『トランプ大統領はなぜ負けたのか──大統領選挙を総括する』(2/17日経ビジネス 酒井吉廣)について

酒井氏の記事は本文が11257字あるので、中国語記事の紹介は別のブログで紹介します。酒井氏の不正選挙への言及がソフトになっているのは、今後4年間のことを考慮した面もあるのでしょう。

記事

米連邦議会議事堂が占拠された事件を巡るトランプ前大統領の弾劾裁判で、上院は2月13日、同氏を「無罪」とする評決を下した。一方、ジョージア州ではトランプ氏を訴える動きが出ている。また、トランプ氏は、2022年の知事選に向けて既に1人を指名し、他にも指名していく動きを見せている。20年の米大統領選挙はバイデン氏が勝利し、新たな大統領に就任したが、混乱を極めた選挙戦の余波はなお続いている。トランプ氏はなぜ負けたのか。編集部からの質問に、本シリーズの筆者である酒井吉廣氏が答えた。

—酒井さんは、共和党全国委員会大統領選挙アドバイザリーボードメンバーだが、なぜ今回、共和党は大統領選挙や上院議員選挙で負けたと思うか。

酒井吉廣氏(以下、酒井氏):私なりに敗因を総括すれば、コロナ禍を夏までに収束できなかったという問題が、全てに影響したことは否めない。米国では生活に直結する問題で判断を間違うと政治生命に直結する。今回は、それが明確に出た。また、黒人、中でも常に差別される側にいる人たちが、米国社会への参加意識を高めたことも大きかったと思う。

(写真:AFP/アフロ)

現段階では、まだ詳細な選挙分析結果は出ていないが、米調査機関ピュー・リサーチ・センターや米ハーバード大学などのシンクタンクや大学が分析を終えつつある。これらの速報によれば、前回(2016年)より7%多い1億5840万票の投票があった。これは投票年齢にある人口の6割、選挙登録をした人の3分の2に当たる。また、黒人を中心に全ての人種で「今回の選挙はスムーズに投票できた」と評価しているので、水面下に眠っていた票が表に出てきたということが言えると思う。

前回との比較で言えば、忘れ去られた白人の労働者層を掘り起こして当選したトランプ前大統領に対して、バイデン大統領は、彼らの票もある程度は取り込みながら、もう1つの忘れ去られた人々、つまり黒人などのマイノリティーの票を掘り起こしたことが、勝利につながったと思う。しかも、黒人を含むマイノリティー重視の姿勢は若者にも支持された。

同時に、プログレッシブの総帥とも言えるサンダース上院議員との政策協定によって、16年にはクリントン候補に投票しなかったとされる同上院議員支持者の票を手にしたことも、バイデン氏の勝因の1つだろう。

その他、徐々に入ってくる情報を総合すると、16年には人気投票では負けていながら選挙人獲得数で勝ったトランプ氏に対して、人気投票で700万票という圧倒的な差(前回は300万票)をつけたバイデン大統領が、選挙人獲得数で逆転を許すというリスクをつぶすことができた、という評価もできる。

日本人が米国の選挙結果を見る場合、間違いやすいのは政治との距離間だ。米国では、選挙はときとして政治から独立した「戦争」となり、政治は選挙を左右する要因の1つではあるが、それ以外にも勝敗を決める様々な事象があるということを理解したほうがよいだろう。

—酒井さんは、大統領選挙での不正疑惑などトランプ陣営側の主張が認められる可能性について書いてきたが、結局、その主張は却下され、バイデン氏が大統領に就任した。なぜ、全体として主張は認められなかったと思うか。

酒井氏:最高裁判所は2月5日、トランプ側から提訴のあった訴訟案件のうちの5件に関して、2月19日に今後の取り扱いについて話し合うと発表した。これは、2月13日に失敗で終わったトランプ第2回弾劾裁判の結果前に発表したものだ。

この5つの訴訟案件とは、ジュリアーニ元ニューヨーク市長をヘッドとしたトランプ陣営の弁護団の案件が2件(ウィスコンシン州とペンシルベニア州)、軍事法廷弁護士として話題をさらったシドニー・パウエル氏の案件(ミシガン州)、リン・ウッド弁護士が訴えた案件(ジョージア州)、ケリー共和党下院議員が訴えた案件(ペンシルベニア州)である。

