『尖閣を中国から守る施策、徹底解説 中国の侵略シナリオと法制面からの分析・検討』(3/1JBプレス 矢野 義昭)について

11500字もありますので中国語記事は別ブログで紹介します。

記事

尖閣諸島の防衛には自衛隊法の改正が不可欠だ(写真は海上自衛隊の「いずも」型護衛艦、海自のサイトより)

中国は2021年2月1日から海警法を施行し始めた。その背景には、長期的な戦略目標達成のための、法制面、作戦運用のシナリオ両面からの練り上げられた戦略が秘められている。

歴史的、法的にわが国固有の領土

尖閣諸島は魚釣島を中心とする一群の島々で、魚釣島と最も遠い大正島とは約110キロ、久場島とは27キロある。

魚釣島を起点とすると、最も近い與邦国島から150キロ、台湾本島と石垣島からは170キロ、中国大陸からは330キロ、沖縄本島からは410キロある。

このように尖閣諸島はそれ自体が110キロにわたり広がり、中国大陸からの距離の方が沖縄本島よりも近い。

かつ中国側は広大な大陸であるのに対し、わが国の領土は分散した離島群である。日本固有の領土ではあるが、地政学的には防衛警備上有利とは言えない地理的位置にある。

尖閣諸島に関する日本政府の基本的立場は、日本固有の領土であり、日本の実効支配下にあり、領土問題そのものが存在しないという点にあり、その姿勢は一貫している。

清国が尖閣諸島の領有権を主張した形跡は一切ない。

明治18(1885)年以降の沖縄県の再三の要請を受け、明治政府は国際法の手続きに従い、尖閣諸島が他国の支配が及んでいない「無主地」であることを慎重に調査確認した後、明治28(1895)年に国標の建設、沖縄県所轄を閣議決定した。

それ以降戦前まで、尖閣諸島の住民は最多で200人を超え、政府の許可の下、鰹節の加工業など、活発な経済活動が行われていた。

大正9(1920)年には、中華民国駐長崎領事は、尖閣諸島に漂着した中国漁民を救助した島民などに対し、漂着地が沖縄の一部であることを明記した感謝状を贈っている。

戦後、昭和27(1952)年4月に「サンフランシスコ平和条約」が発効され日本は主権を回復したが、沖縄は引き続きアメリカの施政権下に置かれた。

昭和47(1972)年に米国は沖縄の施政権を日本に返還したが、その返還範囲には尖閣諸島が明確に含まれている。

沖縄返還に先立ち、昭和44(1969)年国連アジア極東経済委員会から、尖閣諸島周辺海域に石油と天然ガスが埋蔵されている可能性があるとする報告書が出され、それまで領有権を主張したことのなかった中国と台湾が尖閣諸島への領有の主張を始めた。

以上の経過からも明らかなように、尖閣諸島がわが国固有の領土であることは、歴史的にも国際法的にも一点の疑義もない。

一方的に現状を変更したのは中国

中国は、平成4(1992)年に突如として「領海法」を制定し、その中に尖閣諸島を中国領と記載し、平成20(2008)年以降、中国海警局艦艇の派遣と領海侵入が繰り返されるようになった。

なお、中国海警局の我が国接続水域、領海内への侵入艦艇を「公船」と呼称するのは、非武装の印象を与え、かつ中国側の公権力が及んでいるかのような印象を与えるので、適切な呼称ではない。

平成21(2009)年に日本では民主党政権が成立した。

民主党政権の領域防衛意思を試すかのように、翌平成22(2010)年に入り、尖閣諸島周辺領海内での中国船に対する立ち入り検査が前年は年間6件だったものが急増し、9月までに14件に上った。

同年9月7日には逃走中の中国漁船による海上保安庁巡視船に対する体当たり衝突事案が発生した。

これを契機に、当時の石原慎太郎東京都知事が平成24(2012)年4月、尖閣諸島の私有地の東京都による購入計画を公表し東京都尖閣諸島寄附金を募集し、同年9月に尖閣諸島を洋上から視察した。

