ブログ

サイト管理人のブログです。

ブログ一覧

6/2宮崎正弘氏メルマガ「廣池幹堂氏の本」の紹介記事について

廣池幹堂氏は廣池学園理事長とのこと。廣池学園と言っても分かりにくいでしょうが小生が中国語の授業(台湾人の先生)を受けています麗澤大学や大学院・中・高、幼稚園があります。http://www.reitaku.jp/ 

廣池千九郎が創始者で今も連綿と続いていますモラロジーの研究が建学の精神です。惜しむらくは他の私立大学と同じく、日本人の人口減のあおりを受けて他国の留学生を多く受け入れていることです。孔孟の精神を持たない民族が日本に留学してモラロジーを勉強し、帰国した場合何を故国に齎すのでしょう。上海では7不規範を今でも掲げています。守られていないという事でしょう。①不随地吐痰= ところかまわず痰を吐くな②不乱扔垃圾= ゴミを捨てるな③不損坏公物= 公共物を壊すな④不破坏緑地=緑地をこわすな⑤不乱穿馬路=ところかまわず道路を横断するな⑥不在公共場所吸烟=指定(喫煙所)以外の喫煙をするな⑦不説粗話髒話=汚い言葉を使うな。日本に来ても普段守れてないことができるはずがありません。②⑤⑥⑦は日本への中国人観光客は当り前のようにするでしょう。

若泉敬は真面目に自分の生き方を考えたのでしょう。佐藤優の『イスラエルとユダヤ人に関するノート』の中に、手島郁郎先生と財津正彌の「三島由紀夫割腹事件」についての遣り取りがありました。少々長いですが抜粋します。若泉の「戦後の日本人は危機管理など考えたくないことには目をつむり耳を塞いできた。そしてきれいごとをいって、耳に心地よいことばかりを追い求めている。まるで愚者の楽園であり、精神的文化的に根無し草に陥ったようなものである」と東郷の「神明は唯平素の鍛錬に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちに之を奪う。古人曰く勝って兜の緒を締めよと」に連なると思います。キリスト教信者であっても真剣に国あり方、人の生き方・死に方を考えていたのに今の日本人たるやと言う気がしてなりません。

美学と死の問題か?

財津先生は、三島事件についてこう記します。

〈十一月ニ十五日のこと、戦後の日本に民族魂の覚醒を訴えた衝撃的な事件が突発した。 作家の三島由紀夫が壮絶な割腹自殺を遂げたのである。

場所は東京市ヶ谷にある陸上自衛隊東部方面総監部の総監室、彼が自分の主宰する「楯の会」の若者四人を引き連れて、バルコニーから下に集まっている千人の自衛隊員に、天皇を中心とする精神的な日本国家を作るために、自衛隊が決起してその担い手となることを叫び訴えたが、それは無視され、その彼は会員の一人の介錯で割腹したのであった。

翌日の新聞に、妻は黙って見入っていた。新聞は、三島は自分の美学を自殺を通して実演した、と報じていたが、妻は芸術家志望だった自分の弟を、やはり自殺で亡くした十三年前の悲しみと思い合わせていたのであろう。

美を文学で極限まで追求してやまなかった義弟は、珠玉の文字を書き連ねて文学美を追求していたが、人間が生きていくということは、純粋に美の追求に徹し抜こうと努めても、それには限度があり、結局生きるということは妥協を続けて自分を醜にさらしゆくことに他ならず、そんなことは自分にはできぬと結論し、自分の生涯の絶頂は今だ、と自覚したその時に、美しい極みの文章だけを残し、自ら自分の生涯を断っていったのだった。二十一歳であった。>(前掲書三六五〜三六六頁)

財津先生は、義弟の自殺の問題に照らして、美学と死の問題について考えました。そして、人を死に誘う美の力に悪魔的なものを感じました。そこで当初、三島由紀夫氏の自決について否定的な評価をしました。

〈翌日曜日の感話では、話はそこで止めておけばよかったのだが、三島由紀夫の問題に自分なりの決着をつけなくてはと思い、彼の今回の行動を、その集会の場で言葉鋭く批判してしまった。

義弟の場合もそうであったが、今やサタンは美学や哲学や思想を使って若い魂を暗黒の深淵に引きずり込みつつある。三島の場合、私がどうしても許せなかったことがあった。この重大事件決行の一か月前に東武百貨店で《三島由紀夫展》なるものを開き、その入り口に、彼がボディ.ビルと剣道で鍛えた豪華な裸体で見事な居合い抜きの斬り捨ての一瞬をとらえた大写しの写真とその刀——それはそれから一か月後に彼の首を介錯するために使用されることになっていた銘刀「関の孫六」——その二つのものを「これを見よ!」とばかりに飾りつけ、三島は、何も知らずにこの展示場に入場してくるすベての者にそれを見せつけ、やがてすぐその刀を使って自決を遂げていったのだ。

私は、こういう芝居じみたことがいただけなかった。しかも、そういう芝居に、なぜ有為な若者までも巻き込んだのか。許せない、と思った。〉(前掲書三六七頁)

諫めるための死

この話を聞いた手島郁郎先生が、財津先生に重要な問題提起をします。

〈その時、先生は黙って聴いておられた。ただ私には、火曜夜の集会まで残るように、と言われた。それもそうだろうと思った。

三島が投げかけた問題は、今の日本にとって極めて重要な問題で、それに文字どおり自分の生命までたたきつけて叫んだ壮挙には、もっと威儀を正して注目すべきであって、美学の範囲に話をしぼり込んだのでは、大事な問題をとらえ損なうのではないのかと、自分のなかに異を唱えるもう一つの自分もあった。

だが、火曜集会の場では、私は日曜に話した立場に留めおかれて、先生はその私と対論風に話を進めながら、問題に入っていかれた。

先生の言いたかったことは、「財津くんは三島の死は狂死だったというが、ぼくは三島は偉いと思った。彼の死を人は狂死というが、だらけた日本を嘆いての憤死ではなかったのか、また諫死ではないのか。演技的行動をやってのけたからといって、それを単なる狂気と言い捨ててよいものか、どうか」ということであった。>(前掲書三六八頁)

手島先生の財津先生に対する問題提起は、外在的なものではありません。財津先生が心の中 に思っているが、明瞭な言語にできない「何か」を引き出すきっかけを手島先生は与えたのです。これこそが理想的な師弟関係と思います。手島先生は、ステパノの殉教との類比で三島由紀夫氏の自決について解釈します。

