『観光開発に揺れる「駱駝のシャンズ大街」 破壊される古都の風情』(1/5日経ビジネスオンライン 北村豊)について

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1/5ロイターJustice Dept. launches new Clinton Foundation probe: The Hill

WASHINGTON (Reuters) – The U.S. Justice Department has begun an investigation into whether the Clinton Foundation conducted “pay-to-play” politics or other illegal activities during Hillary Clinton’s tenure as secretary of state, The Hill reported on Thursday, citing law enforcement officials and a witness.、

FILE PHOTO: A Clinton Foundation souvenir is seen for sale at the Clinton Museum Store in Little Rock, Arkansas, United States April 27, 2015. REUTERS/Lucy Nicholson

The newspaper said FBI agents from Little Rock, Arkansas, where the foundation began, had taken the lead in the investigation and interviewed at least one witness in the past month. Law enforcement officials told The Hill that additional activities were expected in coming weeks.

In response to a request for confirmation, a Justice Department spokeswoman said the agency did not comment on ongoing investigations.

There was no immediate response to a request for comment by officials at the Clinton Foundation. The organization previously said there was never any trade in policy decisions for contributions.

Democrats have accused Republicans of launching a spurious investigation of Clinton, the 2016 Democratic presidential nominee, to divert attention from Special Counsel Robert Mueller’s investigation into possible collusion between President Donald Trump’s election campaign and Russia.

The Hill reported that the officials, who spoke on condition of anonymity, said the probe was examining whether the Clintons promised or performed any policy favors in return for contributions to their charitable efforts or whether donors promised to make donations in hopes of government outcomes.

The probe may also examine whether any tax-exempt assets were converted for personal or political use and whether the foundation complied with tax laws, the newspaper cited the officials as saying.

A witness recently interviewed by the FBI told The Hill the agents’ questions focused on government decisions and discussions of donations to Clinton entities during the time Hillary Clinton led President Barack Obama’s State Department.

U.S. Attorney General Jeff Sessions asked Justice Department prosecutors to decide if a special counsel should be appointed to investigate certain Republican concerns, including alleged wrongdoing by the Clinton Foundation and the sale of a uranium company to Russia, according to media reports in November.

Reporting by Eric Walsh; Editing by Peter Cooney」

米・司法省はクリントン財団を再調査するようです。寄付者に「何ら見返りを与えてない」と財団は言っていましたが、司法長官はそれも含め、ヒラリーのウラニュウムワンのロシアへの売却についても検察に調査を求めたと。遅きに失した感はありますが、“better late than never”です。これでトランプも外交(北朝鮮)に力を注げるようになるのでは。

1/6看中国<政府下令拆40所學校 河南幼兒無校可讀(圖)=政府は40ケ所の学校を潰すよう命令 河南の幼稚園は校舎なく勉強できるのか>

https://www.secretchina.com/news/b5/2018/01/06/846137.html

北村氏記事にもありますように下々の生活を無視して、中共は土建国家に邁進中と言ったところ。校舎も何も壊してしまうのですから。教育は国の義務だと思いますが、一党独裁の共産党に聞く耳はないでしょう。歴史の改竄も得意ですから、万里の長城の石垣の上をコンクリで固めるようなことを平気でします。九寨溝も手を加えすぎです。観光で人を呼ぶためとはいえ。

1/7中国観察のfacebook投稿からです。「貧困」と題して、窑洞に住む人を撮影。窑洞は山西省・陝西省・甘肅省など中国西北黄土高原地帯の山の崖に掘られた横穴式の住宅です。追い出しをかけられないのは田舎だからでしょうけど。共産党幹部は都市開発で多額の賄賂を手にすることしか考えなく、弱者に対する思いやりはありません。日本の左翼政党に投票、朝日を筆頭とする左翼新聞を取っている人はこれをどう見ますか?三権分立がない一党独裁が如何に恐ろしいかが分かります。

https://www.facebook.com/100010739386824/videos/526649367703038/

なお、北村氏の記事に出てきます「老舎」は文革時に自殺に追い込まれました。Wikiによれば、「1966年、文化大革命の初期、紅衛兵たちに暴行され、入水自殺した。(中国当局からの公式発表のため、暗殺説あり)」と。共産主義社会は狂っています。TBSの大野元プロデユーサーは何を好き好んで中国で暮らしているのか分かりません。思想的に共産主義にシンパシーを感じているのかどうか。まあ、人それぞれですから。日本人でいる限り、日本での自由は認められます。中国では言論の自由はありませんけど。

