ブログ

サイト管理人のブログです。

ブログ一覧

『北京大学卒業式・張維迎講演はなぜ削除されたか SNSから即座に消えた「自由は一種の責任である」』(7/21日経ビジネスオンライン 北村豊)、『米中の衝突 対話で避けよ 米ハーバード大教授 グレアム・アリソン氏』(7/21日経朝刊)について

18日に提出した蓮舫の台湾国籍喪失許可証書が偽物ではないかと言うので、三立新聞が台湾内政部に電凸したら「本物」との返事。でもおかしい所満載です。小生の考えでは、内政部の役人と一緒に(忖度どころではなくグルで)偽造したのでしょう。ただ、後々内政部が追及されるとマズイので、中途半端な偽造になったと思います。内政部の国民党派=中国人と組んでやったことと思います。中国では卒業証明者や公的領収書の偽物が普通に買える国ですので。なお、文中に出てきますPO=post an articleの意味だそうです。

小生のFacebookの記事より。

<蓮舫偽造「放棄國籍許可證」?內政部:證書是真的

2017/07/20 08:05:00

記者雷明正,張之謙/綜合報導

日本民進黨黨代表台裔政治人物蓮舫18日出示了台灣內政部所發的「喪失國籍許可證書」,但這個證書似乎與正常的台灣行政文書有很大的不同。有台灣網友甚至直接在網路上質疑這份文件跟本是偽造。不過我國內政部證實這份「喪失國籍許可證書」確實是由內政部所發。

▲蓮舫放棄國籍證明書(圖/翻攝自Daily)

這份證書上的照片所擺的是蓮舫的選舉照,側面且微笑的大頭照,與我國一般在戶籍文書上所放的身分證照片有所不同。根據「喪失國籍申請書」上載明,照片黏貼處應比照「國民身分證相片規格」;而且相片明顯規定「無特殊表情且嘴巴合閉」,但這張證書的大頭照中的蓮舫卻笑的合不攏嘴,似乎不太符合規定。

另外是發證日期,發證日期為去年的9月13日,根據我國內政部規定,喪失國籍辦理期間約需2個月左右;而蓮舫是在9月3日提出申請,網友質疑為何能在短短10天就能取得證書。再者,網友上內政部的官網以蓮舫證書號碼查詢結果,內政部官網顯示此案件在2016年的10月17日才被內政部審核完成,那蓮舫是如何提出9月13日發給的文件?

▲推特上網友的質疑(圖/翻攝自推特)

其它如地址詳載不明、國籍不應使用西曆或是蓮舫自己公開的台灣護照居然是手寫等等,網友都提出質疑,也被日本一部分輿論人士轉貼。一向反對蓮舫的旅日中國籍漫畫家孫向文也PO文質疑,認為蓮舫把全日本當作白癡。評論家池田信夫更辛辣的指出,蓮舫根本是偽造公文。

但《三立新聞網》今早和內政部確認文件真偽,內政部發言人表示這份文件並非偽造,確實是由內政部所發行的「喪失國籍許可證」。

☆Chris*台湾人☆‏ @bluesayuri

蓮舫氏喪失國籍証の波紋、台湾の三立新聞と風傳媒新聞が私のtwを取り上げて報道した。台湾ネット民と呼ばわれ、面白い、三立が内政部に問い合わせたら→本当?「喪失國籍証は内政部発行」と返事、記者もっと質問「何故一週間発行?2ヶ月じゃない?」内政部は答えれなかった、やっぱり裏がありそう。

蓮舫の中華民国の喪失国籍許可書には、許可した人の署名のサインがない。原本の写しではないことが明白である。他の二人の許可書には、ちゃんとサインがある。>(以上)

中国が自由を認める=共産党支配の終結を意味します。甘い汁を吸っている党幹部にとって、国民に自由を与えれば、自分達にとっては失うものの方が大きいです。共産党内部からそんな動きは絶対に出て来ないと思っています。それは張維迎教授も百も承知でしょうけど、言わずにはいられなかったと言う所です。張維迎教授は発言中、日本の発明の例は挙げていませんが、言うのは沽券に関わると思ったのか、「愛日有罪」の烙印を押されることを避けたのか。

中国を民主化させれば戦争の危機は遠のくと考える人がいます。小生は民主化だけではダメで分裂(領土分割)が必要と思います。特に南モンゴルやウイグル、チベットと言った非漢族の地域を独立させる事です。中国やロシアは地政学上、北朝鮮を緩衝地帯と見て尊重しているのですから、この3地域を独立国として承認して緩衝地帯とすれば良いでしょう。それでも自己中心の漢族に民主主義が似合うかどうか?孫文も言っています。『中山思想体系』より、<孫文學説第六章説:「常人有言,中國四萬萬人,實等於一片散沙。今欲聚此四萬萬散沙,而成為一機體結合之法治國家,其道為何?=『孫文学説』第六章には<普通の人は、中国は4億も人口がいるが、その実一握りの砂に等しい(バラバラで纏まっていない)と言っている。今欲するのはこの4億の砂の民を集め、法治国家として纏め上げるにはどうしたらよいか?>と。中国人に民主主義は出来ない、強権政治がお似合い何て言うと劉暁波氏や石平氏、陳破空氏に失礼です。また大陸内で共産党と戦っている人権派弁護士も沢山います。日本の知識人や日弁連のように我が身を安全地帯に置いて政府を批判しているのとは訳が違います。日本は中国共産党と内部で戦っている人をもっと支援すべきです。明石元次郎がやったように。

グレアム・アリソン教授は中国人を理解しているとは思えません。「騙す方が賢く、騙される方が馬鹿」という不信社会で成り立つ民族です。ピルズベリーがやっと気づいたではないですか。こちらが善意で一譲れば、十踏み込んでくるタイプです。オバマのように善意でなく、無能で傍観していたから、国際裁判所の判決が出ても「紙屑」と言って南シナ海を自分の内海にしようとしている訳です。中国に譲歩は禁物です。トランプは中国との1年間計画は認めるべきではありません。時間稼ぎに使われるだけです。早く北との取引銀行総てを金融制裁すべきです。アリソン教授の言うような話合いだけでは解決しません。制裁と言う道具を使わなければ。8年間中国に駐在した体験から考えて。

北村記事

7月1日、北京大学卒業式で行われた張維迎教授の講演は、SNSにアップされるや即座に削除された。写真は2011年のダボス会議に出席した張氏(写真:AP/アフロ)

7月13日、2010年にノーベル平和賞を獄中で受賞した“劉暁波”氏が多臓器不全により亡くなった。劉暁波は2009年12月に“扇動顛覆国家政権罪(国家政権転覆扇動罪)”により懲役11年の判決を受け、遼寧省“錦州市”の“錦州監獄”で服役していた。彼は今年5月に発病したので検査した結果、肝臓がんの末期であることが判明し、特別措置により6月末に遼寧省瀋陽市の“中国医科大学附属第一医院”へ移送されて治療を受けていた。

劉暁波は2008年に中国に大幅な民主化を求める『“零八憲章(2008年憲章)”』を主体となって起草したことで逮捕され、人生で4回目となる監獄生活を送っていたのだった。劉暁波が零八憲章で提起したのは「自由、人権、平等、共和、民主、憲政」の基本理念であったが、その中で最も重視したのは自由であった。そこには言論、出版、信仰、集会、結社などの自由が含まれていた。

劉暁波の死亡より12日前の7月1日、中国を代表する“北京大学”で学部に相当する“国家発展研究学院”の卒業式が“北京大学百周年記念講堂”で行われ、教員を代表して著名な経済学者である教授の“張維迎”<注>が「自由は一種の責任である」と題する講演を行った。この内容が国家発展研究学院のSNS“微信(WeChat)”に掲載されると、即座に当局によって削除されたのだった。微信から講演内容が削除された理由は何だったのか。そこには真の愛国者である劉暁波が一貫して主張していた自由の必要性が、経済学者の視点から述べられていたのだった。

<注>張維迎:1959年に陝西省で生まれる。中国の“西北大学”卒業後、修士課程に進み、英国オックスフォード大学で博士号取得。北京大学教授、経済学者。

14分44秒に及ぶ同講演の模様は、動画サイト「YouTube」でも『“張維迎演講:自由是一種責任”』という題名で配信されているが、非常に興味深い内容を含むので、筆者の翻訳で以下の通り紹介する。

張維迎演講:自由是一種責任

演題:自由は一種の責任である (講演者:張維迎)

学生諸君 先ず皆さんの卒業をお祝いします。

“北大人(北京大学人)”は一種の光背であると同時に責任を意味します。それは特に我々のように苦難が深刻で、いやというほど蹂躙された民族に対する責任です。中華文明は世界最古の文明の一つであり、しかも唯一現在まで継続している古い歴史を持つ文明です。古代中国は輝ける発明創造を持ち、人類の進歩のために重要な貢献を行いました。しかし、過去500年、中国は発明創造の分野で取り立てて言うほどの物は何もありません。この点を数字で説明しましょう。

英国科学博物館の学者ジャック・チャロナーの統計によれば、旧石器時代(250万年前)から紀元2008年までの間に世界を変えた重大発明は1001項目生まれたが、その中で中国が産み出したものは30項目で、全体に占める比率は3%でした。こられ30項目の全てが1500年より前に生まれたもので、1500年より前に世界で生まれた重大発明163項目の18.4%を占めました。その中の最後の1項目が1498年に発明された“牙刷(歯ブラシ)”であり、明代で唯一の重大発明だったのです。1500年から後の500年以上の期間に全世界で生まれた838項目の重大発明の中に中国で生まれたものは1項目も無かったのです。

中国は過去500年、歴史書に載る発明がない

経済成長は新製品、新技術、新産業が絶えず出現することから生み出されます。古代の社会に有ったのは、農業、冶金、陶磁器、手工芸などの限られた職業だけでしたが、その中で農業は絶対主導的な地位を占めていました。現在、我々にはどれだけの職業が有るでしょうか。国際労働機関(ILO)が定めた『国際標準職業分類(ISCO)』によれば、輸出製品に限定しても、2桁コードの職業は97個、4桁コードの職業は1222個、6桁コードの職業は5053個有り、なおかつまだ絶えることなく増加しています。これら新しい職業の全ては過去300年のうちに創造されたものであり、新製品毎にその起源を遡ることができます。これら多くの新産業や新製品の中に、中国人が発明した新しい職業や重要製品は一つもありません。

自動車産業を例に挙げましょう。自動車産業は1880年代中頃にドイツ人のカール・ベンツ、ダイムラー、マイバッハなどが創造し、その後の一連の技術進歩を経て、1900年から1981年までの間に600項目以上の重要な発明が行われました。中国は現在世界一の自動車生産大国ですが、もし諸君が⾃動⾞産業に関する技術進歩の歴史を書くならば、そのリストには1000人以上の名のある発明家が掲載され、その中にはドイツ人、フランス人、英国人、米国人、ベルギー人、スイス人、日本人が含まれますが、残念ながら中国人は1人もいません。よしんば冶金、陶磁器、紡織などの17世紀より前に中国が先導していた古代の職業であろうとも、過去300年の重大発明や創造の中に中国人が産み出したものは1つもないのです。

私が特に強調したいのは、西暦1500年より前と西暦1500年から後は同じではないということです。1500年より前は、地球が様々な区域に分割されていて、区域間は基本的に封鎖状態にありました。一つの新技術がある地方で出現しても、その他の地方に対する影響は軽微で、人類全体に対する貢献は極めて限定的でした。たとえば、東漢の蔡倫は西暦105年に製紙を発明しましたが、中国の製紙技術は751年にようやくイスラム世界に伝わり、その300~400年後に西欧へ伝わったのです。私が小学校へ入学した頃、習字にはまだ“土盤(土製の皿)”を使っていて、紙は使えなかったのです。

但し、1500年から後に、地球は一体化を開始し、技術発明の速度が加速されたばかりか、技術拡散の速度も速くなり、一つの新技術がある地方で出現すると、非常に速く他の地方に導入され、人類全体の進歩に重大な影響を及ぼしたのです。たとえば、ドイツ人が1886年に自動車を発明すると、その15年後にはフランスが世界一の自動車生産国となり、さらに15年後には米国がフランスに取って代わって世界一の自動車生産国となり、1930年に至ると米国の自動車普及率はすでに60%に達したのでした。このため、1500年から後は、イノベーションの国家間における比較が可能となり、その優劣が一目瞭然となったのです。中国は過去500年において歴史書に載るような発明や創造が一つもありません。これは我々の人類の進歩に対する貢献はほぼゼロであることを意味しており、我々の祖先と比べてその差は大きいものがあります。