〈三島の死に引っかけて、先生は私たちに、否、私の魂に言うべきことがあったのだ。このことをさらに一週間後の聖日集会において、先生は「使徒行伝第六章」の殉教者ステパノの講義で激しく取り上げ、「愛に生き狂う生涯」と題して、今や書物の文字を通して強烈に叫び続けている。

「Zくんは『滅びの美学』だと言いますが、そういう面もあるかもしれない。しかし、狂気とも狂い死にとも見えるような行動をなぜしたのか。人間が自分で死ぬということは大変なことです」

「三島由紀夫は、『狂わないような人間は駄目だ』と言っているけれども、私もそうです。利口だったら、原始福音の伝道なんかしません。私は商売でも上手にやります。しかし、すべてを捨てて伝道に没頭しようとするのは、神の愛が私を狂わしめるんです」 「人間の死をもって訴える訴えは、大きい力をもっています。日本には昔から諌死ということがある。誰かの心を諫めるために死ぬ。三島の死は有島武郎や芥川龍之介の死と違って、今の時代に死をもって訴えたということは、ただでは終わらないと思う」

「アベルの血は今も叫んでいます。イエス•キリストの十字架は、宇宙に叫んでいるんです。このことが分からなかったら、宗教などというものは成立しません」

「死を覚悟しないような信仰なら、せぬ方がいい。もう死んでも構わぬというくらいの尊いものがあるから、私たちは命かけて神に信ずるんじゃないですか」

「私は他の人と違います。私をフアツショだと言って笑うなら笑え。そのくらいのことは平気です。もっと日本人の精神が復興することの方が大事だと思うからです」

先生の叫びはこうだ—神を知らぬ三島でさえ、戦後の日本が経済繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、自ら魂の空白に落ち込み、国家百年の大計は外国に委ね、日本人自ら日本の歴史と伝統を漬している現状を見るに忍びず、自衛隊員の胸を揺さぶり、共に義のために立ち、日本を真の日本の姿に取り戻すために共に死のうと腹をかき切って死んでいったのだ。私はこの男は偉かったなあと思う……。 あれから四十年、先生は今なお私に問い続けている。 「財津くん、違うかね」と。〉(前掲書三六八〜三七〇頁)」

記事

人生において最も大事なことは何か、55の箴言に学ぶ教訓集 やはり孔孟にたどりつき、西郷、吉田松陰に語り継がれた   

廣池幹堂『人生の名言 歴史の金言』(育鵬社)

 著者の廣池幹堂氏は廣池学園理事長である。

 廣池学園では広く、モラロジーを教える。「道徳科学」を重視する教育方針で、そうとくれば孔孟から荀子老子はもとより佐藤一齋、西郷隆盛、吉田松陰、石田梅岩、新渡戸稲造とずらり並ぶのは当然だろうと予測がつく。

 想定外の金言、格言も挿入されていて、たとえばその一つが若泉敬である。

 若泉は若くして国際外交舞台で大活躍し、沖縄密約のときは、佐藤首相の密使として何回もアメリカへ飛んで、ニクソン、キッシンジャーと渡り合った。評者(宮崎)は、学生時代に何回か会って、また毎月一回は氏のオフィスで新聞のスクラップブック作りのアルバイトをしていた。

政治の現場を離れた若泉さんは京都産業大学で教鞭をとって、しずかな余生を送られ遺書のような大作を残して自裁したのは、つい昨日のような感じである。

 若泉さんは次の金言を残している。

――危機管理とは考えられないこと、或いは考えたくないことを考えることである。

 その通りである。

 日本人の多く、とりわけ付和雷同の人たちが嫌がる防衛論議、日本の核武装、戦争。これら「考えたくないこと」を、じつは真剣に近未来のシナリオとして考えなければならない。それが指導者の役目だ。

 若泉さんは次のことを書き残した。

 「戦後の日本人は危機管理など考えたくないことには目をつむり耳を塞いできた。そしてきれいごとをいって、耳に心地よいことばかりを追い求めている。まるで愚者の楽園であり、精神的文化的に根無し草に陥ったようなものである」と。

 まさにいまのニッポンは「愚者の楽園」だ。

  ほかにも紹介したい金言が廣池氏の選択によって並ぶが、もう一つ。

 日露戦争に勝った立役者のひとりは東郷平八郎である。

 「明治三十八年五月二十七日、対馬海峡付近に集結していた日本連合艦隊の旗艦『三笠』はZ旗と呼ばれる旗を高々と掲揚しました。このZ旗には、艦隊への信号として、次に意味があらかじめ割り当てられていました。

 「皇国の荒廃、この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」

 (中略)もしも日本が負けていたら、満州や朝鮮半島だけでなく日本列島までロシアに飲み込まれていたことでしょう。陸軍の旅順攻略につづいて、海軍がロシアのバルチック艦隊を全滅させ、講和条約を結んだことで日本はその後も独立国として存続できたのです。

 (中略)「終盤、ロシア艦が白旗を掲げるのを見て、艦長らは砲撃停止を進言しましたが、東郷は威嚇砲撃を続けさせました。なぜならまだエンジンを停止しておらず、国際法上はまだ降伏の意思をしめしていない状態だったからです。それに気づいたロシア艦がエンジンを止めて、日本連合艦隊の完全勝利が確定しました」。

 当時の指導者は外国留学組が多く、国際法に通暁していたのである。

 「戦闘終了後、東郷は、負傷して佐世保の海軍病院で捕虜となっていたロシアのロジェストヴェンスキー司令官を見舞っています。敗軍の将をねぎらい、心を尽くして見舞ったことで、ロジェストヴェンスキーは感動の泪を流したそうです。

 東郷の真骨頂は、大勝利を収め、日本国民が勝利に沸き立っていたときも、少しも奢り高ぶることなく、謙虚な姿勢を貫いたところになります。一九〇五年(明治三十八)十二月に行われた連合艦隊の解散式における挨拶を次の言葉で締めくくりました。

 『神明は唯平素の鍛錬に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちに之を奪う。古人曰く勝って兜の緒を締めよと』

 東郷の国葬には英米仏伊の海軍が儀礼艦を日本に派遣して、その武勇を称えた。日本にはこうした英雄達が歴史を引っ張った時代があった。

6/2藤岡信勝氏Facebook『西村幸祐・神社仏閣へ油を撒いた犯人』転載記事について

やはりというか想定通りと言うか神社仏閣に油を撒いたのは在日の帰化人のようですね。日本の帰化政策の誤りと通名制度が日本の弱体化を招いています。意図的に日本を貶めようと世界にアピールしようとしているNYタイムズの在日帰化人の大西哲光(国籍はカナダ)や田淵広子に繋がります。日本人は神仏を畏れているのでどんなに時代が変わろうとも、個人のレベルで天をも恐れぬ行動をできるはずがありません。信長の比叡山焼き討ちとか廃仏毀釈はありましたが。マスメデイアがキチンと名前を挙げて報道しないのは裏に反日勢力の手が伸びていると考えるのは自然でしょう。

