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『沖縄米軍用地を中国資本が買っていた』(11/3週刊新潮 櫻井よしこ)、『習近平氏は本当の「核心」となったのか 権力集中が進んでいるとはいえないそのワケは』(11/4石平メルマガ)について
今、加藤隆則(元読売新聞中国総局長)著『習近平暗殺計画 スクープはなぜ潰されたか』(2016/2/25刊)を読んでいますが、中国に対する思い入れ(左翼に近い?高井潔司・北海道大学大学院教授や矢吹晋・横浜市大名誉教授の名前が出て来るのは相当左にシンパシーを持っていると思えます。小生も北京にいたときに高井・矢吹両氏と会って幻滅したことを覚えています。)と習に対する肩入れ、自分の特ダネに対する執念(どちらかというと日本の同業他社を出し抜く為)が垣間見えて、今の日本の記者のレベルを感じさせました。一言で言うと自己中心、TVで良く見るやはり読売出身の大谷昭宏を思い起こさせてくれました。加藤氏が読売を辞めたことは良いですが、その経緯を本にして出版するのは如何なものか。表現の自由の範囲でしょうが、読売に対する私憤を晴らしたものとしか映りません。「ベトナム戦争時の韓国軍慰安所」について報道できず、同じような目に遭ったTBSの山口敬之氏は週刊文春に寄稿して辞めました。また、加藤氏は、習は軍権確立したと述べていましたが、それに対する反論が櫻井氏や石平氏から出される状況になっていて、単に思い込みが激しいだけなのではという気がします。デイープスロートがいるというのも自慢げに書いていましたが、デイスインフォメーションorリークのためのパペットとして使われた可能性もある訳で、それに思いを致さないのは客観的に物が見れないのでは。
日本の外務省はどこまで行っても無能集団です。パリ協定も発効したのに、米中が手を握ることすら分からず、日本の議会批准が遅れています。同盟国の情報入手すらできないのであれば、敵国の情報何て入る訳がありません。櫻井氏の記事のWTO加盟時の留保条件を付けず加盟というのは平和ボケの典型でしょう。幣原以来外務省は相当おかしくなってきていて、国民から見れば死に至る病としか言いようがありません。組織に自衛隊出身者を入れて外務省をチエック、報告は官邸にするというお目付け役が必要なのでは。
外国人の土地買収は大正時代にできた「外国人土地法」を活用して制限すべきです。少なくとも中国は、土地は国のもので所有権売買はできず、使用権売買であるため、相互主義に反します。先人たちは偉かったと思います。やはり、国の安全を考えて立法化していました。それに引き換え平和ボケの今の日本人のだらしないこと。
石平氏の記事では、張春賢氏が「党の建設工作に関する中央指導小組副組長」になったとのこと。共産党の喉と舌と言われる宣伝部を牛耳る劉雲山の後任になると思われます。張春賢氏は調べますと江沢民派で、周永康とも近かったようです。

江派の巻き返しで習は押し返せなかったという所でしょう。共産党の重要ポストは王岐山の中央規律検査委員会と劉雲山の宣伝部で、そこを押えないと主席と雖も絶対権力にはならないと言われています。今まで反腐敗運動で政敵を打倒してきましたが、翳りを見せてきたという所でしょう。内部抗争でエネルギーを使い、対外冒険主義に陥らないことを望みます。
櫻井記事
日本の国土を外国資本が買い漁っている事実は旧聞に属する。日本政府が、自民党政権の時も民主党政権の時も有効な対策を講じてこなかったのも周知のことだ。外国資本に好き放題の国土買収を許してきた日本は異常 だが、それでも沖縄の米軍用地の1割を中国人が買収していると聞けば、 心底、驚かざるを得ない。
10月21日、インターネット配信の「言論テレビ」で中田宏元衆院議員が語った内容は、日本国の土台が浸食されているというものだった。
氏は国会議員だった2013年、対馬を調査して驚いた。自衛隊基地周辺の土地の殆どが韓国資本に買収され、基地は韓国人の土地にぐるりと囲まれていた。万一の時、これでは自衛隊の動きが阻止されかねない。その危機的 状況に対処するべく、氏は土地売買に関して規制する法案を国会に提出した。
