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5/6JBプレス 伊東乾『トランプ大統領になれば、地に落ちるドルの信用 米国とEUの衰退が顕著ないま、通貨について改めて考える』、5/8日経『「予測不能」がトランプ流 前例打破し本選へ

伊藤乾氏のプロフィールは

「作曲家=指揮者 ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

1965年東京生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後進の指導に当たる。若くして音楽家として高い評価を受けるが、並行して演奏中の脳血流測定などを駆使する音楽の科学的基礎研究を創始、それらに基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進している。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトなどが、大きな反響を呼んでいる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)、『知識・構造化ミッション』(日経BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。」とあります。

ビットコインの仕組みに疎いので、ビットコインが世界通貨の主流になるのかどうか分かりません。でも日本円を売り、ビットコインを買う時には、金融市場の為替レートを参考にするのではと思いますが・・・・・。固定相場ではやりきれないのでは。新たな仮想国の通貨が出来たと考えるべきなのか?世界を旅するときに、それぞれの国で両替しなくて済むというのは便利です。(つづく)とありますので次回の説明を楽しみに待ちたいと思います。

トランプ大統領になると$の信用が地に落ちると言っていますが、今回はその説明がありませんので、論理的根拠が分かりません。$の基軸通貨としての地位がそんなに簡単に低下するとは思えません。指導者の道徳性で貨幣価値が減ずるとは考えません。そもそも米国は戦争経済ではないですか。

トランプが共和党大統領候補として残ったのは、エスタッブリッシュが米国国民の民意を掬い上げて来なかったからでしょう。「世界人口の半分と同じ富が62人の富豪に集中」(News Week)という資本主義から生じる極端な格差社会を放置してきたためです。日本の戦前、軍人によるテロで社会改革を行うより、選挙で社会を変えようとする方が健全です。トランプの物言いは下品で、好きにはなれませんが、選挙民の心を掴んだという事です。ポピュリズムの極みではありますが。

http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2016/01/62.php

5/8日経には「FBIがヒラリーを数週間内に私用メールアドレス使用の件で聴取」との記事が出ていました。ヒラリーが勝つとは限らないというか、本選に出られない可能性もあります。その時の民主党の候補はサンダースになるのかどうか?

日本国民ももっと国防について真剣に考えなければ。トランプは駐留米軍基地代を全部払わなければ撤退、核武装も認めると言っています。国民的議論を起こす良いチャンスです。黒船来航と同じと考えれば良いのでは。あの当時の日本国民の情報レベルは低かったと思いますが、今はいろんな媒体から情報が取れます。憲法(特に9条)、日米安保、核保有、スパイ防止法、国民の国防義務(徴兵制復活ではありませんので念の為)を議論するようにメデイアは旗振りすべき。

しかし外務省は相変わらずお粗末。トランプに対する人脈がなくてアプローチできないとは。「タダ飯食い」と昔は言ったものです。国民はもっと怒らないと。別な組織で外交しないと、日本は中国の属国にされてしまいます。

JB記事

Hamilton

米初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンの肖像が印刷された10ドル紙幣〔AFPBB News〕

 ついにビットコインの発明者が名乗りを上げました。

 オーストラリア・ブリスベンの情報工学者、クレイグ・ライト(1970-)が「サトシ・ナカモト」の正体は自分である、とカミング・アウトした。大きなニュースと思います。

 税制の問題に関連して、唯一最大の謎&置石になっていた「サトシ」の正体が知れたことで、これから暗号通貨は大きく動き出すように思います。そんなことも念頭に、現在進行形の「お金の問題」を考えてみましょう。

 さて、ここで改めてお金の価値って、いったい何で決まってくるのでしょう?

 「近代経済学」という言葉があります。正確には「ありました」というべきかもしれません。私がティーンの頃、つまり冷戦期の日本では、経済学は大きく「近代経済学」と「マルクス経済学」に二分されていました。

 早くに亡くなった父が果たせなかった学問への憧憬として「経済学」のファンであった中学高校時代の私にとって「経済学」とは「マル経」と「近経」を指すもので、両者をバランスよく学びたいと子供なりの頭で思ったりしていました。

 しかし、欧州に留学して冷戦期東側の実情を見て「マル経」に幻滅した経緯があります。

 果たして冷戦体制の崩壊後、急速に「マル経」という分野そのものが消滅するとともに、対概念に近かった「近経」という表現も下火になり、経済学はデリケートに分類されるようになっていきました。

 が、かつて「近代経済学」と言われた分野の本質はケインズ以降の経済学、より明確に特定するならケインズの「雇用・利子および貨幣の一般理論」(1936)以降の「ケインジアン」のエコノミクスで「古典派経済学」クラシックスに対して「モダン」なケインズ経済学として「近経」が位置づけられていたように思います。

 ケインズの経済学は、時期的に見ても、また米国でフランクリン・ルーズベルト大統領が推進した「ニューディール」政策の強力な後ろ盾になったことからしても「世界恐慌(1929-)」という眼前の自体と切り離しては考えられません。

 端的に言えば、1930年代以降のあらゆる経済学は、当該時期のマルクス経済学を含め、「恐慌再発」をいかにして防止するかという究極の目標を持っているといっても過言ではないのです。

 こうした観点はあまりに大上段、かつ大時代がかって見え、精緻な分析を旨とするプロのエコノミストが言及されることは少ないかもしれません。

 しかし、いまデジタルマネーや暗号通貨、ビットコインやブロックチェーンの技術などを考えるとき、あえて改めてこうした大本の観点に立ち返って見ることにも、一定の意味があると思うのです。

 いま改めて「お金」とはいったい何なのか。また「お金のクライシス」通貨危機とはいかにして起こり得るものなのか。金融に端を発する経済恐慌は、どのような政策によって回避できるのだろうか?

 こうしたナイーブな疑問は「経済学の本質的課題」の1つとして、広く問われてよいと思うのです。

お金の価値とは何なのか?

 さて、改めて、お金の価値、その源泉はどこから来るのでしょうか?

 貨幣というものの歴史を振り返ると、古典的には2つの考え方が長く対立してきました。

 第1は「貨幣価値説」と呼ばれるもので「お金そのものに価値がある」という考え方です。例えば金貨はその「金」という物質そのものに価値があるから「お金」なのである・・・。

 仮にそうだとすれば、金地金は立派に「お金」として通用するはずです。が、翻って、現在私たちが使っている日本国の通貨はどうでしょうか?

 調べて見ると「10円玉の原価は約10円」という興味深い事実が分かります。なぜ興味深いかと言えば、非常に珍しく額面と原価が一致しているから。

 と言うのも、「100円玉の原価は約25円」で、決して10円玉の10倍ではありません。それどころか「50円玉は約20円」、「500円玉に至っては約30円」で、およそ額面に比例していない。

 もっと問題なのは「1円玉の原価は約3円」で原価の3分の1の額面価値しか持っていない。これは5円玉が約7円というのと同様、作れば作るだけ赤字ということにもなりかねない。ところが逆もあるわけで、

 1万円札の原価は約22円、つまり50円玉と大して原価が変わらないのに、額面としては50円玉の200倍、原価からすれば約500倍という「割りのいい通貨」になっている。

 つまるところ「貨幣価値説」は、少なくとも21世紀の日本ではまったく成立していない。お金の価値はそれを担う「通貨」の価値と無関係であることが知れます。

国や中央銀行が決めれば「価値」なのか?

 この「貨幣価値説」と並んで長らく唱えられてきたのが「貨幣法制説」つまり法律などルールによって決められているから、お金には価値があるのだ、という考え方です。

 なるほど、1円は1円、1万円は1万円と定められているから、そのように流通しているので、貨幣法制説の方がもっともらしいと思われるかもしれません。

 が、これもよく考えるとすぐに成立しない現実の局面が見えてきます。例えば「国」を跨げばどうなるか?

 私たちは日常的に為替レートの情報を目にします。円安は製造業にとっては歓迎すべき影響をもたらすことが多いですが、円を持って海外に出る人にとっては財布を直撃してなかなか厳しいことになる。

私たちは「円が高い」「円が安い」という相場の変動を当たり前のものとして認識しています。同じ製品を日本で円建てで購入するのと、欧州でユーロ建てで購入するのと、原価から流通コストまで様々な違いがあり乱暴なことは言えませんが、少なくとも「特定の国家が法で定めたから、その通貨にそれだけの価値がある」などと言えないことだけは間違いない。

 さらに、一国内での出来事で考えるなら「ハイパーインフレーション」のような事態を考えれば物事は如実に知れるはずです。

 かつて「ジンバブエ・ドルZWD」という通貨がありました。1980年に導入された当初は1USドル=約0.68ZWD、米ドルと同じ桁で通用する通貨としてのスタートだったはずが、2000年に始まった土地接収行政など政策的な失敗によって人類史上最悪のハイパーインフレ記録を塗り替え続けることとなります。

 2008年のジンバブエのインフレ率は5000億%だったそうです。こう言われても正直ピンと来ませんよね?

 これはつまり、正月に1円で買えたものが、暮れには50億するという話で、リヤカー一杯お札を持っていっても、「こんなもの何の信用も置けない!」と受け取りを拒否されるレベルの代物になっている。

 「貨幣法制説」をこれほど明確に否定する現象はないでしょう。昨年つまり2015年、ジンバブエ準備銀行(中央銀行)は最終的にこの通貨を廃止、3.5京ジンバブエドルつまり、

 35,000,000,000,000,000ZWD=1米ドル

 として残高を精算、通貨としての35年の命を閉じました。

 こんな状況になってしまえば財政政策も金融政策もへったくれもあったものではありません。市場が貨幣を信用しなくなってしまえば、国家がどのような法を定め、どんな財政出動をしようとも、あるいは中央銀行が金利を多少操作しようとも、まさに焼け石に水です。

 近代経済学の諸パラダイムが成立するのは、通貨(政体を含めるべきかもしれません)への信用が大前提、「信用なきところに通貨成立せず」あるいは「信用なき貨幣」に法制説は無用と言うべきかもしれません。

 どんなに政治権力が力で抑え込もうとしても、いったん信用を失った通貨は元来の価値を市場で通用させることができません。

「マルボロ本位制」と暗号通貨

 日に日に通貨価値が下落し、「ジンバブエ・ドル」に何の信用も置けなくなっても、現地で暮らす人々は日々の取引をせねばなりません。そこで彼らは何を用いたか?

