『習政権の標的は「トラとハエ」から「黒と悪」へ 中国を騒がせた医師の自殺、元凶は「地元の顔役」』(2/9日経ビジネスオンライン 北村豊)について

中国大陸には中共と言うヤクザの大組織があり、そこが大本になって悪さをするのですから、止めようがありません。台湾に逃げた蒋介石も上海時代に、杜月笙の「青幇」を利用したことは有名です。中国人は主義主張が違ってもやることは同じ。悪を跋扈させることです。習がワルを退治しようとしても、本人が相当のワルであり、民族のDNAに組み込まれた「悪」は一朝一夕に取り除くことはできないでしょう。

北村氏の記事に出て来る「楊玉忠」みたいのは、中国のどこにでも転がっています。公安と繋がり(=公安を賄賂で手なづけ)を持ち、悪行を為しても、逮捕されないばかりか、被害者がその不当を訴えれば、逆に更なる弾圧を加えます。

2/5Facebook記事から<1989年 當中共在北京屠城之後,有一位北京大學畢業的老教授老淚橫流地說﹕“當年,我們這些北大的學生天天三菜一湯吃得飽飽的,吃飽便跟地下黨上街去’反飢餓、反內戰和反迫害’,國民黨也不曾開槍打我們,今天想起來實在令我無地自容,我今天如果不上街悼念被共產黨殘殺的北京學生,我還是一個人嗎? ” (轉:民國史)=1989年中共の天安門での虐殺後、北京大学卒業の老教授は涙ながらに語ったことは、「その当時(1948年)、我々北大生は毎日腹いっぱい食べ、腹が膨れたら地下党と共に“反飢餓・反内戦・反迫害”を掲げてデモした(が彼は参加しなかったので後悔している)。国民党と雖も我々を銃で撃つことはなかった。今日思い起こせば恥じ入るのみである。もし、中共に殺された北大生を哀悼しにデモに行かないとしたら、私はやはり一人ぼっちなのだろうか?>

https://www.facebook.com/Shanhe.zai/videos/2066399690261284/

日本にも中共同様、この手合いがいます。辻元清美と関係が深い極左暴力集団の「連帯ユニオン・関西生コン」です。左翼は暴力革命を肯定しますので、ヤクザと一緒です。スターリンは銀行強盗で有名でした。日本も沖縄にいる本土からの左翼とか、「連帯ユニオン・関西生コン」を警察が取り締まれなくては、法治国家の名に愧じます。市民社会を守るため、警察は粛々と業務を遂行して貰いたいです。

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/

次は、中国ではなくて、北に対する米国の動きです。金正恩が如何に文在寅を抱き込んで米国の攻撃を止めようと画策しても「時既に遅し」では。地下深く潜り込んで爆発する(バンカーバスター型)の小型核であれば、非戦闘員を巻き込むことはありません。鼻血作戦何てしみったれたことを言わずに、核施設と思われる処全部に撃ってほしい。

「鍛冶俊樹の軍事ジャーナル 第317号(2月9日) *新核戦略と小型核

2日、米トランプ政権が新核戦略を発表した。なにしろトランプ大統領は物騒な発言の目立つ人だから、今更、米国の核戦略を全面的に見直すなどと言っても、誰も驚かない。  しかも12月18日に国家安全保障戦略、1月19日に国防戦略と上位戦略から下位へと順を追って発表しているから、3番目にあたる核戦略が公表されるのは誠に順当で論理的な印象を与える。  だがこれは、トランプぼけだ。日本は平和ボケ、韓国は危機ボケ、北朝鮮は核ボケと言われるが、これに米国のトランプぼけが加わったとも言えよう。というのもこの3番目の戦略文書の中身は、まさに3度目の正直ともいうべき、米軍の本音が明確に出たものである。

この戦略の中核は、潜水艦に小型核を搭載する点にある。今まで米海軍は潜水艦に大型核を搭載して来た。戦略原子力潜水艦は抑止力の最後の砦であり、敵の核攻撃により米軍の施設が壊滅した場合、敵の首都中枢への最終かつ最大の報復をすべく大型核を搭載していたのだ。  つまり敵軍が速やかにかつ大量に米軍を核攻撃すれば、米軍の地上および海上における核戦力を含む報復能力は壊滅してしまい、報復は不可能となる。だが海中に長期間滞在し世界中を潜航している原子力潜水艦を捕捉攻撃する事は不可能である。  従って敵の先制核攻撃下にあっても米海軍の戦略原潜は残存し、最後の報復力を確保する。敵はこの最後の報復を恐れるが故に、米軍への先制攻撃を思い止まる訳である。これが核抑止体制であり、広島・長崎以後、核戦争が起こらなかった平和の本質でもある。

