5/12日経ビジネスオンライン 鈴置高史『「トランプからの請求書」は日本に回せ 在韓米軍の経費を誰が支払うのか』、5/16日経ビジネスFT『トランプ氏は世界秩序の脅威だ』について

FTの記事は米大統領選で「ヒラリーが楽勝すると考えるのは危険」という事です。宮崎正弘氏ノメルマガでも同じような指摘がありました。

http://melma.com/backnumber_45206_6366088/

日本もトランプ大統領になったときのことを真剣に考えないと。政治家任せは危険です。国民主権なのだから、国民一人ひとりが日本のあるべき姿を考えねば。韓国の経費を日本が払うのは論外です。こいつらの頭の中を覗いてみたい。どうしたらこういう発想ができるのかと。聞くだに不愉快になります。今まで日本人が甘やかして来たツケが回っています。これからは違うという事を日本人は中韓北に見せないと。舐められてばかりでは子々孫々に不名誉を遺産として残すことになりかねません。

トランプは日本人に今まで深く考えずに済んできたことを強制的にでも考えさせてくれます。戦後米軍に憲法を押し付けられ、思考停止してずっと生きて来た日本人が今また米国人によってその頸城から脱せられるのかもしれないという事態です。主体性がありません。外圧頼みでしか物が考えられないのでは国際社会は生き抜いていけませんが。

日米同盟と核保有については宮崎正弘氏の言う日本の持つ米国債で第七艦隊(核付き)を買うというアイデアが実現できれば良いのでしょうけど、人員付きでなければ動きませんので、米国籍のままですと、完全な傭兵となり、米軍のプライドから言って無理でしょう。

やはり、米国と1個1個相談しながら、日本の自立を進め、米国の覇権に挑戦する中国の包囲網を両国を中心に展開していかねば。

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米大統領選で共和党の指名を確実にしたトランプ氏は、日本と韓国の「米軍駐留経費全額負担」を主張(写真:ロイター/アフロ)

 在韓米軍の費用は日本に払わせればよい――。韓国でこんな声が出てきた。

日韓独は100%支払え

—米軍の駐留経費の分担問題が日本の新聞をにぎわせています。

鈴置:共和党の予備選で、不動産王のトランプ(Donald Trump)候補が「日本や韓国、ドイツなどには駐留経費を100%支払わせよう」と語ったのがきっかけです。

 トランプ氏が大統領にならなくても、駐留経費は米国と同盟国の間で問題化しそうです。「なぜ、我々の税金を使って豊かな同盟国を守っているのか」と考える米国人が増えているからです。

 韓国では日本以上に論議を呼んでいます。米国との同盟があるからこそ国を維持できている、との意識が強いためです。ことに今、韓国は北朝鮮の核武装の脅威に直面していますし。

米国に払うなら中国と同盟

—でも、米韓同盟は揺れているのではありませんか?

鈴置:ええ、そこがポイントです。「北朝鮮の核」に対しては米韓同盟を頼りにしたい半面、それにより本当に抑制できるのかと韓国人が疑いを持ち始めたところです。

 米国ではなく中国を頼りにすればいい、という発想も広がっています。意識調査を見ても明らかです(「米中どちらが重要か」参照)。

グラフ●米中どちらが重要か

Important nation for Korea

 今後、米国が「トランプ化」するにつれ、在韓米軍への負担――米韓同盟を巡る議論はかなり複雑になるでしょう。米国が「経費分担を増やせ」と強力に要求するのなら、中国と同盟を結ぼう――という声も出てきかねないからです。

 ただ今現在は、ほとんどの韓国メディアが「米韓同盟は存続する」との前提で「韓国は十分に経費を分担している」と主張しています。保守系紙は政府を代弁して、左派系紙は反米感情から――と背景は異なりますが。

GDP比では韓国は優等生

鈴置:この分野で有名な、朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者は「トランプの主張を受け入れ米軍の韓国駐留経費を100%負担すると、韓国の支払いは年間9320億ウォン(1ウォン=約0.09円)から2兆ウォン程度に倍増する」と推算しました。

