6/11・12日経ビジネスオンライン 鈴置高史『米国も今度は許す? 韓国の核武装 核抑止論が専門の矢野義昭客員教授に聞く』記事について

2日分の記事で長いので短くコメントします。

①昨日も言いました通り、日高氏によれば中国の軍事力は「張り子の虎」、プロパガンダである。惑わされてはならない。いざとなれば海上封鎖、経済制裁すれば輸出入で成り立っている中国経済は崩壊する。アメリカは中国打倒について能力の問題ではなく意思の問題。矢野氏の見方はプロパガンダに踊らされている。まあ、プロパガンダであっても、最悪を考えての準備は必要ですが。

②朝鮮人への見方はキッシンジャーは他の白人と同じ。現実主義者だから当然と言えば当然。イザベラ・バードの『朝鮮紀行』は読んでいるでしょう。今の国務省も“Korea Fatigue”になっていますし。日本人も慰安婦の嘘が分かってきて韓国がいくら謝罪を求めて来ても、国民が日本政府の謝罪を許さないでしょう。

記事

 韓国で浮上する核武装論。核抑止論が専門の矢野義昭・拓殖大学客員教授(元・陸将補)は「今度は米国も認めるかもしれない」と言う(司会は坂巻正伸・日経ビジネス副編集長)。

朴正煕時代から核開発

矢野義昭(やの・よしあき)

岐阜女子大学客員教授、日本経済大学大学院特任教授、拓殖大学客員教授、博士(安全保障、拓殖大学)。専門は核抑止論、対テロ行動、情報戦。1950年大阪市生まれ。京都大学工学部機械工学科を卒業後、京都大学文学部中国哲学史科に学士入学し卒業。1975年、陸上自衛隊幹部候補生学校入校。以来、普通科幹部として第6普通科連隊長兼美幌駐屯地司令、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任。2006年小平学校副校長をもって退官(陸将補)。2014年、フランス戦争経済大学大学院において共同研究。単著に『日本はすでに北朝鮮核ミサイル200基の射程下にある』(光人社、2008年)、『核の脅威と無防備国家日本』(光人社、2009年)、『あるべき日本の国防体制』(内外出版、2009年)、『日本の領土があぶない』(ぎょうせい、2013年)、『イスラム国 衝撃の近未来』(育鵬社、2015年)がある。

矢野:鈴置さんの記事「ついに『核武装』を訴えた韓国の最大手紙」を面白く読みました。

—誰も止めない北朝鮮の核武装。これに焦った韓国の保守が「いつでも核武装できる権利――核選択権――を我が国も持つと宣言しよう」と呼び掛けた、との話でした。

矢野:それを「宣言抑止」と言います。核兵器を持たない国が「あなたが核で私を脅したら、こちらも即座に持つよ」と予め宣言しておくことにより、仮想敵の核攻撃や威嚇を防ぐ手法です。

 もちろん核兵器を短期間に開発できる能力があることが前提となります。そして韓国はその能力を持っています。朴正煕(パク・チョンヒ)時代からプルトニウムの抽出技術に取り組んだ結果です。

 弾道ミサイルや巡航ミサイルなど、核の運搬手段もすでに保有しています。6月3日、韓国軍は射程500キロの地対地の弾道ミサイルの発射に成功しました。射程800キロのミサイルも開発中です。また、潜水艦から発射する巡航ミサイルも開発済みです。

朝鮮半島に「核の均衡」

鈴置:注目すべきは「作ってしまえば、米国も核武装を認めてくれる」と韓国人が考え始めたことです。

矢野:まさに、そこがポイントです。私も、韓国の核武装を米国が黙認する可能性が高いと見ています。北朝鮮の核武装を止める手立てがほぼない、という厳しい現実からです。

 鈴置さんがあの記事で指摘したように「北が核を持つことで、南を軍事的に挑発する可能性」が増しました。つまり、米国から見れば戦争に巻き込まれるリスクが高まったのです。

