『ホルムズ海峡へ海自掃海艇は派遣できるか、朝鮮戦争と湾岸戦争から読む「法的限界」 知られざる「極秘掃海」の歴史がホルムズ海峡問題を照らす』(7/9JBプレス 横山恭三)について

7/10The Gateway Pundit<The Democrat Party’s History of Race-Based Policies: From Slavery to the KKK to DEI=民主党の人種に基づく政策の歴史:奴隷制度からKKK、そしてDEIまで>

歴史的に見て民主党は邪悪(FDRのハルノート、トルーマンの原爆投下も含めて)なことをしてきたということ。

奴隷制度からKKK、ジム・クロウ法、アファーマティブ・アクション、そしてDEIに至るまで、民主党は150年以上にわたり人種に基づく政策を推進してきた。写真提供:シカゴ大学。

民主党員は日常的に共和党員を人種差別主義者、ナチス、ファシストと呼んでいる。その一方で、彼らは多様性、公平性、包括性(DEI)、アファーマティブ・アクション、そして人種に基づく入学、雇用、昇進を推進しているが、これらは客観的に見て人種差別的な政策である。

共和党は、すべての法律が人種に関係なくすべての人に平等に適用されることを望んでいるため、人種差別主義者とみなされている。一方、民主党は人種に基づく政策の長い歴史を持つだけでなく、KKKの創設者でもある。その一方で、共和党は主に奴隷制度廃止論者によって結成され、特に奴隷制度の拡大を阻止することを目的としていた。

エイブラハム・リンカーンは共和党初の米国大統領であり、1860年に、主に奴隷制の新たな領土への拡大に反対するために1854年に設立された共和党の候補者として選出された。リンカーンは1863年1月に奴隷解放宣言に署名し、南北戦争で北軍の勝利を指揮したが、リー将軍がアポマトックスで降伏した数日後の1865年4月に暗殺された。その後、共和党が多数を占める議会は、1865年に奴隷制を廃止する憲法修正第13条、1868年に市民権と平等な保護を確立する憲法修正第14条、そして1870年に人種に関係なく投票権を保障する憲法修正第15条を可決した。

民主党は、投票権を制限し、黒人の参政権を剥奪しようとするという、正反対の方向へと進んだ。この運動は1890年代から1965年の投票権法成立まで続いた。

1890年代に人民党が敗北した後、民主党は州憲法を改正し、人頭税などの選挙権剥奪措置を導入した。投票には税金の支払いが義務付けられていたため、貧しい黒人、そしてしばしば税金を支払う余裕のない貧しい白人は、投票権を剥奪された。

南部各地の民主党が支配する州議会は、1895年から1910年にかけて、黒人有権者を排除する一方で白人有権者を免除するために、識字テスト、祖父条項、白人限定の予備選挙などを課した。

この時代の歴史に刻まれ、後にバラク・オバマがジョン・ルイス下院議員の葬儀で言及した戦術の一つに、いわゆる「ジェリービーンズテスト」がある。選挙管理官は黒人の申請者に、瓶に入ったジェリービーンズの数を推測させたのだ。アラバマ州の有権者テレサ・バロウズは、1940年代後半にヘイル郡選挙管理委員会からまさにこの質問をされたと語っている。NPRの報道によると、これは彼女の有権者登録を2年間遅らせるために用いられた戦術の一つだったという。

これらの法律は、人種隔離法とともに、1870年代から1960年代半ばまで続いたジム・クロウ時代を通じて、民主党が支配する州議会によって制定された。

今日、民主党は共和党が有権者ID要件を支持するのは人種差別的だと主張している。彼らは、少数派は運転免許証や出生証明書を取得できないと主張しているが、これは非常に侮辱的で人種差別的な主張である。また、有権者IDは人頭税だと主張しているが、投票に料金がかかるわけではなく、成人は日常生活を送る上で身分証明書が必要なので、これはナンセンスな主張である。皮肉なことに、人頭税を制定したのは民主党自身なのだ。

人頭税は1964年の憲法修正第24条によってついに廃止された。この修正案は民主党のスペサード・ホランド上院議員が提出し、リンドン・B・ジョンソン大統領が署名して成立した。南部民主党の反対を押し切り、議会の両院で共和党の圧倒的な支持を得て可決された。

下院は賛成295票、反対86票で修正案を可決した。共和党は賛成132票、反対15票、民主党は賛成163票、反対71票だった。上院は賛成77票、反対16票で可決した。共和党は賛成30票、反対1票、民主党は賛成47票、反対15票だった。

共和党議員は民主党議員よりも高い割合でこの修正案を支持し、下院では約90%、上院では約97%が賛成したのに対し、民主党議員ではそれぞれ約70%と76%にとどまった。反対意見はほぼすべて南部民主党議員から寄せられた。

クー・クラックス・クランは、奴隷解放後の数年間、黒人の政治的権利と共和党による再建政府に激しく反対した南部民主党員から生まれた。クランの初代グランド・ウィザードであるネイサン・ベッドフォード・フォレストは、 1858年に民主党員としてメンフィスの市会議員に選出された。彼はまた、1868年にニューヨークで開催された民主党全国大会の代議員でもあった。サウスカロライナ州のウェイド・ハンプトン3世をはじめ、他の著名な元南軍兵士もこの大会に出席していた。

