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『蔡英文・台湾新総統「妥協的就任演説」の裏側 「玉虫色」に秘めた、改革への強い意志』(5/25日経ビジネスオンライン 福島香織)について

5/25日経朝刊のアジア便りの記事の中で「蔡英文総統のことを(飾らない人柄に)親しみを込めて小英と呼ぶが、企業関係者は空心蔡(空芯菜と同じで具体的中身がない)と揶揄する」とありました。企業関係者とは外省人のことでしょう。企業関係者で本省人が蔡英文総統をそのように呼ぶ人はいないと思います。本省人は中国に籍を移し、台湾とは無関係になったらどうでしょう。抜けた穴は日本企業が埋めれば良いでしょう。それこそ昨年10/6に蔡英文氏が東京で講演しました「産業同盟」になると思います。でも日本の企業経営者も中国の顔色を窺う人間が多くいますから・・・・・。『武士道』を忘れた日本人です。

どの国にも自分勝手な人間はおります。台湾では本省人、日本では左翼とリベラルと言われる軽薄な人達です。我が身を安全な場所に置き、好き勝手政府を批判しますが、困ると政府に助けを求めたり、政府から金を出させようとします。自衛隊の存在を否定するピースボート主催者がアデン湾通過の為に、海自の護衛艦に守って貰うというのは神経を疑います。普通の民間旅行会社であればそういう危険な航路は避けます。国民の税金を利用して儲けるという二重にも悪辣な団体です。同和も然り。左翼は国(我々の税金で成り立つ)から金を搾り取ることしか考えません。中共と同じで国民から収奪することしか考えません。美辞麗句で誤魔化し、反腐敗運動とか、日本のヘイトスピーチとか、クズのやる事です。リベラルと言われる人達も政府を批判すれば受けると思いこむ短絡的・軽薄な人達です。自分で政治に乗り出してやれば良いと思うのですが。民主主義で選ばれた政府に批判するだけで提言することもない(考えていないから)、ロビー活動することもないというのは無責任な人間のすることです。茶飲み話と一緒。まあ、マスコミに受けるためには擦り寄る必要(=金になる)があるからなのでしょう。

小原凡司氏の本によれば「中国が南シナ海を内海にしたいと思っているのは、潜水艦のSLBMの射程距離が8000kmしかなく、敵国アメリカに核を打ち込むには太平洋まで出なければならない。東シナ海は米軍と海自があるのですぐ捕捉されてしまう。一旦太平洋に出られてしまえば米軍と言えど捕捉は難しい」とありました。台湾が中国の手に落ちれば南シナ海経由で太平洋に出なくとも簡単に出航できるようになるでしょう。その意味でも、日米台は運命共同体です。本記事で総統就任式に米国・日本は質量ともに歓迎の代表団を送りました。中国のネット社会もいろんな意見があるようです。

http://www.recordchina.co.jp/a133476.html

記事

Cai yingwen-2

就任式で手を振る蔡英文・台湾新総統。「妥協的就任演説」に秘めた改革への強い意志の先には、中国との「別れ」を見据えるか(写真:AP/アフロ)

 台湾の新総統・蔡英文の就任式が5月20日に行われたのに合わせて、台北に出かけた。一時は馬英九前総統のどのような妨害があるかと心配されたが、日本の沖ノ鳥島を岩と宣言してみたり、公邸の引っ越しをぎりぎりまで遅らせる程度の嫌がらせぐらいで、就任式はつつがなく終わった。

 台北の雰囲気は、さほど盛り上がっておらず、祝賀ムードというほどのものではない。去年と比べると中国人観光客を見かける頻度もぐっと減り、例年の5月より気温が低めであったせいもあるかもしれないが、なんとはなく活気が落ちたような印象も受けた。民進党界隈は確かに非常に盛り上がっているのだが、街ゆく普通の人に、新総統への期待を尋ねれば、「期待もしていないが、馬英九よりはましだろう」といったあっさりした反応が多い。

 就任演説は「92共識(92年コンセンサス)」や「一つの中国」という言葉をうまく避けながらも、中国にも配慮した形でまとめられ、リアリストの蔡英文のバランス感覚がうかがえるものだったおかげか、当日の台北市場の株価は、「株価は下がる」という大方の予想を裏切り、ご祝儀相場というほどではないにしても、若干あがった。蔡英文政権としては、あまり気負う必要もなく、よい感じで就任1日目がスタートしたのではないだろうか。

 だが、中国の方は、心穏やかではないようでもある。就任式の注目点をまとめながら、今後の台湾と台湾をめぐる中国、米国情勢を少し予想してみたい。

「滅私奉公型の官僚政治家」を前面に

 まず、全体の式の印象を述べれば、従来のものと比べて、悪く言えば荘厳さに欠け、よく言うと庶民的、フレンドリーな演出であった。だが、カメラワークなどに凝っており、ライブが動画サイトで配信されている点からも、非常に大衆の目、特に若者の目を意識した就任式であることははっきりしている。

 蔡英文は、黒のスラックスに白のカットソーと白のジャケット、一切の貴金属宝石類のアクセサリーを身に着けず、腕にロンジンの使い慣れた12万円程度のシンプルな時計をはめているだけだ。化粧もほとんどしていないようで、少なくともファッションにおいては、就任式という晴れの舞台に臨む気負いが一切なかった。

 テレビでは、朴槿恵・韓国大統領やミャンマーの国家顧問、アウンサン・スーチー、タイの元首相・インラック・シナワトラなどと比べて、そのファッションの色気のなさを論評していたが、それは国民党の「無駄遣い」政治のアンチテーゼとして、むしろ有権者にとっては好ましいものであったと思う。

 陳水扁政権は夫人の物欲が政敵に付け込まれる隙を与えて失脚させられたが、蔡英文は結婚もせず、家庭ももっていないので、その心配もない。本人はおすすめの飲食店を尋ねられたらB級屋台グルメをあげ、着るものも無頓着で、一切の私欲物欲を感じさせない。日本などではすでに絶滅した滅私奉公型の官僚政治家のイメージを打ち出すことに成功していた。

 就任式では国歌を歌うのだが、蔡英文は声を出して、これを全部歌っていた。中華民国国歌はもとは国民党歌である。歌のフレーズに「三民主義、吾党所宗」(三民主義をわが党の宗とする)とあり、この党とは国民党のことなので、民進党員はこの部分を歌わないという慣習があった。彼女も今年の元旦の桃園市の国旗掲揚式のときに、この部分は歌っていなかった。だが、就任式では、おそらく初めて全部これを声に出して歌っており、中華民国総統という立場で、現実的な妥協をしていく姿勢を見せたといえるだろう。

 就任宣誓式が終わったあと、総統府前では2万人以上の来客の前で、就任祝いの歴史劇「台湾之光」が上演された。これは台湾400年の歴史を約40分でたどり、今の台湾アイデンティティに至る道筋を整理したのものだが、そこで二・二八事件の惨劇を再演したのは極めて斬新で挑戦的な試みだったといえる。もちろん日本統治時代に日本の軍人が民衆を高圧的に徴兵していく様子なども演じられているのだが、その後に演じられている二・二八事件の虐殺の様子がすさまじく、国民党政府がどのように台湾を接収したかをあからさまに見せ、台湾人が植民地支配した日本から被った圧力がずいぶん甘いものに見える演出となった。こうした国家行事で二・二八事件を真正面から取り上げるのもこれが初めてだ。

中国に妥協した「玉虫色」にも見えるが…

 注目の就任演説自体は中国にも配慮しつつ、よく言えばバランス感覚のとれた、悪くいえば玉虫色のものとなった。

 演説のほとんどは内政問題の解決にむけた約束である。年金制度改革、若者の境遇改善、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)・東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を含む多国間および二国間の経済協力・自由貿易交渉への積極参加、セーフティネット強化、歴史問題の和解に向けた処理、先住民族の尊重、司法改革への前向きで熱意ある姿勢を打ち出した。国際社会が注目する中国との関係については次のような表現を使った。

 「私は中華民国憲法に基づいて総統に当選したのであり、中華民国の主権と領土を守る責任があります。東シナ海、南シナ海での問題に対し、我々は争いの棚上げと資源の共同開発を主張します。

 台湾海峡両岸の対話と意思疎通では、既存のメカニズムの維持に努めます。1992年に両岸の交渉窓口機関が、相互理解、並びに“求同存異”(合意点を求め違いは棚上げする)という政治的な考え方を堅持して話し合い、若干の共通の認識と理解に達しました。

 私はこの歴史的事実を尊重します。1992年以降20年あまりの交流と協議の積み重ねで形成された現状と成果を、両岸は共に大切にして守っていかねばなりません。そして今後も、この既存の事実と政治的基礎の下で、両岸関係の平和で安定した発展を引き続き推進していくべきなのです。新政権は、中華民国憲法、両岸人民関係条例、並びに関連の法律に基づいて両岸業務を進めていきます。…」

 「92共識」(1992年に両岸の交渉窓口機関が非公式に合意したコンセンサス。中国は一つであり、その“一つの中国”の解釈権は双方にある)という言葉を出さず、「一つの中国」という言葉も出さなかった点は、92共識を認めないという民進党の立場をぎりぎり守ったものの、1992年に「求同存異」の政治的考え方で話し合われた会談を歴史的事実ととらえ、中華民国憲法、両岸人民関係条例に基づいて中台関係を推進していくとした。

