中国共産党内の派閥争いについて

習近平の焦りが目に見えます。中国経済が崩壊しそうなので、その前に自分の派閥を作ってソフトランデイングを図ろうとの思いではないかと思われます。しかし、「党内で徒党を組み、派閥をなすことは断固容認しない」と言っておきながら、自派を形成しようとするのは「騙す方が賢く、騙される人は馬鹿」という中国人の面目躍如たるものがあります。中国の庶民は、政治家の発言は政敵を倒すだけの綺麗事というのは良く理解しています。平気で嘘がつける人たちなのだから、歴史についてでも改竄・捏造するだろうということくらい庶民は気がつけば良いのですが。究極のネポテイズムで、習派が勝利を収められるかどうかは分かりません。「団派+上海派」が巻き返すかも知れません。毛沢東の恐怖政治は情報がすぐ流れるネット時代にはできません。周恩来は「偉大なNo.2」と日本では評価されていますが、インテリにありがちな、豪胆さを持たない単なる臆病者です。朝鮮戦争の英雄、彭徳懐は廬山会議で大躍進政策が間違っていることを伝え、毛を一時的に権力の座から下ろさせました。それがため毛の恨みを買い、後に失脚しました。周恩来がそのときに毛に反対していればNo.2の地位は保てなかったはずです。毛は「政権は銃口から生まれる」と常々言っていましたが、習に軍の経験はないし、毛や鄧小平のカリスマ性もありません。あるのは主席と言う地位だけ。華国鋒は党主席でしたが鄧小平らによって打倒されました。同じことが起きるかもしれません。根拠はありませんが、可能性が高いのは暗殺、病死発表の流れと思っています。

1/5産経新聞 矢板明夫氏『“習近平親衛隊”形成の動き 元部下らを重要ポストに次々登用 党内勢力図に変化』記事     

中国の習近平国家主席は、汚職や横領などの名目で政敵になり得る有力者を次々と失脚させる一方、自身が地方指導者として勤務した時代の元部下らを重要ポストに登用、共産党内で新しい派閥を形成しつつある。上海閥、共産主義青年団(共青団)派と太子党という三大派閥の拮抗(きっこう)といわれてきた党内の勢力地図が、様変わりしようとしている。

習主席は30代から50代まで福建省と浙江省で計22年間勤務した。その際、両省を統括する南京軍区の幹部たちと頻繁に交流した。新しい「習派」は、最近中央入りした福建、浙江両省と南京軍区の幹部たちを中心に構成する。

習主席は浙江省で党委書記をしていた際、地元紙に「之江新語」と題するコラムを週一回掲載。いまは本にまとめられ、習主席の重要思想として全国の党幹部が学習している。このため一部の香港紙はコラム名から新しい派閥を、「之江派」と名付けている。

汚職官僚の失脚後に発表された後任人事などで習主席の元部下たちは昨年、次々と重要ポストにあてられた。強引な面は否定できず波紋を広げることも多かった。エネルギー政策を担当する国務院発展改革委員会副主任の劉鉄男氏が失脚すると、習主席の福建省時代の側近で、天津市政治協商会議主席という閑職にいた、何立峰氏が抜擢(ばってき)された。「何氏を処遇するために劉氏を失脚させたのでは」といった噂がながれた。

また、海軍政治委員に、海軍の経験が全くない陸軍出身の苗華氏を持ってきたことも、海軍内から大きな反発があったという。

習主席が昨年末、共青団派の令計画氏を失脚させた際、令氏が党内で勉強会を頻繁に開くなど積極的人脈づくりを行ったことを念頭に、「党内で徒党を組み、派閥をなすことは断固容認しない」との談話を発表した。にもかかわらず、自身は露骨な側近政治を展開していることに対し、党内で「言行不一致」といった不満の声が上がっている。

これまでの党内の三大派閥のうち上海閥は江沢民元国家主席が中心、共青団派は胡錦濤前国家主席の側近たちで固めていた。しかし元高級幹部子弟で構成する太子党は、習主席を中心とするグループではない。習主席より先輩格の政治家も多く、考え方も保守派から改革派まで幅広い。一連の人事による“習近平親衛隊“の形成は、今後の権力闘争に影響を与えそうだ。

1/6宮崎正弘氏メルマガ『中国権力闘争、団派は窮地に陥没したのか、捲土重来の最中なのか    江蘇幇(浙江省、江蘇省)雪崩。あらたに登場は「習近平」ボディガード派』記事