このような日本側の動きを封ずるかのように、同年5月、中国の温家宝首相が時の野田佳彦総理大臣に対し、中国の尖閣諸島における「核心的利益」を尊重するように要求している。

中国共産党は、「体制の護持」や「経済社会の発展の維持」とともに、「領域主権」を堅固に護持すべき「核心的利益」として掲げており、領域主権を護持するためには、「武力の行使を含むあらゆる必要な措置をとる」との基本方針を採っている。

2021年2月1日に発効した海警法でも、「国家の主権、主権的権利および管轄権が海上において外国の組織、個人の不法な侵害を受けている、もしくは不法な侵害の切迫した危険に直面している場合、海警機構はこの法律及びその他の関連する法律、法規に従って武器の使用を含む必要なすべての措置を講じ、その場での侵害を阻止し、危険を排除する権利を有する」と規定している(第22条)(中華人民共和国海警法)。

2012年以降、台湾と並び尖閣諸島も、「核心的利益」として明確に位置付けられるようになったが、それに対し同年7月、日本政府は魚釣島などの所有権を政府に移転する意向を表明し、同年9月に魚釣島、南小島、北小島の3島の購入を正式決定した。

政府と民間、民間同士の尖閣諸島に関する所有権の移転は、それ以前にも平穏に行われてきたのであり、尖閣諸島の現状を日本が一方的に変更しようとしたとする主張は誤りである。

同年7月以降、中国の海警艦艇の意図的な尖閣諸島周辺への侵入事案が、毎月、尖閣諸島領海に対する侵犯事案が延べ10隻前後、接続水域内での確認数が延べ約60~120隻に急増するようになった。

さらに中国は翌平成25(2013)年には自衛隊艦船に対するレーダー照射事案を起こし、東シナ海での「防空識別圏」を唐突に設定するなど、尖閣諸島周辺での緊張を高める一方的な行為を繰り返している。

特に令和元(2019)年以降は、接続水域内の確認数が毎月約80隻を超えるなど、中国側は圧力を強めている。

今年令和3(2021)年1月、外国船舶が中国の管轄する海域で違法に活動し、停船命令などに従わない場合は武器を使用できるとする「領海法」が制定された。

以上の経緯から見て、日本の民主党政権成立を尖閣諸島の領有権主張強化の好機とみて中国側が領海侵入の増加、中国漁船の意図的な衝突などの強硬手段に出たことが、その後の日本側の東京都購入の動き、国有化などの一連の事態緊迫を招いたことは明らかである。

進む海警局の海軍との一体化

『令和二年版防衛白書』によれば、それまで海上の監視活動などは、「中国海警局」が中国国務院公安部の指導のもとで実施してきた。

しかし「中国海警局」は平成30年(2018)年7月、人民武装警察隷下に「武警海警総隊」として移管され、中央軍事委員会による一元的な指導および指揮を受ける武警のもとで運用されるようになった。

移管後、海軍出身者が海警トップをはじめとする海警部隊の主要ポストに補職されたとされるなど、軍・海警の連携強化は組織・人事面からも窺われる。

また、海軍の退役駆逐艦・フリゲートが海警に引き渡されているとされるなど、軍は装備面からも海警を支援しているとみられる。

海警は北海、東海および南海分局の3個の機関から編成され、近年、海警に所属する中国公船は大型化・武装化が図られている。

中国海警は令和元年(2019)年末時点において満載排水量1000トン以上の公船を130隻保有しており、世界最大規模の海上法執行機関であるとされる。

さらに、保有公船の中には世界最大級の1万トン級の巡視船が2隻も含まれるとみられる。また、海軍艦艇と同水準の能力を有する大型の76ミリ砲とみられる武器を搭載した公船も確認されている。

このように中国の海警は、指揮命令系統上も即応態勢、中央の指揮権強化を一貫して続けており、現在では、海警局は人民武装警察の隷下にあり、海軍との一体化が進められている。

このような行動の背景には、習近平政権の意思が強く働いている。

習近平党総書記は3つの夢を党大会などで宣言している。中華民族の偉大な復興を目指す「中国の夢」、建国百周年の2049年までに米軍をしのぐ世界一の軍隊をつくるという「強軍の夢」、人類運命共同体をつくるという「人類の夢」である。