 中華民国憲法はいわゆる「一中憲法」。領土についていまだ「中華民国の領土はその固有の疆域による」の一文があり、それがチベットやモンゴルを含むいまの中国の領土以上を示す36年憲法第四条を踏襲していることになる。この憲法の延長にある両岸人民関係条例(台湾地区および大陸地区人民関係条例)を基礎にするということは、李登輝の「二国論」「一辺一国」(台湾と中国は特殊な国と国の関係)は放棄したというふうに受け取られる。「一中」を否定せず「二国論」を放棄したという意味では、かなり中国に妥協した内容だ。

問題を棚上げしつつ、改革への意志を示す

 だが、字数にして6000字30分以上の演説の中に中華民国という言葉はわずか5回しか使っておらず、一方、台湾という言葉は41回も出している。演説の締めくくりに、就任式のパフォーマンスで歌われた台湾語の歌「島嶼天光」のワンフレーズ「今がその日だ、勇敢な台湾人よ」という言葉を掲げて、「国民同胞、2300万人の台湾人民よ、待つのは終わった。今がその日だ。今日、明日、将来の一日一日、われわれは民主を守り、自由を守り、この国を守る台湾人になろう」と呼びかけた意味を含めると、いまの段階は「一中憲法」を容認しつつ中国を刺激しないように問題の棚上げを図るも、将来に向けての改革への強い意志は秘めている、というメッセージは伝わっている。

 反中国共産党的な論調で知られる台湾蘋果日報紙の世論調査では、聴衆の76パーセントがこの演説に満足だといい、92年の会談に触れつつ92共識に言及しなかったことについては63.75パーセントの聴衆が肯定的だったという。

  国際社会からみても、この就任演説はおおむね好評であったように思う。

 こうした一見、妥協した就任演説に対して、だが中国はむしろ警戒感を高めている。

 中国国務院台湾事務弁公室は就任演説後、即座に「両岸同胞の最も関心を寄せている両岸関係についての根本問題で曖昧な態度をとり、92共識を明確に承認せず、その核心の意義を認めず、両岸関係の平和安定発展に対する具体的方法に言及しなかった。これでは答えになっていない」と強く非難した。

 さらに「一中原則を共同の政治起訴とするのか、それとも両国論、一辺一国的な台湾独立分裂の主張を維持するのか、両岸関係の平和発展の道を継続するのか、台湾海峡の緊張と波乱を再び挑発するのか、両岸同胞の感情と福祉を増進するのか、それとも同胞の精神的絆を分裂させて根本利益を損なうのか?」と問いかけ、「この重大な問題においては、台湾当局はすぐさま実際的行動で明確な回答を出し、歴史と人民の審査を受けよ」と主張した。一部メディアは少なくとも2014年2月以来続いてきた閣僚対話は停止になる見通しを報じている。

「南シナ海」見据えた米台接近に苛立つ中国

 中国がこのように警戒心をむき出したのは、蔡英文の就任演説そのものより、おそらく国際社会の台湾に対する反応の変化にある。

 蔡英文の総統就任式は、外国からの来賓出席数が破格であった。台湾と国交を結んでいる22か国を含む59か国から約700人が出席。これは過去最多である。

 中でも、米国は前米通商代表部代表のロン・カーク、初代国家情報長官のジョン・ネグロポンテ、米国在台協会(AIT)理事長のレイモンド・バッカード、AIT台北事務所長のキン・モイ、東アジア専門の元外交官アラン・ロンバーグらを派遣する手厚さだった。米国は蔡英文の総統就任式4日前に「一つの中国の原則を堅持する」とケリー国務長官が中国の王毅外相との電話会談で話しており、いかにも米政府が蔡英文政権に中国との関係を悪化させないように釘をさしたふうに報じられているが、特使団5人、しかも安全保障問題、東アジア問題の専門家2人が含まれているということは、南シナ海問題においての米中対立の先鋭化を受けての米台接近のサインの文脈で読むのが正しいだろう。

 さらに興味深いのは就任式前日の5月19日のワシントンポストで「米国は“一つの中国”原則を放棄して、台湾との関係を正常化するときだ」というタイトルのゲイリー・シュミット(共和党系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ研究所専任研究員 兼マリリン・ウェア安全保障研究センター共同ディレクター)の論文が寄稿されたことだ。

 米「ディプロマット」誌では「2049計画研究所」研究員のイアン・イーストンの寄稿を掲載し「米国にとって台湾の新総統就任は危機ではなくチャンスである。戦略的角度から“中国が嫌いな新リーダー”とは“米国が愛すべき人物”である」と提言している。

 同誌はさらに「蔡英文は台湾と米、日、オーストラリア、インドなど民主国家との関係強化を希望している。これは米国にとって、逸してはならない絶好のチャンス。蔡は冷静で、中間路線をとっている。彼女の最大のリスクは独立に傾いていることではなく、おそらくは慎重、後手になりすぎて、大陸との抗争で先手を打たれてしまうことだろう。米国は、アジア太平洋地域に強力なパートナーを必要とする以上、蔡英文に“米国は中国と対抗する気骨がある”ということを信じさせ、台湾が米国サイドにいると知らしめねばならない。つまり、台湾の政権交代は北京を除く、各国にとってすべからくチャンスであって、リスクではないのである」と解説している。こうした論評はやはり米国内のある種の空気を反映しており、あるいは国際世論への観測気球を上げているのではないかと思う。

中国の恫喝や懐柔策に動じず、関係強化を

 日本も交流協会理事長の今井正、衆院議員の古屋圭司が率いる日華議員懇談会の12議員を含む252人の大型祝賀団を就任式に参加させた。安倍政権が蔡英文政権に比較的好意的なのは周知の事実で、台湾側も台北駐日経済文化代表処代表(駐日大使に相当)に知日派の謝長廷を送り込む。また蔡英文政権の外交ブレーンに日米外交ともに精通し、老獪な対外工作でも知られる邱義仁がついている。

 総統就任後、外国の賓客との面談では、蔡英文は必ず「台湾的政府」(通訳はTaiwan Government)という言葉を使っており、「中華民国政府」という言葉はあえて使わなかったということも、中国から見れば就任演説を素直に台湾側の妥協とは受け取れなかった要因だろう。

 少なくとも中国側は、日米同盟に台湾が参与し、中国の南シナ海軍事拠点化計画を妨害する計画が水面下で進められるのではないか、という予測をもっており、蔡英文政権および日本に対してはなんらかの揺さぶりを仕掛けてくると予想される。おりしも2017年秋には第19回党大会が開かれ、中国国内の権力闘争も激化するタイミングである。民族主義的傾向の強い習近平政権にとっては台湾への圧力をかけることも、内政的パフォーマンスとして必要になってくるだろう。

 こうした状況下で、日本が考えるべきことは、中国の恫喝や懐柔策に揺さぶられることなく、台湾との関係を固めていくことが、東シナ海、南シナ海の平和と安定の鍵になると見定めることだろう。そろそろ日本でも「一中政策放棄論」を問いかけるメディアが出てきてもよい頃合いではないだろうか。

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『現代の毛沢東 個人崇拝の偶像を作り上げようとする習近平』(5/20JBプレス 馬建)について

文革時代にはカニバリズム(食人)が行われていたと「ぼやきくっくり」ブログにありました。

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1885.html

特段驚くことではありません。凌遅刑で皮を剥いで長く苦しみを与え乍ら殺し、その肉を漢方薬として売っていました。何せ医食同源の意味は悪い部位があればその部位を食べるのが良いとされ、人間に近づけば近づくほど良いとされています。また、孔子の弟子子路が反乱で落命し体を切り刻まれ、塩漬けにされる刑罰を受けたという記述が『史記』「孔子世家」にあるとのこと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%8C%E9%81%85%E5%88%91

宮城谷昌光の小説でも親孝行の為に自分の腿を削って塩漬けにしたものを与えるという記述があったような気がします。紀元前の中国の話ですが。

自分の子を食すのも宮城谷昌光の『太公望』の中に出て来たと思います。代わりに次の記事を。

http://marco-germany.at.webry.info/200709/article_27.html

今でも広東人は嬰児を食すと言われています。

大躍進、廬山会議、文革とどれをとっても権力闘争、華国鋒から鄧小平に実権が移ったのも権力闘争の結果です。今も行われていると思えば良いでしょう。選挙と言う時間のかかる手段でなく、如何に民衆から収奪するための頂点に立つかの醜い争いをしている訳です。

習と李の争いが本格化してきたようです。共産党内部の争いが外に漏れてきているというのは、箍が緩んできた証拠です。

http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20160523/frn1605231312007-n1.htm

記事

Mao's portrait at Tenanmen-2

天安門広場に掲げられている毛沢東の肖像画(資料写真)

(ロンドンより)

 50年前の今月は、毛沢東が文化大革命を始めた月だ。それは、政治イデオロギーの名のもと、毛沢東個人の権力を拡大するために実行された混乱と迫害、暴力の10年であった。

