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7/19産経ニュース 渡邉 哲也『広告から見る朝日新聞の経営状況』について

昨日に続き、朝日新聞です。百田尚樹が「沖縄の2紙は潰した方が良い」と言って問題になりましたが、もっと問題なのは朝日新聞でしょう。全国的に影響を与えられるという点で。権力を使って、強制的に潰すのは営業の自由に抵触します。勿論、表現・言論・出版の自由にも抵触しますので、不買と広告中止でしか対抗できません。小生の感覚で言えば朝日新聞なんて猥褻図画と同じレベルで、精神的な自虐という情欲を催させるだけのyellow paperです。Quality paperなんてチャンチャラおかしいです。左翼にありがちな、知的誠実さにかけます。嘘を言っても頬かむりして、知らん振り。こんな新聞が売れていることが信じられません。まあ、読むのは個人の自由ですが。でも「天動説」を信じるようなものでしょう。

朝日新聞に対し企業の広告も減っているようで悦ばしいことです。企業に取ってみれば他社と比べ高い広告費を取っていたので(20年以上前の記憶ですので今がそうかどうか分かりません。済みません)、これ幸いで朝日に広告出さなくなったのではと思います。まあ、各新聞社押し紙が2割もあるのでは馬鹿らしくて、新聞広告は減らそうと思うでしょうけど。

「歴史を鑑」とするのであれば朝日新聞の戦争責任について自己批判しなければならないでしょう。すぐに他人の責任にするのは欧米・中韓と一緒です。この場合は帝国軍人の責任ですが。煽ったのは自分たちと言うのをコロっと忘れています。「恥を知れ」と言いたい。戦前は部数を伸ばすため戦争を煽り、戦後はGHQの給紙に従うため反戦を唱える不節操なメデイアです。良く調べた方が良いです。

記事

穴埋め広告が急増

私は経済評論家なので経済的側面から朝日新聞を考えてみたい。

朝日新聞とは「株式会社朝日新聞社」が発行する日刊の商業紙である。朝日新聞社は株式会社形態を取る「営利を目的とした私企業」にすぎない。

その収益は、読者の払う新聞の購読料と「広告収入」により成り立っている。新聞社の最も大きな収益源は販売店に手数料が入るチラシではなく、本紙に印刷されている「本紙広告」ということになる。

基本的に、新聞の広告代金は時価であり、明確な定価が存在するものではない。しかし、一応の目安は存在し、朝日新聞の場合、全面(15段)で4000万前後というのが朝日新聞社側が提示している参考価格ということになる。

この価格は年間の出稿回数や曜日、何面に掲載するか、期日の指定があるのかなどにより、いかようにも変動する。要は需要と供給の市場原理で決まっているわけである。 簡単に言ってしまえば、朝日新聞に広告を出したいと思う広告主が多ければ高くなり、少なくなれば安くなるわけである。

また、突然広告主が降りてしまったり、広告が集まらなくなった場合、これが「タダ同然」で販売されるケースも存在するのである。いわゆる穴埋め広告である。その意味では新聞広告というのは、新聞社の経営の健全性を測る一種の目安になるといってよいのだろう。

では、どんな広告が高いのかということになる。基本的に期日の決まったカラー広告は高い。例えば、何かのイベントに合わせた企業のイメージ広告や新発売に合わせた新商品の広告などがそれにあたる。

このような広告は単価も高いため、上場企業など有名企業でなければなかなか出せない。このような広告が多ければ新聞社の経営がうまくいっていると見て良いのだろう。

逆にどのような広告が安いのかといえば、

1.健康食品などの通販広告

2.旅行会社などの広告

3.書籍などの出版物の広告

ということになる。新聞の紙面がこのような広告であふれていたら、経営的には黄色信号と見て良いのだろう。一番危険なのは、系列会社や自社イベントの広告や社会啓蒙などの公共広告である。これは広告主が集まらず、穴埋めのために仕方なく入れた広告である可能性が高いからである。

実は、新聞に掲載することが出来る広告スペースは法律や規定で決まっている。新聞は郵便料金が安くなる第三種郵便の承認を受けており、この規定により全紙面の50%までとなっているわけである。

公職選挙法により、選挙報道を行うにはこの第三種郵便の承認を受けている必要があるため、事実上、紙面の50%に制限されているのである。

どこの新聞社も最大限の利益の確保のため、このギリギリのラインを広告スペースにしているわけだ。朝日新聞の場合、平均で40ページ程度なので20ページ分が広告スペースとして確保されているわけである。

新聞社の営業はこのスペースを埋めるために必死に営業を行うわけであるが、どうしても埋まらない場合、先ほどの穴埋め広告で誤魔化すしかなくなるわけである。単純に考えれば、広告が集まらないならば、記事を増やすことで対応すればよいのであるが、政治部や社会部など部別にある程度枠が決まっており、これを変えるのは簡単ではない。

また、年間の使用量に合わせ紙やインクを確保している為、紙面を減らすのも容易では無いのである。

朝日新聞には紙面を減らせない別の理由も存在する。なぜなら、全国紙の他紙よりも高いからである。競合する読売と毎日新聞が一部130円 産経新聞が110円であり、朝日は150円である。他紙よりも高い以上、ある程度のボリュームがなければ今以上の割高感が出てしまうからなのである。そのため、広告主がいなくなると穴埋め広告が増えるわけである。

昨年、朝日新聞問題が起きた時、穴埋めと思われる子会社の広告が急増した。これは広告主が企業イメージの悪化を恐れ、広告出稿を取りやめたことに起因するものと思われる。

また、このような子会社の広告にはもうひとつの問題も存在する。いくら子会社とはいえ、別法人である以上、広告費を払っているはずであり、これが朝日新聞の売り上げとして計上されているものと思われる。

これを悪用すれば、一種の売り上げの粉飾も可能なのである。100%の連結対象であれば、最終的に親会社子会社の間で利益と経費が相殺されるため、最終的には調整されるが、見た目の売り上げをよく見せることが出来るわけである。

6月25日に公表された朝日新聞決算書(2014年4月から2015年3月)によると新聞事業4033億2500万円(前年比-7.9%)、セグメント利益29億8300万円(前年比-54.7%)と大幅な業績悪化が生じていた。

また、この数字は問題が発生する前の数字を含んだものであり、問題発生後だけで見ればもっと厳しかったのだと想像できる。

朝日新聞は新聞事業の売上の明細を公表していないため、具体的な実態をつかむことは出来ないが、この業績悪化の大部分が広告収入の減少によるものであると思われるのである。

■渡邉哲也(作家・経済評論家) 

1969年生まれ。日本大学法学部経営法学科卒業。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。大手掲示板での欧米経済、韓国経済などの評論が話題となり、2009年『本当にヤバイ!欧州経済』(彩図社)を出版、欧州危機を警告しベストセラーになる。内外の経済・政治情勢のリサーチや分析に定評があり、さまざまな政策立案の支援から、雑誌の企画・監修まで幅広く活動を行っている。 

池田信夫『戦後リベラルの終焉』を読んで

本書を読みますと日本をダメにしたのは過剰なサクセシズム(立身出世主義)ではないかという気がします。公益よりも私益、東芝の不適切会計にも見られるように、自分だけ良ければ良いという発想にリーダーがなっているというか、そういう人でないとトップになれない所が大きな問題でしょう。東芝はすぐに見つかり、責任を取らされますが、朝日新聞は責任を取っていません。誤報をして世界を誤導し、国益を大いに損ねた訳ですから、国際的にキチンと数か国語で「慰安婦報道は事実でなかった」と謝罪記事を掲載すべきです。

左翼が日本を蝕んでいます。沖縄でも、今度の集団安保法制の国会周辺デモでも、左翼くずれの老人と2万円貰ったアルバイトで、警察発表6千人のところメデイアは10万人とか発表する訳ですから、捏造以外の何物でもありません。中国共産党のやり方と一緒です。ひどいのは保守派のデモの方が数が多い場合があるのに一切報道しません。腐っています。こんなメデイアを信じるから誤判断する訳です。やはり、不買をしなくては経営陣には分からないでしょう。といっても小生は当然朝日新聞を取っていませんので、取っている人が不買しないと効果はありません。