 一部では「旧ソ連でルーブルが暴落したときと同様」の対処がなされたと言われます。いわば「マルボロ本位制」、つまり、封の切っていない米国フィリップ・モリス社製のタバコ「マルボロ」が通貨代わりに用いられていたらしい。

 これについては旧ソ連末期、ルーブルが紙くずとなり使い物にならなかったとき、日用品その他の売買にマルボロが使われていた現場に居合わせた佐藤優さんから「金でも銀でもルーブルでもない、マルボロ本位制」として体験談を伺ったことがあります。

 赤いマルボロ何個かが金のマルボロ1個に相当、といった、実際の価格とは独立した「マルボロ信用経済」がローカルに成立して、日用品や食物などが取引されていたという。

 国家の信用が崩れたとき、外国のタバコが信用を代替したという、笑うに笑えない現実です。

 さて、2016年の今日、私たちは1989~91年のモスクワやレニングラード=ペテルスブルクのように米ドルを信用することができるでしょうか?

 国際政治的に「世界の警察官」であることをやめ「米国の平和」はとうに終わってしまった超大国米国の通貨「ドル」。

 第2次世界大戦欧州全土が壊滅的打撃を受け、その復興時に米ドルが果たした役割、あるいは1960年代のスタグフレーションを切り抜け変動相場制に移行した時期に機軸通貨ドルが果たした役割・・・。

 いずれも2010年代後半、すでにパックス・アメリカーナが完全に終結し、ドナルド・トランプのようなキワモノ大統領候補が一定の風評を得てしまうところまで来てしまった米国通貨に、今後のグローバル経済が仮託できるものではないでしょう?

 「米ドルこけたら皆こけた」

 こういう状況を回避するために、私たちはどのような命綱を張ることができるのか。

 ここで欧州や日本、そしてなにより自国通貨としてのドルの先行きを案じる米国先覚層が期待を寄せるのが「暗号通貨」ビットコインなどのデジタル・マネーにほかならない。

 そう言っても大げさではないのでは、と思うわけです。

(つづく) 

FT記事

米国の政治はもう後戻りできない。実業家のドナルド・トランプ氏が11カ月前、米大統領選挙に名乗りを上げた時、誰もが笑い飛ばした。今や共和党候補の指名獲得が確実だ。

Trump-5

5日、ウエスト・バージニア州の集会で演説するトランプ氏=ロイター

 二大政党の1つがグローバル化と自由貿易に明確に異を唱える人物を大統領候補に指名するのは近代以降、初めてだ。長い歴史を持つ共和党が、このようにいきなり世界観を覆したのは民主主義史上、まずない。

 (インディアナ州の予備選があった)今月3日の夜、米大統領を選ぶ本選挙が事実上始まった。この選挙で世界の中の米国の立ち位置が変わる。トランプ氏とヒラリー・クリントン氏の戦いは、色々な意味で前例を打ち砕くものになる。

 選挙の構図は共和党対民主党ではない。造反者と支配階級、思いつきで物を言う人と道徳的、政治的に正しい発言をする人、混乱を呼び込む者と現状維持派、自国第一のポピュリストと他国との関係を考える従来型の国際主義者の戦いだ。

 なかんずく今回は、選挙で選ばれる公職に一度も就いたことがない者と、大統領選に勝つために人生をささげてきた者の一騎打ちなのだ。

 普通に考えれば、クリントン氏が勝つに決まっている。トランプ氏はこれまで次々とマイノリティー(少数派)など様々な集団を侮辱してきた。彼らを足し上げると有権者の大半を占める。女性を加えれば圧倒的多数になる。

 さらに言えば、トランプ氏のように有権者に嫌われながらも、本選で勝ちそうになった人物はこれまでいなかった。

 そもそもそうした人物は候補者として指名されることがなかった。この点でトランプ氏はこれまでの常識というものをずたずたにした。仮にこのニューヨークの大富豪が自分に有利になるよう、半数を超える共和党員の気持ちを動かせるとしたら(実際、すでに大きく動かしたが)、彼が本選でそうするのを誰が阻めるだろう。

 従来の判断基準はどれも当てにならない。党の候補者指名を勝ち取るには、党内有力者の推薦を取り付け、徹底した選挙組織を構築し、驚異的な集金マシンで寄付を集め、経験豊富なアドバイザーを複数抱えることが不可欠とされてきた。トランプ氏はこうした鉄則とは無縁のまま、予備選で勝利を収めてきた。今後の注目点は同氏がいつ党内の推薦を取り付け、本選に向け組織を組み立てるかだ。

 膨大な数の共和党のエリート党員がツイッターで展開してきた「トランプは絶対ダメ運動」などはどうでもいい。識者は社会の趨勢が読める。すでにツイッター上では「ようこそドナルド運動」にとって変わりそうな兆しが見える。

 (共和党全国大会が7月に開かれる)オハイオ州クリーブランドで暴動が起きるとは思えない。党大会で候補指名が争われる可能性は3日の夜、インディアナ州で消えた。党大会はトランプ氏の「即位式」になる。

 大統領選は今後、事実上の候補2人の重大な弱点に焦点が当てられていく。

 クリントン氏の最大の弱みは信頼感の低さだ。陣営の中には、信頼されていないことについて同氏が演説で率直に話したらどうかと提案する人がいる。過去の大統領選でも、ジョン・F・ケネディ氏が1960年にカトリック教徒であることをはっきりと語り、あまり成功したとは言えないが、ミット・ロムニー氏が2012年にモルモン教徒であることを明かした。どんな形であれ、発言する前から信用されなければ、クリントン氏は他の問題を打破するのに苦労するだろう。

◇ ◇ ◇

 トランプ氏の問題は、敵に回した有権者があまりにも多いということだ。支持者を扇動しアフリカ系米国人の活動家に嫌がらせをしたり、ヒスパニック系の不法移民を悪者よばわりしたり、女性を見下した発言を繰り返したりした結果、同氏にとっては間違いなくかなり不利な戦いになる。11月の本選で勝つには、驚くほど多くの白人票を獲得する必要がある。とはいえ、今年に入ってすでに常識では考えられないことが起きている。

 劣勢候補とみられていたトランプ氏は、今後も常に予測不能な言動をとることで強みを発揮するだろう。隙を突いてクリントン氏に不意打ちを食らわせ、米国政治で長らくタブーだったような侮辱をクリントン氏に浴びせもするだろう。

 大事なのは社会通念を信じるなということだ。各世代が長らく信奉してきた考えが通用しなくなる。向こう半年の間、近代史以降で恐らく最も興味深い政治劇が展開されるだろう。

 「我々は再び美しい愛すべき1つの国になる」。トランプ氏はインディアナ州の予備選の後、こう述べた。どうもそうはならない気がする。

By Edward Luce

(2016年5月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

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5/6JBプレス 藤和彦『パイプラインは日ロの架け橋となるか? 両国にメリットがあるサハリンからの天然ガス輸送』について

日露はルトワックの言うように、反中国と言う面で手を握ることは可能と思います。ロシアは、シベリアに進出して来る中国人を防ぐため、日本企業に進出して貰い、合理的管理の下、産業を発展させ、石油・ガスに依存したGDPの構成比を変えたいと思っているはずです。日本にとって最大の敵国は中国です。GDPの大きさから言っても、ロシアはシリアでの継戦能力を見ても、日本の敵となるのは考えにくいです。しかし、中国も高橋洋一氏によれば「中国GDPは公表数字の1/3」と言っていますから、400兆円くらいしかない計算となりますが。中国の社会主義市場経済は国際ルールに沿ったやり方でないので、バブルの延命策がどの程度持つか分かりません。バブルの間は予算措置して軍事拡張していくでしょう。

「サハリン2」の権益変更問題や日ソ中立条約を破棄したロシアをどこまで信用できるかという問題もあります。これが北方領土問題に繋がっている訳で、日本の国民感情としては、おいそれと経済協力に踏み込めないのは分かります。

http://www.knak.jp/livedoor/oil/sakhalin.htm

パイプラインを日本に敷くことは長期に購入するのが前提となります。メタンハイドレートや核融合等の代替エネルギーの実現をも踏まえるとその方法が正しいのかどうか。LNGで輸入した方が良くはないのかと思います。

5/6プーチンは安倍首相との会談を1時間遅らしたとのこと(5/7日経)。理由が書いていませんでしたのでどう判断したら良いのか分かりませんが、戦略的にそうしたというなら、武蔵でもあるまいし、失礼な話です。国内世論対策の面があるのかも知れませんが。

記事

Cape Soya

宗谷岬から樺太(サハリン)を望む。(出所:Wikimedia Commons)

「パイプラインは日ロの架け橋となる可能性を秘めた重要な事業であると考えている」 

 ロシアとのエネルギー協力拡大をテコに日ロ関係の早期改善を願う自民党の議員たちが、3月末に来日した露ガスプロムバンクの最高幹部と会談した。上記発言は日本側の異例のもてなしに感激したロシア側からなされたものである。

 ガスプロムバンクは世界最大の天然ガス生産企業であるガスプロムの子会社であり、ロシア三大銀行の1つである。主な融資先はガス・化学・機械産業などのロシア製造業であり、日本では言えばかつての日本興業銀行のような産業金融の雄である。

日本の国内資源と言ってもよいサハリンの天然ガス

 ロシア側が述べた「パイプライン」とは、ロシアのサハリン州から日本へ天然ガスを供給するパイプラインのことである。

 北海道の稚内から南端まで最短43キロメートルのサハリン島、その約600キロメートルの海岸沿いの浅い海底下に膨大な量の天然ガスが眠っている。津軽・宋谷の2つの海峡を挟んでいるが、ほとんど地続きと言ってよく、東京からの直線距離は沖縄より近い。

国境を考えなければ、日本の国内資源と言っても過言ではないサハリンの天然ガスは、1980年代から日本とロシアの共同事業によって発見された。天然ガスの可採埋蔵量は約2.4兆立法メートル。日本全体の天然ガス消費量の約24年分である。

 サハリン2鉱区の天然ガスは2009年3月からLNG(液化天然ガス)という形で日本をはじめ中国・韓国などにも供給されているが、その他のサハリンの天然ガス資源の大部分は手つかずのままである。

 サハリン1鉱区の事業者は2000年頃、北海道を経由して首都圏を結ぶパイプラインによる輸送を日本政府に要請したが、買い手側の中心である電力業界が難色を示したため実現に至らなかった。

 国際的には天然ガス輸出の9割以上がパイプラインによる輸送であるが、日本の天然ガス輸入は100%がLNGである。液化・海上輸送・気化に多額の費用を要するLNGは長距離の輸送には利用されているものの、パイプラインによる生ガス輸送に比べるとコストが高い。日本から近距離にあるサハリンの天然ガス輸入は、国際的な常識からすればパイプラインによる輸送が適している。

日露のエネルギー協力はLNG事業一色

 ガスプロムも最近日本向けパイプラインを提案したことがある。

 2012年5月民主党の前原誠司政調会長(当時)はモスクワ市内でガスプロムのメドヴェージェフ副社長と会談した。その際、ロシア側は日本向けガスパイプラインの敷設を提案した(2012年5月3日付日本経済新聞)。

 日本を含むアジアをガス輸出の有望市場と位置づけるガスプロムの提案に対し、前原氏は「政府・与党として可能性を検討する用意がある」と前向きな発言をした。だが、帰国後「ロシア・ウラジオストクのLNG輸出基地の建設計画が優先する」としてパイプラインについて消極的な態度を示した。

 日本側に袖にされたガスプロムのミレル社長は、翌6月末、サハリンから日本に天然ガスを輸出するためのパイプラインを敷設する構想について「検討課題ではなくなった」とし、「日本への輸出はLNGに専念する」考えを示した(2012年6月30日付日本経済新聞)。その後、状況は変化することなく現在に至っている。

 前原氏が発言を変更した背景には、ウラジオストクのLNG基地建設に丸紅や伊藤忠商事が事業参加していることがあったと考えられる。前述のサハリン2のLNG事業に三菱商事や三井物産が参画しているように、日本の経済界のロシアとのエネルギー協力はこのところLNG事業一色である。

 民間側の取り組みを後押しする立場の経済産業省も「ロシア側からのオファーはLNGのみである」との見解を有している。

ロシアの本音は「対中偏重を見直したい」?

