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6/2~6日経『変調 中国ビジネス』記事について
日経も中国の異変に気付きアリバイ作りを始めました。下の記事がそうです。今週ずっと特集していました。今まで中国進出を煽るだけ煽り、企業が苦しんできたことなどは全然報道してこなかったのに。「後から結うのは福助頭」(= Monday morning quarterback)でしょう。リスク管理が全然できない。中国を増長させた責任は日本のマスメデイアが大部分を負うべき。靖国問題、教科書問題、天安門事件後の天皇訪中等如何に中国を助けてきたか。それが南沙諸島の侵略に繋がっている訳です。いつも「平和」「平和」と唱えるだけで真に「平和」を実現しようとはしない似非平和主義者です。
中国から撤退するには時間がかかります。工商局、税務局等の認可を受けなければなりませんので。2年くらいはかかると見ておいた方が良いでしょう。日本人の経営者は債務(含む税、優遇措置)を支払わなければ中国から出ることはできません。経営者を中国人にするとjoyouの蔡みたいに堂々と不正をします。藤森も中国の実態を知らないで買収したのでしょうが責任問題です。辞任は当然でしょう。損失を払ってから辞めてほしい。株主は怒っているでしょう。裁判に訴えて勝てるつもりですかね。中国の司法は行政の一部で裁判官は賄賂を取るのが当たり前というのを知っていて言ってるのでしょうか。小生が中国の裁判・労働委員会で3勝1敗になった時と時代が違います。あの時の中国は外国の金と技術を欲しがっていましたから。今や外資を追い出そうとしている時代です。高い授業料です。他の日系企業も早く撤退した方が良いでしょう。
6/2もう逃げるしかない 中国ビジネス変調(ルポ迫真)記事
中国随一の経済都市、上海。空の玄関口、上海浦東国際空港にその日本人男性が現れたのは寒風吹き付ける1月の夜のことだった。「どこでもいい。国際線のチケットを1枚頼む」。切羽詰まった表情に気押されるように、発券カウンターの女性は日本行きのチケットを手配した。
「支払いが確認できるまで放すわけにはいかない」。数時間前。男は上海市郊外の日系縫製工場で複数の取引先の中国人に詰め寄られていた。
進出して20年。最盛期には200人の従業員を抱え、日本のアパレル大手に衣料品を供給してきた。安い労働力を活用して利益も上げていたが、この数年で急速に業績が悪化。ついに取引先に支払いすらできなくなった。
日本の本社も資金を差し出す体力がない。仲裁役の中国人を挟みながら取引先にわびを入れ、返済の繰り延べを懇願するも形勢は明らかに不利。「生きて帰るには、逃げるしかなかった」。事情を知る関係者が語る。
中国が対外開放して約40年。安くて豊富な労働力と巨大な市場をにらみ、日本企業は1980年代から続々と進出してきた。政治リスクに翻弄されながらも拠点を増やし、日系企業は2万社を超える。
だが今の中国に少し前までの右肩上がりの成長は見込めない。この数年で一気に世界に名を知らしめた中国スマートフォン(スマホ)大手、小米(シャオミ)ですら成長に急ブレーキがかかる。
4月末の週明けの早朝。日系電子部品メーカーが北京オフィスで東京と結んで開いたテレビ会議。日本人幹部らは中国人営業マンの報告に凍り付いた。小米による今年2度目の大がかりな部品納入の延期要請だった。「小米のスマホが売れなくなっている」。日本人幹部らは一様に落胆した。
景気減速の影響がじわり広がるなか、5年で2倍のペースで上昇する人件費も企業に重くのしかかる。日本企業に限れば、円安の逆風も吹く。
企業は「撤退」も現実的な選択肢に据える。経済産業省が2014年7月に調べた「海外事業活動基本調査」によると、13年度に中国から撤退した現地法人数は205社と前年度を17社上回った。企業の事業再編を手伝う弁護士、賈維恒(44)は「景気減速で拠点の過剰感は強まっている。今後も撤退案件は増える」とみる。
閉鎖されたシチズンの工場では最終の後片付けが静かに続けられていた(5月30日、広東省広州)
5月30日。雨期に入り、灰色の雲が覆う広東省広州。シチズンホールディングスが2月に閉めた時計部品工場を訪れると、わずか4カ月前に起きた騒動の記憶を消し去ろうとするかのようにフォークリフトがせわしなく設備や資材を運び出していた。
春節(旧正月)連休を目前に控えた2月5日。帰省を楽しみにする従業員の表情が一変した。「あしたで工場を清算します」。1千人いる従業員の一斉解雇通告だった。
「なぜ、解雇する直前に通告するんだ!」
従業員の不満を抑えつけるかのように雇用契約の解除を迫るシチズン。「書類にサインをしないと、あなた、近いうちに、ほんと大変なことになるよ」。深夜、見知らぬ男からこんな脅迫めいた電話を受けた従業員は300人を数えた。
「日本人経営者が憎い」。今、閉鎖された工場で最終の後片付け作業をする総務担当の男性社員、劉俊穎(40=仮名)が声を震わせる。真面目に19年間勤め上げた末の突然の解雇通告。「我々は使い捨てか」
撤退業務が完了する1カ月後には工場は完全に閉鎖される。劉の目が潤む。「私には中学生の息子がいる。お金がかかる。でも40歳を過ぎた私が働ける場所は簡単には見つからない」
経営難に陥った工場に乗り込んで従業員を解雇する。沿海都市部の工場街ではこんな「撤退屋」が出没している。
「この会社の資産を買い取った。これからは俺の言うことを聞いてもらうぞ」。企業から工場や設備などの機械を100ドル(約1万2千円)程度の破格の価格で買い取り、地元政府への面倒な手続きも口利きで解決する。手数料や資産売却で暴利をむさぼる。
「高速成長時代の“遺産”を金を払ってでも手放したい」。そんな企業の思いを見透かしたように撤退屋が暗躍する。(敬称略)
景気減速が当たり前の「新常態」に入った中国。現地企業に忍び寄る変調の現場を歩く。
6/3変調 中国ビジネス2
「やる気は全くないわ……」。 中国東北部の中核都市、遼寧省大連。同市内の日系電機大手の 工場に勤める40歳代女性従業員、李梅(仮名)がつぶやいた。10年以上も前に今の工場に入った李。とにかく毎日まじめに働いた。地道にモノ作りを続ける日本企業も自分に合った。そんな彼女が最近になって工場に背を向け始めた。きっかけは2013年末、近所の東芝の大連工場で起きたストライキだ。
「もっと補償金を出せ」。武装警察官が見守るなか、約900 人の従業員が声を張り上げた。
1997年からテレビを生産した大連工場。東芝は赤字を理由に閉鎖を決めたが職を失う従業員は退職金相当の補償金を少しでも多く得たいと経営側に抗議。東芝はやむなく要求をのんだ。あの日の事が、今の李には他人事に映らなくなった。