 「トランプの望み通りにするなら……韓国が出す米軍負担金は9320億→2兆ウォン」(5月6日、韓国語版)という記事です。

 そして同じ日に「米軍防衛費負担、GDP比重で考えれば韓国が最高水準」(韓国語版)も書きました。韓国政府の主張を紹介した記事です。骨子は以下です。

  • 政府当局者は「米軍駐留費用の(受け入れ国による)負担比率に関して言えば、韓国は日本よりも低いが、ドイツなどNATOより高い。とはいえ、GDP基準で考えれば、我々が世界最高の負担水準にある」と分析している。

日本は75%負担

 計算方式にもよりますが、日本は米軍駐留経費の50-70%を負担しているとされます。米国防総省が2004年にまとめた「2004 STATISTICAL COMPENDIUM on ALLIED CONTRIBUTIONS TO THE COMMON DEFENCE」にもデータがあります。

 この手の統計はあまり公開されないためか、少し古いのですがあちこちで引用されます。それによれば日本は直接・間接的な支援を合わせ、米軍駐留経費の74.5%を払っています(B-21ページ)。

 韓国は40.0%(B-22)、ドイツは32.6%(B-7ページ)です。何でも日本と比較される韓国とすれば、こんなデータを持ち出されたらかなりまずい。そこで韓国政府は「GDP比」という、自分に都合のいい概念を考え出して対米交渉に臨んできたのでしょう。

 もっとも韓国政府が計算したという対GDP比の韓国の数値は0.068%。ドイツの0.016%と比べればはるかに大きいのですが、日本の0.064%とはほぼ同じ水準です。

日本こそ「ただ乗り」だ

—へ理屈ですね。

鈴置:ヘ理屈でも何でもいいから、予想される「トランプの値上げ攻勢」を乗り切ろうとの韓国政府の必死の姿勢が、この記事から伝わってきます。現行の負担を決めた米韓協定は2018年末に満了となり、改定交渉が近く始まることも影響しているのでしょう。

 「トランプの値上げ」に対するもっと強力な、というか珍妙な反論も開陳されました。同じ朝鮮日報の崔普植(チェ・ボシク)先任記者の「全斗煥(チョン・ドファン)が米国を助けた方式」(5月6日、韓国語版)です。以下、要約しながら翻訳します。

  • 朴正煕(パク・チョンヒ)政権とカーター(Jimmy Carter)政権当時の韓米関係は最悪だった。カーター大統領は1977年に就任するや否や「在韓米軍を今後4-5年以内に段階的に撤収する」と、人権問題を指摘しつつ通告してきた。朴正煕大統領は「撤収するというならすればよい」と核兵器開発に動いた。
  • 朴正煕大統領が暗殺された後を継いだ全斗煥大統領は、レーガン(Ronald Reagan)大統領が就任すると直ちに訪米した。1981年2月、ホワイトハウスで全斗煥大統領は「在韓米軍を撤収すると、ソ連はアジアの兵力を欧州に展開できる」との理屈でレーガン大統領を説得し、米軍撤収を撤回させた。
  • さらに「この会談はレーガン大統領をお助けするためのもの」と切り出し「韓国はGNPの6%を国防費に支出しているが、日本は0.09%しか充てていない。日本は無賃乗車している。日本をして韓国に100億ドルの借款を提供させれば、そのカネで米国製の兵器も買える」と説いた。
  • レーガン大統領は「意見の相違はない」と大きな声で答え、笑い出した。2年後、韓国は日本から40億ドルの借款を引き出した。このケースは将来、トランプを相手にする際に(韓国の)指導者がどんな心構えで突破しなければならないのか、どうすれば局面を我が国に有利なものに変えるかの答えである。

またも韓国・天動説

—なるほど。「トランプ大統領」から防衛費の負担増を求められたら日本に請求書を回せばいい、との主張ですね。

鈴置:その通りです。なお、この記事はいくつか誤りがあります。当時から日本の防衛費の対GDP(GNP)比は1%前後で推移しています。0.09%という数字は1ケタ間違っています。

 当時、レーガン大統領に日本のただ乗りを強調するために全斗煥大統領が適当な数字を言ったか、現在の韓国人読者に「日本は悪い奴だ」と強調するため崔普植先任記者がそれらしい数字を挙げたか、あるいは単純に間違えたか、どれかでしょう。なお、韓国の数字も現在は3%弱で、6%には遠く及びません。

 そもそも韓国の大統領の説得で米国や日本を動かした――との認識は、相当に天動説的な発想です。1980年代初めに米国と日本に登場した保守コンビ――レーガン大統領と中曽根康弘首相はソ連に強い姿勢で対しました。