「私の法案は廃案にされました。それから3年、事態はより深刻です。沖縄の米軍用地の10%が中国資本に買われているのです」
中国は尖閣諸島を自国領だと主張し、沖縄に関しても日本の領有権に異議を申し立てる。彼らの真の狙いは、いずれ沖縄全体を中国領とすることにあると見てよいだろう。沖縄に迫る中国の脅威を実感するからこそ、わが 国は日米同盟を強化すべく努力してきた。米軍への基地提供にも心を砕いてきた。
沖縄の米軍用地は約2万3300ヘクタール。内、国有地と県、市町村有地が 約1万5700ヘクタール、残りの約7600ヘクタール、全体の約33%が民有地だ。
「この民有軍用地の約3分の1を中国資本が買い取っているのです」と、中田氏は説明する。
事実なら、まさしくブラックジョークではないか。中国人の所有とされる 民有軍用地は2500ヘクタール強になる。坪数で756万2500。沖縄軍用地の借地料は政治的配慮も働いて日本一高い。場所によって異なるが那覇軍港なみの最高レベルの賃料なら坪1万9000円、浦添市などでは坪6000円だ と、「産経新聞」の宮本雅史氏が『報道されない沖縄』(角川学芸出版) で報じている。
国土は即ち国
坪6000円として中国人の手に渡る賃料は453億7500万円にもなる。防衛省に問い合わせたが回答が得られなかったために、果たしてこの数字が正しいのか否か、判然としない。しかし、少なくとも百億円単位の日本国民の税金を、毎年、日本政府が中国人に支払っている可能性がある。
中田氏は、防衛省も中国人による軍用地の取得については知っているのではないかと語る。政府や地方自治体がこうした事実をどれだけ把握しているかについて、沖縄県石垣市議会議員の砥板芳行氏のコメントが興味深 い。私の取材に対して氏は、当初こう語った。
「中国資本が軍用地を買っているとは、余り知りませんでした」
しかし、少し時間をかけて調べたあと、氏はこう語った。
「そのようなケースがあっても中国人は表に出てきません。しかし、注意 深く情報を精査すれば、確かに中国人の動きが見えてきます」
中田氏が指摘した。
「竹富町が所管する離れ小島にウ離島(ウばなりじま)というのがありま す。広さ1万坪の岩だらけの無人島で、水もありません。この島を中国が5 億円という法外な価格で買おうとしたのです」
中国はこの島をなぜ買おうとしたのか。現地の人は、考えられる理由として、海上保安庁の船が尖閣諸島海域に向かうとき、海保の船の動きを逐 一監視できる場所がウ離島であることを挙げた。売却話は、しかし、メ ディアの知るところとなって、結局、立ち消えになった。
砥板氏が説明した。
「いまこの島は地元の不動産業者が管理しています。安全保障上、大事な所にあるだけに監視を続けることが重要です」
このような水もない島を買う理由が経済的要因にあるとは思えない。どう 見ても安全保障上の理由であろう。事実、島を買いにきたのは「中国国際友好連絡会」(友連会)という組織だった。人民解放軍(PLA)の工作 機関と考えてよい組織だ。
彼らは宮古島市の下地島空港周辺の土地も買いたいと申し出た。同空港 には3000メートルの滑走路がある。中国に対処するために、下地島に自衛 隊の拠点をつくることが大事だという指摘は多い。それだけ重要な空港周辺の土地をPLA関連組織が買いにきたのである。
国土は即ち国である。国土があって、そこに人が住み、経済活動をしてはじめて国が形成される。それを守ってはじめて独立国と呼べる。国の基 (もとい)である国土を、わが国は今日に至っても外国資本に買われるに任せている。
1平方ミリでさえも外国人に売らないのは中国だけではない。フィリピンも外国人には売らない。なのになぜ、日本政府は有効な手を打たないの か。国政レベルの動きは信じ難い程鈍いが、地方自治体の憤りは強い。全国市長会会長代理で山口県防府市長の松浦正人氏が語る。
外国人土地法