大連に今、景気後退の大波が押し寄せる。大連のある遼寧省の1〜3月国内総生産(GDP)は前年同期比1.9%増。中国が今年目標とする7%前後を大きく下回る全国最低に陥った。 2000社近い日系企業が集積する大連。李の工場も「いつ閉鎖されてもおかし<ない」。だから今は仕事より補償金を多く手にすることしか関心が向かな い。「今は補償金を楽しみに待つだけだわ」
3月5日、北京で開幕した全国人民代表大会(全人代)。午前10時すぎ、所信表明演説で首相の李克強(59)が「中国は製造大国から製造強国へ転換する」と読み上げていた頃、広東省東莞の工場街では5000人規模のストライキが勃発していた。
「未払いの給料を払え」。ナイキなどの1流ブランド靴を作る台湾系工場の従業員がロ々に叫ぶ。翌日には周辺の他の工場にも次々に波及。拳を突き上げた従業員数は数万人に達した。
「もう疲れた」。日本人幹部がこんな言葉を残して東莞から去った日本企業は過去5年で100社以上。輸出競争力は低下 し「世界の工場」は苦境に立つ。 「今、中国では何をすればよいのか」。厳しい現実を前に日系企業幹部の苦悩は深まる。
だが、今の中国の従業員は幹部らのそんな迷いに同情などしない。日系電機大手の工場で長く労働組合トップを務める共産党幹部はいらだちをあらわにする。「そんなに中国から出て行 きたいなら、早くそうすれぱいい。でも二度と中国ではビジネスはさせない。中国とはそういう国だ」
6/4変調 中国ビジネス3
中国首相の李克強(59)をうならせた新興企業は古びた雑居ビルの6階にあった。情報技術 (IT)企業が集積する北京・中関村。壁は薄汚れ、電気が消えた通路には段ボールや資材がうず高く積まれている。
IT専門の転職支援サイト 「拉勾網」を2年前に立ち上げた北京拉勾網絡技術。5月7日午前、創業者の馬徳龍(31)は 中関村に突然視察に訪れた李に自社の事業内容を説明した。「100人あまりの社員で昨年150万人の転職を支援しました」。 行政の効率化に熱心な李は感心した。「それは見事だ。政府も見習わないと」
拉勾網の飛躍のカギは中国I T企業2万社の膨大な求人情報にある。起業家に無料でオフィ スを貸し出す創業支援施設が整う中関村でもべンチャー企業が次々に生まれ、IT人材の需要は旺盛。成長企業でキャリアを積みたい若い人材もあふれている。馬はそこに目を付けた。
「何よりも中国企業で働きたかった」。3月に米系ソフト企業から中国のインターネット大手の部長職に転じた北京在住の張傑(仮名、29)が言う。魅力はその待遇。検索大手、百度(パイドゥ)や電子商取引最大手のアリババ集団など大手を中心に人材獲得競争は激しさを増し、中国IT企業では部長級で年数千万円の高給取りはざら。張の月給も2倍の5万元(約100万円)に跳ね上がった。
1990年代から米マイクロソフトなど外資系IT大手が進出して立ち上がった中国IT産業。「昔は給料が高い外資企業へ憧れがあったが、今は中国大手の方がいい。外資は好待遇を手にする踏み台」。張は言う。
「調査を妨害したらどうなるか。賢明なあなたたちなら分かりますね」。昨年冬、中国独禁法当局の突然の来訪を受けた米半導体大手クアルコムの関係者は調査員の高圧的な態度に驚いた。それからまもない2月。中国当局は60億8800万元という巨額制裁金の支払いを同社に命じた。自社技術をスマートフオン(スマホ)メーカーに押しつけ、不当に特許使用料を得たとの判断だ。
.アリババのような世界的企業が育ち、自信を深める中国IT 産業。習近平(61)指導部も「国産技術.製品の育成を」と外資排除をいとわない。「昔はとにかく技術を教えてくれと頼ってきたのに。時代は変わった」。 クアルコム関係者の言葉からは敗北感がにじむ。
6/5変調 中国ビジネス4
「不明朗な取引が行われている」。5月29日に子会社8社を化学品・医薬品販売興和グループ(名古屋市)に譲渡して創業109年の歴史に幕を下ろした化学薬品商社の江守グループホールディングス(HD)。解体のきっかけは2014年7月に寄せられた匿名の電子メールだった。
疑惑の中心は江守HD中国現地法人トップだった謝飛紅(50)。髪を短く刈り込み、縁なし眼鏡をかけた謝は上海ではやり手の実業家_として知られていた。「丸紅(の中国事業)を抜きますよ」。こう豪語する謝をHD社長の江守清隆(54)はかわいがった。HDの連結売上高は直近5年で3倍の約2200億円に膨らんだが、売上高の7割を謝が率いる中国事業が稼いだ。
その裏で謝は自身の親族がかかわる企業との取引を通じて見かけ上の売上高を膨らませていた。取引先の仕入れ代金を肩代わりして金利をつけて回収する。急成長を演出したビジネスモデルも景気減速で取引先から支払いが滞ったとたん、崩壊した。
「以前から危ない取引をしているのではと思っていた」と同社閏係者は明かす。だが、背後に清隆が控える謝には「誰も何も言えなかった」。
3日午前、上海で開幕した住設機器の大型展示会。水栓金具や温水便座など100点以上の商品を出展した中宇建材集団 (福建省)の営業担当者は「費用対効果の高さが私たちの強み」と来場者にアピールしていた。
どこにでもある展示会風景だが、その様子を苦々しく思っている日本人経営者がいる。同日、 最大660億円の損失を発表したLIXILグループ社長の藤森義明だ。
巨額損失の原因はドイツで上場する子会社ジョウユウの不正会計。創業者の蔡建設が財務諸表を改ざんしていた。その蔡が中国で率いるのが中宇。中宇はジョウユウの子会社だ。 5月22日にジョウユウはドイツで破産を申し立てた。だが、察は虎の子の中国事業を手放さない。中宇の40歳代の男性社員は「破産はドイツの話。私たちに影響はない」と言い切る。
「(蔡氏らに対する)法的措置も辞さない」。3日午後2時。 LIXILが都内で開いた記者会見で藤森は力を込めた。蔡の耳藤森のその言葉は届いただろうか。
6/6変調 中国ビジネス5
北京西部の住宅街の一角。3月末、イトーヨーカ堂が運営する「華堂商場右安門店」がひっそりと営業を終えた。今は看板も取り外され、店舗前の広場では地元の小学生たちがサッ力ーに興じる。のどかな光景を前に近所に住む主婦の王さん(56)は「昔は食品売り場がにぎわっていた」と教えてくれた。イトーヨー力堂が北京に出店したのは中国で近代的な小売店がまだ少なかった1998年。「従業員教育が大事」とヨーカ堂が主張すれば、{安いものを売る大衆店にすれぱいい」と国有企業 の合弁相手も譲らない。経営の軸は時にぶれたが、経済成長時代は利益を出せた。
中国全土が沸いた北京五輪が終わった2008年夏。客足がぱたりと止まった。「北京の上客は五輪向けインフラ工事に駆り出されていた出稼ぎ労働者だった」。ヨーカ堂中国総代表の三枝富博(65)は振り返る。地元客を呼び戻そうと必死になるほど周辺の競合店との価格競争に巻き込まれる悪循環。日本流のサービスで増収を続ける四川省成都での事業とは対照的に不振が続く北京はこの1年で4店舗を閉めた。
