黄文雄・石平著『日本に敗れ世界から排除される中国』について

平松茂雄氏は「尖閣は石油のためでなく、軍事基地を造るため」と言っていたのを思い出しました。東シナ海だけでなく、南シナ海にも軍事基地を造り、核を装備した潜水艦を配置するという事は、尖閣を中国が取ったらそこに同じように核装備した潜水艦を置くつもりでしょう。日本も核の抑止力を持たないとダメでしょう。

中国は人口の力で世界を支配しようとしているのはよく分かります。長野朗の『支那30年』に「アメリカは$の力、ロシアは軍事の力、中国は人の力」で他国に浸透していくと言ったのがあったと思います。人口増大こそが環境問題のキーです。人口が増えれば増えるほど環境に優しくなくなると言われているのに、余分な人口(しかも犯罪者)を他国に押し出し、世界侵略を狙うのは、「流石悪の神髄を誇る中国人」の考えそうなことです。移民1000万人や特定アジア国からの外国人留学生の増加、語学学校や大学の新設も規制すべきです。

内容

P.53~55

黄:私が海上自衛隊関係者から聞いた話では、現在の中国海軍はまだしばらくの間、第 1列島線でも完全に突破するほどの能力は持てないだろうということでした。 となると、結局、日本の海域や南シナ海の弱い部分を突くしかない。

南シナ海で中国は石油掘削を行おうとしていますが、石油関係者の話では、あの辺りはいくら掘っても採算がとれないそうです。断層が多くて、掘ったらすぐに断層にぶつかるからだといいます。

なぜ採算がとれないのに、中国が南シナ海にあれほど力を入れるかというと、核報復能力を得るために、潜水艦による核ミサイルの海底発射のための海底基地をあそこに造るため、という説があります。

軍事専門家に聞いたところでは、中国 は現在、300発以上の核ミサイルを持っていますが、アメリカの空母ロナルド•レーガン1隻あれば10分間でこれらを消滅させることが可能だということです。

そうなると、中国がアメリカに対して核報復能力を持つためには、南シナ海の南方に海底基地を造り、そこから核ミサイルを発射するしかない、ということらしいのです

そのような戦略のもと、まだしばらくのあいだ第1列島線の突破力がない中国は、いちばん弱いところである日本海域と南シナ海への挑戦を繰り返しているということなのでしょう。まず漁船で試して、相手の反応を見ている。小笠原諸島の周辺海域も、第2列島線のウイークポイントとして考えて、試しているのだと思います。

石:彼らも小笠原で試してみて、日本側が全然対応できていないということがわかったでしようね。なにしろ海上呆安庁は、ほとんど中国船を拿捕することができませんでした。あれほど大量の船団だと、海上保安庁の保有する船では数が足りなくて、対応できないそういうことも、中国側は把握したと思いますよ。

P.66~69

黄:たしかに周永康を失脚させた後は、いよいよ習近平はさらに上のキ—マンである曽慶紅を狙うと見られていました。

しかし、まだ曽慶紅までには手が及んでいません。それだけ江沢民派はまだ力が残っているのか、その点についてはどうですか。

石:周永康の次に習近平が失脚を目論んでいた人物として名前が挙がっていたのは、曽慶紅と、同じく江沢民派の重鎮・賈慶林でした。しかし、本命は曽慶紅でしょう。曽慶紅こそ、江沢民派の黒幕であり、もっとも重要な中心人物でしたから。 曽慶紅は江沢民政権時代に党中央組織部長を長く務めており、要するに現在の共産党幹部のほとんどを彼が選別して抜擢したのです。習近平もその1人であったわけです。

それだけに、党中央委員から引退したものの、現在の共産党幹部に対する影響力もまだまだ大きい。だから習近平が本当の権力を握るためにも、周永康の上にいる曽慶紅の追い落としが必要だった。

