青木直人著『日朝正常化の密約』について

昨日に続き本の紹介ですが、長いのでコメントは省きます。

P42~45

まだある。日本の円借款の特徴は、世界でも例のないほど異例な方式を採用している。それが「アンタイドローン」という援助スタイルなのである。

「アンタイド」とは「ヒモが付いていない」という意味である。普通援助は、援助する国がそれと引き換えに被援助国のプロジエクトに自国の企業を参入させる。これが「ヒモ付き援助」と言われているもので、「タイドローン」ともいう。世界を見渡せばこれが通常の援助方式なのだが、日本の場合はそうではなく、日本からの措款だろうが、どの国の業者に仕事を割り振るのかは、相手国が決めることができるのである。

北朝鮮でいえば、日本からの経済支援について、金正恩が事業の決定権を握る。そうなれば仕亊欲しさに内外の企業が賄賂攻勢をかけるのは、目に見えている。なぜ日本だけがこうなのか。

その一因は、諸外国からの圧力である。中国向ODAを始めるにあたって、円借款を 「タイドローン」ではなく、「アンタイドローン」にしろと強要してきたのは米国である。

大平正芳総理が日本から中国に円借款を供与することを明らかにしたのが一九七九(昭和五十四)年十二月だが、そのニ力月前、ワシントンで「日米事務レベル経済協力担当者会議」が開かれている。日本側出席者は外務省、通産省の関係者、米国側は国務省、財務省、商務省、それにエネルギー庁のトップが顔をそろえた。

この場で米国側が日本に突き付けてきたのが、日本からの中国向け借款はすべて「アンタイドロ―ン」にすること、しかもそれを中国との取り決め文書に明記せよという強硬な内容だったのだ。米国は、中国への援助を利用して日本企業が中国市場を独占化するのではないかと懸念した。最後にエネルギー庁の担当者はこう警告したという。 「日本政府がそうしない場合、米国内の不満は高まり、日米間で新たな経済問題の火種に なりかねない」

日本と米国の間では、当時、日米繊維交渉が長い交渉の末に妥結したばかりで、大平政権としてもこれ以上米国とトラブルを起こしたくはなかった。そうした政治的妥協の産物として、中国向け円借款が、日本からのヒモ付きでない形になってしまったのである。

第一次大戦前、中国市場の参入に乗り遅れた米国は、門戸開放宣言で欧米各国や日本に対して、中国における一方的な優位を認めないとした。一九七九年にスタートした日本の中国向け援助もまた、新「門戸開放宣言」を誘発したのだった。 米国政府が期待したように、アンタイドロ―ンという日本のOD Aは米国ピッグピジネスの対中投資の呼び水に活用された。一九九〇年の対中ODAで日本から中国政府に貸し付けられた海南島開発資金のうち、通信近代化プロジエクトを日本のNTTからもぎ取ったのは、当時世界最大の米国通信会社、AT&Tだったのである。諸外国の例にならった通常の援助なら、無条件にNTTが受注できた案件だった。

このアンタイドロ―ンンが、北朝鮮向け援助にも適用されるのである。仮に日本と北朝鮮が国交を樹立した際も、関係国はさまざまな形で日本に圧力をかけてくるはずだ。米国も、ロシアも、韓国も中国も、返済確実な日本のODAにたかろうとしているからだ。

なかでも中国は東北地方から北朝鮮をつなぐ高速鉄道を建設するために、この事業を自国の会社に受注させようと虎視眈々と狙っている。

日本のODAは、日本国民が汗水たらして納めた税金であっても、日本だけのものではない。それは一種の国際共有財とされてしまった。外務省もそれを受け入れ、国際協力機構(JICA)など援助機関もこれに異を唱えない。

円借款の供与方式が変わらないかぎり、日本人は同胞を拉致した北朝鮮という国に、ジヤパンマネーを自由に使えるキヤッシユ力―ドを渡すことになるのである。

P.49~50

具体的には北朝鮮が商品、工業資本財、原材料、肥料、農機具などを日本から輪入する際のリスクを軽減させるものだ。過去北朝鮮は、日本や欧州から輪入したプラントの支払ができなかった。これでは怖くて海外の企業はやってこない。だからそんなことがないように、北朝鮮が資金ショートに直面した場合は、一九七〇年代のようにならないよう、日本が代金を貸しましょうというのが「商品借款」なのである。