中でも「強軍の夢」は、「中国の夢」と「人類の夢」を実現するための基礎となる夢であり、他の夢に先立ち実現しなければならないと位置付けられている。

「強軍の夢」の実現の中間目標とされているのが、2035年である。

習近平総書記は2018年2月に憲法を改正し、最長2期10年までと定められていた国家主席の任期を撤廃し、終身国家主席に留まれることになった。

1953年生まれの習近平氏は、年齢的にみて、2035年(82歳)までは国家主席に留まる意向ではないかとみられている。

国家主席は中央軍事委員会主席も兼ねており、党中央軍事委員会主席は、全武装力量、すなわち人民解放軍、人民武装警察、民兵すべてを統一して一元的に指揮統率する権限をもっている。

人民武装警察隷下の海警局および海上民兵についても、習近平中央軍事委員会主席が海軍と共に統一指揮することになる。このことは、前記の海警と海軍の一体化の態勢整備の実態からみても、明らかである。

危機を招く法制の不備

他方の日本側の態勢は、海上保安庁法第二十五条では、「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と規定されており、海上自衛隊等に対する軍隊機能としての支援も共同訓練も法的に認められていない。

なお、この海上保安庁法第二十五条の規定は、占領下、連合軍司令部の諮問機関である対日理事会でソ連代表が日本弱体化を目的に挿入を強硬に主張したことにより盛り込まれた条文である(太田文雄『国基研ろんだん』令和二年十一月十六日)。

また同法第二十条二項によれば、「無害通航でない航行を我が国の内水又は領海において現に行っていると認められる」外国船舶が、停船等に応じず、職務執行に抵抗しあるいは逃亡する場合、他の要件もあるが基本的に、他に手段がなく合理的に必要とされる範囲の「武器の使用」が認められている。

海上保安庁法で認められている「武器の使用」は、警察官職務執行法第七条の規定に基づく警察権としての武器の使用であり、正当防衛と緊急避難以外は危害を与える射撃はできず、警察比例の原則に基づき行使されなければならない。

この点について、2021年2月25日、日本政府は、海警局の船が尖閣諸島への接近・上陸を試みた場合、重大凶悪犯罪とみなして危害を与える「危害射撃」が可能との見解を示した(『産経新聞』令和3年2月26日)。

ただし、相手方の艦艇に対する軍事機能として、国際の法規・慣例に反しない限り制限なく武器を使用できるわけではない。警職法第7条を根拠とする警察機能である以上、警察比例の原則は残る。

また、海上保安庁法第二十条二項には、対象となる「外国船舶」について、(軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であって非商業的目的のみに使用されるものを除く。)との但し書きが入れられている。

この但し書きは、日中両国が加わっている国連海洋法条約では、海上法執行機関に、外国の公船に対する武器使用を認めていないため、日本としては、この国連海洋法条約の規定を遵守することを意味している。

この海上保安庁法の規定によれば、中国海警局の艦艇は、この但し書きの「軍艦」又は「船舶」に該当することから、海上保安官、警備船等は、海警の船舶に対して武器の使用はできないことになる。

他方の中国海警艦艇は、海警法第83条では「海警機構は『中華人民共和国国防法』、『中華人民共和国人民武装警察法』等の関連する法律・軍事法規及び中央軍事委員会の命令に従って、防衛作戦等の任務を執行する」(中華人民共和国海警法 )と定められており、軍事機能も権限として付与されている。

いつ、どのような要件の下で軍事的な任務執行が発動されるかは、日本側には判別できない。

このような法的な非対称性がある以上、中国海警局艦艇あるいは海軍艦艇がいきなり強力な威力を持つ武器を使用して応戦してくる可能性もありうる。

そのような場合、海上保安庁あるいは海上自衛隊などの日本側艦艇が撃沈その他の甚大な損害を一方的に被るおそれがある。

日中防衛警備態勢の格差がもたらす問題点と対応策

中国の海警法は、上に述べたように、中国の主権、管轄権が外国の組織、個人から侵害された場合の武器使用を認めている。また同法第二十条では、中国の管轄海域内の海域や島嶼に違法建造物があれば強制排除できるとしている。