ウェイド・ハンプトン3世は南軍の中将であり、南北戦争以前の南部で最も裕福な奴隷所有者の1人であり、推定900人から数千人の奴隷を所有していた。サウスカロライナ州では、州民主党中央委員会の委員長を務めた。

ハンプトンはクー・クラックス・クランの正式なメンバーではなかった。しかし、8年後の1876年、彼はレッドシャツと呼ばれる準軍事組織を率い、州知事選の選挙運動中に民主党のために黒人有権者や共和党関係者に対して脅迫や暴力を振るった。エレントン暴動だけでも、この組織は推定30人の黒人民兵と州議会議員のサイモン・P・コーカーを殺害した。

クー・クラックス・クランは20世紀に入っても民主党の政治活動に関与し続けた。1924年にニューヨークで開催された民主党全国大会には、数百人のクー・クラックス・クラン会員が代表として出席し、クランを名指しで非難する綱領案は僅差で否決された。

第二次世界大戦後も、民主党とクー・クラックス・クラン(KKK)との繋がり、そして民主党と黒人の政治的権利の抑圧との繋がりは続いた。1960年代にアラバマ州バーミングハムの公安委員長を務めたユージン・“ブル”・コナーは、強硬な人種隔離政策とクー・クラックス・クランとの密接な関係で悪名高かった。

コナーは正式なクー・クラックス・クランのメンバーではなかったが、人種差別的な暴力行為を行ったクランメンバーを擁護した。1961年、彼はクランメンバーが妨害を受けることなくフリーダム・ライダーズを襲撃できるよう、バーミングハム・トレイルウェイズのバスターミナルから警察を遠ざけるよう命じた。また、彼は攻撃犬や高圧放水銃を用いて、子供を含む平和的な公民権運動のデモ参加者に対する暴力的な警察の弾圧を指揮した。

コナーは生涯民主党員だった。彼は1948年、1956年、1964年、1968年の4回、民主党全国大会の代議員を務めた。また、1948年の大会では、トルーマン大統領の公民権政策に抗議して退席する運動を主導した。

ジム・クロウ法は1964年に廃止され、投票権法は1965年に可決され、投票に関する制限は撤廃されたものの、民主党の人種に基づく政策のパターンは継続し、その目的は排除から優遇へと変化した。ケネディ大統領の1961年の大統領令10925号で初めて「アファーマティブ・アクション」という言葉が使われ、ジョンソン大統領の1965年の大統領令11246号では、連邦政府の請負業者に比例代表制に向けたアファーマティブ・アクションを義務付けることで、この概念が拡大された。

最高裁判所は、1978年のカリフォルニア大学理事会対バッケ事件、そして2003年のグルッター対ボリンジャー事件において、大学入学選考における人種の限定的な使用を支持した。しかし、この判例は2023年の公正入学を求める学生団体対ハーバード大学事件で覆された。

2015年頃から大学、連邦政府、民間企業を中心に展開されているDEI(多様性、公平性、包括性)プログラムは、採用、昇進、入学選考において人種を考慮要素として用いるという同じ論理に基づいている。学術界、政府、民間企業がこぞってこうした政策を採用したことで、DEIは人種に基づく選抜を公共生活のほぼあらゆる分野に浸透させてしまった。

バイデン大統領は、 2021年1月の就任初日に大統領令13985号を発令し、連邦政府機関に対し人種的平等を推進するよう指示した。さらに2021年6月には大統領令14035号を発令し、すべての行政機関に対し、多様性、公平性、包摂性、アクセシビリティに関する戦略計画を策定し、最高多様性責任者を任命することを義務付けた。

トランプ大統領は、2025年1月の就任直後、これらの政策を覆した。連邦政府全体における多様性、公平性、包括性(DEI)プログラムを終了させる大統領令14151号と、政府全体におけるDEI関連の優遇措置を撤廃する大統領令14173号を発令した。また、ジョンソン大統領が1965年に発令した連邦政府請負業者に対するアファーマティブ・アクション命令も撤回した。

現代の民主党の政治家や政策綱領は概してこうした人種を意識した政策を支持している一方、現代の共和党の政治家や政策綱領は概して人種差別をなくし平等な扱いを基準として反対している。人種に基づく排除と人種に基づく優遇が原理的に同じものかどうかは議論の余地があるが、どちらも人種を法的基準として用いていることは1世紀半以上にわたる記録に残っている事実である。

出生地主義による市民権付与は、民主党が人種問題にすり替えたもう一つの問題である。共和党は、不法移民を抑制し、いわゆる「アンカーベビー」現象を終わらせるために、出生地主義による市民権付与を廃止しようとしている。これに対し民主党は、憲法修正第14条が解放奴隷に市民権を与えたことを根拠に、そうすることは人種差別的だと反論している。

そもそも民主党が奴隷を所有していなかったら、この修正条項は必要なかっただろう。しかし、1865年に共和党によって解放された奴隷は皆すでに亡くなっているため、今日の憲法修正第14条は人種とは何の関係もない。