今は、反日メデイアは反戦を貫いていますが、日本人が中韓に怒っていることを感じていません。中国が尖閣に侵略を開始しても何も言わなければ部数を今以上減らすでしょう。朝日・毎日はどういう報道をするのでしょうか?部数が減っても今と同じ主張(反戦)を貫くのでしょうか、それとも打って変わって戦争をアジるのでしょうか?興味のあるところです。間違いなく中国は尖閣を取りに来ます。いつとか言えないだけです。裏でアメリカと握る可能性もありますけど。アメリカは正義の警察官ではありませんから全面的に信用するのは危険ですが、今の所日米で中国に対抗するしか方法はありません。

内容

P.29~43

大誤報の主役は植村記者ではない

一九九ニ年の大誤報を書いたのは、報告書にも書かれたように、東京社会部の辰濃哲郎記者(のちに別件で懲戒解雇)だった。彼は当時、厚生省クラブだったのに、なぜか吉見義明(中央大学教授)からの売り込みで陸軍省の副官通達を記事にしたと書いている。

しかも売り込まれたのが九一年十二月二十四日ごろで、記事にしたのが正月休みをはさんだ一月十一日だという。その記事と一緒に出た「メモ」に「挺身隊の名で強制連行」と」 書かれていたことが、問題の発端だった。辰濃はこう書いている。

この「メモ」は私が書いたものではないのだが、一面の記事の執筆者として誤リ気づかなかったことを問われれば、全責任は私にある。おそらく「メモ」を書いた記者はデスクに指示されて、過去のスクラップを参考にして書いたに違いない。【中略〕

この点については謝罪させていただきたい。少なくとも、両者の混同が明らかになった時点で、それを修正すべきだった。(『朝日新閒日本型組織の崩壊』P.158)

この説明は不自然だ。一面トップで政府の方針をゆるがすような記事が、正味一週間で書けるものではない。しかも書いたのは、歴史には素人の医療担当記者。それをチエックしたデスクが複数いるはずだ。その記事が宮沢訪韓の直前に出たのも、偶然とは考えられない。 ただ辰濃もいうように、本質的な責任は「两者の混同が明らかになった時点で修正」しなかった編集体制にある。少なくとも九ニ年四月には「強制連行」は嘘だという事が判明していたのに、いまだにそれを認めない。

これを検証した第三者委員会にも問題がある。「朝日新聞の国際的な責住は重くない」と主張した林香里委員は、「吉見義明教授の裁判闘争を支持し、『慰安婦』問題の根本的解決を求める研究者の声明」の賛同者であり、第三者とはいえない。

吉田清治に関する一九八二年の記事についても、朝日の論説委員だった長岡昇が二〇一四年十二月二十三日のブログ記事でこう指摘している。

今年八月の慰安婦特集で、この記事を執筆したのは「大阪社会部の記者(66)」とされ、それが清田治史記者とみられることを、このブログの丸月六日付の文章で明らかにしました。清田もその後、週刊誌の取材に対して事実上それを認める発言をしています。

ところが、朝日新聞は九月二十九日の朝刊で「大阪社会部の記者(六六)は当時国内にいなかったことが判明しました」と報じ、問題の吉田講演を書いたのは別の大阪社会部の.記者で「自分が書いた記事かも知れない、と名乗り出ています」と伝えました。しかも、今回の報告書ではそれも撤回し、「執筆者は判明せず」と記しています。

彼もいうように「第二社会面のトップになるような記事を書いて記憶していないなどということは考えられません」。誰かが嘘をついているが、清田も記者会見に出てこない。元役員だったのだから、責任は重大である。

この問題の主役は植村ではない。彼はデスクに命じられてニ本の署名記事を書いたにすぎない。このキヤンぺーンの責任者は、当時の大阪社会部デスクの鈴木規雄である。この点は、植村も『現代ヒジネス』で、青木理のインタピユーにこう答えている。

ところで、韓国への出張取材は、どうして植村さんが行くことになったんですか。

植村「僕は慰安婦問題の取材はしたことがなくて、在日韓国人政治犯の問題をずっとやっていたんですけど、韓国語もできるし、規さん〔鈴木規雄〕は広い目で(部下を) いろいろ見ててくれたから、そういうのがあって派遣されることになったんだと思います」

これは重要である。というのは、報告書にも鈴木が登場するからだ。

辰濃は上記朝刊1面記事を中心となって執筆したものの、従軍慰安婦の用語説明メモの部分については自分が書いたものではなく、記事の前文もデスクなど上司による手が入ったことによリ、宮沢首相訪韓を念頭に置いた記載となったと言う。用語説明メモは、デスクの鈴木規雄の指示のもと、社内の過去の記事のスクラップ等からの情報をそのまま利用したと考えられる。

なんと一九九一年八月に植村に韓国出張を命じた大阪社会部の鈴木デスクが、翌年一月には東京社会部に転勤して、宮沢訪韓の直前の記事の執筆を指揮したのだ。これは書いた記者も別であり、偶然とは考えられない。大阪から東京に拠点を移し、社を挙げて慰安婦キャンぺーンを張った責任者は、明らかに鈴木である。

それだけではない。鈴木は一九九七年の慰安婦特集のときは、大阪社会部長としてその原稿をチエックする立場にあった。若宮啓文政治部長は「吉田清治の証言は虚偽だ」という訂正を出すべきだと主張したが、清田外報部長と鈴木部長が握りつぶして「真偽は確認できない」といった曖昧な記事になった。

その後、鈴木は東京社会部長になり、大阪本社の編集局長になった。つまり慰安婦問題は、植村個人の誤報ではなく、朝日新聞の幹部が企画し、社を挙げて実行したキャンべーンであり、これは朝日の構造問題なのだ。それがこの問題が嘘とわかってから、二十年以上も隠蔽された原因である。

左翼的な出世主義

鈴木規雄は一九四七年生まれの団塊の世代である。早稲田大学を卒業して朝日新聞社に入社し、大阪社会部の記者として活躍し、社内では「規さん」と呼ばれて親しまれた。蜷川京都府知事や黒田大阪府知事などの革新自治体が誕生したー九七〇年代には、朝日新聞として彼らを支援するキヤンペーンも張った。

新聞社にはデスクから編集幹部などになる行政職コースと、編集委員や論説委員になる専門職コースがあるが、行政職が本流である。鈴木の歩んだキャリアは本流中の本流だった。 彼が二〇〇六年に死去したとき、ある記者は彼が大阪本社の編集局長だったときの思い出をこう書いている。

個人情報保護法をめぐる論議がふっとうしていたころ、規さんが大阪朝日の勉強会に呼んで下さったことがあった。そのうちあわせのため夜十一時半に編集局に電話した。 「こんな遅い時間に編集幹部がいらっしゃるんですか」

「何言ってるんだ。毎日ですよ。十二時前に局をはなれたことはないよ。一字一句川柳にいたるまで全部目を通すんだから」

それが彼の憤然とするような答えだった。

勉強会の帰路にたつとき、はにかんだような表情で一冊の本を下さった。赤報隊を名乗る集団の凶弾にたおれた小尻.記者のお母さんの句集だった。

鈴木が取り組んだのは、一九八七年に阪神支局の小尻記者がテロリストに殺された事件をきっかけに朝日が始めた、市民の「もの言う自由」の現状を検証する長期連載企面「『みる・き<・はなす』はいま」だった。彼は記者、デスク、部長として十五年間、このキャンペーンを続けた。

彼とともに慰安婦キャンぺーンを張った大阪本社論説委員が、北畠清泰だった。彼は一九九ニ年一月二十三日のコラム「窓」では、吉田清治の「国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、戦場に運び、一年ニ年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には載場に放置した」という話を紹介し、「知りたくない、信じたくないことがある。だが、その思いと格闘しないことには、歴史は残せない」という名言を残 した。

