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10/21日経ビジネスオンライン 福島香織『南京事件「世界記憶遺産登録」の教訓 歴史的事実の追求か、政治的視点の戦略か』について

無かったことを完全に無いと証明するのは難しいという事です。それは「悪魔の証明」と言われます。日本人は科学的論理性や事実を重視して100%なかったことを説明できなければ、「あったかもしれない」と思ってしまう癖があります。それが中韓というズル賢い敵国に付け入る隙を与えてきました。 世界遺産については外務省や文科省の責任をもっと厳しく追及すべきです。小生は一昨日、外務省解体の記事をブログにアップしました。この件についても、首相官のHPに意見として送付しました。今、日経の「私の履歴書」でJR東海の葛西さんの記事が出ていますが、やはり分割民営化を実現できたのは国民世論の後押しと、反対する経営者の首を取る事だったと思っています。国労・動労の力が強く、お客へのサービスそっちのけだった会社が見事に蘇りました。トイレを昔と比べれば一発で分かります。やはり、組織を変えるには荒療治が必要です。

今の外務省では、水面下の交渉何てできっこないでしょう。また狡猾な連中に騙されるだけ。軍艦島の強制徴用なんてそのパターンだったではないですか。「南京虐殺」については、遅まきながらでもキチンと世界に反論材料を政府として提出してアピールしていかないと、子々孫々に不名誉を与えることになります。

 北野幸伯氏のメルマガによれば、オーストラリア・ストラスフィールド市の慰安婦像設置を阻止する際、大変大きな役割をはたしたAJCNの代表の山岡氏は「日本政府の「立ち位置」の表現が全然だめです。「非戦闘員の殺害、略奪行為があったことは否定できないが、犠牲者の数の断定は困難」。これは、いったい何を言いたいのでしょうか?「南京事件があったことは事実だが、犠牲者の数は未定」こう聞こえてしまい、日本政府は南京事件そのものは認めていると解釈されてしまいます。5万人でも虐殺は虐殺でしょう?現に、海外のメディアでは、そのように伝えられています。これでは全く反論にも何にもなっていません。

提言として①淡々と、脅迫めいたことは言わずに分担金を50%に削減する。② 明確な証拠を揃えて、理知的に、かつ、継続的に反論を続ける。③言葉の選択にセンスある人材を登用する。④ 専属チームを作って、通年で活動する。ちなみに、登録されたということは、中国側の証拠も公開されることになるはずですから、公の場に引きずり出して、徹底的に批判すべきです。

AJCNがよくやる、逆を突く作戦です。さらに、最後の最後まで、中国側が南京事件について提出した資料を公開しなかった手続き上の不公正も厳しく追及すべきです。奇妙なことに、慰安婦の方は公開されていたのに、南京の方だけ全く公開されませんでした。ひょっとすると、慰安婦を落として南京を登録するつもりで、批判を避けるために公開しなかったのかもしれません。」(一部省略)

との意見です。

「南京虐殺」は米中合作だから、中国は逆にそれを利用して(米国も反対できないだろうということで)日米離間を図る材料としてきています。 日本人も早くから中国人は「騙す方が賢く、騙される方が馬鹿」「息を吐くように嘘を言う」民族ということが分かっていればもっと世論を盛り上げて反撃してきたのでしょうけど。WGIPの成果か、マスメデイア・日教組の呪縛が解けていない日本人が多すぎです。メデイアは産経・読売・日経までで、TVはコメンテーターの言ってる逆が正しいと思って見ることです。国民一人ひとりが理不尽な主張には反撃しなければ。子や孫のことを考えれば、「われ関せず」ではいられない状況まで来ているのを自覚してほしいです。

記事

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に中国が申請していた旧日本軍による南京事件に関する資料11点が登録された。同時に申請された「従軍慰安婦」に関する資料の登録は却下された。これは日本にとっては、かなり大きな外交的失点であるし、中国の国連外交の底力を見せつけられた、といっていいだろう。今後の日中関係にも大いに影響すると思われるので、今回は中国側の立場と思惑を中心に、このテーマに日本はどう対処していけばよいのか、を考えてみたい。

新華社「中国の申請が成功」

 中国国営新華社通信はこう報じている。

 「中国の申請が成功し、”南京大虐殺公文書(中国語で档案)”が正式に国連世界記憶遺産に登録された。現地時間の9日夜、パリのユネスコ本部が2015年の世界記憶遺産登録リストを公表し、新たに登録された47項目の中に”南京大虐殺公文書”の名前があった。同時に日本軍の強制慰安婦関連資料は残念ながら落選した。これにより、大戦史上三大人類大虐殺(南京大虐殺、アウシュビッツ強制収容所、広島原爆投下)に関する歴史史料がすべて世界文化遺産に入った」

 「2010年3月に、世界記憶遺産暫定リストに申請。2014年6月、ユネスコの世界記憶遺産事務局側が中国側の申請した資料11点について受理した。今年10月4~6日に、国際諮問委員会がアラブ首長国連邦アブダビで開かれた第12回会議で、世界から申請のあった90項目のリストに関して審査した。これに”南京大虐殺公文書”と”慰安婦-日本軍性奴隷公文書”が含まれる。

 ユネスコの紹介文によると、”南京大虐殺公文書”は三部構成になっており、①1937~1938年当時の南京大虐殺事件に関する資料②1945~1947年の中華民国政府軍事法廷の戦後調査と戦犯判決に関する資料③1952~1956年の年中華人民強国司法機関の文献に分類される。”性奴隷公文書”は1931~1949年の慰安婦の実態と彼女らが遭遇した苦痛の記録である」

 ”公文書”の中には含まれるのは具体的には次のようなものだという。

①国際安全区の金陵女史分離学院舎監の程瑞芳の日記

②米国牧師のジョン・マギーの16ミリカメラとオリジナルフィルム

③南京市民・羅瑾が死守した日本軍が平民を虐殺したり、女性をいたぶり強姦している様子を自ら写した写真

④中国人・呉旋が南京臨時参議会に贈った日本軍の暴行写真

⑤南京軍事法廷での日本戦犯・谷寿夫への判決文の原本、米国人・ベイツの南京軍事法廷上での証言

⑥南京事件での生存者・陸李秀英の証言

⑦南京市臨時参議会南京大虐殺事件敵人罪行調査委員会調査表

⑧南京軍事法廷での調査罪証

⑨”南京占領-目撃者記述”と題された外国人の日記、南京市民の証言…。

中国の重要な外交カードに

 新華社によれば、「これら内容の真実性、重要性、独自性は、ユネスコに次のように評価された。”この公文書の歴史的ルーツは明晰であり、記録の真実性は信用できる。資料が相互に補完し合って、完全な一連の証拠となっている。”

 南京大虐殺記念館の朱成山館長は『”南京大虐殺公文書”は人類の傷跡の記憶の一部であり、人類文明の発展に対して十分重要な啓示的意義があり、世界遺産の地位にふさわしいと思う』とコメント。南京市師範大学南京大虐殺研究センター主任の張連紅教授は『中国史学専門家と民衆は、この世界記憶遺産申請の成功は日本の右翼勢力に対する有力な反駁と反撃になるだけでなく、日本社会の認知度を改変し、正確な歴史観の樹立のたすけとなり、また世界人民の戦争の残酷性、歴史の記憶、平和を尊び気持ち、人類の尊厳を共に守るということへの認識の一助となるだろう』と語った」

 新華社報道を一読して分かるように、中国は何年もかけて、この南京事件の世界記憶遺産登録にむけて準備をしてきた。私は「南京事件がなかった」という立場ではない。だが、ベイツ・リポートやマギー・フィルムなど、その信ぴょう性が論争の的になっている資料をまとめて”南京大虐殺公文書”と名付けてしまう中国の歴史認識国際プロパガンダに、このまま流されてしまうことは、日本の外交にとってはかなり危険であろうと感じている。このあたりの歴史は、今後の中国の領土・主権の主張や、外交駆け引きの重要なカードになっていくだろう。

 南京事件とは、どういう事件であったかについては、日本国内でも、「こういう事実があった」と断言できる人は決して多くなく、一方「なかった」という証拠も何ひとつなく、その犠牲者の数についても規模についても議論がある。

 南京事件についての研究者や、その論文、書籍は、中国よりもむしろ日本の方が多く、その研究も進んでいると思われるが、自由な研究や言論が活発なほど、その真相というのが一層わからなくなってくるものなのだ。その点、中国は歴史というものを「真実の追求」ではなく、あきらかに政治として取り扱っているので、政府が、大虐殺があった、と断言すればあったことになり、犠牲者が30万人といえば30万人が事実になる。

真実の追求か、政府の断言か

 南京事件の残虐な写真として中国で流布していたものが、実は同じ年の1937年7月29日に通州(現在の北京市通州区)で起きた日本人居留民虐殺事件の写真であったとか、南京虐殺の犠牲者写真として新聞に使用されていた生首の写真が、じつは1931年の馬賊の処刑写真であったとか、かつて南京事件の”証拠”とされてきたものの中にフェイクが混じっていた。

 あの時代の戦争で、旧日本軍が捕虜や民間人の殺害を行わなかったということは私自身、あり得ないと思っているが、ではドイツ・ナチスの民族浄化や長崎・広島の原爆投下と並べられる規模の大虐殺が繰り広げられたのだ、と断言されれば、そうではないだろうと反論したい気持ちは抑えられない。

 厄介なのは、日本とて清廉潔白であるとは言い難く、あの当時の戦争の常であったとはいえ、戦時国際法に違反する行為は多々あったと思われることだ。それが国民党軍の行ってきたような黄河決壊作戦などとどちらが非道であったか、という比較はひとまずおいておこう。

 卑近な例を挙げて考えれば、ある組織の中で、周囲の雰囲気に流されて、昔にセクハラ行為をやった男が、そのセクハラ被害者にレイプ犯だと訴えられたとき、「俺は何もやっていない!」と言えるかどうか。しかしながら、ほうっておけば、やったこと以上の何倍もの罪をかぶせられる。当時、被害者は圧倒的弱者であったが、いまや出世して発言権も強くなり、周到に根回して周囲を味方につけてしまった…。

こういう状況で、自らの冤罪を晴らす、あるいは正確な罪の大きさをはかるにはどういう方法があるか、という話である。

 それにはまず、南京事件について、なぜ中国が自国の主張する歴史認識を国際社会にかくも確実に広めることができたかを考えないといけない。

 かつて中国の「パブリックディプロマシー(公共外交=民間の文化・人的交流などを通じて相手国の世論を自国に有利に誘導する外交の在り方)」について取材したとき、清華大学のある専門家から「日本はアニメや漫画など公共外交に必要な文化資源を中国より多く持ち、自国の国際社会でのイメージアップに非常に成功している。だが一つ大きな失敗をした。それが歴史認識世論の形成の失敗だろう」と指摘されたことがある。