 このリスクを減らすには韓国にも核武装させて、南北朝鮮の間で「核の均衡」を作ればよい、という理屈になるのです。

 例えば、仮想敵に囲まれるイスラエルの核武装を米国が黙認したのも、中東での戦争に巻き込まれないためです。

—米国が日本と進めるミサイル防衛(MD)に韓国も加わればいいのではないですか。

MDでは撃ち漏らす

矢野:公式的には米国もそう言っています。でも、自分のミサイルで敵のミサイルを落とすMDは万全ではないのです。大量のミサイルで攻撃された時、撃ち漏らしが出てくるからです。

 これを「飽和状態」と言います。完全に核攻撃から身を守る手段がない以上、信頼できる同盟国の核保有を認めるのもやむを得ない、との考え方もあるのです。

 核兵器の製造技術は世界に拡散しており、核分裂物質と適当な資材があれば、誰でも初歩的な核兵器を作れるようになりました。米国は世界的に「同盟国の核」を黙認する方向にあると思います。

 中東をご覧下さい。先ほど申し上げたように、米国はイスラエルの核武装を黙認しました。イスラエルは公表していませんが、300発近い核弾頭を持つ、英仏並みの核保有国です。

 さらに、米国はイランとの核協議で和解し、その核保有を黙認する可能性が出てきました。「イスラム国」(IS)との戦いで、米国はイランの地上戦での協力を必要とするからです。

 今後、米国から核を黙認されたイスラエルとイランの間で、核の相互抑止体制が成立するのかもしれません。

 そのイランを念頭に、サウジアラビアが核保有に動く可能性が高まっています。中国から「東風3」など弾道ミサイルを輸入済みです。核弾頭に関してもパキスタンの核開発に当初から資金を提供しており、入手に障害はないと見られています。

緩くなった「韓国に対する縛り」

 中東で、地域の主要国に核を持たせて均衡する、という新たな核政策に米国は転換しつつあるように見えます。それが朝鮮半島にも及びかねないのです。

 兆候と言うべき動きがあります。2012年に米韓ミサイル協定が改定され、韓国は射程が800キロまでの弾道ミサイルを持てるようになりました。それまでは300キロでした。これでは北朝鮮の北東部へはミサイルは届きませんでした。

 2015年4月には米韓原子力協定が見直され、仮署名に至りました。様々の制限は付いていますが、韓国はウラン濃縮も可能になり、使用済み燃料の再処理も自由度を増しました。

鈴置:改定された原子力協定でもかなり制限が付いています。米国が「韓国の核武装」を黙認したとは言いにくいと思いますが。

矢野:でも、核の縛りが緩くなったのも事実です。米国の同意――暗黙裡の同意も含みますが――さえあれば、韓国は核開発に動けるようになったのです。

「黙認の時代」が始まる

—「核の黙認」の時代が始まるというのですね。

鈴置:米国の外交誌で「アジアの同盟国に核を持たせるべきか」で議論が起きました。

 2014年1月30日、The National Interestは戦略国際問題研究所(CSIS)のデヴィッド・サントロ(David Santoro)シニア・フェローの「Will America’s Asian Allies Go Nuclear?」を載せました。

 「韓国や日本が核武装に走る可能性が出てきた。その際、米国はそれらの国との同盟を打ち切るべきだ。核拡散防止条約(NPT)体制の崩壊を呼ぶからだ」との主張です。はっきり言えば、韓国や日本の核武装は何があっても止めるべきだ、との意見です。

 これに対し、新アメリカ安全保障センター(Center for a New American Security)のエルブリッジ・コルビー(Elbridge Colby)フェローが2月28日、同じ雑誌に「Choose Geopolitics Over Nonproliferation」を寄稿して反論しました。

 その主張は見出し通り「事実上破綻している核不拡散を守るよりも、同盟国をつなぎ止めておく方が重要だ」です。

 2つの意見は真っ向から対立します。が、共通点もあります。「北朝鮮が核兵器を持ち、中国が膨張するのに対抗し、韓国や日本が核武装に走るのは当然だ」との認識です。

日本も核を持て

矢野:ちょうどその頃、日本に対して核武装を勧める米国の安全保障専門家が登場しました。ウォルドロン(Arthur Waldorn)ペンシルバニア大学教授が2014年3月7日の日本経済新聞で「核武装の勧め」を書いています。