「10月19日に、北海道旭川市で北海道市長会が開かれ、皆さん憤っておられました。地方自治体の条例だけでは、外資の日本国土買収は全く防げません。これ以上外国人に土地を買われてしまうわけにはいかないと、革新色の強い市長さんも含めて全員の意見が一致しました。来年1月中に案をまとめて、政府に強く申し入れることになりました」
市町村の行政は住民生活に直結する。行政の現場には山林や水源地、防衛施設周辺の土地を中国人が買い付けようと蠢く情報が入ってくる。殆ど の首長は山林や水源地の所有者を説得して外国人への売却を思いとどまらせようとする。しかし、悪貨は現金でやってくる。その現金に動かされる人もいる。
しかし、国土を他国に売ってしまっては、もう戻ってこないのだ。にも拘わらず、日本政府が規制できずにきた理由のひとつに、95年のWTO(世界貿易機関)加盟時に外務省が犯した致命的なミスがある。
他の加盟国がおよそ全て、その国なりの留保をつけて加盟したのに対 し、日本は無条件で加盟したのだ。だから今更、国土は外国資本に売らないとは言えないのである。当時の外務省の目は節穴だったが、現在の国会議員にもできることがある。日本には大正時代の外国人土地法がある。そこには相互主義と、国防上の観点から土地取引は制限できることが書かれてある。相手国が日本人に土地を売れば日本も売るということだ。国防上の懸念ゆえに取引を制限できるということだ。その戦前の法律を現在に通用させるための工夫をすればよいだけである。いま、政治がその工夫をし ないのであれば、それは国民と国家に対する背信である。
石平記事
先月27日に閉幕した中国共産党第18期中央委員会第6回総会(6中総会)の総括コミュニケは
「習近平同志を核心とする党中央」と明記した。
これを受け、日本国内でも「習氏への権力集中が進む」との見方が広がったが、実態は果たしてそうであるのか。
6中総会開催前の10月16日、新華社通信は中央指導部メンバーの動向に関するニュースを配信した。
政治局委員の張春賢氏が「党の建設工作に関する中央指導小組副組長」の肩書で地方視察を行ったという。
張氏は今年8月、新疆ウイグル自治区党委員会書記を退任して中央に戻ってから、その去就が注目されていたが、上述の地方視察ニュースで、「副組長」という彼の新しいポストが判明した。
この目立たないポストが実は張氏の今後の前途洋々を暗示している。
今、党内のイデオロギー統制を担当する「党の建設工作に関する中央指導小組」の組長になっているのは政治局常務委員の劉雲山氏である。
政治局常務委員といえば、それこそ共産党の最高指導部を構成する「チャイナセブン」のメンバーだが、劉氏は69歳の高齢であり、来年開かれる予定の共産党第19回大会で引退する運びである。その時、上述の小組の副組長となった張春賢氏が、劉氏の後を継いで組長に昇任する見通しで、それに伴い、政治局委員である張氏は当然、政治局常務委員へと昇進する道が開かれるのである。
第19回党大会開催の1年前の張氏の副組長就任はまさにこの党大会における彼の政治局常務委員昇進の布石だと理解されている。問題は張氏が次の党大会で最高指導部に入る見込みとなっていることが何を意味しているかである。
張氏は新疆ウイグル自治区党委員会書記時代、習近平総書記(国家主席)に関する2つの微妙な動きで注目されたことがある。1つは、今年3月4日、新疆ウイグル自治区主管のニュースサイト無界新聞に、「習近平引退勧告」の公開書簡が掲載されたことである。
地方政府主管のメディアで共産党トップの「引退」を勧告する文章が掲載されるとは、驚天動地の大事件であるが、問題はその「黒幕」は誰だったのかである。当時から、一部の香港メディアやアメリカに拠点を置く中国系メディアは新疆ウイグル自治区の最高責任者である張氏の関与の可能性を報じているが、真相は今でも不明のままである。
その直後の3月20日、張氏の取ったもう1つの言動がさらに注目を集めた。実はその時、習近平総書記の息がかかっている一部の地方トップが習氏を「党の核心」として擁立する運動を起こしている最中であったのが、北京で開かれた全人代の新疆代表団会見で、張春賢氏は記者らから「習氏を核心として支持するか」と質問を受けたとき、「その話は改めて」と答えを避けた。