 しかし、中国政府はこの破滅的な負の遺産を反省するのではなく、文化大革命に関するすべての議論を禁止している。そして中国市民は、30年にわたる市場志向の改革によってもたらされた富に目を向けて、甘んじて政府の方針に従っている。

 しかし、習近平主席が冷酷な粛清を実行し、個人崇拝の偶像を作り上げている現代のような時代において、過去を闇に葬る代償は高くつく。

*  *  *

 1966年8月、毛沢東は、「司令部を砲撃せよ―─ 私の大字報」という文書を出した。これは中国共産党の中で資本主義に寄っていた実権派だった第二主席の劉少奇を粛清しやすくすることが目的だった。この「大字報」の中で毛沢東は、中国の若者層に「皇帝を馬上から引きずりおろせ」、そして反乱を起こせと呼びかけた。

若者たちは迅速に反応した。すぐさま「紅衛兵」となった学生民兵組織が全国に現れて、毛沢東の意志を掲げた。100日も経たないうちに、毛沢東は、劉少奇や鄧小平をはじめとする共産党の主力を幅広く粛清することに成功した。

 しかし、毛沢東の政敵への攻撃はこれだけではなかった。その年の8月、9月だけで紅衛兵は1700人以上を撲殺または自殺を強要して殺し、10万人もの北京市民の家や所持品を焼き払って彼らを北京から追い出した。教育者たちは特に攻撃の対象となった。紅衛兵が小中高等学校や大学に現れるたびに、教師や管理者たちは消されていった。

 しかし、毛沢東が「紅衛兵の構成員は実権派の“傘下にある”」といって紅衛兵を次なる攻撃の対象にするようになるのには長くはかからなかった。中国に軍事政権を敷いた後、毛沢東はしばしば紅衛兵の当初からの構成員を「再教育」と称して遠方の村へ飛ばして、紅衛兵の一団を新しい労働者反政府運動に入れ替えた。

 文化大革命は習近平の家族も直撃した。彼の実父・習仲勲は共産党の高官であったが、権力から追放されて投獄され、最終的にはトラクター工場に左遷された。習の家族は国中に散り散りばらばらになった。

 しかしそれでも、家族や故郷をばらばらにしたイデオロギーや組織に委縮するのではなく、習近平は、文化大革命の信条や手法を我がものとした。

 習近平はどうやら今でも彼の内部に、青年時代の文化大革命の好戦性をとどめているようだ。権力とは彼の道しるべであり、権力を守るためなら彼はどのようなことでもするのではないかと思われる。権力を守るために努力して、習近平は「毛沢東の遺産」という大きな強みを得た。

*  *  *

 何十年もの間、毛沢東は、市民がお互いに告発し合う階級闘争を促してきた。親友や隣人、家族であっても彼らは密告し合った。安全な場所はなく、誰もが(党員でない者でさえも)共産党員のしもべとなった。この恐怖政治の下においては、個人のアイデンティティなどというものは、こっそりと、しかし効率よく国家に組み込まれていった。

 人民に対する絶対権力を主張するために政治権力が残虐になるということは、文化大革命の1つの教訓である。だが、習近平はその教訓には関心を示さない。彼の関心はただ、「絶対権力」の一点のみにある。

 そして絶対権力を手中にするために、文化大革命の生き残りたち(つまり怖気づいて個人のアイデンティティではなく政治を選ぶということが何を意味するかを、分かっている者たち)は、習近平の頼れる政争の具になっている。

 習近平は、共産党の権威を強め、指導者としての彼の地位を再強化することでのみ成功できるということを分かっている。そのため、彼は中国内部から(つまり腐敗した裏切り者の指導者たちから)の深刻な脅威がある、というフィクションを持ち出した。そして、共産党への忠誠が最大の重要性を持つということを宣言した。

*  *  *

 中国には、今やもう2種類の人間しかいない。共産党を支持する者と、支持しない者である。

 1966年の毛沢東のように習近平は、自分の権力は、あらゆる手段を使って全中国人民(政府官僚も一般人も等しく)を忠実にし、彼に従わせることができるかにかかっていると信じ込んでいる。例えばノーベル平和賞受賞者の劉曉波やそのほか何万人もの投獄された作家や研究者たちといった政敵を弾圧することで、彼の権力は築かれる。

 しかし、習近平は、統治を恐怖政治のみに頼っているわけではない。彼はまた、新しい1つのイデオロギーによって大衆の支持を受けようとしている。それは、「チャイナドリーム」と呼ばれる「中国国家の偉大な再生」によってもたらされるとされている社会主義の価値や目標である。

 これは「世界、ことにアメリカ合衆国が、正当な権利を有するはずの中国を国際秩序の頂上に座らせまいとしている」と見立てるナショナリズムとともに主張されているが、こういったナショナリズムはメッキをかぶせたナショナリズムだ。そして彼は、毛沢東以来の個人崇拝を仕込んでいる。

 文化大革命から50年、その罪や業はいまだなくなることはない。逆に、これらは中国のさらなる政治的・経済的弾圧を正当化する理由として使われている。しかし、毛沢東スタイルの権威を守ろうとする習近平の試みは、毛沢東とは違ってむなしく終わることだろう。習近平の経済支配や政治粛清の不適格さは少しずつ、水面下で、彼に反対する幹部たちを生み出していくことだろう。

 経済政策の失敗が政治不安の事態に発展するにつれ、旧・紅衛兵たちは、歴史に無知な若者世代に支持されて、再び文化大革命の時の中心的役割を繰り返すかもしれない。そのときこそ、彼らが馬上から引きずりおろす「皇帝」とは、習近平なのだ。

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『低迷に喘ぐ中国経済は「10月信用危機」を切り抜けられるか』(5/21Money Voice 斎藤満)について

5/22ZAKZAKで大前研一氏は「安倍首相はオバマの広島訪問の代わりに真珠湾訪問をしたらとライス補佐官が言ったらしいが、行ってはいけない。行って謝罪しなければ米人の大部分は怒る」とのこと。大前氏はグローバリストで小生の考えと合わないときが多いですが、この件については賛成します。ヘタをすると日米同盟を危殆に瀕するような状態を作り出しかねません。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160522/dms1605220830003-n1.htm

スーザン・ライス補佐官は2013年に中国とのG2を認めた発言をしたことで有名です。オバマの立場を反映しただけか、金に転んだのかは分かりませんが。こういう利敵行為をする人物の甘言に乗せられて、道を誤ってはならないと思います。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2100S_R21C13A1EB1000/

中国の数字は何時も言っていますように、デタラメで信用できません。都合の良い話は大きく、都合の悪い話は小さく数字を発表します。企業の財務諸表も少なくとも3種類あるようにいい加減です。こんなものを信用して投資すれば痛い目に遭います。そろそろ日本企業も覚悟しなければ。暴発の備えをキチンとしておかないと。

中国の債務の問題は中国政府のプロパガンダを真に受けない人達の間では共有されています。

http://blogos.com/article/155459/

http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20151211/ecn1512111550002-n1.htm

http://melma.com/backnumber_45206_6345224/

ただ、オバマが中国の困窮に手を差し伸べるのではという気がします。軍事力を行使せず、敵を叩き潰す良いチャンスなのに。レーガンはSDIで経済的にソ連を追い込み、崩壊させました。偉大な大統領と優柔不断な大統領の差では。AIIBにADBが協調融資するなんて腑抜けのやる事。いくら米国債の多くを中国に握られているにしても。

記事

中国政府は自ら経済のL字型回復、長期低迷を予想していますが、裏を返せばいよいよ手詰まり感が強まったようです。先週末に発表された銀行関連の二つの数字がこれを示唆しています。商業銀行の不良債権の増加と、新規貸し出しの大幅減の二つです。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる) 1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

※本記事は有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2016年5月16日号を抜粋・再構成したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に無料のお試し購読をどうぞ。

総債務はGDPの300%、国際機関も中国の信用急拡大を警戒

国内商業銀行の不良債権が急増

中国銀行監督管理委員会は、今年3月末における国内商業銀行の不良債権が1兆4000億元と、11年ぶりの高水準になったと発表しました。貸出残高全体に占める不良債権比率は1.75%になり、昨年末の1.67%からさらに上昇しました。

さらに、これとは別に不良債権になるリスクのある融資が3兆2000億元と、融資全体の4%を超え、すでに不良債権とされる1兆4000億元と合わせると「問題債権」は4兆6000億元に上ります。これは昨年末と比べて4280億元の増加となります。

【関連】チャイナ・リスクに備えよ~中国不動産バブル崩壊で世界はどうなる?=栫井駿介

しかも、多くのアナリストは、現実の不良債権は、公表データよりもはるかに大きいと言います。一部の銀行ではそもそも不良債権の状況を全く掌握していないと言い、また多くの銀行で、不良債権を隠すために簿外融資を行っている、と言います。

一方で新規融資は急減

もう一つの数字は、4月になって新規の人民元建て融資が5556億元と、前月の1兆3700億元から急減したことです。市場は9000億元を予想していたので、これも大きく下回りました。3月は景気対策の一環で地方政府の資金調達による投資が増えたのですが、これが一巡して反落した形になっています。