米国の「日本洗脳」を研究した中国

 中国は21世紀に入ってから、公共外交でいかに中国の利益になる国際世論を形成するかという研究に力を入れている。そうした研究や論評の中で散見するテーマの一つに「米国はいかに日本を洗脳したのか」というのがある。

 いわゆるWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)についての研究や考察である。米国に原爆を落とされた日本が、なぜ、米国を恨まずに同盟国になりえたのか。それは、米国の巧妙な洗脳戦(WGIP)の成果である、という見方である。

 「この洗脳戦の最大の特色は、日本人と日本人のイデオロギー戦を設計したことである。つまり、米国の利益を代表する日本人とその他日本人の”戦争”である」(2010年12月 党政論壇幹部文摘『第二次大戦後の米国の”日本洗脳”』)。平和憲法、教育制度やメディアを通じて、日本人が日本人を洗脳したことによって、日本人は洗脳されたという意識をもたないまま、原爆投下した米国への恨みよりも罪悪感をすりこまれた。そのプロセスについて、中国共産党の専門家たちはかなり研究している。もう少し言えば、その米国のやり方を、中国も踏襲しようと考えて研究しているのである。

 つまり、日本国内の平和主義者、リベラル左派に中国利益を代弁させ、日本の世論形成に影響力を与える。そういう平和主義者を育てたのはもともと米国の戦略である。ただ、米国の育てたリベラル派はその後、国際社会の構造変化の中で”反米親中”的になり、保守派が”親米反中”的になってしまうという捻じれが起きた。中国の外交路線の基本は、こういう戦後の日本のイデオロギー対立状況をよく理解した上での日米離反にある。中国はこうした米国がうまく日本人に植え付けた戦争の罪悪感に乗る形で、南京事件を30万人大虐殺とするロビー活動を展開してきた。

 敗戦直後に南京事件を「30万人大虐殺」という形に定着させたのは米国の思惑も働いていると言えるかもしれない。

 南京軍事法廷、東京裁判でこの大虐殺説を支えたのは、ベイツやルイス・スマイス(金陵大学社会学部教授)、ロバート・ウィルソン(金陵大学付属鼓楼病院勤務医)、ジョージ・アシュモア・フィッチ(YMCA南京支部長)、ティルマン・ダーディン(NYタイムズ記者)といった米国人たちの証言だった。

 彼らが明確に意識していたかは別として、そこに日本が、原爆投下や東京無差別爆撃以上の非道を南京で働いたのだという”事実”は、少しは米国人の良心の呵責を和らげることになったのではないか。

 戦勝国が中心となっている国連で、日本を最悪の罪人にすることは中国にとって決して難しいことではなかった。今年秋、解放軍八一製作所が制作した抗日映画「カイロ宣言」は、米国原爆投下を日本がポツダム宣言受諾勧告を無視した「懲罰」だと、正当化している。こうして米国の”正義”を肯定する延長上に、今の中国の歴史認識プロパガンダがある。

 そういう中国の戦略に日本政府が、なんの対抗策ももてずに来たのは、一つには日本国内の世論が最大の障害となったのだと思う。外交官も含め、日本人の心の中には「30万人は多いとしても、やはり虐殺はあったのだから、言い返せない」という罪悪感が、対抗アクションを躊躇させてきたのだ。

改めて、歴史認識とは政治である

 では、こういう事態になって日本は今後どうすればよいのだろうか。いまさら世界遺産登録を撤回することは可能なのか。米国やイスラエルのように、ユネスコ分担金負担を拒否して抗議の意志を表明するという意見も日本与党から出たが、日本の世論はどちらかというと否定的であるようだし、政府内からも慎重さを求める声が出ている。日本がこうした形で国連と対決姿勢を強めることこそ中国の狙うところではないかという懸念もある。分担金拒否によって、なんらかの勝算が見込めるなら別だが、思い付きとはったりだけで勝負するならば、中国の方が何枚か上手であろう。むしろ、日本に今も昔も求められてきたのは、表だった強行姿勢ではなく、水面下の巧妙な外交ではないかと思う。

 正規の外交のことは外交官・政治家に任せるとして、日本の国民として改めて考えるべきは、「歴史認識」とは政治である、という点だろう。日本人の多くは歴史を過去の事実の連なりだと考えているが、世界の多くの国にとって、歴史とは国家の正統性を裏付ける政治である。そこにすぐばれる嘘があってはならないにしても、巧妙に自国の国益にかなう解釈を加える。そういった自国の利益にかなう歴史認識を国際社会に広めるために、海外の世論に公共外交と言う形で働きかけるのである。

 私たちはすぐ、歴史的事実に拘るが、南京事件のように77年たっても真相がつかめない歴史事件については、いっそ完全に政治としての冷徹な視点で、日本人としてどのように向き合うかを考えてみてはどうだろうか。あの歴史的事件を当事国としての罪悪感から考えるのではなく、その歴史認識が国際政治の中でどのような意味や影響力を持つかを考えてみるのである。

10/19 ZAKZAK 『米艦艇、南シナ海へ派遣 フィリピンなど関係国に通達 中国は猛反発』について

アメリカの世界戦略はいつも失敗しているように思えます。その最大のものは中国でしょうけど、やはり国の歴史が短いのと移民国家と言うのが大きいのではと思います。第二次大戦で日本を叩き潰した結果、共産中国を作ってしまい、ベトナム戦争に介入して国力を落としました。今も中東で、反アサドで資金並びに兵器で支援してきたISを作り出し、その前にはアフガンでソ連に対抗するため、ウサマビンラデインの反米組織を作り出しました。問題なのはユダヤ陰謀論なのか、軍産複合体なのか分かりませんが、少なくとも外形的にアメリカのやってきたことは愚かとしか言いようがありません。

中国と言うモンスターを育てたのは間違いなくアメリカです。ピルズベリー氏が断言しています。日本人も贖罪意識と言うかGHQや蒋介石に騙されて、中国を助けようとしたのが大間違いです。「飼い主の手を噛む」のは当り前の人達ですから。「後から結うのは福助頭」です。日本人も先を見通すことができる賢い人が少なくなったという事でしょう。

次の写真は正論11月号に掲載された田村秀男氏の「中国崩壊を恐れるのは誰だ!」記事中にあったものです。中国の人民銀行の資金供給と軍事支出が出ています。リーマンショック後に中国は人民銀行の資金供給を増やしたのと同時に軍事支出も大幅に拡大してきたのが分かります。まあ、中国のデータですからどこまで信用できるか分かりませんが。しかし、米中合作でやって来たのではという懸念が消えません。それで、戦争の芽を拡大しているのですから。財務省と言うのはどの国でも愚かなのかも知れません。中国に人民元のペッグを許し、経済成長を支え、軍事力の拡大を許してきたのはアメリカです。為替リスクをなくし、人口に見合った消費を期待してアメリカから投資したためです。結果はAIIBやブリスク銀行、南シナ海、東シナ海へと繋がります。死の商人は喜ぶかもしれませんが。

China military cost

習近平の訪英は10/19~23まででオズボーン財務相がご執心だったとのこと。20年前に中国をバス旅行し、娘にも中国語を習わしているとのこと。(下の10/19日経記事)。ハニーに引っかかったのでは。歴史を勉強すれば中国はアヘン戦争の仇を討とうとしているのが見えないのかと思ってしまいます。大分前に読んだ落合信彦の本で、中国は支援していたベトナム戦争で米軍に阿片を吸わせることを覚えさせ、アヘン戦争の仇を討ったとあった気がします。オズボーンはまともではありません。国家元首でない李克強と無理にエリザベス女王と面会もさせました。小沢が当時副主席だった習近平に天皇と特例会見させたのと同じです。両方とも後世から「売国奴」の烙印を押されるでしょう。訪英中に「自由な航行作戦」が展開されれば、習はゴルバチョフのようになるでしょう。ゴルバチョフのようには習は開明的ではないですが。

記事

オバマ米政権がついに腹を固めた。中国が南シナ海の岩礁を勝手に埋め立てて軍事基地化していることに対抗し、米海軍の艦艇を近く、中国が「領海」と主張する人工島の12カイリ(約22キロ)内に派遣する方針を、東南アジアの関係国に伝達していたのだ。中国は猛反発しており、南シナ海が緊迫化してきた。

 米艦艇が派遣されるのは、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島。共同通信が18日、複数の外交筋の話として配信した。具体的な派遣時期は不明。関係国には、フィリピンなどが含まれるとみられる。

 派遣方針はすでに複数の米政府高官が示唆しているが、関係国に意向を伝えたことは、オバマ政権の強い決意を物語る。人工島を中国の領土と認めない米国の立場を行動で示し、海洋覇権を強める中国を牽制する狙いがある。

 こうした動きに対し、中国は猛反発している。

 習近平国家主席は英国訪問(19~23日)を前に、ロイター通信の取材を受け、「中国が行っている活動は、領土主権を守るための正当なものだ」と、一切妥協しない考えを表明。南シナ海の島々は「昔から中国の領土だ」と強調した。

 中国共産党機関紙、人民日報系の「環球時報」は、さらに過激だ。15日の社説で、米艦艇が派遣された場合、「中国は海空軍の準備を整え、米軍の挑発の程度に応じて必ず報復する」「中国の核心的利益である地域に(米軍が)入った場合は、人民解放軍が必ず出撃する」と警告した。

 「米中新冷戦」時代が指摘されるなか、この時期の米艦艇派遣の背景は何か? 中国はどう動くのか?