しかし、これは見事に失敗に終わりました。というのも、それを示す兆候が2つあったのです。

中国では10月1日は建国記念日である「国慶節」です。2014年9月29日、習近平は国慶節を祝う観劇会を主催しました。ここに客を招いて歌劇を鑑賞するわけです。

ところがここになんと江沢民も曽慶紅も招かれ、習近平と並んで観劇したのです。これが1つ目の兆候。

さらに翌30日には、近年にない、恐らく今後も見ることのできない非常に印象的な光景が繰り広げられました。

30日の夜、北京人民大会堂で国慶節前夜祭が開催されましたが、会場の真ん中に大きな円卓が置かれました。そしてそこに座ったのは、習近平を中心としてその左隣には江沢民、右には胡錦濤。さらに:現在の政治局常務委員の7人と胡錦濤政権時代、江沢民政権時代の政治局常務委員たちがずらりと並びました。当然、そこには曽慶紅も賈慶林も含まれています。

彼らがみな同じ円卓に座ったのです。これは暴力団が内部抗争の終わった後に行う手打ち式そっくりです。胡錦濤と江沢民というかつての大親分が出て来て、昔の幹部たちもみんな一堂に会して、現在の親分と杯を交わして手打ちをする。

この席に座ることができなかった唯一の人物が、周永康です。つまり習近平のやりたい放題の粛清は周永康で終わり、それ以上は昔の親分たちも許さない、ということを示した場面なのです。

この光景を見て、習近平による腐敗摘発運動での政敵滑し、権力強化が失敗に終わったと感じました。

しかも四中全会で法治徹底が謳われ、党中央規律検査委員会のやりたい放題にも歯止めが掛けられてしまった。

こうして習近平が掲げた最大の看板である腐敗撲滅運動が、中途半端のまま終わったということなのです。

P.76~77

石:要するに、胡錦濤は退陣直前に次の指導部体制の軍部人事を決めたわけですが、どう考えてもこれはおかしい。本来ならば、次期政権の軍部の人事は、次の総書記に委ねられるべきでしょう。

つまり.胡錦濤は習近平に軍の人事を触らせたくなかった。あるいは軍を自分の人脈で固めたということです。

じつは2014年10月の四中全会では習近平が軍の上層部の人事に手をつけるという噂があったのですが、結局それは流れてしまいました。習近平が総書記に就任してから2年経過した時点で、軍上層部の人事は一切行えていないのです。

ということは、現在の軍上層部は胡錦濤が握っているということなのです。近年、自衛隊へのレーダー照射や米軍機への異常接近といった中国軍の挑発行為が増えていますが、どう考えても習近平が指示したとは思えない案件が多いのです。その背景には、軍を胡錦濤が握っていることがあると思います。

黄:習近平の汚職追放運動に不安を覚えている幹部が嫌がらせのために指示しているという話もありますね。

2014年5月に南シナ海で中国漁船や監視船がベトナムやフィリピンの漁船と衝突したり、油田掘削を勝手に始めたりして、中国とベトナム・フィリピンの関係が悪化しましたが、 これは石油利権を握っていた周永康のグループが起こしたという説が有力です。周永康の汚職摘発を牽制する目的ですね。

そして周永康の失脚が確定した7月末の数日前に、中国側は南シナ海の掘削を撒収させています。周永康一派の負けが確定したため、撤収させたということです。 中国の動きを見るときには、そうした背後の権力闘争を読むことは非常に重要ですね。 先述のとおり、胡錦濤は10年間の政権時代に江沢民派に邪魔をされて、ほとんど何もできませんでした。経済にしても、江沢民時代の高度経済成長のような華々しさはなかった。 それで国内では「失われた10年」などとも言われています。

やはり胡錦濤は悔しかったと思うんですね。その怨念がいま、江沢民派にも向けられているわけですが、それが終われば今度は習近平に向かいかねない。

P.82~83

黄:習近平の汚職追放にはそうした潔さが見えない。というか、誰もが自らの権力強化のためだといラことを知っている。

だから習近平の周辺はいずれ敵だらけになり、孤立することになる。

石:胡錦濤にとって、まさにそれこそ望むところです。習近平が敵をつくればつくるほど、共青団派の天下が近づく。退任前の軍部人事にしても、5年後の党大会を見通した布石、深謀遠慮だったともいえます。

そしてその習近平包囲網はますます狭まっているように思えます。

たとえば2014年9月に習近平がインドを訪問した際、中国国内では人民日報が1面 から3面までを関連記事で埋め尽くすほど、その外交の重要性を論じていました。

ところが、フランスのAFP通信が9月18日に報じたところによると、習主席がインド入りした当日の17日、中国との国境に接するインド北西部ラダック地方で、約1000人の中国軍部隊がインド側(に越境してきて、数日間、中国軍とインド軍とのにらみ合いが続いたというのです。