元同僚によると、北畠は一九八八年ごろから吉田清治と電話で連絡し、自分の嘘がばれることを恐れる吉田を説得していたという。さらに一九九六年の社説では「国費を支出するという枠組みを、解決への一歩とすることが、現実的な道だと思う」と主張している。 慰安婦報道の中心になった鈴木規雄(大阪社会部長→東京社会部長→大阪編集局長)、北為清泰(大阪企画報道室長→大阪論説副主幹)、清田治史 (外報部長→東京編集局次長→西部本社代表) などのポストは社会部の本流で、社論を決める立場である。彼らが方針を決めると、それが編集の基準になり、記者の書く原稿もそれにもとづいて採択される。

記者にとって自分の原稿が記事になることは生命線であり、なるべく大きな扱いにしてもらうことが出世の条件である。つまり新聞記事は言論であると同時に、記者にとっては業績評価の基準なのだ。メディアでは普通の企業とは違って、人間関係の調整しかできない人が出世することはない。ジャーナリストの仕事は言論なので、その内容が社の方針にふさわしくない人は、幹部になることはできない。

特に新聞社の地方支局は多く、記者の半分以上は支局勤務なので、社の方針に沿わない記事を書く記者は地方支局に飛ばされ、表現の場を奪われてしまう。鈴木のような左翼的な幹部が社論を決めているときは、リベラルな正義感に沿った記事を書く記者が出世し、彼らの記事が社内の雰囲気を決めるのだ。

「角度をつける」報道

朝日新聞の第三者委員会の報告書は、事務局である朝日新聞の意向が強く反映され、全体としてはあまり目新しい指摘はないが、おもしろいのは最後につけられた「個別意見」だ。

岡本行夫は次のように考えている。

当委員会のヒアリングを含め、何人もの朝日社員から「角度をつける」という言葉を聞いた。「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新閒としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」と。事実だけでは記事にならないという認識に驚いた。だから出来事には朝日新聞の方向性に沿うように「角度」がつけられて報道される。慰安婦だけではない。原発、防衛、日米安保、集団的自衛権、秘密保護、増税、等々。

これは朝日の特異な社風である(NHKで「角度をつける」という言葉は一度も聞’いた事とがない)。記事を書くときに何らかの仮説を立てること自体は悪くないが、朝日の場合はそれが事実と違っていても訂正せず、一つの社論に向けて事実を集め、角度をつける。このような「キヤンぺーン体質」は、北岡も指摘している。

この原因は単純な商業主義というより、官僚的な前例主義が出世主義とあいまったもので、それが問題の是正を遅らせたのではないか。報告書は、検証記事ができるまでの経緯でも経営陣がこう心配していたと書いている。

おわびをするとこの問題を放置してきた歴代の人達についても責任を問うことになってしまうのではないか、あるいは今朝日新聞にいる人違が責任をとらなければならないのか、謝罪することで朝日新閒の記事について「ねつ造」と批判している勢力を「やはリ慰安婦報道全体がねつ造だった」とエス力レートさせてしまう恐れがある。

このように彼らが意識していたのは、自分や先輩の責任問題であり、「朝日を批判している勢力」である。検証記事のあと木村が社内に出したといわれるメールでも、彼は「偏狭なナショナリズムを鼓舞して韓国や中国への敵意をあおる彼らと、歴史の負の部分を直視したうえで互いを尊重し、アジアの近隣諸国との信頼関係を築こうとする私たちと、どちらが国益にかなうアプローチなのか」という。

彼は「偏狭なナショナリズム」を批判しているが、これは偏狭ではないナショナリズムがあるという意味ではなく、ナショナリズム=偏狭という意味だろう。彼はもと政治部の自民党担当記者だから保守派だが、社内向けには「進歩的」な思想を表明しないと出世できな い。今回の慰安婦報道でも、安倍政権と取引する一方で「偏狭なナショナリズム」を排撃する狡猾さがないと、社長にはなれないのだろう。

「社内野党」が政権を乗っ取った

社員の多くが指摘するのは、朝日新聞の官僚主義である。官僚的というのは必ずしも悪いことではなく、大きな組織は官僚が合理的に運営する必要がある。しかし朝日新聞の場合は、それが特殊な形をとっている。営業的に新聞を売るときに役に立つのは、社会面の事件•事故のおもしろい記事だが、大事な問題ではない。これに対して政治部や経済部の記事は大事だが、地味でおもしろくない。

これは日本の新聞に特有の現象で、たとえば高級紙として知られるニユーヨーク・タイムズの発行部数はニ〇〇万部ぐらいで、ウォール•ストリートジャーナルなども同じぐらいだ。これに対して朝日新聞は七〇〇万部、読売新聞は九〇〇万部だが、人口比でるとニユーヨーク・タイムズが1パーセント未満なのに対して、朝日新聞は七パーセントと世界的に見ても圧倒的に高い。このため高級紙と大衆紙の棲み分けができず、1つの紙面に報道と娯楽が同居しているのだ。

記者の動機も、社会部と政治部•経済部では違う。社会部はとにかく早く派手に大きな記事を書くことが出世の条件だが、政治部•経済部では政府や企業から重要な情報を得ることが大事で、ときには情報を抑えることが出世の条件になる。NHKの海老沢勝ニ元会長も「抑える記者」だった。

つまり「反権力」の社会部と「権力の番犬」である政治部•経済部が一つの組織に同居し、紙面でそれを使い分けている。たとえば政治家の政治活動は政治部が報道するが、汚職で逮捕されると社会部が報道する。企業の業績は経済部が報道するが、不良品などのスキャンダルは社会部が報道する。

このような使い分けは朝日だけではないが、朝日は両者の落差が最大である。朝日新聞社の経営者は権力者だから、反権力の社会部出身者がなることはなじまない。朝日新聞の社長は、政治部と経済部が交代で社長になってきた。今度の渡辺社長は、朝日の歴史上二人目の社会部出身である。

逆にいうと、社会部は決して権力を取らない(責任をもたない)という前提で、理想論をいうことが仕事になる。彼らはサツ回りから労働問題まで担当する「何でも屋」で、専門分野がないが、どの分野でもスキャンダルとして「角度をつける」習性がある。

今回の経緯を見て感じるのは、このようなニ極化が先鋭化し、「社内野党」である社会部が経営を乘っ取ったという印象だ。慰安婦報道の「主犯」だった清田治史が役員になり、国家賠償を求める社論を主張し続けたことはその一例である。

このように貴任をもつ「与党」と文句をいう「野党」が二極化する現象は、政治だけでなく日本社会に遍在する。問題は野党が存在することではなく、それが一度も責任を取らない「万年野党」になっていることだ。他方で与党的な立場の政治部は、政策に興味がなく、政局の記事ばかり書いている。

碩直化した人事システム

慰安婦報道も吉田調書も、反日とか左翼とかいうイデオロギーの問題ではなく、朝日新聞の組織としての体質に原因がある。その背景にあるのは、抜きがたいエリート意識だ。序列意識が社内でも強く、本流と傍流の差が大きい。「キャリア」の本社採用と「ノンキャリ」の地方採用はまったく別で、地方採用の記者が本社に上がることはまずない。今度の渡辺雅隆社長は初の地方採用出身だが、もとは木村社長が「院政」を敷こうとして引き上げた人だ。

政治部•経済部•社会部の三部が本流で、学芸部や科学部などは傍流、政治部の自民党宏池会担当は本流で野党担当は傍流——といった序列が、あらゆる階層ではっきりしている。今でも東京本社と大阪本社の人事交流がほとんどないため、西日本が初任地の記者は東京本社に「上がる」可能性がほとんどない。

このような硬直した人事システムのために、社員の人事への執着が強い。「読売の記者が三人寄ると事件の話、毎日の記者は給料の話、朝日の記者は人事の話」という業界ジョークがあるそうだ。この点は、霞が関の官僚と似ている。どの部署に配属されるかで、仕事の中身がほとんど決まってしまうからだ。