 米国や日本の保守派にすれば、在韓米軍撤収なんてとんでもない話。韓国の大統領に言われなくとも撤回すべき案でした。

 また1979年の朴正煕暗殺後、とにもかくにも韓国を安定させた全斗煥政権は、日米ともに強力に支える必要があったのです。

 「無賃乗車の日本を懲らしめると同時に、米国製兵器の売り上げ増を狙って米国が日本に借款を出させた」わけではありません。

 なお、全斗煥政権のこの借款は――「日本からカネを出させた」と国民に誇るためのスタンドプレーは、後に韓国を苦しめることになります。

 円ベースの借款でしたが、返済時にはかなりの円高となっていたからです。記事の書き込みでも、1人の読者がそれを指摘しています。

「言いつけ方式」は藪蛇に

—韓国人は周辺大国を自分が操っている、という話が好きですね。

鈴置:「我々はいつも周辺大国の都合で突き動かされている」との現実認識があるためでしょう。

 韓国紙を読んでいると、時々こういう気宇広大な記事に出くわします。中国の戦国時代に遊説家――武力は持たず、口舌だけで諸侯を動かした人々が活躍しました。彼らこそが韓国知識人の理想の姿なのかもしれません。

—では「全斗煥方式」と言いますか「言いつけ方式」で「トランプ大統領」を説得できるのでしょうか。

鈴置:難しい、というか藪蛇になると思います。仮に、韓国が説得に成功し、在韓米軍の駐留経費のなにがしかを日本に支払わせることで米韓が合意したとします。

 すると日本が「トランプ大統領」に対し「米韓同盟はいつまで持つのですか。韓国は米国よりも中国の言うことを聞くようになっているようですが」と尋ねるのは間違いありません。

 トランプ氏の外交・安保認識は現実と比べ、10年は遅れています。そこで最新の状況を調べ、朴槿恵(パク・クンヘ)政権下の韓国が「中国側の国」になっていることにようやく気がつくことでしょう。

AIIB債も韓国が引き受け

—普通の米国人は「韓国の寝返り」にまだ気づいていないのですね。

鈴置:外交関係者は別として、普通の人は中韓関係などに関心を払いません。でも、いったん注目を集めると、状況は変わるでしょう。

 ことに「トランプ大統領」の関心が深い経済分野で、韓国の裏切りが目立つからです(「米中星取表」参照)。

案件 米国 中国 状況
日本の集団的自衛権 の行使容認 2014年7月の会談で朴大統領は習近平主席と「各国が憂慮」で意見が一致
米国主導の MDへの参加 中国の威嚇に屈し参加せず。代わりに「韓国型MD」を採用へ
在韓米軍への THAAD配備 韓国は米国からの要請を拒否していたが、2016年2月7日に「協議を開始」と受け入れた
日韓軍事情報保護協定 中国の圧力で署名直前に拒否。米も入り「北朝鮮の核・ミサイル」に限定したうえ覚書に格下げ
米韓合同軍事演習 の中断 中国が公式の場で中断を要求したが、予定通り実施
CICAへの 正式参加(注1) 正式会員として上海会議に参加。朴大統領は習主席に「成功をお祝い」
CICAでの 反米宣言支持 2014年の上海会議では賛同せず。米国の圧力の結果か
AIIBへの 加盟 (注2) 米国の反対で2014年7月の中韓首脳会談では表明を見送ったものの、英国などの参加を見て2015年3月に正式に参加表明
FTAAP (注3) 2014年のAPECで朴大統領「積極的に支持」
中国の 南シナ海埋め立て 米国の対中批判要請を韓国は無視
抗日戦勝 70周年記念式典 米国の反対にも関わらず韓国は参加
米中星取表~「米中対立案件」で韓国はどちらの要求をのんだか (○は要求をのませた国、―はまだ勝負がつかない案件、△は現時点での優勢を示す。2016年5月11日現在)

(注1)中国はCICA(アジア信頼醸成措置会議)を、米国をアジアから締め出す組織として活用。 (注2)中国はAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立をテコに、米国主導の戦後の国際金融体制に揺さぶりをかける。 (注3)米国が主導するTPP(環太平洋経済連携協定)を牽制するため、中国が掲げる。

 金融による米国の世界支配を崩そうと、中国がAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立しました。韓国は米国の反対を押し切って参加しました。