西村幸祐氏は「中国時報」の記事も写真で掲載しています。本日麗澤大学図書館で本記事を読みました。韓国人と言うのは「ケンチャナヨ」精神旺盛と言うか、中国語の「没問題」(=mei2Wen4ti2)と同じでno problemではなく、必ず問題であるというところでしょう。中東のSARSでMERS(Middle East)と言われていますが、変な話、砂漠の国のサウデイにSARS菌が繁殖できたかどうか。根本原因は中国のような気がしてなりません。広東省がSARS発生の原因だったように。広東省は雨も多く、高温で鼠やゴキブリも生育が良く大型でした。まして広州のように動物を生きたまま売る市場までありますから。床は動物の血で血塗られていた記憶があります。でも中国と韓国は人命優先でないのは分かります。ハフィントンポストに記事が載っています。

関連記事  http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/02/mers-asiana-air-nagoya_n_7489906.html

分かっていて中国や香港に出張するなんてどういう神経でしょう。テロリストと一緒。日本も油撒き犯人と同じく反日の人間がテロを起こす可能性がありますから。自分は安全と思うのが一番危険です。リスク管理の要諦は「最悪の事態を想定して準備する」ですから。

また、長江での客船の転覆で船長が逃げた可能性がありますね。今の所458人中20人しか救出されず、船長と機関長が助かっているというのはどう考えてもおかしい。我先に逃げたのでは。セウオル号と同じ。中韓は同じ精神構造をしているという事でしょう。

6/2午後7時のNHKTVのニュースで「ハイアール」の名前を堂々と出して宣伝に一役買っていました。いつからNHKは名前を出してもいいようにしたのでしょう。日本の企業名も出しているのでしょうか?http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150602/k10010100881000.html

ビールのラベルが出ないように気を使うほどなのに。如何にメデイアが他国に侵されているかの例証です

記事

コリアンがらみの奇妙な犯罪が相次いでいるのに、日本のメディアは報道管制状態だ。由々しき事態で、これを何とか暴露し、突破しなければならないが、報道の決定権は反日勢力に握られている。捏造報道よりも、歪曲報道よりも、報道遮断がメディアの最大の権力行使、国民支配の手段であることを忘れてはならない。西村幸祐氏のタイムラインからシェアーする。

Masahide Kanayama

 

 

 

 

 

 

 

 

mars-1mars-2

 

 

 

 

 

 

 

西村 幸祐さんが新しい写真3枚を追加しました

日本人に銃を向ける、韓国関連情報を隠蔽する異常なメディア。

完全に危険水域を超えた日本メディアの異常な情報統制。韓国人の非文明的な行動が原因でMERSによる初の死者が出て、隔離患者は現在682人に及んでいる。先週からアジア各国で大騒ぎなのに、日本メディアの報道はなかった。

また、今年なってから頻発する全国寺社へのテロは、僕が何回も予想した(https://twitter.com/kohyu1952/status/603271406122504192 )通り、やはり、韓国キリスト教カルトの反日テロだったことが判明したが、日本メディアは全てを隠蔽している。

 韓国特有のキリスト教を名乗るカルト集団の創設者、金山昌秀の犯行と明らかになったのに、容疑者の名前は出ない。しかも、最初は在米の「日本国籍」と報道し、次第に「日本人」と報道。メディアはしきりに「日本人」であることを強調する。

そして彼らは、この事件の本質である、元在日の韓国系日本人の反日カルト的な犯行であることを隠蔽している。韓国人MERS報道も先週から台湾で連日大きく報道されたのに日本人のリスクを無視する情報統制が布かれている。

 安保法制審議も異常な偏向報道が続き、逮捕歴のある辻元清美や5月27日に逮捕された北朝鮮工作員、斉藤まさしの支援を受けて議員になった民主党の後藤祐一の無意味なゴミのような質疑だけが取り上げられ、長島昭久議員(民主)との安保法制にとって有意義な質疑は全く報道されないのだ。

 一連の情報統制は、丹念な取材で韓国軍慰安婦の実態を掴み、報道しようとして自社に潰された、前TBSワシントン支局長、山口敬之氏の悲劇にまで繋がっている。この背景に一体何があるのか? 今、日本のジャーナリズムに問われるもの、そして、その危機は大きい。

※写真は全国の寺社への反日テロ実行犯(当然、組織的な犯行)。

 次の2点は、MERS感染の危機を大きく扱った先週の台湾紙の報道。

5/30産経ニュース 古森 義久 『安保法制、日本の敵は日本か』と6/1ZAKZAK『南シナ海“一触即発” 開き直り中国に日米反撃 警戒監視活動や共同訓練も』記事について

朝日も日本共産党も日本を中国共産党に売り渡そうと言う組織と思えば分かり易い。小生は中国に8年間居て、人権抑圧を目の当たりで見てきたため、当然ああいう社会が理想とは思えず、中国人には「可哀想」としか思えなかったです。今の日本の野党の政治家やメデイアのように政府批判、共産党批判すれば間違いなく逮捕状がなくても拘引されるか、罪名をデッチ上げてでも逮捕、拘留するでしょう。朝日の読者は分かっているのでしょうか?野党の政治家やメデイアは中国共産党的統治が良いと思っている確信犯ですが、読者はそこまで思っている人は少ないでしょう。自分の頭で考えないから、呪縛が解けないのでしょう。

南沙諸島の基地は軍事目的と解放軍は明言しました。日本の左翼メデイアはもっと中国を批判すべきでは。口を開けば「平和」「平和」と唱えているくせに、中国の侵略行為に口を噤むのであれば、彼らの言う「平和」はダブル・スタンダードであり、中国語の「和平」(he2ping2=日本語の「平和」。但し和して後平らげるとも読める、)のようなものではないか。報道しない自由を行使するのは、この場合侵略に手を貸すようなものです。

日本国民一人ひとりの自覚が必要です。国難に際して、大事なことは①左翼新聞は買わない②次の選挙で左翼・親中派・親韓派には投票しない、という事を今からでもやっていくことです。地道な取り組みが大事です。

5/30産経記事

日本の最大の敵は日本なのか-日本の安全保障関連法案の国会質疑やその報道は、そんな疑問を感じさせる。

「暴走」「思うがままに武力を」「ナチスの手口」など、同法案の核心の集団的自衛権行使容認に反対する朝日新聞の記事の見出しは、日本が自ら他国に戦争を仕掛けるためにこの措置を取る、と思わせようとしているのは明らかだ。