現時点での提訴状況を見ると、いずれも12月初旬以降に訴えて、大統領就任式後になってようやく受け入れられたことが分かる。当初、裁判所は次に進まないという態度だったが、ここへきて見直しをしたのは、選挙が全て終わったので精査をしようということかもしれない。また、何度も訴えを繰り返していたことも最高裁を動かしたのかもしれない。

トランプ陣営の弁護士は、直ちに、「その判断は1月20日の就任式前のものだったのではないか」と質問したが、これに最高裁が「YES」と答えることはないだろう。三権分立を前提とすれば、最高裁の行動は選挙への影響が重要だからと言って拙速となるわけにはいかず、慎重に検討した結果だ、と考えるべきだからだ。

これらの1つでも最高裁が審議することになると、今年10月以降に結果が出てくるので、来年の中間選挙に大きな影響を与える可能性はある。したがって、現段階では、トランプ側の主張が全て認められなかったというわけではないと理解しておいたほうがよいのではないか。実際、多くの弁護士が最高裁の動きを、将来の選挙を考えれば重要なステップだと評価している。

トランプ氏の訴訟は「全敗」なのか

ここで、このトランプ陣営の訴えがどのように推移したのか、データで見ておこう。

まず、不受理となった細かな案件を含む棄却数に注目すると、トランプ陣営は激戦州で11~12月に62件の訴えを起こそうとしたが、うち61件とほぼ全てが棄却されたとの数字がある。これは、前回のクリントン陣営の弁護士を務めたマーク・エリアス氏の分析をUSAトゥデイが取り上げたものである。これをもって日本でも「全敗」という報道につながったのだと思う。これらは全て、不正投票の先にある選挙結果を変えることが目的の訴えであった。

しかし、選挙結果の変更よりも不正投票そのものに注目して改めて挑戦した案件も少なくない。共和党関連組織が中立を旨とする米国の大学の研究機関と共同で、全米レベルで裁判所のデータを調査したところ、わずかながらでも裁判所が内容を吟味した数は81件だった。ただ、同じ案件でも3度訴えれば3件と数える場合もあった。これらを考えると、62件と81件の間には整合性はないかもしれない。

81件のうち23件は(各案件で何度訴えたかは別として)結果的に棄却された。また、11件は自ら取り下げたか、または他の案件と統合されたもの。この数字を合計すれば訴えの半分弱に当たる34件が消えたことになるので、この点からも、トランプ陣営の主張は受け入れられなかったという報道は間違いではなかったと言える。

しかし、残りの47件のうちの22件は、証拠と共に考慮されて裁判所はトランプ陣営の勝利とする判断も出している。ただし、その結果をどう評価するかはいまだ意見が分かれている。なぜなら、この中にはバージニアやコロラド、アイオワなど激戦州ではなかった州で、大統領選でバイデン氏が勝った州もトランプ氏が勝った州も含まれているからだ。あるフリーランスのジャーナリストの分析では、トランプ氏の勝利を15件としているが、これについては安易には決められないと感じている。

結局、現時点で25件の結果が出ておらず、これにつき、引き続き裁判を待っているというのがトランプ側の立ち位置である。前述の最高裁が今後について話し合うとしたのも、この25件の中の5件である。

世間を騒がせたドミニオン社などによるコンピューター・システムを使った不正疑惑については、3件しか裁判所で取り上げられなかった。うち1件はすぐに棄却、もう1件は主張を認めるべき発見はなかったとの判断、残りの1件のみが現在も継続となっている。

ちなみに、昨年12月にトランプ前大統領の補佐官だったナバロ氏が「The Immaculate Deception」という36ページの選挙結果分析資料を出して話題を呼んだ。これが今回の最高裁の行動にも影響したとの見方もある。

—トランプ氏は、昨年7月から郵便投票は不正を招くと主張しており、投票後も郵便投票における不正を問題視していたが、最終的に郵便投票における不正について証明はされなかった。なぜだと思うか。

酒井氏:最高裁が5件についてどうするかは、現段階では未知数なので、郵便投票における不正の主張も証明されなかったとは、いまだ言い切れない。しかし、繰り返しになるが、選挙結果を覆すことを目的としたものは現段階では最高裁の対象になっていないと思われる。

これまで裁判所や知事、州務長官などが不正を認めなかった背景には、コロナ禍が激しくなり、緊急事態の対応を迫られたことがあったと、後になって裁判所関係者から聞いた。各州が郵便投票を拡大するために、どのように法改正などを進めたかの調査・分析も進んでいる。