 さらにAIIBの無格付けの債券も、韓国は引き受けることにしました。時事通信が「AIIB債、無格付け発行=設立当初、韓国引き受けか」(2015年12月3日)で報じています。

 2015年12月8日、韓国政府は中国市場で30億元(1元=約16.5円)の人民元建て国債を発行しました。もちろん初めてのことで、人民元の国際化への援護射撃です。

 「強いアメリカ」の復活を旗印に掲げるトランプ氏が、米国の足を引っ張る中国のお先棒を担ぐ韓国に対し、激怒するのは間違いありません。

 「米国はもう、世界の警察官ではない」と繰り返すオバマ(Barack Obama)大統領でさえ「中国を批判しろ」と朴槿恵大統領を満座の中で難詰したのです(「蟻地獄の中でもがく韓国」参照)。

契約違反の店子

—韓国のやっていることは「ただ乗り」どころか「利敵行為」ですからね。

鈴置:「トランプ大統領」は韓国の「追い出し」を直ちに指示するでしょう。それまで韓国は日本やドイツと同様、自分の所有する不動産に相場よりも安く入居するテナントと見なしていた。

 ところがよく調べると、韓国は隣のビルとの間の壁に穴を開けて行き来している。もちろん、貸しビルは無茶苦茶に……。

 こんな状況が判明した以上、貸借契約を守らず、ビルを破壊する店子を大家が追い出すのは当然です。少なくともビジネスマンたるトランプ氏はそうするでしょう。

 彼にとって、日本やドイツとの同盟に関する懸案は「テナント料金の値上げ」問題です。しかし韓国とは「不良の店子」をどう処理するかの問題なのです。

「損切り」の対象に

—これまでは、そんな韓国でも許されてきた……。

鈴置:神戸大学大学院の木村幹教授は「失礼な奴でも自分の陣営に置いておくことで大国は度量を見せる」と説明しています(「『南シナ海』が揺らす米韓同盟」参照)。

 でも、そんな度量の重要さに考えが及ぶのは政治家だけです。株主の短期的な利益を極大化することが仕事の経営者は、会社に損害をもたらす要因は直ちに切り捨てます。

 崔普植先任記者の主張する「全斗煥方式」――日本の無賃乗車を声高に言い立てて費用分担を転嫁する方式が実施されなくとも、トランプ的な発想が広がるほどに米韓同盟は危機に瀕するのです。

—なぜ、韓国人はそれに気がつかないのでしょうか。

鈴置:「米韓同盟は血盟だ」と信じているからです。米国は朝鮮戦争で4万人もの戦死者・行方不明者を出した。だから米国にとって韓国は何があっても手放せない存在だ――という神話と言いますか、信仰が韓国にはあるのです(「『中国に立ち向かう役は日本にやらせよう』」参照)。

 だから舌先三寸で適当なことを言っておけば、米国との同盟は続く――といった言説が、韓国では堂々とまかり通るのです。

 それも、米国の有力な大統領候補者が「これ以上、損害を増やさないために同盟の見直しを検討しよう」と“損切り”を言い出した時に、です。

「全額、支払おうではないか」

 もっとも少数ながら、韓国が直面する危うさに気がついている韓国人もいます。「ヴァンダービルド」の匿名を使い、外交・安保を縦横に論じる識者です。

 興味深い主張をしています。趙甲済(チョ・カプチェ)ドットコムの「トランプの暗示は『韓日は米軍撤退に備え、核武装を検討せよ!』」(3月27日、韓国語)から、要約して引用します。

  • トランプの要求通り、労務費、施設建設費など在韓米軍を維持するための費用は100%支払えば良い。すでに韓国はその40%を毎年、負担している。残りの60%の1兆3800億ウォンを追加して支払うだけで、在韓米軍の130兆ウォンの装備を我が国に維持できると考えれば安いものだ。
  • 2000年に韓国政府が正式に研究調査した在韓米軍の装備の価値が1112億5000万ドル(約130兆ウォン)だった。装備は高度化され続けており、2000年時点と比べその価値が飛躍的に高いのは間違いない。