しかし「管轄海域」が具体的に何を指すのか、内水、領海、EEZ(排他的経済水域)、大陸棚のうち何が含まれ、何が含まれないのかは明確には定義されておらず、曖昧さが残っている。

そのため、中国側にとり好都合な恣意的な解釈、運用が可能な法律であり、わが国など周辺国との領有権をめぐる紛争を誘発するおそれがある。

中国が「核心的利益」であり領有権を主張する尖閣諸島とその周辺海空域は、中国の「管轄海域」に含まれるとみるべきであろう。

このような法律は、「海洋法に関するすべての問題を相互の理解及び協力の精神によって解決する希望に促され、また、平和の維持、正義及び世界のすべての人民の進歩に対する重要な貢献としてのこの条約の歴史的な意義を認識」するとの、国連海洋法条約の精神に反している。

また、日本固有の領土である尖閣諸島とその周辺領域に対し、軍事権を含む国家権能を一方的に行使することを国家として法的に承認したに等しく、わが国に対する侵略行為を正当化するための「法律戦」の一環と言える。

中国政府は、海警法は国際法と国際慣例に完全に合致していると主張しているが、中国海警法の武器使用規定、作戦任務及び管轄海域のあいまいさは、国連海洋法条約に反し、紛争を生起する危険性をはらんでいる。

中国共産党の海警局を含む全武装力量に対する絶対的指導の確立という基本方針は、2017年の中国共産党第19回党大会の党規約改正でも最重視されている。

海警局の船舶が海警法に従い、中央軍事委員会からの命令または付与された権限の範囲内で、必要な場合、任務達成のために武器使用に踏み切ることは、間違いない。

また、尖閣諸島の魚釣島にある灯台は国有財産であり、海上保安庁が保守管理しているが、海警が上陸して破壊する恐れもある。

装備面の格差もある。

海上保安庁の巡視船は、新型の大型巡視船は6500トンの「れいめい」級などは、大型化され武装面でも40ミリ機関砲以下の機関砲を装備しヘリ2機を搭載するなど、武装力等の強化は図られている。

しかし海保艦艇は、基本的に貨物船仕様であり、装甲防護力は劣る。76ミリ砲を搭載した1万トン級の軍艦仕様の中国海警の船艇には武装力、装甲防護力などで劣っていることは否めない。

また、中国の海警の船舶は海軍の指揮下にあり海軍仕様の艦艇や海軍に準ずる武装を備え、かつ任務達成のための武器使用、命令があれば即座に軍事機能を果たすことが法的に認められている。

それに対し、海上保安庁の警備艇は、貨物船仕様で武装も限定され、かつ武器の使用も中国海警局の船舶にはできないことになる。

海上警備行動が発令されても、武器使用の権限は警職法第七条の範囲内での「危害射撃」にとどまり、「海上保安庁法第二十条二項の準用」による武器の使用が規定(自衛隊法第九三条)されているが、「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶」は除かれている。

このような、著しい能力、権限の格差が日中間には存在し、海警と海保の船舶が尖閣諸島周辺の中国側が主張する「管轄海域」であり、かつ日本の領海内で対峙した場合、海保側は海警の武器の威嚇の前に撤退するか、抵抗して一方的に銃撃され被害が出ることになる。

海上保安庁の権限や能力を強化しても、軍と一体の海警局艦艇に対抗することには限界がある。

自衛隊法第八十条には、「防衛出動」時、あるいは緊急事態に際して一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる「命令による治安出動」時において出動命令があった場合は、「特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部をその統制下に入れることができる。」と規定されている。

この自衛隊法第八十条の規定と前記の海上保安庁法第二十五条の規定は矛盾しているようにもみられるが、隊法第八十条の規定に言う「統制下」に入る対象は、軍事としての組織、訓練、機能以外に対するものに限るという解釈も可能である。

