『なぜコロナに敗れたのか 「緩くバラバラ呑気」に原因 論説フェロー 芹川 洋一』(5/31日経朝刊)、『「緊急事態宣言」はもう効かない、より強力な私権制限に踏み切れ 国家が守るべきは国民の命と健康、極端な私権保護の呪縛を解け』(5/30JBプレス 森田 朗)について

5/31阿波羅新聞網<传英情报圈认为 武汉病毒实验室外泄理论有可能=英国情報機関は武漢ウイルス研究所からの漏洩説も可能性ありと考えている>英国の「サンデー・タイムズ」は本日、英国の情報機関が現在、世界的な2019コロナウイルス(中共ウイルス、COVID-19)の流行は武漢研究所からのコロナウイルスの漏洩説に基づくことが「可能」で(feasible)あると考えていると報道した。

報道は、中国当局が武漢での人から人への致命的な新たなウイルスの発生を16か月前に初めて確認して以来、英国、米国、その他西側諸国の情報機関は、武漢ウイルス研究所が疫病流行の爆発に関係はないとずっと考えてきた。

武漢ウイルス研究所はコウモリに由来するコロナウイルスの研究に取り組んでおり、ウイルスの1つはCOVID-19ウイルスと密接に関係しているが、英国を含む西側諸国の情報界は当初、ウイルスが実験室から漏洩した可能性は極僅かと考えていた。

北京は、世界で350 万人以上の死者を出し、世界中で今なお猛威を振るっている COVID-19 の発生源は、武漢ウイルス学研究所ではないと主張している。しかし、何人かの科学者が、研究所からの漏洩説を調査することを主張したが、それを封印するよう圧力をかけられ、論争は雪だるま式に激烈となった

「サンデー・タイムズ」は、英国の情報機関は、中国との関係が深刻な緊張状態になる可能性があるというリスクを冒して、武漢ウイルス研究所からCOVID-19が漏れた可能性について調査していると報じた。ある情報通は再評価後、情報界は現在、この説は「可能」であると考えている。

ジョー・バイデン米大統領は26日、情報機関に、漏洩説を含むCOVID-19の起源を調査し、90日以内に報告するよう命じた。報道は、英国の情報機関は米国とは別に調査を行っていると指摘した。

報道はまた、欧米の情報機関の情報筋が、中共の秘密主義のスタイルが調査を難しくしていると強調したとも述べた。英国の調査の一部に詳しい西側の情報機関のメンバーは、「我々をある方向に導く証拠が散在しているかもしれないし、別の方向に私たちを導く証拠があるかもしれない。中国人はどんな方向でも嘘をつく」と。

中国人は「騙すほうが賢く、騙されるほうが馬鹿」という民族です。

https://www.aboluowang.com/2021/0531/1599458.html

https://this.kiji.is/771676952041340928?c=39546741839462401

5/30希望之声<实验室病毒泄漏论升温 美科学家列所需证据=研究所でのウイルス漏洩説がヒートアップ、米国科学者が必要な証拠をリストアップ>中共 ウイルス (新型コロナウイルス) の発生から 1 年以上が経過し、このウイルスは武漢ウイルス研究所から漏洩した可能性があると信じる人がますます増えてきた。 5/29 (土)、一部の米国科学者は、「ウイルスが研究所から漏れたかどうかを確認するために、武漢ウイルス研究所の人員、施設、関係者の血清サンプルに関する情報を収集し、詳細な調査を行う必要がある。これらすべてには中国の協力が必要だ」と述べた。

Voice of America の報道によると、世界保健機関 (WHO) は中共ウイルスのアウトブレイクの調査の第 2 段階を開始する準備をしている。バイデン政権も 5 /26  (水) に声明を発表し、米国の情報機関に 90 日以内に中共ウイルスの起源に関する新しい報告を提出するよう要求した。この点に関して、米国の科学者は、ウイルスが武漢ウイルス研究所から漏れた可能性があるという説を導入し、証拠を揃えられることを望んでいる。

ジョージタウン大学グローバルヘルスセキュリティセンターの教授であるエリン・ソレルは、中共ウイルスが武漢ウイルス研究所で発生したかどうかを理解するには、研究所の管理監督規則と、ウイルス漏洩の前例があるかどうかを理解する必要があると考えている。