この結果、貸出残高の伸びも14.4%増と、市場が予想した14.8%増を下回りました。そしてマネーサプライM2の伸びも、市場の予想13.5%増を下回る12.8%増となりました。

中国では財政政策と金融政策の区別がありません。景気対策など経済対策で資金が必要な時には、通常国有銀行からの借り入れで賄われます。地方政府には従来地方債の発行が認められなかったため、融資平台などからの「裏借入」が増え、問題になったためこれを規制し、地方債発行での肩代わりを認めましたが、最近はまた融資平台からの調達が増えています。

官民合わせた総債務が、米国機関の試算ではGDPの300%にも及ぶとされ、国際機関も中国の信用の急拡大に警告を発しています。

「ゾンビ企業」淘汰で起こる大量失業

そして中国は今回、構造改革の一環として、存続の見込みがない「ゾンビ企業」の整理淘汰を進める方針を打ち出しました。その過程で、石炭、鉄鋼でのゾンビ企業整理だけで180万人もの失業者が出ると言われます。

このゾンビ企業の整理淘汰によって、そこに貸し付けていた資金の回収ができなくなるうえに、大量の失業者対策に資金が必要になり、これがまた生産性の低い融資に頼らざるを得なくなります。

このため、構造改革がなかなか進まず何年もかかる間に中国経済の非効率化、弱体化が進むリスクがあり、それがまた不良債権を高める悪循環となります。

銀行融資に頼る中国の経済対策ではどうしても銀行への負担が大きくなります。市場原理が働かず、政府の裁量で融資が拡大してきただけに、これが行き詰まっても「膿」が出ないまま、矛盾を抱え込む形になっています。

そこへ政府が人民元の国際化を急いだために、IMFから規制緩和、西側の規制、ルール適用を求められるようになりました。

この秋が危ない中国経済

今年の10月以降、人民元がSDR(IMFの通貨引き出し権)の構成通貨に組み入れられますが、これに伴って中国は資本や為替の自由化を進めることになります。これは中国の金融制度に対しても、西側のルール、規制が適用される方向となります。

つまり、不良債権の定義から、銀行の自己資本規制に至るまで、BIS(国際決済銀行)の規制に縛られるようになります。

このルールをいきなり適用すれば、中国の銀行は資本不足で行き詰まるところが多いはずで、その前に融資の抑制、不良債権処理を進めるにしても銀行への負担が大きくなります。

この秋に向けて、中国が西側ルールに適用しようとすれば、それが結果的に銀行の不安定化、信用不安につながるリスクがあります。

中進国の段階ですでに過大な債務問題を抱え込み、経済が行き詰まる時期に、中国は人民元の国際化を急いでしまい、背伸びしたツケが銀行圧迫という形で現れることになります。

この秋には、これが信用不安を引き起こして中国経済を危機に陥れるリスクが高まる可能性があります。IMF、米国が目をつぶってルール適用の先送りを認めてくれるかどうか。

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『若き研究者は偽りの買春逮捕の末に殺されたのか “冤罪”と戦う遺族に中国公安警察の厚い壁』(5/20日経ビジネスオンライン 北村豊)について

5/20藤岡信勝氏のFacebookには熊本地震で一旦消えかかった衆参同日選の話が永田町を駆け巡っているとのこと。6/1解散、7/10投票とのことです。衆院の数は自民党も民進党も世論調査を実施して、両結果とも自民党は290(現290)を越え、民進党は100~110(現72)の数字になるとのこと(意味するところは、維新の21議席が吸収されるから(反日)民進党はそんなに増えるという事ではないです)。ですが、5/22日経によると参院選で「野党、全一人区で(候補者)統一へ」とあり、これを分断するためには同日選の方が小生は良いと考えています。衆院選にもプラスになるのでは。消費税増税凍結は衆院解散して民意を問うのが王道です。ついでに都知事選になるかもしれません。公明党は舛添のようなのを都知事にしてしまったのだから、製造物責任で早く辞任するようにしないと。候補は自民党or「こころ」から出すのが良いでしょう。

本記事は如何に中国社会が腐っているかという事です。共産党が支配する国では何でもありです。勿論他の独裁国家でもですが。日本の左翼は日本を中国のような社会にしたいと思っているのでしょうか?違うというのであれば今度の参院選で共産党と手を握るのをどう説明するのでしょう。左翼・反日政党に投票すると後々痛い目に遭います。

雷洋は無実の罪で警察に殺されたとしか思えません。筆者の見立てでは、買春の客が少なかったため、デッチアゲで彼を客に仕立てようとしたが、反抗したので殺したとのこと。中国の役人は警察以外でも傍若無人です。権限外でも好き勝手なことをします。中国人自身が自浄能力を発揮しなければと思いますが、「百年河清を俟つ」ことになるかも。賄賂が当たり前の何千年という腐敗社会の歴史ですので。

記事

“雷洋”は29歳、1987年に湖南省北部の“常徳市”に属する“澧(れい)県”で生まれた。生まれ故郷の澧県は常住人口78万人(2015年末)だが、生活保護者が6万人以上もいる辺鄙で貧困な地域である。その澧県出身の雷洋は2005年に優秀な成績で“全国高等院校招生統一考試(略称:“高考”:全国統一大学入試)”を突破して北京市にある“中国人民大学”へ入学した。大学で環境学を専攻した雷洋は、2009年に大学院へ進学し、2012年に“碩士(修士)”課程を抜群の成績で修了して修士号を得た。

 修士となった雷洋は大学院を去り、“中国循環経済協会”に就職した。彼は中国環境経済と循環経済領域の専門家として、多数の工業団地計画、生態文明計画、汚染物処理計画、循環経済計画の立案作業に参加すると同時に、中国で最も著名な環境保護関連の三大期刊誌、『環境保護』、『環境科学』、『環境工程』に論文を発表し、中国の環境保護事業にとって得難き俊才として将来を嘱望されるようになった。

 一方、私生活では、2013年5月7日に雷洋は“呉文萃”と結婚した。2人は故郷、澧県の高校“澧県第一中学”でクラスは違ったが同学年であり、呉文萃も2005年の“高考”を突破して北京市の大学へ入学していた。今年(2016年)は彼ら2人が知り合ってから14年目であり、4月24日には待望の女の子が誕生し、雷洋は父親となった。正に雷洋の人生は公私にわたり全てが順風満帆と思われた。しかし、「人生、一寸先は闇」の言葉通り、雷洋と呉文萃の夫婦にとって3回目の結婚記念日当日の5月7日に、予期せぬ不幸が雷洋を襲ったのだった。メディアが報じた事件の経緯を取りまとめると以下の通り。

3回目の結婚記念日が暗転

【1】5月7日は土曜日の休日で、雷洋は昼間ずっと家にいた。この日は夫婦にとって3回目の結婚記念日であったが、雷洋は23時30分に北京首都国際空港へ到着する飛行機で故郷の澧県から生後2週間の娘を見るためにやってくる雷洋の祖母、義妹、兄嫁の3人を出迎える予定だった。20時30分頃、一緒に住んでいる義父(呉文萃の父親)がいつまでもスマホ(iPhone)で遊んでいる雷洋を見かねて、空港へ出発しなくて良いのかと促したが、雷洋は「急がなくても、21時出発で十分間に合います」と答え、依然としてスマホに興じていた。それからしばらくして、雷洋は義父に「これから地下鉄で首都空港へ向かいます。空港で3人を出迎えたら、3人と一緒にタクシーで家へ戻ります」と告げて、21時前に北京市“昌平区霍営”にある“天鑫家園”団地の自宅を出発した。

【2】予定通り23時30分着の飛行機で北京首都国際空港へ到着した3人は、出迎えに来ているはずの雷洋を探したが見当たらなかった。遅れているのかもしれないとしばらく待ったが、雷洋は現れなかったので、呉文萃に電話を掛けて雷洋がいないことを伝えた3人はタクシーで雷洋の家へ向かった。3人が雷洋の家に到着しても、雷洋からの電話はなく、彼らは何度も雷洋のスマホに電話を入れたが全く応答はなかった。日付が変わった8日の午前1時頃、ようやく雷洋のスマホに応答があり、“東小口派出所”の警官と名乗る人物が電話口に出た。警官は雷洋に事故が起こったので、急いで東小口派出所へ来るよう要求したのだった。

【3】雷洋の身に何があったのか、心配した家族が慌てて派出所へ駆けつけると、そこで告げられたのは雷洋が死亡したという衝撃的な事実だった。警官は家族を警察車両で自宅まで送ってくれたが、その道すがら、雷洋が付近の“足療店(足裏マッサージ店)”で買春した容疑で逮捕され、激しく抵抗した上に、連行途中で車から飛び降り、再度捕捉された後に体の変調を来して心臓病で死亡したと経緯を語ったのだった。早朝4時30分、家族は警官に付き添われて“昌平区中西医結合医院”へ出向き、雷洋の遺体と対面した。遺体の頭部と腕には明らかなうっ血が見られたが、警察側は激しい抵抗と車から飛び降りたことによるものと説明した。