 国際政治学者の藤井厳喜氏は「習氏の訪英はかなり前から決まっていた。英国は、習氏をバッキンガム宮殿に宿泊させるなど、経済的に中国に取り込まれつつある。もし、米艦艇が習氏の訪英に合わせて派遣されれば、単に中国へのけん制だけでなく、英国に対する『伝統的な米英関係を壊すつもりか』というメッセージもあるだろう。中国は強気の発言を続けているが、本音では米中衝突は避けたい。ただ、習氏不在時に、反習近平派が突発的衝突を演出する可能性もある。そうなれば一大事だ。習氏が急きょ帰国することもあり得る」と分析している。

日経記事『英、中国と「蜜月」演出 経済優先で「人権軽視」の声も』

【ロンドン=小滝麻理子】中国の習近平国家主席が19日から5日間の日程で英国を訪問する。中国国家主席の英公式訪問は2005年の胡錦濤前主席以来、10年ぶり。習氏をエリザベス女王の住居であるバッキンガム宮殿に宿泊させるなど、英は異例の厚遇で迎える。経済面の結びつきを深めたい意図が透けるが、中国の民主化・人権弾圧問題を置き去りにしたままの「蜜月」の演出に批判的な声も出ている。

 「両国関係は黄金時代に突入した」。9月、習氏訪英の地ならしのため訪中したオズボーン英財務相は上機嫌で語った。

 同氏は徹底した財政緊縮策から「鉄の財務相」の異名を持つ。20年前にバスを乗り継いで中国を旅した経験があり、娘にも中国語を学ばせる「親中派」だ。キャメロン首相の有力後継者で、英国の今の対中政策は同氏を抜きにしては語れない。

 キャメロン氏は12年にチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世と会談。これに反発した中国は英国との首脳・閣僚級の往来を中断した。英は当時の会談に猛反対したオズボーン氏のもと、人民元取引や中国企業の投資誘致など「親中政策」へと大きく転換した。

 今春には中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に先進国でいち早く参加を決定。外務省の反対をオズボーン氏が抑え込んだとされる。

 英国は戦後、「特別な関係」を続けた米国との関係が揺らぐ。サッチャー元首相はレーガン氏、ブレア元首相はクリントン氏という強力な指導力を発揮した米大統領と良好な関係を維持し、世界に影響力を及ぼした。だが今のオバマ大統領は中東情勢などを巡り指導力低下に直面している。

 その間隙を縫って台頭した中国は、経済力をテコに存在感を高める。独調査機関のメルカトル中国研究所によると中国の対外直接投資額は年1千億ドル(約12兆円)を超し、米国に次ぐ規模だ。

 00~14年の中国から欧州への累積投資額をみると、英国向けは122億ユーロ(約1兆6500億円)とドイツ(68億ユーロ)、フランス(59億ユーロ)などに比べて突出して多い。

 英財務省で今春インフラ担当に就いた著名エコノミストのジム・オニール氏は「これからの10年間はいろいろな面で米国と中国の地位の逆転がみられるだろう」と話す。習氏の訪英をとらえ、英国は人民元取引や原子力発電、高速鉄道などで広範な協力関係をアピールし、資金面の結びつきをより強めたい意向だ。

 ただ、こうした経済優先の英政府の姿勢には国内からも疑問の声が上がる。「雨傘革命」と呼ばれた昨年の香港の民主化運動の抑え込みに、旧宗主国の英国は沈黙を守った。オズボーン氏は訪中時に中国政府の人権侵害が批判される新疆ウイグル自治区ウルムチを訪問し、波紋を呼んだ。

 英紙フィナンシャル・タイムズは「健全な経済関係のためには、人権など他の全てにおいて従順な立場を取る必要があると決めてかかっている」と批判的だ。与党・保守党のある大物議員は「英国のソフトパワーの源泉は、世界の人権や自由の問題にしっかりと関与してきたことにこそあるのに……」と嘆く。

11/17 ZAKZAK『ベトナム人女性らが朴大統領に「謝罪要求」 韓国軍兵士から性的暴行の被害』について

週刊誌やSAPIOではだいぶ前から指摘されていた件です。ライダイハンとはベトナムで韓国軍人にレイプされて出来た子供のことです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%B3

本件につき、ネットで韓国人は「日本人が裏で動いてベトナム人にやらせている」という意見もありました。それこそ、その言葉をそっくりそのままお返ししたい。自分たちが慰安婦像でやっていることだから「日本」もと想像しているのでしょう。残念ながら日本の外務省は韓国人が評価するほどには能力が高くありません。汚れ役ができず、国家意識を持たない人ばかり。それだけの謀略ができる人材がいる中韓が羨ましい・・・・?。でも中韓と違い日本では財務諸表や政府報告書で嘘の数字は書き込めませんので。せいぜい政府の官房機密費位でしょう。でも中韓の使っている額とは桁違いでしょう。

日本人、特に偏向メデイアにドップリ浸かった人は、身内に攻撃の矢を向けずに外敵にしてほしいです。左翼の如何わしさ、謀略にはカウンターインテリジェンスが必要です。これを国民が支援していかないと外交では負けてしまいます。外務省は儀礼省にして、新たに外交交渉をする省を作りましょう。呼称も「外務省=Ministry of Foreign Affairs of Japan」ではなく「国務省=Ministry of Japan」くらいに変えないと駄目かも知れません。(国務省の大臣は国務大臣の意味が変わってしまうので、国務省長官とすれば良い。官房や最高裁だって長官呼称です)。外務省出身者でなく、各省から大使館や領事館に出向した官僚、海外経験者で交渉能力のある商社や金融機関等民間出身者を登用すれば良いでしょう。外務大臣は語学も含め交渉能力のある愛国者、民間人でも可とすべき。民間で愛国者がいるかどうかですが。JR東海の葛西さんくらいかな。

ユネスコ世界記憶遺産問題とか本件とかを利用して、世界に向けてもっと日本が持っている事実に基づいた資料をアピールしていくべきです。

記事

 訪米中の朴大統領に、超ド級の爆弾が直撃した。ベトナム戦争当時、韓国軍兵士から性的暴行を受けたというベトナム人女性が、朴氏に謝罪を要求したのだ。韓国軍をめぐっては、民間人多数を虐殺したことを伝える慰霊廟などがベトナム国内に多数設置されており、改めて国際社会の注目を集めそうだ。

 在米ベトナム人の団体は、オバマ大統領と朴氏の米韓首脳会談が行われる前日(15日)、ワシントンで記者会見を開いた。会見には、ベトナム人女性4人が、テレビ電話で参加した。

 このうち66歳の女性は「薪を集めていたときに韓国軍兵士に襲われた。その後、妊娠し1970年に出産した。働くこともできず、子供に教育を受けさせることもできなかった」と訴えた。

 また、60歳の女性は「家族でお茶やバナナなどを売る店を営んでいた。韓国軍兵士が来て母親が暴行され妊娠し、69年に男の子を産んだ。その後、私も暴行を受け71年に息子を出産した」と証言した。

 被害者を支援するノーム・コールマン元上院議員は、被害者の数を「数千人」と見積もり、このうち生存しているのは「約800人」だと説明している。

 韓国は64年にベトナム戦争に参戦し、73年まで8年間で、延べ約32万人を派兵した。これまでも、民間人虐殺や婦女暴行、混血児「ライダイハン」の問題が指摘されている。

 朴氏は15日、ワシントンでの講演後の質疑で、来月1日に開催見通しの日韓首脳会談に絡めて、相変わらず慰安婦問題で安倍晋三政権に対応を取るよう求めたが、まず、自国軍の蛮行に目を向けるべきだ。

10/15・16日経ビジネスオンライン 鈴置高史『ニューノーマルになった日本人の「韓国嫌い」 <特別編>連載150回を振り返る(1)』『大陸と付き合ってろくなことはない <特別編>連載150回を振り返る(2)』について

10/16オバマVS朴会談がありましたが、中国ほどの冷遇ではなかったものの、アメリカは冷ややかだったとの報道でした。それはそうでしょう、本記事にある星取表を見れば米中で韓国が取った態度からアメリカの黒星が圧倒的に多い。こういう態度で、韓国にいつまでも甘い顔はできないでしょう。オバマは朴に「中国の国際規範違反行為にはキチンと非難の声を上げよ。日韓関係を(未来志向=慰安婦問題は中国を利するだけ)肯定的な関係に」とヤンワリと要求しました。韓国産戦闘機の技術移転はカーター国防長官が韓米国防長官会談で拒否。三度目です。当たり前です。中国に漏洩するのが見えていますので。韓国は米国の敵No.1が中国と言うのを理解していないのでしょう。二股外交を歴史的にしてきた国ですから。そうしないと生き延びられなかったので仕方がない面はありますが。でも、結果は桂・タフト協定になりましたし、今後はアチソン声明のようにアメリカから見捨てられるようになるかもしれません。米軍から見れば韓国はTHHADも配備せず、米軍の安全に考慮してないわけですから「裏切り者」です。

日本人の「嫌韓」「非韓」は今後益々増えていくでしょう。米国は戦略の立て直しを迫られるでしょう。これだけ世論が韓国嫌いを示したんでは、韓国に融和的な政党(民主・共産・生活・社民)は政権を取れないでしょう。自民党の親韓派代議士だって当選するのが難しくなるかもしれません。30%も「良好」という数字自体が信じられません。政治に無関心な主婦層か在日が底上げしている気がします。大体左翼メデイアの垂れ流す論説やお笑い芸人のTVでの発言しか情報として取らないのでは選挙時に正しい判断は出来ません。「国民主権」「民主主義」が泣くというものです。でも自称リベラルと言われていた人が転向したのは良いことと思います。左翼リベラル新聞の刷込をずっと受けて来ていましたので。小生は中国の共産党支配が如何に過酷で腐敗しているか目の当たりに見てきましたので、直感的に左翼リベラルの言うことはおかしいと感じることができます。中国での裁判、スト、交通事故の遺族との交渉等もしてきましたので。

「(新)脱亜論」こそが、正しい道のような気がします。東亜の悪友との関係謝絶です。中華・小中華とも賄賂社会で世界に悪を為す国です。謙譲の美徳が通用する世界ではありません。ケント・ギルバート氏のように日米で新たな国際機関を作り、主力をそこに移して国連は抜け殻にしてしまえば良いでしょう。敵国条項を残したまま常任理事国に立候補何て冗談にも程があります。ユネスコも脱退、TPPで当然敵国に靡く国は入れないようにすれば良い(韓国が望んでも)。中国はIMF、世銀があるのにAIIBやブリスク銀行を作りました。やってやれないことはありません。でもオバマがそこまで決断できるかですが。次期大統領に期待するしかないというか、日本がそういった提案をしないとダメですが。

記事

「早読み 深読み 朝鮮半島」が150回を超えた。偶然にも連載開始と軌を一にして、日本人の「韓国嫌い」が激しくなった。坂巻正伸・日経ビジネス副編集長と深読みした。

なぜ、こんなに居丈高に?