トランプ陣営は「訴えの利益」として選挙結果の逆転を狙っていたのは間違いなく、その不満は今後も余韻として残るだろう。ただ、これも裁判所関係者の話によると、裁判所の判断は、それを不正と認めるに足るものがなかった、というよりも、コロナ禍での安定した選挙を考えた際、例えば監視員を投票場所から遠ざけるなどの措置を取らざるを得なかった、ということだった。

ところで、冒頭で触れたように、前回(2016年)は人気投票で300万票もの差をつけていたクリントン候補が選挙人獲得数で敗れ、「クロス結果」となった。しかも、今回と同じく激戦州では僅差の結果となった。選挙人制度は「Founding Fathers」の知恵だといわれるが、それでも、2000年の大統領選のような本当の僅差の場合はともかく、300万票もの差が反映されない選挙制度を問題視する声が上がった。

そのため、前回選挙の後、クロス結果が起こらないように、つまり民意が正しく反映されるように、超党派で選挙そのものを見直すべきではないかと考える機運が高まった。これは、それ以前からあった、政治が個別企業のための利益誘導や極端な思想の政治家に利用されているという声を受けて、それを変えようとする動きとも共鳴した。私自身も声掛けを受けて、何度か会議に出たし、実行部隊となる人々とも話した。非常に真面目な人たちの集団で、米国の民主主義の草の根の力を感じた彼らは、今も米国政治を正しくすることを目的に活動を続けている。

郵便投票拡大への一昨年からの準備

郵便投票についてのトランプ陣営および共和党の動きを一言で評価すれば、選挙前に調査に入らなかったことが失敗の全てだと思う。

郵便投票における不正の主張が通らないまま大統領就任式を終えた後の2月4日、米タイム誌が郵便投票の一連の動きを描いた記事「The Secret History of the Shadow Campaign That Saved the 2020 Election」を掲載した。著者のモリー・ボール氏は、私も会ったことがあるが、記事を1本書いたら次に移るのではなく、ずっと追い続けて深耕するタイプで、10年以上前からワシントンでフリーの記者をしている。この記事は、前述の米国の政治を正しくしようと努力してきた人たちの記録でもある。

タイム誌の記事からは、前回のような問題(人気投票では勝っていたのに選挙人投票では敗れるという「クロス結果」)に陥らないためには投票率を上げなければならなかったことが分かる。また、そのために郵便投票を増やすことを考え、その実現に向けた各州での制度変更の必要性を考えれば、「やはり不正はあったのではないか」、また「ギガSNS企業は最初から関与していたのではないか」という印象を与える記事になっていた。

タイム誌の記事によると、郵便投票による投票を増やそうとする活動で中心となった人たちは、AFL‐CIO(米国労働総同盟・産業別組合会議)という全米の労働組合の幹部と全米商工会議所で、フェイスブックやツイッターなどが協力をしている。全米商工会議所は、普段は日本の経団連ほど表には出てこないが、現実には経団連以上に政府に対する発言力があると考えてよいだろう。

つまり、郵便投票は前回の大統領選の反省から、どうすれば民意を反映した選挙になるかと考えた結果、導入された。ただ、配達の遅れや誤配送といった米国の郵便事情を考えると、信頼性の低い郵便投票を増やすことが正しい選択だったかどうかについては疑問が残る。

しかし、21世紀に入ってからの大統領選挙だけを見ても、選挙当日の投票所での投票に対しては両陣営が勝利を得るために様々な工作を仕掛けてきたという歴史があり、それを排除するにはこれしかなかったのだろうとも感じる。

選挙前の法制度改正をはるかに上回る選挙後の法改正への動き

では、具体的に、大統領選挙前までに各州がどのような動きをしていたか、また不正疑惑が出た後の動きを見ておこう。郵便投票拡大への動きが、新型コロナウイルスの感染拡大の1年ほど前からあったことは事実である。また、不正があったというトランプ陣営の主張は大統領選挙の結果に影響しなかったが、選挙後に各州が急速に動いている点が興味深い。

郵便投票や期日前投票などを拡大するためには、本人確認の方法など従来以上に厳しいルールが求められる。2020年2月時点では、29州が188の法案を出して選挙方法の拡大を図った。また、15州が35の法案を出してその際のルールの厳格化を図っている。大統領選挙で注目された州を含んでおり、全米の過半の州で法案提出の動きがあったこと自体、注目に値する。

一方、大統領選挙後には35州が406の法案の拡大を図り、28州が106の法案でルールの厳格化を図っている。トランプ陣営は「法案が通過していない中での制度変更は不正だ」と主張してきたので、トランプ陣営の動きが各州の動きに影響を与えているようにも見える。