彼は、「武漢ウイルス学研究所は、この特別な株(中共ウイルス)を研究していた。この研究所には、ウイルスの偶発的な流出を防ぐための理想的なバイオセーフティ措置が採られていたかどうか?実験者が不適切な操作のために実験室でウイルスにさらされて、感染した後、他の人にウイルスを広めたかどうか?」と。

メリーランド大学のウイルス学者で微生物学および免疫学の教授である趙玉琪(Richard Zhao)は、中共ウイルスが実験室で誤って漏洩したという説を確認または反証するには、次の証拠が必要であると述べた。

  • この研究所や施設で中共ウイルスが分離、放出されたことがあるかどうか?
  • この研究所や施設の近くで中共ウイルスが分離、放出されたことがあるかどうか?
  • 実験室の関係者は、アウトブレイクの開始時に 中共ウイルスに感染していたかどうか?
  • 実験室の関係者は、アウトブレイクの前に体内に中共ウイルスに対する抗体を持っていたかどうか?

彼は、2019 年 11 月にこの病気に感染した武漢ウイルス研究所のスタッフからウイルスが伝染したかどうかを確認するには、次の質問に答える必要があると考えている。

  • 武漢ウイルス研究所の感染者の臨床症状は如何に?
  • 研究室の関係者の逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)診断は陽性かどうか?
  • 中共ウイルスは、研究所の関連する労働者から分離されているかどうか?
  • これらの病気の研究所職員は、中共ウイルスの抗体を作ったことがあるかどうか?

趙玉琪医師は、エイズとジカウイルスの研究に顕著な貢献をしており、2019 年には米国微生物学アカデミーのメンバーに選ばれた。

ラトガース大学の化学と生化学の教授であるリチャード・エブライト(Richard Ebright)は、さらに、 趙玉琪医師が要求した質問の他に、米国と国際的な調査員は、武漢ウイルス研究所の信頼できる医学的調査を実施する必要があると述べた。以下の証拠もチェックしてほしい。

  • 武漢ウイルス学研究所 (WIV)、武漢疾病管理予防センター (WCDC)、武漢生物製品研究所 (WIBP) のウイルスサンプル、人員、施設に関する上記の機関の電子および紙の記録を含む関連記録、冷凍庫および冷蔵庫のサンプル;
  • 、動物施設の管理者、現職の建設、維持、清掃、処置、安全を維持している者を含む、関連職員にインタビューする必要がある。
  • 関係者の血清サンプルと実験室施設のサンプリング調査を確認する。

彼は、「もちろん、これには中共の協力が必要だ」と述べた.また、彼は、武漢ウイルス研究所や他の研究所が中共ウイルスまたは他の同様のウイルスの研究に従事しているかどうかを調べることが非常に重要であると述べた.

エブライトは、米国政府は自国内で潜在的に重要な対象から調査を実施して、関連する証拠や手がかりを見つけることもできると考えている。彼は、調査可能な米国の関連機関をリストアップした。武漢ウイルス研究所とエコヘルスアライアンスへの資金提供機関、米国国際開発庁 (USAID)、防衛脅威軽減庁 (DTRA)、防衛先進研究プロジェクト庁 (DARPA)、米国国土安全省 (DHS)、国立衛生研究所 (NIH)、武漢ウイルス学研究所、エコヘルスアライアンスの出版社 Springer-Nature および Lancet など。

中共はアウトブレイク初期にウイルスのサンプルをすべて破棄させましたから、安心しているのでは。証拠隠滅すればバイオテロ戦争に勝てると思っているのでしょう。米国の感染死者数は60万人近くに上り、今までの戦争の死者よりも多いのに、バイデン政権が何もしなければ、益々中共に見下されるだけ。

https://www.soundofhope.org/post/510494

5/30阿波羅新聞網<拜登:中共以为“2035年前可掌控美国”= バイデン:中共は「米国を2035年までに支配できる」と考えている>

来週の月曜日(31日)は米国の建国記念日で、金曜日(28日)にはバイデン大統領がバージニア州のラングレー・ユーティス合同基地でスピーチを行った。彼は、世界は独裁制と民主主義の間で競争状態にあり、中共は「米国は2035年までに支配できる」と考えていると説明した。

バイデンは演説の中で、世界の他の指導者よりも中共の指導者と多くの時間を過ごしたことを再び強調し、中共は2035年までに米国を打ち負かそうとしていると強調した。

演説で兵士とその家族について話したとき、女性兵士に向かい「19歳に見え、小さなお嬢さんのように足を重ねて座っている」と突然賞賛し、ネット上で熱い議論を巻き起こした。