坂巻:前々回の「『ヒトラーと心中した日本』になる韓国」で、連載150回を記録しました。初回は2012年1月12日掲載ですから、3年9カ月も続いていることになります。

鈴置:韓国外交を主要テーマに書いてきましたが、そんな特殊な話を飽きもせずに読んでくれる読者がいることは、驚きです。

坂巻:毎回、非常にたくさんの皆さんにお読みいただき、たくさんのコメントをいただき、感謝しています。

 新たな読者も増えています。日韓関係にさほど関心を持っていなかった人や「隣の国だから仲良くした方がいい」と考えていた人が「なぜ韓国はこれほど居丈高になったのか」と首を傾げるようになりました。

 この「早読み 深読み 朝鮮半島」は、そんな人たちが読みに来てくれています。日本人にとって韓国外交は「特殊な話」ではなくなったのです。

「もっと厳しく書け」

鈴置:韓国は李明博(イ・ミョンバク)政権末期から露骨な「卑日」政策を取り始めました。それまでの「反日」とは異なる、執拗な「卑日」に日本人は大いに驚きました(「これが『卑日』だったのか――」参照)。

 2013年2月にスタートした朴槿恵(パク・クンヘ)政権は「卑日」に加え「離米従中」も開始しました。同盟国である米国の要請を無視し、中国の言うなりに動くようになったのです。今や、米韓同盟が続いているのが不思議なくらいです。

坂巻:このコラムも「卑日」と「離米従中」が2枚看板です。読者の反応を見ると、ここ3年間で日本人の韓国観が急激に悪化したことが分かります。

鈴置:連載を始めた頃、「韓国とは歴史的な因縁があるのだから、もっと優しく書いたらどうか」と怒られたことがあります。先日、この人に会ったら「もっと韓国に厳しく書け。手加減するな」と言われました。

 180度の様変わりです。ほかにも同じ方向で変わった人が何人かいまして、多くが「リベラル」を自認していた人です。そもそも、優しくとか厳しくとか、感情で書いているわけではないのですが……。

坂巻:この連載は事実を淡々と深掘りするのがウリです。韓国への不信感や怒りが”リベラル”にも及んできたということでしょう。

3分の2が「韓国嫌い」に

鈴置:「日本人の韓国への嫌悪」は統計にもはっきりと表れています。グラフ1「韓国に対する親近感」をご覧下さい。毎年10月に内閣府が日本人に聞く世論調査「日本と諸外国との関係」の一部です。

グラフ1 韓国に対する親近感

Affection for South Korea

調査主体=内閣府/調査時期=毎年10月

※「親しみを感じる」は「親しみを感じる」「どちらかというと親しみを感じる」の小計、「親しみを感じない」は「親しみを感じない」「どちらかというと親しみを感じない」の小計

 2014年の調査では「親しみを感じる」が31.5%で、1976年に調査が始まって以来の最低を記録しました。それまでの過去最低だった1996年の35.8%と比べても大幅に低い数字です。

 一方「親しみを感じない」は66.4%。「韓国嫌い」の日本人が3分の2を占めるまでに増えたのです。これまた過去最高で、1996年の60.0%を大きく引き離しています。

 韓国専門家の中には「今の対韓感情は1965年の国交正常化以来、最悪だ」と語る人もいれば「金大中(キム・デジュン)事件(1973年)当時の方が悪かった」と言う人もいます。

 残念ながら内閣府のこの調査は1978年に始まったので、どちらが正しいかデータ的な判断はつきません。

 なお、1996年に対韓感情が悪化したのは、前年の1995年11月14日に、金泳三(キム・ヨンサム)大統領が「日本の腐った根性を叩き直してやる」と語ったためです。訪韓した江沢民主席との共同会見の席での発言で、文字通り、中国の威を借りたものでした。

一時は好感度国になったのに

 しかし21世紀に入ると対韓感情は改善しました。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代にやや悪化したものの、2009年には「親しみを感じる」が66.5%にまで上昇しています。「韓流ブーム」の影響です。

 グラフ2の「日韓関係」に関する意識調査も、ほぼ同じ傾向でアップダウンを示しています。

グラフ2 現在の日本と韓国との関係

Relationship with South Korea

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調査主体=内閣府/調査時期=毎年10月

※「良好だと思う」は「良好だと思う」「まあ良好だと思う」の小計、「良好だと思わない」は「良好だと思わない」「あまり良好だと思わない」の小計

(注)2013年10月調査までは、調査票の選択肢に「一概にいえない」が明示的に入っていないため、2014年10月調査

 この調査では、内閣府は発表したグラフに2014年の結果を入れていません。同年から「一概にいえない」との回答を明示的に含めたため「それまでと単純比較しない」との理由です。

 そこを敢えて比べれば2014年の「良好だと思う」は12.2%。前年の21.1%から大きく落ちて、過去最低になっています。2014年の「良好だと思わない」は77.2%で前年の76.0%からわずかですが増えています。

坂巻:いずれの調査を見ても、2012年から急激に日本人は「韓国嫌い」になり「日韓関係は悪い」との認識が一般的になりましたね。

竹島が悪化の原点

鈴置:李明博大統領の突然の「卑日」攻勢が原因です。まず、大統領は2012年8月10日に竹島に上陸しました。

 4日後の8月14日には「(天皇は)独立運動家がすべてこの世を去る前に心から謝罪すべきだ。痛惜の念という単語ひとつで訪ねてくるなら(訪韓は)必要ない」と語りました。

 「竹島」より、天皇への謝罪要求の方がより大きな怒りを呼んだ、と見る人もいます。どちらにせよ日本人は、李明博大統領の言動からそれまでの「反日」とは違う何かを感じ取ったのです。

 前者は「両国とも領有権は主張するが、現状には手を触れない」との、いわゆる竹島密約を完全に反故にするものだったからです。

 韓国は金泳三政権時代から竹島での施設を建設するなど約束を破り始めていました。しかし、大統領の訪問は避けていました。そこまでやったら日本が本気で怒るとの懸念からでした。

 後者の天皇への謝罪要求も同様で、一線を超えたものでした。メディアはともかく、韓国政府は「ちゃんと謝るなら来てもいいぞ」などと失礼な言い方はそれまではしませんでした。

 日本を貶めて快哉を叫ぶ「卑日」がこの時点から本格化しました。表「韓国の主な『卑日』」をご覧下さい。主に韓国政府主導の「卑日」を収録しました。これ以外に「旭日旗への糾弾運動」など、表面的には民間有志による卑日行動も始まっています。

韓国の主な「卑日」

「従軍慰安婦」像設置
2011年12月14日、韓国挺身隊問題対策協議会がソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」像を設置。日本政府が抗議したが、ソウル市と韓国政府は無視。その後、韓国と米国の各地に相次ぎ設置された。「像」以外に「碑」も世界中で立てられている。2014年1月には仏アングレームの国際漫画祭で、韓国政府主導の慰安婦をテーマにした企画展が開催。
大統領の竹島上陸
2012年8月10日、李明博大統領が竹島に上陸。日本政府は抗議し駐韓日本大使を一時帰国させた。同月13日これに関連、李大統領は「日本の影響力も昔ほどではない」と発言。同月17日、野田佳彦首相がこの問題に関し親書を李大統領に送るが、同月23日に韓国政府は郵便で送り返した。
天皇謝罪要求
2012年8月14日、李大統領が天皇訪韓について「独立運動をした人に心から謝罪をするのならともかく(昭和天皇が使った)『痛惜の念』だとか、こんな言葉1つなら、来る必要はない」と発言。
対馬の仏像窃盗
2012年10月8日、韓国人が対馬の仏像と教典を盗んだ。2013年1月に韓国の警察が犯人の一部を逮捕、仏像2体を回収。しかし韓国・大田地裁は「韓国から盗まれた可能性がある」と日本に返さず。2015年7月18日に1体だけ日本に返還。
中国人放火犯の本国送還
2013年1月3日、ソウル高裁が靖国神社放火犯の中国人を政治犯と認定、日本に引き渡さない決定を下した。日本政府は日韓犯罪人引渡条約をたてに抗議。犯人は2011年12月26日の靖国放火の後、2012年1月8日にソウルの日本大使館に火炎瓶4本を投げ、逮捕されていた。
朴大統領の「告げ口外交」
2013年2月の就任似来、朴槿恵大統領は世界の首脳やメディアに会うたびに、安倍晋三首相の「歴史認識」など日本を批判。
産経元支局長起訴
2014年10月8日、ソウル中央地検が産経新聞の加藤達也元ソウル支局長を在宅起訴。容疑は「大統領に関し虚偽の事実を報じ、名誉を棄損した」。報道の元となった朝鮮日報の記事に関してはおとがめなし。同年8月7日からの加藤元支局長への出国禁止措置は2015年4月14日に解除。
安倍首相の米議会演説阻止
2015年2月に聯合ニュースが「在米韓国人、演説阻止へ」と報道以降、韓国は大統領、外相、国会議長、学者らが世界の要人を対象に、同年4月の安倍首相の米議会演説を阻止する運動を展開した。阻止できないと判明後は、演説に慰安婦への謝罪を盛り込ませるよう米国に要求した。メディアも連日、阻止キャペーンを張った。韓国の国を挙げての筋違いで執拗な要求に、米政界では「韓国疲れ」という言葉が使われた。

心底驚いた告げ口外交

坂巻:李明博政権末期の慰安婦への謝罪要求は唐突で、「国交回復時の日韓基本条約で解決済みなのに……」と怪訝に思った人が多かったのではないでしょうか。

鈴置:「慰安婦」は宮沢内閣の時にも韓国が騒ぎ、もめています。その時に明らかな決着がついたと日本人は考えていましたしね。

坂巻:それでも「韓国の政権が末期に国内の支持をつなぎとめるためにいわゆる反日カードを切るのは、これまでもあったこと」と比較的冷静に捉えていた日本人が多かったと思います。

 しかし、次の朴槿恵大統領は就任するや、いきなり「千年恨む」――厳密には「千年たっても加害者と被害者の関係は変わらない」と言い放ち「慰安婦で謝らないと日本と首脳会談はしない」と宣言。そのうえ世界中で「日本は悪いことばかりして謝らない」と悪口を言って歩き始めた。

鈴置:日本人はこの告げ口外交には心底、驚きました。おかげで朴槿恵大統領の就任以降、講演の依頼がぐんと増えました。

坂巻:この連載の読者も増えました。さて、日本人が「韓国は常識外れのことをするなあ」と首を傾げていたところに「明治の産業革命遺産」問題。これが最後のひと押しになりました。

 日本の産業遺産登録に執拗に反対するのを見て、外交には無関心だった人や「韓国とは仲良くすべきだ」と言っていた人も「さすがにおかしい」と感じるようになった。

 「韓国は国を挙げて日本の足を引っ張る国」との認識がこの時点で定着したと思います。

「産業遺産」が最後の一撃に

鈴置:確かに、あの事件を機に韓国に見切りを付けた人が私の周辺にもいます。ことに、直前の日韓外相会談で「日本の産業遺産登録で手打ち」したのに登録を決める世界遺産委員会で韓国は合意を破り、反対したのが効きました。

 泡を食った日本は「第2の河野談話」とも言える不利な文言を公式記録に残さざるを得ませんでした(「『世界遺産で勝った』韓国が次に狙うのは……」参照)。

 当然予想される韓国のトリックを考慮し、合意をきちんと詰めておかなかった日本の外務省の能力はさておき、韓国という国への不信感が日本の指導層から普通の人にまで染み渡りました。