日米同盟は片務条約

—思い切った主張ですね。

鈴置:ヴァンダービルド氏は前々から「二股外交をこのまま続ければ、いつかは米国に捨てられるぞ」と朴槿恵政権に警告を発してきました。

 さらに、トランプ候補の浮上とともに「同盟国は米国ばかり頼るな」との「トランプ的発想」が米国で盛り上がると読んだのです。

 日本も他人事ではありません。確かに、米軍駐留経費の負担比率は米国の同盟国の中で飛び抜けて高い。

 しかし、防衛費の対GDP比は1%前後に過ぎません。米国の3%強、英仏の2%前後と比べかなり低いのは事実です。これは以前から米国の安全保障関係者の不満の種でした。

 そして日米同盟が片務条約であることです。トランプ候補も指摘するように「米国は日本を守る義務があるが、日本に米国を守る義務はない」のです。こうした同盟に米国人の支持がいつまで続くかは怪しいのです。

 ことにこれから、中国による太平洋の軍事基地化を日米が力を合わせて防ごうという時なのですから。

(次回に続く)

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5月3日の米大統領予備選で、ドナルド・トランプ氏が共和党候補の指名を事実上、獲得した格好となった。米国は衰退したとはいえ、今も唯一の超大国であり、その米国民の選択は世界中に大きな影響を及ぼす。同氏の主張は詰まるところ現行の世界秩序をひっくり返すことだが、それは米国を含め世界のためにならない。

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トランプ氏の狙いは米国が築いた国際秩序をひっくり返すことにある (写真=ロイター/アフロ)

 世界各国の首都で、米国について2つの点が指摘されてきた。一つは、米国はもはやかつてのような超大国ではない、ということ。もう一つは、米国は大統領選挙が終わるまで重要な案件は保留してきたという点だ。

 だが今、3つ目の見解が加わった。ドナルド・トランプ氏が大統領になったら、悪夢どころではない事態となるということだ。

米国だけの問題ではない

 米国衰退論は、かねて誇張されてきた。それでも米国は今も唯一の超大国である。というのも、米国だけが世界のあらゆる地域に介入できる力を持つからだ。米国は、圧倒的な力を持つ同盟体制の頂点に立っている。

 過去10年ほどで変わったのは、その立場を阻む力が働くようになってきたことだ。世界のパワーバランスが変化し、国内では政治的な空気が足かせになっている。

 とはいえ、米国の力に匹敵する国はほかにないことも事実だ。中国が仮に軍事的な影響力と技術力で米国に肩を並べる日が来るとしても、それは何十年も先のことだろう。米国政府は今なお、世界秩序の維持に欠かせない守護者である。

 ゆえに、ホワイトハウスの主人を決めるのは確かに米国民だが、その選択は世界にとっても大きな意味を持つ。

 特にトランプ氏が、共和党の大統領候補としての指名を事実上、獲得した今、このことの重大性はかつてなく高まっている。

 予備選でトランプ氏がなぜ勝利するに至ったのかについては、多くを指摘することができる。アブラハム・リンカーン以来の歴史を誇る共和党*が、いかに自己破壊的な道を歩むに至ったのか。不動産開発業者からテレビのリアリティー番組のスターへと転身したトランプ氏が、いかに国民の間に高まる不安と怒りを利用したか。米国民は、なかなか改善しない生活水準と、グローバル化が進んだことに伴う社会的、文化的な変化に対し、不安と怒りを募らせてきたのだ。

 そして、残念なことだがマスコミがトランプ氏を、その出馬表明以来、視聴率を稼げるタレントのように扱ってきたことで、いわば同氏の指名獲得に半ば加担する形になったという問題点も指摘できる。

*=1854年に黒人奴隷制反対を掲げて結成され、1860年にリンカーンが初の共和党出身の大統領となる

保守などではないトランプ氏

 世界の多くの民主主義国において、今、左派と右派双方の大衆迎合的な政治家がトランプ氏と似たような発言をしている。

 フランスの極右政党、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首も、ドイツの右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」も、トランプ氏と同じくイスラム排斥を訴えている。英国では欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)を推す陣営が、やはり政治的エリートに対する一般国民の敵意に乗じて、欧州大陸から英国を引き離そうとしている。

 政治は、その時々の状況に順応しようとするものだ。従って、「そんなにひどい事態にはならないかもしれない」と言いたくなるのも分かる。「候補者たちは、予備選挙中は自分を最も支持してくれる層にアピールする発言をするが、党の指名を獲得すれば方針を中道に戻すのが常だから、トランプ氏も例外ではないだろう」と。