 このような日本側の意向に対して、ロシア側が再びパイプラインに関心を持ち始めた。そこに「中国ファクター」が作用していることは確実である。

 ウクライナ紛争による欧米の経済制裁で窮地に陥ったロシアは中国との関係を強化してきたが、「すきま風」も吹き始めている(4月10日付日本経済新聞)。

 ロシア原油の最大の輸出先は昨年ドイツから中国へと変わった。資金繰りに苦しむロシア最大の石油生産企業であるロスネフチは株式公開による資金調達を検討しているが、中国石油天然ガス集団(CNPC)が株式の約2割を購入する意向を示している。

 このように石油分野で中国のプレゼンスが飛躍的に増大しているが、天然ガスでも同様の事態が生じようとしている。

 2014年5月にプーチン大統領が訪中した際に締結したロシアから中国への天然ガスパイプラインの東ルートに関するフィージビリティスタデイが4月に終了し、いよいよパイプラインの建設が秒読み段階に入った。

 天然ガスの分野でこれまでのところ中国のプレゼンスはないに等しかったが、パイプラインが完成すれば中国はロシア産天然ガスの大輸入国となる。

 ロシアから欧州に輸出されている天然ガス価格が下落している状況下で、タフな交渉相手である中国が2014年段階で決まったとされる価格でガスを購入するとは思えない。

 4月29日に訪中したロシアのラブロフ外相は「6月にプーチン大統領が訪中する」ことを明らかにした。ロシアは再び中国との蜜月関係を誇示するだろうが、ロシアの本音は対中偏重を見直し、日本に接近してバランスを取りたいということではないだろうか。

パイプラインの「相互確証抑制効果」とは

 パイプラインを結ぶと「ロシアに首根っこを押さえられるのでは」との懸念が日本では根強い。しかし、エネルギー専門家の間では「ガスの禁輸は使えない『武器』である」(本村真澄・石油天然ガス・金属鉱物資源機構主席研究員)というのは常識である。

 現在、各種資源間の競争が激化している中で、資源国が天然ガスの供給を一方的に停止すれば、消費国からの信頼を失い、以降天然ガスを一切購入してもらえなくなるからである。

 その証左が、2015年11月に戦闘機をトルコに撃墜されたロシア政府の対応である。ロシアのトルコに対する経済制裁のリストに「天然ガスの輸出停止」という項目はなかった(トルコ・ストリームという新規の天然ガスパイプラインの建設は棚上げになった)。天然ガス輸入の約半分をロシアに依存しているトルコが窮地に陥いることは火を見るより明らかであったにもかかわらず、である。

 エネルギー専門家たちは、むしろパイプラインが敷設されることにより当該地域の安全保障が向上する効果に注目している。冷戦時代の核の「相互確証破壊効果」をもじってパイプラインによる「相互確証抑制効果」と呼ばれているものだ。

 安全保障が向上する理由は、資源国がパイプライン建設という先行投資を着実に回収するために消費国に天然ガスを安定的に供給するという発想が強くなるため、消費国はもちろん資源国も敵対的な行動をすることができなくなるからである(冷戦時代にロシアと西欧間に敷設された天然ガスパイプラインは、ロシアと欧州の間の安全保障を支える基盤となった)。

 しかしLNGでの供給ではこうはいかない。点と点のつながりであるため、「協調」という要素が薄いからである。

 このような学習効果があったからだろう、ロシアへの経済制裁にもかかわらず2015年9月欧州企業はガスプロムとの間で「ノルドストリーム(バルト海を経由してロシア・ドイツ間をつなぐ天然ガスパイプライン)」の拡張に関する契約を締結した。

日露首脳会談で議題に上るか?

 しかし日本では経済制裁以降、ロシアとの経済協力は停滞したままである。

 5月6日のソチでの日ロ首脳会談も、開催までに紆余曲折があったようだ。

4月20日、モスクワのクレムリンで昨年12月に着任した上月駐露日本大使の信任状奉呈式の際に、プーチン大統領は「安倍首相が5月6日にロシア南部ソチを訪問する」との異例の発言を行った。

 これは、4月16日にロシア外務省の報道官が「米国の執拗な勧告を受けた日本は我々との連絡を狭め、二国間の仕事を中断した」と述べたことをロシアの一部メデイアが曲解して、「来月に予定されていた安倍首相のロシア訪問が米国の圧力により中止となった」と報じたことへの対応であろう。安倍首相との対談をなんとしてでも実現したいとするプーチン大統領の意向の表れでもある。

 プーチン大統領との会談に望む安倍首相は「両国の主張で深い溝がある領土問題に固執せず、経済分野や安全保障分野での連携強化など幅広い協力関係を築くことで、領土問題解決に向けた環境整備を図る」(5月2日付毎日新聞)意向である。

 統一直後にドイツに滞在した筆者は、多くのドイツ人が「旧ソ連がドイツ再統一を認めさせた影の功労者はパイプラインである」と述べていたことを今でも鮮明に覚えている。これにならえば、パイプラインの敷設は長期的には日本にとってプラスであろう。

 今回の首脳会談でパイプラインが議題になるかどうかは定かではないが、パイプラインは一度敷設すれば100年保つと言われている。この「国家百年の計」を実現するためには、ノルドストリーム実現に尽力したドイツのシュレーダー首相(当時)が指摘するように、安倍首相とプーチン大統領がトップ同士で合意することが不可欠であることは言うまでもない。

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5/4日経ビジネスオンライン 福島香織『中国が渇望する「南シナ海有事」に備えよ 日中外相会談、4時間20分の「先」を読む』について

日本人と言うのはどこまでも優しいという気がします。相手の気持ちを忖度して王毅に同情するなんて。小生は8年間中国人と付き合ってきて分かりますが、こちらが相手のことを考えて言ったり、行動すると、中国人はそれを利用しようとします。日本人の善意に付け込む訳です。中国人は日本人が考える以上に強かです。勿論、全部が全部と言う訳ではありません。日本人の価値基準で言うと、中国人の内悪い人は8割、日本人の内悪い人は1割くらいと主観的に思っています。民族的DNAと環境の為せる業でしょう。

岸田外相も叩頭外交だけでなかったようで、良かったと思います。主張すべきは主張しなければ相手に舐められます。中国には「内政の為の外交しかない」と福島氏は言いますが、その通りと思います。「指桑罵槐」、「殺鶏嚇猴」と言った手が良く使われます。日本はそれをよく読み、現象面を見てオタオタしないことが肝要です。

習の軍の実権把握は未だし、軍制改革も失敗というのはチャイナウオッチャーの大方の見方では。ただ南シナ海で事を起こして、陸軍の力を削ごうという見方は気が付きませんでした。前にも書きましたが、人民解放軍の海軍の英文名はPeople’s Liberation Army Navyです。Armyの後ろに Navyが来て陸軍と海軍を併記するのは違和感があります。US ArmyやUS Navy、Japan Ground Self-Defense Forceや Maritime Self-Defense Forceと別にするのが普通では。歴史的には陸軍から派生したものであっても。

鄧小平が起こした中越戦争も敗北したにも拘わらず、国内向けには勝利宣言したとのこと。習もそう考えれば、海軍を使って局地戦を展開する可能性はあります。ただ、陸軍の力を削ぐことにはならないのでは。米軍の介入、日本の後方支援と勝てる見込みはないでしょう。如何に情報遮断しても国民の知る所となります。しかし、経済やITに疎い習のことだから、リスクを考えずに、戦争に進むかもしれません。福島氏の言うように日本も対応を考えておかないと、次は尖閣になります。9条の会の言うことが如何に世界平和に繋がらないかです。

記事

Kishida & Wang

4時間20分に及んだ日中外相会談。駆け引きの先に見えてきたのは、「南シナ海有事」の色濃い影だ(写真=ロイター/アフロ)

 日本の外相・岸田文雄が実に4年ぶりに訪中し中国の外相・王毅と会談した。いよいよ日中関係改善かと期待した向きも多かっただろうが現実はそう甘くない。冒頭、王毅は「もし、日本側が本当に誠意をもってきたならば、中国側は歓迎する」と述べ、「中国の古語に聴其言、観其行(その発言を聞き、行動を見る)と言う言葉がある。今日は外相、あなたがどのような中日関係改善をもっているか、その意見を聞きたい。もちろん、同時に日本が本当に着実にそれを実行するかも見るつもりだ…」と、中国人ですら、何、この上から目線?と驚くほどの高圧的な態度であった。

 しかも以下の四つの改善要求を突きつけた。①歴史を直視、反省し、「一つの中国」を重要な政治基礎とすることを厳守。②中国脅威論や中国経済衰退論をまき散らさない。③経済面で中国を対等に扱い、互恵を基礎に各領域の協力を推進する。④日本は中国に対する対抗心を捨て、地域の平和・安定に尽力せよ。