「生鮮品以外、お店に出向いて買い物をすることはほとんどない」。遼寧省大連の銀行員、鄒婷婷(27)は話す。最近購入した空気清浄機もインターネット通販サイトで買った。安くて種類.も豊富なネット通販は今や中国の小売市場の1割を占める。店舗を展開する既存の小売業を取り卷<環境は厳しさを増す。
人口1千万人を誇る内陸部の中核都市、湖北省武漢。昨年末に開業したイオンモール武漢店は平日の夕方にもなると、食材の買い出しやレストランで食事を楽しもうという地元客でにぎわう。現地法人の総経理、椎名孝夫48)は「日本の安心・.安全を求めて来店する顧客が多い」と手応えを口にする。 12年には山東省青島の店舗が「反日デモ」で破壊されたイオン。中国事業は赤字が続くが、 それでも購買力が高まる中国の消費市場で商機を見いだす。
世の中が上げ潮の時の事業拡大は簡単。逆に苦しい時に知恵を絞って顧客に受け入れられて こそ価値があるー—。イオンの源流の一つである岡田屋具服店はこんな戒めを家訓に込めた。「下げにもうけよ」。高速成長時代の終わりを迎えた中国で椎名はその家訓をいま一度、かみしめる。
6/3日経ビジネスオンライン 福島香織『赤い帝国主義下の言論出版統制 作家たちは権力とせめぎ合い、自粛心と戦う』記事について
中国の一番ダメな所はいつも言ってますように「騙す人が賢く、騙される人が馬鹿」という基本的価値観です。この考えが続く限り中国とはまともに付き合えません。日本人は人が好過ぎて騙されるだけ。東証1部上場の江守グループの倒産やLIXILのjoyouの660億円の特損等は中国で儲けようという下心の為せる業です。中国に進出している他の日系企業も似たり寄ったりでしょう。小生も在籍していた会社が中国で買った会社を調べて見たら資産の中に使えない井戸も資産計上されていて問題になったことがありました。デユーデリジェンスをしっかりという事で法律事務所に調べさせてもこの程度です。まあ如何に騙すのに長けているかという事ですが。また会社を売る局面にも関与しました。どう言う訳か本社は早く売れと言うばかり。高く買いそうな人もいたのに二束三文で別人に売り渡しました。背任ではと思ったものです。結局、保身を考えるから足元を見られてやられてしまう訳です。戦わないと。
ここに出てきます中国の真のジャーナリストと日本の植村隆のような似非ジャーナリストを比較すれば如何に日本のメデイアが腐っているか分かります。勿論、中国の共産党支配における「党の喉と舌」の役割を果たしている中国のメデイア人は圧倒的に多いですが。ですから命を賭けて自己の主張すべきところを弾圧にも拘らず主張するところが真のジャーナリストたる所以でしょう。植村はアメリカへ行ってまで嘘を吹きまくっているのだから何をか況やです。翁長もアメリカに行ってパフォーマンスだけやっているというのは見抜かれています。彼らは日本人の心象風景から遠い所にいます。
新渡戸稲造の「武士道」は、日本人は神を信じない(一神教の意味)のにどうして道徳が遵守されているのかという問いに対する回答として書かれました。日本社会の規範として武士の生き方が、身分差はあるにせよ下々まで尊ばれたのです。その中でも「義=rectitude of justice」「勇=courage」「仁=benevolence, the feeling of distress 」「礼=politeness」「誠=veracity and sincerity」「名誉=honor」「忠義=the duty of loyalty」を生き方に求めました。皆孔孟の教えです。それを発祥の地である中国人は守ろうともせず、日本人が守って生きてきたわけです。易姓革命の国では前の伝統文化が否定されるので、賢者の教えも根付かないと言ったところでしょう。
「持ち逃げ資産の半分を西側のリベートに」というのは中国人の面目躍如たるものがあります。賄賂が社会にビルトインされているため、「金を与えれば皆言うことを聞くだろう」という発想になりがち。FIFAの事件も過去に遡れば賄賂の得意な国が焙り出されてくるのでは。でも中韓のように道徳心の薄い民族を豊かにさせたのが間違いの素です。アメリカも良く民族性を知ることです。
記事
今、北京にいる。知日派知識人と待ち合わせをしていたが、待ち合わせ場所に彼がなかなか現れない。さすがに約束の時間になって一時間が過ぎると、心配になってきた。なにせ、天安門事件26年目の記念日まであと5日という敏感な時期であり、しかも習近平政権の「知識人狩り」の凄まじさは、以前にこのコラム欄で紹介した通りである(「習近平の知識人狩り、希望を粛清」参照)
ちょうど携帯電話を買い替えたばかりで、彼の携帯番号を新しい携帯電話に入れておくのを忘れていたので、電話で安否を確認できなかった。連絡が取れないまま、ヤキモキしていると彼が一時間半遅れて、謝りながらやって来た。遅れた理由は、次に出版する本に関して、いきなり出版社から呼び出されたのだという。「一番大事な一章をまるまる削らないと、検閲審査が通らないと言われて、もめていました。いきなり約束もなく、出版社の社長が訪ねてきて。連絡もできずにすみませんでした」という。
彼は「中国は、あと2、3年もすると出版社は全部つぶれるんじゃないですかね。今、本を出すことはものすごくリスクが高い。出版社にとっても、ほとんどリスクだけで利益はでません。中国の出版市場はおそらく出版史上、もっとも暗黒時代を迎えていますよ」と、ため息をついていた。
自分の中に生まれた「自粛の心」こそ怖い
こうした息苦しさを訴える知識人たちの言葉を、今回の中国旅行中に何度聞いたことか。
ある作家はこういっていた。「恐ろしいのは自分の中に自粛の心が出て来たことだ。賞をとり、大学の職を与えられ、安定した収入も約束され、息子たちが結婚して家庭を築くようになると、(当局の怒りを買うかもしれないというリスクを負って)自分の書きたいものを書くには、捨てなければならないものが多すぎる。だが、そうして筆を緩めることは、読者に本当に伝えなければならないもの、意義あるものを書けないということだ。自分が過去に書いたものを超える納得できる作品を生み出せる体力気力がもつのは、あとせいぜい10年くらい。これから、いかに自分の心と闘いながら、書いていくかが、作家としての真価が問われる」。
メモを取るような場面ではなかったので、発言は私の記憶である。本当に恐ろしいのは、検閲そのものではなく、検閲を避けようとする自分の心だ、というのは心にしみるメッセージだった。
日本にいてモノを書く仕事をしていると、読者に受けるか、市場に受け入れられるかという悩みはあっても、政治権力によって身の危険を感じながら書くということはまずない。本の内容について出版社や編集者の好みと対立することはあっても、あるいは読者からのバッシングを恐れる気持ちはあっても、当局の検閲機関から隠密裏に物書き生命を絶たれる心配もまずない。中国当局の出版物に対する介入圧力は、日本人にはとうてい想像のつかない世界である。