認知症の老人にいつまで舵取りを任しておくのか?

https://www.aboluowang.com/2021/0530/1599173.html

何清漣 @HeQinglian  2時間

2020 年の「選挙」の結果: 米国の有権者は犯罪の急増を目の当たりにしているが、多くの人は、バイデンが状況をコントロールできるとは考えていない。

8100万票の捏造者と署名者は舞台裏に隠れ、米国に住んで、ツイッター上で公然と叱責する華 人バイデンファンは楽しいでしょう?

引用ツイート

ラスムセンレポート @Rasmussen_Poll  5月29日

有権者は犯罪が悪化していると見ており、多くの人はバイデンがそれに対処できるとは思っていない https://bit.ly/2RV1nFh

5/30阿波羅新聞網<深圳女子因衣着被当街辱骂“不知廉耻” 网友热议!【阿波罗网报道】=深圳の女性が路上で服装を理由に「恥を知れ」と罵倒される。ネチズンが熱く語る! 【アポロネット報道】>「陕西法制ネット」など多くの中国メディアの報道によると、先日、中国人女性が着物を着て街をぶらついていると、路上で侮辱された。この事件についてネチズン間で白熱した議論が交わされ、ネチズンは続々とこの理屈で言えば「洋服すら着れない」という声を上げた。

中国によると、5 / 27、広東省深圳で、ある女性が日本の着物を着て街ブラをし、途中で同行者に写真を撮ってほしいと頼んだ。その時、電動自転車に乗った男が通りかかって、着物を着た女性に気が付き、明らかに激高した。「白昼に和服を着て写真を撮るのか?本当に恥知らずだ!」と。男の怒声に立ち向かい、着物を着た女性や友人も「着たいものを着ているだけ、あなたの世話にはならない」と言い返した。

あるネチズンは「着物は大和民族の民族衣装であり、大和民族の象徴である。この子が心から着たいと思うなら、日本に移住した方がいいかもしれない!」と。

他のネチズンは次のように反論した。もしあなたがこの考えを持っているなら、スーツや靴を履かず、ソファに座らず、西洋医薬を使わず、ネットを使わないでください。それは基本的に西洋列強のものである。米国からより多くのものが伝わってきている。日本語を学んでいる人は外国に出ていき、日本人と商売をする人は皆逃げなければならなくなる。

所詮民度の差。中国人こそが中共に洗脳されて、偏狭な愛国心の持ち主が多いのでは。

https://www.aboluowang.com/2021/0530/1599412.html

5/30希望之声<中国女教师遭日本京都大学撤博士学位 建校史上首次=中国の女性教師は京都大学での博士号の学位を取り消される、学校史上初>近年、中国の学界では、論文の剽窃や書き手を探して代筆して貰った論文などの不祥事が相次いでいる。最近、京都大学が不正行為により中国人の博士号を取り消した。この学校は124年前に設立された。報道によると、博士号を取り消された留学生の名前は金晶で、現在は上海電力大学外国語学部教授で日本語を教えている。 5 / 28、上海電力大学は Weibo上 で、金晶 は解任されたと発表した。

メディア報道を総合すると、先日、「京都大学が不正行為により博士号を初めて取り消した」というニュースがネット上で報じられた。ネチズンによると、2012年に発表された金晶の博士論文「日本語と中国語の再帰代名詞について」が剽窃されたという。 2012年に卒論を発表後、京都大学大学院博士課程を修了し、順調に卒業した。 2019年、論文に剽窃の疑いがあるとの通報を受け、京都大学は調査に乗り出した。 2020年8月、京都大学は、この論文は9件の引用先を明確に示しておらず、他人のアイデアの借用など、合計11件の不正が剽窃と見なされたことを確認した。

博士号取得時の審査が日本の大学は甘いのでは。通報を受けなければ分からなかったというのでは余りにお粗末。中国人は中共のためにスパイ活動するのを義務付けているのだから、そもそも中国人留学生を受け入れることが間違い。中曽根の留学生受け入れのツケが残っている。彼は本当に禄でもない。

https://www.soundofhope.org/post/510590

何清漣 @HeQinglian 10時間

フロイド事件 ― 米国の新しい身分政治の道標

https://epochtimes.com/gb/21/5/30/n12985668.htm

本記事の要点:

米国の新しい身分政治は、あらゆる人が法の下に平等であるという立憲政治を覆し、英国からの輝かしい独立革命以来、身分から契約社会への進歩の逆転である。

フロイド事件は人種差別とは関係なく、左翼が創り出した新たな身分政治を実現する契機となった。 2 人の黒人エコノミスト、ウィリアムズとソウェルの詳細な分析に耳を傾けてください。

何清漣:フロイト事件: 米国の新しい身分政治への道標 – 大紀元時報

ジェラルド・ベイカーの主張は非常に奥が深い。もしソ連と中共の革命が階級抑圧理論を利用して、被害者意識を形成することだと理解すれば、中共は様々な不満を使って、社会の末端にいる人達に、本来社会における「階級的抑圧」を知らないのであるが、自分たちは被害者だと不平を言わせる。貧農、地主に雇われた長期労働者、農業労働者の階級意識を目覚めさせることによって、彼らは米国がどのような革命的危機に直面しているかを理解するだろう。

epochtimes.com

日経記事で、「緩い」のは法制度とありますが、私権制限に反対し、憲法改正を阻んできたのはメデイアでは。彼らはいつも健忘症にかかる。「バラバラ」なのは、一か所に権力集中をさせないようにしてきたのもメデイアでは。マイナンバーカードの利便性より、政府の悪用の懸念を煽動していたのでは。「呑気」では、「政治指導者がすみやかに決断し、発信して国民の共感をえることができない」とありますが、政治家が決断しようとすると、対案も出さず、すぐ何でも反対する野党の肩を持ち、潰してきたのはあなた達と言うのを少しは自覚したらと言いたい。

しかし、柏市のワクチン予約について調べましたが、「かかりつけ患者優先」という所が多く、これでは健康な人はワクチン接種できないし、若者は東京の大規模接種会場で接種しないといけなくなるのでは。柏市はやっている振りは止めたら。行政と医師会がもっと普段から意思疎通していればこんなことにはならないはず。感染の危険性が少ないのに、開業医のワクチン接種への非協力は覚えておいたほうが良い。

森田氏の記事を読んで、緊急事態時の私権制限は当然のことですが、中国や他国のロックダウン政策では疫病発生を止めることはできないのが分かってきました。本ブログで何度も中国内の感染事例を紹介してきました。島国で完全に外国人を入れず、国民全員PCRを一斉にやって陽性者を隔離すれば、ゼロになるかもしれませんが、外国人をいずれ入れるとすれば、ウイズコロナでいくしかありません。ワクチンの広範な接種とイベルメクチンやアビガン等の治療薬の早期承認にかかるのでは。やはり、外国で承認を受けた治療薬の早期国内使用を認めることが大事かと。厚労省は国民の命を守るように動いてほしい。患者に前もって使用の許可を得ておけばよいのでは。死ぬかもしれないときに厚労省の承認がないから使えないというのは余りに愚か。

日経記事

参院予算委で菅官房長官㊧と言葉を交わす安倍首相(2020年6月、肩書は当時)

「つぎつぎに なりゆく いきほひ」――。

政治学者の丸山真男は「歴史意識の『古層』」という論考で、昔からずっと底に流れている日本人のものの考え方を、こんなふうにいいあらわした(丸山真男集第10巻)。

昨年来の新型コロナウイルスをめぐる日本の対応をふり返るとき、同じようにひとつのフレーズにまとめることができるような気がする。

「ゆるく ばらばら のんき」――。

自粛だのみで、対応は統一がとれず後手にまわっているからだ。コロナという感染症でふきだしたこの国の問題点を示してあまりある。

思えば日本という国家の劣化をあらわしているのではないのだろうか。1945年の敗戦、90年代の経済敗戦、そしてこんどが3度目のコロナ敗戦だ。

第一の「緩い」のは制度である。法体系がそうなっている。欧州型は厳しい人権の制約がある。同時に厳しい統制もある。日本は個人への規制も行政への統制も緩やかだ。

憲法には私権を制限する緊急事態条項がない。改正後のコロナ対策の特別措置法も強い罰則はない。個人をしばるのは空気という無言の同調圧力である。法律しばりではなく世間しばりだ。

個人の権利を優先する考え方の背景には、政府が個人情報を管理することへの強いアレルギーがある。国家に対する抜きがたい不信感によるものだ。それが行政のデジタル化をおしとどめている要因でもある。

