2/1JBプレス 加谷珪一『台湾の政権交代を後押ししたTPPという存在 民進党圧勝の裏側と中台問題の行方を読み解く』について

1/30「士気の集い」澁谷司先生講演会で、先生は「台湾独立は中華民国からの独立を標榜していたのであって、中国からの独立を意図したものではなかった。元々中国とは別な政治実体として存在していたので。いつの間にか中国からの独立にすり替わってしまった」とのこと。中国国民党はありもしない「92年共識」をでっち上げ、台湾を共産中国に売り渡そうとしていると小生には見えます。流石蒋介石が連れてきた連中の子孫と言うべきか。リアル中国人です。陳舜臣が日経の私の履歴書に書いていた「黄河の花園口の堤防決壊」も日本軍のせいにする卑怯な連中です。

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加谷氏は「中国のTPP加入は確実」と書いています。国民党が思っているのか、加谷氏の思いか分かりませんが、中国がTPPに加入することはないでしょう。オバマですらTPPについて「我々は中国のような国に世界の経済のルールを書かせない」と言っています。中国を国際社会に関与させてもルール破りが常態となっています。WTO然り。AIIBを作り、米国の覇権に挑戦する姿勢も見せています。幸いTPPに欧州は入っていませんから、AIIBのように欧州が加盟して中国を助けるようなことは起きないでしょう。共和党の大統領になればもっと中国に厳しくなります。

蔡英文は昨年の訪日時に「日本との産業同盟」を提起していましたが、澁谷先生によれば「台湾との経済的結びつきは深くならないのでは。経済界とも話ししているが、見込み薄。関心がない。チャイナの影響を受けている」とのこと。今の財界は安全保障について関心がないのは畸形ですが、日本の戦後教育自体が畸形だったからというのはあります。でもこの辺で遮断しないと。ハリス米太平洋軍司令長官が「中国から攻撃があれば尖閣は守る」と明言してくれました。共に戦う姿勢を見せないと。日本人はもっと真剣に国防を考えないと。

記事

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総統選挙で勝利した民進党の蔡英文主席(2016年1月9日撮影)。(c)AFP/SAM YEH〔AFPBB News〕

 台湾で1月16日、総統選挙(大統領選挙)が行われ、独立志向の強い野党・民進党の蔡英文主席が圧勝した。民進党は立法院(議会)選挙でも過半数を獲得しているが、総統選挙と立法院選挙の両方で民進党が勝利したのは1949年の中台分離以後、初めてのこととなる。

 台湾はかつて、民進党の陳水扁氏が総統に就任し(2000~2008年)、独立の機運が高まった時期があったが、結局、独立運動は尻すぼみになってしまった。

 最近になって再び独立運動が活発になってきたのは中国の台頭が原因だが、そこにはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉をめぐる諸問題が複雑に関係している。経済という視点を切り口に台湾の歴史を紐解き、今後の台湾について考察してみたい。

米国との国交は失ったがアジアのハイテク基地として躍進

 台湾はよく知られているように、中国本土から分離する形でスタートした。中国は清王朝が支配する帝政国家だったが、1911年の辛亥革命によって中華民国が成立した。しかし中国の内政は安定せず、太平洋戦争を挟んで国民党と共産党との間で内戦(国共内戦)となり、勝利した中国共産党は1949年、中華人民共和国の建国を宣言し、中国は共産国家となった。内戦に敗れた国民党は台湾に避難し、そこで中華民国政府を継続している。双方は、自らが正統な中国政府であるとの立場を譲らず、国際的には2つの中国が併存する状態となっていたわけである。

 米国には台湾(国民党)を支持する華僑が多く、チャイナロビーと呼ばれる強力な政治勢力を形成してきた。しかし1972年にニクソン大統領が電撃的な訪中を実現したことから、台湾の国際的な立場は大きく変わることになる。米国はその後、間接的には台湾を支援しながらも、中華人民共和国を正式な中国とみなす立場を取ってきた。日本政府も同様に、日中国交正常化以降、中華人民共和国を正式な中国としている。

もっとも台湾は、米国や日本との正式な国交は失ったものの、半導体のファウンドリビジネス(設計を行わず、製造受託に特化するビジネス)やパソコンのOEM(相手先ブランドによる生産)など、米国経済との連携を強め、アジアのハイテク基地としてめざましい経済発展を遂げた。