記事

北京の中心に位置する“故宮(明・清代の皇居)”の北に“前海”、“后海”、“西海”の3つの湖で構成される“什刹海(シーシャハイ)”がある。北京の人気観光スポットの一つである“南鑼鼓巷(なんらここう)”は、その什刹海の東側にある。地下鉄6号線と地下鉄8号線が交差する“南鑼鼓巷站(駅)”のA出口を出ると、すぐ目の前に南鑼鼓巷の入り口がある。

南鑼鼓巷は北京市“東城区”にある市内最古の街区の一つであり、北京市が計画中の25カ所の“旧城保護区(旧市街保護地区)”の中の一つである。南鑼鼓巷は北側の“鼓楼大街(鼓楼大通り)”と南側の“地安門東大街(地安門東大通り)”を結ぶ全長786m、幅8mの“胡同(路地)”を指し、1267年から26年間を費やして元朝(1271年~1635年)が国都として“大都(北京の前身)”を建設したのと同時期に建設されたもので、元代の胡同や“院落(塀で囲われた住宅)”が最大規模かつ完全な形で残された伝統的居住区であった。

北京五輪を契機に変身

700年以上の長きにわたって静かな伝統的居住区であった南鑼鼓巷は、2008年の北京オリンピックを契機として変身を遂げる。2008年、北京市は1300万元(約2億2100万円)の募金を集めて“南鑼鼓巷商業業態調整資金”を設立し、商業店舗の誘致を働きかけ、2008年以前には50~60軒に過ぎなかった店舗は、2008年以降は飲食店、バー、軽食など各種各様の商店が次々と開店し、店舗数は100軒以上になった。2014年4月25日には中国共産党総書記の“習近平”が南鑼鼓巷にある“雨児胡同”を視察し、2軒の“四合院(中央の庭を囲む4棟からなる伝統家屋)”を訪問して生活状況を聴取したことでも知られるようになった。

しかし、南鑼鼓巷の名が知られるようになるにつれて、北京市民のみならず全国各地の観光客が大挙して訪れるようになり、瞬間の受け入れ可能数が1.7万人であるにもかかわらず、ピーク時の平均訪問客数が10万人を超えるようになった。こうなると南鑼鼓巷は人の波で溢れて身動きが取れない状態になり、観光客が不満を感じるだけでなく、地元の住民たちは生活をかき乱され、静かに暮らすことが困難な状態になった。一方、観光客が増えれば、抜け目のない商売人たちは北京とは全く関係ない食品や雑貨、服装など店舗を開き、南鑼鼓巷の商業化はかつての伝統的風情を破壊するに至った。2016年4月、南鑼鼓巷は“3A級旅游景区質量(3A級観光地品質認定)”<注1>を自主返納すると共に、観光旅行団の受け入れ拒否を決めた。2016年11~12月、南鑼鼓巷は無許可営業の店舗や違法建築の建物の集中取締りを行い、店舗数を80軒前後に減らし、文化財保護の修繕を展開した。