鈴置:そうでした。経済教室欄に寄稿した「米国との同盟、過信は禁物」ですね。肝心の部分は以下です。

  • 日本のミサイル迎撃システムは、おそらく世界の最先端だが、英国やフランスに匹敵するような安全保障を提供できないことは明確に理解する必要がある。
  • システムが「飽和状態」になってしまう、つまり対処できる以上の攻撃にさらされる可能性があるからだ。
  • 大規模な通常兵器と核兵器を開発している敵対的な中国を背景に、これらの事実は、日本がこれまで考慮してこなかった、政治的に微妙だが現実的で避けることのできない問題を突きつける。
  • 日本が安全を守りたいのであれば、英国やフランス、その他の国が保有するような最小限の核抑止力を含む包括的かつ独立した軍事力を開発すべきだ。

2014年に変わった米国の姿勢

—なるほど、はっきりと核武装を勧めていますね。

矢野:この記事が載った少し後、訪日した別の米国の安保専門家も少数の日本人の前で核武装の勧めを説きました。

 「日本は米国から原子力潜水艦を購入すべきだ」との言い方でした。核武装を前提にした議論でして、核ミサイルを発射するためのプラットフォームも必要だから整備しろ、という意味です。

 米国の専門家の間では「日本人に対し、核武装を認めるような発言をしてはならない」との暗黙の合意がありました。でもそれが、2014年初めを境に突然、変わったのです。

鈴置:矢野さんは2014年に核抑止に関する共同研究のため、フランスに滞在されました。欧州の専門家は「アジアの核」をどう見ているのでしょうか。

ドゴールの核の独立

矢野:フランスの複数の核の専門家が「韓国が核兵器開発を念頭に置いていることは我々も承知している。驚くにはあたらない。北朝鮮がそれを実際に進めていてかつ、韓国には潜在能力があるからだ」と語っていました。

 これが世界の常識的な見方でしょう。日本は被爆国ですから国民は核に対し強い忌避感を持ちます。しかし、韓国人に核アレルギーはありません。そして過去に侵攻してきたうえ、今も厳しく敵対する国が核兵器を持ちつつあるのです。

 東西冷戦下の1960年、フランスは初の核実験に成功し、核保有国となりました。「米国の核の傘の信頼性への不信」からです。

 米国は様々の特恵と引き換えに、仏の核の引き金も共同で持とうと持ち掛けました。しかし、フランスは拒否したのです。当時のドゴール大統領は「どの国も、自分のためにしか核の引き金は引かない」と信じていたからです。

 旧・西ドイツのアデナウアー首相も核を持ちたかった。しかし敗戦国であり、フランスや英国など他の欧州諸国からの不信感が根強く、とても持てなかった。そこで「核シェアリング」の権利を確保しました。

西独の核シェアリング

—「核シェアリング」とは?

矢野:西ドイツは米国が自国内に配備した戦術核の使用に関し平時から訓練しておく。緊急時には米大統領の承認を得たのちに核兵器を譲り受けて使用する――権利です。

 「核の引き金」は米大統領が握っているので真の「シェアリング」とは言えず、象徴的な権利に過ぎません。それでも西ドイツは、緊急時には核を使える可能性を確保したのです。

 ちなみに、韓国の軍事的な環境は西ドイツに似ています。国土が狭くて――つまり奥行きがないというのに――地続きの、北朝鮮と中国の強力な通常戦力の脅威に直面しています。

 英国は1952年に核実験に成功し、いち早く自前の核を持ちました。しかし国力の限界から、現在は抑止専用の自衛的な核戦力に留めています。

英国の切り札は潜水艦

—具体的には?

