑踏事故に遭遇し、率先して救護活動に参加し、負傷者の長征医院への救急搬送に付き添い、救急車の中で心肺蘇生を行うなどして活躍し、白衣の天使として賞賛された。

2015年1月1日午前11時に「“上海発布”」は「2014年12月31日外灘の陳毅広場における群衆による雑踏事件」による被害者数を死者36人、負傷者47人と発表したが、翌2日午前11時の発表では負傷者数が2人増えて49人に訂正された。1月3日午後1時には、「“上海発布”」で36人の死者の名簿が公表された。死者の名簿は1月2日までに2回に分けて公表されていたが、1月3日の午前中に死者36人中の最後の1人が“劉亜傑(女)18歳”であることが確認されたのだった。

最年少は12歳、多くの若い命が失われた

死者36人の名簿を見ると、最年少は“毛勇捷 (男)12歳”であり、最年長は“都双華 (男)37歳”であった。死者の年令別では10代7人、20代27人、30代2人であり、男女別では、男11人、女25人であった。死者36人の中には、台湾から短期出張で上海に滞在していた会計事務所職員の“周怡安(女)23歳”並びにマレーシア国籍の華人留学生“Tan Wei<中国名:陳蔚>(女)21歳”が含まれていた。10代の7人の構成は、12歳の男の子1人を除くと17歳1人、18歳1人、19歳4人であり、20代の27人を加えれば33人が最も楽しい青春時代に尊い命を事故によって失ったことになる。負傷者47人の中の7人は傷が軽微で応急処置後に医院を離れたが、残る40人の内訳は重傷13人、軽傷27人であった。なお、負傷者には死亡した周怡安の同僚の台湾人2人とマレーシア人1人が含まれていた。

 さて、事件発生後、目撃者の証言により、事故現場から約60m離れた外灘18号番地にある“麦加利銀行大楼(チャータード銀行ビル)”3階の窓から米ドル紙幣に類似した“代金券(クーポン券)”がまかれ、群衆がそれを拾おうとして将棋倒しが発生したとの疑惑が浮上し、大きな反響を呼んだ。しかし、上海市公安局が調査を行った結果、クーポン券がまかれたのは11時47分頃で、雑踏事故の発生後であることが判明した。公安局は1月1日夜8時過ぎに、クーポン券のばらまきは将棋倒しとは無関係であったと正式に発表した。

ところで、年を越した翌1月1日の上海紙は前日の雑踏事故をどう報じたのか。1月1日付の“解放日報”は1面トップの見出しに「“習近平新年賀詞為偉大人民点賛(習近平が偉大な人民をたたえなければならないと新年の祝辞を述べた)”」を掲げ、雑踏事故については1面の最下段に“小小豆腐塊(小さな豆腐)”サイズで次のように報じただけだった。

“外灘陳毅広場昨夜発生群衆擁擠跴踏事故(外灘の陳毅広場で昨夜群衆の押し合いによる雑踏事故発生)”

本紙総合報道2014年12月31日夜23時35分頃、上海市黄浦区外灘の陳毅広場で群衆の押し合いによる雑踏事故が発生し、35人が死亡し、42人が負傷した。関係方面は迅速に救援活動を展開し、負傷者は上海市第一人民医院へ送られて応急措置された。

事故発生後、上海市はその夜のうちに作業チームを組織した。“韓正(上海市党委員会書記)”、“楊雄(上海市長)”は全力で負傷者の応急手当てと善後処置などの任務を果たすよう要求した。事故原因は現在調査中である。

元旦1面は習近平賀詞、事故は最下段に小さく

上海の3大紙は、解放日報、“文滙報”、“新民晩報”であるが、文滙報の元旦1面の構成は解放日報と全く同じで、雑踏事件に関しては1面最下段に「豆腐サイズ」で報じただけだった。一方、夕刊紙である新民晩報はさすがに1面トップが習近平の新年祝辞ではまずいと判断したのか、習近平の新年祝辞は2面に掲載し、1面トップには習近平が雑踏事件に関して「全力で負傷者を治療して救い、善後措置をちゃんとし、急いで原因を究明し、深刻に教訓を汲み取れ」という重要指示を行ったという記事を掲載した。また、2面の下半分および3~5面は全て雑踏事件関連の記事で埋まっていた。なお、1月2日付けの解放日報と文滙報の1面トップは上述した習近平の重要指示を掲載した。