 なお、この事件の直後に日本のある外交官が「産業遺産を巡る韓国との交渉にはアジア専門家は一切関与しなかった。文化の専門家が担当したから……」と語りました。

 専門家ならともかく、普通の外交官には韓国という国の不実さは想像もできない、との言い訳です。韓国専門家なら騙されなかったかは保証の限りではありませんが。

坂巻:「産業遺産」の前と後、と区分できるほど日本人の対韓嫌悪感は高まりました。

鈴置:嫌悪感は「卑日」による部分が多いのか、それとも「離米従中」から来るものが大きいのか、どちらと思いますか。

「対馬で守り切ろう」

坂巻:一般的には、「卑日」によって韓国に嫌悪感を持った人が多いのではないでしょうか。あからさまに自分たちに向けられた「悪意」に反応した結果だと思います。

 他方、「離米従中」は直接的な嫌悪感につながるというより、日本への切実な影響が懸念される問題と捉えられています。

 後者に関連し、この連載のコメント欄にも「韓国が中国側に行くとなると対馬が最前線だ。中国に対してしっかりと備えるべきだ」などと書き込む読者が増えています。

鈴置:「対馬が最前線」とは。日本人は元が高麗を道案内に攻めて来た元寇を思い出しているのですね。

坂巻:コメントを書いてくれる読者は安全保障などに関心が高い人が多いと思われます。それに加え、9月3日の北京での抗日式典です。朴槿恵大統領が米国の反対を押し切って参加したことが「離米従中」の動きが”ホンモノ”であるとの認識を決定的にしました。

 「韓国は『帰らざる橋』を渡る」でもこの写真を使いましたが、朴槿恵大統領が天安門の上で習近平主席やプーチン大統領と並んだ光景を見て「警戒すべき韓国」を実感した人が多かったでしょう。

もう、韓国とは関わらない

鈴置:天安門楼上のスリーショット画像は大きなインパクトがありました。それまで韓国人は「『中国傾斜』は誤解だ」「『離米従中』は日本人の作った陰謀史観だ」などと日本人に言ってきました。

 しかし「天安門事件」後、そう言い張らざるを得ない韓国人を、日本人は冷ややかな目で見るようになりました。

坂巻:コメントを読んでいて興味深いのは、嫌悪感を表明しながらも韓国に攻撃的になるのではなく「中国側に行きたいなら行かせよう」「韓国にはもう関わり合いにならないでおこう」といった意見が増えていることです。

鈴置:韓国との絶交論ですね。そうした考え方が主流になっていくのでしょう。いくら謝っても韓国は「謝罪の仕方が悪かった」と蒸し返してくる。

 ことに最近は新しいネタを探しては世界で「卑日」を繰り広げる。この連載で繰り返し申し上げたように、上から目線で日本を貶める「卑日」には限度というものがありません(「目下の日本からはドルは借りない」参照)。

 そして終わりのない「卑日」の結果、日本人の韓国嫌いは、流行りの言葉を使えば「ニューノーマル(新常態)」になったのです。

 150回の連載を振り返りながら、坂巻正伸・日経ビジネス副編集長と日本の「離韓」を先読みした。

絶交論の台頭

坂巻:前回は韓国の卑日攻勢に嫌気した日本人が「韓国は無視しよう」と言い出したという話で終わりました。

鈴置:絶交論です。今後、そうした考え方が定着していくのでしょう。日本人の韓国への不信感は根深い。近い将来にそれが解消されるとは考えにくい。

 表「韓国の主な『卑日』」や「『安倍演説阻止』に向けた韓国の動き」を見ると、日本の足を引っ張るために韓国がどれだけ執拗に動いてきたかが、よく分かります。

韓国の主な「卑日」

「従軍慰安婦」像設置
2011年12月14日、韓国挺身隊問題対策協議会がソウルの日本大使館前に「従軍慰安婦」像を設置。日本政府が抗議したが、ソウル市と韓国政府は無視。その後、韓国と米国の各地に相次ぎ設置された。「像」以外に「碑」も世界中で立てられている。2014年1月には仏アングレームの国際漫画祭で、韓国政府主導の慰安婦をテーマにした企画展が開催。
大統領の竹島上陸
2012年8月10日、李明博大統領が竹島に上陸。日本政府は抗議し駐韓日本大使を一時帰国させた。同月13日これに関連、李大統領は「日本の影響力も昔ほどではない」と発言。同月17日、野田佳彦首相がこの問題に関し親書を李大統領に送るが、同月23日に韓国政府は郵便で送り返した。
天皇謝罪要求
2012年8月14日、李大統領が天皇訪韓について「独立運動をした人に心から謝罪をするのならともかく(昭和天皇が使った)『痛惜の念』だとか、こんな言葉1つなら、来る必要はない」と発言。
対馬の仏像窃盗
2012年10月8日、韓国人が対馬の仏像と教典を盗んだ。2013年1月に韓国の警察が犯人の一部を逮捕、仏像2体を回収。しかし韓国・大田地裁は「韓国から盗まれた可能性がある」と日本に返さず。2015年7月18日に1体だけ日本に返還。
中国人放火犯の本国送還
2013年1月3日、ソウル高裁が靖国神社放火犯の中国人を政治犯と認定、日本に引き渡さない決定を下した。日本政府は日韓犯罪人引渡条約をたてに抗議。犯人は2011年12月26日の靖国放火の後、2012年1月8日にソウルの日本大使館に火炎瓶4本を投げ、逮捕されていた。
朴大統領の「告げ口外交」
2013年2月の就任似来、朴槿恵大統領は世界の首脳やメディアに会うたびに、安倍晋三首相の「歴史認識」など日本を批判。
産経元支局長起訴
2014年10月8日、ソウル中央地検が産経新聞の加藤達也元ソウル支局長を在宅起訴。容疑は「大統領に関し虚偽の事実を報じ、名誉を棄損した」。報道の元となった朝鮮日報の記事に関してはおとがめなし。同年8月7日からの加藤元支局長への出国禁止措置は2015年4月14日に解除。
安倍首相の米議会演説阻止
2015年2月に聯合ニュースが「在米韓国人、演説阻止へ」と報道以降、韓国は大統領、外相、国会議長、学者らが世界の要人を対象に、同年4月の安倍首相の米議会演説を阻止する運動を展開した。阻止できないと判明後は、演説に慰安婦への謝罪を盛り込ませるよう米国に要求した。メディアも連日、阻止キャペーンを張った。韓国の国を挙げての筋違いで執拗な要求に、米政界では「韓国疲れ」という言葉が使われた。

「安倍演説阻止」に向けた韓国の動き(2015年)

2月14日 聯合ニュース「在米韓国人、安倍首相の議会演説阻止に動く」と報道
3月4日 訪米した韓国国会の鄭義和議長、安倍首相の米議会演説に関し米下院議長に「日本の真の謝罪と行動が必要」
3月19日 聯合ニュース「米議会、安倍総理の上下院合同演説を許可する方向」と報道
3月20日 韓国外務省「安倍首相は米議会演説で歴史への省察を示すべきだ」
3月29日 韓国の尹炳世外相「安倍首相の米議会演説と70年談話が日本の歴史認識の試金石になる」
4月2日 鄭議長、訪韓した民主党のナンシー・ペロシ下院院内総務に「日本の首相は米議会演説で過去を認め謝罪すべきだ」
4月2日 尹外相、ペロシ総務に「安倍演説は侵略、植民地支配、慰安婦に関しすでに認めた立場を具体的な表現で触れねばならない」
4月2日 朴槿恵大統領、ペロシ総務に「慰安婦問題の解決は急務」
4月16日 日米韓外務次官協議で韓国の趙太庸第1次官「安倍演説は正しい歴史認識を基に」と注文
4月21日 韓国国会の羅卿瑗・外交統一委員長、リッパート駐韓米大使に安倍首相の歴史認識について懸念表明
4月21日 WSJ「韓国政府が安倍首相の米議会演説に韓国の主張を反映させるべく米広報会社と契約」
4月22日 韓国の柳興洙駐日大使、戦後70年談話で「(侵略、植民地支配、反省の)3つの言葉を使うよう期待」
4月22日 韓国外務省、バンドン会議での安倍演説に関し「植民地支配と侵略への謝罪と反省がなかったことが遺憾」
4月23日 米下院議員25人「安倍首相が訪米中に歴史問題に言及し、村山・河野両談話を再確認する」ことを促す書簡送る
4月23日 韓国系と中国系の団体、元慰安婦とともに米議会内で会見し「安倍首相は演説で謝罪を」と要求
4月24日 韓国外交部「尹外相とケリー米国務長官が電話、歴史対立を癒す努力で一致」と発表
4月24日 ブラジル訪問中の朴大統領「日本に、正しい歴史認識を基にした誠意ある行動を期待」
4月24日 ローズ米大統領副補佐官「安倍首相に対し、過去の談話と合致し、地域の緊張を和らげるよう働きかけている」
4月24日 メディロス米NSCアジア部長「歴史問題は最終解決に達するよう取り組むことが重要」
4月28日 安倍首相、ワシントンでオバマ首相と会談
4月29日 安倍首相、米上下両院で議会演説。日米同盟の強化を訴え万雷の拍手受ける

日本も米国も「韓国疲れ」

坂巻:ちなみに「早読み 深読み 朝鮮半島」連載の中で、読者から「とても参考になった」との評価が目立って多かった回は「これが『卑日』だったのか――」でした。韓国の「卑日」にいかに日本人が驚き、あきれたかの証拠と思います。

鈴置:日本人は卑日攻勢をかけてくる韓国と付き合うのには疲れ果てました。ちなみに米国の外交界も、韓国人がやって来ては「卑日」に加わるよう要求するので「韓国疲れ」(Korea Fatigue)に陥りました(「米国の『うんざり』が嫌韓に変わる時」参照)。

坂巻:鈴置さんの近著 『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』のオビのフレーズを「『終わりなき反日』に世界が疲れている」としました。でもより正確に言えば「卑日に世界が疲れている」のですね。

 そこで質問です。韓国人はそれに――「他者を疲れさせている」ことに気づいているのでしょうか。

「俺に疲れてなんかいないだろ?」

鈴置:さほど気にしていないと思います。天動説の人たちですから。米国の外交界で「韓国疲れ(Korea Fatigue)」という単語が語られた2015年春のことです。

 わざわざ米国の識者に「我が国に疲れたか」と聞いた韓国の有力記者がいます。そして「そんなことはない」との答えを貰い、大喜びで「米国人は疲れていない。『韓国疲れ』なんて大嘘だ」と書いていました。

 「ええ、あなたには疲れています」と面と向かって答える人は、世の中にあまりいないと思うのですが。ことに激情的な韓国人に向かって……。

坂巻:「米国が日本の肩ばかり持つ」と怒った韓国人が、駐米大使襲撃事件も起こしましたしね。

鈴置:もう1つ、韓国人が気がついていないことがあります。「韓国が中国ブロックに引っ越し始めた」と見切った日本は、韓国を相手にしなくなった。しかし韓国は見切られ、無視され始めたことに気づいていないのです。

坂巻:読者の多くも日本の韓国無視――「離韓」には拍手しているようです。まさにそれを描いた「『韓国外し』に乗り出した安倍政権」にも「とても参考になった」との評価が多数、寄せられました。