皮肉なことに、民主党は、ラテン系の人々が他の人種グループよりも多く逮捕されていることを理由に、移民取締りは人種差別的だと主張する一方で、不法移民の約80%がラテン系であるという事実を無視している。もし彼らが、不法移民が特定の人種に偏っているわけではないと主張したいのであれば、出生地主義による市民権付与の廃止も人種差別的だと主張するべきではない。なぜなら、それは特定の人種に他の人種よりも大きな影響を与えるものではないからだ。

https://www.thegatewaypundit.com/2026/07/democrat-partys-history-race-based-policies-slavery-kkk/

7/10The Gateway Pundit<WE FINALLY HAVE THE EVIDENCE! After Examining Over 155,000 Absentee Envelopes…We’ve Discovered Over 26,000 Absentee Ballots Were Unlawfully Counted In Detroit’s 2020 Election=ついに証拠が揃いました!15万5000通以上の不在者投票封筒を調査した結果、デトロイトの2020年選挙で2万6000通以上の不在者投票が不正に集計されていたことが判明しました>

不正選挙の証拠はないと言っていた人たちはどうする?

https://www.thegatewaypundit.com/2026/07/we-finally-have-evidence-after-examining-155000-absentee/

7/10Rasmussen Reports<50% Worried About Democratic Socialists=50%が民主社会主義者を懸念している>

左翼は騙す(民主社会主義は共産主義ではないとか)のを得意とする。信じてはいけない。

民主党予備選で公然たる社会主義候補者が相次いで勝利を収めた後、有権者の半数は、これらの候補者が議会にどのような影響を与えるのかを懸念している。

ラスムッセン・レポートが実施した最新の全国電話・オンライン調査によると、米国の有権者の50%が、来年これらの社会主義者が連邦議会議員になる可能性を懸念しており、そのうち32%は「非常に懸念している」と回答した。一方、44%は社会主義候補者が連邦議会議員になることを懸念しておらず、そのうち23%は「全く懸念していない」と回答した。

https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/trump_administration_second_term/50_worried_about_democratic_socialists?utm_campaign=RR07102026DN&utm_source=criticalimpact&utm_medium=email

https://x.com/IngrahamAngle/status/2075743857979842563/video/1

7/10阿波羅新聞網<伊朗内乱全面爆发?德黑兰急派特种兵=イランで本格的な内乱か? テヘランが緊急に特殊部隊を展開>

米国がイラン関連の標的への圧力を強める中、イラン指導部内の亀裂、クルド人武装勢力の動向、複数の治安事案に関する情報がソーシャルメディア上で飛び交い、大きな注目を集めている。

報道によれば、米国の空爆や軍事的圧力によってイラン政権内部の対立が激化しており、一部の高官は対外圧力への徹底抗戦を主張する一方、他の高官は外交ルートを通じた緊張緩和を支持しているとされる。外部は、イランの意思決定層がこれら相反する戦略の間で分裂しているとの見方が広がっている。

一方、元CIA当局者は、クルド人武装勢力がイラン北西部で活動を開始し、クルド系住民の多い地域でイスラム革命防衛隊(IRGC)と衝突している可能性があると指摘している。

さらに、イラン北東部の都市マシュハドでは、複数の銃撃事件が報告された。ネット上の情報によると、市内各地で発生した襲撃により、少なくとも4人のバシジ(民兵組織)のメンバーが死亡したとされている。しかし、情報源が限られているため、事件の原因や実行犯の正体は不明であり、イラン国営メディアの報道内容にも一貫性がない。

また、イラン南西部の都市アフワズでは、IRGC高官を狙ったとみられる攻撃の発生も報じられている。フーゼスターン州にあるヴァリー・アスル(Vali-e-Asr)司令部の上級顧問、アリレザ・ホダダディが標的になったとの噂が流れている。

国境情勢に関しては、複数の情報筋が、イランがイラク・クルディスタン地域との国境地帯に数千人規模の特殊部隊を増派したと伝えている。外部は、この動きをテヘランがクルド人反体制派への軍事的圧力を強めている兆候と見ている。分析では、数ヶ月にわたるドローンやミサイルによる攻撃を経て、イランが国境を越えてクルド人武装勢力の拠点を叩くための地上作戦を準備している可能性があると分析している。

ある分析では、この動きが単にクルド人反体制派を標的とするだけでなく、米国の軍事的圧力が強まる中で西側国境を安定させ、国内の治安悪化を食い止めようとするテヘランの意図を反映していると考えている。同時に、イラク・クルディスタン周辺への部隊増強は、現地のクルド人自治政府に対してより強い政治的・軍事的圧力をかけ、反体制派の活動を抑制しようとする動きでもあると見られている。

確かにイラン内部で指示系統が乱れている気がする。

https://www.aboluowang.com/2026/0710/2406472.html

7/10阿波羅新聞網<炸毁中伊大动脉!美军致命一击—美国空袭连接伊朗与中俄的战略铁路桥=中共・イランの生命線を断つ!米軍による致命的な一撃――イランと中国・ロシアを結ぶ戦略的鉄道橋を米軍が空爆>

水曜日の夜(7/8)、米軍は商船3隻に対するイランの攻撃への報復として、イラン国内の90以上の標的を空爆した。ファルス通信は木曜日、米軍の空爆により、イラン北部で同国と中国・ロシアを結ぶ戦略的鉄道橋が被弾したと報じた。