買春逮捕に疑問、冤罪・暴行を疑う声

【4】中国人民大学の修士であり、中国の環境保護分野で将来を嘱望されていた若手のホープが、自宅近くの足裏マッサージ店で買春した容疑で逮捕され、激しく抵抗した末に体の不調により死亡した。この「若きエリート研究者が買春した末に死亡」というニュースは世間を驚かせたが、家族や友人を含む雷洋の人となりを知る人々からは疑問が提起された。事件当日は3回目の結婚記念日であり、しかも23時30分には北京首都国際空港で祖母を含む3人の親類を出迎えなければならない人が、自宅に近い足療店で買春をするなどということが考えられようかというのである。雷洋の誠実な人間性から考えて、2週間前に一児の父となったばかりで、買春をすることなど絶対に考えられない。これは何かの間違いであり、雷洋は警察に因縁を付けられて抵抗したために暴行を受けて殺されたのではないのか。ネット上には警察側の暴力行為を疑う旨の書き込みが殺到した。

【5】こうした疑問に答えるかのように、5月9日夜、“北京市公安局昌平分局”は同分局の公式ブログに雷洋事件の経緯説明を発表したが、その内容は以下の通り。

 5月7日20時頃、昌平警察は昌平区霍営の某住宅団地内にある“足療店(足裏マッサージ店)”で売春が行われていると通報があった。これを受けて、警察側は法に基づく捜査活動を展開した。当日夜、当該足療店で売春・買春の容疑で6人を逮捕した。このうち“雷某”(男、29歳、北京市在住)は買春の容疑で逮捕されたが、連行して取り調べようとしたところ頑強に抵抗し逃亡を図ったので、警官は法に基づく強制拘束措置を採った。しかし、取調べのために公安機関へ連行する途中で、当人が突然体の不調を示したため、速やかに医院へ搬送して応急手当を行ったが効果なく死亡した。昌平公安分局はこの状況をすでに検察機関へ通報済みである。“昌平区人民検察院”はすでに本件に介入し、調査・監督業務を展開している。目下、今回組織売春に関与した容疑で逮捕した他の5人は昌平警察により法に基づく刑事強制措置を採られており、警察側は依然として取調べを続行している。

【6】5月9日の発表では市民の疑念を払拭(ふっしょく)できないと考えた北京市公安局昌平分局は5月11日午前1時44分に事件に関する続報を発表した。その内容は以下のとおり。

疑念払拭に警察が「続報」

<買春を行った男性が取調べ中に突然死亡した件に関する続報>

 5月7日20時頃、昌平警察は霍営にある某団地内の足療店で売春・買春が行われているという手がかりに基づき、私服の警官を配備して捜査を展開した。21時14分、警官が当該足療店から出て来た雷某(男、29歳、近所の住人)を発見し、即座に職務尋問を行い、身分証明書の提示を求めた。雷某は逃亡を図り、激しく反抗する間に警官を噛んで負傷させ、警官が所持していたビデオカメラを叩き落として破損させたが、取り押さえられて車に乗せられた。

 車の走行中に、警官の隙を突いた雷某は後部座席から前列の助手席へ移動し、運転手を脅して停車させ、車のドアを開けて逃亡したが捕捉された。雷某は激しく抵抗したため、逃亡を防ぐため、警官は法に基づき雷某に手錠を掛け、21時45分に車に乗せた。取り調べのために連行する途中で、雷某の体が不調を示し、その状況が異常であったことから、警官が雷某を直ちに付近の“昌平区中西医結合医院”へ搬送し、22時5分に到着して緊急の応急手当を行った。雷某は応急手当の甲斐もなく、22時55分に死亡した。

 当夜、警官は足療店で、“朱某”(男、33歳、黒竜江省籍)、“兪某”(女、38歳、安徽省籍)、“才某”(女、26歳、青海省籍)、“劉某”(女、36歳、四川省籍)、“張某”(女、25歳、雲南省籍)の5人を違法犯罪の容疑で逮捕した。取調べと法に基づく現場検証により、雷某が同足療店内で買春を行って200元(約3400円)を支払ったことを実証した。現在、上記の5人は昌平警察によって法に基づく強制措置を採られている。雷某の死因を究明するため、家族の同意を得た後、第三者に委託し、検察機関の監督の下で検死を行う予定である。

【7】この発表を受けて、メディアは一斉に動き始め、事件当日に自宅を出た後の雷洋の足取りを検証した結果、足療店付近の目撃者から以下の証言が確認された:

 5月7日21時頃、昌平区霍営の某住宅団地内にある“足療店”は2台の警察車両と十数人の警官によって包囲されていた。そのうちに、手入れが始まったらしく、“足療店”内から大きな物音が聞こえ、その後で“足療店”から少し離れた場所からも叫び声が聞こえて来た。それは身長170cm位の若い男が3人の男たちと言い争っている声だった。若い男は周囲の人々に向かって「助けてくれ」と叫んでいたが、最後には3人に押さえ込まれ、黒色の車両に乗せられようとした。これを見て、ある者は110番へ通報したし、またある者は3人に何者かと尋ねたが、彼らは「自分たちは“便衣(私服警官)”だ」と答えた。通報を受けて付近の派出所から急行した警官が3人の身分証を確認したところ、彼らは確かに私服警官であった。

【8】一方、メディアは家族から聴取した事を根拠に次のような疑問を提起した。

遺族から4つの疑問

(1)雷洋は毎週のようにサッカーをしており、健康そのものだった。それがなぜ突然体の変調を来して死亡したのか。彼には心臓病の病歴もなかった。

(2)家族が雷洋の遺体と対面を許された時間は5~6分に過ぎず、遺体には白布が掛けられていた。このため、遺体の一部分しか見れなかったが、頭部と腕に明らかなうっ血があったほかは、さほどの外傷は認められなかった。逮捕しようとする警官と激しく揉み合ったり、車から飛び降りたのであれば、多数の外傷があってしかるべきだが、それはなぜか。

(3)雷洋は搬送されて22時5分に医院へ到着し、22時55分に死亡が確認された。いずれの時点でも速やかに家族へ連絡を入れるべきである。にもかかわらず、家族が8日1時頃に東小口派出所の警官が雷洋のスマホで応答するまで、警察側が雷洋の死を連絡しなかったのはなぜか。家族が雷洋の死亡を知るまでには2時間以上が経過していた。

(4)雷洋の遺品となったスマホには通信記録は残っていたが、なぜか位置情報の記録だけが削除されていた。位置情報記録の削除は故意に行われたものと思われるが、一体誰が何の目的で行ったのか。

【7】警察側は、雷洋が足療店で200元を支払って買春した証拠として押収した使用済みコンドームから雷洋のDNAを検出したと述べている。しかし、雷洋が自宅を出たのが20時45分から21時の間として、警察側が発表したように雷洋が足療院を出たのが21時14分なら、買春するには時間が短すぎることになる。現場付近の監視カメラの映像によれば、雷洋が自宅のある天鑫家園を出たのが21時きっかり、問題の足療店付近に到達したのが21時4分過ぎで、雷洋が3人の私服警官と揉み合いになったのが21時17分であった。ということは、雷洋は21時5分頃に足療店へ入り、いわゆる「本番」をして21時14分に足療店を出たことになり、所要時間はわずか9分しかない。誰が考えても雷洋が買春を行ったとは思えない。

【9】官製メディアの人民日報は、5月11日付で北京市公安局昌平分局の関係責任者3人に取材して、この事件の疑問点を質した記事を掲載したが、その答は以下の通りだった。

(1)雷洋がビデオカメラを破壊したために、現場状況の記録はない。 (2)雷洋は車から飛び降りたのではなく、停車させた車から正常に降りたので外傷はない。

(3)手錠を掛けた後の雷洋は反抗もせず、話もしなかった。しかし、様子がおかしいと気づいて医院へ搬送したもので、雷洋に暴行を行った可能性はない。

(4)家族への連絡が遅れたのは、雷洋が抵抗した際に所持品が四散し、スマホを見つけるのに手間取ったことによる。iPhoneはパスワードを入力しないと使えないので、位置情報記録を削除したことはない。

(5)雷洋が買春したことは現場で押収したコンドームのDNA鑑定から明白である。なおかつ、雷洋は逮捕された際の尋問に、“大保健(本番)”を行い、200元を支払ったと供述している。

人民日報の報道は、正に「死人に口なし」という言葉がぴったりの内容で、警察側の言い分に正当性を与えたものだった。雷洋の家族が委託し、検察院が承認した第三者による雷洋の検死は、5月13日に北京市公安局の法医検査鑑定センターで北京市検察院と法医学専門家の立ち会いの下に始まり、遺体解剖に続いて病理検査などが行われ、翌14日の早朝に完了した。この検死結果は20日後に公表されることになっている。20日後は6月3日になるとはずだが、どのような結果が公表されるのか。中国政府“公安部”や北京市公安局の影響を受けない正当な検死結果が発表されることを期待したいが、果たしてどうなるのか。

疑念晴れず、事件続々

 検死結果に私服警官による暴行の痕跡が認められれば、雷洋の「買春した末に死亡した」という汚名が晴れる可能性はあるが、言われなき汚名を着せられたままでは雷洋は浮かばれまい。筆者が見る限りでは、足療店を張り込んではみたものの、客が入らないために空振りになると考えた私服警官が、たまたま通りかかった雷洋を買春容疑者に仕立てようとしたものと思われる。ところが、雷洋が思いの外激しく抵抗したため、外傷ができないように暴力を加えて逮捕したが、暴行の度合が激しすぎたために雷洋の体調が急変して死に至ったのだろう。