また、クロス問題を避けるために、今年2月初めまでの時点で、NPVIC(National Popular Vote Interstate Compact)という考え方が、15州とワシントンDCで認められた。これは、「各州が自州の投票結果ではなく、全米の投票結果に従って自分の州の選挙人数を決める」というものである。

この間、全米ではネブラスカとメーンの2州だけが選挙人総取り式を採用していなかったが、現在、ウィスコンシン州やミシシッピ州、オクラホマ州などで、各選挙地区の結果を州全体の選挙人に反映させる方式が話し合われている。他方、ネブラスカ州では逆に総取り式にしようとの意見が出ており、大統領選挙制度を見直そうという機運が高まったのは事実だろう。

いずれにせよ、次回の大統領選挙を考えての選挙制度の適正化が急ピッチで進み始めたと言えるのではないか。

ちなみにピュー・リサーチ・センターの調査によると、黒人の62%は直接投票をしており、世間が騒いだほどには黒人が郵便投票に流れていなかったことが分かる。なお白人は54%、ヒスパニックは49%、アジア系は33%となっている。

結局、黒人差別というのはこういったところにも出ている。郵便投票がトランプ前大統領の敗因だとすれば、数で言えば圧倒的に白人、そしてヒスパニックが郵便投票に流れた結果だったと言える。

—テキサス州が他の激戦州での不正を憲法違反だとしたのに対して、最高裁はテキサス州(同調した他の州)には訴える権利がないとしたが、それはなぜだと思うか。

酒井氏:これについては、私も現役裁判官や憲法学者に話を聞き、その過程で、以前、元最高裁判事から教わったことも思い出した。総合すると次のような考え方だった。

問題を指摘されたドミニオン社は、全米28州とプエルトリコに選挙用のコンピューターを納入している。その中には、ニューヨーク州のような圧倒的に民主党が強い州もあれば、テキサス州やフロリダ州のように、接戦の末にトランプ前大統領が勝利した州も含まれる。

私が話をしたニューヨーク州の選挙監視員は、不正ではないかと感じることが多々あったと具体的な説明をしてくれたが、同州では開票開始と同時にバイデン当確が出たほどだったので、仮にシステム不正の可能性があったとしても、その必要はなかったという現実がある。

また、最高裁は、仮にドミニオン社のシステムが僅差でのバイデン勝利を導くようなものであるならば、フロリダ州やテキサス州でトランプ勝利となった理屈がつかなくなると考えたようだ。

全米で使われているドミニオン社のシステムにはバージョンの違いがあり、最新式だけが不正をできるという指摘もあった。ただ、国家全体と州間の公平性などを考えるべき最高裁としては、そこの疑問が解けない限り動けなかったのだと思う。バージョンを最新にしないのは、コストが高いからで、コンピューターの利用方法などは各州によって異なる。

世間では、政治ショー化した様子を見て、最高裁は何をやっているのかとの批判が出たが、冷静な司法判断は別ということだ。三権分立を考えれば、政治圧力で司法が動くのは間違っている。

テキサス州の件は、1つには他州のことについて言う権利がない、ということである。と同時に、自分の州では勝ったのだから同じ会社のコンピューターを使っている他の州がおかしい、他の州では投票所で不正があった、ということもテキサス州が言うべきことではない。これが最高裁の判断だったということだ。

ここで難しいのは、他州で実際にシステムをテストして「トランプ」をクリックしても、「バイデン」に変わるという主張が匿名ながら投票所で働いていた人からなされているほか、ドミニオン社のシステムにハッキングした人の説明なども出ているため、現実重視の判断ではないと批判される余地が存在していることだ。本件については、同社がジュリアーニ氏らを訴えたので、同氏サイドからはその公判で事実を提供するとの声が出ていると聞く。

不正の存在を信じるならば、不正問題が話題となった後の今年1月に行われたジョージア州(ドミニオン社のシステムを利用し、大統領選挙の激戦州だった)の上院議員選挙の全数調査を行うべきだと思う。実際、その動きはある。しかし、実のところ、1月のジョージアの選挙はむしろ民主党が勢いをつけていたので、なぜ票差がごく少数だったのか、ということになる可能性を否定できない。