アナトリア通信はイランのファルス通信を引用し、巡航ミサイルによる攻撃が現地時間の木曜朝に行われたと報じた。標的となったのはゴレスタン州にあるオグタイ・ハーン橋(Ogtay Khan Bridge)で、同橋は中国、トルクメニスタン、イランを結ぶ鉄道回廊の重要な拠点である。

この攻撃は、イランがテヘランと北東部の都市マシュハドを結ぶ旅客鉄道の運行を停止していた最中に行われた。これに先立ち、地元住民からは、同路線の区間が米イスラエル合同攻撃によって被弾したとの報告がなされていた。

イラン・イスラム共和国鉄道は、現場に保守作業員を派遣したこと、および足止めされた乗客は陸路でマシュハドへ輸送されることを明らかにした。

米中央司令部は水曜夜、声明を発表した。その中で、ホルムズ海峡における商船や罪のない民間船員への攻撃能力をさらに低下させることを目的として、7/8にイランに対する新たな一連の攻撃を完了したことを確認した。

中共無神論独裁国家とイスラム神権独裁国家の繋がりを断つのはよい。

https://www.aboluowang.com/2026/0710/2406356.html

7/10阿波羅新聞網<就这样当场露馅 前共军中校美国落网=その場で発覚:元中共人民解放軍中佐、米国で逮捕>

7​​/1、米連​​邦当局はハワイのホノルル国際空港で、中国籍の林凡林(Fanlin Lin、51歳)を逮捕した。容疑は「ビザ詐欺」という単純なものだった。しかし、彼が隠蔽していた事実は些細な秘密ではなかった。彼は、中国人民解放軍(PLA)の中佐としての経歴や、中共の末端組織の責任者であったという2つの事実を隠していた。

本にも解放軍スパイが紛れ込んでいる。早くスパイ防止法を。

https://www.aboluowang.com/2026/0710/2406374.html

7/10看中国<北京派出所发不出工资 网友齐议“蠢猪治国”= 北京の警察署は給与を支払えず、ネット上では「愚かな豚による統治」が話題に>

日本参議院議員石平 @Sekihei5i 11分

石平の風刺作:『沁園春・愚かな豚の治世』:あの国の奇観――愚かな豚が支配し、阿呆が手綱を握る。やること為すこと、中途半端で終わってしまう。国策は混乱の連続だ。「ゼロコロナ」封鎖や民間企業の弾圧は経済をダメにした。今や苦しみ嘆く人々が至る所に溢れ、失業の波が見られる。「バラマキ」を外交とし、世界の「乞食集団」を懐柔して服従させる。ならず者と結託して文明に背き、軍事力を極限まで使って弱者をいじめる。「裸の王様」(習近平のこと)―小学校程度の学歴しかない彼は、実のところ無能である! 民は塗炭の苦しみを味わっている! 陳勝・呉広(農民反乱の指導者)の時代を想起しつつ、現代の情勢を眺める。

https://www.secretchina.com/news/gb/2026/07/10/1101802.html

高山文氏は高善文氏の誤り。

https://x.com/AsiaFinance/status/2075418618763018743/video/1

横山氏の記事では、やはり憲法9条の改正と自衛隊法のネガテイブリスト化が求められる。更に言えばスパイ防止法と厳格な運用を求めたい。そうすれば、日本社会も変わるでしょう。

記事

海上自衛隊の掃海艦「のうみ」(海自のサイトより)

ホルムズ海峡安全確保への貢献策

目次

今、日本政府は、ホルムズ海峡の安全確保に向けた「貢献」策を検討している。有力視されるのは、停戦後に海上自衛隊(以下、海自という)の機雷掃海部隊を派遣する案である。

海自は高い掃海能力を持ち、湾岸戦争後の1991年にペルシャ湾に派遣された実績もある。

自民党の小林鷹之政調会長は3月24日、高市早苗首相と首相官邸で面会し、停戦後の掃海艇派遣を検討するよう求める提言を手渡した。

小林氏は「国益確保の観点から法令の範囲内でできることは何か。掃海艇派遣は一つのオプションだ」と伝達。高市首相は「自民と認識を共有できている。国民生活を守り抜く」と応じた。

高市首相は3月25日の参院予算委員会で、将来的な掃海部隊の派遣について「状況を見て、法律に則って判断していく」と述べた。現時点で機雷敷設の有無や停戦合意の見通しは不明だとも述べた。

さて、自衛隊の海外派遣が現実的な問題となったのは、1990年8月に発生したイラクによるクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争以降のことである。

当時、日本は日本国憲法第9条の規定に基づき、自衛隊は専守防衛に当たるものとされ、海外派遣は行われていなかった。

また国連憲章で認められる「個別的または集団的自衛権」のうち、集団的自衛権は「保有しているが行使できない」という政府見解が維持されていた。

そのため、国際社会から財政支援のほか、人的な貢献を求められた政府は、人的な貢献を目的とする「国連平和協力法案」を1990年10月12日(第119回臨時国会)に国会に提出した。

その中には、自衛隊による多国籍軍への後方支援を可能にする規定が含まれていたが、同法案は、審議未了・廃案となった。

廃案となった主な理由は、自衛隊の海外派遣が「武力行使との一体化」や「憲法第9条が禁じる集団的自衛権の行使」にあたるのではないかという強い懸念から、野党や世論の猛反発を受けたためである。