在米華字紙の『多維新聞網』は「江蘇幇」が「雪崩」に遭遇したと報じた。これから江蘇閥の落馬雪崩が開始されるだろう、という。

1月4日に江蘇省常任委委員兼任南京市当委員会書記の楊衛澤が拘束され、汚職の取り調べを受けていることが判明した。楊は「江蘇幇」のライジングスターとされた。

「四川省派」「石油派」「法政王国」「西山会」と次々に党内に形成されてきた派閥の幹部が失脚してきたが、この結果、新しくポストに就いているのが習近平派である。

太子党は団結しない横の連絡網のような存在だが、習近平は太子党出身者に拘らず、福建省時代の17年間、浙江省時代5年間で培った部下をつぎつぎと、失脚させた幹部の後釜に据えだした。

えこひいき人事の典型が南京軍区31軍司令官だった王寧がいきなり武装警察司令官にジャンプ。同軍区副司令官だった宋普選が、北京軍区司令官に大抜擢された。

つまり信頼できる部下で、習近平防衛の周辺を固めるという、いってみれば習近平の紅衛兵、あるいはボディガード部隊だ。

江沢民が牛耳ったのは『上海派』と呼ばれる利権集団だが、メガロポリス上海は北が江蘇省、南は浙江省。その南が福建省である。福建省の人々は江蘇人脈が大嫌いである。

すでに明らかなように「四川省閥」と「石油派」は人脈が折り重なり、薄煕来(重慶書記)と周永康は何人かの情婦を共有したほど仲のよい利益共同体だった。

ふたりの失脚によって数百の幹部が連座失脚し、それらの重要ポストを福建省時代の習近平の部下たちが多数埋めたとされる。だから「江蘇幇が雪崩」という比喩になる。

「西山会」というのは山西省を逆さまにもじった利益共同体で、さきごろ失脚した、胡錦涛の右腕でもあった令計画らの山西省閥を意味し、これらのポストもいずれ習近平の息のかかった者たちが就任するだろうと予測される。

したがって従来いわれた「太子党 + 団派」という習の連立政権に亀裂が生じ、これから団派が巻き返すか、どうかが権力党争の今後の焦点となる。

 ▼団派の領袖に奇妙な動きが始まった

動きが出た。団派のライジングスターで次期政治局常務委員入りは間違いないと言われる汪洋(副首相)は12月27日に奇妙な発言をしている。

「米国は世界のガイドであり、中国は喜んで米国のつくりあげたシステムに参加する」と言ったのである。

汪洋は米中戦略対話で、中国を代表し、G2などとおだてられてきた米中蜜月時代とはうってかわり、オバマ大統領は北京APECでも、中国の言う「新しい大国関係」に何ほどの興味も示さなかった。米中関係は突如、氷雨が降る極寒の関係となり、さらに中国がロシアと異常接近をはじめた動きに米国は不快感を示してきた。

その米国批判の前面にあった汪洋が転向ともいえる奇妙な発言をした背景には、米国の景気回復と対比的な中国経済の落ち込みを客観視して、時間を稼ごうとしている戦術なのか、或いは国内的には団派vs太子党という権力闘争の対決図を回避するために、団派が習近平に送ったシグナルなのか?

そして12月29日に習近平は演説し、「党内の団結が重要、派閥形成はしてはならない」と繰り返し、強調したのだった。

1/5産経新聞 河崎真澄氏『江沢民氏が海南省の「東山」で健在誇示 党内権力闘争で習指導部に反旗? 中国当局は情報をシャットアウト』記事 

中国の江沢民元国家主席(88)が海南省南東部の東山(海抜184メートル)を今月3日に訪れたとする地元民らの投稿や関連する報道が、中国本土のネット上から相次ぎ削除されていたことが5日、分かった。健在を誇示する狙いがあったとみられる江氏の動静を、中国当局がシャットアウトした格好だ。

4日付の香港紙、明報などによると、江氏は家族のほか、同省共産党委員会の羅保銘書記らとともに姿をみせた。江氏の健在ぶりが明らかになったのは昨年10月、北京の中国国家博物館を訪れて以来。江氏は「海南の名山に人々が来ないのは遺憾だ」などと話したという。中国語には勢力を巻き返すとの意味で「東山再起」という表現がある。

昨年12月、江氏の元側近で最高指導部のメンバーだった周永康前党中央政法委員会書記(72)の党籍剥奪と逮捕が決まった。習近平指導部が反腐敗闘争を進める中で、江氏の家族らにも調査の手を伸ばし始めたとの香港報道がある。

「東山」への訪問は習指導部に反旗を翻したメッセージとも取れ、当局の敏感な対応とともに注目されている。