我々は自由と法治の逆を行った

私はさらに人口規模の問題についても強調しなければなりません。国家の規模には大小があり、国家間でどこの発明や創造が多いかで単純に比較すると、容易に誤解が生まれます。理論上から言うと、その他の条件を考えなければ、国家の人口規模が大きければ、イノベーションも多くなり、技術の進歩もより速くなります。また、イノベーションの比と人口の比は指数関係にあり、簡単な等比数列の関係ではありません。10年以上前、米国の物理学者ジェフリー・ウエストなどは、都市生活の中では、人類の発明・創造と人口の関係は5/4指数の拡大縮小規則に従うことを発見しました。もしある都市の人口が別の都市の10倍であるなら、発明・創造の総量は後者の10の5/4乗、すなわち17.8倍となるのです。

これから見れば、世界の発明・イノベーションに対する中国の貢献と中国の人口規模は全く比例をなしていません。中国の人口は、米国の4倍、日本の10倍、英国の20倍、スイスの165倍です。知識創造の指数拡大縮小法則に基づけば、中国の発明・創造は、米国の5.6倍、日本の17.8倍、英国の42.3倍、スイスの591倍でなければなりません。但し、実際の所は、近代500年の中で発明・イノベーション分野で中国の世界に対する貢献はほぼゼロで、米国や英国とは比較にならないばかりか、スイスの端数にも達していません。スイス人は手術用鉗子、電子補聴器、安全ベルト、整形技術、液晶ディスプレーなどを発明しました。中国人民銀行が人民元紙幣を印刷する際に使用する偽札防止用のインクはスイスの技術ですし、中国が生産する小麦粉の60~70%はスイスのビューラー社の機械で加工されています。

問題はどこに起因するのでしょうか。中国人の遺伝子に問題があるというのでしょうか。明らかにそれは違います。さもなければ、我々は古代中国の輝かしい実績を説明できません。問題は明らかに我々の体制と制度にあります。想像力は自由に依存します。それは思想の自由と行動の自由です。中国の体制が持つ基本的特徴は、人の自由を制限し、人の創造性を扼殺(やくさつ)し、企業家精神を扼殺することです。中国人が最も想像力を備えていた時代は、春秋戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)と宋代(960年~1279年)でした。これは偶然ではありません。この2つの時代は中国人が最も自由な時代だったのです。西暦1500年より前は、西洋は明るくなく、東洋は暗かった。西暦1500年から後は、西洋の一部の国家が宗教改革と啓蒙運動を経て自由と法治に向けて一歩一歩動き始めたのに対して、我々はその逆を行ったのです。

もしグーテンベルグの印刷機が禁止されていたら

私は強調しなければなりません。自由は1個の分割できない統一体であり、心が自由でない時は、行動が自由であるはずはなく、言論が自由でない時は、思想が自由であるはずがないのです。自由があってこそ、創造があるのです。一つの例を用いて、この点を説明しましょう。現在では、食事の前に手を洗うことはすでに習慣となっています。しかし、1847年にハンガリーの内科医、センメルヴェイス・イグナーツは、医師と看護師に対し妊婦に接触する前に手を洗うことを提起しましたが、同業者の機嫌を損ねると同時に仕事を失ったあげく、精神病院で死亡しました。享年47歳でした。

イグナーツの観点は彼の産褥熱に対する観察に基づくものでした。当時彼がいた医院には2つの産室が有り、1つは金持ち用の産室で、専門の医師と看護婦が念入りに世話をしていましたが、これらの医師は絶えず子供を取り上げるのと死体の解剖を交互に行っていました。もう1つは貧乏人用の産室で、産婆が担当していました。彼は、産褥熱にかかる金持ちの比率が貧乏人の3倍であることを発見したのです。彼は、その原因は医師が手を洗わないことであると考えたのです。しかし、彼の見方は当時流行していた科学理論と相矛盾しており、彼も自分の発見に対して科学的に証明することができなかったのです。

人類の衛生習慣はどのように変わったのでしょうか。それは印刷機の発明と関わりがあります。1440年代、ドイツの企業家ヨハネス・グーテンベルグが活版印刷機を発明しました。印刷機は書籍と読むことの普及を促進しました。その結果、多くの人々が遠視であることを発見し、メガネに対する需要が生まれて爆発的に増大しました。印刷機の発明から100年後、欧州には数千社のメガネ製造業者が出現し、これによって光学技術の改革が起こりました。1590年、オランダのメガネ製造業者ジャンセン父子は幾つものレンズを1つの筒の中に重ねて置くと、観察する物がガラスを通して拡大されることを発見し、これが顕微鏡の発明につながりました。英国の科学者ロバート・フックは顕微鏡を用いて細胞を発見し、科学と医学に一大革命を引き起こしました。

但し、最初の顕微鏡は解析度が高くありませんでした。1870年代にドイツのメガネ製造業者カール・ツァイスが正確な数学公式に基づく斬新な顕微鏡を生産しました。まさにこの新しい顕微鏡の助けを借りて、ドイツ医師のロベルト・コッホなどの人たちが肉眼では見えない微生物細菌を発見し、ハンガリー医師のイグナーツの観点が正しかったことを証明したのです。こうして微生物理論と細菌学が確立されたのです。正に微生物学と細菌学の確立が、しだいに人類の衛生習慣を変え、人類の平均寿命を大幅に延長させたのです。

我々は想像してみましょう。もし当初からグーテンベルグの印刷機が使用を禁止されていたなら、あるいは教会や行政当局の審査を通過した読み物だけが印刷することを許されていたなら、読むことは普及せず、メガネに対する需要もさほど大きくならず、顕微鏡や望遠鏡は発明されなかったし、微生物学が確立されることはなかったでしょう。また、我々が消毒された牛乳を飲むことは不可能で、人類の平均寿命も30数歳から70数歳まで延びることはなかったでしょうし、宇宙空間の探索を夢見る必要はなかったのです。

自由の向上を持続できるかにかかっている

過去30数年、中国経済は世間の人が注目する成果を収めました。この成果は西側世界が過去300年間に発明・創造して積み重ねた技術的基礎の上に打ち立てたものであり、中国経済の高速成長を支えた様々な重要な技術や製品は全て他人が発明したもので、我々自身が発明したものではありません。我々は“套利者(利ざやを取る人)”に過ぎず、“創新者(起業家)”ではないのです。我々はただ他人が建てたビルディングの上に小さな楼閣を組み立てただけで、我々が“狂妄自大(尊大で傲慢)”になる理由はないのです。

ニュートンは30年の時間を費やして万有引力を発見しましたが、我々は3か月を費やすだけで万有引力の法則を理解することができます。もし私が3か月間でニュートンが30年を費やした道を走り抜けたと公言したら、諸君はきっとばかばかしいと思うでしょう。もし私がさらに反発してニュートンを嘲笑することを言おうものなら、その言葉は私があまりにも無知であると説明することになるでしょう。

私は常に「中国は世界の7%の“可耕地(耕作に適した土地)”を用いて、世界人口の20%を扶養する」と言っています。しかし、我々は「中国はそれをどうやって成し遂げているのか」と問う必要があります。簡単に言えば、それは大量に化学肥料を使っているからです。中国人の食品に含まれるほぼ半分の窒素は無機化学肥料から来ています。もし、化学肥料を使わないなら、半数の中国人は餓死するでしょう。窒素肥料の生産技術はどこから来たのでしょうか。それは100年前、ドイツの科学者フリッツ・ハーバーとBASF社の技術者カール・ボッシュが発明したもので、我々が発明したものではありません。1972年に米国大統領ニクソンが訪中した後、中国は米国と最初のビジネスを行いましたが、それは当時世界最大規模で、最も現代化された合成アンモニア・尿素製造プラント13基を購入したもので、その中の8基は米国のケロッグ社製品でした。

さらに50年、100年が経過して改めて世界の発明・イノベーション史を書く時に、中国は過去500年の歴史的な空白を変えることができるのかどうか。その答は、大体において、我々が中国人の享有する自由の向上を持続できるかどうかにかかっていると思えます。なぜなら、自由がありさえすれば、中国人の企業家精神と想像力を存分に発揮させることが可能であり、中国を一つのイノベーション型の国家に変えることができるからです。このため、自由を推し進め、守り抜くことは、中国の命運に関心を持つ国民全ての責任であり、さらに言えば“北大人(北京大学人)”全ての使命です。自由を守り抜けないなら、“北大人”の称号を名乗る資格はありません。皆さん、ご清聴ありがとう。

上記の講演で張維迎教授が述べたことは正論であり、決して間違っていない。彼は自由を推進し、それを守り抜いてこそ、真の意味で繁栄する中国が到来すると述べているのだ。中国がカネに物言わせた外国企業の買収や技術者引き抜き、さらにはハッキングなどを通じて、諸外国から高度技術を収得したとしても、地道な研究の基礎がない限り、さらなる発展は望むべくもないはずである。張維迎教授が言う通り、「自由なき繁栄」はあり得ないのだ。

日経記事

米国の覇権に対する中国の挑戦が続き、衝突のリスクが高まっているように思える。米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席という強権的な指導者が、危険に拍車をかけているのは否めない。

新旧の大国の衝突が避けられなくなる事態を、古代ギリシャの歴史家の名前にちなんで「ツキジデスのわな」と呼ぶ。私の近著「Destined For War(運命づけられた戦争)」で論じたように、過去500年間にみられた世界の主要な覇権争い16事例のうち、実に12事例が戦争に発展した。米中もこのわなにはまりかねない。

「偉大な米国の復活」を唱えるトランプ氏と「中華民族の偉大な復興」を訴える習氏には、多くの共通項がある。自身の指導力と自国の優位性に誇りを持ち、急進的な改革で偉大な国づくりにまい進するだけではない。自らの野心を満たすうえで、お互いの存在が障害になるとみなしている。

そんなトランプ氏と習氏が特定の懸案を巡り、対立を深めるのが心配だ。両氏は8日、20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれたドイツのハンブルクで会談した。核開発を急ぐ北朝鮮への対応で足並みがそろわず、関係が幾分悪化したような印象を受ける。

北朝鮮からの石炭輸入を停止した習氏に対し、トランプ氏はひとまず謝意を伝えたという。だが期待通りの結果は得られず、より厳しい制裁を求めて圧力をかけたようだ。北朝鮮と関係の深い中国の銀行や企業への「セカンダリー・サンクション(二次的制裁)」も強化する公算が大きい。

北朝鮮の核開発にとどまらない。貿易の不均衡や台湾問題が衝突の引き金を引く可能性もある。米中はもはや「敵対的な競争者」だ。両国経済の相互依存の深まりが摩擦の緩衝材になるのは確かだが、だからといって決定的な対立を回避できる保証はない。

20世紀初頭にぶつかった覇権国の英国と挑戦国のドイツも、経済的な結びつきは強かった。得るものより失うものが大きいから、戦争など起きないと思われていた。それが「大いなる幻想」だとわかったのは1914年だ。オーストリア皇太子の暗殺事件をきっかけに、双方も望んでいなかった第1次世界大戦に突入した。

覇権国はほかの主要国との関係を強化し、既存の国際秩序に適応するよう挑戦国に迫るケースが多い。ところがトランプ氏は米国の影響力を高める連携の枠組みを基本的に軽視している。環太平洋経済連携協定(TPP)や地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱が最たる例だろう。

内向きの米国は中国につけいる隙を与えてしまった。習氏が自由貿易や温暖化防止の主導者として振る舞うのは、まさに皮肉としか言いようがない。これはトランプ氏の大きな過ちである。

米中は「ツキジデスのわな」から逃れられるのか。その答えはイエスだ。私が研究した16事例の覇権争いのうち、4事例は戦争に至らずにすんだ。新旧の大国が譲歩して針路を修正したためで、20世紀初頭の英国と米国、冷戦期の米国とソ連などが該当する。私たちは世界の歴史から多くを学んできた。過去の覇権争いからも、一定の教訓を得ることができる。決断力の乏しさや近視眼的な発想のせいで、回避できる過ちを犯してはならない。

トランプ氏と習氏は真摯な対話を続けるべきだ。米中の厳しい現実はもはや覆い隠せず、楽観論を前提とするのは危うい。「ツキジデスのわな」に陥るリスクを直視し、衝動的で常軌を逸した行動を抑え込む方法を探す必要がある。お互いに妥協して針路を修正しなければ、悲惨な結末が待っていることを忘れてはならない。

米中は4月の首脳会談の合意に基づき、閣僚級の外交・安全保障対話や経済対話を立ち上げた。これらの枠組みも有益だろう。トランプ氏は極めて異例な大統領で、政策の方向性も定まらないが、マティス国防長官やティラーソン国務長官らはもっと現実的だ。2つの大国が衝突の確率を低下させるよう努力してほしい。

(談)

Graham Allison 米ハーバード大博士。国際政治の権威で、キューバ危機時の米政権の意思決定を論じた著書「決定の本質」で知られる。クリントン政権で国防次官補。77歳。