ちなみに、この「国連平和協力法案」は、その後の議論(PKO参加5原則などの策定)を経て、1992年に改めて「国際平和協力法(PKO協力法)」として成立した。

上記のように自衛隊は、湾岸戦争に人的な国際貢献を行うことができず、財政的な支援にとどまった。このため、国際社会の十分な評価を得ることができなかった。

当時、人的貢献ができなかった日本政府は、米国からの要請により、約130億ドル(米国に次ぐ規模)の財政支援を行った。

しかし、クウェート政府が多国籍軍の支援国へ感謝を伝えるために米国の新聞(ワシントン・ポスト紙)に掲載した広告(いわゆる「感謝広告」)には、日本の名前は掲載されなかった。

米国からは「カネを払うだけでいいのか?」という批判が寄せられた。日本国内ではこのような対応が議論を呼び、国際貢献のあり方について議論がなされた。

こうした中、政府・与党からも人的貢献が必要であるとする主張が出始め、特に湾岸戦争の停戦成立以降は自衛隊法第99条(現在は同法第84条の2)、機雷等の除去で可能な掃海艇の派遣が有力案として浮上してきた。

そして、湾岸戦争終了後の1991年4月、自衛隊法第99条(機雷等の除去)に基づく措置として、海自掃海部隊が自衛隊創設以来、初の海外実任務としてペルシャ湾に派遣された。海自掃海艇のペルシャ湾派遣の概要は後述する。

さて、本稿では、温故知新の精神で、朝鮮戦争における「日本特別掃海隊」の派遣(1950年)とペルシャ湾掃海艇派遣(1991年)について述べ、ホルムズ海峡への自衛隊掃海艇の派遣に関する「法的制約」を明らかにしたい。

以下、初めに日本特別掃海隊の概要について述べ、次に掃海部隊のペルシャ湾への派遣の概要について述べ、最後に掃海艇の海外派遣をめぐる法的諸問題について述べる。

日本特別掃海隊の概要

現在では、自衛隊の海外における国際貢献は定着し、恒常化されつつあるが、戦後、我が国が初めて血と汗を流した国際貢献は、1950年、占領軍の要請による海上保安庁特別掃海隊(通称:日本特別掃海隊)の朝鮮海域への派遣であったといえる。

これは極秘裏に行われたが、日本の掃海部隊が海外実戦に参加した最初の事例として知られている。

(1)朝鮮戦争と機雷戦

連合国軍占領下の日本では、政府機関も連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の統制下にあったことから、1950年6月の朝鮮戦争の開戦を受けて、海上保安庁も動員されることになった。

まず7月16日より、佐世保港および横須賀港における日施確認掃海(注1)が開始された。これはゲリラ的に機雷を敷設されることに対する警戒措置であった。

当初、国連軍は北朝鮮軍の機雷戦能力を軽視していたが、9月4日に鎮南浦南西海域において米駆逐艦が機雷を発見したのを皮切りに報告・情報が相次ぎ、9月11日、米国海軍第7艦隊司令官は、全艦艇に対し、北朝鮮が機雷戦活動を開始した旨を布告した。

9月15日の仁川上陸作戦では、艦砲射撃のため進出した駆逐艦が係維機雷(海底のおもりから伸びたケーブルと繋がり海中に浮いている機雷)を発見して処分したことはあったが、掃海艇による機雷処分の成果はなかった。

しかし9月26日から10月2日までの1週間で、朝鮮半島東海岸では触雷によって1隻が沈没、4隻が大破するという損害を蒙り、機雷の脅威が大きく見直されることになった。

9月末の時点で国連軍が使用できる掃海艇は、米国掃海艇21隻、および日本で確認掃海に当たっている日本掃海艇12隻のみであった。

(注1)日施確認掃海とは、艦船の安全な航行を確保するため、機雷が敷設されたおそれのある海域や港湾において、毎日定期的に捜索・除去を行う作業を指す。

(2)特別掃海隊の編成命令

1950年10月2日、米国極東海軍の参謀副長アーレイ・バーク少将は、海上保安庁の大久保武雄長官を極東海軍司令部に呼び、日本掃海隊の派遣を要請した。

大久保長官は直ちに吉田茂首相に報告し、指示を仰いだ。

このとき、既に米軍と契約した日本の船が人員や貨物の輸送を行ってはいたが、掃海作業をする契約はなく、また戦争下の掃海作業という戦闘行為を、軍隊の機能を営むことを禁止された海上保安庁が行うことへの違和感もあって、吉田首相としては気乗りしなかったといわれている。

しかし、占領下という情勢もあって、米軍の希望通りに掃海艇を派遣するよう伝えた。ちなみに、日本が主権を回復したのは、サンフランシスコ平和条約が発効した昭和27(1952)年4月28日である。

これを受けて、同日10月2日19時51分に田村久三・航路啓開本部長を総指揮官とする特別掃海隊の編成、続いて20時にはこれに加わる掃海艇および巡視船の下関集結を下令する電報が打電された。