行政の対応も緩い。ワクチン接種予約の受け付けでも差をつければよいものを、それはしない。平等にやろうとして電話回線がパンクして、混乱を助長する。

河野太郎・規制改革相が「効率性より住民の平等性を重んじる自治体が多かった。これは完全に僕の失敗だ」と反省の弁を述べたとおりだ(12日・TBS番組)。

第二の「ばらばら」は運用の問題だ。90年代からの政治改革と省庁再編・内閣機能の強化をつうじて、政府と自民党による二元体制をあらため、首相官邸に権力を集中するかたちを整えた。しかしコロナの対応では、やはりうまく回らない。

安倍晋三前首相が厚生労働省にPCR検査の能力拡大を強く促しても「目詰まり」はいっこうに改善しなかった。コロナ患者の受け入れる病床を増やすよう求めても遅々として進まない。

ワクチンの供給体制もすっかり後れをとってしまう。先進各国の中で接種率はなお下位に沈む。ワクチンの接種を担当するのは市区町村で、連携もスムーズにいかない。

一義的には厚労省の対応のまずさによるものだが、官邸が全体と流れをつかんでチームとしてまとまって手を打つことができないでいる。

国と地方の関係もギクシャクしどおしだ。とくに国と東京都の意思疎通の悪さは目をおおわんばかりである。

割拠主義はある意味で、どこの組織にもある話だが、それを乗りこえて権力を一元化し、統一的な運用をめざす政治の運びが道半ばだということを今回、いやというほど思い知らされた。

第三の「呑気(のんき)」は人の問題だ。政治家の危機意識の欠如である。特措法の改正などにしても国会がなかなか動かなかった。安倍内閣で安保法制をまとめ防衛上の危機への備えは一応進めたものの、感染症にはまったく備えがなかった。

準備がないから対応はどうしても場当たり的になる。最悪の状態を想定しそこから危機をいかに最小化し管理していくかに失敗する。

ワクチン接種の政府の対応にからんで、河野克俊・前統合幕僚長が「最悪の事態を考えて、そこに至らないように手を打っていくのが危機管理だが、逆行している。危機管理として失敗している」と言い切ったように、有事対応の発想や準備がない(12日・日本記者クラブ)。

だから政治指導者がすみやかに決断し、発信して国民の共感をえることができない。

嘆いてばかりいてもはじまらない。敗因のなかから再起のきっかけを見いだすしかない。どうしたものか。そこで「ゆるく ばらばら のんき」の対義語を考えてみた。

「きつく まとまり そなえる」――。

ここに答えがあるはずだ。私権の制限をある程度認める法体系に改めるのが第一。リーダーシップとチームワークで、一元的な権力の運用を徹底するのがその次。三番目は危機意識をもったリスクコミュニケーション能力の高い政治指導者を養成していく。

一筋縄ではいかないが、そこを突破していかないと世界の三流国になってしまう。

ただわれわれには国家の危機を乗りこえた歴史がある。明治維新だ。政治学者の北岡伸一氏はその教訓を次のように集約している(「明治維新の意味」)。

「重要な判断基準は……日本にとってもっとも重要な問題に、もっとも優れた人材が、意思と能力のある人の衆知を集めて、手続き論や世論の支持は二の次にして、取り組んでいるかどうか、ということである」

現状でどう考えても、そうなりそうにない。とすれば明治維新のように、力量は未知数であっても一気に世代交代をして、しがらみのない若いひとたちに国の将来をゆだねる。それしかないような気がしてならない。

JBプレス記事

20時でのれんをしまう居酒屋。正直者がバカを見るようではいけない(写真:ロイター/アフロ)

 少子高齢化と人口減少が進むわが国の社会の質を維持し、さらに発展させるためには、データの活用による効率的な社会運営が不可欠だ。一方で、データ活用のリスクにも対応した制度基盤の構築も早急に求められている。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、これまでの経済、社会のあり方は大きく変わろうとしている。

 その中で、日本が抱える課題をどのように解決していくべきか。データを活用した政策形成の手法を研究するNFI(Next Generation Fundamental Policy Research Institute、次世代基盤政策研究所)の専門家がこの国のあるべき未来図を論じる。今回は理事長の森田朗氏による、ウイルス封じ込めのための私権制限に関する提言だ。今のままずるずると緊急事態宣言を続けていても感染拡大を防ぐには限界がある。国の究極的な役割は何だろうか(過去17回分はこちら)。