<注1>最高が5A(AAAAA)で、最低が1A。

筆者は2016年に南鑼鼓巷を訪れたが、北京とは関係ない飲食店や軽食店、さらには服飾や雑貨小物の店舗が軒を連ねているだけで、新奇な感じはするものの、元朝の胡同といった風情を感じさせるものは全く無かった。目先の経済発展と利益だけを目的とした都市開発や観光開発は古い文物や文化を破壊するだけで、決して得策とは言えないし、後世に誇れるものとはならない。中国の観光地は概ね似たり寄ったりで、古い建築物を改築・改造したり、けばけばしく塗り直したりしていて、古びたことによる良さを消し去っていることが多い。また、そうした場所に地元の特産品や雑貨、あるいは民芸品が売られているなら良いが、どこにでもある関係ない品物が売られていて興醒めすることが多い。

さて、筆者の中学・高校の同期である大野清司君は、TBS映画社(現TBS VISION)でTBSテレビの「世界遺産」などのドキュメンタリー番組のディレクター、プロデューサーとして活躍し、世界60か国を取材して回った経歴を持つ。その大野君が期するところあってTBS映画社を退職して中国へ渡り、中国の大学で教鞭を執ること10年以上に及んでいる。2016年9月から1年間だけ北京市を離れて浙江省の大学で講師として勤務したが、任期が終わると長年なじんだ北京市へ戻り、10月から北京市西部の“石景山区”にある“模式口大街”の教員宿舎で生活している。大野君は浙江省へ行く前には同じ石景山区の模式口大街より2kmほど東に位置し、地下鉄1号線の終点である“蘋果園(りんご園)”に住んでいたから、今回はさらに2km奥に位置する模式口大街へ住居を移したのだ。模式口大街から市中心の繁華街へ出るには、“蘋果園站(りんご園駅)”までの2kmを歩き、蘋果園站から地下鉄1号線を利用するのだという。

中国庶民の伝統的な生活を観察

中国に住む日本人は一般に便利さを求めて、できる限り繁華街に近い地域に居住するのが常だが、大野君は敢えて辺ぴな場所に住んで中国庶民の伝統的な生活を観察し、体験しようと努めて来た。そして今回、2017年10月から居住先として選んだのが模式口大街だったのである。10月1日付で大野君から受信した転居連絡メールには、「首都鉄鋼公司の住宅に囲まれた丘の一角だけが奇跡的に開発を免れ、今も四合院や街並みがかすかに残されています。老舎の『駱駝祥子』<注2>がラクダを引いて戻って来た京西古道に沿って、宦官博物館や氷河博物館、明代の壁画がほぼ完璧に残る法海寺などがあります」とあり、彼が模式口大街での生活に大きな期待を抱いていることが感じられた。

<注2>老舎(1899~1966年)は中国の作家・劇作家。代表作の『“駱駝祥子(ラクダのシャンズ)”』は1920年代の北京で暮らす農村出身の貧しい人力車夫「祥子」を描いた小説。祥子は敗残兵から逃げる時3頭の軍用ラクダを引いて京西古道を通って北京城内へ戻った。それが題名の由来。

早速にネットの地図検索で「石景山区模式口大街」を調べてみると、模式口大街の沿道およびその周辺には各種の“麺館(メン店)”や“餃子館(餃子店)”、軽食店、家庭料理店など多数の飲食店が点在し、“超級市場(スーパーマーケット)”やパン屋、服飾店、文具店、美容院、理髪店などの日用生活に必要な店舗が存在していた。これだけ飲食店が多ければ一人暮らしの大野君も外食に困ることもないし、必需品は近所で賄えると思われた。

筆者が地図検索の結果を踏まえて激励のメールを送ると、大野君からは模式口大街で見かけたという奇妙な葬式の写真と動画が送られて来た。それは桃色の馬車を引いた黄色い馬の大きな作り物(高さは1.5m程)の前で現代風の歌を歌う女性とそれを見守る死者の親族たちの姿だった。これこそ、大野君が望んでいた庶民の生活であり習俗と言えるものだったはずである。ところが、現実は大野君の期待を裏切ることになるのだった。

模式口大街の葬式風景(2017年10月)