こういうサラリーマン根性は朝日に特有のものではなく、多かれ少なかれ日本の会社にはあるが、それが報道に反映されると多くの国民(場合によっては世界)に影響を及ぼす。普通のメディアでは、良くも悪くもそういうバイアスが出ないようにチエックするシステムができているが、朝日では昔は本多勝一のようなスター記者は別格の扱いを受け、極左的な記事を書いても通る傾向があったという。

このような状態を是正しようという意識は九〇年代から出てきたようだが、「リベラル」な社風が邪魔して、読売のように上司が現場の記者に指示できない。特に大阪社会部は「モンロー主義」で慰安婦問題に執着が強く、東京本社が軌道修正しようとしてもできないという。こういう意思決定の混乱が大誤報の原因だ。

P.85~91

戦争は新聞の「キラーコンテンツ」

海軍だけでなく陸軍も、日米戦争に勝てないことは知っていた。それなのに満州事変などで既成事実を積み上げて「空気」を作り出した主犯は陸軍だが、近衛文麿などの政治家はそれに抵抗できず、日中戦争以降はむしろ軍より強硬になった。そういう「空気」を増殖させた共犯は新聞である。朝日新聞は、

〔満州事変の始まった〕昭和六年以前と以後の朝日新聞には木に竹をついだような矛盾を感じるであろうが、柳条溝の爆発で一挙に準戰畤状態に入るとともに、新聞社はすべて沈黙を余儀なくされた。(『朝日新閒70年小史)

と書いているが、これは嘘である。陸軍が記事差止事項を新聞社に配布して本格的な検閲を開始したのは一九三七(昭和十二)年で、それまでは新聞紙法はあったが、その運用は警察の裁量に任されており、発禁処分はほとんどなかった。なぜなら、ほとんどの新聞が自発的に軍国主義に走ったからだ。

その理由は検閲ではなく、商売だった。日露戦争のとき、戦争をあおって日比谷焼打事件を起こした大阪朝日と東京朝日の部数は合計一八•五万部から五〇万部に、大阪毎日は九• ニ万部からニ七万部に激増した。他方、非戦論を唱えた『万朝報』は一〇万部から八万部に落ち、片山潜や幸德秋水などを追放して軍国主義に転向してから二五万部に増えた。

これが「戦争をあおればあおるほど売れる」という成功体験になり、満州事変のあと新聞は従軍記者の勇ましい記事で埋め尽くされた。最後まで抵抗した大阪朝日も、在郷軍人会の不買運動に屈して軍国主義に転向した。このあと軍部を批判する新聞記者は信濃毎日新聞の桐生悠々ひとりになったが、ここでも不買運動が起きて桐生は1九三三年に辞職し、非戦論をとなえる記者はゼ口になった。

しかし軍部もアメリカに勝てないことは知っていたのに、新聞記者が何も知らなかったはずはない。朝日新聞でも、むのたけじ記者は戦争責任を取って終戦直後に辞職した。しかし (ドイツと違って)日本の新聞社はGHQに解体されず、かつて戦争の旗を振った朝日新聞が、 最近は「原発ゼロ」や「解雇特区」つぶしの旗を振っている。これも商売のためと考えれば、それなりに一貫してはいる。

メディアにとって、戦争は最高のキラーコンテンツである。次ぺージの図1は昭和戦前の各新聞の部数の推移だが、満州事変や日華事変(日中戦争)など、戦争のとき大きく伸びた(太平洋戦争のときは紙が配給制になったので落ちた)。

newspaper issued number

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リベラル」が戦争を主導した

今は朝日も毎日も「平和主義」なので過ちは繰り返さない、と思っている人が多いだろうが、大きな間違いである。一九二〇年代にも新聞は反軍だったのだ。一九三〇年のロンドン軍縮条約で日本の若概全権大使が軍縮案を受諾して帰国したとき、新聞はそろって「全権帰朝に際し今回の如く盛に歓迎せられる事蓋し稀有なるベし」と軍縮を歓迎した。

しかしその批准の過程では、論調がわかれ始めた。大阪朝日や読売は軍縮派だったが、東京日日(毎日の前身)は徐々に海軍寄りに立場を変えた。翌年、満州事変が起こると、各が は多くの特派員を派遣して号外を出し、戦争報道を競った。東京朝日も主筆の緒方竹虎の指導のもと「事変容認•満蒙独立」に舵を切り、最後まで残った大阪朝日も反軍派が処分されて容認派に転向した。

このとき東京朝日の主導権を握ったのは、緒方や笠信太郎などの「リベラル」な革新派だった。これは岸信介などの革新官僚と連携して日本を国家社会主義にしようとする人々で、彼らが満州国や日中戦争の中心だった。軍のなかでも、東條英機を始めとする統制派は計画経済を志向しており、緒方はのちに閣僚にもなって戦待体制に協力した。

だから平時に新聞が反軍的なのは普通である。反政府的な論調のほうが人気があるからだ。そして戦争が始まるとナショナリズム一色になるのも普通だ。あのニユーヨーク・夕イムズでさえ、「イラクは大量破壊兵器をもっている」という「スクープ」を飛ばして、開戦に賛成の論陣を張った(のちに誤報と判明)。

朝日新聞は敗戦の翌日から「平和主義」に転向したが、それは戦争に賛成したとき何の信念もなかったからだ。今の反原発も反秘密保護法も、彼らの「平時モード」としては普通だが何の論理的根拠もないので、「有事」になったらコロッと変わるだろう。特に緒方や笠のような「リペラル」が危ない。それは(国家)社会主義の別名だからである。

今後、尖閣で軍事衝突が起こったとき、もっとも懸念されるのは、マスコミが大きな声で報復を叫ぶことだ。それを煽動するおそれがもっとも強いのは、朝日新聞である。ニ〇一〇年十一月六日の朝日社説は、尖閣諸島の衝突事^のビデオが流出した事件についてこう書いている。

流出したビデオを単なる操作資料と考えるのは誤リだ。その取リ扱いは、日中外交や内政の行方を左右しかねない高度に政治的な案件である。それが政府の意に反し、誰でも容易に視聴できる形でネットに流れたことには、驚くほかない。[中略〕仮に非公開の方針に批判的な捜査機関の何者かが流出させたのだとしたら、政府や国会の意思に反する行為であリ、許されない。

この映像は「特定管理秘密」に指定されていなかったにもかかわらず、朝日新聞は機密を漏洩した者(当時は不明)の処罰を求めている。それは当時の菅政権がこれを激しく非難したからだ。このビデオは彼らの政治決着の誤りを暴露し、民主党政権の(すでに落ちていた)支持率はさらに落ちた。民主党を支持する朝日新聞は、ビデオを隠蔽したかったのだろう。 要するに、朝日新聞には一貫した原則も論理もないのだ。一貫しているのは、感情的世論に迎合しようという商業主義である。このように部数を増やすために戦争をあおった新聞が、日本を戦争に導いたのだ。

7/19現代ビジネス 長谷川幸洋『プラカードを掲げるぐらいなら、議員辞職せよ 国民を裏切ったのは 政府ではなくお粗末な野党だ』について

本記事を書いたら左翼と思しき人から脅迫が来たとのこと。さすが暴力を肯定する連中のことだけあります。長谷川氏は左で有名な東京・中日新聞に属していますが、正論だから載せないわけにはいかないでしょう。最終的には数で決着するのが民主主義の基本。採決拒否したら議員報酬をカットせよ。民間企業だったら一種の職場放棄で懲戒処分対象になるのでは。我々国民が選んだ選良という事になっていますが、レベルが低すぎます。こういった政党に属する議員を選んだ国民に猛省を促したい。またいつも言ってますように、議会は通年開催すべきです。選挙期間だけ外すようにして議員の仕事である討論をして法案成立をスピードアップした方が良いと思います。