—トランプ支持者は米大手紙やテレビネットワークの報道に不満を持っているようだが、どういった点が不満だったのか。それはなぜだと思うか。

酒井氏:米国の大統領選挙では、党大会前後になると人格を攻撃したり過去を批判したりする報道が出てくる。ただ、前回のトランプ氏への批判はこれまでより激しく、材料も多かったため、本人が怒って「フェイクメディア」と言ったことに端を発している。

大手メディアはリベラルだと思うが、それ以前に「政治家には道徳観が必要だ」という英国の伝統が米国にも残っている。私自身が3大紙や大手テレビ局の人たちと付き合ってきた印象からすると、人格的な批判は当たっているのにそれを否定する政治家など論外ということなのだろう。リベラルといわれる学者も異口同音にそれを指摘する。

しかし、これがトランプ氏には我慢ならなかったということだろう。そして、その彼を苦しめるメディアに対して、トランプ支持者は不満を募らせたのだと思う。

一方、米大手メディアは、報道官ブリーフィングや大統領ブリーフィングの場で嫌がらせのようなことをされてきたが、それを報道して問題を表面化させるということが、17年のトランプ氏の大統領就任直後から続いた。トランプ氏は「敵か部下か」という発想があり、敵はたたきつぶすまで敵とのことなので、個別の問題がどうこうではなく全体として不満だったのだろう。

逆を言えば、米大手メディアのすごいところは、そこまでされても全くぶれなかったということではないか。CNNは、大みそかの看板番組で長らくアンダーソン・クーパー氏とのコンビで司会を務めてきた女優のキャシー・グリフィン氏を、血の流れるトランプ氏の首の人形を持つ画像を投稿したことを理由にクビにしており、メディアとしての一線を厳しく守っていることが分かる。

見方を変えれば、米大手メディアは、トランプ氏の主張を無視したのではなく、トランプ氏の主張は間違いだと言い切り、また必要に応じて報道しないという無言の抵抗を4年間続けてきたと理解でき、信念を貫き通したと評価すべきだろう。

むしろ、本件に関係して問題視すべきなのは、トランプ支持で徹底できなかったFOXニュースではないか。何のために、保守メディアとして設立され、ここまで共和党が育ててきたのか。2000年の選挙のときには、最後までブッシュ勝利を報道し続けたが、今回は揺れ動いてしまった。そう考えると、層の厚いリベラルメディアに勝つことは容易ではない、ということなのかもしれない。

—結局、1月6日の議事堂への侵入が起こったわけだが、今後、米国政治はどうなるのか。分断はさらに進むのか。

酒井氏:当たり前と言えば当たり前だが、海外メディアや外国の研究者というのは、人ごとのように米国のことを評価する。米国民にとって、選挙結果は「生活」に直結するものだ。前回、トランプ氏が当選し、彼が公約を守って生活を保障してきた白人労働者層が、その保障を維持してもらいたいと思うのは当然だろう。これは、分断というよりは、生活の糧を維持するためであり、選挙行動としては正常なものと言えるのではないだろうか。

では、なぜバイデン大統領が誕生したのか。それはタイム誌が書いたような策の結果だけなのか、と言えばそうではないだろう。激戦州に行くと、根っからのトランプ支持者で無条件に好き、という人が多くいる一方で、バイデン大統領なら、もしくはサンダース流であれば、コロナ禍が長期化しても助けてくれると考えた人が多かったのも事実だと思う。その評価は今後1~2年を見なければならないが、新型コロナはトランプ流の社会にストップをかけたと言えるのかもしれない。

今、バイデン政権は、1.9兆ドルの予算案の満額通過を目指しており、これが実現すると累計で4兆ドルの景気刺激策となる。一方、この中で、1400ドルのチェックを再度給付する対象を年収で区切るとの意見に対し、民主党プログレッシブは所得差別だとして拒否した。

最低賃金を時給15ドルにすることについても、バイデン大統領、サンダース上院議員、ペロシ下院議長が、雇用主を守り、経済全体を守ることが優先だとして、そろって待ったをかけたにもかかわらず、コルテス下院議員などは声高に今回の予算案での達成を主張している。

共和党では、ティーパーティーが小さな政府を再考すべきだと主張する一方、中間選挙を意識した民主党寄りの議員も少なくない。両党とも内部で割れてしまっているが、これは政治の分断というよりは、国民の生活の糧を巡って大きな違いができてしまったためと考えたほうがいいだろう。

この両党内に存在する争いは、白人労働者やマイノリティーをどちらの政党の支持者とするかという単純なものではない。民主・共和の壁とは別に、社会的・経済的弱者という大きな問題があることを意味している。