2016年12月21日付の北京紙「北京日報」は、“石景山区政府”が模式口文化財保護区の修繕改造工事を開始する旨の記事を掲載し、次のように報じた。

将来は京西伝統村落体験区に

【1】東西に横貫する模式口大街と南北に縦貫する“法海寺大街”をそれぞれ改造して2本の“文化街”を作る。当該地区は風格のある24カ所の歴史的“院落”を拠り所に模式口文化を発展させ、博物館や伝統手工芸工房、文化上演場などを建設し、山や川の風景と古い街並みの風景を融合させて京西古道の特色ある情緒を再現する。

【2】元の名を“磨石口”を呼んだ模式口は、石景山区の中部に位置する歴史上重要な“京西古鎮(北京西部の古い村落)”であり、その敷地面積は約35.6ヘクタールで、北京市が発表した第2次の“歴史文化財保護区”である。模式口地区は主として“模式口村”と“法海寺森林公園”で構成され、現存する39軒の古民家、さらには“法海寺”、“承恩寺”、“田義墓”<注3>、“第四紀氷河擦痕”など多数の文化財保護対象が存在する。

<注3>明朝の萬歴帝(在位:1572~1620年)に寵愛された宦官“田義”の墓。同墓には田義を慕った明・清代の宦官10数人が合葬されている。上述した「宦官博物館」がこれに相当する。

【3】都市化の発展に伴い、当該地域の文化や歴史の形態は次第に埋もれつつあり、一部の“低端業態(低級業態)”がこれに取って代わっている。違法建築が密集し、屋台が道路を占拠し、道路は塞がれて水がはけず、各種の私設配管が違法に建てられた小さなビルから乱脈に延び、電線やパイプは蜘蛛の巣のように張り巡らされている。道路は最も広いところで6~7mしかなく、消防車や救急車は入れず、住民たちからの改造要求は強いものがある。同時に、当該地区では人口の逆転現象が深刻であり、模式口村の戸籍人口が1500戸余りであるのに対して、流動人口は1800戸余りに達している。

【4】今年10月、石景山区政府は模式⼝⽂化財保護区の修繕改造を開始したが、周辺住民の生活環境を適切に向上させ、便利で住み易い村落を建設することを計画している。また、模式口大街の伝統的な商業分布を維持する前提の下で、同大街の商業的特色を形成し、歴史的・文化的遺物のより一層の保存を図る。目下、模式口大街に面した店舗の立ち退きは完了しており、過渡的に駐車用として使っていた法海寺路南端の駐車場も工事が完了している。

【5】3年以内には、当該地区は京西古道の特色ある情緒を再現し、模式口大街と法海寺大街は高級な文化街となり、東西の模式口大街は京西古道文化、南北の法海寺大街は仏教文化をそれぞれ担うことになる。東と西の両区域は将来的に京西伝統村落体験区となり、その時には“駱駝隊(ラクダ隊)”、“太平鼓(うちわ太鼓)”、“叫売(声を張り上げて行う物売り)”、“地秧歌児(民間の集団舞踊)”などの伝統的な京西文化を模式口に再現する。

それから半年後の2017年6月5日付の「北京日報」は、「模式口で“大雑院(大きな雑居住宅)”解体」と題する写真入りの記事を掲載した。記事は次のように報じていた。すなわち、石景山区模式口大街の東口にあった“康達”と“陽光暁鴎汽修廠(自動車修理工場)”の“大雑院”が先日解体された。両者合計の解体された建屋面積は3230m2。これらは“金頂街地区”で最後に残されていた“低端業態(低級業態)”の集中する“大雑院”であったが、解体後は緑地として整備される。掲載された写真には瓦礫の山となった“大雑院”跡が写っていた。

商店は軒並み閉店

8月25日付の“千龍網(ネット)”は「駱駝祥子大街の改造工事が今月始動」と題する記事を報じたが、その概要は以下の通り。なお、“駱駝祥子大街”とは、記者が洒落の積りで『駱駝祥子』に因んで模式口大街に命名したのだろう。