ところが北朝鮮は、首都平壌全体を核シェルターにしてしまい、米国への核攻撃を公言するに至った。これで米国の核抑止体制は事実上、崩壊したことになる。かくして新核戦略が登場した。  北朝鮮は核関連施設を地下要塞に造り、数十メートルのコンクリートで防護している。地上で大型核が爆発しても残存するが、米国の新型の小型核はこのコンクリート盤を先端で打ち砕きながら突入し突き抜けたところで、爆発する。内部は完全に破壊されるが放射能漏れは殆ど起きない。  北朝鮮は数カ月で米国に届くICBMを完成させると言われており、多少の遅延はあり得るとしても、自主的に核兵器開発を完全に放棄するとは考えられない。ならば強制的な除去しかない訳で、小型核による核施設の完全破壊となる。

米国の新戦略に気付いた北朝鮮は平昌五輪に参加表明し、韓国を懐柔して米軍の動きを封じ込めようとした。懐柔されないように安倍総理とペンス米副大統領が訪韓し、懐柔すべく金正恩の妹も訪韓し、韓国大統領は「これだから日和見主義者はやめられない」とご満悦であろう。  しかし、米国の新核戦略の公表は、核兵器の先制使用を明言したものであり、遅かれ早かれこの戦略は発動される。文在寅政権のご満悦はやがて茫然自失に代わるであろう。

軍事ジャーナリスト 鍛冶俊樹(かじとしき)」(以上)

記事

中国国営の「新華社通信」は1月24日付で、「中国共産党と中国政府“国務院”が最近、『“掃黒”・“除悪”特別闘争の展開に関する通知』(以下「掃除通知」)を出した」と題する記事を配信した。“掃黒”とは、“掃黒社会”の略で、“黒社会(暴力団)”を一掃することを意味する。また、“除悪”は、悪人や悪事を除去することを意味する。すなわち、暴力団の一掃と悪人や悪事の徹底除去を目的とした特別闘争を展開することを全国に通知したのだ。

「打黒」から「掃黒」へ引き上げ

同記事は、中国共産党第19回全国代表大会(2017年10月18~24日)の決定と“習近平”総書記が指示した重要な精神を深く貫徹して実行し、国民が落ち着いて暮らし、仕事を楽しみ、社会が安定して秩序を保ち、国家が長期的に安定することを保障し、中国共産党の執政基盤をより一層強固なものとするため、中国共産党“中央委員会”並びに国務院は、全国で“掃黒”・“除悪”の特別闘争を展開することを、掃除通知は指し示していると報じた。

中国では10数年間にわたって“打黒”・“除悪”特別行動が展開されて来た。“打黒”とは、「“黒社会(暴力団)”を取り締まること」を意味するので、今回の掃除通知は従来の「暴力団を取り締まる」から一段階引き上げて「暴力団を一掃する」として、最上級の決意表明を行ったことになる。

長年にわたる暴力団取り締まりが効を奏し、暴力団の勢力は抑制されたが、依然としてその数は多く、取り締まりが強化されるに従い、彼らの活動は徐々に隠れたものとなり、犯罪と違法の間を巧妙に動き回り、組織の形態や利益獲得の方式も変化してきている。暴力団は従来の「公然と暴力を振るって脅す方式」から「陰で暴力を振るって脅す、あるいは非暴力で脅す方式」に転換し、「脅しても怒鳴らず、怒鳴っても暴力を振るわず、暴力を振るっても傷付けず」を原則として取り締まりを免れている。また、彼らは暴力団を会社組織に変更し、暴力団であることを隠蔽して合法的な組織となり、暴力団の親分は陰に隠れて黒幕となるなどしている。

暴力団が浸透する領域は、かつては砂利採り、建築などの分野であったが、今では物流、不動産、観光、飲食などの分野、さらには高利の貸金業などにも進出している。大学生に対する違法な貸金を行う“学園貸(学生ローン)”<注1>の業者もその背後には暴力団がいる。また、暴力団は社会にはびこる悪人と結託して仲間となり、違法活動を展開する。その悪人が地域の実力者であれば、その実力者が暴力団の“保護傘(後ろ盾)”となり、地元の警察や検察までが見て見ぬ振りをすることになるから、彼らは好き放題に悪事を働くことが出来るようになる。