これは佐世保・横須賀の日施確認掃海に従事している艇を除く可動艇のすべてであった。

(3)日本特別掃海隊の活動

日本特別掃海隊は、占領軍の要請により、1950年10月初旬から12月中旬にかけ、延べ46隻の日本掃海艇、1隻の大型試航船(注2)および約1200人の旧海軍出身者が元山、仁川、鎮南浦、群山の掃海に従事した。

長さが327キロにも及ぶ水道と面積にして607平方キロ以上の泊地を掃海し、機雷27個を処分した。

その過程で、掃海艇1隻が触雷・沈没し、死者(中谷坂太郎氏)1人、重軽傷者18人を出した。

(注2)試航船とは、機雷が敷設された危険な海域を掃海(除去)した後、その海域に安全に船舶が航行できるかを確認するために、最初に進入して航行するテスト用の船舶である。

(4)極秘にされた戦死者

当時の吉田茂首相は憲法に抵触する可能性から、犠牲者が出た事実はもちろん、日本特別掃海隊の存在すら公表せず、隊員たちにも緘口令が敷かれた。

だが、海上保安庁長官だった大久保武雄氏が1978年、回想録『海鳴りの日々』を出版したことで、全容が明らかとなった。

中谷坂太郎氏が叙勲を受け、朝鮮戦争で死亡した事実が公式に認められたのは、79年のことであった。

掃海部隊のペルシャ湾への派遣の概要

(1)派遣の背景

既述したように、湾岸戦争に際して我が国の対応には大きな反省点が残り、政府・与党からも人的貢献が必要との声が出始めた。

とりわけ湾岸戦争の停戦成立以降は、自衛隊法第99条(現在は同法第84条の2)「機雷等の除去」を根拠とする掃海艇の派遣が有力案として浮上してきた。

このような判断がなされた背景には、次の2つが考えられる。

第1に国内政治上の問題として、機雷の除去は本来的に船舶航行の安全確保という人道的目的に適うものであり、自衛隊の海外派遣に抵抗感のあった当時の世論にも受け入れられやすいと考えられたことがある。

第2に外的な要因として、海自掃海部隊が戦後一貫して、米国軍が航空機等から投下した機雷と旧日本軍が本土防衛のために自ら敷設した我国周辺海域の機雷除去等の航路啓開を実施してきた経緯から実力に定評があり、これに対する米海軍の期待も高く、湾岸危機に際して早い段階から掃海艇派遣について非公式の打診があったことも挙げられる。

海自掃海部隊の掃海能力の高さを語る際には、戦後、日本の掃海部隊が初めて海外実戦に参加した「日本特別掃海隊」を忘れることはできない。

当時のペルシャ湾の状況について言えば、約1200個の機雷が北部海域に敷設され、米艦艇の触雷も生起するなど、一般船舶はもちろん展開中の多国籍軍艦艇にとっても大きな脅威となっていた。

一方、湾岸戦争には直接参戦しなかったドイツも掃海艇を派遣するなどして国際共同による機雷の除去が進みつつあり、時期を逸すれば派遣の必要性自体が失われてしまうといった可能性も懸念されていた。

(2)自衛隊掃海艇等のペルシャ湾への派遣に関する国会論戦

本項は、国会会議録検索システム、第120回国会衆議院本会議第26号、平成3(1991)年4月25日、「海部内閣総理大臣の自衛隊掃海艇等のペルシャ湾への派遣に関する報告及び質疑」を参考にしている。

海部俊樹内閣は、国会論戦の前夜にあたる4月24日の安全保障会議および臨時閣議において、自衛隊創設以来初となる海外への実任務として掃海部隊の派遣を正式に決定した。

国会では、海部内閣と野党(社会党、共産党、公明党、民社党など)の間で、憲法解釈の限界やシビリアンコントロール(文民統制)をめぐり激しい論戦が交わされた。論戦のポイントは以下のとおりである。

ア.海外派兵と武力の行使について

・上原康助氏(日本社会党・護憲共同代表)の質問:

十分な国会論議を経ないまま国の基本法を無視した政府独断の越権行為を、法治国家である以上認めることはできない。

法的、制度的に未整備のまま自衛隊の海外派兵に道を開く安易な手法は、将来に悔いを残し、我が国の国際的地位をかえって不安定なものにしかねない懸念が持たれる。

・海部首相の答弁:

憲法が認めていないのは、あくまで国権の発動たる戦争と、武力の威嚇、武力の行使を認めていないのであって、世界の生活にとって必要不可欠な原油の重要な輸送航海路に遺棄されたと認められる機雷を除去して、航路の安全を確保するという行為は武力の行使ではない。武力の威嚇でもない。

したがって、憲法の禁止するものではない。

イ.シビリアンコントロールについて

・山口那津男氏(公明党・国民会議代表)の質問:

今回の政府の決定は、自衛隊の海外派遣に関する国会論議がほとんど行われないまま、現行法の拡大解釈により政府が一方的に決定したこと、また、掃海艇の海外派遣の目的が国際貢献にあるのか、我が国船舶の航行安全の確保にあるのか不明確であり、法的根拠に大きな疑義があることなど重大な問題を有するものと言わざるを得ない。

こうした政府の姿勢は、民主主義のルールを無視し、シビリアンコントロールを形骸化させるものであり、将来に重大な禍根を残すものである。

・海部首相の答弁:

私は、国会のいろいろな議論を十分踏まえており、また、海外派遣と海外派兵が明確な区別をつけて国会でも議論がされ続けてきた問題であることを、私はもう一回申し上げさせていただきたいと思う。

ウ.憲法違反について

・東中光雄氏(日本共産党代表)の質問:

今回の掃海艇派遣は、日本国憲法の平和原則の下で、戦後の歴史上初めて、紛れもない軍隊である自衛隊を海外に派遣し、軍事活動を行おうとするものであって、違憲、違法の歴史的暴挙と言わなければならない。

・池田行彦・防衛庁長官(現防衛大臣)の答弁:

今回の措置は、憲法が禁じているいわゆる海外派兵に当たるものではない。

また、自衛隊法との関係であるが、これは自衛隊法第3条に基づく我が国の防衛等の本来任務とは別個に、同法99条で自衛隊に与えられた任務に基づき行うものであり、自衛隊法上も明確な根拠を有するものである。

エ.遺棄された浮遊機雷の除去について

・東中光雄氏(日本共産党代表)の質問:

戦時国際法、1907年の自動触発海底水雷の敷設に関するハーグ条約によると、戦争で武力行使の一環として敷設された機雷は、戦争終了後、機雷を敷設した国が第一義的に除去すること、交戦国の一方が他の交戦国に敷設した機雷の位置を通告し処理することとしており、機雷は交戦当事国が処理するというのが国際法上確立している原則である。

多国籍軍が湾岸戦争の武力行使の終末処理作戦として行っているものであり、総理が言うような平和時における遺棄された浮遊機雷の除去作業とか、あるいは単なる危険物の除去作業、そういうものではないのである。

中山太郎・外務大臣の答弁:

今回のペルシャ湾への掃海艇等の派遣は、海上に遺棄されたと認められる機雷を除去することを目的とするものであり、武力行使の目的を持ったものではなく、いわゆる海外派兵に当たるものではなく、憲法上何ら問題はないと考えられる。

(3)掃海部隊の派遣を決定

政府は、平成3(1991)年4月24日、安全保障会議と閣議において、自衛隊法第99条の規定に基づく措置として、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾において機雷の除去と処理に当たる海自の掃海部隊の派遣を決定した。

1991年4月16日、防衛庁長官から準備指示が発出、4月24日には安全保障会議、閣議において本派遣が決定、「ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理に関する海上自衛隊一般命令」が発令される。

これを受け、4月26日、掃海母艦1隻(「はやせ」)、掃海艇4隻(「ゆりしま」「ひこしま」「あわしま」「さくしま」)、補給艦1隻(「ときわ」)、人員511人から成る「ペルシャ湾掃海派遣部隊」は出港した。

横須賀、呉、佐世保の各港から出港した掃海派遣部隊は途中、フィリピン、シンガポール、マレーシア、スリランカ、パキスタンにおいて、ペルシャ湾で機雷除去に向かう4隻の掃海艇への補給などのための協力を得ながら、5月27日、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに入港した。

そして、派遣部隊はドバイで掃海作業開始前の整備などの諸準備を行った後、クウェート沖公海上の掃海作業海面に進出した掃海派遣部隊は、すでに掃海作業に従事している8か国(米国・英国・フランス・イタリア・オランダ・ベルギー・ドイツ・サウジアラビア)の掃海部隊に次いで、6月5日、掃海作業を開始した。

機雷除去は9月11日までの99日間、主としてペルシャ湾北部海域において実施された。

この間、計34発の機雷を処分し、多国籍部隊が対処困難として手つかずであった海域を含む多くの港湾水路の安全を確認、ペルシャ湾における船舶航行の安全確保に多大な貢献をしたのであった。

帰路は9月23日にドバイを出港、10月28日夜、広島湾に帰着、翌々日の30日、呉に入港して盛大な歓迎式典が実施された。

掃海艇の海外派遣をめぐる法的諸問題

(1)憲法第9条の趣旨についての政府見解

本項は、「令和7年版防衛白書」の第2部第1章第2節の「憲法と防衛政策の基本」の憲法第9条の趣旨についての政府見解を参考にしている。

ア.憲法9条のもとで許容される自衛の措置:武力行使の三要件

平成26(2014)年7月1日、閣議決定された「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」において、次の3つの要件(「武力の行使」の3要件)を満たす場合には、自衛の措置として、武力の行使が憲法上許容されるべきであると判断するに至った。

①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。

②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと

③必要最小限度の実力を行使すること

上記の3要件は、「武力行使の新3要件」と呼ばれる。

他方、旧3要件は、①我が国に対する急迫不正の侵害があること、②これを排除するために他の適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきことであった。

新旧の最も大きな違いは、第1要件にある。

新3要件は、これまで行使可能とされてきた個別的自衛権に加え、「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険(存立危機事態)」があり、加えて後2つの条件を満たす場合のみに集団的自衛権の行使を容認するものである。

なお、集団的自衛権を規定している国連憲章第51条には上の太字で示したような条件はなく、政府は集団的自衛権の限定的な容認としている。

イ.自衛権を行使できる地理的範囲:海外派兵

我が国が自衛権の行使として我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしも我が国の領土・領海・領空に限られないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概には言えない。

しかし、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土・領海・領空に派遣するいわゆる海外派兵は一般に、自衛のための必要最小限度を超えるものであり、憲法上許されないと考えられている。