本人のtwitterを紹介します。『「採決を拒否した野党議員は辞職せよ」というコラムを書いたら、左巻きの人たちはネットで「長谷川を東京新聞から追放しろ」とか合唱してます。「意見が違う人間は問答無用で抹殺すべし」というのが、まさに左翼のDNA。ロジックで反論してくる人は皆無。実に興味深い。またネタができた(笑)』

またfacebookから5月ですが、今度の集団的自衛権に対する賛成・反対率を比較したものがあります。各社でこれだけバラツキが出るという事は、反対が多い新聞は反対の論調を展開し、刷り込みを図ったと考えられます。長谷川氏の言うように論理でなく、センセーショナルな決め付ではなかったかと推測します。朝日・毎日が反対が多いのは頷けますね。

the rights of collective defense

 

 

 

 

 

 

 

記事

「採決拒否」に国会議員の資格なし

安全保障関連法案の採決で議会制民主主義を踏みにじったのは、だれなのか。左派系マスコミは政府与党であるかのように報じているが、そうではない。採決を欠席した野党である。お粗末な野党のおかげで、政局の潮目はまた変わった。

7月15日の衆院特別委員会室は、まるで街頭デモのようだった。民主党議員はプラカードを掲げて委員長席を取り囲み「反対、反対」と大声を張り上げた。維新の党の議員は自分たちが提出した対案を否決されると、さっさと退席した。

翌16日の本会議では民主、維新、共産、生活、社民の野党5党がそろって採決を欠席した。ここに野党の未熟さが如実に表れている。彼らは「採決を拒否する」という行為が、いったい何を意味しているか、分かっているのだろうか。

議会制民主主義の下で、国民が国会議員を選ぶのは自分たちに代わって国会で法案を審議し、最終的に採決してもらうためだ。なかでも採決はもっとも重要な国会議員の仕事である。それをサボタージュするのは、自分を選んでくれた「国民に対する裏切り」にほかならない。

野党議員たちは「自分が議員でいられるのは、国民が自分に1票を投じてくれたからだ」という議会制民主主義の根本原理を無視している。自分の選挙では国民に投票を呼びかけながら、いざ国会で国民に代わって投票しなければならないときに、投票するのを拒否したのである。

国民はそんな議員に仕事を続けてもらいたいと思うだろうか。私はまったく思わない。ずばり言えば、採決を拒否した野党議員は国会議員である資格がない。採決に応じないなら、辞職すべきである。もっとも肝心なときに、国民の代理人たる役割を果たしていないからだ。

なぜ「議員辞職」をしなかったのか

野党議員は採決拒否戦術ではなく、潔くそろって全員が「国会議員を辞職する」という戦術を考えなかったのか。野党がそこまで腹をくくって抵抗したなら、もしかすると局面は変わったかもしれない。採決に応じない代わりに、国会議員を辞職する。それは議会制民主主義の原理に沿った最大限の抵抗である。

だが、野党は腹を決めるどころか、そんな抵抗戦術などチラとも頭をかすめなかったに違いない。彼らは自分たちの議員バッジと既得権益は絶対に守ろうとする。それでいながら、仕事は放棄したのだ。所詮は事前に決められた役割分担に応じて、国会で安っぽい三文芝居を演じただけだ。

ある女性の野党議員は「私の祖父は戦争で死んだ」と涙混じりにカメラの前で訴えてみせた。テレビドラマさながらのお涙ちょうだい芝居を見せられた国民はシラケかえったに違いない。

今回の出来事は民主主義原理の根本を問うている。そんな本質を見極めないで「強行採決の暴挙」などと報じている左派系マスコミも、まったくトンチンカンとしか言いようがない。記者や論説委員は、採決欠席こそが民主主義に対する最大の暴挙だったと思わないのか。

採決欠席を批判しないのは、国民が選挙で棄権するのを容認するのと同じである。選挙で国民に投票を呼びかけておきながら、国会採決で議員が投票を拒否しても批判しないマスコミは、二重基準どころか完全に思考が停止している。

そういえば、同じ左派系マスコミは昨年の解散総選挙でも「解散に大義はない」と批判していた。国民に選択権が委ねられた選挙こそが民主主義の根幹と理解していなかった。今回も頭の中身、発想はまったく同じである。

彼らも野党と同じく先に反対ありきで「どうせ負けるなら選挙や採決などどうでもいい」と本心で思っているのだ。左派系マスコミとは、その程度なのである。

維新の党にもがっかり

民主党や共産党には最初から期待していないが、がっかりさせられたのは維新の党だ。彼らは自分たちの対案が否決されると、そそくさと委員会室から出て行ってしまった。いったい何なのか、その態度は。

まるで自分の言い分が通らなくて、床にひっくり返っている子供である。維新の党には多少、期待もしていたが、今回の対応は情けないというほかない。

民主党は「次は徴兵制だ」と煽った。集団的自衛権を容認した日米安保条約の下、有事で米軍の支援をあてにできるからこそ、日本は軽武装の自衛隊で済んでいる。もしも個別的自衛権だけで国を守ろうとすれば、米軍は頼りにできないのだから、はるかに重武装の軍事国家にならざるをえない。その先にあるのが、徴兵制である。

スイスはどの国とも同盟を結ばず、自前の軍事力に頼っているからこそ徴兵制なのだ。自分たちのロジックこそが徴兵制につながるのに、ねじ曲げた空想論を展開するだけの民主党に明日はない。

まともな政策論を展開できずに「徴兵制の復活」とか「戦争法案」とレッテルを貼る民主、共産、生活、社民の議論と行動は、いまや国民感覚から離れて完全に上滑り状態に陥ってしまった。この調子だと、参院審議も衆院以上に空虚なカブキ化が進むだろう。

本当の政策論議がなく、同じ三文芝居のやりとりが繰り返されるだけだから、やがてテレビも視聴率がとれずに注目しなくなる。加えて、本会議採決と同じ日に新国立競技場の計画見直しが明らかになった。遅きに失したとはいえ、これも政権にはプラス材料である。

あえて政府与党に注文をつけるなら、年金情報漏洩問題のケリをさっさとつけてもらいたい。日本年金機構と厚生労働省担当者に対する厳重処分を急ぐべきだ。真相解明はそれからである。

私はつい2週間前のコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44000)で「安倍政権の危機」を指摘したばかりだ。ところが、民主主義の原理原則を踏まえない野党戦術の誤りと、新国立競技場問題をめぐる政府与党の方針転換をきっかけに、また流れは変わってしまった。

目先の内閣支持率が多少、下がることはあっても、たいしたことはない。こんな野党に支持が集まるはずはないからだ国民は賢明である。

 

7/17日経ビジネスオンライン 北村豊『12年連続「離婚」増、急増要因は所得税逃れ 酷暑の喧嘩、番号制限…中国的離婚最新事情』について

「上に政策あれば下に対策あり(上有政策、下有対策)」だと思います。証明書だって偽造が当たり前の国ですから。いつも言ってますように、騙されるのが悪いというお国柄です。でもこれは合法的なやり方でましなやり方です。

中国は男女平等で働くのが当たり前、転勤も当たり前、働く場所も中国全土ですから、小生が中国で勤務していた時に不倫はごく自然と言う感じでした。そういう意味ではアメリカ人に近いのかも。彼らが孔孟の末裔とは思えません。

日本の離婚率は1.77%とのこと。日本でも以前より離婚に対して社会の許容度は上がっていると思います。

http://woman.mynavi.jp/article/150202-160/

中国は男女とも主張する民族で、わざと女性は大声を挙げて男性を詰ります。一人っ子政策で女性が少ないという影響もあると思います。中国では宗族を継げる(お墓を守れるのは)のは男となっていますので男を生みたがります。ですから男女比が極端にアンバランスになります。女性が強くなり、共産党の政策を変えることができれば良いのでしょうけど、共産党は人民は収奪対象と思っていますので期待するだけ無駄でしょう。