岸田VS王毅、本命は南シナ海問題

 会食もいれた4時間20分もの会談の中身は報道ベースによると、中国の海洋覇権問題、つまり東シナ海と南シナ海をめぐる両者の応酬であったようだ。産経新聞によれば、岸田は、王毅の反論に対して「立場を述べるだけなら報道官でいい。その上でどうするか考えるのが外相だ」と、かなりキツイことを言ったようだ。中国の外相に何の権限も与えられていないことは当然承知しているだろうに。しかも、王毅は中国の対台湾外交の失策の責を負わされかねない立場にあり、ことさら傲慢な姿勢をテレビ画面で見せつけるのは、彼のきわめて官僚的保身意識の表れだと感じている。

 ちなみに私を含め、私より上の世代の記者にとって王毅は、日本メディアに対しても率直に意見交換をしてくれる「話のわかる官僚」というイメージを持っているだろう。国際会議の場のホテルロビーなどで王毅を見つけて「王毅さーん!」と日本語で呼びかけると、立ち止まって日本語で記者たちの質問に応じてくれることもよくあった。あのころの彼を思いだしながら、今の外相という責任だけ負わされる何の権限もないポジションで、日本に横柄な姿勢を示して、政権への忠誠をアピールするしかない姿を見ると、ちょっと哀れを催す。

 今回の岸田訪中の最大テーマは、喫緊の危機、つまり南シナ海問題ではないかと思う。中国は日本の介入を牽制したい。そのために、岸田を北京に招待したのだろう。その最大のテーマについての話し合いは、報道を見る限り平行線に終わったようだ。それが良かったのか、悪かったのかは最後に述べたい。

まず、南シナ海がどういう状況か整理しておこう。

 南シナ海関連の最近のニュースをざっと見返すと、まず4月25日付の香港紙サウスチャイナモーニングポストが、中国は年内に南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)の軍事拠点建設に着工すると報じた。ソースは解放軍周辺筋で、それによると南シナ海の上空監視を完璧にするための前哨基地にするつもりで、計画では滑走路建設も含まれているとか。中国船による測量がすでに開始され、これに懸念を強めた米国は連日のようにA10攻撃機を飛ばしている。A10は少々被弾しても帰還できる「不死身の攻撃機」の異名をとる対地攻撃専用機だ。米国の本気の怒りがうかがえる。

 だが中国国防部報道官・呉謙は記者会見(4月28日)で、スカボロー礁軍事拠点化計画に対する質問に対しては「私は承知していない。メディアの扇動じゃないか」とうそぶきながらも、「黄岩島は中国固有の領土であり、その主権と安全を守るために各種危機に対応する権利を有する」と言ってのけた。さらに米国が昨年10月来、三度に渡って行っている「航行の自由」作戦に対し「南シナ海情勢を攪乱している」と非難し、「中国に対する政治的軍事的挑発であり空海における不測の事態を招きやすい」と警告している。一方、米国防長官アシュトン・カーターもスカボロー礁問題について「軍事衝突につながるおそれ」に言及。つまり双方が、軍事衝突の可能性をにおわすチキンレース的な挑発合戦に入っている。

 大統領選を控えたフィリピンでは、対中外交も争点になっている。有力候補のロドリゴ・ドゥテルテ(現ダバオ市長)は「祖父が中国人だから中国とは戦争しない」と語る親中派候補。対する、マヌエル・ロハス(前内務自治相)やグレース・ポー(無所属上院議員)は「国際社会と足並みをそろえる」という表現で対米関係強化による中国との対立の方向性にある。フィリピン選挙の結果も多少関係しようが、南シナ海における偶発的軍事衝突というシナリオは十分に考えられるレベルの緊迫度である。

フィリピン、ベトナムとの係争を契機に

 こうした南シナ海危機の状況は、今、突然、降ってわいたものではない。

 スカボロー礁については、2012年のいわゆるスカボロー礁事件(フィリピン海軍の中国漁船拿捕をきっかけに。フィリピン海軍と中国監視船が一カ月以上対峙した事件)がきっかけで、中国の実効支配が進むことになった。

 フィリピン側が国際海洋法に従って提訴して、軍を撤退させたのに対し、中国側は自国の領土であることは明白だとしてこれを無視し、居座り続けた。翌年6月には、スカボロー礁に大量のセメントなどが運びこまれて軍事施設を建設しようとしているのではないかとフィリピン軍事関係者が衛星写真をもとに訴えていた。

 スカボロー礁埋め立て問題の前には、ベトナムとの領有を争うファイアリークロス礁(永暑島)の滑走路建設問題があった。ファイアリークロス礁は1988年のスプラトリー諸島(南沙)海戦によって中国が実効支配下に置き、軍事関係者が常駐し要塞化している。2014年8月にこの環礁の埋め立て造成がはじまり、2015年1月から突貫工事で3000メートル級の滑走路が建設され、2016年1月には民間機の離発着テストが行われた。4月には解放軍の軍用機(Y-8輸送機)が着陸したことが公表された。これは表向き重病の工事関係者を緊急搬送するためということだが、中国がこの滑走路が軍事使用に耐えうるかをテストしたかったということは想像できる。

時を前後して、パラセル諸島(西沙)のウッディー島(永興島)に解放軍の地対空ミサイルHQ-9を配備したほか、J-11戦闘機、JH-7戦闘爆撃機などの配備が確認され、西沙の軍事拠点化も着実に進めて来た。さらに党中央機関紙・人民日報傘下のタブロイド紙・環球時報が南シナ海における海上浮動式原発の建設計画を報じた。ソースは中国船舶重工集団幹部で、空母遼寧を改修したのもこの会社だ。報道では、目的は燈台などの民事用電力としているものの、これをそのまま信じている人はほとんどいない。

 南シナ海で原発が必要なほど膨大な電気需要があるというならば、それは軍事拠点化に伴う需要、あるいは海洋資源開発を進めるつもりだと考えるのが普通だろう。しかも、南シナ海に原発を造る意味というのは単なる電力供給というだけでない。原発の存在を理由に中国が民間機の飛行制限を求める可能性もあるし、実際、原発上空の飛行を安全のために民間機は避ける。そうなると事実上、中国の制空権を認めた、というような既成事実と受け取られる可能性もあろう。

中国には「内政のための外交」しかない

 2015年9月、習近平は訪米時、「南沙の人工島を軍事拠点化するつもりはない」と言明したにもかかわらず、南シナ海の人工島の軍事拠点化への布石を着々と打っており、そのことが11月のASEAN首脳会議の場で指摘されると「習主席は軍事拠点にしないとは言ったが、軍事施設を建設しないとはいっていない」(劉振民外務次官)という詭弁を弄した。

 4月頭には解放軍制服組トップ(中央軍事副主席)の范長龍がファイアリークロスを視察しており、「軍事拠点化しない」「民事利用」といった建前をもはや中国は守ろうともしていない。私の個人的な見解を言えば、挑発というレベルを超えて、どうみても中国は「紛争」「危機」を起こしたがっている、すでにそのための作戦は静かに進行中だろう。

 では中国は、なぜここまで、米国やフィリピン、ベトナム相手に危険な挑発をするのか。不測の事態、偶発的軍事衝突が起きて、中国が得をすることがあるのだろうか。

 ここで、重要なのは、中国には内政があって外交がない、あるいは内政のための外交という発想しかない、ということである。内政というのは簡単にいえば権力闘争である。中国の権力闘争が激化していることは各メディアで繰り返し述べられていると思うが、今一番、危ういのは軍制改革の行方である。

 習近平政権は年初から四大総部(総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部)を解体し、新たに作る15の専門部局に機能を分散、さらに陸軍中心の七大軍区から、陸海空が同等の存在感を発揮する五大戦区に大幅な軍制改革を行った。また、4月20日、中央軍事委員会統合作戦指揮総指揮(コマンダー・イン・チーフ)の肩書を自ら名乗り、迷彩服で統合指揮センターを視察。軍の総帥権は中央軍事委員主席にあり、習近平はその地位にあるのだが、さらに作戦総指揮を自らとるという姿勢を打ち出した。

 この軍制改革は、建前上は強軍化が目的であるが、実際のところ習近平個人の軍権の掌握が目的であるとしか思えない。軍令と軍政を分けないで軍が正常に機能するのか、とか、習近平に戦略や戦術が分かっているのか、といった問題以前に、左手で敬礼してしまうほど軍のしきたりにうとい習近平が自ら作戦指揮を執るなど、強軍化とは逆走しているだろう。

また習近平は政権のトップになってから、徐才厚、郭伯雄といった江沢民政権時代の権力を継承する軍長老を汚職摘発の名目で排除。その一方で、自分のお気に入りの将校を出世させてきた。趙克石や李暁峰、王安竜、苗華、蔡英廷といった面々で、多くが南京軍区出身、特に第31集団軍出身である。第31集団軍は通称アモイ軍とよばれ、習近平が福建、浙江省勤務にあった時代に人脈を築いた。だが、アモイ軍はいわゆるB級(乙類)集団軍。A級(甲類)集団軍よりも格下に見られている。

 このA級、B級は革命戦争中の戦績や活躍によって振り分けられている。B級集団軍出身者は解放軍内部的には“弱い格下部隊出身”という目で見られがちである。軍権掌握のために自分と仲のよい将校を出世させるやり方は、中国の指導者では当然の手法であるが、習近平の場合、“実力不足の将校がコネで出世”した感が丸出しで、軍内では不満のムードが蔓延している。商品紹介記事しか書けない窓際記者が、社長が変わったとたんいきなり外信部長とか政治部長になって、あれこれ指示を出すようになったら、生え抜きのスクープ記者たちは素直に従えるか? そういう不満である。

 たとえば、苗華は第31集団軍から陸軍政治畑を歩いてきて、2014年6月蘭州軍区政治委員となったが、その半年足らずでいきなり海軍の政治委員となり2015年7月には海軍上将になっている。陸軍中将からいきなり海軍上将、しかも人事権を握る政治委員となれば、海軍内で不満は起きないだろうか。

 七大軍区を五大戦区に塗り替える改革も、事実上、失敗と見られている。この軍制改革は、習近平に敵対する徐才厚派閥の多い瀋陽軍区と郭伯雄派閥の残る蘭州軍区の解体であったが、結局、瀋陽軍区と蘭州軍区は北部戦区と西部戦区としてほぼもとの形のまま残った。それだけ陸軍内の習近平改革に対する抵抗が強かったということでもある。

「フルシチョフの失脚」になぞらえて

 つまり、今のところ習近平の軍制改革は順調でなく軍内の不満はかなりくすぶっている。この状況を一発逆転する一番簡単な方法は「局地的戦争」で、習近平体制の軍で戦果を挙げることである。特に、海軍に具体的な戦果を上げさせ、陸軍の利権・権力を削ぐには海戦である。だから南シナ海危機を習近平は望んでいる、と私は思うのだが、どうだろう。