だが、その検閲に抗いながらエッジボールと呼ばれるぎりぎり編み出された表現というのは、書き手の執念のエネルギーが注ぎこまれている。圧力に抗う気持ちを完全に忘れてしまっては、物書きとしては完全なる敗北だが、圧力とのせめぎあいのなかでこそ生まれる研ぎ澄まされた表現というのも、確かに存在する。本当の政治圧力というものを知らないで、ちょっと書くなと言われたぐらいで被害者ぶって騒ぐとヒーローになれる日本の言論出版界にいると、なかなか到達できない表現の境地である。
文明のロマンも文化論も、ダメ
で、最近どのようなものが検閲に引っかかりやすいかというと、聞くところによると文明論とか文化論が、結構リスクが高いらしい。胡錦濤政権時代も江沢民政権時代も当然、出版検閲があったが、それはほとんど政治批判、党批判や党の歴史認識を否定するような内容のもので、何が検閲に引っかかるか分かりやすかった。
ところが最近は中華文明や中華文化の論評まで、なぜそれがダメなのか、というようなものも検閲当局から修正指導がくるそうだ。たとえば周の文明のルーツが、エジプトから伝播してきたものではないかとか、中国の「上帝」(シャンディ)は出エジプト記に出てくるシャダイが由来じゃないか、とかそういう文明のロマンみたいな話も、ダメらしい。あるいは改革開放30年で中国がどんな変化をたどったか、といった文化論や社会学的な検証もダメらしい。今の社会の問題点をあげて、その原因や背景を分析するといった内容も、大変厳しい細かい検閲をうけるという。
ある歴史学者にきけば、「習近平政権のイデオロギー政策の骨子は、西洋文明と西洋的普遍的価値観の否定と、中華文明の独立性と偉大性、中華的価値観を中心としたアジア世界の確立にあるので、中華文明・中華的価値観に対してき否定的な言論、研究の発表が難しくなった。中華文明にも西方の文明や宗教に影響を受けた部分があるなんて仮説は絶対受け入れられない」という。
前述の作家が言うには、「今の中国人や中国が、なぜこんな風になってしまったか、そういうことに向き合うことが一番必要なのだが、それが一番許されない」と嘆いた。
また、あるジャーナリストは、「今の中国は1930年代の日本に似ているかもしれない」という。幸いというべきなのは、中国の出版市場では、日本の軍国主義時代の批判を込めた日本の著作の翻訳モノは比較的問題なく出版できる分野であることだという。中国人読者の中には日本の過去の歴史の中に、中国の今の問題点を見出す者がいるかもしれない。日本の軍国主義批判や右傾化批判は、ひょっとすると反日的な思想の人たちだけでなく、中国習近平政権の行方に不安を感じている人たちから、ある種の比喩として発せられている可能性もあるかもしれない。
改革には向かわない「三つの自信」
習近平政権がどういう政権であるか、ということを知識言論人たちに聞いてみると、3年前と比べて、批判的に言う人が増えた。3年前は、開明的な知識人の中にも、習近平政権を「(隠れ)改革派」だと信じる人はかなりいたが、それが甘い期待であったことを思い知るようになってきたということだろうか。「反腐敗キャンペーンや権力集中は習近平が後に思い切った政治改革を行うための準備であり、実は隠れ“改革派”である」という幻想が根強かったが、2014年から本格化した知識人狩りと、「一帯一路」政策を中心とする外交・経済路線から、習近平政権の目指す「改革」とは少なくとも、私たちが考えるものとは違うようである。
習近平政権の行方については、2013年の段階で、「赤い帝国主義」と早くに達観したのは、元「中国改革」誌社長で独立系政治評論家の李偉東だった。「赤い帝国主義」という形容は、昔、旧ソ連に適用されたものだ。フランス国際放送華字版RFIのインタビュー(2013年7月13日)で李偉東はこう語っている。
「習近平は伝統的権威主義方式を用いて、政治方面のある種の改良を進めている。それを“開明的な専制”と私は表現する。習近平が政権をとってから発表した論理の総論はおよそ三条でまとめられる。一つは進むべき方向は、邪な路(西側的普遍的価値感あるいはゴルバチョフ的改革の路)でもなく従来の路(旧来の社会主義的価値観、社会主義革命の路、文革の路)でもないという路論。二つ目は“中国の夢”(中華秩序の再興)という夢論。三つ目は“靴論”(靴が合うかどうかは履いている本人にしかわからず、傍にいる人が何といおうと無視すればよい、という外国の内政干渉を完全拒絶する)」「加えて習政権は“三つの自信”というのをあげている。すなわち路に対する自信、理論に対する自信、制度に対する自信。これほどの自信があれば、改革など必要あるだろうか。私が基本的に把握している習近平の政治改革とは、“党の指導をよりパーフェクトに強化に向けて改善すること”であり、これは本質的な意味での改革とはいえない」
APECブルーは赤いファシズム的美学の体現
そして習近平の目指す中国が、「国家主義路線にナショナリズムを加えた赤い帝国の路」であり、それは1930年代のドイツや日本が歩んだ路と似ている、というのである。
この習近平の「赤い帝国主義」論については、賛同にしろ批判にしろ同意見の知識人は決して少なくない。賛同者は、習近平は(皇帝の専制君主制を確立し、名君との評価もある)「清朝の雍正帝」に匹敵する、といった言い方をしている。批判する人は、ドイツのナチズムに似ていると言う。
そう考えると、最近中国が発表した国防白書で「海上軍事衝突に対する備え」が初めて明記されたことも、また「一帯一路」と呼ばれる外交・経済政策にあわせたAIIBの設立も、腑に落ちることだろう。習近平政権の国家グランドデザインは、日本の戦前の「八紘一宇」にも通じるものがあるといえば、なるほどと思う人もいると思う。ちなみに八紘一宇という言葉のオリジナルは中国であり、『淮南子』にもある。
とすると、現在の中国が国際社会にもたらしうるきな臭い可能性というのもいろいろ想像できるだろう。李偉東はアジア自由ラジオ局で2014年12月、北京APECの総括コメントとして、こんな発言をしていた。「APECブルー(APEC期間中に規制を徹底して大気汚染を軽減し青空を一時的に取り戻した現象)は、赤い帝国のファシズム的美学の体現である。この種の中国のファシズムは世界に危機をもたらすだろう」。
彼はこの時、中国共産党をナチズムに例えながらこう指摘していた。「ナチズムが備えていて中国共産党が備えていない優位性が三つある。[1]己が全世界で最も優秀な種族であるという信仰にも似た頑強な信念、[2]ナチスは清廉であり、スキャンダルは少なかった、[3]ナチスの団結力は相当なものであった」。
彼は、習近平が目指す赤い帝国主義への路は、根本的なところでナチスに及ばず、途中で破綻すると見ている。赤い帝国が世界に覇権を築き、今の米国のような新しい国際秩序を打ち立てるまでにいかず、激しい勢いで拡張に走った結果、内部から瓦解するとなると、その混乱に国際社会が巻き込まれるリスクは決して小さいものではない。
持ち逃げ資産の半分を西側へのリベートに?