ただし、そのような解釈をした場合は、海保の船舶と自衛隊との現地での連携は、海保が軍事機能に参加したことになりかねないことから、法規に基づけば中央の判断を仰ぐ必要があり現場での即時の連携は困難になると予想される。

海上保安庁法第二十五条の軍事機能禁止規定の見直しがやはり望ましいと思われる。

もう一つの重大な問題として、陸海自衛隊には領域警備権限がなく、平時の自衛権も与えられていないことがある。

通常の国なら、国境警備に任ずる軍隊には国境侵犯があった場合に即時に対処できるように、陸軍なら連隊長・大隊長級、海軍なら艦長に警備任務達成のために緊急を要する場合は、自らの指揮下にある部隊の範囲内で即時に武器使用、または部隊としての武力行使の権限を、多かれ少なかれ委任されている。

そうしなければ、眼前で侵略を受けても対処できず、警備部隊それ自体の自衛も困難になるであろう。

また、平時でも小規模一過性の自衛権は国際法上も自衛権として認められているとの見解もある。

特に海上での領海警備においては、主権侵害行為を即時に排除できる平時からの権限が必要になる(吉田真、平時からの防衛作用について ―国際法に基づく法整備― | 一般社団法人平和政策研究所 (https://ippjapan.org/archives/2296)。

特に海警法により中国海警船舶が武器の使用を認められ、その使用要件も曖昧である以上、海警船舶は通常の法執行機関の船舶とはみなされず、軍の一部であり、日本の領海内への無害通航に拠らない侵入は、侵略に該当するとみるべきであろう。

その場合は、警備に当たっている自衛隊側の艦艇、当初配備の部隊等は主権侵害行為を排除するための平時の自衛権を行使することができなければ、警備任務は果たせず、一方的に攻撃され損害を出すことになる。

海保がそのような侵害行為を排除することは能力上も権限上も限界があることは、上に述べたとおりである。

尖閣周辺で中国の海警艦艇が日本漁船を追いかけまわし、その間に海自艦艇が割り込み救おうとした場合に、海警から銃撃を受けても、海上警備行動が発令されていれば正当防衛・緊急避難、また治安出動が下令されていたとしても警護・鎮圧のための武器使用まではできる。

しかし、平時の自衛権を認め最小限必要な主権侵害排除措置を可能にしておかなければ、警職法第七条準用、治安出動時の警護・鎮圧のための武器使用以上の武器使用や指揮官の指揮下での部隊としての武力行使は、防衛出動下令まではできず、対処できないことになるであろう。

シビリアンコントロールの観点からも、武器使用基準を明示し、現場指揮官が行使可能な権限の範囲を明確にしておくことが必要である。

尖閣侵略後の予想されるシナリオ

海警局の艦艇は人民武装警察の隷下にあり、海軍の指揮下におかれている。

2018年1月、習近平主席は武警への隊旗授与式において、「武警を軍の統合的な作戦体系に 組み込む」旨発言した。

さらに、軍・海警が共同訓練を行っている旨も指摘されている。海警を含む武警と軍は、こうした連携強化などを通じて統合作戦運用能力を着実に強化している。

このような事実から、海警局艦艇の我が国領海への侵入は、それ自体が組織的な武装力を備えた国家意思を背景とする集団の侵略であり、それ自体が侵略行為であり、防衛出動下令の対象となりうると言えよう。

問題は、防衛出動の下令が適時になされるか否かである。

トシ・ヨシハラ著、武居智久訳『中国海軍VS.海上自衛隊-すでに海軍力は逆転している』(ビジネス社、2020年)には、開戦から4日以内に尖閣諸島を奪取するとのシナリオが中国の『現代艦船』に掲載されていることが紹介されている。

尖閣諸島が侵略され魚釣島などの占領を許せば、数日以内に、近傍の艦艇に事前に展開されたヘリ部隊やホバークラフトなどに分乗した海軍陸戦隊の特殊部隊が主役となり、尖閣諸島にレーダー、対空ミサイル、地対艦ミサイルなどを揚陸し、迅速に陣地を構築し、既成事実化を図るとみられる。