矢野:原子力潜水艦に核兵器を載せて、これを核報復力としたのです。

鈴置:先制核攻撃を受けても、位置を発見されにくい潜水艦は生存できる。そこで他国に対し「もし我が国を核攻撃したら、潜水艦から核で報復するよ」と脅せるわけですね。

矢野:その通りです。潜水艦は陸上の核ミサイル基地と比べ、敵の先制核攻撃からの残存性が高い。そこで、報復の切り札に使うのが合理的なのです。

 日経に論文を載せたウォルドロン教授も、訪日して「米国製の原子力潜水艦を導入せよ」と語った米国の専門家も、英国方式の――潜水艦搭載型の弾道ミサイルによる核抑止力を持て、と言っていると思われます。

 なお、英国は「潜水艦の核」に関し、自前の核弾頭と原子力潜水艦を運用していますが、潜水艦搭載型の弾道ミサイルは米国から「ポラリス」を導入しました。米英は1962年のナッソー協定(Nassau Agreement)でこれに合意しました。

 いずれにせよ、欧州各国の「核の歴史」からすれば、アジアの同盟国に独自の核戦力を持たせて抑止力を増そう、と米国が考えても何ら不思議ではないのです。

「衝動的な人々」と核

鈴置:日本は敗戦国のうえ、原爆を落とされていますから「核を持たせれば、それで復讐してくるかもしれない」との恐怖が米国にはあったでしょう。

 韓国人は「情緒的に不安定な人たち」との認識を米国の指導層からも持たれがちです。例えば1972年に訪中したニクソン大統領は、周恩来首相に以下のように語っています。

  • 朝鮮人は、北も南も感情的に衝動的な(emotionally and impulsive)人たちです。私たちは、この衝動と闘争的態度が私たち(米中)両国を困らせるような事件を引き起こさないよう影響力を行使することが大切です(『ニクソン訪中機密会談録』=日本語=100ページ)。

 原文は「Nixon’s Trip to China」の「Document 2」の17ページで読めます。

 米国にとって「自分たちと同じ人間が住む欧州」と比べ、アジアは「信用できない人たちの地域」でした。未だにそうした見方が根強いと思います。はて、アジアの核も「欧州並みに」と米国人が考えるでしょうか。

矢野:「韓国が核を持ったら、黙認してもいい」と米国が考える動機が急速に膨らんでいるのです。それは「北朝鮮の核武装」というローカルな理由に留まりません。米国の軍事戦略が根本から変化しているからです。

大戦争はできない米国

—前回の矢野さんのお話は、韓国の核武装を米国が黙認するかもしれない。北朝鮮の核武装に加え、米国の軍事戦略が世界的に変わったからだ、ということでした。

矢野:東アジアと西太平洋で、米中の軍事的な力関係が逆転する可能性が出てきました。米国は今後10年間で1兆ドル近い国防費を削減します。一方、中国は成長率の鈍化にもかかわらず毎年、軍事費を2桁のペースで増やしています。

 米国の陸軍と海兵隊は、アフガン戦争以前の水準に削減されます。そんな米国に、数10万人もの死傷者が出るような大規模の地上戦はもう、不可能なのです。

 米国が絶対に避けたいのは2つ。まず、中国との核戦争に拡大する恐れのある紛争に巻き込まれること。もう1つは大規模の地上兵力を長期に派遣すること、です。

鈴置:米国は、同盟国を守るという約束を果たせるのでしょうか。

矢野:難しくなります。米国は今でさえ、1つの戦争をすることで精一杯です。下手すると今後は、同盟国の領土の回復にさえ直接は関与できなくなります。

 そこで「韓国や日本などの同盟国が独自の核抑止力を持つことを黙認し、中国や北朝鮮の侵攻を防ぐ」という選択を米国がするかもしれない、との見方が広がっているのです。

有事の際、米軍は後退

鈴置:ブレジンスキー(Zbigniew Kazimierz Brzezinski)元・大統領国家安全保障担当補佐官が「米国の力が弱まると、その核の傘の信頼性が落ちる。すると韓国や台湾、日本、トルコ、ひいてはイスラエルでさえ新たな核の傘を求めるか、自前の核武装を迫られる」と書いたのも、そうした判断からなのですね。