北朝鮮が前回のように返済が困難になり、海外の企業に対する支払いができなくなった場合は、この「商品借款」を提供する用意があるというのが「宣言」の趣旨なのだ。 日本政府は、この商品借款を中国に提供した過去がある。一九七六(昭和五十一)年毛沢東が死去し、文革四人組が逮捕された直後、誕生したばかりの華国鋒政権は、経済の実績を上げようとして日本に大量のプラントを発注したものの、ただちに資金ショートに直面、事態は外交問題に発展するに至った。プラント発注企業である日本の新日鐵、神戸製鋼、三菱重工業などトップ企業は、当時の大平正芳総理に泣きつき、その結果、中国に日本の公的資金を貸し付け、その金で日本側に代金を払うという形で事態を処理したのである。

その貨付金が、中国向けODAのうち、一九七九年から八四年まで継続された「商品借款」なのである。これは八ニ、八三、八四年の三年にわたって供与され、総額で一三〇〇億円、この時期は第一次のODA供与の期間(五力年)だったが、そのうち円借款の総額は三〇五五億円。実に商品借款が全体の42%と、半分近くを占める。日本企業は中国からではなく、日本国民の税金で救済されたのだった。関心のある方は、外務省のHPの「ODA」を見れば、よくわかるはずだ。

その中国はいまや世界第二位の経済大国に成長した。外貨準備高も四兆ドルと世界一。だがその中国にして、三〇年前はこうだったのだ。

日朝平壌宣言に書かれている「信用供与|には、中国向けODAという先例があった。この項目が加えられているということは、返済が中断したままふくれ上がった対日未払いのプラント代金を、この商品借款で一括返済するという密約があると思われる。

P.56~61

日本が朝鮮半島に遺した資産の総額とは

日本の北朝鮮経済支援の総額について、外務省は一切あきらかにはしていない。日朝平壌宣言の中にも、金額は明記されていない。もちろん、これは外務省同士の間で今後詰める話であり、最終的に国交樹立の段階である程度の輪郭がわかってくるはずだ。

ただし、ここには日本が北朝鮮に残してきた資産は含まれていない。日本が朝鮮半島に残してきた資産について、産経新聞に掲載された「財産請求権行使なら北の支払い超過『経済協力』転換の要因か」(二〇〇二〔平成十四〕年九月十三日付)という記事がある。この記事の要点をまとめてみると、次のようになる。

一九四五年八月十五日時点で、日本が朝鮮半島に残した総資産額は、連合国総司令部(GHQ)の試算では、八九一億ニ〇〇〇万円に上る。この数字を総合卸売物価指数 (一九〇)をもとに、現在の価格に換算すると一六兆九三〇〇億円に相当する。ただしこの数字は、南北朝鮮を合計したもので、北朝鮮に残した資産に限ると、次のようになる。

水豊ダムなどのインフラが当時の価格で四四五億七〇〇〇万円、軍関連資産が一六億二〇〇〇万円。この非軍事分野と軍事分野の両方で四六ニ億ニ〇〇〇万円。総合卸売物価指数の一九〇を掛けると、現在の金額で八兆七八〇〇億円となる。

ちなみに参考資料として挙げると、韓国政府が一九四九年、米圃国務省に「対日賠償要求調書」を提出しているが、このときの要求総額は三一四億円(一ドル15円)で、現在の価格に換算すると、五兆九六〇〇億円(これは北朝鮮も一部含めた数字)であった。

とすると、日本が半島に残した資産の方が圧倒的に多いということになる

ここに挙げた数字は、日本ではなく米国政府の試算なのである。

サンフランシスコ 講和条約に基づく北朝鮮の国際法上の請求額はこれをさらに下回り、「日本との差額は五兆から六兆円になると推定される」(政府関係者)

さて、話を戻すと日本政府の姿勢はあくまで南北等距離が基本であり、北朝鮮との間でも、一九六五年の日韓基本条約の際の経済支援金額がべースになる。そこで同程度の経済支援をするとすれば、経済協力費は三〇〇億円程度ということになる

ただ、日韓基本条約から五〇年の歳月が経過しているということ、さらに 一九九〇年の金丸訪朝の際、「日本の植民地支配への反省」が三党合意文書に盛られていること(これは日韓基本条約には書かれていない)などから、または北朝鮮に拉致された日本人を取り返すという目的などを勘案すると、ほぼ三倍の一兆円前後という数字が噂されているのである。

人口一四億の中国に対する日本のODAが三兆五〇〇〇億円であったことを考えれば、人口が中国の五十分の一か六十分の一の二四〇〇万人に過ぎない北朝鮮への一兆円という数字は、相当な額といえよう。