<注1>“学園貸”の詳細は、2017年4月21日付の本リポート『女子大生を餌食にする中国「裸ローン」の罠』参照。

習近平は2012年11月に中国共産党中央委員会総書記に選出された直後の2013年1月に、特権を利用して大きな腐敗を行う指導幹部の「トラ」と庶民の周囲で小さな腐敗を行う「ハエ」を取り締まる「トラ退治とハエ駆除を同時に行う腐敗撲滅運動」を発動した。この結果、2017年12月までに150万人の役人が取り調べを受け、共産党および政府の高級幹部、人民解放軍”および“武装警察”の⾼級軍官が数百名規模で腐敗を摘発されて処罰された。この「トラ退治とハエ駆除」に続いて着手しようとしているのが、「暴力団の一掃と悪人や悪事の徹底除去」なのである。

ところで、2013年10月に収賄、汚職、職権濫用の罪によって無期懲役が確定した“薄熙来”は、中国共産党の中央政治局委員で、2007年11月から2012年3月まで重慶市のNo.1である“重慶市党委員会書記”であった。薄熙来は重慶市で“唱紅打黒(革命歌を歌い、暴力団を取り締まる)”運動を展開したが、その一部を構成したのが「“打黒”・“除悪”特別行動」と呼ばれるものだった。上述したように“打黒”とは「暴力団を取り締まること」だが、重慶市は歴史的に“黒幇(犯罪組織)”が割拠して活動する地域であったことから、これら犯罪組織を取り締まり、彼らと連携して悪事を働く悪人を除去することを目的に、重慶市党委員会書記に着任した薄熙来が主導したのが「重慶“打黒”・“除悪”特別行動」(以下「特別行動」)だったのである。

2009年7月から始まった特別行動では、重慶市の“司法局長”で前公安局長であった“文強”<注2>を含む1544人が犯罪組織に関わった容疑で逮捕された。しかし、薄熙来の失脚後に行われた調査では、この特別行動は犯罪組織撲滅を名目にした「薄熙来に敵対する勢力の一掃」を最終目的としたものであったと考えられている。中国共産党総書記として2期目に入った習近平が、かつて薄熙来が重慶市で行った「“打黒”・“除悪”特別行動」を、「“掃黒”・“除悪”特別闘争」とさらに強化して全国規模で実施する本意は何なのか。薄熙来と同様に「習近平に敵対する勢力の一掃」が最終目的なのか、はたまた中国社会の安定を目的としたものなのか。少なくとも「トラ退治・ハエ駆除運動」が、習近平に敵対する官僚や将官を排除する手段として機能していることは明白な事実である。

<注2>文強は、2010年4月に収賄罪、犯罪組織を擁護黙認した罪などにより死刑判決を受け、同年7月に薬物注射による死刑が執行された。

「地獄で待っているぞ」

さて、1月24日に掃除通知が出されたことが報じられてから8日後の2月1日から3日までの間に、中国メディアは一斉に掃除通知の必要性を国民に改めて認識させる事件の発生を報じた。同事件の詳細は以下の通り。報道管制が強化されつつある中国では、この種の事件は詳細な報道が抑制されるのが常だが、本件は各メディアが競って詳細を報じたのだ。

“廊坊市”は河北省の中部にあり、北京市と天津市の中間に位置する。1月27日の午前11時頃、廊坊市“安次区”の“銀河南路”に所在する“淮鑫大厦(わいきんビル)”内の“城南医院”で、院長の“張毅”が院長室の窓から飛び降りて自殺した。その直後に『ある優秀な医師と優秀な教師の家庭の壊滅』<注3>と題する張毅の遺書がネット上に発表されたことで、張毅を自殺に追いやった病院の共同経営者である“楊玉忠”の悪辣な所業が明らかとなった。張毅の遺書は「楊玉忠よ。私はお前を地獄で待っているぞ」という言葉で締め括られていた。