同法案の目的を「日本を、戦争をする国にする」と断じる日本共産党の主張も日本がいかにも侵略戦争を始めるかのような暗示がにじむ。なにしろ議論の最大焦点が日本を守るはずの自衛隊の手足を縛る「歯止め」だから、日本はそれほどに危険で自制のない国なのか、といぶかってしまう。

日本を軍事的に威嚇し、侵略しようとする勢力への「歯止め」がまず語られないのだ。

集団的自衛権自体を危険視する側は日米同盟がそもそも集団自衛であることは無視のようだ。日本領土が攻撃され、日本がいくら個別的自衛だと称しても、現実は米国に日本との集団的自衛権を発動してもらうのが日米同盟の抑止力そのものなのである。

自国防衛は集団自衛に全面的に依存しながら、その集団自衛の概念に反対するという日本の従来の姿勢は米側ではあまりに自己中心で他者依存とみなされてきた。

米国側は超党派でもう20年も日本の集団的自衛権解禁を切望してきた。米国が想定するアジア有事、つまり朝鮮半島有事や台湾海峡有事に対しては国防総省にはいつも「ジャパン・イン(内)」と「ジャパン・アウト(外)」という2つのシナリオが存在してきた。

「イン」は日本が米国の軍事行動に対し同じ陣営内部に入り、味方として行動する見通し、「アウト」は日本が集団的自衛権禁止を理由に米軍の後方支援も含めて完全に非協力、外部に立つという意味だという。

歴代の米国政権はもちろん「イン」を望んだが、常に「アウト」をも想定しなければならず、アジア戦略では大きな悩みだった。そして現実の有事で、もし「ジャパン・アウト」となった場合、「日米同盟はその時点で終結する」と断言する米側関係者が多かった。日米安保条約の米側からの破棄という意味だった。

 だから軍事にはあまり熱心ではないオバマ政権も今回の日本の動きは大歓迎するわけだ。米国側全体のいまの反応について大手研究機関AEIの日本研究部長のマイケル・オースリン氏は米紙への5月中旬の寄稿で「日本のいまの動きは自衛隊を他国の軍隊と同様な機能を果たせるように正常化し、米国との安保協力を深め、他のアジア諸国との安保連携をも可能にし、日本がアジアでの責任ある役割を果たせることを目指す」と歓迎の総括を述べた。

米国政府は日本政府に正面から集団的自衛権行使を求めることはしない。主権国家同士の礼儀だろう。だが本音としてのその要望は政府周辺から長年、一貫して発せられてきた。

しかも日本の集団的自衛権は禁止のままだ と日米同盟の崩壊につながりかねないとする警告が多かった。

超党派の研究機関「外交問題評議会」が1997年に日本の集団的自衛権禁止を「日米同盟全体にひそむ危険な崩壊要因」と位置づけたのもその 一例だった。

 こうした米国側の意向や状況は日本でのいまの論議ではまったく欠落したままなのである。(ワシントン駐在客員特派員)

6/1ZAKZAK記事

南シナ海が緊迫している。習近平国家主席率いる中国が国際社会の反発を無視して、岩礁を次々と埋め立てていたが、ついに中国軍幹部が「軍事目的だ」と明言したのだ。人工島には火砲まで配備しているという。一方、日米両国は、中国の「力による現状変更の試み」に反対することで一致し、警戒監視活動や共同訓練などで、牽制(けんせい)していく。

 「中国の主権の範囲内で、合法で正当かつ合理的な活動だ」

 中国人民解放軍の孫建国・副総参謀長は5月31日、シンガポールのアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で講演し、南シナ海での人工島建設について、こう言い切った。さらに、その目的に「軍事、防衛上のニーズ」を含めた。

 前日の同会議で、カーター米国防長官が「南シナ海で1カ国だけが、いかなる国をも大きく上回る規模と速さで埋め立てを進めている。それは中国だ」と名指しして、即時中止を要求していたが、中国軍幹部は開き直って「本性」をさらけ出したといえる。

 オバマ米大統領の対応を甘く見たのか、中国の暴走は加速している。

 米国防総省のウォーレン報道部長は先月末、中国が人工島の1つに(自走砲などの)火砲を配備したと明言した。米政府は「自走砲を手始めに今後、レーダーや艦船、航空機、ミサイルなどが徐々に配備されていくだろう」(軍事筋)と分析している。

 まさに、「人工島の軍事基地化」だが、南シナ海は日本のシーレーンでもあり、わが国としても中国の野望を看過するわけにはいかない。

 中谷元防衛相とカーター氏は5月30日に会談し、中国の「力による現状変更の試み」に反対することで一致。オーストラリアのアンドリュース国防相を交えた3カ国の防衛相会談では、日米豪3カ国が緊密に連携していくことを確認した。

 東南アジア諸国にも不安が広がっているが、中谷氏は翌31日、シンガポールのウン・エンヘン国防相との会談で「日本も地域の平和と安全に貢献していく」と強調した。

 高い警戒監視能力を誇る海上自衛隊のP3C哨戒機を派遣する可能性があるが、航続距離に問題がある。このため、フィリピンの旧米空軍クラーク基地を活用する案もある。また、中谷氏は同会議での講演で、南シナ海で自衛隊と米艦艇が共同訓練などを行い中国に対抗する考えも示した。

 こうしたなか、中国は分断工作を仕掛けてきた。

 前出の孫氏は同31日、韓国の韓民求(ハン・ミング)国防相との会談で、米国が韓国への配備を検討している地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」について「憂慮する」と通告したのだ。

 韓氏は「韓国の国益と安全保障上の利益を考慮し、わが政府が主導的に判断し決める」と反論したというが、どこまで耐えきれるのか。

5/31伊勢雅臣メルマガ掲載 『地球史探訪: 海洋国家の衰亡への道 ~ 月尾嘉雄『日本が世界地図から消滅しないための戦略』を読む』記事について

月尾氏は東大教授だったにも拘らず左翼に汚染されていません。東大の先生が全部汚染されている訳ではないですが。カルタゴについては昨年9月にチュニジアに行って見てきました。海に面して遺跡がわずかながら残っていました。床がモザイク模様でした。塩野七生の『ローマ人の物語 ハンニバル戦記』と森本哲郎の『ある通商国家の興亡』にカルタゴが出てきます。本記事に書かれているような浮かれた気持ちしか持てない国民は滅ぶしかないという警世の書だったと思います。特に『ある通商国家の興亡』では第二ポエニ戦役でローマが要求した講和の条件は第二次大戦で米国が要求した武力放棄(ローマの命なく戦争してはならない)と酷似しています。