中国の政治文化の中では答えを避けたことはすなわち「支持しない」との意思表明である。これで張氏は「反習近平」の姿勢を明確にしたと理解されたのである。
しかし今、どう考えても「反習近平」のこの彼が無傷であるどころか、中央に戻って例の副組長に就任し、来年の党大会で政治局常務委員となって最高指導部入りを果たすことができそうなのだ。
それでは習氏は党中央をすでに制覇したとはとても言えない。
来年の党大会で、次期最高指導部の人事は決して習氏の意のままにならないことも分かった。
冒頭に取り上げた共産6中総会の総括コミュニケは、習氏を「核心」だと位置づける一方、党の集団的指導体制や「党内民主」をことさらに強調しているから、今の共産党内では「習氏の権力集中が進んでいる」とは一概にいえない。
第19回党大会の開催に向けて、党内闘争はさらに激しくなる見通しである。
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11/5『緊迫する南シナ海情勢』セミナーについて-3
講演
テイン・ホアン・タング(ベトナム外務省顧問局長)
国際仲裁裁判判決について米日、国連、国際社会は中国が面子を失わない形での撤退をさせるべき。
日豪印越のパートナーシップが大事。
日本はベトナムの長期的な同盟国。
中国はベトナム、アジア全域、全世界に対する脅威。
日本の協力なくして米越の関係緊密化は難しい。
これからは『パクス・パシフィッカーナ』の時代。

ハリー・ロケ(フィリピン下院野党院内副総務・野党)
国際仲裁は比中両国を縛る。中国も海洋法条約を批准しているので。ただ、判決はテコにはなっても、最終解決にはならない。交渉しないとダメである。
オバマは日本の尖閣を守ると明言したが、アキノ時代米比は条約結んでいたのにも拘らず、軍の派遣はなかった。オバマは比を日本より劣った国の扱いをした。
ドウテルテ大統領は新しい外交方針を打ち立てた。今まで中国は比を米国の属国扱いして無視してきたが、今回独立国扱いをした。外交方針は比の国益を追求するという事。米中に依存しないという事。日本と中国の投資、貿易が増えることを望む。

弊会挨拶
藤井厳喜(拓殖大学日本文化研究所客員教授)

11/5『緊迫する南シナ海情勢』セミナーについて-2
来賓挨拶
渡辺利夫拓殖大学学事顧問ビデオメッセージ

フレデリック・シャオ(フィリピン下院治安公安委員会委員・与党)
是非フィリピンに来て下さい。

相林(中国民主化運動家)
中共打倒に是非力を貸してほしい。我々は国際法を守る。

講演
湯浅誠(産経新聞特別記者・論説委員)
今の中国は帝国主義の戦略的小休止である。ドウテルテ大統領は2年後に外国の軍隊を追い払うと言ったのは心配。
緊急事態の際の連絡網を作っても中国は無視するし、海軍同士は未だしも海警では連絡しようがない。
日本の役割として、尖閣問題は国際化する。2国間でなくする。中国船を断固阻止する。日米豪印で新しい枠組を作る。アジア海洋同盟(緩やかな絆)を作る。

11/5『緊迫する南シナ海情勢』セミナーについて-1
11/5(土)14時から拓殖大学にて表題セミナーが開催されました。
パンフレットは下に置きます。


主催者代表挨拶:宮崎正弘氏
南シナ海問題でASEANは纏まらない。有志連合を形成するしかない。

荒木和博氏→拓大紹介

『退役士官1万人が連携、北京に集結して抗議デモ 地方政府の怠慢に不満、監視かい潜る動員が当局揺らす』(11/4日経ビジネスオンライン 北村豊)について
「政権は銃口から生まれる」と言われる中国ですから、「政権を打倒するのも銃口」となるのでは。一党独裁・軍国主義国家がたどる道でしょう。中国は日本を軍国主義の道に進んでいるといつも非難しますが、彼ら一流のプロパガンダで自分がやっていることを、自分を棚に上げて非難するのが常道です。反日民進党の蓮舫も同じです。
本文中の“打靶帰来(射撃練習して兵舎へ帰る)”の靶=ba3の意味は標的とのこと。秘密裏に1万人を動員できたことは、いつでも大規模クーデターが起きる可能性を表しているのでは。一説によると、習を困らすために、団派が仕掛けたとも言われていますが。全国からの動員規模から言って、団派の策謀と言うよりは、やはり生活待遇を何らかの形で訴えることで、上を動かそうとしたのでは。エリート集団の団派には力技を使えるのはいないと思います。