<注3>優秀な医師とは張毅自身を指し、優秀な教師とは大学教授である張毅の妻を指す。彼ら2人は同年同月同日に生まれた竹馬の友で、相思相愛で結ばれた夫婦だった。

張毅は1979年に大学に合格した“老三届(文化大革命により1966~68年の学校卒業予定が延期されて進学できなかった世代)”で、1984年に甘粛省の“蘭州大学医学院医療部臨床医学科を卒業した。卒業後に廊坊市の医療機関へ配属を命じられた張毅は、廊坊市の医院で勤務しながら“骨科(整骨科・整形外科)”の研究と臨床に研鑽を積み、1993年に“廊坊市人民医院”から独立する形で“城南骨科医院”を開業した。彼は同市内の整形外科業界で広く知られた存在であり、2016年には廊坊市の第1回名医リストに名を連ねた。張毅に対する患者の評判は極めて高く、貧困な患者には医療費を免除する程で、良心的かつ善良な医師であった。

城南医院に改称、格上げで好転

張毅が楊玉忠と知り合ったのはずいぶん昔だが、2人が協力するようになったのは2013年に城南骨科医院が安次区内の“廊覇路97号”へ移転して、“城南医院”と改称する時からだった。それ以前の廊覇路97号は大きな窪地であったが、城南医院はそこを埋め立てて新たに建築したものだった。城南医院を共同経営するに際して、2人が取り決めた事項を、張毅は遺書の中で次のように述べている。すなわち、楊玉忠が経営する不動産会社“宏昇房地産公司”との共同経営では、張毅が経営する医院は1300万元(約2億2100万円)の現金と300万元(約5100万円)の資産、さらに200万元(約3400万円)に相当する城南骨科医院のブランド価値を出資するが、この合計1800万元は城南医院の総出資額の60%を占める。これに対して、宏昇房地産公司が建設する医院ビルを含む残り40%の出資金は銀行ローンを利用する形で宏昇房地産公司の楊玉忠が責任を持って調達するものとする。

城南医院の開業直後には少なかった患者数は、月日が過ぎるに従い徐々に増加していった。開業から3年の間に北京市の著名医院である“積水潭医院”と技術提携を行ったことなどにより、城南医院の医院等級<注4>は“一級医院”から“二級総合医院”へと格上げされ、地元の評判が好転すると同時に、経営状況も好転した。共同経営者の楊玉忠は城南医院の経営が芳しくない間はたまにしか顔を出さなかったが、経営状況が好転して利益が見込めるようになった2015年の下半期からは、頻繁に城南医院を訪れるようになった。

<注4>中国には全国統一の公的医院格付けがあり、ベッド数、医療スタッフ数、設備水準、技術水準などの評点により最下級の一級から最上級の三級までの格付けがなされている。

2016年になると楊玉忠は城南医院の医療事務に介入するようになり、さらには人事にも介入してベテランの財務主任や産婦人科の医師を勝手に解雇して、自分が連れて来た人間をその後任に押し込む始末だった。こうした楊玉忠の介入に業を煮やした張毅は、楊玉忠と何度も話し合ったがらちが明かず、張毅は資金を調達して城南医院を別の場所に再建することを決意した。張毅が新たな城南医院の場所として探し出したのが、同じ安次区内の銀河南路97号にある淮鑫大厦だった。淮鑫大厦の中には“淮鑫飯店(わいきんホテル)があり、ビルの正面には淮鑫飯店の看板が掲げられている。

決裂、流用、乱入、暴行…

張毅と楊玉忠の話し合いが決裂した結果、双方は出資比率と医院ビルの帰属を巡って争うことになった。そうこうするうちに、楊玉忠は医院ビルの所有権を楊玉忠個人の名義から宏昇房地産公司の名義に移したり、城南医院の会計担当者をそそのかして1000万元(約1億7000万円)もの現金を流用させるなどの事態を引き起こした。また、楊玉忠は城南医院の職員にも嫌がらせを行った。2017年7月21日には廊覇路にある医院ビルの8階で職員たちによる会合が開かれていたが、突然乱入した黒服の若者7~8人が院長代理を呼び出して、楊玉忠の命令でお前は解雇だと告げて脅したため、院長代理はその後姿を見せなくなった。また、8月24日には、数名の若者が医院ビル内の副院長室へ乱入して、無言で副院長に暴行して去った。