 なお、5月16日、雷洋の妻の呉文萃は“北京市人民検察院”に対して北京市公安局昌平分局の雷洋買春事件に関与した警官を故意による傷害致死罪、職権濫用罪および証拠ねつ造幇助罪で告発した。

 北京市では5月9日に世論を沸騰させた“魏則西事件”<注>の調査結果が発表されたことで、市民生活はようやく落ち着きを取り戻すかと思えたが、続いて発生したのは雷洋事件だった。これらのゆゆしき事件が続発するのは、中国社会に矛盾が蔓延しているからであり、中国社会が変調を来していることの証と言えるのではないだろうか。

<注>魏則西事件については、2016年5月13日付の本リポート「21歳の辞世ブログが暴いた中国医療の暗部」参照。

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5/19日経ビジネスオンライン 水野忠彦『習近平の指導力低下は、日本にとってマイナス 東京大学教授 高原明生氏に聞く』、中島恵『新文化の担い手になりつつある「80后」 「反日的」とも言われたが…』について

習近平=独裁者と思っている人間にとって、「彼の指導力低下は、日本にとってマイナス」という表題は刺激的過ぎます。プーチンにも同じことを言えるのかなあ?東大教授と言うのはアカが多いので、共産党支配を崇め奉り、人権抑圧の部分が見えなくなっていると思います。こういう先生に教わり、真面目に勉強すれば片端な人間ができあがるのではと心配になります。

長い間の反日教育(袁世凱時代から)と指桑馬槐のお蔭で誰が主席になっても反日は止められません。米国と戦争をして中国が勝てば、凱旋将軍として反日を止めさすことはできるでしょうけど、その場合、反日ではなく日本を属国にするでしょうから、関係なくなります。毛沢東は日本軍との戦争を避け、逃げ回ったことを「長征」と言い換え、朝鮮戦争では国民党の残党を「屍を乗り越え」させ、その戦争に功のあった彭徳懐を廬山会議での上申を逆恨みし文化大革命で拷問死も同然の扱いをさせました。毛が中華人民共和国の建国の父として天安門に大きな額が掲げられているのですから、中国人のレベルが知れるでしょう。鄧小平も中越戦争に敗れたにも拘わらず、国内向けには勝ったことにしていました。強い独裁者の存在が日本にとってプラスになるという論理が理解できません。毛にしても鄧にしても権力闘争で対立相手を粛清してきました。反日と言う蜜の味を覚えた中国人がそれを手放すはずがありません。

独裁者の定義の問題ですが、高原氏は「地方が言うことを聞かないから習は独裁者でない」と言いますが、中国人は「上に政策あれば下に対策あり」で下の人間は自分の不利益を知恵で回避してきた歴史があります。中国の歴代政権は独裁でないのかと言いたい。中央集権や群雄割拠の時代もありましたが、民主主義とは縁遠い歴史しか持ち得ていません。共産党一党独裁と言うではないですか。戦前の日本を軍部独裁と言うのであれば、それ以上に国民に自由を認めない政治体制を、「習は独裁者でない」という事で共産党のイメージを和らげる効果を与えるのはどうかと思います。勿論、東条英機は独裁者ではありませんし、戦前日本が独裁国家であったわけではありません。

中島氏の記事では、「80后」は愛国教育のお蔭で反日が刷り込まれていると思ったが、そうでなかったとのこと。毛沢東の閉鎖社会の時代から鄧小平の改革開放の時代で、いまや海外に旅行や留学に行く時代になっていますから、見分を広め、共産党が正しいことを言っている訳ではないというのを肌で感じ取れるようになってきているのかも。でもこれも今まで経済がうまく行っていた余裕があったからでしょう。借金をすることで短期間に経済成長してきましたが、それだけでは必ず行き詰まります。借金は必ず返さなければなりません。どこから返すかというと売り上げを上げて、利益の中から返すことになります。政府であれば税金を上げてとなります。中国は借金して、不動産投資でGDPを上げてきましたが、実需がなく鬼城になっている所も多いです。資本主義国ではハゲタカが安く買って、再生して売却するという手もありますが、中国はそんなノウハウはありません。米国のハゲタカの手には渡さないでしょう。結局、札を増刷する(=インフレ)ことしか手はありません。国民生活が苦しくなり、それが革命を齎すかもしれません。共産党は内部矛盾を反日で乗り切ろうとするのでは。大陸にいる日本人は早めの帰国を勧めます。

水野忠彦記事

尖閣諸島の問題から、最近の中国による南シナ海での人工島造成まで日中間の関係改善を阻む壁は多い。日本から見ると中国の最高権力者、習近平は中国をどんな国にしたいのかも疑問だ。習近平は何を考えているのか。今後の日中関係はどうあるべきか。中国政治研究の第一人者である東京大学の高原明生教授に話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス、水野孝彦)

2014年から日中関係は改善を始めた

—現在の日中関係は日中国交正常化以後の歴史の中で見ると、最悪期にあたるのでしょうか?

Akio Takahara

高原 明生(たかはら・あきお)氏 東京大学法学部教授 1981年東京大学法学部卒業、1983年サセックス大学開発問題研究所修士課程修了、1988年サセックス大学開発問題研究所博士課程修了などを経て、2000年立教大学法学部教授。2005年東京大学法学部教授。専門分野は現代中国の政治、東アジアの国際関係

高原:日中国交正常化以後の日中関係は70年代、80年代は良好でしたが、90年代から下り坂となり、2010年以降からガラガラッと関係が悪化しました。ただ、2014年から関係改善の兆しが見えてきました。理由としては4つあります。

 まず、安全保障の面です。2014年5月、6月と続けざまに日中の軍用機のニアミス事件が起きました。本当に衝突していれば、対立はエスカレートせざるを得ませんから、危機管理のメカニズムを実用化する必要があると中国も理解しました。

 次に中国経済の減速が明らかになる中で、日本との経済的なつながりの大切さを中国の指導層も再認識したということが挙げられます。

 そして3つ目は、国際関係という面では南シナ海での米中の対立などで、米との新型大国関係が滞っています。対米関係悪化の局面で欧州やアジア諸国との関係改善を図るというのが、中国の歴史的なパターンです。いま進めているのは「一帯一路」(「シルクロード経済ベルト」を意味する「一帯」、「21世紀海上シルクロード」を意味する「一路」)という経済圏構想ですね。そうした外交路線の転換の一環として日本との関係改善を図っていると考えられます。

 最後に中国国内政治です。中国にとって対日関係の改善は強いリーダーしか取り組むことができない課題です。反日宣伝キャンペーンのおかげで、日本に理解を示すことは政治的に正しくない行為となっており、容易に政敵の批判を受けるからです。その意味では習近平総書記の力が強まったことで関係改善が進んだと言えます。

 ただし、今後も楽観はできません。経済の減速が進めば、ナショナリズムで中国共産党や国民をまとめようとする可能性があり、東シナ海の尖閣諸島近海に送り込んでくる船を増やすなどの形で、日中の対立をあおる可能性も否定できません。社会が動揺している時期は、どこの国の世論も揮発性が高く、中国もそれにあたります。不必要な摩擦が生じることを避けるよう、日中両国の要人は言動に注意すべきでしょう。

 日本と中国のお互いに対する認識ギャップは大きく、日本人は最近の日中の緊張関係を全部、中国が悪いと考えていますが、中国人はみんな日本が悪いと思っています。こうしたギャップを縮める努力が必要です。

—中国の世論は、中国共産党や官製メディアにコントロールされているのではないのですか。

高原:中国共産党が国を導くという基本原則があり、官製メディアの世論へのリーダーシップも強いです。ただ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にも世論を動かす力はあり、だからこそ、共産党はインターネットの管理に力を入れているのです。お互いの相互作用で中国全体の世論と言いますか、「社会の雰囲気」が形成されています。

 実際のところ、中国の政治家はSNS上の世論をかなり気にしています。地方の幹部がニュースに出ていたときに高級時計をしていたといった書き込みで、本当に失脚することもあるほどです。もちろん、中央のトップについての批判やパナマ文書関連は厳しく検閲されているので、その限りではありません。

Tian an men

習近平にとって大切なのは中国共産党の支配が続くこと

習近平は独裁者ではない

—そもそも最高権力者である中国共産党の習近平総書記は、中国をどうしたいのでしょうか?