もう一つ、リスクがあるとすると、中華的秩序、中華的価値観に西側社会も染まり、アジアにおける中華秩序圏の成立を容認する可能性だ。習近平政権は表向き、オバマ政権に対しては比較的舐めた態度を見せているが、水面下の官僚レベルの交渉は日中よりもよほど密にあると言われている。
最近、小耳にはさんだのは、財産を持ってカナダやオーストラリア、米国など西側諸国に逃げた反腐敗キャンペーンのターゲットの腐敗官僚、政商たちを西側諸国から引き渡してもらうための交換条件として、持ち逃げした彼らの資産の半分を西側諸国にリベートとして渡す、という案だ。この10年余り、海外逃亡腐敗官僚ら2万人が国外に持ち逃げした資産は軽く1兆元をこえる。
だが、この半額を受け取って、独裁国家から逃げてきた官僚を引き渡すということは、これは西側諸国として西側の普遍的価値観と違う中国の価値観を受け入れたということになるのではないか。汚職官僚だけでなく、海外に逃げた民主活動家や反共産党活動家などは、西側諸国の対応がどういったものになるか神経を尖らしている。
いずれのリスクにしても、中国のすぐ隣に存在する日本にとっては、今の習近平政権の路線は大いに警戒するに値するものだろう。
日本の自由さと安易さを痛感しながら
さて、日本の安倍政権をナチスに例えて批判する日本人知識人は結構いて、日本が軍国主義化していると本気で心配している人も少なくないようである。私も少し、安倍政権と習近平政権の類似性を感じることもある。ただ、日本と中国の大きな違いは、報道、出版、言論に対する政府当局の本当の圧力の有無であり、日本が曲がりなりにも選挙を通じて、自らの手で為政者を選ぶシステムを保持している点である。
私たちは、自分の国の政策に対して不安に思うことを誰でも口にすることができるし、執政党への信任不信任を表明する機会を平等に与えられている。そういう与えられた権利を十分に行使しないでの口先の批判に力が宿るはずもない。
中国の言論知識人たちのモノを書くことへの執念や葛藤を垣間見るたびに、私は日本でモノを書くことの自由さと安易さを痛感するのである。
6/3日経ビジネスオンライン 高濱賛『慰安婦は棚上げ、焦点は北朝鮮に 迫る米韓首脳会談』記事について
朴大統領がアメリカでどういうことを言うか見ものです。告げ口外交を封じられたら言うことがあるのかどうか。父親と違い軍事センスがあるとは思えません。ですから北のSLBM発射実験成功(真偽不明)のニュースを聞いても動じないというか、リスクという感覚がないのでしょう。それは「慰安婦」で日本を叩いていればいいというレベルの話ではなく、戦争が起きるかもしれないということですから。何せ北の若殿は何をするか分かりませんので。自暴自棄にかられ戦争を始めるかもしれません。やるなら朝鮮半島だけでやってほしい。“civil war”ではないですか。
普通の感覚であればTHHADを配備せねばとなるのでしょうが、中国の反対に遭い、米中に良い顔をしようとするので無理が出ます。二股外交、蝙蝠外交の限界です。事大主義で結局外国の介入というかいろんな国につこうとして失敗、結局日本に統合された歴史があるのに。まあ、漢字をいとも簡単に捨てる国ですから、「歴史」を知るはずもない。それで都合よく「歴史」を改竄・捏造するのでしょう。
中国は北をソ連時代の東欧のように西側との緩衝地域のまま残したいと思っているでしょう。直接国境を接すると警護の義務が生じるので。そうでなければとっくに北は中国に呑み込まれていたハズ。南も中国領にしてしまえば、日本とは間に日本海がありますので可能かも知れませんが。中国の東北三省には朝鮮族が多く住んでいます。北の政権が安定していることを中国は望んでいるので、本音で言えば言うことを聞かない金正恩を外し正男に首を挿げ替えたいと思っているのでは。
オバマのアメリカもここにきて少しは変わるのかもしれません。G7宣言で南沙諸島の軍事基地化した中国を非難するようです。でも中国は織り込み済みでしょう。具体的な行動がない限り、舐めるだけ。中国の主張する12海里内に飛行機や艦船を入れないと。戦争になったら米軍は一瞬にして中国軍を制圧してしまうと日高義樹氏は言っています。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150603/dms1506031140004-n1.htm
その方が中国国民にとっては共産党支配から逃れられて幸福かもしれません。米軍が12海里内に進出した時に中国はどうするのか。東シナ海に防空識別圏を設定した時のように何もできず、恥をさらすことになるのか。その場合は少なくとも習体制ではなくなるでしょう。
記事
朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領が6月14日から5日間の日程で米国を訪問する。16日にバラク・オバマ米大統領と首脳会談を行う。その後、テキサス州ヒューストンに立ち寄り、先端医療や航空宇宙関係施設を視察する。
(”Statement by the Press Secretary on the Visit of President Park Geun-hye of the Republic of Korea,” Office of the Press Secretary, 5/26/2015)
(”Park, Obama Set to Tackle Alliance, North Korea Tension,” The Korea Herald, 5/27/2015)
(”Will Pres. Park get a red carpet in the US like Shinzo Abe did?” The Hankyoreh, 5/13/2015)
さる4月の安倍晋三首相の訪米で日米同盟に「質的変化」(”qualitative change”)が生じた。首相が「歴史認識問題」や「慰安婦問題」で「河野談話」や「村山談話」を踏襲すると確約したことで、米側の「わだかまり」が解けたからだ(「安倍首相の議会演説で米国の『歴史認識問題』は決着」参照)。これを受けての朴大統領の訪米である。
朴大統領の訪米は就任直後の13年5月以来、2度目。2年前を振り返ってみる――。朴大統領は、13年5月に訪米した際、米議会で演説し「歴史問題に端を発した対立が一層深刻になっている。歴史に正しい認識を持たなければ明日はない」と英語で訴えた。日韓の対立に米国を巻き込むことで対日外交圧力を強めようとした。
ワシントンも韓国初の女性大統領の初の公式訪米ということもあって歓待した。朴大統領に思いの丈を述べさせる余裕を見せた。朴大統領が「慰安婦問題」を人権問題、とくに女性の人権に絡めたことが功を奏した面も見逃せない。
「日韓が歴史認識でツノ突きあっている場合ではない」
だが米政府はそれ以後、日韓対立が膠着することに警戒心を抱き、事あるごとに日韓双方に譲歩を促してきた。米政府は、朴大統領が慰安婦問題に執着しなければならない韓国国内の政治社会情勢を理解している。しかし、朴大統領が安倍政権に対して「新たな謝罪・補償を執拗に求める頑なな対応」(米国務省OB)に苛立っているのも事実だ。いわゆる「Korean fatigue」(韓国に対する嫌気)である。
そして今年4月の安倍訪米でワシントンの空気は一変した。米外交はどこまでもストレートでプラグマティック(実際的)だ。変わり身も速い。
東アジア情勢は風雲急を告げている。例えば中国は南シナ海・南沙(スプラトリー)諸島で埋め立て工事を急ピッチで進めている。一方、朝鮮半島では北朝鮮の中枢で異変が起こっている。米国防総省元高官の一人はこう指摘する。「日韓が『歴史認識問題』などでツノ突き合わせている場合ではなくなってきた――こうした認識がワシントンで急速に広がっている。ケリー国務長官と尹炳世(ユン・ビョンセ)韓国外相が2月7日に話し合い、6月の米韓首相会談が急遽決まったのはこのためだ。朴大統領が再び『慰安婦問題』に触れ、日韓の和解を渋るようであれば、日米防衛協力体制を踏まえた日米韓同盟の再構築は遅れるばかりだ。これがオバマ政権の認識だし、この点では民主、共和両党とも一致している」。
ケリー国務長官、アシュトン・カーター国防長官が相次いで訪韓し、緊迫する北朝鮮情勢への戦略を練る必要性を朴大統領に直接、訴えた。返す刀で両長官は、来るべき訪米では朴大統領が「慰安婦問題」を蒸し返さないよう求めた可能性大だ。
こうした米側の意向を察知した韓国政府の対応にも変化が見られる。「慰安婦問題」は事実上棚上げし、安全保障面では日米に足並みを揃えるスタンスにかじを切った。北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の日米韓首席代表が5月27日にソウルで協議した。29日にはシンガポールで日米韓3カ国国防相会談も行われた。すべて、朴大統領の訪米に向けた地ならしと見ていいだろう。
ワシントンで6月3日、米戦略国際問題研究所(CSIS)が米韓シンポジウムを主催する。朴大統領訪米をにらみ、韓国に対する米国のスタンスを占う上で注目される。米側からはリチャード・アーミテージ元国務副長官、カート・キャンベル元国務次官補、クリスファー・ヒル元国務次官補、ロバート・ガルーチ元北朝鮮核問題担当特使、シドニー・サイラー北朝鮮核問題担当特使が出席する。このシンポジウムでのテーマも米韓軍事同盟、北朝鮮の動向に絞られている。「歴史認識」問題は完全に無視された格好だ。
(”Korea Going Forward,” Center for Strategic & International Studies, 6/3/2015)
「北朝鮮は容易ならざる事態」という現状認識