そのような隙を与えず既成事実化を許さないためには、日本政府が敵の既成事実化以前に防衛出動を下令しなければならない。

自衛隊法第七十六条の規定により、内閣総理大臣は、「緊急の必要がある場合には、国会の承認を得ないで出動を命ずることができる」。持ち回り閣議、電話の使用など迅速な手続きを踏むこともできる。

しかし、中国側による日頃からの政府要人などに対する影響力工作が効果を発揮し、閣内や与党から慎重論が出るなど、数日以内に発動の決断を下すことができない恐れは十分にある。

そうなれば、防衛出動下令前に既成事実化、いわゆる国際法上の「征服」を許してしますことになる。

上陸部隊と海空封鎖を排除して尖閣諸島を奪還するには、統合の着上陸作戦を尖閣諸島の中国軍に対して行わねばならない。戦死傷者の発生も避けられないであろう。

時間と共にますます上陸側の防備は強固となり、奪還には犠牲が増えることが予想され、事態打開はますます困難になる。

他方では、中国との軍事衝突回避を望む、米国や国際社会の圧力が高まり、わが国は防衛出動を下令せず、和解調停に応じざるを得なくなるかもしれない。

結果的に、尖閣諸島を軍事的に支配しているのは中国となり、わが国は尖閣諸島に実効支配を及ぼしているとは言えなくなる。

もちろん、現在の国際法では、「征服」は認められておらず、中国は侵略国として国際社会からも非難されることになるであろう。

しかし、尖閣諸島は日米安保条約第五条の発動対象にはならず、米軍は日本防衛の条約上の義務がなくなる。

米軍の来援がないとすれば、戦力バランス上は、日中の対決のみでは、日本側の勝ち目は乏しい。

特に、近隣地域の海空展開基地数が、民間も含めた動員力、地形的、距離的な支援の容易性、戦力配備などに、日中間には大幅な格差がある。

長期戦になった場合の予備兵力、兵站支援能力などの態勢面でも、自衛隊側は動員態勢に乏しい。仮に防衛出動に踏み切ったとしても、開戦後特に海空戦力は急速に消耗していくであろう。

さらに、日本を戦わずして和平交渉に応じさせるため、核恫喝も加えられるかもしれない。日本は屈するしかなくなることになる。

尖閣諸島と台湾の戦略的価値の一体性

尖閣諸島が台湾と対をなす、中国が太平洋に出るための「大門」の「かんぬき」であるとの、人民解放軍戦略家たちの見方がある。

すなわち、台湾と尖閣諸島は太平洋に出るためには必ずともに確保すべき戦略的要域であるとみなされている。従って、尖閣諸島侵略は台湾侵攻と必ず連動してなされることになる。

その意味では、尖閣単独侵攻の可能性は相対的に低いと言えるだろう。

しかし、これまで中国は米国に新政権が登場した際に半年以内に新政権の意思を探るために、局地的な緊張を高め、米新政権の真意を確かめるという行動をとってきた。

ジョー・バイデン新政権に対しても、同様に探りを入れるために、意図的に尖閣諸島をめぐる日中間の緊張レベルを上げる行動に出る可能性がある。

特にバイデン大統領は息子のハンター・バイデンが中国ビジネスで利益を得ており、バラク・オバマ政権時代にも副大統領として、王立軍の亡命事件に際し亡命受け入れを拒否するために影響力を行使するなど、親中的政策をとってきた。

バイデン政権成立後、すでにミャンマーでのクーデターや米空母の台湾南岸通過に対する台湾の防空識別圏への侵入など、中国側によるバイデン政権の出方を試しあるいは探りを入れるための行動とみられる兆候が出ている。

尖閣諸島でも同様の行動に出る可能性があり、上に述べたように、今年1月の海警法制定もそのような行動を正当化するための法律戦の一環と言える。

いずれにしても、当面の中国海警の尖閣周辺での動向には、絶えず注視し一瞬の隙も見せてはならない。

早急に採るべき施策

法制的な不備で生じた初動態勢の不備により、既成事実化を容易に許してはならない。

特に、防衛出動下令前のいわゆるグレーゾーン事態において、敵の様々なグレーゾーンの戦いに対し、効果的に即時に対処できる武器使用権限が陸海自衛隊に与えられていないことが、固有の国土である尖閣諸島に対する実効支配の喪失を招くおそれがある。