 2012年に出版した「Strategic Vision: America and the Crisis of Global Power」の114ページです(「ついに『核武装』を訴えた韓国の最大手紙」参照)。

米国が「エア・シー・バトル」(Air Sea Battle)という、新しい戦争の方法を検討してきたと聞いています。

矢野:その構想でも、有事の際は中国のミサイルの集中攻撃を避けるため、在韓米軍も在日米軍もいったんは後方に分散退避することになっています。今後は基本的には韓国の防衛は韓国の、日本のそれは日本の責任となります。

 背景には、中国の中距離以下のミサイルの増強があります。その脅威から逃れるため、米軍はグアム以東に後退します。米国の一部シンクタンクは、米軍が反攻に転じるのは1カ月以上先になると見積もっています。

 2015年4月に18年ぶりに改定した日米防衛協力のための指針(ガイドライン)では、日本有事の作戦構想から地上作戦時の「極力早期の兵力来援」や、米空海軍による「打撃力の使用を伴う作戦」を示す文言は抜け落ちました。

必敗の精神

鈴置:そこで発生する問題は、アジア有事の際――つまり在韓米軍に後退されてしまった後の韓国が、北朝鮮の脅威に精神的に耐えることができるか、ですね。

矢野:そこなのです。韓国人の米軍に対する依存心の高さを見ると、とても耐えられるとは思えません。

鈴置:韓国国会の国政監査で議員が「米国の支援なしに我が国単独で北と戦ったらどうなるか?」と聞いたことがあります。核を考えずに、通常戦力だけで戦ったらどうなるか、との想定です。

 軍の幹部がきっぱりと「負ける」と答えたので問題になりました。 韓国の経済力は北朝鮮の40倍あります。どうやったら負けるのか、外国人には理解しがたいのですが、重要なのは多くの韓国人がそう信じていることです。

 韓国には徴兵制度があって、多くの男性が軍隊に行く。このため国軍の「必敗の精神」が国民に広く浸透してしまうのだ――と解説してくれた韓国の記者がいます。

 なお「負ける」発言が問題になった主な理由は「言ってはいけない本当のことを、軍幹部が語ってしまったから」でした。

崩れる「中台」軍事バランス

—有事に米軍が後退する可能性が高まったことも、韓国の核武装を加速する、ということですね。

矢野:その通りです。

鈴置:1970年代に朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が核武装を考えたのも在韓米軍が削減され、いずれは完全撤収もありうる、と見られたからです。

 韓国を巡る安全保障の環境は今と似ています。1970年代の核武装計画は、米国の強力な圧力で挫折しましたけれど。

「在韓米軍や在日米軍が後方に引くような」有事とは、具体的にはどんな状況ですか?

矢野:例えば、中国と台湾の軍事衝突です。中国が台湾に侵攻した場合、米国はそれに「抵抗する能力を維持」することで台湾を支援せねばなりません。米国の台湾関係法で定められているからです。

 現在、台湾が持っている空と海の優勢――昔の言葉で言えば制空権と制海権ですが――は2020年代前半に、中国側に傾くと見られます。

 そうなれば中国が台湾を軍事的に威嚇する可能性が高まります。これが軍事的衝突に拡大する懸念があります。

 一方、台湾はそれを防ぐための核武装を考えるかもしれません。すると、ますます衝突の可能性が増します。中国は、台湾の核武装を侵攻の条件の1つに掲げているからです。

南シナ海が試金石

 あるいは中国が沖縄県の先島諸島――「尖閣」や与那国島、石垣島、宮古島に対し、今以上に挑発の度を高める可能性があります。

 この際、1995年と1996年の台湾海峡危機と同様に、ミサイル演習と称して中国が沖縄周辺に、あるいは東京湾を出たあたりの公海に多数の実戦用弾頭を撃ちこんでくるかもしれません。こうなっても在韓、在日米軍が後退する可能性があるのです。