中国軍の行動は当然ながら、インド側の怒りと強い不信感を買いました。18日に行われた習主席との共同記者会見で、インドのモディ首相が厳しい表情で「国境地域で起きていることに懸念を表明する」とメモを読み上げたとき、習氏の表情は非常に硬くなっていました。

重要な外交日程に合わせて、しかも自分の顔に泥を塗るような指示を習近平がするはずがありません。これは先述の、習近平が軍部を掌握していないことを証明する事案であるとともに、習近 平への包囲網が狭まってきたことの証でもあるでしょう。軍を握っている胡錦濤一派がわざと習近平の面子を潰して、「軍を握っているのは俺たちだぞ」ということを習近平に自覚させる。

こうして、次の党大会に向けて、ますます習近平への嫌がらせが増えていくのではないかと思います。

もっとも、習近平がそれを黙って容認するとも思えないので、次の党大会までの間に反撃が始まる可能性もありますが。

P.144~146

黄:さきほど蔣介石が持ち逃げした紫禁城の文物の話が出ましたが、あれは実は日本軍がいなければ、蔣介石の手には渡らなかったのです。

なぜかというと、1900年の北清事変(義和団の乱に乗じて西大后が万国に宣戦布告。北京の各国公使館が襲われたが、列強が8カ国連合軍を派遣して北京を陥落させた)のときドイツ軍が山の上から紫禁城を砲撃する予定だったのです。それを日本側が説得してやめさせ、日本軍が西の城門を占拠したのです。

連合軍が紫禁城を占領したとき、他国の国々は略奪行為を行いましたが、日本は確保した紫禁城の財物を後にすべて清朝政府に渡しました。

その後の中華民国時代、日中戦争が勃発すると日本軍が華北地方に軍を派遣したため、これを蔣介石は南京へ移送しました。

さらに日本軍の南京攻略の際には、6000個以上の箱を重慶に運ぶ予定でしたが、一部の2000箱くらいしか運べず、約4000箱が南京に残されました。よく知られているように、蔣介石、宋美齢夫妻は「南京を死守する」と宣言して部下たちを安心させると夫妻がまっさきに南京から脱走、何応欽司令官も唐生智将軍も同様に部下を残して競って脱出するという体たらくでした。

それで日本軍が南京を占領した後で、中身を検査したうえで憲兵によって24時間体制で中国人による窃盗から保護したのです。

そして日本の敗戦後、日本軍は中に何が入っているか明細表をつけて、国民党軍に渡したのです。日本軍は指一本も触れていない。だから現在、台湾の故宮博物院に残されている財宝は、すべて日本軍が保護したものなのです。

故宮博物院の文物のみならず、古代中国の国宝級文物や散逸した古典も、日本は保存に努めました(詳しくは拙著『近代中国を つくった日本j〈光文社〉参照)。

石:まさにそういう意味では、中国文化の一番の保護者は、日本人だったということですね。日本人は中国人の泥棒から、中国のために中国の宝物を守り通したという。

しかし、中国人は自らの文化を食い潰して売りさばくだけ。現在の中国にも通じる、非常に象徴的な事例ですね。

P.174~178

黄:文革直後の話ですが、文革による混乱で当時は400万トンの食糧が不足していました。だから中国政府は1人1ロを減らすという減食運動を推進しました。 ところがアメリカの農務省は2013年の中国の食糧輪入量を2200万トンと推計しています。およそ5倍以上に膨らんだわけです。これはオーストラリアの年間小麦生産量に匹敵する量です。

2013年の世界の豚肉消費量は1億700万トンでしたが、中国だけでこの半分を消費しています。このため大豆など家畜飼料の輸入も急増しています。 そうした弱みから、中国はシーレーンの確保に必死になっており、それが領海紛争の一因ともなっています。

中国の伝統的な考え方からすれば、戦争で勝てば相手のすべてのものが自分のものになるという意識です。勝者は敗者を皆殺しにして略奪できる。だから中国史のなかで、戦争の勝利者は必ず略奪や虐殺、強姦をするし、兵士にもそれを推奨します。