集団的自衛権で後藤とか辻元とか民主党は下らん質問ばかり。中国が南シナ海を手に入れようとしているのに“clear and present danger”と言うのが分からない人達です。「一国平和主義」というのは覇権国アメリカですら難しいのに日本にできる訳ありません。鎖国すればよいのでしょうがグローバルな時代にそれは無理です。民主党は日本に対し「鎖国せよ」とか中国に「隷従せよ」とでも思っているのでしょうか。武力侵攻を喜んでするような国に隷従したら国民がどうなるか分かるでしょう。チベット、ウイグル、モンゴル族が如何に悲惨な目に遭ってきているか、本ブログで何度も書いてきました。多国間同盟で中国を封じ込めるしかありません。

今の日本の経済人は経済にしか目が行きません。金儲けのことだけ。戦後すぐ位は、財界人は「国家と共にある」と言うほどの人物が多かったですが。然るに今は志の低い人ばかり。勿論経済力は軍事力の基礎となりますから、成長させていくことは非常に大切です。しかし、儲かればよいと言って敵に塩を送るのはどうか。三島の諌言、前述の森本の警世など、聞く頭になっていないのでしょう。(今調べて、森本は朝日新聞の編集委員をしていたというのでビックリですが)

オランダの事例で言えば今の米軍に戦闘させて自分は金儲けだけと言うのではアメリカ人の反感を買うという事です。アメリカも日本に多く基地を置いていたのはいわゆる「瓶の蓋」の役目だったのでしょうが、時代と環境が変わりました。日本の基地こそが「自由を守る砦」に変わる訳です。キッシンジャーが周と約束したことは全部裏目に出ました。彼も中国から金を貰っている口でしょうけど。「騙す人が賢く、騙される方が馬鹿」という民族性を知らないためです。中国を恐れ、日本の基地を置き去りにしたらアメリカは末代まで「臆病者」の烙印を押されるでしょう。宮崎正弘氏の言うように「第七艦隊」を日本の持つ米国債で買ってくれとなりますか?

記事

 カルタゴ、ベネチア、オランダに見る海洋国家の衰亡への道。

■1.「日本という国家が消滅することはないという幼児のような楽観」

『日本が世界地図から消滅しないための戦略』というショッキングなタイトルの新刊が出た。著者の月尾嘉雄(つきお・よしお)東大名誉教授はもともとは建築学が専攻だが、最近は地球環境問題やメディア政策など幅広い分野で発信をされている。

 この本の前書きは次のような印象的な一節で始まる。

 国旗掲揚と国歌斉唱に異論のある人々が日本に増加しているようであるが、それをしたくてもできない民族の苦痛を想像してみれば、そのような異論が愚論であることが容易に理解できるはずである。それは日本という国家が消滅することはないという幼児のような楽観を根底とする幻想でしかない。[1,p1]

 チベットやウイグルなど、自らの国家を失い、少数民族として圧政に苦しんでいる民族は少なくない。第二次大戦後に消滅した国家は約180にもなるという。

■2.消滅した古代海洋国家カルタゴ

 我が国と同様の海洋国家で、長く栄えながら滅んだ国が歴史上、いくつもある。

 その一つ、カルタゴは、北アフリカの地中海沿岸、現在のチュニジアの近辺で栄えた古代海洋国家である。紀元前814年に建国されたという伝説を持ち、紀元前6世紀から西地中海の海運交易を握り、エジプトからモロッコ、さらには現在のスペインのあたりまで領土を広げていった。

 しかし、イタリア半島から発展したローマと紀元前264年から146年までの120余年間に3度も大きな戦いを繰り広げ、一時はハンニバル将軍が象の一群を率いてアルプスを越えてイタリア半島にまで攻め込んだが、最終的には敗北した。

 ローマは通常は「敗者さえも同化する」寛大な政策をとって発展したのだが、ことカルタゴに対しては特別で、1世紀以上の度重なる戦いの報復として、カルタゴ市民を虐殺し、都市はすべて破壊した。カルタゴは地上から消滅し、その遺跡は19世紀まで発見されなかった。

■3.滅亡の第1の要因:傭兵

 カルタゴが消滅したのはローマとの戦いに敗れたからであるが、実際にハンニバルのイタリア半島侵攻ではローマ征服の一歩手前までいきながら、最終的にはなぜローマに滅ぼされたのか。

 その理由として月尾氏が最初に挙げているのが、傭兵に依存したことである。海洋国家であるから海軍は自国民中心で構成されていたが、陸軍は大半が傭兵であった。傭兵の目的は金銭であり、カルタゴのために命をかけるという志はない。

 それに比してローマは当時は共和国であり、市民は祖国のために、子孫のために、命をかけて戦うことを名誉と考えていた。いかに名将ハンニバルが何年か活躍しても、1世紀以上も戦い続ければ当然この違いが出てくる。

 傭兵が頼りにならない事は、その後の歴史で何度も実証されている。たとえば、ロシアは日露戦争で当時属領として支配していたポーランド人をロシア軍に含めて送り込んだ。日本軍はポーランドの独立運動と連携して、ポーランド兵の脱走工作を行い、投降したポーランド兵数千人を松山の収容所で厚遇した。[a]

 対する日本兵はすべて国民兵であり、家族のため、国家の独立維持のために命を捧げることを厭わなかった。[b]

 大東亜戦争でも、日本陸軍は開戦後わずか2ヶ月でマレー半島のイギリス軍を駆逐してシンガポールを占領したが、その成功要因の一つに英軍10万の半分を占めるインド兵に呼びかけて、「インド独立のために一緒に戦おう」と呼びかけたことがある。ここで結集したインド将兵たちが、現在の「インド国民軍」の中核となった。[c]

 いくら経済的に繁栄しても、国家の独立を守るのは自前の防衛力である。金で雇った傭兵では、いくら優れた将軍や武器を備えていても、長期的に国家を守る真の防衛力にはならない。

■4.滅亡の第2の要因:経済史上主義

 敗戦の第二の原因が経済至上主義である。月尾氏は次の史家の言葉を引用している。

「カルタゴの歴史は文明の浅薄さと脆弱さを示している。彼らは富の獲得だけに血道をあげ、政治的、文化的、倫理的な進歩を目指す努力をしなかった」(J・トゥーテイン)

 目先の利益にだけに目を奪われていては、日ごろから防衛のための備えをすることもおろそかにされる。青少年には国家公共のために働くことを名誉とみなす倫理教育もできなかったろう。