 これは私の思い過ごしであればよいのだが、例えば最近、日本に移住を表明した香港在住の著名軍事アナリスト平可夫も、こんな指摘をしている。彼は習近平の軍制改革を1964年のフルシチョフの失脚の原因となった旧ソ連の軍制改革になぞっている。フルシチョフは1955年から大幅な軍のリストラを行い1964年6月にはついに陸軍司令部を廃止する。それが軍の不満をよび、十月政変の直接の導火線となった。同じように、今回の軍制改革はおそらく習近平が決定的な政治的危機をもたらすことになると予想している。

 さらにキューバ危機を引き起こしたフルシチョフと、南シナ海で強硬な軍事拠点化を進める習近平は、ともに米国を見くびり、不必要に米国を刺激し、自分の力量を過大評価しているという点でも共通していると指摘している。キューバ危機は回避できたが、同じようなきな臭さが南シナ海に蔓延しているという認識は持つべきだろう。ただ平可夫は、南シナ海や東シナ海で限定的な衝突が発生すれば、むしろ軍事的メンツをつぶされるのは中国の方で、それが、軍の習近平に対する不満爆発の導火線となる、という見立てを示している。

もう一つ、習近平が局地的な軍事衝突を望んでいるのではないか、と想像するのは、鄧小平の先例に倣おうというのではないか、という見方だ。

 1979年の中越戦争、それに続く1984年の老山を戦場とした中越国境紛争は、鄧小平の軍権掌握と軍制改革推進が、その目的の一つであるという説がある。文革終了によって復活した鄧小平は、文革で混乱した軍の整理に着手するが、その過程で自分が信頼する第二野戦軍出身の将校を重用、その人事の正当性を戦争に勝利するという形で認めさせることが軍権掌握の早道であった。

 鄧小平は旧ソ連に強い敵意を持っていたが、さすがに大国ソ連に戦争を仕掛けるのは文革の疲弊が抜けきっていない中国には荷が重いので、その手先とみなすベトナム相手に“懲罰戦争”を仕掛けたとも言える。解放軍はベトナム民兵にぼこぼこにやられるのだが、国内では勝利宣言を行い、結果としては軍権掌握、軍制改革の推進力となった。さらに軍制改革と軍の近代化を確かめる場として84年に中越国境紛争を起こす。激戦ながらなんとか雪辱を晴らし、この勝利をもって鄧小平指導体制が確立することになる。

 こういう先例があるものだが、習近平も同じようなシナリオで動く可能性はあるだろう。習近平が抜擢した軍の幹部たちにも中越戦争、中越国境紛争経験者がけっこういる。

他人事ではない。妥協なく備えよ

 そういうふうに考えると今の南シナ海は非常に危機的な状況であると認識すべきである。キューバ危機のように、ぎりぎりのところで回避されるかもしれないし、中越戦争のように本当に局地戦が起きるかもしれない。だが具体的なことを少しは想像しておくことだ。

 たとえば、南シナ海危機が本当に起きたとき、安保法制の存立危機事態に相当するとみて、米軍やフィリピン軍の軍事行動に同盟国として参与するか否か。参与するとしたらどのレベルまでか。南シナ海問題に日本は無関係だと判断して静観の構えをすれば、結果としてどういう事態が想定されるか。

 日本にとってもシーレーンである南シナ海が中国の軍事拠点化すれば、これは日本の存立危機に通じる話であるし、次に中国の軍事実力によって実効支配のターゲットとなるのは尖閣諸島だろう。私は、他人事にしてはいけないと思っている。

 今回の外相会談の詳細はまだ明らかになっていないが、南シナ海の問題について、日本が妙な妥協をしていないのならば良かった。そのことで日中の政治的関係改善が遠のくことになっても、長い目でみれば、それは地域の平和に利することになるだろう。

良ければ下にあります

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兵頭二十八著『「地政学」は殺傷力のある武器である。』について

日本の地政学の研究は奥山真司氏が有名です。エドワード・ルトワックの本を翻訳し、最近も『中国4.0 暴発する中華帝国』を刊行しました。ルトワックへの6回にわたる連続インタビューをもとに作られた本とのことです。こちらも読んでみたいと思っています。

さて、本書は兵頭氏が地政学について分かり易く解説したものです。マハンの凄さと時代の制約を受けた限界について触れられています。日本の採るべき道についても。

スパイクマンの第二次大戦後の日独への扱いの戦中での予言は、米国の世界観構築の層の厚さと言えるでしょう。

機雷の凄さについて、日高義樹氏も『中国、敗れたり』で触れています。衛星操作に依らない敵艦自動識別・自動浮上できる機雷を中国沿岸に米潜水艦が敷設すれば、中国は輸入・輸出ができなくなり、戦略物資(特に、石油)の輸入ができず、戦わずして負けるというもの。大慶油田は質が悪く、水も多く出ますので、継戦能力は低いです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%85%B6%E6%B2%B9%E7%94%B0

中国がマラッカ海峡を通らず、インド洋に出口を持つため、ミヤンマーに港湾を造ろうとする意味が良く分かりました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%83%94%E3%83%A5%E6%B8%AF

パールハーバーはセカンドアタックさせなかったことが悔やまれます。飛行総隊長の淵田三津雄氏もそう述べています。後講釈ですが、ハワイを押えておけば(日本統治)戦局も変わったのではと素人ながら思いました。

本書を読んで、筆者が大切と考えているのは

①ブロケード(海上封鎖)

②位置(ジブラルタルを押えた英国)

③後続支援できる生産体制・・・これが一番大切。1次、2次大戦の米国を見れば分かります。

④マッキンダーの独鉄道網への懸念。これも空からの攻撃で払拭された。

⑤石油の運搬路としての河川の活用

⑥100オクタン価ガソリンの大切さ。戦闘機の能力に差。

面白いですから、是非本を手に取って読んで戴ければ。

内容

①P.66~70

こんなにも先端的な実用工学を山のように蓄積しているフランスが(ナポレオンが、と言い換えてもいいでしよう。一時ウェストポイントにもナポレオン熱が風靡しました)、なにゆえに英国に圧倒されてしまったのか?

そこを、自分よりも若い海軍士官たちに説明ができないようでは、海大で先生面などはできないぞとマハンは考えたに違いないのです。

19世紀後半のアメリカ合衆国が近未来で直面し得る最強の仮想敵も、やはり大英帝国の海陸 戦力でした(その形勢は1920年まで続きます)。

当時英国は、カリブ海のあちこちに領地を保持しており、好機を捉えれば、いつでもその影響力を「中米運河」の工事候補地(パナマに決まって起工されるのは1904年ですけれども、運河が開鑿されることじたいは早くから確定的でした)に及ぼす可能性がありました。

メキシコ湾やペルー沖で何年も海上勤務してきたマハンには、それはアメリカにとっての悪夢だと信じられました。なぜなら、フランスが英国に勝てなかった理由のひとつが、〈ジブラルタルに英海軍が根拠地を持つことを許していた〉ことにあったと、彼には思えたからです。

フランスの大西洋岸にある大軍港ブレストの艦隊と、地中海岸の大軍港トゥーロンの艦隊とは、この英軍ジブラルタル基地によってまったく二つに分断されてしまって、常に一体集合的にそのどちらかに攻めかかってくる英国艦隊に対しては、フランス側は常に少数の一部分艦隊で立ち向かうしかなく、最初から勝ち目は薄かった     とマハンは結論しました。

なにしろ、フランス海軍を葬り去ってナポレオンの英国征服を不可能にした「トラファルガ—海戦」は、ジブラルタル軍港を根城に仏海軍を監視していた英国ネルソン艦隊が、ジブラルタル軍港からわずか50キロメートル先の海面で、もっと遠くから集まってきたフランス艦隊を「邀撃」するといった必勝パ夕–ンだったのです。幅14キロメートルしかない海峡を通航する敵性艦艇は、すべてジブラル夕ルの山の上からはお見通しでした。もしもパナマに英軍が「ジブラル夕ル要塞」を建造してしまったなら、アメリカの未来はどうなるでしょうか?

将来のアメリカ合衆国は大西洋にも太平洋にも艦隊を維持しなくてはなりません。しかしその艦隊をいつでも一体に集合できるようにしないならば、トー夕ルで優勢な英国海軍に対する勝ち目は無くなります。中米運河を「アメリカにとってのジブラル夕ル」にさせてはならないのです。そのためにはカリブ海と中米を、早くアメリカが制圧しておく必要がある、とマハンには思われました。

中米を英国に支配されたくなくば、カリブ海域におけるスぺイン支配地に英国の手が伸びる前に、極力、合衆国の手中に回収して軍事基地化しておくのが得策です。

この目的意識のもと、1898年にマハンが盟友セオドア•ローズヴェルト海軍次官を応援して起こさせたのが米西戦争です。米西戦争の結果、カリブ海での英軍勢力は米軍勢力に対して劣勢となって、英帝国は中米運河の支配を諦めるという流れができました。

太平洋から、英国の同盟者となるかもしれない外国海軍が、中米運河に接近するためには、 途中で貯炭場を利用しなければなりません。だったらその貯炭場も、米国が支配しておかなくてはまずい。この問題意識から、1890年の『海上権力史論』いらいマハンは「ハワイを併合せよ」という論陣を張り、やはり米西戦争中の1898年にそれが実現します。さらにスぺイン領であったフイリピンも奪い取って、シナ大陸と蒸気船で交易するための太平洋上の中間貯炭場を確保し終わりました。

マハンは、西部開拓ブームや、それに連動する鉄道ブームには、心の中で大いに反発をしていたろうと想像されます。このブームが続く間は、アメリカ人民は誰も海上貿易(特に対シナ貿易)の将来などには注意を向けないでしょう。しかしマハンが見るところ、英国が17世紀以降に強大化できたいちばんの理由は、スペインやオランダやフランスが不十分にしか実践をしなかった、商船隊と軍艦と私企業主体の海外市場開発を連動させる富国強兵策を、意図的に推進したことにあったのです。これを大衆に分からせることも『海上権カ史論』の意図のひとつでした。

第1章でも述べた如く、スペイン政府は、新大陸にせっかくの殖民地を得ながら、金銀をせっせと持ち帰らせるばかりで、現地と本国での私企業(製造業•運送業•小売業)の発達を妨害しました。おそらくその理由は、イベリア半島から苦労してイスラム教徒を追い出した、じぶんたちの国家建設過程にあったのでしょう。サラセン人を敗走させ、その財を奪った者が領主階級となって農民の上に君臨していたのがスペイン帝国でした。彼らの気風として、モノを作ったり売ったりするビジネスなんか、考えられるものじゃなかったのです。