ウ.交戦権:自衛権の行使

「国の交戦権は、これを認めない」と規定している憲法第9条第2項でいう交戦権とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって、相手国兵力の殺傷と破壊、相手国の領土の占領などを行うことを含むものである。

一方、自衛権の行使にあたっては、我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然に認められている。

例えば、我が国が自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行うことは、交戦権の行使として相手国兵力の殺傷や破壊などを行うこととは別の観念のものである。

したがって、相手国の領土の占領などは、自衛のための必要最小限度を超えるものと考えられるので、認められない。

(2)掃海艇を海外へ派遣する法的根拠

海自の掃海艇を海外に派遣する際の法的な根拠となるのは、自衛隊法第84条の2(旧第99条)「機雷等の除去」である。また、国際緊急援助活動や国際平和協力活動(PKO)などが適用される場合も考えられる。

ア.自衛隊法第84条の2(旧第99条)(機雷等の除去)

この規定は、戦後初めて自衛隊の海外派遣が行われた1991年のペルシャ湾掃海任務でも適用された。

ちなみに、自衛隊法第84条の2には、「海自は、防衛大臣の命を受け、海上における機雷その他の爆発性の危険物の除去及びこれらの処理を行うものとする」と規定されている。

イ.国際緊急援助活動の場合

「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」に基づき、大規模災害時の被災国からの要請に応じて派遣される。

実施内容としては、津波や地震などにより港湾や海峡に危険物が流入した場合、機雷や障害物の除去活動(これに付随する事前の調査を含む)を行うことが可能である。

ウ.国際平和協力活動(PKO)の場合

「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」に基づき、国連決議や紛争当事者間の和平合意に基づく国際平和協力隊として派遣される。

実施内容としては、紛争終結後の海域における機雷除去を行うことが可能である。

1991年の湾岸戦争後に行われた海自のペルシャ湾への掃海艇派遣は、PKO法が制定される前に実施された自衛隊初の海外における国際平和協力活動である。

エ.武力攻撃事態対処法(正式名称は、「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」)

武力攻撃事態対処法上の存立危機事態に該当し、関係法令の要件を満たす場合には、掃海艇派遣が法的に可能となる。

安保法制を審議する国会で、政府が「存立危機事態」に認定して、自衛隊派遣を想定するケースとして挙げたのが、他国同士の戦争によってホルムズ海峡にまかれた機雷を、海自の掃海艇を派遣して除去することであった。

オ.その他

(ア)防衛省設置法第4条「調査・研究」に基づき、護衛艦を海外に派遣した事例はあるが、掃海艇を海外に派遣する運用は想定されていない。

例えば、1991年の掃海艇のペルシャ湾派遣の際には、「掃海艇(本体)」を出す前に、防衛省や外務省のスタッフによる「現地事前調査団」が派遣されたように、わざわざ移動が遅い掃海艇を調査だけのために先行させるメリットはなく、スタッフのみの派遣で十分対応が可能であると判断された。

(イ)2015年に制定された国際平和支援法を根拠として、自衛隊の掃海艇を他国軍隊への支援活動として派遣することはできない。

同法は他国の軍隊等に対する後方支援を定めているが、協力支援活動に機雷の除去(掃海)は含まれていない。

おわりに

古来より、多くの国家は合従連衡して自国の生き残りを図ってきた。今日、各国は、国連の集団安全保障体制と同盟により、自国の安全を確保している。

ところが、国連の集団安全保障体制は、常任理事国の拒否権行使により機能不全に陥っている。したがって、日本は日米同盟を頼るしかない。

同盟国などが武力攻撃を受けた際、自国が直接攻撃されていなくても共同して反撃する国際法上の権利は「集団的自衛権」と呼ばれ、国連憲章第51条で主権国家の固有の権利として認められている。

しかし、我が国政府の集団的自衛権に関する見解は「保有しているが行使できない」というものであった。

そのような中、平成26(2014)年7月1日、安倍晋三内閣は、従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を限定的に容認することを決定した。

一般的な集団的自衛権と日本の「限定的」な集団的自衛権との違いは、前者は同盟国が攻撃された際、自国に危険が及んでいなくても、同盟国を助けるために一緒に戦うことができるのに対して、後者は、同盟国(米国など)への攻撃があっても、それが結果的に日本を滅ぼすほどの危機(存立危機事態)に直結する場合にしか同盟国を助けることができないということである。

日本が攻撃されていないにもかかわらず武力を行使するため、従来の「専守防衛」の原則を崩さないよう、武力行使の「新三要件」が課されている。

現行法の枠内では、掃海艇派遣の可否は政治判断や法解釈、さらには存立危機事態に当たるかどうかの事態認定にも左右される。このような制約をどう考えるかが、今後の憲法論議の重要な論点となる。

筆者は、このような制度では同盟の信頼性向上には限界があるだけでなく、その発想は一国平和主義に近いものだとみている。

筆者は、日本が一国平和主義から脱却するのには憲法改正が不可欠だと考えている。国会において憲法改正議論が行われている今がそのチャンスである。

筆者は、第9条の改正において、第9条に自衛隊の存在を明記するだけでなく、現9条の第2項(「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」)の削除が実現されることを願っている。

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