高原:はっきりしませんね。経済的、政治的な改革をする「右」方向に行きたいのか、毛沢東時代をほうふつとさせる「左」方向に進みたいのか、もちろん中国にとって望ましいのは、国有企業の寡占体制を打破し、富の分配制度を改革することです。その2つを実現するための政治改革も必要です。これは前首相の温家宝時代から言われていたことで、現在の財政部長(日本の財務大臣に相当)も所得税の累進税率の強化や不動産税の徴収強化を主張していますが、既得権益を奪うようなことは政治的に難しいです。

 ちなみに、遺産税(日本の相続税に相当)は税目としては存在するのですが、実際には徴収されていません。さらに、大金持ちだけが相続税の徴収に反対するかと言えば、そうでもないのです。家やクルマをやっと手に入れたのに手放すのは嫌だという市民も多いというのが現実です。

 習近平自身については二つの見方があります。一つは政治改革を本当はしたいが、その前に抵抗勢力を打ち払って二期目で政治改革に取り組むという説です。もう一つは政治改革に興味はないというもので、私は現時点では後者だと思っています。

 彼にとって大切なのは中国共産党の支配が続くことです。政治改革に興味はないと感じます。海外の第三者から見ると、中国共産党が絶対的な権力を手放す方が、長い目で見て国家や社会が安定すると思うのですが、当事者はそう考えられない。中国のことわざには「虎にまたがったら降りられない(騎虎の勢)」という言葉があります。背に乗り続けていないと食われてしまうという意味ですが、権力を手に入れた以上、それを維持するしかないということです。

 反腐敗の取り締まりが続くことで、地方の幹部が萎縮してやる気を失い、経済への悪影響が懸念されていることは、習近平も認めるところです。習近平は幹部たちの不作為を批判しているのですが、彼は独裁者ではない。地方の幹部たちは面従腹背で言うことを聞きません。

 自分で何でもコントロールしようとし過ぎたことで習近平への反発は強まっています。2月19日に新華社や人民日報といった三大メディアを回って、「メディアの姓は党」であり、「党の喉と舌」として党中央の意向をきちんと伝えることを要求しました。

 それに対しては、強い反発を世論の側から受けました。特に反腐敗の取り締まりを進める王岐山の友人で経営者の任志強氏が痛烈に批判し注目を集めました。官製メディアからはその任志強氏への批判が始まりましたが、騒動の最中、中央規律検査委員会は「千人の諾諾は一士の諤諤に如かず」(千人の服従は、一人の直言に及ばない)と題した記事をホームページに掲げました。そして任志強氏への批判がやんだことで、習近平が妥協を強いられたと格好の話題になりました。

 また、「習近平同志を中核(中国語で核心)とする党中央」というフレーズを使うことがいくつかの地方指導者から始まり、誰がその表現を使うか多くの人々が固唾をのんで見守っていたのですが、中央政界の人のほとんどは呼応せず、キャンペーンは頓挫してしまいました。これは習近平の威信に打撃を与え、潮目が変わってきたと感じます。

 3月4日には官製メディアの1つに習近平同志への公開書状が公開され、数時間後には取り下げられたのですが、不景気や外交上の孤立化、メディア統制や権力の独占など諸方面の習近平の失政を並べ立て、その辞職を勧告する内容で、政治的に高いレベルでの抗争があることを示唆するものでした。

 少なくとも2015年までの様に政敵を次々に倒していた頃と、習近平を取り巻く環境は違います。来年開催される5年に1度の中国共産党の党大会に向けて、いよいよ熾烈な戦いが始まったということです。党大会では7人の政治局常務委員のうち、5人が交代する可能性があり、そこに誰が入るのか。構図としては、「習近平の支持者たち」と、反発する元総書記の江沢民や前総書記の胡錦濤につらなる人々を含めた「その他の勢力」との対決です。

中国の政治が今後も安定していると思う人は少数派

—習近平総書記の力が落ちることは日本にとってプラスですか、マイナスですか?

高原:習近平の力が落ちるのは現時点では日本にとってマイナスだと考えます。習近平は対日関係改善に踏み切り、2014年、2015年にそれぞれ1回ずつ日中首脳会談を実施しています。そのほかにも複数回、日中関係の改善を訴える良い演説をしてきました。

 例えば、2015年5月23日、自民党の二階俊博総務会長が3000人以上の旅行業関係者を連れて中国を訪問した際に演説し、「みなさんを通じて多くの日本の方々に心からのご挨拶と祝福の意を申し上げます」「歴史のわい曲は中国人も日本人も許しません。日本国民も戦争の被害者であり一緒に平和を築いていかなければなりません」といった趣旨の演説をして、人民日報の1面に大きく掲載されました。ただ、日本のあるテレビ局はそのニュースのキャプションで「歴史のわい曲許さず」とだけ強調していて残念でしたが…。

—これからの日本と中国はどうなると思いますか?

高原:2014年に中国を訪問し、様々な人の話を聞いたのですが、中国の政治や経済がこれから先も安定していると思っている人は少数派です。何がどうなるかは分からないが、大きな変動がこれからあると多くの人は思っています。

 中国では党が認めた宗教については信教の自由が認められていますが、非公認のものも含め、キリスト教や仏教の信者が増えています。これも将来への不安の表れではないでしょうか。ちなみに布教の自由はありません。

 たとえ経済成長率が3~4%に落ちたとしても、相当大きなマーケットが毎年、新たに生まれると考えられますが、経済成長率が4%にまで落ち込んだ時に中国が政治的、社会的に安定を維持できるのかは、注意深く観察していく必要があると思います。北京や上海を見ているだけでは、中国の実態は分かりません。もっとお互いをよく知る努力が必要で、中国からたくさんの観光客が訪れていることはその意味で、素晴らしいことです。

 できれば、さらに影響力のあるブロガーを含めた両国の知識人がお互いの国を訪ねて交流したり、多くの青少年がお互いの国でホームステイをしたりすることも大事です。特にお互いの国の政治家の家にホームステイできれば、より良いでしょう。そして、自衛隊と人民解放軍の交流も大事です。認識ギャップが危険なまでに拡大している現在、相手の部隊を訪問したり、艦艇交流をしたりすることで、相互理解を深めることが非常に重要です。

中島恵記事

中国の変化は日本の何倍のスピードだろうかと思うほど速い。1年前に見かけた自動販売機は日本のような最新式のものに取って変わり、ショッピングセンターも行くたびに変わる。風景や建物だけでなく、人々やソフトの内容まで変化している。環境の変化に対応するだけでフラフラになるほどだ。

 だが、従来の変化はほとんどが経済的なものが中心だった。これまで中国は経済の発達スピードに比べて、文化の発達スピードは遅いと言われてきた。経済最優先で、文化の充実は後回しにしてきたからだ。マナーや道徳などの面も同様で、それが各国から中国が揶揄されるひとつの材料になってきたが、ここへきて、文化レベルの向上が見られるようになってきた。先日、中国各地を自分の足で歩いてみた実感だ。

 新文化の担い手となっているのは、かつて80后(バーリンホー、1980年代生まれ)と呼ばれ、メディアを賑わせた世代の人々だ。日本でいう「新人類」のように注目された世代だけに、記憶に残っている人は多いだろう。一人っ子でわがまま、権利意識が強く、愛国主義の影響で一部では反日的だとも評された世代(現在27~36歳)である。

 そんな「貧しさを知らない中国のボリューム世代」である80后(バーリンホー)が、いよいよ中国文化をけん引していく時代に入ってきているのではないか、と感じたのだ。

まずくて薄くて高いコーヒーが…

 たとえば、カフェ文化の担い手だ。中国のコーヒーといえば「まずい、薄い」、そして最近では「日本より高い」が当たり前だった。中国料理にコーヒーはマッチしないからなのか、東アジアの中で、コーヒー文化のレベルは日本だけが突出して高く、比較的早く経済発展し始めた香港や台湾などでさえ、コーヒーの味はイマイチだと感じることが多かった。だが、最近は事情が変わってきた。香港や台湾にもないような、日本のカフェを模した洗練度の高いカフェが、次々と中国に出現しているのだ。それらを経営しているのはいずれも80后の若手中国人たちだ。

「おいしいコーヒーを淹れるだけでなく、植物をたくさん置くことで、お客様にリラックスしていただける空間を目指しています」

 はにかみながらこう笑顔で語るのは、杭州でカフェを経営する80代前半の女性経営者2人。そのうち一人は以前テレビ局でアナウンサーとして働いていたが「自分でお店をやってみたくて」独学でカフェ経営を学び、昨年この店をオープンさせたという。広々とした店内には、たくさんの観葉植物や、京都までわざわざ行って仕入れてきたという雑貨や本などが飾ってあり、まるでどこかのドラマのセットかモデルルームかと錯覚するほど。植物には値段がついており、50元(900円)、100元(1800円)と安くはないが、インテリアになりそうなおしゃれな植木鉢に植えられており、思わず、ここが日本国内だったら買って帰りたいと思ってしまった。

cafe in Hangzhou

杭州にあるカフェ

 「杭州にはカフェやレストラン、手作りの雑貨や家具などを扱う専門店が集積する一角がある」と中国人の友人に連れられて出かけたのだが、まさに、ここがそのカフェだった。ほかにも数軒のカフェを訪れたが、経営者はすべて30代、店員は20代だった。

 友人によると、彼らはわざわざ“コーヒー先進国”日本まで出かけ、カフェをはしごして店の内装などを研究。新鮮な豆の仕入れ方や豆のひき方、ドリップの仕方など、カフェに必要な要素を学んでいるという。道理で、日本のカフェにいるのと遜色ない。

select shop in Hangzhou

杭州にあるセレクトショップ

「本土ブランド」も人気

 専門的な店といえば、上海の旧フランス租界、富民路という雰囲気のいい通りには中国ブランドを集めたセレクトショップがいくつも出現している。衣服、アクセサリー、小物などファッションに関するブランドは、2~3年前から地元のファッション誌などで「本土品牌」(ベントゥーピンパイ)と呼ばれるようになった。中国人(地元)のデザイナーによるオリジナルのブランド(品牌)だ。セレクトショップには20前後のブランドが置いてあり、有名になりつつある新進のデザイナーの作品も含まれているが、彼らもほとんどが80后だった。