 そもそも豊かな文化伝統なしに経済至上主義の中で育てられた青少年には、祖国のために尽くし、祖国の危機には立ち上がる祖国愛も育たなかっただろう。

■5.滅亡の第3の要因:ローマの敵意に対する鈍感さ

 滅亡の第三の原因として挙げられているのが、ローマの敵意に対する鈍感さである。

 第一次ポエニ戦争(紀元前264~241年)の敗戦では広大な領土放棄以外に、年間の農業生産に匹敵する賠償金を24年に渡って支払うこと、さらに第二次ポエニ戦争(紀元前149~201年)では、同程度の賠償金を50年間支払い続けることとされたが、カルタゴは、その通商での経済力でいずれも早めに完済してしまう。

 それほどの経済力を持ったカルタゴを危険視して、ローマの政治家たちはカルタゴを滅亡させるべきと決心する。

 第二次ポエニ戦争での敗戦にもかかわらず、その後も発展しているカルタゴを脅威とする人々がローマに増加していくが、その中心にあったのがローマの政治家マルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス(大カト)である。第二次ポエニ戦争に従軍して敗走した経験もあり、カルタゴへの敵愾心に満ちていた政治家であった。

 カトはカルタゴから輸送されてきた見事なイチジクを聴衆に見せ、このような立派な農産物を生産する国がローマから三日の航海の距離にあると演説し、その最後を「デレンダ・エスト・カルタゴ(カルタゴを殲せんめつ滅すべし)」と締めくくっていた。この繰返しが次第にローマ市民に浸透し、戦争の気運が高まっていった。これが第三の教訓である。[1,p31]

 ローマはカルタゴに、地中海に面した首都を捨て、内陸部に遷都せよ、という無理難題を要求して、ついに3度目の戦争に追い込む。そしてカルタゴを破った後は、その都市を跡形もなく破壊し、住民を虐殺するという、敗者に対して寛容なローマにしては珍しく残虐な措置をとったのも、こういう反カルタゴ感情がゆえであろう。

 不思議なのは、カルタゴがこういうローマの敵意に対して、鈍感だったことである。経済至上主義で国の安全に無頓着であれば、他国の脅威に対しても、敏感にはなれなかったのだろう。

■6.ベネチアの繁栄と衰亡

 カルタゴと同様に、地中海での通商を握って、長期間、栄えながら滅んだのがベネチアである。海上に浮かぶ小さな人口島を本拠地として、697年の初代元首就任から1797年にナポレオンに征服されるまで、実に1,100年間も独立を維持した[a]。優れた造船技術を武器に、最盛期には地中海最大の海洋国家として栄華を誇った。

 ベネチアについては本誌104号[e]で紹介したので、ここでは繰り返さないが、そこで強調したのは、発展の原動力となったのが貴族も平民も国家に尽くそうという強い同胞感だった事だ。この力によって、人口10倍もの大国トルコと250年間も戦い抜いたのは、カルタゴとは大きく異なる点である。

 しかし、最後には衰退し、ナポレオンに屈服するのだが、そこでの要因として、月尾氏は以下の3つを挙げている。

 第1は技術革新への乗り遅れ。15世紀にポルトガルで3本の帆柱を備えたキャラベル船が開発され、コロンブスのアメリカ大陸到達などの大航海時代が始まった。この船は造船単価が3.5倍にも跳ね上がるが、ベネチアは造船予算を1.5倍にしか増やさなかった。当然、保有する隻数は半分以下となり、海軍力も、交易力も大きく低下した。

 第2はアジアとの交易で、アフリカの希望峰周りの航路が開拓され、ポルトガルやスペインなどの大西洋に面した港湾都市が交易の中心となったこと。従来の東地中海から中近東を通る陸上ルートは危険で、コストも高いので廃れてしまった。

 第3に、国民の通商意欲の減退と、それを反映した人口の減少。海に向かう進取の気風が失われ、ベネチアの対岸の大陸部分に引き込むようになった。守りの生活に入ると、子どもの増加が財産の細分化につながるため、貴族の家庭で独身比率が高まっていった。16世紀の51%から、17世紀に60%、18世紀には66%と上昇していった。

 これは肉体的な精力が減退したというよりは、精神的な意欲の衰退と理解すべき現象である。一八世紀末のナポレオンの恫喝(どうかつ)に戦時問題首脳会議も大評議会も弱腰で右往左往し、簡単に屈服した下地は、二〇〇年近い社会と国民の性質変化によって出来上がっていたということになる。[1,p40]

■7.オランダの海洋覇権がいかにイギリスに奪われたのか

 月尾氏の著書にはないが、弊誌で紹介したオランダの盛衰も関連するので、簡単に触れておこう。

 大英帝国が築かれる前に、オランダはアフリカの希望峰から、セイロン、ジャカルタ、広東、そして長崎の出島に至るまで植民地や通商拠点を置き、17世紀の世界貿易を握っていた。

 オーストラリア大陸はオランダ人が発見し、オランダのホラント州から「ニューホラント」と名付けられていた。ニュージーランドは、同様にゼーラント州から付けられた名前がそのまま残っている。アメリカのニューヨークは、もとはニューアムステルダムだった。

 このオランダの海洋帝国は、その後、ほとんどイギリスに奪われ、大英帝国として「上書き」されてしまう。

 かつてオランダはスペイン帝国の一領地だったが、自由と独立を求めて同盟国イギリスと共に80年戦争を戦い抜く。戦争の途中、オランダの商人たちが実権を握ると、彼らは金はかかるが利益の少ない地上戦闘はイギリスに任せ、自らは海洋権益の拡大を目指した。こうしてオランダは一大海洋帝国を築き上げた。

 しかし、このオランダの姿勢は、イギリスの反感を買った。イギリスの当時の重商主義者トーマス・マンはこう語っている。

__________

 オランダ人が東西両インドを征服し、その交易の果実をわれわれからむしり取っている間、われわれはオランダの防衛のために血を流しているのである。[2,p219]

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 1648年にスペインとの講和が成立するや、わずか4年後には英蘭戦争が始まっている。その最中でもオランダ商人の中には、イギリスに軍艦用資材を売って大儲けする輩(やから)までいて、そんな状態ではオランダは勝てるはずもなかった。こうしてオランダの海洋覇権は次々とイギリスに奪われ、世界貿易の中心はアムステルダムからロンドンに移ったのである。

■8.日本が世界地図から消滅しないために

 カルタゴ、ベネチア、オランダと、一時は海洋大国として隆盛を誇りながら、その後、滅亡ないし衰退した国家を見てきた。

 これらの国々が発展する過程に共通して見てとれるのは、国民が経済発展を目指して自由に励む姿である。国民が自由に自らの利益を追求する時、個人の創意工夫によって新しい技術が生まれ、新たな航路が切り開かれ、交易が始まる。その活動が海洋大国を築く。