今回の大統領選の余波がまだ消えていない状況だが、本来であれば新大統領とメディアとのハネムーン期間といわれる100日間が過ぎる頃には、選挙により荒れた国民が少しでも元に戻ることが期待されるところだ。

14世紀の黒死病は、欧州の人口を半分にしただけでなく、政治体制を変え、プロテスタントの登場という形でキリスト教も変えた。それは生きていくための手段だったというのが歴史家の指摘だ。今の米国も、生きるための様々な境遇に甘んじるしかない状況であり、これをもって分断が進んだと見るのは、時期尚早だと考える。

—2度目の弾劾裁判は失敗に終わったが、これは今後の米国政治にどう影響すると考えられるか。

酒井氏:2度目の弾劾裁判は、そもそも前職の大統領を議会で弾劾するのは合憲か、という問題があり、最初から異例だった。下院での弾劾決議の後、150人超の憲法学者が合憲だとするレターに署名したことを理由に、合憲が学者の多数意見だと報道された。しかし、実際は1月21日には170名だった署名数が2月5日には144名に減っている。つまり、学者自身も揺れていると考えるべきだろう。

また、上院で弾劾裁判の議長を務めるのは最高裁の首席裁判官、それが不可能な場合は副大統領(上院議長)となるのだが、ロバーツ首席最高裁判官もハリス副大統領も出席しないと語った。双方には「副」の立場の人がいるが、結局はその2人でもなく、上院の多数を占める民主党で議員歴が最長のリーヒー上院議員が議長を務めた。

欠席者のいずれも合憲かどうかには触れておらず、例えばハリス副大統領は「上院には上院の仕事があり、政権には政権の仕事がある。自分たちの今の優先順位は米国を正常化させることだ」と説明したが、違和感を抱いた米国民もいたのは事実だろう。

結局、当初の予定通りに57対43で有罪が過半を占めたものの、有罪判決に必要な3分の2には届かず、無罪が確定した。この後に、ペロシ下院議長ほか民主党下院の弾劾チームが約2時間の記者会見をしたものの、悔しい気持ちが分かる以上のものではなかった。

今回の弾劾裁判で明確になったことは、①バイデン政権はノータッチ、②議会民主党は怒りが収まらない、③共和党は選挙事情のある議員などに造反者が出た、ということだが、これが「米国の分断」を一段と強めるのか、また「米国の政治」を混乱させるのか、現段階では不透明だ。

今回の弾劾裁判には3つの注目点がある。第1は民主党が拙速だったということ。急ぐよりも有罪を示す事例を積み上げるべきだった。結果が出て憤まんやるかたないペロシ下院議長たちは、やり方が間違っていた。

第2は暴徒となったトランプ支持者とトランプ氏本人との関係を立証できなかったということ。民主党側が弁論で流したビデオは、9月のバレット最高裁判事の公聴会で示されたものと同じで、事態の深刻さは主張できても、トランプ氏との関係を明確に証明できなかった。トランプ支持者の中からは、このビデオが映し出したトランプ前大統領の発言の前に聴衆は議会に向かっていたとの発言も出た。

第3は民主党とバイデン政権の連携が感じられなかったことだ。ハリス副大統領の議長としての出席がなかったことを含めて、「有罪の確証も持てずにトランプ弾劾を行う民主党議員」という雰囲気が独り歩きしてしまった。勝てる裁判であれば副大統領が出席したかもしれないという疑問が残るのである。この現実を突いて、トランプ弁護団は過去に民主党議員は幾度となく「弾劾だ」と口にしたシーンを映し出し、「今回の弾劾裁判は、弾劾開始のハードルを下げる以外のものではない」と言い切った。

いずれにせよ、無罪の確定はトランプ前大統領の本格的な再始動を助ける方向に動くはずだ。来月には始まる中間選挙の予備選の行方を考えると、民主党議員団の思いとは裏腹の結果になったと言えるだろう。トランプ弁護団のトップは無罪判決後に、「リベラルメディアと保守メディアでは事実そのものが異なるような報道があり、驚くばかりだ。今回の弾劾裁判は米国民の気持ちを落ち着ける方向に働いてほしい」という趣旨の発言をしたが、このコメントに同調する米国民は少なくないだろう。

米国政治の混乱や米国の分断というイメージを誰がつくり、誰が強化したのか、これからは、この視点を一段と強く持って、米国を見ていくべきではないだろうか。

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