北朝鮮は5月8日、日本海側のハンギョムナンドの新浦沖で潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の水中発射に成功した。「初期段階だが地域の新たな脅威」(米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際研究大学院米韓研究所の研究員)となってきた。
(”N.Korea Test-fires Submarine-launched Ballistic Missile,” Agence France-Presse, 5/10/2015)
米下院軍事委員会の軍事専門スタッフの一人は筆者にこう述べた。「SLBMの開発はまだ初期段階で、実際の配備には4~5年はかかるだろう。ただ北朝鮮の脅威が増しているのは、核開発やミサイル開発といった軍事面での動きだけではない。問題は2012年夏の李英浩(リ・ヨンホ)朝鮮人民軍総参謀長の解任に始まった粛清人事の異常さだ。その後、張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長や玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相の処刑にまでエスカレートしている。金正恩党第一書記の訪ロが中止になった理由の一つにクーデターの危険を排除するためといった見方も出ている」。
13年の米韓首脳会談で両首脳は「21世紀におけるいかなる挑戦にも立ち向かうために朝鮮半島およびアジア太平洋地域の平和と安全にとっての楔である米韓同盟を順応、強化させていく」ことを再確認した。
首脳会談を受けて、米韓軍事協力は着実に進んでいる。具体的には、米韓合同軍事演習が予定通り実施されている。韓国は2014年1月、在韓米軍駐留経負担費(SMA)を6%(8億7000万ドル増)増額した。
(”U.S.-South Korea Relations,” Mark E. Manyin, Congressional Research Service, 6/24/2014)
北朝鮮のSLBMをタテにTHAAD配備交渉開始を要請か
しかしながら米国が望んでいる、最新鋭ミサイル迎撃ミサイル「戦域高高度防衛ミサイル」(THAAD=Terminal High Altitude Area Defense Missile)を駐韓米軍基地に配備する計画は韓国との間で正式議題にすらなっていない。フランク・ローズ米国務次官補(軍縮・検証・履行担当)は5月19日、ワシントンで開かれたシンポジウムで米高官として初めて「永久配備」に言及した。米韓首脳会談で、THAAD設置についての交渉を開始するようオバマ大統領が自ら打診する可能性大だ。
(”Missile Defense and the U.S. Response to the North Korean Ballistic Missile and WMD Threat,” Frank A. Rose, Assistant Secretary, Bureau of Arms Control, Verification and Compliance, Institute for Corean-American Studies(ICAS), U.S. Department of State, 5/19/2015)
日米韓3カ国は14年12月、北朝鮮の核とミサイルに関する情報交換に関する「軍事情報共有了解覚書(MOU=Memorandum of Understanding)」を締結している。しかし、この覚書は日韓が情報を直接交換することも共有することも明示していない(日韓両国はこれと類似した「軍事情報包括保護協定(GSOMIA=General Security of Military Information Agreement)の締結を目指したが、韓国国内の反日感情に押された韓国政府が署名直前で一方的に撤回している)。
(”A trilateral intelligence sharing accord between Japan, Korea and the United States: implications and challenges,” Sukjoon Yoon, PacNet #6A, Center for Strategic & International Studies, 1/22/2015)
朴大統領の訪米を前に、MOUの適用範囲を広げようとする米側の意向が高官の口を通して聞こえてくる。北朝鮮中枢で広がる粛清の動きを含む北朝鮮情報の共有を示唆するものだ。
デービッド・シアー米国防次官補 は3月27日にワシントンで開かれたCSIS主催のセミナーで次のように発言した。「日米韓3カ国が昨年、締結した『軍事情報共有了解覚書』はグッド・スタートだ。今後さらに追加的な協定を締結するチャンスがあると考える」。
(”U.S.-Japan Security Seminar 2015,” David B. Shear, Assistant Secretary of Defense for Asia and Pacific Security Affairs, Center for Strategic & International Studies, 3/27/15)
シアー発言について、あるシンクタンクの米国人研究員の一人はこう筆者に述べた。「シアー次官補が言おうとしていることは2つ。1つは、情報共有の対象は、北朝鮮の核、ミサイルだけでなく、北朝鮮の中枢における政治的な動きも含む。核・ミサイル開発の動きと政権中枢部で起こっていることとはどのような相関関係があるのか。いま米国にとって最も重要なのは北朝鮮の軍事的ハード面の情報と政治的ソフト面の情報の両方だからだ。2つ目は、米国を仲介とする日韓間の情報交換という枠を取り除き、三者が自由に迅速に情報を共有することだ」。
韓国系米国人で国家安全保障会議(NSC)アジア部長を務めたこともあるビクター・チャ ジョージタウン大学教授は、先の安倍訪米に比べ、「今回の朴訪米は格式ばらない、お互いに好意を持った同盟国指導者同士の胸襟を開いた親密な対話になるだろう」と予想している。
(”Not ceremony, but intimacy,” Victor Cha, Joongang Daily, 5/29/2015)
あるシンクタンクの研究者はこう語る。「米韓両首脳が胸襟を開いた親密な対話をするのであれば、話し合うべきは朝鮮民主主義人民共和国という国家の崩壊の可能性だ。その時に備えて、米韓への影響にはどんな影響があり、何を準備しておくべきか。日本や中国の出方についても、米韓が調整しておく必要がある。金正恩第一書記が継承した金王朝が崩壊しても国家そのものは残るのか、あるいは北朝鮮という国家自体が崩壊してしまうのか――どちらに進むかによって対応が異なる。『北朝鮮の崩壊』の可能性を視野に入れた協力体制の強化が必要だ」。
ランド研究所は2013年、「北朝鮮崩壊の可能性に備えて」(”Preparing for the Possibility of a North Korean Collapse”)と題する膨大な量の報告書を作成している。「金王朝崩壊→北朝鮮国家の存続」と「北朝鮮国家自体の崩壊→消滅」の2つのシナリオのそれぞれに対して、米韓がどう対処するのか、米国への影響、中国の出方などについての鋭い分析がなされている。
(”Preparing for the Possibility of a North Korean Collapse,” Bruce W. Bennett, RAND Corporation, 2013)
6/2宮崎正弘氏メルマガ「廣池幹堂氏の本」の紹介記事について
廣池幹堂氏は廣池学園理事長とのこと。廣池学園と言っても分かりにくいでしょうが小生が中国語の授業(台湾人の先生)を受けています麗澤大学や大学院・中・高、幼稚園があります。http://www.reitaku.jp/
廣池千九郎が創始者で今も連綿と続いていますモラロジーの研究が建学の精神です。惜しむらくは他の私立大学と同じく、日本人の人口減のあおりを受けて他国の留学生を多く受け入れていることです。孔孟の精神を持たない民族が日本に留学してモラロジーを勉強し、帰国した場合何を故国に齎すのでしょう。上海では7不規範を今でも掲げています。守られていないという事でしょう。①不随地吐痰= ところかまわず痰を吐くな②不乱扔垃圾= ゴミを捨てるな③不損坏公物= 公共物を壊すな④不破坏緑地=緑地をこわすな⑤不乱穿馬路=ところかまわず道路を横断するな⑥不在公共場所吸烟=指定(喫煙所)以外の喫煙をするな⑦不説粗話髒話=汚い言葉を使うな。日本に来ても普段守れてないことができるはずがありません。②⑤⑥⑦は日本への中国人観光客は当り前のようにするでしょう。
若泉敬は真面目に自分の生き方を考えたのでしょう。佐藤優の『イスラエルとユダヤ人に関するノート』の中に、手島郁郎先生と財津正彌の「三島由紀夫割腹事件」についての遣り取りがありました。少々長いですが抜粋します。若泉の「戦後の日本人は危機管理など考えたくないことには目をつむり耳を塞いできた。そしてきれいごとをいって、耳に心地よいことばかりを追い求めている。まるで愚者の楽園であり、精神的文化的に根無し草に陥ったようなものである」と東郷の「神明は唯平素の鍛錬に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちに之を奪う。古人曰く勝って兜の緒を締めよと」に連なると思います。キリスト教信者であっても真剣に国あり方、人の生き方・死に方を考えていたのに今の日本人たるやと言う気がしてなりません。
「美学と死の問題か?