一兆円説には、いくつかの根拠がある。まず繰り返し述べているように、韓国に与えた経済支援の額からの類推が第一である。

北朝鮮政権内部のインサイダーの証言もある。張真晟という人物がいる。ニ〇〇四年に脱北した労働党統一戦線部の工作員で、詩人として金正日委員長に接見が許された人物である。彼の著書『金王朝「御用詩人」の告白』(邦訳.文芸春秋)に、小泉訪朝前後 労働党内の動向が紹介されている。それによれば、賠償金として四〇〇億ドル(四兆円: 要求してきた北朝鮮に対し、日本側は戦後から現在まで日本が北朝鮮に残してきた発電所、製鉄所、鉄道などを無断使用してきた費用の支払いを要求して応酬したという。現金支払いについても、核開発に利用される恐れがあり、米国の介入を招くとして、日本側が拒否したとも伝え、「最終的に両国は一一四億ドル規模の物的支援で暫定的な合意に至った」と結論づけられている。

当時の為替レートは一ドル= 一一〇円から一三〇円。これを当てはめると、一兆ニ〇〇〇億円から一兆五〇〇〇億円となり、前述の一兆円をすらオーバーすることになる。

北朝鮮は日本からの金を何に使うのか

北朝鮮は、このジャパンマネーを何に使おうと考えているのだろうか。 金正日委員長が日本からのマネーでまず行ないたかったのは「国内鉄道の複線化」であったと、先の張真晟氏は証言している。

北朝鮮の鉄道は二十一世紀の現在でも、日本との併合時代のものをそのまま使っている。そのため、いまでも単線であり、複線にはなっていない。その結果、対向列車と交換するのに頻繁に駅に停車することにもなる。たとえば中朝国境の新義州から首都平壌までの三〇〇キロ程度が、国際列車でも七時間かかる。また鉄道関連施設も、老朽化したまま手がつけられていない。

このことは、中国との関係においても、微妙に影響を与えている。鉄道は民生にとって不可欠なものだが、同時に軍が最優先に利用する交通インフラでもあるからだ。

中国政府は、中国遼寧省の省都である瀋陽から中国国境の延辺朝鮮族自治州を経由し、豆満江を越えて北朝鮮国内に入り、三八度線を通過して韓国の釜山に至る半島横断鉄道の構想を持っている。そのためには、鉄道の軌道が同.であることが前提となる。

だがそれは同時に、いったん有車となれば中国の解放軍がこの鉄道を使って大量の軍を送りこむことを可能にもする。北朝鮮が恐れるのはここである。

事実、こうした国境鉄道の持つ危険性から、中国と高速鉄道の一本化に反対している国がある。それがベトナムだ。かつては社会主義国として同志であった中国とベトナムは、一九七九(昭和五十四)年、ベトナムの国内華僑追放とカンボジア侵攻を契機に、戦争状態に突入した。その後、数十年の冷却期間をおいて、今では経済をベースに表面的には良 好な関係に戻っているが、今また、南シナ海のスプラトリー諸島の領有をめぐって両国の関係がきな臭い状態に入りつつあるのは、ご存じのとおりである。

そうした歴史的経緯もあるベトナムは、いくら経済的相互依存関係があろうとも、国家の主権と安全保障という観点から、中国との鉄道協力に慎重な姿勢をくずさない。 「鉄道のレールの幅が同じになってしまえば、中国軍がそれに乗ってホーチミンまでやってくる」と。

P.72~74

その代表的な人物がアジア開発銀行の元研究所所長の河合正弘氏(東大名誉教授)である。彼は雑誌などのインタビューでも、援助は、北朝鮮の経済政策の転換が目的であると繰り返している。河合氏は二〇〇二年の日朝平壌宣言の直後、北朝鮮を訪問し、北側の担当者と経済支援の中身について意見を交換した人物である。

こうした開発哲学は、あまりにも単純な経済決定論である。中国や北朝鮮が、経済よりも国家の安全保障に重点を置く非民主主義国家であるという本質的な理解がないのだ。

そして最後に、最大のリスクが、実はあの国の体制のありようである。膨大な軍事費、インフラの老朽化、農業の崩壊、不要な非生産設備への投資、国民のやる気のなさ。そればかりか、日本や西側に対する支払い中断中という事実。これらは皆、現実のこととして、あの国の中に存在する。

この点で頭に入れておきたいのは、建国の父•金日成主席の対外借款についての認識である。彼はすでに自国が海外から輪人したプラントなどの未払い問題が外交問題になっていることを踏まえて、こう居直っている。