共存の道探れ

「ツキジデスのわな」の危険を説くアリソン氏は、悲観的な運命論者ではない。世界を破滅に追いやる米中の衝突を避けるため、両国首脳に自制を求めるところに真意がある。

1979年の国交正常化から約40年を経て、米中のパワーバランスは大きく変わった。経済・軍事の両面で台頭する中国が攻勢に転じ、守勢に立つ米国のいら立ちは募るばかり。そこに登場したトランプ氏が「均衡点」を押し戻そうと力任せに動き、習氏との緊張が高まっているのは確かだ。

「チャイメリカ」という造語ができるほど、相互依存を深める米中両国。共存の道を探ろうと、ブッシュ(子)元政権やオバマ前政権は中国との戦略対話を続けてきた。トランプ氏もその場で折り合いをつけざるを得まい。

(ワシントン支局長 小竹洋之)

良ければ下にあります

を応援クリックよろしくお願いします。

『今さら何のための「軍民融合」か 習氏と確執噂の李首相もメンバー』(7/19ZAKZAK 富坂聰)、『米で「宇宙軍」に向けた動き、下院が創設条項含む法案を可決』(7/15AFP)、『米国を警戒させる中国『宇宙強国』計画の軍事的側面』(2/3WEDGE REPORT 福島康仁)について

米国はつくづく愚かと思います。真の敵は誰かがつい最近まで分かっていなかったのですから。ロシアと対抗するために、共産中国に資金と技術を提供しつづけモンスターを作ってしまいました。裏で中露が握って来たかも知れないのに。FDRからずっと反日政策を続け、「壜の蓋」論で日本の頭を押さえつけて来た咎めが出て来たのでしょう。ピルズベリーに代表される国務省は気付くのが遅かったというか、気付いていてもハニーとか賄賂でやられてきたのかもしれませんが。

日本も中国が官民挙げて軍拡に邁進している時に、学術会議が学会に軍事研究させないようにしているのは中共の手先としか思えません。どうせ日共分子かシンパが牛耳っているのでしょう。日弁連と同じ構図です。両者ともサイレント・マジョリテイのメンバーがいる筈です。どうして声を上げないのでしょうか?まさか多数がアカに染まっているとは思えませんが。危急存亡の秋で、声を上げないと。敵は宇宙にまで魔の手を伸ばしてきているというのに。余りにも平和ボケし過ぎでしょう。

中露と言う米国の敵国は米軍の脆弱な点を攻めるに決まっています。武道でも相手の弱点を攻めるのと同じでしょう。

日米とも政策転換すべき時です。米国はまず、北朝鮮と取引のある銀行総てに金融制裁をかけるべきです。欧州が文句言ったら、「ロシアに経済制裁しているのは、ロシアの侵略を防ぐためだろう。日米とも北と中国の侵略行動を見逃す訳に行かないので金融制裁した」と言えば良いでしょう。北にどういう銀行が融資してきたのかも明らかになります。中国には海上封鎖も辞さないようにすれば良いでしょう。お互い犠牲が出るかもしれませんが。

また、日本にはニュークリアシエアリングとレーザー技術の米軍との共用を図りたい。宇宙戦争まで参加しなくても良いですが、発射技術や探索技術は保持していないと、民生用に転化できません。日本は技術立国なので。

北と中国の攻撃を恐れて今何もしないのは将来の脅威を増大させるだけです。日米とも覚悟が必要です。劉暁波氏を簡単に殺すような国が世界を牛耳ったらどうなりますか?トランプ・安倍を叩いている時ではないでしょう。

富坂記事

6月20日午後、中国共産党本部のある中南海において、第1回の「党中央軍民融合発展委員会(以下、融合委員会)」全体会議が開かれた。

会議を主催したのは党中央総書記であり国家主席、また党中央軍事委員会主席である習近平だ。

軍民融合--。

そう聞いてすぐに連想するのは、米国の軍産複合体である。そのココロは、「もし軍事技術を進化させようとすれば産業の底上げが不可欠」とでもなるのだろうか。

だが、いうまでもなく軍事技術を支える産業なら中国には不足していない。身近な例では、北方工業公司や保利集団公司などの商社の関連の名前はよく聞かれる。メーカーであれば第三工業部系列や第七工業部系列の中国航天科技集団公司、中国航天科工集団公司など。空母建設でも名を馳せた中国船舶重工業集団公司も有名だ。

これらの企業は「一部軍と関わりのある企業」程度を飛び越えて、軍のために存在する企業だ。

では、何のためにいまさら「軍民融合」なのか。

そもそも軍民が融合する必要性は、「軍の近代化推進のためには社会経済発展のなかで人材や科学技術との融合が必要」といった考え方に根ざしている。要するに経済発展によるライフスタイルの変化と軍事技術がもはや不可分の関係にあるということが前提なのだ。

具体的にはドローンの進化がそのまま軍事技術の進化と重なり、サイバー攻撃を行う人材は民間のハッカーから集めなければならないのが実情であり、またAIに絡んではビッグデータの応用が当然のことながら軍事にも大いに役に立つということだ。

逆に宇宙開発など民政に利用できる技術は民間におろし、ビジネスとして利益に結びつけた後にそれを研究費用に還元するといった必要もある。

そうした民間と軍との線引きを政治的に判断し見極めるというのが、融合委員会の役割だ。

驚くべきは、この組織に対する中国共産党の熱の入れようだ。

すでに今年1月の政治局会議で習近平国家主席自身が主任に就くことは決まっているが、今回の第1回会議にともない、脇を固める人事も明らかにされている。

それによれば副主任には李克強首相に続いて劉雲山、そして張高麗という3人の政治局常務委員(常委)が選ばれたのである。

こうした組織では一般に、一人の常委または政治局委員がトップに就けば十分である。その例外性は公安組織を統括する政法委員会の書記が政治局委員止まりなのをみても明らかだ。つまり、いかに融合委員会に習氏が力を注いでいるかが人事から見て取れるのだ。

そんな重要な組織のナンバーツーに習氏との確執が噂される李克強氏をもってきている点も注目しなければならないのだが、その一方でやはり退役軍人の再就職問題に対する党の気配りを示す意味もあるとの指摘もある。ちょっと目の離せない組織である。

■富坂聰(とみさか・さとし) 拓殖大学海外事情研究所教授。1964年生まれ。北京大学中文系に留学したのち、週刊誌記者などを経てジャーナリストとして活動。中国の政・官・財界に豊富な人脈を持つ。『中国人民解放軍の内幕』(文春新書)など著書多数。近著に『中国は腹の底で日本をどう思っているのか』(PHP新書)。

AFP記事

米カリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地に帰還した米軍の無人シャトル「X-37B」(2010年12月3日撮影、資料写真)。(c)AFP/US AIR FORCE

【7月15日 AFP】米下院は14日、現在は空軍にある機能の一部を独立させて宇宙軍(Space Corps)を創設する条項を盛り込んだ国防授権法(National Defense Authorization Act、NDAA)案を可決した。

ドナルド・トランプ(Donald Trump)政権は、軍の組織構造をもう一段階増やす必要はないとしてこの宇宙軍創設に激しく反対しているが、宇宙軍創設支持派や一部の議員は、米軍が保有している宇宙アセット(装備品など)や米軍が人工衛星に強く依存している現状を考えると、こうしたものを防護・監視する独立した軍種が必要だと考えている。

しかし上院のNDAAには同様の条項は盛り込まれておらず、宇宙軍がすぐに設置される情勢ではない。

ジェームズ・マティス(James Mattis)国防長官は今週、宇宙軍創設反対派のマイケル・ターナー(Michael Turner)議員に送った書簡の中で「今は軍の合同戦闘機能を統合しようとしているところであり、私は独立した軍種の新設を望んでいない。そんなことをすれば宇宙における軍事行動に対する視野を狭め、偏狭的とさえいえるアプローチにつながるだろう」と述べた。「私が諸経費を削減しようとしているときに組織を新設するというのは時期尚早だ」

ヘザー・ウィルソン(Heather Wilson)空軍長官も宇宙軍に反対していると議員らに表明した。

それでも宇宙軍創設をめぐる動きは、米軍が戦争の多くの側面で宇宙に大きく依存している事実を浮き彫りにしている。多くの軍事技術には地球測位システム(GPS)が組み込まれており、必要不可欠な情報が各種センサーと軌道上に浮かぶ人工衛星のネットワークによって継続的に収集されている。(c)AFP

福島記事

2016年は、中国が宇宙事業開始60周年と位置付けた年であった。この1年間の中国による宇宙活動の進展は目覚ましい。

10、11月に行われた有人宇宙船「神舟11号」と宇宙実験室「天宮2号」のドッキングおよび宇宙飛行士2人の実験室滞在は、中国版宇宙ステーションの運用開始に向けて計画が着実に進んでいる印象を世界に与えた。

2016年11月に打上げられた中国の新型ロケット「長征5号」 (写真・REUTERES/AFLO)

同じ11月の新型ロケット「長征5号」の打上げ成功は、現状における米国最大のロケット「デルタⅣヘビー」に近い打上げ能力の獲得を意味する(低軌道への打上げ可能重量は前者が約25トン、後者が約28・4トン)。

1956年の国防部第5研究院(当時)の設立から始まったとされる中国の宇宙事業は、部分的には既に米ロに匹敵する水準に達している。人工衛星の軌道投入を目的とするロケット打上げ回数は15年にロシア(26回)と米国(20回)につぐ19回を記録し、16年には20回超を計画した。

衛星の運用数もロシア(140基)をぬき、米国(576基)につぐ規模(181基)となっている(16年6月末時点、UCS Satellite Database)。

20年頃には中国版の全地球測位システム(GPS)である「北斗」が全世界で利用可能となる。22年頃には中国版宇宙ステーションが完成し、10年を超える運用が始まる。さらに30年頃には、米国のアポロ計画で使用された史上最大のロケット「サターンV」に近い打上げ能力を有する「長征9号」を実用化し(低軌道への打上げ可能重量は前者が約118トン、後者が約100トン)、有人月探査などを行う計画である。こうした事業が順調に進めば、30年に米国と並ぶ「宇宙強国」になるという目標も現実味を帯びる。

加速する軍事利用、妨害や攻撃能力も向上

宇宙活動能力の全般的向上は、中国の軍事力強化につながる。15年公表の国防白書「中国の軍事戦略」は軍民融合の推進を掲げており、その具体的領域の1つとして宇宙を挙げている。

同時に中国軍は宇宙を作戦に活用する取り組みを進めている。15年12月新設の戦略支援部隊は、陸軍、海軍、空軍、ロケット軍(同月、第二砲兵から軍種に昇格)という4軍種につぐ地位を与えられており、初代司令官には第二砲兵出身の高津中将が任命された。

同部隊の任務は、サイバー・電子戦に加えて宇宙から各軍種の作戦や統合作戦を支援することにあるといわれる。同部隊設立の背景には、中国軍が現代戦を「情報化局地戦争」ととらえており、情報を制する者が戦争を制するとの考えを有していることがある。中でも宇宙空間は情報の収集・経由・配布の起点として現代戦に勝利するうえで鍵を握る領域と位置付けられている。

中国は宇宙の軍事利用の実態をほとんど公表していないが、軍用あるいは軍民両用の通信衛星(中星)、測位衛星(北斗)、地球観測衛星(遥感ほか)をそれぞれ4基、22基、30基ほど運用しているとの指摘がある(16年6月末時点、UCS Satellite Database)。

「宇宙強国」に向けた中国の計画 (出所:各種資料をもとに筆者作成) 

このうち「北斗」については、民生用シグナルに加えて軍用シグナルの存在が公表されている。有事の際、米軍は敵対者によるGPS利用を防ぐために、当該地域でGPSの民生用シグナルに自ら電波妨害を行う方針を明らかにしている。このため中国にとっては独自の衛星測位システムを保有しておくことが軍事上不可欠である。

宇宙からの作戦支援は、中国軍が作戦領域を拡大するにつれて重要性を増している。中国海軍は近海(東シナ海や南シナ海)のみならず、遠海(太平洋やインド洋)での活動を活発化させ始めている。09年からはソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動も開始した。中国空軍もまた、海軍と軌を一にする形で西太平洋まで作戦領域を拡大中である。

こうした中、大容量かつ確達性のある遠距離通信を可能とする衛星通信は、洋上の艦艇と陸上司令部間の通信や、滞空型無人航空機(翼竜ほか)の運用上、極めて重要である。

また、慣性航法装置よりも高い精度での測位航法を可能とする測位衛星も、作戦中の艦艇や軍用機が自己の位置を把握したり、弾薬の精密誘導を行ったりするうえで極めて重要である。

さらに海洋偵察衛星は、遠方の海域を航行する敵艦艇の位置把握に有用である。実際、冷戦期のソ連は信号情報収集衛星とレーダー偵察衛星の組み合わせで米機動部隊の位置特定を行う体制をとっていた。