財津先生は、三島事件についてこう記します。
〈十一月ニ十五日のこと、戦後の日本に民族魂の覚醒を訴えた衝撃的な事件が突発した。 作家の三島由紀夫が壮絶な割腹自殺を遂げたのである。
場所は東京市ヶ谷にある陸上自衛隊東部方面総監部の総監室、彼が自分の主宰する「楯の会」の若者四人を引き連れて、バルコニーから下に集まっている千人の自衛隊員に、天皇を中心とする精神的な日本国家を作るために、自衛隊が決起してその担い手となることを叫び訴えたが、それは無視され、その彼は会員の一人の介錯で割腹したのであった。
翌日の新聞に、妻は黙って見入っていた。新聞は、三島は自分の美学を自殺を通して実演した、と報じていたが、妻は芸術家志望だった自分の弟を、やはり自殺で亡くした十三年前の悲しみと思い合わせていたのであろう。
美を文学で極限まで追求してやまなかった義弟は、珠玉の文字を書き連ねて文学美を追求していたが、人間が生きていくということは、純粋に美の追求に徹し抜こうと努めても、それには限度があり、結局生きるということは妥協を続けて自分を醜にさらしゆくことに他ならず、そんなことは自分にはできぬと結論し、自分の生涯の絶頂は今だ、と自覚したその時に、美しい極みの文章だけを残し、自ら自分の生涯を断っていったのだった。二十一歳であった。>(前掲書三六五〜三六六頁)
財津先生は、義弟の自殺の問題に照らして、美学と死の問題について考えました。そして、人を死に誘う美の力に悪魔的なものを感じました。そこで当初、三島由紀夫氏の自決について否定的な評価をしました。
〈翌日曜日の感話では、話はそこで止めておけばよかったのだが、三島由紀夫の問題に自分なりの決着をつけなくてはと思い、彼の今回の行動を、その集会の場で言葉鋭く批判してしまった。
義弟の場合もそうであったが、今やサタンは美学や哲学や思想を使って若い魂を暗黒の深淵に引きずり込みつつある。三島の場合、私がどうしても許せなかったことがあった。この重大事件決行の一か月前に東武百貨店で《三島由紀夫展》なるものを開き、その入り口に、彼がボディ.ビルと剣道で鍛えた豪華な裸体で見事な居合い抜きの斬り捨ての一瞬をとらえた大写しの写真とその刀——それはそれから一か月後に彼の首を介錯するために使用されることになっていた銘刀「関の孫六」——その二つのものを「これを見よ!」とばかりに飾りつけ、三島は、何も知らずにこの展示場に入場してくるすベての者にそれを見せつけ、やがてすぐその刀を使って自決を遂げていったのだ。
私は、こういう芝居じみたことがいただけなかった。しかも、そういう芝居に、なぜ有為な若者までも巻き込んだのか。許せない、と思った。〉(前掲書三六七頁)
諫めるための死
この話を聞いた手島郁郎先生が、財津先生に重要な問題提起をします。
〈その時、先生は黙って聴いておられた。ただ私には、火曜夜の集会まで残るように、と言われた。それもそうだろうと思った。
三島が投げかけた問題は、今の日本にとって極めて重要な問題で、それに文字どおり自分の生命までたたきつけて叫んだ壮挙には、もっと威儀を正して注目すべきであって、美学の範囲に話をしぼり込んだのでは、大事な問題をとらえ損なうのではないのかと、自分のなかに異を唱えるもう一つの自分もあった。
だが、火曜集会の場では、私は日曜に話した立場に留めおかれて、先生はその私と対論風に話を進めながら、問題に入っていかれた。
先生の言いたかったことは、「財津くんは三島の死は狂死だったというが、ぼくは三島は偉いと思った。彼の死を人は狂死というが、だらけた日本を嘆いての憤死ではなかったのか、また諫死ではないのか。演技的行動をやってのけたからといって、それを単なる狂気と言い捨ててよいものか、どうか」ということであった。>(前掲書三六八頁)
手島先生の財津先生に対する問題提起は、外在的なものではありません。財津先生が心の中 に思っているが、明瞭な言語にできない「何か」を引き出すきっかけを手島先生は与えたのです。これこそが理想的な師弟関係と思います。手島先生は、ステパノの殉教との類比で三島由紀夫氏の自決について解釈します。
〈三島の死に引っかけて、先生は私たちに、否、私の魂に言うべきことがあったのだ。このことをさらに一週間後の聖日集会において、先生は「使徒行伝第六章」の殉教者ステパノの講義で激しく取り上げ、「愛に生き狂う生涯」と題して、今や書物の文字を通して強烈に叫び続けている。
「Zくんは『滅びの美学』だと言いますが、そういう面もあるかもしれない。しかし、狂気とも狂い死にとも見えるような行動をなぜしたのか。人間が自分で死ぬということは大変なことです」
「三島由紀夫は、『狂わないような人間は駄目だ』と言っているけれども、私もそうです。利口だったら、原始福音の伝道なんかしません。私は商売でも上手にやります。しかし、すべてを捨てて伝道に没頭しようとするのは、神の愛が私を狂わしめるんです」 「人間の死をもって訴える訴えは、大きい力をもっています。日本には昔から諌死ということがある。誰かの心を諫めるために死ぬ。三島の死は有島武郎や芥川龍之介の死と違って、今の時代に死をもって訴えたということは、ただでは終わらないと思う」
「アベルの血は今も叫んでいます。イエス•キリストの十字架は、宇宙に叫んでいるんです。このことが分からなかったら、宗教などというものは成立しません」
「死を覚悟しないような信仰なら、せぬ方がいい。もう死んでも構わぬというくらいの尊いものがあるから、私たちは命かけて神に信ずるんじゃないですか」
「私は他の人と違います。私をフアツショだと言って笑うなら笑え。そのくらいのことは平気です。もっと日本人の精神が復興することの方が大事だと思うからです」
先生の叫びはこうだ—神を知らぬ三島でさえ、戦後の日本が経済繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、自ら魂の空白に落ち込み、国家百年の大計は外国に委ね、日本人自ら日本の歴史と伝統を漬している現状を見るに忍びず、自衛隊員の胸を揺さぶり、共に義のために立ち、日本を真の日本の姿に取り戻すために共に死のうと腹をかき切って死んでいったのだ。私はこの男は偉かったなあと思う……。 あれから四十年、先生は今なお私に問い続けている。 「財津くん、違うかね」と。〉(前掲書三六八〜三七〇頁)」
記事
人生において最も大事なことは何か、55の箴言に学ぶ教訓集 やはり孔孟にたどりつき、西郷、吉田松陰に語り継がれた
廣池幹堂『人生の名言 歴史の金言』(育鵬社)
著者の廣池幹堂氏は廣池学園理事長である。
廣池学園では広く、モラロジーを教える。「道徳科学」を重視する教育方針で、そうとくれば孔孟から荀子老子はもとより佐藤一齋、西郷隆盛、吉田松陰、石田梅岩、新渡戸稲造とずらり並ぶのは当然だろうと予測がつく。
想定外の金言、格言も挿入されていて、たとえばその一つが若泉敬である。
若泉は若くして国際外交舞台で大活躍し、沖縄密約のときは、佐藤首相の密使として何回もアメリカへ飛んで、ニクソン、キッシンジャーと渡り合った。評者(宮崎)は、学生時代に何回か会って、また毎月一回は氏のオフィスで新聞のスクラップブック作りのアルバイトをしていた。
政治の現場を離れた若泉さんは京都産業大学で教鞭をとって、しずかな余生を送られ遺書のような大作を残して自裁したのは、つい昨日のような感じである。
若泉さんは次の金言を残している。
――危機管理とは考えられないこと、或いは考えたくないことを考えることである。
その通りである。
日本人の多く、とりわけ付和雷同の人たちが嫌がる防衛論議、日本の核武装、戦争。これら「考えたくないこと」を、じつは真剣に近未来のシナリオとして考えなければならない。それが指導者の役目だ。
若泉さんは次のことを書き残した。