(1)模式口文化財保護区修繕改造工事のテスト改造街区である“南小街段”の工事が完成し、メディアに対するお披露目会が、本日午前中に模式口の“駝鈴(ラクダの首につるす鈴)古道”で挙行された。南小街段は田義墓および模式口大街の南側に位置し、全長170mで、模式口大街と周辺に多数ある文化財保護地区への重要な道路であり、模式口文化財保護修繕改造工事の中で重要な節目となる工事である。

(2)テスト改造街区である南小街段の工事が完成したことにより、今月、老舎の『駱駝祥子』のモデルである模式口大街の修繕改造工事は開始されることになる。石景山区の関係責任者は、「“模式口民族老街”は北京西部の山間部文化発展の中核をなす部分であり、重厚な歴史の記憶を支えるものである。知っての通り、老舎が書いた『駱駝祥子』はこの模式口から出て来たのである」と語り、「修繕改造工事は今月から開始される」と強調した。

ところで、修繕改造工事が本格化した結果はどうなったのか。12月末に一時帰国した大野君によれば、模式口大街およびその周辺にあった飲食店やスーパーマーケットなどの商店は軒並み閉店を余儀なくされ、営業しているのは野菜や肉類などの食品と雑貨を扱う小さな商店と修繕改造工事に従事する労働者を相手にする“饅頭(中国式蒸しパン)”の店だけだという。模式口大街およびその周辺にあった商店には、石景山区政府の役人が出向き、違法建築、無許可営業、衛生法違反、消防法違反などの各種名目で営業停止を命じて、強制的に店舗を閉鎖、封印したという。これら店舗の経営者や従業員のほとんどは、北京市の戸籍を持たない“外省人(他の省の人)”で、北京市へ出稼ぎに来た人たちだった。

こうした出稼ぎ者たちが暮らしていた“雑院(雑居住宅)”も順次解体されたことから、職場も住居も無くした出稼ぎ者たちは次々と模式口大街から去って行ったという。上述したように模式口村の流動人口は1800戸余りであったということだから、恐らく3000~4000人の出稼ぎ労働者とその家族が模式口大街を離れたものと思われる。大野君が写真と動画を送ってくれた、あの奇妙な葬式を行っていた家族もすでに模式口大街にはいないという。そして、封印された店舗は京西古道の趣を加えた店舗に改装され、新たな経営者たちによる営業開始の日を待っている状態にあるという。

“低端人口”駆逐を継続

石景山区政府が模式口大街の修繕改造計画を進めるに当たり念頭に置いたのは、観光客を誘致して歳入を増やすことを目的とした観光開発であり、その手本となったのは文頭に述べた北京市東城区の南鑼鼓巷であったと思われる。南鑼鼓巷と同様にインフラを整備し、中国国民の誰もが知る老舎の『駱駝祥子』と京西古道のイメージを活かして商店の外装を一新して、従来からある文化財の価値を高めて集客を図る。これが究極の目的と考えられる。しかし、これはあくまで筆者の意見だが、華美な外装の店舗や地元と関係ない商品を扱う店舗が連なる商店街は、模式口大街が従来持っていた中国的特色を払拭し、望むべき京西古道のイメージを損なうことになるのではないかと懸念される。その悪しき参考例が南鑼鼓巷である。観光客が増大すれば、地元民の生活環境も大きく影響を受け、その生活自体も変化を余儀なくされるだろう。

北京市政府は外地から出稼ぎに来た人々を“低端人口(低級人口)”と呼び、彼らを北京市から駆逐する動きを依然として継続している。上述した模式口大街の修繕改造計画も低級人口の駆逐が目的の一つであり、都市改造を名目とした低級人口駆逐の動きは北京市全域で今なお進められている。低級⼈⼝駆逐の動きは、北京市に隣接する河北省や遠くは広東省まで波及し、全国的なものとなりつつある。こうした動きを背景に2018年の中国はどうなるのか。筆者は引き続き庶民生活に立脚した目線で本リポートを続けて行く所存です。大野君には模式口大街の変貌振りを引き続き報告してくれるように依頼した次第です。

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