オランダ人は国土が狭いので、遠い海外の殖民地を開拓するしかないという覚悟は決めていました。しかしオランダ人は、ライン川の河口港という一大販路も擁していた地勢から、どうしても発想が商人的になり、つかの間の平和を得ると、すぐに陸海軍への出費を減らして、効率.的に儲けることだけに集中しようとするのです。このような商業貴族たちからなる政府では、片時も戦争を忘れないで海軍力を整備しているイギリス人たちとの仁義なき競争において、敗者となるしかありませんでした。アメリカ人は、オランダ人のようになってはいけないと、マハンは『海上権カ史論』で議員さんたちに警告したのです。

フランス人は国土全部が恵まれた農地で、本国での生活の満足度が高いためか、たとえば<イギリスの息の根を止めてやる〉ような海外指向の大戦略に思い至りません。かつてドイツ人のライプニッツがルイ14世 (1661 年に宰相マザランが死んだあと半世紀以上もフランスの対外策を親裁しました)に進言したことがありました。〈隣国オランダと直接戦争するよりも、もっと得な策があります。フランスの陸海軍でエジプトを占領すればいいのです。さすればフランスが地中海を支配できるので、オランダの海運業は衰退し、やがてオランダの東方の宝庫もフランスの手に落ちてきます。直接戦争はしないのですから、インド洋で築いたフランス資産が破壊されることもありません〉と。

ルイ14世時代のフランス軍ならば、この遠征も楽に成就できたのに、帝王はそのコースを採用しませんでした。後にナポレオンがライプニッツと同じ結論に達したときには、すでに英国が、先行してインドまでの中間海軍基地(マルタ、キプロス、スエズ、セントへレナ、喜望蜂・・・)の布石を終え、盤面をすっかり支配しており、フランスには勝ち目はなくなっていたのです。フランス海軍の軍港は地中海ではトゥーロンの1箇所にしかなく、英海軍の根拠地から交通線の脚面を簡単に妨害されました。

マハンは、もしも太平洋のガラパゴス諸島や、カリブ海の島嶼に英軍が基地を作ると、米艦隊が中米運河を利用するときに、側面から牽制されてしまうと読者に注意を喚起しました。逆に米国こそが英国のように行動しなくてはならないのです。太平洋の島嶼を補給港として押さえ、シナ市場をアメリカ商船が支配することは、西部開発よりも大事です。それこそが、アメリカ合衆国が世界の富豪になるための最短コースなのです。

②P.235

米国はドイツと日本を手離すな

スパイクマンは、如上の大局的把握に基づいて、第二次大戦の結末をその渦中において鋭く予測し、アメリカ合衆国が取るべき針路をアドバイスしました。

まず、〈枢軸が敗北するのは決まっているものの、ドイツを無力化してはならず、戦後のソ連と拮抗させなくてはならない〉〈日本の敗戦後、ソ連は国境をめぐってシナと対立関係に入るだろう。リムランドであるシナは、かならず強大化する。ソ連は押されて、中央アジアを支配し続けられない。米国はシナによる日本併吞を阻止せねばならず、むしろ進んで日本と同盟することで、シナと拮抗しなければならない〉と説きました。

こんなことを、アメリカと日独との間の戦争が正式スタートしたばかりの1941年12月31 日に、「アメリカ地理学会」の質疑応答の中で公言しているのです。もちろん学者仲間から総反撃をくらいましたが、戦後にアメリカ政府が服用したのは、まさにスパイクマンの処方箋でした。

戦前のわが外務省に、スパイクマンの米国東部政治エリート層に対する影響力を偵知できるだけの情報収集力や人脈があれば、もうちょっとマシな終戦工作が可能だったかもしれません。

③P.295~305

真珠湾の大へマ?

日本海軍の情報系の幕僚たちが常に優先的に調べ上げなければならなかったことは、米軍は 対日有事のさいにどうやって油脂類を前線まで補給するのか、そのルートについてでした。それが分からなければ、敵の燃料補給線を遮断するプランも立てようがないわけです。しかし、日本海軍の中で燃料問題に最も詳しかった「機関科将校」たちが、日米開戦のプランニングには参画させてもらえなかったことが象徴しているように、日本海軍の首脳には、それについての関心は皆無でした。

日本の軍人は、石油のために国運を賭けて開戦すると叫びながら、敵軍の石油のことなどどうでもよかったのです。このために、日本にも実はわずかにあった勝利の可能性が、ゼロになったと思われます。

対米戦争が日本の完敗に終わって、徐々に、日米開戦時の米海軍幹部の回想録も発表される ようになり、その内容を聞き及んだ日本人たちが意外に感じたことのひとつは、〈真珠湾の油タンクを爆撃しなかった日本人は馬鹿だ)という論評でした。

1942年以降の中部太平洋作戦を指揮したニミッツ元帥(1885〜1966)が、1960年に出版した『The Great Sea War』の中で、〈カリフォルニアから1年以上もかけて運んだ重油450万パレルが、ことごとく真珠湾の地上タンクには入れてあったのに、日本軍はそれを攻撃しないで見逃した。もしその燃料が爆撃で炎上させられてしまっていたら、当時の米国は欧州へ大量の石油を送る約東をしていた関係上、真珠湾に再び大艦隊への重油補給機能が回復されるまでには数か月もかかり、その間、日本軍は西太平洋ではほぼフリーハンドが得られただろう〉と示唆したというのです。

この地上重油タンクは、巨大な茶筒蓋状の鋼製貯槽(1個の容量は7000トンくらいと思われるものの寸法データは調べても出てきません)で、当時の写真からはタンクの屋根は固定屋根だったように見えます。オアフ島の真珠湾軍港の潜水艦埠頭の東からヒツカム陸軍飛行場の北縁にかけて、これが相互に100フイート以上の間隔をあけて26基、配置されていました。

ニミッツは1940年には米海軍の埠頭施設や工廠を総括するポストでしたから、ハワイの重油貯蔵については何から何までも承知していました。また、平気でデタラメを書けるような「豪放軍人」でもありません(緻密な事務に向かないキヤラクターの将官は、日米どちらでも部内の頂点をきわめられないようになっていました)。

太平洋艦隊司令官としてニミッツの前任者で、41年末のハワイに所在したキンメル提督も、 <真珠湾で地上タンクが燃やされてしまっていたならば、ハワイからは大艦隊に対する作戦支援がもはや不可能となったので、いったんは、全艦隊が本土西海岸まで戻る必要があっただろう>と証言しているそうです。

これは、あり得るでしょうか?

確認しましょう。

1941年12月7日(現地時間)時点で、真珠湾の地上には26基の大容量重油夕ンクが存在し、すべて潜水艦阜頭に隣接していました(ただし潜水艦は軽油で走るものなので、当該貯槽と直接の関係はありません)。この重油タンク群は1939年秋に建設が始まり、1941年10月にはそのうち2基だけに対空迷彩として、ピルデイングに見せかける手の込んだ偽装がなされており、他のタンクも地面色の塗装だったのだと伝えられますけれども、1基1基があまりに巨大ですので上空からはまるわかりでした。位置は、陸軍のヒッカム飛行場からも、海軍のフォ-ド島飛行場からも、目と鼻の先です。ハワイ空襲に参加した搭乗員は、全員、そのタンク群を視野におさめたでしょう。

450万バレルという合計貯油量は、ハワイより西側の太平洋での米艦隊の作戦を2年半まかなうのに足るものでした(この数値は80年代よりも後から流布したもので、ニミッツが明かしたものではありません)。

タンクの側壁のスチールの厚さは、最上部のいちばん薄くてよいところでも「4分の1」インチから1インチ強はあったと想像されますので、当時の日本海軍機が装備した7. 7 mm機銃 (九九式艦上爆撃機はこれ2梃で前方を射撃できた)も、20mm機銃(これは零戦だけが装備)も、側壁の貫通は無理ではなかったかと思うのですが、連合艦隊の戦闘詳報によれば1942年4月9日にセイロン島のトリンコマレー軍港を空母『飛龍』の艦上機で空襲したさいに、重油槽×1を制空隊、すなわち零戦が銃撃炎上させたという記録があります。

重油タンクの天板の厚さは見当がつかないものの、空襲中に激しく射ち上げられた米軍の防空火器(12. 7mm機関銃から3インチ高射砲まで)の外れ弾や落下破片によってその天板が損傷を受けたという話は聞かれません(付近住民の間には落下物による死傷者が発生しています)。

一般論として、重油は、たとい空気と接していても、常温では容易には着火しないものです。パールハーバーの重油の夕ンクの中に60kg以上の日本海軍の爆弾が飛び込んで爆発すれば、 火災(もしくは大爆発)が生じたでしょう。しかしタンク1基の火災が、他の夕ンクも延焼さたかどうかは分かりません。

41年当時の空撮写真を見ますと、すべてのタンクとタンクの間にはタンク1基分以上の間隔がとってあって、しかも1基ごとに高い土手で地面を仕切っています。こうした防油土手は、タンクの内容液全量が漏れてもその外へは溢れ出さぬ高さに設計されていたはずです。

したがって日本機は26基のタンクにひとつひとつ爆弾を正確に配分せぬ限り、真珠湾所在の重油の全量を焼亡させてしまうことは不可能だったでしょう。

空母『翔鶴』と『瑞鶴』の艦上攻撃機隊と艦上爆撃機隊は、他の4隻の母艦飛行隊よりも技術が未熟だというので、真珠湾空襲時には対艦ではなく対地攻撃任務を割り当てられていました。この空母2隻分の艦攻や艦爆がよってたかって上手な爆撃を加えた場合は、貯槽26基を全部燃やしてしまうことはできたと思われます。

ただし、そこには悩ましい問題があったのです。それだけの有力な攻撃力を使って、ヒッカム飛行場やフォード島の海軍格納庫内や飛行場にズラリ並んでいる四発重爆撃機B -17や長距離哨戒飛行艇カタリナや単座戦闘機P—40の上に少しでも多くの破片爆弾を雨下させなくても、 よかったでしようか?