 今、南シナ海で米中のつばぜり合いが激しくなっています。もし、中国の人工島の埋め立てを米国が阻止する力を見せないと、中国は「米国弱し」と見て台湾や沖縄でさらに強気に出てくるでしょう。

鈴置:20年前の台湾海峡危機の時、米国は空母打撃部隊を台湾周辺海域に送って中国を牽制しました。今度は反対に、後ろに引くかもしれないとは……。

矢野:中国のミサイルの性能が急速に向上しているためです。中国が最近開発した対艦弾道ミサイルの射程圏内――大陸から1000カイリ以内の東シナ界や南シナ海には有事の際、米空母打撃部隊は入らないでしょう。

米空母はもう、来ない

鈴置:「空母キラー」と言われる「東風21D」のことですね。でも、本当に実用化に成功したのですか? 超高速で大気圏に再突入する弾道ミサイルを、30ノットで動く艦船に当てられるものでしょうか。

矢野:確かに、そう疑う向きもあります。ただ、同時に多数の「東風21D」に狙われたら、直撃されなくても大きな被害が出るでしょう。

 至近弾に留まったとしても、炸裂した弾頭から放出される約1000発の子弾によって、米艦船は通信電子装備に深刻な損害を受けます。そのリスクを考えただけで、射程内の海域から空母を引き上げざるを得なくなります。

—結局、米中が衝突した時、これまで頼みの綱だった米空母は助けに来ないかもしれない、ということですね。

鈴置:その可能性を考えただけで、韓国人は核を手にしたくなるでしょう。北朝鮮の挑発があれば必ず米空母が急行してくれる――というのが韓国の常識になっていますから。

朴正煕時代の韓国ではない

—韓国が核を持った場合、米韓同盟はどうなるのでしょうか。

鈴置:韓国には「核兵器を開発しようとすれば経済制裁されて阻止される」「同盟を打ち切られる」と懸念する声もあります。朴正煕政権当時の米国の強力な圧力の記憶が、未だに残っているのです。

 保守運動の指導者で核武装論者である趙甲済(チョ・カプチェ)氏はこの懸念に対し、以下のように説得しています。「核開発して滅びた国はない」(5月14日、韓国語)から引用します。

  • 世界5大工業国、5大原子力技術国、7大輸出国、8大軍事力(通常兵力)、8大貿易国に浮上した韓国が中国側に傾けば、日本も対抗できないし、中国はユーラシア大陸の覇権国家になる。
  • こんな韓国が中国と北朝鮮を牽制するために核兵器を持とうとするからといって、米国が韓国を制裁できるのか? 韓米同盟は重要であり韓国にとって米国は大事だが、同じように米国にとっても韓国は大事なのだ。
  • 朴正煕大統領が1976年頃に核開発を放棄したのは、韓国の原子力発電所に協力しないと圧迫を受けたためだ。だが、2015年の韓国は1976年の韓国ではない。

核さえあれば、こちらのもの

 趙甲済氏ら核武装論者は「北の核にはどんなことをしても対抗しなければ、韓国は生き残れない」との悲愴な判断と「核武装すれば道は開けるし、それしか道はない」との覚悟を抱いているのです。

—米国が反対しようが韓国は核を持つということでしょうか。

鈴置:趙甲済氏らはそこまではっきり言っていません。しかし、そうなっていく――容易に強行突破論に転化し得ると思います。

 矢野先生との議論は「韓国の核を米国は黙認するか」がテーマでした。また、米国の外交誌「The National Interest」で起きた「同盟国に核を持たせるべきか否か」という論争も「米国が同盟を打ち切るぞと脅せば、同盟国は核武装をあきらめる」との前提がありました(「米国も今度は許す? 韓国の核武装」参照)。