2か月間の室内装飾作業を経て、淮鑫大厦内の城南医院は2017年10月の営業開始を予定していたが、一部の公的手続きの認可が遅々として下りずにずれ込んでいた。これも楊玉忠が認可を下す役人に裏で手を回しているものと思われた。10月18日の夕方5時17分、張毅は“廊坊師範学院”内で黒衣の暴漢3人に襲われた。3人のうちの1人は張毅を押し倒し、他の2人は“鎬(つるはし)”で張毅を殴打した。その後、3人はナンバープレートの無い白色のジープに乗って逃げ去ったが、この間わずか10数秒の早業だった。市内の医院へ搬送された張毅は検査を受けたが、診断結果は右下腿骨の粉砕骨折で、緊急手術が施された。この種の粉砕骨折は完治が難しく、張毅は懸命にリハビリに励んでいたが、自殺直前の時点では松葉づえにすがらなければ歩けなかった。彼は今まで患者たちに真剣にリハビリを行わないと、一生松葉づえの生活になるぞと言い続けてきたが、立場の逆転は彼にとって辛いものであったことは否めない。

廊坊市“公安局安次分局”は現場の監視カメラの映像をもとに、張毅を襲った容疑者を特定し、10月26日に運転手を含む4人の容疑者を“故意傷害罪”で逮捕した。4人の自供から張毅襲撃を示唆した主犯である“趙○○”の存在が判明したが、趙○○は逃亡した後だった。一方、張毅が襲撃されて粉砕骨折の傷を負った後、毎日のように誰かが張毅を訪ねて来て、“刑事諒解書(加害者の罪の軽減を求める文書)”に署名するよう要求していたという。自殺直前の院長室に入った職員は、張毅はいつもと変わらぬ平静さを保っていたが、その机の上に“刑事諒解書”が置かれていたのを目撃していた。なお、張毅が自殺した翌日の1月28日、3か月間にわたって逃亡していた主犯の“趙○○”が警察による追跡の圧力に耐えかねて自首して来た。

“趙○○”の後ろで糸を引いていた黒幕は当然ながら楊玉忠であった。楊玉忠は廊坊市安次区の第8期“人民代表大会代表(区会議員)”であり、刑事犯罪に関与した容疑があるとして、“安次区人民代表大会常務委員会”は2018年1月28日付で、楊玉忠の人民代表大会代表の資格を一時停止することを発表した。こうした圧力に晒された楊玉忠は、1月31日早朝に公安局安次分局へ自首した。

羊の皮をかぶった狼

楊玉忠の自首が報じられると、ネット上に楊玉忠の悪事を告発する書き込みが次々と行われ、楊玉忠が「羊の皮をかぶった狼」であったことを暴露したのだった。その代表例を挙げると以下の通り。

【1】楊玉忠とその仲間は、安次区の“楊税務郷北小営村”の共同財産に目を付け、それを勝手に転売して私腹を肥やしたし、村人をペテンにかけたり、暴力で脅して、無理やり土地を手放させて私利をむさぼった。また、村道改造の機会を利用して高値で工事を受注し、巨額の利益を懐にした。

【2】ある建築業者が楊玉忠と手を組んで建築工事を請請け負い、大量の資金を投入して工事を進めたが、2012年8月中旬に違法建築として突然の工事停止命令を受けた。違法建築かどうかは工事業者には関係ない話なので、開発業者に工事代金を請求したところ、開発業者と地元の“黒社会(暴力団)”に何度も暴行を受けた。建築業者はこの暴力事件を公安局に通報したが、公安局は通報を受理しただけで、立件して調査することもしなかった。この背景には、楊玉忠が開発業者と連携して暴力団を使って暴行しただけでなく、区会議員の立場を利用して公安局に圧力をかけて事件をもみ消した可能性が高い。

【3】楊玉忠が経営する宏昇房地産公司は安次区の廊覇路に住宅団地を建設したが、完成した住宅団地には汚水処理の配管が設置されておらず、汚水は長期間にわたって廊覇路に垂れ流しにされた。住民たちはこの状況を憤ったが、楊玉忠の権勢を恐れて、正面切って文句を言う者は誰もいなかった。

楊玉忠のように地方政府の末端である郷や村などで、その権勢や組織を背景として悪事を働く顔役を“郷覇”、“村覇”と呼ぶ。彼らはならず者を集めて暴力団を組織し、郷・村政府の悪徳役人と結託して、郷や村を支配下に置き、その住民の生活全般を牛耳る。こうした構図は中国全土に普遍的に存在し、人々の生活を脅かしている。人々は郷覇や村覇に対する反発を募らせており、それが中国社会の不安定要素を構成する一部分となっている。

文頭に述べた掃除通知が本当に中国社会の安定を促進し、中国共産党の基盤強化に寄与するものかは、今後の動向を見定めないと分からない。要するに、「トラ」と「ハエ」の次に習近平政権の標的に選ばれたのは、「暴力団」と「悪人」であることは間違いのない事実である。

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