今回の取材旅行中、私はセレクトショップを訪れることができなかったのだが、偶然、飛行機の機内誌を読んでいたとき、行ってみたいと思っていたショップの特集が目に留まった。

 それによると、ファッションデザイナーのひとりは1983年生まれの33歳。ファッションを学ぶためにニューヨークのファッション工科大学に留学。イタリアでも修業を積んだあと、地元上海に戻り、2013年に自らのブランドを立ち上げたという。インタビューには「留学中はニューヨークが世界の中心だと思っていたが、上海に戻ってみると、それぞれの場所に、それぞれの面白さがあることを知った」と書いてあり、気負ったところはない。とくに中国色を打ち出した中国的なデザインというわけではなく、どこかコスモポリタン的なデザインだ。

 この記事を読んでいて、私ははたと気がついた。今回の中国取材中、アトランダムに30人ほどの中国人にインタビューしたのだが、考えてみれば、カフェやホテルの経営者、デザイナー、大学教師など、取材相手の多くが30代の80后だったのだ。中国の平均年齢は日本より10歳ほど若く約30歳。だから、30代の中国人に出会う機会が多いのは、考えてみれば当たり前で、不思議なことではないのかもしれない。中国のボリューム世代であり、日本でいえば「団塊ジュニア」前後の働き盛りに当たるからだ。

中国には珍しい体験型の宿泊施設

 だが、とくに感じたのは、デザイン性が高く、創造性に優れ、従来中国になかった新文化などをリードしているのが80后という特徴があるのではないか、と思ったのだ。

 杭州で出会ったホテル経営者も、前述のデザイナーと同じく33歳だった。彼も以前はデザインの仕事をしていたが、農村にある古い民家を活用できないかと考え、それまで中国にあまりなかった民家を改装したプチホテルの経営に乗り出した。1泊1000元(約1万8000円)ほどだが、都会で疲れた同世代(30代)以上の夫婦や家族連れがSNS(交流サイト)で情報を拡散し、密かな人気となっている。都会の人にとっては珍しい野菜の収穫体験や魚釣りなどが目玉で、従来中国にはなかったタイプの宿泊施設だ。彼は「自分と同世代の中国人は仕事のプレッシャーに追われている。リラックスできる場を提供したいと思った」と、ホテルをオープンする経緯について話してくれた。

 このホテル経営者の事務所を訪ねたとき、仲間のひとりだというグラフィック・デザイナーにも出会った。彼は1982年生まれの34歳。江西省の田舎の出身だ。幼い頃から絵を描いたり粘土をこねたりするのが好きで、早くから美術の道を志した。一人っ子だが、両親は「何でもやりたいことをやらせてくれた」(同デザイナー)という。

 上海の大学で専門的に美術を学び、デザイン会社を経て、現在は独立してデザイナーとして活躍している。いくつかのオブジェや革小物、文房具のようなものを見せてもらったが、センスがよく、素材にこだわった手触りのよい作品が多かった。そのデザイナーは「日本のグラフィック・デザイナーの大治将典さんの作品が好きなんです」と語っていた。デザインに優雅さがあり、東洋的な雰囲気を感じるからだそうだ。どうしても見たい美術展や個展がある場合は、わざわざ飛行機に飛び乗って、日本に出かけるとも話していた。

 私が出会った80后に共通しているのは、自由な発想と創造力、そして柔軟性を持っているという点だ。さらにいうならば、自然な形で隣国・日本の文化を受け入れ、真似ごとではなく、自分たち流にアレンジできているという点だろう。どちらも、それまでの中国人にはなかった特徴と傾向だ。

 中国の教育は、よく知られている通り「詰め込み式」のスパルタ教育である。中国の中学・高校には、日本と同じようなクラブ活動はほとんど存在しない上に、中国では勉強でいちばんになることが最善とされてきた。むろん、受験競争も厳しく、ボリューム世代である彼らは勉強漬けの毎日を送らざるを得なかった。だから、彼らの中で優秀な人は、勉強はできるかもしれないが、独自性とか発想力はあまりないのではないか、と私は思ってきた。

 ところが、じっくり話を聞いてみると、必ずしもそうではないようだ。もちろん、大多数の中国人の価値観は今も勉強一辺倒だが、それ以外の価値観も徐々に許されるようになってきている。最近の10代の若者にはとくにそれが顕著だが、その先駆けとなっている第一世代が、1980年以降に生まれた彼らなのではないかと思うのだ。

前述のグラフィック・デザイナーは「両親の時代は貧しく、勉強したくてもできない世代だった。学校の勉強も大事だが、私の両親の場合は私の意志や希望を尊重してくれた。美術をやりたいなら、とことんやってみなさい、と背中を押してくれた」と話していた。

 ホテル経営者も、ホテルの開業資金の一部を父親が捻出してくれたといい、文化大革命時代に青春を送った両親が「自分たちにはできないことだからこそ、息子や娘にさせてあげたい……」という。中国の親が子供に欧米への留学を薦めるのも、かつての中国ではどんなに優秀でも出国することは困難だったからだろう。つい十数年前までは、中国人に生まれたがゆえにできないという、日本人には想像できないほど不自由なことが多かったのだ。

 彼らが生まれたのは中国の改革・解放(1979年)の翌年以降だ。中国がようやく世界に向けて足並みを揃えようと第一歩を踏み出した頃だ。彼らが小学校に入るくらいの頃からは生活も豊かになり始め、習い事などもかなり自由にさせてもらえるようになった。

 34歳のグラフィック・デザイナーはいう。

 「中国はこの100年間、世界に相当な遅れを取ってきたけれど、この20年ほどは猛スピードで追い上げてきた。そこで歪みも生まれたかもしれないが、いいこともあった。私たちの世代が幸福なのは、インターネットの発達によって、昔の作品や外国の情報など、中国にいながらにして、かなりのものを見たり読んだりできることです。ネット上には何でもありますから。そこには時差もなければ国籍もない。私たちは自分たちが生まれる以前の中国のことも、世界のことも、日本人が想像している以上によく知っているんですよ」

80后に与えた日本の影響

 私が中国の微信(中国版line)でよく見ているものに、「一条」というサイトがある。上海画報という雑誌が作ったウェブメディアで、国内外のライフスタイルやトレンドを紹介しており、中国では約5000万人がフォロ―しているのだが、そこにも最先端と思われるファッションや、外国人が撮影した昔の中国の貴重な映像などが紹介されていて勉強になることが多い。微信から流れてくる情報を見ているだけで、膨大な知識を得ることができる。

 「それに、中国人にとって、日本の影響は非常に大きいです。すぐそばにある世界の最強国であり、同じ東洋の文化を共有しているのですから。幼い頃から見てきた日本のアニメや、小説、ドラマが私たち80后の生き方や創造性に強い影響を与えていることは間違いないと思いますね」

 これまでの取材でもずっと感じてきたことだが、80后世代は、その前の70后(70年代生まれ)、60后(60年代生まれ)と大きく異なり、日本に対するアレルギーや固定概念がほとんどない。以前は愛国教育の強い影響を受けていると思われてきたが、彼らと話していると、それを感じることはほとんどない。また、すぐそばにある“できすぎた国”、日本の影響を受けることによって、一時期は中国にパクリ文化がまん延したが、それを80后たちは「恥ずかしい。やめてほしい」と感じるようになり、最近では、日本のものをそのまま受け入れたり、自分たち流にアレンジしたり、再創造できるまでになってきた。一定の時間を経て、独自の想像力を持てるようになったり、視野を広げる余裕ができたのだ。

 2012年、私は『中国人エリートは日本人をこう見る』という新書の中で、80后の女性作家であり女優の田原さん(芸名)を紹介したことがある。2011年に北京で彼女に会ったとき、有名な商業施設である三里屯(サンリートン)の建築は日本人の隈研吾氏であると指摘し、「彼らは、とくに日本風のデザインを用いているわけではないのに、日本的なカラーやスタンスをちゃんと持っている」と話していた。同時に「中国では1966年から約10年間続いた文革によって、文化に大きな断層がある。北京の街を見渡してみても、高層ビルが立ち並ぶだけで、中国的な伝統文化が感じられない」と嘆いていたが、あれからわずか数年で、彼女たちの世代は大きく変わってきたのではないかと思う。

 中国を代表するような建築物やファッションなどはまだ中国人の間から生まれていないが、もし生まれるとしたら、きっとこの80后世代からではないかと思う。

 5年前の取材のとき、田さんに「10年後、あなたたちの世代が中国の中心になったとき、中国はどうあるべきだと思いますか?」という漠然とした問いかけをしてみたことがある。そのとき彼女は「自分たちの文化を持つこと。いや、取り戻すこと、というべきなのかな」と答えてくれたが、あと5年で、その時期を迎える。中国に新文化が花開く日は近い、と私は思っている。

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