中国、台湾、香港といった中華圏の国や地域にとって、西暦の1月1日は単に年が改まる「新年」であって、本来彼らが正月として新年を祝う“春節(旧正月)”とは異なる。従い、雑踏事件のような35人もの死者を出した大惨事が発生したのであれば、地元の上海紙は習近平の新年祝辞をさて置いても、雑踏事件を1面トップで報じるのがメディアとしての務めだと思うのだが、メディアを管轄する“上海市党委員会宣伝部”(以下「市宣伝部」)からの許可が無い限りそうできないのが中国メディアの悲しいところである。恐らく、1月1日早朝の新聞印刷を開始するまでには市宣伝部からの許可が間に合わなかったのだろう。現に台湾の“中国時報”、“聯合報”、“自由新報”は雑踏事件の発生を台湾人の死者1人、負傷者2人が出たことを含めて1月1日の1面トップで報じたし、香港の“蘋果日報(Apple Daily)”も1面トップで報じた。

一方、雑踏事件発生の翌日、2015年1月1日に市宣伝部は雑踏事件に関し、次のような厳しい報道規制の実施を上海市内の各メディアに対して通達した。

空前の報道規制、すり抜けるSNS

【1】ネット上ではニュースの出所を厳格にし、中央および上海市の主要ニュース機関の権威あるニュース原稿だけを採用すること。商業ウェブサイトの自主的な取材行為を厳禁し、“微博(マイクロブログ)”や“微信(中国版LINE)”などのソーシャルネットの情報、個人的な情報および海外メディアの情報を採用することを厳禁する。また、ネットユーザーが現場で発表した不完全、不正確な情報を採用することを厳禁し、現場の過激に凄惨で血なまぐさい写真を掲載することを厳禁する。

【2】各ウェブサイトは一律に雑踏事件をトップニュースとしてはならない。

【3】この事件を“反腐敗(腐敗撲滅)”に関連付けることを厳禁し、地域を蔑視したり、悪意の攻撃を目的とした情報を断固削除し、この事件に乗じて共産党や政府を攻撃したり、我が国の社会制度を攻撃する情報を断固削除する。

1月2日付けの香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」は、市宣伝部の雑踏事件に対する報道規制に関して、上海市の消息筋の言葉を引用して、「市宣伝部による厳格な報道規制は史上空前のものであり、上海市の役人は誰もが緊迫した局面にあると感じている」と述べたと報じると同時に、警察関係者の話として、黄浦区の役人や警察官の多くは今回の事件の責任を負わされて誰かがスケープゴートになる可能性があるとびくびくしているとも報じた。

市宣伝部が厳しい報道規制を敷いた背景には、雑踏事件が韓正や楊雄などの上海市指導部の政治生命に傷が付くのを避けようとする意図が明白であるが、今やインターネットの掲示板のみならず、“微博”、“微信”といったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて、ありとあらゆる情報が社会に流布する時代で、情報の隠ぺいは極めて困難である。それでも報道規制を敷くのは旧態依然として変わらぬ共産党の伝統と言える。

それでは雑踏事件の原因は一体何だったのか。上述したように、2014年大みそかのカウントダウンは、従来の外灘から場所を変えて外灘源の文化広場で開催された。このため、上海市公安局は警備の重点を外灘源に置いて多数の警官を配備したが、従来の会場であった外灘の警備は形式的なものに留めた。ところが、市民に対する外灘源への会場変更が周知徹底していなかったために、10~15万人もの人々が陳毅広場に集中し、混乱の中で将棋倒しが発生したものと考えられる。これは明らかに会場変更を広く市民に知らせることを徹底していなかった上海市政府の怠慢によるものと言えるが、これを認めれば上海市指導部の責任が問われることになりかねない。それを防止するには雑踏事件を報じるメディアを規制して、上海市指導部の責任が追及されないように市民を誘導するほかないのである。