敵戦闘機が地上で撃破されれば味方の第二波や、第二次攻撃隊(これは実行されず)は迎撃を 受けないですみました。また、もし敵の大型長距離機を討ち洩らせば、それが帰路の空母艦隊を発見して、大きな仇を為すかもしれないのです。

当時の貧乏だった日本人の目には、工業的な付加価値のかたまりである新鋭航空機300機 を爆破してやれるチャンスこそがあまりにも貴重であると信じられたのではなかろうかと思われます。

真珠湾攻撃を計画した日本海軍の作戦参謀は、41年末の時点で米海軍が重油を安全な地中に 貯蔵していないはずはない、とも考えていたようです。

日本海軍では1914年以降、重油の蒸発損失をなくし、かつ、空襲にも脆弱でないものにしようと考えて、備蓄タンクを地中式、もしくは覆土式にするようになっていました。

ですから<ハワイ基地の地上に見えているタンク群を全部破壊しても、地下には別の貯蔵タンク群があって米海軍は痛痒を感じまい。もしかすると地上タンクは既に空に近い状態で、 せっかくの爆弾の無駄となるだけかもしれぬ〉と日本海軍の側で勝手に疑っていたとしても、それは無理はないです。

真相は、1991年の冷戦終了後に秘密が解除されて、一部があきらかになりました。オアフ島内の「レッドヒル」と呼ばれる丘陵地帯の地中100フィー卜のところに、1940年12月から海軍少将ニミッツの差配によって、たしかに総計20基もの巨大地下貯油槽が、極秘裡に築造されつつあったのです。それは全体で重油540万バレル+軽油60万バレルを貯蔵できるもので、すべてが完成したのが1943年9月だったといいますから、41年末の時点で一部は概成していたでしょう。日本海軍は、この大規模工事の「噂」を耳にしていたのかもしれません。

それでも、上述のジレンマにもかかわらず、もしも数機の「九七艦攻」が60kg爆弾複数を夕ンク群の上にバラ撒き、うまい具合に重油が全部燃えてしまった……としましよう。

米国指導層の筆頭の関心事は英本国をドイツに支配させないことでしたので、日本およびドイツとの戦争状態(12月11日にドイツから対米宣戦)が発生して以後は、パールハ-パーへの450万バレルもの重油再補給などは当分、後回しとされ、英本国およびソ連への油脂援助(ソ連向けは41年8月から本格化していました)に全力が傾注されたことは疑いありません。

米国内では早くも1941年9月25日に、陸海軍とF•D・ローズヴエルト大統領が、〈まずはドイツを敗北させるべし。そうなれば日本も、やっていけなくなるだろう〉という戦略見通しで一致しているのです。

ソ連への油脂搬入は、夕ンカーでイラン南岸(おそらくホルムズ海峡に面したバンダルアッバース港)にまず揚げ、そこから鉄道貨車でカスピ海南岸へ輪送しなければなりませんでした。日本の空母艦隊は、シンガボールを根城にして、ハワイ基地から米空母艦隊が出撃のできないでいる半年前後の間、インド洋を常続的に制海し、1隻の米英タン力―/貨物船もインド洋側からはホルムズ海峡に近づき得ぬようにできたでしよう。すると、どうなったでしょうか?

第4章でも解説しましたスターリングラード市(およびカフカス地方からパクーにかけて)のソ連軍は、カスピ海およびボルガ川を経由する米英両国からの補給品(特にトラック用燃料)を42 年1月以降は受け取れなくなったでしょう。その結果、42年6月発動のドイツ軍の「青作戦」 は、史実よりも弱い抵抗を排除するだけでよくなって、ドイツはグロズヌイ油田と、最重要水運結節点のスターリングラードを占領して、独ソ戦の流れを変えてしまったかもしれません。

もちろん米海軍も座視してはおらず、南アフリカのケープタウンに根拠地を構築して、大西洋艦隊所属の空母をインド洋へ差し向け、インド洋で日米間の初の空母同士の海戦が生起した可能性もあるでしょう。

アマチュアは戦術を語り、プロは補給を気にする

マハンは、帆船が汽走船に変わったことで、貯炭場の平時からのグローバルな確保が海軍の遠距離作戦能力を左右する時代になっているのだと、政治家たちを啓蒙しようとしました。第二次大戦は、石油時代でもそれがあてはまることを痛感させます。

石炭貯蔵所と違って、重油タンクは砲爆撃によって意図的に着火させやすいので、むしろマハン時代よりも防禦の配慮が必要となりました。

もし日本海軍が、ハワイの地上重油タンク群こそは米国太平洋艦隊の一大弱点であると見抜けたのならば、空母機による真珠湾攻撃の代わりに、潜水艦から発進させた特殊小型水上機によるタンク群への小型爆弾の投下と、潜水艦に特設させた8〜12インチクラスの長距離砲による攪乱砲撃を組み合わせた「ミニ奇襲」が選択されたかもしれません。じっさい英海軍は戦間期に潜水艦に12インチ砲を搭載して、発射後30秒で潜行する実験に成功していましたし、フ ランス海軍も1929年に潜水艦に8インチ連装砲塔をとりつけて、7マイルまで照準が可能であったといわれているのです。

7000トン容量のタンク1基の建設には、戦前の日本の場合ならば1年以上もかかったようです。米陸軍工兵隊の能力ならば、数か月で再建できたでしよう。

それが完成するまでの急場しのぎには、カリフォルニアから重油満載の油送船をハワイ、サモア、豪州方面の諸港へ派出し、そこで「浮かぶ貯油タンク」として待機させておく方法もあったはずです。なにも専用のタン力ー船や給油艦でなくとも、量産型の貨物船を小改造しても当座は間に合ったでしょう。

ここでまた仮に、ハワイ軍港の補給基地としての機能が一時的に麻痺したとしましょう。そのおかげで開戦後の半年から1年間、マレーや蘭印からの日本の石油還送がまったく妨害されることがなくなったとしたら、日本は内地に何百万トンもの原油を余計にストックすることが、可能だったでしょうか?

蘭印だけでも、開戦直前の時点で日量17万バレル=2万7030キロリッ夕―が生産されていました。かたや1941年度の軍用も含めた国内石油消費量は、42年5月に海軍省軍需局が作成した「本邦油槽船発達経過•概要」という資料によれば500万キロリッター、すなわち 1日に1万37 00キロリッターでしたので、もしも蘭印石油を全量内地へ持ち帰れたとしたなら、国内で消費をし続けたうえに、消費したのとほぼ同量の備蓄まで積み増せたという皮算用になりましょう。

しかし、それは実現できなかったはずです。まず、それだけの油を溜めるタンクが、内地にはなかったでしょう。また、それだけの原油を日本本土に持ち帰り得るタン力―を、日本は開戦前に整備していませんでした。19 3 9年に日本が保有していたタンカーは合計43万トンで、 これは日本の全船舶の8%に相当したそうですが、同じ年に、米国は280万トン(全船舶の24%、英国は326万トン(15%)もの夕ンカーを動かしていたのとは、大違いなのです。 迂闊にも大量整備を怠った希少で貴重なタン力ーを、米潜の雷撃から守るための措置も、連合艦隊は講じませんでした。トラック島やパラオ島の陸上の貯油施設が容量不十分であったために、動かすことのできる油槽船を何隻もいつまでも軍港内に浮かべてタンク代りに使わざるを得ず、それを米艦上機のいっぺんの空襲ですベて沈められるといった、二重にも三重にも無駄な戦争資源の運用をしていたのでした。終戦までには110隻もの日本のタン力ーが敵潜水艦によって沈められているそうです。貨物船の運航を打ち合わせるときに用いた日本の暗号まで、米海軍によって解読されていました。

④P.316~317

geopolitics-1

⑤P.327

geopolitics-2

⑥P.328~331

対儒教圏の理想的バリアーとなるハイテク機雷

日本のエネルギー環境が、以上述べました太平洋航路の活用によってこれから好転すると見られるのに比し、中共のエネルギー安全保障は、お先真っ暗です。

中共が経済成長する過程で、中共はエネルギーと食料のアウタルキー(国内自給自足体制)を失いました。ここに彼らのリカバー不可能な弱点ができてしまいました。

中共は2030年までに新たに110基もの原子力発電所を建設して運用開始するつもりで います。が、フランスにおける先行実験が教えているとおり、いくら原発を増やそうとも国家は石油燃料消費をゼロにできるものではありません。特に陸海空軍にとっては、石油は今も血液と同然です。

げんざい、中共が輪入したり輪出したりする必要のある物資の96% (重量換算)もが、海の上を運ばれるようになっております。

空輸や、陸上国境越しに交易されている物資は、重量換算では4%しかありません。これは何を意味するのか。

いまや中共は、「機雷戦」によって自滅するしかない体制となってしまっているのです。 日本では先の対米戦争の末期に撒かれた機雷を戦後に取り除く必要があって掃海部隊が最初に再建され、いらい一貫して機雷戦関係の戦技が磨かれてきています。もし中共軍が日本列島の外周に機雷を撒こうとしても、シナ沿岸ほど遠浅ではないので、「繋維機雷」という面倒なシステムにする必要があり、それは掃海隊にとっては除去は容易です。

また米軍も、冷戦中にもついにソ連が模倣することができなかったハイテク機雷のラインナップを複数、有しています。

かたや中共海軍は、彼らの遅れた技術力では探知が困難な米海軍の優秀潜水艦を首都北京に 近寄せないために、対米有事には漁船まで総動員して手当たり次第に数十万発の機雷を海中に 投入させ、黄海と東シナ海は機雷だらけにしてしまうつもりです。

シナ大陸の沿岸は、河川が吐き出す泥土のために、どこまで行っても遠浅の海です。安価でしかも非常に探知され難い「沈底式機雷」にとって、天津や上海ぐらい「封鎖」しやすい港はないでしょう。そんな機雷が、有事になれば、敵と味方の双方によって、無数に撒かれてしま うのです。

げんざい中共海軍は、沿岸のあちこちに潜水艦用の新根拠地を増やしているところです。が、今日のハイテク機雷は、ごく少数でも、それらの軍港への潜水艦の出入りをまったくできなくしてしまえます。米軍と自衛隊は、「水中ロボット」を使って繰り返し、対潜水艦用の機雷を敷設するでしょう。中共海軍には、それを排除する技術はありません。

中共がずうずうしくも国際海洋法を無視して領有を主張している南シナ海域でも、中共から領海主権を守らなければならない沿岸諸国が、おのおのの自衛のための機雷を敷設するでしょう。血迷った中共がこれらの諸国を攻撃すれば、これらの諸国は、マラッカ海峡、スンダ海峡、ロンボク海峡、マカッサル海峡、バラバク海峡、ルソン海峡、トンキン湾を、機雷によって封鎖してしまうことができます。

多数の機雷が敵味方によって敷設されますと、揚子江の出入用航路の部分だけでも1〜2年では掃海され得ません。中共は、石油の搬入を断たれて、軍隊の機能がまず停止し、軍隊がバックアップしている警察とともにそのまま「軍閥」化し、国内各地に反北京の暴動が起こって、いくつかの軍閥支配区の割拠状態が生じ、そのうちにまた、「ロだけ近代指向」の儒教専制的統一政体に収斂していくことでしよう。シナの地理が変わらぬ限り、シナの歴史も同じことの繰り返しです。かつて辛亥革命に手を貸してやった日本人には、身にしみているでしょう。 中共が長期戦の構えを取ろうが、短期で屈服しようが、機雷は、中共を包囲し続けます。

沿岸部だけに8億人もが集中して暮らすようになった今の中共にとり、その沿岸の海が、自分たちで闇雲に投入した機雷によって通航も漁労もできぬ海面に変わってしまいますと、電力も食料も得られなくなった彼らは、一斉に内陸部、それも水の得やすいチべットかミャンマー方面へでも移動するしかないでしょう。

誰にも除去不能な数万発の機雷は、日本とシナ大陸の間の戦後数十年間の汚れた関係を半永 久に断ってくれると期待できます。江戸時代の平和が復活するでしょう。われわれは、しばらくの間、厄介な儒教圏人たちとは無縁に暮らしていくことができるのです。これほど素敵な 「フリー.バリアー」(無料の障壁)が、他に考えられるでしょうか?