「慰安婦」でも中韓共闘

鈴置:今までなら韓国が少々不愉快なことをしてきても、お互い米国を軸とする「海洋同盟」に属していましたから、日本人は「安全保障のためにも、ここは謝っておこう」と考えもしました。

 でも、韓国は「中国側の国」になり始めたのです。謝る必要がなくなったどころではなく、下手に謝罪すると、仮想敵たる中国の新たな対日攻撃の材料を作ってしまうのです。

 典型的な例が「慰安婦」です。韓国は中国と共闘体制を組みました。2014年12月15日の聯合ニュース(日本語版)は「韓中政府系機関 慰安婦問題共同研究へ=MOU締結」で「従軍慰安婦で中韓両国政府は共同研究する」との覚書を結んだと報じています。

 2015年8月18日、中央日報(日本語版)は「韓国女性2000人一度に徴用…日本軍、料理店とだまし慰安婦強要」で以下のように報じました。

中国黒龍江省档案局(記録保管所)は当時の満州国の慰安婦関連文献を公開、1941年10月、日本軍が牡丹江省綏陽県に軍慰安所を開設し、韓国人女性数十人を慰安婦として強制的に働かせていたと明らかにした。

文献には、日本の国境警察隊の隊長が慰安婦について「韓国から強制徴用した2000人余りのうちの一部」と説明したとの記載もある。

 ”共同研究”の成果がさっそく出てきたわけです。2015年9月22日にはサンフランシスコ市議会で「慰安婦碑または像の設置を支持する決議案」の採決が行われ、全会一致で採択されました。運動の中心となったのは中国系団体です。

日米離間の戦略兵器

坂巻:完全な中韓共闘体制ですね。最近の韓国紙や日本の新聞は、朴槿恵(パク・クンヘ)政権が対日強硬路線の修正に動きそうだ、と報じていますが……。

鈴置:米国に怒られないよう、「強硬路線をやめたふり」をするということでしょう。先ほど見たように韓国は中国との協力を強化し、ますます「卑日」に邁進しています。米国の威を借りて日本を叩くのに失敗したので、今度は中国の威を借りて日本叩きに全力を挙げているのです。

 そもそも”慰安婦の共同研究”は2014年7月の中韓首脳会談で合意されたものです。トップ同士の約束で始まったものが、簡単に止むわけもないのです。仮に韓国が共闘をやめたくとも中国が許さないでしょう。

 中国にとって「歴史カード」は日米離間のための貴重な戦略兵器です。ことに韓国を操り人形にしてこのカードを使うと、米国のアジアの同盟ネットワークに大きな打撃を与えられます。

 韓国に「悪行を悔い改めない日本」を言い立てさせ、米国内で日本との同盟強化は危険なものとのムードを作る。すると日米はもちろん日韓、ひいては米韓関係も揺さぶることができるのです。

坂巻:10月9日の「南京事件の世界記憶遺産登録」も、中国に新たな卑日カードを与えることになりました。

「中国側に行くぞ」と脅す韓国人

鈴置:そのユネスコの「記憶遺産」でも中韓共闘が始まりそうです。聯合ニュースは「世界記憶遺産への『慰安婦』登録 中国が韓国と協力の可能性」(10月12日、日本語版)で、そう報じています。

坂巻:こうした中韓共闘は何とも厄介ですが、もはや現実には止められない。そんな状況下「中国側に行きたいなら行かせよう」「韓国にはこれ以上、関わり合いにならないでおこう」といった読者の意見が増えています。

鈴置:ほんの数年前までなら、そうした意見は大人げない、幼稚なものと見なされかねませんでした。「ここはひとつ、日本が譲って謝っておくべきだ。韓国をなだめれば中国側に行くのを引き止められるから」といった”大人の判断”からです。

 実際、今回の「慰安婦」問題の初期には――2014年ごろまでは「日本が韓国の言うことを聞かないと、中国側に行くぞ」と脅してくる韓国の学者がいました。それを受け売りする日本の専門家も相当数いました。

 しかしもう、普通の日本人はその虚構を見破ってしまいました。韓国の行動を見れば「中国側に行く」どころか、初めから「中国側の国」なのが明らかになったからです。中国の言いなりになって、韓国を守っている米国の要請さえ無視するのですから(「米中星取表」参照)。

米中星取表~「米中対立案件」で韓国はどちらの要求をのんだか (○は要求をのませた国、―はまだ勝負がつかない案件、△は現時点での優勢を示す。2015年10月15日現在)
案件 米国 中国 状況
日本の集団的自衛権 の行使容認 2014年7月の会談で朴大統領は習近平主席と「各国が憂慮」で意見が一致
米国主導の MDへの参加 中国の威嚇に屈し参加せず。代わりに「韓国型MD」を採用へ
在韓米軍への THAAD配備 青瓦台は2015年3月11日「要請もなく協議もしておらず、決定もしていない(3NO)」と事実上、米国との対話を拒否
日韓軍事情報保護協定 中国の圧力で署名直前に拒否。米も入り「北朝鮮の核・ミサイル」に限定したうえ覚書に格下げ
米韓合同軍事演習 の中断 中国が公式の場で中断を要求したが、予定通り実施
CICAへの 正式参加(注1) 正式会員として上海会議に参加。朴大統領は習主席に「成功をお祝い」
CICAでの 反米宣言支持 2014年の上海会議では賛同せず。米国の圧力の結果か
AIIBへの 加盟 (注2) 米国の反対で2014年7月の中韓首脳会談では表明を見送ったものの、英国などの参加を見て2015年3月に正式に参加表明
FTAAP (注3) 2014年のAPECで朴大統領「積極的に支持」
中国の 南シナ海埋め立て 米国の対中批判要請を韓国は無視
抗日戦勝 70周年記念式典 米国の反対にも関わらず韓国は参加

(注1)中国はCICA(アジア信頼醸成措置会議)を、米国をアジアから締め出す組織として活用。 (注2)中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立をテコに、米国主導の戦後の国際金融体制に揺さぶりをかける。 (注3)米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)を牽制するため、中国が掲げる。

 韓国人は「同じ被害者だから中国と共闘するのだ。日本にすべての責任がある」とも言い張ります。ではなぜ、米国が中国を抑え込んでいた間は中韓共闘を避けていたのだろうか――と首を傾げる日本人が出てきました。

 講演すると、聴衆からこんな質問が出るようになりました。韓国の、強い方に付く機会主義や、その手法たる「離米従中」を日本人も知ったのです。「韓国は中国の手先だ」とばれてしまったのです。

韓国は必要な国か

坂巻:その結果「韓国は無視しよう」との読者コメントが溢れかえるようになったのですね。読者を代表して質問です。日本にとって韓国は不可欠な国なのでしょうか。

鈴置:それは日本人のハラのくくり方にかかっています。もちろん、朝鮮半島は日本の安全保障に直結しています。

 大陸の大国である中国、ロシアが南進する時は必ずこの半島を確保します。膨張する大陸勢力に備える際、半島にどう対するか、が重要になるのです。

 これは中国人ら大陸の人々にとっても同じことです。彼らは「海洋勢力が攻めて来る時は、必ず半島を通路にする」と警戒しています。

 公平を期すため、韓国の知識人がしばしば以下のようにこぼすことも語っておかねばなりません。

我々は半島という「廊下」に国を建てている。ここで寝ていると大陸の連中、あるいは海洋の連中が我々の頭を踏んで行き来する。はなはだ迷惑である。

 いずれにせよ、19世紀末から20世紀初めにかけての日清、日露の両戦争は日本が大陸勢力の南進を防ぐために、朝鮮半島を確保する戦いでした。

 ただ朝鮮半島を我がものとすれば、それを守るために満洲が欲しくなる。満洲を得れば当然、中国が反発する。中国と紛争を起こした結果、米国や一時期は同盟国だった英国とも戦争する羽目に陥った。これがその後の歴史でした。

戦前の轍を踏むな

坂巻:まさに今、膨張する中国が韓国をのみ込もうとしている。北朝鮮に対しても、10月10日の労働党創建70周年の軍事パレードには、共産党序列5位の劉雲山政治局常務委員を送るなど睨みを利かす。中国の朝鮮半島へのコミットがこれまで以上に深まれば、日本も傍観しているわけにはいかない……。

鈴置:だけど今度は戦前の轍を踏んではいけない。半島を含め、アジア大陸に一歩、足を踏み入れれば泥沼に落ち込む――と日本人は暗黙裡に合意していると私は思います。

 前回、坂巻デスクが指摘した「対馬が最前線だ。ここで日本を守り切ろう」といった読者のコメントが増えているのがその証拠です。

 日常的な会話でも「日本は大陸に関与して失敗した。今度は距離をとって対応しよう」などと語られるようになっています。

 渡辺利夫・拓殖大学総長が『新脱亜論』で興味深いエピソードを紹介しておられます。宮沢喜一内閣当時の話といいますから、1990年代前半のことです。

アジア太平洋問題に関する首相の私的懇談会が設置され、私も委員の一人に指名された。第一回の懇談会のゲストスピーカーとして梅棹忠夫氏が出席した。「日本が大陸アジアと付き合ってろくなことはない、というのが私の今日の話の結論です」と話を切り出して、委員全員が呆気に取られるというシチュエーションを私は鮮明に記憶している(272ページ)。

脱亜論と新・脱亜論

 さすがに『文明の生態史観』を書いた梅棹忠夫氏です。1990年当時の日本は「アジアの時代」という言葉が流行っていました。米国との通商摩擦に疲れ果て「脱米入亜」に期待する空気も濃かった。

 一方、改革開放政策を採用し市場経済を導入したばかりの中国はお手本として、あるいは援助の源泉として日本をおだて上げていました。今の若い人には想像できないほどに、日中は蜜月時代だったのです。

 そんな時に「大陸アジアと付き合ってろくなことはない」と言い切るのは、よほどの確信が要ります。

坂巻:古くは福沢諭吉が『脱亜論』で示した「大陸とは距離を置く」という考え方。四半世紀前にも政権に近いところで主張されていたのですね。読者コメントでも『脱亜論』に言及する人が増えています。

鈴置:その、日本の未来を見据えた貴重な識見はせっかく「政権に近いところで主張された」というのに、傾聴されなかったようです。韓国、そして今や中国までが「慰安婦の強制性を日本が認めた証拠」として対日攻撃に活用する「河野談話」。あれは宮沢内閣の時に出されたのです。

中国とは手を携えやっていける

坂巻:……そうでした。思わず腕組みしてしまいますね。では「海洋勢力国家として生きよ」と主張する渡辺利夫先生の『新脱亜論』が出版されたのは、いつですか。

鈴置:2008年5月です。まだ、公式には中国が姿勢を低くし、強くなるのを待つ――「韜光養晦」(とうこうようかい)路線を掲げていた最後の時期です。

 すでに南シナ海では露骨な膨張主義に乗り出していましたが、尖閣諸島など東シナ海では爪を隠していました。だから日本では「中国とは手を携えてやっていけるし、そうすべきだ」との考え方が主流だったのです。