「発展途上国の債務は全額棚上げすべきである」

借金を返す必要はない。このように言い切っているのである。その言葉どおり、金日成はソ連、中国など社会主義大国からの借款の多くを踏み倒してきた。日本企業からの返済にもシカトしたままである。いずれ正常化後の日本からの援助についても同じことが起こりうる。日朝平壌宣言には、日本の植民地支配への謝罪が経済支援の根拠であると書か れている。ならば、金日成も金正日も、三代目の金正恩も同じように「債務は全額棚上げにすべき」と居直りかねないのだ。それは日本のODAが、誰がなんと言っても彼らにとっては「賠償金」だからである。北朝鮮も中国と同じように、もらって当然と考えている。

だが、それは北朝鮮だけに限ることではない。朴槿恵の韓国も、習近平の中国も、同根だ。韓国や中国は、日韓基本条約や日中共同声明で賠償問題にはピリオドが打たれたと合意しているにもかかわらず、いまでも延々とカネを出せと言い続けているのである。韓国は従軍慰安婦への補償を、中国は遺棄化学兵器処理のための補償を求めている。日本は 「アジア女性基金」で慰安婦への「おわび」を繰り返し、中国の化学兵器の処理に、ODAとは別枠で予算をあてている。 北朝祥も間違いなくそうなるであろう。「謝罪」と「償.い」は、まだまだ終わることはないのである。

P.77~78

私はかねてより自分の発行するニユーズレター紙で、次のように主張してきた。

第一に、北朝鮮と中国共席党の間には深刻な路線対立があり、「自主経済」の破綻に瀕している北朗鮮は、中国からの経済支援と引き換えに、金日成主席以来の極左的な政策の修正を求められていること。

第二に、労働党内部において近年、中国との援助や貿易分野に関与する政府高官の中に、急速に富裕化する階層が出現し、彼らは中国と利害を共にする政治集団となりつつあること、そのため、先軍政治路線を掲げる金正恩第一書記は、こうした勢力と対決せざるを得なくなるだろう。

というものであった。張成沢の粛清劇は、こうした予想がついに現実化したものといえる。

外部社会からは見えにくいものの、現在では朝鮮労働党の「敵」は中国共産党となっている。労働党政権を脅かすのは、北朝鮮に対して宥和政策を続ける韓国でも、朝鮮半島に戦略的利益を持たない米国でも、拉致以外に格別の関心を持たない日本でもない。日米韓の三力国は、北朝鮮に対してそれほどの関与を行なっていないため、彼らの生殺与奪の 権利を握ってはいないのだ。

経済破綻の危機にあえぐ北朝鮮に対する最大の援助国は中国であり、彼らが北朝鮮国内に流通する商品の70~80%を握っている。北朝鮮の命運は中国の手の中にある。その中国が近年、これまでの気前のいい支援の姿勢を変化させた。タダでカネは貸さないと言い始めたのである。

P.92~94

チヤイナマネーは、張の代わりに、これから金フアミリーと人民軍が独占することで一件落着させようというのである。

だが中国はクールである。金正恩を信頼していない。次は金第一書記体制の中枢、チャイナマネーの恩恵に浴する党と人民軍の中から「第二の張成沢」が出現する可能性がある。政権基盤の、不安要因は払拭できていない。

北朝鮮の未来に残された二つの道

張成沢の粛清劇で、中国の民間企業はすでに及び腰である。経済特区や茂山開発、さらに羅津港拡大計画などが批判の俎上にあげられたからだ。張系列の政府関係者の粛清、 党員の忠誠心と思想点検も続いている。これでは、事業が順調に進むわけがない。

こうした北朝鮮国内の緊張は慢性的に高まり、経済は停滞する。そこでまた指導部内でサバイバルをかけた「政闘」が繰り返されるという悪循環。 労働党の直面している難題。それは中国に経済的に従属しつつ、政治的には自主独立を保つことがはたして可能なのかという問いなのである。

こうした二律背反を、金日成主席なら何とかできた。金正日総書記もかろうじて乗り切ってきた。彼らにはそれだけのカリスマ性と、軍•情報機関から全面的なバックアップがあったからだ。

だが、政治的キャリアもない三十一歳の青年である金正恩が、この二律背反を解決でき得るとは到底思えない。この政権が長続きする可能性は低い。

一九六〇(昭和三十五)年、朝鮮戦争の後、韓国は政情不安と経済困窮のさなかにあった。このとき、韓国軍の一将校だった朴正熙は軍事クーデターに立ち上がり、政治は独裁、経済は開放という国家戦略で、祖国を先進国入りさせた。