報道規制がなくなるのはいつの日か

2012年6月30日の午後4時頃、天津市の管轄下にある“薊県”の繁華街にある5階建てのデパート“莱徳商厦”で空調の室外機から火が出たことによる火災が発生し、ビル1棟(焼損面積:約5000平方メートル)が全焼する大火となった。火災発生を知った同店の総経理(社長)は愚かにも、支払いを済ませていない客を逃すまいと、警備員にビル1階の出入り口のシャッターを下ろすよう命じた。このため、ビル内にいた多数の客と従業員は命からがら1階の出入り口までたどり着いたが、閉鎖されたシャッターに阻まれて脱出できず、相当数の人々が焼死した。これは火災の鎮火後にビル内から多数の焼死体が秘密裡に運び出されたことが確認されている。

しかしながら、7月6日に天津市政府が発表した同火災による死者数は10人に過ぎず、その内訳は従業員9人、客1人というものだった。これに異を唱えた民間の調査結果では死者は少なくとも378人で、公式発表の数字とは大きく食い違っていた。天津市政府の数字は、当時天津市党委員会書記であった“張高麗”が自己の政治生命に傷が付くのを恐れ、実際の焼死者数を隠ぺいすることを画策した結果であった。当然ながら、当時の天津市のメディアに対しては厳しい報道規制が敷かれたことは言うまでもない。この隠ぺい工作の結果、張高麗は2012年11月に中国共産党中央政治局常務委員に昇進し、2013年3月に序列第1位の国務院副総理に就任することができたのだった。

中国から報道規制がなくなるのはいつの日か。中国で大惨事が国家指導者の年頭祝辞より優先されて報道される日は果たして来るのか。大多数の庶民はそうした日がいつか来ることを望んでいる。ネット上に設けられた12月31日の雑踏事件の死者を悼む祭壇には1月1日から2日までの48時間に累計200万人が祈りを捧げたという。36人の死者の冥福を祈ります。

(下の写真は北村氏の記事ではなく、別のネットから探し出したものです)

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スマホに挑戦

本日頼んでいましたスマホが来ました。格安スマホでニフテイを使います。データと音声で月1600円です。

先ず本体を開けてSIMカードを入れるところから難渋。PCで調べてやっとセッテイング。

グーグルの設定はPCでやっていたので簡単。ところが、ガラケーの電話帳を移すのが大変。

半日以上かけてもうまくいかず、諦めました。昔の分は130件程度ですが、多分頻繁に使用しています

のは20件程度なので手入力するか、1/17(土)東大柏の葉キャンパスでのセカンドライフファクトリーのスマホサークルに

今度入会しましたので、そちらで聞いてやってみたいと考えております。

狙いは旅行中(特に海外)でもブログを掲載したいと思っているためです。

下はASUS(台湾)のZENFONE5です。

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中国共産党内の派閥争いについて

習近平の焦りが目に見えます。中国経済が崩壊しそうなので、その前に自分の派閥を作ってソフトランデイングを図ろうとの思いではないかと思われます。しかし、「党内で徒党を組み、派閥をなすことは断固容認しない」と言っておきながら、自派を形成しようとするのは「騙す方が賢く、騙される人は馬鹿」という中国人の面目躍如たるものがあります。中国の庶民は、政治家の発言は政敵を倒すだけの綺麗事というのは良く理解しています。平気で嘘がつける人たちなのだから、歴史についてでも改竄・捏造するだろうということくらい庶民は気がつけば良いのですが。究極のネポテイズムで、習派が勝利を収められるかどうかは分かりません。「団派+上海派」が巻き返すかも知れません。毛沢東の恐怖政治は情報がすぐ流れるネット時代にはできません。周恩来は「偉大なNo.2」と日本では評価されていますが、インテリにありがちな、豪胆さを持たない単なる臆病者です。朝鮮戦争の英雄、彭徳懐は廬山会議で大躍進政策が間違っていることを伝え、毛を一時的に権力の座から下ろさせました。それがため毛の恨みを買い、後に失脚しました。周恩来がそのときに毛に反対していればNo.2の地位は保てなかったはずです。毛は「政権は銃口から生まれる」と常々言っていましたが、習に軍の経験はないし、毛や鄧小平のカリスマ性もありません。あるのは主席と言う地位だけ。華国鋒は党主席でしたが鄧小平らによって打倒されました。同じことが起きるかもしれません。根拠はありませんが、可能性が高いのは暗殺、病死発表の流れと思っています。