記事

2015年6月10日、中国政府“民政部”は『“2014年社会服務発展統計公報(2014年社会サービス発展統計官報)”』を発表した。同統計によれば、2014年に法的手続きを経た離婚件数は363.7万組で、前年比3.9%増、その“粗離婚率”<注1>は2.71%で、前年比0.1%増であった。離婚件数の内訳は、民政部門に届けを出した離婚件数が295.7万組、“法院(裁判所)”が離婚処理を行った件数が67.9万組であった。

<注1>粗離婚率(crude divorce rate)は国連のデータに使用される指標で、人口1000人につき離婚が成立した合計数を使って算出される。

 中国では2003年以来、離婚率が12年連続で年々上昇している。この軌跡を過去8年間の数字で見てみると下表の通りである。

中国の離婚件数と粗離婚率(2007~2014年)

離婚件数 (万組) 届け出による 離婚件数 (万組) 裁判所の処理による離婚件数 (万組) 粗離婚率 (‰)
2007 209.8 145.7 64.1 1.59
2008 226.9 160.9 65.9 1.71
2009 246.8 180.2 66.6 1.85
2010 267.8 201.0 66.8 2.00
2011 287.4 220.7 66.7 2.13
2012 310.4 242.3 68.1 2.29
2013 350.0 281.5 68.5 2.58
2014 363.7 295.7 67.9 2.67

(出所)中国・民政部統計データにより筆者作成

2013年、離婚急増の要因は?

 表を見れば分かるように、離婚件数は2007年から2014年までの8年間に73%も増大している。届け出による離婚件数は何と103%の増大で倍増している。一方の裁判所の処理による離婚件数は、最大68.5万組、最低64.1万組と60万組台で推移しているが、これは裁判所の処理能力によるもので、大きく変動することはないのだろう。ちなみに、2013年における日本の離婚件数は23万1383組で、粗離婚率は1.80%であった。

 離婚件数が前年比で最も増大したのは2013年であった。2012年に310.4万組であった離婚件数は、2013年には350.0万組となり、約40万件増えて12.8%も増大した。これを北京市の数字で見てみると、北京市の離婚件数は、2010年:3万2595組、2011年:3万2999組、2012年:3万8243組と推移したが、2013年には5万4536組と前年比42.6%も増大したのだった。なお、2014年は5万5944組で、前年比2.5%の微増にとどまった。それでは、2013年に離婚件数が急増した理由は何だったのか。

2013年2月20日、中国政府“国務院”の“常務会議”は暴騰する不動産市場の抑制強化を目的とした5カ条からなる政策を決定し、全国の大中都市に対して不動産価格の安定を図るよう指示を出した。この5カ条の政策を「新国五条」と呼ぶが、その細則の中に「個人が住宅を転売して得た所得については、転売収入から住宅原価と合理的な費用を差し引いた金額に対して20%の税率で個人所得税を徴収する」という規定があった。

「住宅転売に所得税20%」に偽装で対抗

 これに驚いたのが投資目的で2軒目の住宅を所有する夫婦であった。投資目的の住宅を転売すれば利益に対して20%の個人所得税を徴収される。新国五条だかなんだか知らないが、勝手に決めた政策で税金を徴収されるのは面白くない。何か良い方策はないものか。そこで考えたのが、夫婦が形式的に離婚するという方策だった。

 2011年8月13日から施行された法規定の『最高人民法院による「中華人民共和国婚姻法」適用に関する若干問題の解釈(三)』は、従来は非常に面倒だった離婚の際の財産分与を容易にしていた。また、これに加えて、2003年10月1日から施行された「婚姻登記条例」によって離婚手続が大幅に簡素化された。当該条例によって、“単位(勤務先)”や“居民委員会(住民委員会=町内会)の“介紹信(紹介状)”なしで、必要書類さえそろっていれば、従来必要だった1カ月の審査期間なしで、離婚できるようになった。

 この規定と条例を利用して偽装離婚すれば、個人所得税を逃れることが可能となる。すなわち、夫婦は地元の“民政局”の「婚姻登記所」に離婚届を提出し、正式に離婚する。その際、協議により夫婦の財産である2軒の住宅を分配して、それぞれ1軒の住宅を所有することにする。そうすれば、所有する住宅は元の夫が1軒、元の妻が1軒となり、たとえどちらか1軒を売ったとしても転売益にかかる20%の所得税は徴収されないことになる。こうした前提の下で、夫婦が共謀して偽装離婚するのだから、2013年当時は、離婚する夫婦が両親や子供を連れて楽しげに婚姻登記所を訪れ、満面の笑みをたたえて離婚届を提出するという奇妙な現象が多発したという。

ところで、この2013年の現象について、米国の大学で教鞭を取る中国人の某客員教授は興味深い見解を述べているので、参考まで紹介すると以下の通り。

翌年に復縁、上海で17.4%増

  • 【1】伝統的な中国文化では、婚姻は天が定めたもので、“美満婚姻(めでたい婚姻)”を「“天作之合(天意による結合)”」と形容したし、俗語では「“五百年前結成姻縁(500年前に結ばれた縁組)”」とも言った。暗闇の中で“月下老人(縁結びの神)”が縁のある男女の足首を赤い紐で縛るのが夫婦の縁である。結婚後は、妻が夫に従い、夫は妻をいたわる。妻が親不幸や淫乱、盗み、嫉妬などの大罪を犯した時だけ、夫は妻を離縁することができるというものだった。
  • 【2】しかし、現在の中国人はその大多数が物質的利益を重視しており、結婚をある意味で再分配の機会だと考えている節すらある。結婚式では若い新婚夫婦がひたすら“紅包(祝儀)”のカネを数えているし、20%の所得税の徴収を逃れるという物質的利益のためなら、偽装とはいえ離婚することもいとわない。これは無神論に起因するもので、物質が意識を決定する。このため、人は物質的利益をますます重視するようになる一方で、中国には宗教や信仰がないことも加わって、人には結婚も含めて神聖な物が何も存在しないことになる。

 閑話休題、2015年3月に上海市の民政局が発表した「2014年上海市婚姻登記報告」によれば、上海市では2014年に復縁した夫婦が1万7286組あり、前年比17.4%増大したという。上海市当局は、これらの復縁した夫婦の大部分は3年前の2012年2月に発動された新国五条の細則規定に基づく所得税の納入を嫌って偽装離婚した夫婦で、投資目的の住宅を転売した後に再び婚姻届を提出したものと思われると分析した。我々日本人の感覚から言えば、「住宅の転売収入から住宅原価と合理的な費用を差し引いた金額に対する20%の所得税」を免れるためにわざわざ偽装離婚をするかと思うが、たとえ小額であろうとも意に沿わない税金を納めるくらいなら、偽装離婚してでも逃れた方がよいと考えるのが中国人の真骨頂なのだ。

さて、中国で離婚件数および離婚率が増大しているのは、社会のテンポが速まっているのに加えて、社会観念の変化、“婚外情(不倫)”の増大などに起因していると考えられる。さらに、夫婦関係に亀裂が生じた時、“微信(WeChat)”や“陌陌(momo)”などのSNS(Social Networking Service)が不倫を誘発させる道具となり、婚姻関係の新たな破壊者として機能する可能性が高い。

夏に急増、番号制限も

 7月10日付の中国メディアは、夏季になって全国各地で離婚が急増していると一斉に報じた。当該報道によれば、離婚急増の理由は以下の通り。

  • (1)夏季の酷暑に人々はいら立ち、土・日曜日に家でけんかをしたら、月曜日の朝一番で民生局へ離婚手続きにやって来る。
  • (2)高校や大学の入学試験の合格者名が発表された後、子供の学習意欲を妨げないように我慢していた親たちはほっと一息つき、密かに離婚する。
  • (3)希望校の通学区内に住宅を購入するため、一部の親は9月の新学期前に離婚する。

 上記(3)は、上述した新国五条に基づき各地方政府によって発令された“限購令”の規制を免れるためという意味だろう。すなわち、“限購令”とは、1つの家庭が購入可能な住宅を1軒に制限することを骨子とした法令だが、最近は徐々に解除される方向にある。“限購令”が依然として解除されていない地域であれば、子供を希望校へ入学させようと、親が離婚して当該校の通学区内に住宅を購入するのは有り得ないことではない。