やはり、中国人と言うのは、どこまで行っても、汚い連中が多いです。悪いことをしてでも、自分が儲かればよいという行動をしますので。本文中にあります、“假兵案(偽兵事件)”=幽霊兵士で自分の懐を肥やそうとしたり、PLAでは兵器の横流しや調達物資の横流し、施設内での売春とか規律無しの軍隊です。
日本でもウィッツ青山学園高等学校(三重県伊賀市)で、国の就学支援金制度に絡み、通信制課程に受給資格がない生徒を入学させたことで、2014年度に「高等学校等就学支援金」1億5711万3千円を不正受給していた詐欺容疑で、ウィッツ元監査役を逮捕した事件が起きました。日本人の中国人化、「悪貨が良貨を駆逐する」、「朱に交われば赤くなる」典型です。外国人の生活保護の不正受給も多数あります。昔の善意が通じた日本ではなくなってきているので、日本人・外国人に関係なく、法の厳正適用を望みます。
中国は内部矛盾を外部闘争へと転化し、戦争を仕掛けるかもしれません。南シナ海はフイリピンに続き、マレーシアも中国に靡きました(フリをしてるだけかもしれませんが)。そうなると可能性としては東シナ海となる可能性が高くなります。南スーダンへの自衛隊派遣は5ケ月後には撤収させて、尖閣周辺の守りに充てた方が良いでしょう。離島対策で自衛隊を駐留させるのも、抑止力・経済振興となります。
その前に、中国は瀋陽軍が反乱を起こし、軍閥割拠の時代に戻した方が世界平和のためになるのではという気がします。習が定めた5大戦区毎、或は元の7大軍区毎に独立させればよいのでは。核の扱いが問題になりますが。満洲、チベット、ウイグル、モンゴルは元の民族に返すべきでしょう。でも、民族浄化で少なくなっていると思いますが。
記事

(写真:AP/アフロ)
“八一大楼”は北京市“海淀区”の“復興路”に所在する。北京市の中心にある“天安門”の前を走る“長安街”を西へ進むと“復興門”に至り、その先の道路は“復興路”と名称を変えるが、しばらく進むと右手に“中国人民革命軍事博物館”(以下「軍事博物館」)が見えてくる。その軍事博物館の一つ手前、即ち軍事博物館の右隣に威風堂々とそびえ立つのが地下2階、地上12階の八一大楼である。
8月1日は中国共産党の軍隊、“中国人民解放軍”(以下「人民解放軍」)の“建軍節(建軍記念日)”である。これは、1927年8月1日に“周恩来”、“朱徳”、“賀龍”などが率いる中国共産党の北伐軍が、江西省“南昌市”を守備する国民党軍に対し武装蜂起して大勝利を収めたことに由来するもので、一般には8月1日を略して“八一建軍節”と呼ばれている。
八一大楼も8月1日の建軍節にちなんで命名されたもので、中国共産党の最高軍事機関である“党中央軍事委員会”の執務ビルとして建設されたが、実際には当初の目的には使われず、現在では人民解放軍最高指導部が日常の執務を行うほか、重要な軍事会議の開催や軍事関係の外国賓客の接待や外交儀礼の場所として使われている。このため、八一大楼は「人民解放軍の“人民大会堂(国会議事堂)”」とも呼ばれている。また、八一大楼の南側(復興路側)にある“八一広場”では人民解放軍の閲兵式が挙行される。要するに、八一大楼は人民解放軍の中枢が所在する象徴的なビルなのである。
「人民解放軍の中枢」を包囲
2016年10月11日の朝早くから、八一大楼は続々と到着する緑色の迷彩服を着た軍人たちによって包囲された。目撃者によれば、軍人たちは1万人以上で、彼らの隊列は延々2kmも連なり、周辺一帯は迷彩服の軍人たちによって埋め尽くされたという。彼らは“団結就是力量(団結こそが力だ)”、“打靶帰来(射撃練習して兵舎へ帰る)”などの軍歌を高らかに歌い、「職の安定と生活保障を」などと書かれた横断幕を掲げていたが、横断幕の中には「党中央を支持する」、「習主席を支持する」などという標語も見受けられた。