陸海自衛隊に領域警備権限と警備部隊の主権侵害排除措置のために必要な平時の自衛権を与えられるよう、早急な法改正が必要である。

さらにその上で、以下の対策を早急にとることが必要であろう。

①米国防総省がマルチドメイン作戦の遠征前進基地を、尖閣諸島を含む沖縄に展開することを検討しているとの情報がある。

そうであれば、自衛隊も必要な多次元統合防衛力を尖閣諸島に展開するための装備と掩護のための陸自部隊を平時から尖閣諸島に配備し、石垣島などに現地統合司令部を常設することが必要である。

陸上部隊を配備できれば、抑止力は飛躍的に高まる。ただし、その配備時期は早期が望ましいが、米中の出方を慎重に検討したうえで判断する必要がある。

②自衛隊法第八十条を実効あるものとするため、海上保安庁法を改正し、第二十五条の但し書きを削除すること

③海上保安庁法改正の上、自衛隊特に海上自衛隊と海上保安庁の合同訓練、指揮通信システムの共用性確保など、相互の連携行動を迅速容易にする態勢を高めること

④海上保安庁警備船の武装と装甲の強化、艦船の数と乗員の増加などの能力強化およびそのための予算と定員の増加、自衛隊の予算と定員の増加

⑤中国海警艦艇、それを支援する海軍その他人民解放軍の動向、尖閣周辺民間船舶を含めた船舶の動向特に海上民兵とみられる船舶、乗員などの動向に関する継続的な情報の収集と分析、それらの政府関係機関、防衛省・自衛隊、海保間の共有と相互通報

⑥海上自衛隊と米海軍、海保と沿岸警備隊の継続的な情報交換、共同対処計画の策定、共同訓練の実施、台湾および東南アジア諸国の軍・沿岸警備隊との間の継続的な情報交換等の実施、艦艇・警備艇などの輸出

⑦尖閣諸島防衛等のための、台湾とのホットラインの開設、共同訓練・演習の実施、警備計画、対艦・対空ミサイルの射撃範囲等の相互調整、外交的には、台湾の国家承認、国交回復、さらには相互防衛条約の締結、防衛政策上は、台湾との事故防止協定、ACSA、GSOMIAの締結、装備品と技術の移転、装備品の共同研究開発などが望ましい。

⑧緊急時の中国指導部、解放軍・武装警察、海警などとの直接的なホットラインの開設と継続的な連絡維持、事故防止協定の強化

まとめ

「中国の夢」は日本にとり悪夢である。

「中国の夢」の前提となる「強軍の夢」を阻止するには、尖閣諸島を何としても守り抜くことが、日本には求められている。

それは日本の防衛のみならず、台湾、米国、韓国はじめインド・太平洋の自由と民主主義体制の存続のためにも不可欠である。

特に安全保障上の、日米のみならず日台の連携強化が尖閣防衛には必要不可欠である。

中国は、台湾を太平洋に出るための「大門」の一対の「かんぬき」として、尖閣諸島と一体とみている。

尖閣と同様に「核心的利益」としている台湾が中国の支配下に入れば、南西諸島防衛は危機に瀕し、わが国への南シナ海、南太平洋方面からのシーレーンも絶えず脅威に晒されることになる。

台湾の防衛には日本の死活的国益がかかっており、日台は正に運命共同体と言えよう。台湾防衛に対して日本としてできるすべてのことを、今後英断をもって断行しなければならない。

日米と米台は安全保障も含め緊密な関係にあったが、日台間の相互協力は、これまでは経済分野を中心とし、安全保障面では希薄であった。

しかし今や、日台両国にとり体制の存続、主権と独立の維持のためには、尖閣防衛をはじめとする安全保障上の相互協力が不可欠な時代になっている。

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