 しかし、いざ戦争となると、経済力とは別次元の力が必要となる。カルタゴの例で見たように金で雇った傭兵では、命を懸けてまで国を守ってはくれない。自分の家族、郷土、国家を自らの生命を犠牲にしても守ろうとする祖国愛を持った国民が必要なのである。経済至上主義では、国民一人ひとりが自分の利益を追求するだけで、そのような祖国愛は生まれない。

 各自が自分の利益だけしか眼中になければ、他国が敵意を燃やしていても気がつかない。カルタゴがローマの敵意に気がつかず、オランダがイギリスの怒りを買ったのも、経済至上主義の故だろう。祖国を守りたいという姿勢があってこそ、敵国や同盟国の動向・心理にも注意を払うようになる。

 また、経済至上主義では、ある程度の豊かさを達成してしまうと、それに満足してしまう。ベネチアのように結婚して子孫を作るよりも、独身のまま今の生活を楽しんだ方が良いと考える。子孫のために、何とか新たな繁栄の道を探ろうという志を持たなくなる。

 カルタゴ、ベネチア、オランダの歴史は、現代日本に二つの道を示している。一つは、経済至上主義で高度成長を遂げた現状で満足してしまって、十分な防衛努力もせず、近隣諸国の敵意や同盟国との連帯に注意を払わずに、少子化と経済停滞の道を歩むか。この道では、いざ敵国に攻め込まれたら、滅亡は必至だ。

 第二の道は、祖国愛を蘇らせ、自らの国は自ら守るという気概を奮い起こし、防衛の備えを怠らず、子孫のために新たな精神的、経済的発展を志す。

 日本が世界地図から消滅しないための岐路に我々は立っている。

(文責:伊勢雅臣)

5/29・30日経の中国の南沙諸島関連記事について

オバマのアメリカは真の敵が読めずにいます。アフガンで借りを中国に作ると言う発想はないでしょう。如何にテロリスト集団と言ったって戦闘レベルの話。中国がアメリカに挑戦しているのは金融、情報、軍事の分野です。タリバンやISの比ではないでしょう。宗教心もなく、拝金、自己中心の民族です。中国が覇権を握ったら、世界を悪に染めようとするでしょう。

中国はオバマが大統領でいる間に取れるものは取ろうとするでしょう。ペンタゴンは目にもの見せんとしても、大統領が軍事忌避で大局観がなく優柔不断であれば、南沙の基地より12海里の進出も難しいかもしれません。中国はそう読んでどんどん既成事実化を進めています。南シナ海が中国の手に落ちれば次に必ずや東シナ海に出て来るでしょう。そして太平洋の西半分を中国のものにとか考えているとアメリカが思っているとしたら甘い。絶対東半分にも出て行こうとします。先ず、その前に中国人を入植させ、いざと言うときにその国で内乱を起こせる準備をするでしょう。選挙のある国には移民をドンドン増やしていくでしょう。

アメリカも日本も中国と言う巨大な怪物を造った製造物責任があります。東南アジアの平和に責任を持たないと。衛星写真を公開したって中国が止まるはずはありません。織り込み済みです。バックパッシングは無責任です。アメリカ、日本、東南アジアが目の前の侵略に何も手を打たないとしたら、未来はもっと悪くなるでしょう。宥和政策は第三次大戦の引き金になります。

日本は早く国連の敵国条項を削除すべきです。中国は国連でそれを主張し、「日本に宣戦布告しろ」と筋違いの発言をして論理のすり替え、目先を変えようとするのでは。常任理事会に入るのに核も持たないのでは発言力なしです。そんなところに金と人力を使うのは無駄です。自民党も愚かと言うかリベラルの意見に引きずられて大局観を持てなくなってしまっています。でも一番罪深いのは日本のメデイアでしょう。不都合な真実を報道せず、中国をここまで大きくしたのは間違いなくメデイアです。高給を食んで日本を裏切った売国奴としか言いようがない。

記事

Nan sha

 

 

 

 

 

南沙諸島で活動する中国のしゅんせつ船を映した米海軍偵察機撮影の映像=ロイター

5/30米、中国に仕掛ける消耗戦(真相深層)

日本が中東から輸入する石油のほとんどが通る南シナ海。人工島の造成をやめない中国に、米軍が監視を強め、緊張が高まってきた。オバマ政権はどこまで本気で、中国の行動を阻むつもりなのか。

 沖合の艦船から放たれた大きなホーバークラフトが、ものすごい勢いで海岸に近づき、砂浜に上陸した。精鋭部隊がそこから飛び出し、すばやく前進する……。

 米海兵隊は19日、ハワイで上陸作戦の演習を実施した。これだけならふつうの光景だが、違ったのは、約20カ国の軍幹部がじっと見守っていたことだ。

 17~21日、米海兵隊が日本や東南アジアの指揮官を招き、島しょ防衛に関する初の研修会を開いた。この中での一幕だ。米軍によると、目的は「各国の島しょ防衛力を高めること」。岩礁を埋め立てる中国をけん制するねらいは明白だ。

■激しい議論の末

 米軍は今月に入り、偵察機や新型戦闘艦を南シナ海に送り、中国への圧力を強めだした。中国が工事をやめなければ、人工島の12カイリ(約22キロ)以内に、軍艦船などを派遣することもあり得るとも警告した。

 背景にあるのは、このままでは南シナ海に中国が軍事拠点を築いてしまうという、オバマ大統領自身の焦りと危機感だ。

 4月28日の日米首脳会談。日本側は、オバマ氏の対中認識が昨年の会談よりずっと険しいのに驚いた。「中国をめぐるオバマ氏の発言はかなり、厳しい。日米の対中認識のズレは埋まった」

 では、米側がどこまで、軍事圧力をかけるつもりなのか。実は、中国が南シナ海で埋め立てを始めた昨年以来、国防総省や米軍内では、激しい議論が交わされてきたという。内情を知る元米政府高官は明かす。

 「軍艦や軍用機を(中国の人工島近くに)送り、けん制すべきだとの意見が海軍首脳から出ていた。ただ、米軍が介入すれば、衝突の危険が高まってしまうとの声が根強く、結局、実行には移されずにきた」

 構図が変わったのは今春。猛烈な勢いで埋め立てが進み、周辺国が懸念を深めるなか、オバマ政権も直接関与に転じざるを得なくなった。

 ただ、中国との衝突を避けたいのは言うまでもない。そこで米政権が採用しようとしているのが、コスト賦課(Cost Imposing)と呼ばれる中長期戦略だという。政権に近い新米国安全保障研究所(CNAS)などが提唱している。