北朝鮮の「朴正熙」には、軍を徹底して抑え込み、これまでの鎖国政策を大胆に転換し得る政治力が求められる。そういう人物が登場しない限り、拉致問題の全面解決はむつかしい。

中国が求めるのは、北朝鮮の安定だけである”

仮に北朝鮮で政変が勃発した場合、それが安定を期待しうるとみれば、中国は真っ先に外交的な承認に踏み切るはずだ。そうした中国の選択を米国も最後は追認する。金正恩ファミリーの亡命を中国は受け入れて、政変は終わる。

張の粛清。事件は一枚岩に見える労働党内部において、ついに公然たる反対勢力が登場したことを意味している。彼らの背後には中国がいた。

P.148~150

中国企業は、なぜ北朝鮮から撤退したか

次は中国企業のケースである。

北朝鮮の最大の鉱山である茂山は、金日成が「我が国の宝」と胸を張った場所である。

このことは、繰り返し述べてきた。その茂山鉱山の開発権をニ〇〇五年、中国の天池工業貿易が手に入れる。期限は五〇年。鉄鉱石の推定埋蔵量は三〇億トン。北朝鮮どころか、アジア有数の鉱山である。

経済成長に伴って中国は世界最大の資源輪入国となり、石油天然ガスや鉄鋼の需要も急増した。そこで中国が目を付けたのが、隣国北朝鮮に眠る鉱山だった。なかでも茂山は中朝国境にも近く、採掘した鉄を中国に運び込むのにも好都合な立地条件にある。それでいて北朝鮮には、自力でこれを開発するだけの資金も技術もなかったのである。

だが鳴り物入りで進出したものの、二〇一四年秋の時点で、開発事業は中断したままだ。原因は北朝鮮側がいきなり当初の合意に反して、20%もの採掘料の引き上げや、労働者の賃金や輪送費用の増額を、一方的に通告してきたのである。これを拒否すれば電力供給の停止、労働者のサボタージユという事態が予想された。交渉の余地はない。いやでも受け入れるしかないが、ここで承諾してしまえば、北朝鮮はさらに無理難題を突き付けてくる。これでは事業の継続は無理。こう判断して首脳陣は中断を決断したのである。このままでは、掘れば掘るほど赤字になるからだ。被害に遭ったのは天池工業だけではない。

瀋陽の西洋集団も、ニ〇〇七年から北朝鮮の資源開発ビジネスに二億四千万元(約三〇億円)の投資を行なった。だが事業が軌道に乗り始めると、ここでも北側は取り決めを一方的に破棄、労働者の賃金、借地料、電気・水道代など一六項目の見直しを要求してきたのである。

一年後、西洋集団も事業撤退を決めた。度重なる賄賂要求も、彼らを辟易させた。こうした例を見れば北朝鮮のやり口は一目瞭然である。事業が軌道に乗り、利益が出始めるとそれまでの合意を一方的に破棄、一斉に値上げを要求するというパターンなのである。それは労働党の意向として現場に反映されたものなのだ。彼らは外国企業をタカリの対象としか見てはいないのだ”

P.174~175

ドルに姿を変える中国の富

現在世界一の外貨を保有する中国。その額四兆ドルである。繰り返すが、この膨大な富70%が対米投資などを通じて、ドル資産に化けている。そのうち、40%が先に紹介した 米国国債に充てられている。中国が日本を抜いて外貨準備高で世界.に登場したのはニ〇〇六年だが、それに合わせるように、中国政府のドル投資は加速している。現在でも外貨準備高は第二位の日本の三倍もあり、中国のそうした金融パワーは、米国経済にとっても必要にして不可欠なものとなっている。だが、中国にとっても、ここまで経済金融関係が深くなると、ドル暴落は他人事ではなく、中国経済の崩壊にもつながりかねない。

中国の巨大な外貨は貿易によって獲得されたものだが、その貿易高はニ〇〇一年にWTOに加盟した後、この一〇年で六倍に膨れ上がっている。いまではGDPのうち、実に50 %を貿易が稼ぎだしている。

さてその虎の子の貿易も、米国と依存関係にある。相手国のトップ5はEC、米国、韓国、日本、ASEANとなるが、EUとASEANは地域連合であり、国家単位でいう と、最大の輪出国は米国である。中国にとっても「敵国」米国がいちばんのお得意様、稼ぎ頭なのだ。

米国市場なくして、中国経済の成長も拡大もなかった。それは基本的に今後も変わるまい。対米輸出で稼いだ世界一豊富なマネーは再び米国に還流してドル体制を支える。この 構図が米中経済「同盟」関係なのだ。ここが米中両国の墓軸である。