これらの軍人たちの大部分は2000年以前に退役した士官であり、過去10年以上にわたって各地方政府から何ら生活保障や就職斡旋を受けることなく放置され、自力で生計を立てることを余儀なくされたのだった。彼らが軍隊時代に身に付けたのは「敵を殺す」技であり、退役して故郷へ帰っても一般社会で役立つ専門技術を何一つ持たず、社会に適用するのが非常に難しく、本来なら生活保障や就職斡旋を行ってくれるはずの地方政府から放置されたことから窮地に追いやられ、生活に困窮しているのだ。
中国の兵士は、“義務兵(徴兵制による兵士)”と“士官”に区分される。現行の規定によれば、その詳細は以下の通り。
【1】義務兵とは徴兵制によって兵役の義務を果たす兵士を意味し、その服役任期は2年である。(但し、実際にはその大部分が志願兵で、志願兵だけで徴兵で必要な兵数を満足しているのが実態である)
【2】士官への任官は次の3方法を通じて行われる: (1)服役任期を満了した義務兵の中から選抜する。 (2)軍系列の大学を卒業した学士の中から選抜する。 (3)非軍事部門の専門技能を有する民間人から直接に試験などを通じて募集する。
【3】士官は初級、中級、高級に区分され、その服役任期は、初級士官:最高6年、中級士官:最高8年、高級士官:14年以上となっている。
【4】士官は給与制であり、医療の公費負担、住宅手当の支給などの各種待遇が与えられている。また、服役期間が満10年以上の士官には転職先の紹介が行われるし、年齢が満55歳または服役期間が満30年、あるいは病気や障害により労働能力を喪失した士官には退職者としての待遇が与えられることになっている。
放置する地方政府に業を煮やし
基本的に退役士官に対する生活保障や就職斡旋は、退役士官の故郷を管轄する各地方政府が責任をもって行うことが、1999年12月13日施行の『中国人民解放軍士官退役後の身の処し方に関する暫定規則』および同規則を改訂した2011年11月1日施行の『“退役士兵安置条例(退役兵士の身の処し方に関する条例)”』に規定されている。ところが、地方政府は中央政府および中央軍事委員会の意向に従わず、退役士官に対する適切な処遇を行わぬまま放置しているのが実情である。これを不満とする退役士官たちは各地方政府に対して当該規則ならびに条例に規定されている処遇を行うよう要求して陳情を繰り返したが、地方政府は暖簾に腕押しの状態で、彼らを無視するだけだった。
地方政府が対応しないなら、北京市へ出向いて中央政府および中央軍事委員会に陳情するしかない。そう考えた退役士官たちは、北京市へ向かおうとする。そうされては困るのは地方政府である。それは、退役士官たちに北京市で騒がれては、地方政府の退役士官に対する処遇が怠慢で、冷淡なものであることが表沙汰になり、地方のNo.1である一級行政区(省・自治区・直轄市)の党委員会書記やNo.2である省長・自治区主席・市長の業績評価に影響するばかりか、一級行政区自体の評判を落とすことになりかねないからである。彼らの上京を阻止するには、退役士官たちの動向を監視し、上京する気配があったら拘束して足止めすればよい。こうして、退役士官たちは監視対象にされたが、彼らの北京行きの決意は揺るがなかった。
退役士官たちは個々の地域で集団を作るようになり、その地域集団がさらに大きな集団となり、最後には一級行政区レベルの集団と化した。当初は監視の目をかすめた地域集団の代表たちが個別に上京して八一大楼や“国家信訪局(国家投書陳情受付局)”を訪ねて陳情を行っていたが、陳情の成果は何一つ上がらなかった。そればかりか、北京市当局から彼らが陳情のために上京したとの知らせを受けた地方政府は、速やかに北京市へ受取人を派遣して彼らを強制的に連れ戻したのだった。それでも懲りずに幾度も上京しての陳情を繰り返すと、彼らの名前は地方政府のブラックリストに載せられ、彼らの周辺には常に監視の目が光るようになった。
そうなると、退役士官たちは一級行政区を越えた関係を強化し、連携して大挙して上京する計画を立てるようになった。彼らは監視の目を欺き、分派行動で秘密裏に地元を出発して北京市へ向かい、八一大楼や国家信訪局に集合して陳情を繰り返した。過去20年間の統計によれば、この種の退役軍人の集団が北京で陳情を行った回数は50回以上に上り、平均して年3回に及んでいる。但し、彼らの訴えや要求は一切顧みられることなく無視されてきた。