(森田朗:NFI研究所理事長)

コロナ感染症の第4波は、変異ウイルスの拡大もあり、いまだに収拾の時期が見えない。緊急事態宣言の「威光」もすっかり薄れてしまったようだ。街頭インタビューでも、「現状を見ると、緊急事態宣言が出されても感染が減るとは思えない。できるだけ外出を避けるべきだが、私は出かけざるを得なかったので、マスクを付け、十分に用心して出てきた」と言い訳がましいものが多い。

こうしたものを見る限り、今のような措置を続けていて感染を抑制できるとは思えない。最初はよく効いたクスリが、慢性化あるいは重症化した病状に効かなくなるのとよく似ている。身体のほうにクスリへの耐性ができてしまったのだ。こうなると病気を治すには、副作用が強くても、もっと強力なクスリを処方しなければならなくなる。

要するに、より強力な行動規制をしなければ感染症を抑制することができないということだ。ロックダウンのような措置を取れば、国民の権利を大幅に制限することになる。しかし、憲法で保障された営業の自由を制限することなく、また行動の自由を奪うことなく、感染症を抑制することはできるのか。ワクチンが頼みの綱であるとしても、現在の感染拡大を抑えるには間に合わない。

パンデミックはより強い公権力行使が正当化される

わが国では、政治家も政府も私権の制限には及び腰だ。しかし敢えて問う。彼らが守ろうとしているのは、誰のどのような権利なのか。

営業の自由、職業選択の自由等の基本的人権を守ることの重要性を否定する気は全くないが、国家として最も尊重し守らなくてはならないものは、国民の生命、健康ではないのか。国民は、何らかの原因で生命や健康を危険にさらされた場合、国家に生命や健康を守ってもらう権利を有している。これも憲法が保障する基本的人権ではないか。

伝統的な国家学、公法理論によれば、感染症対策の目的はできる限り多くの国民を感染から守ることにある。そのためには、検査によって感染者を発見し、非感染者との接触を避けるために隔離しなければならない。今回のコロナ禍の下ではほとんど聞かれないことばだが、このような国家の機能は、かつて「社会防衛」と呼ばれていた。

感染症が急拡大しているような場合、他に有効な方法がないならば、裁判を経ることなく強制的に国民の権利の制限をすることもやむを得ない。制限が必要最小限でなければならないことは当然であるが、民主国家において、最も強い公権力行使が許されるとされてきたものの一つがパンデミックである。

経済活動を含む社会の安全や秩序を維持し、社会の受けるダメージを最小化することは国家の責務である。このような観点から見れば、公権力を実際に行使するか否かはともかく、多くの国民の生命を守るために必要ならば、国家が国民の行動を規制し、それを罰則をもって担保することも認められるはずだ。

変異ウイルスが猛威を振るうまでは感染力も致死率もそれほど高くなかったため、欧米諸国と異なり、わが国はロックダウンせず、「要請」すなわち「お願い」によって国民の行動変容を実現しようとした。

当初は、それでも多くの国民が自粛し一定の効果を挙げたが、それが繰り返され国民の学習が進むと「要請」だけでは効果がなくなってくる。今年2月の感染症予防法や新型インフルエンザ等対策特措法の改正に当たって、原案には強い罰則規定も入れられていたが、各方面からの反対で後退した。本人の責任ではない感染に対して、入院勧告を拒否した者に刑事罰を適用することは、過剰な権利侵害の可能性があるといった議論がなされた。

罰則適用の有無、程度は権利侵害の観点から判断されるべきことはいうまでもない。しかし他方では、行動規制における目的達成のために有効であるかという観点からも判断されなければならない。軽微な規則違反や、違反に合理的な理由がある場合にも、何が何でも一律に罰則を適用するということは、法執行の観点から想定されていないし、現実にもありえない。

この人が何を言っても、国民は反応しなくなくなっている(写真:つのだよしお/アフロ)

確信犯的なルール破りを防ぐ罰則とは

英国の行政学者、クリストファー・フッドによれば、ルールで一定の行為を禁止した場合、ルールを周知し、その遵守を要請するだけで、多くの市民はその要請に応じて行動を自粛し、我慢してルールを守る。しかし、ごく一部の者は、ルールの規定や要請にはお構いなしにルールを無視し、自分のしたいように行動するという。