 どんな内容なのか。CNASのパトリック・クローニン上級顧問によると、軍事、外交、宣伝などさまざまな手段を使って、中国の行動に重い代償を払わせ、時間をかけて、強硬策を断念させていくというものだ。いわば、消耗戦略といえる。

■日本の安保左右

 米政府筋によると、すでに一部で実施されつつある。たとえば、(1)埋め立て状況を映した衛星写真などをひんぱんに公表し、国際圧力を強める(2)東南アジア諸国などへの支援を強め、島しょ防衛力を底上げする(3)同盟国と協力し、中国の監視活動を広げる――などが、その具体例だ。

 すでに写真の公表は増やしている。今月、ハワイで開いたアジア太平洋諸国向けの島しょ防衛研修会は、(2)に当たる。米軍が最近、自衛隊による南シナ海での監視活動に期待感を示しているのは、(3)への布石だ。

 もっとも、どこまで効果があるかは分からない。中国が大規模演習で台湾を威嚇した1996年。米国は空母2隻を台湾海峡に送り込むだけで、中国の挑発をやめさせることができた。

 それから約20年。中国軍は強大になり、もはや力ずくでは抑え込むのは難しい。米政権内で「コスト賦課戦略」が浮上するのは、そんな厳しい現実の裏返しでもある。

 9月には中国の習近平国家主席が訪米する。米中関係筋によると、ホワイトハウス内では、温暖化対策やイラン問題で成果を残すため、「南シナ海で対立しても対中関係全体を損なうべきではない」との意見もある。

 勝算がないまま、南シナ海への関与に動くオバマ政権。その成否は、日本の安全保障にも跳ね返ってくる。

(編集委員 秋田浩之)

5/30中国、南沙諸島に兵器持ち込み 米当局者「軍事化反対」

 【ワシントン=共同】米国防総省のウォーレン報道部長は29日、記者団に対し、中国が岩礁埋め立てを進める南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島に造った人工島の一つに兵器を持ち込んだことを明らかにした。米メディアによると、砲撃用の装置。

 ウォーレン氏は「われわれは(人工島の)軍事化に反対している」と述べ、撤去すべきだとの認識を示した。現在も設置されたままかどうかは不明。

 これに先立ち、米紙ウォールストリート・ジャーナルは、米軍が撮影した人工島の写真で、移動式の砲撃装置二つが確認されたと報じた。

 米軍艦船や航空機に脅威を与えるような性能はないが、ベトナムが領有権を主張する近くの島を射程に収めるといい、米当局者は同紙に「(周囲を威嚇する)象徴的な意味合いがある」と批判した。

 在米中国大使館の報道官は同紙に対し、兵器持ち込みについて具体的な言及は避けたが「南沙諸島は中国の領土であり、軍事的な防衛のために必要なものを配備する権利がある」と主張した。

5/29中国、ひそかに米に「助け舟」 隠密の仲介工作  編集委員 秋田浩之

南シナ海の岩礁埋め立てをめぐり、米国と火花を散らす中国。ところが、オバマ政権の対外戦略にひそかな「助け舟」を出し、貸しをつくるという、したたかさもうかがえる。

 多くのウイグル族がすむ中国新疆ウイグル自治区。その最大都市であるウルムチで今月20~21日、ある秘密会議が開かれた。

 出席者は、アフガニスタン政府と反政府武装勢力、タリバンの有力者ら。アフガン和平を促すため、中国政府が両者を仲介する会議を主催したのだ。米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)が25日、独自情報として伝えた。

 これだけではない。ロイター通信によると、5月3日、カタールでアフガン政府とタリバンの代表団との直接対話が開かれた。この席にも、米国と並び、中国政府関係者の姿があったという。

従来なら想像もできなかった光景だ。中国はアフガン和平にはほとんど、関与しようとしなかったからだ。いたずらに和平交渉にかかわり、イスラム原理主義勢力の反発を買えば、国境を接する新疆ウイグル自治区にテロが飛び火しかねないからだ。

■オバマ氏の訪中が転機

 この姿勢に大きな変化がみられたのが、昨年秋だという。アフガンにかかわる国際機関関係者は明かす。

 「中国は従来、アフガンへの投資には関心があっても、和平や復興には興味を示さなかった。ところが、オバマ大統領が訪中した昨年11月ごろから、中国のアフガンへの対応が目に見えて変わった。米政権の働きかけを受け、和平に積極的にかかわるようになった」

 米国に「貸し」をつくる狙いが透けてみえる。オバマ政権は、アフガニスタンから米軍の大半を、2016年末までに撤収させると公約している。任期が残り2年をきり、この実現に焦っている。

 いまアフガン和平に協力すれば、オバマ政権は評価し、南シナ海や人権問題などで中国に圧力をかけづらくなる――。中国指導部はこう読んでいるのだろう。

 米中関係筋によると、オバマ氏の昨年11月の訪中時に、中国はアフガン問題で協力する用意があると伝達。ホワイトハウスも、中国のそうした姿勢を評価したという。

中国を動かすもうひとつの理由は、米軍が本当に撤収したら、アフガンがさらに混乱しかねないとの懸念だ。米軍が足抜けした後、同国に「力の空白」が生じれば、再び内戦が激化し、テロ組織の温床になりかねない。

 そうなれば、中国にも重大なテロの脅威が及んでしまう。アフガンがさらに混乱に陥るのを防ぐため、今のうちから米国と協力し、和平に取り組もうというわけだ。

■忠告にじます王外相の発言

 日本や東南アジア諸国にとって気がかりなのは、アフガン問題をめぐる米中連携が、南シナ海問題などにどう影響するのかだ。

 南シナ海での埋め立てをやめない中国に対し、オバマ政権は今のところ、強硬な姿勢に傾いている。だが、中国側は「米政権は本気で中国と対立するつもりはない」と、米側の足元をみているかもしれない。

 今月16日、ケリー米国務長官は北京を訪れ、王毅外相らと会談した。南シナ海問題で激しい応酬を交わしたもようだ。ところが、会談後、ケリー氏と記者会見にのぞんだ王外相は、こう力説した。

 「米中関係は最も重要な2国間関係のひとつだ。アフガニスタンの和平、北朝鮮核問題、エボラ出血熱などの国際問題で協議と協力を深めたい」

 中国は、米国が重視するアフガンや北朝鮮問題などで、協力する用意がある。これらの懸案を解決したければ、中国とはケンカしないほうが賢明だ。王氏の発言は言外に、そう米側に訴えているように響いた。