2014年4月28日にも、全国19の一級行政区から上京した2000人以上の退役士官たちが八一大楼および人民解放軍“総政治部”の“信訪辨公室(投書陳情受付事務室)”に押しかけて老後の生活待遇を改善するよう要求を行った。彼らは軍服を着用し、要求を書いたプラカードを掲げていたが、そこには車椅子に乗る人も多数含まれていた。これが退役軍人による過去最大規模の集団陳情行動であったと思われる。なお、2016年に入ってからも北京市では、2月には身障者の退役軍人グループによる陳情が行われたし、5月には1000人規模の退役軍人、8月には数百人規模の退役志願兵や身障退役軍人による陳情がそれぞれ行われた。
監視の目をかすめ、海外にも
さて、話は10月11日の八一大楼に戻る。同日に行われた退役士官1万人以上による八一大楼を包囲しての陳情行動は、史上最大規模のものであった。彼らは12の一級行政区から分散して北京市に集結したもので、その規模の大きさから、国内メディアはもとより海外メディアまでもが注目して彼らの集団陳情を報じたから、当該ニュースは世界中に伝えられた。この日の陳情行動に当初参加を予定していたのは1万5000人以上の退役士官であったが、多くの人々が郷里を離れる前に地元政府によって拘束されたし、1000~2000人が北京市へ向かう途上で阻止されたという。
こうした困難を乗り越えて、10月10日までに次々と北京市へ到着した人々は、事前の打合せに従い北京市内の鉄道や地下鉄の駅を含めた公共の場所に分散して身を潜め、友人宅に宿泊した者を除く大部分は野宿で10日の夜を過ごした。彼らは公安当局に察知されないために相互の電話やメールによる連絡を一切行わず、隠密裏に行動して、翌11日早朝に八一大楼へ集合したのだった。
この日に八一大楼を取り囲んだのは、中国共産党による人民解放軍の兵員削減策によって、1993年から2000年までの間に、服務任期の満了までに残る服務年数を買い取られる形で強制的に退役された人々であり。彼らの多くは未だに仕事がなく、1か月に数十元(約500~600円)から数百元(約5000~6000円)の生活保護を受けているだけで、基本的な生活すら保障されていないのが実情である。彼らが退役を強制された時期の中国共産党中央委員会総書記は“江沢民”であったが、江沢民は1997年9月に第9回目の兵員削減を行うとして、3年以内に兵員50万人を削減することを宣言した。この結果、1999年末に50万人の兵員削減が完了したが、その中には20万人の士官が含まれていた。
11日早朝に八一大楼が退役士官たちによって包囲されると、北京市当局は大規模な警察部隊を投入して警備に当たった。当初には数十人の退役士官が拘束されたが、上部から指令があったからか、彼らは間もなく釈放され、その後の警察部隊は警備だけに徹した。一方、退役士官たちは非常に秩序ある姿勢を示したので、警察部隊との間に大きな衝突は起こらなかった。彼らは八一大楼が面する復興路沿いの歩道に座り込みを行って生活水準の改善を訴えて丸1日を過ごした。しかし、翌12日の早朝3時過ぎに当局が手配した大型バス70~80台が到着し、4時過ぎから11時までの間に退役士官は30~40人ずつ1組で順次大型バスに押し込まれ、北京市南部の“豊台区”に所在する陳情者収容施設の“久敬庄接済中心(援助センター)”へ運ばれたのだった。久敬庄援助センターに収容された退役士官は2000人前後で、残りの人々は現場から逃げたか、地方政府から派遣された受取人たちによって引き取られた。
秘密裡の動員に危機感
今回の陳情で退役士官たちの代表は上層部の指導者には会えなかった。当時、党中央委員会総書記で中央軍事委員会主席の“習近平”は北京市にいたが、退役士官たちには接見しなかったし、国務院総理の“李克強”はマカオと広東省の視察中で不在であった。一説によれば、党中央政治局委員で“中央政法委員会”書記の“孟建柱”が接見しようと申し出たが、退役士官側から関係ないとして拒絶されたという。