 中国は文化大革命によって内部がズタズタになってしまったことから、思うように経済を発展させることができず、台湾との経済的な格差はなかなか埋まらなかった。毛沢東氏の死後、最高実力者に登り詰めた鄧小平氏は、積極的に改革開放路線を進めたが、その成果が本格的に出てきたのは、だいぶ後になってからのことである。

内省人である李登輝氏が付けた民主化への道筋

 台湾の独立運動は、台湾経済のめざましい成長と軌を一にして発展してきた。

 台湾には、国民党員を中心とした中国大陸から渡ってきた人たち(外省人)と、もともと台湾にいた中国人(内省人)の対立がある。国民党は独裁的な政治を続け、内省人を冷遇してきたので、内省人は長く政財界の要職には就けなかった。このため起業家として身を立てる人が多く、こうした人材が台湾のハイテク産業を支えてきたという側面がある。世界最大のコンピュータ・メーカーのひとつに数えられたエイサー創業者の施振榮(スタン・シー)氏も内省人出身の起業家の一人である。

 ハイテク産業をエンジンとして、台湾の経済が発展するにつれ、内省人の発言力は強くなり、これに伴って独立を目指す動きも活発化していった。独立運動が最高潮となったのが、独立志向の強い野党・民進党の陳水扁氏が総統に就任した2000年頃のことである。

 1990年における台湾の1人当たりGDPは中国の24倍に達しており、中国の加速度的な成長が始まった2000年時点でも16倍の格差があった。中国は人口が多いのでGDPの絶対値こそ中国の方が多いが、豊かさという点では台湾経済は中国経済を圧倒していたのである。

実は民進党に政権交代する直前の台湾総統は、国民党の李登輝氏であった。李氏は国民党員ではあるものの、内省人であったことから、密かに台湾独立の布石を打ってきたといわれる。自身が総統に登り詰めることで、台湾民主化の道筋を付け、民進党への政権交代の道を開いたのである。その意味では、陳氏は満を持しての総統就任ということになる。

中国による台湾財界人の取り込み工作

 陳氏は、初代総統である蒋介石氏の名前を冠した「中正国際空港」の名称を変えるなど、独立色を強めていったが、独立運動は思いのほか盛り上がらず、次の総統選挙では再び国民党に政権の座を譲ってしまう。

 陳氏自身に金銭スキャンダルが浮上したことや、立法院で民進党が過半数を取れず、政策をことごとく国民党に妨害されたことが直接的な理由だが、何より台湾国内に慎重論が多かったことが、独立が進まなかった最大の原因である。

 当時の台湾では経済に対する強い自信があり、わざわざ独立運動で政治を不安定化させなくても、実質的に中国からの独立を実現できると考えた人も多かった。だが時代はそれとは逆の方向に進み始めることになる。総統選挙の結果、国民党の馬英九氏が新しい総統に就任し、国民党は再び政権の座に返り咲くが、このあたりが中台関係の大きな転換点となった。

 中国はその前後から驚異的な経済成長を実現し、同時に台湾経済人の中国への取り込み工作を本格化させている。台湾の財界人で中国進出を希望する人には、最大限の補助を行い、多くの財界人が中国に渡っていった。

 iPhoneやiPadの製造を一手に引き受け、シャープの液晶事業の買収を狙っている鴻海精密工業の創業者・郭台銘(テリー・ゴー)氏は、こうした新しいタイプの経済人の典型である(郭氏は外省人)。鴻海は台湾企業でありながら、中国に積極的に進出し、大連や成都に巨大な工場を設立した。

 中国本土では、一時期、台湾出身の実業家をあまりにも優遇することから、国内の経済界から反発の声が上がっていた。それくらい、中国の台湾取り込みは積極的だったのである。

 こうした工作の結果もあり、親中派の財界人に支えられる形で、国民党は、宿敵であった中国共産党との融和路線に舵を切ることになる。それ以降、国民党は急速に中国との距離を縮めていくことになるのだが、この動きが、中国を嫌う台湾人からの反発を強める結果となり、今回の敗北につながった。

TPPの存在が国民党を共産党に近づけた?