1/5産経新聞 矢板明夫氏『“習近平親衛隊”形成の動き 元部下らを重要ポストに次々登用 党内勢力図に変化』記事     

中国の習近平国家主席は、汚職や横領などの名目で政敵になり得る有力者を次々と失脚させる一方、自身が地方指導者として勤務した時代の元部下らを重要ポストに登用、共産党内で新しい派閥を形成しつつある。上海閥、共産主義青年団(共青団)派と太子党という三大派閥の拮抗(きっこう)といわれてきた党内の勢力地図が、様変わりしようとしている。

習主席は30代から50代まで福建省と浙江省で計22年間勤務した。その際、両省を統括する南京軍区の幹部たちと頻繁に交流した。新しい「習派」は、最近中央入りした福建、浙江両省と南京軍区の幹部たちを中心に構成する。

習主席は浙江省で党委書記をしていた際、地元紙に「之江新語」と題するコラムを週一回掲載。いまは本にまとめられ、習主席の重要思想として全国の党幹部が学習している。このため一部の香港紙はコラム名から新しい派閥を、「之江派」と名付けている。

汚職官僚の失脚後に発表された後任人事などで習主席の元部下たちは昨年、次々と重要ポストにあてられた。強引な面は否定できず波紋を広げることも多かった。エネルギー政策を担当する国務院発展改革委員会副主任の劉鉄男氏が失脚すると、習主席の福建省時代の側近で、天津市政治協商会議主席という閑職にいた、何立峰氏が抜擢(ばってき)された。「何氏を処遇するために劉氏を失脚させたのでは」といった噂がながれた。

また、海軍政治委員に、海軍の経験が全くない陸軍出身の苗華氏を持ってきたことも、海軍内から大きな反発があったという。

習主席が昨年末、共青団派の令計画氏を失脚させた際、令氏が党内で勉強会を頻繁に開くなど積極的人脈づくりを行ったことを念頭に、「党内で徒党を組み、派閥をなすことは断固容認しない」との談話を発表した。にもかかわらず、自身は露骨な側近政治を展開していることに対し、党内で「言行不一致」といった不満の声が上がっている。

これまでの党内の三大派閥のうち上海閥は江沢民元国家主席が中心、共青団派は胡錦濤前国家主席の側近たちで固めていた。しかし元高級幹部子弟で構成する太子党は、習主席を中心とするグループではない。習主席より先輩格の政治家も多く、考え方も保守派から改革派まで幅広い。一連の人事による“習近平親衛隊“の形成は、今後の権力闘争に影響を与えそうだ。

1/6宮崎正弘氏メルマガ『中国権力闘争、団派は窮地に陥没したのか、捲土重来の最中なのか    江蘇幇(浙江省、江蘇省)雪崩。あらたに登場は「習近平」ボディガード派』記事

在米華字紙の『多維新聞網』は「江蘇幇」が「雪崩」に遭遇したと報じた。これから江蘇閥の落馬雪崩が開始されるだろう、という。

1月4日に江蘇省常任委委員兼任南京市当委員会書記の楊衛澤が拘束され、汚職の取り調べを受けていることが判明した。楊は「江蘇幇」のライジングスターとされた。

「四川省派」「石油派」「法政王国」「西山会」と次々に党内に形成されてきた派閥の幹部が失脚してきたが、この結果、新しくポストに就いているのが習近平派である。

太子党は団結しない横の連絡網のような存在だが、習近平は太子党出身者に拘らず、福建省時代の17年間、浙江省時代5年間で培った部下をつぎつぎと、失脚させた幹部の後釜に据えだした。