久敬庄援助センターには湖南省、河北省、浙江省の3省から“民政”を担当する副省長が駆けつけて自身の省から来た退役士官たちと面会して、彼らを連れ帰った。その他残りの人々は、各一級行政区の北京駐在事務所の職員や地元から派遣された受取人によって連れ戻された。結局、1万人以上の退役士官を動員した陳情行動は何の成果も挙げることなく終結したが、退役士官たちが秘密裏に一級行政区を跨いだ連携を行い、1万人もの人数を北京市へ動員する力を持つことを中国社会に示した意義は大きく、党中央軍事委員会や中国政府は肝を冷やして、危機感を覚えたに違いない。
故郷に連れ戻された退役士官たちを待っていたのは、地元の公安局による取り調べであった。その容疑は『集会・デモ法』第23条規定の「軍事委員会周辺での集会・デモ禁止」並びに同法第27条規定の「違法な集会・デモの禁止」、および『“信訪条
例(投書陳情条例)』第18条と第20条規定の「国家機関への直訴強行禁止」などへの違反であった。取調官は退役士官たちに法規違反を認めて訓戒書に署名することを強要したが、大多数の退役士官は署名を拒否したという。彼らは自分たちに非があるとは全く思っておらず、その責任は退役時に約束された処遇を与えない地方政府に帰されるべきだと考えているのである。
腐敗が生んだ「偽兵事件」、全国で
それでは、地方政府が退役士官たちに約束された処遇を与えないのはどうしてなのか。その原因の一つは役人たちの怠慢であるが、それ以上に問題なのは役人たちの腐敗である。それは、全国各地で摘発されている“假兵案(偽兵事件)”から、その一端がうかがい知ることができる。1例を挙げると、河南省“安陽市”の民政局“安置科(退役軍人の就職斡旋を行う部門)”主任の“孫国銀”は1999年から2011年までの13年間にわたって、失業者から1人当たり3万~5万元(約50万~80万円)を受け取って「偽の退役士官」に仕立て、本来なら「真の退役士官」に提供すべき職場を失業者に斡旋していた。これら偽退役士官の数は13年間の合計で1000人以上に達した。この偽兵事件によって、安陽市では1000人以上の退役士官が就職の機会を失い、放置されたのであった。同様の事件は全国各地で横行している。
ところで、中国では人民解放軍の兵員削減が過去に10回行われ、最大627万人であった兵員は230万人にまで縮小されている。兵員数は上述した江沢民による9回目の兵員削減では50万人削減されて250万人となったが、江沢民は2003年にも10回目の兵員削減を行い、兵員を20万人削減して230万人まで縮小した。2015年9月3日、北京市の“天安門広場”で開催された中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典で演説した習近平は、第11回目となる人民解放軍の兵員削減を表明し、兵力を現有の230万人から30万人削減して200万人にすると宣言した。この削減される30万人のうちの半数は“軍官(士官)”が占めるという。
2016年11月の現時点でも、相当数の退役士官たちが仕事にあぶれ、生活苦に喘ぎ、退役後の処遇に不満を抱いているのが現状である。習近平が宣言した第11回目の兵員削減により新たに一般社会へ送り出される15万人もの退役士官が適正な処遇を受けることはできるのか。それは退役士官の不満分子を増大させることにつながるだけではないのか。経済が沈滞し、企業倒産の増大により失業率は上昇を続けている。国有のゾンビ企業を解体すれば、600万人もの失業者を発生させる可能性がある。そうした中で退役士官たちに職場を与え、生活を安定させることはできるのか。それは大いに疑問である。
1万人以上の退役士官たちが人民解放軍の象徴たる八一大楼を取り囲んで、生活改善の陳情を行ったことは極めて憂慮すべき事態であり、中国社会が抱える矛盾の一面を露呈したものと言えるのではないだろうか。
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