スパイクマンは、アメリカは孤立主義による安全は得られないと警告しました。

日本は逆に、遮断主義(大陸や半島の儒教圏人とは平時から縁を切る)によらなければ安全は得 られません。これは江戸幕府の智恵なのです。

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5/4JBプレス 古森義久『注目のトランプ「外交政策」、やはり中身はなかった 粗雑な孤立主義を米国の識者が厳しく批判』について

5/5朝日新聞デジタル

<米大統領選の共和党候補者指名争いで、獲得代議員数が2位だったクルーズ上院議員(45)が3日(日本時間4日午前)、選挙戦からの撤退を表明し、実業家のトランプ氏(69)が同党の指名を獲得することが確実な情勢となった。同日に行われたインディアナ州予備選で同氏が大勝し、クルーズ氏が選挙戦の継続を断念した。  クルーズ氏は、同日夜のインディアナ州での集会で、支持者を前に「我々は選挙戦から撤退する」と表明。一方、トランプ氏は早くも民主党のクリントン前国務長官(68)との対決を見据え、「我々はヒラリー・クリントン氏を打ち負かす。彼女は偉大な大統領にはなれない」と自由貿易に対する政策の違いなどを強調し、「(本選挙が実施される)11月に我々は勝利する」と述べた。  これまでの獲得議員数で3位のオハイオ州のケーシック知事は依然撤退の意向を示していないが、トランプ氏が7月の共和党全国大会前に候補者指名に必要な代議員総数の過半数を獲得するのは確実な情勢だ。  同党全国委員会のプリーバス委員長は同日、ツイッターで「トランプ氏が共和党候補となるだろう。我が党が団結し、クリントン氏を打倒することに集中する時だ」とコメントし、トランプ氏が指名を獲得するとの見通しを明らかにした。  一方、民主党のインディアナ州予備選ではサンダース上院議員(74)が、クリントン氏を僅差(きんさ)で破り、勝利した。クリントン氏が党の指名を獲得するのは確実な情勢だが、サンダース氏は選挙戦を継続する方針で、最終決着はしばらく先になりそうだ。(インディアナポリス=金成隆一、ワシントン=佐藤武嗣)>(以上)

米大統領本選はヒラリーVSトランプの戦いになりました。トランプが今後考えなければならないのは

(1)共和党全体を纏め上げれるか。特に共和党主流派はトランプを嫌っており、その関係修復をどうやるか。

(2)副大統領候補をクルーズはフィリオーナ(女性)にしていましたが、ペイリン(女性)を指名するかどうか。或は誰を指名するのか。

(3)女性を侮蔑する発言、人種差別発言をしてきたがこれをどう軌道修正していくか。

ヒラリーが共和党を分裂させるため、トランプを擁立させたとの噂がある中で、トランプはアジテーターの役割を止め、真剣に政策を訴えなければ本選でヒラリーに負けてしまうでしょう。

本記事のように矛盾を露呈するようではダメで、早急にスタッフを集めて、知恵を絞ってほしいと思っています。

記事

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米首都ワシントンで、外交政策について演説するドナルド・トランプ氏(2016年4月27日撮影)。(c)AFP/Brendan Smialowski〔AFPBB News〕

 米大統領選で旋風を巻き起こしている共和党候補、ドナルド・トランプ氏が初めて外交政策について演説をした。

 トランプ氏が予備選挙戦で事前に草稿をきちんと準備して演説したのはこれが初めてである。だが、その外交政策は粗雑な孤立主義であるとして、保守派かもらもリベラル派からも厳しく批判される結果となった。

「アメリカファースト」を掲げオバマ外交を批判

 トランプ氏は4月27日、ワシントン市内のホテルで初めて外交政策について演説した。以下がその内容の骨子である。

 まず、トランプ氏は外交政策全体の最重要点として「アメリカファースト」(米国第一)という標語を強調した。アメリカの利害関係を何よりも優先する姿勢である。

 その姿勢は、オバマ大統領の好きな「国際協調」や「多国主義」へのアンチテーゼとも言うことができる。トランプ氏はオバマ外交を「ビジョンがなく、目的も方向もなく、戦略もない」と断じる。そして以下の5点をオバマ外交の弱点として挙げた。

(1)米国の資源を無駄使いしている

 オバマ大統領は米国の軍事と経済を弱体化した。他国の国づくりを唱えながら米国の国力をすっかり骨抜きにしてしまった。

(2)米国の同盟国の負担が不足している

 北大西洋条約機構(NATO)の加盟国28のうち、公約である国内総生産(GDP)の2%以上を防衛費にあてている国は4カ国しかない。これは不公正である。

(3)同盟諸国の米国への不信が増した

 オバマ大統領の「友を嫌い敵を好く」態度によって、米国の同盟諸国の間で対米不信が増した。

(4)競合相手から軽んじられている

 ロシアや中国はおろか北朝鮮までもが米国を恐れず、もちろん敬意も抱かない。特に中国は米国への敵対的行動を盛んに行っているが、米国は対抗措置をとらない。

(5)外交政策に明確な目標がない

 リビアの独裁政権を倒した後 民主主義勢力の崩壊を黙視した。イラクやシリアでもテロ組織IS(イスラム国)の跳梁を座視した。

「国益を守るために軍事力を断固として使う」

 以上のようなオバマ政権批判を踏まえ、トランプ氏は自らの外交政策目標として次の3点を挙げた。

(1)イスラム過激派の勢力拡大を阻止する

 この目標達成には米国だけでなく全世界の努力が必要である。米国は軍事力の行使もためらわないが、哲学的な闘争も必要とする。

(2)米国自身の軍事力と経済力を再強化する

 中国もロシアも軍備を強化して国威を発揚しようとしている。米国も軍備縮小の流れを逆転させ、世界最強の地位を確実にする。経済面でも米国を偉大にする。

(3)米国の国益に基づく外交政策を確立する

 まやかしのグローバリズムに流されるべきではなく、主権国家こそが国民の幸福や調和の真の基礎となる。国際的な連帯もそれ自体には価値がない。

 トランプ氏は以上のような要点を訴えるとともに、「米国の国益を守るために軍事力を断固として使う」「民主主義など欧米の基本的価値観を世界に広める」「NATOおよびアジアの同盟諸国と協議して、共同防衛の経費の負担のあり方を論じ、共通の脅威への対処を考える」とも誓約していた。

立場を異にする3人の識者の評価は?

 このトランプ外交演説を米国各界の識者たちはどうみたのか。米国には多様な政治理念の論者たちがいる。ここでは代表的な3人の識者の反応を紹介しておこう。

・共和党系保守派の見方

 第1は、共和党系保守派の大物政治評論家、チャールズ・クラウトハマー氏の意見である。

「トランプ氏はこの外交演説で、自らを揺るぎない信念の政治家、そして大統領にふさわしいリーダーとして示したかったのだろう。その狙いはある程度は成功したと言える。

 彼の演説の主眼は『アメリカファースト』という標語に集約されていた。その背後には、トランプ氏が誇りとするナショナリズムが影を広げている。トランプ氏のナショナリズムは、他国や他国の国民には米国民の血や資源を犠牲にしてまで介入する価値がない、とする孤立主義と一体となっている。だが、その孤立主義志向は、同盟国の対米不信を取り除こうとしたりイランの封じ込めを唱えるとなると、矛盾が露呈する。いずれも対外的に関与しなければ達成できない目標だからだ」

・民主党系リベラル派の見方

 第2は、民主党系リベラル派の外交ジャーナリスト、ファリード・ザカリア氏の意見である。

「今回のトランプ演説は、メキシコとの国境に壁を建設するとかイスラム教徒の入国を禁止するという実行不可能な措置を提示していなかった点では、改善あるいは前進だと言える。だが矛盾の目立つ演説だった。軍事増強を唱える一方で緊縮財政を主張する。人道的な理由で海外への米軍投入には反対しながらも、海外でイスラム教徒に弾圧されるキリスト教徒の救済には熱心な態度をみせる。

 だが全体として、トランプ氏の外交政策はできるだけ外国への関与を避ける孤立主義の傾向をちらつかせる。しかも大衆迎合のポピュリズム的な外交政策と言えるだろう」

・中立の立場の見方

 第3には、ほぼ中立の立場としてタフツ大学の外交問題専門家、ダニエル・ドレズナー教授の意見を紹介しよう。

「トランプ氏の外交演説はオバマ政権の外交の欠点を大きく取り上げ、激しく非難しているが、そこには代替案がほとんど入っていない。

 トランプ氏の基本的な信念は、米国が一国だけ強大で対抗できる勢力がいないときにこそ世界は最も平和で安定した状態になるということだろう。米国の覇権による平和の維持は、米国の対外関与や対外介入を必ずしも意味しない。

 混乱が続く中東に軍事介入して治安を維持することには反対しながら、その一方で中東で米国的な民主主義を拡大させるためにもっと関与すべきだと唱える。トランプ氏の外交戦略の基本は、なんとなく孤立主義をにじませた、論理や一貫性に欠ける国威の発揚にみえる」

 トランプ氏の外交政策演説は米国内でもこのように多様に評価されており、日本にとっての意味を読むことは難しい。だが日本にとって、日米同盟における負担の是非を問われることは間違いないだろう。

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