中国は「空母キラー」とも呼ばれる対艦弾道ミサイル(DF-21D)の運用にあたり、超水平線レーダーに加えて海洋偵察衛星による敵艦艇の位置把握を行うとみられている。

中国は自らの部隊運用に宇宙を活用するのと同時に、「制天権」の獲得も目指しているといわれる。これは制海権や制空権に類するものであり、味方の宇宙利用を維持する一方で、必要に応じて敵対者による宇宙利用を妨げることを指す。前者については、宇宙システムに対するサイバー攻撃への備えや、「北斗」システムに対する電波干渉を防ぐ電磁シールドの開発に取り組んでいる。

後者については、他者の宇宙利用を妨害する能力の整備を進めている。07年、中国は高度約860キロメートルの低軌道上で衛星破壊実験に成功した。衛星破壊能力を獲得したのは米ソについで3カ国目であり、冷戦後に同種の実験を実施したのは中国が初めてであった。

衛星破壊に使用したのはDF-21準中距離弾道ミサイルを改造した対衛星(ASAT)兵器(米情報コミュニティはSC-19と呼称)であったといわれる。同実験は宇宙開発史上最多の宇宙ゴミを発生させたため、世界の宇宙関係者に衝撃を与えた。その後、中国は衛星破壊を伴わないSC-19ミサイルの発射試験を繰り返している。

また13年には、新型ASAT兵器の発射試験を行ったとみられている。報道ではDN-2と呼ばれる同兵器は静止軌道(高度約3万5800キロメートル)まで射程におさめており、事実であれば各国が運用する衛星の大半が標的となり得る。

さらに15年にはDN-3と呼ばれる新型ASAT兵器の発射試験を実施したとの報道もあるが、詳細は不明である。こうした衛星を物理的に破壊する手段に加えて、衛星に対するレーザー照射能力やGPSシグナルに対する電波妨害能力、宇宙システムに対するサイバー攻撃能力も有しているとみられている。

中国はこれらの手段を状況によって使い分けていくものと考えられるが、中国自身が宇宙依存を深めていることを考えれば、宇宙ゴミの発生を伴わない妨害手段の重要性が中国にとって増していることは明らかである。

中国による対衛星兵器の発射試験(出所・各種資料をもとに筆者作成) 

無視できなくなった米国、進める「宇宙戦争」への備え

既存の「宇宙強国」である米国は、宇宙利用をめぐる戦略環境の変化に強い危機意識を抱いている。

16年11月、宇宙作戦を担う戦略軍司令官の交代式典において、新任のジョン・ハイテン空軍大将は宇宙での戦争を決して望んでいないが、平和を維持するためには備えておかなければならないと述べた。

陸海空が戦闘領域となって久しい中、宇宙は戦争のない聖域であり続けてきた。冷戦期の米ソ間には戦略的安定を支える宇宙システムを互いに妨害しないという「暗黙の了解」があったが、そうした状況は過去のものになったと米国は考えるようになっている。

むしろ湾岸戦争以降の米国の戦い方を観察してきた潜在的敵対者は米軍が作戦上依存する宇宙システムを攻撃するのではないかとの懸念が米国にある。こうした米国防当局者の認識変化を促してきた主な要因こそ中国による衛星破壊能力の獲得とその後の能力向上である。

(写真左)2016年10月、中国の宇宙船「神舟11号」が宇宙実験室「天宮2号」とドッキングした(写真・IMAGINECHINA/AFLO) (写真右)「神舟11号」に乗り込む人民解放軍所属の宇宙飛行士(写真・IMAGINECHINA/JIJI)

このような戦略環境の変化を受けて、バラク・オバマ政権下の国防総省高官は、従前の慎重姿勢を転換し、「宇宙コントロール」(中国の制天権に相当)を重視する方針を公言するようになった。

現在、米国防総省が自身の宇宙利用を維持するうえで鍵と位置付けているのが、レジリエンス(抗たん性)の向上である。

これは、各種のアセットを組み合わせることで、ある特定の衛星の利用が妨げられた場合でも、作戦に必要な機能(例:通信、測位、画像情報収集)を維持するための取り組みである。そのために同盟国や企業が保有する宇宙関連能力を活用する方針を示している。

同時に、米国防総省は他者の宇宙利用を妨害する能力の必要性も明らかにしている。これは宇宙の軍事利用が世界的に拡大する中、敵対者が宇宙を活用することで陸海空での作戦を有利に進めようとする可能性が高まっているためである。ただし、米国は宇宙への依存度が高いため、宇宙ゴミの発生をまねかない攻撃手段を模索している。

注目されるトランプ政権の宇宙戦略

次期ドナルド・トランプ政権の方針は未だ明らかになっていないが、政策顧問のロバート・ウォーカー元下院議員とカリフォルニア大学アーバイン校のピーター・ナヴァロ教授は、大統領選挙前の10月24日に業界紙「SpaceNews」に寄稿している。

この中でウォーカー氏らは、中ロが米国の宇宙依存に伴う脆弱性を認識し、米国の衛星網を狙っていることと、こうした脆弱性を克服するために小型で頑強な衛星群を必要とすることを指摘している。

宇宙は戦争のない聖域でなくなったという認識は米国の関係者の間で広く共有されており、宇宙コントロールを重視する姿勢はトランプ政権にも継承される可能性が高い。

中国は「宇宙強国」への道を着実に進んでおり、その軍事的側面は米国に強い警戒心を抱かせる水準に達し始めている。

良ければ下にあります

を応援クリックよろしくお願いします。

『ポスト習近平候補の孫政才が失脚、「次」は? “お友達人事”ゴリ押しで、「院政」にも布石』(7/19日経ビジネスオンライン 福島香織)について

権力闘争・生存競争の激しい中国では、いつ落馬するかは分かりません。上司と連座するときもあるでしょうし、また孫政才のように習近平から損な役回りを演じさせられ、結果を問われる場合もあるでしょう。中国で勤務した体験から言えば、文革(80后前)の下放や紅衛兵を体験した連中は、実務能力に乏しく、“口号”と言われるスローガンを作るのはうまかった印象があります。それと責任逃れも。本来肩書きのある人間が“签字”=署名しないといけないはずですが、後々の処分を恐れてか、総て日本人にサインさせていました。合弁企業の就業規則には「個人が会社に損害を与えた場合、全額(or相当額?)を個人に求償する」という条項があったような記憶があります。

それに、合弁企業と雖も、会社経営には直接タッチしませんが、裏に書記がいて誰が担っているかは分かりませんでした。副総経理(=副社長)が中共の幹部を兼務していましたので、書記が裏から彼をコントロールしていたのではと思います。幹部とは言いながら、プライドだけは異様に高く、しかし論理的に考えることは得意ではなかったという印象です。

中国は実力主義ではなく、完全なネポテイズム(縁故主義)でしょう。法治主義でなく人治主義と言われる所以です。日本のメデイアはすぐに自民党政治を「お友達内閣」とか揶揄しますが、中国はそんなものではないです。トランプは逆に副長官以下がなかなか決まらないという記事が7/19日経に載っていました。まあ、民主党支持の裏切り者の炙り出しを図っていると思われます。政治任用でない役人が活躍すれば良いのでは。

<米政権、高官人事に遅れ 10省庁で副長官未定 

【ワシントン=川合智之】トランプ米政権の高官人事が遅れている。政権発足から半年近くが過ぎたが、閣僚や政府高官210ポストのうち、17日までに指名・承認されたのは33ポストと、同時期のオバマ前政権の4分の1にとどまる。15省庁のうち10省庁では副長官が承認されていない。トランプ政権での任官を避ける人が多いとの見方もあり、深刻な人材難が政策の停滞を招く事態となっている。

米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が17日報じた。閣僚や高官は大統領が指名し、上院が承認する。閣僚は全員決まったものの、17日時点で未承認の次官や次官補らは177人。同時期の前政権では84人だった。

特に15省庁の副長官のうち、承認されたのは5人のみ。財務省や商務省は指名すらされていないのが現状だ。省庁のナンバー2が不在では業務に支障が出かねない。

「(省庁幹部に)貧乏人はいらない」。こう豪語したトランプ大統領は、商務副長官に米大リーグ、シカゴ・カブスのオーナーで富豪のトッド・リケッツ氏を就任後すぐに指名した。米メディアによると、同氏は大統領選でトランプ氏の支援に100万ドル(約1億1千万円)以上を投じており、典型的な論功行賞人事だった。

しかし、リケッツ氏は4月に「利益相反を回避する義務を考慮し、指名を辞退する」と表明した。職務との利益相反で、家族を含めた資産の処分を迫られたことが原因とみられる。財務副長官に指名された米金融大手ゴールドマン・サックス幹部のジム・ドノバン氏も同様に指名を辞退した。両氏に代わる副長官候補は決まっていない。

特に空席が目立つのは外交を担う国務省だ。就任したのはティラーソン長官とサリバン副長官だけで、次官や次官補は未定のまま。26ポストのうち24ポストが空席だ。大使の多くも未指名で、外交に空白が生じている。

指名が遅れているのは、政権が過去にトランプ氏を批判した人物を候補から外したためとみられる。政権交代時にはシンクタンクなどから専門家を省庁幹部に起用するのが通例だが、今回は共和党系の専門家の多くがトランプ氏の政策を批判する公開書簡に署名するなどしたため、適任者が減った。

トランプ氏周辺とロシアとの不透明な関係を巡る疑惑「ロシアゲート」の捜査が進むなか、専門家の中にも政権入りに二の足を踏む雰囲気が根強いようだ。このままでは人材不足で省庁が空転する事態も招きかねない。>(以上)

加計問題の報道の仕方を見ていますと、日本の記者のレベルは劣化する一方と思います。その点、官僚は腐っても鯛と言うか教育はキチンとされています。キャリア組の前川や豊田を見ると、東大法学部もやはり大したことがないというか、人間的に問題があるのでは思われますが、一方「問題提起するときには、世界の事例を調べ(空間的な広がり)、国内では歴史的にどう対応して来たのか(時間の広がり)をキチンと調べてから」ということを大野功統衆議院議員(東大・法、大蔵省出身)から教わったことがあります。同じことを高橋洋一(東大・数、大蔵省出身)氏も述べています。大蔵省にはそういう伝統があるのでしょう。経済をシュリンクさせる消費税増税を裏で画策したり、天下り先の開拓をさせるような点は首肯できませんが。そう言えば今度国税庁長官になった佐川宣寿前理財局長(森友問題で国会答弁に立った)は佐川官兵衛(会津藩士、西南戦争・阿蘇で戦死)の末裔と本人から聞きました。

片や朝日新聞には東大生が入らなくなったと言われています。プロパガンダ新聞で記事をでっち上げるのが当り前の新聞社に、良心を持っている学生は入りたいとは思わないでしょう。左翼にシンパシーを持っている人間しか応募しないのでは。中国人のように平気で嘘がつけるような人間でないと、朝日では出世は覚束ないという事です。(まあ、他の日本の企業も似たり寄ったりかも。茶坊主が多いでしょう)

中国の人事は北戴河を経てから、党大会となり、習近平が長老たちを抑えられるかどうかが見ものです。まあ、誰が政治局員や常務委員に選ばれようと反日のスタンスは取らないと出世できないでしょうけど。日本は侵略の野望を持つ中国に対する備え(人材育成、装備、予算)をしっかりしておかねば。

記事

重慶市書記を解任された孫政才。習近平のライバル追い落としが着々と進む(写真:ロイター/アフロ)

ポスト習近平の地位に近いとみなされていた共産主義青年団ホープの一人、孫政才が突然、重慶市書記を解任された。後任は貴州省書記であった陳敏爾。重慶市は直轄市であり、これで之江新軍(習近平派)のエースとみなされる陳敏爾の政治局入りは確実となった。孫政才は取調べのために党中央に北京へ呼び出されているとか。だとすれば、ただの解任ではなく、失脚である。秋の党大会、およびその前の水面下の調整機会にあたる北戴河会議の直前に起きた突然の人事の背景を考えてみる。

重慶市書記任命「嫌がらせ人事」の果てに

孫政才は広東省書記の胡春華とともに1963年生まれの若き共産主義青年団派(共青団派)のホープとして、習近平の次の総書記ポストに一番近いとみなされていた官僚政治家だった。2012年11月、彼を重慶市書記に選んだのは習近平だ。それは共青団の有望株である孫政才に対する嫌がらせだといわれていた。

当時の重慶は、薄熙来事件によって不安定化していた。「打黒」という反腐敗キャンペーンで権力強化を図っていた薄熙来自身が失脚すれば、当然、薄熙来に失脚させられた中級官僚たちが名誉回復を求める。この陳情、事後処理に市政はてんやわんやの混乱状況で、こういう状況の重慶市政を担ったとしても、出世につながるような経済成長も民生改善も望めない。習近平の狙い通り、孫政才は薄熙来事件事後に明け暮れて、まともな市政運営ができなかったといわれている。ちらりと聞いた話では、薄熙来事件処理のあまりの多忙さに、孫政才はちょっと鬱ぎみであったとか。