そのような場合、ごく少数とはいえ、そうした不心得者が何の制裁も受けなければ、ルールを守っていた多くの市民も自分たちだけが我慢することがバカバカしくなり、ルールを無視するようになる、という。

これは、社会の多くの場面でみられる経験則だ。ルールに違反している者が得をして、ルールを守ったものが損をする、つまり「正直者がバカを見る」状態を許容していたのでは、健全な社会は形成できない。

そのような時に国家がなすべきことは、正直者がバカを見ないように、確信犯的にルールを無視する一部の輩を確実に捕まえ、厳しく罰することである。それが正義というものだ。

そして、それを行うためには、罰則規定のある法律が必要である。罰則が定められたからといって、すべての違反者にそれが適用されるわけではなく、また適用すべきではない。だが、法律に罰則規定がなければ、民主主義の国家においては、いかに悪質なルール違反であっても処罰することはできない。

第1回目の緊急事態宣言の時は、未知の感染症という恐怖もあり、要請というクスリも比較的よく効いた。しかし、4回目ともなると、それだけでは効果は期待できない。ワクチンの効果がもたらされるまでは、たとえ副作用があるとしても、即効性があり強力な効果が期待できる方法を上手に使い、少しでも早くこの状態から脱出することをめざすべきではないだろうか。

これまでの方法より少し強いだけのクスリで対策を強化するといっても、国民に「耐性」がついてしまえば、完全にウイルスを封じ込めることができず、再び感染が拡大することになる。そうなってしまえば、次はさらに副作用の強い、より強力なクスリを処方しなければならなくなる。そのようなことを繰り返していると、その時に社会へ与えるダメージは、今よりもっと大きくなることは間違いない。

「補償なくして休業なし」の筋が通らない理由

このように、感染の拡大を抑えるためにはある程度の副作用もやむを得ないと述べると、休業を強いられ、経営が成り立たなくなる企業や事業者は、それならば補償をせよと要求する。補償はもちろんすべきだが、十分な補償がなければ休業できないという理屈は筋が通らない。

十分な補償なくして私権の制限はできないからそのまま営業の継続を認めるというのであれば、感染はますます拡大し、医療崩壊が起こり、最終的には人は街に出なくなって人流は減少してしまうだろう。こうなったら事業の継続も、経済の維持もできなくなり、元も子もない。最低限、ワクチンの効果が現れるまでは、何よりも人の接触を減らし、感染の収束を図ることを優先すべきである。この1年余の経験の分析から抑えるべきポイントも絞られるはずだ。必要ならばターゲットを絞り、私権の制限も厭うべきではない。

コロナ禍は、われわれの社会や経済に甚大なダメージを与えた。交通、観光、飲食店やデパート等の産業には、壊滅的ともいえる影響を与えている。しかし、テレワーク、オンライン会議やオンライン授業が推奨され、Eコマースが拡大した結果、過去最大の収益を挙げた業種もある。コロナ禍は、必ずしも経済全体、全業種に同じようにダメージを与えたわけではない。

それならば、突然降りかかった災厄であるのだから、社会全体でダメージの最小化を図るべきではないか。収益の増えた企業に負担を求め、再分配によって落ち込みの激しい業種の救済を考えるべきではないか。それも正義の実現といえよう。

だが、このような制度を実現するのは容易ではない。そこで当面は、経済学者の言う理想的な方法──すなわち、経営が苦しくなった企業には必要な融資を行い、コロナ禍が収束したのち、収益が回復した企業から応分の返済を求め、回復できない企業には返済を猶予するという方法を採用してはどうか。これは、卒業後、就職して収入が一定額を超えるようになってから、貸与した奨学金の返済を求めるというオーストラリアの奨学金制度で採用されている方式だ。

ただし、この方式を導入するためには、融資を受けた企業の収益や経営状態について、詳細で正確なデータを収集する仕組みの存在が前提となる。まさに、マイナンバー制度を含めデジタル化の推進による社会の実態把握の仕組みが役立つ分野だ。この点でも、わが国は改革が必要である。

ウイルスが変異するとともに、国民の認識や行動形態も変化する。早期の収束を実現するために、狭い意味での私権保護という考え方の呪縛を離れて、国民の生命と健康を守るために有効な策を柔軟に検討することが必要だと思う。

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