 当時は日米FTA(自由貿易協定)よりも日中韓FTAの方が現実味を帯びて語られていました。そんな中、この本は「反中本」として受け止められたりもしました。今では「その通り!」と思う人が多いでしょうが。

海洋国家として生きよう

 渡辺利夫先生は「梅棹忠夫氏の”不規則発言”」を紹介した後に、以下のように書いています。

日本はこの戦い(日清、日露の両戦争)に勝利して後に中国に攻め入り、協調と同盟の関係を築くべき「海洋勢力」イギリスとの関係を放擲させられ、もう一つの巨大な海の「島」アメリカと対決して自滅した(272ページ)。

東アジア共同体に日本が加わって「大陸勢力」中国と連携し、日米の距離を遠くすることは、日本の近代史の失敗を繰り返すことにならないか。私が危惧しているのはこのことである。日米同盟を基軸とし、台湾、東南アジア、インド、さらにこれにオーストラリア、ニュージーランドを加え、これらがユーラシア大陸を牽制しながらみずからの生存と繁栄を図るという生き方が賢明な選択であることを、日本の近代史の成功と失敗は教えていると私は思うのである(272、273ページ)。

 中国の拡張主義により大陸勢力と海洋勢力が対立を深めています。日本が海洋国家として生きていくのなら「大陸側の国になりつつある韓国」と距離を置くのは自然な話なのです。

異なる道を歩き始めた日韓

坂巻:10月5日、日本は米国や「海のアジア諸国」とTPP(環太平洋経済連携協定)に合意しました。7年前の渡辺利夫先生の構想通り”中国牽制同盟”が動き始めました。

鈴置:その少し前、日本は9月19日には安全保障関連法を成立させ、米国との軍事同盟の強化を鮮明にしました。これに対し韓国は、中国と声を合わせて懸念を表明しました。

 さらに韓国は抗日式典に参加したうえ、TPPという”中国牽制同盟”に入りませんでした。もちろん中国の顔色を見てのことです。

 2015年秋は、日韓が全く異なる道――海洋国家と大陸国家――を歩き始めた瞬間として記憶されるでしょう。

坂巻:読者も――日本人も「対馬で守り切る」ハラを固めることになるのでしょうね。さて次の注目は、10月16日の米韓首脳会談です。

鈴置:次回、読み解きます。

10/14日経ビジネスオンライン 福島香織『中国初のノーベル医学・生理学賞が浴びる苦言 なぜ中国で日本人受賞者が賞賛されるのか』について

屠呦呦が中国で本記事のように評価されているというのは知りませんでした。でも彼女は典型的な中国人です。だって、「他人のものは自分のもの」「自分のものは他人のもの」と思うのが中国人ですから。それで領土・領海・領空を拡大しようとしている訳です。長城以北、新疆、チベット、ブータン、南シナ海、東シナ海まで。人口の多さを利用して拡大路線を突っ走ってきました。

人だけではありません。中国は過剰債務・過剰設備・過剰在庫のツケを世界に撒き散らしています。10/17日経記事です。

『アジアにあふれ出す中国鋼材 インドなど淘汰の波』について

中国製鋼材がアジアにあふれ出ている。中国は2014年だけで国内需要を1億トン上回る8億2千万トンの粗鋼を生産。このうちタイ、インドネシアなど東南アジア諸国連合(ASEAN)主要5カ国とインドに2500万トン弱が流れ出た。5年前の5倍の規模だ。安価な鋼材の浸透でタイの鉄鋼大手が破綻。インドのタタ製鉄も人員削減に追い込まれた。アジア鉄鋼産業の生き残り競争が激しさを増す。

 ベトナム南部の商業都市ホーチミン市。「あの工場は原料鉄くずの受け入れを停止したらしい」。郊外の鉄鋼メーカーが集積するフーミー工業団地では今夏、生産調整の噂が飛び交っていた。

■09年から5倍に

 同工業団地ではベトナムでのインフラ投資の加速をにらみ、現地メーカーや日本の共英製鋼、韓国ポスコが増産投資を進めていた。だが建材用の棒鋼や線材で安い中国製品が流入。多くの工場が稼働率低下に悩む。国際鉄鋼統計事務局(ISSB)によると、中国からベトナムへの鋼材輸出量は14年で660万トン。09年と比べると5倍近い。

China's steel export overwhelming Japan & Korea

 フィリピンにはベトナムを上回るスピードで中国製鋼材が流入する。14年は477万トンと09年の実に11倍だ。ここでは台湾勢が割を食った。台湾からの輸入量はこの5年で4割も減少。安価な中国製鋼材に台湾製が追い出された形だ。

 1日にはJFEスチールや伊藤忠丸紅鉄鋼が出資するタイ鉄鋼大手サハウィリア・スチール・インダストリーズ(SSI)が経営破綻した。鋼材の中間材料を手掛ける英子会社が中国発の「鋼材デフレ」による市況悪化で9月19日に操業を停止、経営に行き詰まった。

 インド最大の民間鉄鋼メーカー、タタ製鉄も希望退職を募る。同国では労働法で従業員解雇を厳しく制限しているが、「今後、数年間で早期退職制度を通して労働コストを引き下げる」(人事担当副社長のトリパティ氏)覚悟だ。

 自国メーカーを守ろうと政府も動く。タイやマレーシアは今年に入り中国製品を主な対象として反ダンピング(AD)措置に向けた調査を始めた。年末にはASEAN経済共同体(AEC)が発足し、域内では多くの製品で関税率が低下する見込みだが、鉄鋼製品は別。各国は過度な輸入を防ぐ保護策を継続するとみられる。

 自由貿易の枠組みすら揺さぶる中国製鋼材を前に日本や韓国の鉄鋼大手は現地生産を意識せざるを得ない。韓国ポスコが13年からインドネシアで年産300万トンの高炉を稼働したのに続き、ベトナムでは台湾塑膠工業(台湾プラスチック)と中国鋼鉄の台湾勢に日本のJFEスチールが加わった3社連合で年産700万トンの高炉建設が進む。

■高級品で差異化

 もっとも、現地生産しても、中国勢が国内需要を大きく上回る量を作り続ける限り、市況回復は見込めない。9月中旬には宝鋼集団(上海市)が広東省南部の湛江で年産1千万トン級の大型製鉄所を稼働した。当面は電機や自動車の工場が集積する広東省向けに供給するが、湛江はベトナムにも近い。「いずれASEANへの輸出拠点になる」。日本の鉄鋼業界関係者は警戒する。

 タイでは新日鉄住金と豪鉄鋼大手ブルースコープ・スチールの合弁建材用鋼板工場が9月から新日鉄住金ブランドの高級鋼板を作り始めた。「トタン屋根からさび止めを施しためっき鋼板へとタイの建材分野は高級材シフトが進む」。合弁会社のソムキアット・ピンタサム社長は高級品で中国製品との競合を避ける戦略を明かす。

 採算悪化で淘汰の波にのまれる前にどう差異化を進めるか。アジア市場の成長を実感できないまま、鉄鋼各社の終わりの見えない戦いが続く。

(東京=林さや香、ムンバイ=ローズマリー・マランディ)

こういう国がIMFで国際通貨として信認を受け、AIIBで人民元をバラマキ、需要に見合わない設備投資を繰り返したら世界はどうなると思いますか?実際中国国内では不動産に投資しても一部の富裕層(党幹部、賄賂で富を得た人達)しか購入できず、実際使用していない“鬼城”ができているではないですか。これを世界レベルで展開すると、世界は混乱の極みになるのでは。現在の国際金融の仕組みは確実にガタガタとなります。牧野雅彦著『精読アレント「全体主義の起源」』を読みましたが、ハンナ・アレントは「全体主義」を「革命に次ぐ革命で決まった形を持たない。組織はスクラップ&ビルドされる。秘密警察はその手段。世界統一まで」と言うように捉えていたと小生は読み取りました。汎ゲンマン主義、汎スラブ主義がナチズム(ヒットラー)、ボルシェビキズム(スターリン)とどう結びついたのかはよく理解できませんでした。しかし、全体主義と社会主義・共産主義とは親和性があるというか目指すのはアナキーなのではという気がします。中国が目指すのはそういう世界を目指すのでは。戦争を引き起こして世界を滅亡させる意図があるのかどうか?2014年夏のダボス会議で軍事専門家が尖閣攻撃で世界戦争に言及しています。

http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140217/frn1402171603006-n1.htm

まあ、プロパガンダの意味もあるでしょうけど。

本記事に戻りますが、日本人が目指すべきは自己中心の中国人でもなければ強欲なアメリカ人でもありません。「人類の進歩と発展」に貢献してきた世界の先人たちです。かつ「謙虚で礼儀正しく、但し国際関係に於いては主張すべきは主張する」姿勢が大切と思います。なお、戸塚洋二先生は空手部のOBです。

昨日のユネスコに対する意見は「首相官邸」HPに意見として送付しました。馳大臣がユネスコで説明するときに、何かの役に立てばとの思いからです。

 

記事

 今年もノーベル賞の季節が終わった。今年は医学・生理学賞に大村智氏、物理学賞に梶田隆章氏と二日続けて日本人受賞者が出たので、日本中が祝賀ムードで沸いた。彼らの業績を一般庶民の私たちがものすごく深く理解しているわけではないのだが、純粋に同じ日本人の受賞がうれしい。これは当然の人間心理だと思っている。

 なので屠呦呦氏が中華人民共和国民として初の自然科学分野のノーベル賞、ノーベル医学・生理学賞を受賞したことに、中国人はさぞ大喜びをしていると思っていた。確かに最初の第一声は、歓声であった。だが、それに続く報道や世論がどうも微妙だ。純粋に喜び、祝福する声だけでないのである。それどころか、疑惑とか議論とネガティブな報道も多い。これはどうしたわけだろうか。

切望かなった自然科学分野の受賞

 屠氏は、ノーベル平和賞の劉暁波、ノーベル文学賞の莫言両氏に続く中華人民共和国3人目の受賞者。中国人民が切望していた自然科学分野のノーベル賞を初めてもたらした大功績者だ。しかも女性。女性科学者の受賞なんて、屠氏を含めてわずか13人、アジアでは初めてだ。さらに屠氏は中医学が専門であり、中国の伝統医学・中医分野がノーベル賞を受けるようなグローバルヘルスに貢献したことを、中国ならばさぞ鼻高々に喧伝するであろうと私は予測していた。だが、少し違うのである。