ロイターなどの報道を参考にすれば、孫政才は14日に召集された重慶市党幹部会議で解任が宣言され、同日北京で行われていた全国金融工作会議に出席中のところを拘束されて、目下、取り調べを受けているらしい。後任の陳敏爾は、この会議において、習近平の核心的地位を維持することが我々の主要政治任務だ、と語ったとか。

中国の公式報道では、孫政才の解任と取調べの理由については説明されていない。ただ、前触れはあった。重慶市公安局長の何挺が4月に汚職で失脚していた。これで重慶の公安局長は三代続けて失脚しており、当時は、風水が悪いんじゃないか、と噂されたほどだ。何挺の汚職と孫政才との接点はあまりないように思われた(むしろ張徳江との関連が噂されている)が、監督不行き届きで孫政才の政治局常務委入りには影響するのではないかともいわれていた。いずれにしろ、習近平が仕掛ける権力闘争に利用されるスキはあった。

在米中国学者の謝選駿がロイターに対してこうコメントしていた。「習近平は秋の党大会のためにまさに政治ライバルの排除に動いている。今度の党大会では鄧小平時代から続いている最高指導者の任期10年という規定を打ち破って、江沢民の三つの代表、胡錦涛の科学的発展観を飛び越えて、鄧小平理論と毛沢東思想に自分を並べるつもりだろう」と。

2022年の第20回党大会のとき、これといった後継者候補がなければ、“経験豊富な現職総書記が皆の期待に応えて三期目も継続する、という言い訳が立つ。後継者になり得る優秀な政治家を早めに潰したいのは、そういうわけだ。

胡錦涛の“弟分”胡春華の評価は崩せず

しかしながら、そうであれば習近平にとってもう一人邪魔な人間がいる。広東省書記の胡春華だ。

孫政才についていえば、実のところ共青団的にも、一番のエースとしては扱ってこなかった。共青団派への忠誠心や頭脳の優秀さからいえば、胡春華の方が一枚上だ。

胡春華は湖北省の農村(五峰県)で状元(試験で一番)をとって15歳で北京大学中文系(文学部)に入学を果たすほどの頭脳。しかも、貧困ゆえ北京に行くまでの靴と交通費がなかったため、試験が終わってから一カ月の間、地元工場で労働して靴と交通費を自分で稼いでから入学した、という勤労エピソードもある。

卒業後は、チベット地域という苛酷な土地での仕事を志願して赴いた生真面目な共青団員であり、長いチベット勤務中に、自治区書記として赴任した胡錦涛との親交を深めた。胡錦涛は清華大学の理系のテクノクラートで、中国の古典にはもともと疎い。国家指導者として最低限必要な古典知識を身に付けることができたのは、高山病で苦しんでいた胡錦涛を親身に世話する胡春華が、夜な夜な語ってくれた古典よもやま話のおかげだとか。胡錦涛と胡春華は上司と部下というよりは、兄弟のような濃密な人間関係、と評する人もいる。

こういった逸話から想像できるのは、元総書記の胡錦涛が胡春華を習近平・李克強世代の次の指導者としてずっと期待して目をかけていたこと、共青団全体がそのつもりで、彼を支えてきたであろうということだ。胡春華に関しては、明らかに習近平派による権力闘争を仕掛けられたとみられる事件が広東省で何度も起きたが、それをうまくしのいできており、最終的には習近平自身が胡春華の広東省行政の成果を高く評価せざるを得ないほどだった。

それに比べると、同い年の孫政才は、同様に若く優秀ではあるが、彼自身が江沢民派との親交も深いこともあって、むしろ習近平派、共青団派双方の権力闘争のコマの一つに成り下がった感がある。

孫政才の後任となった陳敏爾についていえば、習近平が浙江省書記時代に自分の手で出世させた子飼いの部下だ。浙江日報の社長を務めたのち浙江省の党委宣伝部長となって、習近平の宣伝もおこなった。浙江日報では習近平は匿名の政治コラムを持ち、そのタイトルが「之江新語」という。

後任は「ゴマすりポスト」から抜擢

このタイトルからとって、浙江省時代に習近平に仕えた子飼いの部下たちは、「之江新軍」と呼ばれるが、官僚としてどれほど優秀かどうかというと、そもそも宣伝部長出身というのは「ゴマすりポスト」という印象が先に立つ。つまり、習近平をほめたたえて出世街道をまい進してきた。習近平が総書記になって後、一省の宣伝部長クラスがいきなり貴州省の副書記、省長、書記と急スピードで出世し、わずか5年で直轄市書記に大抜擢されてしまうのだから、“お友達人事”と揶揄されるのは致し方ない。

重慶市書記抜擢の理由は、貴州省におけるおよそ2年の勤務で貴州省のGDP10%台成長を維持し、ビッグデータ先進地域に発展させた功績だろうが、これは中央のビッグデータ戦略において貴州を中国のシリコンバレーにするつもりで試験区に指定し、その中央の戦略にしたがって箱物をがんがん建設したゆえのGDPだから、必ずしも陳敏爾の手柄といえるかどうか。

ちなみに陳敏爾の娘は、失脚した胡錦涛の側近・令計画と関係の深い斯鑫良(元浙江省宣伝部長)の息子と結婚していたが、令計画事件に連座する形で斯鑫良も失脚すると、娘を離縁させたという話が噂がまことしやかに伝えられている。このとき陳敏爾の娘は妊娠していたが無理やり堕胎され、娘は精神を病んだとか。つまり、娘も孫も犠牲にして習近平に忠誠を尽くしている“出世欲”の塊、という陰口である。

之江新軍”のもう一人の期待の星は5月、北京市書記に抜擢された蔡奇である。蔡奇も浙江省で習近平に育てられた腹心で、浙江省副省長からいきなり、習近平の意向で新設された中央国家安全委員会弁公室副主任に抜擢された。しかしながら、この鳴り物入りで作った中央国家安全委員会が実質的な機能をほとんど持たないことは周知の事実。なので、2016年にこのポストからいきなり北京市副書記に抜擢されたことは、完全な“お友達人事”とささやかれた。そのまま北京市市長、書記へと出世していく。これまでの北京市書記という地位の重要性から考えると、信じられないような特進人事であった。しかしながら首都であり北京の書記になれば、自動的に政治局入りは約束される。

政治局常務委員には滬寧推しか

こういう状況を整理すると、習近平は自分の子飼いの部下を今度の党大会では確実に陳敏爾と蔡奇の二人以上、政治局に入れるであろうし、ひょっとすると彼らを後継者に育てるつもりかもしれない。長期独裁体制確立に失敗すれば、傀儡の指導者を通しての院政を狙うしかない。習近平は目下、政治局にこの二人を含めて9人を自分の派閥から政治局入りさせようとしているといわれている。すなわち、劉鶴(習近平の経済ブレーン)、陳希(組織部副部長)、黄坤明(宣伝部副部長)、丁薛祥(習近平のスピーチライター)、応勇(上海市長)、李強(江蘇省書記)、李鴻忠(天津市書記)あたりだ。このうち、年齢的にポスト習近平として養成可能なのは、陳敏爾、蔡奇、応勇となる。

では次の党大会で党中央の最高指導部である政治局常務委員会には誰が入り得るのか。人事の決定が見えるであろう北戴河会議までは、まだ時間があり、まったくもって何もわからない。しかし、普通に予想するならば、政治局常務委員枠が現行の7人のままであるとすれば、習近平、李克強が残留したとして、残り5人。当初は、汪洋、李源潮、胡春華、孫政才が共青団派として常務委員入りし、残り一人が、習近平派閥の栗戦書ではないか、と見られていた。

だが孫政才が外れるとなると、習近平派がもう一人ねじ込まれるかもしれない。候補として考えられるのは趙楽際(中央組織部長)、王滬寧(党中央政策研究室主任)あたりだ。趙楽際は共青団派にも近いので、習近平としては王滬寧を推したいのではないかと思われる。

王滬寧は政策学者として江沢民、胡錦涛、習近平三代の指導者の政策スローガンや党指導理論、総書記のスピーチなどの起草を行ってきた。今は習近平にべったりで、例えば習近平が先日香港を訪問した際の解放軍香港駐留部隊の閲兵式で、従来の「首長」呼びから「主席」呼びに変更させることを提言したのも王滬寧だといわれている。“習核心”キャンペーンのシナリオを描いているのも彼だ。ただ、政治局常務委入りには必須といわれている地方政府での行政実務経験がないので、もし彼がすぐさま政治局常務委入りすれば、それは明らかに習近平のごり押し人事ということになるだろう。

栗戦書は習近平より年上なので、習近平の後継にはなり得ない。だが、1955年生まれの王滬寧ならば、2022年の第20回党大会で、一期のみの任期とはいえ後継ポストに就くことは不可能ではない。習近平は任期10年に限らない長期独裁体制を望んでいるようだが、もし、あと5年で鄧小平が作った共産党指導者の任期10年ルールを打破できずに習近平が2022年で引退するのであれば、自分で育てた陳敏爾や蔡奇ら後継者を就けたいだろう。だが、その養成が間に合わない可能性は大きく、そのための“つなぎ”というのであれば、王滬寧は理想的な傀儡になるかもしれない。

官僚の妨害で政界地震は止まず

このように考えると、この時期での孫政才失脚は習近平の権力闘争の大いなる勝利の一歩ということになる。ただ「習近平が毛沢東のようになるには、党内に妨害勢力がある。一部官僚たちは表向き従順だが裏では背いており、場合によって潰してやろうと企んでいる。それが、中国共産党政界地震が止まない根本原因だ」(謝選俊)というように、権力闘争はこれで終わりではなく、むしろこれからが本番なのだ。

良ければ下にあります

を応援クリックよろしくお願いします。

『中国人が台湾の民主主義にもはや影響されない理由』(7/18ダイヤモンドオンライン 加藤嘉一)、『中国政府に必ず跳ね返ってくる劉暁波氏への仕打ち 国際社会が一斉に非難、対外戦略に大ブレーキは必至』(7/16JBプレス 古森義久)について

台湾の蔡焜燦さんが逝去されました。『台湾人と日本精神』を読み、昔の日本人が台湾に残っているという印象を持ちました。司馬遼太郎の著書「街道をゆく 台湾紀行」で案内役を務め「老台北(ラオタイペイ)」と紹介されたのでご存じの方が多いと思います。ご冥福をお祈りいたします。

Facebookから取った「中国観察」の生きたままで臓器摘出した医師の告発が載っています。ナチと同じような非道をして、ウイグル人とか法輪功信者から摘出したと。「中国観察」は法輪功関係ですから100%の信頼はなくても、金儲けの為だったら何でもする中国人ですので充分ありうると思っています。米国人が同じことを言っています。(音声は英語、ただ、字幕が中国語なので理解できます)。

https://www.facebook.com/ST.WONG81/videos/1692670757440000/

蔡焜燦さんと「中国観察」と古森氏の記事と比較すれば、加藤氏の記事が如何に薄っぺらいか分かるでしょう。学歴詐称するくらいの人間ですから。東大なんて前文科省事務次官の前川を見ていればレベルが分かります。それでも「東大を蹴った」と言いたいと思っているのですから。心根は中国人と一緒です。富坂聰と同じく工作員でしょう。ハーバードに行ったのも裏で中共が金を出したと睨んでいます。下記のURL記事ではスパイではないと言っていますが、スパイが自らスパイと公言することはありません。また、情報を取るため紅二代辺りと付き合っているようですが、結局中共の論理に合わせた記事しか書かないと思っています。

http://kinbricksnow.com/archives/51938303.html

蔡英文総統を腐す記事で、さもそれが台湾人全体の思いのような書き方をしていますが、今の安倍首相と蔡英文総統の支持率はたいして違いません。これが政府を批判できる=言論の自由を有する民主主義の良い所です。でも偏向メデイアに騙されやすいのが民主主義国家の欠陥でもあります。彼の議論は為にする議論と思います。中国の紅二代が言った「中国人は物質主義者だ。自由や民主主義に敬意を払う伝統もない」と言うのは合っています。特に為政者側であれば富と人民には無い自由を独占できるのですから。まあ、紅二代の意見が中国人の代表と日本人に刷り込ませて、誤断させる狙いでしょう。日本のメデイアのやりそうなことです。まあ、加藤氏を使う段階から眉唾物としか言いようがありませんが。

古森氏の記事では、劉暁波氏の死が中国を国際的な批判に晒し、外交上も失点となり、影響を与えるのではと見ていますが、中国人の発想は先程の紅二代と同じく「金が総て」です。金を出せば皆黙ると思っています。ですから効果的なのは中国に金を稼がせない、国際市場から締め出すことです。金融制裁が一番効くでしょう。人民解放軍に金も回らなくなります。トランプはアメリカの覇権に挑戦してきている人権無視・非法治の中共を打倒しなければならないと思います。それこそManifest Destinyではないですか。「1年計画」何て中・北に時間の利益を与えるだけです。止めて早く金融制裁を発動するのを願っています。