 でも韓国の場合、米国の脅しの効果は急速に薄くなっています。「もう、昔の弱い韓国ではない。米国の言いなりにはならないぞ」という意識が強まっていますから。

—「核さえ持てば何とかなる」と、後先考えずに核武装に走るかもしれない、ということですね。

破綻する米韓同盟

鈴置:いわば、核至上主義――北朝鮮と同じ発想です。もう1つ、見落とすべきでないのは「完全中立化に伴う核武装」の可能性です。

 朴槿恵政権は2013年2月のスタート以来、事実上の米中等距離外交を採用しました。でも、限界に達したのです。

 米国が北朝鮮のミサイルに備え、在韓米軍に終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備しようとしています。

 一方、それが自分の核の威力を減じる目的と考える中国は「配備を認めたら核攻撃の対象にするぞ」と脅します。韓国はどちらにも「NO」と言えないので頭を抱えています。

 北朝鮮の脅威から米国に守ってもらいながら、米国による防衛に反対する――。この韓国の奇妙な態度は、米韓同盟の矛盾に根ざしています。

 韓国の主要敵は北朝鮮であって、絶対に中国ではない。一方、米国のそれは中国であって北朝鮮ではない。米韓同盟は主要敵が完全に異なってしまった――はっきり言えば、破綻しつつあるのです。

南シナ海でも「離米従中」

矢野:THAADだけではありません。南シナ海を舞台に激化する米中対立もそうです。中国は各国の反対を押し切って、南シナ海で埋め立て工事を実施し、軍事基地を作っています。

 これに対し米国を中心に日本、豪州、フィリピン、ベトナムなど関係国がこぞって非難しています。というのに韓国は知らん顔です。

鈴置:韓国の気分は「もう、中立」なのです。韓国は「南シナ海の領有権と我が国は関係ない」と逃げ口上を打っています。

 しかしそれは言い訳です。中国は、米国とその同盟国を狙う核ミサイル原潜の隠れ家にしようと、南シナ海の内海化を進めているのです。

 中国の顔色を伺うばかりでそれに反対しない韓国を米国はどう見るのでしょうか――。6月3日、ラッセル国務次官補はワシントンのシンポジウムで、韓国に対し批判の隊列に加わるよう迫りました。

 米国も二股外交の韓国に、堪忍袋の緒を切ったのです。かといって韓国が対中批判に加われば、中国から苛め抜かれるでしょう。

 ラッセル発言は韓国で大きな問題となりました。中央日報の「米国務次官補『韓国が南シナ海紛争に声を高めるべき』」(6月5日、日本語版)で読めます。

独島を日本から取り返される

—韓国の「板挟み状態」は厳しくなる一方ですね。

鈴置:だから、悩んだ韓国が米韓同盟の破棄を考えるかもしれないのです。そうすれば、THAAD配備問題も南シナ海問題もきれいになくなります。

 もちろん今すぐ、という話ではありません。何らかの「引き金」がいると思います。例えば、米中の軍事的な対立が深まって、中国が韓国に対し「在韓米軍基地を攻撃するぞ」と脅した場合です。

 韓国は米国に対し「軍隊を引いてくれ」と頼む可能性が高い。そうなったら米韓同盟は消滅します。同時に韓国は核武装に乗り出さざるを得ない。

 対北朝鮮はもちろんのこと、中国や日本に対しても核が必要になるからです。米国の後ろ盾がなくなれば、中国が韓国に対し無理難題を突きつけるのは確実です。日本も独島――竹島を取り返しに来る、と韓国人は信じています。

 でも「核さえ持っていれば中国や日本になめられないで済む」――のです。「韓国の核」は北朝鮮専用ではありません。

グリップが効かない核保有国

矢野:韓国は北京や東京にも届く弾道ミサイルの開発に取り組んでいます。これに通常弾頭を載せても効率が悪い。日本や中国への核威嚇が念頭にあるのは間違いありません。

 朴槿恵政権の米中等距離外交も「仮に米国と縁が切れても、核を持っておけば中国の言いなりにならないで済む」という発想が根にあるように思えます。

鈴置:世論もそうです。「核さえ持てば、慰安婦問題だって日本は頭を下げてくる」などと上手にナショナリズムに火を付ければ、韓国社会に核武装論が一気に盛り上がると思います。