 何はともあれ、夏季になって各地の民政局には離婚届を提出しようとする夫婦が殺到するようになった。しかし、だからと言って、提出された離婚届を受け付ける民政局婚姻登記所の窓口が増える訳ではない。必然的に窓口には離婚届を提出しようとする夫婦の列が出来るが、1日に処理可能な件数には限りが有る。江蘇省“南京市”や広東省“広州市”などの大都市では、離婚届を提出しようとする夫婦には1日に処理可能な分だけ整理番号が配られるようになった。早朝に婚姻登記所へ出向けば整理番号はもらえるが、少しでも遅くなれば整理番号はもらえない。メディアはこうした整理番号方式を“限号(番号制限)”と呼び、「遂に離婚も番号制限」という見出しで夏季の離婚増大を報じた。

一方、7月10日付の北京市の朝刊紙「北京晨報」は、毎年“高考(大学入試)”<注2>が終わった6月から9月の間に離婚する夫婦が増大し、ちょっとした離婚のピークを形成していると報じた。これは上述した離婚急増理由のうちの(2)に該当するものだが、北京晨報は他紙の報道を引用して、“高考”終了後に急増する離婚の実態を次のように示した。

<注2>“高考”は“全国統一高等院校招生統一考試”の略。“高等院校”は高等教育機関の総称。

  1. 湖北省武漢市の朝刊紙「武漢晨報」  統計数字を見て記者は、2009年以来、遼寧省、湖南省、青海省、天津市、重慶市、山東省、浙江省、河南省などの地域では、毎年“高考”終了後の20日間は、その前の20日間に比べて、“法院(裁判所)”が受理する離婚の案件数は比較的増大する趨勢にある。
  2. 湖南省の夕刊紙「三湘都市報」  “長沙市”の“五城区”では、“高考”が行われていた1週間に247組の夫婦が離婚したが、“高考”が終了後の1週間は493組の夫婦が離婚し、離婚件数は倍増した。離婚原因の大部分は「感情の不調和であり、もう子供のために我慢する必要がなくなった」というものだった。
  3. 黒龍江省の夕刊紙「生活報」  若い夫婦の離婚が衝動的なのと比べて、これら子供に対する責任感から結婚生活を継続して来た中年夫婦の離婚はその大多数が非常に冷静で、決意が固いものである。

中国の離婚率、上昇は止まらず

 昨今の日本では夫の定年退職後に妻から要求して離婚する夫婦が増えていると言われている。これは年代的に夫の収入に依存して生活してきた家庭婦人が多いことに起因している。彼女たちは子供の成人で親としての責任を果たし、夫の定年退職で妻としての責任を果たしたことを契機に、自立した自由な生活を求めて離婚を選択しているものと思われる。一方、中国では基本的に夫婦は共働きで、各々収入を得ている上に、夫婦別姓であるから、離婚しても社会生活に支障を来たすことはほとんどない。

 従い、主として若い夫婦の衝動的な離婚は別として、子供が大学に合格したことを確認し、親としての責任を果たした時点で、離婚する夫婦が多いことは納得できる。これに対して、所得税の徴収を逃れるために偽装離婚する夫婦が多いことは、“向銭看(拝金主義)”<注3>の中国人を象徴している。もっとも、日本にも生活保護を受けるために偽装離婚して、夫婦がそれぞれ生活保護費を受けている不埒な輩も多数いるようだから、中国人だけの特性とは言い難い。

<注3>“向銭看”は“向前看(前を見る)”と同じ発音で、拝金主義を揶揄した造語。

 筆者の友人の中国人にも離婚経験者が多数いるが、総じて言えることは、彼らが離婚をそれほど重いものと感じておらず、気持ちが合わないパートナーとはさっさと分かれた方が精神的負担に悩まなくて済むと気楽に考えていることである。社会がますます複雑化する中で、ただでさえも自己主張の強い中国人が夫婦間で軋轢を感じる度合は今以上に増大し、中国の離婚件数と粗離婚率は今後も引き続き上昇してゆくものと思われる。

7/16北野幸伯メルマガ『世界を変えるイラン核交渉最終合意ー日本にとっては?』について

直感でイランと合意して制裁解除に行くのは日本にとって良いことだろうと思っていました。アメリカのリバランス政策が現実のものになる可能性があるからです。口先男のオバマがやった数少ない外交得点です。キューバとの国交回復と言っても相手が小さすぎて世界史的な影響はありません。これで、オバマが本格的に中国と対峙すれば良いのですが。中国の横暴を許せば、ナチスの台頭を許すのと同じになります。宥和政策は平和をもたらさないというのは歴史の教える所です。

日本も集団的自衛権の行使が9月にはできるようになります。中国の南シナ海の内海化を防ぐことを日米、ベトナム、フィリピン、できれば印豪とも手を組んでやっていくようにしないと。中国の戦略は同盟・準同盟の分断化です。多国間で協調して中国の覇権への野望を挫かねばなりません。東シナ海も軍事基地転用できる石油掘削リグを造っているとのこと。中国の野望は留まるところを知りません。

日本は巡視船や艦船・潜水艦の供与、操舵、戦術の教育とかベトナム、フィリピンにできるはずです。国際秩序を乱し、人権を抑圧する暴虐国家の膨張を許してはなりません。安保法案に反対した民主党の議員に聞きたいです。「あなたたちは中国の拡張主義をどう見ているのですか?日本はどうやって中国の侵略を防いだら良いのですか?」と。日本のメデイアも民主党と同じく、批判するだけで現状分析から解を得ることはいつも通りありません。無責任です。でも新聞・TVの報道を鵜呑みにして信じてしまうのは危険と言うのを日本人自身が気づかないと。

記事

「歴史的」といえるできごとがありました。

<イラン核交渉>最終合意 ウラン濃縮制限、経済制裁を解除

毎日新聞 7月14日(火)22時1分配信

<【ウィーン和田浩明、田中龍士、坂口裕彦】イラン核問題の包括的解決を目指し、ウィーンで交渉を続けてきた6カ国(米英仏露中独)とイランは14日、「包括的共同行動計画」で最終合意した。

イランのウラン濃縮能力を大幅に制限し、厳しい監視下に置くことで核武装への道を閉ざす一方、対イラン制裁を解除する。2002年にイランの秘密核開発計画が発覚してから13年。粘り強い国際的な外交努力によって、核拡散の可能性を減じる歴史的な合意となった。>

・イランの核開発を厳しい監視下に置く

・核兵器開発の道を閉ざす

・見返りに制裁を解除する

だそうです。

なぜこれが「歴史的事件」なのでしょうか?

▼「イラン問題」は「核兵器開発問題」にあらず

これ、新しい読者さんにとっては仰天情報ですね。

「トンデモ!」「陰謀論!」という声が聞こえてきそう。

しかし、これ本当です。

証拠をお見せしましょう。

<〈イラン核〉米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正

[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の 機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの

分析結果を明らかにした。>(毎日新聞2007年12月4日 )

どうですか、これ?

最初に引用した記事によると、イランの核兵器開発計画が発覚したのは「02年」。

ところが、翌03年には、「核兵器開発計画を停止した」と、アメリカ自体が認めているのです。

そもそも、イランの「核兵器開発計画があったのか」も怪しいですね。

IAEAの天野事務局長さんだって、こんなことをいっていました。

<イランが核開発目指している証拠ない=IAEA次期事務局長

[ウィーン 3日 ロイター] 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥次期事務局長は3日、イランが核兵器開発能力の取得を目指していることを示す確固たる証拠はみられないとの見解を示した。

ロイターに対して述べた。

天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかとの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えた。>(ロイター2009年7月4日 )

どうですか、これ?