 しかし問題は、トランプ氏の場合、そうはならないということだ。トランプ氏は保守でもなければ、共和党員ですらない。同氏の立場は、左翼的な大衆迎合的経済政策と、非常に醜悪な右翼的ナショナリズムの混ぜ合わせだ。

 トランプ氏には大した外交政策はないが、その特徴と言えば好戦的な孤立主義ということだ。「メキシコとの国境に壁を築く」「イスラム教徒は入国させない」といった政策は、一度表明した以上、簡単に撤回できるものではない。

「どうせ本選挙で負ける」は危険

 古参の共和党員たちは、「11月の本選挙でトランプ氏は勝てないから心配ない」と言う。同氏は、女性の70%、ヒスパニック系やアフリカ系の米国人有権者に至ってはもっと高い比率を敵に回してきた。トランプ氏に対する不支持率は、とてつもなく高い。従って、単純に計算すれば彼は負ける。

 だが、共和党の主流派が本当に心配しているのは、トランプ氏と共に共和党も負けるのではないかという懸念だ。上院では既に民主党が過半数を奪還する可能性が高まっている。トランプ氏のせいで共和党は、下院でも過半数を失いかねない状況にある。

 確かに共和党の候補指名を獲得したからといって、米国民がトランプ氏を大統領に選ぶと決まったわけではない。それでも今回の予備選挙で得た教訓がもう1つあるとすれば、対立候補たちはみんな、ずっとトランプ氏を過小評価してきたということだ。

 トランプ氏の勢いに最も当惑させられてきた共和党員たちの方が、驚いたことに、どうも民主党の人たちよりもトランプ氏が投票日までに自滅すると信じ込んでいるようなのだ。

 ヒラリー・クリントン氏は大統領になる資質を十分備えた人物と言えるだろう。だが、民主党員はだからといって、彼女が有力な大統領候補になるとは限らないことを知っている。

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民主党候補のヒラリー・クリントン氏は大統領としての資質は備えていても当選するとは限らない (写真=ロイター/アフロ)

 ここでトランプ氏の外交政策を見ておきたい。同氏の選挙スローガンは「米国を再び偉大な国にする」だ。彼は自分が大統領になったら、もはや弱腰な外交政策は取らないという。

 米国の敵、特にイスラム国(IS)に対しては奇襲攻撃をかけるだろう。同氏によれば、相手に予測させないことが強みになるという。だが重要なのは、彼の外交政策とは米国が以前に取った孤立主義に、傍若無人なナショナリズムを付け加えるということだ。

 トランプ氏は、欧州やアジアの同盟諸国は米軍の駐留費用を負担すべきで、そうでなければ米軍は撤退することになる、としている。日本や韓国などが東アジア情勢の不安定化に対応するために核武装しようとしても、トランプ氏は気にしない。

 トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領を崇拝している。トランプ氏は、貿易協定は米国のほぼ全ての企業と雇用に打撃を与えるものと考えているため、そのほとんどを破棄し、中国からの輸入品には新たな関税を課すだろう。

狙いは現在の国際秩序の破壊

 要するにトランプ氏は、第2次大戦の終戦時に米国が構築した世界秩序を事実上ひっくり返すことを提案している。その前提として彼は、パクス・アメリカーナ(米国による平和)とは米国以外の国ばかりが恩恵を受ける秩序だと考えている。つまり、現在の国際秩序は、寛大な米国が、米国に感謝することを知らない世界に対して与えている贈り物であり、米国のためにならない、というわけだ。

 だが、トランプ氏は理解していないが、理解すべきは今の国際秩序におけるルールや制度は米国の国益を織り込んでいるという点だ(つまり、トランプ氏が言うほど米国は容易に孤立主義の立場は取れないはずだ)。米国の繁栄と安全保障は、世界の力関係の中で米国が優越性を保持していることと切り離して考えることはできない。中国をはじめとする新興諸国が、国際的システム管理の在り方について強く主張し始めているのも、それゆえだ。

 海外の駐留米軍を撤退させて、今の国際体制全体をひっくり返したなら、米国の力は大きく減退するだろう。

 決めるのは米国民だ。だが、トランプ氏を選ぶ判断は世界中にとって悪い選択となるだろう。

Philip Stephens ©Financial Times, Ltd. 2016 May .5

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