えこひいき人事の典型が南京軍区31軍司令官だった王寧がいきなり武装警察司令官にジャンプ。同軍区副司令官だった宋普選が、北京軍区司令官に大抜擢された。

つまり信頼できる部下で、習近平防衛の周辺を固めるという、いってみれば習近平の紅衛兵、あるいはボディガード部隊だ。

江沢民が牛耳ったのは『上海派』と呼ばれる利権集団だが、メガロポリス上海は北が江蘇省、南は浙江省。その南が福建省である。福建省の人々は江蘇人脈が大嫌いである。

すでに明らかなように「四川省閥」と「石油派」は人脈が折り重なり、薄煕来(重慶書記)と周永康は何人かの情婦を共有したほど仲のよい利益共同体だった。

ふたりの失脚によって数百の幹部が連座失脚し、それらの重要ポストを福建省時代の習近平の部下たちが多数埋めたとされる。だから「江蘇幇が雪崩」という比喩になる。

「西山会」というのは山西省を逆さまにもじった利益共同体で、さきごろ失脚した、胡錦涛の右腕でもあった令計画らの山西省閥を意味し、これらのポストもいずれ習近平の息のかかった者たちが就任するだろうと予測される。

したがって従来いわれた「太子党 + 団派」という習の連立政権に亀裂が生じ、これから団派が巻き返すか、どうかが権力党争の今後の焦点となる。

 ▼団派の領袖に奇妙な動きが始まった

動きが出た。団派のライジングスターで次期政治局常務委員入りは間違いないと言われる汪洋(副首相)は12月27日に奇妙な発言をしている。

「米国は世界のガイドであり、中国は喜んで米国のつくりあげたシステムに参加する」と言ったのである。

汪洋は米中戦略対話で、中国を代表し、G2などとおだてられてきた米中蜜月時代とはうってかわり、オバマ大統領は北京APECでも、中国の言う「新しい大国関係」に何ほどの興味も示さなかった。米中関係は突如、氷雨が降る極寒の関係となり、さらに中国がロシアと異常接近をはじめた動きに米国は不快感を示してきた。

その米国批判の前面にあった汪洋が転向ともいえる奇妙な発言をした背景には、米国の景気回復と対比的な中国経済の落ち込みを客観視して、時間を稼ごうとしている戦術なのか、或いは国内的には団派vs太子党という権力闘争の対決図を回避するために、団派が習近平に送ったシグナルなのか?

そして12月29日に習近平は演説し、「党内の団結が重要、派閥形成はしてはならない」と繰り返し、強調したのだった。

1/5産経新聞 河崎真澄氏『江沢民氏が海南省の「東山」で健在誇示 党内権力闘争で習指導部に反旗? 中国当局は情報をシャットアウト』記事 

中国の江沢民元国家主席(88)が海南省南東部の東山(海抜184メートル)を今月3日に訪れたとする地元民らの投稿や関連する報道が、中国本土のネット上から相次ぎ削除されていたことが5日、分かった。健在を誇示する狙いがあったとみられる江氏の動静を、中国当局がシャットアウトした格好だ。

4日付の香港紙、明報などによると、江氏は家族のほか、同省共産党委員会の羅保銘書記らとともに姿をみせた。江氏の健在ぶりが明らかになったのは昨年10月、北京の中国国家博物館を訪れて以来。江氏は「海南の名山に人々が来ないのは遺憾だ」などと話したという。中国語には勢力を巻き返すとの意味で「東山再起」という表現がある。

昨年12月、江氏の元側近で最高指導部のメンバーだった周永康前党中央政法委員会書記(72)の党籍剥奪と逮捕が決まった。習近平指導部が反腐敗闘争を進める中で、江氏の家族らにも調査の手を伸ばし始めたとの香港報道がある。

「東山」への訪問は習指導部に反旗を翻したメッセージとも取れ、当局の敏感な対応とともに注目されている。