また、ネットでは劉暁波氏は刑務所にいたのに肝臓癌になるかと言う意見もありました。確かに酒が飲めるわけでもなく、やはり発癌物質を摂取させられた可能性もあります。中国ですから何でもありです。

加藤記事

戒厳令解除30周年に 考える中国の民主化

現在、台北の一角で本稿を執筆している。

前回台湾を訪れたのは昨年1月に行われた台湾総統選挙・立法委員選挙のときであった(「蔡英文陣営が大勝した台湾選挙は“中国民主化”に何をもたらすか?」)。くしくも、7月15日は戒厳令解除30周年という節目の時間で、現地では一定の議論が展開されているところであった。本稿では、この時間に久しぶりに訪れた台湾の地で、本連載の核心的テーマである中国民主化研究を念頭に置きながら、私が考えることを書き下したい。

まず、「中国民主化と台湾」という関係性について、私の基本的な考えの一端を記しておきたい。

《若者世代を中心とした台湾人は、「中国とこういう付き合い方をするべきではないか」「中国と付き合う過程で法治や民主の枠組みを着実に重んじるべきではないか」といった市民としての欲求を訴えている。中国との付き合い方という文脈において、法治・自由・民主主義といったルールや価値観を守るべく、市民社会の機能を駆使しつつ、自らの政府を徹底監視し、自覚と誇りを持って奮闘する過程は、対岸の中国が民主化を追求する上でポジティブな意味合いを持つ。

  なぜなら、台湾が中国と付き合うなかで、政治体制やルール・価値観といった点で中国に取り込まれる、すなわち台湾が“中国化”していくことは、中国共産党の非民主主義的な政治体制が肥大化しながら自己正当化する事態をもたらし得るからだ。その意味で、同じ中華系に属する社会として、民主化を実現した歴史を持つ台湾、そしてそこに生きる人々が果たす役割は大きい。》

(『中国民主化研究:紅い皇帝・習近平が2021年に描く夢』(ダイヤモンド社、2015年7月刊、第12章“台湾と中国人”、394~395頁)

蔡英文総統がフェイスブックに投稿した「思い」

7月15日、蔡英文総統が自らのフェイスブックに“台湾人民に敬意を払う:戒厳令解除三十周年に思うこと”を投稿し、中国語約800字でその思いを綴っている。

「30年前の今日、台湾はついに38年に及ぶ国民党戒厳統治から脱出し、自由と民主に向けて重要な一歩を踏み出した。この一歩は台湾人民が力を合わせて踏み出したものだ。長い間、一部の人は台湾の民主化を蒋経国前総統による功績だとしてきた。しかし、戒厳令が解除されて30年が経った今日、我々は視線を台湾人民たちに注ぐべきだと私は考える」

冒頭でこう述べた投稿は、1980年代、無名の人民たちがいかにして台湾民主化のために力を注いできたのかを強調する。その上で、台湾民主主義の未来について3つの思いを語る。

「より多くの、本土発の新しい力が民主政治の運営に加わることを期待したい。そうすることで、台湾の民主政治は若い活力を保ち続けることが可能になるからだ」

「台湾の市民社会が引き続き強靭になっていくと同時に、政党と市民社会の間でより理性的・健康的なインタラクションのモデルが見つかることを期待したい」

「いつか、台湾のすべての政党が台湾の主体性という立場に立って国家の未来を思考できることを期待したい」

その上で、「民主と自由は台湾のアドバンテージである。民主主義を強固なものにすること、台湾人は永遠に民主人、自由人であること、そしてこれらの信念を世界に伝えていくこと」の重要性を謳って投稿を結んでいる。

蔡総統が言わんとすることは理解できるし、一人の日本人として、台湾が自由と民主主義に立脚した、成熟した市民社会および政治と世論の間に健全な理性を育む社会であり続けることを望んでいる。

と同時に、台湾がこれらの目標を追求・実現する過程において、我々日本人もただ傍観するのではなく、台湾人と相互に学び、このアジアという私たちが暮らす地域に自由と民主主義に立脚した市民社会が根付くよう、ともに汗をかくべきだと考える。

信頼を得られていない蔡総統

さて、投稿全体がポピュリスティックに傾いているのは、蔡政権として世論の政治への支持を取り付けるプロセスに苦心している現状を体現しているものと思われる。

実際、現在行政院長オフィス(Office of the Premier)で働く旧知の友人に会って蔡政権の状況を聞いてみると、「蔡総統は世論、企業、知識人などを含めた外界からも、党内・政府内部でも信頼を得られていない。側近ですら彼女が何を考えているのか、どこへ向かおうとしているのかをつかめない。まったくヒトを使えていないという状況だ」と返してきた。「いま台湾で最大の問題は何だと考えているか?」と問うた際には「蔡総統本人」とのことだった。

外界の蔡政権への不満は、戒厳令解除30周年における世論にもにじみ出ていた。翌日の現地新聞を読んでいてもその空気感は伝わってくる。《聯合報》は各界の関係者が戒厳令解除30周年に際して民主主義の現状をどう評価するかを伝えた。以下の政界関係者らのコメントは興味深い(《聯合報》A3版による)。

「台湾政治文化は1990年代よりも後退しており残念だ」(林濁水・民進党元立法委員)、「台湾の民主主義が有名無実化する問題は近年悪化の傾向を辿っている。民主法治の素養を強化する必要がある。民主政治は多数決にとどまらない。より重要なのは憲政、法治への尊重である」(葉匡時・元交通大臣)、「戒厳令解除30周年を迎え、ポピュリズムが益々深刻になっている。現在の執政は以前よりも困難であるが、民進党は完全執政しているのだから、完全に責任を持たなければならない」(柯建銘・民進党党団総招集人)、「民進党が完全執政して以来、少なくない反民主主義の傾向が生じている。国民党は民衆に呼び掛け、真の民主主義の価値を死守しなければならない」(費鴻泰・国民党立法委員)

政治関係者にとどまらず、社会の各界にも台湾の民主主義への懸念は広範に存在すると感じさせられる。「教育システムにおける戒厳はいまだに解除されていない。制度は開放されたが思想や観念はいまだに党國時代に留まっている」(《自由時報》A15版、陳啟濃・水里高校校長、“戒厳令解除30周年、戒厳が未だに存在する場所もある”、7月16日)、といった主張である。

台湾に残された唯一の価値は民主主義

前述の「中国民主化と台湾」の関係性に対する基本的考えから出発すれば、台湾社会が戒厳令解除30周年という節目の年に、現状に満足することなく、与党から野党、官から民までクリティカルに議論を展開し、台湾の民主主義を死守し、前進させようと奔走する情景はポジティブだといえる。

前出の行政院長オフィスで働く友人は言う。「中国の台頭を前に、台湾の安全保障分野における戦略的価値は下がらざるを得ない。台湾に残された最後の、唯一の価値は民主主義だ」。民主主義を不断に深化させることこそが、台頭する中国に向き合う上での最大のレバレッジになるという意味であろう。

その意味で、《聯合報》が掲載した社説“民主主義の夢は口だけのものであってはならない”(7月16日、A2版)の以下の記述は示唆に富んでいる。

「蔡英文は次のように言う。“対岸(筆者注:中国を指す)が政治改革を推進し、大陸の人民に民主主義と自由によって保障される本来の権利を享受させ、両岸関係に新しい契機をもたらしてくれることを期待する。仮に“中国の夢”が民主主義なのであれば、台湾は中国がその夢を実現する過程で必要な協力を提供するだろう”。このような言い方は自大で矛盾している。考えてみよう。現在、両岸の交流は停滞し、以前であれば大陸からやってくる観光客や留学生を民主主義で説得することができたが、いまではそんな機会も失われている。一部観光客は台湾で非友好的な目に遭っている。こんな現状で対岸が民主主義の夢を実現する過程にどう協力するのだというのか?」(筆者注:台湾交通省の統計によれば、2016年、中国からの観光客は前年に比べ延べ67万人減り、昨年5月から今年2月にかけては、前年同期比で延べ112万人減っている)。

国民党寄りとされる《聯合報》による社説であるが故に蔡政権への批判がより顕著であろうことを断っておきたいが、同社説が指摘する、政権が中国寄りの国民党から中国と距離を置く民進党に代わるなか、中国からの観光客や留学生が減っている(確かに街を歩いていても、以前と比べて中国からの観光客に遭遇する場面が減っていると私自身感じる)という状況は中国民主化研究という視角からすれば考察に値する。

中国人民は物資的発展に満足 自由や民主主義に敬意を払う伝統もない

少なくとも私の周りにおいて、学生や社会人を問わず、これまで台湾へ赴いた中国人は、ほぼ一様に台湾の市民社会や民主主義に好感や敬意を抱いていた。その意味で、台湾社会に直接触れる中国人が増えれば増えるほど、中国社会を民主化していく上でのボトムアップ型のチカラが醸成されやすくなると、理論上はいえる。そう考えると、《聯合報》が指摘する両岸関係の停滞は、中国民主化プロセスにとっても一つのネガティブな要素になるといえる。

この感想を1990年代から2000年代にかけて中国共産党中央で対台湾工作を担当していた“紅二代”にシェアしてみると、こう返ってきた。

「30年前なら考えられたかもしれない。ただ今となっては中国社会も変わり、人民は物質的発展に満足している。外の世界に赴き、帰ってきても、自分たちが暮らす社会が外よりも劣っているとは必ずしも考えない。中国のほうが発展している、外の世界は思っていたほど良くないと考えるに至る人民だって少なくない。中国人は物質主義者だ。自由や民主主義に敬意を払う伝統もない」

なるほど、私なりに納得させられた。そう考えると、両岸間の交流が増えたり減ったりしても、中国民主化プロセスへの質的影響は限定されたものになるのかもしれない。やはり鍵を握るのは“内部”ということか。共産党大会を数ヵ月後に控えた時期だけに、色々と想像を掻き立てられる今日この頃である。

(国際コラムニスト 加藤嘉一)

古森記事

劉暁波氏の死去を受け、中国・香港の中央政府駐香港連絡弁公室に設けられた記帳台と劉氏の写真(2017年7月13日撮影)。(c)AFP/Isaac Lawrence 〔AFPBB News〕

ノーベル平和賞受賞者の中国人の民主活動家、劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏が7月13日、肝臓がんの全身への転移のため中国遼寧省の病院で亡くなった。その悲惨な死は、中国共産党政権の苛酷な本質を全世界にみせつけた。

国際社会では中国政府の非人道性への非難が一気に広がっている。中国が進めようとしているグローバルな影響力の拡大にも暗い影が広がることは確実だといえよう。

不当に拘束し、海外での治療を許さず

劉氏の死に関連して米欧などが中国政府を非難しているのは、主に以下の点についてである。

(1)劉氏の民主主義活動をそもそも犯罪と断じて懲役11年の刑に課したことの不当性

(2)劉氏は明らかに服役中に病気となったのにがんが末期症状になるまで適切な医療措置をとらなかったことの非人道性

(3)末期がんによる死が確実となり、劉氏本人がドイツでの治療を希望したのに応じなかった過酷さ

(4)劉氏の妻、劉霞氏をさまざまな形で弾圧した残虐性

(5)劉氏の獄中での病状や対処に関する情報を一切、開示しなかった閉鎖性

とくに米国では政府、議会、メディア、民間の人権団体などが中国政府の残酷さを糾弾する声明などをいっせいに公表した。その一例として米国大手紙「ウォール・ストリード・ジャーナル」は7月13日の評論で次のように述べていた。

「中国政府が、劉暁波氏の治療のための出国を拒否したことには、恥ずべき理由がある。彼が外国に出て、獄中での医療に関する状況、とくに当局に肝炎の治療を拒否されたと語ることを恐れたのだ。劉氏の肝炎は明らかに肝臓がんの原因だった。早い時期に適切な医療措置がとられれば、彼は必ず生きながらえたはずである」

「劉氏の政治的信条を理由に彼を投獄し、しかも獄中で適切な治療をあえて行わなかった中国政府は、もはや世界に向かって自国の主張を信用せよと求めることはできない。いまや世界は、中国の最も重要な民主主義活動家だった劉氏が、人生の最後に中国での戦いについて自由に語るのを聞くという機会を失ったのだ」

また、米国を拠点とする国際的な人権擁護組織の「中国人権」は7月13日、シャロン・ホム会長名での声明を出し、世界各国に中国政府の責任を追及することを訴えた。その声明の骨子は以下のとおりである。

・平和的な方法による中国の民主化を説く劉暁波氏を、中国政府はその主張だけを理由に拘束し、適切な医療を与えないことで命までを奪った。その行為は共産党政権の卑劣さと道義欠落を証明した。

・中国政府には、劉氏に対する獄中での医療措置の実態を詳しく公表し、彼の肝臓がんの病状をなぜ末期となるまで明らかにしなかったのか、さらにはなぜ劉氏の最後の願いだった国外での治療を認めなかったのか、を公表する責務がある。