「イランが核兵器開発能力を持とうとしている」「いかなる証拠もみられない」これが6年前のこと。

私が「イラン問題 = 核兵器開発問題にあらず」と書いたことが、「トンデモ」「陰謀論」でないこと、ご理解いただけたことでしょう。

▼「イラン問題」と「石油ガス利権」

イラン問題ではなく、「イラク戦争」の真因について、超重要人物の「衝撃告白」をとりあげます。

<「イラク開戦の動機は石油」=前FRB議長、回顧録で暴露

[ワシントン17日時事]18年間にわたって世界経済のかじ取りを担ったグリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長(81)が17日刊行の回顧録で、二〇〇三年春の米軍によるイラク開戦の動機は石油利権だったと暴露し、ブッシュ政権を慌てさせている。>(2007年9月17日時事通信)

グリーンスパンさんが、「イラク戦争の動機は石油だった」と暴露した。

ちなみに、彼はこの件について、「誰もが知っている事実だ」と語っています。

「イラン核開発問題」がはじまったのは02年のこと。

このとき、ブッシュは、中東の資源大国イラクとイランを、同時にバッシングしていた。

それは、グリーンスパンさんにいわせると、「資源がらみ」なのです。

実際、ブッシュは03年、ロシアの石油利権にも手を出し、プーチンを激怒させています。(=ユコス事件)

ブッシュ(子)政権時代、アメリカは積極的に世界の資源利権確保に動いていた。

これが、「イラン問題」の真因1です。

▼「イラン問題」と「ドル基軸通貨体制」

イラク戦争については、「フセインが原油の決済通貨をドルからユーロにし、ドル体制に挑戦したからだ」という説があります。

これも「トンデモ話」ではなく、新聞にも載っている事実。

例えば06年4月17日付の毎日新聞。

<イラクの旧フセイン政権は〇〇年一一月に石油取引をドルからユーロに転換した。 国連の人道支援「石油と食料の交換」計画もユーロで実施された。 米国は〇三年のイラク戦争後、石油取引をドルに戻した経過がある>

では、イランはどうか?

この国も、フセインと同じ道を進んでいました。イランは07年、原油のドル決済を中止した。

<イラン、原油のドル建て決済を中止[テヘラン 8日]

 イラン学生通信(ISNA)は8日、ノザリ石油相の話として、同国が原油のドル建て決済を完全に中止した、と伝えた。 ISNAはノザリ石油相からの直接の引用を掲載していない。 ある石油関連の当局者は先月、イランの原油の代金決済の「ほぼすべて」はドル以外の通貨で行われていると語っていた。>

(2007年12月10日ロイター)

「石油ガス利権」 と 「ドル基軸通貨体制防衛」おそらくこの二つが、「イラン問題」の本質なのです。しかし、「イランには石油・ガスがたっぷりあるんだよね。それを確保するためにイランをいじめてる」とか、「ドル体制を守るためにイランをバッシングしてる」とはいえない。だから、ありもしない「核兵器開発問題」をでっちあげたのでしょう。実際、NIEが「イランは核兵器開発を03年に停止したよ」と報告してから、実に8年の月日が流れています。

<〈イラン核〉米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正

[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の 機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの

分析結果を明らかにした。〉(毎日新聞2007年12月4日 )

▼なぜアメリカは変わった

「イラン核兵器開発問題」は、アメリカの「いいがかり」だった。では、なぜアメリカは、「いいがかり」をやめたのでしょうか?その理由が、こちら。

<米国が最大の産油国に。世界はどうなる?

THE PAGE 6月18日(木)9時0分配信

 米国がサウジアラビアを抜いて、とうとう世界最大の産油国に躍り出ました。これにはどのような意味があるのでしょうか。 英国の石油大手BPが発表した2014年のエネルギー統計によると、

米国はサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になりました。>

<米国はサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になりました。>

シェール革命で、アメリカは世界一の「産油国」になった。ちなみに、アメリカは09年、ロシアを抜いて世界一の「産ガス国」になっている。つまり、いまやアメリカは、「世界一の産油、産ガス国」「世界一の資源超大国」なのです。要するに「石油・ガス利権」をゲットするためにイランをバッシ

ングする必要がなくなった。それで、もともとなかった「核兵器開発問題」もなくなったのです。

(「ドル体制問題」について。「ドル体制崩壊運動」の中心国は、いまや中国とロシア。この件でイランをバッシングしても問題は解決しないのです。)

アメリカとイランが和解する。

このことは、世界にどんな影響を与えるのでしょうか?

▼捨てられるイスラエル

アメリカは、「資源利権を確保するため」に中東を重視してきました。ところが、自国に石油ガスがたっぷりあるので、「もう中東のことはどうでもいいや」となった。そうなると困るのが、イスラエルです。まわりをイスラム国家群に囲まれた「ユダヤ教国家」イスラエル。アメリカに捨てられる可能性が強まっています。というか既に、アメリカとイスラエル関係は、悪化しつづけている。

たとえばこちら。

<イスラエル首相、米議会で外交政策を批判 確執深まる

朝日新聞デジタル 3月4日(水)10時53分配信

 訪米中のイスラエルのネタニヤフ首相は3日、米上下両院合同会議で演説し、イランの核開発をめぐって米国など主要6カ国が合意を目指していることについて「非常に悪い取引だ」と批判した。外国首脳が米議会で米国の外交政策にノーを突きつけるのは異例で、米イスラエル間の確執が深まっている。>

安倍総理の「希望の同盟演説」とはえらい違いですね。

もう一国、アメリカと仲が悪くなっているのがサウジアラビア。

「資源確保のために大事な中東」という前提が崩れた。それで、アメリカにとってサウジの重要性は、下がっているのです。

アメリカに見捨てられるイスラエルやサウジは、ロシアや中国に接近することで、危機を乗り切ろうとすることでしょう。

▼アメリカ、強まる「アジアシフト」

オバマが「アジアシフト宣言」をしたのは2011年11月でした。そしてアメリカは今、「中東最大の敵」イランと和解した。これを戦略的に見ると、「中東戦線から離脱する」ということでしょう。アメリカは今まで、大きく三つの地域で戦っていました。(もちろん、米軍が直接戦っているという意味ではありません。)

一つは、もちろん中東です。アフガン、イラクとは実際に戦争した。「イスラム国」を空爆した。シリア、イランとは、「戦争一歩手前」までいった。

二つ目は、「ウクライナ」です。

傀儡ウクライナ政府を使って、ロシアと戦っている。

三つ目は、アジアです。

たとえば、「南シナ海埋め立て問題」。ここでは、中国と戦っている。しかし、シェール革命で中東の重要度が下がった。

残りは、ロシアと中国。

2014年3月のクリミア併合後、アメリカ最大の敵は、もちろんロシアでした。

ところが、2015年3月の「AIIB事件」で流れが変わった。イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア、イスラエル、韓国などが、アメリカを裏切って中国主導の「AIIB」に参加した。これで中国の影響力の大きさを自覚したアメリカは、中国を「最大の敵」と定めたのです。

アメリカは今後、中東戦線、ウクライナ戦線で力を抜き、中国との戦いに集中していくものと思われます。

▼米ーイ和解は、なぜ日本にとって「吉報」なのか?

アメリカとイランの和解は、日本とってとてもめでたいできごとです。

今、日本最大の話題は、「安保関連法案」でしょう。反対派の主張は主に、「アメリカの戦争に巻き込まれる!」です。で、「アメリカの戦争に巻き込まれる」とは、具体的「中東戦争」を想定しているのでしょう?

なぜかというと、「北朝鮮」「中国」などとの戦争は、「巻き込まれる」のではなく、「日本自身の戦争」だからです。「集団的自衛権行使容認」「安保関連法案支持」の私自身、「中東に自衛隊が派遣させられる危険性」については、「そのとおりだ」と思っています。

そして、アメリカがはじめそうな「中東戦争」、ナンバー1は、「イランとの戦争」だったのです。日本とイランの関係はこれまでとても良好で、これをぶち壊すことは、日本の国益を大いに損ねるものでした。

ところが、今回の和解で、「アメリカーイラン戦争の可能性」がほとんどなくなった。これは、「安保関連法案反対派」の主張を弱める結果になります。