 そもそも国民の70%弱が核武装に賛成です。日本とは異なって核アレルギーはありません。だから強力な反対勢力は存在しないのです(「ついに『核武装』を訴えた韓国の最大手紙」参照)。

 むしろ韓国には「核を持たないから馬鹿にされるのだ」との思いの方が強い。「慰安婦」で米国が日本の肩を持ったとの理由で、ネットに「核武装して米国から独立しよう」との声が溢れる国なのです(「『ヴォーゲル声明』に逆襲託す韓国」参照)。

 もっとも「同盟国でなくなる韓国」の核に関しては、米国は阻止するかもしれません。米国のグリップの効かない核保有国は何をするか分からないからです。情緒が安定した国とは言えませんしね。米国や日本にとって“北朝鮮”がもう1つできては困るのです。

『朝鮮半島201Z年』

—鈴置さんは近未来小説『朝鮮半島201Z年』で米中が取引し、韓国が核武装する前の段階で北の核を取り上げたうえ、朝鮮半島全体を中立化する――と予想しました。

鈴置:米国は同盟国を1つ失う代わりに、戦争に巻き込まれるリスクを軽減する。中国は北朝鮮への軍事作戦という汗をかく代わりに、韓国から米軍を追い出す――という談合が米中間で成立するのです、この小説では。

 中国だって韓国に核を持たせたくはない。台湾や日本の核武装の呼び水となりかねないからです。それに南北双方が核を持てば、この半島を操りにくくなる。

—朝鮮半島の非核化を実現するためとはいえ、米国が簡単に同盟国を手放すでしょうか。

鈴置:先ほど申し上げたように、米韓同盟自体が巨大な矛盾を抱えています。いつまで持つか分からない同盟なのです。苦労して維持する必要があるのか、首をひねる米国の安全保障専門家が出始めました。

 「米国との同盟がなくなった後、中国の恐ろしい素顔を見れば韓国は戻ってくる」と言う専門家もいます。米軍基地を追い出した瞬間、中国にミスチーフ礁をとられた「フィリピン体験」を韓国にもさせよう――というわけです。

米中は「半島」では仲がいい

—米中関係は悪化する一方です。小説のように米国と中国が朝鮮半島に関し「談合」できますか?

鈴置:十分可能です。米中はこの半島に関しては一種の合意があるからです。前回も引用しましたが、1972年に訪中したニクソン大統領は、周恩来首相に以下のように語りました。今回は後半部分に注目下さい。

  • 朝鮮人は、北も南も感情的に衝動的な(emotionally and impulsive)人たちです。私たちは、この衝動と闘争的態度が私たち(米中)両国を困らせるような事件を引き起こさないよう影響力を行使することが大切です(『ニクソン訪中機密会談録』=日本語=100ページ)。

 原文は「Nixon’s Trip to China」の「Document 2」の17ページです。

 「感情的に衝動的な朝鮮人」が起こした朝鮮戦争のために、米国は5万人もの若者の命を失いました。中国は数10万人の戦死者を出したと言われています。

 米中がいかに敵対しようと「この不愉快な地域に再び足を取られてはならない」との共通の思いは変わらないのです。

核はこっそり開発できる

矢野:米中の思いは確かにそうでしょう。でも「鈴置シナリオ」には難点があります。核兵器はこっそり開発できるのです。「非核化」させたはずの南北朝鮮が、いつのまにか核を持つかもしれない。

 そうなったら元の黙阿弥です。それよりか、インドとパキスタンのように「顕在化した核均衡」の方が安定的です。

鈴置:なるほど、そうかもしれません。「中立化」によって南北が米中との同盟を破棄した後は、大国の監視や干渉は受けにくくなるでしょうしね。

矢野:結局、2020年代前半に――10年以内に日本は、潜水艦に搭載した核ミサイルを持った南北朝鮮と対峙することになる可能性が相当にあるということです。

鈴置:そうなるかもしれないし、そうはならないかもしれない。でも可能性が出てきた以上は、そうなった時のことを考えておかねばならないでしょうね。

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