戦闘に勝利しても略奪や強姦をしなかったのは、日本軍ぐらいでしょう。しかし中国人にとってはこれが信じられない。だから「日本の侵略」を糾弾するときには「虐殺、略奪、強姦」がセットになるわけです。自分たちが常にやってきたことですから。

それはともかく、最終的には中国は戦争で勝って相手から資源を略奪すればいいと考えている。

石:それが中国がよく持ち出す「生存空間論」ですね。要するに、15億の人民のための 生存空間がなければならない。だから南シナ海を含めて、他国の領土に侵食して、「われわれにとって絶対に欠かせない生存空間だ」と主張する。

このままではいずれ中国および中華民族は滅びるしかない。そうした危機的状況にあって、最終的には「いっそ戦争に打って出るべきだ」という議論が起きるわけです。

黄:「生存空間」というのは、もともとはヒトラーが抱いた概念(レーベンスラウム=生存圏)でしたが、こうした考えが改革開放以後の中国では噴出してきたわけです。

毛沢東時氏にも同様の考えはありました。たとえば毛沢東はべトナムの党指導者に、「タイと四川省は同じくらいの面積なのに、四川の人口は億を超えタイの倍もある。この不公平を是正するには中国軍がタイを解放して四川から移民させるべきだ」と語ったことがあります。

現在の中国は海洋進出に躍起になっていますが、同じ屁理屈を用いています。中国の一人あたりの平均海洋面積は日本やフィリピンに比べると、10分の1しかない、だからこの世は不公平だと。この不公平を是正するために中国は海洋進出しなければならない、少くとも300万平方キロの経済水域と大陸棚を擁するべきだと強引な主張を繰り広げているのです。

しかも「海に出なければ21世紀の中国はない」「公平な世界を必ずつくる」とまで公言し、「平等」に代わる「公平」という中国的価値を全人類に共有させると息巻いています

石:そのように、あくまで独善的な主張を繰り返すのが中国です。その理屈が通るなら、海に面しない内陸国にも領海を与えなくてはならない。

ですから、今後の対外関係において、中国が歩むであろう道には2つあると思います。ひとつは軍事強国化して世界を支配しようとする道、もうひとつは実質的に国が崩壊状態になり個人が難民として拡散し、そのような形で世界を占領する。

いずれのケースでも、漢民族が地球を危機に陥れるでしょう。

黄:なるほど。では、中国国内は実際にどのように変化していくでしょうか。 前の章で、2013年に海外へ脱出した中国人が900万人だったという話をしましたが、現在の海外脱出組は金持ちのほうが多い。極貧の農民は海外どころか国内旅行すらできないでしょうから。

しかし、今後ますます金持ちが資産とともに海外に出てしまうと、中国には貧困層しか残らなくなってしまいます。いままでの過剰投資が過剰投資を呼ぶ循環は不可能になりますから、経済構造は大幅に変わらざるをえない。

だからヒラリー.クリントンは2012年にハーバード大学で講演した際、「中国は20 年後に最貧国に転落する」と演説したと言われています。

20年後といえば、2030年代の初めから半ばにかけてですが、石平さんは、いつごろ中国が最貧国に転落すると思いますか。

中国は2049年に建国100周年を迎えますが、あと35年後のことです。建国100周年を迎えるのは難しいかもしれませんね。

石:時期はよくわかりませんが、間もなく経済そのものが破綻するし、生み出された富はどんどん海外流出するわけだから、それほど時間はかからないでしよう。

私は2049年にまだ中華人民共和国という国、少なくとも現在のような中国が存在しているとは思えないのですよ。

もう1つの可能性は、要するに毛沢東時代に戻ったような中国ですね。毛沢東のような極端な独裁者が、十数億の極貧な国民を束ねていくというそんな中国のイメージです。

P.186

石:第4章で、アフリカには中国から刑務所に入りきらなかった囚人が送られているという話がありましたが、これから中国は刑事犯の輪出大国になるといラことでもありますね。

実際、来日中国人の刑法犯は、外国人犯罪者のなかでもダントツ1位です。2013年 の来日外国人による犯罪は1万5419件、9884人でしたが、そのうち中国人が58 76件、4047人で、ともに全体の約4割を占めています。

しかも年々、巧妙化、凶悪化している。

日本のバ力な政治家が1000万人の移民を受け入れるなどというと、中国は喜んで1000万人の犯罪者を日本に送り込みますよ。

 

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