 まず屠氏の功績について紹介しておこう。

 1930年、浙江省寧波市生まれ。1951年に北京大学に入学し、医学院薬学部で生薬を専攻した。1955年、北京医学院(現北京大学医学部)を卒業後、衛生部傘下の中国中医研究院(2005年に中国中医科学院に名称を変更)に配属され、以降同院に所属。彼女は幼少期、故郷でマラリアが流行した際、中医薬の効果を目の当たりにしており、その時の衝撃が後に生薬研究の世界に進んだ動機であったらしい。彼女の研究テーマは中薬(生薬)と中西薬(中国製化学薬)の結合であり、伝統的な生薬の成分を科学的に解明することであったという。

 1967年5月、毛沢東の指示で、中国人民解放軍総後勤部と国家科学委員会は北京で薬剤耐性マラリア予防治療全国協作会議を招集、約60の機関から大勢の科学者・医学者が招集された。ときしもベトナム戦争時代、北ベトナム支援で現地に送り込まれる解放軍兵士たちのマラリア蔓延が問題視されたことが背景にあった。

 この研究プロジェクトは会議の日付から523任務と呼ばれる。各機関の討論研究の末、1969年、屠氏を組長とする研究チームが組まれた。彼女は幼少期に見た生薬の効果を思いだし、大量の文献を読み漁り、古代の生薬の効果の記録を参考に、190以上の生薬に対して、380以上の実験をこなし、1971年、黄花蒿(オウカコウ=和名・クソニンジン)に有効成分を発見。その成分抽出を試みる。彼女とチームは72年に化学式C15H22O5の無色の結晶体を抽出することに成功。それを青蒿素(アーテミシニン)と命名した。翌年、これを二水素と結合させたアーテミシニン誘導体・アーテニモルの合成にも成功した。

 彼女の名前「呦呦」は、父親が詩経の「呦呦鹿鳴 食野之蒿」(ゆうゆうと鹿のなくあり、野のよもぎを食らう)の一節から取ったというが、その名前の由来の詩に出てくる蒿こそ、青蒿のことだった。まさに、運命の研究だったといえる。

中国伝統薬由来の20世紀最大の発明

 その成果は1977年、研究チーム名義で科学通報に発表されるものの、軍のプロジェクトである523任務に帰属するものであり、また文化大革命の最中ということもあり、少なくとも海外の研究者に注目されることはほとんどなかった。

 1981年、WHO(世界保健機関)主催のアーテミシニンに関する会議が北京で開かれ、屠氏が首席発表者として研究成果を発表して、ようやくその偉業を世界が知るところになった。だが、生薬の黄花蒿は、中国政府が戦略物資として管理していたこと、またその成分を抽出するために大量の有機溶剤が必要なことなどで、俗に“貴族薬”と呼ばれるほど高価な薬でもあった。治療薬を開発できたとしてもコストがかかり過ぎるとみられて、実用化に向けた研究はなお10年以上の歳月がかかった。その後、アーテメターやアーテスネートなどの半合成剤が開発され、コスト問題が克服されて実用化が加速した。

 このアーテミシニンの発見および半合成剤の開発は、「中国の伝統薬から開発された医薬品としては20世紀最大の発明」と言われており、2000年以降、マラリア死亡者が世界で42%減少した最大の功績はアーテミシニンおよびその合成剤にあるといっていい。2008年にアーテミシニンに耐性のあるマラリア原虫も発見されたが、WHOはその封じ込めに力を入れており、今なおアーテミシニンはマラリアに最も有効な薬の一つである。

 これだけの功績がありながら、彼女は、海外留学経験もなく、また博士号も取得しておらず、中国の科学者に与えられる院士の資格も取得していない「三無科学者」とよばれ、学会でも長らく忘れ去れた人物であった。

 彼女に再度、スポットライトが当たり始めたのは、2011年に、ノーベル医学・生理学賞の前哨戦といわれているラスカー賞を受賞したあたりからだ。以降、彼女がノーベル賞を獲るのではないかという下馬評はこの数年間、中国でも取り沙汰されていた。

 こう紹介すると、多くの日本人は専門家であれ素人であれ、中国にもこんなすごい人がいたのか、と素直に感嘆することだろう。ところが、意外なことに中国人の反応がポジティブなものだけではない。

科学者としての限界、人格の欠陥…

 まず、専門家の反応が厳しい。北京大学生命科学院の饒毅院長のコメント。「過去十数年、屠呦呦先生は業界ではとかく話題の人。名誉欲が強く、個性的で頑固な性格。言い争う以外の方法で、屠先生と交流するのは困難。彼女は中医研究院の材料・データなどを自分の家に隠し込んで、独り占めして我々には見せてくれることがなかった」。

 香港大学の金冬燕教授は「彼女のアーテミシニン発見に対する功績は、例え問題があっても、まあ納得できるのだが、彼女の科学者としての限界、その人格の欠陥については、あえて直言したい」。

 さらには科学啓蒙作家である方舟子氏。「屠氏が研究報告書を発表した当時、厳格な学術規範による監修はなかった。基本事実をあまり尊重せず、自分の功績を誇張し、研究チームの協力者を蔑ろにしていた。このため、チームの同僚から評判が悪く、だから彼女は院士試験に三度も落ちたのだ」。

 日本人的な発想で言えば、ノーベル賞を受賞した人物に対して、こういうネガティブ論評をメディアに向かって言う人はまずないだろう。例え、彼女の性格が相当悪くて協調性のない人でも、ここまでこっぴどくは貶すまい。

 さすがにノーベル賞の審査委員たちは、彼女の論文、研究書の信ぴょう性については、専門家の目で厳密に審査しているはずであるから、全くのでたらめ、ということはないはずだ。では、これだけの功績がありながら、なぜ中国でこれまでほとんど評価されてこなかったか。今なお、彼女のノーベル賞受賞に疑問を呈したり、批判したりする人が多いのか。性格が悪いから、彼女が院士試験に合格できなかったと言われるが、そもそも、科学者の功績に性格の良さは必要なのか。

チームメンバーも学会重鎮も“不満”

 彼女が批判される背景について、一般に言われているのは、屠氏一人が、アーテミシンの発見に関わったのではなく、当時からすでにアーテミシン研究の同業者の間で、彼女の研究成果、功績の独り占めに対する批判があった、というもの。さらに言えば屠氏は、行政権力を通じて、こうした批判を封じ込めた、とも言われている。

 アーテミシンの活性単体を分離し結合を測定したのは、彼女の同僚(鐘裕容という名前らしい)であり、このことについての彼女自身の実質的貢献はなかった、とも言われている。ただ、研究チームの組長であったので、その功績を自分のものとしたのだ、という。523任務は、当時のエース級研究者をまとめた研究チームであり、メンバーに上下はなく、対等な同僚関係であった。そして、お互いをライバル視して、比較的独立した形で競うように実験を行った結果、アーテミシニンの発見がもたらされた、らしい。

 当時は、誰が分離に成功したのか、ということについて、上層部も真剣に審査したそうだが、何せ文革後期のもっとも人の心が荒れていた時代でもあり、チーム名義で報告書が出されたのち、讒言や誹謗中傷、足の引っ張り合いが研究チームの中で起きた。結局のところ、組長の屠氏の功績にするのが一番いいと、上層部が決定したのだという。

 だが、研究チームのメンバーのほとんどが納得していなかった、という。以来、彼女に対する密告や讒言の手紙は山のように研究院や当局に届き、彼女の院士試験落第の原因になったとか。中国の院士試験というのは、科学者としての功績だけでなく「政治的正しさ」も審査される。こうした恨み妬みが長らく続き、彼女は学会では半分「干されていた」状態にあった。

 だが、アーテミシニンのグローバルヘルスへの劇的な貢献度に、世界の方が彼女の名前を思い出した。彼女がラスカー賞を受賞し、国際社会でもてはやされるほど、中国医科学界の重鎮たちは何となく面白くなく、中国の公式メディアの科学記者たちも、その不満を知っているだけに、あまり派手な報道もできない、といった様子である。中国当局としても、今までさんざん、院士試験に落としてきたわけで、あまり彼女を持ち上げすぎると、中国の科学アカデミズムの最高学位に瑕疵があることを露呈してしまう。また、えげつない中国のネット上ではニセの屠氏の「書」や「手紙」が法外な値段で取引されていたことも発覚し、なんとなく、ネットユーザーの間には冷めた感覚がある。

 なので、一部の事情の分かっている知的レベルの高いネットユーザーたちの間では、あえて中国人ノーベル医学・生理学賞受賞者の屠氏ではなく、日本のノーベル賞受賞者を賞賛するのだという。

 例えば日本の医学・物理学賞受賞者の大村氏は、アイルランド出身のキャンベル氏との共同受賞。物理学賞受賞者の梶田氏は受賞のコメントのとき「戸塚先生のお力があったので(スーパーカミオカンデを)建設できた」とまず、自分の師匠について語った。つまり、日本の受賞者は「自分の一人の功績」と自慢していない。そこが、中国人的には、イイ!ということらしい。

 ノーベル賞を受賞するような偉大な科学的成果が、たった一人の人間の頭脳から突然生まれることはあまりない。それまでの研究の先達の積み重ねがあり、同僚との切磋琢磨があり、たまたま時代と環境のめぐりあわせで、一人が大きな賞を受賞できる。その時、共同研究者や先輩たちがその受賞者を妬むのか、あるいはわがことのように祝うのかは、政治体制や社会の状況が大きく関係していると思う。

誇るべきは、世界への貢献

 文革期、他人を一切信用することのできなかった厳しい時代で、優れた頭脳が競うように、時に足を引っ張り合いながらも実験を行って、それでも世紀の大発見がなされた中国という国は、やはり人材の宝庫だというしかない。だが、チームワークで協調できる環境にあったなら、もっと早くに実用化がかなったかもしれない。何より、ともに研究に励んだ仲間たちが素直に喜べないのはなんと不幸なことか。屠氏が受賞時のコメントで、チームの研究者の名前すらあげなかったのも、さんざん誹謗の密告をされたからとはいえ、寂しいことだったろう。

 本当に偉大な研究というのは、そのプロセスにおいても、成果においても、より多くの人が情報を共有し、参与することで、現実の人々の暮らしに役立つようになるのだと思う。アーテミシニンだって、薬となってアフリカの子供たちを救うまでには、ノーベル賞を受賞しないような大勢の研究者の努力があったはずだろう。その研究成果が誰のものであるかは実は些細なことで、大切なのは情報も成果も分かち合うことなのかもしれない。

 だから、ノーベル賞受賞のニュースが、日本人を沸かせるのは、「日本人は優秀」という自慢の気持ちからではないと思っている。(そう思っている人もいるかもしれないが)。日本から、世界の科学に貢献した人物を輩出できたことが素直に誇らしいのだと思う。研究成果や功績を独占するでもなく、多くの研究者たちが協調して研究を積み重ね、足を引っ張り合うこともなく、世界中の人たちと、その利益を分かち合うことを喜べる政治体制や社会を形成しているのが、私たち日本人の一人一人である。これからも、そういう社会であり続けなければならないと思うのである