・各国政府、そして国際社会は、劉氏の未亡人となった劉霞氏の軟禁を解き、行動の自由を認めることを中国政府に強く求めるべきである。同時に各国政府は中国に劉氏の死の詳細な経緯の公表を迫るべきだ。

中国の対外戦略に大きなブレーキ

今回の劉氏の死によって、中国政府の独裁性や非人道性、そして「人権尊重」や「法の支配」という国際的な普遍価値である基本原則を無視している実態が改めて明らかになった。

このことは、超大国の立場を目指し、国際社会で多角的に拡張を図るという中国政府の試みには間違いなく大きなブレーキとなる。

中国は最近、習近平主席の野心的な政策の下、「一帯一路」や「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」といった国際的構想を推進している。これらは、中国の主導の下に他の諸国との多様な連帯や協力を深めることで、中国自体の国際的な影響力を強化していこうという戦略に基づいている。

そうした国際的な連携の拡大では、関係各国がどこまで共通の価値観を共有できるかが大きなカギとなる。現在の世界での共通的な価値観といえば、やはり民主主義、法の支配、人権尊重、人道主義などである。だが、今回の劉暁波氏死亡事件によって、中国政府がそうした共通要因を持ち合わせていないこと、それどころか反発あるいは敵視していることが実証されてしまった。その結果、中国政府の対外戦略全体が暗い影に覆われることになるだろう。

一方、米国の人権団体は、中国政府が自国の政府や共産党への批判を理由に逮捕して拘束した政治犯のなかには、劉暁波氏以外にも獄中で重病となったり、病死した実例が多数あることを指摘している。これらの実例に新たな光があてられ、国際問題となる可能性も浮かんできた。

良ければ下にあります

を応援クリックよろしくお願いします。

『「中国の夢」実現に成果を上げるパンダ外交 世界中の動物園に貸与されているパンダは67頭』(7/14日経ビジネスオンライン 北村豊)について

習近平の後継候補の一人だった重慶市長の孫政才が身柄拘束されたとの日経報道です。7/15産経では代わりの市長となる陳敏爾が秋の19回共産党大会で政治局員入りは確実と見られ、ただ孫政才の異動先がないとの報道でした。

http://www.sankei.com/world/news/170715/wor1707150037-n1.html

現役の政治局員の摘発は異例といえば異例でしょう。習の権力基盤強化の一環でしょうが、いつ寝首を掻かれるか分からない状態では安心して仕事もできず、面従腹背の茶坊主を増やすだけでは。或は習が暗殺される可能性もあるでしょう。

7/17日経朝刊<習氏後継候補を拘束 前重慶市トップ 規律違反で 

【重慶=多部田俊輔】中国共産党の中央規律検査委員会が重慶市トップだった孫政才・前同市党委員会書記の身柄を拘束して規律違反で調査していることが16日、明らかになった。孫氏は2012年に49歳の若さで党指導部を構成する政治局員に選ばれ、習近平国家主席の後継候補の一人とされた。最高指導部が入れ替わる今秋の党大会に向け、習氏は党内を引き締めて権力基盤を固める。

中国全人代の全体会議に臨む習近平国家主席(手前)と孫政才氏=3月、北京の人民大会堂(共同)

複数の関係者によると孫氏は14日、北京で開かれた全国金融工作会議の1日目の討議が終わった後に身柄を拘束された。重慶市は内陸部の重要地域で、共産党は翌15日、後任の同市党委書記に習氏側近の陳敏爾・貴州省党委書記を充てる人事を発表していた。

中国で最高指導者の有力候補が規律違反で調査されるのは異例。孫氏は広東省トップの胡春華・同省党委書記と陳氏とともに、習氏に続く世代の指導者候補として注目された。もともと農業の専門家で、農業相などを経て12年に重慶のトップとなり、2ケタの経済成長を実現してきた。

規律委の孫氏に対する調査の具体的な内容は明らかになっていないが、4月から調査が本格化した元重慶市幹部の規律違反の疑いに関連しているもようだ。

習政権、初の現役指導部摘発 党大会前引き締め狙う 

【重慶=多部田俊輔】中国共産党の中央規律検査委員会が調査に着手した前重慶市トップ、孫政才・前同市党委員会書記は党指導部を構成する政治局員の一人だ。習近平政権が25人しかいない現役政治局員の摘発に踏み切るのは初めて。最高指導部のメンバーが大幅に入れ替わる秋の党大会を控え、習氏は党内の引き締めと自身の求心力を高めることを狙う。

中国全人代の全体会議に臨む習近平国家主席(手前)と孫政才氏=3月、北京の人民大会堂(共同)

調査内容は明らかになっていないが、4月に規律違反の疑いで調査が本格化した何挺・元重慶市副市長兼公安局長と関連しているもようだ。2012年に失脚した薄熙来・元重慶市党委書記らが残した腐敗構造の一部を温存したことに対する取り調べとの見方もある。

「大虎もハエもたたく」。習氏は党総書記就任直後の13年1月に表明したが、政治局常務委員だった周永康氏ら大物の摘発は現役引退後だった。現役の政治局員の摘発は大きな決断だ。

孫氏は北京市幹部時代に同市トップだった賈慶林氏や首相だった温家宝氏に抜てきされ、農業相となったのが出世のきっかけだ。習氏とは近くなく、江沢民・元国家主席らの「上海閥」や胡錦濤・前国家主席ら共産主義青年団出身者のグループとも一線を画すとされてきた。背後に最高指導者級の大物がいないことで摘発対象になりやすかった可能性がある。

将来の指導者候補とされた孫氏を巡り、雲行きが怪しくなったのは今年2月。薄氏らの悪い影響を払拭できていないと規律委が批判した。

共産党は5年に1度の今秋の党大会を控え、権力闘争が激しさを増すばかり。不正蓄財などの疑いをかけられ米国に逃亡した実業家、郭文貴氏が習氏の盟友である王岐山・規律委書記の不正蓄財にかかわる発言を繰り返し、習氏は引き締めを迫られていた。

後任の重慶市トップとなった陳敏爾氏は15日夜に早速、孫氏が提唱した都市開発計画や演説内容を記した野外の宣伝板を入れ替えるように命じる通知を出した。

孫氏が指導者候補レースから脱落するのは必至だ。香港メディアなどは孫氏の妻の不正蓄財の問題などを取り上げて「重大な規律違反」の疑いと報道。党籍剥奪など厳しい処分も予想される。一方、規律違反の疑いは軽く、処分までは至らないとの見方も残っている。

一時は習氏のライバルと目された薄氏が失脚した12年は前回の党大会が開かれた年だ。今秋の党大会を控え、有力幹部の摘発が孫氏で終わらない可能性もある。>(以上)

7/17日経朝刊<米、鉄鋼で対中圧力も 「100日計画」合意内容公表へ 

【北京=原田逸策、ワシントン=永沢毅】米国と中国による経済協力案件を並べる「100日計画」が16日、策定の期限を迎えた。両国は19日には包括経済対話を初めて開き、100日計画の合意内容を公表する。北朝鮮の核・ミサイル問題で米中関係はきしみ始めており、対話も米国が鉄鋼の過剰生産などで中国に圧力をかけ、中国がかわす展開になりそうだ。米中関係は経済も視界不良になりつつある。

会談するトランプ米大統領(左手前)と中国の習近平国家主席(右手前)(8日、ドイツ・ハンブルク)=AP

トランプ米大統領と中国の習近平国家主席は4月の首脳会談で100日計画の策定に合意。会談から100日目の今月16日前後が期限となった。

米中は5月、100日計画のうち先行して合意した内容を公表した。柱は中国がBSE(牛海綿状脳症)問題で止めた米国産牛肉の輸入を再開し、米国は中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」に協力すること。「合意は『米中が貿易戦争を始める』との見方も変えた」(中国商務省幹部)とみられた。

当時の米中関係は良好。中国の協力で北朝鮮問題が進展すれば、貿易不均衡など経済問題は大目にみるというのがトランプ米政権の方針だったからだ。その方針の期限は100日計画と同じだったとされ、米側は「中国は時間があまりないと理解している」(ソーントン米国務次官補代行)と中国による北朝鮮への影響力行使を期待した。

だが、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射成功を誇示し、米本土が核攻撃の対象になる懸念が生じた。それにもかかわらず、中国はあくまで対話による解決を主張し、原油禁輸など強力な制裁に慎重。「彼には北朝鮮問題で支援を求めてきた。恐らくもっとできる」。トランプ氏は13日、習氏への不満を隠さなかった。つかの間の「米中蜜月」は終わり、今回の経済対話で「米国は厳しい姿勢を示すことになる」(米中外交筋)。

対話の焦点は中国による鉄鋼の過剰生産。5月の合意では「双方が努力する」と具体的な内容の詰めを先送りした。中国製鋼材の対米輸出は16年に120万トン弱とピーク時の3分の1まで減ったが、米国は「第三国を経由して米国に流れ込んでいる」とみる。トランプ氏は関税上げと販売量制限による鉄鋼輸入制限を検討中だが、中国は反発しそうで対話でも激しいやり取りが予想される。

中国は目標を上回るペースで過剰な鉄鋼生産能力を減らしたと説明する見通し。だが、どこの高炉を閉じたか詳しい情報を明かさないため「休止していた高炉を廃棄しただけではないか」との疑念が消えない。中国のアルミニウムの過剰生産も論点になりそうだ。

今回の対話は100日計画を決めるとともに、後継の「1年計画」をつくることでも一致するとみられる。中国側にすれば1年間の時間稼ぎができることを意味し、秋の共産党大会前に米国から構造改革や市場開放を厳しく迫られるリスクが減る。100日計画も中国側が提案したとされ、「計画策定中」を盾に米国の要求をかわす中国側の狙いが透けてみえる。>(以上)

7/16佐藤和夫氏facebook<国際情勢の行方と題し、宮崎正弘君が千田会で講演。

トランプ大統領は北朝鮮と一戦交える覚悟があるのかと思いきや、アメリカの兵士の犠牲を考え踏み切れず。

中国も北朝鮮の締付が果たせず、中国を当てに出来ず、ロシアとの連携を探り出した。

その指南役がキッシンジャー、アメリカは核実験の凍結で手を結ぶ可能性がある。

日本の脅威は残ったままで安保体制もおかしくなる。

中国は沖縄だけでなく北海道にも手を出してきており、自衛隊のクーデターでもなければ日本は救いようがない所まできていると。>(以上)

トランプも学習効果を上げないと。中国人の基本的価値観は「騙す方が賢く、騙される方が馬鹿」と言うものです。中国の北への対応を見ていたら分かるでしょう。ここで100日から1年計画への延長を認めれば、中北へ時間の利益を与えるだけです。制裁関税なんて中途半端は止めて、北と取引のある銀行総てに金融制裁をかけたほうがWTOの問題にもならず、効果はもっと大きいでしょう。中国経済のバブルは崩壊し、軍にも予算が回らず、東シナ海・南シナ海の暴挙も防ぐことができます。マテイス長官が言ってるように、軍事力行使は金融制裁の後です。日本についてはこれだけ左翼メデイアに騙され、倒閣運動に乗せられる国民が多いのを見ますと確かに絶望的になります。ただ、自衛隊のクーデターを期待しても三島の時に決起できなかったのに、今はもっと難しくなっていると思います。慢性自殺と言うかゆでガエル状態でしょう。メデイアの言うことを簡単に信じる人達に言いたい。「“use your noodle”,もっと自分の頭を使え。脳の皺があるのか」と。片や人権無視の民主主義国家でない中共が日本侵略の牙を研いでいるというのに。

パンダ外交でドイツの例が挙がっていますが、戦前から中独の結びつきは強く第二次大戦前の第二次上海事件で日本軍が手古摺ったのは独軍事顧問団の存在とトーチカのせいと言われています。

韓国紙「中央日報」の「則天武后から天武天皇へパンダ贈呈?」の記事は相変わらずでっち上げが好きとしか思えません。唐の時代の地図ではチベット(地図上の吐蕃)は別の国になっているでしょう。

パンダだけでなくチベットは中国や東南アジアへの水源地です。チベットを独立させないと東南アジアの国々は中国の言うことを聞かざるを得なくなります。フィリピンは水の問題が無いのですからドウテルテ大統領は国内で見せる強い顔を中国にも見せてほしいものです。

藤井厳喜著『最強兵器としての地政学 あなたも国際政治を予測できる!』P.164~165

記事

習近平主席は7月5日、ベルリン動物園のパンダ館開館式典にメルケル首相と共に出席した(写真:ロイター/アフロ)

6月24日の午後3時30分、ドイツの首都ベルリンにある「ブランデンブルグ空港」のカーゴセンターに1機のルフトハンザ・カーゴの貨物専用機が到着した。同機は中国の四川省“成都市”から12時間かけて飛来したもので、その貨物室から慎重に運び出されたコンテナの中には檻に入れられた2頭のパンダがいた。それは、4歳の雌パンダ“夢夢(モンモン)”と7歳の雄パンダ“嬌慶(チャオチン)”の2頭で、彼らは中国・ドイツの友好の証として、成都市に所在する“大熊猫繁育研究基地(パンダン繁殖育成研究基地)”から送られたものだった。