 それにしても国民党は、かつては内戦まで行った中国共産党に対して、なぜ、そこまで接近する必要があったのだろうか。こうした動きの背景にはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の存在があるといわれている。

 TPPは2015年10月、5年の歳月を経て、24カ国による基本合意が成立した。中国は今のところTPPに参加していないが、中国がメンバーに加わることはほぼ確実といわれている。台湾もTPPに参加する方向性で国内の調整を進めているが、ここでやっかいな存在となるのが中国である。

 TPPが無事スタートすれば、次の焦点は中国がどのような形で参加するのかという点に絞られてくる。もし中国が先にTPPに加盟してしまうと、台湾はTPP加盟交渉を、米国に対してだけでなく、中国とも行わなければならない。そうなってしまうと、台湾の外交的な立場は一気に弱体化してしまうだろう。

 このため国民党内部では、まず中国との経済協定を急ぎ、米国が中国と交渉を行う段階で、台湾も自動的に同じ交渉のテーブルに乗るべきだとの意見が強くなった。その結果として中国と合意に至ったのが「中台サービス貿易協定」である。

中国があまりにも大きくなりすぎた

 だが、この協定合意がかえって国民党の敗北を決定付けることになった。2014年4月には、協定に反対する学生が立法院(国会)を占拠するという事件が発生し、馬政権は対応に苦慮する結果となった(ひまわり運動)。このままでは台湾が中国経済に飲み込まれてしまうという危機感が、今回の選挙結果につながった可能性は高い。

 では、圧倒的な支持で政権の座についた蔡氏は、中国との対話を閉ざし、一気に独立の方向に舵を切るのか?

 おそらくそうはならないだろう。その理由は中国があまりにも大きくなりすぎたからである。

 かつては中国に肉薄していた台湾経済だが、ハードウエア産業の凋落によって、最近では成長率の鈍化に苦しんでいる。ハードウエアに依存していたという点においては、日本企業が陥っている苦境と似たところがある。

現在、中国のGDPは台湾の20倍の規模があり、1人あたりGDPは台湾の半分まで近づいた。台湾は経済的に中国に対抗することが難しくなっているというのが現実だ。また、米国チャイナロビーの影響力も最近は低下が著しいといわれ、米国の政界関係者の中には、公然と台湾への支援を停止すべきと発言する人まで現れている。中国との交渉材料という点では台湾の存在は有意義かもしれないが、米国が本気で台湾独立を支援するメリットは少ない。

 台湾国内の雰囲気もずいぶん様変わりした。ひまわり運動に立ち上がった学生は、確かに台湾人としてのアイデンティティを強く持っているが、かつての独立運動とは立ち位置が異なっている。

現実主義者の蔡氏は「現状維持」

 彼等が発するメッセージには、強大な中国から台湾の中小企業を守る、あるいは、ようやく育ってきた台湾の民主主義を守るという意識が強く出ている。中国に対抗した独立運動というよりも、強大な中国の存在を前提にした、国内の民主化運動という位置付けに近い。

 台湾の経済力が絶頂であった2000年当時において独立運動が思いのほか盛り上がらず、台湾と中国の立場が逆転した今、こうした運動が再び盛り上がっているのは何とも皮肉だが、これは日本国内の世論も同じである。

 2000年当時、日本の世論は台湾に対して冷たく、独立を積極的に支持する論調はあまり見られなかった。だが最近では中国への反発からか、台湾独立を支持する論調が強まっているようにも見える。だがタイミングとしてはすでに遅すぎた可能性が高い。

 蔡氏は徹底した現実主義者といわれており、当面の中台問題におけるスタンスは「現状維持」である。まずは独立問題よりも、経済の立て直しや、民主化の推進など内政問題に集中することになるだろう。中国に対して最終的にどのように振る舞うのかは、台湾経済の今後と、自由貿易構想の中での台湾の役割によって大きく変わってくる。

 中国は基本的に国際社会において高い地位につきたいとの願望が強く、台湾を武力で強引に併合するような強硬手段に出るとは考えにくい。これまでと同様、自国の経済圏の中に台湾を緩やかに取り込む形で、中台問題を終結させようとするだろう。

 日本もこうした現実を踏まえた上で、台湾との付き合い方を考えていくことが重要である。

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