「戦後の日本人は危機管理など考えたくないことには目をつむり耳を塞いできた。そしてきれいごとをいって、耳に心地よいことばかりを追い求めている。まるで愚者の楽園であり、精神的文化的に根無し草に陥ったようなものである」と。
まさにいまのニッポンは「愚者の楽園」だ。
ほかにも紹介したい金言が廣池氏の選択によって並ぶが、もう一つ。
日露戦争に勝った立役者のひとりは東郷平八郎である。
「明治三十八年五月二十七日、対馬海峡付近に集結していた日本連合艦隊の旗艦『三笠』はZ旗と呼ばれる旗を高々と掲揚しました。このZ旗には、艦隊への信号として、次に意味があらかじめ割り当てられていました。
「皇国の荒廃、この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」
(中略)もしも日本が負けていたら、満州や朝鮮半島だけでなく日本列島までロシアに飲み込まれていたことでしょう。陸軍の旅順攻略につづいて、海軍がロシアのバルチック艦隊を全滅させ、講和条約を結んだことで日本はその後も独立国として存続できたのです。
(中略)「終盤、ロシア艦が白旗を掲げるのを見て、艦長らは砲撃停止を進言しましたが、東郷は威嚇砲撃を続けさせました。なぜならまだエンジンを停止しておらず、国際法上はまだ降伏の意思をしめしていない状態だったからです。それに気づいたロシア艦がエンジンを止めて、日本連合艦隊の完全勝利が確定しました」。
当時の指導者は外国留学組が多く、国際法に通暁していたのである。
「戦闘終了後、東郷は、負傷して佐世保の海軍病院で捕虜となっていたロシアのロジェストヴェンスキー司令官を見舞っています。敗軍の将をねぎらい、心を尽くして見舞ったことで、ロジェストヴェンスキーは感動の泪を流したそうです。
東郷の真骨頂は、大勝利を収め、日本国民が勝利に沸き立っていたときも、少しも奢り高ぶることなく、謙虚な姿勢を貫いたところになります。一九〇五年(明治三十八)十二月に行われた連合艦隊の解散式における挨拶を次の言葉で締めくくりました。
『神明は唯平素の鍛錬に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちに之を奪う。古人曰く勝って兜の緒を締めよと』
東郷の国葬には英米仏伊の海軍が儀礼艦を日本に派遣して、その武勇を称えた。日本にはこうした英雄達が歴史を引っ張った時代があった。
6/2藤岡信勝氏Facebook『西村幸祐・神社仏閣へ油を撒いた犯人』転載記事について
やはりというか想定通りと言うか神社仏閣に油を撒いたのは在日の帰化人のようですね。日本の帰化政策の誤りと通名制度が日本の弱体化を招いています。意図的に日本を貶めようと世界にアピールしようとしているNYタイムズの在日帰化人の大西哲光(国籍はカナダ)や田淵広子に繋がります。日本人は神仏を畏れているのでどんなに時代が変わろうとも、個人のレベルで天をも恐れぬ行動をできるはずがありません。信長の比叡山焼き討ちとか廃仏毀釈はありましたが。マスメデイアがキチンと名前を挙げて報道しないのは裏に反日勢力の手が伸びていると考えるのは自然でしょう。
西村幸祐氏は「中国時報」の記事も写真で掲載しています。本日麗澤大学図書館で本記事を読みました。韓国人と言うのは「ケンチャナヨ」精神旺盛と言うか、中国語の「没問題」(=mei2Wen4ti2)と同じでno problemではなく、必ず問題であるというところでしょう。中東のSARSでMERS(Middle East)と言われていますが、変な話、砂漠の国のサウデイにSARS菌が繁殖できたかどうか。根本原因は中国のような気がしてなりません。広東省がSARS発生の原因だったように。広東省は雨も多く、高温で鼠やゴキブリも生育が良く大型でした。まして広州のように動物を生きたまま売る市場までありますから。床は動物の血で血塗られていた記憶があります。でも中国と韓国は人命優先でないのは分かります。ハフィントンポストに記事が載っています。
関連記事 http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/02/mers-asiana-air-nagoya_n_7489906.html
分かっていて中国や香港に出張するなんてどういう神経でしょう。テロリストと一緒。日本も油撒き犯人と同じく反日の人間がテロを起こす可能性がありますから。自分は安全と思うのが一番危険です。リスク管理の要諦は「最悪の事態を想定して準備する」ですから。
また、長江での客船の転覆で船長が逃げた可能性がありますね。今の所458人中20人しか救出されず、船長と機関長が助かっているというのはどう考えてもおかしい。我先に逃げたのでは。セウオル号と同じ。中韓は同じ精神構造をしているという事でしょう。
6/2午後7時のNHKTVのニュースで「ハイアール」の名前を堂々と出して宣伝に一役買っていました。いつからNHKは名前を出してもいいようにしたのでしょう。日本の企業名も出しているのでしょうか?http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150602/k10010100881000.html
ビールのラベルが出ないように気を使うほどなのに。如何にメデイアが他国に侵されているかの例証です。
記事
コリアンがらみの奇妙な犯罪が相次いでいるのに、日本のメディアは報道管制状態だ。由々しき事態で、これを何とか暴露し、突破しなければならないが、報道の決定権は反日勢力に握られている。捏造報道よりも、歪曲報道よりも、報道遮断がメディアの最大の権力行使、国民支配の手段であることを忘れてはならない。西村幸祐氏のタイムラインからシェアーする。
西村 幸祐さんが新しい写真3枚を追加しました
日本人に銃を向ける、韓国関連情報を隠蔽する異常なメディア。
完全に危険水域を超えた日本メディアの異常な情報統制。韓国人の非文明的な行動が原因でMERSによる初の死者が出て、隔離患者は現在682人に及んでいる。先週からアジア各国で大騒ぎなのに、日本メディアの報道はなかった。
また、今年なってから頻発する全国寺社へのテロは、僕が何回も予想した(https://twitter.com/kohyu1952/status/603271406122504192 )通り、やはり、韓国キリスト教カルトの反日テロだったことが判明したが、日本メディアは全てを隠蔽している。
韓国特有のキリスト教を名乗るカルト集団の創設者、金山昌秀の犯行と明らかになったのに、容疑者の名前は出ない。しかも、最初は在米の「日本国籍」と報道し、次第に「日本人」と報道。メディアはしきりに「日本人」であることを強調する。
そして彼らは、この事件の本質である、元在日の韓国系日本人の反日カルト的な犯行であることを隠蔽している。韓国人MERS報道も先週から台湾で連日大きく報道されたのに日本人のリスクを無視する情報統制が布かれている。
安保法制審議も異常な偏向報道が続き、逮捕歴のある辻元清美や5月27日に逮捕された北朝鮮工作員、斉藤まさしの支援を受けて議員になった民主党の後藤祐一の無意味なゴミのような質疑だけが取り上げられ、長島昭久議員(民主)との安保法制にとって有意義な質疑は全く報道されないのだ。
一連の情報統制は、丹念な取材で韓国軍慰安婦の実態を掴み、報道しようとして自社に潰された、前TBSワシントン支局長、山口敬之氏の悲劇にまで繋がっている。この背景に一体何があるのか? 今、日本のジャーナリズムに問われるもの、そして、その危機は大きい。
※写真は全国の寺社への反日テロ実行犯(当然、組織的な犯行)。
次の2点は、MERS感染の危機を大きく扱った先週の台湾紙の報道。