モンモンとチャオチン、年100万ドルでベルリンへ

この日、空港には中国駐ドイツ大使の“史明徳”とベルリン市長のミヒャエル・ミューラーをはじめとする百人以上のドイツ官僚やメディア記者が2頭のパンダを出迎えた。空港での歓迎式の中で、史明徳は、「今年は中国・ドイツの両国にとって国交樹立45周年に当たり、パンダが友好の使者としてドイツ国民にかわいがってもらえることを希望する」と述べた。また、ミューラー市長は、パンダ来訪に尽力したドイツ・中国双方の関係機関並びに関係者に感謝を表明すると同時に、2頭のパンダがベルリンに新たな魅力を増すでしょうと述べた。

ドイツではベルリン動物園にいた雄パンダのパオパオ(宝宝)が2012年8月22日に死亡してから5年以上にわたってパンダの不在が続き、ドイツ国民は新たなパンダの来訪を心待ちにしていた。このため、ベルリン動物園は中国側と協議を続け、ベルリン動物園が園内に1000万ユーロ(約13億円)を費やして敷地面積5500m2の広さを持つパンダ館を建設すること、パンダ2頭を研究目的で15年間借り受ける代償として中国側へ毎年100万米ドル(約1.14億円)の野生動物保護資金を支払うことで合意した。その合意に基づき、中国から送られて来た2頭のパンダがモンモンとチャオチンであった。

7月7~8日にドイツのハンブルグで開催された20カ国・地域首脳会議(G20サミット)への参加を主目的として、7月4日に最初の訪問国ロシアからドイツ入りした中国国家主席の“習近平”は、7月5日にベルリンを訪問し、同日にベルリン動物園で開催されたパンダ館の開館式典にドイツのメルケル首相と共に出席した。式典で習近平は「2頭のパンダは中国・ドイツ両国の距離をさらに縮める友好大使の役目を果たしてくれるだろう」と述べ、メルケルは「ドイツと中国の交流の中でパンダは両国民の友好を深める重要な役目を果たして来た。モンモンとチャオチンは両国の友好がさらに発展する証である」と述べた。

ところで、6月12日、上野動物園では雄パンダのリーリー(力力<中国名:比力>)と雌パンダのシンシン(真真<中国名:仙女>)の間に雌の赤ちゃんが誕生した。リーリーとシンシンは、2011年2月に来日し、シンシンは2012年7月5日に第1子となる雄の赤ちゃんを出産したが、赤ちゃんは肺炎のため生後6日目の7月11日に死亡した。このため、5年ぶりの赤ちゃんパンダ誕生は上野動物園にとって正に待望の出来事であった。

1972年から続く日中パンダ外交

1972年9月29日に北京市で日本の田中角栄首相と中国の周恩来総理が共同声明に署名したことにより日本と中国の両国は国交を回復したが、これを「日中国交正常化」と言う。その国交正常化からわずか1カ月後の10月28日に日中国交正常化記念行事の一環として中国から贈られたのが2頭のパンダ、雌のランラン(蘭蘭)と雄のカンカン(康康)だった。ランランは1979年9月に死亡したため、1980年1月にホァンホァン(歓歓)が新たな花嫁として来日したが、カンカンは1980年6月に死亡した。ホァンホァンは1982年11月に来日したフェイフェイ(飛飛)との間に雄のチュチュ(初初)、雌のトントン(童童)、雄のユウユウ(悠悠)と3頭の子供をもうけた。

1985年6月に生まれた第1子のチュチュは生後48時間で死亡、第2子のトントン(1986年6月生まれ)は2000年7月に14歳1カ月で死亡、第3子のユウユウ(1988年6月生まれ)は1992年11月に雄のリンリンと交換で北京動物園へ移送された。1992年11月に来日したリンリンは2008年4月に死亡した。なお、2003年12月から2005年9月まではメキシコ生まれのシュアンシュアン(双双)が上野動物園に滞在し、リンリンとの交配を試みたが失敗した。

2008年4月にリンリンが死亡したことにより、上野動物園にはパンダが不在となったため、日本国内に後継パンダを要望する声が高まった。同年5月6日に来日した中国国家主席の“胡錦濤”は6日夜に行われた福田首相主催の非公式夕食会で、来日土産としてパンダ2頭を貸与する旨を表明して日中友好の証とした。これを踏まえて、2010年7月に北京市で、上野動物園を管轄する東京都と“中国野生動物保護協会”は東京都が2頭のパンダ(“比力”と“仙女”)を10年間にわたり、年間95万米ドルで借り受ける協議書に調印した。しかし、この直後の2010年9月7日、尖閣諸島付近の海域で日本の巡視船から退去命令を受けた違法操業の中国漁船が逃走時に巡視船2隻と故意に衝突しては破損させる事件が発生した。海上保安庁は漁船の船長を公務執行妨害で逮捕して取り調べのために石垣島へ連行し、同漁船で船員を石垣港へ回航して事情聴取を行った。

この「尖閣諸島中国漁船衝突事件」では、時の民主党政権は2010年9月13日に漁船を解放して船員を帰国させたが、22日に中国の温家宝総理から中国人船長の即時・無条件解放の要求を受けた。温家宝の釈放要求に加え、中国政府による種々の報復措置を受けた民主党政権は腰砕けとなり、9月25日に船長を処分保留で釈放し、中国手配のチャーター機で石垣島から中国福建省へ送還した。こうして事件は早期に決着したため、当初は延期が危ぶまれたパンダ2頭の来日は予定通り進み、2011年2月21日に比力と仙女は来日した。同年3月9日、上野動物園は2頭の日本名がリーリーとシンシンであると公表した。中国政府が2頭のパンダを予定通り来日させた背景には、中国漁船衝突事件で悪化した日本国民の対中感情の改善を意図したものであった。

「絶滅危惧種」から「危急種」へ

中国固有の動物である“大熊猫(ジャイアントパンダ、略称:パンダ)”は、中国の“国宝”と呼ばれている。これは生息数が非常に少ないからで、「国際自然保護連合(IUCN)」が2016年9月に発表したところによれば、野生のパンダは1864頭で、これに子供を加えた総数は2060頭という。中国政府の“国家林業局”が1985~1988年に行った調査では、野生パンダの総数は1114頭であったというから、過去30年間に生息数は大幅に増大したことになる。このため、IUCNはパンダに対するレッドリストのレベルを従来の「絶滅危惧種《EN(Endangered)》」から「危急種《VU(Vulnerable)》」に引き下げた。

レッドリストのレベルがENからVUに引き下げられたとはいえ、パンダは依然として希少動物であり、その白と黒の愛嬌ある外観から世界中の人々から愛されている人気者である。このため、上述したように、中国政府はパンダを外国政府との友好促進のための外交手段として活用しており、これを世界は中国政府の「パンダ外交」と呼んでいる。

中国政府のパンダ外交は歴史的に見て以下の3段階に分けることができる。

【第1段階】1949年~1971年(合計8頭)  中国の同盟国であったソビエト連邦(1頭)および北朝鮮(6頭)へ友好の証として贈られた。また、1958年にはオーストリアの動物商経由で1頭がロンドン動物園は販売された。

【第2段階】1972年~1983年(合計16頭)  1972年2月、ニクソン米国大統領が訪中した際に中国政府が雌のリンリン(玲玲)と雄のシンシン(興興)の2頭を土産として贈呈したのを皮切りに、日本:4頭(ランラン、カンカン、ホァンホァン、フェイフェイ)、フランス:2頭、英国:2頭、メキシコ:2頭、スペイン:2頭、西ドイツ:2頭がそれぞれ友好の証として贈呈された。

【第3段階】1984年~現在まで  1984年にパンダがIUCNのレッドリストで「絶滅危惧種」に指定され、ワシントン条約で最高ランクの「付属書Ⅰ(今すでに絶滅する危険性がある生き物)」に格上げされたことにより、「商業のための輸出入は禁止され、 学術的な研究のための輸出入などは、輸出国と輸入国の政府が発行する許可書が必要」となった。このため、学術研究を名目としてパンダを外国に貸与し、その見返りとして相手国から中国の野生動物保護資金の供与を受ける形式を採ることになった。

アドベンチャーワールドは11頭を返還

2017年6月末時点で中国から世界各国(含香港およびマカオ)の動物園に研究目的で貸与されているパンダの合計は67頭であると思われるが、その明細は下表の通り。

中国から貸与されているパンダの国別分布

(出所)パンダ研究所「パンダのいる動物園」から筆者作成

なお、貸与期間中に生まれたパンダの子供は、原則として誕生から2年以内に中国へ返還する取り決めになっている。このため、上表の(子供)に内数として記された子供の数は常に変動する。総数である67頭から子供の19頭を差し引くと、世界中の動物園にいる大人のパンダは48頭になる。

ところで、中国国内で何か大きな問題が起こると、中国政府は国民の目から当該問題をそらそうと、反日を煽ることがしばしばある。それにもかかわらず、その日本がパンダの貸与数では米国の13頭に次ぐ9頭で第2位というのは意外に感じられる。日本の動物園でパンダがいるのは、上野動物園のほかに神戸市立王子動物園(雌1頭)と和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド(雄1頭、雌1頭、子供の雌3頭)がある。特に、アドベンチャーワールドは2017年6月に3頭の子供パンダ(6歳、6歳、4歳)を中国へ返還しており、2004年から2017年6月までに中国へ返還した子供の数は合計で11頭にも上っている。6月12日に上野動物園でパンダの子供が生まれたとメディアは大々的に報じたが、アドベンチャーワールドは長年にわたって積み上げた研究成果を踏まえて、多数の子供を誕生させているのである。

話は中国のパンダ外交に戻る。2017年4月、フィンランドを公式訪問した習近平はニーニスト大統領との会見した際、パンダ2頭(雌・雄各1頭)をフィンランド中部のアフタリ動物園に15年間貸与することで合意に達した。また、翌5月に、デンマークのラスムセン首相が訪中した際、中国政府はコペンハーゲン動物園に2頭のパンダ(雌のマオスンと雄のホーシン)を15年間貸与することを表明した。これは中国の北極圏開発参入を認めることとの交換条件であると言われている。なお、フィンランド向けの2頭は2017年末、オランダ向けの2頭は2018年末に、それぞれ新築されるパンダ館の竣工後に両国へ移送される。

これ以外に中国政府はインドネシア政府との間で、2016年8月にパンダの保護協力に関する合意覚書に調印しており、同年9月にタマン・サファリ動物園内に完成したパンダ館に貸与されるパンダ2頭(雌・雄各1頭)を受け入れる予定だったが、2頭のパンダは未だに中国から送られていない。インドネシアはパンダ貸与の代わりにコモドドラゴンを中国へ贈呈する予定となっている。

則天武后から天武天皇へ?

3月4日付の韓国紙「中央日報」は、中国のパンダ外交は685年に唐朝の則天武后が日本の天皇へ雌雄1対のパンダを送ったのを起源とすると報じ、上述した3段階のパンダ外交を簡潔に説明した記事を掲載した。中国で唯一の女帝である則天武后(中国名:“武則天”、624~705年)が日本の天武天皇にパンダを贈呈した件については、2008年5月16日付の本リポート『「パンダ貸与」の意味するもの』を参照願いたいが、今から1300年以上前の685年にパンダが日本を懐柔する手段として日本の天皇に贈られていたと考えれば、そこにはロマンが感じられる。

この話を中国で報じた記事によれば、「紀元685年10月22日の巳の刻(午前10時)頃、長安宮廷の護衛兵と2人の調教師が2つの赤い絹と花で飾った大きな獣の檻を持って快速の車に乗り、東へ向かって疾走した。一行は揚州(現在の江蘇省揚州市)から船に乗り、日本の遣隋使に随行して海を越えて日本に到着した」とあり、この記事の出所は「日本の“皇家年鑑(皇室年鑑)”」だという。「皇室年鑑」などという書物は存在しないし、竹がなければ生きて行けないパンダをいつ日本に着くか分からない船旅で運ぶなどということは物理的に不可能で、はっきり言って荒唐無稽な話と言って良いと思う。

パンダが希少動物として珍重されて外交手段に活用されるようになったのは、中華民国総統“蒋介石”の夫人であった“宋美齢”が、第二次世界大戦中に米国が行った難民救済に感謝して、1941年に米国へ雌雄1対のパンダを贈呈したことに始まるという。今では、世界中の人々が愛するパンダは、「中華民族の偉大な復興」という中国共産党の政治理念を基礎に、2012年11月に中国の最高指導者(党総書記)となった習近平が打ち出した“中国夢(中国の夢)”の実現に必要不可欠な外交の手札となっている。そして、好むと好まざるとにかかわらず、それは大きな成果を上げているのである。

良ければ下にあります

を応援クリックよろしくお願いします。